新海誠監督不倫騒動の一方で、『秒速5センチメートル』ヒロイン役に復帰熱望の声「夫の逮捕で……」

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『秒速5センチメートル』(コミックス・ウェーブ・フィルム)
 大ヒットアニメ映画『君の名は。』で知られる新海誠監督に、不倫騒動が持ち上がった。  13日、一部スポーツ紙で女性編集者との不倫を報じられたが、新海監督は同日、自身のTwitterで「交際の事実は一切ありません」と報道を否定しつつ、「誤解を招いてしまう行動でした」「失礼いたしました」と謝罪している。  一方、その新海監督の出世作である『秒速5センチメートル』(2007)でヒロインの篠原明里を演じた声優でモデルの近藤好美に、復帰を望む声が高まっているという。  ただ、再注目されたきっかけは残念ながら、夫とみられる人物の逮捕だった。4月下旬の深夜、大手広告代理店「電通」社員の高橋知也容疑者は、都内の路上で20代女性に「彼氏いるの?」などと声をかけ、戸惑う相手の手首をつかみ、ビルの陰に連れ込んで、キスをしたり胸や下半身を触るなどした疑いで6月6日、警視庁に逮捕された。  高橋容疑者は「連絡先を教えないと帰さない」と女性に連絡先を交換させ、LINEで「ごめんね」などのメッセージを送っていたことから、容疑者と特定されたというが、調べに対し、「身に覚えがありません」と否認しているという。  犯行が事実であればあまりに大胆だが、その真偽はともかくネット上では高橋容疑者と思われる男性のSNSなどが特定され、昨年11月に結婚していたことも明かされた。  そして、その相手女性ではないかといわれているのが近藤だった。男性が投稿した写真などから名前が「YOSHIMI」であることがわかり、写っている女性の外見も確かによく似ている。さらにいと、近藤自身も同じく昨年11月に結婚を報告していた。  近藤は02年にモデルでデビューした後、『秒速5センチ~』で人気が急上昇。「奇跡の声」とも呼ばれる、かすかに震えるような美声がアニメファンから絶大な支持を受けていたが、11年に引退し、インテリアや食品関係の仕事に就くなどしていた。  ただ、その後も学生イベントでモデルを務めたり、新海監督のトークショーにゲスト出演したりしており、オフィシャルブログも続行。逮捕報道の直後にブログは削除されてしまったが、あるアニメ関係者によると「実は彼女の再起を願う声が高まったのは、逮捕報道の前」だという。 「昨年8月、『秒速5センチ~』がテレビ東京で放送されて、再評価の声が高まったんですよ。それでオファーをした人もいたんですが、当人は結婚を控えていて、交渉のテーブルにも着けなかったとか。才能がある人なので、もったいない。いまだに根強いファンがいますし」(同)  近藤は結婚相手については明かしておらず、ネット上で騒がれる高橋容疑者と本当に夫婦であるのかはハッキリしていない。ただ、それに関係なく、近藤には声優復帰への待望論があるわけだ。別のアニメ制作従事者も、こう話す。 「こういう騒ぎで変に注目されて落ち込んでいるかもしれませんが、近藤ファンが減るわけではないですし、私も戻ってきてほしいですね。彼女と仕事をした人はみんな『穏やかで品があって、とても素敵な人だ』と言っていますから」  注目のきっかけはなんにせよ、彼女を応援する声は多い。あの美声がまた聴けることを期待したい。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)
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「地下アイドルは、お金が回ってた!」【里咲りさ】社長の“たったひとりからの卒業”宣言

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の48回目! 今回はアイドル・シンガーソングライターで元アイドルグループの運営、現在は社長(!!)という波乱の人生を送る、里咲りささんが来てくれました! ──よろしくお願いします! まさか、こんなに素朴な美少女が社長とは……ついにこの連載に社長が来てしまいましたよ。 里咲 あはは、声優さんの連載なのにすみません! ──里咲さんの経歴は、シンガーソングライター→グループアイドル→グループアイドル運営兼メンバー→アイドル兼社長なんですね。24歳とは思えない人生の密度です。まず、初めの方からうかがっていきたいんですが、シンガーソングライターからアイドル路線に移られたのはなぜだったんでしょう? 里咲 そうですね、初めはシンガーソングライターでギターを持って歌ってたんですけど、「あ、これはもう大きいレーベルから電撃メジャーデビューでもしない限り、お金は回ってこない」ってわかって、紆余曲折あって、気付いたら地下アイドルの育成番組みたいなのに出てたんです。そこで初めてライブハウスに出て、ファンの人と会う機会があったんですよ。そしたらチェキ1枚が500円とか、1,000円とかで売れて……「あれ? ここにはお金が回ってる!」って。 ──(爆笑)! すごい現実的! 路線変更は、良くある「憧れていたアイドルに影響されて~」とかじゃないんですね。 里咲 もちろんハロプロやAKBに憧れたりはしてたんですけど、地下アイドルっていうアンダーグラウンドな音楽文化には、どちらかというと「え、地下アイドル……?」っていうネガティブなイメージを持ってた方なんです。でも、すぐにそのステージに立ったんだから、人生ってわかんないですよね(笑)。 ──アイドルとシンガーソングライターの間には、見えるくらいの壁がありますよね。 里咲 ありますねぇ。シンガーソングライターをやっていたときは、私も含めて「私たちは音楽でみんなに伝えたいんです」って主張でやってる人が多かったんです。けど、人に届けるためにはお金も回していかないといけないですし……。だんだん「私、ここだとちょっとハマらないかも」と思ってきて、地下アイドルのライブに出るようになったんです。初めは「アイドルだからギター弾かない方がいいだろうな」と思って、ファーストから4曲目くらいまではザ・アイドルな曲を出してたんですけど、ある日ライブでギターを弾いてみたら「いいやん!」って反応してくれるお客さんが多くて、「あ、ギター弾いても褒めてくれるんだ! じゃあ、好きな曲書いていいんだね!」って、好きな曲を書けるようになりました。 ──なるほどー。では、グループアイドルに入っていた時期はどうでしたか? 江頭2:50さんが名前をつけた、某家電量販店のアイドルグループでしたよね。 里咲 それが、当時は交通費も自腹で、お客さんの集客もあんまりないグループだったので、ギャラもなく……。チェキを撮ったらそれも運営費になって、さらに家電量販店で働くグループなので、本当にみんな週5~6で働いてるんですよ。 ──えっ、コラボで「今日はメンバーの誰誰が一日店員です」とかじゃなくて? そんなにちゃんと就労してるの? 里咲 そうですよ。一応、時給はもらえてたんですけど、割が悪くって、大元の会社にそもそもいくら払ってるのかを聞いてみたら、明らかに……。そのときに「雇われていたらギャラももらえない。そうだ、雇われるのを辞めよう」と思って、1年で卒業したんです。 ──ブラック企業みたい! 1年で見切りをつけたのは大正解ですよ。私も昔は事務所に入ってグラビアをやってたんですけど、上の方針に従っても全然売れないまま精神を病んだので、「他人の指示で失敗して消耗するのって無駄だな」ってフリーになったんです。けど、4年もかかっちゃった。 里咲 ああ、つらいですよね……。自分でやってダメだったことは勉強になるけど、人に言われてダメだったことは納得できないですよね。自分では「私はもっとこっちが向いてるのに」ってわかるだけに、余計につらいです。 ──そのグループを辞めてからは、どうされたんですか? 里咲 辞めていた大学に戻ろうかと思ったんです。早稲田って、辞めてからも7年くらいはちゃんと申請すれば戻れるんですよ。18歳で入ってすぐに辞めたので、今年がギリギリかなぁ。 ──なんですぐに辞めちゃったんですか? 早稲田を辞めるなんでもったいない! 里咲 中学から生徒会長をやっていて、高校もものすごい進学校だったんです。みんな勉強だけするんです。朝5時に起きて、7時に学校について、夜9時まで学校で自主勉して、帰ってまた2時まで勉強して、土日も模試・模試・模試。だから、あまりに勉強しすぎて、大学に入るときに「このまま大学に入ったらバカになっちゃう!」と思ったんです。勉強的な意味じゃなく、人間的に。だから一回休学して正社員で働いたんですけど、結局は辞めましたねぇ。 ──わざわざ休学して正社員で働いたの? 普通は海外でのんびりとかじゃ……? 里咲 いや、なんか社会に出なきゃいけないと思って……。 ──里咲さんって妙に自立心が強いですよね。実家が極貧だったとか?
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里咲 極貧だった時代と普通だった時代があって、「早く親に楽をさせたい」って気持ちが強いんです。長女だったから、小3くらいから「早く自立したい」と思ってました。 ──ええ!? 私もやや極貧出身の姉妹なんですけど、姉も私も一度も定職についたことないですよ! 偉すぎ!! 里咲 え、ああ……。私は中学を出たら社会人だと思ってました。でも親に「高校まではとりあえず良い学校に行きなさい」って言われて、女子校に入ったんです。それからもずっと「ひとりで生きていかなきゃいけない」と思っていて……そのせいか、人に頼るのが苦手なんですよね。 ──女子校出身だと、思春期に学んでおいた方が確実に人生に有利であろう男性への頼り方や甘え方が壊滅的になりますよね。でも、里咲さんは親父転がしが超うまいと思います。ネットTVで杉作J太郎さんと和気藹々と歓談されてるのを観たんですが、杉作さんと話が弾む若い女子なんて珍しいです。 里咲 確かに昔から年上の男の人には好かれるなぁ。愛読書が『女帝』(倉科遼)だったせいかな。「彩香はいいなぁ、一人で頑張ってて」って。 ──あはは! 家に『女帝』が揃ってる環境に親近感が湧きます。ではでは、里咲さんが運営兼メンバーだったユニット「少女閣下のインターナショナル」での話を聞かせてください! なぜそんなに若いうちに、わざわざアイドルの運営をやろうと思ったんですか? 里咲 最初は作詞作曲がしたくって、裏方をやろうと思っただけなんですよ。まさか自分が女の子を集めてグループをやるなんて思わなかったし、むしろ絶対やりたくなかったくらい。女の子の一番いい時期を預かる責任がとれないし、お金を回せるかどうかもわからなかったし……。けど、気付いたら「一緒にやろう」って言ってた人たちがオーディション募集し始めてて、あれよあれよという間に始まってました。止められなかった。やるしかなくなってやっちゃった感じ。「私も前に出たいかも」と思ってメンバーもやってたんですけど、本当に胃が痛かったですねぇ……。 ──運営兼メンバーだと、メンバー側の心情も運営側の事情もわかるから、板挟みになりそうですね。 里咲 そう、それが特にしんどかったです。メンバーの「こうして欲しい」っていうのもわかるし、運営側の「予算がこうで、そういうオファーは来てない」っていう事情もわかるので、当時は暗かったと思います……。それに、そのグループにギャラが払えなくなったら困るので、自分のソロ活動の他にも普通に営業職について働いてたんですよ。なので、仕事に行って、ライブに行って、家に帰って運営の事務作業して……っていう生活でした。とにかく負担が大きかったです。 ──え? 並行してソロ活動と就職して、その売り上げと給料でグループのメンバーにギャラ払ってたってこと? おかしい、おかしいよ、何かが。 里咲 あはは、メンバーだけじゃなく、スタッフにも、そこからちゃんとお金払ってたんですよ。 ──自転車操業……! 稼げども稼げども、全然貯まらないじゃないですか! 里咲 でもね、そうしているうちに、ソロの方が売り上げが上がってきたんです。それで会社も辞めて、ソロの売り上げのみでグループの赤字を補填できるようになって……しんどかったけど良い経験でもあるので、今思えばやってよかったですよ。 ──恐るべき前向きさ! 某家電グループで搾取されていた分、運営側になると過剰に与えてしまうんですねぇ。ホワイト企業! じゃあ、現在はそのグループも卒業して、お金はジャブジャブですね! 里咲 そうですね(笑)! 今までグループに使ってたソロの売り上げを、そのままソロに還元できるので、できることが多くなりました。ミュージックビデオの製作にもお金をかけられるようになったし、良かったなぁ! ──本当によかったなぁ! ……ちなみに、ソロの売り上げが上がった話の後にアレなんですが、『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)で里咲さんの“ぼったくり物販”が話題になりましたね。いったいどんなぼったくり具合なんですか? 里咲 自分のオリジナルのタオルとかTシャツを作ろうと思ったとき、どこも50ロットから~とかなんですよ。だけど、当時の私のお客さんは5人とか10人の話だったので、確実に赤字になっちゃうんです。それで「もっと小ロット生産はないかな~」と思いながら100円ショップで買い物してたら、肌着とタオルが売っていて……「あ、コレじゃん!!」と思って10枚ずつ買って、サインして「1,000円です!」って売ったら、ファンの人が「わぁ、サインと落書きつきだ~!!」って喜んでくれて「あ、欲しいんだ!? アリなんだ、コレ!!」と思って(笑)。 ──(爆笑)! 里咲 そこから芸として進化させて、その場で10秒でサインして「1,000円です!!」みたいな(笑)。 ──1,000円なら、ぜんぜん良心価格じゃないですか! 里咲 そこで1万円とかとっちゃうと叩かれるでしょう。私はチェキも1,000円なので、1,000円が許してもらえる額かなって。 ──計算高いな! でも、私も同じことやりましたよ。アイドルの抱き枕が流行ってる時期に、発注すると大赤字だから安くて大きな布を買って縫って、自分で全身の絵を描いて「等身大抱き枕です」って同じような価格帯で売りさばきました。素人の酷い絵なんだけど、みんな喜んでくれましたよ! 里咲 うわぁ! あはは! それやりたいです! ──アレも今思えばぼったくりだったんだなぁ。でも、ライブアイドルってみんなそんなもんですよね。
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里咲 そうですね。私の場合は、たまたまビートたけしさんのテレビカメラが入ってるときに、ファンの人が「わぁ~そんなペラペラのタオルが1,000円なんてぼったくりだ!」って言っていたから、私も「里咲りさの、ぼったくり物販はじめま~~~す!」って言ってたら定着してしまって……(笑)。でも、たくさん話題にしてもらえて良かったです! あ、CDとかは、たくさんの人に買ってもらいたいのでもっと良心価格ですよ! ──そういえば、そのCDも、今までは自分でCD-Rに焼いて製作していたんですよね。最近ではプレスもリリースされてますが、どっちもやってみて、どうですか? 里咲 プレスはすっごい楽ですね! だって焼かなくていいんですよ? 今まではリリース前の大事なプロモーションの時期に、ずっとCD-R焼いてたんで(笑)。でも、2016年に『売れるまで待てない』ってアルバムをプレスだけで出したときは、なんか自分的にあんまり面白くないというか、物足りなかったです。自分で思ってたよりもCD-Rが好きだったみたい(笑)。 ──私もよく物販は手作りしてたんですけど、だんだん疲れて朦朧としてくると、物販がお金に見えてくるんですよね。「これが1,000円……2,000円……3,000円……」って。 里咲 めっちゃわかります(笑)。フリーでやっているとピンハネされないから、そうなりますよね。お客さんの気持ちがそのまま私に入ってくるので、とってもクリアだと思います。 ──CDと言えば、里咲さんは作詞だけじゃなく作曲もされているんですよね。クオリティが高いし、次々に違うジャンルの曲を歌われるので、てっきりプロに発注してるんだと思ってました。 里咲 うれしいです! 5歳の時から、お父さんと作詞ゲームをしてたんですよ。スピッツの曲をかけながら「どっちが上手な歌詞を書けるか」みたいな。 ──英才教育! 里咲 作詞ノートみたいなものを初めて作ったのも、その時期でした。5、6歳だから字も汚くて、自分にしか読めないんですけどね(笑)。その頃はまだワンフレーズなんですけど、意識して本格的な作詞ノートを作り始めたのは、小学校の中学年か高学年の頃ですね。 ──スタート、早!! 里咲 で、「歌詞を作ったらメロディも作ればいいじゃん」って小6のときに「ウミガメ」って曲を作ったのを覚えています。ピアノとかも習いたかったけど、習えなかったので、ピアニカで。 ──なんとなく貧乏そうでしたもんね(失礼)。何に感銘を受けて「ウミガメ」だったんでしょう? 里咲 もうわかんないです(笑)。それで、中2くらいからギターを始めました。ギターも、最初は買ってもらえなかったので、段ボールで実寸大のギターを作ってコードの練習をしてたんです。そしたらお父さんが本物を買ってくれて。 ──なんて健気な。お父さんも不憫になったのかな……。 里咲 それで弾けるようになって、中2くらいから歌詞だけじゃなく、コードのノートも作るようになって、高校時代も勉強の合間にラジオを聴きながら曲を書いてました。そこから作詞作曲をずっとしています。 ──5歳からカウントすると、作詞歴は19年の超ベテランですね。それに、里咲さんは声質もすごく良いですよね。「カタルカストロ」のウィスパーボイスは最高でした! 里咲 アイドルグループをやっていたとき、私はすごくウィスパーの曲をやりたくて、密かに「今はあんまりこういうの歌いたくないんだよなぁ~」と思っていて(笑)。だから自分で書けばいいやって、書いた1曲目が、その「カタルカストロ」だったんです。 ──なるほど、念願のウィスパーだったんですね。アイドルって元気に声張って歌わされがちですもんねぇ。 里咲 そうですねぇ。ライブも回数を重ねるから喉にも負担がかかるし、「私はこの声で作りたい曲があるんだけどなぁ」と思っていたので、喉を壊したくなかったです。 ──グループにいると大変ですよねぇ。ちなみに、運営から社長になったのは何歳のときだったんですか? 里咲 21歳だったかなぁ。アイドルグループの運営のときに、いろんな人を外注で雇いまくっていたので、みんなが私を「社長」って呼ぶようになって。でも、税務署的には普通の個人事業主なんですよ、八百屋さんみたいな。 ──運営時代にはもう社長だったんですね! 社長としては、どんな苦労がありますか? 里咲 そうですね、いろいろと外注したり、演出で協力してもらったりはするんですけど、基本的には本当に一人でやってるんです。近年は活動の規模も大きくなってきて、テレビ局の収録に行くときも一人なんです。なので、逆にスタッフさんに心配かけちゃったりとか。他のタレントさんはマネジャーさんやレーベルの人と何人かで来るので……。 ──売れてる人って、ちょっとの出番でも「あなたの役割は何なの?」っていう人も引き連れてますもんね。 里咲 そうそう。なので、そういう世界でやっていこうと思ったときに、本当に一人だと、ちょっと楽屋の鍵を持っててもらうにも、ディレクターさんに頼んだりしなくちゃいけないんです。 ──私もよく一人で現場に入って、台本をその辺のスタッフさんに持っててもらったままなくなったりします。 里咲 そうそう! だから、やっぱり活動の規模を大きくするためと、現状で手が回らなくなってきた事務作業のために、誰かに助けて欲しいなぁって。それに、そろそろちょっと他の人の意見が欲しくなってきたんです。 ──と、言いますと? 里咲 今は手探りで始めたものを続けている状態なので、これからもっと続けていくために、相談できる人や会社が欲しいと思い始めたところなんです。なので、自分の会社もやりつつ、どこかのレーベルに委託することを今年は考えたいなぁ、と。今はそのレーベルを決めるために、いろんな会社さんと話しているところなんです。 ──そこもちゃんと見極めないといけないですよね。搾取されない、センスの有無、信頼の置ける……って考えると、だいぶなくなりますよね。 里咲 はい、だいぶなくなりますね……。怖いですね、慎重にやらないと。やっぱり世間からの見え方的にも、自分的にも、「社長をやってる」っていうのは変えたくないし、そこはもう株式会社にして……とか考えつつ。 ──しっかりしているなぁ! 里咲社長は、将来に不安とかはあるんですか?
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里咲 不安と自信は半々です。もともとのんびりした性格で「なんとかなるでしょ」と思っちゃうタイプなんです。でも一人でやっていると、そんな私を律してくれる人がいないので、いざというときの対策を打てなくなっちゃう。なので、意識的に半分は不安を持つようにしています。 ──おお、なんだか実業家のセミナーを聞いているような気持ちになってきました。音楽以外で、今後チャレンジしてみたいジャンルはありますか? 里咲 うーん、やっぱり、とりあえず音楽で成功を収めたいです。私が作った曲をもっと他の人に歌ってもらいたいので、楽曲提供も増やしていけたらいいな。 ──自分の曲も作って、人の曲も作ったら忙しすぎませんか? 里咲 デモは毎日1曲ずつ作ってるんですよ。 ──1日1曲デモ作り!? 里咲 小・中学校からの習慣なんですよ。学校であったことを曲にするのは日記みたいなもので、今もフレーズを思いついたら、それで一曲書いてみたり。 ──あなたは天才なんですね……? 里咲さんについて行けば食いっぱぐれない気がしてきました、ちょっと事務所に雇ってくださいよ。私も搾取のないホワイト企業で働きたいです。私は今からでもCDーRを焼きますよ。お金だと思って焼きます(真顔)。 里咲 あはは! 会社が大きくなったらお願いします! ──では、最後に、今後の野望を教えてください! 里咲 今、1リリースで3,000枚くらいが限界なんですけど……。 ──3,000枚も売れてんのかい! 里咲 なので、3万枚いきたいんです。今はCDが売れない時代なので、3万枚とかで普通に売れてる人の枚数なんですよ。だから、お茶の間にもちゃんと届く曲を書いて売っていきたいです。 ──そのためにも、一つ大きな力を借りたい、と。 里咲 そうですね。今までは「自分一人でどこまでいけるか」っていうのが楽しかったし、開拓の余地もあったんですけど、もう、自分でやってテレビの仕事も取って、CDを3,000枚売って……けっこう来るとこまで来たんじゃないかと思って。だから、次はメジャーなところでやっていけたらいいな。今はちょうど岐路にいるんだと思います。 ──別に、今のやり方のままでも食べていけるじゃないですか。そこから変化をつけるのは、けっこう勇気がいることですよね。 里咲 現状維持でやっていけるタイプじゃないんです。常に一個上のところに挑戦していきたくて。 ──素敵! 良いレーベルが見つかって、清涼飲料水のCMとかで歌ってください! 今後も応援しています! 里咲 歌いたいですねぇ~。まずは3万枚目指して頑張ります! ありがとうございました! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●里咲りさ(さとさき・りさ) 1992年9月25日生まれ。アイドル、シンガーソングライター。愛称はしゃちょー。音楽レーベルフローエンタテイメント代表。女性アイドルグループ「少女閣下のインターナショナル」元運営兼メンバー。音楽ユニット「あ、ピンチ。」企画・プロデュース兼歌唱担当。群馬県出身。155cm。楽曲は自作曲中心で現在までに30曲以上発表し、楽曲提供も行っている。使用楽器はGivson Dove、Fender JazzMaster。 5/29 全国ツアー初日「里咲りさワンマン in 新宿ロフト!」 会場 新宿ロフト 開場19:00 開演19:45 チケット 前売り 2500円+1D (イープラスで販売中) http://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft/63783 9/22 ZeppDiverCityTOKYOワンマンライブ 開場18:00 開演19:00 チケット4800円+1D(イープラスで販売中) ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 【宍戸留美最新情報】 5/29(月)ワンマンライブin仙台 6/3(土)神戸イベント 6/4(日)大阪イベント 6/25(日)中野イベント 6/28(水)下北沢風知空知、ゲスト:姫乃たま 7/4(火)渋谷音楽イベント 7/16(日)藤沢ライブ 7/21(金)ワンマンライブin京都 7/22(土)ワンマンライブin大阪 7/23(日)大阪RunJunライブ 【27周年記念プロジェクト】 モーションギャラリーにてクラウドファンディング開始!石嶋由美子&福田裕彦のゴールデンコンビの楽曲を新たに再録予定!! https://motion-gallery.net/
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東京幻想曲集 発売中! 「地下アイドルは、お金が回ってた!」【里咲りさ】社長のたったひとりからの卒業宣言の画像6
増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中。<http://www.cyzo.com/akr/

「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった“飽きないことを探す”人生

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の47回目! 今回は昨年声優デビューを果たした画家・アニメーション作家の真珠子さんが来てくれました! ――ご無沙汰してます! 真珠子さんと初めてお会いしてから、もう12年近くたってるんですね。 真珠子 わぁ~小明ちゃん、お久しぶ……えっ、12年!? ――確か、私が中野ブロードウェイのタコシェで『アイドル墜落日記』(洋泉社)の発売記念をしている時にお会いしたんです。 真珠子 そう! あのときの写真をこないだ見てました、懐かしい~と思って! でも、あれってそんなに昔!? そっか、12年……一回り……驚きです……! ――あの当時、真珠子さんはもうすでにバリバリ画家として活動されてましたけど、今はもう海外とかに呼ばれまくってるんですね。ちょっと調べただけでもリスボン、ブダペスト、フランクフルト、メルボルン、台北、パリ、ウィーン……めちゃくちゃ国際派じゃないですか! 真珠子 そんなに!? 私も今把握しました(笑)。海外には作品と映像だけ行って、私は行けてない国もあるんです。 ――今まで行かれた国では、どこが気に入りましたか? 真珠子 先日行ったウィーンはかなり気に入りました! ――文化庁主催の国際アニメーション映画祭ですね。『この世界の片隅に』の、こうの史代先生と行かれたんですよね。 真珠子 そう! こうの史代先生はビッグネームなのに、すっごくいい方で、私は着物を着ていたのですが、着物で立ったり座ったりする動作の大変な時に、映画館の座椅子をわざわざ先生自ら座りやすいように押さえて下さったり・・・作品も好きでしたけど、ますます好きになりました。海外はいろいろと行ったけれど、ウィーンはもう一回行きたいって強く思いますね。みんなすごく優しかった! ――ウィーンの映画祭ではどんなことをしたんですか? 真珠子 「パフォーマンスをしてください」って言われたので、4メートル×2メートルくらいの屏風にライブペインティングをしました。初めて描きながら歌ったんですけど、すごく楽しかったです。 ――描きながら歌うの? 水森亜土さんみたいに? 真珠子 バスガイドさんがよく使ってる、ベルトにつけるスピーカーがあって、それをつけながら日本の童謡を歌ったんです。面白かったなぁ。衣装も「着物もいいけど、なんか違うのがいいな」と思って、最近はレオタードにハマっていたので……。 ――レオタード!? なぜ!?
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真珠子 なんか、女は40歳になるとレオタードを着たくなるような気がするんです。 ――そういえば、CAMISAMAじゅんさんの曲(出演もCAMISAMAじゅんさん&えりーさん)、神田旭莉さん映像監督の『真珠子体操』(https://youtu.be/xDlRSlL-XE4)で超レオタード着て踊ってましたね。あのPV好き過ぎて元気のない夜に一人でよく観てます。 真珠子 『真珠子体操』は、こうの史代先生にも「観てると勇気が出る」って言ってもらったんですよ~うれしい! レオタードは、40歳の友達に言っても「わかる」って言ってましたよ。そういえば宍戸留美さんが名言をおっしゃっていました。「レオタードは自分のために着る」んです! 宍戸 もうちょっとしたら小明ちゃんにもわかるようになると思う。 ――お、おお……。 真珠子 それで、ウィーンでの衣装は、着物要素あり、レオタード要素ありのものを、ひさつねあゆみちゃん(ミスiD2017年特別賞)と一緒に考えて、あゆみちゃんに作ってもらったんです。髪型のアドバイス、アクセ制作は友人の顕一郎さまです。ライブペインティングは背中が目立つから、背中に歌舞伎の荒事っていう大きなタスキをつけてくれて、すごく格好いいのが出来ました。 ――さすがミスiDは多才ですね~! でも、描きながら歌うのはかなり難しそうです。どんな練習をしたんですか? 真珠子 ヒカシューの巻上公一さんのボイストレーニングに通ってるんです。そこで「どんな声が出るようになっても僕は責任もちません」って言われた(笑)。 ――超ヤバそう! 巻上さんはホーミーもするし、なんかすごいトレーニングをしそうです。 真珠子 体を動かしながらやるので、いつも「ぎゃあぁぁ」って叫びながらやってます。あと、ウィーンでパフォーマンスする前に、一回どこかでやってみようと思って、あるジャズセッションに行って試してみたんですよ。そしたら、そこを率いているジャズ ピアニストのスガダイローさんが大爆笑してくださってたから、「これはイケるかもしれない」と思って、ウィーンでも頑張れました。 ――観たかった! 日本でも是非やってください! あのー、ちなみに、今さらな質問で申し訳ないんですが、真珠子さんって、いつから女の子の絵を描きはじめたんですか? 真珠子 17歳のときに、図書館で竹久夢二の絵を見たのがきっかけです。私の住んでいた熊本県・天草は本屋さんもあんまりなくって、図書館が全ての情報網で(笑)。それで、夢二の絵の模写をはじめたのが17歳。でも、そのときはサルバドール・ダリも好きでした。美術部の先生がシュルレアリスムに影響を受けた人だったから、不思議な授業をいっぱいされて、私もいろんな絵を描いてたんだけど、二十歳の時に「やっぱ女の子にしよ!」って決めて、今も女の子の絵を描いてます。 ――女の子の絵を描き始めてから、3年ほど高校の美術の先生をされてたんですよね。振り返ってみて、どんな先生でしたか? 真珠子 確か、その時はビートルズが大好きで「Lucy in the Sky With Diamonds」っていう、「LSDやって作っただろ」って言われて問題になった曲をかけながら「これ聴いて絵を描け」って言ったり、今思うと超ヤバイ授業を……。この間フェイスブックで当時の教え子に見つかって「先生!」って言われて「わあぁぁぁ」って、ドキッとしちゃった(笑)。私の中では遠い昔の記憶すぎて「本当に先生してたのかな」って思うくらいなんですよね……。 ――人に教えるのは向いてましたか? 真珠子 向いてない(即答)。 ――でも、今も“真珠子学園”っていうワークショップをやられてますよね。そこに教師時代の経験が活きてるのかと思ったんですが……。 真珠子 ……! 向いてるかどうかは別として、教えるのは好きかも! 今頃だけど(笑)! ウィーンで書道を教えたときも楽しかったし、みんなの知らないことを教えてあげるのってワクワクします! ――生まれ育った天草を出ようと思ったのは、なぜだったんですか?
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真珠子 2000年に上京したんですけど、当時付き合ってた人から、突然「君は僕の器じゃ手に負えない」って言われて、「ええ~~~!?」って。それから「九州男児だいっきらい!!」って出てきましたね(笑)。それから、上京準備を始めました。 ――安定した教職に未練は? 真珠子 なかったです。東京に行ってみたかったし、作家(画家)になりたかったから。上京して、初めてアルバイトもやってみたんですけど、本当に何も知らなくて「とりあえずOLさんみたいなのをやろう」って、受付嬢をしたんです。モデルルームに来るお客さんにコーヒー出したりするんですけど、ある日コーヒーマシンの使い方がわからなくて、ドバーーーーッと溢れさせたんです。私はそれを「わぁ、どうしよう~」「すごい溢れてるな~」って、ただひたすらじっと見ていて……。上司がそれを見て「この子ダメだ」って思ったみたいで、それから超怖くなって(笑)。ふとしたときに「今、あなた自分の世界に入ってましたね?」って言われたんですけど、私はそこで「え? 入ってちゃいけないんだ!」って、社会の常識みたいなものに初めて気付いたんですよ。そんなとき、桜の花を見ていて、「あ、私、気が狂うかもしれない」って。上京1年のことでした……。 ――社会に出るって本当に難しいですよね。 真珠子 それからいろんな仕事をしました、化石の発掘とか……。 ――……ん? 今なんて? 真珠子 化石の発掘現場で働いたんです。「都会に来てから土を触ってない」って気付いて「じゃあ掘ってみよう」って。普通に求人にあったので応募して、毎日つなぎを着て顔から蛇口みたいに汗を出しながら掘ってました。 ――大変そうだけど、掘り起こしたときの達成感がありそうですね! 真珠子 それが、ひとつも出せませんでした……なんにも……。 ――……。ええと、いろんなバイトをしながらも、絵を描く時間はありましたか? 真珠子 上京した年に「絶対友達と原宿でグループ展をやろう」って決めてたので、そのためにずっと描いてました。その展示は原宿のデザインフェスタギャラリーでできて、うれしかった~。それからずっと作りたかったアニメーションも作るようになったんですけど、パソコンも触ったことなかったから、すごく大変でした、人生は勉強だ~! ――以前は、あや野さん(ぐしゃ人間初代メンバー)と一緒に“てンぬイ”っていうユニットを組んで音楽活動もされてましたよね。最近はあまり活動が見られませんが、どうなったんでしょう? 真珠子 “てンぬイ”は、あや野ちゃんが育児中なので保留な感じです。(←2017年夏、てンぬイライブ復活します!)でも、私は昔からずっと弾き語りに憧れていたので、もう一度ピアノを習いに行こうかと思っていて……。昔はクラシックを習ってたけど、今度はジャズをやりたいんです。ジャズにはコードがあって、それさえ弾けばメロディは自分で歌えばいいって知って、「それは良い!」って(笑)。さっそく習いに行ったんですけど、もう、無茶苦茶難しくて!! ――そりゃそうですよ! 真珠子 冬ごもりして、毎日猛特訓して、一曲だけ弾けるようになったんです。うれしすぎてiPhoneで弾き語りを忘れないうちに録って、やっと「これ録れたからもういいか」って落ち着けた(笑。現在はキレイさっぱり忘れてます。)。それで、それをBar星男(新宿2丁目のアート&ミュージックバー)でたまたま隣に座った人に聴いてもらったんですよ。そしたら「ヤバいですね、あなた」「狂ってますね」って言われて……「あ、ありがとうございます」って。 ――(爆笑)!! 真珠子 それから「僕CMソング作ってるから、ちょっと仕事お願いします」って言われて、この間ハウスラボっていう水漏れ修理の会社のCMを歌ったんです。女優の松下由樹さんが水漏れで困ってる後ろで、私が「ハウスラボ~♪」って歌ってるの。 ――え!! そんなことってあるんですか!! (動画を検索して)……本当だ!! すごいけどなんか……不安になる曲ですね!? 真珠子 CMソングって、引っかかる声の方が印象に残るらしくて「あなたちょっと狂ってるから」って。冬ごもりして練習して良かったなぁ! やっぱり思った通りのことをするっていいんですねぇ~! ――いや、それにしてもすごすぎです。たまたまバーで隣にいた人に録音聴かせて「狂ってる」って理由でCMソング歌う人なんて、たぶん世界に一人だと思う……。CMで歌ったことで、人生に変化はありましたか?
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真珠子 CMで歌ってから、「これ私の声なんで、何かあったらお願いします」って友達のアニメーターに営業をかけまくりました(笑)。それで、昔NHKに作品を投稿してたときからの仲間のAC部(映像製作ユニット、2014年に文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞)にも言っておいたら「すっごい、いい役があるからお願い」って、早給セゾンカードの『美少女OLハヤキュー』っていう作品でセーラー服着た女の子の役をやりました! ――ついに声優デビューですね!! おめでとうございます!! どういう役柄だったんですか? 真珠子 魔法少女でした! 普通にOLだったんですけど、早く給料を前借りできるっていうシステムを作られてて、女の子が魔法でアレコレしていくストーリーで、ラップもやりました。 ――ラップ!? 真珠子 前からいろんな人に「ラップやれば?」って言われてたから、私もその気になって……。そのときに声優の話も重なって、みんな友達がうまいこと仕事を繋げてくれた感じです。 ――みんなで真珠子という御輿をノリノリでワッショイした感じですね! OLが給料前借りでセーラー服で魔法少女でラップ……どんなアニメなのか全然想像つかないけど面白そう! 声優業はどうでしたか? 真珠子 面白かった~~~! スタッフの皆さんが良い人ばっかりで恵まれてたのもあると思う! でも、すごく楽しかった! またやりたいです! ――真珠子さんの場合、ご自分でアニメーションも作れるから、自分のアニメに声当て放題ですね。 真珠子 そうなんです! それは今までも作品としてやってたんですけど、どなたかが作った作品に声を当てるのは、すごく新鮮でうれしかったです。これからも、どんな役でも、なんでもやってみたいです! ――真珠子さんの経歴からは、本当に「なんでもやってみたい」が溢れ出ていますよね。画家にアニメーション作家、歌手に芸者もやって、近年では寿司職人もされてたとか……。芸者まではなんとなくわかるんですけど、なんで寿司職人に!? 真珠子 ははははは! なんか、作品作りをする時に「私は日本人」ってことを意識しはじめたんです。で、海外の求人を見ると、寿司食人だらけなことに気がついたんですよ。世界中が寿司食人を求めている……。だから「寿司食人になれば食いっぱぐれないかも」と思って。 ――意外と堅実な理由! しかし、女性だと厳しくないですか? 真珠子 友達が「女の子でも握れるところが秋葉原にあるよ」って教えてくれて、「え~行く行く!」って。でも、求人フォーマットを見たら年齢は35歳までって書いてあったから、「あ、コレ絶対落とされる」と思ってフォームで出さずに電話したんです。そしたら「とりあえず来てください」って言われて、行ったら受かったんです。「なんで?」と思ってたら、お店初日デビューする時に、お店のブログで私のことを「アニメ声です」って紹介されてて「あ、そこで受かったんだ!」って。だから40歳で秋葉デビューできました。あははは。 ――電話したのは大正解でしたね! 寿司食人の仕事はどうでしたか? 真珠子 最初は皿洗いだと思ってたら、いきなり板場に出されちゃったんです。「何をすればいいんだろう」と思ってたら「お話ししててください」って言われて……なんか私、お客さんとただしゃべってるだけなのにドッカンドッカンうけるし、二十歳くらいの先輩は「ほら、ここ濡れちゃうよ」って優しく面倒みてくれるし、「秋葉、良いかも~!」って(笑)。 ――そ、それで、寿司は握れるようになったんですか? 真珠子 けっこう早く「もう握りOKです」ってLINEがきて、「LINEで許可きた~!」って友達を呼んで食べてもらってたら、「ちょっとチェック入ります」ってテストされて、「あのー、全然違うんですよ」って。違っていました。だから握れてなかったみたい。 ――あはははは! でも、これで職歴に寿司職人が入ったから、海外の展覧会で気に入った国があったら、そこで寿司握りながら絵を描いて暮らせますよ。絵も寿司屋に飾れば良いですし。 真珠子 本当だ! そうですよね! そうしよう! 新しい~! ――本業以外に寿司も握り、化石も掘り、声優もやり……これだけいろいろやられて、もうチャレンジしてないジャンルもなさそうですね。そのアクティブさを見習いたいです!
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真珠子 私って多分すごく飽きっぽくて、すぐに「次、次!」ってなっちゃうんですよ。 ――「コレは私には出来ないなぁ」「やめておこう」ってネガティブになったことは? 真珠子 ……あったかなぁ~? けっこう今までなんでもやって、言われたことも引き受けてきた気がします。あは! ――すごい! 今後も何をされるのか楽しみです! では最後に、今後の野望などはありますか? 真珠子 自分が飽きないことを……見つける……? ――絵はずっと飽きてないですよね。真珠子さんって絵を描かない人生って想像つかないですね。 真珠子 そうだ、そうだ。やっぱり最初から絵ありきで広がってますね。 ――絵から派生して歌ったり声優したり、楽しいことが広がっていって、やっぱり絵って素晴らしいですね! 真珠子 そうですねぇ~……わ、すごい! キレイにまとまった感じになってる~!! ――なんか恥ずかしい……! 本日はありがとうございました! また会えるのを楽しみにしてます! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美/衣装=ZOESTYLES、衣装屋ひさつね、maimiallo、中野ロープウェイ/水引髪飾り=顕一郎/ヘアピン=でことらんど) ●真珠子 1976年8月3日生まれ。日本の画家、イラストレーター、映像作家、インスタレーション作家。最近は、モデル、歌手、声優、書評家、臈纈染教室、書家、秋葉原で寿司職人、芸者などなどやってきて今、目指してるのはコメディエンヌ!逆ストリッパーも開始。熊本県天草出身。 2004年に原宿「LAPNET」での個展を期にアーティストとしての活動を開始。以後、日本の少女文化シーンを中心に表現活動を行っている。 最もよく知られている作品はアニメーション「パピヨンよし子」(2004年)。オートマティック的に描かれた自由な線と独特なリズム感で少女の内面世界を描いた作品である。 2006年に熊本市現代美術館で個展を開催。シュルレアリスティックなインスタレーション形式で、以後、彼女の中心的な表現形態となる。インスタレーションを発展させた個展ではほかに、 故郷の天草や渋谷パルコで開催されたメイド喫茶風個展「よかにゃ~?みぞかちゃん」(2012年)などがある。 ・主なグループ展 2017年 文化庁メディア芸術祭 海外メディア芸術祭等参加事業ウィーン企画展『しなやかに、したたかに』(オーストリア・ウィーン) 2016年 増田賢一&真珠子展『真珠子40歳-』(東京・Bar星男) 2014年 『夜想アーバンギャルド展』(東京・パラボリカ・ビス) 2011年 TPAM国際舞台ミーティング in 横浜(横浜・BankArt) ・装画 2011年『論理と感性は相反しない』山崎ナオコーラ著 2011年『家系図カッター』増田セバスチャン著 2008年『ポケットは80年代がいっぱい』香山リカ著 2008年『原宿ガール』橋口いくよ著 ・その他 グウェン・ステファニー「Love Angle Music Baby」歌詞カード、ノベルティ、コンサートグッズなどにイラスト提供 宍戸留美「井の頭にて」PV制作、25周年記念グッズ製作 戸川純 avec おおくぼけい メインビジュアル、グッズ担当 ・公式ウェブサイト http://www.yan-oki.com/ ・近日イベントの告知 ★6/25、宍戸留美さんと真珠子による謎で可愛いイベントを中野ロープウェイ(アイドルが通う雑貨屋さん)にて開催予定! ★7月末、Bar星男にて毎年恒例の写真と絵による「増田賢一&真珠子」夫婦展、今年もやります! 詳細は真珠子Twitterにてチェックしてね★ @Shinjuko ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 【宍戸留美最新情報】 5/4(祝木)渋谷ライブ 5/6(土)&5/7(日)南青山ライブ 5/21(日)ワンマンライブin広島 5/29(月)ワンマンライブin仙台 6/3(土)神戸イベント 6/4(日)大阪イベント 6/25(日)中野イベント
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東京幻想曲集 発売中! 「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像7
増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中。<http://www.cyzo.com/akr/

「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった“飽きないことを探す”人生

「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像1
 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんが、自らカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の47回目! 今回は昨年声優デビューを果たした画家・アニメーション作家の真珠子さんが来てくれました! ――ご無沙汰してます! 真珠子さんと初めてお会いしてから、もう12年近くたってるんですね。 真珠子 わぁ~小明ちゃん、お久しぶ……えっ、12年!? ――確か、私が中野ブロードウェイのタコシェで『アイドル墜落日記』(洋泉社)の発売記念をしている時にお会いしたんです。 真珠子 そう! あのときの写真をこないだ見てました、懐かしい~と思って! でも、あれってそんなに昔!? そっか、12年……一回り……驚きです……! ――あの当時、真珠子さんはもうすでにバリバリ画家として活動されてましたけど、今はもう海外とかに呼ばれまくってるんですね。ちょっと調べただけでもリスボン、ブダペスト、フランクフルト、メルボルン、台北、パリ、ウィーン……めちゃくちゃ国際派じゃないですか! 真珠子 そんなに!? 私も今把握しました(笑)。海外には作品と映像だけ行って、私は行けてない国もあるんです。 ――今まで行かれた国では、どこが気に入りましたか? 真珠子 先日行ったウィーンはかなり気に入りました! ――文化庁主催の国際アニメーション映画祭ですね。『この世界の片隅に』の、こうの史代先生と行かれたんですよね。 真珠子 そう! こうの史代先生はビッグネームなのに、すっごくいい方で、私は着物を着ていたのですが、着物で立ったり座ったりする動作の大変な時に、映画館の座椅子をわざわざ先生自ら座りやすいように押さえて下さったり・・・作品も好きでしたけど、ますます好きになりました。海外はいろいろと行ったけれど、ウィーンはもう一回行きたいって強く思いますね。みんなすごく優しかった! ――ウィーンの映画祭ではどんなことをしたんですか? 真珠子 「パフォーマンスをしてください」って言われたので、4メートル×2メートルくらいの屏風にライブペインティングをしました。初めて描きながら歌ったんですけど、すごく楽しかったです。 ――描きながら歌うの? 水森亜土さんみたいに? 真珠子 バスガイドさんがよく使ってる、ベルトにつけるスピーカーがあって、それをつけながら日本の童謡を歌ったんです。面白かったなぁ。衣装も「着物もいいけど、なんか違うのがいいな」と思って、最近はレオタードにハマっていたので……。 ――レオタード!? なぜ!?
「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像2
真珠子 なんか、女は40歳になるとレオタードを着たくなるような気がするんです。 ――そういえば、CAMISAMAじゅんさんの曲(出演もCAMISAMAじゅんさん&えりーさん)、神田旭莉さん映像監督の『真珠子体操』(https://youtu.be/xDlRSlL-XE4)で超レオタード着て踊ってましたね。あのPV好き過ぎて元気のない夜に一人でよく観てます。 真珠子 『真珠子体操』は、こうの史代先生にも「観てると勇気が出る」って言ってもらったんですよ~うれしい! レオタードは、40歳の友達に言っても「わかる」って言ってましたよ。そういえば宍戸留美さんが名言をおっしゃっていました。「レオタードは自分のために着る」んです! 宍戸 もうちょっとしたら小明ちゃんにもわかるようになると思う。 ――お、おお……。 真珠子 それで、ウィーンでの衣装は、着物要素あり、レオタード要素ありのものを、ひさつねあゆみちゃん(ミスiD2017年特別賞)と一緒に考えて、あゆみちゃんに作ってもらったんです。髪型のアドバイス、アクセ制作は友人の顕一郎さまです。ライブペインティングは背中が目立つから、背中に歌舞伎の荒事っていう大きなタスキをつけてくれて、すごく格好いいのが出来ました。 ――さすがミスiDは多才ですね~! でも、描きながら歌うのはかなり難しそうです。どんな練習をしたんですか? 真珠子 ヒカシューの巻上公一さんのボイストレーニングに通ってるんです。そこで「どんな声が出るようになっても僕は責任もちません」って言われた(笑)。 ――超ヤバそう! 巻上さんはホーミーもするし、なんかすごいトレーニングをしそうです。 真珠子 体を動かしながらやるので、いつも「ぎゃあぁぁ」って叫びながらやってます。あと、ウィーンでパフォーマンスする前に、一回どこかでやってみようと思って、あるジャズセッションに行って試してみたんですよ。そしたら、そこを率いているジャズ ピアニストのスガダイローさんが大爆笑してくださってたから、「これはイケるかもしれない」と思って、ウィーンでも頑張れました。 ――観たかった! 日本でも是非やってください! あのー、ちなみに、今さらな質問で申し訳ないんですが、真珠子さんって、いつから女の子の絵を描きはじめたんですか? 真珠子 17歳のときに、図書館で竹久夢二の絵を見たのがきっかけです。私の住んでいた熊本県・天草は本屋さんもあんまりなくって、図書館が全ての情報網で(笑)。それで、夢二の絵の模写をはじめたのが17歳。でも、そのときはサルバドール・ダリも好きでした。美術部の先生がシュルレアリスムに影響を受けた人だったから、不思議な授業をいっぱいされて、私もいろんな絵を描いてたんだけど、二十歳の時に「やっぱ女の子にしよ!」って決めて、今も女の子の絵を描いてます。 ――女の子の絵を描き始めてから、3年ほど高校の美術の先生をされてたんですよね。振り返ってみて、どんな先生でしたか? 真珠子 確か、その時はビートルズが大好きで「Lucy in the Sky With Diamonds」っていう、「LSDやって作っただろ」って言われて問題になった曲をかけながら「これ聴いて絵を描け」って言ったり、今思うと超ヤバイ授業を……。この間フェイスブックで当時の教え子に見つかって「先生!」って言われて「わあぁぁぁ」って、ドキッとしちゃった(笑)。私の中では遠い昔の記憶すぎて「本当に先生してたのかな」って思うくらいなんですよね……。 ――人に教えるのは向いてましたか? 真珠子 向いてない(即答)。 ――でも、今も“真珠子学園”っていうワークショップをやられてますよね。そこに教師時代の経験が活きてるのかと思ったんですが……。 真珠子 ……! 向いてるかどうかは別として、教えるのは好きかも! 今頃だけど(笑)! ウィーンで書道を教えたときも楽しかったし、みんなの知らないことを教えてあげるのってワクワクします! ――生まれ育った天草を出ようと思ったのは、なぜだったんですか?
「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像3
真珠子 2000年に上京したんですけど、当時付き合ってた人から、突然「君は僕の器じゃ手に負えない」って言われて、「ええ~~~!?」って。それから「九州男児だいっきらい!!」って出てきましたね(笑)。それから、上京準備を始めました。 ――安定した教職に未練は? 真珠子 なかったです。東京に行ってみたかったし、作家(画家)になりたかったから。上京して、初めてアルバイトもやってみたんですけど、本当に何も知らなくて「とりあえずOLさんみたいなのをやろう」って、受付嬢をしたんです。モデルルームに来るお客さんにコーヒー出したりするんですけど、ある日コーヒーマシンの使い方がわからなくて、ドバーーーーッと溢れさせたんです。私はそれを「わぁ、どうしよう~」「すごい溢れてるな~」って、ただひたすらじっと見ていて……。上司がそれを見て「この子ダメだ」って思ったみたいで、それから超怖くなって(笑)。ふとしたときに「今、あなた自分の世界に入ってましたね?」って言われたんですけど、私はそこで「え? 入ってちゃいけないんだ!」って、社会の常識みたいなものに初めて気付いたんですよ。そんなとき、桜の花を見ていて、「あ、私、気が狂うかもしれない」って。上京1年のことでした……。 ――社会に出るって本当に難しいですよね。 真珠子 それからいろんな仕事をしました、化石の発掘とか……。 ――……ん? 今なんて? 真珠子 化石の発掘現場で働いたんです。「都会に来てから土を触ってない」って気付いて「じゃあ掘ってみよう」って。普通に求人にあったので応募して、毎日つなぎを着て顔から蛇口みたいに汗を出しながら掘ってました。 ――大変そうだけど、掘り起こしたときの達成感がありそうですね! 真珠子 それが、ひとつも出せませんでした……なんにも……。 ――……。ええと、いろんなバイトをしながらも、絵を描く時間はありましたか? 真珠子 上京した年に「絶対友達と原宿でグループ展をやろう」って決めてたので、そのためにずっと描いてました。その展示は原宿のデザインフェスタギャラリーでできて、うれしかった~。それからずっと作りたかったアニメーションも作るようになったんですけど、パソコンも触ったことなかったから、すごく大変でした、人生は勉強だ~! ――以前は、あや野さん(ぐしゃ人間初代メンバー)と一緒に“てンぬイ”っていうユニットを組んで音楽活動もされてましたよね。最近はあまり活動が見られませんが、どうなったんでしょう? 真珠子 “てンぬイ”は、あや野ちゃんが育児中なので保留な感じです。(←2017年夏、てンぬイライブ復活します!)でも、私は昔からずっと弾き語りに憧れていたので、もう一度ピアノを習いに行こうかと思っていて……。昔はクラシックを習ってたけど、今度はジャズをやりたいんです。ジャズにはコードがあって、それさえ弾けばメロディは自分で歌えばいいって知って、「それは良い!」って(笑)。さっそく習いに行ったんですけど、もう、無茶苦茶難しくて!! ――そりゃそうですよ! 真珠子 冬ごもりして、毎日猛特訓して、一曲だけ弾けるようになったんです。うれしすぎてiPhoneで弾き語りを忘れないうちに録って、やっと「これ録れたからもういいか」って落ち着けた(笑。現在はキレイさっぱり忘れてます。)。それで、それをBar星男(新宿2丁目のアート&ミュージックバー)でたまたま隣に座った人に聴いてもらったんですよ。そしたら「ヤバいですね、あなた」「狂ってますね」って言われて……「あ、ありがとうございます」って。 ――(爆笑)!! 真珠子 それから「僕CMソング作ってるから、ちょっと仕事お願いします」って言われて、この間ハウスラボっていう水漏れ修理の会社のCMを歌ったんです。女優の松下由樹さんが水漏れで困ってる後ろで、私が「ハウスラボ~♪」って歌ってるの。 ――え!! そんなことってあるんですか!! (動画を検索して)……本当だ!! すごいけどなんか……不安になる曲ですね!? 真珠子 CMソングって、引っかかる声の方が印象に残るらしくて「あなたちょっと狂ってるから」って。冬ごもりして練習して良かったなぁ! やっぱり思った通りのことをするっていいんですねぇ~! ――いや、それにしてもすごすぎです。たまたまバーで隣にいた人に録音聴かせて「狂ってる」って理由でCMソング歌う人なんて、たぶん世界に一人だと思う……。CMで歌ったことで、人生に変化はありましたか?
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真珠子 CMで歌ってから、「これ私の声なんで、何かあったらお願いします」って友達のアニメーターに営業をかけまくりました(笑)。それで、昔NHKに作品を投稿してたときからの仲間のAC部(映像製作ユニット、2014年に文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞)にも言っておいたら「すっごい、いい役があるからお願い」って、早給セゾンカードの『美少女OLハヤキュー』っていう作品でセーラー服着た女の子の役をやりました! ――ついに声優デビューですね!! おめでとうございます!! どういう役柄だったんですか? 真珠子 魔法少女でした! 普通にOLだったんですけど、早く給料を前借りできるっていうシステムを作られてて、女の子が魔法でアレコレしていくストーリーで、ラップもやりました。 ――ラップ!? 真珠子 前からいろんな人に「ラップやれば?」って言われてたから、私もその気になって……。そのときに声優の話も重なって、みんな友達がうまいこと仕事を繋げてくれた感じです。 ――みんなで真珠子という御輿をノリノリでワッショイした感じですね! OLが給料前借りでセーラー服で魔法少女でラップ……どんなアニメなのか全然想像つかないけど面白そう! 声優業はどうでしたか? 真珠子 面白かった~~~! スタッフの皆さんが良い人ばっかりで恵まれてたのもあると思う! でも、すごく楽しかった! またやりたいです! ――真珠子さんの場合、ご自分でアニメーションも作れるから、自分のアニメに声当て放題ですね。 真珠子 そうなんです! それは今までも作品としてやってたんですけど、どなたかが作った作品に声を当てるのは、すごく新鮮でうれしかったです。これからも、どんな役でも、なんでもやってみたいです! ――真珠子さんの経歴からは、本当に「なんでもやってみたい」が溢れ出ていますよね。画家にアニメーション作家、歌手に芸者もやって、近年では寿司職人もされてたとか……。芸者まではなんとなくわかるんですけど、なんで寿司職人に!? 真珠子 ははははは! なんか、作品作りをする時に「私は日本人」ってことを意識しはじめたんです。で、海外の求人を見ると、寿司食人だらけなことに気がついたんですよ。世界中が寿司食人を求めている……。だから「寿司食人になれば食いっぱぐれないかも」と思って。 ――意外と堅実な理由! しかし、女性だと厳しくないですか? 真珠子 友達が「女の子でも握れるところが秋葉原にあるよ」って教えてくれて、「え~行く行く!」って。でも、求人フォーマットを見たら年齢は35歳までって書いてあったから、「あ、コレ絶対落とされる」と思ってフォームで出さずに電話したんです。そしたら「とりあえず来てください」って言われて、行ったら受かったんです。「なんで?」と思ってたら、お店初日デビューする時に、お店のブログで私のことを「アニメ声です」って紹介されてて「あ、そこで受かったんだ!」って。だから40歳で秋葉デビューできました。あははは。 ――電話したのは大正解でしたね! 寿司食人の仕事はどうでしたか? 真珠子 最初は皿洗いだと思ってたら、いきなり板場に出されちゃったんです。「何をすればいいんだろう」と思ってたら「お話ししててください」って言われて……なんか私、お客さんとただしゃべってるだけなのにドッカンドッカンうけるし、二十歳くらいの先輩は「ほら、ここ濡れちゃうよ」って優しく面倒みてくれるし、「秋葉、良いかも~!」って(笑)。 ――そ、それで、寿司は握れるようになったんですか? 真珠子 けっこう早く「もう握りOKです」ってLINEがきて、「LINEで許可きた~!」って友達を呼んで食べてもらってたら、「ちょっとチェック入ります」ってテストされて、「あのー、全然違うんですよ」って。違っていました。だから握れてなかったみたい。 ――あはははは! でも、これで職歴に寿司職人が入ったから、海外の展覧会で気に入った国があったら、そこで寿司握りながら絵を描いて暮らせますよ。絵も寿司屋に飾れば良いですし。 真珠子 本当だ! そうですよね! そうしよう! 新しい~! ――本業以外に寿司も握り、化石も掘り、声優もやり……これだけいろいろやられて、もうチャレンジしてないジャンルもなさそうですね。そのアクティブさを見習いたいです!
「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像5
真珠子 私って多分すごく飽きっぽくて、すぐに「次、次!」ってなっちゃうんですよ。 ――「コレは私には出来ないなぁ」「やめておこう」ってネガティブになったことは? 真珠子 ……あったかなぁ~? けっこう今までなんでもやって、言われたことも引き受けてきた気がします。あは! ――すごい! 今後も何をされるのか楽しみです! では最後に、今後の野望などはありますか? 真珠子 自分が飽きないことを……見つける……? ――絵はずっと飽きてないですよね。真珠子さんって絵を描かない人生って想像つかないですね。 真珠子 そうだ、そうだ。やっぱり最初から絵ありきで広がってますね。 ――絵から派生して歌ったり声優したり、楽しいことが広がっていって、やっぱり絵って素晴らしいですね! 真珠子 そうですねぇ~……わ、すごい! キレイにまとまった感じになってる~!! ――なんか恥ずかしい……! 本日はありがとうございました! また会えるのを楽しみにしてます! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美/衣装=ZOESTYLES、衣装屋ひさつね、maimiallo、中野ロープウェイ/水引髪飾り=顕一郎/ヘアピン=でことらんど) ●真珠子 1976年8月3日生まれ。日本の画家、イラストレーター、映像作家、インスタレーション作家。最近は、モデル、歌手、声優、書評家、臈纈染教室、書家、秋葉原で寿司職人、芸者などなどやってきて今、目指してるのはコメディエンヌ!逆ストリッパーも開始。熊本県天草出身。 2004年に原宿「LAPNET」での個展を期にアーティストとしての活動を開始。以後、日本の少女文化シーンを中心に表現活動を行っている。 最もよく知られている作品はアニメーション「パピヨンよし子」(2004年)。オートマティック的に描かれた自由な線と独特なリズム感で少女の内面世界を描いた作品である。 2006年に熊本市現代美術館で個展を開催。シュルレアリスティックなインスタレーション形式で、以後、彼女の中心的な表現形態となる。インスタレーションを発展させた個展ではほかに、 故郷の天草や渋谷パルコで開催されたメイド喫茶風個展「よかにゃ~?みぞかちゃん」(2012年)などがある。 ・主なグループ展 2017年 文化庁メディア芸術祭 海外メディア芸術祭等参加事業ウィーン企画展『しなやかに、したたかに』(オーストリア・ウィーン) 2016年 増田賢一&真珠子展『真珠子40歳-』(東京・Bar星男) 2014年 『夜想アーバンギャルド展』(東京・パラボリカ・ビス) 2011年 TPAM国際舞台ミーティング in 横浜(横浜・BankArt) ・装画 2011年『論理と感性は相反しない』山崎ナオコーラ著 2011年『家系図カッター』増田セバスチャン著 2008年『ポケットは80年代がいっぱい』香山リカ著 2008年『原宿ガール』橋口いくよ著 ・その他 グウェン・ステファニー「Love Angle Music Baby」歌詞カード、ノベルティ、コンサートグッズなどにイラスト提供 宍戸留美「井の頭にて」PV制作、25周年記念グッズ製作 戸川純 avec おおくぼけい メインビジュアル、グッズ担当 ・公式ウェブサイト http://www.yan-oki.com/ ・近日イベントの告知 ★6/25、宍戸留美さんと真珠子による謎で可愛いイベントを中野ロープウェイ(アイドルが通う雑貨屋さん)にて開催予定! ★7月末、Bar星男にて毎年恒例の写真と絵による「増田賢一&真珠子」夫婦展、今年もやります! 詳細は真珠子Twitterにてチェックしてね★ @Shinjuko ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 【宍戸留美最新情報】 5/4(祝木)渋谷ライブ 5/6(土)&5/7(日)南青山ライブ 5/21(日)ワンマンライブin広島 5/29(月)ワンマンライブin仙台 6/3(土)神戸イベント 6/4(日)大阪イベント 6/25(日)中野イベント
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東京幻想曲集 発売中! 「女は40歳になるとレオタードを着たくなるんです」【真珠子】絵描きから始まった飽きないことを探す人生の画像7
増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中。<http://www.cyzo.com/akr/

“AV出演疑惑”声優・新田恵海が意味深発言「下ろせない重い荷物は、必ずしも苦痛なものではない」

 昨年4月にAV出演疑惑が報じられた声優の“えみつん”こと新田恵海が、騒動後初となる5thシングル「ROCKET HEART」(emitsun)を4月19日に発売。これが告知されると、ノーダメージぶりにネット上で驚きの声が上がった。  新田の新曲リリースは、昨年2月に発売されたシングル「盟約の彼方」以来、1年2カ月ぶり。公開されたMVでは、ショートパンツ姿で風を受けながら軽やかな歌声を響かせている。  大人気アニメ『ラブライブ!』の主人公役を務め、アイドルユニット「μ’s」のセンターとして『NHK紅白歌合戦』にも出場した新田。しかし昨年4月、素人モノAV作品に出演する「みく 20才 専門学生」が新田に酷似していると大騒ぎに。さらに翌月、この「みく」が出演する31分の蔵出し動画がネット上で配信され、「1本だけじゃなかったのか!」とファンを驚愕させた。  なお、この疑惑に対し、所属事務所は「調査をしている最中ではありますが、新田恵海本人ではないという結論に至りました」と“完全否定”の姿勢を貫いている。だが、新田のTwitterは、昨年4月の更新を最後に、停止したままだ。 「騒動前の新田は、ぽっちゃりというか、ほとんどデブの領域でしたが、騒動を境にやつれたようにみるみる痩せていった。『ROCKET HEART』のMVでも別人のように痩せており、ファンも心配している。また、『痩せたことで、AVに寄ってきた』という声も。確かに騒動前よりも、『みく』にルックスが近づいている印象です」(芸能記者)  ニューシングルとアーティストブックの発売にあたり、5月に全国で「特典お渡し会」を開催する新田。本人がファンに直接、ポストカードを手渡しするというが、ネット上では「えみつんが嫌な目に遭わなきゃいいけど……」と心配の声が上がっている。 「一般的なドルヲタに比べ、声優には過激なファンが多いとも。新田は騒動数日後の昨年4月9日、長野県でお渡し会を行いましたが、ネット上に殺害予告が書き込まれたため、警察が出動する騒ぎに。新田はファンの前に姿を現したものの、イベントはたった15分で終了したとか。今度の接触イベントにも、緊張が走りそうです」(同)  新曲の発売にあたり、「誰だって1人では背負いきれないことっていろいろあれば、誰もがいろいろなものを背負って生きていると思います。その荷物を背負って歩き続ける強さを持ってなきゃいけない。でも、下ろせない重い荷物は、必ずしも苦痛なものではないんです」と意味深なコメントを寄せている新田。一時は引退説もささやかれていただけに、ニューシングル発売の朗報にはファンも一安心だろう。

「ゴミみたいな自分でも、生きてていいの?」【清水愛】アイドル声優と“人妻”プロレスラー、その数奇な現在進行形

「ゴミみたいな自分でも、生きてていいの?」【清水愛】アイドル声優と人妻プロレスラー、その数奇な現在進行形の画像1
 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんがカメラマンとしてかわいい声優さんの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の46回目! 今回はアイドル声優のパイオニアで、現在は女子プロレスラーとしても活躍中の清水愛さんが来てくれました! ――本日はよろしくお願いいたします! この連載は今回で46回目なんですけど、清水さんは今までで一番謎な経歴の持ち主というか……。 清水 えっ!? そうなんですか!? ――声優で現役プロレスラーなんて清水さんが初ですよ! 清水 光栄です(照)。 ――気になることはいろいろあるんですが、まず、もともとは声優志望だったんでしょうか? 清水 志望かと聞かれたら、志望ではないです。いつの間にか声優になっちゃった、というか。 ――なっちゃった? 清水 えっと、思春期の頃、すごく引っ込み思案で人見知りも激しくて、コンビニの店員さんともしゃべれないくらいだったんです。「お箸おつけしますか?」って言われるだけでカーッて恥ずかしくなっちゃって、目も合わせられないまま「ハ、ハィ(超小声)」みたいな……。自分なりに「これじゃ日常生活もままならない」と思って、高校を卒業するときに「大学受験かぁ、もう勉強はいいや」っていう気持ちと、「もっと社交的になりたい」っていう気持ちで、まずはモゴモゴしゃべりから脱却して声をハッキリ出すために、声優の勉強をすることにしたんです。そうして人並みの生活を送れるようになってから、自分のなりたいものを探そうと思って。 ――社会参加を目標として声優の勉強をはじめたんですね……! 清水 それで、家の近くに専門学校(日本工学院専門学校)があったので、「ここでいいや」って(笑)。月曜から土曜までみっちり授業があったんですけど、私は怠け者なので、時間で縛ってもらった方が逆に動きやすかったんですよね。やっているうちに楽しくなって、スポンジのように吸収してたら、いつの間にか声優になってしまった。もともと引っ込み思案なので、人前でしゃべるような仕事は向いてないと思ってたんですけど、なんか、なっちゃいました。 ――専門学校から、どうやって声優事務所に入ったんですか? 清水 在学している間、先生が「ウチの子たち見てよ」って、事務所の社長さんを何人か呼んでオーディションを開催してくれたんです。それで私を選んでくれた事務所に入ったんですけど、その事務所も紆余曲折あって……社長がいなくなってしまったんです。それで違う人が社長になって、社名も変わって、やっと慣れてきたと思ったら「ウチ、もう潰すからどこかに行って」って言われて……。 ――声優業界って、たまに社長が消えますね!? この連載でもう何回か聞きました。しかしながら、その紆余曲折の段階で「もうハキハキしゃべれるし、辞めようかな」とは思いませんでしたか?
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清水 声優は楽しかったので、思いませんでしたね。きっと表現をすることは好きだったんでしょうね。自分が何かをすることによって、誰かが喜んでくれるのが、すごく嬉しいんです。在学中にも、学校で講師をやっていた神谷明さんの番組のアシスタントオーディションに受かったんです。それで、自分の声が電波に乗るっていうミラクルなことを体験して、沖縄とか北海道とか海外とか、見ず知らずの遠くに住む知らない人たちから「応援してます」「あなたの声で元気が出た」って言ってもらえて……「何の役にも立たないゴミみたいな自分は生きてていいのかわからなかったけど、生きてていいの?」って思えて、ハマッちゃったんでしょうね。 ――その低すぎる自己評価は何!? 青春時代に何にも良いことがなかった人みたい! 清水 学生時代は本当に黒歴史続きですね。やっぱりいじめられたりとか。コミュニケーションも上手くなかったし、食べるのも遅かったですし、マイペースなんですよ。みんなと違ったので、島国の本能で排除されたんだと思います。異物を排除しないと、自分たちのコミュニティが滅ぼされるかもしれないじゃないですか。だから異物であった私にとって、学生時代は地獄でしたねぇ。大人になって「世の中ってこんなに楽しかったんだ!」って感動してます。 ――例え話が恐いんですけど、清水さんが「生きてていい」と思える日が来て本当に良かったです。学校を卒業されてからは、2000年代の“アイドル声優”の先駆け的な存在でしたね。まだいろいろと前例のない時期なので、ご苦労も多そうですね。 清水 私、こんなこと言ったら頭おかしいと思われるかもしれないんですけど、なんでもそうなんですよ。興味を持って始めたことが、そのときは誰もやってないから「変なことはじめやがって、クソが」みたいな扱いを受けるんですけど、一段落ついた頃にそれが流行りだして、そのジャンルが持てはやされるんです。でも、その頃、私はもう別のことをやっているんですよ。私、ゴスロリが好きでいっぱい着てたんですけど、そのときには誰も着ていなくって、よく「オタクに媚びてる」「事務所に着せられてる」って言われてたんです。でも、そんなわけないじゃないですか! あんな高い服を、好きでもないのに他人の指示で買うわけないですよね(笑)!? 黒髪を貫いたり、前髪をぱっつんにしたり、顔の横に必ず長めの毛がないと死んじゃう、みたいなのも、昔は今みたいに声優のスタンダードじゃなかったですね。 ――確かに! 今はAKBとか地下アイドルとか、もうほぼ全員ありますよね、アイドルの触覚(顔の横の毛)! 清水 私は物心ついたときからずーーーっとそのスタイルが好きで!! でもそういうのの繰り返しなんです、時代が私に追いつかないって言うと傲慢な言い方なんですけど、ズレてるんです、時空が! あと10年遅く産まれてたら、もっと人生が楽しかったはずなんです! そうすれば、周りとももっと話が合ったはずだし、異物として排除もされなかったはずなんです! アイドル的な仕事を始めたときも、まわりの先輩からは「チャラチャラしやがって、ふざけんなよ」みたいな感じでめっちゃ言われてたんですよ。「短いスカートはいてオタクにパンツ見せてりゃいいと思いやがって、芝居する気ねぇんだろ?」って! ――先輩の口が悪すぎてヤバイ!! まさか、声優になってまでもイジメに!? 清水 でも私、若い頃すっごい気が強くって、めちゃくちゃ尖ってたので、ぜんぜん平気だったんですよ。というか、その頃はあまりに忙しくて、一個一個の仕事をなるべく高クオリティで仕上げるために、余計なことにかまっていられなかったんですよね。 ――当時はどういうお仕事が多かったんですか? 清水 アフレコやラジオ収録の他にユニットとしてのお仕事もあったので、全国でイベントをしたりライブをしたり、雑誌やDVDの撮影とかが多かったです。 ――それだと、実際にアニメに声をあてている時間よりも、そっちの方が長くかかりますよね。 清水 そうなんです。なので、ひどいときは、こんなこともありました。同じ作品の別のお仕事がアフレコ前に入っていて、そっちを終えてからアフレコ現場に移動するんですけど、スタッフさんには「この時間で大丈夫です」って言われているから、普通に「おはようございま~す」って現場に入るじゃないですか。そうすると先輩達がすっごい怒りながら待ってる、みたいな……。 ――想像するだけでお腹が痛くなりますね……。
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清水 メディアミックスという概念がまだまだ浸透していなかった頃なので、「アフレコが一番大事なお仕事で、イベントや撮影なんて二の次」っていう昔ながらの考え方がみなさんの中に根付いてたんでしょうね……。でも、私たちは、このアニメを見たり買ったりしてくれるお客さんに喜んでもらうことも大事だし、そうしないと作品も成り立たないとも思っていて……。そうしてまた「努力もせずにニコニコしてれば仕事が来るんでしょ?」と思われて……理不尽でしょう? そういう情報の錯綜が相当なストレスで、アイドルっていう言葉が大嫌いになっちゃったんですよ。もう本末転倒なんです。声でお芝居するのが大好きなのに、そのために頑張っても頑張っても「芝居やる気ないんだろ?」って頭ごなしに決めつけられて、“アイドル声優”ってレッテルを貼られることに、ものすごい嫌悪感とストレスを感じてました。 ――壮絶ですね……! 清水 それから10年経って、アイドル声優全盛期になって、友達が出ている『アイドルマスター』のライブを観に行ったんです。そのとき、そのステージがあまりにキラキラしていて、笑顔で歌って踊ってくれて、MCも面白くて、本当にただ楽しくてキラキラした空間で、「アイドルって、すごいお仕事なんだな、夢を与えてくれる!」って感動したんです。それで、昔“アイドル声優”って言われるのが嫌だったことを思い出して、「私ももっと楽しめる環境だったら良かったのにな」って、しみじみしました。昔の私が可哀想(笑)。やっぱり産まれる時代を間違ったんです。 ――本当に可哀想! しかしながら、清水さんが足場をならしておいてくれたおかげで、今の子たちが笑顔で活動できるのかもしれませんよ。 清水 みんながやりやすくなったなら、うれしいですねぇ。 ――時代の先をいっているので、これから数年後にはプロレスデビューする声優が頻発する時期が来るかもしれません……。 清水 あはは、来ますかね(笑)! ――声優軍を作りましょう! プロレスといえば、清水さんのプロレスデビューは2013年なので、今年でもう4年めですね。「最低でも何年は続けよう」とかは決めてたんですか? 清水 何にも考えてませんでした(キッパリ)。 ――お、おお! プロレスを始めたのも、たまたまプロレスの興業に呼ばれて「じゃあリングデビューもしたい」って流れでリングに立ったんですよね。話題作りとか、記念に一試合だけじゃなく、そのままレスラーを続けているって、すごいことですよ。 清水 そうですねぇ。本当に何も考えずに生きているので……あ、考えなくていいことは死ぬほど考えちゃうんですけど、考えなきゃいけないことは全然考えてないんです。それでもこの年齢まで生きてこられるんだから日本は平和だなぁ。 ――プロレスにハマッたきっかけは何だったんですか?
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清水 DDTプロレスリングさんが経営するエビスコ酒場に友達が連れていってくれたんですけど、お肉料理に「なんだこりゃ!?!? 美味しい!!!!」って衝撃を受けて、めっちゃくちゃ通うようになったんです。お手洗いに入ると興業のポスターが貼ってあるので、「こんなに通ってるのに試合を見たことがないのもアレだな」って、店員のレスラーさんからチケットを買って観に行ったんです。で、観たらハマってしまって、DDTさんの関連グループの興業も、観られる限りは全部観て、そのまま沼にズブズブと……(笑)。 ――肉料理で餌付けされてズブズブに……! 清水 そうですね、胃袋つかまれちゃいました。お肉美味しかった。それに、プロレスは人生の縮図なんですよ。もう立ち直れないくらい打ちのめされても、目は相手を睨みつけて反撃のチャンスをうかがって、そこから流れが急変したりするんですよ。だから、負けることが終わりじゃなくて、諦めて辞めたときが本当の終わりなんです。負けてもまだ次があります。もちろん、次がないような取り返しのつかない失敗もあると思いますけど……もう、死ぬこと以外はかすり傷だと思って。 ――死ぬこと以外はかすり傷!! イケてる!!! とはいえ、怪我はしますよね? 清水 怪我の基準がおかしくなっちゃってるんです。痣は当然できるし、捻挫もたまにするんですけど、「折れてはいないから怪我してないです」って感じです。先輩方はもっとすごくて、試合中に「なんか痛いな」って思いながら続けて、しばらくして病院行ったら「ここ折れてたけど、もうくっついてるね」みたいな人が多いんですよ。アドレナリンが出ちゃうんですよねぇ。 ――アドレナリンだけの問題じゃないような気が……レスラーの自己治癒力はどうなってるんでしょうか。清水さんは、プロレスをしていて「私って強い、センスあるな」って感じることはありますか? 清水 「ほんっとにダメだなぁ」って思います……。「この人は本当に素晴らしいな」って人は何人もいるんですけど、私は……。 ――それでも、続けようと思うのはなぜ? 清水 楽しいからですかね。体を動かす機会は大人になってから全然なかったので、気分転換になりますよ。 ――そんな、OLがヨガやるみたいな! 清水 でも本当にそうですよ。一番初めは、倒立前転すらグニャ~っとなってたんですよ。自分の腕が、自分の全体重を支えきれるような筋力を維持してなかったんですよね。高校のときの体育ではできてたのに、そこからもう20年近く経っているので、もう体がそれどころじゃないんです。それが、練習を続けていくことによって活性化して、汗をたくさんかくことによって汚れも出て、肌も綺麗になって……。 ――プロレスにデトックス効果が! 清水 間違いなく、あります! ――しかしながら、30歳を越えてからのプロレスデビューでしたが、女子プロの三禁(酒、煙草、男の禁止)はかなり厳しいのででは?
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清水 32歳でデビューです。33歳の3カ月前。三禁は全団体じゃないので、恋愛を推奨してる団体さんもありますよ。十代はダメだけど、大人になったら恋愛もどんどんしてねっていう団体さんとか。 ――なるほどー、だから清水さんも結婚してOKだったんですね! 遅くなりましたが、リングアナの井上マイクさんとのご結婚、おめでとうございます! 同業者ですし、仕事にも理解がありそうで素晴らしいですね! 清水 ありがとうございます(照)。営業で帰りが遅くなる~とか言われて明け方近くになっても、そういう事情は私もわかるので全く腹が立たなくてやりやすいです(笑)。 ――昨年ご結婚されるまで、清水さんにはあんまり男の影がなかったですよね。どんなに検索しても、出てくるのは百合疑惑ばかりなんですよ。 清水 だって普通言わなくないですか? ――言わなくてもバレてるじゃないですか! 今は週刊文春も見張ってますよ! 清水 雑誌社さんが声優業界にもゴシップの需要があるって気づいたときには、特に私に人気がなかったというか(笑)。 ――そこだけは時代の先をいってて良かったかもしれません。やっぱり事務所から「恋人を作っちゃダメ」みたいな制約はあったんですか? 清水 事務所からは何にも言われなかったです、さっきの服装や髪型もそうですけど、一切。“男の影がない”っていうのは、私がもともと、あんまり自分の話をするタイプじゃないからかな? 恋人がいるいないは「わざわざ言うことではないんだろうな」とか、「聞いて楽しい話じゃないのかな」とか思ったし、言う機会がなかったんです。けど、結婚を発表をしてから「あの人が私の主人です」っていう話ができるのが、こんなにうれしいものなんだって……やっとFacebookのステータスを“既婚”にする人の気持ちがわかりました。今までは、そうやってステータスやパートナーの存在を公にしている人を心配してたんですよ。私がネットストーカー気味というか、気になったことは必死で検索して調べ当てちゃうタイプなので、私みたいな人が私を調べたとして、何でも明け透けになっちゃったらなんか恥ずかしい! と思って、なんにも情報を出さないようにして生きてきたんです。でも、結婚してからは、ちょっとずつ人生を公にすることに快感を覚えて……。SNSを利用する人の中には「結婚しました」って配偶者との写真をアイコンにしたりする方いらっしゃるじゃないですか。昔は「なんで こんなことを!?」と思ってたんですけど、今はやりたくなるのわかるなぁって(笑)。 ――普通の人は、そんなに検索されたり特定されても困らない人生なんでしょうなぁ。人妻となった清水さんは、プロレスでも“人妻軍”として活躍中ですね。“婚勝(婚活)軍”との試合のレポートを読んだんですけど、めちゃくちゃ面白そうです! 清水 婚勝軍はゼクシィで殴ってくるんですよ……。 ――超痛そう! ゼクシィを凶器に使った後、本家ゼクシィ編集部からガチクレームを受けて号泣謝罪する婚勝軍とか、もう応援しかできません……! ちなみに、清水さんの2016年の目標はご結婚で、無事に達成されましたが、2017年の目標はありますか?
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清水 部屋を綺麗にすることですかね(キッパリ)! ――清水さんにとっての掃除は結婚と同じくらいハードルが高いものなんですか!? 清水 すみません!! そればっかりは!! すみません!! あと、もっと長期的な目標で言ったら、ちょっと高齢出産になっちゃうんですけど、いずれは子どもが欲しいなぁと思っていて、小さい子が観て喜んでくれるような作品に声優として出たり、絵本を超うまく読めたらうれしいなぁと、ぼんやりと。 ――それでは子作りの方もがんば……って言うとセクハラになりますね……。 清水 そうなんですよ、主人も表に立つお仕事の人なので、これを読んだお客さんとかに「どう? できた? 作ってる?」とかって想像させるのも気まずいじゃないですか、難しいですよね(笑)! ――片付けと共にマイペースに頑張ってください! 今日はありがとうございました!! 試合観に行きます!! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●しみず・あい フリー。声優業の傍ら、趣味にも全力投球。 ファンと共に渓流釣りを楽しむバスツアーや実弾射撃を体験する海外ツアー等のアウトドアイベントにも従事し、プロレス観戦にハマったかと思うと2013年12月リングデビュー。以降DDTの系列団体を中心に活躍。その後アニソンDJデビューまで果たし、マルチな活動に磨きがかかる。 2016年8月には DDTリングアナ・井上マイクとの結婚を発表、『人妻声優プロレスラー』に。着々と属性を増やし続ける清水愛の明日はどっちだ!? ≪声の出演≫ 『ファイアーエムブレムif』シャーロッテ役 『鋼鉄のワルツ』アフローラ/ベロニカ役 『快盗天使ツインエンジェル そして神話の乙女たち』ユーノ役 アトレ秋葉原 店内アナウンス ≪ニコ生≫ 『ニコニコ清水愛チャンネル』 毎週水曜23時~ ゲーム実況放送 ときどき趣味である釣りやサバゲーを生中継!? http://ch.nicovideo.jp/shimizu-ai 『ニコプロ -ニコニコプロレスチャンネル-』 月イチ生放送MC担当 http://ch.nicovideo.jp/nicopro ≪舞台出演≫ 演劇企画CRANQ 5th STAGE 『デッド・ビート・ダッド!』 2017年4/27(木)~5/1(月) 東京芸術劇場 シアターウエスト 4/29(土)19時〜の回にゲスト出演 cranq.jp ≪ご主人のお店≫ 新宿三丁目へお立ち寄りの際にはぜひ☆ Bar Lounge SWANDIVE03-5315-4570東京都新宿区新宿3-8-2 クロスビル4階 https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13192237/ Twitter/Instagram:@aitter_smz ボイスサンプルはこちらから http://with-voice.com/shimizu-ai.html ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 【宍戸留美ライブ情報】 3/11(日)フランス、グルノーブル「お膳や」16時&18時の2回公演。 3/24(金)中目黒トライ19時半 4/23(日)福岡、書斎りーぶる2階 13時半『絵恋ちゃん×里咲りさツーマン 博多編!~スペシャルゲスト 宍戸留美さん~』 5/21(日)デビュー27周年記念ライブ in 広島 最新情報
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増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ◆3/4(土)『たまみずきフェスティバル』 会場:大泉学園、ゆめりあホール 『障がい者と健常者の壁を取り払おう!みんなで一緒に楽しむたまみずきスプリングフェスティバル』現在、クラウドファンディングをしています。応援の程、よろしくお願いします。 https://motion-gallery.net/projects/tamamizuki ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中。<http://www.cyzo.com/akr/

「ひたすら、びっくりしています」【太田貴子】なぜ『クリィミーマミ』は30年以上も愛され続けるのか

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんがカメラマンとしてかわいい声優さんの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の45回目! 今回は伝説の魔女っ娘アニメ『魔法の天使 クリィミーマミ』で知られる太田貴子さんが来てくれました! ――太田さんは1982年に『スター誕生』で、現在の徳間ジャパンからスカウトを受けてのデビューでしたが、それ以前にスカウトされたことは? 太田 もう時効だと思うんですけど、私が中学3年生の冬休みのとき、たまたま『スター誕生』を観に行ったんです。ぼ~っと見てたらスタッフさんに声をかけられちゃって、「やってみない?」って。 ――会場で!? 夢がありますね! 太田 それで、やることは決まってたんですけど、それだと世間体が……ってことで、一応オーディションを受けてくださいって。それで『スター誕生』に出たんです。 ――そして再びスカウト! 徳間ジャパンも、よほど惹かれるものがあったってことですね。そして、その翌年には、あの伝説のアニメ『魔法の天使 クリィミーマミ』の声優と主題歌という大仕事が! 太田さんは初めから声優志望だったんですか? 太田 いえ、初めに事務所から提示されたのは歌手か女優だったんですけど、歌が好きだったので歌手にしました。それが決まったら、もうバタバタバターっていろんなところへ挨拶回りに行って、徳間書店さんに顔を出したら、そこのお偉いさんに「こんな仕事があるんだけど、どう思う?」って言われて、「可愛いじゃないですか、やりた~い!」「じゃあやろう」って。その一言で決まったのがマミちゃんだったんです。 ――凄まじい展開ですねぇ! それで芸能活動が本格始動して、普通の女の子が急に何百人のファンの前で歌って握手して……大変でしたねぇ。 太田 不思議な感じでしたよね。でも、好きでやっていたから全然大変じゃなかったです。人が好きなんですよ、私。小さい頃から仲良くなるとすぐについて行っちゃうから、両親によく「危ない!」って言われてました(笑)。 ――本当に危ない~! 太田さんは当時まだ15歳ですが、マミみたいに学校とお仕事の両立は出来たんでしょうか? 太田 その当時は両立してました。学校が終わってスタジオに行って……毎日忙しかったですねぇ。そのときの声優さんたちはけっこう大御所の方が多いので、現場では私はいじられキャラでしたね(笑)。 ――初仕事の出来はどうでしたか?
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太田 どん引きですよ……(笑)。一話は本当に自分で見るのも恥ずかしいくらいの棒読み(笑)! ――では、大御所の皆さんが良い先生になった感じですね。 太田 まぁ先生というか、教えてはくれませんけどね(笑)。今の声優業界は教えてくれるものなんですか? 当時は、先輩より監督がマンツーマンで教えてくれてました。教え方も優しくて上手だったし、自分でも上達がわかってうれしかったなぁ。褒められたことは一度もないけど(笑)。 ――その経験を活かせば、声優学校の講師にもなれそうですね。 太田 うーん、こう見えて、私は意外と個性派なんですよ。実際にちゃんと養成所を出られた方って、どんな役にも対応するじゃないですか? そういう方は個性と言うよりも技術だと思うんです。私は個性を大事にしていて……こういうの、養成所だと怒られちゃいそうですよね。 ――確かに、太田さんの声は個性的です。色っぽくて可愛くて、ちょっと他で聞いたことがない声ですよね。今マミちゃんを見返してもすごく新鮮でした。 太田 本当ですか? うふふふ、ありがとうございます! ――『クリィミーマミ』の後、声優をメインのお仕事にしようと思いませんでしたか? 太田 『風の谷のナウシカ』に出たり、チラホラはやったんですけど、音楽の方が多かったですね。でも、今は声優さんの事務所に入っているので、今後またあるかもしれない(笑)。まだオーディションを受けたりもしてないので、そのうちやろうかな? あはは! ――マイペース! でも、『クリィミーマミ』は若い子向けのブランドとコラボしたりして、30年以上も愛され続けているので、その都度イベントなんかで忙しそうですね。 太田 そうなんです。つい最近もマミちゃんが『プリパラ』ってアニメとコラボをしたんですけど、そのときのサイン会に『プリパラ』を見ている子たちも、マミを見てくれていた人たちも来てくれて、世代を超えた不思議な世界を体験しました(笑)。 ――ご自分の演じたキャラクターが30年以上も愛され続けているなんて、ご本人的は……? 太田 本人びっくり~! ひたすらびっくりで、ついていけてないんですよ! 「わぁ~すごいすごい!」って、他人事みたいな感じ(笑)! ――ビッグウェーブにどんどん乗っていきましょう! ちなみに、太田さんは1994年に一度引退されましたよね、それはなぜ? まだ26歳くらいですよね。
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太田 結婚がしたかったんですよ。でも、結婚ってしたいからできるもんでもないじゃないですか(笑)。若いときからずっと芸能界に染まってたので、「このまま芸能界にいたら世間知らずになる!」と思って、社会勉強のためにいろいろと、ね? まともな人間になろうと思って(笑)! ――あはは! どんな感じの社会勉強をなさってたんですか? 太田 OLです。馴染んでましたよ、事務したり電話出たり。 ――えらい良い声の事務員だなぁ、さすがにバレるでしょう? 太田 バレないんですよ。もともと性格がこんな感じなんで、みんな疑うことすらしなかったみたい(笑)。 ――確かに、お話ししていても“ザ・アイドル”って感じではないですよね。でも昔の動画では、もっとアイドルっぽい受け答えしてましたよ! 太田 アイドルのときは、いちおう作ってたんですよ! でも、自分じゃない自分を演じるのにも限度ってものがありまして、ポロッポロって出ちゃうんですよねぇ、地が(笑)! 自分をどこまで作っていいのかわからなかったし、そうやってポロポロ出さないと続かなかった(笑)。 ――なるほど~。やっぱりハードですもんねぇ。ちなみに、何が一番つらかったですか? 太田 『24時間テレビ』に出たことかなぁ。あとはNHKの『レッツゴーヤング』のサンデーズをやったんですけど、ボーカルレッスンはまだしも、苦手なダンスのレッスンがすごく辛かった! とにかくスタッフさんが恐いんですよ、いつも怒鳴られてましたねぇ、なんか知らないけど。 ――怒鳴られたり怒られたりすると落ち込むタイプですか? 太田 ううん、抜けちゃうタイプ(笑)。 ――(爆笑)! 太田 あとは、当時、ジャニーズで言うとトシちゃんとかマッチの全盛期だったんですけど、ジャニーズファンがすごくって! サンデーズの相手はジャニーズで、仕事で手を握るだけでどうのこうの言われるんですよ。だから、「別にそんな気ないから~」ってジャニーズのファンの人たちに言ったんですよ。一人ずつ「ごめんね、ごめんね~!」って謝って。そしたらみんな「いいよ、太田さんだったら大丈夫」って言ってくれて(笑)。 ――ジャニオタを手懐けた……! 実際にジャニーズと恋に落ちたりはしなかったんですか?
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太田 あるわけないじゃないですか(即答)。光GENJIの子もいたけど、そういう目では見たことがないですね……。私、アイドルより俳優さんが好きだったんです。 ――もったいない……! じゃあ歌手じゃなく女優を目指してたらもっと早く結婚してたかも? 太田 そうかもしれな~い(照)! 女優にすれば良かったかな、なんて! あはは! ――ちなみに、旦那さまは芸能関係の方なんですか? 太田 ぜんぜん! 28歳のときに、業界と関係ない友達の紹介で知り合った方と結婚しましたよ。本当に普通の人! ――引退してから結婚するっていうのも真面目ですよね、アイドルしながら結婚する人も多いじゃないですか。 太田 芸能界じゃ、格好いい人がたくさんいすぎて選べないから(笑)! ――羨ましいセリフ!! ご結婚後、1998年にまた復帰されましたが、そのきっかけは? 太田 復帰する気はなかったんですよ。誰にも現状を教えてなかったし、このまま社会人になっていくと思ってました。でも、『クリィミーマミ』の会長さんが私を探してたみたいで、見つかっちゃった(笑)。それですぐに「イベントに出てね」って言われて「へえぇぇぇ~~!?」って、あっという間に戻されちゃいました。 ――探偵みたいな会長さんですね……! 3人のお子さんを産んだり育てたりしながらのお仕事は大変じゃなかったですか? 太田 大変すぎたけど、なんとかなると思って乗り越えてきました(笑)。私、子どもに宣言したの。「ママね、真面目なママはやらないよ」って。そしたら「別にいいよ。期待してない」って(笑)! ――(爆笑)! 今後、娘さんや息子さんがデビューしたりは? 太田 私の仕事場を見せたことがあるんですけど、「絶対に私はママと同じことはしない」「もっとしっかりしますから」ってみんな言ってます(笑)。 ――ナイス反面教師です! ところで、今はせっかく声優事務所にいることですし、今後は声優業でどういう役をやりたいですか? 太田 やっぱり可愛い役がいいなぁ! 例えばお母さん役とか、おばあちゃん役とか、年相応なやつよりも可愛い女の子がいいです。自分の精神年齢が若いから(笑)! 私、30年前から変わってないんですよ。だって、変わったって楽しくないじゃないですか。そう思いません? ――確かに、嫌な感じで大人になっちゃったり、つまんない人になっちゃったりとか……。 太田 そうなんですよ~。特に、子育てしてるとあっという間だし! ――子育てしながらも乙女性をキープしている太田さん、素敵すぎます! では、最後に今後の野望を教えてください!
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太田 やりたいことをやっていきたいなぁ。「これやりたい」って思ったことをすぐに実践していきたいです。 ――た、例えば? 太田 ファンの方とのイベントやバスツアーは、自分でやりたくって実現したんです。 ――そうだったんですか。トークイベントやバスツアーやボウリング大会をされたり、ファンの方との交流をとても大事にされてますよね。次のバレンタインライブもご自分で企画を? 太田 そうです。私が「宍戸留美さんとやりたいっ」って言って実現させちゃったんです。ウフフー。 ――どんなライブになるんですか? 太田 それはまだ考えてない(笑)。でも、楽しいライブにするので是非是非(ハート)! ――楽しみにしてます! 本日はありがとうございました! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●太田貴子 東京都出身。1982年に『スター誕生!』に出演したことがきっかけで、翌83年デビュー。アニメ『魔法の天使クリィミーマミ』の主人公役に抜擢され、同番組の主題歌「デリケートに好きして」で歌手デビュー。以降、歌手・声優だけでなくタレント、ナレーター、ラジオDJなど幅広い活動を行っている。 2017年2月12日(日)「太田貴子Dreamsバレンタインライブ」開催 日時:2017年2月12日(日)17:30 Open 18:00 Start 場所:渋谷テイクオフセブン・・・03-6427-5273 住所:渋谷区宇田川町32-12アソルティ渋谷B1F URL:http://kox-radio.jp/takeoff7/ 地図:http://kox-radio.jp/takeoff7/access.html Google Map:https://goo.gl/maps/a6p4cehyjNF2 出演:太田貴子 特別ゲスト:宍戸留美(おジャ魔女どれみ 瀬川おんぷ役) (はなかっぱ ももかっぱちゃん役) (はだかん帽 NHKみんなのうたO.A.) オープニングアクト:森下純菜 料金:予約5000円・当日5500円(D別) 主催:アイドルショット チケット:当ホームページにて2016/11/1より発売開始 特設ページ:http://idolshot.com/takako.html チケットご購入は下記ページよりお名前、配達先ご住所、電話番号、振込方法、枚数を送信の上お申込みください。折り返し折り返し二営業日以内に振込口座をご案内いたしますので、ご入金をお願いいたします。 お申込みページ:http://idolshot.com/tk/20170212.html ※所属事務所81プロデュースへのお問合せはご遠慮ください。 【お問合せ】 お問合せ:info@idolshot.com ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 最新情報
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増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ◆1/23(月)【DAIZ FEST Vol.0】 会場:TSUTAYA O-WEST 福田裕彦主宰「大頭視聴覚」のレーベルアーティスト初共演! 出演:漁港・科楽特奏隊・ノーメイクス・福田裕彦・宍戸留美・井口昇 チケットはこちら。 全国のe+で発売中! ◆2/3(金)「ひとりひとりにサリュー!vol.11~豆とお面編」 会場:風知空知 OA:Jocelyn Guzman(メキシカン歌手) ゲスト:ペパーミント 開演19時 前売り¥3,500(1D別) ご予約は下記まで、お名前とご連絡先を明記の上メッセージを下さい。 mailto:sundaliru@gmail.com ◆3/4(土)『たまみずきフェスティバル』 会場:大泉学園、ゆめりあホール 『障がい者と健常者の壁を取り払おう!みんなで一緒に楽しむたまみずきスプリングフェスティバル』現在、クラウドファンディングをしています。応援の程、よろしくお願いします。 https://motion-gallery.net/projects/tamamizuki ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中。<http://www.cyzo.com/akr/

「うんこって、すごい言葉なんです!」【仮面女子・月野もあ】声優×最強地下アイドルの“思い描く夢”とは?

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんがカメラマンとしてかわいい声優さんの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の44回目! 今回は最強の地下アイドルグループ・仮面女子のメンバーで、テレビアニメ『TO BE HERO』(TOKYO MX)のミン役で活躍中、アイドルで声優の月野もあさんが来てくれました! ――さっそくですが、大学卒業おめでとうございます! 大学では日本語教師の資格を取られたそうですね。 月野 実習が多くて大変でした……。でも、一応通っていた大学に留学生がたくさんいるので、自分の学校で実習する形でどうにかなりました。 ――生徒たちに「あれ仮面女子の月野もあじゃない?」ってバレませんか? 月野 ぜんっぜん! 大学でもバレてないと思います(笑)。 ――仮面が功を奏してるんですかね……? 月野 そうなんですかね、個人としては、まだまだ気付かれず……。 ――でも、デビューされてから、まだたった3年なんですよね。仮面女子としてはもちろん、個人でもテレビアニメのヒロイン役を演じたり、なかなかの快進撃ですね! 月野 とんでもないです!! ――月野さんは19歳でデビューとのことですが、仮面女子よりも前にエイベックスの声優オーディションを受けていたんですね。 月野 はい、一応は素人向けのオーディションだったんですけど、周りを見たらみ、んな声優の養成所に通ってる人たちだったり、素人っぽくない人たちが多くって……。 ――わかります。素人オーディションと言いつつ、いろんな事務所から滑り込んできますよね。 月野 そうなんですよ……。私はまだ発声練習も独学で、「声優になりたい」って気持ちだけでやっていた時期だったので、周りを見て「こういう人たちが受かっていくよね、何も勉強してない大学生の私には無理なんじゃないかな」と思って、一度は声優の夢を諦めてしまったんです……。だから、これを最後のオーディションにしようって。大学もあるし、就活も始まる時期だし……。 ――真面目ですねぇ~。声優の夢を諦めて、どういう流れで仮面女子に入ったんですか? 月野 まず、ドラッグストアのイメージガールに応募したんです。キャンペーンガールとか、コンパニオンみたいな仕事だろうと思って、就活が始まるまでの短期間バイトの感覚だったんですけど、いざ面談に行ったら、そのイメージガールはアリスプロジェクトがやっていた企画で、「うちの事務所に所属しないと仕事はできない」と言われて……。 ――そんな釣り広告みたいな!? 月野 もともとは仮面女子どころか、アイドル業すらやろうと思ってなかったんですけど、面談の時に初めて仮面女子のライブを見て、「すごく素敵!」って(笑)。
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――急にライブを観て「自分も歌いたい」ってなるものですか? そもそも、歌や踊りの経験は? 月野 私が落ちたエイベックスの声優オーディションの最終審査は、渋谷のWWWっていうライブハウスでソロステージをしなくちゃいけなかったんです。いろんなエイベックス所属のアイドルやアーティストのライブの間にステージに立って、アニメソングを歌って踊るっていう……。そこで初めて「こういう世界も素敵だな」って思ったんですよね。なので、仮面女子のライブにも心を惹かれましたねぇ。 ――でも、仮面かぶってるし、「顔見えないじゃん!」とか思わないんですか? 月野 まったく思わなかったですよ。楽曲もかっこいいし、世界観が素敵だし、仮面もオシャレじゃないですか。 ――オシャレ……!? 月野さんはもともと学生時代にバンドでデスメタルのメイクをしてベースを弾いてたから、感性に合ったのかもしれませんね。さらに空手も初段なんですよね。大学の人たち、「アイドルだ!」って気付いても、近づけなかっただけかもしれません……。 月野 あははは! そうなんですかね(笑)。 ――ちなみに、仮面女子は「選ばれなかったものたち」っていうコンセプトがあるじゃないですか。月野さんはエイベックスの声優オーディションに選ばれなかったってことですか? 月野 そうですね。他のメンバーも、AKB48さんやNMB48さんやモーニング娘。さんのオーディションでダメだった人がいたり、そういう大手から選ばれなかった人たちが集まってます。 ――なるほど~。私、初めは「仮面つけてるってことは、どうせ残念なアイドルが入ってるんだろう」と思ってたんですけど、仮面を取るとみんなかわいいんですよね。大手のオーディションでいいところまで行った人たちなら、そりゃ平均以上なはずですね。 月野 いやいやいや、事務所としては「かわいくないからお前ら仮面かぶっとけ」みたいなスタンスなので、本当に。「大手に落ちる顔じゃ勝負できないから」って。でも、仮面をつけることで、みんなでくっついて一つの個性を作れるので……。 ――えっ、それってモラハラ!! 月野 でも、みんなで話すと「私もそのオーディション受けた!」「落ちた!」「私も!」って盛り上がれるんです。それによってチームワークが強くなりますし、お互いを思いやりながらやっていけるんです。「こんなに仲良いアイドルグループいるのかな?」ってくらい仲も良いですしね。ライブで毎日一緒にいるので、家族とはまた別の心強い仲間です。 ――ちなみに、毎日一緒ってことは、毎日お仕事なんですか? お休みは? 月野 休みは、ほぼないですねぇ……。1~2年前までは月曜日から日曜日まで、午前中は学校に行って、午後はライブだったんです。けど、ここ1年は外部のお仕事をたくさんしようっていう方針で、火曜と水曜は仮面女子カフェでのライブをお休みさせていただいてるんです。でも、ライブがないだけで、お仕事はさせてもらっているので、お休みは……ないですね。 ――そうですよね、大学行って勉強して資格も取ってバンドしてライブして……気合いですね……。 月野 やりたがりなので(笑)。 ――やりたがりと言えば、空手もやられてるんですよね。空手をやってると、学生時代にイジメに遭わなそうです。 月野 やっぱり中学生くらいの頃は、女の子のドロドロしたものに巻き込まれることもありましたけど、「私は空手やってるから何かあっても大丈夫!」っていう気持ちがあるので、心は強くなりました(笑)。小学校3年から中学2年までやっていて、黒帯の初段なので。 ――かっこいい! ベースはいつから始められたんですか? 月野 ベースは高校から今までです。 ――そして今はご自分のベースまで作られたという……。ところで、なぜベースだったんですか? 月野 低音が大好きなんです。部活で吹奏楽部に入っていたとき、3年間フルートだったんですけど、途中から低音の楽器の魅力に気付いてしまったんです。「バスの音色がズンズン響く!」って、すごくかっこよくって(笑)。だから、次にやるなら絶対低音の楽器がやりたいと思いました。それで、いろんな演奏を聴くうちに、ベースの音がすごく耳に残ることに気付いて、ベースをやる気まんまんに(笑)。バンドでもベースでしたし、今も自分の聖誕祭のときにはベースを演奏させてもらっています。普段のライブでもやりたいんですけど、動き回って危ないので(笑)。
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――確かに、仮面女子のライブだとベースが折れそうです。仮面女子ってすごく体育会系ですよね。 月野 はい! ガッツリ運動部です(笑)。動いて走り回ってヘッドバンキングしてナンボですし、客席にダイブもします! ――客席にダイブって、握手やチェキより何段階も上のファンとのコミュニケーションですねぇ。ファンもさぞうれしいことでしょう。……そういえば、仮面女子って、アイドルグループには珍しく恋愛OKなんですよね。どうなんですか、その辺は? 月野 忙しくてそれどころじゃないです(真顔)。出会いは関係者の方とファンの方しかいないのに、「恋愛OK、ただしファンと関係者はNG」っていう決まりなんですよ。お休みもなくって、家を出てお仕事して帰る毎日の中で、メンバー共々「恋愛させる気ないだろ!?」って(笑)。これで恋愛できてるメンバーがいたら、かなりすごいと思います……。 ――それなら、いっそ恋愛NGにされても変わりないですね……。ちなみにどんな男性がタイプですか? 月野 たくさん食べる人が好きです。 ――『クッキングパパ』とかの影響? 月野 いや、違いますけど……。食事をしている時間がすごく好きなので、一緒に食べる時間を大切にしてくれる人がいいなぁ。食べ残したりしないで、好き嫌いなく、なんでも食べてくれる人が好き! ――全国のフードファイターに朗報ですね~。ではでは、もし一日休みだったら何がしたいですか? 月野 ええ~~~、難しいなぁ~~~、う~~~~~ん(困惑)。 ――休みがなさすぎるせいで考えられなくなってる! ブラック企業に勤めてる人みたい! 月野 美味しいもの食べに行きたいです、まったりのんびりと温泉とかも……おばあちゃんみたいですね(笑)。でも、お仕事もすごく楽しいので、まだまだ頑張りたいです! ――声優業も順調ですしね! 声優オーディションに選ばれなかった月野さんが、仮面女子を経て憧れの声優になるって、なんだか感動的です! テレビアニメ『TO BE HERO』のヒロイン、ミンちゃん役はオーディションだったんですか? 月野 いえ、運が良かったといいますか、偶然チャンスが舞い降りてきたといいますか、だからこれを必ず形にしなければって……とにかく頑張っています! ――ミンちゃんは、かなり口が悪い役ですよね。セリフは大変じゃないですか? 月野 そうなんですよ、しょっぱなの収録で「うんこ」って100回以上は言いました……。「うんこ」って言うの、実はむっちゃ難しいんですよ。「うんこ? うんこなの? パパがうんこしたトイレでシャワー浴びろってか?」ってセリフがあったんですけど、監督に「うんこの『ん』が聞こえないからもっとハッキリ言って」って言われて、「うんこ!」「うんこ!!」「うんこ!!!」って言ってるうちに「うんこってすごい言葉なんだな」と思えてきて……。 ――うんこのゲシュタルト崩壊! ミンちゃんは、普段の自分と似てるところはありますか? 月野 ミンちゃんも空手少女なので、そういったところは似てるかなぁ。あと、なんだかんだパパッ子なキャラクターなんですよ。私もお父さんが大好きなので、その気持ちも同じです! ――口の悪さが伝染して、日常生活に影響を及ぼしたりは? 月野 あはは、ないですよ! けど、アニメの情報公開前で、まだメンバーにも知らせてないとき、「クソッ! しつけぇんだよこの野郎!!」みたいなセリフをボソボソと壁に向かって練習していたので、メンバーとか、通りすがりのスタッフさんは心配してましたね……。 ――「もあちゃんの精神状態が限界だ」って思いますね! 月野 後から「あのときは恐かった」「裏の顔を見てしまった」って言われました。 ――あはは! 月野さんもパパッ子とのことですが、ご両親はお仕事を応援してくれてますか? 月野 芸能をやる前は「先生になった方がいいよ」って言われてたんですけど、今は「一生懸命頑張ってるから」って、すごく応援してくれてます。 ――先生になるはずだったかわいい娘が、いつの間にか仮面をつけて踊り狂ってるってどういう心境なんだろう! 月野 びっくりですよね(笑)! 今はお休みしてるんですけど、週末はLINEライブで3時間ライブを生配信してたんです。それも毎週観てくれてたみたいで、口数少ないお父さんなんですけど、たまに話すとけっこうなんでも知ってるんです。もう実家から出られないですね(笑)。
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――ご実家は埼玉でしたっけ。都心に通うにはちょっと遠いですよね。 月野 家の周りは畑と工場なので、ギリギリ通えるけど、やっぱり遠いです。家にもあんまりいられないですし。 ――とはいえ、都心で一人暮らしするにもお金がかかりますよねぇ。そこでなんですが、仮面女子のお給金はどうなってるんでしょうか? 月給制? 歩合制? 月野 歩合制です。 ――お~!! じゃあ、メディア露出の増えた今はガッポガッポじゃないですか? 月野 実は、声優とかの外部のお仕事は、歩合には全く関係ないんですよ。歩合制なのはチケットバックなんです。ファンの方が来てくれたチケットが、コインに変わって投票されていくんです。そのコインがお給料になるんです。 ――ええーっ!! でも、声優業も頑張ってるんだから、そっちも歩合に組み込んで欲しいと思いませんか? 月野 でも、ファンの方の投票によってメンバー各々に振られる外部のお仕事が決まったりするので……。 ――なるほど~。投票コインで応援すればしただけお給料もメディア露出も増えそうで、ファンとしても応援しがいがありそうですね。 月野 そうですね、コインは直接ちゃんと届いてますから! あとは、チャットっていうのもあって、有料のチャットをお家から配信すると、そのポイントもバックで入ってくるので、私たちのお給料の構成は、チケットバックとチャットです! ――仮面女子って「最強の地下アイドル」って言われていて、もう全然地下じゃないだろうと思ってたんですけど、今の話で断然地下っぽくなってきました! 月野 地下アイドル頑張ってます(笑)。 ――そのチケットやポイントの売り上げは、成績表みたいに貼り出されたりするんですか? 月野 毎週ですよ……。投票コインはランキングとして1位からビリまで出るので……。 ――うわぁ、こわい!! 月野さんは良いランクをキープしてますけど、そうなると落ちるのが恐いですよね……。声優業や外部の仕事が増える分、ライブでファンと直接交流を持つ機会は減るじゃないですか。それでファンが「会えなくなるなら売れなくて良い」みたいな思考になって、ランキングが落ちたりするんじゃ? 月野 お仕事の都合でライブ出演が減ると「この日にしか会えない!」って、その日に集まってくれたり、支えられながらやらせてもらっています……。 ――良いファンがたくさんいるんですねぇ。そういえば、月野さん女優業も好調そうですね。先日は仮面女子映画の第7弾で宍戸留美さんともご一緒してましたが、どんな役だったんですか? 月野 『サマータイムエンジェル』っていう作品で、私は“カラテフラッシュ”っていうヒーローで、登場シーンは跳び蹴りから……(笑)。 ――かっこいい! 空手やってて良かったですねぇ! 月野 好奇心旺盛なので、いろんなことをやってて良かったです。 でも全部まだまだなので、もうちょっと飛び抜けられるように磨いていかなきゃ! ――果てしない努力家! それでは、最後に、仮面女子としての今後の目標はありますか? 月野 仮面女子としての目標は、『紅白歌合戦』に地下アイドルとして出ること! そして国民的地下アイドルになることです! 地下アイドルって、今すっごくたくさんいるので、私たちが地下アイドルの憧れになって「地下アイドルでもここまで行けるんだ」っていう模範になりたいんです。 ――ではでは、個人としての目標は? 月野 声優として売れたいです! もちろん、仮面女子もずっと続けて行きたいんですけど、“声優・月野もあ”として知ってもらえるように頑張っていきたいです。今放送中のアニメ『TO BE HERO』も観てもらいたいし、作品の中で成長していく月野もあも観てもらいです。ギャグ満載で、大人も子どもも笑える作品なので、ぜひぜひ! ――仮面女子としても声優としても、今後がさらに楽しみです! 本日はどうもありがとうございました! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●つきの・もあ 1994年、埼玉県生まれ。仮面女子、アーマーガールズ、Prismメンバー。声優としてテレビアニメ『TO BE HERO』(ミン役)出演中。女優として『満腹探偵クウコ』主演。 趣味・特技/ベース(EDWARDS月野もあオリジナルモデルベース制作)、空手(逆真空手初段)、フルート(吹奏楽)、日本語教師有資格者、コスプレ、グルメ 1月3日(火)仮面女子NEWシングル「仮面大陸(ペルソニア)」リリース 月野もあTwitter moa__tsukino ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 最新情報
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増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido 12月18日、13時~ 宍戸留美、ヴィレッジヴァンガード名古屋パルコ店にてデビュー25周年記念作品の発売を記念したインストアイベント開催決定! http://ukproject.com/column/2016/12/12197/ 同日、17時半~ 名古屋、猫に窓ガラスにてワンマンライブ開催!! ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「アニメ界のチアガールになりたい!」【サラ・ネルキン】来日4年目の“やりたいこと多すぎ”状態

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんがカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の43回目! 今回はアニメ業界で働きながら声優を目指して邁進中の金髪美少女、サラ・ネルキンさんが来てくれました! ――初めまして! サラさんは普段は取材する側が多いんですか? サラ そうですね、大学2年生のときからずっとアニメ業界の記者をしていますので、取材はされるよりもする方が多いです。以前は「Anime News Network」というサイトでパートタイム記者を務めて、今は情報サイト「ANIME NOW!」のスタッフライターとして活動しています。 ――想像以上の日本語の流暢さに驚きが隠せません。さらに現在は正社員ですよね、立派すぎます! 大学から日本にいらしたんですか? サラ 大学1年生のときはハワイにいました。ハワイの大学で日本語を勉強しましたが、ずっと独学で勉強していたので、ちょっと自慢に聞こえちゃうかもしれないんですけど、大学4年生のクラスに入っても私にはちょっと簡単すぎてしまって……もっと日本の近くに行きたくて、「じゃあ、引っ越そう!」って、日本の大学に転校しました(笑)。それで、日本は4年目です。 ――すごい行動力! では、ご出身のニューオリンズからハワイに行って、それから日本ですね。 サラ えっと……悲しいことに、2005年にハリケーン「カトリーナ」というものがありまして、私が育ったニューオリンズの町も、家も、大きな被害にあって、マサチューセッツに引っ越したんです。なので、マサチューセッツで中学と高校に通って、卒業してからハワイ、それから日本ですね。 ――なるほど、恐い思いをされましたね……! サラ はい……。でも、アニメにハマり始めたのは、マサチューセッツに引っ越したときでした。あのときは悲しくて、完全に笑顔をしなくなっていたので……。そんなときにアニメのおかげで笑顔を取り戻せたと思います。そこから日本語を覚え始めて、今の私がいます。 ――では、日本に興味を持ったきっかけはアニメだったんですね! サラ そうですね! 幼い頃、兄に「面白い番組が放送されてるぞ!」って言われて見はじめたのが『ポケットモンスター』だったんです。そのあと『セーラームーン』も大好きになりました! その頃は、まだそれが日本のアニメってこともわからずに楽しんでいたんですけど、あるとき、親戚から『愛天使伝説ウェディングピーチ』のDVDをもらったんです。あの時までは英語で吹き替えられたアニメを見ていたんですけど、私の見た「ウェディングピーチ」は日本語のセリフに英語の字幕がついている状態だったので、初めて「日本のアニメなんだ!」って認識できました。それに、日本の声優さんの演技力の高さに感動してしまって!「これからはこっちで聞きたい!」って、どんどん日本のアニメにハマッていったんです。 ――アメリカでは、声優という仕事はどういう立ち位置なんですか? サラ アメリカでは、あんまり声優はメジャーな職業ではないんです。アニメに出演しているほとんどの役者は主に舞台やテレビの出演の方がメインですね。それもあって、「じゃあ、私は英語の吹き替えをやろうかな」と思ったんです。その後に日本語を勉強して、「私も日本の声優さんみたいになりたいなぁ。……人生は一度しかないんだから、なろう!!」って(笑)。 ――見事な決断力です! サラ もともと、幼い頃から演技が大好きだったんですよ。幼稚園の先生から「この子、ドラマティックすぎるのよ」って言われてたくらい(笑)。あと、モノマネ上手な兄に憧れていたのもありますね。私も真似してみて、声を操ることが好きになったんです。それで日本の大学に入ってからはオーディションに行ったり、モデルとして働いたり、テレビに出たりもしましたね。外国人がアニソンを歌うクイズ番組とか、アニメの声優になるための番組『スパルタンMX』(2013~TOKYO MX)等に出演させていただいて……。
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――これまでに声優のお仕事はされましたか? サラ ネットアニメの英語吹き替えに出演させていただいた経験もありますが、大学のとき、一度だけPS Vitaのゲームの声優オーディションに受かって、すごくうれしかったんですけど、プロジェクトが消えてしまって、本格的なデビューが逃げてしまいましたねぇ……。 ――残念でしたね……。大学と言えば、大学を卒業するタイミングで、だいたいの夢追い人は夢と現実(就職)の狭間で揺れると思うんですが、サラさんの場合はビザの関係もあるし、帰国っていう選択肢も出てきてしまいますね。 サラ そうですね、悩みましたねぇ。アメリカに帰るか、日本に残るために英語の教師になって、なんとなく過ごしながらアニメのオーディションを探して頑張るか……。でも、アニメ業界からはどうしても出たくなかったんです。なので、私に残された選択肢はひとつでした。“アニメ業界の仕事を探すこと”です。それで就職活動をして、たどり着いたのは成人男性向けゲームの会社だったんですよ(照)。 ――おお~!! そうなんですね!? サラ そうなんです、アハハ! 勤めていた会社はアニメ化された作品もある会社で、いろんな作品の翻訳をさせていただきました。アニメ業界の人たちと会える機会もたくさんいただいて、充実した日々でした。でも、「もっと他に何かあるんじゃないかな?」と思っていたときに、今の職場から声をかけていただいて、今は大好きなアニメのライターをしながら声優の勉強中です! ――良いご縁があってよかった! 「声優事務所に入ろう」とかじゃなくて、ちゃんと就職しているのが、とてつもなく偉いです! サラ ビザの問題もありましたしね。でも、声優の学校にはどうしても通いたかったから、声優学校の試験は受けたんです。とある声優学校の面接に行ったこともあるのですが、審査員の人はけっこう厳しくて…確かに緊張してミスもしたのですが、「お前は日本人より漢字を読まないといけない」って言われて、悔しくて……。家に帰って涙を流して「今に見てろ!」って自分に言い続け、それ以来毎日毎日、もっと早く読めるように台本の練習をしています。 ――アニメライターの仕事をしながら、毎日練習を!? サラ はい。他には、もっと大きな声で演技ができるようにボイストレーニングと、歌と、発音のチェックと……どんなに時間がたっても完璧にはならないんですけど、できるだけ頑張りたいです! ――ひええ、頭が下がります……! しかしながら、アニメの記事を書くためには、まずそのアニメを見続けないといけないから、ものすごく時間がかかりますよね。さすがに嫌になりませんか? サラ ちょっと疲れますよね(笑)。でも、以前はただストーリーを楽しんでいただけのアニメも、今は「この人はこう表現してる! 私もコレをしてみたい!」とか、演技の勉強にもなりますので、やっぱり楽しいですよ。 ――偉すぎて絶句! 毎日アニメを何本も見ては記事を書き、インタビューをして自分の勉強をしてボイストレーニングして……眠る時間は足りてますか? サラ ないない(笑)。あと料理とかワンちゃんのお世話とかで、忙しいですね! でも、アニメ業界を応援したい気持ちでいっぱいなので、それでなんとか頑張って生きてます! ――た、倒れないでくださいね!!  サラ 頑張ります……! ――ではでは、やはり英語よりも日本語で声優をしたいですか? サラ 希望としては日本語も英語もやりたいですね。やりたい役は外国人キャラクターとか、ハーフのキャラクターとか……具体的に「アイドルマスターシンデレラガールズ」のケイトみたいな役がやりたいですね。そういう感じの役をいつか上手く演じられるように、毎日ボイストレーニング頑張っています。(笑) ――狙い撃ちしましょう! 外国人役と言えば、よく、日本人が「それはないだろ!!」っていうなまり方で演じてますよね。 サラ やはり外国人が演じることでその作品にはメリットもあると思いますし、日本人にしかできない役もあると思います……私が声優になって、業界をもっとカラフルな所にしたいと思っています。 ――変えていきましょう! あと、声優に限らず、けっこうちゃんとした会社の大がかりなアニメでも、平気で英語のスペルが間違ってたりもしますね。 サラ 翻訳家としてもやはり気になりますよね。ゲーム会社で働いてたときも、英語が間違っていると、すごくしつこく「ここ間違ってますよ!! 今すぐ直しましょう!!!」ってやっていました(笑)。
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――サラさんは翻訳の仕事も上手そうですねぇ。翻訳を始めたきっかけはありますか? サラ 翻訳をはじめたのは高校のときで、実は宍戸留美さんがきっかけだったんですよ(照)。宍戸さんが歌った『WHITE ALBUM』の歌が大好きでいつも歌っていて「これはローマ字も欲しい」と思って、日本語の先生に質問しながら翻訳したんです! だから今日はとっっっても感謝しています! 昔から宍戸さんのTwitterもフォローしていますし、『おジャ魔女どれみ』も『ご近所物語』も『金色のガッシュベル!!』も『デジモン』も『プリティーリズム』も、テレビに出ているときも……とにかく大好きでずっと見て、『おジャ魔女~』はライブハウスのイベントにも通っていたので、ご一緒できるなんて最高に幸せです!! ――サラさん、思ったよりもガチファン!! ちなみに、サラさんのご家族は、今の活動を応援してくれていますか? サラ えーーーーと、うーん、どうだろう(笑)。ライターとしての仕事は応援してくれますし、役者としても、応援はしてくれています。けど、「それだけじゃ生きていけないでしょう?」とは言われますね、何回も……。 ――お母さん、ごもっとも。 サラ それでも、やりたいんです! アニメ業界で仕事をしながら声の演技がしたいですね。なので、今のアニメ業界の仕事を続けながら、いろんな人に会う機会をいただいて、みんなに「応援してるよ!」って伝えたいです。人に幸せをあげるのが大好きなので。 ――何それすごい。 サラ 私すっっっごいTwitterをしてるんですけど、ものすごいリプライ好きなんですね。人を応援することが大好きだし、人の成功でうれしくなるんです。だから、尊敬している声優さんやクリエイターさんには「心の底から応援してます」って気持ちを伝えたくてリプライしちゃいます。私はTwitterでちょっとした言葉をもらうだけでうれしくなるので、私が憧れてる人にも気持ちを伝えたいんです! ――ほんとだ! サラさんのタイムライン、リプライだらけ! マメですねぇ~。 サラ そうやって実際に友達になっていただけた声優さんやクリエイターさんもいますし、業界のパーティーで偶然会っても「あ! お前は!!」って気付いてくださったことも数回あるので、これからもいろんな人と繋がりたいです。Twitterに限らず、記事を書いて皆さんのこと世界に紹介できるのもうれしいことですね。 ――アニメ業界のチアガールですね! サラ チアガールです(笑)! 完全にそうですね! ――ちなみに、将来的には、ずっと日本で活動されるんでしょうか? それともアメリカに……? サラ 帰らない(きっぱり)。母からは「帰ってきて」と言われるのですが、アメリカのアニメ業界で働いても私が憧れる人には会えないし、何よりも直接この業界を支える存在になりたいと思っています。 ――でも、数が多すぎませんか? サラ 確かにたくさんの声優がいて、楽しくて、そして厳しい世界だなと思います。昔作品に出演していた声優さんを「最近何してるかな」ってチェックしてみると、すでに引退されていたり、別な道に進んでいらっしゃったり。ちょっと寂しいですね。でも、アニメ業界で直接働けるところって東京くらいしかないですね。だから私はここにずっといたいです。私は日本が好きですし、本当に! ――ここはいっそ日本人と結婚して永住権をもらうって手もありますよ! サラ きゃあ(ハート)! 私はホントに良くも悪くも乙女なので、夢は理想の王子さまに出会って結婚することです……!(笑)
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――ではでは、好みの男性像を教えてください。 サラ 私は理想が高いんですよ~~~。いつも言ってるのは、「岡本信彦さんに会いたいなぁ」って(照)! もちろん冗談で言ってますけど……役者として非常に尊敬しています。 ――ちなみに、どこが好きなんですか? サラ 2009年に初めて『スレイヤーズ』の演技を聞いて、泣くほど感動したんです。 ――『スレイヤーズ』に岡本さん出てましたっけ? サラ アベル=ランザードっていう役で確かほんの1~2話しか登場しないんですけど、なぜだろう? 少ない話数でも存在感あってホントに感動したんです! それからずっと追いかけて……ストーカーって意味じゃないですよ(汗)! 理想として「私もこういう演技がしたいな」って追いかけさせてもらってます。憧れの役者です。あと、河西健吾さんも! 彼は10年も頑張ってやっとアニメの主役を掴んだんです。本当にすごいと思います! 心の底からその努力と演技力を尊敬しています。彼が頑張っていると私も頑張れるような気がします。他に尊敬している声優といえば、新井里美さん、根谷美智子さん、半場友恵さん、そしてもちろん宍戸留美さんですね。やはり私はお姉さん系の強い声と演技に憧れていますね。 ――王子さまも岡本さまも川西さまも、ご連絡お待ちしてます! ではでは、今後とも、日本をエンジョイしながら夢を掴んでください! 今日はどうもありがとうございました! サラ ありがとうございます!! 今のライターの仕事も大好きで感謝はしていますし、演技もこれからもしていきたいと思います!頑張っていきますので、よろしくお願いします!Thank you!(取材・文=小明/撮影=宍戸留美) ●サラ・ネルキン (Sarah Nelkin) 生年月日:1992年11月25日 出身地:アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ市 出演歴 2014年2月 スパルタンMX 2014年3月 ミッドナイト感謝祭!もってけダービー’14春:アニメ好き外国人対抗!アニソンイントロダービー 2015年9月 舘ひろし&上田晋也の日本魂届けます 2015年11月 アミューズ企画ゲーム実況チャネル「Studio Lolly」 海外向けアニメ情報サイト「ANIME NOW!」にてライターとしても活動中! Twitter: @S_Nelkin ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。 最新情報
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増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! ■11/21(月) 「ひとりひとりにサリュー!vol.10~誕生日とクリスマスの間、世界編」 出演:宍戸留美 ゲスト:ナタリー、レイラ レイン、他 時間:開場 18時半/開演 19時 料金:前売り\3,500(1D別)/当日\4,000(1D別) 予約詳細: http://rumi-shishido.com ■11/26(土) タワーレコード難波店、5階イベントスペースにて18時~『東京幻想曲集』&『東京幻想写真集』のインストアライブ&特典お渡し会 ■11/27(日) 「ルンルン&純菜姫ツーマンライブ大阪~秋冬コレクション~」南堀江ビレボア 12時~ 特別ゲスト:中川雅子 公式HP: http://rumi-shishido.com/ ブログ: http://lineblog.me/sundaliru/ Twitter: @RumiShishido ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。

「私のことよりギンギン♂ガールズを……!」【石毛佐和】芸歴16年目の不思議な顕示欲

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 元祖フリーアイドルで声優のルンルンこと宍戸留美さんがカメラマンとしてかわいい声優さんたちの写真を撮り、さらにアイドルライターの私(小明)がインタビューする不思議な連載の42回目! 今回は『おジャ魔女どれみ』の春風ぽっぷ役、『魔法先生ネギま!』の早乙女ハルナ役でお馴染み、声優の石毛佐和さんが来てくれました! ――はじめまして! 石毛さんは現在はフリーランスですが、1998年に劇団若草からデビューされたんですよね。もともとは演劇の方だったんでしょうか。 石毛 実はその前にもう一つございまして、少しだけサンミュージックにいたんですよ。 ――超いい事務所じゃないですか! 石毛 高校生の時、「月刊デ☆ビュー」に、無料で養成してくれる特別オーディションが載ってたんです。それに応募して、サンミュージックの声優志望第1期生に受かったんです。 ――順調なスタート! じゃあ、石毛さんは高校生の時にはもう声優志望だったんですね。 石毛 というか、私、小さい時から“声”でしか褒められたことがなかったんですよ。教科書の音読とか、放課後に流れる「お家へ帰りましょう」っていうアナウンスとか、発表会の司会とか……。それから少しずつ声のお仕事に興味を持つようになったんですけど、「月刊デ☆ビュー」を見たら、もう深く考えずに応募しちゃってた(笑)。 ――なるほど~。でも、サンミュージックはすぐに辞めちゃったんですよね。何かあったんですか? 石毛 なんて言ったらいいんでしょう……想像以上に弱肉強食社会だったんですよ。今考えると、この業界では当たり前のレベルなんですが、初めてのことに戸惑いが大きかったのかもしれません。 ――弱肉の方だったんですね。 石毛 はい(笑)。私は今でも「みんなで仲良くすれば良いじゃない」って考え方なんですど、辞めたあと、次は心穏やかにお芝居の道を歩める場所を探したくて、いろいろと観に行ったんです。その中で、児童劇団の劇団若草は、子どもたちもみんな楽しそうにお芝居をしているし、先生方も「一番大切なのは“心”だよ」みたいな教え方なんですよ。「あ、ここがいいな」ってオーディションを受けたんです。 ――でも、『おジャ魔女どれみ』に出演するのはその翌年ですよね。 石毛 そうです。だから、私は養成所経験がないまま声優のお仕事を始めたんです。それで後から苦労するんですけどね(笑)。 ――劇団にいて、声優の仕事はどういう流れで決まったんですか? 石毛 若草に入って半年くらいでオーディションの話をいただきました。『おジャ魔女』って、たぶん何回かオーディションしてるんですよ。私が呼ばれたのは、2回目か3回目のオーディションかな。 ――1回目で適役が見つからなかったのかな。でも、そういう事情は声優さん側にも伝わるものなんですか? 石毛 いやいや、普通はオーディションの詳細は受ける本人には知らされないですよ。書類に「こういう人を出してください」っていうことが書いてあって、そこから事務所が人選するから。でも、若草は緩かったのか、「お前こんなん来たけど受ける?」って書類まで貰えてしまって。読んでみたら、うろ覚えなのでざっくりですが、「今回は正当派じゃなく、この役柄に合っていない子、普段主役を受ける機会があまりなくて事務所の隅で泣いている子、とにかくイメージと違うかな?って思う子を出してください」って書いてあったんですよ。 ――(爆笑)!! 石毛さん、事務所の隅で泣いてたんですか!? 石毛 泣いてない(笑)! 下駄箱で靴はいてる途中で渡されたから、本当にたまたま目に止まっただけだと思います。私がそこにいなかったら、事務所の人も、もう少し考えて人選したんじゃないかな(笑)。 ――良い感じに導かれてますね! 主人公に向かない子をよこせって言われてるから、若干癪ですが! 石毛 いやいや! そのときはすごくうれしかったですねぇ、声のお仕事も初めてだったので。 ――初めてやってみた声優の仕事はどうでしたか? 石毛 何もかもわからないことだらけだったので、『おジャ魔女どれみ』の現場だったから本当に良かったものの……って感じですよ。あの現場は、ある意味、異種格闘技戦だったんで。 ――何それ! 石毛 お笑いタレントさんがいたり、宝塚出身の方がいたり、特撮ヒーローがいたり、モデル、歌手、アイドル、そしてなんにも養成を受けてない劇団員(石毛佐和)もいるわけですよ。それぞれ経験ゼロの人が多かったので、一緒に学んでいけたんです。もしこれが一般的な現場だったら、何もかも追いつけなかったと思う。最初が『おジャ魔女』でよかったなぁ……(しみじみ)。
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――ちなみに、養成所に通わなかったことで、養成所出身の人との違いを感じることはありますか? 石毛 養成所を出たかどうかはあまり関係ないかもしれないですけど……私、自己プロデュース能力がまるでないんですよね。 ――……ん? どういうことですか? 石毛 養成所ってたくさん候補がいるなかで自分をアピールして選ばれなければならないし、その過程で「自分をこう見せたい」「こうありたい」って感情が芽生えやすい環境ではないかと、想像しています。私には、そういうのがまるでない。自己プロデュース能力がゼロなんですよ。それに、ごく最近気付いちゃって。 ――ちなみに、今芸歴は……? 石毛 えーと、16年目? ――逆にすごいことですね。フリーランスって自己プロデュースが命みたいなところもあるのに! 石毛 16年目でついに気付いちゃったんですよねぇ。身近に宍戸留美さんみたいな、自己プロデュースの塊のお手本もいたのに、まったく気付かなかった。ただただ無我夢中に、お芝居とだけ向き合い続けてしまったのかも。あと、私、もともと自分に関心がなさ過ぎるんですよ。この年齢で、まだマスカラも買ったことないし、そもそもメイクすら滅多にしないし、この服も3年前の……。 ――そういえば、今日もすっぴんでいらしてましたね。 石毛 そうそう。前、何かのオーディションの時に宍戸さんと一緒になって、「佐和ちゃんノーメイクで来たの? かっこいい」って言われて、そのときハッとしたんですよね。普通は少しでも良く見られるために綺麗にしてくるよなぁって。なんか意識が低いんですよねぇ、私。 ――じゃあ、もちろんネイルアートとかは? 石毛 ないです(キッパリ)。自分でネイル塗ったことない。あ、プロの方にお願いしたことはあります!でもたぶん2回だけ……。 ――すね毛とか腕毛は剃ってますか? 石毛 剃らないです(さっぱり)。生まれながらの状態です。 ――うそ!? あ、でもなんか……生えてない! なんで!? つるつる!! 石毛 自分に投資するとか、時間をかけるとか、ああしたいこうしたいっていう気持ちが、まったくないんですよ。今まで、価値基準の真ん中にあるものが“自分が喜ぶこと”じゃなくて“誰かが喜ぶこと”だったので。 ――何それ! 聖女なの!? 石毛 それはそれで良かったんですよ。悩みもないし、自分のことで深く考えることもなかった。でも、「あまりに自分をおろそかにしすぎたな」と思って……。最近は「私はどうしたいの?」って、意識的に考えるようにしています。だから、これからはもう少し「アレがやりたいコレがやりたい」「こういう髪型にしたい」っていうのを出していくから、楽しくなる気がしますよ。20代をやり直す感じです。マスカラも買う(笑)。 ――20代っていうか、中学生くらいのような気が……! ちなみに、悩みがなかったってことは、今までに進路で悩んだりはしなかったんですか? 石毛 まったく悩まなかった(キッパリ)。あ、ひとつ悩んだことと言えば、大学を中退するときかなぁ。芸術学部で絵を描いていたんですけど、このお仕事で食べて行けると思っちゃったんですよね(笑)。 ――サンミュージックだったら私も思っちゃいます……。 石毛 後悔しているので、もしかしたらまた通い直すかもしれないですね。これからは自分からわき上がる欲求を拾って行きたい! ――どんどんやっていきましょう! ところで、石毛さんは何度も事務所に入ったり辞めたりを繰り返してますよね。それはどうしてですか? 石毛 たぶん、私にとっては“事務所”より“人”が大事なんですよ。情が湧くっていうか。だから、マネジャーが辞めた時について行くとか、この人と出逢えたからここに行くってことが多いですね。 ――あんまり利益を目標としてないんですね。フリーでの活動と事務所での活動はどっちがやりやすいですか? 石毛 どっちでも不自由は感じてないんですけど、いかんせん自己プロデュース能力がないので……。 ――自己プロデュース能力がないと、自己アピールするのも難しいから、売り込みとかができなそうです。 石毛 そうなんですよねぇ。だから本当はフリーは向いてないんだろうなぁ(笑)。 ――事務所にいた方がプロデュースしてもらえるから楽なのでは? 石毛 どうでしょう? 一概には言えませんが、声優事務所ってそこまで「君をああしよう、こうしよう」ってしてくれるケースって稀じゃないかなぁと。むしろ、自分でデモテープを作って、マネジャーに「こういうのが出来ます!」「これをやらせてください!」ってご提案する場合も多いし。……でも、私は「絶対にここに行きたい!」っていう目標もないんですよね。私と周りの人が快適に過ごせることが目標なんです。それでオッケーなんです。
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――無欲ですねぇ! 石毛さん、アピールどころか平気で何カ月もブログ放置しますもんね……。 石毛 あはは! 自分から発信することにぜんぜん興味がないんですよ(笑)! 発信したいことがないし、「私を見て!」ってところがないので(笑)。更新を待っていてくださる皆さまには本当に申し訳ないのですが…。 ――珍しいですよね、芸能界って「私を見て! さぁ愛して!」って、自己顕示欲が強い人が多いのに! 石毛 そうなんですよねぇ。だからもし声優養成所の先生のご依頼を受けても、そういった面については何にもお伝えすることが出来ないと思う。 ――ちなみに、今は、声優の仕事が落ち着いているときは何をされているんですか? 石毛 あ、実はちょっと前からアパレルの仕事をしてるんですよ。自分がやりたいことを考えたときに、「他のお仕事もしたい」っていうのがあって。でも、2日くらいしか出勤してない月もあるから、やってるって言えるのかわからないですけど(笑)。 ――幽霊店員ですね。でも楽しそう! 石毛 はい! 私、今までずっと芸能界しか知らなかったんです。だから、一般の女の子と接することがすごく刺激になっていて。大学生も多いので就職活動のことや、どんなことで悩んで、どんなふうに日々をすごしているのか…とか、何気ない日常のお話を聞くのがとても新鮮で、良い経験になってます。 ――良いですね! 芸能のお仕事では、定期的にライブ活動もされてますよね。先日はライブでアイドルの曲も歌われたそうですが、どんな曲を? AKB? ハロプロ? それとも昔の? 石毛 ギンギン♂ガールズっていうセクシーアイドルのユニットの曲なんですけど……。 ――ん? 誰です? 石毛 ギンギン♂ガールズ(注釈:アダルト放送局「ぬきMIX」から誕生したアイドルユニットで、メンバーはギンギン♂シルバーの美泉咲と、ギンギン♂ゴールドの真木今日子)アツいですよ! ――ギンギン♂ガールズ!? 石毛 とても仲良くさせていただいている友人の吉永あずきさんがプロデュースしていて、尚且つ私の自主制作CDの楽曲をたくさん作ってくださっている松本タカヒロさんが作曲と編曲を担当されていているんです!本当に良いんですよ~!! イベントにもお邪魔させていただいてるんですけど、おもしろいんですよ~!!  ――ちょっと待って、今までないがしろにされていた石毛さんの欲望が暴走してる! 危なくないんですか!? 石毛 大丈夫! みんな紳士なんですよ! 良い方ばかり! ギンギン♂ガールズのライブには女性も来たりしますしね! 皆さん、是非検索してください! ギンギン♂ガールズ! ギンギン♂ガールズですよ! あ、ちょっとコレにギンギン♂ガールズも出してくださいよ、私の一押しアイドルとして、ちょっと、ねぇ、出してほしいです、ギンギン……。 ――自分のことは全部サラッと話すのにギンギン♂ガールズの売り込みには俄然がっつきますね! えっと、ブログを見ると石毛さんは普段から色んなジャンルのライブに行かれてますし、いっそご自分で何かをプロデュースしてみようと思ったことは? 石毛 漠然と「こういうのがやりたいなぁ」とは考えてますね。まだ開拓されていない、あのジャンルの男性ユニットとか。やっていないけど、誰かが必要としてることを見つけたいんです。 ――超切望!! この石毛さんの謎の暴走は応援せざるを得ません!! では、とりあえず今後やりたいことは、えーと、大学とアパレル店員と、プロデューサーですかね。あれ? これ声優業とあんまり関係ないですけど大丈夫ですか? 石毛 楽しいなぁと思うことはなんでも良いんですよ~! 自己プロデュースも、宍戸さんをお手本にして頑張ります! ――楽しみです! 何か告知するものはありますか? 石毛 あ! ギンギン♂ガールズが定期公演をしているので、それをですね、是非皆さん、良い曲が揃ってますのでね、ギンギン♂ガールズの方をね、えーと、ギンギンちゃんをお願いいたします。実は今日CDいっぱい持ってきてるんで、よろしくお願いします、ホントに。えーと、コレとコレ、良かったらどうぞ、はい。 ――えっ自分のCDじゃなくギンギンの!? きょ、今日はどうもありがとうございました! (取材・文=小明/撮影=宍戸留美) (※インタビュー後、ギンギン♂ガールズとマシュマロ3d+を流しながらノリノリの撮影となりました。)
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●いしげ・さわ 声優。東日本大震災チャリティー企画「Continue」のイベント等でオリジナルCDやグッズを販売中。 http://continue.ishigesawa.com/ ●ししど・るみ 1973年、福岡県生まれ。1990年にアイドルデビュー、18歳でフリーアイドルになり現在まで様々な分野で活動中! フランス、ドイツ等でもライブを行い音楽活動で高い評価を得ている。
ルミネッセンス 形態:8曲入り 定価:¥2,500(税込) 品番:SNDL-0003/JAN:4514306011869 レーベル:sundaliru amazon_associate_logo.jpg
詳細は下記リンクまで。 公式ブログ http://s.ameblo.jp/sundaliru/ 最新情報 「東京幻想曲集」とカメラマン増田賢一氏と25年分の宍戸留美を撮りためた「東京幻想写真集」発売中!! 10/14(金)19時~ 「東京幻想曲集発売記念ライブ~仙台編~」 場所:Cafe de Lucille(仙台) 前売り¥3,000/当日3,500(1D別) 10/15(土)ヴィレッジヴァンガード仙台ロフト店 15時~ サイン会&撮影会 ・キャンバスアート「フルムーン幻想夜曲」馬越嘉彦/宍戸留美(3,240円)発売中 11/5(土)14時~ 世田谷区民会館 司会をします。 出演:松崎ナオ、浜崎貴司、白井貴子、三宅伸治 11/26(土)難波周辺CDショップインストアイベント 詳細近日発表 【RunJun情報】 ◼︎11/27(日)南堀江ビレボア 12時〜 ゲスト:中川雅子 前売 4,000円(1D別) 予約: http://idolshot.com/tk/20161127.html ●あかり 1985年、栃木県生まれ。02年、史上初のエプロンアイドルとしてデビューするも、そのまま迷走を続け、フリーのアイドルライターとして細々と食いつないでいる。『卑屈の国の格言録』(サイゾー)、『アイドル墜落日記 増量版』(洋泉社)、DVD『小明の感じる仏像』(エースデュース)発売中。ブログ「小明の秘話」<http://yaplog.jp/benijake148/>シングル「君が笑う、それが僕のしあわせ」発売中<http://www.cyzo.com/akr/>。