
美女たちのキス攻撃をかわしながら24時間アドリブを続ける劇団ひとりこと川島省吾。壮大な実験映画として「キス我慢選手権」が帰ってきた。
中田英寿をはじめ多くの若者たちが自分探しの旅に出た。はたして旅先で本当の自分を見つけて帰ってきた人はどれだけいるのだろうか。求めていた理想の自分に出会えないまま、旅を終われずに若さを消耗していく人も少なくない。深夜番組から生まれた映画『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』はまさに究極の自分探しの旅だ。なにしろ映画の主人公である劇団ひとりこと川島省吾は自分が何者であるのかをいっさい知らされていない。これから自分にどんなストーリーが待っているのかも分からない。24時間にわたって省吾はアドリブ演技を続け、共演者たちの言動から自分が何者であるかを探りながら物語を転がしていかなくてはならない。物語を切り開いていくことで、省吾は旅の終わりに「自分は何者なのか?」という明快な答えに遭遇する。リアルとフィクションとの境界線を突っ走る痛快なメタフィクション・ロードムービーなのだ。
2005年にスタートし、ロングラン人気を誇る深夜バラエティー『ゴッドタン』(テレビ東京系)の中でも「キス我慢選手権」はひと際熱い支持を集める名物企画だ。開始当初は制限時間(60分)をお笑い芸人たちはセクシータレントたちのキス攻撃に耐えられるかというシンプルな企画だったが、劇団ひとりがストイックな別人キャラクターに変貌し、美女の誘惑から逃れるアドリブ演技が評判となり、DVD化。シリーズ化されたDVDのセールスも好調で、調子に乗って劇場版まで作ってしまった。「未来はアドリブで変えられる」が劇場版のキャッチコピーとなっている。劇団ひとりのアドリブ演技が一本の深夜バラエティーの歴史を大きく変えたといっていいだろう。

今回の省吾は元凄腕のスナイパー“砂漠の死神”という設定。台本を渡されていないにも関わらず、派手な爆破シーンが襲い掛かる。
制限時間内はカメラを止めることなくアドリブ演技を続けるという劇団ひとりのプライドの前に立ち塞がるのは、ピッチピチのセクシー美女たち。人気AV女優の葵つかさはいきなり露天風呂でフルヌードでの登場となる。劇場版ならではのサービスショットが、いつもの深夜番組とは違うことを強く感じさせる。ロケ車からふいに温泉郷に降ろされた劇団ひとりこと川島省吾は葵つかさの挨拶代わりのキスをかわしながら、自分は製薬会社の令嬢・つかさと愛の逃避行中の身であることを知る。どうやら省吾はかつて「砂漠の死神」と呼ばれた凄腕の暗殺者だったらしい。さらにはロリータ系のルックスで人気の紗倉まなは生き別れとなっていた妹として登場。再会を喜ぶまなは兄・省吾にキスをおねだりする。すぐ目の前にプルプルした甘美な唇が待っている。美女とエッチしたい。オスとしてのどうしようもない本能にもがき苦しむ省吾。プライドは社会的存在意義と言い換えることができる。動物としての本能と芸人としての社会的存在意義とがひとりの男の中で激しく正面衝突する。
省吾を悩ませるのは美女だけではない。「砂漠の死神」を追って、警察、テロリスト組織、そしてゾンビたちが押し寄せる。台本を渡されていない省吾は考える暇もなく、次々とその場その場を面白いセリフと即興芝居で乗り切らなくてはならない。ウォータースライドに流されていくように大きな物語のうねりに呑み込まれていく省吾。運命に身を委ね、矢継ぎ早に襲い掛かるトラブルを機転でかわしていくその様子は、ひとりの男の破天荒な人生をぎゅぎゅぎゅっ~と凝縮したかのようだ。
劇団ひとりにとって『キス我慢選手権THE MOVIE』は、ジム・キャリー主演の『トゥルーマン・ショー』(98)を脚本なし、リハーサルなしの一発撮りでやらされているようなものだ。一方、共演陣は省吾の幼なじみの親友・信太郎に劇団ハイバイおよび平田オリザ率いる青年団演出部に所属する岩井秀人、省吾を追う刑事役に劇団新感線出身のベテラン・渡辺いっけい、さらに『苦役列車』(12)や『みんな!エスパーだよ!』(テレビ東京系)での好演ぶりが光るミュージシャン兼芸人・マキタスポーツ、入江悠監督が1シーン1カットの長回しで撮った『SRサイタマノラッパー』三部作に主演した駒木根隆介らアドリブに対応できる実力派を揃えた。カメラは20台用意した上で、劇団ひとりの代役と他のキャスト陣でリハーサルを重ね、「劇団ひとりなら、こーゆーリアクションするだろう」と様々なシミュレーションを組んだそうだ。ちなみに脚本は「(劇団ひとり:何かかっこいいことを言うはず)」と劇団ひとりの部分だけ空白にしてあったらしい。深夜バラエティー発の安直な企画に見せて、その実はかなりの手間ひまを掛けた壮大な実験映画なのだ。

省吾、信太郎(岩井秀人)、みひろたちはテロリスト組織のアジトへと潜入する。想像を絶するクライマックスが省吾を待ち構えていた。
葵つかさ、紗倉まなのキス攻撃には何とか耐えたものの、劇団ひとりが抗いがたい“運命の美女”が登場する。「キス我慢選手権」の第1回から劇団ひとりと名場面の数々を演じ、視聴者を釘付けにしてきた切り札・みひろが投入される。『ボーン・アイデンティティー』(02)のジェイソン・ボーンのように自分の記憶を持たない劇団ひとりこと省吾だが、みひろに対しては特別な感情が溢れ出てくるのを抑えることができない。ハードなAV業界で長年に渡って売れっ子として活躍したみひろはカメラの長回しにバツグンに強い。その場その場で自分に与えられた役割を的確に理解し、求められるキャラクターと素の自分とを巧みに融合していく。さらにカメラが回り続ける限り、感情の流れを途切れさせることのない徹底したプロ意識の持ち主だ。そんなみひろとアドリブの天才・劇団ひとりが邂逅したからこそ、「キス我慢選手権」は番組スタッフの想像を遥かに上回る人気企画へとスパークしたのだ。自分の哀しい過去を語るみひろの涙を、チョウ・ユンファのような包容力のある笑顔で受け止める劇団ひとり。キスしてやれよ、劇団ひとり。キスをすれば映画が終わってしまうことを承知で、客席にいる我々はスクリーンに向かって呟く。
思いがけず世界を滅亡の危機から救うという使命を託されてしまった男の激動の24時間をアドリブで演じ続けた劇団ひとり。すでに制限時間の24時間は過ぎ、本人だけでなく共演者もスタッフも未知の領域へと突入していく。『トゥルーマン・ショー』のジム・キャリーがそうだったように、劇団ひとりも物語の終わりに神さまと対峙することになる。24時間を越える冒険を体験し、劇団ひとりは自分が何者であるかを改めて思い知る。どんなシチュエーションに放り込まれようとも、カメラが回る限り、視聴者を、観客を楽しませ続けるエンターテイナーであることを。そして共演者やスタッフがいるからこそ、自分が存在できるということを。自分なんてものはどこにもなく、他者との関係性においてのみ自己が存在することが壮大な実験の結果、明らかにされた。長らく続いた自分探しの旅ブームはここに完結した。
(文=長野辰次)
『ゴッドタン キス我慢選手権 THE MOVIE』
監督・脚本/佐久間宣行 脚本/オークラ 音楽/岩崎太整 主題歌/サンボマスター 出演/川島省吾(劇団ひとり)、おぎやはぎ、バナナマン、みひろ、岩井秀人、京本政樹、葵つかさ、紗倉まな、マキタスポーツ、窪田正孝、オクイシュージ、駒木根隆介、バカリズム、東京03、松丸友紀、武蔵、やべきょうすけ、ミッキー・カーチス、斎藤工、渡辺いっけい、竹内力 配給/東宝映像事業部 PG12 6月28日(金)よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー公開 (c)2013「キス我慢選手権 THE MOVIE」製作委員会
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