
痩せた男A 「そっとな、そっと……」
ガッチリ男B 「最初オレがゆっくり押すから、お前は足を上げてじっとしてればいい」
痩せた男A 「あアッ――、俺、こんな態勢初めてだ……」
ガッチリ男B 「そりゃ誰だって最初は“初めて”サ……。イクぞ!」
これは男2人の逢瀬のワンシーン、ではない。俳優で声優の喜安浩平氏が、脚本・演出・出演をすべて担当したアニメーションDVD『喜安浩平の世界』(キングレコード)に出てくる第2話「はじめての自転車」での1コマである。『はじめの一歩』(日本テレビ系)や『テニスの王子様』(テレビ東京系)などを代表作に持つ喜安氏なだけに、メジャーどころを狙った作品なのかと思いきや、これがえらくやりたい放題暴れてくれているのだ。



全8編のアニメーションはすべて会話劇。第1話「はじめてのインタビュー」、第2話「はじめての自転車」、第3話「はじめてのお祭り」と、各話は独立しているものの、どれも“はじめての○○”がテーマになっている。どの話も淡々と進む独特の演出が目立つ中、セリフ、カメラワーク、イラスト、どれをとっても妙に力の入っているのが、冒頭の痩せた男Aとガッチリ男Bが登場する「はじめての自転車」だ。
長髪の痩せた男Aと、チョビヒゲでガッチリ体型の男Bが、(おそらく)自転車の練習をしているのであろう場面から始まる。最初の画面に映っているのは、2人の男性の肩のあたりまで。なぜか両者とも、肌を露わにしている。炎天下での自転車の練習は暑いのだろうか?
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痩せた男A 「いいか……? そーっと、だからな?」
ガッチリ男B 「分かってるって。なんだよ、臆病だな(ウインクしながら)」
痩せた男A 「こっちは初めてなんだからな! あっちょっと! 手ェ動かしちゃダメだってば!」
ガッチリ男B 「動かしてないって。ホラ……ちゃんと支えてるよ……。間違っても手は離すなよ? どこイッちゃうか分かんないんだから」
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もう一度言うが、痩せた男Aの、初めての自転車の練習に、ガッチリ男Bが付き合ってやっているシーンである……たぶん。確かに、自転車の練習では後ろを支えてあげないとならないし、手をハンドルから離すと、“どこイっちゃうか分かんない”のは間違いない。甘酸っぱくいやらしい“練習”はこの調子で続く。
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ガッチリ男B 「お前、震えてるんじゃないか?」
痩せた男A 「震えてなんかないよ(ハァハァ)」
ガッチリ男B 「頑張れ、キモチイイから……」
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一連の掛け合いを繰り返し、ようやく発車に成功したラストシーンで初めて、画面に自転車が映る。「登場人物のセリフは全部、“自転車の練習”でのセリフでしょ? 何か?」と喜安浩平氏の高笑いが聞こえてきそうである……。
しかも、この「はじめての自転車」のみ、第2話、第5話、第8話に収録されている3本立てのシリーズモノ。ただでさえこの手のネタは扱いがナイーブだというのに。もしかして、DVDタイトルの“喜安浩平の世界”って、そういうこと? そういう、新しい世界へご案内ということ、なの……?
(文=朝井麻由美)