AKB48最高身長・鈴木紫帆里ヒストリー 一度あきらめたAKB48に彼女が復帰を遂げた理由

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 AKB48最高身長の171cmを誇るチームBメンバー・鈴木紫帆里。ダイナミックなパフォーマンスと知性で知られた優等生だった彼女は、7期生として加入したものの学業との両立に悩み、一度は劇場を去りながらも、11期生として復帰し、今年、ぐぐたす選抜にも選ばれた。自らの努力で未来を切り開こうとしつつある彼女のヒストリーに迫る。  2008年12月、中学3年生の時に7期生研究生オーディションに合格した鈴木紫帆里。劇場公演のバックダンサーをこなしながら、09年3月6日、シングル「10年桜」(キングレコード)購入者から抽選で選ばれたファンだけが鑑賞できた「B4th研究生特別公演」で公演デビューを果たした。ユニット曲の「片思いの対角線」ではセンターを担当。親友の彼氏に恋心を抱く揺れる思いを描いた曲で、切ない表情ながらダンスは激しいという曲に挑んだ。  後に、そろって身長が高いことから“ダブルタワー”を名乗り、仲を育む佐藤すみれ、同じく交流を深める小森美果との3人のユニットで、レッスン当初は、3人の振りが合わず、何回も練習を行い、1カ所振りが合うだけで飛び上がって喜びながら、必死で練習したのだった。懸命に活動する彼女の姿勢は評価され、研究生ながら『週刊AKB』(テレビ東京系)の第1回目から出演する。  そうして経験を積む中、8月23日、日本武道館でのコンサート『AKB104選抜メンバー組閣祭り』で、新たに体制が変わるチームBの正規メンバー昇格が発表された。しかし、そのわずか6日後の公演の最後で鈴木は自ら衝撃の発表を行った。 「私、鈴木紫帆里は8月31日をもちまして、AKB48研究生を辞退させていただくことになりました。武道館で昇格させていただいて、正規メンバーになるという時に、自分の中途半端さに気がついて、ほかのメンバーは必死に夢を追いかけているのに、AKBに入って夢を見つければ、という甘い考え方で続けてるわけにはいかないと思って、AKBにいて悩んで立ち止まっているより、自分で夢を見つけて、その夢にまっすぐに向って歩くことに決めました」  実は、『組閣祭り』終了後、勉強との両立から、スタッフにAKB48での活動を辞退することを告げようとしていた鈴木。突然の昇格発表を受けてもその決意は変わらず、自らグループを去ることを涙ながらに語ったのだった。「中途半端さ」「甘い考え」……そう表現した裏には、彼女がAKB48を愛しているがゆえに、気持ちが揺らいでいては失礼だという誠実さが表れていたのではないだろうか。  公演への出演は翌日の8月30日が最後となった。「サヨナラは言いません あなたともう一度 この場所で会えるその日まで」と歌うアンコールの楽曲「アリガトウ」では大粒の涙を流しながら、彼女は劇場を巣立っていったのだった。だが、その翌日、8月31日、チームK 5th「逆上がり」公演の冒頭の寸劇で意外なサプライズが行われた。秋元康総合プロデューサー脚本の芝居で鈴木の突然の辞退がテーマにされ、大島優子の台詞でこう語られたのだった。 「紫帆里は大学受かったら、またここに戻ればいいんだよ。大学生になってから、またうちの高校に通うというのもアリでしょ?」  AKB48を「高校」になぞらえた演劇の中に、「また戻ればいい」というメッセージが忍ばされていたのだった。 ■メンバー全員への感謝の思いと、ファンに捧げた最後日48通のモバメ  鈴木は、辞退発表前に決まっていた9月20日の握手会に参加し、ファンとの最後の交流をはかり、9月30日まではモバメ(モバイルメール=登録制のメール配信サービス)を送った。モバメでは、AKB48メンバー全員との思い出をひとりひとりに宛てて綴り、中でも研究生の先輩として慕った大家志津香には、「しーちゃん(大家)が一番初めに7期の面倒をみてくれて掃除から何まで色々教えてもらいました。しーちゃんはだからうちらの『お母さん』的な存在」と記すなど、感謝を伝えた。そして、モバメ発信可能な最終日である9月30日、最後までファンへの感謝、メンバーへの思いを綴り、それは10通……20通……30通……40通を越えて、ついに「ラストメール」と書かれたメールが届けられた。 「AKB48という最高のグループにいることができたことを誇りに思って、自分の決めた道へと歩んでいきたいと思います」  前向きな決意が込められたそのメールは、彼女が最も愛するグループの名前に冠してある数字と同じく48通目で終了したのだった。  鈴木とAKB48との関係はここで一旦幕を閉じた。誰よりはつらつと踊っていた彼女の姿はもはや劇場にはない。一方、AKB48は「RIVER」でのオリコンウィークリーチャート1位、第2回総選挙、じゃんけん大会開催などさらに話題を振りまいていく。だが、ひとつだけ変わらないものがあった。それは、鈴木が写された『週刊AKB』公式サイトのトップページの画像。主要メンバーと共にガッツポーズを決めた鈴木の画像は、微笑をたたえたままだった。あたかも、いつか帰ってくる主を待つように……。 ■AKB48に電撃復帰!! 先輩からの温かいエール  そんな折、2010年10月10日、野外ライブ「AKB48東京秋祭り」で11期生がお披露目され、その中に、鈴木の姿があったのだった。ファンからも「おかえり!!」と声援を送られ、メンバーからも祝福される中、鈴木と親交の深かった浦野一美がその日のブログでこう鈴木にメッセージを送った。 「鈴木紫帆里ちゃん。11期生になって帰ってきた。っと思ったらステージ終わって楽屋で泣いてやんの。かわいいやつだ。ファンっていうのは私たちにとって支えであり、誇りなんだよね。きっといつ帰って来るか、わからないのに待っててくれたんだよ。それで変わらずに側にいて笑顔でいてくれる。一緒に泣いたり、笑ったり、喜んだり、仲間ってそういうもんなのかもね。本当の仲間ってさ、不思議といつ会っても変わらないじゃんね。彼女の最後のステージが終わった日に手作りクッキーをもらったんだ。しほりちゃんったら律儀にメンバー分用意してたんだよ。その時 しほりちゃんがさ、めっちゃ笑顔でさ『お世話になりました』ってどんな気持ちで言ったんだろって、あの日苦しくなったのを覚えてる。まぁ 今だから言える話。でも、そんな経験があったから今日の綺麗な涙があるのかも……またコンサートとかで一緒にステージに立てるのが楽しみだな。なんか良い日だ」  浦野自身も当時、SDN48移籍などさまざまな経験を経ているだけに鈴木の心境を察しながら、ファンとメンバーの絆の深さを伝えたのだった。それから20日後の10月30日、研究生公演に鈴木は出演。復帰間もないにもかかわらず、新たなセットリストを習得し、誰よりも大きく踊ろうとする彼女のパフォーマンスが注目を集める中、11月20日の研究生公演には、助っ人としてチームBからメンバーがひとり参加した。それは、偶然にもその日が誕生日で、鈴木の盟友である佐藤すみれで、1年3カ月ぶりに劇場にダブルタワーが降臨したのだった。「自分が持っている一番の宝物」というテーマに鈴木は一旦辞退した際に、すみれからもらった色紙を挙げ、再び、ステージに立てたことに感謝の涙を流したのだった。  それから、鈴木はチームAでは篠田麻里子ポジション、チームKでは秋元才加、宮澤佐江のポジションも覚えていく。7期と11期の橋渡しとして、公演のMCでは後輩に話を振ってまとめ、身長を生かしたダイナミックさと、メリハリのある運動量の多い1公演完全燃焼型の彼女のパフォーマンスは話題を呼ぶようになる。11期としても公演100回目を越え、101回目の4月24日から「シアターを支える3本目の柱になりたい」というキャッチフレーズを付け、まさに劇場を支える2本の柱に並ぶ、公演の要となっていた。そんな中、2011年5月21日、公演の最後に秋元康氏からの手紙が届き、鈴木のチームBへ昇格が発表された。 「7期研究生としてAKBに入り、学業との両立の為に一度研究生を辞退し、再度11期研究生として加入し、いろいろな葛藤の中、学業との両立、本当に大変だったと思います。また、ひとつひとつの公演への姿勢は素晴らしいものがあります。君の頑張りは、舞台監督、劇場スタッフ、現場スタッフから聞いています。よく頑張りましたね。この頑張りがAKBのメンバーに一番大切なことだと思うので、その努力を讃え、鈴木紫帆里を今日5月21日、研究生からチームBに昇格させます。本当におめでとう。秋元康」  昇格後もこれまで通りの全力パフォーマンスを続けていた彼女。かつて、所属するはずだったチームBに“復帰”したともとらえられるが、ある意味では9期、10期のメンバーを一挙に追い抜かしてしまったのも事実。しかも、9期生は当時、正規メンバー昇格後も、まだ所属チームが決まらないというあいまいな状態だった。そんな彼女たちの思いも考慮しながら、彼女たちも納得できるパフォーマンスを心がけていたのかもしれない。  かつて出演した『週刊AKB』にも再び出演し、「抜き打ちテスト」企画では、得意な数学なしで18人中3位に入るなど実力を見せた。また、実は幼いころに2年間住んでいたシンガポールでのAKB48の公演にも出演するなど、活動の幅を広げた。だが、そんな中、11月8日、左大腿直筋腱々鞘炎のため、約1か月の間劇場公演を休むことが発表。これまでも時折、足にテーピングを巻いて公演に出ることもあった彼女。リハビリを重ねながら、12月12日、劇場公演に復帰した。 ■“キャラ崩し”で見つける「自分らしさ」  『びみょ~』(ひかりTV)ではコントに挑み、Google+では「ラッパーしほたす」を名乗るなど“キャラ崩し”を決行。優等生だけでない多面性を見せ、前髪も作って心機一転を果たした鈴木。そうして、2012年2月17日に18歳の誕生日を迎え、その二日後の19日に、公演で彼女の生誕祭が行われた。MCではメンバーが鈴木について語り、佐藤亜美菜はこう明かした。 「私が思う紫帆里の一番の思い出は、1回学業に専念して、もう1回戻ってきたでしょ? 学業専念の間、AKBをやめていたわけじゃないですか。なのに、私のお誕生日に紫帆里はすごい長文でメールをくれたんですよ。それが本当に感動して。そうやって出会いを大切にして、メールを送るっていう思いやりはすごいなって思った」  7期で同期だった鈴木まりやも「確かに紫帆里は1つ1つの、出会いを大事にする人だなって思います」とこれに応じた。さらに、鈴木に対して、12期の岩田華怜は「壁にぶち当たった時に相談に乗ってくれた」と語り、佐藤夏希は「見えないところでものすごい努力をしてる」と絶賛したのだった。先輩・後輩からも信頼され、彼女はまさにAKB48の精神的支柱としての才覚を秘めている。  そうして、行われた生誕祭では鈴木は18歳の抱負として、失敗を恐れずにチャレンジする「覚醒」を挙げ、「2012年、輝いて、輝きまくって、やっぱり選抜に入ることが私のAKBでのステップの1つなので、今年18歳のうちに選抜に、入れたらいいなと思います」と照れながらも、熱意を語ったのだった。初めて語った選抜への思い――。それは、わずか12日後の3月2日に、結実した。Google Galaxy Nexus CMソング「ぐぐたすの空」を歌うぐぐたす選抜に鈴木が選ばれたのだった。シングル1曲目ではないが、一つの足がかりとなったはずだ。  身長171cmを生かしたモデルを将来の夢に掲げている鈴木。彼女が11期として再びオーディションに参加したときに歌った楽曲はダブルタワーの相方・佐藤すみれも参加する楽曲「自分らしさ」だった。 「自分らしさは それぞれさ 道が分かれるように いくつもの未来が広がっているよ どれを選ぶか決めればいい」  まさにその歌詞の通り、自ら再びAKB48を選択した。仲間やファンに支えられながら、道を切り開いてきた。Google+を通じて、美術部としても活動し、「GIVE ME FIVE!」のバンド演奏ではベースも開始するなど、新たなチャレンジを続けている。今はまだバンビ(初心者)でも、未来の覚醒を夢見ている。再びオーディションに参加し、「自分が一番成長できる環境がAKB48に整っている」と語った彼女の言葉は、実現しつつあるのだ。 (文=本城零次<http://ameblo.jp/iiwake-lazy/>)

ファッションで冒険しなくなった世代に受けた、「STORY」の横並びな通販

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「STORY」2012年7月号(光文社)

 今月の大特集は「40代の夏は『ゆる楽ちん』で、もう頑張らない宣言!」です。キャッチもダラっと「暑いし、忙しいし。涼しくて締めつけなくて、でもキレイに見える服がイイ」。かつて「STORY」では、お出かけ服とご近所周り限定のアラホー服(アラウンドホーム)をきっちりと区別していましたが、スウェットやジャージー素材のアラホー服が進化し、もうどこへ出しても恥ずかしくないクオリティーになったとのこと。「タイトなジーンズに私という戦うバディをねじ込む」時代はもう終わったのか……。しかし、この手のタイプは、微妙な丈の長さや組み合わせ方など、着る側の持って生まれたセンスが問われるところが恐ろしい。リードにも「それを着こなせるくらいに、40代がオシャレになったという事実」とありますが、本当のところはどうなんでしょう?

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「STORY」2012年7月号(光文社)

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娘の成長確認という名目で石垣島へ! 海を怖がっていたココが……

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(C)倉田真由美

 今年のゴールデンウィークは4泊5日で石垣島に行ってきました。去年の春にも行ったんですが、ココが海を怖がってあまり泳げなかったんです。でも、今年に入ってからココは温泉に行く度に水風呂に入って大はしゃぎしているし、もう2歳半なので海も楽しめるんじゃないかと思ったんです。

 GW中で空港が混むと思い、2時間前に羽田空港に到着したんですが、GWの中日だからかガラガラ! 時間が余ってココが退屈するなあと思いつつ、チェックインを済まして空港内をブラブラしてると、人気キャラクター「ロディ」のキッズラウンジなるものを発見! 入ってみるとロディグッズが売ていたり、親子カフェがあったり、ロディの滑り台や乗り物があったり。ココも楽しそうに遊びまわり、時間潰せてよかった! 今まで足を運ばないエリアにあったので、時間がある時に空港内を散歩してみるもんですね。

娘の成長確認という名目で石垣島へ! 海を怖がっていたココが……

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(C)倉田真由美

 今年のゴールデンウィークは4泊5日で石垣島に行ってきました。去年の春にも行ったんですが、ココが海を怖がってあまり泳げなかったんです。でも、今年に入ってからココは温泉に行く度に水風呂に入って大はしゃぎしているし、もう2歳半なので海も楽しめるんじゃないかと思ったんです。

 GW中で空港が混むと思い、2時間前に羽田空港に到着したんですが、GWの中日だからかガラガラ! 時間が余ってココが退屈するなあと思いつつ、チェックインを済まして空港内をブラブラしてると、人気キャラクター「ロディ」のキッズラウンジなるものを発見! 入ってみるとロディグッズが売ていたり、親子カフェがあったり、ロディの滑り台や乗り物があったり。ココも楽しそうに遊びまわり、時間潰せてよかった! 今まで足を運ばないエリアにあったので、時間がある時に空港内を散歩してみるもんですね。

共演者が次々とトラブルに襲われた……呪われた番組“ラビリンズ村”

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『都市伝説 あなたに忍びよる恐怖』
(河出書房新社)
UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る  筆者は、さまざまなテレビ番組に出演したり、裏方として参加している。その数、数百本に上り、都市伝説、UMA、宇宙人、妖怪、心霊など分野は多岐にわたっている。中でも都市伝説の現場に行くリポートは波乱含みで、何が飛び出すのか不明であり、大変楽しい。  今から6~7年前、某局の番組に出演したときのことだ。この番組は深夜に放送されるパイロット版であり、この実験番組の視聴率がよければ、レギュラー放送になる予定であった。筆者は張り切ってロケとスタジオ収録に向かった。  その番組のディレクターから提案された取材先は、三重県にある「ラビリンズ村」であった(この名称は番組スタッフが名付けてそう呼んでいた)。一度入り込んだら逃げ出すことが不可能な村とウワサされており、村内の道が迷路になっているというのだ。  この話は、某サイトの管理人である学術関係者がネットで話題にしたものであり、番組スタッフがこの人物と連絡を取って企画を進めていたのだが、スケジュールの都合が合わず、代役として急遽、筆者が現場に踏み込むことなった。  この取材に行く前に、ある僧侶と電話で話をしたのだが、その僧侶は筆者に「絶対に行くな」と警告をした。 「山口さん、やばい気配が漂っているよ。この村に行ってはいけない。ものすごく嫌な予感がするよ」  結局、筆者はその言葉を振り切り、スタッフ2名と車に乗って三重県の某所に向かった。この村の捜索は困難を極めた。情報が少ない上、山間部の集落を特定するのが難しかったのだ。情報源である前出の人物と筆者も電話で話をして、おおよその場所を絞り込んだ。  さまようこと数時間、三角錐のように尖った山を発見し、その中腹あたりの斜面に貼り付くように存在する集落にたどり着いた。牧歌的な風景と、あちこちで農作業をする老人たち。筆者とスタッフは安穏とした気分になった。  だが、5時のサイレンが鳴り、ふと周囲を見渡すと、誰もいなくなっていた。あたりをいくら探しても、筆者とスタッフしかいない。さっきまで野菜を収穫していた老婆や、耕運機を動かしていた老翁の姿が忽然と消えてしまったのだ。  不気味である。まるで『千と千尋の神隠し』のように、先ほどまで人間がいた感覚が残る無人の空間が延々と続いている。摘まれた野菜、道端に止められた自動車、井戸の横でなみなみと水が溜まった木桶。さっきまで居た人々はどこに行ったのか。  焦った筆者とスタッフは、だんだんと闇が降りてくる村の中を車で必死に走りまくった。だが、何度走っても同じ道に出てしまい、村の中からなかなか出れない。どうやら、三角錐のような山の中腹をぐるりと走る村道をくるくる廻っているだけのようだ。  何度か迷走した後、ようやく脇にあった下り道を発見、麓の町まで移動することができた。これは筆者の推論であるが、山村で働いていた老人たちはかつて自分たちが住んでいた山村の田畑で農作業をやり、夕方になると麓の家まで帰宅するのではないだろうか。山村にあった旧宅は農作業中の休憩場所として使用するだけであり、基本的には病院やライフラインが充実している町の住宅で寝ているのではないだろうか。  まさに「ラビリンズ村」に相応しい場所であると筆者とスタッフは痛感し、その日のロケを終えた。放送も順調に終わり、視聴率はまずまずであったのだが、その番組がレギュラー化されることはなかった。  実は、担当したスタッフのトップが薬物で逮捕されてしまったのだ。やはり、僧侶が言った「ラビリンズ村の呪い」は現実だったのかと思いを馳せたが、共演者にも続々と不幸なことが起きている。  MCをやっていた陣内智則さんは離婚に追い込まれ、コメンテーターに呼ばれていたのは、事務所からの独立問題で揺れた眞鍋かをりさんと、現在窮地に立たされている次長課長さんだった。やはり、この世の中には踏み込んではいけない場所があるのであろうか。 (文=山口敏太郎) yamaguchibintaro200.jpg ●やまぐち・びんたろう 1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。 ●【山口敏太郎の摩訶不思議ぶった切り】INDEX 【VOL.7】浜名湖の怪物事件で露呈した、メディアの“オカルト軽視”体質 【VOL.6】 山口敏太郎が語る――オセロ中島が陥ったオカルト業界の恐怖の洗脳とは 【VOL.5】 昭和の子どもたちに愛された "近所の怪獣"ヒバゴン 死因は老衰だった!? 【VOL.4】「世界滅亡の断言」を強要された!? オカルトにかかわるマスメディアの責任とは 【VOL.3】オカルトやホラーを家族で楽しむために「2012年 ハルマゲドン商法」を討つべし 【VOL.2】「いったい誰の仕業か」UFOの大群が飛来する怪事件が指し示すもの 【VOL.1】"オフィシャルか、プライベートか......現代における「妖怪と幽霊の違い」とは?

挙式直前にトンヅラした花嫁と復縁したヒュー・ヘフナー、その裏に女帝の陰?

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成田きんさんに似て来たヘフとクリスタル嬢

 男性誌「プレイボーイ」の創業者ヒュー・へフナー(86歳)の60歳年下の美女婚約者としてちやほやされたものの、挙式直前にトンズラして大ひんしゅくを買ったクリスタル・ハリスが、2日、ヒューと復縁したことを発表した。「ナンバーワン・ガールに返り咲いた」と大喜びしている彼女だが、ヒューの気持ちは全く盛り上がっていないようで、本当に恋人に戻ったのかと、世間から疑いの目で見られている。

 昨年6月、ヒューと結婚式を挙げる4日前に、突然ドタキャンしたクリスタル。顔に泥を塗られたヒューは、彼女を特集した「プレイボーイ」特別号や、テレビで放送する予定だった特番の差し替えに大わらわで、心身共に大変な思いをした。

 そんな彼の苦労を知ってか知らずか、クリスタルはトーク番組で「ヒューとのセックスは、2秒で終わっちゃうのヨ」とケチョンケチョンにけなすありさま。これにはヒューも黙っておらず、Twitterで「なんであんなウソをつくのか不思議だ。新しい彼でもできたのかね?」「彼女にすっかり騙されたよ。彼女のウソにね」と反論。また、「気の毒にも思うよ。何をやりたいのかわからないようにも見受けられるし」と気の良いジイさんぶりも発揮し、ミスター・プレイボーイの余裕を感じさせた。

「オバサンはいつも惨めな気持ち」末永史が描く中高年の性愛と尊厳

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『銀恋』(ワイズ出版)

 つげ義春らが参加した伝説のマンガ誌『COMICばく』(日本文芸社)などで作品を発表していたマンガ家・末永史(すえなが・あや)。その後はマンガ家としての活動はほぼ休止し、エッセイを中心に執筆していたが、今年4月、25年ぶりの描き下ろしマンガ短編集『銀恋』(ワイズ出版)を発表した。

 『銀恋』には、50代、70代など中高年の女性の恋愛や性愛にまつわる心情が印象的に描かれている。「女の淵はどこまでも深く、老いは待ったなしなのだ」――あとがきでそう語る、もうすぐ60歳という末永氏本人にも深く関わるであろうテーマを描いた、その心中ををうかがってみた。