元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の38回目! 今回は『ガンスリンガー ストラトス』まぐま役やアプリゲームなどで活躍中の注目の新人声優、湯浅かえでさんが来てくれました! ──ご無沙汰してます! 最後に会ったときは、湯浅さんはまだ私のイベントの客席にいたのに……いつの間にやら立場が逆転! ついに声優さんになったんですね、おめでとうございます! 湯浅 ありがとうございます! ──ちなみに、なんで私のイベントなんかに来てたんですか? 湯浅 昔、中川翔子さんのブログで小明さんの存在を知って「なんか凄い人いた!」って衝撃を受けて(笑)。 ──“凄い”にマイナスの意味合いを感じます……。 湯浅 それからしばらくは在宅で応援してたんですけど、働くようになってからはイベントにも行くようになって、「声優になりたい」とか、「いつか一緒にお仕事ができたらうれしい」みたいなことを、手紙に書いたと思うんですよね。今日は夢が叶った! ──叶いやすい夢だね! ちなみに、私に限らず、かなりのアイドル好きですよね。ブログを見ていると、AKBにSKEにBiSにライムベリーにトマパイ……かなり幅広く愛してますね。 湯浅 うへへ。 ──よく、お仕事で元SKE48の秦佐和子さんとご一緒されてますけど、どうですか? 湯浅 秦さんは、もともとSKEの推しメンで、握手会にも通ってたんですよ! だから秦さんがSKEを辞めたときは「もう会えないのかぁ」と落ち込んだんですけど、卒業してなんと声優に! 『魔法少女大戦 ZANBATSU』(2014)っていうゲームでご一緒できたときは、一方的に「すすす、好きです」ってご挨拶して……。 ──「こいつストーカーかよ、こわいな」ってならなかったですか? 握手会に通ってたのはバレないようにしないと! 湯浅 自分からバラしちゃいましたよ! すごく素敵な方で、「ありがとうございます」って喜んでくれて、今はすごい仲良くしてます。 ──奇跡かよ~。推しメンとも仲良くなって、声優にもなって、人生のハッピーエンド感! 湯浅 そうそうそうそう。 ──もういいんじゃない? 夢も叶ったし、辞めたら? 湯浅 そうそ……ナヌ!? よくないよくない! まだまだ頑張りますよ!! ──ところで、湯浅さんの趣味をリサーチすると、宝塚歌劇団の観劇、アイドルの現場、美少女の写真集集め、グラビアの切り抜きのファイリング、AKBのPVロケ地の聖地巡礼……けっこうキテますね! 湯浅 小明さんのサイゾーテレビ『小明の副作用』のメール職人もしてましたよ~ふふふ。 ──こんなクソみたいなアイドルのメール職人とか、ちょっともうお気の毒です! ブログを見てると、クリスマスは宝塚を観て、年末年始はコミケから初日の出に直行という……好感の持てるタイプのリア充ですね。 湯浅 ははは(乾いた笑い)。クリスマスだしな、と思って宝塚のチケットとって行きました。 ──数年前のブログでも「ハロウィンなので宝塚を観に行きました」って書いてあって、イベントごとにかこつけて、やたら宝塚を観に行ってますよね。 湯浅 ちょいちょい観に行きますよね! 宝塚にしてもアイドルにしても、女性が華やかなのが好きなんです。あと、女子同士、いろいろある中で頑張ってる人たちを観るのが好きで……宝塚とAKBって似てるなぁって勝手に思ってて。 ──似てる!? 湯浅 トップスター制、センター決め、組替え、卒業、退団、専用の劇場とか。 ──ほんとだ! 言われてみれば共通点が多いんですね。 湯浅 その方々が頑張ってるのを観て、「私もがんばろ!」って思えるんです。 ──アイドルも宝塚も湯浅さんのガソリンなんですね。でも、どっちもチケット高くない? その趣味はお金がかかりますね。 湯浅 そうなんですよ~。普通に働いていたときも、お金あるわけじゃないし大変でした……。けど、宝塚って、意外と1,500円の立ち見席が出てたりするので、お金がないときは朝から並んで、一番後ろで、どこかしらは見切れて見えないような席で立って観るんです。ステージはもう豆粒なので、オペラグラスを持参して! ──意外と安い! けど、疲れそう! 声優の仕事が忙しくなって、アイドルや宝塚に行けなくなったら、ガソリン切れちゃいますね。 湯浅 そうなんですよね、ほんっと(真顔)。宝塚とかを観て、フワァァァっと元気になって、女性ホルモンをブワ~っと出して艶々で帰るんで、切れるとカラカラになっちゃいます……。 ──今、声優さんってみんな可愛いから、そこで注入できそうな気もします。 湯浅 そうなんですよ! みなさん可愛い! でも、ソレとコレとは別! 別の趣味として楽しんでます! ──楽しそうで何より! ちなみに、コミケには何しに行くの? 湯浅 昔の仕事仲間がいっぱいいるので、同窓会気分で……。 ──コミケで同窓会?? 湯浅 そうですね、前はアニメを作る会社にいたので……。 ──完全に内側の人じゃないですか! なんでまた、出る側に? 湯浅 私は撮影という部署にいたんですが、ずっと机に向かってPC上で無音の状態で作業をしているので、映像に音がついた瞬間が一番感動したんです。本当にキャラクターに息が吹き込まれるというか。「すごい! 私もそっち側に行きたい!」と思って。 ──なるほど! 2013年の5月には今の事務所の“準預かり”になって、今は“預かり”になってますよね。どの段階で“準”が取れるんですか? 湯浅 うちの事務所は年数が決まっていて、1年は“準預かり”なんです。 ──じゃあ、1年の間に仕事が取れなかったら、そのままいなくなっちゃうの? 湯浅 事務所いわく、そういう方も何人かは……。仕事の分量もありますけど、どちらかと言えば、仕事に対する姿勢とか、普段の立ち振る舞いを見ているみたいで、仕事が1本もなくても、どれだけ努力をしているかによって上がれる人もいます。 ──そして“預かり”から“所属”になるにはさらに高い壁が……がんばって! 実際にお仕事を始めてみて、どうですか? 湯浅 思ってたより大変! アニメを作っているときは「声優さんは楽しそうだな~」と思っていたけど、みんなこんなに大変な思いをしていたとは! やっぱり、見られてることも多いし、最初の方はほめられることも全くないし、新人は端に座ってドアの開け閉めをするとか、そういう立ち振る舞いもわからなかったですし。 ──えっ!? そんな体育会系なルールがあるの!? 湯浅 ぜんぜん強制じゃないんですけど、暗黙の了解というか。 ──そういうノリは大丈夫なんですか? 湯浅さんって絶対運動部とかじゃないですよね。 湯浅 運動したことないです(きっぱり)。でも、「こういうのがあるんだ!」ってびっくりしたのは最初だけでしたよ。それからは「そういうのを最初に知っておかなきゃ」と思って、先輩とご飯に行かせてもらったりして……。 ──湯浅さんのブログを見ていると事務所の方とけっこう交流を持たれてますけど、これってそういう処世術だったんだ! 湯浅 や! そういうわけではないです(笑)! でも、先輩から教えてもらえることは多いんです。 ──なるほど~! デビューはTBS『俺、ツインテールになります。』(2014)のあすかちゃん役ですか? 湯浅 テレビアニメだと、『俺ツイ』だと思います。 ──あすかちゃん役はオーディションですか? 湯浅 実はモブ(名前のない通行人など、群衆キャラ)だったんですよ。一話に出てきた怪人に捕まる女の子だったんですけど、なぜか人気投票でヒロインたちを抑えて3位になったんですよ。ネタだったのかもわかりませんが、皆さんが投票してくれて。監督さんもあすかちゃんはお気に入りのキャラクターだったようで、最終回にも出てきました。 ──2回も出たら、もうモブじゃない! 湯浅 なんとイベントにも呼んでもらえて! 幸せでした! ──TOKYO MXの『ガンスリンガー ストラトス』のまぐま役は? 湯浅 それは初めてオーディションに受かった役でした! マネージャーさんから電話が来たときは「ほほほほんとですか(震)!?」って感じで。『ガンスト』って作品はもともとゲーセンのアーケードゲームで、今もゲームが出てるので、イベントとかに出してもらったりする機会が増えたり、ガンストを通していろいろな経験をさせていただきました!
──ゲーム『バンドやろうぜ!』(2015)ではウッドベースも弾いてるんですよね。 湯浅 そうなんですよ。ウッドベースを弾く女の子の役をやっているんですけど、私もたまたまウッドベースをやっていて……。 ──ウッドベースって、たまたまやってるようなもの!? 湯浅 大学の時に、ジャズ科があったんですよ。そこの子たちがやってるのを見て、「私もやる!」って教えてもらってやってたんです。 ──まさかそれが仕事で活きるなんて……ぶっちゃけ声と関係ないですもんね。 湯浅 そうなんですよ。先日、そのPVを撮ることになって、ドラムとギターは普段からバンドをやってる方だったんですけど、役者兼楽器は私だけで、自分が演じたキャラの格好をしてウッドベースを弾きました。めっちゃ練習して、マメだらけの手で行って、楽しかったです。やってて良かった! ──人よりいろんな経験ができそうですね。学生時代はジャズの他に、オーケストラ部と吹奏楽でホルンを吹いてたんですよね。ホルンとウッドベースが家にあるって、どんな富豪なの……? 湯浅 ぜんぜん! ウッドベースはなかったです! 高校の時に転校した先に吹奏楽部がなくって、市がやっている楽団に入ろうとしたら「楽器を買わないとダメ」って言われて。 ──ホルンって肺活量は上がりそうですし、声優業に活きそう! 湯浅 活きてたらいいな、もうずっと吹いてないので……。 ──一人暮らしだと、よほど壁の厚いところに住んでないと吹けないですね。 湯浅 そうなんですよ。一応は持ってきたんですけど「あ、コレ無理、吹けないな」って徳島の実家に送りました。 ──場所とりますしね。ちなみに、徳島のご家族は、今のお仕事に反対とかなかったですか? 湯浅 いや、全然なかったですね。反対っていうか、そもそも東京に出てきてアニメの仕事をするっていうときに一度「なんじゃそりゃあああ!!」ってなって、そうとう戦ったので……。私、最初は「音響やる~!」って行って東京に出てきたんですよ。それが3カ月くらいで「ん、いいや」ってなっちゃって、結局「映像やる~! 映像の方が面白いぞ!」ってなって、映像をやったり、空間アートみたいなゼミに入って勉強してたんですけど、「やっぱり就職する~!」って。そんな感じでコロコロと「アレやる~! コレやる~!」ってやってきたから、「働きながら声優の学校に行く~!」って言ったときは、親ももう諦めていて「自分のお金でやるんなら好きにすれば?」みたいな(笑)。 ──じゃあ、働きながら自腹で養成所に? そこからアイドルに貢いで、養成所にお金も払って……霞を食べて生きてたの? 湯浅 当時はそうです(笑)。ずっと貧乏でしたね……。 ──ちゃんとした事務所に入れて本当に良かったね! 今の事務所に入ったきっかけは? 湯浅 えっと、うちの事務所と、「声優グランプリ」(主婦の友インフォス情報社)がやってるゲームのオーディションがあったんです。それに一般公募で応募して、賞をいただいて、今の事務所に。 ──賞ってグランプリ!? 湯浅 いやいや、特別賞的な感じの、声優グランプリ賞を……。うちの事務所のアクロス賞っていうのもあったんですけど、私はそれをとっていないという。 ──え!? そうなの!? 湯浅 製作の方と面談をして、「アクロスに入りたいんです」って話したら「じゃあ社長に会う?」ってお話させていただいて、社長に電話をかけまくった覚えがあります。「いつ会ってくれますか!?」みたいな(笑)。 ──地雷感!! しかしながら、そこからはアイドル声優への道が広がっていたという。駆け上がりましょう! 湯浅 ハッ(乾いた笑い)。人よりこの世界に入ったのも遅いし、「駆け足で行かねば」と思って頑張ってます。 ──息切れしない? 湯浅 切れてます、たまに(笑)。だからそういう時は宝塚を観たりアイドルを観たりなどして……。 ──湯浅さんって、生放送とかでもニコニコしながら目が死んでる瞬間がありますけど、そういうときってガソリン切れてるんでしょうね。 湯浅 (爆笑)! よく見ていらっしゃる! ──気を抜くと一瞬目の光が失われるんですよね。実は根が暗いのかな。 湯浅 小明さんだからそう見えるだけですよ! 根は暗いと思いますけど! そうじゃないと小明さんなんて応援しないです! ──……えっ!? えっと、でも、ブログはけっこうアッパー系ですよね。「みんなに感謝!」みたいな。 湯浅 ちゃんと皆さんへの感謝を忘れず、自分に渇を入れているのです。 ──その前後に「今日はいろいろ勉強になりました。頑張ろう!」とか書いてると、「あ、何かうまくいかなくて落ちこんだな」って思うよね。 湯浅 小明さん……さすがです……。 ──過剰に前向きな自己啓発っぽいことを書いてるときは、だいたい自分に言い聞かせてるという……ふふふ、お見通しだ! 湯浅 いろいろ考えても、結局はもう頑張るしかないですからね……! ──これからは、そういう目でブログを読みます! お仕事の面で、今後の野望はありますか? 湯浅 メインの役をやれるような声優になりたいっていうのと、ずっとこのお仕事を続けていけたらいいな、と思ってます! ──また急に「今度はコレやる~!」って気が変わるかも? 湯浅 もうない……と、信じたい(笑)! 今までで一番長く続いてる大好きな仕事なので、このまま頑張りたいです! ──まだ2年半ですよ! 歌とかはどうですか? 湯浅 歌いたいです! 今の事務所に入ったときに、小明さんの出した歌を歌って録音して、サンプルとして事務所に提出しましたよ。 ──ごめんね、馬鹿じゃないの!? 今後とも、応援してます!! たくさん売れますように!! 今日はありがとうございました!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●ゆあさ・かえで 1月16日、徳島県生まれ。アニメ『ガンスリンガーストラトス』まぐま役、『かみさまみらない・ヒミツのここたま』長谷川ケイト役、『迷家』ユウナ役。ゲーム『バンドやろうぜ!』ユキホ役、『放課後ガールズトライブ』紫ゆかり役。ニコ生パソナリーティー『月2学園パワプロ部』、『ニンジャスレイヤー』など。 ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru
詳細は下記リンクまで。 公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。


























元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の32回目! 今回は声優から少し逸れ、1989年の某Hプロスカウトキャラバングランプリを受賞し、『陽春(はる)のパッセージ』で各賞を総なめにしたにもかかわらず、たった1年半で芸能界を引退した伝説のアイドル、よっきゅんこと田中陽子さんが来てくれました!
――伝説のアイドル・よっきゅんが日刊サイゾーにいる! デビューから25年経った今、こんなものに出ていただいて、本当にありがとうございます……!
田中 こんなもの……(笑)。留美ちゃんから熱烈に口説かれて来ました(笑)。よろしくお願いします、田中です。
――はじめの方から伺いますが、1989年某Hプロタレントスカウトキャラバングランプリ、1989年HプロTHEオーディション・グランプリ、翌年にはデビュー曲「陽春(はる)のパッセージ」(アニメ『アイドル天使 ようこそようこ』の主題歌)で第9回メガロポリス歌謡祭、優秀新人賞受賞および最優秀新人賞受賞。全日本歌謡祭・銀座音楽祭・新宿音楽祭で銀賞を受賞……その翌年に引退って、展開があまりにスピーディ過ぎますよ!
田中 燃え尽きちゃった、人生を生き急いだ感じで(笑)。
――いろんな賞を総なめにして、アイドルとしての将来は約束されたようなものじゃないですか! 一度も売れたことのない私からすると、超もったいないです!
田中 そうでしたねぇ、ここからは多分書けない話だと思うんですけど……。
――書けない話の出現が早いなぁ。
田中 正直なことを言うと、女性特有の一番嫌な仕事を、内容を知らされずに現場に行って、それで何もかも信用できなくなって……。
――なんでだろう、ぼかされると余計にいやらしく聞こえます。
田中 あははは(笑)。衣装でニプレスを渡されて……。
――おお、アイドルあるある! 私も経験ありますけど、それって私みたいに売れてないグラドル限定のあるあるだと思ってました、田中さんにはナシナシじゃないですか?
田中 そうですよね。私も、始めからそういう売り方をされていれば、自分の中でも処理ができたと思うんですけど、私、基本は水着もやらないって方向性だったので……。でも、やらないって言ってても、どうしても断れない番組や雑誌も出てくるじゃないですか。そういうときには、あらかじめ水着も選ばせてもらって、「じゃあこれでやりましょう」って進めてたのに、なぜか翌年のその仕事に限って、仕事の内容も何にも知らされず、現場に行ったらそういう状況になってて……。それまでは「こういう月刊誌からこういう仕事がきてるよ」っていう相談がちゃんとあったのに……。そのときは何にも聞いてなかったの。
――水着NGにしたから「じゃあ水着もナシなら良いよね」みたいな……とんちなのかな?
田中 あははは! そうだったのかも(笑)! でも、内緒にして現場に行かせるんだったら、いつものメイクさん、スタイリストさん、いつものカメラマンとか、そういう心のよりどころが欲しかったなぁ。そうじゃなかったから、私1人vsみんな、みたいな感じで現場の雰囲気に圧倒されちゃって……。その状況が何よりも一番傷ついた感じでした。
――その当時は何歳くらいだったんですか?
田中 17歳かなぁ。
――若っ!! といっても宮沢りえも17歳でヌード写真集出してたし、昔の芸能界はいろいろとアリなんですねぇ。
田中 ですねぇ。そういう仕事って、普通は逃げられないように海外に連れて行かれるって聞いてたんだけど、私のときは国内で、しかも普通にタクシーに乗って行ったような現場だったから、完全に油断してました。「聞いてない」で、1時間くらい粘りましたが……某有名カメラマンに「やるまで帰さない」って言われて、逃げ出すにも逃げ出せず……。
――私も似たような経験があります……放課後電磁波クラブみたいな水着を用意されて……しぶってると今までニコニコ和やかに話してたメイクさんが急に目を合わさなくなって……。
田中 そうそう! そうなの! ああいう現場のメイクさんってなんであんなに強そうに出てくるんだろうね!? 途端に「フーン」って、そっぽ向く!
――売れないアイドル特有の悩みだと思ってたのに、まさか売れてるアイドルにも同じ悩みがあったなんて……。
田中 事務所との信頼関係が一瞬で壊れちゃいますよね。私はこれがキッカケで精神的に耐えられなくなり、「もう頑張れない」って辞めたんですよ。
――田中さんが主題歌を歌った『アイドル天使 ようこそようこ』も、初めはアイドルを目指すようこがアダルト系の事務所に「私アイドルになりたいんです!」って乗り込むところから始まっていたなぁ。
田中 あはははは! そうか、そのままを行ってたのかな(笑)!
――未来を予知するようこそようこ……。でも、アイドルはたいてい契約があるから「辞めます」って言ってすぐに辞められるものでもないですよね。
田中 私は5年契約だったんですよ。でも、まぁ、私がそのまま連絡がつかなくなったということで、クビというか、解雇というか。あは。きちっと事務所に行って話し合いをしてれば、書き方も「休業」とかになったんだけど。やっと連絡ついて「来い」って言われても、一度あの現場でアウェイ感を味わっちゃってるから、二度のアウェイ感は、もう私にはなかったんですよね。会社になんて、のこのこ出向けない。だからもう「お好きなようにしてください」って言ったのが最後でした。
――清々しい! でもその結果、田中陽子で検索すると「素行不良」「クビ」と出てくることに……。
田中 そう(笑)。だけど、そうしてくれたことによって、そのまま失踪に近い形でフェードアウトできて、その後、いろんな伝説が出たわけで……。
――確かに、ちょっとネットでググっただけでいろんな伝説が出てきます! まず、クイズ番組で、「69を英語で言うと?」の問題に、アイドルなのに「シックスナイン」と答えたとか。身に覚えはありますか?
田中 あはは! それは、早とちりをして、シックス“ティー”ナインって言わなきゃいけなかったのを、慌てちゃって、言ったあとに気づいた。みんなが「あぅええぇーー!?」って顔をしているから(笑)!
――引っかけ問題に見事にひっかかったんですね……! 続いて、生放送を逃亡してすっぽかしたっていうのは?
田中 『鶴ちゃんのプッツン5』かな? あれはすっぽかしたというか、遊びにいってて……(笑)。日付を間違えてたか何かで、帰れなくなっちゃって、エンディングで鶴太郎さんが「田中ー! 来週はこいよー!!」って、言ったっていうのを後から聞きましたね(笑)。プッツンは本当に良くしてもらったなぁ。
――今のところ全部身に覚えがあるっていうのもすごいですね。
田中 大丈夫、みんな覚えてる! しらばっくれないから安心して(笑)!
――あと、プロのカメラマンに「あんたうまいね!」と言ってのけたというタレコミも。
田中 えっ? 誰だろう! でも言ってたとしても冗談だよね、冗談。お笑い的な感じ!? ……たぶん。相当仲良くないと言えないですよね……。
――ロケバス立てこもり事件は? 撮影中にマネージャーがロケバスのドアを叩きながら「陽子ー! 出てきてくれー!」と叫ぶのを聞いたというタレコミが……。
田中 (爆笑)!!! それはね、えーと、わかんない!!!!
――なんかもう、やってそうですね! そして極めつけは、引退して田舎に帰るときに、駆けつけたファンに向かって「どうせ、すぐに中嶋美智代ちゃんを応援するんでしょ!」と吐き捨てたというウワサ!
田中 それはウソ! それはない! だって辞めたときは誰にも見送られてないし、飛行機でも新幹線でもなく、ひっそりと寮を出たもん。私もびっくりだよ。
――ウワサが一人歩きしちゃったんですね……! やったやってないは別として、ウワサのひとつひとつがエリカ様騒動を余裕で越えるプッツンぶりで痺れます!
田中 やってないものもありますからねぇ~! 後からこんな風に悪いほうに伝え漏れて聞くと……楽しく仕事していたことさえも「え、なんだったの?」って思いますね。
――ちなみに、一年半で引退されて、「もっと続ければ良かったかな」と「辞めといてよかったな」では、どちらが大きいですか?
田中 辞めといてよかった(即答)。私、学校に行ってなかったぶん、朝から晩まで一日の仕事量がすごく多くて。同じ年代のアイドルはみんな学校終わりで仕事に来てるのに、私はそれまでに既に3~4本の仕事をこなしているから、すごくテンションが違った。温度差があったっていうか……。毎日朝の5時くらいに家を出て、帰ってくるのはもう深夜1時とかで、睡眠時間も2~3時間……完全に燃え尽きましたね。
――育ち盛りに詰め込まれすぎたんですね……。
田中 だから、ネットで「遅刻した」って書かれてるんだけど、よく遅刻してたのはマネジャーの方で、私は「飛行機乗らなきゃいけないのにチケット持ってない!」みたいな(笑)。マネジャーは私と同じスケジュールな上に、私を送ってから帰るから、もっと眠れないんですよね。
――マネージャーは1~2時間くらいの睡眠で、さらに田中さんほどの若さもないから、体力的にそうとうキツそうですね……。
田中 そうそう! ああ、だから遅刻したんだぁって、辞めてから気づきました(笑)。マネジャー、大変だったでしょうねぇ(しみじみ)。
――そんなスケジュールの中で、恋愛事情は? イケてる男の子のアイドルと付き合ったりとか……。
田中 ないです(即答)。寮だったし、学校に行ってないから友達いないし、昔のアイドルはみんな寝る間を惜しんで遊んでたとかいうけど、私、寝たかったの(笑)! 本当に、恋愛なんてしてる暇があったら寝たかった! 今と違って携帯電話なんかもなかったし。
――芸能界、外から見るのと中からみるのじゃ全然違いますね……。
田中 入り口(デビュー)までは完璧だったんですけどね。こわいですねぇ~。みんな本当に頑張ってるなぁ。(感心……)、私は頑張れなかった人なので、あはは!
――頑張れなかったというか、頑張りすぎてエンストって感じですね。芸能界を辞めてからは、どうやって過ごしてたんですか?
田中 辞めてから、今の仕事をずっとやってますよ。辞めて数カ月後には働いてました。やっぱり報道でマイナスな出方をしたので、そこは負けてられないかなって、意地ですよね。「ぜってー負けない!」っていう。「絶対」じゃないですよ、「ぜってー!」って気持ちで頑張りました。だから、他事務所の、報道だけでしか私を知らない人とご一緒すると、「あれ? ウワサほどじゃないね」って言われたり(笑)。
――伝説だけ聞いてると「おっ、元ヤンかな?」って思えますもんね。
田中 そうそう(笑)。「今は何を言い返しても誰も認めてくれないけど、絶対時間が解決するから頑張れ」って、その頃一緒に仕事をした人たちはみな応援してくれたりして。芸能界は状況が悪くなると離れていく人が多いので、この時期に励まして支えてくれた人たちは今でもとっても良い関係です。
――私もてっきり素行が不良な方なのかと思ってたので、今日はいろいろびっくりですよ! ちなみに元ヤンとかではない?
田中 ないですないです! ほんとに普通(笑)。
――現在のお仕事はどんな業種なんですか?
田中 芸能関係でイベントの企画制作やブッキングの仕事です。役職ついてま……す(笑)。
――ずっと働いてるから、完全に出世してるじゃないですか! 芸能界の内側にいたから活かせた部分はありますか?
田中 ありますよ~。クライアントさんが望んでることと、演者さんがやりたいこと、どちらの立場も気持ちがわかるから、いろんな調整がスムーズだったり。ありがちなのが、企業の社長さんは、タレントさんをパーティーに呼んだら、タレントさんとお食事なんかをしたがる。だけどタレントさんや事務所はあまり……ね。そういうのを丁重に、角がたたないように調整したり……。
――おお、それは助かります……! 私も若いときに、どこかの会社に営業で呼ばれて社長とごはん食べさせられて、すごく気まずかった……!
田中 ですよね、喉通らないですよねぇ。味わかんなくなっちゃう。そういう段取り的な面では、気持ちがわかるので役に立ってるかなぁ。
――社長もタレントも嫌な気持ちにさせないテクニック! 若い時にメイクさんに見てみぬふりされた経験が活きてるのかも!? それにしても、引退後はずっと潜伏されていたのに、最近は急にTwitterを始めたり、イベントに出演したりもしてますね。いったいどんな心境の変化が?
田中 脳活(きっぱり)!! リハビリ! なんか刺激を与えないと、脳は老いていくから、トレーニング(笑)!!
――じゃあ、今日のこの撮影もリハビリの一環?
田中 うーん、これは、一種のおばあちゃん孝行というか……。
――おばあちゃん孝行!?
田中 おばあちゃんが、ちょっと痴呆になってて……。私が会いに行っても「わかんない、この人知らない」って言われちゃって……。でも、1時間くらい一緒にいたら「東京へ行った陽子ちゃん?」って思い出してくれて。よく「印象深いことは覚えてる」っていうでしょ? それがすごく嬉しかった。それからしばらくして、このオファーをもらったから……。
――なるほど! じゃあグラビアでおばあちゃんに再びショックを与えましょう(笑)! 次に会うときに「あ、サイゾーに載ってた陽子ちゃんね?」と。
田中 あはは! プリントアウトして見せてあげたいな!

元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の32回目! 今回は『マジでオタクなイングリッシュ! りぼんちゃん』のトナー役、声優の平田由季さんとのユニット『pink☆away』として音楽方面でも活躍中の声優・五十嵐浩子さんが来てくれました!
――誕生日おめでとうございます(取材時2月27日)! いいんでしょうか、誕生日が日刊サイゾーで……!
五十嵐 いいんです(笑)! 33歳の初仕事です(笑)!
――これが初仕事じゃ、お気の毒としか言いようがないですよ! ちなみに年齢は公表されてるんですか? 声優業界では珍しい方ですよね。
五十嵐 別に隠してるわけではないけど、曖昧な感じです。アハハ。今日も普通にTwitterで誰かが「33歳おめでとうございます!」って書いてて、普通にリツイートしちゃってから「あっ」って気づいたんですよ(笑)。最初の事務所にいたときは年を書いてたんですけど、前の事務所に移ったときに「どうします?」って言われて、年をそんなに言うのもどうかなぁと思い……。
――あと、他の所属の方がみんな書いてないと、それに揃えちゃいますよね。
五十嵐 そうそうそう! だからWikipediaとかには一応生年月日が載ってるんですけど、“要出典”って書いてあるんですよね、さだかじゃないみたいで(笑)。
――なるほどー! 今日は今まで何をされてましたか?
五十嵐 美容院に行って、あと銀行。銀行に行きました。この後も特に予定はないです。
――誕生日感の薄さが素敵です! ちなみに、今回は初の応募(※最近声優さんから離れていたので、宍戸留美さんが直々にがTwitterで募集をかけました。今後もどしどしご応募ください!)ということで、ご応募ありがとうございました! なぜ応募してくださったんですか?
五十嵐 宍戸さんのツイートを見て「面白そうだな」と思って。今までずっと事務所に入ってたんですけど、ちょうど去年フリーになったし、“フリーだからできること”をしたいなって。
――ありがた~い! 綺麗な声優さんがみんなフリーになればいい! ところで、プラモ作りにも相当ハマってますよね。ブログを拝見したんですけど、延々ガンプラ作ってる画像と『筋彫り』とか『墨入れ』とか専門用語が並んでいたり、ベアッガイを作って『電撃ホビーマガジン』に載ったり、「あ、コレはガチな人だ!」と。
五十嵐 ええ……。でも、まぁ、声優業と業界的にはつながってはいるので、仲間っちゃ仲間ですよ!
――開き直った! どうしてプラモデルを作りはじめたんですか?
五十嵐 もともと、何かを作ることはすごく好きで、料理とかお菓子とか手芸とかをやってたんです。
――そこまではすごいガーリー!
五十嵐 だからきっとプラモデルに手を出したらハマってしまうだろうなぁと思って、あえて手を出さずにいたんですよ。そもそも、私、ガンダムをほとんど観たことがなかったので、「観ないで作るのって失礼だな」と思って。ただ、「かっこいいなぁ、作ってみたい」って思いはずっとあったし、「ガンダムは素晴らしい!」っていう話も周りの方から聞いていたので、とりあえず観ようかな、とファーストから全部観て……。
――全部!? 膨大な時間がかかるんじゃ!?
五十嵐 なんだかんだ2年くらいはかかってますね。ファーストからゼータ、ダブルゼータ、OVAのちょこちょこしたのも観て、ユニコーンまで観て、そういうことをしていたら「だったらもう作りなよ!」って話に……(笑)。
――そこまで観たらさすがに古参にも怒られないですね!
五十嵐 それで作り出して、いろいろと縁がつながって、お仕事にもなりました。えへへ。
――あっぱれです! 今、ご自宅にはどのぐらいあるんですか?
五十嵐 作りはじめてからまだ2年半くらいなので、まだ12~3体かな。
――今後も増えていくのでしょうね……! プラモ作りと聞くとインドア派な印象を受けますけど、毎年富士山に登られてるとか?
五十嵐 そうです、もともとアウトドアが好きで、引きこもってるよりは外に出たいはずなんですけども、プラモデル作ってるときは別なんですよねぇ(しみじみ)。
――なぜ富士山が好きなんですか?
五十嵐 最初はただ「てっぺんが見たい」と思って登ったんです。でもやっぱりいろいろ調べれば調べるほど、「高山病が……」とか「装備が……」とか、気を付けることがあるので、不安でいろいろと揃えて、その上、体力がそんなにないので半年間走ったんですよ。
――え! 走り込み!?
五十嵐 「今年の夏に登るぞ!」って決めて、1月にランニングシューズを買って、そこから週に2~3日ですけど、1日5キロくらい走って、万全に万全を期して。一人で登るわけじゃないから、足手まといにはなるまいと思って……。
――誰も半年前から体力作りはしてないよ!
五十嵐 当時、富士山に登ろうとしている方から「20キロくらい走ってる」という話を聞いて「そんなに体力がないと登れないのか!」ってビビッちゃって(笑)。それで一回登ってみたら、富士山に、私の中のいらないものを、全部置いてくる感じだったんですよ。
――おお、デトックス!?
五十嵐 そうそうそう!
――何を置いてったんでしょうね?
五十嵐 わからない(笑)! だから毎年登ろうと思うんですけど、去年はプラモの締め切りがギリギリまであったので、走ってる時間がなくって、ぜんぜん運動ができないまま、久しぶりの運動が富士山登山になってしまって不安だったんですけど、前年よりぜんぜん楽に登れるようになってましたね~。
――体が覚えていたんですかね~。というか、プラモの締め切りに追われるって同人作家みたいな生活なんですね。休みの日は何をしてるんですか?
五十嵐 プラモ作り(きっぱり)。
――極端だなぁ。体力作りに走り込みができるあたり、学生時代は運動部ですか?
五十嵐 ダンス部で、中学、高校とずっと踊っていました。だから、最初に事務所に入ったとき、声優事務所に入ったはずなのに、なぜかミュージカルに出てましたよ。声優がやりたくて入ったのに、たぶん“踊れる”っていう点だけで採用されて、お芝居がどうとかはあんまり関係なかったような(笑)。
――ちなみに、なぜ声優を志されたんでしょう?
五十嵐 「声が変」っていうのと、「声が通りすぎてうるさい」って言われてたのもあったんですけど、世代的に『幽☆遊☆白書』がすごく好きで……あのアニメで声優っていう職業を知ったんです!
――わかります! 「中の人っているんだ!」って衝撃を受けますよね。
五十嵐 そう! 考えれば当たり前なんだけど、「いるんだ!」って気づきだして。そのとき、学校の友達に宝塚とか劇団四季が好きな子がいて、その子に巻き込まれて、“中学3年生の追い出し会”とか、“中学1年生のおめでとうの会”みたいなやつで15分くらいのちっちゃいお芝居をやるようになって、「声優さんって楽しそうだな」って思うようになって、大学生の時に、大学と並行して養成所に通い始めたんです。
――おお! いっきに夢に近づきましたね!
五十嵐 でも、大学が短大だったのもあって忙しすぎて、本当は2年間養成所に行かなきゃいけなかったんですけど、1年間で「無理だ!!」と養成所は辞めて……。
――短大はそれだけでも、めちゃめちゃ忙しいですからね……。短大ではどんな勉強をしてたんですか?
五十嵐 児童教育学科にいました。2年間だと幼稚園の先生、3年間だと保育園の先生にもなれるんです。その保育士になるための課程の中に、2週間くらい山にこもるっていう実習があって。
――なにそれこわい。
五十嵐 自給自足の生活をしている人たちのところに行って、一緒に畑仕事とか、ヤギの乳をしぼって生活するっていう実習なんですけど、それにめちゃめちゃ行きたくて、そのために3年目も通って……。
――もう山で暮らしてしまう勢いじゃないですか!
五十嵐 その実習はすごく良かったですよ! でも、やっぱり「声優になりたい」って思いがあったので、もう一回、別の声優の学校に入ることにして……。
――じゃあ入学金とか2倍じゃないですか! ヤバイ!!
五十嵐 夜間のところだったから、そんなにはかからなかったです(笑)! ただ、年齢的なことも考えて、「ストレートで行けなかったら声優は諦めようかな」とは思ってました。そしたら、一番下のクラスから上のクラスまでストレートで上がれて、事務所に所属もできたので、今こういう感じです(笑)。
――結局フリーになっているけど、いろいろと良かったー!! ちなみに、フリーになって良かったことはありますか?
五十嵐 「これをやると事務所に悪いかな」とか、そういうことを考えなくてよくなったことかな。ライブをちょくちょくやっているんですけど、その都度、事務所に「この日はライブなんでNGです」って言わなきゃいけないじゃないですか。
――ライブいっぱい出てるなぁとは思ってましたけど、事務所がやってるやつだと思ってました! 自分でやってたんですね!
五十嵐 そうです(笑)。呼んでいただいたものに出ているだけなんですけど、NG日程をいっぱい事務所に出すことになるから、あんまり良く思われないだろうなぁって……。プラモも、最初はどのくらい自由に自分でやっていいかわからなかったし……。
――きっと事務所もわからなかったでしょう……。ライブはユニットの『pink☆away』で出らることが多いんですよね。ユニットは今どのくらいやられているんですか?
五十嵐 もう6年くらい。
――ベテランですね!
五十嵐 気づいたらベテランでした(笑)! アニソンのカバーを歌ったり、オリジナル曲もあってCDも出して、その後は友達のツテを使ってCDを出したりしてたんですけど、そこから3年くらいCDは作ってないから、そろそろ作ろうかなって。
――というか、6年って、前の事務所にいた時間よりも長いですな。
五十嵐 本当だ! 前の事務所もそんなに窮屈な方ではないし、むしろ自由にさせてもらってたんですけど、それでもやっぱり「自由にさせてもらってる」っていう感じが申し訳なくなっちゃうので、それがないのが一番いいです。
――スケジュールも自分で管理できるのも最高ですよね! なぜか今日は誕生日に変なインタビューをされていますが……。
五十嵐 あはは! 「今日空いてます」って言ったのは私ですから、大丈夫です!
――明るい方に見えますが、普段、落ち込むこととかはありますか?
五十嵐 あります! いっぱいある! 私、自意識過剰なんですよ!!
――(爆笑)!
五十嵐 いらんことを気にしすぎるというか、言ってから「あれ? 私そういえばあんなこと言っちゃったけど大丈夫だったかな」とか、そういうことがすごくよくあって……。
――それだと、コミュニケーションを取れば取るほど後から落ち込んだりしそうですね。
五十嵐 そうなんですよ! だから「本当にしゃべらないようにするべきか」を真剣に考えたりして……。
――誰に何を言ったんだ!
五十嵐 それももう覚えてないんですけど、盛り上がってるときにポロッといらんことを言ってしまい、場が「あっ……」ってなるみたいな……そこで「いま私この話、言わなくてよかったよな」って思うこととかが、よくあるんですよね……。
――それはお酒が入ってない状態ですか?
五十嵐 そう! 入っていない状態で、です! だからニコ生とかに出るときは超怖いと思って、事前に「この言葉は絶対に言っちゃいけないのとかありますか?」「こういう話はしないでとか……」って確認しますもん!
――確認しないと放送禁止用語をしゃべりだす恐れが?
五十嵐 自分で自分が怖いですよ……!
――それはそれで観たいので、ほどほどに気を付けましょう! 話を声優業に戻しますが、声優になってから、思い出に残ってるお仕事は?
五十嵐 やっぱり一番最初の仕事ですかね。初めてアニメのお仕事で、ガヤとかじゃなくてセリフがあったのが『蟲師』っていう作品で、すごく丁寧につくられているアニメなんですよ。作品にかけるスタッフさんの思いがすごい伝わってきて、「私はこんな所でいっぱいしゃべっていいのだろうか」って思うくらい。
――どんな役だったんですか?
五十嵐 しゃべると、その子の声のせいで蟲がどんどん寄って来ちゃって、周りの人が病気になるから、「もうしゃべりたくない、声をつぶそう」と思って声がガラガラになってる女の子の役です。
――「もう自分はしゃべらない方がいい」って部分は、五十嵐さんと通じますね! でも、わざと声をガラガラにするのって大変じゃないですか?
五十嵐 それが、私、昔はもっと声がガラガラだったんですよ。昔、夢と魔法の国でアルバイトをしてたら声が出なくなってしまって……。ちょっと出るようになったらしゃべる、を繰り返していたらガラガラ声から抜け出せなくなってしまって、「このままじゃ声優になれない!」と思ってバイトを辞めて……。どうやら、私の声帯が強すぎて、普通だったらまったく声が出なくなっててもおかしくないのに、音として声が出ちゃってたんですよね。このまま喉の筋肉を間違った方法で使い続けると声帯が完全に壊れてしまうから、ボイストレーニングに通って、なんとか治ったのが今の声だと思います。
――良かったー! 夢と魔法じゃ声帯は治らないですからね!
五十嵐 でも、そのガラガラ声のまま声優になれちゃったんですよ。そのまま『蟲師』の役に合ったので、そのままデビューさせてもらっちゃって……。
――わー! それだと、ガラガラのままの方がいいのか、治すべきなのか悩みますね!
五十嵐 悩んだんですけど、ガラガラのままだと、自分の思うところが出ないんですよ。音の幅が狭すぎて、もっとこう表現したいのに音にはどうしても出なかったりで……だから治しました。
――声が治ったところで、やってみたい役はありますか?
五十嵐 最初にやらせていただいた『蟲師』のときはガラガラ声だったし、今までは動物とか、男の子とかが多かったので、普通の女の子の役ができればいいなぁ。
――サイゾー読者の声優業界の皆さま(いるかな)、お仕事お待ちしてます! では、今後のプライベートでの目標は?
五十嵐 富士山には今年も登りたいと思ってます! あと、星の勉強をして、星の検定とかも受けたいなぁ。宇宙もいいですね。星とか宇宙とかが好きで、宇宙博とかも行ってます!
――富士山から星、そして宇宙。どんどん高いところへ……!
五十嵐 あ、あと深海も好きで、深海展とかも行く。
――深海から宇宙までとは、趣味の振り幅も末広がり!
五十嵐 30過ぎてからの方が、俄然いろんなことがやりたくなってしまって(笑)! 私の20代、なんだったんだろう?
――きっと富士山に置いてきたのでしょう! 本日はどうもありがとうございました!!
(取材・文=小明/写真=宍戸留美)
●いがらし・ひろこ
誕生日:2月27日 出身地:東京都 身長:157cm 血液型:B型
趣味:プラモデルを中心に、もの作り全般・登山・シュールなキティ集め
特技・資格:保育士資格・幼稚園教諭2免・ピアノ・歌
【出演作品】
『蟲師』 しげ
『ヒャッコ』 古囃独楽
『ダンボール戦機ウォーズ』 篠目アカネ
『マジでオタクなイングリッシュ!りぼんちゃん』 トナー
ほか
【ライブ】
今年もやるよ!アツの5時間超えライブ!!
『Brilliant.05 Respect The ANI-SON』 開催!
【名称】アキバ系BBチャンネル10周年記念 Brilliant.05 Respect The ANI-SON
【日時】4月5日(日) 開場13:45、開演14:30(予定)
【会場】Birth Shinjuku
【料金】一般:前売¥3,500/当日¥4,000
女性:前売¥2,000/当日¥2,500
高校生以下:¥500 *全て+1D代 *途中入退場可
【出演】EAST STREET(3)/石戸なつみ(2)/島涼香(初)/瞬間リアライズ(2)/泰勇気&鈴木コウタ(5)/
永井真衣(5)/ pink☆away(5)/風雲侍(4)/ベースボールガールズ(初) /
MieT(諸岡みなみ&平野恵里佳)/ 他(五十音順)
【MC】比嘉モエル/渋木美沙(2)/凪沢怜奈(3)
OpningAct/MAICA
オリジナル番組配信サイト
アキバ系BBチャンネル
元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の31回目! 今回は1990年に「今世紀最大の美女」「第二の山口百恵」のキャッチコピーでアイドルデビューした後、『マネーの虎』(日本テレビ)にて華麗に実業家に転身。現在は健康総合プロデューサー、歯科医院経営者、好感度コミュニケーション講師として活躍中の揚田亜紀さんが来てくれました!
──揚田さん、このたびは本当にどうもあり……
揚田 いえいえ! このたびは天下のサイゾーさんにお呼びいただいて、本当にありがとうございます!
──えっ!? サイゾーが天下取ったことなんてありましたか?
揚田 私の中では神ですよ! だってサイゾーなんていったら、もう、クリックの神じゃないですか!? クリックせざるを得ないでしょ? サイゾーといったらクリック!!
──この連載も、たくさんクリックしてもらえるように頑張ります! いやぁ、今回は揚田さんがいらしてくれるということで、前もってご友人の宍戸留美さんに、どんな方か聞いておいたんですよ。そしたら「すごい美人だけど、よくしゃべるよ」って。
揚田 もうね、世の中のよくしゃべる人をマシンガントークって呼ぶのは古いよ、そういう手垢のついた表現は。
──は、はい……(言ってないよ)。
揚田 マシンガントークって、なんかさ、理性もなしに、しゃべりたいからしゃべりたいままに人の会話を無視してしゃべる、飲みたいときに飲むし食べたいときに食べる、性にはだらしがない、そういうしょうもない自堕落な奴みたいじゃない?
──さすがに、そこまで思ったことはないですよ!
揚田 だから、これからは“彩りトーク”とか言ってくれないかな。“華やかトーク”とかさ。そういうふうに表現できたら、その人、好感度が上がると思うんだよね。
──今日も出だしから相当お口が彩ってますね! 今回はインタビューとグラビア撮影ですが、グラビアはかなり久しぶりになりますか?
揚田 久しぶりもなにも、オファーがないから!!(笑) 私だってアイドルのときにグラビアやりたかったんですよ!! 一度だけ水着になったことがあったんですけど、太りすぎてて反響がないどころか、その数カ月後に「Momoco」(学習研究社、現・学研ホールディングス)が廃刊になったんだから!!(笑)
──伝説のアイドル雑誌が、揚田さんの水着で廃刊に!
揚田 私がアイドルだったと証明できる唯一の雑誌だったのに……ちぎれるくらい持ち歩いてます! 自分が出てる号は、Amazonで追加して買ってるからね。もうボロボロになっちゃって、顔とかもすり切れちゃってるから。どなたか原本お持ちでしたらご提供くださ~い、あははは!
──お気持ちわかります! 私もデビューした年の本とか死ぬほど集めました! 揚田さんはご自分でいろいろできる方だから、大人の言うことを聞かなきゃいけないアイドル時代は窮屈じゃなかったですか?
揚田 当時から「自分はアイドルのプロじゃない」と思ってたから、プロの人に任せようと思って、言われたことは全部やってましたよ。相手は芸能事務所、プロモーションのプロだから、「髪の毛を切りなさい」って言われたらすぐに切ったし、「痩せろ」って言われたら……うまく実行はできなかったけど、やろうとはしてましたよ。ダイエット本まで出したくらいですからね。『やせるが勝ち!?』(1996年/実業之日本社)っていう、何百種類ものダイエットの失敗談の列挙という……普通は成功談を書くんだけど、痩せなかったからね~。アイドル界の小錦って言われてたのよ。
──えっ! 本当に!?
揚田 そっ、衣装が入らなくてね。忘れもしない「モモコクラブ」の最初のグラビア撮影のときに、足が太すぎてスキーの靴が入らなくて、無理やり履いたらパッチーンって留め具の部分に肉が挟まって「イギャギャギャギャギャ~!!」「うわ、アイドルの揚田さんの肉が挟まっています!」って、大変なことになったのよ! 骨格がアイドルに向いていなかったのね(笑)。
──そんなバカな! キャッチコピーは「第二の山口百恵」なのに?
揚田 あれは……もう釣り広告みたいなもんでね。私のキャッチコピーは「第二の山口百恵」と「今世紀最大の美女」だったの。ホリプロの山口百恵を育てた人にスカウトされたからなんだけど、まぁ顔だけは痩せてたかもね……。顔だけのプロフィールでスカウトして、会ってみたらデブった三頭身で大変だったでしょうね。しまいには当時の社長が「そんなこと(第二の山口百恵とか)言ってない」って言いだしてさ(笑)。
──もう、クリック詐欺みたいですね。
揚田 サイゾーみたいなもんだよね。あ、サイゾーは詐欺じゃないね、クリックリアル! サイゾーはクリックリアル!
──でも、アイドル業は相当儲かったんじゃないですか?
揚田 アイドル時代は、むしろ親に借金してるから。アイドル時代なんて売れるわけないし貧乏話がいっぱいですよ。食べ物も留美んちの冷蔵庫からかっさらってたんだから。おなかすいて、留美んちの冷凍庫のアイスというアイスを全部食べまくって怒られたり、あと近くのパン屋さんでパンの耳をこんもりたっぷり30円で買って、あまりにそればっかり食べてたから、店員さんに「何のペット飼ってるんですか?」って聞かれて、「手乗り文鳥16羽です」って答えてみたり。それくらい貧乏だったの。だから、実質稼いだのは実業家になる手前くらいじゃない? そこからは年収200倍だよ。まぁ元が貧乏だったからなんだけどさ(笑)。
──200倍はすごい!! 『マネーの虎』効果ですかね?
揚田 アレでやっぱり人生変わったなぁ。私の代表作『マネーの虎』ですから!
──『鶴ちゃんのプッツン5』(日本テレビ系)じゃなく!?
揚田 人生初のプレゼンテーションで、1,435万円の投資を成立させましたからね。
──健康ドリンクバーの店ですね! 『マネーの虎』で開業の資金源を獲得したにもかかわらず辞退されたと聞いたんですが、それはなぜ?
揚田 その後すぐに番組が終わることになって、追跡取材もないので、投資家側のメリットが変わってくるでしょうから、投資を申し出てくださった方にもメリットがなくなったら申し訳ないし、「私に投資しようと決めてくださったお気持ちに大変感謝して、お気持ちだけで、ありがとうございました」って、こちらから白紙に戻させてもらったんです。1,435万円のプレゼンを成立させたってたことが、後に大きな話題となりましたが。
──その後、開業に至るまで、資金源はどうされたんですか?
揚田 自分の貯金や、親から借りたり、バイトしたりして出しました。
──自腹!?
揚田 1,435万円っていうのは、がらんどうからお店を作って、ランニングコストとかも含めて、「たとえ赤字でもしばらくは維持できます」っていう額だから、居抜きで出店したら全然もっと安くできたわけよ。
──自腹で麻布十番に店なんて、すごすぎますよ!! それから10年ずっと人気店で、銀座に2号店まで出したのに、なぜ閉店させてしまったんですか?
揚田 なんか、欲が出てきたんだろうね。だいたい10年区切りでアイドルもやったし、実業家にもなったし、お店も2軒やった。やりきったの。そしたら今度は「女の子として生きてみたい」と思ったんだよね。17歳の頃からずっと普通の女の子とは違った生活をしてきたから、女の子としての私は、17歳で時間が止まってるわけよ。自分の違う可能性を試したくなったんだよね。お店をやっていると、「バイトの子、大丈夫かな」「食べ物は大丈夫かな」「お客さん楽しんでるかな」って、24時間、本当に休まるときがなかったの。もちろん最高に楽しかったけど、やっぱり責任もあるからね。そこで「なんにもない人生ってなんだろう」と思って、全部リセットさせてもらったの。そうして考えたのが「趣味じゃなくて、仕事として今、自分がやりたいことってなんだろう」──それが、講師業だったんだよね。それで、“好感度コミュニケーション”を開発したんです。
──へー、なんで急にコミュニケーション講師に?
揚田 芸能っていう好感度が命の世界と、接客っていうコミュニケーションが物を言う世界で一番学んだことは「正しいことを言っていても嫌われる人と、正しくなくても好かれる人がいる」ってこと。そして、その違い。私なら、それを人に論理的に教えられると思ったの。そもそも芸能界にいるときも芸能人向けにレッスンしていたので。「好感度を十分に引き出すためにはどうすべきか。今、あなたが言った一言が、なぜ感じが悪かったかというと……」って。そして魅力的な表現の仕方を教える。だから講師業は、実は、10年以上前からやってるのよ。「仕事はできるのに、人から好かれない」とか「正しいことを言っているのに、なぜか友達がいない」とか「こんなに一生懸命やってるのに、すべて裏目に出る」とか、そういう空回りって、すごくかわいそうだと思う。私が独自に研究を重ねて作り上げた、特殊な“揚田メソッド”では、これらがすべて解決できるんです。
──“揚田メソッド”って何!? えっと、いろいろと気になるんですけど、私、人からよく「壁がある」って言われるんですよ、どうしたら人から好かれやすくなりますか?
揚田 反射。私が教えているのは反射コミュニケーションだから、反射で好感度をキャッチできるようにしてるの。
──は、反射で好感度をキャッチ……?
揚田 座学で「好感度とは~」「人から好かれるためには~」なんてやっても、頭でできた気になって終わり。まったく体に身についてない。論理的な解説はもちろんしますけど、実践にかなうものはないから、私のレッスンでは四の五の言わずに体で教え込むのよ。
──やってみたいやってみたい! 仕事がうまくいかなかったり、婚活がうまくいかなかったり、家族間でうまくいっていないサイゾー読者と、好感度を上げたい私のために“揚田メソッド”を教えてください!
揚田 教えられないよ! だって普段それを、お金もらって教えてるんだもん! 生徒さんに悪いじゃん!(笑)
──じゃあ書かないから、教えてよ!!(真顔)
揚田 えー……じゃあちょっとやってみせますけど、まず……(以下、企業秘密)……。
──……おお!! すごい!! なんだかさっきよりも、ずっと揚田さんのことが好きになってきた……!!
揚田 これが揚田流・特殊メソッド“ひなぎき”よ……!
──“ひなぎき”とは?
揚田 それはね、ひなのように愛くるしく、そしてひな祭りのひな人形のように慎ましく……あれ? おひなさまのひなのように慎ましく……だったかな、まぁどっちでもいいんだけど、赤ちゃんのように愛くるしく、ひな人形の、あ、ひな祭りのおひなさま……だとカブってるかな、あれ? ひな祭りの……赤ちゃんのひなの……(省略)ちょっとどうにかして! 文字のプロでしょ!!(笑)
──わからないですよ!! 赤ちゃんみたいに愛らしく、ひな人形みたいに慎ましくってことですか? でも、揚田さんって、決して慎ましいタイプではないですよね。
揚田 はぁ~~~~~!? 私という存在を全部ひっくるめると慎ましさになるでしょうよ!! そもそも本当の慎ましさって? って、思うんだよね。本当の慎ましさって、自己主張の仕方が慎ましい人だと思う。人は誰でも自己主張をしたいものじゃない? でも自己主張を押し通すと嫌われる。控えめすぎると相手に捨てられる。私がよくしゃべるのは、相手の主張とのオトシドコロを見つけるために言葉のジャブを多く打つ。この配慮! だから私は慎ましい!
小明・宍戸留美・編集 ……(無言)。
揚田 あ、声を張りすぎってのは100%慎ましくないね(笑)。
──うん、そうですね、うん……。あー、えっと、“ひなぎき”をはじめとした“揚田メソッド”の講座を受けた生徒さんたちは、どんな感じで卒業していかれるんでしょうか?
揚田 すごいよ。みんな「人生で初めて、こんなこと教えてもらった!」「具体的でわかりやすい」「こんなに楽しいと思わなかった」「気づいたら体で覚えてた」って。あと、私の授業を3時間受けた人が言うには「職場で、いろんな人から話しかけられるようになりました」「人から信用されるようになった」「誤解が解けました」とか。ビジネスマンは結果、出世や売り上げに反映されるので好評ですね。
──すごい効果!! 一般の人は、どこに行けば講座を受けられるんですか?
揚田 基本は企業とか法人と組んでやってるけど、一般参加の方は私に直接メールして! マンツーマンでやった方が効果が早いからね!
──でも、お高いんでしょ?
揚田 ピンキリ!!
──気になった方は是非ブログから連絡を! ……あっ、話は変わるんですが、ご結婚おめでとうございます! 歯医者さんのご主人との出会いはどちらで?
揚田 出会いはね、旦那が勤めていた大学病院で診てもらったのが出会い。で、惚れ込んだのは、みんなでお食事をしてる時。何かのタイミングで「亜紀さんがいない時間、僕がマワシテおきますよ」って、業界用語を使ったのよ。それで後から注意してあげたわけ。「よく、芸人さんの真似する素人さんいるけど、あれ、本当にかっこ悪いからやめたほうがいいですよ、自分の言葉に変えてオリジナルで話したほうがカッコイイですよ」って。そしたら「違う。僕は芸人さんの真似をしたのではなくて、あの状況を次に進めたかっただけなんです。ただ、進めるにあたり、適した言葉が僕のボキャブラリーにはなく、見当たらなかったので、芸人さんの言葉を借りるしか思い浮かばなかった」って。
めちゃくちゃ自分の言葉で話せる人だなあーーって(笑)。それからリスペクトするようになり、仲良くなった時、私の“特殊メソッド”に興味を持って、「亜紀さんはすごい!」って私に惚れ込んだんだって(笑)。
──へー!
揚田 「こんな話は聞いたこともない」って感動してね……。旦那、学者なのよ。歯学博士号を持ってるから、研究でも論文ガンガン書いてる人で、歯医者もできるけど、私は研究者だと思ってる。そういう勉強してる人って、コミュニケーションの勉強はしてきてないから、私というものをナマで見て、びっくりしなんじゃない? こんなにキレイで、面白くて、人気者は初めて見たんだって! もんのすごいキレイだったらしいんだよね。もう輝いてたんじゃない? こんなにキレイで(3回目)、キレのある格言も持っていて、ビシッと論理的に話もできて、何より愛嬌もあるしね! 世の中の魅力という魅力が、全てバランスよく揃ってたんだと思う。性的な魅力だけなかったけど、彼は別にそこは求めてなかったから!
──確かに揚田さんはすごい美人です! けど、こんなに自分で自分を褒める人、初めて見ました!
揚田 え、私、自分で言ってる? でも美人だよね! 私ね、配置が良いんだよ。良くできた顔だって言われるの! シンメトリーっていうの? クリエイターとかの集まりがあると、すっごい好かれるんだよ、クリエイターって黄金比とか求めるから、芸術家とクリエイターに囲まれてじっくり顔見られながら「ここの比率がいい」とか会議されて、「ギリシア彫刻くらいしかないね、揚田さんの顔に並ぶのは」って……言われてたと思う!(笑)
──でも、アイドル時代にグラビアはやられなかったんですよね。
揚田 だからオファーがないから!!(泣)
──ご主人といえば、揚田さんは茨城県に歯科医院「ヒナ歯科&ケアクリニック」を開業されましたが、ご主人は、ご実家が茨城県なんですか?
揚田 そういうわけじゃなく、旦那が以前、茨城県で勤務していたときに地元の方にとてもよくしてもらったらしく、茨城が好きになったんだって。だから、東京の最新技術と設備を、茨城にそのまま持っていったんです。大学病院と同じレベルの治療が受けられるんだよ。本当に「こんなに明るくポップで、おしゃれで、腕がいい歯医者は初めてだ!」って言われるの。
──えぇ~? 明るくポップ~? 歯医者がですかぁ~?(怪訝そうな顔で)
揚田 「好きなものを、なんでも食べてもらいたい」「女性を美しくしたい」という思いで旦那は治療してるみたいよ。歯医者に限らず、医療って閉ざされたイメージがあるじゃない? 歯を治す場所なのに行きたくない、なんて元も子もないじゃん! 行きにくいなんて、最も思われちゃダメな場所なんだよ。私が健康ドリンクバーの店を10年やってたときに、青汁っていう苦くて飲みにくいものをポップにのし上げたんだよね。青汁ビール作って、青汁ラーメン作って、青汁焼酎つくって……みんなが今まで好きだったものにブレンドすることによって「あ、青汁って美味しい飲み方あるじゃん!」って気づいてもらって、もんのすごいヒットしたわけ。そうやって健康業界をポップにしたから、今度は医療業界をポップにしようと思ってるの。歯医者って、だいたい「痛くなったら行く」でしょ? それから「痛くなくても(メンテナンスで)行かなきゃ」とか。でも、うちは「痛くなくても行きたい」って歯医者なの。だから、うちには歯医者恐怖症の患者さんもいっぱい来るよ。もう、入った瞬間にパァァって明るいから、すごく入りやすいし、腕もいいしね! おかげさまでバカウケしてます!(笑) ちなみにスローガンは「楽しいから笑うんじゃない! キレイな歯を見せたいから笑うんだ!」あ、運がよければ私の「魅力的な笑顔の講習」も受けられますよ!
──揚田さんの歯医者なら、笑気ガスいらずかもしれない! ぜひ行ってみてくださいね! ところで、揚田さんはいつもポジティブでバイタリティにあふれていますが、ストレスはないんですか?
揚田 やりたいことをやっているからではなく、やりたいことが世の中から需要があって、さらにそれがお金になってるから、奇跡のストレスフリーなの!(笑) あ、この間、J-WAVEの秦基博さんの番組に呼ばれたの。テーマが『最もストレスのない人生を送ってる人』で、ゲストが蛭子能収さんと揚田亜紀。
──(爆笑)!!!
揚田 そこで「奇跡のストレスフリー」って言ったら秦さんも「え? 奇跡のストレスフリー?」って。言葉を最も大切にする作詞家の人がワードで引っかかったんだから! つまりシンガーソングライターに、私のキーワードを伝授したってことでしょ? ……どうしよう、新曲に使われたら(笑)。
──ネットで「秦さん作風変わった」って叩かれるかな……。
揚田 まぁ、「しゃべり方にキャラがありすぎて内容が耳に入ってこない」「早すぎて何言ってるかわからない」とも言われたけどね!
──トークが彩りすぎてたのかな! 本日は素敵な“彩りトーク”、どうもありがとうございました!!
(取材・文=小明/撮影=宍戸留美)
●あがりた・あき
1972年6月7日、和歌山県生まれ。B型。
1990年、“第二の山口百恵”としてアイドルデビュー。『笑っていいとも』(フジテレビ系)、『鶴ちゃんのプッツン5』など、バラエティー、歌、ドラマ、映画、レポーター、著書『やせるが勝ち』など、多岐に渡り芸能活動をへた後、30歳、プレゼンテーション番組『マネーの虎』にて、1,435万円のマネー成立、実業家に転身。銀座と麻布十番で「健康ドリンクバー」を経営するや、たちまち人気店となり、メディアに多数とりあげられる。同時に、タレント新人育成と、お店のスタッフ研修で培ったコミュニケーション技術を独自のメソッドとして作り上げ、現在は法人を中心にOLからビジネスマン、経営者、医師など幅広い層を対象に「好感度コミュニケーション講座」を行う。2014年10月より歯科医院経営。
揚田オフィシャルブログ 揚田亜紀のアガリタアガリタ







