
海外ドラマ『ブレイキング・バッド』の化学教師役でおなじみ、ブライアン・クランストン主演作『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』。
新人時代のオードリー・ヘップバーンが可憐な王女に扮した『ローマの休日』(53)は不滅のロマンチックコメディとして、今なお多くの人たちに愛され続けている。だが、もうひとつ別の映画を観ることで『ローマの休日』のイメージはがらりと変わってしまう。ハリウッドにおいて黒歴史となっている“赤狩り”の真っ最中に、息苦しいハリウッドから逃れるようにウィリアム・ワイラー監督たちがイタリアロケを敢行して生まれたのが『ローマの休日』だった。世俗の垢と借金にまみれた新聞記者が、アン王女というイノセントな存在に触れることで自分の魂まで売ってしまうことを辛うじて踏み止まるというベタすぎるほどベタな自己再生のドラマだったことに気づく。そして、そのことに気づかせてくれる映画が『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』である。
ダルトン・トランボはハリウッド黄金時代に活躍した人気脚本家で、『ローマの休日』に続き『黒い牡牛』(56)でもアカデミー賞原案賞に輝いている。他にもローマ帝国時代の剣闘士を主人公にした歴史大作『スパルタカス』(60)、ホロコーストを題材にした実録映画『栄光への脱出』(60)、スティーブ・マックイーン主演の脱獄ものの『パピヨン』(73)など数多くのヒット作、話題作を放っている。多彩なジャンルを手掛けた売れっ子シナリオライターだった。その一方、自身の原作小説をみずから監督した『ジョニーは戦場へ行った』(71)は戦争残酷映画の金字塔になっている。職人的気質と作家性を併せ持った脚本家だったことがフィルモグラフィーからうかがえる。
戦前のインテリ層の多くがそうだったように、トランボ(ブライアン・クランストン)もまた共産党に名前を連ねていた。社会革命を望んでいたわけではなく、映画業界で働く裏方たちの労働条件の向上を願ってのものだった。ところが、戦後になって米国とソ連の関係が悪化。共産党員はソ連の手先と見なされ、迫害されることになる。これが赤狩りと呼ばれるものだ。ジョン・ウェインや後に政治家に転向するロナルド・レーガンらが赤狩りの急先鋒を務めた。共産党員のみならず共産党員と親しくしているだけで、糾弾され、仕事も失ってしまう。左寄りの映画人たちは仕方なく転向することになるが、この風潮を良しとせず、最後まで抵抗したのがトランボをはじめとする映画人たち“ハリウッド・テン”だった。

脚本家のトランボ(ブライアン・クランストン)は共産党員であることを否定しなかったため、ブラックリスト入りするはめに。
トランボは下院非米活動委員会の聴聞会に呼び出され、態度を改めなかったために刑務所送りとなる。非米活動委員会は表現者たちを標的にした魔女狩りの場だった。でも、トランボに落ち込んでいる暇はない。妻クレオ(ダイアン・レイン)や幼い子どもたちを食べさせるために、刑務所に入る前も出てからも、ガムシャラに脚本を書きまくった。もちろん実名は出せないので、偽名を使っての裏稼業だった。そんな厳しい環境の中で書き上げられた脚本が、『ローマの休日』や『黒い牡牛』といったアカデミー賞受賞作品だった。ハリウッドはトランボを追放しておきながら、彼が偽名で書いた作品を絶賛していたことになる。その時代時代の政治情勢に左右されるハリウッドセレブたちの底の浅さが浮かび上がる。
キューブリック監督作として知られる『スパルタカス』はカーク・ダグラスが反乱を起こす奴隷剣闘士を演じた歴史活劇だが、トランボの経歴を知ることで、これもまた違った価値観が生じる。メキシコで撮影された『黒い牡牛』もそうだ。『黒い牡牛』は小さいときから牡牛と一緒に育った無垢な少年の物語であり、立派に成長した牡牛は闘牛場へと引っぱり出されて闘牛士と戦わせられることになる。自分が大切に育てた牡牛を死なせたくないあまり、少年は危険な闘牛場の中へと飛び込んでいく。剣闘士スパルタカスが体を張って求めていたものも、メキシコの少年が懸命に守ろうとしたものも、ありきたりな表現に置き換えれば、自由や尊厳という言葉になるだろう。そして、それは『ローマの休日』のアン王女がずっと探し続けていたものでもあった。

トランボに仕事を回すプロデューサーを演じたのはジョン・グッドマン。『マチネー』『アルゴ』など古き善き時代の映画人役がよく似合う
自由と尊厳を手に入れるために、トランボは必死で闘い続けた。暴力に訴えるのではなく、タイプライターを叩き続けることで、プロの脚本家として闘い続けた。『ローマの休日』『黒い牡牛』といった名作のみならず、一家の主として妻クレオや長女ニコラ(エル・ファニング)たちと暮らす家を守るために、ギャラの安いB級映画の仕事も断ることなく引き受けた。ペンネームで書くことに抵抗を覚える“ハリウッド・テン”の他の脚本家たちのケツを叩きながら、猛烈な勢いでシナリオを量産した。業界内だけでなく、世間からも冷たい目で見られながら、圧倒的な作品のクオリティーと量とで偏見を凌駕し、トランボはサバイバルし続けた。裁判で勝つか負けるかよりも、自分と家族をちゃんと食べさせていけるかどうかがトランボにとってはいちばん大事だった。それがトランボなりの闘い方だった。
映画の世界に政治の嵐が吹き荒れたのは、米国だけではない。米軍の占領時代にあたる1946年~1948年には、日本では“東宝争議”が起きている。中でも1948年の第3次東宝争議では組合員たちが東宝砧撮影所に立て篭り、日本の警察だけでなく米軍の偵察機、戦車まで出動し、撮影所内が戦場になる寸前だった。東宝の人気俳優だった大河内伝次郎、長谷川一夫、高峰秀子らは政治活動を嫌って組合から脱退。このとき東宝第二撮影所(今の東京メディアシティ)が設立され、新東宝が誕生している。一方、スター俳優が抜けた東宝は東宝ニューフェイスを募り、三船敏郎や久我美子らがデビューすることになる。新東宝は1950年代後半にはジリ貧となり、やがてエログロ路線に活路を求めていく。『トランボ』みたいな実録ドラマ、日本でも作られないだろうか?
(文=長野辰次)

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』
原作/ブルース・クック 脚本/ジョン・マクナマラ 監督/ジェイ・ローチ
出演/ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング、ヘレン・ミレン、ルイス・C・K、ジョン・グッドマン、マイケル・スタールバーグ
配給/東北新社 STAR CHANNEL MOVIES 7月22日(金)より日比谷TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
Hilary Bronwyn Gayle(c)2015 Trumbo Productions, LLC. ALL RIGHTS RESERVED
http://trumbo-movie.jp

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