
夢(?)の共演なるか!?
【メンズサイゾーより】
島田紳助をめぐる報道合戦は収束しつつあるものの、いまだ収まる気配はない。そんな中、「週刊実話」12月1日特大号(日本ジャーナル出版)が、島田の復帰の可能性について報じている。
発端は11月9日放送の『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)における明石家さんまの発言だ。"人間の寿命"がテーマだったこの日の放送で、お笑いをはじめとするエンターテインメントが人間の寿命を延ばすことに触れた際、さんまは即座に「紳助」の名前を出し、ラブコールを送ったというのである。続けて「ひとりじゃ荷が重い」とも。
記事ではさんまが復帰のための地ならしをしていると見ているようだ。そのための前段階として、毎年12月24日に放送されている生放送番組『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』(フジテレビ系)への、島田からの電話による"声"の出演を目論んでいると報じている。
日別アーカイブ: 2011年11月28日
"連載を一度も休まなかった"「週刊現代」だけが知る故・立川談志の晩節

第1位
「さよなら、談志師匠 がんと闘った『最後の日々』」(『週刊現代』12月10日号)
第2位
「ボーナスは『安すぎる日本株』を買え!」(『週刊ポスト』12月9日号)
第3位
「東国原英夫前宮崎県知事『まな板の上で開チン』写真」(『フライデー』12月9日号)
大方の予想通り橋下徹が大阪市長選で大勝した。大阪府知事の方も維新の会の松井一郎が大差で当選して、大阪は"独裁者"橋下の天下になった。
景気の悪化で失業率が高い大阪市民が、誰でもいいから今の状態を「チェンジ」してくれる人間に一票を投じた心理はよく分かる。
だが、彼がやろうとしている教育改革や生活保護費の見直しは、偏狭な教育の押しつけや財政再建の名の下に弱者を切り捨てることにつながらないだろうか。
これまでは、改革が思うように進まないのは平松邦夫市長のせいだと言い訳できたが、これから本当の手腕が試されるのだ。政権交代とだけ言い続けて政権をもぎ取った民主党のその後の惨状を見るにつけ、橋下強権政治にはちょっぴりの期待と、大いなる不安がある。
私の畏友・宮崎正弘がメルマガで大阪「都」構想をこう批判している。
「都という不遜な呼称を無造作に用いる、その語感と歴史認識への大いなる疑問である。大阪には嘗て浪速宮がおかれ、中世の都があった。信長が敵対しても落とせなかった大阪城は石山本願寺、一向宗の聖域であり、宗教の中心地だった。その後、秀吉は石山本願寺跡に壮大な大阪城を構築し、天下に号令を発する政治都市とした。だが都は京におかれたままだった。家康は政治中枢を江戸に移したが、京に天皇はおられたままだった。すなわち都とは、天皇陛下のおすまいがある場所を指す」
さて、その橋下に食らいついておこぼれにありつこうとしている宮崎県前知事でタレント・そのまんま東の仰天写真が今週の第3位。
2006年6月に撮られた写真だというからかなり古いが、二度と見たくないほどド迫力、かつ醜悪な写真である。
この時期は、東が「地方自治を実践する」といって早稲田大学で政治を学んでいた。知り合いになった政界関係者や官僚、政治に興味を持つ若者たちを自宅マンションに呼んで「勉強会」と称した呑み会をよくしていたそうである。
そんな勉強会の最中に撮影されたものだ。私の周りにも呑むと裸になって騒ぎ狂う連中は少なからずいる。故・立川談志さんは、彼を慕ってくる芸人、歌舞伎役者、歌手に、酒を呑んでいる席で「裸になれ」と命じていた。そういわれて素っ裸になれない奴は一流にはなれない、それが談志流人間観察術だった。
だがこの写真はそうではない。その日開かれた勉強会には、東が交際していたMさんという女性も来ていた。彼女は大手商社社員夫人だが、東との交際はMさんが大手都銀の独身行員だった頃からで、結婚後も関係は続いていた。
Mさんは結婚してからも、家庭でもめるたびに東のところへ転がり込んで、数カ月単位で居続けることがあったそうだ。
問題の写真が撮られた日、Mさんは参加者の目の前で「なんであんたは他の女に手を出すの!」と東を叱責し、その怒りが次第にエスカレートしていった。
防戦一方だった東が、彼女に向けて「だったら、(浮気をしないという)証拠をこれから見せてやる」と啖呵を切り、まな板を取り出して全裸になり、自分のイチモツをそこへのせ、包丁で切る真似をした。それを参加していたメンバーが撮って盛り上がったそうである。
その後、Mさんは夫の海外赴任でシンガポールへ行った。選挙に出るにあたってスキャンダルになることを恐れた東は、自らシンガポールへ飛んで関係を精算したそうである。
この写真は東という男の品性を丸ごと写し出している。不倫相手から責められ、開き直って真っ裸になった男の無様な写真を見て、県知事に彼を選んだ宮崎の人たちは、どう思うだろうか。
私は株とかのマネーゲームにはまったく関心がない。競馬は毎週やってはいるが、賭け金は雀の涙ほどである。
実は、これまで2回だけ株を買ったことがある。もはや時効だから話すが、一度は野村證券の某部長に勧められて二部上場の聞いたこともない会社の株だった。
2度目は、政商といわれ仕手株で大儲けしていた頃の某氏に言われて、仕方なく買わされた。これも知らない会社の株だったが、2度とも数日のうちに倍以上値上がりしたのだ。
そのわずかな経験で、2度と株はやるまいと決めた。大手証券会社や大物仕手筋が巨額なカネを動かして株価を左右する世界では、個人がいくら頑張っても勝てるわけはない。それよりもわずかなカネを握りしめて競馬場へ行く方が自分の身の丈に合っていると思ったからだ。
第2位に「ポスト」の株の記事を取り上げたのは、もし日本株を買うのなら、先日日本に来た投資家ウォーレン・バフェットが言っていたように、今なのかもしれないと、しばらく前から思っていたからである。
私には投資する資金はないから、客観的に見ることができる。これは競馬も同じである。馬券を買わずに予想すると的中率は格段に上がる。それが馬券を買い出すと欲との2人連れになるから、あらまほしい馬券ばかり買うようになって、最終レースが終わるととぼとぼとオケラ街道を歩くことになるのだ。
「ポスト」が言うように、日本企業の内部留保は257兆円もある。これは史上最高レベルだ。円高にも、すでに多くの輸出企業では対応ができている。なのにメディアは、不景気は自分たちの裁量が増えるから大好きな官僚たちに踊らされ、そうした情報しか受け取れない国民は、重税にも給与カットにも「仕方ない」と諦めてしまっている。だがその裏で、政・官・財・報の既得権益者たちが大笑いしているというのである。
では、どの銘柄を買うのか。個人投資家向けに投資情報を提供する「カブ知恵」の藤井英敏代表が5つの条件をクリアした銘柄39を紹介している。
5つの条件とは、時価総額300億円超、ROE(自己資本利益率)7%以上、PRB(株価純資産倍率)1.0倍以下、予想配当利回り2.0%以上、過去3年平均売上高成長率5%以上。
5銘柄だけ抜き書きしてみる。「サッポロホールディングス」(株価286円=以下同じ)「旭化成」(444円)「コスモ石油」(195円)「三井金属鉱業」(178円)「日産自動車」(666円)
いかがだろうか、ボーナスでなくても、ポケットマネーで買えるほどたしかに安い。あとは自己責任でどうぞ。
立川談志師匠が亡くなった。予想したことではあったが、以来、テレビ、新聞、雑誌で師匠の落語とその生き方が取り上げられ、あらためて立川談志という人間の大きさと、いなくなってしまった寂しさが広がっている。
私は大学時代から立川談志が好きで、紀伊國屋ホールや寄席に聞きに行っていた。親しくお付き合いするようになったのは40を過ぎてからである。
こんな思い出がある。私が「フライデー」の編集長だったとき、「幸福の科学」と大騒動があり、歌手の小川知子や直木賞作家の景山民夫ら信者たちが、講談社の前をデモする姿が毎日のようにワイドショーで放送された。
心配してくれた談志師匠が、景山と仲直りしないかと言ってきた。有楽町のマリオンでやる「ひとり会」へ景山を呼ぶから、一緒に舞台へ上がってくれ。そうすればオレが奴に話すというのだ。
立川流にはBコースというのがある。ビートたけしや景山はそのBコースで、談志は彼らの師匠ということになるから、落語の世界で師匠は絶対的な存在である。
厚意はありがたくいただいてお断りしたが、そのあとに景山は自宅で風呂に入っているとき火事が出て亡くなってしまったという。
「フライデー」編集部にビートたけし軍団が殴り込んだ事件のあとも、たけしとの仲を取り持とうかと言ってくれた。懐かしい思い出である。
「週刊現代」の編集長のときには、談志師匠に「談志100選」を連載してもらった。師匠が選んだ名人上手を毎回取り上げ、それに山藤章二画伯の絵を付ける豪華な連載だった。これは講談社から本になって出ているが、師匠も大変喜んでくれて、会うたびに「あれはオレの会心の作だよ」と言っていた。
一昨年の暮れ、上野の鰻割烹伊豆栄梅川亭で少人数で「談志を聴く会」を、作家の嵐山光三郎と共同で開いた。この頃は体調が悪く、トイレに行くのも障子を伝い歩きしてやっとだった。
にわかごしらえの高座へも弟子に手伝ってもらって何とか上がったが、座っているのが辛くて、ついには足を前に投げ出してしまうほどだった。
ダンディな師匠には辛かったに違いないが、1時間半ほどジョークから噺のさわりを、出ない声を振り絞って語ってくれた。
これが最後の高座になるかもしれないと、そのときは心の底で思っていた。
だが、年が明けて、あれだけ嫌いだった病院に自ら入り、毎日やっていたビールとハルシオンを飲むことを断ち、奇跡のように体調がよくなってきた。
もう一度高座で落語をやりたい、その一念がそうさせたのだろう。
立川志らくたち弟子の落語会へも出かけて、ジョーク集をやっては客を喜ばせた。そして昨年暮れの読売ホールで、これも奇跡のように見事な「芝浜」を演じたのだ。
満員の観客は感動で動けなくなり、師匠もしばらくはジッとして余韻を楽しんでいたという。
年が明けても順調そうだった。しばらく大丈夫かもしれないと思っていたのだが、病魔は確実に体を蝕んでいたのだ。
「現代」で師匠の息子は、昨年11月に医者から咽頭がんが再発していることを聞かされていたと話している。
声帯摘出がベストだと医者は言うが、それを父がよしとするわけもないから、告知しなかった。だが、暮れに告げると、予想通り手術はしないという答えが返ってきた。「プライドが許さねぇ」と言ったそうだ。
しかし今年3月になって切開手術を決断した。そのため、話せない、食べられないために、ほとんど寝たきりの状態になってしまう。
筆談でやり取りするしかない。「立川志らくがとってもよくなってきた」と身内が話すと、そうかそうかと喜びながら、「でも、オレが一番」と書いてよこしたそうだ。
10月27日に容体が急変する。ほとんど意識が戻らないまま11月21日に永眠。
「現代」には私が仲介して始まった連載「談志の時事放談 いや、はや、ドーモ」があるだけに、他誌の追悼特集を圧倒している。
驚くことに、この連載は一度も休んでいない。苦しい中でも乱れる字ながら書き続けてきたのである。
病気には一度も触れていない。珍しく10月の終わりの原稿で「女房(ノン)くんのこと」と、奥さんのことを書いている。
「ある時、俺が怒った。そのときの態度がよかった。"怒られちゃった"。可愛いの何の、俺、この一言でこの人を嫁さんにと決めてよかった」
書いておきたかったのだろう。
「現代」には、病状に触れているため、身内が担当者に渡さなかった原稿が掲載されている。海が好きだった師匠が、各地の海の思い出を書き綴っているのだが、最後にこう書かれていた。
「もう無理だ。家元、ノドに穴をあけられ喋れず、唯、家でじっとTVを見ているか、こんな文章を書いているだけになったのだ。人間、何が来るかは判らない。まさか喋れなくなるとは思わなかった。手術は断るべきであった。おまけに胃袋に管で食事を入れるだけ。そうなると味覚もない。その前に食欲がわかない。何だろう。生きる『シカバネ』そのまんまである。(中略)誰かが昔、云った。談志さんは何も云わなくてもいいのですよ。高座に座っててくれればネ。昔、俺も同じような事を志ん生に云ったのだ。勿論本気で云ったのだが。手前ぇがそうなるとは、つゆ思わなかった......」
私もそう言った。高座で寝ててもいいから生きていてくださいと。
モノクログラビア最後のページで、自宅近くの根津の銭湯で湯に浸かっている写真の表情がとてもいい。「銭湯は裏切らないね。いつ行っても絶対に気持ちイイ」。そう、その通りですね、師匠。
(文=元木昌彦)

1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。 【著書】 編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
映画の買い付けにロスへ! 結局子ども服を買い漁ってしまいましたよ

(C)倉田真由美
3年ぶりに映画の買い付けのため、ロサンゼルスのフィルムマーケットに5泊7日で行ってきました。フィルムマーケットとは、簡単に言うと映画の見本市。東京ビッグサイトなど開催されている「ゲームショー」や「モーターショー」をイメージしてもらえば、分かりやすいかもしれないですね。会場にブースが設置され、興味のある映画があればそこに入って商談する。本編を見ないと分からない場合は、午前9時からサンタモニカ周辺の映画館で2時間おきに試写してるので、「商売になる!」と思えばブースに戻ってきて商談する流れです。他にも、映像がない脚本段階で買うとか、映画の買い方もいろいろあるわけです。
もう伝説となってますが、あのフランス映画『アメリ』は、まだ映像が何もない状態の脚本段階で買い付けをしたんです。脚本段階で買うと、完成した映画よりもかなり安く買えるんです。なぜならどんな映画になるのか実際のところ分からないから。安く買えるが、リスクもあるってこと。ある意味ギャンブル的な要素も多いんです。『アメリ』の場合は仮にしょぼい映画となったとしても、監督が有名だったから最新作として映画館上映なり、DVDリリースすればある程度は回収できるだろうという予想もしてたんですけどね。結果的に『アメリ』は爆発的ヒットとなり、ミニシアターでの記録を打ち立てたんだけどね。
「ビジネス書籍も氷河期時代に……」老舗出版社にも倒産ラッシュか?
「……娘です、血の繋がった娘です」夫の浮気調査で真実を知った妻

Photo by FrankZoe from Flickr
嫉妬、恨み、欲望、恐怖。探偵事務所を訪れる人間の多くがその感情に突き動かされているという。多くの女性の依頼を受けてきたべテラン探偵の鈴野氏が、現代の「女の暗部」を語る。
若いころ真面目だった女ほど、30代から驚くほど派手に浮気に走る人が多い。調査依頼をしてくる夫は、妻にまだ愛情を持っている人がほとんどだ。浮気を辞めさせたいというよりも、浮気している妻をどうにかしたいという気持ちが強い。浮気の調査結果を見せると、妻側の依頼者は無言で報告書を見つめるだけだったり、急に笑い出したりする。逆に夫側の依頼者は、浮気の報告書を見ると「みっともない」とか「節操がない」と世間体を気にするのが特徴だ。
最近は、浮気調査の95%が夫からの依頼。つまり、妻の浮気が多過ぎるほどに多い。もはや、妻の浮気は珍しいことではないのだ。そんなある日、久しぶりに妻側から夫の浮気調査の依頼が入った。
この国を変えたいと思わせる「生きづらさ」の空虚な正体

著者の古市憲寿氏。
約1年前、ピースボートとそれに乗船する若者を考察した『希望難民ご一行様 ピースボートと『承認の共同体』幻想』(光文社)という本が出版され、一部で注目を集めた社会学者の古市憲寿氏。『希望難民ご一行様』については、過去のインタビュー(※記事参照)をご覧いただきたい。そんな古市氏が今年9月に上梓した『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)では、格差社会で不幸だと思われている現代の20代の75%が、実は現在の生活に満足しているという"リアルな若者像"を伝えている。ワールドカップで盛り上がる渋谷の若者、ネット右翼のデモに集まる若者、ボランティア活動をする若者などに直接話を聞き、過去の若者論から現代の若者の実像までを、時に独特のアイロニーをもって論じたのが、『絶望の国の幸福な若者たち』だ。今回、デモに参加する若者の心境などを中心に話を聞いた。
――本書『絶望の国の幸福な若者たち』を出版した経緯は?
古市憲寿氏(以下、古市) 昨年、『希望難民ご一行様』というピースボートに乗る若者たちを分析した新書を出しました。これはもともと、修士論文で、コミュニティーと若者の関係を考察した本だったんですが、その後受けた取材では、「最近の若者」について聞かれることが多かったんです。「若者」全般のことなんて詳しく知らないので、うまく答えられない。そこで、正面から「若者論」と呼ばれるものを書いてみようと思ったんです。
――取材で現代の若者について聞かれることが多かったとはいえ、「若者論」に興味を持ったのはどうしてですか?
古市 もともと、「若者論」と呼ばれるような本は結構読んでいました。それは学術的な興味というより、自分たちの世代は大人からどう見られているのかといったことに興味があったからです。別に「若者論」をずっと続けるつもりはなくて、きっと自分が若者でなくなる10年後、20年後には若者になんて興味がなくなるかもしれません。
――古市さんのTwitterのつぶやきを見ていると、ずいぶんいろんなデモや場所に出かけているなと思っていたのですが、あれは本書のための取材だったんですか?
古市 取材というか趣味です。例えば、休みの日に友人とどこかへ行こうとなった時、遊園地ならいつでも行けるじゃないですか。だけど、この本でも書いたワールドカップで盛り上がる若者や尖閣諸島デモなんかは、その時だけのもの。さらに、年齢のことも考えています。たとえば、40歳になってもこういう場所に取材には行けますが、今回の本のように20代が20代の人に話を聞くというのとは意味合いが違う。そういう今しか見られないもの、今しかできないことを、時代の空気ごと閉じ込めながらできた本という感じですね。
――実際に、脱原発デモや保守系団体のデモ(外国人参政権や尖閣諸島問題に関するデモなど)に足を運んで、お話を聞かれていますが、そこに参加する若者の動機はどんなものなのでしょうか?
古市 多種多様ですね。ただ、特徴的なのは、過去の60年代の学生運動のデモに比べて、だいぶ穏やかで平和的だということです。過去の学生運動には、ヘルメットをかぶって、スクラムを組んで、衝突して、警察側も催涙ガスをまいたりと、暴力と暴力のぶつかり合いが部分的にでもあった。もちろんすべてがそうではないですけど。だけど、今のデモはそんな雰囲気もなく、ベビーカーを引いたお母さんでも参加できるようなカジュアルなものが多い。動機が多様であっても、気楽な気持ちで参加できるようになったのが大きいと思います。それは右派のデモでも左派のデモでも、大きくは違わないですね。
――ピースボートに乗船していた若者と保守系のデモに参加している若者の違いはありますか?
古市 それも特に大きな違いはないと思います。毎日の生活に閉塞感を感じていて居場所を探しているとか、今所属している場所での人間関係がうまくいっていないとか、大きくいうと小熊英二(社会学者、慶応義塾大学教授)さんの言う「現代的不幸」を抱えている人が、そのはけ口を求めて、そして社会や世界との接点を求める。それがピースボートの世界一周なのか、保守系のデモなのかは偶然の確率の問題だと思います。
――『希望難民ご一行様』では、乗船している若者を4つに分類(セカイ型、文化祭型、自分探し型、観光型)していましたが、デモに参加している若者もそのように分類できますか?
古市 ある集団に密着すれば不可能ではないと思いますが、4カ月間以上共同生活をするピースボートと違って、多くのデモや政治運動は月に1回程度集まるカジュアルなつながりです。その他はSNSで交流したり、サークル活動に近いですよね。だから「デモに参加する人」という形で類型化をしても意味がないと思います。
――ということは、先ほどのお話にも出ましたが、彼らにとって一種の居場所であると。
古市 もちろん本気でやっている人もいます。大学を卒業して、就職せずに、そこの保守系団体で機関紙を書いて、お金を稼いでいるような人とか。でもそういうコアな人は一部ですよね。基本的にデモって、暇な人のものですから。
――よく言われる"生きづらさ"との関係については?
古市 まあ、そもそも「生きづらい」人じゃないと社会に興味を持ちにくいですよね。友人関係も恋人関係もうまくいっているリア充だったら、別にこの社会を変える必要性なんて感じない。
――デモに参加する人で、他にはどんな人が見られますか?
古市 今、「生きづらさ」の話をしましたが、3.11後の脱原発デモはそれとは様相が違うと思います。だって、原発による被害って、関東以北だったら誰もが当事者になり得る、というリアリティーがある。自分の体は大丈夫か、子どもは大丈夫か。これって、あまり「生きづらさ」とは関係ない話ですよね。そもそも「生きづらさ」って甘い概念だなあと思います。「生きづらさ」という言葉は、震災後の「生きているだけいいでしょ」という現実の前に、ともすれば空虚になってしまった。
――ある種の豊かさが「生きづらさ」を成立させていたと?
古市 もちろん「生きづらさ」を経済的要素を織り込んだ概念として使う人もいましたけど、やはり「生きづらさ」という言葉って、どうしても心の問題だけに回収されてしまうような響きを持っている。結局、閉塞感や変わらない日常がつまらない程度の問題でしょ、という。
――そうすることで自分が満たされると?
古市 若者は格差社会における弱者だと言われています。だけど、特に大学に行けるくらいの階層だと、日本はなんて豊かな国なんだろうということに「後ろめたさ」を感じている若者が一定数いる。この数年で中堅大学以上の国際貢献サークルがものすごく増えました。その「後ろめたさ」は自分たちの足元ではなくて、カンボジアなどに向かってしまうことが多い。
――本書では保守派の人が読むとイラッとくることも書いていますが(明治時代に政府が日本と日本人を作ったという指摘や保守系の老人への揶揄など)、何か反応はありましたか?
古市 ある雑誌の編集長が怒っていたという話は聞きましたけど(笑)、直接的な反応は特にないですね。本当は、お互いにシャドーボクシングのように批判だけし合っていても仕方ないので、実際にお話をしてみたい方も多いんですけど。でも、僕の言っていることって、むしろナショナリストこそ真面目に考えなくちゃダメなことばかりですよ。日本の将来を考えるなら、少子化対策をしっかりやるべきだろとか、日本における良質な労働力を確保し続けるために若年層の雇用環境を充実させろとか。
――本書の末尾の方では、「国家の存続よりも、国家の歴史よりも、国家の名誉よりも、大切なのは一人ひとりがいかに生きられるか」は、すごくいいことを書いてあると思いましたが。
古市 自分でもいいこと言ったと思いましたけど(笑)、まあ、極論です。戦争に巻き込まれて死ぬよりは逃げ切った方がいい。自分の会社が潰れるよりは、日本が潰れ方がいい。自分の身近な人間関係のひとつさえもうまくマネジメントできないようでは、国家の幸せはあり得ない。だけど、脚注でも少し書きましたけど、革命直後の世界や無政府状態の国家ってろくなものではない。国家ってうまくコントロールする限りにおいて、だいぶよくできた仕組みなんです。ただ、それに翻弄され続けるなら、いっそなくてもいいよという、一種の逆ギレですね。
――本書をどんな人に読んでもらいたいですか?
古市 「若者」のことを分かりたいと思う人に読んでほしいです。特に、「近ごろの若者はけしからん」と簡単に言ってしまう人、もしくはそれに違和感を覚えている人。「若者はけしからん」なんてことは昔から言われていますし、たぶんそれはこれからも続いていくと思います。この本も、その意味で若者論を延命させるのに一役買ってしまうことになるかもしれません。でもそれでいいんだと思っています。この本がきっかけになって、何か会話が生まれればうれしいです。少なくとも「若者論」なるものを、相対化できる本だとは思っています。ところで、著者としては、実際に読んだいただいた方の批判なのか、それとも読まずにこういうインタビュー記事だけを読んで批判しているのかが一目瞭然なので、いろいろと楽しんでいます。
(構成=本多カツヒロ)
●ふるいち・のりとし
1985年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。慶應義塾大学SFC研究所訪問研究員(上席)。有限会社ゼント執行役。専攻は社会学。近刊に『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください』(上野千鶴子氏との共著、光文社)など。
初詣は2月4日以降に行かないと意味がない! 2012年の風水的開運法&スポットとは
この時期になると、新しい年に向けて開運できるパワースポット特集を取り上げているメディアが多く見られます。風水にもその年によって「吉方位」というのがあり、その方角に旅行に行ったり参拝に行くと良いと言われています。しかし、年末年始の旅行や初詣に有名パワースポットへ行こうと意気込んでいる人、その決断はちょっと待ってください! なぜなら、風水では年末年始の旅行や初詣ではご利益が得られないと言われているからです。 現在使われている暦は「新暦」で、一般的に言われている新年・正月は1月1日です。しかし風水は旧暦を使っていて、新暦の2月4日の立春が新年にあたります。そのため風水的に考えると2012年1月1日は新しい年を迎えていないということになり、パワースポットに出掛けても新年の開運にはならないのです。Photo By Kawa0310 from Flickr
【ジャニーズ占い】今週のターゲットは嵐の大野智!!
儲かりまっせ大阪
1年前のユーロ安もそうですが渡邉さんみたく予想する力はどうしたら身に付きますか。
岡山ゴン
大阪市長選、橋下当選で日教組が総辞職?噂の真偽を取材
橋下氏の当選により、日本教職員組合(日教組)の関係者が総辞職するという噂がネット上に飛び交っている。噂の発信源は、「大和武」と名乗る人物のTwitterでの発言だ。「『橋下が勝ったら、全員総辞職』を宣言した日教組」、「教育者は約束を守ろう」と記し、日教組のメールアドレスを問い合わせ先として掲載した。




