来年6月に開催されるブラジルW杯の予選リーグの組み合わせが決まった。日本はシード国のコロンビア、コートジボワール、ギリシャとともにC組に入った。コロンビアとギリシャがヨーロッパや南米の一線級の強豪国でなかったことから、決勝リーグ進出に向けて早くも楽観論がささやかれているが……。 「各国とも戦力が非常に拮抗しており、どこが1位で予選リーグを突破してもおかしくないほど。しかし、裏を返せば、どの国にも同じぐらい予選リーグを勝ち抜けない恐れもあるということ。突破の確率は50%でしょうね。今回は、イタリアやイングランド、フランスなどの強豪国や伝統国がシードに回らなかったこともあり、“死のグループ”に入ることが危惧されていましたが、幸運にもそれが回避されました。その意味では、楽観論が出てくるのはわからないでもないのですが……」(サッカーライター) ただ、W杯のような競技会の場合、純粋なチームとしての戦力もさることながら、より重視されるのは対戦国との相性だという。日本は、プレスがかかりにくい南米諸国、自陣へ引いて守備を固めてくる国を苦手としている。 「南米のチームはテクニックに優れているため、プレスがかかりにくいのはサッカー界の常識。今年、親善試合で戦ったブラジルにもウルグアイにも惨敗していますからね。しかも、コロンビアには“世界最高のセンターフォワード”と称されるラダメル・ファルカオ(ASモナコ=フランス)という点取り屋もいます。必ずしも守備が強いわけではない日本にとっては脅威です。ギリシャはヨーロッパ予選で、各国とも攻めあぐねたほどの堅守速攻のチーム。カウンターに弱い日本としては、決して相性がいいわけではありません」(同) 一方、コートジボワールはどうか。前回の南アフリカW杯直前に親善試合で対戦経験があるが、手も足も出ず惨敗を喫した。 「身体能力が異常に高く、予測不能な動きをするアフリカの選手を、日本は元来苦手としています。この10年ほど、コートジボワールは“アフリカ最強”と称されており、ピークを過ぎたとはいえ、ディディエ・ドログバ(ガラタサライ=トルコ)のようなワールドクラスのフォワードもいるので、簡単な相手ではありません。ただ、一方でアフリカ勢はムラっ気が多いのも事実。前回の南ア大会では、圧倒的不利とみられたカメルーンと予選リーグ初戦を戦いましたが、なぜか不調だったカメルーンに日本は勝利し、ここから波に乗ってベスト16に進出したという経緯もありますからね。今回も初戦はコートジボワールなのですが、その意味ではC組の中でコートジボワールは一番くみしやすい相手だといえそう。言い換えれば、初戦のコートジボワールに負けるようでは、予選リーグ突破もおぼつかないでしょう」(同) 直近の親善試合では、オランダには善戦の末に引き分け、ベルギーには快勝と、ヨーロッパの強豪国相手に結果を残しており、まさにイケイケの日本代表。最悪の組み合わせが避けられただけに、予選リーグ突破へ向けて大いに期待したいところだろう。『ザッケローニの哲学』(PHP研究所)
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「終わらせないで!」TBS『スーパーサッカー』を守った加藤浩次の“サッカー愛”
サンフレッチェ広島の逆転優勝で幕を閉じた2013年のJリーグ。惜しくも優勝を逃した横浜F・マリノスだが、勝てば優勝という11月30日、12月7日の試合には、各局がエース級の女子アナウンサーを派遣。さらに、キャスターを務める国分太一や手越祐也、小島瑠璃子なども足を運ぶなど、大勢のメディア関係者が詰めかけた。 しかし、東北楽天ゴールデンイーグルスが優勝した時のように、この試合の模様がテレビ番組を席巻することはなかった。それは、横浜F・マリノスが優勝を逃したからというよりも、Jリーグ自体がマイナーコンテンツとして扱われている側面が強い。 そんな中でも健闘している番組が『やべっちF・C』(テレビ朝日系)だ。視聴率も5%台をキープし、なによりMCである矢部浩之のサッカー愛が、Jリーガーだけでなく、サッカーファンの間でも高評価されている。 一方で、老舗番組である『スーパーサッカー』(TBS系)は苦戦中。MCの加藤浩次のサッカーファン受けも決してよくない。だが、テレビ局関係者は「加藤さんほど、サッカーを盛り上げようとしている人はいない」という。 「2009年頃から視聴率が低迷し、打ち切りの話が持ち上がった。そこで翌年、Jリーグと協力を図ることに。Jリーグ特命PR部長・木下優樹菜さんをメインキャスターの一人としてレギュラーに迎え、“女子目線”からJリーグのファッションやグルメ情報などを紹介していこう、となったんです」(同) ところが、この構成は、番組制作スタッフの総スカンを食らう羽目に。 「現場の空気も最悪で、木下さんもかわいそうでした。そんな状況を見かねた加藤さんが、『いつまでこんな空気でやるんだ!?』と一喝したんです」(芸能関係者) とはいえ、一度狂った歯車を戻すのは容易ではない。その後も木下は番組にうまくフィットせず、打ち切りという方向に話は進んでいた。そこで再び、加藤が動く。 「どうやら、加藤さんが吉本興業に働きかけ、そこからTBSの上層部に話が行ったみたいです。“『スーパーサッカー』を終わらせないでほしい”と。加藤さんは『がっちりマンデー!!』で、日曜朝のTBSの顔として定着していますから、そんな彼の頼みを無下にはできない。月曜日という枠なら、ということで番組は守られた」(同) 現在、『スーパーサッカー』は、海外サッカーが主流ではあるが、以前の体裁に戻って放送されている。サッカーファンは加藤の情熱に応えるために、一度、チャンネルを合わせてみてはどうだろうか?『スーパーサッカー』|TBSテレビ
南アフリカW杯落選の悔し涙から4年 夢を追い越した、香川真司の戦い
アスリートの自伝・評伝から読み解く、本物の男の生き方――。
2010年、南アフリカワールドカップ。岡田武史監督率いる日本代表23人の中に、香川真司の姿はなかった。アジア最終予選にも出場していたものの、岡田監督が選んだのは彼ではなかった。香川は、サポートメンバーとして、南アフリカで日本代表チームの戦いを見ていた。
「野球をさせたい」という父親の意向に反して、小学生の頃からサッカーばかりしてきた香川は、中学生になると、両親と暮らす神戸から、仙台市に拠点を置く「FCみやぎバルセロナ」に入部する。プロを目指す子どもたちならば、Jリーグのユースチームに入るのが一般的。しかし、彼は「街クラブ」へのサッカー留学を選んだ。
「プロのクラブチームに所属すると、トップ昇格することでしかプロへの道は開けない。しかも進める道はそのチームだけ。それよりも街クラブに入れば、いろいろなところから注目されてオファーがもらえる」(『香川真司』汐文社)
と、小学生にして、冷静すぎる判断を下していたのだ。
親元を離れてサッカーに打ち込んだ中高生時代の香川は、全国大会での華々しい成績やU-15日本代表への選出などにより、17歳でセレッソ大阪に入団。ユース所属の選手を除き、高校卒業前の選手がプロ契約を結ぶのは初めてだった。1年目こそ試合への出場機会はなかったが、2年目からは大ブレーク。レギュラーを獲得すると、セレッソにとって欠かせない選手に成長していく。
Jリーグなどでの活躍が評価され、2008年に日本代表として選出された香川。しかし、ワールドカップ南アフリカ大会にはまさかの落選。「ワールドカップメンバーになれるとはあんまり思っていなかったんですよね(笑)。だから、悔しさってそんなにないんです」(「週刊プレイボーイ」集英社)と語った香川だが、代表落選の当日に開いた記者会見では、悔し涙を滲ませていた。
そして2010年、ドイツ・ブンデスリーガの古豪、ボルシア・ドルトムントへと移籍する。
香川は、ピッチの上と同様に、常に冷静な判断を下す。それは、「プロになる」という目標のために仙台に一人渡った時もそうだし、ドルトムントに移籍する前に、ブンデスリーガを訪れ、サポーターたちの熱狂の渦中で自分の実力がここで通用するのかを見定めた時もそうだ。そして、彼が出した答えが「通用する」。事実、マスコミ各紙が選出するブンデスリーガの年間ベストイレブンや、欧州年間ベストイレブンに名を連ねるほどの活躍を果たし、クラブをリーグ優勝へと導く。
そして2012年、香川は英プレミアリーグの名門・マンチェスターユナイテッド(以下、マンU)に移籍。膝の負傷によって戦列を離れるアクシデントもあったが、プレミアリーグにおいてアジア人選手初のハットトリックなどの偉業も達成し、またしてもチームのリーグ優勝に貢献。その活躍は「不敗神話」とも形容されている。
サッカー界は、来年のワールドカップブラジル大会に向けて、最高潮の盛り上がりを迎える。「日本代表に選ばれて、海外に出て活躍したい」と宣言していた少年は、今では日本代表にもマンUにも欠かせない選手に成長し、夢のさなかを生きているのだ。しかし、その熱に浮かされることなく、やはり香川の分析は冷静そのもの。日本代表にとって「ワールドカップまでにやらなければならないことがまだまだある」と語る。
「今はみんなから信頼されてきて、攻撃の組み立てに関われる時間が多いのは確かですが、チャンスを決めきれるようにチャレンジしていかなければならないですし、味方にも要求していかなければならない。そうすれば、もっと可能性は広がりますし、大きな可能性があると思っています。まだまだ改善の余地がありますね」(「SAMURAI SOCCER KING」12月号増刊/講談社)
どこまでも冷静に分析し、ストイックに磨きをかける。日本はもちろん、マンUのルーニーが一目置き、デイヴィッド・モイーズ監督もその知性を高く評価している。来年25歳になる若者は、ブラジルの地で、その夢をどこまで更新していくのだろうか。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
議論呼ぶデイリースポーツ紙のコラム なぜサッカーメディアは選手のコメントを欲しがる?
デイリースポーツ紙が掲載したコラム「サッカー日本代表、取材現場の変化」が、ネット上で議論を巻き起こしている。内容を要約すると、「記者は、サポーターと選手をつないできた。しかし、現在は記者と選手の距離が遠くなり、選手の内面やプライベートなエピソードを伝えられなくなっている。昔は日本代表選手でも記者との距離が近く、誕生日を祝ったりした。そこから生まれた記事もあった。しかし、現日本代表は海外組が多く、日本代表戦でしか話ができない。それなのに、日本代表戦は、日本サッカー協会(JFA)の取材規制がある」というものだ。このコラムに、「取材能力のなさをさらけ出している」「誰も同意しないでしょ」といった意見が噴出しているが、実際に記者と選手の距離は遠くなっているのか? サッカー誌の編集者に話を聞いた。 「一概には言えません。例えば、日刊スポーツは本田圭佑とべったりですし、長友佑都にはお抱えのフリーの記者がいる。選手個々で、そういった記者がいます。ただし、スポーツライターの金子達仁氏も指摘していましたが、昔のように、試合後すぐに選手に話を聞くのは難しくなりました。ミックスゾーンに出てきてもらえないと話は聞けませんし、そこには3ケタ近い記者が大挙しており、なかなか話を聞けません。お抱え記者になれば、電話などがあるとは思いますが、そうなるためには年がら年中、その選手を追わないといけませんし」 だが、なぜサッカーメディアは、そこまで選手のコメントを欲するのだろうか? 「今回の記事の背景には、サッカーメディアの現状があります。Jリーグ公認ファンサイト『J's GOAL』のアクセスを見ても一目瞭然ですが、読者に好まれるのは、マッチレポートや採点ではなく、監督や選手のコメントなんです。書籍も自伝モノが売れる傾向にある。つまり、監督や選手のコメントをとってナンボなわけです。多くの若手ライターが現れ、サッカーメディアが変化しているように見えるかもしれませんが、本質は選手コメントありきというのは変わっていません。いまやユースカテゴリーは青田買いの場です。多くの記者が、将来が有望な若手選手たちとベッタリするために必死です。もちろん、記者側にも言い分はある。例えば『遠藤がJ2でプレーすることの意味』というコラムを執筆された方がいました。ジャーナリズム精神あふれる内容でしたが、ゆえに読者から多くの批判を受けた。たった一文で、鬼の首を取ったかのように炎上させられるのがネット社会です。ならば、選手のコメントだけで構成したほうが楽なわけです」 記者たちが必死になってコメントを取ろうとするのは、読者がそれを求めているからという構図があるようだ。しかし、その“体制”に未来はあるのだろうか? デイリーのコラムでは「選手の話したいことと、サポーターの知りたいことは違う」と定義されていたが、記者がそれをつなぐだけの存在となると、無用の長物となるだろう。なぜならば、選手がネットを使い、サポーターと対話するようになれば、もはや役目はない。現在のサッカーメディアは「JFAやJリーグの幹部たちに不正はないか?」「フロントの経営は問題ないか?」「この監督で勝てるかどうか?」といった、記者の本分の一つである“権力の監視”を放棄しているように映る。 「選手のコメントは確かに面白いですが、ただ、きちんと語れる記者も評価してほしい。そうなれば、記者たちも経営学を勉強したり、コーチや審判やトレーナーのライセンスを取得するなど、さまざまな努力をするでしょう。独自の視点も増えるはずです。それは、サッカー界の活性化にもつながる。今は、監督や選手に顔を覚えてもらう努力しかしていないですからね」(サッカーライター) メディアというのは体制である。一度作られた体制を変えるのは難しい。だからこそ、それを変えることができるのは、体制に当てはまらない一般市民、つまり読者だと思う。サッカーファンが、サッカーメディアに何を求めているのか? 今回の件から、そんな議論がネット上で巻き起これば、何かが変わる気がする。「サッカー日本代表 2014カレンダー」
二度のバッシングと名将の称号 サッカー岡田武史監督が証明した“日本人の実力”
アスリートの自伝・評伝から読み解く、本物の男の生き方――。 日本代表を初めてワールドカップに連れて行ったのも、南アフリカ大会で決勝トーナメント進出をもぎ取らせたのも彼だ。先日、中国リーグでの監督退任を発表した岡田武史監督。彼の日本サッカー界に対する功績は計り知れないだろう。しかしながら、時にはバッシングの嵐が吹き荒れ、その解任が声高に叫ばれたこともある。いったい、岡田の日本代表監督としてのキャリアとはどのようなものだったのか? 福島大学・白石豊との共著『日本人を強くする』(講談社)から、もう一度見直してみよう。 1997年、W杯フランス大会アジア予選の途中に、加茂周から引き継ぐ形で監督に就任した岡田。まだほとんど世間に名を知られていなかったものの、次の試合までは一週間しかなく、監督を任せられる人材はコーチを務めていた岡田しか存在しなかった。急場しのぎの就任を不安視する声もあったが、絶不調だったチームは見事立ち直った。「ドーハの悲劇」から4年、見事予選大会を勝ち抜き、本大会へと駒を進めた日本代表を、世間は「岡ちゃんフィーバー」で迎え入れた。 しかし、フランス大会ではアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカに対して3戦全敗。盛り上がった世間からの岡田への信頼は、「経験不足の監督」として手のひらを返すようにひどいバッシングへと姿を変える。「人間不信に陥るほど」と、岡田は当時のバッシングのすさまじさを語っている。 その後、岡田はコンサドーレ札幌の監督に就任し、J2チームをJ1へと導く。さらに、横浜F・マリノスの監督に転じると、Jリーグ2連覇の快挙を成し遂げた。当時、岡田の方針は、ロジカルにサッカーを思考すること。当初、その試みは成功を収めていた。しかし、その雲行きはだんだんと怪しくなっていく……。 「2005年あたりから何か引っかかるようになった。理詰めでサッカーを分析し、あたかも将棋の駒のように選手を動かすことに対して、私の中で“こんなのでいいのかな”という思いが湧いてくるようになったのである」 選手は岡田の顔色をうかがい、指示を待ちながらプレーするばかり。そんな方法では、強いサッカーを生み出すことはできない。岡田の疑念が膨らむにつれて、マリノスの成績は下降。2連覇を果たしたチームは、下位に低迷するようになってしまったのだ。06年、岡田はマリノス監督を辞任する。 そして、07年暮れ、またしても岡田には“急場しのぎ”の役割が回ってきた。脳梗塞によって倒れたイビチャ・オシムの後任として、再び日本代表監督就任の打診を受けたのだ。「チャレンジしてみたかった」という岡田は、そのオファーを受諾。次のW杯南アフリカ大会までは3年の時間があった。 岡田は、自分の手腕に絶対の自信を持ちながら采配を振るうタイプの監督ではない。悩みながら、苦しみながら、ベストな采配をギリギリまで考え抜いていく。 「指導者としての能力を考えた時に決してそんなに大したことはないんです。(中略)走りだしてみたら、いろんな人が助けてくれて、今に至っています」 岡田は、W杯南アフリカ大会での目標を「ベスト4」に掲げた。これまで日本が出場したフランス大会、日韓大会、ドイツ大会で、日本代表の最高位はベスト16。その目標は大風呂敷だった。だが、岡田は本気だ。体格で世界の選手に劣る日本人が互角に闘い抜くために、岡田は体操競技や陸上競技など、他ジャンルのスポーツの知識を活用。骨盤の使い方を矯正することで、日本人の身体で戦えるサッカーを鍛え上げた。さらに、代表招集期間以外には、選手たちに手紙を書き「本気でベスト4を目指そう」というメッセージを送った。岡田のその姿勢に、選手たちも次第に感化されていく。 日本代表は09年、アジア予選を制し、W杯へと駒を進めた。 だが、W杯イヤーになって、またしても岡田へのバッシングが吹き荒れた。キリンチャレンジカップでは、ベネズエラ相手に0-0の引き分け、東アジアサッカー選手権では韓国に、4月にはセルビアに完敗する。いったい、日本代表は大丈夫なのか……そんな不安が多くのメディアでささやかれ、南アフリカに向かう空港では、岡田監督の解任を訴える横断幕も掲げられた。 南アフリカ大会で、カメルーン、オランダ、デンマークという格上チームと同じ組になった日本にとって、岡田の掲げたベスト4という目標は絶望的だった。1勝もできずに帰ってくるのではないか……誰もがそう考えただろう。しかし、本田圭佑を1トップに据えた岡田ジャパンは、初戦カメルーン戦に1-0で勝利、オランダには0-1で惜敗したものの、続くデンマーク戦では3-1の勝利を飾り、決勝進出を決めた。 デンマーク戦は、岡田の人生でも、そして日本代表としても誇るべき試合だった。 「おちょくるぐらいのプレーをしていい」と選手を鼓舞したデンマーク戦。選手たちは自らの考えで果敢に動き回り、格上のチームを翻弄する。そこには、岡田の顔色をうかがうような選手の姿はない。まさに岡田が理想とするサッカーだった。本田、遠藤、岡崎のシュートによって3点をもぎ取った日本代表。失点も、わずか1点しか許さなかった。 決勝トーナメント初戦、日本代表はパラグアイ戦にPKの末敗れた。この瞬間、彼らの、そして岡田のワールドカップは幕を閉じた。しかし、ベスト4に入れなかったことを叱責する者もいなければ、まさか「岡田解任」という言葉を吐く者もいない。日本代表が世界を相手に互角に戦ったのだ。 「たくさんのチームをつくってきたが、その中でも1、2位を争う素晴らしいチーム。ピッチの中でも日本人の誇り、脈々とつながる日本人の魂を持って戦ってくれた」 岡田は、監督として、世界の舞台で日本人のサッカーが互角に戦えることを証明したのだ。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『日本人を強くする』(講談社)
前田“デスゴール”は本当だった!? 名門・ジュビロ磐田J2降格の裏でささやかれる都市伝説
「すべての物事は、自らに返る。それは呪いも同じ」 というのは、呪いについての記述だが、それはジュビロ磐田にも当てはまってしまった。 もちろんこの呪いは、意図的なものではなかった。2007年以降、所属する前田遼一がシーズン初ゴールを挙げたチームが降格するというジンクスが生まれ、“前田の呪い”という「世界のサッカー界の10の呪い」(goal.com)がささやかれるようになった。スポーツ番組だけではなく、『やりすぎコージー』(テレビ東京系)や『おはよう日本』(NHK)などでも取り上げられるほどだ。 そんな世論に、当初は冗談めかし、「“前田の呪い”グッズでも作れば売れるかな」と軽口を叩ける関係者もいた。しかし昨年、そんな状況が一変する。西のビッグクラブへと成長していたガンバ大阪が、Jクラブ屈指の得点数をマークし、かつ日本代表の主力選手を2人抱えながらもJ2に降格してしまったのだ。原因は、“前田の呪い”にあるのでは? と多くのメディアが報じたように、この事実が“前田の呪い”を笑いごとでは済まされなくなる。 「ガンバ大阪が降格したこともあって、開幕前にJ1昇格チームに話を聞きましたけど、何節で磐田と対戦になるかを気にする関係者が増えた。皆、自分たちと対戦する前に、前田にシーズン初ゴールを決めてほしいと祈っていましたよ」(サッカーライター) バカバカしく思うかもしれないが、実は外国ではこういった呪いに敏感だ。Jリーグの強豪チームとなった名古屋グランパスのストイコビッチ監督ですら、「絶対に前田には点を取らせるな」と指示をしていた。というのも、「スポーツはメンタルに左右される部分がある。『俺らなら大丈夫』という、いい意味での自信は必要。それが、前田にゴールを決められて揺らぐ可能性があるならば、ゴールを決めさせないことで自信を持たせることもできるということ。どのチームも前田をケアするのは、プロとして当然です」(某クラブコーチ) そして、日本代表選手でもある前田は、各チームから徹底マークを受けることになる。そんな状況に、磐田関係者はやきもきしていたという。 「開幕してからは、“前田の呪い”というワードは禁句でしたよ。服部健二ゼネラルマネージャー(GM)が報道に自粛させていたくらいですから。前田が気にするということよりも、徹底マークに遭って、得点が奪えず、さらに勝てないことへのいら立ちでしょう」 各クラブが前田包囲網を敷いたこともあり、第6節の浦和戦までゴールが生まれず。自分のリズムでプレーできない前田は、その後も調子が上がらない。昨シーズンまでは3試合に1点は取っていたのに、今季はコンスタントに結果を残せず、スターティングメンバーから外れることもあった。エースの不調はチームに伝染する。結果、磐田は誰もが予期しなかったJ2降格という結末を迎える。 まさに、呪いが自分たちに返ってきた格好だ。呪い、恐るべし。 ……と締めくくりたいところだが、実際は服部GMの先見の明のなさだというのは、サッカーファンの間では周知の通り。2011年に生え抜きを一掃したことで、強豪の雰囲気がなくなった。残留争い真っ最中に、磐田のアドバイザーである名波浩氏が、「セレッソ大阪監督就任へ」という報道が出るのも、愛想を尽かしたゆえんといわれている。 磐田の経営陣が行った大リストラが、結果的にJ2降格という形で自分たちに返ってくる。「すべての物事は、自らに返る」とは、よく言ったものだ。『前田遼一 ROAD~まだ何も成し遂げていない~』
欧州遠征大惨敗のザック・ジャパン“最大の不安要素”マンU・香川真司に「移籍のススメ」
欧州遠征のセルビア、ベラルーシ戦とノーゴールで連敗を喫したサッカー日本代表。
ここのところのふがいない戦いぶりに、代表監督のアルベルト・ザッケローニの進退を問う声も多い。だが、ザッケローニ同様、日本代表の“不安要素”となっているのが、MFの香川真司(マンチェスター・ユナイテッド/イングランド)だ。ベラルーシ戦でもミスを連発し、不用意なボールロストからカウンターを何度も食らった。マンチェスターUという世界屈指のメガクラブに所属し、本来なら日本のエースであるべきはずの男に何が起きているのか?
「香川も試合後の会見で『やっぱり試合に出なきゃいけないというのを、この2試合であらためて感じた』と認めた通り、所属のマンチェスターUで出場機会に恵まれないために、試合勘が鈍っていることです。前所属のボルシア・ドルトムント(ドイツ)時代だったら冷静に決めていたはずのGKと1対1の場面も、焦ってゴールを外してしまう。状態は相当深刻だと思いますよ」(サッカーライター)
昨シーズン、鳴り物入りでマンチェスターUに入団した香川だったが、今シーズンは監督交代のあおりを受けて、ここまでリーグ戦の出場は6試合で45分のみ。これでは、試合勘が鈍っても仕方がないだろう。
「現状では、デイビッド・モイーズ監督の構想から外れているといっていい。そもそもモイーズ監督は、中盤には香川のようなテクニシャンではなく、フィジカルに優れた選手を起用したがるタイプですからね。シーズン前にコンフェデレーションズ杯など、代表の試合に出場してコンディションが整わないままリーグ戦開幕を迎えてしまったという香川側の事情もありますが、コンディションが上がってもリーグ戦やカップ戦でコンスタントに起用される可能性は低いでしょうね」(同)
ブラジルW杯開幕まで1年を切った現在、エースが所属チームで出場機会に恵まれないのは、日本代表にとって大きなデメリット。冬の移籍マーケットでチームを替わることも考えるべきなのかもしれない。実際、この夏もスペインのアトレチコ・マドリードからレンタル移籍の打診もあったし、古巣のドルトムントにも香川を呼び戻そうとする動きがあるという。
「本人は残留してポジション争いに臨む意向みたいですね。日本人選手はナイーブで、こうした苦難を乗り越えてこそ選手としての成長があるのだ、と考えがち。しかし、海外の選手はもっとドライで現実的です。ドイツ代表のエースで、メスト・エジルというMFがいます。彼は名門レアル・マドリードでトップ下のレギュラーだったのですが、この夏あっさりとイングランドのアーセナルに移籍してしまいました。理由は、イングランドのトッテナム・ホットスパーからガレス・ベイルというウェールズ代表MFが、史上最高額の1億ユーロ(約130億4,000万円)もの移籍金でレアルに加入したから。ベイルが加入したからといって、エジルがポジションを失うとは限らなかったし、むしろレギュラーと目されていました。しかし、それでもポジション争いは激化せざるを得ない。W杯を控え、そうしたリスクを嫌って、より確実に出場機会が得られるアーセナルに移籍したわけです。実際、アーセナルではすでに主力として大活躍しており、気分よくW杯を迎えられそうですから、代表チームとしては心強いばかりでしょう。香川にも、こうした割り切りが望まれます」(同)
もっとも、香川が所属チームで出場機会を得て、試合勘を取り戻したとしても問題が残っているという。
「ポジションの問題です。香川の本来のポジションはトップ下ですが、代表では左ウィング。そのため、どうしても中央に入り込んでしまい、サイド攻撃が機能しなくなってしまいがち。こうした状況が続くなら香川を外して、よりサイドで機能する清武弘嗣(ニュルンベルク/ドイツ)や乾貴士(アイントラハト・フランクフルト/ドイツ)を起用することも考えるべき。いずれにせよ、ポジション問題についてはザックと香川が一度ちゃんと話し合うべきでしょう。香川をどう扱うかによって、チームの戦力もガラリと変わりますからね」(同)
ザッケローニの進退もさることながら、より喫緊の課題は“エース香川”の再生なのかもしれない。
親善試合、まさかの連続完封負け! ザッケローニ監督に求められる世界基準の「監督力」
危惧していたことが現実となった。 イタリアのクラブを最長3年で退任してきたザッケローニ監督の経歴を考えると、ある意味で中長期的にチームを構築できないといえる。硬い采配が原因でチームに化学反応が起きず、ブレークするような選手も出てこない。 それは、この欧州遠征での2試合に如実に表れた。11日のセルビア戦は、スタンコヴィッチの引退試合も兼ねており、特殊な試合だったということを考慮できるが、昨日のベラルーシ戦にエクスキューズはない。確かに、ベラルーシ戦の立ち上がりは悪くなかったが、ベラルーシ相手に「立ち上がりは悪くなかった」とかばうのも、いかがなものか。 そんなベラルーシ戦で、ザック・ジャパンに変化を与えるのは「3-4-3」というフォーメーションであると明白になったが、現状、うまくいっていない。 いったいザッケローニ監督は、W杯に向け日本代表を進歩させるために、どのようなビジョンを持っているのか? 「3-4-3」ならば、一か八か感は否めない。2010年に岡田武史監督が掲げた“接近、連続、展開”以上にカオスなのが現状だ。それよりも、選手の成長、それに伴うスターティングメンバーの入れ替えが現実的だろう。だが、長きにわたり同じメンバーでチームを構築してきたこともあり、ニューフェイスの筆頭となっている柿谷曜一朗ですら、いまだチームにフィットしていない。さらにいえば、選手の成長での強化だけを望むならば、ザッケローニ監督である必要もない。 とはいえ、今すぐザッケローニ監督を解任すべきという話ではない。その半面、「W杯はザッケローニ監督で決定」というような空気には違和感を覚える。是々非々の議論なく、「ほかに監督がいない」一辺倒では、今までの失敗を繰り返すだけである。日本サッカー協会技術委員会が今回の結果をフィードバックしなければ、W杯での成功はない。そもそも、2010年南アフリカW杯とは違うプロセスでW杯に臨むために、ザッケローニ監督を招聘したはずだ。 歯に衣を着せぬ解説をしてくれる清水秀彦氏は、ザッケローニ監督について、こう指摘している。 「イタリアにいて、トップレベルに接していたら、世界との適切な距離感をつかめていたと思いますよ。それが、アジアでW杯予選を戦い、アジア以外の名前のあるチームとの試合は日本での親善試合のみ。いつの間にか、世界との距離感を測れなくなったんじゃないか」 つまり、世界基準を知っているということで招聘した監督が、いつの間にかアジア基準で物事を見るようになってしまったということだ。 実は、ザッケローニ監督自身も、連敗を喫したベラルーシ戦後に、こう語っている。 「我々はアジアを出ると、自分たちの戦いができなくなる。実際にアジアの内と外とで内容の差が出てしまうことについては私の責任だと思う。では、どうしたら、この課題を修正できるのか、解消できるのか。自分が先頭に立ってやっていかないといけないという気持ちだ」 まさに清水氏の指摘通りだ。W杯で勝ち上がるために、世界基準の「監督力」は絶対に欠かせない。史実を振り返っても、「監督力」なきチームはグループリーグで敗退している。日本同様にチームが停滞気味となったオーストラリアは先日、強豪国のフランスとブラジルに大敗したことを受け、オジェック監督を解任している。 それは、ザッケローニ監督も例外ではないはずだ。11月のオランダ戦を、ザッケローニ監督へ、「あなたのテストの場です」と通告すべきではないか。そういった空気を作れるのは、世論である。 (文=石井紘人@FBRJ_JP)『ザッケローニ 新たなる挑戦』(宝島社)
「カズさんと一緒に……」泥酔暴行の元サッカー日本代表・前園真聖にささやかれてきた“酒癖の悪さ”
「酒を飲まなければイイ人なんだけど……」 酒に酔ってタクシー運転手の男性を暴行した容疑で警視庁玉川署に逮捕された前園真聖元選手に、以前から酒癖の悪さが聞かれる。 前園元選手と付き合いのある若手サッカー選手によると「一緒に飲んで2時間もすると、乱暴な口調になることが多かった。ひどいときには、頭を叩かれたりもした」という。 「本人が『最近は以前より酒が弱くなった』と言っていて、確かに少し飲んで帰るときはいいんですが、長く飲むと同じ話を何度も繰り返し始め、次第に態度が乱暴になっていました。正直、酒を飲まなければ、とてもイイ先輩なんですけど……」(同) 前園元選手は13日、知人らと飲んだ帰りの午前9時15分ごろ、世田谷区の自宅近くで支払いをせずにタクシーを降り、呼び止めた運転手に対して殴る蹴るの暴行。顔を殴られている現場を見た通行人の通報で、警察官に現行犯逮捕された。当時、前園元選手は足元もおぼつかないほど泥酔していたという。 所属事務所の対応は早く、釈放された翌14日には謝罪会見。本人は「タクシーに乗ってからの記憶がほとんどありません。何杯飲んだかもハッキリ覚えていません」と、記憶をなくすほど泥酔したことは認めたが、酒の場での乱暴な振る舞いについては「過去にはそういうことはなかった」と否定した。 しかし、記者から「過去、同席した女性から過去、高圧的な態度を取られたという話がある」と質問されると、「多少、声を荒らげたりとかあったかもしれない」と一転。さらに昨年10月にも、タクシー運転手とトラブルになったことがあるとも明かした。 事実、強豪ブラジルを破った1996年のアトランタ五輪で国民的ヒーローとなった頃から、派手な夜遊びは有名だった。最近は「家で酒を飲まないし、外で飲んでも量より質」と公言していたが、一方では後輩に「初期のJリーグではもっと飲んでいた」と話しながら悪酔いする姿も見られていた。 前園元選手が春ごろに訪れたというバーでは、来店に気付いたサッカーファンの客に「韓国ではこんな飲み方がある」と言って、滞在した他国で知った酔いの早い飲み方を薦め、次第に「サッカー好きならもっと飲めるだろ」と、酒を強要していたという目撃談もあった。 「最初は焼酎の水割りだけをチビチビと飲んでいたのが、酔うにつれてペースアップしていました。最後は『俺が酒に強くなったのはカズさん(三浦知良)のおかげ』と(カズが好む)テキーラを一気に飲み干していた」とバー店員。 そのカズとは最近でも2人で飲んでいる間柄で「2人が会えば酒を飲まないわけがない」と語るサッカー関係者も多い。 今回の事態で「酒は断つ」としている前園だが、実はこれに肩を落とす人々もいる。出身の鹿児島県薩摩川内市では前園元選手を8月にスポーツ大使に任命したが、このプロジェクトには前園が好む地元名産の焼酎の酒造業者も参加しており、一緒に市の振興に取り組む予定だったからだ。業者の社員は「酒で問題を起こし、ニ度と飲まないと断言されては応援できない」と話した。 今後は前園元選手自身も仕事を自粛する方向で調整中。テレビでは、11日に行われた日本代表のセルビア戦を「簡単なミスも多かった」と解説していたが、本人はもっと大きなミスを犯してしまったようだ。 (文=ハイセーヤスダ)前園真聖オフィシャルブログより
ネルシーニョがコーチなら可能性あり!? ラモス、リオ五輪代表監督の実現性
元日本代表MFラモス瑠偉氏が、2016年リオデジャネイロ五輪のサッカー男子代表監督に立候補することがわかり、話題となっている。リオ出身のラモスは、リオ五輪開催が決定した時から日本サッカー協会幹部に監督就任をアピールしていたが、そんな本人の希望とは裏腹に、サッカー界にラモスを五輪代表監督に推す声は少ない。 ■実は“監督的”な選手だったラモス 選手としてのラモスは、日本のサッカー史上、5本の指に入る名プレーヤーだった。技術面だけでなく、戦術的視点も突出していた。ブラジル時代はDFとしてプレーし、来日してからはFWとして得点王を獲得、ゲームメーカーとしても名を馳せた。日本代表では、チームに落ち着きがなければ、ボランチの位置に下がり、試合をコントロールした。ほかの選手への指示も的確で、チームの雰囲気を読めるモチベーターでもあった。アメリカW杯アジア最終予選時に、韓国に勝っただけで浮かれるチームやメディアを一喝したのは有名な話である。 選手時代に発揮した監督としての資質だが、引退後の解説者としてのキャリアがそれを薄めさせてしまう。ラモスは、日本人選手を評する時に、「気持ち」という言葉に終始してしまう。もちろん、日本人選手の戦う姿勢は、海外に比べると弱い。それは本田圭佑も認めている。しかし、「気持ち」だけで勝てないのも事実であり、「気持ち」以外に話が向かないことで、ファンの間では「ラモスは根性論しか持っていない。監督に向いていない」という印象が強まった。 ■監督ラモスの実績 そんなラモスの真価が問われたのが2006年。ついに、東京ヴェルディの監督に就任する。だが、監督初年度はJ2で7位という微妙な成績に終わった。「練習通りに試合でプレーできない選手がわからない」という言葉を口にしていたが、これは名選手にありがちなフレーズである。こういったできない選手を、どのように伸ばして、どう使うかが監督力でもある。元Jリーガーが、少年サッカーのコーチになった時に同様の発言をすることがあるが、その発想から強くなるチームはない。7位という成績は、その姿勢が現れたともいえる。 1年目の成績を受け、東京ヴェルディは2年目にJ1顔負けの大型補強を行った。しかし、 シーズンを通した試合内容は、豪華メンバーのハーモニーとは言い難く、2位でJ1昇格を果たすのがやっと。それを物語るように、ラモスはJ1昇格後に退任したが、惜しむ声は少なかった。 このようなラモスの成績から考察すれば、五輪日本代表監督の座は、時期尚早といったところだろう。まず、五輪代表監督になるためには、ビーチサッカーではなく、J1での実績が必要だ。たとえば、ロンドン五輪を率いた関塚隆(現:ジュビロ磐田監督)は、川崎フロンターレをJ1の強豪クラブに引き上げた手腕を買われた。川崎にはジュニーニョという絶対的なストライカーがいたが、ロンドン五輪でその役を担ったのが永井謙佑である。その永井の活躍もあり、ベスト4に進出したが、その半面、永井を抑えられると力が半減してしまう課題は川崎時代と同様だった。 つまり、J1リーグでの実績と五輪代表監督の結果はリンクしている。北京五輪を率いた反町康治(現:松本山雅FC監督)は、アルビレックス新潟を、J2下位からJ1中位まで引き上げた実績を買われた。ただし、中位止まりというのを憂慮すべきだった。結果、北京五輪でも上位に進出することはできず、グループリーグで敗退となった。また、アテネ五輪を率いた山本昌邦(現:解説者)は、グループリーグで敗退した後に、J1の監督を務めたが、アテネ五輪同様に結果を残すことはできなかった。 このように、史実から考えれば、リオ五輪代表監督に手倉森誠(現:ベガルタ仙台監督)の名前が挙がっているのは妥当だ。手倉森監督は、ベガルタ仙台をJ2からJ1上位チームへと引き上げた。しかも、外国人に頼ったサッカーではない。ラモスよりも、リオ五輪での結果を期待できる。 ただし、先日、ラモスへの期待が高まる出来事があった。このジャストタイミングで、ラモスがネルシーニョと食事をしていたらしい。J2に降格した柏レイソルを、J1リーグ優勝に導いたネルシーニョがコーチ・参謀となるならば……。ラモス五輪日本代表監督は、一気に現実的なものになるだろう。 (文=石井紘人@FBRJ_JP)ラモス瑠偉 オフィシャルブログより







