グランプリ 「巨人原監督が元暴力団員に一億円払っていた!」(「週刊文春」6月28日号) 第2位 「総力取材 薬物汚染地図」(「週刊現代」7月7日号) 第3位 「ブータン 幸せの裏側」(「AERA」7月2日号) 次点 「西久保愼一スカイマーク社長『顧客の苦情を受け付けない経営哲学』」(「週刊現代」7月7日号) AKB48人気が過熱する中、AKB48がらみの事件が6月25日付の朝日新聞夕刊に載った。 AKB48の握手券を売るといって女子高校生から3万6,000円詐取した容疑で16歳の少年が逮捕。4月にAKB48の握手会の会場でメンバーの写真約500枚を奪った事件で、ファンの少年ら2人が新たに逮捕された。 握手するのも、総選挙に投票するのも金、金、金というAKB48商法が、こうした犯罪を招く一因になっていることは間違いないのではないか。 もっと奇っ怪な事件が同じ夕刊に載っていた。 「東京都杉並区のライブハウスで、芸術家の男性が手術で切り取った自分の性器を調理し客に食べさせるイベントが開かれた問題で、杉並区が25日、この男性らを警視庁にわいせつ物公然陳列などの容疑で告発することが、捜査関係者らへの取材でわかった。捜査関係者などによると、イベントは5月13日夜に開催。入場料は4,000~4,500円で、インターネットを通じて71人の客が集まった。舞台上で男性が調理した性器が提供され、希望者5人が別料金2万円を支払い試食し、食べ残しを3,000円の料金で持ち帰った客も数人いたという」 当夜の客たちにぜひ週刊誌が直撃インタビューしてほしいものである。 ところで、今年はLCC(格安航空会社)元年といってもいいだろう。今年3月にANA系列で関西空港を拠点とするピーチ・アビエーションが就航し、7月にJAL系列のジェットスター・ジャパン、8月からANA系列のエアアジア・ジャパンが就航する。 エアアジアは成田と新千歳、福岡、沖縄便が8月から、10月から韓国・釜山、仁川便が飛び始める。一番安い成田-新千歳が4,580円で、予約が埋まってくるに従って上がって行くシステムである。 LCCというと座席が狭い、サービスが悪い、何だかんだと別料金を取られて、結局大手航空会社とたいして変わらないのではないか、というイメージが流布されているようだ。 5月末には国内のこの業界のパイオニアであるスカイマークが利用者に配った「サービス・コンセプト」が大きな論議を呼んだ。「機内での苦情は一切受け付けません」などとあり、批判が噴出したため、スカイマークはあわてて引っ込めた。 不満のあるお客は消費生活センターに連絡しろと書いて、東京都の消費生活総合センターからも撤回を指示されてしまった。 そのスカイマークの西久保社長が現代で、「批判されてもあえて言い続ける」と自分流の経営哲学について語っている。これが今週の次点。 「われわれは、JALやANAといった大手と運賃競争をするために世に出てきたベンチャーです。最大のサービスは運賃の安さ。客室乗務員が愛想笑いを浮かべながら提供する表面的なサービスより、運賃で勝負しようというスタンスで経営をしてきました。第一、われわれはサービス業者ではなく輸送業者です。『運賃以外のサービス』と言ってもおのずと限度があります。平たく言えば、新幹線に乗車したときに受けるサービスをイメージしてもらえたらなと思うんです」 しつこくクレームをする客には、他の客に迷惑になるし運行にも影響するから、「だからそういうときには当然、かなり強い口調で『出て行ってください』と言います」と言い切る。 飛行機を降りた後でもクレームを続ける客がいると、係員がその客に占有されてしまうし、次のフライトまでの時間が他社に比べて15分ほど短いから、ヘビークレームに対応する余裕がないのだとも話している。 コストもサービスも切り詰め、安いのだから文句をいうなというコンセプトが、他国ならいざ知らず、日本の乗客に受け入れられるのだろうか。 ちなみに今年8月から運行を始めるANA系列のエアアジア・ジャパン岩片和行社長は、ビジネス情報誌「エルネオス」の私のインタビューでこう答えている。 「われわれはまったく逆のことを考えていて、余計な人手が必要になったりコストがかかったりということでない限りは、精一杯お客様に楽しんでいただくのがわれわれの基本ですから、乗って楽しい、おもしろい、思い出に残る、いっしょに元気になれる、そういうサービスができないかなと考えています。もちろん第一義的にわれわれがやらなければならないのは、コストを下げて安い値段で提供して利益を出すことです。だけど安いだけでは消費者は関心をもってくれません。コストをかけずにどうやって付加価値を高めるか、会社としての企業価値は尽きるところ人だと思います。私たちは折り返し時間も限られていて機内も広いわけではないし、お客様にも協力していただかなければならないこともたくさんあります。だから大手と同じようにできることもあればできないこともある。だけどもそれと無駄なサービスはしなくてもいいという発想を持つのはまったく違います。われわれは機内でどうやってお客様に楽しんでいただこうかということに知恵を絞る。エアアジアって他とは違うんだという印象を持って帰っていただいて、初めてリピーターが得られるんです」 この言葉を西久保社長はどう聞くのか。 第3位は少し趣を変えて、世界一幸福度が高い国ブータンのルポルタージュである。 私はこういう記事が好きだ。AERAの記者が20日間ブータンにいて取材をしたという。 人口70万人。大家族で、みんなで助け合う生活をし、来世でも人間に生まれ変わるために日々お祈りするブータンを、日本人の多くは古き良き伝統が残った国と評価するが、この国も消費経済の波が押し寄せ、貧富の格差は広がり、インターネットの普及により、他国の生活にあこがれる若者たちが増えているというのだ。 ブータンの首都ティンプーは住宅建設ラッシュと急増したクルマによる渋滞でのどかなイメージがないと記者は書いている。 しかもクルマも住宅もローンで買うから、政府はこの4月に新規ローンの凍結を命じた。 「ブータンでは貨幣経済が一気に浸透してしまったので、人々がお金についての知識をまだ十分に身につけていないのです。また、ブータン人は来世を信じ死を身近に感じるからこそ今を明るく楽しむという姿勢がある。そのためローンを気軽に借りることにつながってしまったのではないでしょうか」(現地に住む高橋孝郎) 核家族を好む世代も増え、プライバシーを保ちたいために親とは一緒に住まない若い世代も増えているようだ。都市の人口の増加、都市と農村の貧富の格差。 医療費は無償だが、ティンプーの国立総合病院では毎朝7時頃から200人もの列ができ、それがいやならお金を払えと、待ち時間のない窓口が病院内にできたそうだ。高額なプライベートクリニックも近く市内にできるそうだが、この開設には元政府高官が関わっているという。 王立ブータン研究所が10年に実施した国民の意識調査によると「幸せ」と定義された人は41%しかいなかったという。以前の国勢調査とは調査方法が違うので単純比較はできないが、やはり10年の調査で87.8%が「この数年で大多数のブータン人が、物質的な豊かさに関心を持つようになった」そうである。 またブータンには全国で180人余りの医師がいるそうだが、小児科医は7人だけで、機器も不足していると指摘するのは国立総合病院に勤務する西澤和子だ。 ブータンは貿易のほとんどをインドに頼っているため、貿易赤字が拡大してインドルピーが足りなくなりインフレが始まっている。 ブータンも市場経済と無縁ということはなく、その波の中でブータンの国民総幸福量(GNH)がどうなっていくのか、心配ではある。 月曜日(6月25日)の7時のNHKニュースでも取り上げていたが、脱法ドラッグの問題が深刻である。 現代が薬物汚染地図なる大特集を組んでいるが、時宜を得た企画で2位に選んだ。 なかでも2章目の「売人と警察の戦い」と3章の「クスリにはまっているこれがサイン」が興味深い。 新橋駅前のSL広場を抜けた雑居ビルの一室に「“ハーブ”“お香”“アクセサリー”の店」という看板がかけられた3坪ほどの店がある。 ショーケースには3センチ×4センチほどの小袋が何種類も並び、価格は3グラムで4,000円。従業員が勧めるのはハーブという、一見タバコの葉のような香草に薬物を付着させた「合法ドラッグ」で、ナチュラル系は大麻、ケミカル系は覚せい剤やコカインに似た効果があるという。 この脱法ドラッグが大流行し、使用者が引き起こす事件も急増している。 5月11日には東京・渋谷区で脱法ドラッグを使って錯乱状態になった男が路上で女性に飛びかかり、搬送先の病院で5日後に死亡。 5月25日には、大阪市内のアーケードなどで、クルマで6件の当て逃げひき逃げを起こした男の尿から脱法ドラッグが検出された。 警視庁関係者によると、1月1日から5月31日までで脱法ドラッグの使用が原因で85件、110人の110番要請があったという。 脱法ドラッグとは、植物片に合成カンナビノイドなどの化学物質を付着させたドラッグで、紙タバコのようにして吸うが、なかには大麻の50倍も効くものもあるというのだ。 国立精神・神経医療研究センター依存性薬物研究室の船田正彦室長はこういう。 「現在、合成カンナビノイドは100種類以上ありますが、体内から検出されにくいものが多く、中毒を起こしても、医療機関が必ずしも適切に対応できないケースが想定でき、生命の危険性も非常に高い」 脱法ハーブは元々「大麻を愛するサーファーたちの愛用品だった」。ショップの経営者の多くが元サーファーで、なかには年間約40億円稼ぐ者もいるという。 法改正が遅々として進まないなか、日本は脱法ハーブ天国になりつつあると現代は嘆いている。 夜回り先生の水谷修も、中高生の間でドラッグが流行ってきていると肌で感じていると話している。 「いまのこどもたちの5割は、違法薬物について身近で見聞きしている。そのうちの25%、4人に1人が誘われています。(中略)合法ドラッグというネーミングのため、違法ドラッグに比べれば効果が弱く安全だと考えてしまうのです。優秀な学校に通う高校生たちも、進路に関する悩みや受験勉強の憂さ晴らしに、『ちょっと試してみようかな』という軽い気持ちで手を出してしまう」 わが子が薬物をやっているかどうかを見極めるには、どんなサインに注意したらいいのか。 臭いがあるので、必ずお香を焚いて臭いをごまかそうとする。灰皿に粘性の強い真っ黒な灰が入っていればタバコではなく吸引系の草。 覚せい剤系のドラッグを使うと毒物を体外に出そうとして体が猛烈に水分を欲しがるから、部屋にペットボトルがズラーッと並んでいる、寝汗でシーツがビショビショになっていたら要注意だそうである。 先の水谷は、ドラッグでこどもの脳がどれほど壊れているかわからないから、自分のこどもがドラッグをやっていたとわかったら、各都道府県にある精神保健福祉センターの窓口で相談しろという。 「脳も神経も一旦、壊れてしまえば、再生不可能。壊れた状態で、その後の人生を生き続けなければならないんです」(水谷) こういうときこそ政治の出番なのだが、政治家も消費税増税問題によって、脳が壊れかかっているから期待しても無理だろうな。 さて、文春がまたまたやってくれた。 今週は原辰徳巨人軍監督が元暴力団員に1億円払っていたという、これまた仰天スキャンダルで文句なしのグランプリ。文春は2週連続で完売したそうで、これは10数年ぶりだという。目出度いことである。 まず、事件の経緯から見ていこう。 きっかけは一本の電話だった。09年4月に巨人軍の球団事務所に山本正志(仮名)と名乗る男から電話が入り、山本は電話を受けた球団職員に「原監督に渡っている、ある女性の日記を返してほしい。(中略)返してくれないなら、騒ぎを大きくする」と通告した。 この電話に続く8カ月にも及ぶ脅迫事件が、封印されていた原監督の醜聞、暴力団関係者による1億円恐喝事件の存在を浮かびあがらせたのだ。 それは約24年も前のこと。 当時のジャイアンツは王貞治監督が率いていた。中畑清や篠塚利夫、吉村禎章らが活躍し、中でも“若大将”の愛称で親しまれていた4番バッター原辰徳が人気の中心だった。 新人王、3年目にはMVPに選ばれるなどスター街道を驀進し、86年には5歳年上の明子夫人と結婚、88年には長男も誕生している。 そんな幸せな生活の一方で、別の女性との間に重大な問題を抱えていたのである。 兵庫県芦屋市に巨人が甲子園で試合を行う際、定宿にしている「T」というホテルがある。繁忙期には“野球バイト”といわれる若いアルバイトが選手の食事や宿泊のサポート役を担う。 原はそのうちの一人の女性と深い関係になったが、その女性が深く傷つくトラブルが生じたというのだ。 このトラブルが何かは読んでもわからないが、問題解決のために原が費用を用立て、その後も交際は続いたようだ。 しかし、その女性にだんだん変化が出始めた。 「野球バイトのない時に大阪の北新地でホステスをするようになり、その後はホストクラブにハマって借金を作り、カード支払いの請求で首が回らなくなってしまったと聞いていました」(「T」の元スタッフ) そして95年の阪神淡路大震災と前後する形で、彼女は忽然と姿を消してしまうのだ。 しかし、それでは終わらなかった。彼女はトラブルのことや、そのときの気持ちの揺れを克明に日記に書いていた。 原との交際に思い悩んだ彼女が、原のチームメイトだった岡崎郁や緒方耕一(現野球解説者)らに相談を持ちかけていた様子も綴られていたという。 悩んだ末に彼女は失踪してしまうのだが、その日記は家に残され、同居していた同僚の女性から暴力団関係者へと渡ってしまったと、事情を知る人間が語っている。 それが先の山本で、当時は山口組の西日本の有力団体S会の直参組長だった。 しかし、なぜかその日記は山本の舎弟のHの手に渡る。Hは北海道出身で息子が現役のプロ野球選手だったKという元暴力団に話を持ちかける。 女性が失踪して10年以上の時が過ぎ、原は2度目の巨人軍監督になっていた。 原の携帯に電話が入ったのは06年8月。あんたのスキャンダルを握っているから至急会いたいというものだった。 巨人が遠征している熊本のホテルにKとHは行き、原に日記のコピーを示しながらこういったという。 「原さんが野球界から居なくなったら大変なことになる。表に出ないように私が解決するので、私に任せなさい。それには金がいる」 金額を尋ねる原にK側は指を一本突き立てた。「1千万ですか?」と原が聞くと「ケタが一つ違う」といったという。 原はこの年は複数年契約の1年目で、早々と優勝争いから脱落していたため、この醜聞が表に出れば致命傷になると考え、警察にも相談せず、金をかき集めて理不尽な要求に応えてしまったのだそうである。 K側はカネと引換に日記をシュレッダーにかけ、領収書を切った。 だが、これで一件落着とはいかなかった。 今度は、Hの兄貴分だった山本が原を脅し始めたのである。 ここまで読んできて、おやと思う。日記は処分されたようだし、Hというのは交通事故で死んでいるそうだ。なのに山本は日記を返せと球団事務所に執拗に電話をしてきたり、原の自宅へ押しかけて行ったそうだが、何が目的だったのだろう。ただ日記を取り戻したかっただけではあるまい。まだ原から搾り取れると思ったのだろうか。 球団側はこのとき初めて原に聞き取り調査を行い、ことの経緯を知るのである。 山本は当座、威嚇するような言葉は吐くが、金銭要求はしなかった。だが、09年12月1日、球団事務所近くの路上でガスボンベとガソリン缶を持って「ここで腹を切ってやる」と叫び、爆発物を起爆する行為を繰り返したため、威力業務妨害の現行犯で逮捕された。 公判では原の名前はもちろんのこと、原の醜聞や恐喝事件にも一切触れられず、保護観察付きの有罪判決を受けた。 不可思議な事件だ。巨人軍側は、Kは元暴力団だが20年以上前に足を洗っているし、Hは原に水産会社の名刺を出していたから、原の頭の中には暴力団と関係があるという考えはまったくなかったとしている。 06年に脅されて金を払ったとき、相手が暴力団という認識がなかったというのは信じられないが、それよりも、文春が書いているように、この恐喝事件は公訴時効の7年をまだ超えていないのに、球団は被害届を出さないというのは不思議である。 まだ失踪した女がらみで表に出せない何かがあるのではないか、と勘繰りたくもなる。 原監督の動きは素早かった。文春が発売される前日、以下のコメントを発表したのだ。 <ファンの皆様へ 1988年ごろ、私はある女性と関係を持ちました。女性とはまもなく連絡をたちましたが、それから約18年後、監督に復帰して1年目の2006年8月、プロ野球と関係ある人物から電話があり、『あなたの女性問題に関する日記がある。公になれば球界は大変なことになる。表に出ないよう私に任せてほしい』と言われました。 ゆすられていると思い、不安を感じた一方、私を助けてくれるのだとも解釈し、要求された現金を渡しました。悩んで悩んで悩み抜いての苦渋の選択でした。私の個人マネジャーとは『これで終わりにならない時には球団に相談し、警察に届け出よう』と話し合いました。 その後、動きはありませんでしたが、2009年、別の男から球団に電話があり、「女性問題のことを書いた日記が監督の手に渡ったはずだ。それを返してほしい」ということでした。私は球団にすべてを打ち明けました。妻にもすぐに告白しました。一番傷つけてしまうのは妻だと思ったからでした。(中略) 私個人の不徳の致すところであり、浅はかなことをしたと思っています。たくさんの選手を指導するプロ野球の監督という立場にある人間として、深く反省しています。ファンの皆様、大変申し訳ありませんでした。 読売巨人軍原辰徳> また、この情報を漏らしたのは清武英利巨人軍前球団代表だと、原は「清武さんへ」と題したメッセージも配布したのだ。 たしかに時期的にも、清武巨人軍前球団代表が原から相談を受けたであろうことは想像に難くない。だが、ここで清武へのメッセージを出したのは、原はナベツネと清武戦争の被害者だという世論の同情を引くアリバイづくりで、誰かに入れ智恵されたのではないか。 巨人軍は金を払った相手は暴力団ではないという理由で文春側に対し名誉毀損賠償請求訴訟を起こすそうだが、原が事実関係を認めているのだから、やめたほうがいいと思う。 この記事が出て以来、原はいつ巨人をやめるのかと喧しい。「巨人は球界の紳士たれ」という巨人軍のモットーにふさわしくないというのだろうが、ファンはとっくにそんなことは忘却の彼方だ。どうせ今年いっぱいなのだろうから、頑張ってもらったらいいと、私は思うのだが。 (文=元木昌彦)「週刊文春」6月28日号 中吊り広告より

1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか





