
前編はこちらから
■世間の"支援疲れ"にどう対処するのか
――日が経つにつれ、被災地のニュースは目に見えて減ってきています。"支援疲れ"という言葉もたびたび耳にしますが......。
西條 やっぱりみんな、"日常"に戻りたいんですよね。普段の生活に戻りたいという気持ちが誰にでもあって、被災地の現状があれから何も変わってないなんて思いたくないんだと思います。そんなこと知ってしまったら、何もしない自分への罪悪感に苛まれてしまう。だから見たくない。どこまで自覚的にやっているかは別として、メディアはそういうことに敏感なので、その"空気"を察知してニュースを流さなくなりますよね。
――それは仕方がないことなのでしょうか?
西條 仕方がない、とは思いませんが、ただ、"実際そういうこと"なんだということですね。僕でも、「もう大丈夫になっているんじゃないかな」と思いたくなる瞬間がありますから、その気持ちもまったく分からないではないんです。でも、被災地の現実は今なお厳しいんです。それを見て見ぬふりをして、自分だけ日常に戻るわけにはいきません。ですから、マスコミのみなさんにも、視聴率などに振り回されず、もう少し頑張って放送して欲しいと思っています。また、企業も支援金を出すのが厳しければ、自分たちの得意な分野のリソースを提供するという方法もあるので、「最初にお金出したからもうよいでしょう」ではなく、企業活動と矛盾しない復興支援のあり方を考えてみていただきたいですね。これからは、事業を通して社会に貢献するというあり方こそが、企業の持続可能性にもつながってくると思います。
――世間の"支援疲れ"に対して、「ふんばろう」としてはどのようなアクションをしているのでしょうか?

西條 現状、物資はまだ足りていないんです。現在掲載されている支援先の件数は2,300ほどですが、物資を送る側(支援する側)は当初の10分の1くらいになってきています。そのため、物資支援についていえば、「ふんばろう」のサイトに掲載する支援先の基準を少し厳しくしていこうと考えています。生きていく上で本当に必要なものに絞り、いまある支援力に合わせていくことで、本当に困っている人に届けたい、ということですね。
それから、やはり支援者を増やすことですね。まだまだ「ふんばろう」のことを知らない人が多いので、海外も含め、まだ動いていない人に活動を広げていくという努力もしています。いまも被災地の現状は変わっていない、ということをネットなどを通じて発信し、それぞれのプロジェクトの意義や、被災地の人の顔をちゃんと伝えていくことで、「支援しよう」と思ってもらえるように心がけています。
そうした状況だからこそ今、より多くの人に知ってもらいたい。誰でも参加できる仕組みになっていますから、知ってさえもらえれば一定の割合の人は協力してくれると思っています。たとえば、「ふんばろう」では当初からAmazonの「ほしい物リスト」を応用するシステムにより、これまで総数1万7,000個、約29,00万円にのぼる支援を行ってきました。国内はもちろん海外からでも、200円程度から、被災された方々が必要としている物資をワンクリックで届けることができます。ぜひ活用していただき、またご家族や会社の方などに広く知らせてもらえればと思いますね(
http://fumbaro.org/shelter/list/amazon.html)。
■「ふんばろう」のプロジェクトがうまく機能したワケ
――「ふんばろう」のプロジェクトはすべて、"人と人をつなぐ"というのが基本となっていますが、この構想は立ち上げ当初からあったんですか?
西條 はい。プロジェクトを立ち上げたのは4月に入ったときだったので、そのときはみんな「大変なことが起こった」と関心が高かったけれど、人は忘れる動物なので、必ずその意識は低下していく。それは目に見えていたので、低下していく前に何ができるかが勝負だと思っていたんです。そのために、人と人のつながりが必要だと。つながりというのは一度つくってしまえば、僕らの仕組みを通さずとも、直接やりとりがはじまりますし、関係性ができれば人間は忘れないんです。

――確かに、被災地全体に目を向け続けることはなかなか難しいですが、「家電を送った気仙沼の●●さん」というつながりができれば、もう人ごとではなくなりますね。
西條 "遠い親戚"みたいな関係です。そういう個人のつながりを何百、何万とつくっているんです。
――西條さんはもともと、心理学や哲学などがご専門で、構造構成主義という学問、何にでも通用する"方法の原理"を研究していらっしゃるそうですが、震災前、この原理が社会に対してどのような役に立つと思われていましたか?
西條 構造構成主義が一番広がっているのは医療や教育の現場なのですが、時代や文化を超えて通用する普遍性を備えた原理なので、本当にいろんな分野にプラットフォームとして広がっています。言ってみれば、従来の理論や方法論をバージョンアップさせるOSのようなものなんです。たとえば、方法とは、(1)ある特定の「状況」において、(2)特定の「目的」を達成するための手段です。これはすべての方法に当てはまる。この「方法の原理」を視点とすれば、状況と目的の2つを軸にすることで、特定の方法が役立つのかどうかを判断することができますし、より機能的な方法を作り出していくこともできるわけです。
――それは、災害時においてもあてはまるのでしょうか?
西條 もちろんです。今回の震災は未曽有の災害で、誰も経験したことがなかった。ゼロベースで考えていかなければならない状況において、この原理はすごく有効です。特定のコンテンツを持たず、すべてそのとき・その場の状況と目的を見定めて考えるというスキームなので、目的からぶれることなく状況の変化に合わせて柔軟に対応していけるんです。
――実際に「ふんばろう」では、この原理を使って次々とプロジェクトを立ち上げ、スピーディーで無駄のない支援を行ってきたわけですが、物事がどんどんうまく回っていく快感のようなものはあったのでしょうか?
西條 こんなに役に立つんだな、というのはすごく感じました。原理としては汎用性があるし、導入しさえすればかなり役に立つだろうな、とは以前から思っていましたが、ここまで急速に広まるとは思っていなかったですね。
■被災者の心の傷は深く、入りにくい
――西條さんは仙台ご出身で津波の被害に遭われたご親族もいたそうですが、プロジェクトを進める上で、どのように気持ちのバランスを取っていたんですか?
西條 大好きな伯父さんも津波で行方不明になってしまいました。多くの人がテレビで仙台空港に津波が押し寄せるシーンを見たと思うのですが、後に発見された場所から、その空港から一本道を挟んだ倉庫にいたことが分かりました。初めて南三陸町に入ったときもテレビではまったく伝わらない被災地の惨状を目の当たりにして、言葉を失いました。多かれ少なかれ、特に被災地出身の人は、そういう経験をしているので「故郷が大変なんだからなんとかしたい」という気持ちが自然と湧いてくるものですが、ただそういう"気持ち"の部分と、プロジェクトの合理性の部分は分けて考えています。