平和を愛する“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が川崎中1殺害事件に提言「チンコロする勇気持て」

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瓜田純士と麗子夫人。
「少年よ、チンコロする勇気を持て」  “元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(35)が、川崎中1殺害事件に憤怒。同じような悲劇を繰り返さないための対策として、「もし怖い先輩に脅されて困っている子がいたら、今すぐ周囲の大人を巻き込んで警察に通報しなさい」と呼びかけた。また、親の目が行き届かない環境を減らすため、そして暴力的な映像を子どもたちに見せないためにも、「親は子どもにスマホを買い与えるべきではない」と力説した。  川崎中1殺害事件を聞き、居ても立ってもいられなくなった瓜田が、日刊サイゾーに思いの丈をぶちまけた。自身も不良時代に幾度となく大人数に囲まれ、リンチされた経験を持つ瓜田だが、「わずか13歳の子が、万引きを断っただけで4つも5つも年上の連中に深夜の河原へ連れて行かれ、冷たい川を泳がされ、シメられて……。彼がどれだけ怖い思いをしたのか、俺でさえ想像を絶するよ。二度とこんな事件が起きちゃいけない。そのためには世の中が変わらなくちゃいけない」として、各方面に怒りの緊急提言だ。 ――川崎中1殺害事件を知り、まず何を思ったでしょうか? 瓜田 アイツら(犯人グループ)がもし今、俺の目の前にいたら……。これ以上は言えないぐらい、絶対に許せない事件なんだけど、その許せない奴らを周りが放置していたから、犯人グループが調子に乗って今回の事件が起きた、というふうに僕は考えます。何かこういう事件が起きるたびに周囲の環境のせいにする傾向があり、その風潮には僕も抵抗を感じますけど、そうは言っても今回の被害者は年端もいかない13歳の少年です。周りの大人たちが先手を打つことはできなかったのか、という憤りを感じますね。 ――具体的に、周囲の誰が、どうするべきだったと思いますか? 瓜田 親でも先生でも近隣住人でも誰でもいいから、被害者の上村君が不良グループから万引きを強要されたり暴力を振るわれたりしている様子を察知した周囲の大人が、もっと早い段階で警察に通報して、大ごとにするべきだったと思います。 ――事件の約1カ月前、上村君がケガをしていることを知った、上村君と親しい先輩のグループが、加害者の18歳少年A宅に謝罪を求め押し掛け、警察も出動する騒ぎがあったようです。その一件で「チクられた」と根に持った少年Aが、上村君の殺害に及んだと見られています。
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新宿・靖国通りにて。
瓜田 少年A宅に乗り込んだ先輩グループの男気には感動しますけど、ここまで相手が悪質だと、子どもたちの間だけでトラブルを解決しようとしても、それは難しい。少年Aの親から通報を受けて警察も駆けつけたらしいですけど、現場での騒ぎが収まれば、警察の役目はそこで終わりです。だけど、被害者が親同伴で学校の先生も巻き込んで警察に駆け込んでりゃ、そうはならない。警察は細かい内容に耳を傾けざるを得ないからです。「警察はアテにならない」という声もよく聞くけど、そんなことはない。天下の警察を、もっと信じろと言いたい。もし今、怖い先輩に絡まれて困っている少年がいたら、親に相談して警察に駆け込めばいい。親がアテにならないなら先生、先生もアテにならないなら自分ひとりで警察に駆け込んでチンコロ(密告)しなさい。もし自分も悪いことをやっているなら、それを洗いざらい白状してから、周りのもっと悪い奴らの悪事をすべて告げ口してやればいいんです。 ――密告がバレた場合の報復が怖い気もするのですが。 瓜田 報復が怖かったら、家から一歩も出なけりゃいいんです。家にヤカラが来たら、その都度、110番通報すればいい。 ――元アウトローで元格闘家の瓜田さんですから、「腕力を鍛えて相手と戦え」とでも言うのかと思いきや、「警察に頼れ」とおっしゃるとは、意外です。 瓜田 これはすべての不良少年に言いたいんですけど、立ち向かう勇気は真の勇気じゃない。立ち向かうよりも、チンコロするほうが、よっぽど勇気があるんです。
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六本木の街角で知人と遭遇。
――不良少年たちの間では、「警察に泣きつくのはダサい」という考えがあるのでは? 瓜田 警察に言うのは恥ずかしい、地元の仲間や先輩にバカにされる、だから気乗りしないけど悪いことを続けよう……っていう考え方ですよね? 僕も昔はそうでした。でも、それこそが、超ダサいんですよ。本当に根性があって本当に筋が通った奴は、「邪魔しないでくれ」と言えるんです。メンチを切り合うよりも、「今忙しいんで」「部活があるんで」と言って目をそらせる奴のほうが、勇気がある。僕は目を閉じる勇気がなくて見ちゃっていたから、トラブルだらけの人生になって、何度も命を落としかけた。目を見る勇気は誰にでもある。でもそれは、怖いからこそ相手を見てしまい、相手の土俵に乗ってしまっているだけ。例えば駅で変な奴に絡まれたときに、「上等だ!」ってやり合うのは一見勇気があるけども、それによって、自分や、自分の愛する人や、周囲の人がケガをしてしまったら意味がない。駅員さんに「変な人に絡まれているので、警察を呼んでください!」と言える奴のほうが勇気がある。一緒にいる友人や知人に「ダサい」「弱虫」と思われようが、それは氷山の一角の評価であって、駅にいるその他大勢から見て勇気があるのは、真っ先に「誰か助けて!」という声を上げられる人なんですよ。 ――しかし、今回の事件の被害者の上村君は、「不良グループから抜けたい」「万引きはやりたくない」という意思表示をした結果、殺されてしまいました。 瓜田 彼はイヤなことをイヤと言える、勇気のある子だった。ただ、いかんせん、年齢差や体格差があり過ぎたため、卑怯極まりない連中にねじ伏せられてしまいました。だからこそ、周囲の大人の存在が重要なんです。子どもの小さなヘルプサインを拾い上げて、的確な判断力で助けてあげられるのは、親、先生、警察などの大人しかいないんです。
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クラブのVIP席から睨みを利かせる。「街には“本物”がいないとダメ」。
――瓜田さんは元アウトローですが、今回の加害者グループについて思うことは? 瓜田 弱いものイジメをするような奴は、男として下の下ですよ。絶対にのさばらしちゃいけない連中です。もし中学時代の僕と出会っていたら、僕はコイツらに、二度と立ち上がれなくなるぐらいのヤキを入れていたと思います。僕もこれまで数多くのトラブルを起こしてきましたが、どれも基本的には、あり得ない大人数や、強い者に立ち向かって行くというスタンスでした。幼稚園時代には、病弱な兄がイジメられていたから、加害者の名前と顔を調べて、積み木でそいつの頭をカチ割ったこともある。それも決して褒められた行為ではありませんが、僕は昔から弱いものイジメだけは大嫌いで、強い者に立ち向かって行くという哲学で、アウトローをやってきたわけです。でも、前の話に戻りますけど、そういう僕も、所詮はただの弱虫なんですよ。格闘王の前田日明さんに、さんざん噛み付いたこともあり、周りは「あんな強い男に噛み付くなんて勇気がある」と思ったかもしれませんけど、僕はただ怖いから噛み付いていただけの弱虫野郎なんです。前田さんから見たら、「邪魔すんなよ」っていう話であって、自分の大切な興行や選手を守るために、徹底して僕を無視し続けた前田さんこそが、真に勇気ある男なんですよ。 ――そういう考えに至ったのは、いつですか? 瓜田 去年ですね。本を出して、結婚して、僕にも守るべきものができた。今の安全な生活を失いたくない、今ある安定や温かい人間関係を失いたくない。そういう怖さがあれば、余計なものを欲しようとしないじゃないですか。侍が刀を50本持ち歩きますか? 1本でいいんです。必要以上のものを持ち過ぎなんです、今の子は。子どもがスマホなんか持っちゃダメですよ。子どもがLINEだのなんだのを使って仲間とやり取りを始めたもんだから、親や先生が、子どもたちの交友関係や行動を把握できなくなってしまった。それも今回の事件の大きな一因だと思いますよ。 ――瓜田さんは去年から、スマホを持たなくなったんですよね? 瓜田 僕みたいな大人でさえ、ハッキリ言ってこんなもん、なくたって余裕で生きていけるどころか、むしろ持っていないほうがストレスなく快適に暮らせるんだから、子どもに必要ないのは言うまでもないことです。百年前に戻れとは言いませんが、20年前の、ヤクザでさえポケベルを使っていた時代、最先端を行くギャルでさえポケベルで「4949(至急至急)」とか打っていたようなノンキな時代に、また戻ればいいんですよ。
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コワモテだが平和主義な瓜田。行きずりの外国人と意気投合。
――とはいえ、今さらその時代に逆戻りするというのは、現実味に欠ける話です。 瓜田 だったらせめて、「おまえらは所詮、未成年なんだ」「秘密のやりとりをするなんて百万年早い」ってことをわからせるため、親は子どもにスマホなんか買い与えちゃダメですよ。同時に、子どものスマホやSNSの利用について、国がなんらかの規制を加えるべき。ISの残虐映像をスマホで気軽に見られる時代になったせいで、一部の子どもたちが「暴力的なことは格好いい」と感化されちゃう恐れもあるわけです。現に今回の川崎の事件も、その影響が見て取れるわけでしょう。そういや、このあいだテレビでヤンキー映画を見ていて呆れたんですが、角材で人を思い切り殴るシーンがあったんです。その映画には国民的アイドルもヤンキー役で出ていましたから、憧れて真似しちゃう子たちだって出てきますよ。角材の痛さだとか、バットの痛さだとか、袋にされる怖さだとかを誰よりもよく知っている僕だからこそ、「この映画に感化された子どもが、手加減を知らずに角材で人を殴ったら、どうなるんだ?」って心配になりました。「暴力的なことは格好いい」という世の中だけにはなってほしくない。表面化していないだけで、似たような事件はきっと今も日本のあちこちで起きているはずなので、今回の事件だけをことさらピックアップするのも不公平かもしれませんが、それでも今回の上村君の死はこれだけ大きく取り上げられたんだから、せめて世の中が良くなる方向で生かさないと。 ――子どものスマホの使用を制限する以外に、われわれ大人がやるべきことは何でしょうか? 瓜田 見て見ぬ振りをせず、思ったことは堂々と口に出せる大人になるべきです。さっきの「目をそらす勇気」と矛盾するようですが、それは自分が悪事に関わらないための術であって、他人の悪事を目撃した場合は、見て見ぬ振りをしたらダメ。怖くて自分で注意することはできなくても、しかるべきところに報告や相談をすることはできるはず。僕らがガキのころは、悪さをすると、近所のおっちゃんからよく怒られました。そのときは「このクソジジイ。親でもねえのに説教しやがって」と思いましたが、今にして思えば、ありがたいことですよ。小さなころから周りの大人にガミガミ言われることで、僕みたいな聞かん坊ですら、徐々に社会性が身に付いて、いいことと悪いことの区別がつくようになった。口うるさい大人が周囲にたくさんいれば、今回の川崎の事件も、きっと起こらなかったはずなんです。 ――犯人グループの処遇について思うことは? 瓜田 センズリして射精できるんだったら、もう大人。全員晒しものにしてやりゃいいんですよ。警察にはホント、懲戒免職覚悟で、警棒が折れるまでブン殴って、グチャグチャにシメて、拳銃こめかみに当ててロシアンルーレットでもやってほしい。それぐらいのことをして、シャバに出ても殺されるかもしれないという恐怖心を与えて、精神的に殺してから表に出さないと、奴らは自分らのやったことを「格好いい」って勘違いしたまま大人になっちゃいますよ。 ――今の発言は書いても大丈夫ですか? 瓜田 書けよ! 俺の言っていることに文句がある奴がいたら、俺んとこ来い。なんだったら加害者の親、全員まとめて相手にしてやるよ。「息子の不始末は、てめえら親の不始末だろ! この野郎!」って説教してやりますよ。ついでに言うと、今回の件について、まるで腫れ物に触るかのように何も言及しない大人にも腹が立つ。もっと、もっと、言えや! 発言すりゃ伝わるんだよ! ハラワタ煮えくり返っているなら、もっと顔を出して発言しろよ! 特にアウトサイダーや地下格闘技に出ているような、不良にも影響力がある有名人は、黙ってねえでガンガン発言しろよ! そうしたら政府にも声が届いて、少年法が改正されるかもしれねえんだよ! ――今回の事件を受け、与党幹部からも「少年法の見直しが必要」との声が上がっています。 瓜田 ひとつの死をきっかけに、法律が変わって、世の中がちょっとでも良い方向に向かえば、「それだけウチの子は愛されていたんだ」と親御さんの心も救われるだろうし、亡くなった上村君も少しは浮かばれるかもしれない。僕らは決して、彼の死を無駄にしちゃいけません。四十九日までに、法改正に向けた大きな進展があることを願います。 (取材・文=岡林敬太) ひとりで悩まず、相談を・・・ 【各都道府県警察の被害相談窓口案内】 https://www.npa.go.jp/higaisya/shien/prf/index.htm

歌舞伎町激震! “元アウトローのカリスマ”瓜田純士が「ヒキオタニート」になっちゃった!?

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麗子夫人と自宅にて。
 “元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士が最近、携帯電話などのコミュニケーションツールを捨て去り、自宅に引きこもっているという。かつてストリートファイト東京No.1と呼ばれた男が、ストリートに出ず、いったい何をしているのか……? 心配した記者が瓜田の自宅を訪問すると、室内からは甘いカプチーノの香り。瓜田は新しい奥様と、コタツで団らん中であった。「愛妻家はヒキオタになるしかない」とノロケる瓜田に、近況を聞いた。  瓜田は今年の7月に入籍した麗子夫人と共に、現在、新宿区内のマンションに住んでいる。その“愛の巣”にお邪魔して、インタビューを行った。 ――最近は、どのような生活を? 瓜田純士(以下/純士) 用もないのに出歩くと無駄金を使うだけだから、外出は最小限に抑えてます。愛する妻の手料理もおいしいから、外食する気にもなれず、ほぼ引きこもり状態ですね。ヤマーン(麗子さんの愛称)も僕同様、ヒキオタニート状態です。 ――いくら新婚とはいえ、家でずっと一緒にいると息が詰まりませんか? 瓜田麗子(以下/麗子) 全然そんなことないです。日に日に仲良くなってますね。 純士 確かに。僕もたまには外出しますけど、ほかのメスブタどもには目もくれず、なるべく早く妻の元へ帰りたいと思いますから、相思相愛の状態ですね。ちなみに僕は今、携帯電話を持ってませんから、妻以外の人間とは、ほとんど接触しない日々が続いてます。 ――パチスロ店で瓜田さんをよく見る、という目撃情報もありますが。 純士 ペカリの高揚感が好きで、たまにジャグラーというパチスロをやりに行きますけど、ギャンブルにハマってるわけじゃない。僕の場合、勝っていようが負けていようが、パッと途中で帰れちゃうんですよ。引きの感触だけ見て帰れちゃうのは、勝ちにこだわっていないから。とはいえ、月トータルでは必ず勝ってますから、このまま続けていけば20年後には家が建つかもしれませんね。 ――携帯電話を持たなくなった理由は? 純士 人と連絡を取るのが億劫になったというのがひとつ。2つ目の理由は、家庭を持った以上、もうかつてのように「何かあったときには、先輩の代わりに僕が体を張ります」みたいなことはできないので、人との連絡手段を断つことにしたんです。3つ目は、あとで詳しく話しますけど、マレーシアへの新婚旅行中の経験から、何かあったときに頼れるのは己の勘と度胸と行動力だけってことに気付いたので、それを研ぎ澄ますためにも、こんな文明の利器なんかに頼ってちゃダメだと思った。4つ目は、イスラム国がSNSなどを使ってネット上で巧みに勧誘しているらしいので、なんで俺らを脅かしてる連中と同じ土俵に上がんなくちゃいけないのかといういら立ちゆえ、ネットからは距離を置きたくなった。とにかく今どき携帯だのスマホだのを持つ奴や、今どき歯を入れてるような奴は、僕に言わせれば非国民ですね。 ――そういえば、抜歯したんですよね。 純士 はい。今年の夏に、上の前歯を一気に14本抜いたんですよ。担当医も驚いてました。「三船敏郎ですら、一度に7本だった。一度に14本も抜いた人を私は初めて見た。瓜田さんはアイアンマンだ」と。 ――なぜ抜歯を? 純士 もともとケンカで歯を折られたところや放置していた虫歯からバイ菌が入って、膿がたまっていたんですが、歯医者に通っては面倒になって行かなくなるの繰り返し。診察券がトランプできるくらい増えるばかりで、治療途中のままほったらかしだった。それに加えて、地下ファイトばっかに出てたせいで余計に歯がグチャグチャになってしまっていたんです。 ――抜かずに治療することもできたのでは? 純士 それは僕のナルシシズムに合わない。「瓜田は歯が汚いから、写真を撮るときに口を開かない」とか「瓜田は歯がない」とかネットでウワサになったことがある。そんなこと言われるぐらいなら、全部潔く抜いちゃって、「もう何もないからゴメンね」と言ったほうが、僕には合ってるんです。 ――抜歯後に入れ歯を入れるという選択肢は? 純士 なんですか、それ? ――歯がないとご飯を食べにくいのでは、と思いまして……。 純士 歯がなくなったら、歯茎を鍛えればいいだけのこと。慣れればなんでも食えますよ。とはいえ、オペのあと、麻酔が切れてから3日間ぐらいは死ぬかと思った。顔が腫れるわ、39度近い熱で倒れるわで、カボチャのポタージュすら飲めない状態でした。 ――その間、食事は? 純士 缶コーヒーをストローですすってました。でも、今はなんの不自由もない。携帯も歯もなくなったけど、おかげで無駄もなくストレスもない生活を送っています。見切り千両、ってやつですよ。 ――お酒も飲まなくなったようですし、生活が一変しましたね。 純士 はい、いつ死んでもいいというのがこれまでの僕のスタイルでしたけど、これからはハッキリと、こう言います。「ビバ長生き!」と。世界で一番長生きしてやります。
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新宿二丁目にて撮影。自宅からは目と鼻の先だが、「ここまで来ると、遠出したと感じる」。
――その心は? 純士 ヨボヨボになりながらもゲートボールやったり、若い姉ちゃんのケツ追いかけ回したりしているジジイの「人間、簡単には死なねえよ」って言葉と、暴走族で無謀運転している若僧の「人間、簡単には死なねえよ」って言葉、どっちを信じます? ジジイの言葉でしょう。僕はそこを目指してるから、最近はもっぱら早起きだし、健康そのものです。虎視眈々と世界を視野に入れつつも、携帯も持たず情報も持たず誰とも会わず、妻とマンネリ化しないよう楽しみつつ、早く寝る毎日。この境地に早くたどり着けてよかった。 ――夫婦円満のコツは? 純士 まず、ウソをつかないことですね。実は先日、ヤマーンに内緒でパチスロに行ったら、服がタバコ臭くなったせいか、「あれ? 今日もしかして私に内緒でパチスロ行った?」と聞かれたんです。「世界へ羽ばたく仕事のために虎視眈々」とか普段カッコつけたことを言ってる手前、パチスロに行ったとは言えなくて、「仕事関係で人に会ってた」とウソをついてごまかそうとしたんですが、次の瞬間、僕のパーカーのポケットから1枚のコインがチャリーンと落っこちたんです。 ――ヤバいですね。 純士 ええ、そこで素直に謝ってればまだよかったんですが、「これは今日のコインじゃない、去年ポケットに紛れ込んだコインだと思う」とウソを塗り重ねたら、「そのパーカーは数日前に買った新品やろ!」と突っ込まれて、夫婦ゲンカに発展しました。だからウソはよくないなと思って、それ以降は正直に「これからペカリに行く」と言うようにしています。隠し事はトラブルの元ですよ。 ――なるほど。 純士 あとは、夫婦ゲンカになりそうになったときには、野郎が先に謝ることですね。昔は「俺が右といえば右だ!」で通してきた僕ですけど、最近は10,000対1で僕が正しくても、ブン殴りたい気持ちをグッとこらえて、ひと呼吸置いてから、妻に謝るようにしています。怒りを引きずるのは時間の無駄。悔しくても「ゴメンね、俺も言いすぎた、勉強するよ」って言うと、相手も素直になってくれて、すぐ仲直りできる。 ――奥様が目の前にいるのに、そこまで手の内を明かしちゃって大丈夫ですか? 純士 僕、普段からヤマーンにはそう言ってますから。「今、悪いと思ってないけど謝ったよ」と。そうすると、ヤマーンも関西人で気性の荒い女ですから、「なんやワレ!」とか言ってくるんですけど、小さな小さなみつばちハッチにチクッと刺された程度のことで、百獣の王ライオンがいちいち本気を出しますか? 僕からすれば、ライオンが昼寝をしながらヒュンと尻尾を振って、みつばちを追い払ってるような感覚です。 麗子 (笑)。まあ、私も意地っ張りですから、純士のほうから謝ってくれへんかったら、ケンカが終わらないのは事実です。でも自分から謝るなんて、昔の瓜田だったらありえないことですよね? ――確かに。お酒をやめたから、穏やかになったのでは? 純士 僕が怒る“瓜田タイム”は、酒の有無とは関係ないんですよ。飲んでなくても、怒るときは怒りますから。ただ、飲むと瓜田タイムの尺が延びる(笑)。いずれにしても、愛する妻とはケンカをしたくない。外で夜遊びして遅い時間に帰ったりすると「どこ行ってたのアンタ!」と詰められてケンカになるだけだから、僕のような愛妻家は結果的に家から出なくなり、ヒキオタになるんです。ちなみに、引きこもりになると普通は太りますけど、僕は美意識が高いからスリムな体型を維持してます。 ――筋トレを続けているんですか? 純士 なんですか、それ? ――今年の夏にインタビューしたとき、ダンベルで体を鍛えると宣言していたじゃないですか。 純士 僕みたいな3時間坊主からすれば、あんなの一時のはやりですよ。これを1,000回やれば筋肉痛になって、翌日以降も続ければ筋肉がつくんだなってことがわかったら、「こんなのはバカのやるものだ」と思って、もうやらないんですよ。10代の頃からナチュラルパワーで、ナチュラルビューティーを貫いてます。 ――ダイエットのため、甘いものを食べないよう心がけたりは? 純士 いや、甘いものは大好きで、よく食べますよ。新宿アルタの前においしいたい焼き屋があって、ヤマーンもその味が好きなので、僕がたまに街へ出て門限の夕方5時を回りそうになったときは、そこでお土産を買って帰って、家で一緒に食べてます。ただ、ギャルとかお上りさんとかがウジャウジャいるアルタ前で、革ジャン着てサングラスかけてあの店の行列に並んでる僕って、ものすごくみっともないんですよ。しかも、僕の順番が来ても呼んでくれないことが多い。 ――お店の人から怖がられているんですかね? 純士 いや、目の前に帽子屋があって、僕はたい焼き屋の行列に並んでる最中にそっちの帽子を見たりもしてるから、「間違えて違う店の行列に並んじゃった人」と思われるみたい。
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引きこもり生活の中で思いついた言葉を、忘れないように書き残す。
――この人がたい焼きなんか買うわけない、と。 純士 きっと、そう思われるんでしょうね。僕の番が来てるのに、店の人は次の人を見て「何にしますか?」って言うんですよ。「ここは帽子屋の列ではありません」と僕に言うと恥をかかせてしまい怒鳴られそうだから、あえて僕を無視することで、それを悟らせようとする。 ――そんなとき、瓜田さんはどうするんですか? 純士 歯がないんで、大声を出すと空気が漏れちゃいますから、腕を組んだまま店員に顔を近づけて、「アンコ2つと、カスタード1つ」みたいなことをポツリと小声で言いますね。端から見たら完全に、隠語を使ったヤクの取引ですよ(笑)。 ――それにしても、甘いものを食べても太らないのはうらやましい。 純士 僕は戦場のナルシシストであり、軍事ナルシシストでもありますからね。一歩外に出ればオーディションですから、どんな世界からいつオファーが来るかわからない。そんなとき、「行ってやってもいいぜ」と上から言いたい僕は、ルックスには常に気を使っています。 ――夏にインタビューしたときは、「おしゃれ感とか、ファッション性とかは、もう自分には必要ない」と言っていたような……。 純士 「瓜田純士」という四字熟語は、「ぜんげんてっかい」と読みますから。 麗子 もうホント、毎日言ってることがコロコロ変わるんですよ(笑)。「タトゥーは卒業」と言った翌日に、新たなタトゥーを入れようとしたり……。 純士 卒業というのは、仮に新たなタトゥーを入れても、タトゥーは古いと思える自分でありたいっていう意味。だって居酒屋でトイレから戻ったときに、テーブルの上のお通しの皿が1個か2個増えてたとして、気付きます? 気付かないでしょう。僕のタトゥーも同じこと。今さら一個増えようが増えまいが、もはやどうでもいいことなんです。 ――しかし、ここまでタトゥーまみれだと、日常のいろんな場面で苦労するのでは? 純士 日本では僕みたいなキワモノは無視されがちですが、海外では違いますよ。8月にヤマーンとマレーシアへ新婚旅行に出かけたんですが、そのときは空港を下りた瞬間から僕はハイパー人気者で、知らない外人が僕のもとへブワーッと殺到してきましたから。 麗子 マレーシアのどこへ行っても、終始、握手攻めや写真攻めに遭っていたよね。警官や空港職員の方からも記念撮影を求められたり。 純士 瓜田純士の名はマレーシアにも轟いていたのかと思いきや、そうじゃなくて、向こうはタトゥー先進国だから、僕のこういう見た目も好意的に受け止めてくれるんですよ。ただ、スター気取りで浮かれていたら、好事魔多しで、ヤマーンがパスポートを落としまして……。 麗子 落としたんちゃうで! スラれたんやで! 純士 どっちにせよ、困った話だという……。しかも、ちょうどパブリックホリデーに重なったもんだから、大使館などの公的機関がお休みで、パスポートの再発行に手間取って、あやうく帰りの飛行機に間に合わず、日本へ帰れなくなるところでした。 麗子 ああいうときの純士は、ホンマに頼りになるな。本来なら絶対に間に合わないような各種手続きも、この見た目と押しの強さで突破して、ことごとくなんとかしてしまうんですよ。 純士 閉まりかけのゲートに足を突っ込んで、人波を強引に押し分けて、片言の英語で「今日のフライトで帰らないとホテルもないしカネもないんだ!」と身ぶり手ぶりも交えつつアピールしてたら、パッションが伝わって、係の人が険しい顔をしながらもスタンプを押してくれたり。そしてこの奇抜な見た目ゆえか、現地の優しい人たちが次から次へと救いの手を差し伸べてくれたり、いかつい連中も道を空けてくれたりして、どうにかこうにか出国できました。キャラは身を助ける、と思いましたね。 麗子 ホンマやな。 純士 僕はああいうピンチに追い込まれると「できないことはない」というアドレナリンというか、瓜田パワーみたいなものが出てくるんですけど、一方のヤマーンは、不安のキャパを超えると「寝る」という必殺技を繰り出すんですよ(笑)。例えば、イミグレーションの受付終了時刻までにタクシーが間に合いそうにないっていう場面では、僕は「マイナスのことを考えるな、今日帰れるということだけ考えろ、俺を信じろ」と励まし続けていたんですが、全然反応がないから横を見たら、ヤマーンは寝息を立てていた。 麗子 (笑) 純士 ようやく空港入りしたあとも、「飛行機に乗るまで油断するな、ここで並んでジッとしてろ、無駄な動きをするな」と指示したのに、ふと目を離したら、ヤマーンはマッサージ店でマッサージを受けながら、気持ちよさそうに寝てるんです。あのときは殺意が芽生えました。 麗子 とかなんとか言いつつ、私の不安を取り除こうと、純士はあえて平気な顔して笑わせてくれたり、強気に振る舞ってくれたり、いろいろと気を使ってくれていたみたいですね。 純士 2人しかいないときに、どっちも不安になってたらダメだから。どっちかが強気じゃないと。 ――非常にバランス良好でお似合いなご夫婦だと思いますが、そもそもお2人は、いつどこで知り合ったんですか? 純士 出会ったのは、今からちょうど1年くらい前ですかね。 麗子 去年の12月22日やね。 純士 そう、その日の晩に新宿二丁目の交差点で僕が佇んでいたら、いきなり背後からこの人がタックルしてきた。それが冗談抜きで、最初の出会いなんですよ。後ろから不良に殴られた経験は何度かあるけど、後ろから女にタックルされたのは初めて。タックルという名の逆ナンですね、あれは。 麗子 逆ナンちゃうわ! あの晩、私は、ゲイの男友達とレズの女友達と一緒に二丁目で飲んでいたんですけど、全然楽しくなくて。こんな無駄な時間を過ごしたくないと思って、その店から逃げ出して、違う店めがけてひとりで走ってる最中に、たまたま勢い余って、この人にぶつかってしまったんです。
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二人が出会った交差点にて、出会いのシーンを再現。
――そんな少女漫画のワンシーンのような出会い方だったんですか。そのとき瓜田さんはなぜ、その交差点に佇んでいたんですか? 純士 先輩が経営する飲み屋で知り合ったばかりの、得体の知れないババァをエスコートしてる最中だったんですよ。「ちょっとお兄さん、ディスコ連れてって」と頼まれて、先輩の知人なので渋々エスコートしてたけど、どうしてもまきたかったので、コンビニの前で時間を稼ぎながら「早く消えろよ!」と思ってる最中に、いきなり背後からバーン! と彼女がぶつかってきた。いつもの僕なら振り向きざまに「おい、コラてめえ!」と怒鳴るところですが、それをやらずに「どこ行くの?」と優しく聞いたのはなぜか? ある人に言わせれば「見た目が好みじゃなかったら、ぶっ飛ばしてたんじゃないの?」とのことですが、その通り。心のどっかで「あれ? ちょっとイイかも」と思ったんですよ。 ――麗子さんの第一声は? 麗子 酔っぱらってたからよく覚えてないんですが、「お兄さん、ロックしてる人?」みたいなことを聞いた記憶があります。ホンマにロッカーやと思ったんです。革ジャンやしタトゥー入ってるし。そのときは「瓜田純士」なんて全然知りませんでしたから。 純士 彼女は覚えてないと言い張るんですけど、あのとき僕のことを「カッコイイ」と言ったんですよ。 麗子 絶対言うてへん! 言うたとしても、タトゥーのことを言うたんちゃう? 純士 いや、酔って本音が出たんでしょうね(笑)。で、縁って面白いなと思うんですが、彼女が関西弁だったから、「お嬢ちゃん、西の子か?」と聞いたら、「そうやで」と言うから、「俺も西には友達多いぞ」などと、しばらくそこで立ち話をしてたんですよ。そしたらたまたま共通の知り合いの名前が出た。「ええ! なんで知ってるん?」と言うから、「知ってるもなにも、その人の名前をタトゥーで体に彫ってるよ」と言って、タトゥーを見せたんです。 麗子 あれにはホンマ、驚きました。 ――すごい偶然ですね。それですぐさま意気投合したんですか? 純士 いや、お世話になってるその兄さんの元カノだったりする可能性もあるので、うかつに乗っかったりするのはマズいと思って、とりあえずその日は、次の店まで丁重に送り届けました。そこがレズバーだったから、あ、この子はレズなのかなと思いつつ、「始発になったら帰りなさいよ」と優しく言って、連絡先だけ交換してその日は別れた。その後、世話になってる人の元カノとかではなく、レズでもないとわかったので、連絡を取り合って交際が始まり、今に至るという感じですね。 ――運命的な出会いといえそうですね。 純士 出会い方も共通の知人がいたのもできすぎだし、「ウチ、こんなに優しくされたの初めて(ハート)」なんて、「チャンプロード」の見出しみたいなメールも届いたりしたから、僕はしばらく、ハニートラップかと疑ってましたよ。 麗子 そんなメール、送ってないから! こんなに余計なことをペラペラしゃべる男って、ほかにいますか? 朝から晩までこの調子でずっとひとりでしゃべってるから、最初の頃は「この人と一緒にいてたら、自分がしゃべる暇なくて頭ボケるな」と思いましたよ。 純士 彼女も西ではよくしゃべる部類だったそうです。今はしゃべる暇がないというけど、その分、彼女は夜の営みのときに体で盛んに会話をしてくるんですよ。 麗子 ホンマ、ええ加減にしいや!(笑) 純士 まあでもホント、こうやって延々と「瓜田道」みたいな話を聞かされてる妻もよく耐えてるなと思いますけど、引きこもり生活は楽しいですよ。しかも、室内は最強ですから。 ――室内は最強? 純士 はい。半グレに狙われようが、切り裂き魔やストーカーに狙われようが、自分の家から一歩も出ずに、買い込んだ食材に囲まれながら暮らしていれば、「てめえら俺のクビを取りたかったら、ノルマンディに上陸するくらいの覚悟で来いや!」と強気になれるんですよ。室内にいる限りはね(笑)。敵が本当に来たら? 110番すればOK。室内最強ですよ。
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――しかし、家から出ず、おまけに携帯やネットも使わないとなると、世界へ進出するのは難しいのでは? 純士 なので、ヤマーンの携帯を借りて、ブログだけは続けてます。アメブロはしょせん、国内向けのものなので、Tumblrという海外のクリエーターともつながるブログを使って、「旅費もホテル代もお前らが全部持ってくれるなら、行ってやってもいいぜ」っていうスタンスで世界に向けて情報発信をしています。 ――国内には、もう未練がない? 純士 清水健太郎さんとコンビを組んで、警察関係の仕事をしたいという思いはあります。健太郎さんが「覚せい剤やめますか? それとも失恋しますか?」というポスターのモデルになり、僕が「あなた、見られています」という防犯ポスターのモデルになるのが夢ですが、国内でのやり残しはそれくらい。今はハリウッドを視野に入れつつ、あるプロジェクトを着々と進めていますので、ご期待ください。  アウトローのカリスマ改め、インドアのカリスマとして、瓜田純士が世界へ羽ばたくその日が間もなく来るかもしれない。 (取材・文=岡林敬太)

「アジアに学校を作りたい」“元アウトローのカリスマ”瓜田純士が“最後のフィクサー”朝堂院大覚に直談判!!

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瓜田純士(左)と朝堂院大覚(右)
「何もせずに帰る男じゃないぞ」というカリスマの言葉は本当だった!――今月10日、後楽園ホールで行われた真樹日佐夫三回忌追悼興行『第17回梶原一騎杯KICKGUTS2014』にゲストとして招かれた“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士。事前に日刊サイゾーのインタビューで「当日は何かをやらかす」と予告していた通り、瓜田はなんと、会場に現れた“最後のフィクサー”こと朝堂院大覚総裁にアポなしで対談を申し込み、それを強引に実現させてしまったのである。総裁の愛車ロールスロイスの後部座席で行われた緊急対談、そのヤバすぎる会話を全公開!  当日、愛妻と共に後楽園ホールに現れた瓜田は、どこか落ち着かない様子だった。鋭い眼光を四方八方に飛ばしながら、会場のロビーを行ったり来たり。友人や知人に話しかけられると一瞬は愛想を振りまくものの、またぞろ徘徊し始める。いったん客席に着座したかに思えたが、妻を置き去りにしたまま再びロビーへと消えてしまった。  記者が追いかけると、会場入り口の脇にある階段に腰掛け、虎視眈々といった表情で来場者をチェックしている瓜田がいた。  恐る恐る近づき、話しかけてみる。 ――ご無沙汰です。公の場に現れるのは久々では? 瓜田 4月に『遺書』(太田出版)という本を出版して以来、こういうイベント会場にオフィシャルで顔を出すのは初めてですね。公の場に来てみて、一つ以前と変わったなと思うことがあります。以前なら「写真を撮らせてください」という声がたくさんかかったんですけど、今は「瓜田だ」と言われるだけで、写真をお願いされる機会が減った。それがうれしいですね。 ――なぜ、うれしいのでしょう? 瓜田 ステージが上がった、ってことですよ。『うかつに撮っちゃいけないんだな、あの人は』と思われるようになったということです。 ――今日は真樹日佐夫さんの追悼興行ですが、真樹さんと瓜田さんの関係は? 瓜田 約7年前、僕が刑務所を出た直後、今大会の関係者である山本ほうゆう先生をはじめとするさまざまな方からお仕事のオファーを頂き、大変お世話になったんですが、そうした方々を介して真樹先生とも知り合いました。 ――ところで、先ほどからキョロキョロと落ち着かない様子ですが、誰かを探しているんでしょうか? 瓜田 “獲物”を探してるんですよ。会いたい男が、2人いましてね。1人は前田日明さん。もう1人は朝堂院大覚総裁。どちらも生前の真樹日佐夫先生と親しかったから、今日この会場に来る可能性が高いと思って、張ってるんですよ。 ――ご両人が現れたら何をする気ですか? 瓜田 成長した瓜田純士を見せたい、っていうのが一つ。あとは一言、言いたいことがありますね。
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インタビューを受けながら“獲物”を探す瓜田。
――言いたいことは、それぞれ別ですか? 瓜田 別ですね。 ――前田さんが来たら、何を言うつもりですか? 瓜田 2008年、前田さん主催の『THE OUTSIDER(アウトサイダー)』の旗揚げ戦に参戦したころは、僕もまだ子どもだったんで、若気の至りでかみ付いたりなんだりしました。だけど、あれから5年以上の歳月がたち、僕も揉まれて大人になって、一冊の本(遺書)で関東連合を実質的に解体させるほど成長しました。一方のアウトサイダーも大きな興行に成長しましたが、そろそろエンディングが近いんじゃないでしょうか。前田さんはきっと今、振り上げた拳の落としどころを探しているんだと思う。だったら起承転結って言葉がある通り、終わりには、旗揚げ戦の面子を全員集めるのが一番きれいなんじゃないでしょうか、という提案をしたいですね。 ――つまり、「アウトサイダーのファイナルに瓜田を出せ」と直訴するんですか? 瓜田 僕もキンタマついてるんで、「出してください」と言う気はないです。「出てやってもいい」と言います。格闘王・前田日明、今は好きです。嫌いじゃないです。リスペクトする半面、若気の至りで突っ張っただけです。その前田さんには、「一時のはやりで自作ブランドのシャツを着て雑誌の表紙になっても、ブームが去った後、彼らの居場所はどうなる? そこまでの未来を考えているのか?」ということも聞きたいし、「僕がそうした面々の受け皿を考えている」ということも伝えたい。 ――前田さんとは、久しく会っていないんですか? 瓜田 5年前にモメて以来、いつも「リングス」というフィルターが間に入ってしまい、直接しゃべる機会がなかった。ただ、前田さんは優しい方ですから、口にこそ出さずとも、僕のことをいろいろと心配してくれているものと察します。僕もあの人のことが心配です。コンプライアンスの問題であれも駄目これも駄目で、こいういう場にもなかなか来られないんでしょう。保身に走るのもまた一つの生き方ですが、格闘王なら堂々としていてほしいし、ノゲイラやヒョードルを呼んだ実績がある一流のプロモーターでもあるんだから、もし最後の幕を閉じる時が来るなら、この世でいちばんケンカの強い奴を呼んでほしいですね。タイソンはもう年寄りなんで、タイソンよりも有名で、世界でいちばん名前の売れてる若手。ほかの日本人じゃ、誰もがキンタマ縮み上がってチビッちゃうような。例えば、これもそんなに若くはないですが、キンボ・スライスとかね。一番センセーショナルで、一番カネのかかる奴を呼んでほしいです。俺は逃げも隠れもしない。そいつとやりたいです。アウトサイダーのファイナルが来るんだったら、そのカードをメインで実現してほしいです。客を呼べる自信があるんで。 ――瓜田 vs キンボ。体重が全然違いますが、勝算は? 瓜田 勝ち負けはどうでもいいんですよ。それで半身不随になっても顔が砕けても関係ない。てめえで選んだ道だから。とにかく世界で一番メジャーなストリートファイターとやりたいですね。日本のストリートファイターは俺だっていう自負があるんで。国と国が戦争することに比べたら、リングの上で男と男が戦ったほうが愛もあるし平和じゃないですか。それを締めくくりにアウトサイダーの幕を閉じれば、あの人の男も上がるし、僕だけじゃなくみんなの株も上がるし、「アウトサイダーはつまらなくなった」という声をかき消すこともできる。このプランを飲むか飲まないかで、あの人の器量が問われるんじゃないですか? ここで僕に声がかからなかったら、「つまんない人だな」ってことになっちゃう。僕は格闘王に期待してますよ。これが今日、前田さんに会えたら伝えたいことです(編注:この日は結局、前田日明の来場はなかった)。
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リングに上がり、真樹日佐夫先生への追悼コメントを述べる総裁。
――一方の朝堂院大覚総裁には、何を言いたいのでしょう? 瓜田 日本の黒幕だというのなら、武道を通じて世界を一つにしてみてください、と。僕は一冊の本でそれに近いことを成し遂げたぞ、ということをお伝えするために、この本を直接お渡ししたいと思ってます。総裁はかなり頭のいいお方だとお見受けしますが、この本を読んで、瓜田純士という人間に対し、「お金じゃなくてハートの先行投資をしてやろう」と思えるかどうか。そう思えないようなら、フィクサーじゃなくて、ただのジジイですね。  * * *  ここで突然、瓜田が立ち上がり、記者を置き去りにして走り出した。瓜田が駆け寄った先には、白い帽子にサングラス姿で、杖をついた男性が! そう、今まさにタイミングよく、朝堂院大覚総裁が会場に現れたのである。    瓜田と朝堂院総裁はその場で立ったまま二言三言、挨拶を交わした後、リングサイド席に並んで着座。瓜田は自らの著書を総裁に手渡し、その後、2人はしばし会話をしている様子だった。  数分後、瓜田は記者を呼びつけ、こう言った。 「総裁と対談の約束を取り付けた。今日やる。そこですべての思いをぶつける」  瓜田のとっさのひらめきと、朝堂院総裁の粋な計らいにより、大会終了直後、総裁の愛車であるロールスロイス・ファントムの後部座席で緊急対談が行われることになったのだ。真樹日佐夫追悼興行のリング外で勃発した“最後のフィクサー”と“元アウトローのカリスマ”のトークバトルを、とくとご覧あれ!  * * * 瓜田 先ほど総裁がリングの上で、格闘技の素晴らしさについてスピーチしていたのを拝聴しました。でも、今の日本の格闘界は決していい状況とは言えません。K−1やPRIDEで活躍した選手らが、ブームが去ったあと食えなくなったり、パンチドランカー症状に悩まされたりと、哀れな末路を迎えているケースも多いと聞きます。また、元不良による地下格闘技というものがはやりましたけど、武道の精神でやってるんじゃなくて、ファッションでやってる者も多く、そこから落ちこぼれてしまった連中がまた犯罪を犯すケースも増えています。こういう現状について、総裁はどうお考えですか? 朝堂院 日本の今の格闘界が駄目なのは、一本化しとらんからや。今はグローバル時代だから、やっぱり日本国内の人気や実力だけだと、本物か偽物かでいったら、偽物になっちゃうわな。そして偽物は長続きせん。だからまず、世界的なレベルにまでどうしたら持っていけるのかを考える必要がある。そのためには、空手にしても柔道にしてもほかの格闘技にしても、一本化しなきゃ駄目なんだ。一本化して、そこに大きな政治力を加えて、大きな資金も投下する。そしてプロ野球やJリーグに行くような運動神経のいい若者や、バスケットに行くような体の大きな若者を、格闘技の世界に振り向かせるような、そういう魅力的な世界を作らにゃいかん。ドーンと大きな組織をな。 瓜田 真樹日佐夫先生がこよなく愛した空手の世界も、いまやバラバラですもんね。
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目を閉じながら、総裁の言葉に耳を傾ける瓜田。
朝堂院 そう、流派が多すぎてバラバラになっとる。これを一つにせにゃいかんだろう。大改革してすべてを一本化して、魅力のある、入りたくなる、参加したくなる大きな世界を作るべき。そのためには力が必要なんだ。政治が一枚かんで、国家予算をつけて、武道同士の親交を図れるような組織を作って、そこにすべての格闘技を集められれば最高やな。 瓜田 それって、総裁クラスの人間じゃないと実現できないんじゃないですか? 朝堂院 いやいや、ワシらも歳だからな。ワシらに続いてやってくれるような人間が育たないといかんわけだ。大きな意味で、格闘技を一本化しようとする若い人間が。 瓜田 僕は今日、成長した今の状況で、前田さんや総裁に言いたいことあったので、この会場に来ました。今回なぜ『遺書』という本を出したのかというと、一円の対価も要らないから、一冊の本でもって、関東連合とその敵対組織の双璧を解体したいと思ったからです。僕はその双方と仲が良かったので、「八方美人だ」と言われたこともあるし、確かにそれも否定できない。中間にいる自分がもっと早くにブリッジをかけて双方の手をつながせることができれば……ってことを後悔した、これはいわば懺悔録ですね。『遺書』っていうタイトルにした理由は、死ぬ覚悟で書いたからです。死ぬって決めた人間が、次の日のパン代のことなんて考えませんよね? だから印税は一切受け取らず、犯罪被害者遺族支援のために寄付することに決めました。 朝堂院 なるほど。 瓜田 そうしたら、発売から4カ月で中刷りからポスターまで総取り状態になり、今かなりセンセーショナルなことになってるんですけど、僕はお金が欲しかったわけじゃない。 朝堂院 欲を捨てて名を取った、いうことやな。 瓜田 そういうことです。正直言うと僕はお金よりも力よりも、名前を売りつけることだけに特化して、小学生くらいから腹をくくって生きてきましたから。 朝堂院 それが生き様だろ。生き様を残す、いうことや。 瓜田 そうです。本は死んだあとも残りますしね。僕は今回の本を、いろんなヤクザ組織の方に献本しました。捕まった石元太一被告にも送ってます。なぜそれをやったのかというと、東京オリンピックが近くなって警察も厳しくなる中、みんなに目覚めてほしかったからです。命がけで書いた一冊の本で関東連合を実質的な解散に追い込み、「ペンは剣よりも強し」を証明した僕が、今もこうして殺されずに生きてるってことは、まだこの世でやるべきことがあるんじゃないか、とも思いました。パワーを持て余してくすぶってる不良や格闘家たちを目覚めさせ、救うことができるんじゃないかと。 朝堂院 ヤクザの多くは頭が悪いから、組織犯罪処罰法にいまや完全に取り囲まれちゃってよ。法律で完全に行動を制限されたようなもんや。だけどそれも仕方がないだろう。銭儲けをやりすぎたから。ヤクザはヤクザらしく義理人情の世界に生きとればやな、ここまで叩かれることもなかったはずやのに。 瓜田 ヤクザは、必要悪とも言いますしね。
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自著『遺書』を、朝堂院大覚総裁に手渡す。
朝堂院 社会的に認知されて何百年も生きてきたんやが、任侠道が金侠道に変わっちゃったから、みんなを精神的に束ねられる実質的な親分など、今の日本にはおらんだろう。本当に実力のある指導者がやはり必要なんだよ、日本の裏社会においても。ただし、今のヤクザには無理。法律の網にかかっとるからな。そうなると、そのほかの社会から、カリスマ的な指導力を持った者が出てこなきゃいかん。これを作るのが大事。 瓜田 僕はそれをやる気なんですよ! 朝堂院 やればいいじゃないか。必要なんだよ、国家にとっては。 瓜田 そこで僕が考えているのが、地下格闘技の人たちを束ねて、ガーディアン・エンジェルスみたいに、警察と提携して夜の繁華街をパトロールすることなんです。今はヤクザが締め付けられているため、半グレが跋扈し、街のトラブルが逆に悪化してるじゃないですか。 朝堂院 確かに、そんな今だからこそ、国民の生命と安全を守る集団が必要やな。今の時代、カタギがいじめられて誰を頼るんだ? 弁護士を頼ってもカネばかり取られる、ヤクザに頼んでもカネの多いほうへ付いちゃう。すべてが拝金主義の世の中やから、国民はもう駆け込むところがなくなってる。だから不安なんだよ。不安だから落ち着いて経済活動もしなくなって、この国全体が今、縮小、衰退の方向に向かっとるわけや。このまま終わるのか、それとももう一回弾みをつけて奮起するのか。日本は今、その瀬戸際やな。 瓜田 僕はそこに賭けてるんですよ。 朝堂院 お上に頼ったところで、今は偽政治家と、カネだけを目的にした政治屋ばかりだからな。 瓜田 そういった汚職だのなんだのを吹き飛ばす、もっと夢のある話が必要だと思いませんか? 朝堂院 そうそう。国民の生命と財産を守る「大義の集団」を作る必要があるっちゅうことや 瓜田 地下格ブームのときは雑誌モデルとして引っ張りダコになり、チヤホヤされていい生活をしてきた。だけど今、地下格ブームが終わり、戦うリングも雑誌モデルの仕事も減り、居場所がなくなってる若者が大勢いるんですが、僕はそういう連中を束ね切る自信があるんですよ。 朝堂院 経済力が必要やな。 瓜田 そうなんです。そのためには民放ではなく、NHKに特集されなくちゃ駄目と思うんです。だからまずは空き缶拾いでもいい。六本木の交差点で夜9時から11時までの2時間と決めて毎日やる。麻布署と提携して、政治家にも付いてもらって。
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対談はロールスロイスの中で行われた。
朝堂院 世直しプロジェクトやな。 瓜田 そうです。夜の街である程度鍛えてきたああいう連中が、そろいのユニフォームを着て、名前はレッド・ベレーでもホワイト・ベレーでもなんでもいいから、空き缶拾いをして、倒れてるママチャリを起こして、酔っぱらいがケンカをしてたら止めて「お父さん、今日は電車で帰りましょう」と諭して。そういうパトロール活動を民間人でやらせてくれっていう話が通れば、日本全国から若者が集まると思うんです。それを全部、僕がリーダーとしてまとめ切る自信があるんですよ。 朝堂院 だったら、それをやれよ。 瓜田 やる気です。ただし、そのためには、あともうひとひねりが必要です。一冊の本だけでは、ただの美談、きれいごとで終わっちゃう。だからもう一つ大きな花火を上げるという意味で、前田さんが主催するアウトサイダーのファイナルマッチで、世界的に名が売れているケンカ師と、僕は試合をやりたいんです。みんながキンタマ縮み上がっちゃうような奴と、1分でいいからやりたいんです。 朝堂院 自爆テロ的なファイトをやらなきゃいかんな。 瓜田 まあこれまでも僕は身を削って、そんなことばかりやってきましたけど、今回それをまたド派手な形で再度やって、その影響力で、くすぶってる不良や元格闘家たちを世直しパトロール隊みたいな感じで束ねていけば、みんなの居場所もできるじゃないですか。その活動が認められ、いつかNHKが特集してくれて、「こんな若者たちがいるんだ」っていうことが世間に広く認知されるようになればいいなと思います。一冊の本で世間が僕の味方についてくれたように、やっぱり最大の味方は世論なんで。実際、さっきの会場にいたような屈強な若者が40~50人単位で各地域を歩いてパトロールすれば、街は平和になるはずです。ヤクザだってきっと、応援してくれる側になると思うんです。器量あるヤクザであればね。 朝堂院 活動を続けて行けば、必ず治安は良くなるだろうな。 瓜田 その活動が話題になったときに、「総裁、これだけ大きなグループになりました。なのでそろそろいろんな政治家に口をきいてほしいんです」と頭を下げにくるかもしれません。ちなみに僕の構想は、日本だけには収まりません。カンボジアでも、マレーシアでも、ベトナムでも、バングラデシュでも、最近いろんなことで騒がしい中国でも構いませんが、ゆくゆくはアジアに進出したいんですよ。 朝堂院 アジアのそういうネットワークでも、実力のある者が進出すれば成功するわけや。その先例を後藤忠政が作ったからな。最悪の事態でカンボジアに避難した男が地獄の底から蘇り、いまやカンボジアでは国のトップに伯爵の称号をもらって、首相と手を組んで軍隊を動かしてるわけやから、こりゃ立派なもんや。 瓜田 素晴らしいですよね。ちなみに僕は、アジアに学校を作りたいんですよ。日本に来たいという人々のために、あるいは貧しくて学校に通えない子たちのために、読み書きを教える。ろくすっぽ学校に通わなかった僕らのような連中でも、ちょっとした日本語なら教えられるじゃないですか。それと、ちょっとした礼儀と、所作と、最低限の身の守り方。「街は助けてくれない」っていう持論を教えるために、学校を作って、政府のバックアップなども得ながら活動を続けていけば、世界にまた、日本の武道の素晴らしさや、日本の熱さが伝わって、海外の人々からも支援されるようになるんじゃないかと思うんです。いまやすっかりマイノリティになってしまった日本ですが、居場所をなくしてエネルギーを持て余してる連中のパワーを集結させれば、もう一回、グローバルに巻き返せると思うんです。今日はそういう僕の思想を総裁にどうしてもお伝えしたかった。 朝堂院 わかりました。また、ワシのインターネットのテレビに出てもらって、話の続きを聞きましょう。
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真樹先生に黙祷。
瓜田 僕はこれまで大勢の大人の方々からハートの支援を受けてきましたが、思ったのは、そうした方々の多くは若者のカルチャーについていけていない。でも僕は、そこにだけは自信があります。今は顔に奇抜なタトゥーを入れた変な奴になってるかもしれないけど……。 朝堂院 それも個性だよ。 瓜田 その個性が海外に通じれば、と思うんです。NHKをまず味方につけたいですね。そうなったときにまた、総裁の前に現れるかもしれません。僕は人とお金の貸し借りをしないで生きてきたので、「総裁、こんな話を持ってきましたから、誰かからお金を引っ張ってきてください」なんて乞食みたいなことは言いません。「今はここまでのイメージです。総裁の意見を聞かせてください」と相談のノックをすることはあるかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。 朝堂院 わかりました。 瓜田 総裁クラスの方にこんなこと言うのは失礼かもしれませんが、もう世代交代の時期だと思います。 朝堂院 うん、おっしゃる通り。若い世代が育ってくれないと、この国が駄目になる。 瓜田 これからはお金じゃなく、志を持った僕に任せてください。一度の人生、やり切りますから。駄目だったら「口先だけでたいしたことない奴だったな」と切り捨ててもらって構いませんから。 朝堂院 うむ。期待しとるからな。 (取材・文=岡林敬太/撮影=山本宏樹)

路上刺傷事件から2カ月──“元アウトローのカリスマ”瓜田純士と“人刺し裕”内藤裕が怪気炎!

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瓜田純士(左)と内藤裕(右)
 10月14日の夜、千葉県千葉市美浜区内の駐車場で腹部などを刺されて重傷を負った“元アウトローのカリスマ”こと瓜田純士(34)が先ごろ、同じ現場で首を刺されて生死の境をさまよった“人刺し裕”こと内藤裕(36)とともに日刊サイゾーの独占取材に応じ、事件を振り返った。  「瓜田が千葉で刺されたらしい」という噂がネット上を駆け巡ったのは、10月中旬のこと。現場周辺での聞き込み調査や捜査関係者への取材などから、噂が真実であることはすぐに確認できたのだが、肝心要の瓜田本人とは連絡が取れない状態が続いていた。  しかし、事件から2カ月過ぎたころ、瓜田からようやく折り返し電話があり、「ほとぼりが冷めたので、事件について語れる範囲で語ってもいい。当事者の一人でもある兄貴分の内藤裕と共に取材に応じる」という言葉をもらった。  指定された都内某所に駆けつけると、瓜田、内藤ともすでに酔っぱらっており、かなりご機嫌な様子であった。  内藤は開口一番、挨拶代わりにこんな暴露話を始める。 「純士の野郎、さっきAV女優とディープキスしてやがった。それも客席のド真ん中でだぜ」  つい先ほどまで、瓜田と内藤は後楽園で格闘技の興行を観戦していたらしく、その会場で声をかけてきた瓜田ファンのAV女優に対し、瓜田が速攻で手を出したエピソードを笑いながら話す内藤。しかしその首には、痛々しい傷跡が……。
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内藤の首に残る傷跡。
 一方の瓜田もシャツをめくると、新しい傷跡があちこちに。  今は両者とも元気そのものだが、2カ月前には相当な修羅場があったのだろう。居酒屋へ場所を移し、さっそくインタビューを開始した。 ──10月14日の夜、誰との間で、いったい何があったのでしょう? 瓜田 「階段から転げ落ちた、ということにしてもらえるとありがたいんですが(笑)」 ──一部報道では「目が合ったためトラブルに」とありましたが、本当ですか? 瓜田 「酔ってたから細かいことは覚えてませんが、天の声によると、この事件は突発的に起きたんじゃなく、計画的に起きたみたいですね。相手はたぶん殺す気で来ていた。といっても我々を殺しに来たわけじゃなく、我々と一緒にいた別の人間を殺しに来た。僕と内藤の兄貴は、その刃物を持った男を止めようとしてケガをしたと、天の声が言ってます」 ──当日、現場にいたメンバーは誰ですか? 内藤 「僕と、僕の舎弟と、純士と、純士の舎弟と……」 瓜田 「(遮るように)あとは記憶にないですよね?」 内藤 「うん、記憶にない」 ──刺された記憶はありますか? 内藤 「ありますね。僕が相手をパンチでぶっ倒して、倒れた相手にのしかかろうとしたときに、刺されたって感じですね」 瓜田 「僕は駐車場の隅っこにいて、パッと見たら、どう見ても不良とわかる人間がいきなり兄貴に向かって光りモノを抜いたから、止めなくちゃと思って本能的に飛びかかった。で、グチャグチャに揉み合ってる間に何回か刺されたという流れですね。その間、こっちも何発かパンチを入れましたが」
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瓜田の腹の傷跡

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肩口

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腕の傷は貫通した
──相手の正体は? 瓜田 「忘れました」 ──相手の凶器は? 瓜田 「ナイフじゃなく、ドスですね」 ──どこを刺されたのでしょう? 瓜田 「僕はよくオマ×コに刺すんですけど……あ、違うか(笑)。僕はたかだか知れてますけど、腹2カ所と、左手首を貫通したのと、肩2カ所の、計5カ所。全部で30針縫った程度ですね。ま、階段から落ちた程度のケガなんで、たいしたことないです」 内藤 「僕は首を刺されて3日ほど意識不明になりました。もう痛みはほとんどないけど、まだちょっと声が出しづらいかな」 ──逃走した犯人は捕まったのでしょうか? 瓜田 「さぁ。こっちも相手を痛めつけてるから、痛み分けってことで、もうどうでもいいです」 内藤 「意識が回復したあと、刑事から『相手を訴えろ』と言われたけど、僕はこう言い返しましたね。『お前バカか? 俺が誰だかわかってんの? 俺は内藤裕だぞ。携帯を刑事に没収されて事件のことを右も左もわかんない状態で、なんで相手を訴えなきゃいけねえんだ? お前、頭イカレてんな』って。まあ、僕がイカレてるんですが。ぶはははは」  ここで瓜田の携帯が鳴る。先ほどのAV女優から「会いたい」という電話が入ったようだ。瓜田が長電話を始めたため、引き続き内藤に話を聞く。 urita_naito_07.jpg ──かつてKGBというギャングに所属し“人刺し裕”の異名を取った内藤さんが、皮肉にも刺されて死にかけたわけですが、今回の一件をどのようにとらえていますか? 内藤 「よくあるケンカの一つ。刺したり刺されたりは、ガキのころからしょっちゅうあること。全然特別なことじゃないし、これしきのことで僕の心は折れませんよ。普通は、刺されたり、さらわれたりすると心が折れるもんですけど、僕は一切折れないですね。心さえ折れなきゃ、誰にも負けない。そういう考えで、KGBのときから命かけて戦ってきました。やられたらやり返せばいいし、徹底的な暴力で相手に何も言わせなくすればいい。それが僕のケンカです。きっと関東連合のメンバーは関東連合が一番と思ってるだろうけど、自分は自分らが一番と思って生きてます」  ここで電話を切った瓜田が会話に加わってくる。 瓜田 「そんな男っぽい話をしてる最中にあれですけど、さっきのAV女優、最初のうちは『どこにいるんですか? 会いたいから今すぐ行きます』とか言ってたくせに、途中から急に『ごめんなさい、××××のスポンサーに呼ばれちゃったのでそっちに顔を出します』だって……」 内藤 「ぶはははははは!」 瓜田 「今でこそ、こうして元気に笑ってる兄貴だけど、ぶっちゃけ、あのときは死んだかと思いましたよ。出血量がハンパじゃなかったから」 内藤 「俺、23人分の輸血をもらったんですよ。普通は血液が3分の1なくなったら死ぬって言われてるけど、俺は半分以上、3分2なくなったけど生きている!」 瓜田 「僕は打たれ強いせいか、3分の1で済みました」 内藤 「はははは」 urita_naito_02.jpg urita_naito_08.jpg ──内藤さんは「よくあるケンカの一つ」と言いましたが、瓜田さんは今回の一件をどうとらえていますか? 瓜田 「『喧噪』ですね。修羅場とか危ないやりとりとか殺し合いとかをすべて含めて『喧噪』と僕は言うんですけど、ちょっと最近、喧噪から離れてたから、言い訳はできないけど、思うように動けなかった。思うように動けてたら兄貴にこんな傷を負わすことなく終わらせる自信があったんですけど……。やっぱ人間って、場面から離れてる時間が長いと、鈍りますね。僕もなんやかんやで、最近はぬるま湯につかってたんですね」 内藤 「それはわかる。俺もそうだもん。現役時代はチャカや日本刀でバチバチやってたけど、そこから長く離れちゃうと、どうしても感覚が鈍るよな」 瓜田 「でも、どれだけ場数を踏んでいようが、秋葉原の加藤の事件じゃないけど、本気で命を取る気の人間が急に襲いかかって来たら、5~6人でどうこうできる問題じゃないですよ」 内藤 「相手は殺されると思って来てるからね」 瓜田 「と同時に殺してやろうって気持ちで、覚悟を決めて来てますから。人間、死ぬ気になったらなんでもできるっていうけど、僕はそれって嘘だと思う。死ぬ気になったら自殺するだけ。殺す気になった奴がなんでもできる」 内藤 「ちなみに俺はいつでもその覚悟があるよ。俺は“勝ち負け”に100パーだから。勝つまでやる。死ぬときは死ぬけどね」 瓜田 「兄貴は『負けるんだったら自分も死ぬ、気絶するまで殴り合う、勝つためなら手段を選ばない』という考えで生きていて、とにかく勝ちに徹底している人間ですね。僕は、どれだけ根性を見せるかに徹底している人間です。でも今回は、自分だけが的になれば良かったのに、たかだが5~6カ所刺されたぐらいで足がヒヨっちゃって、兄貴の首にまでドスをいかせちゃった。そのことをものすごく反省しています。『人間、骨は折れても心は折れない。精神は肉体を超越する』僕はそういう根性論だけで生きてきたんですけど、今回だけは本当に、生き死にの場面になってしまった。だからやっぱ、日頃の鍛錬も大事かなって思いましたね。生きるか死ぬかって場面は、いつ訪れるかわかならない。大事なのは、いかにそのときに『思いと行動が一致するか』だと思うんですよ。思いだけ強くて足が動かないんじゃ意味がない。その点、今回の僕は、ほとんど何もできなかった。相手のほうがすごかったって話。もっと一万倍、強くならないと」 ──瓜田さんが事件現場で、内藤さんを介抱しながら泣いていたという目撃談もあったのですが、それは本当ですか? 瓜田 「血まみれになりながら、抱きついて介抱したのは本当です。『兄貴!』つって。でも、兄貴の出血量があまりもひどかったから、“あ、この人死んじゃうんだ。嘘でしょ? これだけ好きな人が目の前で死んじゃうんだ”っていう気がしちゃったんですよ。当然、そのときは感情的になってましたから、泣いたかもしれません。それにしても兄貴とは、不良格闘技の『THE OUTSIDER(ジ・アウトサイダー)』で知り合ったご縁で、僕の引退試合の対戦相手まで務めて頂いた間柄ですが(記事参照)、その二人がお互い血まみれになって同時に死にかけるとは、まさに血を分けた兄弟だなって思いましたよ」 内藤 「俺は気を失ったあと、ずっと夢を見てたんだよ。暗い場所をずっと歩いてる夢。わけわかんないまま暗闇をずっと歩いてたら、ふと光が見えて。暗いところはイヤだから、ふら~っと光に向かって歩いて行ったら意識が戻った。で、だんだんいろいろと思い出してきて、ああ、そういえば俺は刺されたんだな、ああ、俺は生きてんだな、って」 瓜田 「生意気言いますけど、兄貴は生かされてるのかもしれませんね。僕はもう痛い目に遭うのが趣味ですから(笑)、今回の切った張ったも全部笑い話にして、終わりにしたいですね。まあなんにせよ、酒飲んでこういう話をできるっていうのは、お互い生きてるからこそですよ」 urita_naito_06.jpg 内藤 「人間、生きてりゃ、なんでもできるもんな」 瓜田 「兄貴、格闘技はもうやらないんですか?」 内藤 「36歳だし、目が飛蚊症だからなぁ……」 瓜田 「そんなこと言わずに、もういっぺんリングに上がってくださいよ」 内藤 「俺はさておき、純士はまだいけるだろ」 瓜田 「生きてりゃ、なんでもできますからね。ってことで、さっきから僕、あのAV女優のことが気になって気になって仕方がないんですけど、どうにかなりませんかね?」 内藤 「それはもう諦めたほうがいいよ(笑)」  女性関係はさておいて、今後は4冊目の著書の出版のほか、格闘技復活も視野に入れつつ、表現活動を本格化させていく予定だという瓜田。とりわけ来春発売予定の新著は「関東連合にも言及した命がけの作品」になるとのことだ。  一方の内藤は「当面はカタギとして生きていくつもり」と語ったが、「最近の地下格闘技界は偽物ばかりでつまらない」という不満を抱えているため、自身が格闘家として再始動する可能性もゼロではなさそうだ。  修羅場から生還した両雄の、次なる“戦い”に期待しよう。 (取材・文=岡林敬太)

“元アウトローのカリスマ”瓜田純士氏ら刺され重傷 犯人は依然逃走中──

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瓜田純士氏(昨年5月撮影)
 “元アウトローのカリスマ”こと人気ブロガーの瓜田純士氏(33)が14日夜、刃物を持った男に襲われ、重傷を負っていることがわかった。  15日付の新聞やテレビで「千葉市美浜区の駐車場で6、7人が殴り合いのケンカ。首を切られた千葉市の男性(36)と、腹を刺された東京都新宿区の男性(33)が重傷、豊島区の男性(27)が尻を切られ軽傷」という報道があり、住所や年齢が一致していることから、「被害者の1人は瓜田氏ではないか?」というウワサがネット上を駆け巡った。日刊サイゾーでは、さっそく本人に確認を取ろうとしたが、丸一日たっても音信不通。  そこで、事件翌々日の16日に事件現場へ向かい、周辺の人々に聞き込み調査をしたところ、被害者の1人が瓜田氏であることが判明したのだ。  事件現場となったのは、同区幕張西にあるファミリーレストランの駐車場。当日、事件を目撃したという会社員(24)が、そのときの様子を語る。 「夜8時半頃、近くを通りがかったら、駐車場のほうから怒鳴り声が聞こえた。驚いて振り返ると、グレーのスーツを着た大柄な男性が、短髪の男性を突き飛ばしているところだった。その後、短髪の男性の仲間とおぼしき2~3人の男性が駐車場の奥のほうから駆けつけて来て、もみくちゃのケンカが始まったのだが、あとから来たうちの1人が、いつもブログで見ている瓜田純士さんだったから驚いた」  この会社員はとばっちりを受けるのを恐れ、いったんその場を離れたが、数分後に戻って来たときには、現場は凄惨な状況だったという。 「最初に突き飛ばされた男性は、首から大量に出血した状態で仰向けに倒れていて、意識がないようだった。それを泣きながら介抱していた瓜田さんもケガをしており、上半身が血まみれだった。その近くでもう1人、若い男性が痛そうにうずくまっていた。スーツの男性は、現場からいなくなっていた」  別の目撃者(31)はこう語る。 「加害者は恰幅のいいヤクザ風の男で、白い車で走り去った」  捜査関係者は、瓜田氏が被害者に含まれていることを暗に認めつつも、詳細についてはノーコメント。  18日現在、犯人は逃走中で、瓜田氏とも連絡を取れずじまいであるため、事件の原因は不明のままだ。日刊サイゾーでは今後もこの事件を追い、何か新しい情報が入り次第、続報をお届けする。

「前田日明さんよ、聞いてるか!?」アウトローひしめく地下格闘技会場を、“天下の傾奇者”瓜田純士がゆく!

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 「俺が瓜田純士じゃ! 文句あるヤツはかかって来んかい!」──4日、地下格闘技『KRUNCH第16戦』の会場・ディファ有明に、元アウトローのカリスマこと瓜田純士(32歳)が現れた。当日のカードに瓜田の名前はないが、果たして何をしに来たのか? たまたま現場に居合わせた記者は、恐る恐る突撃インタビューを敢行! 来場の目的、最近の日常、今後の野望などをフルスロットルで語ってもらった。  開場前のディファ有明。高級車や大型バイクがズラリと並ぶ駐車場には、ガングロ短髪のいかつい若者や、ダークスーツを着た本職とおぼしき御仁が大勢たむろしている。そこへ突然、缶チューハイ片手にホロ酔いで現れたのが、元アウトローのカリスマこと瓜田純士である。  顔面タトゥーにサングラス。革のジャケットに細身のパンツ。パンクロッカー風のいでたちの瓜田は、「そこのけ、そこのけ、瓜田が通る」とばかりに、サングラスをズラして方々にメンチを切りながら、与太った歩きで駐車場を突き進む。  周囲の反応はというと、触らぬ神に祟りなしとばかりに道をあける者、遠巻きに睨みつける者、「おお、瓜田クン!」と親しげに挨拶する者、「うわ、瓜田だ……」と囁き苦笑いする者など、実にさまざまだったが、これだけアクの強い面々が集う中にあっても、いや応なしに注目を集めてしまう存在であることだけは確かであった。
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メインマッチに出場するヒロ三河と抱擁。
 瓜田はそのまま会場入り口にたどり着くと、いま来た“獣道”をクルリと振り返り、「俺が瓜田純士じゃ! 文句あるヤツはかかってこんかい!」と吠えた。これは映画のワンシーンではない。実社会で起きた出来事である。記者を含む周囲はただただ、呆気に取られるばかりであった。  会場入りした瓜田は、ロビーでビールを飲みながら、顔見知りの不良と挨拶を交わしたり、行きずりの誰かと口論したり、ファンと握手したり。  足立区出身のjoltさん(28歳)は「まさかこんなところで瓜田さんと会えるとは。今から11年ぐらい前、僕も新宿でよく遊んでいたんですけど、当時の瓜田さんは供攻社でバリバリやっていた頃。僕は瓜田さんが来るといつも逃げてました(笑)。こうやって近くで見ると、やっぱオーラが凄いですね」と釘付け状態。  しかし、瓜田のことを好意的に見ている客ばかりではない。何かあったら行くぞとばかりに、鋭い眼光を飛ばすコワモテもチラホラ。  そんな中、頃合いを見計らって、瓜田にインタビューを申し込んだ。
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職質をくぐり抜け会場入り。
──今日はいったい、何をしに来たのでしょう? 「仲間が試合に出るんでね。その応援に来たんだけど、来る途中、職質に遭っちゃって、追い払うのに苦労しましたよ」 ──どこで職務質問されたんですか? 「ゆりかもめの新橋駅。私服の刑事数人に囲まれたから、『なんじゃコラ、誰が誰に声かけてんだ?』と怒鳴ったら、『瓜田さんでしょ? 顔見ればわかりますよ。ちょっと持ち物を調べさせてください』と」 ──瓜田さんはそこで、どのようなリアクションを? 「『俺を調べたいんだったら、今から俺んちまで行くか? 一緒に俺んち行こうぜ』と言ったら、その場で前科調べられて。シャブで逮捕歴があるとわかったら、『尿を採りたい』と言うんで、『じゃあ今すぐ検査キットを持ってこい! 早くしろ! 俺はこれから大事な用事があるんだ! 遅れたら、ただじゃすまさんぞ!』と。俺があまりに自信満々に言うもんだから、向こうもさすがに引き始めて『すいませんでした』と。『だったら、ゆりかもめが通り過ぎるまで頭下げてろ』と言ったら、下げてました(笑)」
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ワルそうな人たちと集合写真。
──相変わらずスリリングな日常ですね。そういえば、ハロウィンの日に殴られたという記事を読みましたが、何があったのでしょう? 「とある調子こいたバカが、パフォーマンスで瓜田純士にヤキを入れました。でも、青タンいっこありません。どっこも痛くもカユくもないです。僕、弱いものイジメはしたくないんで、とりあえず今んところは生かしておきますけど、あんまり調子に乗ってたら、○○ますよ。だからあんまりイチビんなって! お~い、頑張れよ~、絶縁者~っ!」 ──なぜその人に殴られたんですか? 「ある会合をそのバカがセッティングして、僕は『あなたの顔が立つんだったらいいですよ』と参加したら、いきなりガツンとやられた。そいつの自己顕示欲でしょうね。みんなの前でいいとこ見せたかったんでしょう。恥ずかしい40代ですねぇ」 ──反撃はしなかったんですか? 「気付いたら病院に運ばれてたんで。腐っても相手は元プロボクサーなんで、そりゃ倒されますよ。ただ、どっちが正しい正しくないの分別は誰にでもつく。あとで、その現場に居合わせた○○会の関係者からも、『今日は10対0で向こうが悪い。俺の安い頭でよければいくらでも下げるから機嫌を直して欲しい』という言葉をもらった。その人のその言葉がなかったら、今ごろ○○てますよ。ナメんな、あの野郎!」 ──今の話はオフレコですよね? 「いや、書いてください。なんでかっていうと僕、負けたと思ってないし、そいつにケンカを売ってるんで。僕は直の先輩、直の後輩、直の仲間は大事にしますよ。でもそれ以外の人間には興味がない。直の先輩のためなら『白いものも黒』と言いますけど、そうじゃない人間には『黒くねえじゃねえか!』と言う。それが僕のスタンスなんで。今日ここに来た理由は、僕は逃げも隠れもしませんよ、という意思表示でもある。そいつの関係者が今日、この会場に来るかもしれないんでね」 ──穏やかな話題に切り替えましょう。「仲間を大事にする」という言葉で思い出しましたが、先日、渋谷莉孔選手が自身のブログに「本当にヤバイときにいつも助けてくれる人間」として瓜田さんの写真を載せていました。2人の間で何があったのでしょう? 「莉孔がリングスとの契約がコジれて悩んでたから、『お前は何モンだ? そう言われたらなんと答える?』と聞いたんですよ。そしたら莉孔が『キックボクサーです』と答えたから、『じゃあ格闘技やれよ。紙切れがそんなに大事か? そうじゃねえだろ。だったらリングス代表の前田さんに電話して、大先輩に噛み付いてすいませんでした、またリングに立ちたいんです、と謙虚に言ってみろ』と助言したんですよ。それでもまだグズグズ言ってやがるから、『オイ、どうしたいんだコラ! もう一度脚光浴びたいの? それともここで腐りたいの? 自分がどう生きたいのかを建設的に考えてみろ。モタモタしてたらカムバックはどんどん難しくなるぞ。カムバックするんであれば、お前の居場所はどこだ? アウトサイダーで、この瓜田純士にケンカを売ったことで、お前は名前が売れたんだろ? だったら、そこに戻りゃいいじゃねえか』と。そしたらやっと、莉孔が吹っ切れた顔になった」 ──瓜田さんの助言は力強いですね。 「莉孔からも『なんで瓜田さんはそんなに自信があるんですか?』と聞かれましたよ。僕はこう答えました。『バーカ、役者が違うよ。こっちは生まれる前からスポットライト浴びてるんだよ。場数がちげえんだよ、このガキ!』と。ま、そんな話はどうでもいいっすよ。せっかく来たから、試合でも見ましょうか」  そう言って瓜田は客席へ。そして花道の脇の空席を陣取ると、ご覧の体勢で観戦を始めた。
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これが瓜田の観戦スタイル!
──みんな、こっちをチラチラ見てますが……。 「瓜田が何をするのか、みんなそこを見てるんですよね。その期待に応えるのが僕ですよ。傾(かぶ)いてナンボの傾奇者ですから(と言って椅子を蹴飛ばす)」 ──なぜ傾奇者に? 「歌舞伎町で生まれてりゃ、そりゃ傾きますって(笑)。僕ね、よくみんなに言われるんですよ。『純士は空気も読めるし、ちゃんと気も使えるヤツなのに、どうしてすぐに何かをブチ壊すようなことをするのか』と。僕はこう答えますよ。『お前ら傾いてない。もっと傾けよ』と。傾奇者ってのはいつの時代も、自分の物差しで、わかってる範囲で、メチャクチャするんですよ。ここにいる多くの不良は傾いてませんね。今だって、僕がこんだけメチャクチャしてんのに、誰も文句を言って来ないでしょ? さっき会場入りしたときも、刺青出した不良がいっぱいいたけど、そいつら全員『やっべー瓜田だ』って顔して下を向いた。それが答えですからね。主役は俺なんじゃ、コラ!」 ──アウトロー卒業宣言(http://www.cyzo.com/2012/01/post_9635.html)は撤回ですか? 「撤回もクソもありませんよ。人様に文句を言われるような生き方はしてないし、ハナからアウトローに入学式も卒業式もない。不良な生き方はやめたけど、行くときは行くと前に言ったでしょう。こっちは毎日、命のやりとりしながら、一つ一つ筋を通してる。こっちが筋を通してるのに、偽物のアウトローが道理を履き違えたマネしてくるなら、僕が今一度、『ノートレーニングの凄み』ってもんを教えてやりますよ」 ──具体的に今、リングで戦いたい相手はいますか? 「そこいらで不良ごっこしてるような可愛い坊やに用はない。本物とやりたいね。ていうか、俺とサシで戦える人間って、いるのかな? なんなら戦う相手は、動物でもいいですよ」 ──動物っ!? たとえば……? 「ホワイトタイガー。笑いごとじゃないっすよ。檻の中で、サシでやり合ってもいい。全然余裕ですから」 ──檻の中もいいですが、「アウトサイダーで戦う瓜田を、もう一度見たい」という声も多いですよ。 「チャンスがあるなら、僕もアウトサイダーに出たいですね。そうだ、この場を借りて、リングスの前田日明代表にメッセージを送ってもいいですか?」 ──前田代表がこの記事を読んでくれるかどうかはわかりませんが、どうぞ。 「おい前田さん! 聞いてるか! いろいろあったよな。鉄板焼きも食いに行ったし、ケンカもしたよな。でも俺さ、あんたのこと嫌いじゃないぜ。前田さんや村上(和成)さんに生意気言ったことは、悪かったと思ってるよ。前田日明、瓜田純士、お互い名前があるし、プライドもある。でも今度会うことがあったら、俺は『前田さん、どうも』って頭下げるぞ。わかったか前田さん! 聞いてんのか、コラ! このまんまじゃ早晩、地下格闘技は廃れちまうぜ! なれ合いや同窓会じゃ客は満足しねぇぞ、コラ!」 ──アウトサイダーは地下格闘技ではない、というのが前田代表の考えですが。 「定義はなんであれ、興行のこと考えたら、俺を出せばチケットの売り上げは確実に跳ねるぜ。前田さん、俺を一回アウトサイダーに戻してみぃ! そしらたらあんたも考え変わるぞ。色物、客寄せパンダ、なんでもいいぜ。俺をアウトサイダーに復活させてくれや! な、前田さん! 聞いてんのか、オイ! コラ!……ちょっと言いすぎましたが(笑)、マジで興行を維持するんだったら、ビッグスターを呼んだほうがいいですよ。俺はこの世界では、まぎれもないビッグスターですから。前田さん、なんかあったらいつでも俺に声をかけてください! 前田さん、頑張ってください! 俺も頑張ります!」
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瓜田が応援した3人の選手はいずれも勝利。この男、ツキがある?
 瓜田の熱いラブコール、果たして前田に届くかどうか。その成り行きに注目したい。 (取材・文=岡林敬太)

「釈放後は全国を旅してます」解き放たれた“元アウトローのカリスマ”瓜田純士を独占取材(後編)

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前編はこちらから  喫茶店から飲み屋へ場所を移し、インタビューを続行。ビールと緑茶割りをガブ飲みしながら、瓜田が語る。 ──留置所を出て、真っ先に何をしましたか? 「まず飲みに行きました。新宿に。そのとき『俺って、こんなに小心者だったんだ』と、自分でビックリしましたね。東スポの1面に載るなんて、なかなか経験しないこと。さすがにここまでの扱いになると、俺も鼓動が速くなったり、手が震えたり、雑踏を見るだけで気が滅入ったりと、しばらく心が落ち着きませんでした。まあそれも、何軒か飲み歩いているうちに治まりましたけどね。で、ひとしきり飲んだあと家に帰り、ありったけのキャッシュを握りしめて旅に出ました」 ──ブログにも書いてありましたよね。「旅人」になったと。旅の目的は? 「東京には、敵に回った人間もいれば、ああだこうだ言うマスコミもいる。そうしたノイズをしばらく遮断して、自分を見つめ直す機会がほしかった。また、俺はずっと“新宿人”でまだまだ日本を知らないので、あらためて全国を回ってみたいという思いもありました」 ──ひとり旅ですか? 「ええ。まあそうはいっても俺の場合、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に有力な支援者がいるんで、そういう方々にだいぶお世話になりましたけどね」 ──旅先では、どのような活動を? 「基本はあちこち飲み歩きながら、女を何人も引っ掛けて、好き放題してるだけ(笑)。いろんな都市を転々としてます。そういや那覇へ行ったとき、ホテルのパソコンで俺のニュース映像を初めて見ました。『これ、完全に俺のプロモーションビデオじゃねえか』と思いましたね。報道された時間の長さを考えると、タダで1億円分ぐらいのプロモーションをできたんじゃないかと。名前が売れたせいか、行く先々で仲間が大歓迎してくれる。山梨ではお店を貸し切ってお祝いをしてくれたり」 uritaf5683.jpg ──確かに、ニュース映像は全国放送されましたから、知名度は全国区になったかもしれませんね。 「那覇の松山ってところにキャバクラ街があるんですが、どの店に行ってもみんな俺のことを知ってましたね。ある高級店では『瓜田が来たから大接待しろ』となって、VIPルームでいい女が13人ついて、泡盛をみんなでガンガン飲んで。そこから先のことは、酒に酔っていて覚えていない(笑)」 ──その風体だと、帽子やマスクを装着したところで、お忍びの旅は無理ですよね。 「そこはもう居直っちゃってますから。美容室では『東スポの写真みたいに仕上げてくれ』とオーダーしたし(笑)」 ──旅の移動手段は? 「飛行機か新幹線です」 ──夜の世界の住人だけじゃなく、道中、一般の人から反応される機会も増えたのでは? 「どこへ行っても『えっ!?』っていう反応をされる。『なんで出てきてるの? 人違いのはずがない』というヒソヒソ話が始まったり。でも、慣れっこですね。そういう人を新幹線で見かけると、『ビールちょうだい!』と言って隣に座っちゃったりしますから。『どいてください』って言われたら、『俺、どかないよ!』と言い返したり」 ──そんなことしてたら、また捕まっちゃいますよ。 「なんせ、酒に酔っていて覚えていないから(笑)」 uritaf5663.jpg ──旅先でケンカを売られたりは? 「俺もここまで来ると、もはや二次元のキャラみたいになってるんで。先日も大阪の宗右衛門町っていう物騒なところでキャバを4軒ほどハシゴしたけど、全然絡まれることはなかったですね。ま、それなりの人たちに呼ばれて行ってるんで、事前に『瓜田が遊びに行くかもしれないからよろしく』という通達が回っていたのかもしれないけど」 ──ホテルで宿泊拒否されたりは? 「1回もないですね。外タレと同じ扱いなのかな。不良ではなく、アーティストとして見られているみたい。旅先でただ遊び呆けてるだけと思われるのもシャクだから言うけど、ホテルの部屋でひとりきりになったときに、詩を書いたりもしてました。今回の旅でだいぶ感性が高まってますよ。いろんな意味で人間力が上がってきていると思います」 ──現在、帰京中ですが、流浪の旅はいつまで続ける予定ですか? 「明日からまた山梨に行く予定だけど、ぼちぼち終わりにしようかなと。やっぱ俺は新宿で生きていくしかないから」  飲み屋を出て、街頭で撮影を開始。店ではジョッキを8杯ほど空けていたが、まだまだ飲み足りないのか、瓜田はジャックダニエルのボトルをポケットから取り出し、それをあおりながらポーズをキメる。地元・新宿だけあって、通りがかった複数の知人から「あれ? もう出てきたの?」「ご苦労様でした」などと何度も声をかけられるが、瓜田はその都度、愛想よく応対する。そんな中、引き続き話を聞く。 ──今後の展望は? 「まあなんにせよ、当分はソロでやっていくつもりです。音楽なのか、本なのか、映画なのか、格闘技なのか、俳優なのか。そういうジャンルにはとらわれない。ソロで、“瓜田純士”をただ生きるってだけ。瓜田純士という名前で生き抜こうと。誰からも一切評価されない人間がゴマンといる中で、こうしてよくも悪くも注目されて、賛否両論あるのはありがたいこと。どうせ長生きしない人生。追われてるうちが華なんでね。追われてる間にいかに何をやれるか。歩くこともアートだし、生きることもアート。遊び方も、酒の飲み方もすべてオリジナルのアートでいこうかなと」 ──具体的な戦略は? 「今までは、ちょっとした自己顕示欲や自分の才能を、いちいち小出しにしすぎたかもしれない。今後は、沈黙をいかに保つか、ってことも意識したい。能力を小出しにせず、筆力なり演奏力なり歌唱力なりをじっくり高めてから、ガブッといこうかなと。だからしばらく派手な動きがなくても、心配しないでください。のほほんとした旅日記や詩をブログに書いている間も、確実に牙を研いでますんで。俺は転んでもタダじゃ起きませんよ。必ず巻き返すから。必ずね」 uritaf0032.jpg  そう力強く言い放ち、夜の街に消えた瓜田。最後の言葉だけは「酒に酔っていて覚えていない」とならないことを祈ろう。 (取材・文=岡林敬太/撮影=島田十万)

「留置所ではVIP待遇でした」解き放たれた“元アウトローのカリスマ”瓜田純士を独占取材(前編)

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 3月末、タレントJOYの姉を脅迫した容疑で警視庁田無署に逮捕された“元アウトローのカリスマ”こと表現者の瓜田純士(32歳)が、16日間の拘留を経て、先月中旬に釈放された。釈放後は「旅人」を名乗り、全国各地を転々としていた瓜田。一時帰京したゴールデンウィーク中に、「事件については一切触れない」という条件で日刊サイゾーの独占インタビューに応じ、逮捕時の状況、拘留中の生活、釈放後の胸中などを語った。  インタビュー場所として瓜田が指定したのは、新宿区内の喫茶店。約束の15分前に現れた瓜田は「この度は、お騒がせしちゃってすいません」と照れくさそうに言いながら、席に着いた。サングラスをかけているとはいえ、顔面タトゥーは非常に目立つ。それまで騒がしかったまわりの客が、瓜田のことを知ってか知らずか一瞬ギョッとした表情を浮かべ、やがて見て見ぬふりをするかのように静まり返った。こんな状況下でインタビューをしたら、発言内容が周囲に丸聞こえになってしまう。
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──場所、変えますか? 「いや、大丈夫です。ただし電話でも説明した通り、事件については一切触れません。これは弁護士サイドからの指示でもあるので、ご了承ください」 ──瓜田さんは結局、不起訴で釈放されたんですか? 「それについても何も言えない。ご想像にお任せします。16日拘留で出てきた、という事実だけを伝えてください」 ──事件後の報道にあった「酒に酔っていて覚えていない」という供述についても、深く突っ込むのはナシですか? 「常に1日10Lぐらい酒を飲んでますから、覚えてないんですよ。それ以上は何も言えない。申し訳ないけど」 ──分かりました。では本日、インタビュー場所として「新宿」を指定した理由を教えてください。 「やっぱ、『新宿といえば瓜田』というのが売りなんで。逃げも隠れもしませんよ、俺は堂々としてますよ、っていうPRも兼ねて、あえて地元の新宿を選びました」 uritafa5608.jpg ──逮捕された当日のことは覚えてますか? 「それは覚えてます。酔って寝てたら、いきなり『ピンポンピンポン!』って来て。最初、ガスか水道料金の回収かと思ったんだけど、『ガンガンガン!』ってドアを叩いてるから、こりゃ違うなと。時計を見たら朝の9時。俺、去年も傷害で捕まってるんですけど、そんときと一緒だな、と。刑事って役所仕事だから、だいたい平日の朝9時に来るんですよ。ドアを開けたら案の定、7~8人の刑事がいた。通称、マル暴の刑事ですね。で、逮捕状と家宅捜索令状を2つ同時に見せられた」 ──瓜田さんはそのとき、どのようなリアクションを? 「『あ、どうぞ』と家に入れてから、まず『令状が見えない』と言いました。『目が悪いから見えない』と。それから『煙草を吸わしてくれ』だの『歯が痛いから歯医者を呼べ』だのペラ回しつつ、煙草を5~6本吸って、刑事と世間話をして。心を落ち着かせてから、『車、何で来てんだ?』って聞きました」 ──それはなぜですか? 「僕もそれなりに名を売ってきた男だから、やっぱり恥をかきたくない。ちなみに去年パクられたときは、電動オープンのエルグランドだったんですよ。『今日は何の車で来てんだ?』って聞いたら、『瓜田に恥をかかせたくないから、アルファードで来た』と。『じゃあ乗ってやる』と言って、田無署へ行きました」 ──瓜田純士クラスともなれば、連行時の車種にもこだわると。 「こだわりますね。ちなみに多くの人が誤解しているようだけど、逮捕報道で流れた僕の映像は、家から出た瞬間じゃないですよ。あれは、田無署から地検に行くときの映像です」 uritaf5608.jpg ──撮られていることに気付きました? 「いや、全然。遠くから望遠レンズで狙われたので、まったく気付かなかった。サツもカメラの存在を知らなかったらしく、後日『こんな大ごとになるとは思わなかった。本当にすまなかった』と謝ってきました」 ──マスコミで大々的に報じられたことは、いつ知った? 「拘留中に、弁護士から聞きました。テレビは民放5社のニュースのほか、『ミヤネ屋』『スッキリ!!』『サンデー・ジャポン』『アッコにおまかせ!』など。紙媒体は東京スポーツの1面や、『FRIDAY』などで報じられたと」 ──それを聞いたときの心境は? 「やられたな、と。いろんな意味でね。あと、バンドのデビューライブや小説の出版を控えていたから、いろんな人に迷惑をかけてしまったな、終わったな、とも思いました。それと、一部報道で事実誤認もあったから頭に来た。逮捕歴12回と報じてる媒体があったけど、実際は23回目だし」 ──11回足りない(笑)。 「ふざけんな、と。男前キャラに扱ってくれた報道もあったようだけど、それについては、マスコミに対してありがとうというよりも、僕がイケメンですいません、っていう心境ですね」 ──留置所での16日間はいかがでしたか? 「取り調べについては事件に関わるので何も言えないけど、待遇はちょっと異常でした。ヤクザの直参でも捕まったのか、ってぐらいの扱い。アコーディオンカーテンで仕切られて、完全隔離、完全ひとり。ほかの被疑者との接触は一切ナシ。検事調べも、僕を守るようにやってくれたり」 ──ロイヤルVIPな扱いですね。 「ええ、ここまでのVIP待遇は今回が初めてでした」 ──食事はどうでした? 「食事はVIPじゃなかったです(笑)。一昔前の留置所なら、通称“面倒見”といって、取り調べ中に刑事からカツ丼やマックの差し入れがあったりしたのに、今回はそれがなかった。ただ、通常の食事に関して言えば、昔はコッペパンだったけど、今は食パンになっていたし、ジュースの種類も豊富になっていた。あと、留置所の変化で気付いたのは、以前は名前で呼ばれていたのに、今は拘置所と一緒で番号で呼ばれるようになっていた。だから僕は縁起のいい数字を選ばせてもらいました。22番」 ──なぜ22が縁起いいんですか? 「実は報道された一件とは関係なしに、一番最後に僕が付き合っていた10代の女性タレントがいて、その子の誕生日が22日だったので、22番にしてくれとお願いしました」 ──そうした主張が通ったとはいえ、留置所での暮らしはやはり、制約が多くて大変だったのでは? 「僕がパクられたのは3月27日なんですが、ちょうど4月1日からルールが変わって、煙草を1本も吸えなくなったんですよ。それが一番ショックだった。大好きな酒を飲めないことに関しては、酒を抜くいい機会かな、と。それまでは『酒に酔っていて覚えていない』毎日だったけど、中での生活は『酒に酔っていないから覚えている』んですよ(笑)」 ──面会や手紙は? 「面会は問い合わせだけで110件。でも会ったのは数人だけ。あとは申し訳ないけど、お断りしました。手紙は50通から100通ぐらい来たんじゃないかな」 ──手紙は読みました? 「最初は一切読む気なかったけど、検閲で開封されちゃってるし、することないから読みました。差出人の内訳は、1~2割が知り合いからで、8~9割が全国のファンや知らない人からでした。ぶっちゃけ、読んで勇気づけられる部分もかなりあったかな。ちょうど3月の頭に松本少年刑務所から出てきた人からも手紙が届いていて、その人は僕の自叙伝『ドブネズミのバラード』をすり切れるほど読んだらしく、『出所したら瓜田さんに会いたいとずっと思っていたのに、僕が出た直後に逮捕のニュースがあり、ショックを受けました。必ず無罪で戻って来てください』と書かれていたり。あとは千葉刑務所に殺人で入っている僕の先輩からも『名前が売れて良かったじゃん。本の宣伝になったじゃん。なにしろ酒に酔って覚えていないんだから仕方がないよね』と呑気かました手紙が来て(笑)。でも最後には『何があっても20日間で終わらせるつもりでいなさいよ』とあって、勇気づけられましたね」 uritaf5619.jpg ──現実には16日間で出られたわけですが、今回逮捕されたことによって、デビューライブを控えていたバンドは空中分解してしまいましたね。 「はい。5月22日に予定されていた、川崎クラブチッタのライブが流れてしまった。ライブを楽しみにしていたバンドのメンバーや、当日一緒に出る予定だったほかのバンドの方々、そしてプロデューサーには申し訳ないという気持ちでいっぱいです。心苦しいし、もちろん反省もしています。秋に予定されていた出版が延期になってしまったことについても同様ですね。多くの人に迷惑をかけてしまい、みんなの夢を奪ってしまった。だから、これから名誉挽回するしかない。今の僕のネームバリューがあれば、絶対みんなの信用を取り戻せると思ってます」 ──今年1月に出場した地下格闘技「BERSERKER」の会場で、アウトロー引退を宣言(記事参照)。その直後に警察沙汰を起こしたため、「裏切られた」という思いを抱いている人もいるかもしれません。 「BERSERKERで試合相手を務めてくれた内藤裕には、留置所を出た初日に謝って、彼からは『とにかく応援してる』というありがたい言葉をもらってます。バンドのメンバーにもちゃんと謝って、『純士さんだけの責任じゃない。心身ともに休めてください』という温かい言葉をもらってます。そういう筋は通してます」 ──しかしその一方で、今回の逮捕を機に、瓜田さんに三行半を突きつけた人もいるようですね。 「容疑者として報道されただけなのに急に手のひらを返す、容疑者の僕を犯罪者のように扱い僕についてコメントする、今までさんざん僕のことを神輿かついできたくせにそれを下ろすようなマネをしてみせる。彼らがなぜそういうことをできたのかというと、僕が実刑行くと思ったからでしょう。案の定、僕が出てきた途端に、みんな何も言えなくなってしまった。あるいは、逮捕されたときに僕のことをああだこうだ書いていた人間が、出てきた途端に『心配してた』と電話してきたり。薄っぺらいし、バカバカしい。そいつらを見返すために、これから頑張ろうと思ってます」 ──ファンへの謝罪は? 「ここでビッグニュースというか、楽しませちゃったらごめんなさいという予告がありまして。容疑者とはいえ世間を騒がせ、ファンの気持ちを裏切ってしまったのは事実です。だから、もしかしたら夏頃にまた、なんらかの地下格闘技興行に出て、そこでファンに対して正式に『すいませんでした』と謝るかもしれません。あと、音楽では、梅雨時にソロライブをやる予定です。日時や場所は未定ですけど、決まったらブログで告知しますんで楽しみにしていてください」  事件についての言及は避けたが、そのほかの部分においては相変わらず“舌好調”な瓜田。後編では、釈放後の「旅」について、そして今後の展望について語ってもらおう。 (後編につづく/取材・文=岡林敬太/撮影=島田十万)

「留置所ではVIP待遇でした」解き放たれた“元アウトローのカリスマ”瓜田純士を独占取材(前編)

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 3月末、タレントJOYの姉を脅迫した容疑で警視庁田無署に逮捕された“元アウトローのカリスマ”こと表現者の瓜田純士(32歳)が、16日間の拘留を経て、先月中旬に釈放された。釈放後は「旅人」を名乗り、全国各地を転々としていた瓜田。一時帰京したゴールデンウィーク中に、「事件については一切触れない」という条件で日刊サイゾーの独占インタビューに応じ、逮捕時の状況、拘留中の生活、釈放後の胸中などを語った。  インタビュー場所として瓜田が指定したのは、新宿区内の喫茶店。約束の15分前に現れた瓜田は「この度は、お騒がせしちゃってすいません」と照れくさそうに言いながら、席に着いた。サングラスをかけているとはいえ、顔面タトゥーは非常に目立つ。それまで騒がしかったまわりの客が、瓜田のことを知ってか知らずか一瞬ギョッとした表情を浮かべ、やがて見て見ぬふりをするかのように静まり返った。こんな状況下でインタビューをしたら、発言内容が周囲に丸聞こえになってしまう。
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──場所、変えますか? 「いや、大丈夫です。ただし電話でも説明した通り、事件については一切触れません。これは弁護士サイドからの指示でもあるので、ご了承ください」 ──瓜田さんは結局、不起訴で釈放されたんですか? 「それについても何も言えない。ご想像にお任せします。16日拘留で出てきた、という事実だけを伝えてください」 ──事件後の報道にあった「酒に酔っていて覚えていない」という供述についても、深く突っ込むのはナシですか? 「常に1日10Lぐらい酒を飲んでますから、覚えてないんですよ。それ以上は何も言えない。申し訳ないけど」 ──分かりました。では本日、インタビュー場所として「新宿」を指定した理由を教えてください。 「やっぱ、『新宿といえば瓜田』というのが売りなんで。逃げも隠れもしませんよ、俺は堂々としてますよ、っていうPRも兼ねて、あえて地元の新宿を選びました」 uritafa5608.jpg ──逮捕された当日のことは覚えてますか? 「それは覚えてます。酔って寝てたら、いきなり『ピンポンピンポン!』って来て。最初、ガスか水道料金の回収かと思ったんだけど、『ガンガンガン!』ってドアを叩いてるから、こりゃ違うなと。時計を見たら朝の9時。俺、去年も傷害で捕まってるんですけど、そんときと一緒だな、と。刑事って役所仕事だから、だいたい平日の朝9時に来るんですよ。ドアを開けたら案の定、7~8人の刑事がいた。通称、マル暴の刑事ですね。で、逮捕状と家宅捜索令状を2つ同時に見せられた」 ──瓜田さんはそのとき、どのようなリアクションを? 「『あ、どうぞ』と家に入れてから、まず『令状が見えない』と言いました。『目が悪いから見えない』と。それから『煙草を吸わしてくれ』だの『歯が痛いから歯医者を呼べ』だのペラ回しつつ、煙草を5~6本吸って、刑事と世間話をして。心を落ち着かせてから、『車、何で来てんだ?』って聞きました」 ──それはなぜですか? 「僕もそれなりに名を売ってきた男だから、やっぱり恥をかきたくない。ちなみに去年パクられたときは、電動オープンのエルグランドだったんですよ。『今日は何の車で来てんだ?』って聞いたら、『瓜田に恥をかかせたくないから、アルファードで来た』と。『じゃあ乗ってやる』と言って、田無署へ行きました」 ──瓜田純士クラスともなれば、連行時の車種にもこだわると。 「こだわりますね。ちなみに多くの人が誤解しているようだけど、逮捕報道で流れた僕の映像は、家から出た瞬間じゃないですよ。あれは、田無署から地検に行くときの映像です」 uritaf5608.jpg ──撮られていることに気付きました? 「いや、全然。遠くから望遠レンズで狙われたので、まったく気付かなかった。サツもカメラの存在を知らなかったらしく、後日『こんな大ごとになるとは思わなかった。本当にすまなかった』と謝ってきました」 ──マスコミで大々的に報じられたことは、いつ知った? 「拘留中に、弁護士から聞きました。テレビは民放5社のニュースのほか、『ミヤネ屋』『スッキリ!!』『サンデー・ジャポン』『アッコにおまかせ!』など。紙媒体は東京スポーツの1面や、『FRIDAY』などで報じられたと」 ──それを聞いたときの心境は? 「やられたな、と。いろんな意味でね。あと、バンドのデビューライブや小説の出版を控えていたから、いろんな人に迷惑をかけてしまったな、終わったな、とも思いました。それと、一部報道で事実誤認もあったから頭に来た。逮捕歴12回と報じてる媒体があったけど、実際は23回目だし」 ──11回足りない(笑)。 「ふざけんな、と。男前キャラに扱ってくれた報道もあったようだけど、それについては、マスコミに対してありがとうというよりも、僕がイケメンですいません、っていう心境ですね」 ──留置所での16日間はいかがでしたか? 「取り調べについては事件に関わるので何も言えないけど、待遇はちょっと異常でした。ヤクザの直参でも捕まったのか、ってぐらいの扱い。アコーディオンカーテンで仕切られて、完全隔離、完全ひとり。ほかの被疑者との接触は一切ナシ。検事調べも、僕を守るようにやってくれたり」 ──ロイヤルVIPな扱いですね。 「ええ、ここまでのVIP待遇は今回が初めてでした」 ──食事はどうでした? 「食事はVIPじゃなかったです(笑)。一昔前の留置所なら、通称“面倒見”といって、取り調べ中に刑事からカツ丼やマックの差し入れがあったりしたのに、今回はそれがなかった。ただ、通常の食事に関して言えば、昔はコッペパンだったけど、今は食パンになっていたし、ジュースの種類も豊富になっていた。あと、留置所の変化で気付いたのは、以前は名前で呼ばれていたのに、今は拘置所と一緒で番号で呼ばれるようになっていた。だから僕は縁起のいい数字を選ばせてもらいました。22番」 ──なぜ22が縁起いいんですか? 「実は報道された一件とは関係なしに、一番最後に僕が付き合っていた10代の女性タレントがいて、その子の誕生日が22日だったので、22番にしてくれとお願いしました」 ──そうした主張が通ったとはいえ、留置所での暮らしはやはり、制約が多くて大変だったのでは? 「僕がパクられたのは3月27日なんですが、ちょうど4月1日からルールが変わって、煙草を1本も吸えなくなったんですよ。それが一番ショックだった。大好きな酒を飲めないことに関しては、酒を抜くいい機会かな、と。それまでは『酒に酔っていて覚えていない』毎日だったけど、中での生活は『酒に酔っていないから覚えている』んですよ(笑)」 ──面会や手紙は? 「面会は問い合わせだけで110件。でも会ったのは数人だけ。あとは申し訳ないけど、お断りしました。手紙は50通から100通ぐらい来たんじゃないかな」 ──手紙は読みました? 「最初は一切読む気なかったけど、検閲で開封されちゃってるし、することないから読みました。差出人の内訳は、1~2割が知り合いからで、8~9割が全国のファンや知らない人からでした。ぶっちゃけ、読んで勇気づけられる部分もかなりあったかな。ちょうど3月の頭に松本少年刑務所から出てきた人からも手紙が届いていて、その人は僕の自叙伝『ドブネズミのバラード』をすり切れるほど読んだらしく、『出所したら瓜田さんに会いたいとずっと思っていたのに、僕が出た直後に逮捕のニュースがあり、ショックを受けました。必ず無罪で戻って来てください』と書かれていたり。あとは千葉刑務所に殺人で入っている僕の先輩からも『名前が売れて良かったじゃん。本の宣伝になったじゃん。なにしろ酒に酔って覚えていないんだから仕方がないよね』と呑気かました手紙が来て(笑)。でも最後には『何があっても20日間で終わらせるつもりでいなさいよ』とあって、勇気づけられましたね」 uritaf5619.jpg ──現実には16日間で出られたわけですが、今回逮捕されたことによって、デビューライブを控えていたバンドは空中分解してしまいましたね。 「はい。5月22日に予定されていた、川崎クラブチッタのライブが流れてしまった。ライブを楽しみにしていたバンドのメンバーや、当日一緒に出る予定だったほかのバンドの方々、そしてプロデューサーには申し訳ないという気持ちでいっぱいです。心苦しいし、もちろん反省もしています。秋に予定されていた出版が延期になってしまったことについても同様ですね。多くの人に迷惑をかけてしまい、みんなの夢を奪ってしまった。だから、これから名誉挽回するしかない。今の僕のネームバリューがあれば、絶対みんなの信用を取り戻せると思ってます」 ──今年1月に出場した地下格闘技「BERSERKER」の会場で、アウトロー引退を宣言(記事参照)。その直後に警察沙汰を起こしたため、「裏切られた」という思いを抱いている人もいるかもしれません。 「BERSERKERで試合相手を務めてくれた内藤裕には、留置所を出た初日に謝って、彼からは『とにかく応援してる』というありがたい言葉をもらってます。バンドのメンバーにもちゃんと謝って、『純士さんだけの責任じゃない。心身ともに休めてください』という温かい言葉をもらってます。そういう筋は通してます」 ──しかしその一方で、今回の逮捕を機に、瓜田さんに三行半を突きつけた人もいるようですね。 「容疑者として報道されただけなのに急に手のひらを返す、容疑者の僕を犯罪者のように扱い僕についてコメントする、今までさんざん僕のことを神輿かついできたくせにそれを下ろすようなマネをしてみせる。彼らがなぜそういうことをできたのかというと、僕が実刑行くと思ったからでしょう。案の定、僕が出てきた途端に、みんな何も言えなくなってしまった。あるいは、逮捕されたときに僕のことをああだこうだ書いていた人間が、出てきた途端に『心配してた』と電話してきたり。薄っぺらいし、バカバカしい。そいつらを見返すために、これから頑張ろうと思ってます」 ──ファンへの謝罪は? 「ここでビッグニュースというか、楽しませちゃったらごめんなさいという予告がありまして。容疑者とはいえ世間を騒がせ、ファンの気持ちを裏切ってしまったのは事実です。だから、もしかしたら夏頃にまた、なんらかの地下格闘技興行に出て、そこでファンに対して正式に『すいませんでした』と謝るかもしれません。あと、音楽では、梅雨時にソロライブをやる予定です。日時や場所は未定ですけど、決まったらブログで告知しますんで楽しみにしていてください」  事件についての言及は避けたが、そのほかの部分においては相変わらず“舌好調”な瓜田。後編では、釈放後の「旅」について、そして今後の展望について語ってもらおう。 (後編につづく/取材・文=岡林敬太/撮影=島田十万)

「さらば、愛しのアウトロー」カリスマ・瓜田純士引退試合 雄々しき華の散った夜(後編)

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タイソン(左)、瓜田(中)、ワンターレン(右)。
前編はこちらから  さて、控え室には黒人のSP以外にもコワモテがふたりいて、瓜田の身辺警護にあたっていた。ワンターレンとタイソン。いずれも瓜田の弟分である。  彼らはなぜ、瓜田を慕い、ついて行くのだろう? ワンターレンに話を聞いた。 ──瓜田さんとはどれぐらいの付き合いですか? 「知り合ったのは、17年ぐらい前になりますね。2コ上の、地元のお兄ちゃんって感じですね」 ──どこで知り合ったんですか? 「地元は一緒だけど、中学は別で。僕、台湾人なんですけど、僕の友達の台湾人の中学の先輩が瓜田君だったんですよ。当時の僕はケンカばっかしてて、瓜田君もそうだったから、名前だけは聞いていた。ただ瓜田君は、気安く近付ける存在じゃなく、新宿の不良の間では『この人には触れちゃいけない』っていう存在の方だった。でもその時代に、ひょんな縁からお会いすることになり、すぐに意気投合しまして。以来、苦楽を共にしてきたというと大げさかもしれませんけど、ずっと背中を見てきましたね。途中、仕事の関係とかでずっと会わない期間もありましたけど、半年前に久々に再会して、今に至るという感じです」 ──久々に会ったときの瓜田さんの印象は? 「良くも悪くも昔と変わらないな、相変わらず子どものように純粋な方だな、と。昔から男の生き方の美学の体現者みたいな方なんで、懐かしくも感慨深いものがありましたよ」 ──弟分は通常、兄貴分に振り回されることが多いですが、ワンターレンさんはどうでしょう? 「いや、逆に僕が迷惑をかけてばかりですね。詳細は言えませんけど、瓜田君の現役時代にも、かなり迷惑をかけましたね。手打ちが済んだのに、水面下で僕が勝手に襲撃しちゃったり......。そういう手打ち破りとかで、随分ご迷惑をおかけして、よく瓜田君に怒られました。僕も当時は若かったので、瓜田君の背中を追いかけるがゆえに、過激になりすぎてしまうというか。追いつけないんですけど、追いつけないなりに背伸びするという。ケンシロウの背中を追っかけるバットみたいなもんですね。で、そのケンシロウがまた、ケンカをいちいちすべて拾うんですよ(笑)。売られたケンカは全部買うスタイルだったんで、瓜田君は。見て見ぬ振りすればいいのに見過ごせない、見たからにはやる、みたいな。それがいいところでもあるんだけど、疲れるでしょうね、本人は。小さな頃からそのように生きているので。サムライですよね。生まれる時代を間違えたのかもしれませんね」  もうひとりの弟分であるタイソンも、瓜田のことを「不器用だけど熱い男。その魅力は会って話せば分かる」と評した。  では、対戦相手の内藤裕は、瓜田のことをどう思っているのだろう? 内藤はかつて"人刺し裕"の異名を取った千葉の伝説的チーマーで、ストリートファイトはもちろんのこと、キックボクシング経験も豊富な猛者である。試合前に話を聞いた。
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対戦相手の内藤裕。
──瓜田さんと面識は? 「あるよ。1回飲んだことあるし、気も合うし、ブログも読んでる。ああいうメチャクチャな奴は大好きだね」 ──今回はどういう経緯で、瓜田さんの引退試合の相手を務めることに? 「去年の大みそかに、猪木の格闘イベントを見に行ったら、たまたま渋谷(莉孔/BERSERKERの関係者)と会ったんだよ。で、『もうすぐ瓜田の引退試合があるみたいだけど対戦相手は決まったの?』って聞いたら、『まだ決まってないんですよ』と言う。だから俺、渋谷にこう言ったんだ。『あいつとは気が合うんだけど、あいつの引退試合だから、相手がいないんだったら俺がやってもいいよ。その代わりノールールで、ガチンコの殺し合いをするよ。瓜田がそれでよかったらやるよ』って」 ──気が合う相手をガチンコで殺せるものですか? 「気が合うからこそ、本気で殺れるんだよ。あいつがアウトローの世界、ヤクザの世界を辞めてカタギになるって決めたなら、そこまでの意思があって最後の戦いって決めてるなら、じゃあ俺と本気で殺し合いしようぜ、って」 ──大みそかに渋谷さんと偶然会っていなければ、今日のカードは実現していなかったわけですね。 「そうだね」 ──思い起こせば、3年前。瓜田さんを挑発するなど生意気盛りだった渋谷さんに、格闘技の厳しさを教えたのは、内藤さんでしたね。そして今回、その渋谷さんとばったり再会したのをきっかけに、こうして内藤さんと瓜田さんが戦うことになるとは、人の縁の不思議さというか、宿命じみたものを感じます。 「エキシビションだの馴れ合いだの言ってる客もいるみたいだけど、まったく違うよ。これは殺し合いだから。内藤と瓜田っていう人間の、今までアウトローの世界の中で生き残ってきた俺らの、ガチンコの殺し合いだから。遊びじゃないよ」  その言葉に偽りはなかった。「1分1ラウンド・ノーグローブ・判定ナシ」で行われた試合は、まさに殺気に満ちた、壮絶な戦いとなった。試合経過は以下の通り。
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試合は序盤から一方的な展開。
 ゴングと同時に瓜田は前進しながらワンツーパンチを繰り出すが、いずれも空振り。ノーガードの瓜田の頭部へ、内藤の右ストレートがヒット。両者もつれ合うようにマットに倒れる。内藤はすかさず瓜田を脇から固め、パウンドをラッシュしようとするが、瓜田が激しく暴れるため捕え切れず、いったんブレイク。  再開後、「来い来い」と挑発しながら、瓜田が右ミドルを放つ。これをかわした内藤が、左、右、左と連続で大振りのパンチを放つと、アゴにヒット。瓜田は大きくのけぞり、後頭部を金網に打ち付けながらダウン。倒れた瓜田の頭部を抱え込み、顔面、ボディ、後頭部めがけ、ほぼ無呼吸状態で鉄槌の雨アラレを降らせる内藤。あまりの一方的な展開に客席から悲鳴が上がる。  ラスト30秒のアナウンスが流れたところで、レフリーがいったんストップをかけ、瀕死の瓜田を抱き起こす。瓜田が戦闘意思を示したため、リスタート。
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気力を振り絞り、立ち上がった瓜田。

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内藤の的確なパンチが次々とヒット。

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弱った瓜田に、情け容赦ないパウンド。
 瓜田、右ストレートを放つも当たらず。一方、内藤の放った右、左、右、右の連打は立て続けにヒット。金網にぶつかりながら瓜田はダウン。その瓜田を背後から押さえ込み、渾身の力を込めて左右の拳を狂ったように振り下ろす内藤。瓜田の抵抗が徐々に弱まり、いよいよヤバいというところで試合終了のゴング。  マットを叩いて悔しがる瓜田。あれだけ殴られてもまだ意識があるとは、恐るべし精神力。内藤が放ったパンチの数はなんと、60秒間で77発だった。  ゆっくり起き上がり、自らの頭に水をかけた瓜田。内藤に歩み寄り、ガッチリ抱き合い、何度も握手。互いの健闘を称え合った。
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試合後の両者。内藤も感極まる。
 試合後の瓜田にインタビュー。 ──試合の記憶はありますか? 「3回ぐらい飛びかけたかな。でも、何がなんでも最後まで、って気持ちが強かったから。倒れてガガガガガッて攻められてる最中も、我龍君(レフリー)は、俺が必死でもがいてるのを見て、止めたくても止められなかったみたいだね。『最後までやらせたかった』って。正直、手も足も出ないほど力の差はあったけど、俺自身、最後まで気持ちは折れなかった。1回記憶が飛んだあとに立ち上がったときも、自分から『来いよ、オラ!』って言えたから、そこで自分にまた喝が入って、どうにか最後までやり切ることができました」 ──痛みは? 「ないですね。あとで痛くなるのかなぁ」 ──引退試合を終えた感想は? 「最後抱き合ったときに内藤選手が、『俺は瓜田君の応援者だよ。俺は格闘技しかできないから格闘技を続けるけど、瓜田君は本とか映画とか音楽の世界で絶対頑張ってよ。すげえ応援してっから』っていうのを客の目を気にせず言ってくれたのが、うれしかったし、その言葉を聞いて、ああ俺、いよいよ違うステージに行くんだなってことを実感しました。最後の相手が内藤選手で本当によかった。すげえいい男でしたね」
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本気で殴り合うことで友情が深まった。
──最後に一言。 「たぶん今日の試合で、今の若い子たちに伝わったと思いますよ。アウトローってのはこうなんだな、魂なんだな、意地ってのは張り通さなくちゃいけないんだな、ってことが。無様さらしても何さらしても素手でリングに上がって、ボコボコにされても何度も立ち上がって、最後は相手と称え合う。そんな俺の姿を見て、きっと何かを感じてくれたお客さんもいると思う。弱くてすいません、って思いもあるけど、今後は違うステージに行きますから、引き続き応援をよろしくお願いします」  まるで憑き物が落ちたような柔らかい表情で、そう語る瓜田であった。
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試合後の控え室では、ご覧の笑顔。
(取材・文=岡林敬太/撮影=オカザキタカオ)
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