ベッキーとゲスの極み乙女。川谷絵音が食らった“文春砲”から始まり、SMAP解散騒動、清原和博の薬物逮捕など、いろいろな芸能ニュースが飛び込んできた2016年。中でも芸能ニュースを通して、“雇用”や“経営”に関わる問題が注目されることも多かった。今回は、数々の会社を見てきた、企業の労務管理に詳しい弁護士の近衞大氏に、16年の芸能ニュースを法律の観点から解説してもらった。一般社会とはだいぶ常識が異なる芸能界は、弁護士の目にどのように映るのだろう。
◆「SMAP解散騒動」――飯島氏がメリー氏を訴えたら「勝てる」けれど……
SMAP解散騒動のきっかけは、15年1月の「週刊文春」(文藝春秋)に掲載されたメリー喜多川副社長の独占インタビュー。メリー氏が、SMAPの元マネジャー・飯島三智氏に対して、「(娘の藤島ジュリー景子氏と)対立するならSMAPを連れていっても今日から出て行ってもらう」と、飯島氏に退社を促したのだ。その後、飯島氏はSMAPを連れて独立しようとしたものの、計画は破綻、退社に追いやられ、SMAPも16年12月31日をもって解散した。世論は完全に「メリー氏の行為は明らかにパワハラ」「ジャニーズ事務所はブラック企業」というムードになっているが、果たして経営者としてのメリー喜多川氏の言動は、違法性を有するパワハラに該当するのだろうか。
【近衞氏の見解】
まず、パワハラの場合は、民法上の「不法行為」(民法709条、715条)に該当するかどうかが問題になってきます。飯島氏はジャニーズ事務所の従業員であり、メリー氏が誌面上で飯島氏を恫喝したのは「辞任の強要」に思えますね。ビジネスにはどうしても上下関係がありますから、多少職場でパワハラめいた言動があったとしても、業務指示の範囲内であれば、一定程度は許容される傾向にあります。しかしこの件では、もし飯島氏がジャニーズ事務所またはメリー喜多川氏を訴えたら、勝てるかもしれません。裁判所から見ても、雑誌の発言そのもので、証拠上もはっきりしていますから。また、パワハラの内容を一般誌に書かれると、世論が被用者寄りになるので、雇用主にとっては不利なんですよ。
ただ飯島氏にとって、そこで得られる金額と回復できる名誉が、訴訟の労力に見合っているかというと、「見合っていない」と思います。飯島氏はイメージ的に、今のところ被害者なので、次の仕事を考えたら、裁判をするのはもったいないという考え方もできます。人生トータルで考えて、1つの裁判で勝てばいいってもんじゃないです。
一方で、メリー氏の対応が全て間違いだったかといえば、彼女は「人気グループの独立を防いだ」わけで、経営幹部の立場からすれば当然の対応。彼女は誌上という世間の目が触れるところで、ジャニーズの姿勢を明確にしたわけです。そうなると飯島氏は、ケンカをするなら正面から訴訟にするしかない。しかし、先ほど述べたように、飯島氏にとって訴訟を起こすのは、勝ち負け以外のリスクが大きすぎる。そう考えるとメリー氏の対応は、軽率のように見えますが、実は計算高いのかもしれません。
また、もしメリー氏の発言によってジャニーズ事務所が傾いたとしたら、役員としての「誠実義務」(誠実に任務を処理する義務)に反していることになります。それを「任務倦怠」と言うのですが、これを理由に役員を辞めさせるには、株主総会の決議の必要があります。しかし、喜多川一族はジャニーズ事務所の大株主でしょうから、身内であるメリー氏を辞任させるのは実質、不可能なはず。一連の流れを見ていると、メリー氏は経営者としてとても賢いという見方もできます。
◆「のん(能年玲奈)独立問題」――「待遇悪い」と批判するのは正しいやり方ではない
のん(能年玲奈)が事務所との確執から、勝手に個人事務所を設立したとの報道が流れ、大騒動に発展。のん側は事務所に不信感を抱き、独立を決めたと「文春」で報じられたが、事務所側は一切独立を認めておらず、今もなお公式サイトには「能年玲奈」のプロフィールが掲載されている。世間では、「事務所がテレビ局に圧力をかけ、のんの番組出演にNGを出している」などとウワサされ、のんへの同情論が強いものの、契約の観点から見ると、のんと事務所、どちらに非があると判断されるのだろうか?
【近衛氏の見解】
最近のアイドルは、よく「最初のお給料はたったの○万円でした」というような発言をしています。恐らく「労働者」の自覚があるのでしょうが、実のところ芸能人は、少なくとも契約上、「労働者」ではない場合が多いのではないでしょうか。
芸能人の多くは、芸能プロダクションと「業務委託契約」を結んでいるでしょう。それは、働いた“時間”に対して対価をもらう労働者の「雇用契約」とは違い、“成果物”に対して報酬をもらう契約です。タレントの業務委託契約書の内容はわかりませんが、お金になる仕事、ならない仕事とりまぜて行うので、一つひとつの仕事の成果ごとに加算はあるかもしれませんが、1カ月あたり定額だと思います。だから労働者という感覚なのでしょう。
これに対して、彼らを管理するマネジャーは事務所の「労働者」で、時間に対して給料が支払われます。業務が長くなれば残業代がかさむことになり、マネジャーの取り分は多くなりますが、タレントの報酬は同じ。タレントとマネジャーは、チームとして働いているのに、こうした違いが出てしまうのは、バランスが難しそうですね。まして、芸能事務所は売れている芸能人の何倍何十倍もの売れていない芸能人とその人に付いているマネジャーを抱えているわけで、全体の食い扶持を一部の売れている人たちが支えざるを得ない構造もあるのです。
のんさんが、事務所を独立するに当たって、事前に交渉しないまま独立することは考えられません。しかしこうした「話の行き違い」があることを考えると、事務所とのんさんの間で円滑なコミュニケーションが取られていなかったのでしょうね。お互いに信頼関係が成り立っていたら、このような話にはなっていなかったと思います。
また、のんさんを一躍人気者にした『あまちゃん』(NHK)は、企画としてそもそもヒットが約束されたような作品でした。震災がテーマで、脚本が人気作家。オーディションに合格したのはのんさんご自身の実力だったにせよ、人気女優を擁する事務所という後ろ盾があってこその面もあったかと思います。それを無視して、「待遇が悪かった」「やりたいことをさせてくれなかった」と契約者を一方的に批判するのは、正しいやり方とは思えません。「干されているのかどうか」という以前の問題として、大手事務所を敵に回した人間はその後、制作側としては使いにくいのは仕方ない。実際、所属の契約で揉めているというのならば、制作側は誰とどういう契約を結べばいいかわからないですし。「誰と契約して良いかわかりません」という口実もできてしまう。
この件は、芸能人の条件闘争という、一般に見せるべきではない裏側を見せてしまったことで、のんさん側にも事務所側にも問題があると思います。法律的な意味ではないですが。日本人は「ごめんなさい」している人を、それ以上無碍にできない風潮がある。双方、そういう風潮をうまく利用するという方策もあったんじゃないかと感じます。仮に、のんさんが一言「お世話になった事務所に対して、こんな形になってごめんなさい」と言っていたら、事務所側が一言「彼女の才能は素晴らしく、会社への貢献には感謝している。引き続き双方にとって良い関係を模索したい」と言っていたら、少なくとも表面上の泥仕合は避けられたのではないでしょうか。本音はファンがいないところで応酬すべきですよね。
◆「ベッキー不倫騒動」――「クビを切る」より「切腹してもらう」方がベター
「元気でまっすぐないい子」というイメージで売っていたにもかかわらず、突然、「文春」にゲスの極み乙女。川谷絵音との不倫関係をすっぱ抜かれたベッキー。その影響で、出演CM10社全てが消滅し、活動休止を余儀なくされた。億単位の違約金が発生したと報じられ、ネット上では「なぜ事務所はベッキーを解雇しないのか?」といった声も上がったが、実際に事務所は、こうした芸能人を「解雇」できるのだろうか?
【近衞氏の見解】
「解雇」というのは、社員として、会社と雇用契約を結んでいた場合に使われる言葉です。社員が一発解雇になるのは、横領などの数少ないケース。契約上のミス、業務上のミスで会社に損害を与えたとしても、解雇にはそうそうなりません。そもそも、労働事件で会社が原告になる――つまり労働者個人を訴えると、裁判官はイヤな顔をしますね。組織と個人、という関係の中で、法律では、被用者は圧倒的に守られるべき立場にあるからです。
一方、ベッキーさんのような芸能人の多くは、「業務委託契約」でしょうから、解雇ではなく「契約の解除」となります。このケースでは、違約金の問題次第ですが、十分に契約解除理由にはなるでしょう。しかし、不倫騒動で仕事がなくなり、契約の違約金を払ったことで事務所の運営が困窮し、社員を雇えなくなったとしたら、解除するより、事態が収束してから仕事に復帰してもらい、稼いでもらった方が事務所としては採算が取れるのでしょう。
解雇の場合は、解雇理由があっても「その解雇が濫用か否か」という判例上の要件が加わりますので、業務委託の解除の方が要件は厳しくありません。とはいえ、タレントの場合、労働者的な側面もあるので、業務委託の解除の場合もその点が考慮されるでしょう。
例えば、アイドルで「恋愛禁止令」ってありますよね。たとえ契約上恋愛禁止と書いてあっても、私的な恋愛で解雇とか解除とかはできないと思います。あれはどう見ても行間があって、「ファンに対して擬似恋愛の関係を形成するのもアイドルの業務で、ファンとの信頼関係を壊すような私的行為は許されない」という趣旨で理解すべきものです。要はバレなければよい。報道される見込みが強い、あるいは報道された、あたりがポイントになるでしょう。夢を売る商売なのだから、身を律せよ、ということです。
ただ、現実問題としては、解除するより、タレント側の方から契約の解消を申し出てもらう方が、会社としてはトラブルが少ないので、「クビを切る」より「切腹してもらう」方がベターです。一度解除のルールを決めると先例になりますしね。
◆「フジテレビ凋落問題」――亀山社長を選んだ株主にも問題はある
バラエティにドラマにと、高視聴率を連発し、テレビ界を席巻していたフジテレビが、ここ数年絶不調に。特に16年は、看板の月9ドラマが2期連続で史上ワースト視聴率を更新するという大惨事となった。13年に亀山千広氏が社長に就任してから、視聴率が低迷しているともいわれ、さらに現在、亀山社長の肝いり企画がことごとく大コケしている状況には、社員からもブーイングが巻き起こっているという。もし社員が、社長の企画に拒否の姿勢を示した場合、それでも「続行せよ」と強要するのは、問題にならないのだろうか。
【近衞氏の見解】
社長が代わった途端に経営が悪化する例はよくありますね。ただ、フジテレビの場合、さまざまな要因があるとは思いますが。株式会社は、株主総会で社長を決めるので、落ちた名声を立て直すのは社長の仕事ですが、それができない人に任せ続けた株主にも問題はある。たいていの場合、亀山社長のように、一社員から出世した人は、自分の調子のよかった時代を物差しにすることが多いので、現状に見合った対策が打ち出せないことはよくあることですね。
また、社長が自身の企画を現場にごり押ししているという点ですが、「強要」がどういう内容かにもよるものの、普通はパワハラにはならないでしょう。「ごり押し」だろうが、「勝てば官軍」。そもそもヒットするかどうかなんて事前にはわからないのですから、「こんな企画ヒットするわけがない」といって従業員が拒否したら、そっちの方が問題です。むしろ業務指示違反として、従業員が懲戒される可能性すらあります。結果的にヒットしなければ、企画をごり押した社長が責任を取る……それがリーダーシップというものです。まあ従業員としては、自分がトカゲのしっぽにならないように自己防衛する必要もあるかもしれませんが。
(取材・文/和久井香菜子)
近衛大(このえ・だい)
森田・高橋法律事務所所属。第一東京弁護士会労働法制委員会均等法部会・労使関係部会副部会長。早稲田大学法学部卒。労働事件(使用者側)を専門とする。共著に『なぜ景気が回復しても給料は上がらないのか (働く・仕事を考えるシリーズ)』(労働調査会/倉重公太朗、内田靖人)がある。