
駐車してある戦車の前でくつろぐ人々(モガディショ)。
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――『謎の独立国家ソマリランド』では、高野さんの紀行文とソマリランドを学者のように解説するくだりが交互に出てきます。読者のみなさんには、どういうところに注目して読んでもらいたいですか?
高野秀行(以下、高野) SFを読むような気分で読んでもらえると、面白いんじゃないかと思います。この世のことではなくて、別の惑星で起きているみたいな。
――別の惑星と言われると納得できます。少なくとも、日本人の文化や概念からはほぼ外れていますよね。
高野 僕はこの本で、2つのことをいっぺんにやろうとしたんです。ひとつは専門家が読んでも、役に立つ本であること。従来のソマリアは20年も無政府で、ソマリランドは国家として承認されていない。研究者もいないし、知っているジャーナリストもいない。無政府状態になる以前は軍事独裁政権で、やはりジャーナリストや研究者は自由に入れなかった。わからないことだらけなんですよ。国自体が未知の世界で、まさに政治的秘境になっているから、そこにはいろいろな面白いことがあります。そういう意味で、この本は資料的な価値も絶対あるはずなので、研究者やジャーナリストが読んでも役に立つように書いてあります。
もうひとつは、面白い物語であること。専門書だと、一般の人が読む理由がなくなってきますよね。一般の人はソマリアなんて知らなくてもいい。地理的にも離れているし、商売をしているわけでもない。そういう人には、純粋に冒険物やSFを読むように楽しんでもらいたいです。
■海外取材における、お金の話
――著書ではお金、特に取材費の話が出てきますよね。当初持っていった取材費は150万円くらいとのことですが、フリーランスが海外取材する場合の予算や、現金を持ち歩くことのリスクを、どのように考えていますか?

機関銃を携える民兵。
高野 大都市ではたいていクレジットカードが使えるから多額の現金を持って行く必要はないけど、ソマリアみたいなところではカードが一切使えないから、持って行くしかない。実は送金してもらう手もあったのですが、当時はわからなかったので。
――現金を、どこに入れていたんですか?
高野 150万をドルにして、分厚いので分散して、腹(腹に巻くタイプの貴重品袋)に入れました。20ドルくらいまでの細かいものはビニール袋に入れてカバンの中に入れ、50ドル以上のお金は身に着けていました。
――高野さんは「著作を一冊書いても70~80万ぐらいの収入にしかならない」とサラッと書いていますが、衝撃を受ける読者もいると思います。費用対効果は考えていましたか?
高野 まったく考えていませんね。考えたら行けないですよ。今まで出版社からお金をもらって行った取材も何回かあるけど、大半は自分でやっています。企画になるかわからないことに出版社はお金出してくれませんから。
――それは実際に本になるまでは、高野さんが何を言いたいのか、編集者には伝わらないということでしょうか?
高野 そうそう、そういうことです。いくら説明しても、全然わかってもらえないから。それでも以前は企画にしようと頑張って伝えていたのですが、いくら言ってもわかってもらえない。今でも僕が面白いと思っていることは、だいたい編集者に伝わらなくて。行く前は全然企画として成立していなくて、行って書くと「あぁ」と納得して、ようやくわかってくれる。だから、書いたものを見せないとしょうがないんですよね。
――企画書だけでは編集者に面白さが伝わらない、ということに苦労しているんですね。
高野 でも、簡単に伝わらないことは、すごくいいことだと思います。人が想像していることをやってもしょうがないから。人が想像できないことをやらなきゃね。
――実際『謎の独立国家ソマリランド』が売れているのも、人の想像力を超えた物語であるということが大きいと思います。ご自身は、売れている理由をどのように分析されていますか?

私の面倒をみてくれたモガディショの美人ジャーナリスト(右)。
高野 まあ異様な本でしょ。タイトルが『謎の独立国家ソマリランド』で、こんなしっかりした作りで、帯も「西欧民主主義、敗れたり!!」って言い切っているし。本の雑誌社の担当編集者とも話したんだけど、本当に面白い本はちゃんと売れるんだなって。出版に対して未来を感じたというか、まだまだ捨てたもんじゃないなと思いましたね。
――存在感がすごくあるというか密度が濃いというか、詰め込まれているというのが厚さだけじゃなくてパッと見でわかりますね。
高野 編集者とレイアウト担当の人と、完璧な本を作りたいと話していたんです。地図なんかも、すごく変で複雑な地図ですが、あれも繰り返し繰り返し直して文字の大きさや色にこだわって、いかにわかりやすくきれいに仕上げるかを徹底してやったんです。地図にはやっぱり色がつかないとわからないということになり、カラーは8ページと決まっているので、最後の写真を削って入れたんですよね。
――500ページを超える大作ですが、執筆には苦労されたんですか?
高野 自分の中では、苦労は少ないほうですね。書き直しは少なかったです。最初に書くときにものすごくいろいろ書いて、流れを自分の中で考えて作りましたからね。
――最初から最後まで、ちゃんと考えられているわけですね。
高野 そうです。関係者全員で、完璧に作ろうと頑張りましたから。ソマリはもうこれ一冊でOKなんだ、という本にしたかった。自分の集大成なんですよね。今まで25冊近く書いてきたけど、10年前だったら、この本は書けなかったと思います。理由は、技術的に難しいから。情報だけ並べるのであればそれはできるし、ストーリーだけ書くのであればそれもできるんだけど、情報を入れてそれをストーリーにしていくとなると、こんなに要素が多いと、めちゃくちゃ難しくなってくる。10年前だと、たぶんそれが技術的にできなかったと思うんです。
――ソマリランドでシリーズ化したいと考えているんですか?
高野 あと6~7冊は書こうかなと。まず銃撃戦を含めた続編を考えていて、それから向こうで親しくなったジャーナリストを日本に呼んで、彼らと一緒に本を作ることを計画しています。来年にはラクダで古代王国を探す旅に出る予定。そんな夢を持てる国なんてないですよね。僕にとってソマリというのはライフワークなので、それだけやるのではなくて、ひとつの大きな縦軸として今後も続けていきます。
(取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト<
http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/>)
●たかの・ひでゆき
1966年、東京都八王子市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学探検部在籍時に書いた『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をきっかけに、文筆活動を開始。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットー。アジア、アフリカなどの辺境地をテーマとしたノンフィクションのほか、東京を舞台にしたエッセイや小説も多数発表している。1992~93年にはタイ国立チェンマイ大学日本語科で、08~09年には上智大学外国語学部で、それぞれ講師を務める。主な著書に『アヘン王国潜入記』『巨流アマゾンを遡れ』『ミャンマーの柳生一族』『異国トーキョー漂流記』『アジア新聞屋台村』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『西南シルクロードは密林に消える』『怪獣記』(講談社文庫)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)、『未来国家ブータン』(集英社)など。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で第一回酒飲み書店員大賞を受賞。