“落としやすい”女のコがいる大学は……?「平凡パンチ」1980年6月9日号

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「平凡パンチ」1980年6月9日号
 山ガールという言葉が流行したころから、本気の山でも女性の姿が増えてきた。「いわゆるあの娘はお嬢さま 俺はしがない山がらす~」とか自嘲しながら、ヒィヒィと岩にしがみついていた時代とは、隔世の感がある。とはいえ、バブル期の「スキー場は3倍」の法則は、山でも通じるものがある(ほら、空気も薄いしね)。昨年、登山雑誌「岳人」の夏山増刊で、剱岳で出会った女性登山者を見開きで紹介していたけど、写真がすべて引き絵だったのは、なんとなく納得……。  で、先頃、知人の軟派な編集者から「山ガールも当たり前だし、女のコを誘って山に行きましょうよ」と誘われた。筆者も昨年、いよいよゴロー(巣鴨にある、植村直己も愛用した登山靴の名店)のS-8を手に入れた身。「いいね、日帰りなら塔ノ岳か蛭ヶ岳あたりで……」と返答したら、怒られた。 「そんなハードコアな話してるんじゃないですよ! 高尾山とかですよ! ハイキングですよ!」  ……残念ながら、埋めがたい意識のズレがあったようだ。しかし、近年になって男女のグループが出会い目的でハイキングに出かける、いわゆる合ハイ(合同ハイキング)は、日常的なものとなっているようだ。2010年には、文部科学省が「スポーツ立国戦略」策定の中で、独身男女による「合同ハイキング」で若者のスポーツ参加率を促すという案を提示している。新聞や雑誌記事を検索すると、ここ5年あまりの間に、スポーツや各種の野外活動で汗を流しながら、出会いも探すという行動パターンは徐々に浸透しているようだ。    さて、その合ハイだが、バブル期には合コンに取って代わられ、まったく廃れた文化だった。何かと合コンをネタにしてきた、ホイチョイプロダクションズの漫画『気まぐれコンセプト』でも、合ハイをネタにした作品を見ることができる。「流行っている」と聞いたら「とりあえず、体験してみるか」の前に、まず系譜を探りたくなる。早速、大宅壮一文庫で合ハイに関する記事を探していたら、見つけてしまった! また下世話な記事を。 ■親睦を深めるには、代々木公園で鬼ごっこ
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まだ誰も「個人情報が~」なんて頭のカタイことをいわない、
よい時代だった。
 というわけで、今回紹介するのが「平凡パンチ」1980年6月9日号の巻頭記事「東京全大学合ハイ新相関地図」である(そもそも、表紙にならぶ記事のタイトルが下世話過ぎて、絶対に読みたくなる。「女のハンドバッグ徹底ご開帳」なんて、もはや文化史の重要な資料だよ)。
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合ハイが合コンへと転換していく時代の貴重な
資料といえる記事だ。
 合コン以前の、重要な出会いの場だった合ハイ。この記事では、まず慶応大学の「ソビエト研究会」と大妻女子短大国文科との合ハイに密着する。彼らの集合場所は、土曜日午後4時、原宿駅。この時点で「え、ハイキングじゃないのか?」と思うのだが、行き先は代々木公園である。自己紹介の後いったい何をするのか? 記事はこのように綴る。
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相関図を見ると、大学同士の関係性は今も変わらない感じが。
「広い代々木公園の一角で彼らはおそろしく古典的な遊びの数々を繰り広げた。“草の上の昼食”ならぬ、草の上のハンカチ落とし、草の上の鬼ゴッコ……」  すでに何事かわからない。この記事を執筆した当人も「ちょっとおかしいヨ!」と思ったのか 「“ハイキング”というにはあまりにも近場で、一昔、二昔前の文字どおりの合ハイとはエライ変わりようだ」
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コネタも時代を象徴するにおいで溢れている。
 と記す。しかも、文字通りのハイキングは約1時間だけ。「“前戯”の功あって、すでにかなりの打ちとけよう」な男女は公園通りを抜けて「道玄坂のライブハウス『ヘッド・パワー』へ吸い込まれていった」のである。要は、ハイキングは口実で、そのまま飲み会に突入するわけである。なるほど、まだチェーン居酒屋が一般的でない時代(チェーン居酒屋の普及は80年代中盤以降)、ライブハウスで飲み会という手があったのか!
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この時期の連載漫画は、みなもと太郎先生。
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散々、恋愛を煽った挙げ句にこんな広告が。ステマか?
 記事は、宴会は2時間にわたって続き、成立した2~3組のカップルが向かったのは、宮下公園である。そこでは「サテンに行こうよ」「帰り送らせて」といった駆け引きが続いたことを記す。  なるほど、合ハイを口実にすれば、いきなり飲み会から始まる合コンスタイルよりも男女が互いに値踏みしたり、目当ての相手と駆け引きする時間も多いじゃないか! と納得。でも「ハズレ」だった時に帰りたくても帰れない時間が続くのは痛い!
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とにかく出会い系の広告がいっぱいである。
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いくらなんでも、異色すぎる対談。
   こうして、読者に「俺も合ハイしたいなあ」という気分を煽る記事は、首都圏の各大学が「地理的、歴史的、偏差値的に」近しい他の大学と相関関係をつくっていることを解説していく。要は、東大とお茶の水女子大、慶大とフェリス女子大、早大と日本女子大、一橋大と津田塾大のように地理的、歴史的、さらには「オツムの程度が似たりよったり」な大学同士だと、合ハイが成立しやすいことを解説していく。さらには、相関図を記し、大学ごとに関係性の強さ、相思相愛型か、片想い型か、さらには合ハイを申し込む場合に、ポスターを張ることができるか、否かまでを図で解説するのだ。
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果たして、このビジネスで儲かった人っているんだろうか?
 そこで、明らかになるのは人気トップ3は、東大、早大、慶大という構図。ううむ、現在とまったく変わらないような。さらに、青山学院大、上智大、立教大などの女子は「自校の野郎には目もくれず、にっくき他大学に秋波を送ってやまないのだ」と解説する。さらに、合ハイでもっとも不人気だと指摘されているのが中央大だ。「地理的条件の不利はあるものの、津田塾、共立、白百合、明星、昭和と、片っ端から声をかけてはみても、色よい返事はまるで頂戴できずにいるのだ」というから悲惨。記事では、その反動として内部でカップルが成立して「週末同棲」が急増していることまで指摘している。いや、なによりも、この取材力がスゴイ! ■落ちやすい女子大は、文化女子大と女子美大  ううむ、結局は受験戦争に勝ち残って東大、早大、慶大に通ってなければ、出会いの敗者とならざるを得ないのか。多くの読者が絶望したのは想像に難くない……。と思ったら、記事はそうした相関関係から外れた大学の諸君にも、救いの手を差し伸べてくれる。それは「穴場的女子大」を狙う方法だ。まず挙げられているのが、国立音大、桐朋、武蔵野音大だ。「こういう音楽系の大学は他大と意外につき合いが少ないし、普通の女子大とは一味違った雰囲気を持って」いるんだとか。さらに「ズバリ“落ちやすい”大学」として指摘されるのが、文化女子大と女子美大。加えて、昭和女子大を「寮の門限がキチンとあり、当局の取締りが厳しいゆえに、これから開発の余地がある」と『早稲田乞食』(早稲田大の伝統的ミニコミ誌。まだ、ある)の推薦する女子大として、紹介している。さらに『慶応塾生新聞』(これも、まだ続いている)のコメントとして「上智、青学、立教の女子は学年が進むにつれて、自校の男のコのアラが見えはじめる」ので、高学年に的を絞れば、容易に合ハイを組めることを指南するのだ。
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これ読んで、注文してから後悔した若者もいるんだろうな……。
 最近「町コン」をはじめ、男女の出会いが再び、アナログな手法へと回帰している。ネットは手軽な出会いのツールなのだが、やはり安心感が違うのか。それにしても、この記事が書かれた80年は現代と比べて、遙かに肉食的だ。アポなしで訪問することが非常識扱いされたり、意中の人に何度も猛アタックすることがストーカー呼ばわりされるようになったのは、いつ頃からなのか。やはり、携帯電話の普及で様相はがらりと変化したのか? まだまだ調査する必要がありそうだ。 (文=昼間 たかし) ■「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー 【第6回】物欲と性欲、自己肯定感に満ちた30年前の大学生活「POPEYE」 【第5回】1991年、ボクらはこんなエロマンガを読んでいた「美少女漫画大百科」 【第4回】そして『孤独のグルメ』だけが残った......月刊「PANjA」とB級グルメの栄枯盛衰 【第3回】「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ! 【第2回】あの頃、俺たちはこんな本でモテようとしていた『東京生活Qどうする?』 【第1回】超豪華"B級"文化人がロリコンで釣ってやりたい放題『ヘイ!バディー』終刊号

デビュー前に武道館決定! ビーイング、K-POP参画で再起をかける?

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『We are “BOYFRIEND"』/Being

 豪華客船で記者会見を行い、日本デビューを発表したK-POPグループのBOYFRIEND(ボーイフレンド)。今月末には、デビューを前にして武道館公演まで決定している。しかし業界関係者の間で、彼らは別の意味で注目されているという。BOYFRIENDの日本所属レコード会社が、あのビーイングだったからだ。

「90年代初頭のオリコントップ5は、常にZARD、大黒摩季、B'z、WANDS、DEENら同社のアーティストによって独占状態。小室哲哉のプロデュース業が成功するまで、ヒットチャートは完全にビーイングの天下でしたよ」(広告代理店関係者)

デビュー前に武道館決定! ビーイング、K-POP参画で再起をかける?

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『We are “BOYFRIEND"』/Being

 豪華客船で記者会見を行い、日本デビューを発表したK-POPグループのBOYFRIEND(ボーイフレンド)。今月末には、デビューを前にして武道館公演まで決定している。しかし業界関係者の間で、彼らは別の意味で注目されているという。BOYFRIENDの日本所属レコード会社が、あのビーイングだったからだ。

「90年代初頭のオリコントップ5は、常にZARD、大黒摩季、B'z、WANDS、DEENら同社のアーティストによって独占状態。小室哲哉のプロデュース業が成功するまで、ヒットチャートは完全にビーイングの天下でしたよ」(広告代理店関係者)

「地方に行くほど珍しい名前の子どもが増える?」DQNネーム流行の背景を探る!

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京都文教大学・小林康正教授
 光宙(ぴかちゅう)、嗣音羽(つぉねぱ)、希夢良(きめら)、月(せいら)。一見して何を意味しているかもわからなければ、読むことも難しいが、これらはすべて人の名前である。珍しい名前のことを「DQN(ドキュン)ネーム」「キラキラネーム」と呼ぶこともすっかり定着した昨今だが、ネット上ではそんな名前に対する拒否反応はやかましい。2ちゃんねるではDQNネームにまつわるスレッドが毎日のように立てられており、中には「これはDQNネームじゃないよね……」と不安げに書き込む親の姿もみられている。いったい、どうして親たちはDQNネームを付けたがるようになったのか。そして、それに対する批判が鳴りやまないのはなぜなのか? 『名づけの世相史』(風響社)の著書もある京都文教大学文化人類学科教授の小林康正氏にお話を伺った。 ■個性を求めた80年代と90年代の「たまごクラブ」  ベネッセコーポレーションが発表したランキングによれば、2011年生まれの男の子は「大翔(ひろと)」「蓮(れん)」「悠真(ゆうま)」、女の子は「結衣(ゆい)」「葵(あおい)」「結愛(ゆあ)」などの名前が人気となっている。人気とはいえ、正直昭和生まれの人間にとっては、なかなか馴染めないものも多い。  小林氏によれば、1990年代より多くなってきたという珍しい名前。よく言えば“個性的”であり、悪く言えば“DQN”な名前だが、そんな名前を付ける土壌はすでに80年代から用意されていた。 「80年代から、個性的な名前を肯定した『名づけ本』が数多く出版されるようになってきました。そこでは『国際化に対応するように』『他人との差別化を図れるように』と、さまざまな珍しい名前が提唱されていたんです」  小林氏は著書で、86年に出版された『What is your name? なまえはコピーだ! いい名前・悪い名前・普通の名前』(四海書房)という名付け本を引きながら、珍しい名前の歴史をひもとく。「ネーミングとコピーでモノが売れる時代、あなたは名前で損をしていませんか?」というコピーが添えられたこの本は、電通のコピーライターたちによって出版された。命名とネーミングを同じものとして扱うその手つきからは、80年代的な消費文化が見て取れるだろう。  そして、その風潮が加速していったのが90~00年代にかけてだった。小林氏によれば、その背景で、ある雑誌が中心的な役割を果たしていたという。 「『たまごクラブ』(ベネッセコーポレーション)は年間4万人に及ぶ名前を収集し、名前のデータベースと、命名に関する具体的な知識を誌面で提供してきました。90年代になるとこの雑誌を中心に、膨大な名前のデータが提供されるようになり、どんな名前をつければ他人と同じにならず“個性的”になるかがわかるようになっていったんです」  親は「かっこいい」、もしくは「かわいい」響きの名前を求めるもの。けれども、多くの人がそう思う名前は、かえって没個性的なものになってしまう。だから、親たちは、当て字や漢字の読み方を変えることで言葉をずらし、他人には読めないような名前を生み出してきたのだ。 ■“読めない名前”は当たり前だった  現在、DQNネーム批判として最も代表的なものが、親たちの「公共性」を問うもの。「読めない名前や珍しい名前には公共性がない=そんな親には公共性がない=常識がない」というのがひとつの論拠である。「ただ、名字で呼びかけることがほとんどです。名前が読めないから困る、ということは案外少ないのではないでしょうか」と小林氏。さらに、歴史的な文脈からも、読めない名前の妥当性を話す。 「日本の名前の歴史としては “読めない”ということは当たり前だったんです。漢字には『名乗訓』という、名前にだけ使える独特の読み方があります。例えば、源頼朝なら“朝”を“とも”と読むのは、名前以外にありません。かつては専用の字典もあったほどです。また、明治時代でも人名を音読みするのは普通で、山縣“有朋”は“ユウホウ”と読みました。本来、名前とは読めないものだったんです」  しかし、その風潮が一変したのが大正から昭和にかけての時代。緩やかな変動を持ちながらも、名前にとってはとても安定した時代が続いた。そして平成に入り、この安定は崩れ始めている。 「名前は時代を映し出します。とくに戦後は日本全体が比較的安定した時代であり、個性が不要だったので、名前も横並びだったんです。一方、現代は個性が求められる時代にもかかわらず、多くの人はサラリーマン的な個性のない生活を営んでいます。名前だけでも個性的であれという気持ちが、珍しい名前を生み出しているのではないでしょうか」  また、子育て環境の変化も、珍しい名前を生み出す一因だろう。以前であれば、家族のほかにも地域に生きる多くの人が子育てに関わってきたが、現代では、父母を中心とする家族以外の人間が積極的に子育てに関わることは少なくなってしまった。「今の親は公共性がないからダメだと安易に結論付けては、本質を見逃すことになるでしょう」と小林氏。 「現代の子育ては、かつてのように公共空間が担っているわけではなく、学童保育や塾通いなどの『教育サービス』が、その役割の一部を担っています。子育てをする親たちの公共性がなくなったというよりも、公共空間そのものが子育てから消えてしまっているのです」 こういった環境の変化によって、親の子育てに対する意識も徐々に変化していっているのは事実だろう。 ■メディアが影響するDQNネーム  では、DQNネームは、いったいどういう親が名付けているのだろうか? 「“下流志向” がDQNネームと結びついているのではないかという見解はよく耳にしますが、はっきりとそれを裏付けるような調査結果はありません」と小林氏。だが、「あくまでも私の推論ですが……」と前置きした上でこう続ける。 「地方に行くと、珍しい名前の子どもが多くなる傾向にあるように感じます。地方ではテレビや雑誌などで増幅された情報がストレートに受け入れられる傾向にあり、マスメディアに影響された珍しい名前も広がりやすいのではないでしょうか」  以前であれば、漢字・漢学の知識が、名前にとても強い影響をもたらしていた。しかし、現代ではこうした教養としての漢字の存在感は、かつてに比べて弱くなってしまった。そういった世間の変化をマスメディアが反映し、さらにメディアに影響された親たちが、子どもたちに“珍しい名前”を命名する。カタカナに当て字を施した名前や、キャラクターに依拠した名前の増加は、日本人と教養としての漢字との距離の変化をも表している。  もはや、2012年には珍しい名前も珍しくなくなり、「かくあるべき」という名前の観念そのものが揺らぎ始めている。「これはDQNネームなのか……」という親たちの不安を裏返して考えれば、つまり、DQNネームと普通の名前との境界線が揺らいできたということだろう。小林氏も現代の学生と接しながら「珍しい名前でいじめを受けるといった話が、かつて以上に聞かれるということはありません。しかも興味深いことに、名前が個性的なので、『あだ名』が減少しているといわれているんです」と報告する。どうやら、このまま、珍しい名前は市民権を得ていくようだ。そこで小林氏は、こう提言する。 「名前には親の願いが込められているものの、その願いを受取けるのは名付けられた本人です。なので、1回であれば簡単に改名ができるように、制度を変更してもいいのかもしれません」  もちろん、親たちが頭を悩ませながら考えた子どもたちの名前を、外部の人間が安易に「よい」か「悪い」かという判断をすることはできない。だが、珍しい名前が流行し、それに対する反発も語られるこの状況からは、「個性化」「公共性」「マスメディア」など、現代社会が抱えるさまざまな問題が浮かび上がってくる。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

松井珠理奈は芸能界の王になれる顔! デカ顔は隠すより見せるべき!!

【ハピズムより】

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その横髪がじゃまなのよっ!!

――顔はその人の本質を表し、真実を宿す場所。顔面評論家で知られる池袋絵意知先生に、話題の芸能人の"顔"から、テレビだけでは分からないホントの姿を検証してもらいます。

 下馬評通り、ただ1人10万票超えを果たした大島優子の圧勝で終わった「AKB48 27thシングル選抜総選挙 ~ファンが選ぶ64議席~」。私もこの原稿を書くために『AKB48選抜総選挙SP』(フジテレビ系列)をリアルタイムで見ていたのだが、上位残り4人となったところで、「前回予想したのが、三連勝複式で当たるのでは?」と期待したのだが、指原莉乃がベスト3に入れず、渡辺麻友が2位に入ったことで外れてしまった。勝負の明暗を分けたのは何か? 今回の選挙順位により、これから大いに活躍するであろうメンバーの顔相から、今後のAKBについて考察してみたい。

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松井珠理奈は芸能界の王になれる顔! デカ顔は隠すより見せるべき!!

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――顔はその人の本質を表し、真実を宿す場所。顔面評論家で知られる池袋絵意知先生に、話題の芸能人の"顔"から、テレビだけでは分からないホントの姿を検証してもらいます。

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温州高速鉄道事故の一因!? 鉄道部への贈賄企業に川崎重工の名も……

 浙江省温州市で起きた高速鉄道衝突脱線事故から1年がたとうとする中、当時の鉄道部部長、劉志軍が事故への責任と収賄、職権乱用などの容疑で、司法機関に送致されることとなった。劉元部長は今後、党籍が剥奪され、不正に蓄財した財産は没収される見込みだ。  温州市の高速鉄道事故の原因としては、企業からの賄賂やキックバックにより私腹を肥やすために、運用能力にそぐわない高度な技術を次々採用したことも挙げられてきたが、今回のトップの処分により幕引きが図られた格好だ。  しかし一方で、贈賄側の責任は、依然、放置されたままである。その贈賄企業について、昨年からネット上で回っている告発文がある。そこには、劉元部長の片腕である張曙光鉄道部運輸局局長が、鉄道建設の発注に絡み受け取ったとされる総額2,000億円の出どころが書かれてあり、その中には技術提供を行った川崎重工の名前も出てくるのだ。 「シーメンス、ボンバルディア、アルストム、GE、GM、そして川崎重工などの名だたる外国企業は張曙光の下に官製談合を行っており、張に巨額の海外預金を蓄えさせるのに貢献した」  つまり、川崎重工も張元局長に賄賂を贈っていたと、ここには書かれているのだ。この告発文の出どころや信ぴょう性については定かではないが、大手商社の北京駐在員はこう話す。 「賄賂やキックバックが中国固有の商習慣であることは、中国でビジネスの経験のある人にとって常識。受注先からの賄賂を2,000億円も受け取っていた人間を相手に、川崎重工だけ完全にクリーンなビジネスを行うというのは無理がある話でしょう」  もし、この告発文の内容が真実であるとすれば、40人の死者と200人 近くの負傷者を出した未曾有の大事故について、川崎重工もまったく責任がないとはいえなくなるだろう。

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