芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! 東京・恵比寿にある“恵比寿横丁”で、ジャニーズ出身の俳優・川崎麻世と、せんだみつおの愛娘でタレントのせんだるかのツーショット目撃情報が寄せられた。恵比寿横丁とはJR恵比寿駅から徒歩2分くらいの場所にある、昭和の時代に栄えた「山下ショッピングセンター」に個性豊かな21店舗が集まってできた“のんべぇ横丁”のようなもので、いまや芸能人御用達の横丁といわれている。 この恵比寿横丁の常連が川崎麻世だ。川崎は、今年5月にも恵比寿横丁で、石原さとみ似の美女にマッサージしながら飲んでいる現場を目撃されている。その女性は名古屋から上京してきたエスティシャンで、現在は銀座のクラブに勤めているらしいが、その後、自宅マンションにお持ち帰りしたとも報じられた。さらにその次の日は、佐々木希似の美女と朝までカラオケが目撃されている。 川崎は10年くらい前から、妻でタレントのカイヤと長期別居中。別居の理由について、自身のブログで「夫婦には春夏秋冬がある。今はこのまま少し、距離を置いている」と語っているが、少しどころの騒ぎではない。恵比寿横丁の行きつけの店で、川崎は一人になると「カイヤが怖くて、離婚できない」と愚痴っているという。それでいながら、カイヤの目を盗んでは美女と飲み歩いているのだから、たいしたタマである。 この夫婦、昨年の3月には写真誌にW不倫が報じられていたが、お互い否定。しかし、約2カ月後の5月には、川崎の愛人の存在が女性誌に報じられた。その愛人とは、1999年にフジテレビのビジュアル・クイーンに選ばれた女性で、ピン芸人の狩野英孝が入籍後に不倫した相手と話題になった女性だ。だが、カイヤに知られたことで、その女性とは別れ、その後、せんだるかと頻繁に恵比寿横丁で飲むようになったという。2人の関係を知る芸能関係者は「るかは初めは一人で飲みに来ていたんですが、いつの間にか川崎と一緒に来るようになった。一時期は、毎晩のように飲んでいました。るかは、タレントとしては売れてませんが、性格はいいから誰からも好かれるタイプ。川崎とは、人目もはばからずイチャついてましたからね。不倫がウワサされていました」と言う。 父親のせんだが知ったら、心中穏やかではないであろうことは想像に難くない。川崎も、独身女性を不幸にしないためにも、勇気を出して、そろそろカイヤとの離婚を成立させたほうが賢明かもしれない。 (文=本多圭)川崎麻世 オフィシャルブログより
月別アーカイブ: 2013年6月
『Rの法則』が探った、ジャニーズJr.の下ネタの限度
『Rの法則』公式サイトより
今回ツッコませていただくのは、下ネタをジャニーズに真正面から突きつけた、NHK Eテレの教育バラエティ番組『Rの法則』(6月20日放送分)の「女子高生ランジェリー事情」。
『Rの法則』出演者は、MCのTOKIO・山口達也を除くと、基本的にはジャニーズJr.や他事務所の男子タレント、女子アイドルなどの「リアル中高生」ばかり。リアル中高生女子と本音を語り合うなどする時点で、ジャニーズ出演番組ではかなり攻めていると思うのだが、今回のテーマはよりによって「女子高生のランジェリー事情」だ。ジャニーズの子たちはどんな顔で、どんなコメントをするのだろうか。
番組は、「いつも着るブラは2枚だけ」「下着を半年しか使わない」「親と子で下着を共有する」「胸が大きいのが嫌で、体育の時は胸をつぶしてワイヤーブラで固定する」などの女子のぶっちゃけ意見に対し、「理解できる!」派と「理解できない!」派に分かれて、意見を戦わせるという構成だった。
ローラを襲った「桃の天然水の呪い」! ほかにもあった、呪われたCM!
『THE ROLA!!』(講談社)
バングラデシュ人の父と日本人とロシア人のクォーターの母を持つローラ。タメ口キャラが視聴者に受け入れられ、『笑っていいとも』(フジテレビ系列)のレギュラー出演や「日本たばこ産業(JT)」「エステティックTBC」「DMM.com証券」など数々のCMのイメージキャラクータに抜擢。テレビで彼女を見ない日はなくなったといっても過言ではないだろう。
しかし、6月25日、海外療養費をだまし取ったとして、ローラの実父であるバングラデシュ国籍のジュリップ・エイエスエイ・アル氏に対し、警視庁組織犯罪対策1課は詐欺容疑で逮捕状が出すという、ローラにとっては悲劇の事件が起こった。
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NEWS・手越祐也の「フライデー」キス写真でウワサされる、「もっと過激な写真」
ジュリー説には手越も思わず苦笑い
NEWS・手越祐也が女性と濃厚なキスをしている場面が、6月14日発売の「フライデー」(講談社)に掲載された。同誌によると手越は、5月下旬の週末に友人男性と共に2対2の合コンを開いていたという。
一行は二次会で六本木の会員制バーに移ったが、すでにほろ酔い状態だった手越は、ソファ席の隣に座っていた女性の肩に手を回し、熱烈キスを披露。同誌は、手越が女性に覆いかぶさるようにして唇を重ねている衝撃的なショットを1ページで掲載している。
「早く帰りたい……」超過密スケジュールの壇蜜に出始めた“危険な兆候”とは
瞬く間にセクシータレントの頂点に上り詰めた壇蜜に、危険な兆候が表れているという。 契機となったのは、4月に大手プロダクション「フィットワン」に移籍したこと。 「移籍してからというもの、業界では『仕事を選ぶようになった』とささやかれていますよ。それまでは来た仕事はなんでも受けるというスタンスでしたが、今は彼女のやりたい仕事しか受けない。オファーしても、事務所側がなかなかスケジュールを教えてくれず、それで流れてしまった企画はいくつもあると聞きました」(テレビ関係者) 壇蜜自身も、過密スケジュールが原因なのか、このところ精神的に参っている様子だという。芸能プロ関係者は「ちょっとしたことでも『嫌だ』とダダをこねたり、『早く帰りたい』とワガママを言うそうです」と証言する。 先日公開された優香主演の映画『体脂肪計タニタの社員食堂』でも、こんなことがあったという。 「壇蜜さんも出演していて、ゴシップ誌などでは『主役の優香を喰った』と散々話題になっていたのに、いざ公開となっても壇蜜さんは宣伝活動に積極的ではありませんでした。ゴシップ誌にヨイショ記事を書かせておいて、それはないですよ」(映画関係者) そればかりか、最近は“女優引退”もささやかれる始末。別の映画関係者によると、壇蜜主演の新作“官能”映画が年内にも公開されるというが、それを区切りに女優業はいったん終了。今後は、グラビアやバラエティ番組への出演をメインにやっていくつもりだという。 別の映画関係者いわく「映画は撮影に時間がかかる割に、ギャラは少ない。それなら、写真集やテレビ出演のほうがよっぽどオイシイ。要は、彼女も“学んだ”ということでしょう」。 ファンが壇蜜に期待しているのはトーク力ではなく、エロスなのだが……。
予告!サイゾーテレビ【小明の副作用】第78回生放送は27日(木)22時です

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元・天井桟敷舞台監督が、寺山修司没後30周年にラディカルな提言「脱・寺山のすすめ」
今年、没後30年を迎える寺山修司が、再び脚光を浴びている。忌野清志郎らとともにタワーレコードのポスターに起用されたのを皮切りに、世田谷美術館、ワタリウム美術館では大規模な回顧展を開催。パルコ劇場をはじめ、全国各地で30作品以上の演劇が再演される。さらには、スピードワゴン・小沢一敬やサカナクション・山口一郎らもファンであることを公言するなど、若い世代にもその存在が広く知られつつある。 学生の頃から俳句・短歌で天才的な才能を発揮していた寺山は、31歳の時に劇団「天井桟敷」を結成。折しも数々のカウンターカルチャーが花開いた60年代。唐十郎の「状況劇場」や鈴木忠志の「早稲田小劇場」らとともに、「アングラ演劇」と呼ばれる新しいジャンルを切り開いた。『市街劇』『暗闇演劇』『訪問劇』といった、それまでの“演劇”の枠にとどまらない数々のスキャンダラスな作品を上演し、それらの作品は30年以上を経た現代にまで語り継がれている。 さらに、エッセイストとしても『書を捨てよ、町へ出よう』『家出のすすめ』(角川文庫)といった作品でロマンティックな文才を見せ、青少年の煽動者と目された。そのほか、「映画監督」「放送作家」「作詞家」「競馬評論家」など実にさまざまな肩書を持ち、「職業・寺山修司」と自称していたのはよく知られた話だ。47歳の若さで死去したということもあり、寺山をカリスマ視する者は後を絶たない。 そんな寺山の仕事ぶりを間近で見てきた人物の一人が、映画配給会社アップリンク代表の浅井隆氏だ。10年間にわたって天井桟敷の舞台監督を務め、「伝説」と語り継がれる作品群を、内側から見続けてきた人物だ。高校生の頃に初めて天井桟敷の作品を目撃した浅井氏は、その衝撃を次のように振り返る。 「大阪のサンケイホールで、天井桟敷が『邪宗門』を上演したんです。煙がもうもうとした中でJ・A・シーザー(天井桟敷に所属した音楽家)の音楽がおどろおどろしく鳴る。大仕掛けのスペクタクルがあり、エンディングは『劇は劇場の外にあるんだ』というメッセージでした。そんな空間に飛び込んだのは高校生で初めて。これはかっこいいと思いました。それから、紅テントや黒テントなどが来るたびにいろいろ見に行ったけれど、それらが「芝居」だったのに対し、天井桟敷は「ショー」だったんです。当時、ブロードウェイミュージカルの『ヘアー』が、元祖ロックミュージカルとして話題になっていましたが、天井桟敷はあたかも日本版ロックミュージカルのようでした」 「演劇を通して、社会転覆を目指す」という天井桟敷のスローガンに魅せられた浅井氏は、上京後、天井桟敷に入団。それから10年間、浅井氏にとっては20代の青春の日々を、裏方として天井桟敷に捧げてきた。しかし、浅井氏の視点に立つと、その「伝説」の形は、世間一般に語り継がれているものとはやや異なるようだ。今でこそ「アングラ」は一つのジャンルとして確立されているものの、当時を知る浅井氏は「ほとんど蔑称のようなものだった」と証言する。 「僕たちは、自分で『アングラ』と言うことはありませんでしたね。普通に演劇をしていると思っていたから、『前衛劇団』であっても、アングラではなかった。当時、劇団員にはチケットノルマが課されており、30〜50枚のチケットを友人や知人に手売りしていました。有名だったわけでもなく、評価が高いわけでもなかったから、チケットを売るのも大変だったんです……。アングラ劇団員なんて名乗ったところで、家も借りることができない。みんなバイトをしながら必死で食いつないでいました」 そう笑いながら往時を振り返る浅井氏。だが、毎回苦戦を強いられる国内公演の一方で、ヨーロッパを中心とする各国の演劇祭に呼ばれ、『人力飛行機ソロモン』や『毛皮のマリー』『邪宗門』といった作品を上演。世界の最先端の劇団としての名声を獲得していったのだった。『寺山修司:天才か怪物か』(平凡社)
この経験は、天井桟敷解散後に浅井氏が設立したアップリンクの映画配給の場にも表れている。 「日本で評価されていなくても、海外の演劇プロデューサーは天井桟敷を評価してフェスティバルに招待してくれました。アップリンクでも評価の定まった映画監督の作品を配給するばかりではなく、僕が映画祭で見て、いいと思った作品を日本に持ってくることをいつも心がけています」 数々のアヴァンギャルドな作品や、シリアスなドキュメンタリーを送り出すアップリンクも、寺山の存在なくしては生まれていなかっただろう。そんな浅井氏のこと。30周年という節目の年になされる寺山再評価のムードをさぞ喜んでいるのだろうと思いきや、「あまり加担したくない」と、そこには微妙な思いがあるようだ。 「本当に天井桟敷がすごかったのなら、当時もっとお客さんが入ってもよかっただろうし、もっと日本でも評価されてよかった。これは裏返せば、誰も自分の目で評価していないということですよね、昔も今も。当時の演劇は映像として残されていないし、あるのは台本と著書だけ。そこで、どんどん伝説が肥大化している。30周年で再び注目を集めることは、悪いことではないと思います。けれども、30年前に死んだおっさんの話よりも、いま面白い人を追いかけるべきではないでしょうか。かつて、寺山さんが亡くなった後の世間の様子を見て、彼を懐かしんだり、過去を見続けることはやめようと思ったんです。過去を振り返るのではなく、自分の感性で何か面白いと思ったら、演劇でも音楽でも映画でもなんでもいいから、正当に評価して、人に勧めたり、応援したりすることが大事だと思いますね」 すでに、浅井氏は寺山の本のページを繰ることもなければ、演劇作品の再演に足を運ぶこともないという。 「あえてラディカルに言うなら、寺山作品を読む必要もない。それよりも、自分で街の中の面白いものを見つけて探し出すべきだと思います。30年を経て、寺山さんの作品もすでに古典となりました。もしかしたら、本人も読まれることを望んでいないかもしれないですね」 寺山自身「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」と著書の中で語っている。寺山の仕事を10年間にわたって見てきたからこそ、浅井氏は寺山を振り返ることなく“今”を見て仕事を続けているのだろう。 (文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●あさい・たかし 寺山修司の天井桟敷舞台監督を経て、87年、有限会社アップリンクを設立。映画の制作・配給・プロデュースを行い、映画上映やイベントができる「UPLINK FACTORY」、「UPLINK X」や「UPLINK Gallery」などを運営する。 <http://www.uplink.co.jp/>アップリンク代表・浅井隆氏
ママ友の間で浮きたくない!! 「I LOVE mama」がまさかの「VERY」化
<p> ギャルママ雑誌「I LOVE mama」(インフォレスト)8月号のファッション特集で、こんな企画がありました。「主婦で母親で女のコ(はあと) 気分に合わせて着回す7days」。ま、よくある1週間の着回し企画なんですが、25歳以上を「姉ママ」、25歳未満を「妹ママ」と称して、それぞれのパターンに分けてコーディネートを見せてるんですよ。25歳以上で「姉ママ」だとすると、30~35歳くらいになると「ままママ」、40歳以上は「ばーばママ」になってしまうのではないでしょーか!? 実際、20歳のママの母親は40歳ということもあるわけで、子どもから見たら正真正銘のばーばです。<br /> </p>
「私、負け犬なんで」…自虐でプライドを守る【真に受ける女たち】
イラスト/別珍嘆
その昔、30歳以上で子どものいない未婚女性を一刀両断「負け犬」と看破した酒井順子先生による『負け犬の遠吠え』(講談社)が一世を風靡した。当時ちょうど30歳に差しかかる年頃で子どももペットもいない未婚の私は、条件の該当者として大変生意気な感想を抱いた。
① なぜ、括るのか









