“ガリレオ効果”で『SMAP×SMAP』視聴率アップ! フジテレビも大喜び!?

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ガリレオの力なくとも間に合ってるつうの~

 『ガリレオ』(フジテレビ系)を筆頭に、高視聴率ドラマが続出している春ドラマ。そこで今回は、話題のドラマが次枠の番組の視聴率に、どのように影響しているかを検証。春ドラマの“おこぼれ”にあずかった番組、または足を引っ張られてしまった番組をみていこう。

 まずは、初回視聴率でトップを飾った福山雅治主演の『ガリレオ』。初回以降も20%を数回獲得しているため、次枠の『SMAP×SMAP』も12~15%(ビデオリサーチ調べ、 関東地区/以下同)と好位置をキープ。前期の『ビブリア古書堂の事件手帖』(剛力彩芽主演)の放送時は10~12%だったが、『ガリレオ』に引っ張られる形で『スマスマ』の視聴率も上昇しているようだ。

ビッグダディ元嫁美奈子、被害者に仕立てる『金スマ』で露呈した“やっかいな素人さ”

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。 ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) ドコモのケータイを支えるのは犯罪とエロ!?  iPhone投入出来ないドコモの戦略とは? 韓国の在特会、またはネオナチ!?  差別的保守思想サイト「イルべ」が台頭 ソニー、株主から迫られた“解体論”を無視できないワケ…カギ握る再建後の青写真 ■特にオススメ記事はこちら! ビッグダディ元嫁美奈子、被害者に仕立てる『金スマ』で露呈した“やっかいな素人さ” - Business Journal(6月8日)
『ハダカの美奈子』(講談社/林下美奈子)
 主要なテレビ番組はほぼすべて視聴し、「週刊新潮」などに連載を持つライター・イラストレーターの吉田潮氏が、忙しいビジネスパーソンのために、観るべきテレビ番組とその“楽しみ方”をお伝えします。  テレビ番組『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)の「あざとさ」と「迅速な根回し」には、いつも感心する。話題の人、渦中の人、心が病んでる人、痛々しい人……視聴者が「今、気になっている人(でも半年後にはどうでもいい人)」を次々に出演させる。他局のキラーコンテンツで話題になった人にも堂々とアタック。そのハイエナっぷり、自尊心の低さはむしろ爽快。下世話系バラエティ番組(主にゴールデンタイム)の手腕はホントに秀逸である。  で、6月7日放送の美奈子出演である。ビッグダディこと林下清志の元嫁である。テレビ朝日の超高視聴率番組『痛快!ビッグダディ』で突如現れ、ビッグダディと結婚し、有名人になった美奈子。美奈子が現れるまでは、わりとビッグダディの「オレ流子育て」を応援する視聴者が多かった。が、美奈子が登場して以来、夫婦の喧嘩が売りとなり、視聴者が少しずつ離れていったのは確かだ。つうか、ビッグダディの「オレ流」が鼻につき始めたのかもしれない。  まあ、ここんちのお家事情を説明するのは大変なので省略するが、今年のゴールデンウィーク頃に、ビッグダディと美奈子は離婚し、それぞれが別々の出版社から“暴露本”と銘打った本を出版。うっかり2冊とも買ったが、まあ、その内容の薄っぺらさに愕然とした。手練れの編集者とライターがついて、ストーリーを紡いだなと推測できる言葉遣いと文章の運び方。ところどころ腑に落ちない部分があり、それをすっとばして、センセーショナルかつキャッチーなネタを淡々とつなぎ合わせている印象。たぶん、本人の記憶も曖昧だったり、深く考えたこともないのだろう。それくらい“考えない人たち”なのだ。  そんな美奈子が『金スマ』に! 鼻息荒くして観たのだが、特別に新しいことは何ひとつない。彼女の本『ハダカの美奈子』(講談社)の魅力そのままに、腑に落ちない部分をすっとばしてセンセーショナルかつキャッチーなシーンを淡々とつなぎ合わせただけだった。とにもかくにも、美奈子を被害者に仕立て上げる空気感づくりに邁進。『金スマ』の常套手段だけどね。  前半は美奈子一家御一行様をTBSに招待し、金をほとんどかけない接待でもてなし、芸能人に会わせ、握手会密着取材という構成。ビッグダディを初回からずっと観続けてきた私としては「長男が元気そうでよかった……」という感想を持った程度。  いや、面白かったのは芸能人たちの温度差である。特に、司会の中居正広の「どう扱っていいのかわかんね~ッ」という態度。美奈子自体は芸能人じゃないし、そもそも子供苦手だし。控室にやってきた美奈子一家に対して、「子供好きで売ってる人がいるから、紹介するよ」と言って、まんまとベッキーに押し付けたのだった。「中居、正解!」と思わず叫んじゃったわ。ネットや一般人視聴者の中では有名な美奈子だが、芸能人からすれば扱いに困る「厄介なシロウト(手癖の悪かった過去もあり)」なのだから。あ、もちろん「そのへんは触れない」という放送倫理ね。あびる優みたいなもんだ。  どこまで真実なのかはわからないが、とにかく肉体的にも精神的にも暴力を受けやすい体質の美奈子。ビッグダディもある意味モラハラ(モラルハラスメント:精神的虐待や嫌がらせ)男だったし、「共依存」の言葉も浮かぶ。でも、美奈子のいいところは「働く」ことを前提にしているところだ。「子供のためにも働かなきゃ」と番組の最後を締めくくった。これが、男に経済的にべったり依存する女だったら阿鼻叫喚の地獄しか見えない。あとは二度と暴力男につかまらないよう祈るだけだ。 (文=吉田潮/ライター・イラストレーター) ■おすすめ記事 ドコモのケータイを支えるのは犯罪とエロ!?  iPhone投入出来ないドコモの戦略とは? 韓国の在特会、またはネオナチ!?  差別的保守思想サイト「イルべ」が台頭 ソニー、株主から迫られた“解体論”を無視できないワケ…カギ握る再建後の青写真 医者要らずの生活を送ろう!! 健康、長寿の人に共通する生活習慣とは? 子育て支援ビジネス拡大の裏側と経済効果…鉄道会社、保育事業に注力のワケ

234本の突起が頭皮をぐぐぐいっと刺激! ヘッドリフレッシャープレゼント

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 仕事に家事に育児にと大忙し、さらに梅雨のどんよりとした空気のせいで、頭がぼーっとしている人に、今回はオススメの商品をご紹介したいと思います。この「AKAISHI ヘッドリフレッシャー」は、お手軽に頭皮マッサージができるという優れもの。234本もの突起が、頭皮全体をぐぐぐいっと刺激して、頭のだるさをスッキリ爽快にしてくれるのです。

慰謝料を勘違いしている女性が多い! 妥当な慰謝料の金額とは?

<p> ネットでは「『痴』という漢字の中に『矢口』って文字が入ってる!」というネタが出てくるほど、ホットな女・矢口真里。浮気発覚後どのような展開になるか注目されていましたが、5月30日についに離婚届を提出し、結婚生活は2年で終わってしまいました。双方の事務所が連名で離婚を発表し、その文書には、</p> <p>「この結論にたどり着くまで2人で何度も話し合いましたが、お互いの将来を見据えて別々の道を歩んでいこうという結論に至りました」</p>

ブラックメンしか愛せない! 衝撃だったタイのお金持ちからのプロポーズ

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Photo by Reiko.Plum

 皆さん、お久しぶり。ブラックメンオンリーのプラム麗子です。最後の更新からもう2年も空いちゃったけど、その間、何をしてたかって? ……そんな野暮なことは聞かないで。さっき、職業訓練校に落ちた友だちから電話があって、「私たち、先が見えなくて暗いね……」って話をしてたばかりなんだから。

 さて、今回は、そんな私が行く国ごとにいろいろプロポーズされて帰ってくるというお話にしようかしら。いろんな国があるんだけど、その中でも一番最初はタイだったの。あれはもう5~6年ぐらい前なんだけど、今思えば、私、あそこで結婚すれば人生変わってたのかなあー、なんてね……。

セルアウト型の音楽を足がかりに、“ビジネスマン”として成功したショーン・コムズ

<p> 「パフ・ダディ」「P.ディディ」「ディディ」のステージネームを持つショーン・コムズは、1969年11月4日、ニューヨーク州ハーレムに生まれた。父親は、映画『アメリカン・ギャングスター』(2007)で主人公として描かれた国際ヘロイン密売人フランク・ルーカスと交流のある麻薬売人で、ショーンが2歳の時にセントラル・パークで射殺された。元モデルの母親は仕事を3つ、祖母は2つ掛け持ちし、ショーンを育てた。12歳で母と共に郊外に移り住んでからは、新聞配達のアルバイトを始め、業者と提携を結ぶなどうまく交渉を重ねた結果、13歳で週に600ドル(約6万円)を稼ぐまでになった。</p> <p> 引っ越してからも、ハーレムの祖母を頻繁に訪ねたショーンは、「友達と遊ぶより、1人でヤンキー・スタジアムの歓声を聞くのが好きだった。自分も歓声を浴びるような人間になりたいと妄想ばかりしていた」とのこと。そんな彼が、音楽に目覚めたのは17歳の時。クリスマスにジェームズ・ブラウンのレコードをプレゼントされ、「歌だけでなく、叫んだり、ライムしたり踊りまくるのも音楽なんだ」と衝撃を受けたのがきっかけだった。ダンスにハマり、通いつめたクラブで歌手のPVにエキストラ・ダンサーとしてスカウトされ、そこで音楽制作の裏方の仕事に魅力を感じるようになったという。</p>

来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

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写真提供=鰐部春雄
前編中編はこちらから ――アブディンさんはブラインドサッカーをやっているそうですが、スポーツは好きなんですか? アブ スポーツはいいですね。憧れますよ。ラジオで野球中継を聞くのもいいけど、やっぱり汗を流すほうがいいでしょ。だけど最近はあんまり運動してないから、ブラインドサッカーの試合では動きが悪いね。  知り合いのライターの人なんかは、僕の動きがあまりにも鈍いから「アブディン、文章がうまいのはわかったから、ここでもちゃんとうまいところを見せてくれよ!」って言ってくるぐらい(笑)。 (編集部注:ブラインドサッカーは視覚障害者サッカーの通称であり、「ブラサカ」と略される。メンバーは1チーム5人で視覚障害者と健常者<アイマスク着用>が同じフィールドでプレーすることができる数少ないスポーツであり、ヨーロッパをはじめとする世界各国で競技人口が増えているワールドスポーツである) ――スポーツに限らず私生活を充実させているアブディンさんですが、ご結婚されているんですよね。独身のときと比べて、生活は変わりましたか? アブ やっぱり今のほうがいいですよ。独身のときは外で友達と会ったりしても家に帰ったら一人でしょ。5人きょうだいで育ったので、孤独はしんどいですね。貧乏よりも会話がないのが一番精神的にくるんですよ。だから筑波で学生していたときには、酒盛りに参加したりもしました(笑)。 ――イスラム教徒のアブディンさんにとっては大胆な発言ですが、お酒はもう飲んでないんですか? アブ 飲んでないです。2008年5月をもちまして。結婚の条件に「お酒を飲まない」っていうのがあったんですが、その前にやめていてよかったなと(編集部注:アブディン氏が結婚したのは10年1月。お酒をやめた理由を知りたい方は『わが盲想』で確認してください)。でも奥さんには、昔飲んでいたことがバレていたんですよ。乾杯している写真を見つけたみたいで。とりあえず「あれはノンアルコールビールです」と言ったら「いやいや、ノンアルコールビールは缶の色が違う」と言われちゃって(笑)。  「あなたの大事な思い出だから写真は捨てないけど、子どもが大きくなったら困るでしょ」と言われて、できた奥さんだなと思いました。今でもノンアルコールビールは飲んでます。お肉とかカロリーの高い食事と合うんですよ(笑)。 ■結婚と東日本大震災 ――結婚するまでのエピソードが素敵ですよね。スーダンに住んでいた奥さんと、信じられないことに、電話でのコミュニケーションだけで結婚の約束をする。それもわずかな期間だったから、著作の中で「スピード違反婚」と書いていますけど、なんの障害もなく速攻で結婚が決まったんですか? アブ 今でも本当に不思議なんです。スピード違反ですよ。トントン拍子どころじゃない。なにより本当にいい奥さんで、僕の前にもいろいろな結婚話があったそうなんです。彼女はイスラム教徒で信仰心が強いのですが、結婚が決まりそうになると耳元で「この人は違うよ」という声が聞こえて、急に結婚する気がなくなったと言っていました。  あるときお母さんに「あなたが金の家を建ててくれたとしても、結婚しなかったら意味がない」とすごく怒られたらしくて、彼女はカチンときて「じゃあ次は物乞いが来たとしても家に連れてくる」と宣言したら、物乞いをはるかに超える悪者が来た。それが僕だったんですよ(笑)。 ――スーダンの結婚事情って、どんな感じなんですか? みんな早くに結婚するんですか? アブ 人それぞれですね。女の人は25歳くらいで結婚する人が多いですが、僕の妻は9人きょうだいの長女で、お父さんの商売もうまくいってなかったので一家を支えなければならず、結婚どころじゃなかった。働いている人はやっぱり結婚が遅くなりますし、田舎と都会の違いも大きいですね。田舎は10代で結婚しますから。 ――離婚はどうですか? アブ 最近増えています。イスラム教って簡単に離婚できないイメージがあるかもしれませんが、確かに簡単ではないけど、離婚はできるんです。カトリックじゃないから。昔は親戚同士で結婚することが多く、離婚すると大家族が割れてしまう危険があったので、自分の一存では決められなかった。最近では恋愛結婚が増えたので、離婚も増えています。あと女性の自己主張が強くなったというのもありますね。 ――日本では結婚すると奥さんが怖くなるんですけど、アブディンさんのところはどうですか? アブ 怖くなったというよりは、操られている気がしますね(笑)。 ――結婚の翌年の11年に東日本大震災が起きました。スーダンでは地震がほとんど起きないそうですが、地面が揺れることへの恐怖心はあったのですか? アブ 震災のときの揺れはヤバかったですね。確かにスーダンは地震がありませんが、僕は日本で10年以上暮らして何度も経験しているはずなのに、慌てちゃったよ。アンバランスな感じは、船に乗っている感覚と同じ。いつ止まるんだよと思って。これまでの地震は20秒くらいで止まるものが多かったけど、今回は長かったでしょ。本当に恐ろしかったですね。 ――奥さんは、どうだったのでしょうか? アブ 地震が起きたとき、奥さんは一人で部屋にいたんですが、おなかに赤ちゃんがいたので守らなきゃいけないんだけど、結構冷静だったよ。地震が起きて自宅に駆けつけたら、インターネット電話でマレーシアのいとこに地震の様子を面白そうに話しているのが聞こえて、「大丈夫か?」って聞いたら「大丈夫だよ。怖かったね」って言ってる声が全然怖そうじゃなかったの。  それでも彼女は臨月の妊婦だから、余震が来たら大変だと思って建物の外に連れ出したんだけど、そこで大きな余震に遭遇したんですよ。もう僕はパニック寸前。何が落ちてくるかとか、どこに電線があるかとか、わからないからね。  そしたらベンチに座っていた奥さんのほうが「大丈夫?」って声をかけてくれて、本当に冷静でした。 ■いま、日本をどう見ているのか? ――来日して16年がたちましたよね。初めて来日したときの印象は、どんな感じでしたか? アブ 全然言葉を理解できていない状態だったので、最初は日本語を聞いても雑音にしか聞こえませんでした。僕が日本に来た98年は、(社会の空気感として)人が前向きでイケイケモードで、いい流れだった。そういうところに、ちょっと感動していたかな。自分の気分が高まっているから、まわりもそう「見えた」のかもしれないけど。 ――日本に来たときと現在では、日本のイメージはどう変わりましたか? アブ 19歳で日本に来て、いま35歳で、成人してからずっと日本にいるわけだから、日本へのイメージというよりスーダンに対してのイメージが変わったよね。日本の出来事が、よそ(外国)で起きていること――異文化ではない気がするんですよ。普通に自分の国という感じ。  イメージとは違うかもしれないけど、街に出ていろいろなものとすれ違っても気づかないかわりに、「におい」とか変なものに執着してしまうね。 ――日本に来て一番強烈なにおいって、なんでしたか? アブ 新宿の飲み屋がひしめく地区に行くと、換気扇から厨房のにおいがするでしょ。玉ねぎを炒めているにおいが、ガーッと外に広がっている。あのにおいは耐えられない。気絶しそうになる(笑)。一軒だったらいいんだけど、新宿だと店がズラッと並んでいるから、そういうのはしんどいね。 ――生ゴミ臭みたいなことですね。納豆などの食材や料理のにおいはどうですか? アブ 麻婆豆腐のにおいは嫌いかな。芳しさの中に脂っこさがあって苦手。納豆は大丈夫なんですよ。おいしい。 ――新宿のにおいにやられたアブディンさんが感じる、日本の街特有のにおいや音ってありますか? アブ 僕は日本をあちこち回ったんですよ。北海道と四国以外はだいたい行きました。名古屋、大阪、神戸、福岡、熊本、広島、山形、宮城、福島、群馬、栃木とか。どこでもだいたい街特有のにおいがあるんですよ。新宿でも池袋でも渋谷でも。  新宿は人が多すぎて、空気に人間のほんのりとした臭さがあるんですよ。1平方メートルの許容人数を超えている気がするんですよね。しかもギラギラした感じの人が多いでしょ。  あと、用水路臭いのは渋谷ですね。ほんのりね。神田は揚げ物や蕎麦屋のにおいがする。秋葉原は音が多いけど無臭なんですよ。  ただ結婚してからは、妻が「変なものがあるよ」と教えてくれるようになって、「こんなものがずっとあったのに気づかなかったんだ」と、視覚から得る情報がいかに多いかを知りました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなんだろうなと。いまは再発見しているわけです。 ■盲目の作家として、これから選ぶ道とは? ――本を書く上でいろいろな苦労があったと思うのですが、一番印象深かったことはなんですか? アブ やっぱり自分をどこまでさらけ出すか。さっきのお酒の話もそうです。ムスリムである僕が飲酒のことを書いてしまったら、本が有名になればなるほど、いろいろな問題を起こしかねない。でもそれを書かなかったら、一割の自分しか本に載らず、当たり障りのない人物像になってしまう。僕は、そこでの葛藤が一番魅力的だと思っているんです。「お酒を飲むか飲まないか。飲んだら、日本人ともっと打ち解けられるだろう」といった心の葛藤を描かないと、トータルでアブディンという人間を理解してもらえない。でも書いてしまったら自分のものではなくなって、独り歩きしてしまいます。だから、書くか書かないかですごく悩んで苦労しましたね。 ――『わが盲想』では、点字でタイトルを表示する工夫なんかもされていますよね。しかもアブディンさんのこれまでの経験を踏まえて、点字本を同時出版したんですよね? アブ 点字は間に合わなかったのでテキストデイジーというフォーマットで、日本点字図書館のサイトからダウンロードすれば、合成音声で聞けます。書籍の出版と同時にテキストデイジーで出るのは、おそらく初めての試みだと思うのですが、これは僕のメッセージなんです。やっぱり本がみんなの話題になっているときに読みたいわけですよ。出版社は利益に直結しない点字や音声ソフトにあまり理解がないので、発売後にボランティアの方が直さなければならず、完成までに数カ月かかるんですよね。数カ月もたてばブームも終わっているので話題に入れないし、旬なうちに読みたいのに読めないのはすごく悲しいと思って。せめて自分のときは、この本を読みたい人がいるかどうかは別として、メッセージ性を持たせる意味で同時に出してほしい、と編集者にお願いしたんです。 ――それで今回そういうことになったんですね。 アブ 出版社が協力してくれたのはよかったですね。 ――アブディンさんにはハンディキャップの負い目を感じさせないアグレッシブさと、強力な自己PR能力がありますよね。 アブ 自分では強いと思っていないですよ。自宅に送られてきた『わが盲想』のチラシを妻が近所の商店街で片っ端から配っていたので「恥ずかしいからやめてくれ」と言ったら、「あなたは、人に読んでもらうために本を書いたんじゃないの?」と言われて。すごくありがたいし、ごもっともだけど、恥ずかしいじゃないですか(笑)。でも、前に出て後手に回らないようにという気持ちはあります。僕にできることは限られているから。後がないから前に出るしかないでしょ。 ――最後の質問です。アブディンさんは、これからどうしたいですか? アブ 単純に日本語のうまい外人として扱われるのは、ちょっと寂しいんですね。日本に15年いて、日本の歴史やいまの日本の問題点などいろいろなことを考えているのに、「日本はどうですか?」なんて聞かれて外人扱いされるのは、やっぱり不本意ですね。  だから、この本は日本へのご挨拶なんです。モハメド・オマル・アブディンはこういう人ですよ、とわかってもらうための本。  僕をもっと多くの人に知ってもらって、これからは堅い問題を僕なりにかみ砕いて、いままでにない視点でアタックして、読みやすくわかりやすく笑いを飛ばしながら文章を書きたい。タブー視されるテーマや社会問題にも挑戦してみたいんです。 (取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト

来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

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写真提供=鰐部春雄
前編中編はこちらから ――アブディンさんはブラインドサッカーをやっているそうですが、スポーツは好きなんですか? アブ スポーツはいいですね。憧れますよ。ラジオで野球中継を聞くのもいいけど、やっぱり汗を流すほうがいいでしょ。だけど最近はあんまり運動してないから、ブラインドサッカーの試合では動きが悪いね。  知り合いのライターの人なんかは、僕の動きがあまりにも鈍いから「アブディン、文章がうまいのはわかったから、ここでもちゃんとうまいところを見せてくれよ!」って言ってくるぐらい(笑)。 (編集部注:ブラインドサッカーは視覚障害者サッカーの通称であり、「ブラサカ」と略される。メンバーは1チーム5人で視覚障害者と健常者<アイマスク着用>が同じフィールドでプレーすることができる数少ないスポーツであり、ヨーロッパをはじめとする世界各国で競技人口が増えているワールドスポーツである) ――スポーツに限らず私生活を充実させているアブディンさんですが、ご結婚されているんですよね。独身のときと比べて、生活は変わりましたか? アブ やっぱり今のほうがいいですよ。独身のときは外で友達と会ったりしても家に帰ったら一人でしょ。5人きょうだいで育ったので、孤独はしんどいですね。貧乏よりも会話がないのが一番精神的にくるんですよ。だから筑波で学生していたときには、酒盛りに参加したりもしました(笑)。 ――イスラム教徒のアブディンさんにとっては大胆な発言ですが、お酒はもう飲んでないんですか? アブ 飲んでないです。2008年5月をもちまして。結婚の条件に「お酒を飲まない」っていうのがあったんですが、その前にやめていてよかったなと(編集部注:アブディン氏が結婚したのは10年1月。お酒をやめた理由を知りたい方は『わが盲想』で確認してください)。でも奥さんには、昔飲んでいたことがバレていたんですよ。乾杯している写真を見つけたみたいで。とりあえず「あれはノンアルコールビールです」と言ったら「いやいや、ノンアルコールビールは缶の色が違う」と言われちゃって(笑)。  「あなたの大事な思い出だから写真は捨てないけど、子どもが大きくなったら困るでしょ」と言われて、できた奥さんだなと思いました。今でもノンアルコールビールは飲んでます。お肉とかカロリーの高い食事と合うんですよ(笑)。 ■結婚と東日本大震災 ――結婚するまでのエピソードが素敵ですよね。スーダンに住んでいた奥さんと、信じられないことに、電話でのコミュニケーションだけで結婚の約束をする。それもわずかな期間だったから、著作の中で「スピード違反婚」と書いていますけど、なんの障害もなく速攻で結婚が決まったんですか? アブ 今でも本当に不思議なんです。スピード違反ですよ。トントン拍子どころじゃない。なにより本当にいい奥さんで、僕の前にもいろいろな結婚話があったそうなんです。彼女はイスラム教徒で信仰心が強いのですが、結婚が決まりそうになると耳元で「この人は違うよ」という声が聞こえて、急に結婚する気がなくなったと言っていました。  あるときお母さんに「あなたが金の家を建ててくれたとしても、結婚しなかったら意味がない」とすごく怒られたらしくて、彼女はカチンときて「じゃあ次は物乞いが来たとしても家に連れてくる」と宣言したら、物乞いをはるかに超える悪者が来た。それが僕だったんですよ(笑)。 ――スーダンの結婚事情って、どんな感じなんですか? みんな早くに結婚するんですか? アブ 人それぞれですね。女の人は25歳くらいで結婚する人が多いですが、僕の妻は9人きょうだいの長女で、お父さんの商売もうまくいってなかったので一家を支えなければならず、結婚どころじゃなかった。働いている人はやっぱり結婚が遅くなりますし、田舎と都会の違いも大きいですね。田舎は10代で結婚しますから。 ――離婚はどうですか? アブ 最近増えています。イスラム教って簡単に離婚できないイメージがあるかもしれませんが、確かに簡単ではないけど、離婚はできるんです。カトリックじゃないから。昔は親戚同士で結婚することが多く、離婚すると大家族が割れてしまう危険があったので、自分の一存では決められなかった。最近では恋愛結婚が増えたので、離婚も増えています。あと女性の自己主張が強くなったというのもありますね。 ――日本では結婚すると奥さんが怖くなるんですけど、アブディンさんのところはどうですか? アブ 怖くなったというよりは、操られている気がしますね(笑)。 ――結婚の翌年の11年に東日本大震災が起きました。スーダンでは地震がほとんど起きないそうですが、地面が揺れることへの恐怖心はあったのですか? アブ 震災のときの揺れはヤバかったですね。確かにスーダンは地震がありませんが、僕は日本で10年以上暮らして何度も経験しているはずなのに、慌てちゃったよ。アンバランスな感じは、船に乗っている感覚と同じ。いつ止まるんだよと思って。これまでの地震は20秒くらいで止まるものが多かったけど、今回は長かったでしょ。本当に恐ろしかったですね。 ――奥さんは、どうだったのでしょうか? アブ 地震が起きたとき、奥さんは一人で部屋にいたんですが、おなかに赤ちゃんがいたので守らなきゃいけないんだけど、結構冷静だったよ。地震が起きて自宅に駆けつけたら、インターネット電話でマレーシアのいとこに地震の様子を面白そうに話しているのが聞こえて、「大丈夫か?」って聞いたら「大丈夫だよ。怖かったね」って言ってる声が全然怖そうじゃなかったの。  それでも彼女は臨月の妊婦だから、余震が来たら大変だと思って建物の外に連れ出したんだけど、そこで大きな余震に遭遇したんですよ。もう僕はパニック寸前。何が落ちてくるかとか、どこに電線があるかとか、わからないからね。  そしたらベンチに座っていた奥さんのほうが「大丈夫?」って声をかけてくれて、本当に冷静でした。 ■いま、日本をどう見ているのか? ――来日して16年がたちましたよね。初めて来日したときの印象は、どんな感じでしたか? アブ 全然言葉を理解できていない状態だったので、最初は日本語を聞いても雑音にしか聞こえませんでした。僕が日本に来た98年は、(社会の空気感として)人が前向きでイケイケモードで、いい流れだった。そういうところに、ちょっと感動していたかな。自分の気分が高まっているから、まわりもそう「見えた」のかもしれないけど。 ――日本に来たときと現在では、日本のイメージはどう変わりましたか? アブ 19歳で日本に来て、いま35歳で、成人してからずっと日本にいるわけだから、日本へのイメージというよりスーダンに対してのイメージが変わったよね。日本の出来事が、よそ(外国)で起きていること――異文化ではない気がするんですよ。普通に自分の国という感じ。  イメージとは違うかもしれないけど、街に出ていろいろなものとすれ違っても気づかないかわりに、「におい」とか変なものに執着してしまうね。 ――日本に来て一番強烈なにおいって、なんでしたか? アブ 新宿の飲み屋がひしめく地区に行くと、換気扇から厨房のにおいがするでしょ。玉ねぎを炒めているにおいが、ガーッと外に広がっている。あのにおいは耐えられない。気絶しそうになる(笑)。一軒だったらいいんだけど、新宿だと店がズラッと並んでいるから、そういうのはしんどいね。 ――生ゴミ臭みたいなことですね。納豆などの食材や料理のにおいはどうですか? アブ 麻婆豆腐のにおいは嫌いかな。芳しさの中に脂っこさがあって苦手。納豆は大丈夫なんですよ。おいしい。 ――新宿のにおいにやられたアブディンさんが感じる、日本の街特有のにおいや音ってありますか? アブ 僕は日本をあちこち回ったんですよ。北海道と四国以外はだいたい行きました。名古屋、大阪、神戸、福岡、熊本、広島、山形、宮城、福島、群馬、栃木とか。どこでもだいたい街特有のにおいがあるんですよ。新宿でも池袋でも渋谷でも。  新宿は人が多すぎて、空気に人間のほんのりとした臭さがあるんですよ。1平方メートルの許容人数を超えている気がするんですよね。しかもギラギラした感じの人が多いでしょ。  あと、用水路臭いのは渋谷ですね。ほんのりね。神田は揚げ物や蕎麦屋のにおいがする。秋葉原は音が多いけど無臭なんですよ。  ただ結婚してからは、妻が「変なものがあるよ」と教えてくれるようになって、「こんなものがずっとあったのに気づかなかったんだ」と、視覚から得る情報がいかに多いかを知りました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなんだろうなと。いまは再発見しているわけです。 ■盲目の作家として、これから選ぶ道とは? ――本を書く上でいろいろな苦労があったと思うのですが、一番印象深かったことはなんですか? アブ やっぱり自分をどこまでさらけ出すか。さっきのお酒の話もそうです。ムスリムである僕が飲酒のことを書いてしまったら、本が有名になればなるほど、いろいろな問題を起こしかねない。でもそれを書かなかったら、一割の自分しか本に載らず、当たり障りのない人物像になってしまう。僕は、そこでの葛藤が一番魅力的だと思っているんです。「お酒を飲むか飲まないか。飲んだら、日本人ともっと打ち解けられるだろう」といった心の葛藤を描かないと、トータルでアブディンという人間を理解してもらえない。でも書いてしまったら自分のものではなくなって、独り歩きしてしまいます。だから、書くか書かないかですごく悩んで苦労しましたね。 ――『わが盲想』では、点字でタイトルを表示する工夫なんかもされていますよね。しかもアブディンさんのこれまでの経験を踏まえて、点字本を同時出版したんですよね? アブ 点字は間に合わなかったのでテキストデイジーというフォーマットで、日本点字図書館のサイトからダウンロードすれば、合成音声で聞けます。書籍の出版と同時にテキストデイジーで出るのは、おそらく初めての試みだと思うのですが、これは僕のメッセージなんです。やっぱり本がみんなの話題になっているときに読みたいわけですよ。出版社は利益に直結しない点字や音声ソフトにあまり理解がないので、発売後にボランティアの方が直さなければならず、完成までに数カ月かかるんですよね。数カ月もたてばブームも終わっているので話題に入れないし、旬なうちに読みたいのに読めないのはすごく悲しいと思って。せめて自分のときは、この本を読みたい人がいるかどうかは別として、メッセージ性を持たせる意味で同時に出してほしい、と編集者にお願いしたんです。 ――それで今回そういうことになったんですね。 アブ 出版社が協力してくれたのはよかったですね。 ――アブディンさんにはハンディキャップの負い目を感じさせないアグレッシブさと、強力な自己PR能力がありますよね。 アブ 自分では強いと思っていないですよ。自宅に送られてきた『わが盲想』のチラシを妻が近所の商店街で片っ端から配っていたので「恥ずかしいからやめてくれ」と言ったら、「あなたは、人に読んでもらうために本を書いたんじゃないの?」と言われて。すごくありがたいし、ごもっともだけど、恥ずかしいじゃないですか(笑)。でも、前に出て後手に回らないようにという気持ちはあります。僕にできることは限られているから。後がないから前に出るしかないでしょ。 ――最後の質問です。アブディンさんは、これからどうしたいですか? アブ 単純に日本語のうまい外人として扱われるのは、ちょっと寂しいんですね。日本に15年いて、日本の歴史やいまの日本の問題点などいろいろなことを考えているのに、「日本はどうですか?」なんて聞かれて外人扱いされるのは、やっぱり不本意ですね。  だから、この本は日本へのご挨拶なんです。モハメド・オマル・アブディンはこういう人ですよ、とわかってもらうための本。  僕をもっと多くの人に知ってもらって、これからは堅い問題を僕なりにかみ砕いて、いままでにない視点でアタックして、読みやすくわかりやすく笑いを飛ばしながら文章を書きたい。タブー視されるテーマや社会問題にも挑戦してみたいんです。 (取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト

囚人は見た! 「ホリエモンもっとポッチャリしとったで~、激ヤセちゃうちゃう」

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収監前の体の方が好みだったりするよ~

 激ヤセした容姿でニコニコ生放送の仮釈放会見に臨み、長野刑務所での過酷体験を赤裸々に語ったホリエモン。その晴れ晴れしい表情を見ると、まるで人格からも「悪玉コレステロール」が消えたようで、かつてのふてぶてしさは微塵も感じられない。

 スリム体型というものが人に好印象を与える「お手本」として、さっそうとシャバへの復帰を世間にアピールしたわけだが……希代のエンターテイナーだけに、何かが引っ掛かる。

 筆者は、懲役囚・堀江貴文と同期囚だったN青年と接触。「過酷で凄惨」とまで言われる、そのムショ生活とは、いったいどんなものだったのか。ホリエモン本人の言葉からは語られてはいない「ながのなう」のありのままを聞いてみよう。

中山優馬と有岡大貴が知らぬ間に争っていた、山田涼介の“1番”は誰?

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山ちゃんモテモテ

【ジャニーズ研究会より】

 6月5日放送の『ザ少年倶楽部』(NHK BS)、関西ジャニーズJr.を紹介するコーナー「月刊! 気になるKJ」には、台湾育ちの中間淳太が登場し、得意な中国語で自己紹介。好きな食べ物は「赤い色のもの」だそうで、トマトやイチゴ、そして辛いものも大好きだとか。家族は両親と弟、そして「レモンちゃん」の5人。はて「レモンちゃん」とは一体誰なのかというと、「僕のペットのトカゲなんです」。ヒョウモントカゲモドキという種類で、体長は約20センチ。体が黄色いことからこの名前をつけたようですが、中間が「オカマバーのオカマみたいな名前」と言ったことから、このコーナーのMCを務めるA.B.C-Z河合郁人が「レモンですっ!」と指を立ててオカマを熱演。が、中間はそんな渾身のギャグに見向きもせず、完全無視で話を続けました。途中、中間は自分を「素直」と分析。「なんか、ウソとか言えないですし。何でも思ったことをバーッて言っちゃうんですよ」と話すと、「もしかしたら、知らぬ間に人を傷つけちゃう?」と河合は真面目に問いかけます。実はさっきの一件で、河合自身も結構傷ついていたのかも……?