オリコン11位の蒼井翔太は声優界の炎上王!? 問題発言とゴリ推しでアンチが急増中

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「秘密のクチヅケ」(b-green)
 オリコンが発表した12月15日付の週間CDシングルランキングで、声優アーティスト・蒼井翔太のニューシングル「秘密のクチヅケ」が11位となった。蒼井は中性的なルックスと声で10代の女性を中心に人気を博し、11月19日に『カラオケ★バトル 歌の異種格闘技戦3』(テレビ東京系)に出演した際は、名前がネット上で「急上昇ワード」になるほど注目を集めた。 「声優としてはキャリアが浅いものの、2006年に『SHOWTA.』名義で歌手デビューしています。アニソン歌手・声優に転身したのは10年6月からで、当初は『柳ヶ木昇』名義、のちに現在の『蒼井翔太』に変更されました。注目を浴びたのは、12年に発売された人気ゲーム『うたの☆プリンスさまっ♪Debut』の美風藍役がきっかけです」(アニメ誌編集者)  今後の活躍を期待される若手声優という位置付けの蒼井だが、声優業界では「炎上王になるのでは」ともささやかれているようだ。声優雑誌の記者はこう話す。 「先輩声優・谷山紀章と下野紘の歌について『元気いっぱい』とコメントするなど、問題発言が多いんです。特に谷山は音楽ユニット・GRANRODEOのメンバーとしても活躍し、声優界でもトップレベルの歌唱力を持っていることで知られている。そんな大先輩に対して、上から目線で評価するような発言をしたことで、ファンの怒りを買ってしまった。また、アニソン歌手、声優を目指すためにSHOWTA.としての活動を終えたにもかかわらず、『声優の仕事をきっかけにマルチに活躍したい』『目立つ役をやりたい』などキャラクターを踏み台としか思っていないような発言もしていますが、演技力が伴っていないため『何様なんだ』とアンチが急増しているんです」  蒼井はアニメやゲームの音楽制作を手がけるクリエイターチーム・Elements Gardenに気に入られており、業界内では“ゴリ推し”とのウワサも。「実力がないのに推されている」という状況が、アンチに火をつけることになったようだ。 「蒼井は天然なところがあり、本人に悪気はないようです。よくいえば素直なのですが、炎上王としての素質を持っているともいえる。声優ファンは神経質で、トップアイドル声優だった平野綾でさえも、度重なる失言とスキャンダルで人気が急降下してしまった。これから知名度が高まっていくと、今以上に失言が問題になるかも」(同)  “ちょっとおバカなほんわかキャラ”として通っている蒼井。炎上騒動を起こし、“ただのバカ”にならないことを願いたい。 (文=中原せり)
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「毎日どこかで歌っていたい」【岩男潤子】タイムリミットだった23歳の夜

IMG_8208.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の29回目! 今回はセイントフォーの元メンバー、声優としては『デビルマンレディー』の不動ジュン、『カードキャプターさくら』の大道寺知世、『妖しのセレス』のセレス……などなど、数え切れない作品で活躍中の岩男潤子さんが来てくれました! ――この連載についに元セイントフォーが来てくれました……! 岩男さんが「いわお潤」としてセイントフォーの正式メンバーになってから、どれくらい活動されたんですか? 岩男 1年ぐらいです。 ――けっこう短かったんですね。 岩男 私が入ったときには、もう解散時期も決まっていて、その解散に向けてのスケジュールはびっちりだったんですけど、まだ解散することはお知らせしていない状態で。わずか1年ぐらいだけど、精一杯がんばろうという気持ちでした。 ――終わることがわかっているなかでやるっていうのは、心境としては複雑じゃないですか? 岩男 でも、アイドルの活動っていうのは、年齢もそうなんだけど、ある程度決まっているものなのかなって。オーディションに受かったときは、正直、アイドルとしてデビューすることを目標としていなかったんです。当時は、朗読とか、童謡やバラードを歌う歌手になりたくて、でも、それをどうすればいいのかわからなくて……。そんななかで、1番最初に受けたオーディションがセイントフォーだったんです。はじめに「解散時期が決まっている」と説明はされたんだけど、「もしかしたら延びるかもしれないし」という思いもありましたし。でも、“あること”が理由で辞めてしまったので、解散ライブには出席できなかったんですけど……。そのあたりのことは、この度のフォトエッセイで初めて書いてあるんです。 ――フォトエッセイ『voice-声のツバサ-』(ジービー)、すごく綺麗な装丁で写真集かと思ったんですが、エッセイ部分では、いじめに遭ったり、悪い大人に騙されたり、ストーカーに遭ったり、闘病したり、かなり壮絶で驚きました……。そういえばセイントフォーは元メンバーの半数以上が脱いでますし、心中お察しいたします。解散当時、岩男さんはまだ高校生ですよね。 岩男 はい。17歳のときでした。解散ライブは出られないけれど、通っていた定時制高校の卒業式はきちんと出席して、本来の目標に向かって、また進んでいきたい、勉強し直したいと思って、アルバイトをしながら高校に通っていましたね。当時は、お笑い芸人さんが多く所属する石井光三さんの事務所にお世話になりながら、石井さんとのデュエットレコードを発売して、そこで「潤」という名前でソロデビューさせていただいたんです。けど、そこからまた何も決まらなくて……ずっとアルバイトでしたね。 ――どんなアルバイトをされていたんですか? 岩男 高層ビル街の社員喫茶のウエイトレスを。 ――社員さんに口説かれたりしなかったですか? 岩男 全然そんな感じじゃなかったです(笑)。私は本当にドジでのろまな人間で……『スチュワーデス物語』でありましたけど、本当そんな感じで。セイントフォー時代にも「ドジでのろま」ってよく言われて、それでよく泣いていました。それでバイト先でもまた言われていて……。 ――それは、筋金入りですね! 果てしなく辞めたくなります! 岩男 でも、私、13才でオーディションに受かって上京して、父親との約束で「10年間で、自分の歌が出せないようだったら、あきらめて帰って来なさい」っていうタイムリミットがあったので、いろんなことに必死で……。セイントフォー時代から、とにかく声を嫌われていたんです。「アニメ声が受け入れられない」とか「ぶりっ子声」とか、本当にいろんな人に言われて、ウエイトレス時代も「イラつく声だな」って言われていたので、辞めたくなくても、辞めさせられたというか……。 ――お、おお……。 岩男 それで、もう声を出さない仕事をしようと思ったの。派遣社員として、入力作業を覚えられれば、パソコンに向かって誰とも会わずに仕事ができるから。それで会話をしなくて済むような仕事を選んで、高校卒業するまでは事務員ですね。いろんな現場に派遣されてました。 IMG_8256.jpg ――さびしい選択……っていうか、それでまだ高校生だったんですか!? 13歳で上京といい、ハード過ぎますよ! 岩男 たまには、何をしたいのか聞いてくれて、「それならこんな仕事があるよ」って、デパートの屋上で司会をさせてもらったりもしたんですけど、そこに歌手の方が来たりするとね、「歌手の誰々さんです、どうぞ!」って言いながら、うらやましくて、舞台袖から「自分もここにいきたい」と思って……。「やっぱり心を閉ざしてはいけないんだ!」って一念発起して、歌を入れたデモテープを、プロフィールと一緒にいろんなところに配ったりして(笑)。でも、デスクにはさっぱり読んでもらえない資料が積み上がっているのも見るから、いかに厳しい世界なのかを思い知らされながら、OLをやって、高校に行って、売り込みをやって、声優さんの仮歌を歌わせてもらったりしていました。 ――ダラダラしていただけの自分の高校時代が恥ずかしくなってきました……。さらに、なかなか表舞台の仕事にたどり着かないので不安になってきます……。 岩男 父が決めたタイムリミットの23歳を迎えたときも、まだ東京駅のキオスクと、宝石屋の販売員をしていて、とにかく生きることに必死だったんですよね。“23歳”というのが自分のなかで離れなくて、「ここで何かを決めなければ、実家に帰らなくちゃいけない……」と焦っているときに、たまたま以前お仕事をしたことがある芸能関係の方が、東京駅のキオスクを通りがかって、「あれ? 今はどうしてるの? 芸能の仕事は?」って言われて、「オーディションはたくさん受けているんだけど、勝つことができないんです」って言ったら、「歌える声優さんを募集しているから、応募してみたら?」って。それがNHK総合の『モンタナ・ジョーンズ』っていう、今からちょうど20年前の作品で、オーディションは受けたものの、なかなかお返事がこなかったから、「これはダメだったな」と思って、アパートの更新も迫っているし、もう引っ越しもしなくちゃならない。引っ越しの荷物に囲まれながら、オーディションの結果を待つっていう感じ。大家さんにも「もう出て行ってくださいね!」って言われて、泣きながらダンボールの封を閉じていたら、そこに、「1年間ヒロインでお願いします」って、オーディションの合格の連絡をいただいて。 ――いろいろとギリギリ!! 肝が冷えましたね!! 岩男 そうなんです(笑)! 「10年間がんばったな……」って、泣きながら閉じていた荷物のテープを今度は喜びいっぱいで剥がして、やっと実家の父と母にも、「もう1年がんばらせてください」って連絡することができて。そのとき、両親が「あと1年じゃないよ。あと10年がんばりなさい」って言ってくれて、そこからまた、10年がんばろうって気持ちで、23歳からのスタートです。 ――素敵なご両親ですね……! そしてついに声優人生の幕開けが! 岩男 放送は24才のときなので、1994年の4月に自分が初めてアフレコしたアニメが放送されて、そこからNHKの『モンタナ・ジョーンズ』のイメージソングを歌うお仕事もいただいて。それも、あくまでも“声優さんの仮歌”として歌ったものだったんですけど、なんとそれがポニーキャニオンさんのサプライズで、「君が歌ったこの歌が、君のデビュー曲だよ」って言われて。 ――ヒュ~かっこいい~! ポニーキャニオン、粋~! 岩男 すごくビックリしましたよ、本当に! キャラクターしてのシングルも、岩男潤子としてのシングルも、ほぼ同時に2枚リリースして、それが入ったアルバムも作りましょう、という夢のようなお話で! そこから、憧れていた歌手としての活動と、声優としての活動を全力でがんばると決めたんです。「どっちかにしなさい」「なんで中途半端なことするの?」って厳しいことも言われていたんだけど……。 ――え、岩男さんの周り、辛辣なこという人多くないですか(怒)? 岩男 器用にどっちもできてたら何も言われなかったんでしょうけど、なんせドジでのろまだから(笑)。歌って言われたら歌のことにしか集中できなかったんだろうし、おそらく「どっちがいい!」っていうものでもなかったと思うんですね。歌があったからセイントフォーにも入れたし、どっちも私にとってはなくてもならないもので。だから、こだわりぬいて、プロフィールにも「声優・歌手」と、今でも書かせていただいてます。 ――いっぱい書いて! というか、声優として何作ぐらいに出演されたかご自分で覚えていますか? 岩男 そうですね。デビューしたときは、スケジュール帳にも週に一度『モンタナ・ジョーンズ』と書いてあるだけで、後はキオスクに通い続けていたので、「早く声優、歌手というお仕事でスケジュール帳が真っ黒になるといいな」と思って、それを目標にしてましたけど、気がつけば、ゲーム、その主題歌、キャラクターソング……あんなにやりたくてもできなかった歌のお仕事もたくさんいただいて。アニメも、子どもの声、動物の声、お母さんの声、と幅広くやらせていただいて、気がつけば何百作品と、もう数えきれないほど……! IMG_8276.jpg ――なかでも、印象に残っているお仕事はありますか? 岩男 やっぱり、デビュー作の『モンタナ・ジョーンズ』は、マイク前に立つのも初めてだったので、当時の主役の大塚明夫さんとか、中尾隆聖さんとか、滝口順子さんたちに、手取り足取り、厳しくも優しく指導していただきながらのアフレコで、すごく印象に残ってます。 ――その豪華メンバーに手取り足取り教えてもらうのは、養成所に何十万積んでも無理ですね……! 岩男 『カードキャプターさくら』については、原作本を見て「なんてかわいいんだろう!」って思って開いて見たら、歌が大好きな大道寺知世ちゃんという役がいて、「そこに私も入れたらいいな~」と思っていたときにオーディションをやらせていただいて。歌を歌うキャラクターを演じたいと思っていたので、その夢が叶ったのが『カードキャプターさくら』でした。その後もたくさん出演させていただいて。今も『魔法少女まどか☆マギカ』で担任の先生をやらせていただいて、シリアスなお話なんですけど、先生だけコメディなんです。これまで無口で、おとなしいイメージがついていたんですけど、役を通じて「岩男さんっておもしろい人なんだね!」って声をかけてもらえるようになって、すごく楽しいです。 ――つくづく、声を出す仕事を封印しなくてよかったですね~! 岩男 そうですね。声を封印していた時期があったからこそ、反動もありましたし、あるオーディションで「君の声は子どもに喜ばれるよ」って言っていただいたときに、目の前の閉ざしていた扉が開いたような想いがしたので、うれしかったです。いろんなことを封印しながらも、やっぱりあきらめきれてはいなかったんですよね。子どものころの自分に、「あきらめないでね、10年、20年先にはすばらしい出会いが待っているから」って言ってあげたいな。そう思えるぐらい、今がいちばん楽しいと思える人生になっています。 ――素敵すぎる! 最近ではフランスや台湾などなど、海外でも活躍されていますね。それはどういう流れで呼ばれるんですか? 岩男 そうですね。私が声優デビューする前から、仮歌のお仕事でチャンスをくださっていたのが、音楽家の田中公平先生(藤子不二雄作品やドラゴンボール、ポケモン、サクラ大戦の音楽を手がける偉人)だったんですね。田中先生が「いつか自分の歌が歌えるチャンスに恵まれたらいいね」って、数々の仮歌のチャンスをいくださって。その後、私が声優デビューして、歌う機会に恵まれはじめたとき、ようやくある作品で再会できたんです。そうしたら、「アニメの世界にようこそ。待ってましたよ」って言ってくださって。 ――辻仁成の「やっと会えたね」より惚れるセリフです……! 岩男 その田中先生が「よく歯を食いしばって、がんばってきたね。フランスで開催されるジャパン・エキスポの舞台にシンガーをひとり招くことができるんだけど、僕はあなたを選びます」って言ってくれて……。なので、もともとは田中公平さんのステージで、私が呼ばれて行ったわけじゃないんです。だから、会場では「あの人、誰?」って人も多かったんですけど、公平さんが「この方が『エヴァンゲリオン』『カードキャプターさくら』『パーフェクト・ブルー』に出演されている、岩男潤子さんです」って紹介してくださったら、お客さんが「生の未麻(パーフェクトブルーの主人公)なんだ!」「エヴァンゲリオンの委員長!」「るろうに剣心の巴に会えた!」って感動してくれて、みんな大好きだって言ってくださって。 ――アニメは放送時に現地の言葉で訳されているけど、ファンはあえて日本語で聞くんですよね。 岩男 そうなんですよ。日本だけじゃなくて、世界の人たちもアニメを見てくれているんだって思ったら、私も感動してしまって。翌年には、「ソロライブを開きませんか?」っていうお話をいただいて、アニメカフェでソロライブもさせていただいて……! そうやって海外に行くきっかけを作ってくださった田中公平さんには本当に感謝です。その2カ月後には、台湾のファンの方が企画してくださった岩男潤子の公演があって、そこに、公平さんをスペシャルゲストにお迎えさせていただいて、公平さんがジャパン・エキスポのために作ってくれた新曲を披露させてもらったりして。 ――美しい師弟愛! 台湾は日本の文化に詳しいから、ライブは盛り上がりそうですね~。 岩男 そうですね。アニメを通して日本語を学ばれる方も多くて、公演中は通訳の方が隣にいてくれるんですけど、みんな私がしゃべったことをリアルタイムで笑ってくれる(笑)。歌のタイトル言うだけで感動してくれたり……熱かったですね、台湾(笑)! IMG_8309.jpg ――今後、ライブをしてみたい国はありますか? 岩男 フランスと台湾には、どちらも2年連続で行くことができたので、来年も……と思っています、フフフ。ジャパン・エキスポで歌っているときは、スペインの方が「スペインにも来てください」って言ってくださったり、台湾に行ったときは、「香港、中国にも来てください」って言ってくださって。 ――香港、中国の方は、岩男さんのライブのために台湾まで行ってたってことですね? すごい! 岩男 フランスでも、「アメリカにも来てほしい」とかありますし、みなさん、そういって声をかけてくださるので、いろんなところに行きたいです。 ――ワールドワイド! こんなに活動の幅が広がると思っていましたか? まさかスケジュール帳に、四ッ谷とか飯田橋とかキオスクとかじゃなく、フランスと台湾と書くなんて! 岩男 思っていなかったですね。そういえば、『モンタナ』が決まったときに、両親から「日本でとどまってはダメなんだ、もっと視野を広げて世界中の人に潤いを与えてあげるような人にならなくちゃ。責任重大な使命をもって親元を離れたんだから、ちょっとやそっとのことで負けてはいけない」ってことを言われて、だから、それが自分のある意味スタート地点になって……。その時に世界を目指そうとは思っていましたけど、まさかこんなに早く叶うなんて! ――だから潤子って名前なんですかね、どこまでも素敵なご両親(涙)! 国内の活動では、コミケにも参戦しているとのことですが、それはまたどういった流れで? 岩男 コミケを薦めてくださったのも田中公平さんさんなんです(笑)。公平さんと、現在の私の音楽活動のプロデューサーの川村竜さんという方。川村さんは、国際コンテストのコントラバスで優勝された方で、今、公平さんや中川翔子ちゃんのバンドマスターもされているんですけど、そんなお二人の薦めだったら……。 ――乗るしかないですね! どんな作品を作ってるんですか? 岩男 「一人でも多くの方に声を知ってもらわなくちゃいけない」と思って、普段はバラード中心の真面目な歌を歌っていることが多いので、コミケではうんと弾けて、普段見せない、聞かせていない声で、ドラマCDにしました。フフフ。お笑いたっぷりの弾けたドラマCDを3作作って、夏、冬、夏と参加して、また冬が抽選で決まれば、参加したいな! ――自分で手売りしているんですか? ストーカー被害にも遭われましたし、危険はないんでしょうか? 岩男 ……? 今まで心配したことがなかったです。危険も全然ないですし、みなさん本当にそれこそ20年前のソロコンサートのころから、ライブ会場の人が驚くぐらいマナーがよくて、「整列してください」って言ったらすぐに並んでくれますし、会場の方にも「帰るときにチリひとつ落ちていない」「岩男潤子さんのファンの方は本当にマナーがよくて、感動しました」ってよくファンの方を褒められるんですよ。 ――すごい! 何か特殊な訓練でもしているんですか? 岩男 何もしていないんですけど、優しい方が集まってくれて、みんなのおかげで10年、20年を迎えられるし、本当にいい仲間に支えられています。 ――マナーが残念なアイドルファンは全員岩男潤子ライブで修行を積むべき! ちなみに、新しいアルバム『voice』には、どういった曲が入っているんですか? 岩男 私が『KEY THE METAL IDOL』というアニメに出演させていただいたときに「手のひらの宇宙」という、ファンの方が合唱できるぐらい覚えてきてくれる歌を作ってくれた濱田理恵さんと寺嶋民哉さんのコンビにお願いした『voice』というタイトル曲から始まり、カードキャプターさくらの音楽が大好きで、その音楽を担当されていた根岸拓哉さんにお願いしたり、大好きなシンガーソングライター相曽晴日さんでしたり、私の初めて作った歌に作詞を付けてくれた森由里子さんでしたり、もちろん田中公平さんの曲でしたり、この20年間を、力強くサポートしてくれた皆さまに、「おかげさまで20年目を迎えることができました」というご報告とともにお願いした楽曲ばかりです。 ――売れ行きのほうはどうですか? 岩男 おかげさまで、初回プレスが完売しまして、それで、11月4日に、館内アプローズというホールコンサートが決まったんです。ここで、初回プレス完売祝いで、みなさんにおめでとうを言ってもらえたらうれしいなと思って。 ――完売おめでとうございます! しかしながら、声優業に歌手業のツアーにキャンペーンに、本当に忙しいですね……! 岩男 もっと忙しくしたいぐらい。毎日どこかで歌っていたいです(笑)。 ――そんな岩男さんですが、今までで引退を考えたことはありますか? 岩男 23歳以降は、本当にたくさんの仕事をさせていただいて、充実はしていたんですけど、結婚もして、10年間は結婚しながらお仕事をさせていただいていたんですけど、その後、まさかの離婚も経験することになって……そこからのダメージが体にきてしまって、離婚した翌年に倒れてしまったんですね。精神的なものというより、過労でしたね、完全に。耳の病気になって、ウィルスが脳に近いところに溜まってしまって、後頭部にすごい痛みが走ったんですよ。病院に行ったら「即手術」ということで、鼓膜からチューブを入れて膿を吸い出して……。「耳は聞こえなくなるだろうし、もしかしたら歩けなくなるかもしれない」って言われたんです。 ――声優・歌手の命の耳が……! 岩男 その手術の後は、顔面全体に痛みが広がって、手術の方法によっては亡くなる方もいると聞いて、手術をしていいのか迷うぐらいだったんですけど、実際は迷うヒマもないままに麻酔を打って即手術だったので、カチャカチャという音と、膿を吸い取られる気持ち悪さが、術後もずっと離れないのが辛かったです。手術後に車いす生活になって、そのときに「終わってしまった……」と思いました。「まだ終わりたくないのに、これが引退のときなのか」って。歩行困難で、何カ月も続くリハビリが苦しかった。川村竜さんとコンサートをした翌々月の手術だったんですけど、腫れたすごい顔を誰にも見られたくなくて、メンバーには誰にも知らせませんでした。あのときは、初めて母も「もう、帰ってくる?」って言ったぐらい。 ――そういう状況で、鬱になりませんでしたか? 岩男 そのときはね、「鬱病にならないように」っていうお薬も飲んでいて、それでも、なんかこう、「こんな人生だったら、ないほうがマシなんじゃないか」って思い始めたときもあって。でも、本当は鬱になりたくないって気持ちもあるから、本棚には『鬱にならない方法』とか『前向きに生きる方法』とか、そういう本がたくさんあって(笑)。それってもう実際は鬱病だったと思うんですけど、当時はそういうタイトルを見て励まされていたのかな。ファンの方から、「カードキャプターさくらの知世ちゃんの声は、もう聞こえないんですか?」とか、「知世ちゃんの歌は聴けないんですか?」っていうお便りが届いても、もう、音も楽器も錆びて聞こえるぐらいだったんですよ。テレビも見たくないぐらい、なんの音も聞きたくなかった。そんなときにパソコンから、自分が歌った『カードキャプターさくら』の大道寺知世の歌が聴こえてきて、そこでやっと「がんばろう」って思えたんですよね。だから、アニメに救われて、アニメに支えられて、一歩踏み出せたというか……。今も、耳にチューブが入っているんですけど、聞こえなくなるって言われた耳も聞こえるようになったし、歩けるようにもなった。だから、同じ病気で苦しんでる人がいたら、あきらめないでって伝えたいです。 ――想像を遙かにこえる壮絶さでした……。そんなことがあっても捻くれずに明るくて優しさを保てる岩男さんはどこまでも偉大です! 今後の野望があれば、是非教えてください! 岩男 昔から、声を嫌われていじめに遭っていたんですが、今は、そういういじめを苦に幼い人たちが命を絶ってしまったり、夢をあきらめてしまったりするでしょう? そういう人たちに、「自分もそういうときがあったけど、大丈夫でした!」って言いたいなって。ライブとか、イベントとか、握手会で、少しでも「目指しているんです」って言ってくれたら、「あきらめないでがんばって!」って直接言ってあげたい。自分の経験を通じて、希望と言っては大げさですけど、それを与えてあげられるような人になりたいですね。 ――まさに聖母……! どうもありがとうございました! (取材・文=小明) ●いわお・じゅんこ 大分県別府市出身。『カードキャプターさくら』(大道寺知世)、『新世紀エヴァンゲリオン』(洞木ヒカリ)、『魔法少女まどか☆マギカ』(早乙女和子)など、新旧問わず話題作に出演し、今年声優活動20周年を迎えた。 2009年よりプロデューサーにベーシスト川村竜を迎え、前作「やさしさの種子(たね)」などを発表。パリで開催されるジャパンエキスポ出演や、今年2月には2度目の台湾単独ライブを行うなど、国内外に於いて、さらなる飛躍を誓い活動中。 『岩男潤子20th Anniversary -voice- in 横浜』 11月24日(月・祝)関内/アプローズ “ voice 初回プレス完売記念ライブ” 開場17:00 開演17:30 終演予定 20:00 出演:岩男潤子(Vo)川村竜(b)鈴木直人(gt)真部裕(vln)成田祐一(p) 齋藤たかし(d) *チケット¥5,500(当日¥6,000 ・ 全席自由) *学生:前売り当日共¥5,000 *イープラスにてお求めいただけます *本公演はドリンク・フード等ございません *会場:アプローズ *住所:横浜市中区太田町2-23 横浜メディアビジネスセンター1F 『岩男潤子20th Anniversary -voice- in 京都』 12月13・14日(土・日)京都/都雅都雅TOGATOGA ■12月13(土) 【heal for people vol.80】 開場13:30 開演14:00 終演予定16:30 出演:岩男潤子(Vo) 川村 竜(B) 熊谷ヤスマサ(P) 鈴木直人(G) ■12月13日(土) 【岩男潤子トークライブ in TOGATOGA】 開場18:00 開演18:30 終演予定20:30 出演:岩男潤子・川村 竜 *チケット¥4,000(当日¥4,500・全席自由・ドリンク別) ■12月14日(日) 【heal for people vol.81】 開場13:00 開演13:30 終演予定16:00 出演:岩男潤子(Vo) 川村 竜(B) 熊谷ヤスマサ(P) 鈴木直人(G) *チケット(13日昼及び14日)¥4,800(当日¥5,300・全席自由・ドリンク別) *整理番号順入場(FC優先入場) *住所:京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町639 B1 *各プレイガイドにてお求めいただけます。 *学生証ご持参の方、各500円割引いたします。 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「鳥の役しかこないんです……」【エナポゥ】ロリータ18号から羽ばたいた夢

enapo_03.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の28回目! 今回は「ロリータ18号」の元ギタリスト、『がんばれ!おでんくん』では、つみれちゃんやペロの声優をしているエナポゥさんが来てくれました! ――エナポゥさんはギタリストでボーカリストでイラストレーター、さらに声優業までされているんですよね。今日はいろいろご教示ください! エナポゥ(以下エナ)いやいや、それで忙しくてあたふたしているっていうならアレですけどね、なんかもう自由に生きているだけな感じです……。 ――芸歴は今、何年くらいになるんですか? エナ 芸歴? 何から始めて芸歴と呼ぶか…バンドを始めたのは高校の軽音部からですね。でも、それは芸歴に入るのか!? 「ロリータ18号」に入ったのは1991年かな。 ――ということは……23年! 思い出の引き出しもたくさんありそうですね。 エナ もうね、記憶が曖昧で、引き出しが開かなくなりつつあるんで、フフフー。 ――昔から芸能に興味があったんでしょうか? 例えば子どもの頃とか。 エナ いやいや、子どもの頃は、人見知りでモジモジしていて、石をひっくり返して遊んでいるような子でした。石の下のジメジメした場所に生息する虫を見て「ひゃー!」って。 ――わりとヤバイ! 高校は軽音部で、小・中学の部活はどんなものを? エナ 小学校のときはローラースケート部に入って、屋上でローラースケートをしていました。 ――エキサイトするとそのまま墜ちそうで恐いですね。 エナ で、中学のときは卓球部に入ってました。多分、黙々と一人でやることが好きだったんですね。壁打ちとか、素振りの練習とか。でも、うまくはならなかったです。やっぱり、一人でやらないで、うまい人とみんなでやらないと!(笑)。だから、卓球は長続きせず、中2のときに自宅の物置にギターがあるのを発見して、それでギターに目覚めた感じですね。パパさんが若い頃に友達から買った、モズライト(ギター)とアンプで5,000円のやつだったんですけども。ホラ、石の裏の虫を探しているような子だったので、物置の中をゴソゴソと「何があるかな~」ってやってたら「ギター見つけた!」って(笑)。 ――そのギターとの出会いから、やがてプロのギタリストになるなんて、映画のオープニングのようですね。 エナ そうですね。映画化してもいいぐらい。してください、ぜひ! ――サイゾーにそんな財力はないです! お父さまもギターがうまかったんですか? エナ それが、パパさんは『禁じられた遊び』しか弾けなかったんですよ。チューニングも全然わからないって言われて、しょうがないから、かき鳴らすくらいでジャーンってメチャクチャ弾いてて。それから高校受験があったので、うちのママさんが「高校に受かったら自分のギターを買ってあげる」って言ってくれて、高校から本格的にやり始めたんです。カセットテープつきの教本とかで勉強して……カセットってところで、すごく年がわかっちゃう感じですね(笑)。 ――高校の軽音部は、どんなバンドを組まれてたんですか? エナ 私の学年の軽音部にはバンドが2つしかなくて、あんまりメンバーもいなかったんですよ。だから2つのバンドを掛け持って、JUN SKY WALKER(S)とかカステラとかTheピーズとかのコピーをして……これもまた世代がわかっちゃう感じですね。フフフー。でも、そこでみんなでバンドをやる楽しさを知ったんです。 ――その後、すごく良い大学(当社比)に進学されましたよね。すごいですよ。音楽をやりながら勉強もって。 エナ 一応、進学校だったんで、なぜか推薦入学で入れちゃって……。そこの大学がわりとバンドが盛んなところで、サークルで知り合った当時ロリータでドラム叩いてた子に「ロリータ18号ってバンドがあるんだけど、ベース弾かない?」って誘われて「ベースならヘルプでもいい?」みたいな軽い感じでロリータ18号に入ったんです。その後ギターになったんですけど。 ――おお~! 伝説が始まった感! しかしながら、良い大学ですし、大学卒業後に就職しようとは思わなかったんですか? エナ すごい思いましたよ、5時に帰れるから公務員とか! 将来をいろいろ考えて、みんな就職活動をしているときに、ママさんに「バンドをするか、就職をするか」って相談したら「エナちゃんはスーツが似合わないから、バンドでいいんじゃない?」って言ってくれて。そっから、バンドやりながら、バイトをして、ライブをやったりして。 ――かっこいいお母さまですね! それからロリータ18号としてBENTENLabelからリリース、メジャーデビュー、海外でのメジャーリリース、全米ツアー、ヨーロッパツアーと怒濤の日々を送るわけですが、ガールズバンドということで、アイドルグループみたいに“恋愛禁止”みたいなのはルールはありましたか? エナ なかったなかった(笑)。かと言って、恋愛ができるかっていうと、ずっとライブの全国ツアーとかで休み無くて、家にも帰れない状態だったから家賃ももったいない感じだったんで。ほんと家賃返してほしいよ~。 ――1年のうち、家にいる時期はどれくらい? エナ 1/3くらいかな~。でも、家にいる時も曲作ったり、あとレコーディングしたり取材があったり、なんだかんだで忙しくて、あの頃が人生の忙しさマックスだったかな。 enapo_02.jpg ――いやらしい話なんですけど、その忙しさマックス時で、どれくらい儲かっていたのでしょうか……? エナ 全然儲かっていないですよ! その頃、事務所が給料制だったんですよ。「給料制と歩合、どっちがいいか?」って言われて、給料制にしてたから! ――おお、わかりますよ。売れていない時は安定を求めて給料制がいいけど、忙しい時期は給料制が憎らしくなるんですよ。 エナ そうそうそう(笑)! ――メンバー同士でケンカになったりはしないでしょうか? エナ 殴り合いになったりはしないけど、ライブで「あそこのテンポが早かった」とか言い合いみたいなのはあったかも。でも、家族よりも一緒にいる時間が長いから、もうお互いに細かいことは気にしなくなって空気みたいになってきますね(笑)。 ――その、10年続けたロリータ18号を辞めたきっかけは? エナ 辞めたきっかけは、本当にライブばかりやって、ロリータ18号で自分がやりたいことはやりつくしたかなと。ドラクエで言ったらレベル99まで行っちゃったよ、みたいな。それで「もう後悔はない。転職しようかな」とダーマの神殿に行ったわけです。 ――ロリータ18号のページに「もも栗3年柿8年、エナポゥ10年。エナポゥは人生の節目をつけることにしました!」ってものすごい元気に書いてあって、全く悲壮感のない脱退発表でしたね。 エナ 悲壮感なんて、ないない! ないですね! 辞めて、フリーというか、全部において自由になったんです。そして辞めたのが2001年の12月8日だから、もうずいぶん経ちましたね~。ヤバイ! ――当時、名前はまだエナゾウさんでしたよね。なぜエナゾウからエナポゥに変わったんですか? エナ エナゾウは、画数が12なんですよ。私、占い大好きで、姓名判断とかすごい気にしていて、エナゾウだと年をとるたびにどんどん衰退していく、波瀾万丈で大凶だったんですよ。だから、辞めるときに13画になったらいいなと思って、エナポゥに変えて。エナポウのウは、大きいとあんまり可愛くなかったんで、小さく。でも、エナゾウのほうがまだ日本人ぽいのかな。エナポゥってまず、「ナニ人ですか?」って聞かれます。 enapo_04.jpg ――“ポゥ”にパンチがありすぎるんですよ! その後、どういうきっかけで声優に? エナ 声優になったきっかけね! そのときのことはすごくよく覚えているんです。ロリータ18号時代に文化放送で『インディーズ大辞典』って番組をやらせていただいてたんですけど、そこに宍戸留美さんがゲストで来てくださって。そこで「アニメ監督が、エナちゃん声優やってくれないかな~って言ってたよ」って伝えてくださって、「やりたいやりたい!」って。それから声優のお話がいろいろつながっていってくれて。「いつか、また留美さんに会えたら御礼をしなくては……」と思っていたら、『プリティーリズム』(テレビ東京)のオーディションで会えまして。でも、オーディションだったから、これに落ちたらまた会えないし、今のうちに全部言っておこうと思って「留美さんに会わなかったら、声優やってなかったです!」と。 ――そして宍戸さんが天羽ジュネ役、エナポゥさんがラブリン・ピコック・エスニ役と、二人とも受かってるのがすごいですよね。 エナ よかったです、本当に! ――私はてっきり忌野清志郎さんの勧めで始めたのかと思ってました。 エナ そうそう! 脱退ライブのときにビデオレターをもらって、それで清志郎さんが「エナゾウは声優になるように」って言ってくださって。「やりたいのは山々だけど、なるようにって言われて、なれるものかな~」って思ってたんですけど、そのライブを見ていたアニメ監督の小林治さんが「誘おうかな」って思ってくれたのかもしれないですし。 ――そこに宍戸さんも交差して、ドラマチックな人生ですね。 エナ そう! ドラマチック! また会えると思わなかったし! 初めてのアフレコのことはすごい覚えていて、マイクの後ろにみんなで座って、自分の出番になったら立つっていう緊張と、みんなすごいセリフを練習しているし、「どうしたらええんや!」ってドキドキしましたよ。私は変な声だから、「こんな感じの声でお願いします」って言われても「こんな感じでって言われても、その声、どうやって出すんだろう!」って慌てて……。声を張らなくちゃいけないけど、吹いちゃうとダメだし、みんながやっているのをマネして勉強しました。マイクに行くまでに緊張しちゃうし、台本をパタパタして音出ちゃうし、「まず手の震えを直さなければ!」みたいな。 ――現場では完全に挙動不審!? エナ そう、まさに私にピッタリの言葉、挙動不審。挙動不審な感じがモワーって出てしまう。あの、声優養成所をでたりしてる若い声優さんは、30分前には来ているし、必ず挨拶をしてくれるんですよ。多分、ちょっと年齢が上=先輩だと思ってくれてるんでしょうけども、みんな丁寧に「どこどこ事務所の誰々です!」って言ってくれるから、挙動不審になりながらも「こんなに挨拶されることってないし、ちょっと気持ちいいな」と思ったりして。フフフ ――その頃は、無所属で仕事をしてたんですか? エナ 無所属というか、ロリータ18号を辞めてからは、ずっと事務所なし(フリー)です。 ――無所属で、これだけの仕事こなせるって相当ですよ! エナ 相当ですか? 本当ですか? 忌野清志郎先生と宍戸留美さんのおかげです。でも、私、なかなか人間の役っていうのがないんですよね。 ――何の役が多いんでしょうか? エナ 鳥です。人間では、『BECK』のときにカヨちゃんっていうかわいい女の子の役をやったけど、ペイジっていう「クギャオ!」って言ってるオウムもやったし、その後の『海底二万里』のときも鳥だった……。それから『おでんくん』の具とか、犬とかウサギが入りまして、その後の『プリティーリズム』も、あれは鳥かな? ペンギンかな? でもペンギンも鳥か。なんか、鳥類専門なんですかね? enapo_05.jpg ――国籍だけじゃくて、人類かどうかすら怪しくなってきますね……。声優業で苦労したのはどんなところですか? エナ 自分ではそのキャラでやっているつもりが、マイクを通すと全然なっていないというか……。なんだろうな? 恐らく、誰もが一度は経験する、マイクの前で何度も同じことをやって、どんどんハマって、蟻地獄のように、「すみません、すみません」ってなる感じ? あれが大変です。自分ではいいと思ってやっていることが「違う」って言われるんですよ。それでわかんなくって、噛んじゃったりとか。で、「もう何やってんだぁ、パタパタパタパタ(手を振りながら)」みたいな。 ――あ、鳥っぽくなってる。 エナ そう、ほんとに鳥っぽくなっちゃう。 ――仕事で落ち込んだときは、どのように解消されるんですか? エナ お酒を飲むしかない(即答)。飲んで忘れるというか、「そんな日もある!」とか「ダメだったのかもしれないけど、OKが出たんだからOK!」と自分で納得して。でもOA見て、「ひゃーもう一回やりたい~」って!(パタパタパタパタ)。あと、すごい好きな声優さんにお会いできたときは、ふわーってなりますよ!八奈見乗児さんとか!(パタパタパタパタ)。はー、なんかもう、暑い~。 ――文字なので伝わらないですけど、暑いのはエナポゥさんがしゃべりながらずっとパタパタ動いているからですよ……! 今はどんなバンドをされてるんですか? エナ 『おでんくん』で友達になった小日向しえちゃんと“nelca(ネルカ)”っていうガールズバンドをやっていて、それが今はメインですね。しえちゃん、かっこいいんですよ。「しえちゃんかっこいいからベース弾きながら歌いなよ」って言って、組んでからベース買わせて(笑)。ゆっくりですけど、今年はライブができたらいいなって。……あ、しえちゃんと出てる『がんばれ!おでんくん』も、まだやってるよ~。民放でやっているよ~。観てくださいね~。 ――声優として、今後「これに出たい!」っていう作品はありますか? エナ そ、そうだな、『進撃の巨人』に出られたら……鳥でもいいので……。休みの日はずっとマンガ読んだり、ゲームをしたりしてるんですけど、今は進撃なんですよ。(『進撃の巨人』クリアファイルを見せびらかして)これはロッテリアで食べてもらったんですよ。フフフ。 ――では、キャスティング担当者が日刊サイゾーを読んでいることを祈りつつ! エナ 祈りつつ! ――引き続きグラビア撮影がんばってください! エナ こんな写真が出ることないですから、脇汗すごいかいちゃって。1万枚ぐらい撮ったら、1枚ぐらいは、なんとかならないかな! ギターがないと落ち着かない感じ(笑)。 ――今日はありがとうございました! (取材・構成=小明/撮影=宍戸留美) (余談:インタビュー直後のグラビア撮影で、エナポゥさんは「ひゃ~」「ふぁふぁふぁ」「あ~~~」などと言いながらカメラから逃げ続け、「動物を撮っているみたい!」と宍戸留美を感動させました。もしかしたら鳥だったのかもしれません。)
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●エナポゥ てんびん座、A型。フライングVを片手に世界中を暴れ回り、ロリータ18号在籍時はRAMONESのジョーイやTOY DOLLSのオルガによるプロデュースでもリリース。PUFFYのサポートも務め、現在活動中のバンドはnelca、PONI-CAMP、DUNCAN’S DIVAS(from U.K)。声優としては、TVアニメの他にナレーションやラジオDJなど。イラストは雑誌で執筆中。マンガ、占い、たれ耳ウサギ、ゲーム、麻雀、お寿司に目がない! あっちこっちにいろんな意味で進撃中! エナポゥ 公式ツイッター https://twitter.com/ENAPOu PONI-CAMP 公式サイト http://poni-camp.net/ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

AKB事件は対岸の火事じゃない! アニメ・声優業界が頭を抱える、ファンの危険行為

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鈴木このみ1stアルバム『17』(メディアファクトリー)
 5月25日、岩手産業文化センターで開催されていたアイドルグループ・AKB48の握手会で発生したメンバーに対する切りつけ事件の影響で、AKB関連グループ以外にもアイドルによる握手会、イベントの中止が続々と発表されている中、アニソン業界にもその影響が出てきた。  女子高校生アニソンシンガー・鈴木このみのインストアイベントが今週末に予定されているが、事件前はトークショー、ミニライブ、握手会と内容が告知されていたところ、事件後にトークショー、ミニライブのみの開催に変更されたのだ。鈴木は自身のブログで、握手会がなくなった代わりにミニライブの曲数を増やすことを明かしているが、その理由については言及されていない。とはいえ、タイミング的にAKB事件の影響があったことは疑いがないだろう。  近年はアイドル同様に、アニソンシンガー・声優も握手会やインストアイベントなど、観客と近い距離で営業活動をする機会が増えつつあることを考えると、今回の一連の事件もアニメ・声優ファンにとって対岸の火事ではないのだ。  今回のAKB事件の犯人は、今のところ特定のアイドルのファンというわけではなく、目につく存在だったからという理由でAKBの握手会会場で事件を起こしたと語っているが、近年のアニメ・声優業界ではファンによる迷惑行為も少なくはない。  鈴木といえば、昨夏に開催された大型アニソンライブイベントでも、彼女が登場した瞬間に興奮したファンが会場を猛ダッシュ。警備員に追いかけられ、退場させられるという事件が発生していた。そのほか、昨年6月には声優・田中理恵がイベント中にファンから襲われる事件が発生。今年3月には、アイドル声優・田村ゆかりのコンサート中に34歳の男が、観客席からステージに向けて携帯ラジオを投げつけるという具合に、一部の過激な観客による危険な行為が目につくことが増えつつある今日この頃。  イベント規模の大小や頻度の問題ではなく、警備など周辺環境の整備の面に関しては一般芸能ほどイベント慣れしているとは言い難いアニメ・声優業界は、アイドル業界以上に「何かが起こった時の対応力」の不安は大きい。  CDやDVD&BDの売り上げが低迷傾向にある昨今だけに、今後もイベント参加券、握手券を特典に付けた商品展開が続くことは間違いない。しかし、同時に安全面にもこれまで以上の注力を期待したい。

最新作『トッキュウジャー』も期待大!? 人気声優が顔出し出演する、スーパー戦隊シリーズに注目!

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『特捜戦隊デカレンジャー オリジナルアルバム キャラクターソングス』(コロムビアミュージックエンタテインメント)
 先日、特撮好きで知られる男性声優・鈴村健一と神谷浩史が、映画『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦feat.スーパー戦隊』に出演することが発表され(配役はシークレット)、声優ファンを驚かせましたが、実は特撮モノでは、声優が顔出しで出演することが多いというのは特撮ファンの間では周知の事実!  特に今回の映画でフィーチャリングしている「スーパー戦隊」シリーズ、大御所からアイドル声優まで出演者は多種多様。そこで今回は、「スーパー戦隊に顔出し出演した声優」を振り返ってみましょう!  スーパー戦隊シリーズに顔出し出演する声優は大別すると、「後に声優に転向、もしくは声優としても活動するようになる俳優」「登場キャラクターに声を当てている声優」の2パターンに分類できます。前者のパターンでいうと、古くは『バトルフィーバーJ』に声優転向前の日高のり子が伊東範子名義で出演していたエピソードや、『電磁戦隊メガレンジャー』メガブルー/並樹瞬役でデビューを果たした松風雅也をはじめ、『特捜戦隊デカレンジャー』にデカピンク/胡堂小梅役として菊地美香が、デカイエロー/礼紋茉莉花役として木下あゆ美が出演していたことを覚えている特撮ファンも少なくはないでしょう。  最近は、『侍戦隊シンケンジャー』のシンケンブルー/池波流ノ介役の相葉裕樹、『海賊戦隊ゴーカイジャー』のゴーカイシルバー/伊狩鎧役の池田純矢が、それぞれアニメ『銀河機攻隊マジェスティックプリンス』の主役キャラで声優デビューを果たしたほか、同じく『海賊戦隊ゴーカイジャー』ゴーカイイエロー/ルカ・ミルフィ役の市道真央も、後にM・A・O名義で声優活動を開始しています。  後者も伝統的に多いパターンです。普段はスーツアクターが中に入って演じる着ぐるみキャラが、人間の姿に変身して街に繰り出す……みたいなシーンは特撮ドラマではよくあるエピソードですが、その際に声を当てる声優が「中の人」として出演することが多いのです。つい先日まで放送されていた『獣電戦隊キョウリュウジャー』でも、賢神トリン役の森川智之、キャンデリラ役の戸松遥、ラッキューロ役の折笠愛がバッチリ顔出し出演し、声優ファンを歓喜させました。(特に戸松遥は、ブルーとの恋愛エピソードや、最終話のエピローグでも出演するなど、たびたび出演するという破格の扱い!)  そのほかにも、『炎神戦隊ゴーオンジャー』ではそれまで味方のメカや敵を演じていた浪川大輔、江川央生、梁田清之、真殿光昭が別キャラとして顔出し出演したほか、『救急戦隊ゴーゴーファイブ』にて『新世紀エヴァンゲリオン』の惣流アスカ・ラングレー役でおなじみの宮村優子が速瀬京子役で、『秘密戦隊ゴレンジャー』『電撃戦隊チェンジマン』などスーパー戦隊シリーズ黎明期から複数タイトルのナレーションを担当した田中信夫が『激走戦隊カーレンジャー』で床屋の親父役で出演。  また、『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん、『ドラゴンボールZ』のフリーザ様などで知られる中尾隆聖が、歌手・吹雪豪役で出演した『電子戦隊デンジマン』も忘れられません。劇中で歌った「銀河ハニー」は名曲です! 中でも、個人的にイチオシなのが『侍戦隊シンケンジャー』では敵キャラクター・薄皮太夫の声を演じていた朴ロ美が、化物になる前の人間態を演じたシーンです。恋人に裏切られ、怒りと絶望に狂う花魁という業の深いキャラを熱演する朴の姿は、舞台で鍛えられた役者としての本気ぶりがひしひしと感じられます。  さて、そこで先日から放送がスタートした『烈車戦隊トッキュウジャー』ですが、キャストを見てみると、チケット君役に山口勝平、ワゴン役に堀江由衣、ネロ男爵役に福山潤、ノア夫人役に久川綾、グリッタ嬢役に日高のり子が登板しています。今年は彼らの中から誰が顔出し出演するのか? はたまた、ゲストキャラとしてそれ以外の声優が出演するのか? 今から期待が高まりますね。  思えばもともと声優は、俳優の仕事の一部でした。そう考えると、声優が顔出しで出演することはなんら不思議なことではありません。むしろ、アニメやゲームなどでは味わえない、声優たちの役者としての生身の演技を見られるということで、こういった顔出し出演は非常に貴重なものといえるでしょう。今後も特撮ドラマは要チェックです! (文=龍崎珠樹)

「涙は行く場所をなくし、ただそこに落ちるだけ」【田中有紀美】2行詩から続くMelodyの後先

yukimi000.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の27回目……ですが、1990年代に輝いたあのアイドルグループ“Melody”の元メンバー・田中有紀美さんが来てくれるとなれば話は別! 今回は特別編でお送りします! ――ゆきどんだ! まさか来てくださるとは! 今回は特別編ですよ~。 田中 特別編ですか、あかりがとうございます(笑)。 ――1993年にレモンスカッシュのCMでデビューしてから、今、芸能活動が21年目になりますね。 田中 ね、びっくりしました(笑)。そんなに続いてると思わなかった。20周年も、どこかのレコード会社の方から聞くまで気づかなかった。あんまり、今は何年目とか、誰が先輩で誰が後輩とかを気にしないでやってきちゃって……。 ――90年代はアイドル冬の時代と言われていましたし、アイドル同士、横の結束が強いと思ってました。 田中 んー、どうなんですかね~? 大人になってから、先輩達と仲良くさせていただいたとき、「誰が同期で~」って話になって「あ、そういうものなんだ」って気づきました。 ――フワフワっとした感じで冬の時代を生き抜いたんですね……。 田中 そうですね、あんまりガツガツしてなかったと思う(笑)。 ――なぜ芸能界に入ろうと思ったんですか? 田中 最初はスカウトだったんです。場所はサービスエリア(笑)。Melodyは3人グループで結成したかったらしくて、すでに2人決まっているところで、あとの1人を捜してたみたいで。そこにたまたま私がいて……そのまま家まで追いかけられてスカウトされたんですよ。 ――運命的っていうか、怖い! その前から芸能界に憧れとかは? 田中 まったくないです。誘われたので入ってみました。 ――誘われて入ってみた芸能界はどうでしたか? 田中 うーん……どうなんだろう……。Melodyは楽しかったですけど、今考えると、学生生活は学生をしていた方が良かったんじゃないかな、と思ったりすることもありますね。 ――当時はちょうど16歳くらいで、女子高生ですもんね。学校にはほとんど通えなかったですか? 田中 ほとんど行けなかった……。 ――その頃、映画『嵐の季節』に主演されてましたね。どんな話だったんですか? 田中 原作がですね、高橋玄さんで、美保純さんと高嶋政宏さんがいて、その高嶋さんを好きになる女子中学生の役で、えーと、それで、あのー……ハァ(ため息)。 ――完全に忘れてるじゃないですか……。 田中 覚えてるんですけど、説明が難しいんですよ。最終的には、結ばれたのかな? うーん? アハハ! これじゃ意味わかんないですよね! ――わかんないです! そのお仕事はオーディションで? 田中 オーディションでした。5次審査までやって、セリフから動きまで全部やって、最終的には高嶋さんがいらして、一緒にお芝居して……残ってる人にはけっこう凄い人がいたんですけど。 ――おお、どんな人がいたんですか? 田中 え~……ちょっと覚えてないんですけど……ええ~と。 ――覚えてないことが多すぎます! でも、それほど忙しかったってことですよね。学生時代を犠牲にして打ち込んだMelodyは、なぜ4年で解散してしまったんでしょうか? 田中 事務所の人が「解散するよ」って言うから、「あ、解散するんだ~」って(笑)。 ――受け入れますね~! 他のメンバーは反対しなかったんですか? 田中 他の2人も「そうなんだ~」って。反対はしてないですねぇ。Melodyの活動以外にも1人ではドラマとかはやっていたので、なんとなく……なんで反対しなかったんでしょうね? メンバー同士で「なんでだろうね~」みたいな話もしなかったです。好きだったんですけどね、Melodyの活動は(笑)。 ――ファンが反対して暴動が起きたりしませんでしたか? 田中 解散イベントは一応したんですけど、ファンの方が事務所に抗議に来たりしたらしいです。後から聞いた話ですけどね。当時は私たちには外出禁止令が出ていたから……危ないと思ったんでしょうね~。 ――解散後は、ソロで音楽活動をされたり、女優業をされたりしているんですね。ソロシングルの「あなたの涙の場所になりたい」は、ご自分で詩を書かれたとか。 田中 あれは、大森祥子さんという方が書いてくださったんですよ。私、そのとき、歌詞がぜんぜん書けなくて、2行の言葉を書いて、それを膨らませてもらったんです。 ――その時の2行の言葉は覚えてますか? 田中 「涙は行く場所をなくし、ただそこに落ちるだけ」っていう言葉を……恥ずかしいな(笑)。 ――それを書いた時には、何か悲しいことでもあったんですかね。 田中 悲しいことは……多々ありました(笑)。でも、たぶんこの時は切ないのが好きだったんだと思います。当時まだ17歳くらいだったから、ちょっと大人になりたい、みたいな。 ――悲しいことが多々あったとか聞き捨てなりませんね。 田中 あったけど言えないと思う(笑)。大人のケンカに巻き込まれたり……(自主規制)……でも、今ではいい思い出です。お世話になったので今はとても感謝してます。 ――あー、本当に言えないやつですね。いろいろお疲れ様でした! 元メンバーは解散後に結婚したり出産したりがありますが、田中さんは? 一度活動を休止されていた時期がありますよね。もしかしてそこで……? 田中 結婚しようと思ったことはあったんですよ。23歳くらいの時ですかね? 思ったんですけど、やめました。なんか違う、と思って。 ――人生の決断が潔い! 田中 母からは「いつ結婚するの~?」って言われますけどね(笑)。 ――芸能活動を休止していた期間はどれくらいあったんですか? 田中 え~と……5年、いや3年……5年くらい……そんなないかな、4年? yukimi001.jpg ――その間は何をされてましたか? 田中 歯医者で歯科助手をしてました。 ――え! なんでまた歯科助手? 田中 なりたかったわけではなく、たまたま近所の歯医者さんで募集をしてたんですよ。歩いてたら募集の紙が貼ってあったので、医療事務だったら私にもできるかなぁって、人生で初めて履歴書を書いて……。 ――履歴書の経歴の欄には“Melody”って書きましたか? 田中 書いてないです(笑)。 ――それで、医療事務のつもりが歯科助手に? 田中 そう、でも「まぁいっかぁ」と。わりと受け入れる方でして(笑)。それも3年くらいやりましたね、辞め方もわからないし、休み方もわからないし、遅刻の仕方もわからないですし、わからないことだらけで……芸能界にいるときって、熱が出ても仕事に行くし、ちょっとのことではお休みできないじゃないですか。その感覚でずっとやってきたので、「熱が出たから帰ります」とか「お腹痛いから帰ります」とか、みんなが普通にしているのを見て衝撃を受けました。「帰っていいんだ! 遅刻していいんだ!」って。そういうのもあって、今は昔よりも気の張り方みたいなのはマシになっていると思います。別に遅刻をするわけではないんですけど(笑)。 ――今日も誰よりも先に到着されてましたね。……歯科助手から、どうやって復帰に至ったんですか? 田中 お友達から、私に興味がある事務所があるって聞いて……でも私はもう事務所恐怖症になっていたので、「ヤダ~」って断ったんですよ。昔から、「誰かを押しのけてまで!」っていう、ザ・芸能界みたいなのは向いてないな、と思っていたし。でも、お友達が、「本当に普通の感覚を持った方だから、一回会ってみません?」って言うので、お会いしてみて、復帰に……。 yukimi003.jpg ――普通の感覚は大事ですよねぇ。復帰してからは、ご自分でショートフィルムを撮られてるとか。 田中 もうけっこう前になっちゃったんですけど……5年くらい前かな? そんなにたった感じはしてないんですけどねぇ。  ――きっかけは何だったんですか? 田中 自分のブログを立ち上げた時、「自転車を盗まれた!」って勘違いしちゃった話をブログに書いたんですよ。そしたらそれにずいぶん反響があって、当時の事務所の人に「これ、動画にしてみたら?」と言われて、「あ、そうだね~」って、軽く言ったところから始まったんですよ。でも、いざ作ってみると、初めて脚本も書くし、台本の書き方とかも勉強しないといけないし、「じゃあ撮ろう!」となっても1人じゃ撮れないので、映画とかでお世話になったスタッフさんに手伝っていただいて。編集作業も初めてだったんですけど、もう事務所に寝泊まりしながら勉強していたので、当時はずっと事務所の床に寝てました(笑)。 ――その作品はどこで発表したんですか? 田中 『自転車どろぼう』ってタイトルでDVDになって、TSUTAYAでレンタルできるんです。えへへ。その後、短編映画のサイトに、「短編映画の監督を6人募集する」っていう企画があったので、応募してみたんです。そしたら「企画書を送ってください」ってことになって、企画書も書いたことがなかったので、また勉強しながら3つ企画書を書いて応募したんです。それで、選んでいただいて、次の2作目の『傘どろぼう』が生まれたんですよ。 ――ずっと泥棒されてるんですね……。 田中 それも勘違いなんですけどね(笑)。それと、自分で曲を作り始めました。Melodyの時は、大人に言われたことを一生懸命こなすことが仕事だったけど、今は自分から発信しなくちゃならない。短編映画を作ったときもそうですけど、わからないことだらけで、勉強することばっかりなんです。でも、それを自分のペースでやっていけることが嬉しいです。 yukimi004.jpg ――アコースティックのライブも定期的にされているんですよね。ギターかっこいい! 田中 キターは弾けませんよ。 ――へ?  田中 指が短いんですよ。コードに指が届かなくてイラッとして(笑)。ピアノは目で見えるから理解できるんですけど、ギターは自分で見えないし、どうも理解できなくって……。でも、自分の曲の歌詞は自分で書くようになりましたよ。 ――2行からの、進歩ですね! 田中 2行から、もう7曲に! アルバムを作ったので、7つの恋愛の歌詞を書いたんですけど、失恋系の歌詞が多かったです。 ――それは、実体験を元に? 田中 想像を元に、ですよ。ンフフー。 ――今後の活動の予定を教えてください! 田中 今、アコースティックライブをやっていて、『田中珈琲店』って言うんですけど、それが2月22日に13杯目(13回目)です。それを続けながらお芝居もできたらいいな。「息の長い女優さんになる」っていう目標は、Melodyの時から変わってないですから。……あ、あと、エレクトーンの先生にもなりたいかな(笑)。 ――元・Melodyメンバーが教えるエレクトーン教室なんて素敵! 田中 でも、そしたらまた勉強しなくちゃいけないですね(笑)。 ――今日はありがとうございました! (取材・構成=小明/撮影=宍戸留美) ●たなか・ゆきみ Melodyのメンバーとして歌手デビュー。女優としてはCM「青春18きっぷ/JR」、映画『嵐の季節』で主演デビュー、ドラマ『神様もう少しだけ』『ソムリエ』などに出演。楽曲の作詞・作曲や、ショートフィルムの脚本・監督など、クリエーターとしても活動している。 2008年5月、全7曲の作詞・作曲したアルバム『潤恋花 ­じゅんれんか­』を発売。アコースティックライブ「田中珈琲店」を楽しく開店中。 カバー曲を中心に歌っており、現在、iTune他音楽配信サイトで「田中珈琲店のテーマ」配信中。 2013年10月、芸能活動20周年を記念して名古屋で開店した「田中珈琲店11杯目」には、元Melodyのメンバー2人(望月まゆ、若杉南)が集まりゲスト出演した。 ・今後のライブ予定 2014年2月22日(土)アコースティックライブ「田中珈琲店13杯目」開店 場所:荻窪「BUNGA」予約受付中 http://tanakayukimi.info/tcoffee13/ 2014年4月5日(土)田中有紀美 Birthday Live 場所:M.Nature 表参道 オーガニックカフェ&レストラン エムナチュール 2014年5月10日(土)アコースティックライブ「田中珈琲店14杯目」開店 場所:下北沢「風知空知」 ・Web Site 田中有紀美オフィシャルサイト http://tanakayukimi.info/ 田中有紀美tunecoreページ http://www.tunecore.co.jp/artist/www.tanakayukimi.info 田中有紀美Facebook https://www.facebook.com/tanakayukimi 田中有紀美Twitter https://twitter.com/yukimitanaka ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

同業者、マネジャー、一般人……過去のデータから分析「声優と結婚できる職業」とは?

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『LISP1st写真集~LIS☆Photograph~』(主婦の友社)
「ご報告」  それは声優ファンにとって、最も気がかりなワードの一つです。ある日、普段から応援している声優のブログを何気なくのぞいてみた時、最新記事のタイトルがこう書かれていた場合、その内容はほぼ「結婚のご報告」だと言っても過言ではありません。そのご報告を知った声優ファンは、大好きな声優の幸福を大いに祝福しながらも、今まで応援してきた声優が誰かのものになってしまったことに一抹の寂しさと切なさを覚えるものです。先日も、『ひだまりスケッチ』や『翠星のガルガンティア』『のんのんびより』など人気のアニメに数多く出演する女性声優・阿澄佳奈が「普通のおやじ」(ブログより抜粋)との結婚を発表。多くの祝福の声と慟哭が、ネット上に噴出したものです。  ところで、声優の結婚相手にはどんな人が多いのでしょうか? もちろん、声優もひとりの人間です。さまざまな職業、経歴のパートナーと出会い、結婚することは間違いないのですが、それでも特殊な仕事柄、ある程度出会いやすい職業の傾向というものもあるのではないでしょうか?  そこで今回は、全声優ファンが気になる、「声優と結婚できる(かもしれない)職業」というものを、過去のデータから探ってみたいと思います。 ●声優  声優と結婚できる(かもしれない)職業として、最も可能性が高いのが同業者です。 「やはり普段からスタジオやイベントで共演することも多く、同じ職業ということで仕事の相談などもしやすいのでしょう」(声優・アニメ系ライター)  というわけで、数多くのカップルが声優業界には存在しています。しかし、その一方で離婚も多いのがこのパターンです。 「芸能人ということで、自己主張が強い人や個性の強い人が多いんでしょうね。性格の不一致での離婚も少なくありません」(同) とのこと。出会いのチャンスは多くとも、幸福に添い遂げるのも難しいパターンかもしれません。もちろん、末永く幸福な家庭を築いている声優カップルもちゃんといますので、そこはお間違いなく! ●マネジャー  ありそうで意外とないのがこのパターン。 「一般芸能界に比べて、マネジャーとタレントの結びつきが弱いのが声優業界の特徴です。そのため、あまりマネジャーと声優がくっつくことはないようです」(同)  ひとりのマネジャーが同時に複数の声優を管理することが多い声優業界だけに、一人一人とそこまで密接な関係を結ぶことは難しいのかもしれません。 ●雑誌編集者・ライター  声優グラビア誌も複数存在する現在。専門誌の編集者やライターになれば、声優とお近づきになれる機会も増えるのでは?                                                            「確かに仲良くなれる可能性もあります。時には打ち上げなどで、同席することもありますからね」(同)  かつて、雑誌編集者が自身がファンの某声優の担当になり、そのままゴールインするという事例もあっただけに、狙い目の職業かもしれません! ●一般の会社員  意外と多いのが「一般の会社員」という肩書のパートナーです。しかし、一般の会社員と声優はどこで出会うのでしょうか? それはアニメ、ゲームなどを制作する現場で出会うのです。 「アニメ制作会社もゲーム制作会社も、等しく一般の会社です。そこで働くスタッフも一般の会社員です。つまり、一般の会社員とは、声優が仕事で携わったメーカー、制作会社のスタッフというわけ」(同)  なるほど~。そういえば百合を売りにしていた某女性声優もあっさりと結婚し、ファンを驚かせていましたが、そのお相手も(ゲームメーカー勤務の)一般会社員だとか。こういう話を聞くと、世の中、捨てたもんじゃないなと希望も湧いてきますね!  ほかにもまだまだ声優と出会える職業はあると思いますが、代表的なところだとこんなものでしょうか。もし、「こんな職業なら声優さんと出会えるよ!」という情報をお持ちの方は、ぜひ教えてください。僕も思い切って、そこに転職してみようかなと思います! (文=龍崎珠樹)

「ニコニコが、歌の日記帳だった」【鈴湯】アニソンコピーから始まった夢

suzuyu_04.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の26回目! 今回はTVアニメ『リトルバスターズ!~Refrain~』の主題歌を歌っているアーティストの鈴湯ちゃんが私のCDのプロデューサー・樫原伸彦先生と一緒に来てくれました! ――樫原先生の秘蔵っ子、鈴湯ちゃんだ! 以前、樫原先生の誕生日ライブで歌ってるのを観ましたよ、同じ樫原チルドレンとしてよろしくね~!  え? 秘蔵っ子? あ、はい、ありがとうございます。よろしくお願いします。 ――もしかして、緊張してます?  はい、いつも緊張してます。ライブでも毎回緊張してます。 ――初々しい! 活動のきっかけは何だったんですか?  友達に誘われて……。 ――おお、アイドル王道パターンじゃないですか。  あは(笑)。でも、そこで誘われて行ったのが音楽スタジオだったんです。楽器をやってる人が20人くらいいて、バンドのセッションがはじまって……そこで自分たちでアニソンコピーバンドを組んだのが、私の初めての音楽活動ですね。 ――コピーバンドっていうと、BOØWY、X JAPAN、GLAYを真っ先に浮かべる世代には、複雑な時代になってきましたね。メンバーは全員オタクなんですか?  はい、全員もれなくオタクです。居心地の良い感じで(笑)。 ――ニコニコ動画で歌い手もされてましたか?  歌い手と言いますか、最初に音楽をはじめた頃は学生だったので、知り合いもいなければお金もなくて、そういうときに、「インターネットっていうツールはすごく便利だ!」と思って、ラジオを配信してみたり、ニコニコ生放送だったり、自分の音源をニコニコ動画に投稿したり、自分でできることは何でもやってみたんです。 ――現代……!  そうですね(笑)。我ながら現代っ子だと思います。 suzuyu_01.jpg ――そうした活動が樫原先生の目に止まってデビューに?  いえ、ぜんぜん! もうひとつ自分でできることで、「ライブやりませんか?」みたいな募集ページに自分から連絡して、ひとりでライブに出るっていうのをやりはじめて。 ――ひとりで!? 行動力ありますね~!  ひとりでできることはなんでもやってみよう、と。そのライブを続けていく中で、ご縁があって知り合ったのが樫原先生で。 ――樫原先生、鈴湯ちゃんをはじめて見つけた時には「コレだ!」っていうものがありましたか? 樫原 もちろん。秋葉原のライブアイドルのイベントを定期的にパトロールしていたときだったんだけど…… ――それは趣味で? 樫原 仕事で!! 新人発掘のために見てきたライブイベントに彼女が出てきて「アレ?」って。良い意味で浮いてたんだよね。普通のライブアイドルみたいに飛んだり跳ねたりもしないし、おべんちゃらも言わないし、ちゃんと挨拶もできないし(笑)。でも、歌ってるときの目線とか、オーラがひとりだけ全然違った。だからそれから定点観測してたんだよ。 ――ライブアイドルとよく一緒になるなら、ご自分もアイドルユニットに入ろうとは思わなかったんですか?  えーっと……あるにはあります……ね。でも、見る方がアイドルは好きっていうか、あのー……たぶん、やっても、継続してうまくやれないだろうと。 ――お気持ち、わかります! ひとりでできるならひとりが一番! ちなみに、ニコニコに音源をアップしたりするときは、どういう気持ちでアップするんですか? 例えば「有名プロデューサーよ、私を発掘しろ」みたいな念を込めるとか……。  ぜんぜんそこまで考えてなかったです(笑)。「この曲が好きだなぁ、カバーしたい」って自宅で歌って録音して、「あ、いいのが録れたな」と思ったらアップロードっていう、記録というか、メモ? 日記帳みたいなものでしたね。 ――なるほど~。あんまりガツガツしない方がいいのか……私もやってみます! ちなみに他にはどんな活動を?  同人活動を少々……。 ――へ!? BL? 薄い本? suzuyu_02.jpg  いえ、同人音楽の方ですね。CDを自分で作ったりしてました。BLも好きですけど……今は「Free」がアツいですよ(照)。あと、ゲーマーでして、PCゲームが好きで、クリエーターさんたちといろんな作品作りをしたり、歌ったりしていたんです。 ――そういう人がライブアイドルに混じっていたら、そりゃ確かに浮くかもしれませんな。  みなさん元気に踊って歌っている中で、ひとりだけ暗い歌を歌ってましたし……みなさんと同じく、わっしょいわっしょい明るく頑張ってみたこともあるんですけど、「無理してやらなくていいよ?」「そういう芸風じゃないんだから」ってアドバイスされて……。 ――せつねぇ!! その活動の中で、どうやってTVアニメ『リトルバスターズ!』の主題歌を歌うことに?  はじめに、クリエイターさんに「興味ある?」って聞かれて、「あります」って答えたら、いつのまにかボイスサンプルみたいなものの選考があったのかな? 気づいたら決まっていたんですよ。 ――大抜擢!? すごいじゃないですか! 樫原 その時は俺の主催のライブに毎週出てもらってたんだけど、はじめはアイドルファンで予約が埋まるところ、だんだん誰の客でもない大人が入るようになったんだよ。もしかしたら、他にも業界の人が偵察に来てたのかもしれないね。それくらい光ってたんだよ。 ――私、10年くらいイベントやってますけど、なんのスカウトも来ないですよ。くすんでいるのかな。というか、話を聞いていると、樫原先生って鈴湯ちゃんの何なんでしょう? 樫原 主催ライブに出てもらってたよ。 ――それだけ? 私、てっきり樫原先生が発掘して、一から育てたのかと……。 樫原 いや、勝手に育っていったね。 ――TVアニメの主題歌も、本当は樫原先生が決めてきたんじゃないんですか? 樫原 いや、俺なんにもしてない。実力。ボイスサンプルとか、これまでの活動の実績で勝ち取ってた。 ――じゃあ……樫原先生はいったい何をしていたの? 樫原 そばで、微笑んでいたよ。 ――……邪魔じゃない?  (笑)! 樫原 俺はこれからいろいろ頑張るの! そこはもう任せてください。 suzuyu_03.jpg ――そうですか……。では、鈴湯ちゃん、『リトルバスターズ!』の主題歌が決まった時はどんなお気持ちでしたか?  うーんと……私、さっきPCゲームが好きって話をしてたと思うんですけど、そのPCゲームの中でも特に大ファンだったのが、『リトルバスターズ!』だったんですよ。 ――じゃあ、もともと大ファンなゲームがアニメ化、さらに自分がその主題歌を歌うって状況に?  そうなんです(泣)。すごすぎて、もう現実感がないんですよ。テレビで流れていても実感が湧かなくて、他人事みたいな気分です。初めて自分の声と映像が一緒になっているのを観たのはコミケの企業ブースだったんですけど、その時はさすがに実感が湧いて、感動で涙目になりましたね。遠くの物陰からじっとブースを眺めて、名乗りもせずに去りましたが……。 ――消極的を超えて忍者みたいだね……。では、今は、これから自分の人生がどうなるのか、希望と不安に満ちている頃ですね。  希望ももちろんあるんですけど、根が暗いもので、不安がいっぱいです……。 ――同じ樫原チルドレンとしてアドバイスさせていただくと、年齢があがってくるにつれて同級生がガンガン子どもを生み出したり出世したりするので、その不安要素は増えるばかりですよ☆  わぁ~……。でも、たくさん悩んで考えた結果、普通の生活はできないだろうな、と思って。協調性がなくて、人と一緒にいるのも、なかなか苦手なので、普通に就職して、結婚して、子供産んで……そっちの方が自信ない。そっちの方がハードモードだなって。 ――超わかる~(満面の笑み)!  なので、「これをやるしか道はない」というか……。不安だったり、悩んだりしているときも、辛いけれど、辛い時間の方をいつもの時間よりも大切にして、創作活動につなげるようにしています。創作に回していくことで、だんだん元気が出てくるので。 suzuyu_05.jpg ――創作活動では、具体的にどういうことを? 歌詞を書いたりとか?  実は歌詞はあんまり得意じゃなくて、詩とか、絵とかですね。 ――落ちこんでるときに書く詩と絵は、翌朝冷静になった時に見返すとヤバそうです。  そうなんですよ(笑)、後になって自分で「うわっ暗!! 大丈夫!?」って驚きます(笑)。 ――そういうのは古くなれば古くなるほど面白くなってくるので、歌詞カードの挿絵にしよう! でも、ネガティブな部分を創作につなげていくと、幸せなときには創作意欲が湧かなくなるのでは?  幸せなときや、前向きな気分のときは、創作よりも日々の歌の練習とかトレーニングをしてますね。ポジティブな時は努力にまわして、ネガティブな時は創作にまわそうと心がけてます。 ――まぶしすぎるお言葉……。最近はどんなときに幸せを感じましたか?  『リトルバスターズ!』で知ってくださった方が、私の歌う「Boys be Smile」を「僕が初めて自分で買ったCDです」って言ってくださって。それがすごく心にきましたね。 ――人の初めて奪っちゃった的な?  思い出のひとつに私がなれるんだ、と思って感動しました。 suzuyu_07.jpg ――美しい言葉で言い換えられた! 今後の野望を教えてください!  自分ができるライブを突き詰めていきたいし、いろんな作品と関わりたいです。 ――いつか自分の描いた暗い絵をバックにバーっと貼り詰めて真っ暗な部屋で暗いポエムを読みましょうよ。  いいと思います(笑)! ――ちなみにグラビア撮影ははじめて?  初めてなんですよ、緊張します、うまく笑えるか不安です(照)。 ――では、初めてを宍戸留美に奪われてきてください! これからの鈴湯ちゃんの活動をお楽しみに~! (取材・構成=小明/撮影=宍戸留美) suzuyu_06.jpg
●すずゆ TVアニメ『リトルバスターズ!~Refrain~』OPテーマ「Boys be Smile」ボーカル担当 【出演情報】 「鈴湯軍作戦本部」 毎週日曜日 21:30~23:00 はりねずみチャンネルよりお送りする鈴湯のニコニコ生放送番組! 日々のイベントレポートやリトルバスターズ!~Refrain~実況もふまえてお送りします! 「はりねずみ☆ナイト」 毎月第三金曜日 21:00~22:30 GGW公式チャンネル「ガールズグラウンド生放送!!アキバの地下で大騒ぎ!」トークありドタバタありなカルチャートーク番組出演中! 【ライブ情報】 ○鈴湯×北沢綾香2マンライブ「Little Twin Melody」     日時:2013年 12月 15日(日)     時間:開場予定 11:00/ 開演予定 11:45     場所:秋葉原CLUB GOODMAN     チケット価格:3000円 +1ドリンク別途     チケット販売:イープラスにて販売中! ○鈴湯ワンマンライブ「パラレル・ピクチャーズ」     日時:2014年 2月 2日(日)     時間:開場予定 18:00/ 開演予定 18:30     場所:渋谷REX     チケット価格:3500円 +1ドリンク別途     チケット販売:イープラスにて販売中! ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「これが今の私です」トップアイドル声優から転落した平野綾、CD売り上げ1,471枚でも開き直るワケ

hiranoaya0819.jpg  かつてアイドル声優界で人気を博した平野綾(26)が9日、12枚目のシングル「Promise」(ユニバーサル ミュージック)をリリース。オリコン週間ランキング36位、初週売り上げ枚数1,471枚に留まったことを受け、本人がブログで「これが今の私です」と思いを綴っている。  平野といえば、子役として芸能界へ。高校卒業後に初主演を務めたテレビアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』でブレークし、2008年には「声優アワード」で主演女優賞と歌唱賞をダブル受賞。トップアイドル声優として一時代を築き、以降、人気アニメのほか、連ドラやバラエティ番組など活動の幅を広げていた。  ファンの間で長年、“清純派アイドル”のイメージが定着していた彼女だが、10年に突然、『グータンヌーボ』(フジテレビ系)で過去の恋愛話を解禁。さらに翌年には、バックバンドのメンバーと思われる男性とのニャンニャン写真が流出。度重なるパブリックイメージの崩壊でファンが激減し、以前は初週2万枚を超えることもあったシングルCDの売り上げは、スキャンダルを堺に急落してしまった。  だが、本人は現状を前向きに受け止めている様子。16日には、「Promise」の振るわない結果を受け、「順位とか枚数で何か言う人もいるみたいですが、今でも充分凄いことだと思うんです。これが今の私です。負け惜しみとかではなく、手にして聞いてくださった方に感謝が伝わればそれで良いので」(原文ママ)とブログに思いを綴っている。 「昨年、“女優転向宣言”をした平野さんですが、未だに舞い込んでくるのは声優仕事ばかり。かつてのアイドル声優のイメージが尾を引いているようです。それでも最近は、人気舞台『レ・ミゼラブル』に出演するなど、ミュージカルファン層にも定着してきた。本人は昔から『ミュージカルがやりたい』と言い続けてましたから、現状に満足しているのかもしれません」(声優雑誌ライター)  男性スキャンダルが与えるダメージは、AKB48の比ではないといわれるアイドル声優界。彼女は今後、オタク以外のファンを獲得することはできるだろうか?

「これからの人生、小明ちゃんに決めてもらう!?」【小林有子】No“43”のボーダレス

kobayashiyuko5092.jpg  元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとして可愛い声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の25回目! 今回は特別企画!? 『クリーム』『投稿写真』などのお菓子系雑誌で一世風靡した元グラビアアイドル/ライブアイドルの小林有子さんが来てくれました! ――はじめまして! 今回は初の声優さん以外のグラビアになるんですよ。 小林 そうですよね、本当にどうしよう。私、カラオケの映像とか、雑誌とかには出たことはあるんです。だから、むしろ声以外で、ビジュアルメインで出てました。 ――あはは! グラビアは『クリーム』みたいな、お菓子系の雑誌にたくさん出られていましたね! お菓子系大好物です! 小林 あと、『投稿写真』とかも出てましたね、主にパンチラとかが(笑)。 ――『投稿写真』にパンチラ掲載はステータスです! 当時はやっぱり嫌でしたか? 小林 私、パンチラが嫌いで、パンチラするぐらいだったらパンツ見せるから、チラはやめてって思ってました。グラビア時代の後半は、あまりにもエロ本の仕事が多すぎて、もう事務所を辞めて、『クリーム』の仕事も個人でやってたんですよ。 ――グラビアをフリーランスでやるのは、さすがにリスクが高すぎませんか? 小林 「脱がされそうになったら泣けばいい」っていうのを聞いてたんで(笑)。だから、もしエッチな要求をされたら、「嫌です……」って泣けば大丈夫ですよ。 ――おおー、当時も今も、流されて脱がされた後に泣く子が多いはずですよ! 強い! 小林 そうなんですかね(笑)。自分が出ている雑誌は、エロ本でも一応見ておきたいので、平気でひとりで買いに行ってたんですけど、店員のおじさんに「これ載ってるの?」「遊ばない?」って言われることもありました(笑)。で、ある日、うっかり自宅のテレビの前にまとめたファイルを置いたまま出かけて、帰ってきたら母が怒っていて、「お母さんが嫌がることをしていない?」って言われて……。私は、たとえ表紙が『素人わんさかマガジン』みたいなザ・エロ本でも、自分のグラビアはまっとうなページだったから、そんなに激しいと思ってなかったんですよね。多分、麻痺していたんだな。 ――エロ本は普通のアイドルのグラビアの横に平気で他人のハメ撮りが載ってますし、親は抵抗があるかもしれません……。 小林 でも、今は、AKBとかも下着でゴロゴロしてますよね。あれ、親はどう思うんだろうな? ――国民的アイドルにそういうことをやられると、グラビアアイドルは一部の売れてる子以外、全く出番がなくなりますよね。 小林 本当ですよ。そもそも、AKBがデビューしたとき、私も秋葉原でライブをやっていたので、「終わったな」って思いましたもん。私たちがやっていたライブの入場料は3500円とか4000円だったのに、AKBは1000円ですよ!? そりゃあ、もう行くよね、向こうに。 ――ライブ活動は、どのくらい続けてたんですか? 小林 ざっくり言って、10年ぐらい? ――ギャー! 長い!! 10年選手の息の根を止めるAKB、怖い!!  小林 AKBのデビューと同時くらいに感じたことなんですけど、ライブアイドルって、ファンの人との境目がなくなりやすいんですよね。「これは、もう軽いキャバクラみたいになってしまう……」と思って、毎月やっていたイベントを休止したんです。今のアイドルは、毎回、握手会とかやってるけど、たま~に会えるからいいもんじゃないのかなぁ? ――距離が近いと、その分お互いの悪いところが目につきやすくなりますし、適度な距離感は必要な気がしますよね。でも、10年続いたなら、ライブ活動は向いていたのかも。 小林 始めた頃は、事務所の人に「フェアリープロジェクトっていうグループをやります」って言われて、女の子を何人も集めて、けっこう真面目にダンスも練習して、ステージでグラビアで私を知っててくれた人が初めて生を見て「本物がいる!」「いたんだ、本当に!」みたいな感じで感動してくれて……そのときが一番しあわせだったのかもしれない(笑)。 kobayashiyuko5059.jpg ――ちゃんとしあわせな時期もあったんですね……! 小林さんのブログのプロフィールを見たら、「何をしてる時が幸せ?」 っていう質問に、「いつでも不幸」って書いてあって。近年はずっと不幸だったんですか?  小林 そうですね、今はただの障害者なんで。 ――おお。そうなると、ツイッターで24時間テレビを皮肉っていたのも説得力が違いますな。 小林 そう。24時間テレビに対して良くないことをつぶやくと、フォロワーが、3人、3人、3人とハイペースで減っていくんですよ(笑)。でも、「そりゃあ、頑張って一生懸命やれば、みんな感動するに決まってんじゃん」と思う。そういう番組も、去年くらいまでは、普通に「良かったねー!」って見れていたんだけど、「私も障害者手帳持ってるけど、別になんもないよ」って思ったら急に冷めて。募金とかも凄いと思うけど、「私はこの施しをどこで受け取れるんですか?」みたいな。「番組を作ること自体に何億円もかかるのに、募金じゃ補えないよね」とか思ってしまう。でも24時間テレビは見てしまう。何故ならジャニオタだから……! ――入り交じる感情が複雑すぎ! あと、それほとんどサイゾーの記事ですよ! ブログのプロフィールにも、ツイッターにも、「ひとつだけ願いが叶うなら:苦しまずに死にたい」「まさかのOD」「明日私が生きてる保証はない」「飲んでる抗うつ剤をネット調べたら『最強』って出てきた」とかサラーっと出てきてドキッとします。いったいどんな難病なんでしょうか? 小林 私、難病なのかな? 手帳もあるからそうなのかな。躁鬱で、8年ぐらい経ってる。でも、初期に比べたら、全然いいほうだと思います。最初は、「瞳孔開いちゃってるけど大丈夫?」って感じで、外にも一歩も出なかったし、こんなに人と会ってしゃべるなんて、年に1回あるかないか。以前は「誘いは100%断りません!」「この日が空いてる、どうしよう!」って人だったんだけど、本当はそっちのほうが、自分には合ってるはずなんです。あ、障害者手帳見る?  ――見たい見たい! わぁ、パッと見は学生証みたいな感じですね! どうやってもらうんですか?  小林 診断書は2年ごとに出して、治ればもちろんなくなるし、治らなければ、どんどん更新していくよ。3級はそんなに難しくなくとれるの。 ――そんな資格みたいな(笑)。 小林 診断書とかにちょっとお金かかるけど、その代わりに自立支援法っていう、精神病にかかってる人のための保険証みたいなものがあって、それを見せると、病院の負担額がゼロになったりするんです。そうすると、今までかかってた膨大な医療費が急に安くなるから、今までなんで申請しなかったんだろうって……。私は身「体」障害者じゃなく、「心」身障害者だから、移動手段に関してはあんまり安くはならないけど、映画はいつ観ても1000円で、都営の美術館はタダ。そういう施設の入り口で手帳を見せると、受付の人にはあんまり見ちゃいけないものだと思われるみたいで、伏し目がちに「どうぞ……」って。同行者もタダだよ。 ――わー! じゃあどっか行きません?(図々しく) ちなみに、いつ取得されましたか? 小林 最近まで申請できるって知らなくて、「なんで取らないの?」って言われて、「ハッ、私、取れるんだ」と思って取ったの。1回精神病院に入院してたんで。 ――おー、サラッと次々に出てきますね! どんなところでしたか? 小林 ほんとにずっと看護士さんが優しくしてくれて、薬も「はい飲んで~」って渡されるし、ごはん食べたら「今日はどれぐらい食べられた~?」って言われて、起きたら「血圧図ろうね~」って言われて、みんな優しいし、わがまま言っても聞いてくれるし、「30分だけ外に出ます」とか紙に書けば出られたんで、けっこうフリーで快適でしたよ。私は個室を選んだからかもしれないですけどね。入院って、やっぱり6人部屋とかじゃないですか。で、「患者同士は仲良くなっちゃいけない」みたいなルールがあるのかな? 普通の病院でも。 ――普通の病院だと、多分ないっすよ。 小林 うちは精神だから、仲良くなると、片方がどーんと欝になったら、もう片方も持ってかれたり、他の子と仲良くなると、「なんなの!?」って揉めるから、なるべく仲良くしないようになってました。退院した後も連絡を取りあうと良くないことが起こるらしく、はじめに「連絡先は交換しないでください」って言われて、それを律儀に守ってると、今度は部屋の中で「あいつマジで守ってるらしい」ってハブられると聞いて……超怖い! 個室でお願いします! って頼みました。 kobayashiyuko5023.jpg ――同じフロアでも、病み具合が違うし、難しそうですね。 小林 本当に色々でした。マジすぎる人もいるし、ちゃんと化粧もして、ぴしっとして、「え? あなたがそうなの?」って人もいるし。だから、私もどう思われてるかわからない。 ――どのぐらいで退院しましたか? 小林 先生に「退院したい!」って懇願したら、「検査もはじめたばかりで、全然まだまだなのに……」って、嫌々ながら1週間ぐらいで出してくれました。みんなそうなんじゃないかな、仕事とかで精神的に疲れると休みたくなって入院するのに、したらしたで、消灯は夜9時だし、朝は6時半に絶対起床、決まった時間に食事。だんだん窮屈になってきて「お願いだから出して!」みたいな。 ――まだまだだったって、大丈夫!? そして、ものすごい痩せられたんですよね。ちょっと前のブログの写真を見たら、思いのほか丸くて、今とはシルエットが別人でしたよ。いつ太られて、どの位で戻したんですか? 小林 なんか、気がついたら太ってたんですよ。いつ、とかもぜんぜん覚えていない。自分が太ったってことも、なかなか気付かなくって、うっすら「太ったかな~、体重計乗ってみようかな」って思ったら、「エーッ!!!」みたいな。 ――それは、具体的に何キロぐらいになったんですか? 小林 80キロぐらい。 ――お~!! それは、ライブアイドルをされていたとき? 入院前後? 20代? あれ? 時系列が絡まってきました。 小林 あー……。もう、ぶっちゃけて言うと、『クリーム』で全盛期だった頃で、私24歳くらいなんです。 ――へ!? てっきりあの頃で17歳ぐらいだと思ってました! 小林 あの時代、24歳なんかがグラビアに出してもらえなかったんですよ。最近、友達が出てる週プレを買ったら、表紙の女の子は24歳で「まだまだこれから!」みたいに書いてあって、「エーッ!?」ですよ。 kobayashiyuko4995.jpg ――お菓子系の雑誌のアイドルは、若けりゃ若い程いい、みたいな風潮もありましたしね……。 小林 それと、ポルノ法みたいな、厳しいのが入ったんだよね。真実はわからないけど、16歳とかの若い子を、本人や親の許可なく撮ったってことで、カメラマンがどんどん逮捕されたの。だから、『クリーム』でセーラー服を撮ることができなくなった時期があったんです。だから、みんな慌ててサーっとブレザーに移行して、「制服に見えるけど、制服じゃないよ」みたいな(笑)。……あれ? 今なんの話だっけ? ――体重! 小林 そうだ(笑)。病院でもよくあるのよ、「今、何の質問だっけ?」みたいな(笑)。ダンスとかラジオ体操とか、やれるもん全部やって、ごはんも制限したら、一年間でほぼ元通りになったよ。もう大人なんで、痩せすぎるとげっそりになっちゃうじゃないですか。だから、ちょっと太ってるぐらいがちょうどいいかなって思うけど、もうカレーとか、ラーメンとかは、食べたくても胃が無理で。ずっと食べなかったから。 ――体内の改革に成功したんですね。体重が一年で半減っていうのは凄すぎます! それにしても、小林さんは病んでる風にはぜんぜん見えないですね。 小林 今はかなり良くなりましたけど、前はもっと喋れなかったんですよ。ろれつが全く回らなくなっちゃって。それも東京医大でぜんぶ調べてもらったけど、「悪いところはありません」って言われて、原因がわからなくて。こういう機会では大丈夫なんですけど、親しい人と電話とかしてると完全に何を言ってるのかわからなくなっちゃうみたいで、母にもうまく伝わらなかったりします。でも、緊張状態からか医者では喋れちゃうので、「喋れてるじゃん」ってなっちゃって……本当は違うのに! しゃべれないから人とも会えないし、外国に行ったんです。英語はわりとすらすらしゃべれるから。 ――不思議! 呂律が上手いこと英語の発音とマッチしたんでしょうか? リハビリにもなりそうですね。 小林 そうですね。外国に行くのは、すごい良かった。でも、お金がかかるんで、そんなに行ってらんないじゃないですか。ちょっと前まで、1ヶ月で2回ぐらい行ってましたけど……。 kobayashiyuko5228.jpg ――高いリハビリですね! しかもヨーロッパばっかり、何故? 小林 サッカーです(ニヤり)。サッカー観戦だけで、世界を回ってるようなもんですから。元々、某サッカー選手のファンで、それがいけないんだよね。 ――そうだ。某選手が日本にいないから悪いんだ。 小林 そう。全部某選手が悪いの。その人がイギリスに行ってたから留学したこともあって、本人に「私も留学した!」って伝えたら「馬鹿じゃねぇの」って言われた(笑)。 ――意味不明に仲良いですね! イギリスだけじゃなく、フランスもいっぱい行かれてますよね。 小林 フランスは、宍戸留美ちゃんに誘われて一緒にモン・サン=ミッシェルっていう修道院に行ったら、感動してハラハラと涙が流れて止まらなくて……その魅力に取り憑かれて、キリスト教の信者になったんです。 ――へ!? 小林 障害者でキリスト教信者って、すごい差別されるのかな……(笑)。 ――キリスト教は超メジャーだから大丈夫ですよー。小林さんが応援してるサッカー選手も某学会だって週刊誌で見ましたし!(無責任) 小林 本人に聞いたら、家がそうだから継がないといけないみたいで、本人は全然気にしないみたい。 ――聞いたんですか!? 小林 聞いたよ!  ――どういう関係!? ……ええっと、話を戻して、キリスト教は洗礼も受けたんですか? どんなことをするんでしょう? 小林 額のところに水をかけるんですけど、ハンカチで抑えて、すぐ終わりますが、一年以上はシスターのクラスで勉強しましたよ。 ――信仰を持つことで、精神的には楽になりそうですね。 小林 そうそう。世界に出ると、みんな自分の宗教があったり、何かに思想を持ってるのに、日本人って何もないなと思って。だから、宗教に入ったらどうなるんだろうって、けっこう気になってたんだよね。 ――けっこう好奇心で入ってますね! 小林 でも、モン・サン・ミッシェルって、大天使ミカエルの修道院なのね。それで、私ミカエルをとにかく気に入ってしまって、大天使ミカエルって言葉だけで「キター!」って状態になっちゃう(照)。だからキリスト教の名前をミカエラにしてもらったの。ミカエルは男性の名前だから、女性にしてミカエラ。マリー・アントワネットも大好きで、パリに行った時は、マリー・アントワネットの所縁の土地には全部行って、ちゃんとバラの花束を置いて、しかも泣いて帰ってくるという。逆にエッフェル塔とかは、行っても見ない時があるね。フランスだけで多分、20回ぐらいは行っているかも。ガイドになれるよ。 ――20回……! ヨーロッパは高いから、一回の旅行に30万として、20回だと……? 小林 1000万円ぐらいかかってると思う。 ――……(絶句)! し、資金はどこから? kobayashiyuko5276.jpg 小林 バイ、マイファーザー。 ――お父さま、富豪の方? っていうか小林さんって、どうやって、生活されてるんですか? 小林 よく聞かれる。最初は貯金があったし、家族の援助もあったけど、もう「うちは富豪じゃなくて、普通の家なのに、あんたなんか勘違いしてる」って言われてるし、「もうお金がないぞ」ってことになってきて、いよいよもう無理って感じ。 ――やばい(緊迫)!! 小林 占いとか見ると、わたしのところいつも浪費家とか書いてありますよ。 ――そんなのんきな。でも、占いって意外と当たるんだー。 小林 ねー。占いとかも大好きで、スピリチュアル系とかハマッっちゃうんですよね。ハワイで流行ってる、ホ・オポノポノっていうのもスピリチュアルの一種だと思うんだけど、あれで初めてセミナーというものを受けてきたんですけど……。 ――おぽ……ぽ……? 小林 「ごめんなさい」「許してください」「ありがとう」「愛しています」という言葉を、感情を込めなくっても、唱えていれば、クリーニングという名の浄化方法になって、クリーングをつづければ、無の状態になり、ウニヒヒピピリという潜在意識が理解し、アウマクアという神聖な場所からインスピレーションが降りるんです。 ――よくわからないけど、自己啓発セミナーの一種ですか? 小林 そうかな? 受けたら「ちょっと違うかな?」と思って、セミナー料金8万もしたけど、一日で辞めちゃいましたけどね。 ――高っ!!!! もったいな!!!! 小林 みんなそれぐらいするんですよぉ。 ――っていうか、精神病院、自己啓発、宗教、すがれるもの、全部にすがってるじゃないですか! 小林 でも、キリスト教はタダですから(キリッ)。それでも、ちゃんと一応勉強してるんですよ。苫米地さんとか、私たちスピリチュアル界の中では超有名人ですよね。 ――サイゾーのオーナーは苫米地さんですよ。 小林 えっ(ガタッ)!? はわー。『ザ・シークレット』(角川書店)って本、読みました? ――いえ、知らないです。 小林 この本は、たぶん、みんな知ってると思うけど、一応、秘密な本。ぜんぜん秘密じゃないんだけど。 ――落ち着いて、ちょっと意味がわからない。 小林 いや、なんかね、モチベーションの問題かな? 「シークレット読んだでしょ?」みたいな。 ――え? 何? 世界の秘密が書いてあるの? こわい。 小林 ロンダ・バーンって人が書いたんだけど、それを読んで派生したと思われる、日本人が書いた本を読んだりすると、イラッとするよんだね。「なんちゃらの法則」とか。そういう本にハマッちゃうと、amazonでどんどんどんどん「この本を読んだ人はこの本も買っています」っていうのが出てきて、迷いこんだら、もう出られないの……・。 ――ヤバイ! その世界はどんどんお金がかかる! お金を稼ぎましょう! もう、ライブ活動はされないんですか?  小林 ファンの人との線がなくなっちゃった時点で、アイドル的なライブは辞めたんだけど、どうなんだろ? 私、気持ち悪くないですか、今? ――ぜんぜん気持ち悪くないですよ! ちょっと面白いですけど! 小林 2年前、震災があった後に、ライブアイドルの子たちと一緒にチャリティライブをやったんです。そしたら、私だけ慣れてないからアワアワしちゃって、みんなはいつもやってるからすごいキビキビしてて、「私だめだ、遅れてる」って……。 ――10年もやってたんですから、すぐに取り戻せますよー! ○○ちゃんとか××ちゃんとか、実年齢が同世代のアイドルいっぱいいるじゃないですか。 小林 ん? 違うよ? 私の年齢知らない?  ――Wikipediaには36歳って。あ、そっか、『クリーム』のときが24歳だから、今は、えーと……? 小林 43歳。 ―― ん? 小林 ん? ―― これって、書いていいやつですか? 小林 いつ言おうか迷ってたんだよね。 ――びっくりしたー! びっくりしたー! やっぱりヨーロッパ旅行とかの趣味が良いんですかね、信仰ですかね、自己啓発ですかね、全部お金がかかりますね。 小林 そうなの。貯金もないし、実家も頼れないし、そろそろもう無理なんで、「助けてください」って宍戸さんに頼んで、今日はここに来たんです。 ――サイゾーは何もできないですよ! ちょっとエロい写真を載せるくらいしか出来ない! これからどうするんですか! 小林 これから? だから、それを小明さんに決めてもらおうと……。 ――おお、自分の人生もままならないのに、その決定権は重い……! 今日はありがとうございました(逃亡)! (撮影=宍戸留美/構成=小明) kobayashiyuko5288.jpg ●こばやし・ゆうこ 6月5日生まれ。劇団ひまわりで15歳より芸能活動を始める。 ドラマ、CM、映画などに多数出演。雑誌「Cream」などでグラビアでも活躍。50誌以上。同時にライブアイドルとしての活動を開始。1996年には「コスプレックス」としてEMIよりメジャーデビュー。コスプレでゲームイベントに出演。大阪プロレスイメージガールになったのをきっかけに2000年、スカパー「格闘ジャングル」で司会を努める。その後。芸能事務所に所属し、女優業をメインに力を入れる。病気発病後、休みを生かしてイギリスに留学。海外の魅力に取り憑かれ、30カ国以上訪問。南アフリカW杯を2往復するほどサッカーが好き。サッカー関連のコラムも執筆。写真展開催など、ゆっくりと活動中。 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス < RELEASE INFORMATION > 『ルミネッセンス』 2013年11月13日(水)発売 SNDL-0003 / 2,500円 [ 収録楽曲 ] 1. 春風 2. 仔猫のタトゥー 3. samida-rain 4. 乱れてロンリー 5. スコア 6. for you 7. ランプ 8. 君はライダー amazon_associate_logo.jpg
■11/13、30代最後のアルバムリリース!上田健司プロデュース「ルミネッセンス」和製フレンチネオアコソフトロックサウンド。 30代最後の作品になる今作は、小泉今日子やPUFFY、堂本剛などのプロデュースで知られる上田健司の全面プロデュースによるもので、上田が加藤いづみ、小泉今日子に提供した楽曲の他、上田自身の作品、そして今回の為に書き下ろした全8曲で構成されている。 ■< LIVE INFORMATION  > 「宍戸留美&上田健司 合同リリースパーティー ~ルンルンお誕生日おめでと~」 11月6日(水) 渋谷gee-ge ■詳細は公式HP http://rumi-shishido.com ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。初著『アイドル墜落日記』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/> サイゾーテレビ<http://ch.nicovideo.jp/channel/ch3120>にて生トーク番組『小明の副作用』(隔週木曜)出演中。ニューシングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。