「リベンジしなきゃ!」と読者を煽る、「STORY」のスポ根魂が茶番でしかない理由

<p> 「年齢なんて、ただのナンバーに過ぎない」とは平子理沙パイセンの名言ですが、その理論に従うと、何かにつけて「40代、40代」と息巻いている「STORY」(光文社)は、国民総背番号制を一足先に利用している雑誌といえます。2月号の大特集のタイトルは「40代、『私たちは、まだまだこんなものじゃない』宣言!!」。すなわちこれは背番号40番が、「おい、40番、そんなんじゃ甲子園は行けねーぞ!」と叱られ、「監督、自分たちは、まだまだこんなもんじゃないっス!」と、汗と涙を拭き拭き立ち上がろうとしている特集ということではないかと思われます。早速見てみましょう。</p>

「リベンジしなきゃ!」と読者を煽る、「STORY」のスポ根魂が茶番でしかない理由

<p> 「年齢なんて、ただのナンバーに過ぎない」とは平子理沙パイセンの名言ですが、その理論に従うと、何かにつけて「40代、40代」と息巻いている「STORY」(光文社)は、国民総背番号制を一足先に利用している雑誌といえます。2月号の大特集のタイトルは「40代、『私たちは、まだまだこんなものじゃない』宣言!!」。すなわちこれは背番号40番が、「おい、40番、そんなんじゃ甲子園は行けねーぞ!」と叱られ、「監督、自分たちは、まだまだこんなもんじゃないっス!」と、汗と涙を拭き拭き立ち上がろうとしている特集ということではないかと思われます。早速見てみましょう。</p>

専業主婦は冬チャリファッション!? 「STORY」が40代のオシャレを雑に分類

<p> 「STORY」12月号(光文社)は、創刊11周年記念号。10周年でも15周年でもなく11周年(当然、昨年の12月号は10周年記念と銘打ってます)。来年は12周年記念号を作るのでしょうか。11周年を記念してティファニーの113万4,000円するネックレスやオメガの225万7,500円する時計のプレゼントをしています。誌面に目立つようにどーんと価格が記載されているところが、「高いモノ=おしゃれ」という価値観を明示していて、わかりやすくてよいですね。</p>

読者思いのフリをして、「ママ友は敵」と洗脳! 恐るべき「STORY」教

<p> 子育て中のママ読者が多い「STORY」(光文社)では、時間的にも経済的にも体力的にも制約が多い読者の事情を踏まえ、“時短”や“プレプラ”(プレシャス・プライス=安いけど価値あるもの)などの企画がしばしば組まれます。「ああ、読者思いだなあ」と思うのですが、たまに「これは本当に読者のことを考えたのだろうか」と疑問を感じる企画もあります。ただでさえ制約の多い読者をさらに精神的に追い込み、がんじがらめにするような、窮屈でたまらない企画が潜んでいることがあるんです。「STORY」11月号の特集「今、やっと気づいた『シンプルでいいじゃん!』」も、タイトルの横に「もう若作りも、過剰な盛りも要りません。私たち40代、もっと素の自分に自信を持っていい」とあり、いかにも「読者の気持ちに寄り添っています!」という感じなんですけどね。さて、本当にそうでしょうか。中身を見てみましょう。</p>

「自分らしさ」と「他人の目」に翻弄……「STORY」のオシャレは楽しくない!?

<p> 40代のためのファッション誌「STORY」9月号(光文社)。40代はファッションに悩むお年頃です。理由の1つは、お察しのように体型の変化。着実に中年体型になって、去年似合っていたものがもう今年は似合わない。頭で思い描いていたイメージと、鏡の中の自分がまったく違って愕然とすることが多々あります。しかし、もっと困っているのは、身体面よりむしろ精神面。洋服を着るモチベーションが見いだせない。よほどおしゃれが好きという人は別でしょうが、これまで「モテたい」「キレイと言われたい」「オシャレな人と思われたい」と思って洋服を着てきた場合、ひとたび「モテなくていい」「キレイと言われなくていい」「オシャレな人と思われなくていい」という、「どうでもいい」づくしの魔界に足を踏み入れたら、何のために服を着るのかわからなくなる。最終的に辿り着いたのは「もう“フツーの人間”に見えればいいや」という、どんづまり桃源郷。“フツーの人間”に見える程度に服を着ていれば、社会生活で困ることってないですよね? 教えてください、オシャレって何のためにするんですか?</p>

「販売累計13,000本!」のコピーに宿る、「STORY」の生々しいバブル思想

<p> 40代のためのファッション誌「STORY」7月号(光文社)。林真理子が連載「出好き、ネコ好き、私好き」でアンジェリーナ・ジョリーの乳房切除手術について触れているのですが、「何も健康なキズひとつない乳房をとらなくてもいいのではないだろうか」と否定的。「おそらくアンジェリーナは、老いることにも全力で立ち向かっていくに違いない」としながら、3月に亡くなった田中宥久子の「年をとるのはちっとも怖くない」「老いを味方につけることをすれば大丈夫」という言葉と対比させています。先月号では60代女性が婦人科で治療を受け、50代男性と結ばれるというシーンを描いた岸恵子の小説を取り上げ、「こうした医学を味方にしていけば、いつまでもみずみずしい日本女性が出来上がる。(中略)なんだか楽しくなってきたぞ」と書いたばかり。その前の号では、法令線にヒアルロン酸を入れ、「中年は結果じゃないんだ。(中略)試行錯誤しながら歩いている。それ自体、もうひとつの美しさなんだ」と美のメンテを賛美しています。</p>

「STORY」が考える、ジャニコンで“目線をもらう服”は「全身ベージュ」!?

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「STORY」2013年4月号/光文社

 「STORY」4月号(光文社)の特集は、「出会いの季節、『人にやさしく』映る服大研究!」。タイトルには、「ママとして、働く40代として。“みんなにモテる”には戦略が必要です」という文章が添えられています。ここでの“モテる”の対象は、異性ではなく同性であるママ友が中心。若い頃は男にモテる服装を意識し、中年になったら女にモテる服装を意識して生きなければならないのです。面倒くさいですよね。たいていの女性が「ああ~っ、めんどくせー!」と思っているはず。だから、「STORY」のような雑誌がマニュアル化してくれると助かるわけですよ。

<トピック>
◎特集「出会いの季節、『人にやさしく』映る服大研究!」
◎ひそかな「エア恋心」が特別なオシャレの言い訳
◎華原朋美さん(38)「愛で絶望した私が、愛に救われるまでの2350日間」

「STORY」に倣い、バーキンに糞取りスコップを入れる40女の美学

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「STORY」2013年3月号/光文社

 今回は、「STORY」3月号(光文社)を読んで、STORY読者におけるブランドとプライドについて考えてみたいと思います。「STORY」においては……というか、昨今の女性の間では、全身ハイブランドで身を固めることは「ファッショナブルではない」とされています。かといって、プチプライスだけもダサい。ハイブランドとプチプライスを組み合わせたり、あるいは全身ハイブランドの日もあればプチプライス中心のカジュアルデーもあったり、と高・低価格を取り混ぜたスタイルがヨシとされています。その要因の1つとして、バブル崩壊後、日本の経済状況に合わせて、そういう感覚が培われてきたというのがあるのでしょう。

 そこには、“ハイブランド品も持っている=裕福である”というプライドと、“プチプライス品も持っている=ブランドロゴに左右されないセンスと賢さがある”という2つのプライドがあり、両方そろって初めて「本当に豊かな奥さん」となれるわけです。最終目的が「豊かさ」なら、素直にハイブランド品だけ身につけてればいーじゃねーかと思うのですが、それだけでは女友達から嫌われたり、バカにされたりします。そういう時代です。

 実際、「STORY」にも、50万円超のシャネルバッグを紹介しているページもあれば、1990円のオールドネイビー(GAPのさらに低価格ブランド)のパーカーを紹介しているページもあり、うまくバランスが取れています。その上、「プチプライス」を「プレプラ(=プレシャスプライス=価値ある安さ)」とわざわざ言い換えて、よりダイレクトに読者の自尊心を満たす仕掛けになっています。そうして女心を刺激したりなぐさめたりしている女性誌、それが「STORY」なのです。

<トピック>
◎特集「40代の早春服は、暖かさを犠牲にしません!」
◎新説!「40代こそバーキン適齢期」
◎人気色No.1、「プレプラなピンク」からはじめよう!

「STORY」礼服企画、「K應のお母さんのヒールは●●」という細かすぎる規則

「STORY」2013年2月号/光文社

 「STORY」2月号(光文社)は、まず、林真理子の連載コラム「出好き、ネコ好き、私好き」からご紹介したいと思います。見出しは、「どんなに美しい40代でも、やっぱり忘れちゃいけない希望と諦めのバランス」。なんだか「STORY」読者にケンカを売っているような言葉です。内容は女性ストーカーについて。林真理子は「女性ストーカーの心根がしみじみとわかる」とのことで、“元カレ”らにストーカーに間違われた衝撃の過去を明かしています。しかしながら、書くことでガス抜きができているので、本物のストーカーにならずに済んでいるそう。男性の誉め言葉を「お世辞だとわかっていても心ははずむ。が、心のタガをはずしたことはない」と述べています。

「『何のかんの言っても、おばさんだもん』という諦めと自己認識が私の中にはあるためだ。たいていの女が、この諦めと、『頑張ればもっとイケるかも』という希望とのバランスを保って今日も生きている。そのバランスを保つのが、むずかしい世の中になってきたのは確かなのである」

 と、最後は結んでいます。要は、40~50代でもまだイケると「STORY」をはじめとするメディアが吹聴したせいで、おばさんが勘違いしがちだから、どんなに美しくても「おばさん」という自覚は持っておけよ、ということですね。

 しかし、筆者は「おばさんだもん」という言葉は諦めの言葉ではないと思っています。振り返れば、若い頃はもっとたくさんの諦めの言葉を吐かざるを得ませんでした。ブスだもん、デブだもん、チビだもん、ズボラだもん、性格悪いもん……イケてない自分を認識するたびに自己嫌悪に陥っていました。しかし! 四十路目前の今は、すべてを「だっておばさんだもん」と、年齢のせいにすることができるのです。「おばさん」は諦めではなく、自分を楽にするためのマジックワード。林真理子も、ほかの欠点から目をそらすために、「おばさんだもん」と言っているのでは……と思わずにはいられません。若かったらイケてたんですか?

<トピック>
◎特集「カジュアルを極めた40代の、BACK TO コンサバ宣言!」
◎東京・大阪「プレプラ族」が街に溢れ出す!
◎コーデ不要「ずぼら服」が、朝を救う!