アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼!

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公開前から、すでに世界7カ国への配給が決定している『戦闘少女』。
杉本有美(中央)、高山侑子(写真右)、森田涼花の3人がミュータントと化し、
ガールズアクションを披露する。(c)2010東映ビデオ
 すまし顔の美女のポスターを見かけると、とりあえず周囲に誰もいないことを確かめた上で、美女の鼻の下にハミ毛を描き足したくなる。ついでにホクロ毛も加えたくなる。美しすぎるものを、この手で汚したい。完璧なるものを壊してやりたい。誰しもが経験する衝動ではないだろうか。普通の大人は頭の中のイメージだけにとどめているこの欲望を、映像作品へと昇華しているのが井口昇監督だ。井口監督の場合は鼻毛どころの騒ぎではない。八代みなせ主演『片腕マシンガール』(08)や木口亜矢主演『ロボゲイシャ』(09)ではヒロインたちを血まみれ地獄へと追い込み、阿修羅と化したヒロインが放つ美しさ、タフさをクローズアップしてみせた。成海璃子初主演映画『まだらの少女』(05)では蛇娘に変身する直前の成海璃子がゾクゾクするほど美しかった。アイドル映画において特殊な才能を発揮する井口監督が、西村喜廣監督(特殊造型家として大活躍!)、坂口拓監督(アクション俳優として超人気!)という同志たちと強力スクラムを組んだのが『戦闘少女』なのだ。  『戦闘少女』で3人の特殊クリエイターに選ばれたのは、雑誌モデル出身の新進女優・杉本有美、自衛隊全面協力映画『空へ 救いの翼』(08)に主演した高山侑子、アイドリング11号こと森田涼花の3人。『X-MEN』よろしく、3人の美女たちがミュータント戦士として己の運命、そして巨大な敵と戦う。お尻から飛び出した武器で戦うなど『ロボゲイシャ』の井口監督らしいお茶目なギャグあり、『東京残酷警察』(08)の西村監督らしい戦慄の血しぶきシーンあり、実写版『魁!!男塾』(08)の坂口監督らしい生身のアクションシーンあり。アイドル映画の枠を遥かに飛び出した、オーバーフロー気味のエンタテイメント快作となっている。  ストーリーは、『バビル2世』『幻魔大戦』といった往年の名作コミックを彷彿させるもの。女子高生の凛(杉本有美)はクラスメイトからの陰湿なイジメに耐え忍ぶ日々を過ごしていた。しかし、16歳の誕生日に凛に異変が起きる。右腕が疼いて仕方ないのだ。学校から帰ってきた凛を両親は優しく迎え、バースデイケーキで娘の誕生日を祝う。「凛、誕生日おめでとう」。そして父親は自分がミュータントであることを告白する。ガガーン! じゃあ、私にもその血が流れているの? そこへ武装集団が襲いかかり、両親を血祭りに。せっかくのバースデイケーキがクランベリーソースでなく、血のソースでデコレーションされる。ミュータントとしての潜在能力を発揮し、その場は逃れた凛だが、もはや人間として見られることはなかった。やがて凛はミュータント仲間である玲(高山侑子)、佳恵(森田涼花)らと出会い、人間vs.ミュータント族の果てしない抗争に巻き込まれていく。
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怪しいムードの中、鉄仮面を被せられる凛(杉本
有美)。東映ビデオ製作ということで、『スケ
バン刑事 少女鉄仮面伝説』(フジテレビ系)や
『女番長』シリーズへのオマージュあり。
 本作の注目点は、やはり『トリプルファイター』のごとく奇跡の合体を果たした井口&西村&坂口の3監督によるコラボだろう。ライバル心むき出しの監督たちがバラバラに撮ったオムニバス映画と違って、気の合う3監督がそれぞれの特性を活かした演出を施している。家から逃げ出した凛が商店街で"15人斬り"に挑む第1章はアクションを得意とする坂口監督、ミュータント一族に合流した凛が女同士の友情を育みつつ、人間たちを復讐することに苦悶するドラマ部分の第2章は総監督である井口監督、凛&玲&佳恵が強化スーツを装着して活躍するクライマックスの第3章は特殊効果のスペシャリスト・西村監督、と一応の担当パートを決めてから撮影を進めたとのこと。だが、現場が大好きな3監督は、他の監督が撮影中も現場に待機してアシストに努めた。坂口監督がアクション演出で熱くなっているときは、西村監督がカメラを手にクレーンに上がり、西村監督が手いっぱいのときは、井口監督がキャスト陣に優しく毛布を掛けてあげるなど、きめ細かいフォローが行なわれたそうだ。お山の大将タイプの映画監督には普通こうはできないもの。予算規模に関係なく、「とにかく面白い映画をつくりたい」と願う3監督だからこその連携プレーだったに違いない。  現在、劇場版『電人ザボーガー』の製作で忙しい井口監督だが、日刊サイゾー向けに特別にコメントを寄せてくれた。共同監督というシステムの利点について、こう語っている。 「自分の得意分野に専念できて、いい意味で肩の力を抜いて作品に挑むことができたと思います。坂口監督の第1章、西村監督の第3章もそれぞれ監督の色が出ている。この作品はまとまらなくてもいい、バラバラでもいいんだと思いながらやっていたので、ふだんの監督作より気持ち的に楽でした。自由な力が働いて、本能のおもむくままに監督したという感じ。でも、3人で打ち合わせもしていないのに、出来上がった作品はキチンとひとつの作品として成立していますよね。自分の監督ではないパートでは、コーヒー飲んだりお菓子食べたりしていられたのも良かった(笑)」  かつての日本映画界では、それぞれピンを張る実力派の脚本家である菊島隆三、小国英雄、橋本忍の3人が旅館に篭って、黒澤明監督の娯楽大作『隠し砦の三悪人』(58)の脚本を練り上げた。鈴木清順監督の傑作カルト映画として知られる『殺しの烙印』(67)に脚本家としてクレジットされている"具流八郎"は美術監督の木村威夫、アニメ『ルパン三世』の脚本家・大和屋竺らによる創作集団だ。個性豊かなメンバー間のブレーンストーミングによって、日本映画史に残る奇妙奇天烈な作品が生まれた。70年代の全盛期には視聴率30~40%を稼いでいたテレビ時代劇『水戸黄門』(TBS系)の脚本家"葉村彰子"は、プロデューサーの逸見稔をはじめ、任侠映画の大御所・加藤泰監督、『仮面の忍者 赤影』の山内鉄也監督、ホームコメディの名手である脚本家・松本ひろし、紅一点・向田邦子ら創作チームの名称だった。それだけの才能が集まって、アイデアを出し合えば面白い作品にならないはずがない。面白い映画、ドラマにはちゃんとした理由があるのだ。  話題を『戦闘少女』に戻そう。井口監督が特殊な才能に目覚めた過程を赤裸々に綴った名著『恋の腹痛、見ちゃイヤ!イヤ!』(太田出版)の中で、中学2年のときに本屋で団鬼六の官能小説『花と蛇』を立ち読みし、SMの世界に感電してしまったと告白している。美しい女性がイジの悪い女中にイビられて身悶えする姿を想像するのが、三度の飯よりも大好き。井口監督のそんなマニアック嗜好を、また別の特殊才能を持つ同志たちがサポートし、ポップでキュートなトラウマ絵巻が繰り広げられる。  井口監督にとって自分の頭の中の妄想を具象化できる"映画監督"という職業は天職だろう。しかし、キャスティングされた女優陣の全員が井口ワールドを完全に理解した上で参加しているわけではない。そこには見えない火花が散り、現場には緊張感が漂う。ただの妄想ワールドではなく、監督vs.女優、フィクションvs.リアルの攻防があり、それゆえに作品に奥行きが与えられる。『プラトニック・セックス』という飯島愛のベストセラー小説があった。読んではいないが、多分それっぽく言えば、井口監督は"プラトニック・サディスト"なのだ。井口監督はアイドル女優が演じる健気なヒロインを徹底的に追い込んでみせる。耐えて耐えて耐え忍んだアイドル女優の内面で何かが弾け、輝き始める。  井口監督にアイドル映画を撮らせると天才的才能を発揮する。しかし、正確にいうと、それはもうアイドル映画ではない。"純愛系SM映画"と呼んだほうが正しいだろう。アイドルマニアよ、身震いしながら『戦闘少女』を観るがいい。 (文=長野辰次) iguchi0519_2.jpg『戦闘少女 血の鉄仮面伝説』 監督/井口昇、西村喜廣、坂口拓 出演/杉本有美、高山侑子、森田涼花、坂口拓、島津健太郎、亜紗美、川合千春、いとうまい子、津田寛治、竹中直人 配給/東映ビデオ 5月22日(土)よりシアターN渋谷、池袋シネマ・ロサ(レイトショー)、名古屋シネマスコーレ(レイトショー)ほか全国順次公開 +R15 <http://www.sentoshojo.jp>
ロボゲイシャ 新型ガールズムービー amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

アナーキーな”社歌”で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』

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「来るなら来てみろ大不況 その時ゃ政府を倒すまで♪」と勇ましい歌詞が踊る新時代の社歌。
佐和子(満島ひかり)は自分からにじみ出る負のオーラを反転させ、世間への逆襲に挑む。
(c)PFFパートナーズ2010
 満島ひかりはシジミのような女だ。そんなことを言うと、今をときめく若手実力派女優に失礼だろうか。モデル出身の高身長女優が闊歩するイマドキの芸能界にあって、162cmの満島ひかりは小柄な部類だろう。ルックス的にも整った顔立ちゆえ、逆に派手さがない。『モスラ2 海底の大決戦』(97)に子役で出ていた頃の満島ひかりは沖縄の少女らしく浅黒で、本当にシジミのよう。その後、アイドルグループ「Folder5」として売り出されるも、鳴かず飛ばずで自然消滅。しみじみと地味なプロフィールの持ち主である。しかし、そのシジミちゃんが大ブレイク中なのだ。渋谷ユーロスペースで公開中の最新主演作『川の底からこんにちは』が連日の盛況ぶりを見せている。シジミ入りの味噌汁が疲れた体にジワジワと効くように、満島ひかりという女優の存在は疲弊した日本映画界においてサプリメント的効果を発揮している。  Folder5消滅後は、『ウルトラマンマックス』(05~06年、TBS系)に美少女アンドロイドとしてレギュラー出演していたが、感情表現が許されない、女優としてはしんどい役だった。しばらくは、園子温監督のホラー映画『エクステ』(07)、深夜ドラマ『帰ってきた時効警察』(07年、テレビ朝日系)などにちょこちょこと出演し、雌伏の時間を過ごす。しかし、川の土手からは見えないだけで、川の底では恐ろしいまでの潮流が渦巻いていたのだ。ヒロイン・ヨーコを演じた『愛のむきだし』(09)で園監督に徹底的に鍛えられ、自分自身をむき出しにすることで、女優開眼を果たす。固く閉じていた二枚貝がパカッと開いたごとく。以後、女優・満島ひかりの快進撃が始まる。  『ウルトラマンマックス』のチーフ監督だった金子修介監督に抜擢され、オペラの世界を舞台にした『プライド』(09)では歌手のステファニーとダブル主演。演技経験のないステファニーが不憫に思えるほどの怪演。ふてぶてしい女の怖さ、嫌らしさを発揮してみせた。『クヒオ大佐』(09)では実在した結婚詐欺師プリンス・ジョナ・クヒオに騙される地味な博物館の学芸員役。ここでも松雪泰子ら他の女優陣がかすんでしまうほどの"痛い女"ぶりで場面をさらう。『食堂かたつむり』(10)は満島ひかりが目立ちすぎないように出番が削られたのではないかと勘ぐりたくなった。おいしい話や男にころっと騙されるダメ女を演じさせたら、今の満島ひかりに敵う女優はいないだろう。今秋公開の東宝映画『悪人』にもキーパーソン役でキャスティングされている。不景気で世知辛い世の中、満島ひかりの出番はますます増えそうだ。
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オバさんたちに新社歌を歌唱指導する佐和子。
劇中で歌われる「木村水産 新社歌」は反響
が大きく、現在エイベックスにCD化を打診している。
 大阪芸大卒の俊英・石井裕也監督作『川の底からこんにちは』で、満島ひかりは十八番としているダメ女ぶりに磨きを掛けている。主人公の佐和子は田舎を飛び出して5年。職場を5回変え、男も今の職場の先輩社員・健一(遠藤雅)で5人目。健一はバツイチの子連れ。「どーせ、自分は"中の下"ですから」と佐和子は自嘲気味に呟く。高望みする気力もなく、流れに身を任せ、テキトーな生活を送っていた。そんな折、田舎でシジミ工場を経営していた父親(志賀廣太郎)が倒れ、やむえず実家に戻ることに。そこへ、「工場経営の父が危篤。佐和子はひとり娘」ということに俄然着目した健一が娘の加代子(相原綺羅)を連れて強引に押し掛けてくる。しかし、工場は倒産寸前。健一は工場に勤める若い女子社員に早速手を出し、加代子を残して失踪。どーする、佐和子? 今まで流れに流されるままに生きてきた佐和子は、人生のどん底にぶち当たり、ついに腹を括る。  逆襲への合図となるのが、シジミ工場「木村水産」の新社歌。毎朝、形だけみんなで斉唱していた社歌だが、覚悟を決めた佐和子はアナーキーさを極めた歌詞を体から吐き出し、世にも奇妙な新社歌が誕生する。他に職場がなく、仕方なくシジミ工場に勤めていたオバさんたちも佐和子と同様に長年溜め込んでいた体内毒素を新社歌斉唱をきっかけに吐き出していく。デトックスが進み、佐和子とオバさんたちの顔色が変わっていく。川の底からこんにちは。どん底からの女たちの反撃が始まる。  それにしても満島ひかりは世間への怨念に満ちた役がぴたりとハマる。『プライド』で自分に冷たく当たる副社長秘書(新山千春)に対し、「私、イヤな思いをすると力が湧くんですよ」と恨みの言葉を投げ掛けるシーンは、『リング』(98)の貞子、『呪怨』(03)の伽倻子ばりの迫力だった。  「キネマ旬報」(キネマ旬報社)5月上旬号で、金子修介監督がブレイク前の満島ひかりにまつわるエピソードを明かしており、非常に面白い。10代の頃の満島はオーディションですっかり落ち癖が付いており、『ウルトラマンマックス』に落ちたら、もう沖縄に帰るつもりだったそうだ。その直前に落ちたオーディションが『ニライカナイからの手紙』(05)。沖縄を舞台にした作品だが、福岡出身の蒼井優に負けてしまったのだ。また、金子監督の大ヒット作『デスノート』シリーズ(06)では、金子監督は弥海砂(あまね・みさ)に推すつもりで満島をオーディション会場に連れていったところ、戸田恵梨香も会場に来ており、あれよあれよという間に戸田恵梨香が海砂に選ばれてしまった。そのオーディションの帰り、満島は「私、駄目ですよね。あぁ、世界が変わってしまえばいい!」と呟いたという。怨念に満ちた演技がリアルなはずである。今、スクリーンの中で研ぎ澄まされた負のオーラを放つ満島ひかりだが、これからヒット作に恵まれ、多くの人の目に触れることで、陽性のオーラに転じていくに違いない。  『川の底からこんにちは』で地味な仕事のイメージで描かれているシジミ工場、およびシジミ漁だが、近年はシジミに含まれるオルニチンは肝臓にいいということで大評判。シジミ漁はかなり賑わっているらしい。もとよりシジミ大好きな自分は、シジミの醤油漬けでビールを飲むのを楽しみとしている。そのうち、すっかり人気女優としてテレビに出ている満島ひかりを眺めながら、「昔はダメ女役で光ってたんだよなぁ」とビール片手にシジミを突つきながら独りごちることだろう。そのとき、自分は冒頭の"満島ひかりはシジミのような女だ"という言葉を訂正するはずだ。"満島ひかりは真珠貝のような女だ"と。 (文=長野辰次) kawanosoko03.jpg『川の底からこんにちは』 監督・脚本/石井裕也 出演/満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了ほか 配給/ユーロスペース+ぴあ 5月1日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中 <http://kawasoko.com>
愛のむきだし すげーよ。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』”家族”という名の地獄から脱出せよ

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母親のDVに苦しむ16歳のプレシャス(ガボレイ・シディベ)は、
フリースクールの教師ミズ・レイン(ポーラ・パットン)から
生まれて初めて人間らしい扱いを受ける。
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 チャンスをください。一度だけでいいから、人生をリセットするチャンスをください。チャンスさえもらえれば、後は何とか自分でやりますから......。しかし、いくら願っても、サイテーのどん底生活を送っている人間には、そのチャンスさえ回ってこない。万が一、チャンスが訪れたとしても、サイテーの生活を送っている人間は、それが自分にとってのチャンスであることが認識できない。『プレシャス』のヒロイン、クレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、16歳でお先真っ暗な人生を歩んでいる。体重はヘルスメーターの目盛りを軽く越え、自分によく似た体型の母親(モニーク)から「デブでウスノロ、早く食事の用意をしろ!」とどつかれる毎日だ。落第を重ね、いまだ中学校に通うプレシャスに対し、母親は「学校なんか通っても意味がない。それよりも役所に行って、生活保護費をもらってこい」と怒鳴り散らす。実の父親はプレシャスをレイプした挙げ句に身籠らせて、家を出ていった。母親のDVはますます激しくなる。息が詰まる生活。でも、お腹はどんどん大きくなっていく。プレシャス(高貴)という名前は、彼女にとってあまりに残酷なジョークでしかない。  1980年代のNY・ハーレムで生まれ育った黒人少女の葛藤を描いた『プレシャス』は、かつてない超ヘビー級のシリアスドラマだ。重い現実に潰されそうになるプレシャスに、ささやかなチャンスが訪れる。クモの糸のように、か細くて、すぐに切れてしまいそうだが、母親のDV地獄に悩むプレシャスにとっては、唯一の希望の光だ。妊娠していることが中学校にバレたプレシャスは退学させられるが、代替学校として「フリースクール」への入学を勧められる。教科書に何が書いてあるのかさっぱり分からないが、家の外に出られるのなら、どんなチャンスでも構わない。プレシャスは重い体を揺らしながら、クモの糸に手を伸ばす。  自分が不幸なのは家族のせいだ、自分がダメなのは親の遺伝子のせいだと、責任転嫁する輩は少なくない。しかし、家族をののしり、自分の境遇を憐れんでいる人間は、血縁という名の狭苦しい牢獄に自分から進んで入っているようなもの。生まれた時代が悪かった、オレが悪いんじゃない社会が悪いんだと嘆く人間も同罪だ。自分で檻の中に入っておきながら、カギの開け方を覚えようとしない。自分の目の前にクモの糸が垂れていることにも気づかない。仮に気づいても、途中でクモの糸が切れるんじゃないかと尻込みしてしまう。  プレシャスもこれまでは自分のことしか考えることができず、妄想の世界に逃げるしかなかった。しかし、生まれてくる子どものために、プレシャスはクモの糸を這い上がっていく決心をする。このままでは、自分のお腹の中にいる赤ちゃんは生まれてくる前からどん底の一生が決まっている。子どもには自分や母親のような目に遭わせたくない。アルファベットの読み書きも満足にできないプレシャスだったが、フリースクールの女性教師レイン(ポーラ・パットン)は熱心に、物事を学び自分で考えていく面白さをプレシャスに教えていく。受験勉強ではない、本当の意味での教育だ。プレシャスに初めて他人をリスペクトする気持ちが芽生える。  また、フリースクールに集まる同年代の少女たちも、それぞれに事情を抱えていた。今まで自分のことしか考えなかったプレシャスの黒目に光が灯り、少しずつだが視界が広がっていく。自分ひとりでも重そうなプレシャスだが、生まれてくる赤ちゃんの重量が加わり、クモの糸をたぐる腕に不思議と力が入る。どれだけクモの糸を上がっただろうか。気が付けば、今までの自分はひどく狭い場所にいたことが分かってきた。  プレシャス役に抜擢されたのは、まったくの演技未経験のガボレイ・シディベ、撮影時24歳。本作での体当たりの熱演が評判となり、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、人気女優サンドラ・ブロックや演技派メリル・ストリープ、ヘレン・ミレン、若手の期待株キャリー・マリガンらと堂々と肩を並べた。鬼母役を演じたモニークは、米国では大柄な女性のビューティコンテスト番組のホストを務めているコメディエンヌとして人気者だ。最悪な境遇から抜け出せない苛立ちを娘にぶつけることしかできない難役を演じ、アカデミー賞助演女優賞に輝いた。女教師ミズ・レインを演じたポーラ・パットンも好演している。若くて聡明な美人教師レインだが、実はレズビアンという設定であり、原作者サファイアの分身でもある。マイノリティーとして生きていく彼女は、十字架を背負う者の眼差しの強さを感じさせる。
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市役所に勤めるソーシャルワーカー役のマライア・
キャリー。これが"世界の歌姫"のすっぴん顔。
 キャスト陣で、もうひとつ話題がある。実際にハーレムで代替学校の教師を経験した詩人サファイアの原作小説に共鳴した人気アーティストのレニー・クラヴィッツが看護士役、マライア・キャリーがソーシャルワーカー役で出演している。人気スターにありがちな1シーンだけのカメオ出演ではなく、出口を見出せずにさまよい続ける現代の"プレシャス"たちに寄り添い、祝福するべく真摯な演技を見せている。とりわけ、マライア・キャリーはノーメイクで出演し、すっぴんの素顔をさらしている。マイノリティー出身ながら、スターの座を手に入れた両者にとっても、クモの糸を這い上がるプレシャスの生き方は他人事ではなかったのだろう。  クモの糸をよじ上っても、その先で待っているのは夢で見たお花畑が咲き乱れるような天国とは限らない。さらにレベルの上がった新しい地獄かもしれないのだ。でも、そこが天国だろうが地獄だろうが、プレシャスには関係ない。そこはプレシャスが自分の手でつかみ取った新しい世界。生まれてきた赤ちゃんと共に生きるための聖地なのだ。たった一度だけ巡ってきたチャンスを見事にものにしたプレシャス。その名前の通り、彼女は輝き始めた。 (文=長野辰次) precious03.jpg ●『プレシャス』 原作/サファイア 監督・脚本/リー・ダニエルズ 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ 配給/ファントム・フィルム 4月24日より日比谷・TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネマライズほか全国公開中 http://www.precious-movie.net/
プレシャス サントラも発売中です。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』”家族”という名の地獄から脱出せよ

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母親のDVに苦しむ16歳のプレシャス(ガボレイ・シディベ)は、
フリースクールの教師ミズ・レイン(ポーラ・パットン)から
生まれて初めて人間らしい扱いを受ける。
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 チャンスをください。一度だけでいいから、人生をリセットするチャンスをください。チャンスさえもらえれば、後は何とか自分でやりますから......。しかし、いくら願っても、サイテーのどん底生活を送っている人間には、そのチャンスさえ回ってこない。万が一、チャンスが訪れたとしても、サイテーの生活を送っている人間は、それが自分にとってのチャンスであることが認識できない。『プレシャス』のヒロイン、クレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、16歳でお先真っ暗な人生を歩んでいる。体重はヘルスメーターの目盛りを軽く越え、自分によく似た体型の母親(モニーク)から「デブでウスノロ、早く食事の用意をしろ!」とどつかれる毎日だ。落第を重ね、いまだ中学校に通うプレシャスに対し、母親は「学校なんか通っても意味がない。それよりも役所に行って、生活保護費をもらってこい」と怒鳴り散らす。実の父親はプレシャスをレイプした挙げ句に身籠らせて、家を出ていった。母親のDVはますます激しくなる。息が詰まる生活。でも、お腹はどんどん大きくなっていく。プレシャス(高貴)という名前は、彼女にとってあまりに残酷なジョークでしかない。  1980年代のNY・ハーレムで生まれ育った黒人少女の葛藤を描いた『プレシャス』は、かつてない超ヘビー級のシリアスドラマだ。重い現実に潰されそうになるプレシャスに、ささやかなチャンスが訪れる。クモの糸のように、か細くて、すぐに切れてしまいそうだが、母親のDV地獄に悩むプレシャスにとっては、唯一の希望の光だ。妊娠していることが中学校にバレたプレシャスは退学させられるが、代替学校として「フリースクール」への入学を勧められる。教科書に何が書いてあるのかさっぱり分からないが、家の外に出られるのなら、どんなチャンスでも構わない。プレシャスは重い体を揺らしながら、クモの糸に手を伸ばす。  自分が不幸なのは家族のせいだ、自分がダメなのは親の遺伝子のせいだと、責任転嫁する輩は少なくない。しかし、家族をののしり、自分の境遇を憐れんでいる人間は、血縁という名の狭苦しい牢獄に自分から進んで入っているようなもの。生まれた時代が悪かった、オレが悪いんじゃない社会が悪いんだと嘆く人間も同罪だ。自分で檻の中に入っておきながら、カギの開け方を覚えようとしない。自分の目の前にクモの糸が垂れていることにも気づかない。仮に気づいても、途中でクモの糸が切れるんじゃないかと尻込みしてしまう。  プレシャスもこれまでは自分のことしか考えることができず、妄想の世界に逃げるしかなかった。しかし、生まれてくる子どものために、プレシャスはクモの糸を這い上がっていく決心をする。このままでは、自分のお腹の中にいる赤ちゃんは生まれてくる前からどん底の一生が決まっている。子どもには自分や母親のような目に遭わせたくない。アルファベットの読み書きも満足にできないプレシャスだったが、フリースクールの女性教師レイン(ポーラ・パットン)は熱心に、物事を学び自分で考えていく面白さをプレシャスに教えていく。受験勉強ではない、本当の意味での教育だ。プレシャスに初めて他人をリスペクトする気持ちが芽生える。  また、フリースクールに集まる同年代の少女たちも、それぞれに事情を抱えていた。今まで自分のことしか考えなかったプレシャスの黒目に光が灯り、少しずつだが視界が広がっていく。自分ひとりでも重そうなプレシャスだが、生まれてくる赤ちゃんの重量が加わり、クモの糸をたぐる腕に不思議と力が入る。どれだけクモの糸を上がっただろうか。気が付けば、今までの自分はひどく狭い場所にいたことが分かってきた。  プレシャス役に抜擢されたのは、まったくの演技未経験のガボレイ・シディベ、撮影時24歳。本作での体当たりの熱演が評判となり、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、人気女優サンドラ・ブロックや演技派メリル・ストリープ、ヘレン・ミレン、若手の期待株キャリー・マリガンらと堂々と肩を並べた。鬼母役を演じたモニークは、米国では大柄な女性のビューティコンテスト番組のホストを務めているコメディエンヌとして人気者だ。最悪な境遇から抜け出せない苛立ちを娘にぶつけることしかできない難役を演じ、アカデミー賞助演女優賞に輝いた。女教師ミズ・レインを演じたポーラ・パットンも好演している。若くて聡明な美人教師レインだが、実はレズビアンという設定であり、原作者サファイアの分身でもある。マイノリティーとして生きていく彼女は、十字架を背負う者の眼差しの強さを感じさせる。
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市役所に勤めるソーシャルワーカー役のマライア・
キャリー。これが"世界の歌姫"のすっぴん顔。
 キャスト陣で、もうひとつ話題がある。実際にハーレムで代替学校の教師を経験した詩人サファイアの原作小説に共鳴した人気アーティストのレニー・クラヴィッツが看護士役、マライア・キャリーがソーシャルワーカー役で出演している。人気スターにありがちな1シーンだけのカメオ出演ではなく、出口を見出せずにさまよい続ける現代の"プレシャス"たちに寄り添い、祝福するべく真摯な演技を見せている。とりわけ、マライア・キャリーはノーメイクで出演し、すっぴんの素顔をさらしている。マイノリティー出身ながら、スターの座を手に入れた両者にとっても、クモの糸を這い上がるプレシャスの生き方は他人事ではなかったのだろう。  クモの糸をよじ上っても、その先で待っているのは夢で見たお花畑が咲き乱れるような天国とは限らない。さらにレベルの上がった新しい地獄かもしれないのだ。でも、そこが天国だろうが地獄だろうが、プレシャスには関係ない。そこはプレシャスが自分の手でつかみ取った新しい世界。生まれてきた赤ちゃんと共に生きるための聖地なのだ。たった一度だけ巡ってきたチャンスを見事にものにしたプレシャス。その名前の通り、彼女は輝き始めた。 (文=長野辰次) precious03.jpg ●『プレシャス』 原作/サファイア 監督・脚本/リー・ダニエルズ 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ 配給/ファントム・フィルム 4月24日より日比谷・TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネマライズほか全国公開中 http://www.precious-movie.net/
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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

乱れ咲く”悪の華”ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』

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思わず胸元に目が行ってしまう『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』
のゼブラクイーン(仲里依紗)。『妖怪大戦争』の高橋真唯、
『神様のパズル』の谷村美月、『ヤッターマン』の深田恭子に続く、
セクシーヒロインだ。三池崇史監督、ありがとう!
(c)2010「ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲」製作委員会
 ズンドコズンドコ、顔を黒塗りした仲里依紗が腰を振り振り、踊り狂う。『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』のいちばんの見どころは、何といっても仲里依紗扮するゼブラクイーンが歌い踊る「ゼブラクイーンのテーマ」のPVシーンだろう。近未来の東京は新知事(ガダルカナル・タカ)によって"ゼブラシティ"と改名され、知事の娘・ゼブラクイーンが絶大な人気を誇っている。都民たちはカリスマアイドル・ゼブラクイーンの過激な言動に痺れっぱなしだ。三池崇史監督が創り出したゼブラシティは、ある意味、すごく平和な社会だ。リーダーシップの強い人間によって治められ、一般市民は何も考えなくていい。しかも、毎日朝と晩に"ゼブラタイム"が導入され、その5分間、ゼブラシティはルール無用の無法地帯となる。毎日、だんじり祭、御柱祭級の興奮が味わえるのだ。ゼブラシティは本能にいちばん忠実なヤツがいちばんエラい。ゼブラクイーンと一緒に踊れば、ズンドコズンドコ、不思議な陶酔感が体にみなぎる。  前作『ゼブラーマン』(04)は哀川翔の主演作100本記念として、盟友・三池崇史監督、脚本に売れっ子・宮藤官九郎が起用されたメモリアルイベントとしての作品だったが、6年のブランクを経て製作された本作は、前作との関連性はかなり希薄。15年もの長い眠りから目覚めたダメ教師・新市(哀川翔)は自分がゼブラーマンだったという記憶を失い、奥さん(鈴木京香)もとっくに消えてしまった。続編というよりは三池監督の独自テイストが前面に押し出された、奇妙に捻れ曲がったワンダーランドとなっている。  三池監督が創り出したダークな色彩のユートピア"ゼブラシティ"。『妖怪大戦争』(05)の高橋真唯、『神様のパズル』(08)の谷村美月、『ヤッターマン』(09)の深田恭子に続く、歪んだ楽園の新しい女王さまに抜擢されたのがアニメ&最新実写版『時をかける少女』のヒロイン・仲里依紗だ。『時かけ』公開の際の彼女に、ゼブラクイーン役についても聞いてみた。 「最初に謝っておきます、スミマセン! 『時をかける少女』を観てファンになってくれた人は『ゼブラーマン──』の私を観て、ショックを受けるかも。『ゼブラクイーンは私です』って言わないと分かんないですよね。自分でも分からないぐらいですから(苦笑)。『時かけ』のときもそうでしたけど、『ゼブラーマン──』もゼブラクイーンのキャラクターが私に憑依して、現場のことはあまり覚えてないんです......」
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真っ白なゼブラーマン(哀川翔)と腹の底
まで真っ黒なゼブラクイーン(仲里依紗)が
激突! 2人がそろって、初めてシマシマに
なることにお互い気づいていない。
 劇中と違って、普段は腰の低い仲里依紗。仲里依紗ファンこそ、『時かけ』の清純ヒロインから、『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』での"悪の華"への妖艶な変身ぶりを堪能してほしい。仲には自分は"アイドル"ではなく、"女優"であるという認識と覚悟がある。20歳ながら、確固たる職業意識を持っているアッパレな九州女だ。仲は、ある意味で素っ裸だ。一度身にまとったキャラクターのイメージを簡単に脱ぎ去って、新しい作品へと丸裸の状態で飛び込んでいく。役によって、監督によって、善にも悪にも染まってみせる。ひとつのイメージに固執しない柔軟さ、思いっきりの良さが、彼女の魅力だろう。  それにしても、三池監督作品には"三池印"とでも呼ぶべき、グニョグニョとした原生動物のような奇妙なクリーチャーがやたらと登場する。『妖怪大戦争』では吉凶を予言する半人半牛の妖怪"くだん"が冒頭で生まれ、『極道恐怖大劇場 牛頭』(03)では吉野公佳の股間から未知なる生命体が現れる。『インプリント ぼっけぇ、きょうてえ』(04)の工藤夕貴は頭の中にキュートなモンスターを潜ませ、『ヤッターマン』の阿部サダヲは"泥棒の神様"ドクロベエのパカッと開いた頭の中から胎児のように這い出てきた。『神様のパズル』の谷村美月は新しい宇宙、新しい生命を誕生させようと壮大な実験に挑んだ。そして今回の『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』でもゼブラーマンは巨大な遠心分離機に掛けられ、ゼブラーマンから奇妙な生命体が分離発生する。このグニョグニョした生命体の正体は一体何だろうか?   90年代にVシネを中心に、さまざまなジャンルの作品を職業監督として全力疾走状態で撮り続けた三池監督は、『オーディション』(00)、『殺し屋1』(01)のバイオレンス作品で作家性を高めた。Vシネながらカンヌ映画祭に出品された『牛頭』や"マスター・オブ・ホラー"として米国の有料テレビからの要請を受けて撮った『インプリント』あたりで、その表現スタイルはピークに達したといえるだろう。さらに『クローズZERO』(07)、『ヤッターマン』の大ヒットで、メジャー映画でも興行結果を残せるヒットメーカーとなっていく。  Vシネ界で暴れ回る鬼才から、メジャーシーンへと浮上していった三池監督。作品スタイルにどのような違いが生じたかというと、Vシネ時代の作品が地下室で開かれる秘密のパーティーのような妖しさが漂っていたのに対し、予算が増えたメジャー作品は多くのキャストやスタッフを巻き込んだ"ケンカ祭り""闇祭り"へとスケールアップしていったように思う。そして、その"三池祭り"のご神体となっているのが、例のグニョグニョした生命体、神なのか悪魔なのか分別できない未分化のクリーチャーなのである。  この"三池祭り"は映画館で入場料を払いさえすれば、誰でも参加できる。映画館の照明が消え、いよいよ闇祭りが始まる。祭りには善も悪もない。ただ、日頃溜め込んだ欲望の塊を気持ちよく吐き出すだけだ。ズンドコズンドコ、仲里依紗が扮するゼブラクイーンが歌い踊る。同じアホなら、踊らにゃソンソン。善か悪か分からない奇妙なご神体のある限り、三池祭りは終わらない。 (文=長野辰次) zebra02.jpg ●『ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲』 脚本/宮藤官九郎 監督/三池崇史 出演/哀川翔、仲里依紗、阿部力、井上正太、田中直樹(ココリコ)、ガダルカナル・タカ、スザンヌ、永野芽郁、中野英雄、水樹奈々、前田健、六平直政、木下ほうか、マメ山田、波岡一喜、生瀬勝久 配給/東映 5月1日(土)より全国ロードショー公開 <http://www.zeb2.jp>
仲 里依紗 × ゼブラクイーン 写真集 た、たまらん......。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

オタク王が見出した”夢と現実”の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』

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『アリス・イン・ワンダーランド』で19歳のアリスを演じるのは、
豪州出身の新人女優ミア・ワシコウスカ。ディズニー映画『プリティ・プリンセス』(01)の
アン・ハサウェイが"白の女王"、ジェニー・デップが"マッドハッター"として登場。
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 ティム・バートン監督の映画を観て、久々に泣いた。彼の新作映画を観て、泣いたのはいつ以来だろう。他人とうまくコミュニケーションできないティム・バートン自身の少年~青年期を投影した『シザーハンズ』(90)、『バットマン・リターンズ』(92)、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(93)、『エド・ウッド』(94)は何度観ても泣ける。才能があり過ぎて周囲だけでなく、自分さえも傷つけてしまうハサミ男、みんなに愛されたいという願いが歪んで爆発するペンギンにジャック、おかしな仲間たちと映画製作にのめり込む史上最低の映画監督......。どれもティム・バートンの切実なる分身だ。オタク道を極めることで自分の世界を確立したティム・バートンはオタク界のスーパースター、マイノリティーの代弁者だった。今やすっかり大監督となられたティム・バートンが、映画人としてのキャリアをスタートさせた古巣・ディズニー映画に帰還して手掛けたのが3D映画『アリス・イン・ワンダーランド』だ。  ロサンゼルス生まれのティム・バートンはエドガー・アラン・ポーの怪奇小説に読み耽り、ゴジラをはじめとするモンスター映画に夢中な少年だった。ミニチュアの街に迷い込んだゴジラに、コドクな自分を重ねていたのだろう。カルフォルニア芸術大学在学時にウォルト・ディズニー・スタジオにアニメーターとして採用されるが、ディズニーアニメらしい可愛い絵柄が描けなくて、短編映画『ヴィンセント』(82)と『フランケンウィニー』(84)を監督して3年ほどで退社している。頭の中で広がるイマジネーションが膨大すぎて、他人に合わせるのが苦手。今回の『アリス・イン・ワンダーランド』もルイス・キャロル原作のファンタジー小説はあくまでもベースにしただけ。不思議の国を舞台に"想像の世界は、退屈な現実世界を凌駕する"というティム・バートン作品ならではのメッセージが前面に押し出された作品となっている。
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マッドハッターの待つ不思議の国にやって来た
アリスだが、16mの巨大女から妖精サイズ
の15cmまで身長が変わりっぱなし。アリス
は自分に相応しいサイズをなかなか見つけること
ができない。
 かつて不思議の国を冒険した6歳の少女アリスは、貴族階級のおぼっちゃんとの婚約を控えた19歳の女性に成長している。金持ちと結婚し、家庭に収まるのがいちばんの幸福だと信じられていた19世紀。想像力豊かなアリスは、結婚して死ぬまでの自分の一生が手に取るようにイメージできてしまい、どうも気が進まない。そんなマリッジブルー状態のアリスの前に、どこか見覚えのある白ウサギが現れる。他の人たちには見えない奇妙なウサギを追い掛けるうちに穴底に落ち込んだアリスは、再び不思議の国を冒険することに。しかし、アリスには不思議の国に来た記憶はなく、さらにアリスがいない間に赤の女王(ヘレナ・ボナム=カーター)の独裁政治によって、不思議の国はすさんだ空気に覆われてしまった。不思議の国は独立した夢の国ではなく、アリスが大人へと成長するに従って歪みが生じてしまう現実と地続きの世界らしい。  物語の序盤、6歳のアリスに父親が語り掛ける言葉が優しい。変な夢ばかり見る自分はおかしくなったんじゃないかと泣きじゃくるアリスに、亡くなった父親はこう語る。「アリス、お前はまともじゃない。でもね、偉大な人はみんな、まともじゃないんだよ」。そうなのだ、図書館の伝記コーナーに並ぶ偉人たちはみんな奇人変人だ。ガリレオ、コロンブス、アインシュタイン、チャップリン、それにイチローもみんな変人だ。世間の常識に囚われない奇人変人のみが、新しい価値を生み出し、新しい世界を切り開けるのだ。  ヘンテコなキャラクターたちが続々と登場する不思議な国の描写は、ティム・バートンの独壇場。わがままな独裁者・赤の女王に対し、いかれ帽子屋マッドハッター(ジョニー・デップ)、ザ・たっちによく似たデブな双子、にやにや笑いのチェシャ猫、青色のイモ虫らがアリスのもとに集まり反旗を翻す。こんな顔ぶれで反乱なんて起こせるのか? 『エド・ウッド』で"史上最低の監督"のもとに、色盲のカメラマン、演技経験ゼロのプロレスラー、世間から忘れられた往年の怪奇俳優といったおかしな連中が集まって映画製作を始めるエピソードを彷彿させるくだりだ。現実の世界では父親が亡くなってからうまく笑うことができなくなっていたアリスだが、不思議な国でおかしな連中たちと再会し、忘れていた自分を取り戻していく。  『ビッグ・フィッシュ』(03)で描かれているようにティム・バートンは親との折り合いが悪く、12歳のときに家を出ておばあちゃんの家で居候生活を送った。ディズニーを辞めたティム・バートンに初めての長編映画『ピーウィーの大冒険』(85)を撮らせた"恩人"ポール・ルーベンスは、映画館での露出癖が災いして表舞台から消えてしまった。『バットマン』(89)シリーズが想像以上の大ヒットとなったため、ニコラス・ケイジ主演による『スーパーマン』という、およそティム・バートンに似合わないヒーロー映画の企画をワーナーから押し付けられたときは、さんざん悩んだ挙げ句に、結局は企画中止に。落ち込んでいたティム・バートンに、「君の得意なヤツをやろう」と手を差し伸べて『スリーピー・ホロウ』(99)を撮らせたのは『シザーハンズ』以来の盟友ジョニー・デップだ。『エド・ウッド』『マーズ・アタック!』(96)の"ミューズ"リサ・マリーとは別れてしまったが、今はケネス・ブラナー監督の『フランケンシュタイン』(94)でフランケンシュタインの花嫁を演じた英国女優ヘレナ・ボナム=カーターと共にロンドンで暮らし、2人の子どもに恵まれた。故郷のロサンゼルスの青い空よりも、ロンドンのどんよりした曇り空のほうが落ち着くらしい。子どもの頃からずっと居心地の悪さを感じ続けていたティム・バートンだが、映画の世界で傷つきながらも冒険を続け、良き友人と新しい家族に出会い、ようやく自分の居場所をつかみ獲った。  アリスはマッドハッターらに励まされ、頭でっかちな独裁者・赤の女王に立ち向かう。赤の女王は多分、ティム・バートンに無理難題を押し付ける威張りんぼうの映画会社の重役たちのメタファーだろう。6歳の頃と違って、19歳に成長したアリスは赤の女王やモンスターとの戦いを迫られるが、これはティム・バートンによる"夢の世界はただの逃避場所でなくて、体を張って守り抜かなくてはならない神聖なる空間である"という意志表示。『アリス・イン・ワンダーランド』はティム・バートンが2人の子どもに夜伽話として伝える自分自身の体験談なのだ。  現実世界に戻ったアリスの行動が泣かせる。想像することをやめて退屈な大人社会の一員になるという道でも、自分の殻に篭って空想の世界で生きるという道でもない、第三の道をアリスは選択する。「大人の世界にこそ、想像力が不可欠なんだよ」というティム・バートンからの力強いメッセージが感じられるエンディングだ。ティム・バートンは空想世界と現実世界との折り合いの付け方を見出した。彼こそ、偉大なる変人である。 (文=長野辰次) alice03.jpg『アリス・イン・ワンダーランド』 19歳のアリスは、"うさぎ穴"からワンダーランドに迷いこんでしまう。残忍な"赤の女王"が支配するその世界で、アリスは 伝説の"救世主"であると預言されており、運命を賭けた戦いに巻き込まれていく......。 原作/ルイス・キャロル 監督/ティム・バートン 出演/ジョニー・デップ、アン・ハサウェィ、ヘレナ・ボナム=カーター、クスピン・グローヴァー、マット・ルーカス、ミア・ワシコウスカ 配給/ウォルト・ディズニー 4月17日より全国ロードショー中 ディズニーデジタル3D&IMAX3D同時公開
シザーハンズ (特別編) 名タッグここに生まれる。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学