【熊本地震】中止・延期が相次いでも……「プロスポーツ」にしかできない支援とは?

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イメージ画像(Thinkstockより)
 14日に発生した熊本地震はスポーツ界にも影響を与えている。数多くのプロ・アマチュアスポーツが、中止・延期となっているのだ。    まず、4月23日から行われるはずだった高校野球・春季九州大会が延期となった。出場選手たちの安全確保に困難が予想されたため、大会主催側が苦渋の判断を下した形だ。大会は5月10日に仕切り直しとなったが、被災地・熊本の高校が参加できるかは、いまだ定かではない。代表校である秀岳館と九州学院の学校関係者は「まだ出場できるかわからない」と、熊本日日新聞にコメントを寄せている。特に秀岳館は、3月末に行われた春の選抜大会で全国レベルの成績を残していただけに、その活動停止が惜しまれている。  一方、プロサッカーでは、J2・ロアッソ熊本のリーグ戦合計5試合が中止になる(17日以降2試合がすでに中止、29日の試合から3試合を中止することを決定)。熊本市内にあるスタジアムは現在、救援物資の保管場所、また自衛隊の活動拠点になっているため、選手たちは練習ができない状況が続いている。なお、22日の段階で選手、クラブ関係者、Jリーグ協会関係者が協議を済ませ、リーグ戦再開の意思を確認した。 「現在、5月15日のジェフ千葉戦より再開するという予定を組んでいます。ただ、その時点で熊本のうまスタ(ホームスタジアム)を使えるかは未定。今後の状況を見守る形になります。なお、当日の試合はアウェーゲームです。協議の結果、選手の意向でその日から再開予定となりました」(Jリーグ広報関係者)  なお、今回の熊本の震災に対してはすでに、スポーツ各界からの支援が続々と始まっている。  まず、男子ゴルフの石川遼、丸山茂樹両選手らは16日、東建ホームメイトカップが行われた三重県桑名市でチャリティーサイン会を行った。また、翌日17日には、マスターズから帰国中の松山英樹選手が、神奈川県藤沢市の練習場でチャリティーサイン会を開催している。  女子ゴルフ界では、熊本出身の上田桃子、有村知恵、また宮里藍選手らが「つなげ、九州!」というFacebookアカウントを開設。義援金を募ることを検討しているという。  九州出身の川崎フロンターレ・大久保嘉人選手も、支援に積極的に乗り出す意向を表明している。本人は「(母校である)国見高校には、熊本からの生徒も多く通っていた」とメディア取材に答え、同校OBらに呼びかけチャリティー活動を行うとしている。また4月26日には、川崎のチーム全体で、神奈川県・新百合ヶ丘駅で募金活動を展開する予定だ。  ゴルフやサッカー以外にも、野球界、角界、テニス界など、多くのプロスポーツ選手たちが支援やチャリティーを行っており、その裾野はさらに広がる見通しだ。  選手たちの一部には、自分たちがエールや支援を送ること、また「被災地のために」という気持ちで競技に臨むことが、「本当に被災地の役に立つのか」と自問する声もある。それらは、被災地の状況に真摯に向き合おうと考えているがための悩みだろう。ただ、大久保選手が語るように「どんどんやっていきたい。そういうことぐらいしかできないから」という気持ちが、被災地を勇気づけることは間違いないはずである。  例えば、東日本大震災直後、同年7月に行われた女子サッカーワールドカップを思い出してほしい。優勝を果たした、なでしこジャパンの雄姿は、被災地だけではなく日本中に勇気と力を与えた。また、震災前年の2010年にJ1に昇格し、初年度の成績が14位と振るわなかったベガルタ仙台は、ファンと支え合い、震災後の11年には4位、12年には2位という好成績を残した。その被災地を背負って戦う姿勢や、あきらめない姿に心打たれ、スタジアムで涙を流す人も少なくなかったという。それが復興の原動力のすべてではないにしろ、前向きに生きる勇気を得た人も少なからずいたはずである。メディアへの露出が多く、社会的発信力の強いプロスポーツ界にしかできない支援というのもまた存在するはずである。  なお、スポーツ雑誌「Number」(文藝春秋)が東日本大震災後に集計したレポートがある。同誌はは読者に対して「震災後、あなたがうれしく思ったスポーツ界の出来事は?」という質問を投げかけたのだが、「サッカー、チャリティー試合開催」と「センバツ高校野球開催&被災地からの出場」という項目が、合わせて4割以上を占めた。書き込み欄には「(被災地の高校球児の)全力疾走と懸命のプレーは、ファンのみならず相手チームにも感銘を与えた」「世界が身近でつながっていることに感動した」「自粛がブームになってしまっている今、彼らのひたむきなプレーは観る者に活力を与えてくれると信じています」などのコメントが寄せられている。震災直後の熊本ではまだ難しいかもしれないが、スポーツが人々に力を与えるという点は疑いようもない。今後、選手・観客がともに前に進むことができるような、スポーツによる復興支援の輪が広がることを願うばかりだ。 (取材・文=河鐘基)

【熊本地震】中止・延期が相次いでも……「プロスポーツ」にしかできない支援とは?

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 14日に発生した熊本地震はスポーツ界にも影響を与えている。数多くのプロ・アマチュアスポーツが、中止・延期となっているのだ。    まず、4月23日から行われるはずだった高校野球・春季九州大会が延期となった。出場選手たちの安全確保に困難が予想されたため、大会主催側が苦渋の判断を下した形だ。大会は5月10日に仕切り直しとなったが、被災地・熊本の高校が参加できるかは、いまだ定かではない。代表校である秀岳館と九州学院の学校関係者は「まだ出場できるかわからない」と、熊本日日新聞にコメントを寄せている。特に秀岳館は、3月末に行われた春の選抜大会で全国レベルの成績を残していただけに、その活動停止が惜しまれている。  一方、プロサッカーでは、J2・ロアッソ熊本のリーグ戦合計5試合が中止になる(17日以降2試合がすでに中止、29日の試合から3試合を中止することを決定)。熊本市内にあるスタジアムは現在、救援物資の保管場所、また自衛隊の活動拠点になっているため、選手たちは練習ができない状況が続いている。なお、22日の段階で選手、クラブ関係者、Jリーグ協会関係者が協議を済ませ、リーグ戦再開の意思を確認した。 「現在、5月15日のジェフ千葉戦より再開するという予定を組んでいます。ただ、その時点で熊本のうまスタ(ホームスタジアム)を使えるかは未定。今後の状況を見守る形になります。なお、当日の試合はアウェーゲームです。協議の結果、選手の意向でその日から再開予定となりました」(Jリーグ広報関係者)  なお、今回の熊本の震災に対してはすでに、スポーツ各界からの支援が続々と始まっている。  まず、男子ゴルフの石川遼、丸山茂樹両選手らは16日、東建ホームメイトカップが行われた三重県桑名市でチャリティーサイン会を行った。また、翌日17日には、マスターズから帰国中の松山英樹選手が、神奈川県藤沢市の練習場でチャリティーサイン会を開催している。  女子ゴルフ界では、熊本出身の上田桃子、有村知恵、また宮里藍選手らが「つなげ、九州!」というFacebookアカウントを開設。義援金を募ることを検討しているという。  九州出身の川崎フロンターレ・大久保嘉人選手も、支援に積極的に乗り出す意向を表明している。本人は「(母校である)国見高校には、熊本からの生徒も多く通っていた」とメディア取材に答え、同校OBらに呼びかけチャリティー活動を行うとしている。また4月26日には、川崎のチーム全体で、神奈川県・新百合ヶ丘駅で募金活動を展開する予定だ。  ゴルフやサッカー以外にも、野球界、角界、テニス界など、多くのプロスポーツ選手たちが支援やチャリティーを行っており、その裾野はさらに広がる見通しだ。  選手たちの一部には、自分たちがエールや支援を送ること、また「被災地のために」という気持ちで競技に臨むことが、「本当に被災地の役に立つのか」と自問する声もある。それらは、被災地の状況に真摯に向き合おうと考えているがための悩みだろう。ただ、大久保選手が語るように「どんどんやっていきたい。そういうことぐらいしかできないから」という気持ちが、被災地を勇気づけることは間違いないはずである。  例えば、東日本大震災直後、同年7月に行われた女子サッカーワールドカップを思い出してほしい。優勝を果たした、なでしこジャパンの雄姿は、被災地だけではなく日本中に勇気と力を与えた。また、震災前年の2010年にJ1に昇格し、初年度の成績が14位と振るわなかったベガルタ仙台は、ファンと支え合い、震災後の11年には4位、12年には2位という好成績を残した。その被災地を背負って戦う姿勢や、あきらめない姿に心打たれ、スタジアムで涙を流す人も少なくなかったという。それが復興の原動力のすべてではないにしろ、前向きに生きる勇気を得た人も少なからずいたはずである。メディアへの露出が多く、社会的発信力の強いプロスポーツ界にしかできない支援というのもまた存在するはずである。  なお、スポーツ雑誌「Number」(文藝春秋)が東日本大震災後に集計したレポートがある。同誌はは読者に対して「震災後、あなたがうれしく思ったスポーツ界の出来事は?」という質問を投げかけたのだが、「サッカー、チャリティー試合開催」と「センバツ高校野球開催&被災地からの出場」という項目が、合わせて4割以上を占めた。書き込み欄には「(被災地の高校球児の)全力疾走と懸命のプレーは、ファンのみならず相手チームにも感銘を与えた」「世界が身近でつながっていることに感動した」「自粛がブームになってしまっている今、彼らのひたむきなプレーは観る者に活力を与えてくれると信じています」などのコメントが寄せられている。震災直後の熊本ではまだ難しいかもしれないが、スポーツが人々に力を与えるという点は疑いようもない。今後、選手・観客がともに前に進むことができるような、スポーツによる復興支援の輪が広がることを願うばかりだ。 (取材・文=河鐘基)

【熊本地震】川内原発停止を叫んだ4.19反原発官邸前デモ、仲間内でも懐疑的な声が……

Kyudenhonsha
(C)Muyo/wikipediaより
 熊本地震では、鹿児島・川内原発に事故の懸念も広がり、共産党や反原発団体が運転停止を求めているが、逆に九州の人々からは「今止めれば被災地の電気復旧の妨げになる」という反発も出ている。九州電力を取材してきた地元紙記者によると「今回の地震で安全上の問題は生じていないのが結論」だという。 「既定では、想定される最大の震動が620ガルとされているんですが、原発はそれよりずっと前の160ガルで自動停止するようにできています。今回の地震では、熊本で最大のマグニチュード7を記録した時間帯に薩摩川内市でも震度4程度が観測されましたが、わずか8.6ガルだったんです」  ところが、反原発を主張する政党や団体は即時停止を訴え、19日に首相官邸前でデモを繰り広げていた。 「でも、今川内原発を停止すれば九州電力は火力発電所をフル稼働させなければならず、そうなると余震のある熊本や大分にある大型の火発に頼ることになりますよ。福島の事故後、ここは新たな基準で再稼働しているので、安易な停止は停電を引き起こすだけだと思いますが……」  また、川内原発を停止させた場合、九州電力にかかる代替の燃料費など月100億円の負担増という指摘もある。それだけに地元の反応は「停止という声は少ない」というのだが、19日のデモでも参加者からもこんなことが聞かれた。 「原発自体に反対なので参加していますが、アレ? と思ったのは、これまで九州にマグニチュード5以上の地震があったら川内原発は事故が起きるって主張をしてきたので、その根拠が間違っていたかなとは思いました。稼働には反対ですが、正しくないデータで批判するのはよくないです」(20代男性)  民進党の江田憲司代表代行は18日の記者会見で、川内原発の停止を求める考えを示し「九州地方のみなさんが大変不安に思っている」と勝手に代弁していたが、この2日後、同党の岡田克也代表は安倍晋三首相との会談で、停止は求めず「避難計画の再検証」を申し入れるトーンダウンとなった。このあたり強く停止を訴える根拠が乏しかったのかもしれない。  19日のデモは約800人が集まったとされているが、恒例の反原発デモに比べると参加者が見た目に少ないようにも見えた。事実、参加者も「来なかった仲間も結構いた」というのだが、「安全地帯で批判するより熊本でボランティアした方がと考えた人もいたから」とのことだった。  震災後、熊本市内でも「NO NUKES」と反原発のボードを掲げてデモをしていた集団もいたが、県民の反応は冷たく「それどころじゃないだろ」と罵声が浴びせられたとの報告もあった。反原発活動をしているフリーライターも、これには懸念を示す。 「デモは重要な抗議活動ですが、大事なのは中身。人種差別の団体対立とかの方では本題そっちのけで、みっともない争いになってしまっていて、冷めてデモから離脱する人が続出しました。反原発もちゃんとした理論で戦わないと、やみくもに反対を叫ぶだけなら似たようなものになってしまう不安はあります。最近は活動中の対立から暴力事件みたいなこともあって、デモと距離を多く反原発派もいます」  デモ内では反原発の活動家から「むしろ事故でも起きたほうが勢いづく」なんて本末転倒な声も聞かれたが、この大地震でも川内原発に影響がなかったなら活動に懐疑的になる参加者も出てきそうだ。皮肉にも「反原発団体こそ、メルトダウンしないようにしないと」とフリーライターは話していた。 (文=鈴木雅久)

【熊本地震】被災したプロレスラー・幸村ケンシロウが明かす現在「役所としての機能がない」

yukimura0420
プロレスリング求道軍公式サイトより
 余震も続き被害が広がる熊本地震では、壊れたインフラにより支援物資も届かない非常事態となっている。八代市の避難所である小学校の体育館には、プロレスラーの幸村ケンシロウ(51)がいたが、救援の負担を軽減する意味もあって、雨がやんだのを見計らい、自力で親族宅へと移った。 「14日、最初の余震がきたときはだいぶ揺れましたが、大丈夫でした。ところが2度目の本震は大きく、家のモルタルが剥がれ落ちました。現在、市内の約2万人に避難警告が出て、家族と共に避難したんです」  同市は14日21時ごろの前震が震度5弱だったが、16日未明に6弱のさらに強い揺れに襲われた。市役所も庁舎が損壊し、九州道をつなぐインターチェンジ周辺も不通で、支援物資の到着も遅れている。  同市出身・在住の幸村は1990年代から西日本プロレスで九州のプロレス人気を担った後、2009年からは、子どもたちにプロレスを通じての社会教育「教育プロレス」を推進してきた。それだけに、行政の動きを心配する。 「断層が南北にあって、震源が熊本市からこの八代市方面へと南下しているようで、予断を許さない状況です。ただ、避難には水、食糧の不足や衛生面の問題があり、体調不良や病気の問題も発生しています。まずは冷静な判断と迅速な行動が重要ですが、市役所が崩壊しかけていて、役所としての機能がなくなっていることも不安が大きいです」(同)  その市役所に取材してみたところ、職員自身も自宅を失っていた。 「前震で家屋が損壊して部屋がグチャグチャになり、2度目の本震では破損が広がって、屋根の瓦も落ちて雨にずぶ濡れ。外壁も壊れてしまいました。現在、備蓄の飲食料が底をついてきています。支援物資があっても、空港の閉鎖や阿蘇大橋の崩壊などで避難所への物資の配送ルートが遮断された状況。行政としても、いま誰がどこに避難していて、何が必要なのかも把握しきれてないです」(職員)  県は、災害時に支援物資を受け入れる地域防災計画として、熊本市のパークドーム熊本など3カ所を広域防災活動拠点と定めていたが、今回の地震ではその3カ所とも被害を受け、物資の受け入れができなくなってしまった。熊本県は急遽、県庁などで受け入れを始めたが、インフラの復旧がないため大量の物資を抱え込んだままだ。さらに水道、電気、ガスのライフライン復旧も余震が多発している中では行えず、地震活動の今後も「予測できない」とされている中では、かなり長期的な被害となっていきそうだ。  そんな中、避難所の人々からは「残念なことに、身を呈して動いている人々がいるのに、エゴ丸出しで文句を言う被災者もいました」という声もあった。諸々の問題は東日本大震災で学んだことではあったが、その教訓も現実のパニックの中では生かすのは難しいのかもしれない。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

【熊本地震】被災したプロレスラー・幸村ケンシロウが明かす現在「役所としての機能がない」

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プロレスリング求道軍公式サイトより
 余震も続き被害が広がる熊本地震では、壊れたインフラにより支援物資も届かない非常事態となっている。八代市の避難所である小学校の体育館には、プロレスラーの幸村ケンシロウ(51)がいたが、救援の負担を軽減する意味もあって、雨がやんだのを見計らい、自力で親族宅へと移った。 「14日、最初の余震がきたときはだいぶ揺れましたが、大丈夫でした。ところが2度目の本震は大きく、家のモルタルが剥がれ落ちました。現在、市内の約2万人に避難警告が出て、家族と共に避難したんです」  同市は14日21時ごろの前震が震度5弱だったが、16日未明に6弱のさらに強い揺れに襲われた。市役所も庁舎が損壊し、九州道をつなぐインターチェンジ周辺も不通で、支援物資の到着も遅れている。  同市出身・在住の幸村は1990年代から西日本プロレスで九州のプロレス人気を担った後、2009年からは、子どもたちにプロレスを通じての社会教育「教育プロレス」を推進してきた。それだけに、行政の動きを心配する。 「断層が南北にあって、震源が熊本市からこの八代市方面へと南下しているようで、予断を許さない状況です。ただ、避難には水、食糧の不足や衛生面の問題があり、体調不良や病気の問題も発生しています。まずは冷静な判断と迅速な行動が重要ですが、市役所が崩壊しかけていて、役所としての機能がなくなっていることも不安が大きいです」(同)  その市役所に取材してみたところ、職員自身も自宅を失っていた。 「前震で家屋が損壊して部屋がグチャグチャになり、2度目の本震では破損が広がって、屋根の瓦も落ちて雨にずぶ濡れ。外壁も壊れてしまいました。現在、備蓄の飲食料が底をついてきています。支援物資があっても、空港の閉鎖や阿蘇大橋の崩壊などで避難所への物資の配送ルートが遮断された状況。行政としても、いま誰がどこに避難していて、何が必要なのかも把握しきれてないです」(職員)  県は、災害時に支援物資を受け入れる地域防災計画として、熊本市のパークドーム熊本など3カ所を広域防災活動拠点と定めていたが、今回の地震ではその3カ所とも被害を受け、物資の受け入れができなくなってしまった。熊本県は急遽、県庁などで受け入れを始めたが、インフラの復旧がないため大量の物資を抱え込んだままだ。さらに水道、電気、ガスのライフライン復旧も余震が多発している中では行えず、地震活動の今後も「予測できない」とされている中では、かなり長期的な被害となっていきそうだ。  そんな中、避難所の人々からは「残念なことに、身を呈して動いている人々がいるのに、エゴ丸出しで文句を言う被災者もいました」という声もあった。諸々の問題は東日本大震災で学んだことではあったが、その教訓も現実のパニックの中では生かすのは難しいのかもしれない。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

【再掲】災害現場の困ったちゃん!? ボランティアに求められる自己責任の大原則

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イメージ画像(「Thinkstock」より)
※当記事は、熊本地震の発生にあたり、サイゾーの過去の記事から再掲載しています。  台風18号が2009年10月8日早朝、愛知県に上陸。各地を暴風雨に巻き込みながら日本列島を北上した。愛知県の国道ではトラック4台が横転し、和歌山県では倒木に新聞配達中の男性がバイクで衝突して死亡。気象庁によれば、「昭和34年に東海地方などを襲い、死者・行方不明者5,098人を出した伊勢湾台風に匹敵する」としている。  アジアモンスーン地帯に位置する日本列島は、元々が台風の常襲地帯。地形も急峻で断層や破砕帯が散在するなど、地理的にも地形的にも災害が発生しやすい自然条件にある。このため、毎年のように台風や地震等の自然災害に見舞われている。  そして、こうした災害復旧に欠かせないのが民間の「災害ボランティア」だ。全国の自治体が立案している「市町村災害復旧計画」も民間ボランティアの参加を大前提にしており、今や我が国の災害対策は彼ら抜きには語れないのが実情だ。しかし、そんなありがたいはずのボランティアが、とても迷惑な存在になってしまう場合があるという。  災害ボランティアの大原則は「自己責任」だ。現地への交通費や宿泊費、食費などの必要経費は、いうまでもなく自分負担。ところが現実には、「フラっとやってきて、『寝る場所はどこですか』とあたりまえに聞いてくる人が多い」(中部地方の某町役場職員)のも現実だ。災害対策本部(市町村役場の総務課などに設置される場合が多い)に電話をかけてきて、「安い民宿を紹介してくれ」と宿の斡旋を求める人もいる。徹夜で業務に追わることもある現地の役場職員が、全国からの宿の斡旋に対応していたらそれだけで業務はパンクしてしまう。各自で確保するように説明する職員に「手伝いに行ってやるのになんという冷たい対応だ! だから役人はダメなんだ!」と逆ギレして周囲を呆れさせる例も少なくない。  また、ボランティア志願者はどうしても土日に集中するため、必然的にこの二日間は人手が余りがち。その結果、土日のボランティアセンターでは大勢の人がテントで待機する光景がしばしば見うけられる。すると「貴重な休みをさいてやって来たのにいつまで待たせるのか」と怒り出す困った人が現れる。復旧作業を遊園地のアトラクションと勘違いしているのだろうか。仕事量と人手がちょうどよくかみ合う日ばかりではない。「待つのもボランティアの仕事ということでご理解を......。もう少しお待ち下さい」となぜかお詫びをしているスタッフさえもいる。  ちなみに筆者は北陸のある被災地へボランティアに行った際、ボランティアセンターの職員が、長時間待機する人たちに、即席の「方言講座」を開いて必死になだめている場面に遭遇。「そんな話を聞きにきたんじゃない!」と声を荒げる男に頭を下げるスタッフの姿は、実に痛々しかった。  また、若い層に多く見られるのが異様なまでの頑張り屋さんだ。体力に自信があるのか使命感が強いのか、とにかく全身全霊で作業を続け、「疲れた」「きつい」を連呼しながら頑張り続け、自らのブログに「意識が朦朧として更新もつらいがガンバルしかない」と悲壮な覚悟を綴るストイック(?)な人たちもいる。その結果、熱中症で倒れて救急車のお世話になり、かえって現場に迷惑をかけてしまう例も。疲労がたまれば休みも必要。意識が朦朧とするほど疲れているなら一日くらい休めばいい。どうしても休みたくなければ睡眠をたっぷりとり、たまには午後から"出勤"する方法もある。健康面での自己管理もボランティアに求められる重要な要素の一つだ。  支援物資も大きな問題。実は「救援物資は第二の災害」といわれるほど、現地にとっては厄介な存在なのだ。全国から怒涛の如く送られてくる物資の整理は自治体職員らが人海戦術で行うしかなく、しかも利用価値がない物も大量に含まれている。1993年北海道南西沖地震の被災地・奥尻島では、救援物資 5,000トンの保管のために1000平米の仮設倉庫を3,700万円かけて建築。さらに仕分の結果、衣類を中心とする1200トンが不要と判断され、カビや腐敗など衛生面の問題から焼却処分となり、これに560万円の予算が投入された。 「とりあえず何か送ろう」という安易な支援ほど現地にとって迷惑なことはなく、実際に京都府災害ボランティアセンターのように「救援物資は現地の復旧作業の妨げになる場合があるので送らないように」とサイトではっきりと呼びかけている例もあるほどだ。  とはいっても、被災地で人助けをしたいという気持ちそのものは非常に尊いもの。先にも述べたように、無償で貢献してくれるボランティアの存在なくして災害復旧が成り立たないのも事実だ。最近では各ボランティアセンターともサイト上でかなりの情報を提供してくれる。まずはネットや電話で被災地の情報を収集し、危険度や必要な経費も考慮に入れながら行くかどうかを判断したい。自己管理が原理原則の大切さを理解したうえで、その時自分ができると思う範囲で参加することが、災害ボランティアのあるべき姿といえるだろう。 (文=浮島さとし/本記事は「日刊サイゾー」2009年10月8日掲載のものです)

【再掲】地震や洪水のとき、愛犬はどうなるの? 地震大国日本でペットを守るための絶対ルール

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※当記事は、熊本地震の発生にあたり、サイゾーの過去の記事から再掲載しています。  阪神・淡路大震災(1995年)、三宅島の噴火(00年)、新潟県中越地震(04年)など、過去に起きた災害時には、人間だけではなく多くの動物たちも被災した。だが、実際にいざ自分が被災し当事者になったら、自分の飼っているペットはどうしたらよいのか、具体的な対応策を知っている人は少ないのではないだろうか。ただでさえパニックになりがちな災害時において、飼い主である人間は、正しい行動が取れるのだろうか──。  そこで、前述の災害時などで動物の救済活動に携わってきたひとり、獣医師の山口千津子氏(社団法人日本動物福祉協会)に「災害時のペット」の現状と防災対策について話を伺った。 「私たちは、阪神・淡路大震災以降、『緊急災害時動物救援本部』(日本動物愛護協会、日本動物福祉協会、日本愛玩動物協会、日本動物保護管理協会、日本獣医師会によって組織)の被災地における動物救護本部設置の手伝いをはじめとする動物の救援活動をしてきました。これは、行政、獣医師会、動物愛護団体が一緒になって行われているもので、この取り組みの積み重ねにより、最近になってようやく、災害時のペット避難対策を具体的に検討する自治体が増えてきました。ペットの同行避難に対する理解も広がってきており、私たちは、まず、災害時には飼い主によるペットの同行避難を呼びかけています」  災害に巻き込まれたペットは、被災地に置き去りにされたり、飼い主不明のまま保護される迷子も少なくない。迷子になれば、火災や事故に遭う危険性も出てくる。 「とにかく同行避難さえしていれば、餌の支給、物資援助、獣医師協力もあり、ペットの受け入れができない避難所の場合でも、一時的な預りを行う上記の救護本部などに依頼すれば、安全を確保することができます。ですが、もし、同行避難せずペットを置き去りにした場合、たとえ後日迎えに帰るつもりだったとしても、その地域が立ち入り禁止地区になったら、迅速な救助が困難となります。有珠山の噴火の時(00年)は、危険地域に置き去りにされた動物たちのために、自衛隊や警察・消防などに協力を要請し、飼い主に代わって餌やりや保護活動を行いました」(同)  もっとも、同行避難後も、大きなダメージとストレスに加え、プライバシーのない避難所での共同生活では、隣人への配慮が必要不可欠だ。動物の無駄吠え、かみつきなどの問題行動は、隣人トラブルの原因となる。また、不十分な健康管理やワクチン不接種の動物を持ち込むことで、感染症などの新たな問題も起こしかねない。 「家族の一員であるペットの命を守ることができるのは、飼い主だけです。このことを自覚し、正しい知識と責任を持って、日頃からしつけや健康管理などを行うことが何よりも大切です。また、それが飼い主自身の心の支えにもなります」(同)  災害時に限らず、一番必要なのは、「ペットのしつけ」ではなく、「飼い主のしつけ」なのだ。最後に、ペットの防災対策に有効なポイントを簡単にまとめてみたので、飼い主のみなさんはぜひ実践していただきたい。   [ペットの防災対策] 【1】健康管理(=ワクチン接種、定期健康診断、病気の治療) 【2】しつけ(=人間社会への適応) 【3】避妊・去勢(=みだりな繁殖や問題行動の防止) 【4】鑑札や迷子札、マイクロチップ(動物の個体間識別を可能にする電子標識器具)の装着(=飼い主の所在明示による迷子の防止) 【5】同行避難時の非常袋(フード、水、薬、リードなど)の準備 【6】飼い主の情報、ペットの健康状態、病歴などをまとめた情報手帳の携帯 (文=小林未央/本記事は「サイゾー」2008年9月号掲載のものを再構成したものです)

洪水被害の鬼怒川に出没した中国人窃盗団に、ミュージカル俳優の影? 目撃者「同一人物だと思った」

kinugawa0916
鬼怒川決壊を伝える動画(AFPBB News)より
 台風で堤防が決壊した鬼怒川の被災地周辺で、中国人窃盗団が混乱に乗じた悪質な「財宝狩り」をしているという。  東日本を襲った豪雨で、茨城県・鬼怒川の堤防が決壊。水害の後、泥に覆われた自宅は水道・電気などのライフラインも復旧していないところが多く、道路にはガレキやゴミの山が散乱していることから、各地で渋滞も発生。被災者の行き来はままならず、5日が経過しても3,000人近くが避難したままだ。  そこに付け入ったのが窃盗犯で、県警によると被災以降に「自宅を物色されて現金が盗まれた」などの被害届が20件以上。一部集落では「犯人は4~5人の集団で、中国語をしゃべっていた」という目撃情報から、中国人窃盗団の可能性が浮上してきた。ただ、被災直後から救援優先で本格的な捜査の着手に至っていないようで、現時点では不安だけが広がっている。 「地元のパトロール団に似た統一した服装をしていて、夜に活動していた」という情報が寄せられている中国人窃盗団については、さらに犯人のひとりが昨年12月に日本でミュージカルに出演していた中国人俳優ではないかという疑惑も聞かれる。「見た目がそっくりだった」とする女性は、たまたま都内で行われた公演を観劇していたため「同一人物だと思った。一瞬、目の錯覚かと思ったほどよく似ていた」と話した。  その中国人俳優はアクションが得意で、独特のジャンプをすることで知られるが、女性が目撃した際も3~4人の仲間と民家から飛び出し、同じジャンプをしていたというのだ。  犯人がその俳優であるかはハッキリしていないが、過去、摘発された中国人窃盗団では、別の職業で来日しながら、そのまま不法滞在して犯行グループ入りした例は枚挙にいとまがない。  県警の話では盗難被害の大半が一戸建ての住宅で、財布や貴金属を盗まれており、その手慣れた犯行は「中国人窃盗団マフィアの手口とも思える」という。 「プロの窃盗団は、木登りができるとか泳ぎが得意とか、各々スキルのある者で構成されていることが多く、川が氾濫したときに救助のフリをしてボートで移動した例がある。万一、警察に見つかってもボランティアスタッフを装ったり、ひどいときは被災した観光客を装うこともある」  そんな話を聞いた鬼怒川温泉の旅館経営者は、館内に大きな金の置物が取り付けてあることから「盗られるのが怖い」と避難しなかったという。被害は床下浸水で、ほかと比べて軽度ではあったが「暖房も水もダメ」という状況。それでも「離れることはできない」としている。この経営者によると「ほかでは、強引な営業をかける複数のリフォームが連続して押しかけてきたらしい」というから、水害以外の敵に悩まされている被災者があまりに気の毒だ。 (文=ハイセーヤスダ)

土砂災害の伊豆大島で観光産業に壊滅的被害──流行の「貸し別荘ビジネス」に大打撃も

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伊豆大島(「Wikipedia」より)
 10月末、土砂災害に見舞われた伊豆大島で、ようやく被害状況の実態調査が始まった。約1,800人態勢の捜索で、これまで34人の死亡、7人の行方不明、被害住宅100戸以上が判明している(1日現在)。そんな中で「貸し別荘ビジネス」の行く末を不安視する人々もいる。 「亡くなっている方もいる中で、商売の心配を大きな声で言えないのですが、投資が失敗だったのではないかと不安な人も少なくないんです」  こう話すのは、都内在住の50代会社員男性。一昨年、大島に別荘を2,000万円ほどでローン購入。観光用に平日1泊2万円で貸し出して、初年度は目標の売り上げを達成できたというが「今回の台風で建物自体にダメージを受け、修繕費用で大赤字。ローンを返しながら利益を出すはずが、今後の利用客が減少すれば、支払いが増えるだけという最悪の状況になってしまう」と話す。  近年、貸し別荘はサラリーマンの間でちょっとした副業として注目されているが、そんな中で大島は「穴場だった」と前出男性。 「昔に比べ観光客が減って、格安で物件を購入できるようになったので、私のような平凡なサラリーマンでも手が出せたんです。老後は、そこに住むのもいいと思って購入した」(同)  昨年度の観光客数は約21万人、確かに40年前のピーク84万人から見れば激減だが、それでも島の収入の7割を担うのが観光で、最近は観光協会や船舶会社が協力し、島の魅力をアピールするキャンペーンで、さらなる観光客の増加を見込んだばかりだった。 「島内を巡っても1~2日あれば十分遊べるし、短い旅行でもマリンスポーツや釣り、キャンプなどを楽しめるんですが、今回の被害で、災害の場所というイメージがついてしまうのが怖い」(同)  実際、台風が接近した15日夜、川島理史町長が出張先の島根県でキャバクラ遊びをしていたことで、危機管理意識の低さが露呈した。避難命令すら出なかったことは、世間から批判を浴び、今後の観光客減少は必至だと各紙でも報じられている。  伊豆大島の観光協会に問い合わせても「このような時期なので、島に行きたいと問い合わせがあった場合は『見合わせたほうがよろしいのでは』と答えています」と話しており、現状では集客は絶望的。 「同じ別荘オーナーや旅館の経営者とも話しているんですが、みんな復興の補助金でも出してもらわないと壊滅寸前です」と前出男性。  また、地理研究家からは、今回被害が拡大した理由を「大島町では山の麓のあたりまで人家が密集し、土石流が襲う危険地域になっている」という指摘があり、その麓こそまさに貸し別荘がたくさんある場所だったことも判明。前出男性の別荘も同様で「山の麓は海際より位置が高いので景色がよいからと購入を決めた」ことが仇となった。  儲けるどころかマイナスに。1986年の三原山大噴火からも見事に立ち直って見せた島の観光産業は、今回も復活するだろうか? (文=ハイセーヤスダ)
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【再掲】災害現場の困ったちゃん!? ボランティアに求められる自己責任の大原則

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イメージ画像(「Thinkstock」より)
※当記事は、熊本地震の発生にあたり、サイゾーの過去の記事から再掲載しています。  台風18号が2009年10月8日早朝、愛知県に上陸。各地を暴風雨に巻き込みながら日本列島を北上した。愛知県の国道ではトラック4台が横転し、和歌山県では倒木に新聞配達中の男性がバイクで衝突して死亡。気象庁によれば、「昭和34年に東海地方などを襲い、死者・行方不明者5,098人を出した伊勢湾台風に匹敵する」としている。  アジアモンスーン地帯に位置する日本列島は、元々が台風の常襲地帯。地形も急峻で断層や破砕帯が散在するなど、地理的にも地形的にも災害が発生しやすい自然条件にある。このため、毎年のように台風や地震等の自然災害に見舞われている。  そして、こうした災害復旧に欠かせないのが民間の「災害ボランティア」だ。全国の自治体が立案している「市町村災害復旧計画」も民間ボランティアの参加を大前提にしており、今や我が国の災害対策は彼ら抜きには語れないのが実情だ。しかし、そんなありがたいはずのボランティアが、とても迷惑な存在になってしまう場合があるという。  災害ボランティアの大原則は「自己責任」だ。現地への交通費や宿泊費、食費などの必要経費は、いうまでもなく自分負担。ところが現実には、「フラっとやってきて、『寝る場所はどこですか』とあたりまえに聞いてくる人が多い」(中部地方の某町役場職員)のも現実だ。災害対策本部(市町村役場の総務課などに設置される場合が多い)に電話をかけてきて、「安い民宿を紹介してくれ」と宿の斡旋を求める人もいる。徹夜で業務に追わることもある現地の役場職員が、全国からの宿の斡旋に対応していたらそれだけで業務はパンクしてしまう。各自で確保するように説明する職員に「手伝いに行ってやるのになんという冷たい対応だ! だから役人はダメなんだ!」と逆ギレして周囲を呆れさせる例も少なくない。  また、ボランティア志願者はどうしても土日に集中するため、必然的にこの二日間は人手が余りがち。その結果、土日のボランティアセンターでは大勢の人がテントで待機する光景がしばしば見うけられる。すると「貴重な休みをさいてやって来たのにいつまで待たせるのか」と怒り出す困った人が現れる。復旧作業を遊園地のアトラクションと勘違いしているのだろうか。仕事量と人手がちょうどよくかみ合う日ばかりではない。「待つのもボランティアの仕事ということでご理解を......。もう少しお待ち下さい」となぜかお詫びをしているスタッフさえもいる。  ちなみに筆者は北陸のある被災地へボランティアに行った際、ボランティアセンターの職員が、長時間待機する人たちに、即席の「方言講座」を開いて必死になだめている場面に遭遇。「そんな話を聞きにきたんじゃない!」と声を荒げる男に頭を下げるスタッフの姿は、実に痛々しかった。  また、若い層に多く見られるのが異様なまでの頑張り屋さんだ。体力に自信があるのか使命感が強いのか、とにかく全身全霊で作業を続け、「疲れた」「きつい」を連呼しながら頑張り続け、自らのブログに「意識が朦朧として更新もつらいがガンバルしかない」と悲壮な覚悟を綴るストイック(?)な人たちもいる。その結果、熱中症で倒れて救急車のお世話になり、かえって現場に迷惑をかけてしまう例も。疲労がたまれば休みも必要。意識が朦朧とするほど疲れているなら一日くらい休めばいい。どうしても休みたくなければ睡眠をたっぷりとり、たまには午後から"出勤"する方法もある。健康面での自己管理もボランティアに求められる重要な要素の一つだ。  支援物資も大きな問題。実は「救援物資は第二の災害」といわれるほど、現地にとっては厄介な存在なのだ。全国から怒涛の如く送られてくる物資の整理は自治体職員らが人海戦術で行うしかなく、しかも利用価値がない物も大量に含まれている。1993年北海道南西沖地震の被災地・奥尻島では、救援物資 5,000トンの保管のために1000平米の仮設倉庫を3,700万円かけて建築。さらに仕分の結果、衣類を中心とする1200トンが不要と判断され、カビや腐敗など衛生面の問題から焼却処分となり、これに560万円の予算が投入された。 「とりあえず何か送ろう」という安易な支援ほど現地にとって迷惑なことはなく、実際に京都府災害ボランティアセンターのように「救援物資は現地の復旧作業の妨げになる場合があるので送らないように」とサイトではっきりと呼びかけている例もあるほどだ。  とはいっても、被災地で人助けをしたいという気持ちそのものは非常に尊いもの。先にも述べたように、無償で貢献してくれるボランティアの存在なくして災害復旧が成り立たないのも事実だ。最近では各ボランティアセンターともサイト上でかなりの情報を提供してくれる。まずはネットや電話で被災地の情報を収集し、危険度や必要な経費も考慮に入れながら行くかどうかを判断したい。自己管理が原理原則の大切さを理解したうえで、その時自分ができると思う範囲で参加することが、災害ボランティアのあるべき姿といえるだろう。 (文=浮島さとし/本記事は「日刊サイゾー」2009年10月8日掲載のものです)