村上春樹の超絶ベストセラーの映画化『ノルウェイの森』はどこにある?

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松山ケンイチ、菊地凛子主演『ノルウェイの森』。
大学生のワタナベは自殺した親友の恋人・直子と再会し、交際を始める。
(c)2010「ノルウェイの森」村上春樹/アスミック・エース、フジテレビジョン
 1987年に刊行され、累計1,000万部を突破した村上春樹の世界的ベストセラー小説『ノルウェイの森』が、23年の時間を経て映画化された。主人公のワタナベに松山ケンイチ、直子に菊地凛子、緑に新人の水原希子、自殺した親友キズキに高良健吾というキャスティングだ。処女作『風の歌を聴け』が81年に大森一樹監督、小林薫主演で映画化されて以降、村上春樹の長編小説は映像化されることはなかったが、フランス在住のトラン・アン・ユン監督が原作にほぼ忠実に映画化することで完成に漕ぎ着けた。『空気人形』(09)の撮影監督マーク・リー・ピンビンのカメラワークが本作でも冴え、'60年代の東京、そしてワタナベと直子が再会する山奥の療養所のシーンを美しく撮り上げている。  1969年。高校で唯一の親友だったキズキを亡くしたワタナベ(松山ケンイチ)は、大学進学をきっかけに知り合いのいない東京で寮生活を始める。大学では学生運動が盛り上がっていたが、ワタナベは人との関わり合いを避けるように過ごしていた。そんな折、キズキの恋人だった直子(菊地凛子)と再会。心に空いた穴をお互いに埋め合うかのように2人は付き合い始める。直子の20歳の誕生日、ワナタベは直子の部屋でひと晩を過ごすことに。だが、その日以来、直子はワタナベの前から姿を消す。山奥の療養所に直子がいることを知ったワタナベは、彼女宛ての手紙を書き連ねる。直子のことを想う一方、ワタナベは大学の同級生・緑(水原希子)の明るさにも魅了され始めていた。  "喪失感"がテーマとされる村上作品だが、トラン監督も同じく喪失感を抱える映像作家。1962年にホーチミン市近郊の町で生まれたトラン監督はベトナム戦争の戦火から逃れるため、75年にフランスに亡命している。いわば、故郷の喪失者だ。『青いパパイヤの香り』(93)、『夏至』(00)と失われた故郷の思い出を度々モチーフにしている。バイオレンスに突き動かされる現代人の狂気を都市奇譚を交えて美しい映像の中で描いた『アイ・カム・ウィズ・レイン』(08)などは、近年の村上作品と符丁の合う作品だろう。
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直子とは対照的に生命力に溢れた緑。モデル
出身の水原希子がフレッシュな魅力を放っている。
 ベストセラー小説の映像化は、原作ファンの思い入れが強い分どうしても好き嫌いが分かれるが、少なくとも日本人監督ではなく、トラン監督を起用したことで、日本映画特有のウエットさを抑えることに成功している。『ノルウェイの森』が描く世界は美しくはあるが、懐かしく甘くノスタルジックな世界ではないのだ。また、日本の芸能界のことはまったく知らないトラン監督のために、ほぼ全キャストにわたってオーディションが行なわれたことも、本作のプラスポイントに挙げたい。主演の松山ケンイチもすんなり決まったわけではない。松山のオーディション用ビデオを見て最初は難色を示していたトラン監督だが、面談を通して松山の純朴さを感じ、ワタナベ役に選んでいる。原作の大ファンだった菊地凛子の場合は菊地からオーディションに名乗りを挙げ、ビデオ段階で完全な役づくりを行ない念願の直子役をもぎ取った。  ワタナベの同級生・緑役の水原希子も、オーディションの恩恵を受けたひとり。ファッション誌の人気モデルとして活躍する水原だが、演技はまったくの未経験。松山と菊地のパートなど、すでに撮影が始まっていたにも関わらず、緑役のオーディションは難航を極めていた。そんなとき、女性誌のグラビアで微笑む水原の写真をトラン監督が気に入り、急遽面談に。初めて会うトラン監督に対し「ハ~イ!」と挨拶するなど、物怖じしない性格で緑役をゲットしたラッキーガールだ。  「キネマ旬報」(12月下旬号)で水原希子をインタビューしたが、明るい緑と同様に水原自身も人見知りしない陽気な女の子だ。スクリーンの中で終始笑顔を振りまいている水原だが、実は彼女は複雑なアイデンティティーの持ち主。米国テキサス生まれで神戸育ちの彼女は12歳から雑誌「Seventeen」(集英社)などのモデルを務めてきたが、小学5年生のときに米国人の父親と韓国人の母親が離婚しており、水原は自分の居場所はどこなのかとかなり悩んだ時期があるという。ナイーブな問題を抱えながらも、積極的に仕事に打ち込むことで自分の居場所を切り開いていった水原を、トラン監督は「希子は緑に似ているよ」と抜擢に至った。  それにしても、タイトルとなっている"ノルウェイの森"とはどこにあるのだろうか。北欧のノルウェイに行っても、正しい意味での"ノルウェイの森"は存在しない。なぜなら、元々ビートルズが歌った「ノルウェーの森」の日本語訳が誤訳だからだ。原題の「Norwegian Wood」は、直訳すると"ノルウェイ産の木材"。ノルウェイ家具に囲まれた部屋に住むガールフレンドとの逢瀬をジョン・レノンが歌ったもの。ジョン・レノンの意味深な歌詞とジョージ・ハリソンがシタールを幻想的にかき鳴らしていることから、日本では「ノルウェーの木材」「ノルウェーの家具」と直されることなく、誤訳(意訳)である「ノルウェーの森」として一般化していった。だから、"ノルウェイの森"は世界中どこを探しても実在しない。村上春樹流にいえば、"ノルウェイの森"とは形而上学的存在なのだ。  そんな形而上学の"不思議な森"に、実に多くの人が迷い込む。学校や職場の人間関係につまずいた者、恋愛や結婚生活の破綻がきっかけで道から転げ落ちた者、家族との折り合いが悪くて家にいられなくなった者......。街から遠く離れた、深くて暗い森の中に知らず知らずに迷い込む。人間社会で傷つきながら生きていくより、この森の中で静かに暮らすほうがいいと森から出てこない若者たちが大勢いる。森から何とか脱出した者も、森に入る前と出た後では確実に変わってしまう。森を出る際に、大切な何かを失ってしまうのだ。  『ノルウェイの森』でも主人公ワタナベの周囲にいる人たちは、次々と森の中へ消えていく。大切な直子だけでも守ろうとワタナベは懸命に直子を森の外へと連れ出そうとするが、かえってワタナベは自分の無力さを思い知らされる。仲間たちは美しい姿のまま、森の中へと消えていった。それでもワタナベは生きていかなくてはいけない。希望もない、明るい未来をイメージすることもできない。それでもワタナベは森の外で生きていく。胸の奥に失った何かを抱えながら。  23年前には理解できなかった原作小説のラストが、今なら少しは分かる気がする。 (文=長野辰次) 『ノルウェイの森』 原作/村上春樹 脚本・監督/トラン・アン・ユン 撮影/マーク・リー・ピンビン 音楽/ジョニー・グリーンウッド 出演/松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、玉山鉄二 PG12 配給/東宝 12月11日(土)より日本公開 <http://www.norway-mori.com> 
ノルウェイの森 上 好き嫌いが分かれますが。 amazon_associate_logo.jpg
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実在した"奇妙な高額バイト"の顛末 心理サスペンス『エクスペリメント』

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1971年にスタンフォード大学で行なわれた心理実験を映画化した『エクスペリメント』。
エイドリアン・ブロディとフォレスト・ウィテカー、2大演技派男優が競演。
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 与えられた役割や肩書きは、人間を変えてしまうのか。その答えを日本人は知っている。片岡義男原作『彼のオートバイ、彼女の島』(86)でのデビュー時は爽やかな二枚目俳優だった竹内力だが、Vシネ界の2大ロングセラー『難波金融伝・ミナミの帝王』(92~07)、『JINGI 仁義』(94~)シリーズへの主演を重ね、裏社会の似合う貫禄たっぷりの怪優へと変貌を遂げた。与えられた役と彼自身の資質が融合し、それまでの体型や身にまとう雰囲気まで変えていった。"Vシネの帝王"の称号を冠する竹内力は、もはやノーマルな役を演じることはない。与えられた役が役を演じる人間を変えてしまった顕著なケースだろう。  1971年の米国では、実際にこの種のテーマを扱った臨床実験が行なわれた。心理学者フィリップ・ジンバルドー博士は"特殊な肩書きや地位を与えらえた人間は、本来の人格に関わりなく役割に合わせて変わっていく"ことを証明しようとした。心理学史上に悪名を残す「スタンフォード監獄実験」である。新聞広告などで集めた健常者21人を看守役、囚人役に分け、模擬刑務所で14日間を過ごすというもの。看守役が囚人役に暴力を振るうことは禁止されていたが、看守役は誰から指示を受けるでもなく自分たちで考えた罰則を囚人役に与え始めるなど、役割による人格変容が急激に進行。精神錯乱に陥る脱落者も現われ、実験はわずか6日間で中止。被験者の中には後遺症を残す者もおり、ジンバルドー博士はバッシングを浴びた。実際に行なわれたこの心理実験を映画化したのがドイツ映画『es[エス]』(01)であり、『エクスペリメント』はそのハリウッドリメイクとなる。
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1日1000ドルが支給されることから被験者
たちは囚人役と看守役を演じることに素直に従う。
囚人役は名前ではなく番号で呼ばれる。
 介護施設で働いているトラヴィス(エイドリアン・ブロディ)は、暴力を嫌う平和主義者。反戦デモで知り合った恋人ベイ(マギー・グレイス)からインド旅行に誘われるが、介護施設をクビになったばかりのトラヴィスはお金がない。そんなとき、目に入ったのが一件の求人広告。14日間の心理実験に参加すれば、日給1,000ドルがもらえるという高額バイトだ。「極めて安全な場所で行なわれ、危険はなし。ただし人権を侵害する可能性がある」という説明を受けて安心したトラヴィスの他、スーツ姿で参加した知的で温厚そうな紳士・バリス(フォレスト・ウティカー)ら24人の男性が選ばれる。実験とは24人を看守側と囚人側に分け、模擬刑務所で24時間をそれぞれの役割で過ごすというもの。監視カメラが実験の様子をチェックしており、暴力行為が行なわれれば赤いランプが点滅し、実験は即刻中止となる。  初日こそは被験者同士でふざけ合っていたが、14日間の高額バイトを勤め終えるため、看守側と囚人側に見えない境界線がたちまちでき上がっていく。2日目にトラヴィスが「食事がまずい」と文句を付けたところ、看守側はトラヴィスを実験を妨げる危険分子と見なすように。トラヴィス迫害の先頭に立ったのは、看守側のリーダー格となったバリス。囚人側を服従させるため、中心人物であるトラヴィスのプライドをずたずたにすることを発案する。そして実験中止の赤いランプが点滅しないことから、バリスたちの行動はますますエスカレート。実験を続行させる、という大義名分のため、看守側はついに一線を越えてしまう。  オリジナル版『es』は日本人になじみの少ないドイツ人キャストだったため、セミドキュメンタリーを見ているような緊迫感があった。ハリウッドリメイクである本作は、大ヒットドラマ『プリズン・ブレイク』で監獄ものをお手のものとしているポール・シェアリングが脚本・監督。主演はエイドリアン・ブロディとフォレスト・ウティカー。『戦場のピアニスト』(02)でナチスに迫害されるユダヤ系ポーランド人を熱演したブロディが長髪の平和主義者、『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)でウガンダの"食人大統領"アミンを怪演したフォレスト・ウティカーが自分の内なる暴力性に目覚めていく看守役、という分かりやすい配役となっている。模擬刑務所内でふたりが衝突する場面はアドリブが多用され、2大オスカー男優の演技力に負うところが大きかったようだ。日常生活で溜め込んだ不満が実験がきっかけで爆発してしまうバリス、自分の中の暴力性を理性で必死に押し止めようとするトラヴィス。人間の心の中の理性と狂気のせめぎ合いをふたりが対照的に演じているところが本作の見どころ。
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囚人役側の中心人物であるトラヴィス(エリドリアン・
ブロディ)は、実験を妨げる妨害要因として看守側から
敵視されていく。
 もうひとつ、『es』と大きく違っているのが、模擬刑務所に配された赤いランプの存在。『es』では研究者が監視カメラで常に被験者たちの行動をチェックしている姿が映し出されていたが、本作の研究者は実験を始める前の説明時に現われただけ。その後は姿を見せず、後はただ赤いランプが冷たく光っているのみ。バリスたちは赤いランプが点滅しないことから、自分たちの威圧行為は許容範囲内と正当化し、本当に自分たちが権力を持ったかのように振る舞い始める。一方のトラヴィスたちは看守側の異常さを監視カメラに向かって訴えるが、赤いランプは黙ったまま。いわば、この赤いランプは人間社会に審判を下す"神さま"の代用品だ。自分たちの行動に過ちがあれば"神さま"が止めてくれるはずと看守側は解釈し、囚人側はなぜ"神さま"は無力な自分たちを救済しようとしないのかと"神さま"の無慈悲をなじる。本当に赤いランプは機能しているのか、赤いランプが点滅することはあるのか? 赤いランプが静かに見つめる模擬刑務所の中で、被験者たちのそれぞれの混乱は深まっていく。  同じく実在した心理実験を題材にしたのが、ドイツ映画『THE WAVE ウェイヴ』(08)。こちらは1969年に米国カリフォルニア州の高校で行なわれた実習内容がベースとなっている。"ファシズム"についての授業中に、生徒から「どうして当時のドイツ人はファシズムを受け入れたのか」「反対する人はいなかったのか」という疑問が投げ掛けられた。なら、1週間限定でファシズムがどういうものかクラス内で体験授業をやってみようということになる。まず教師を指導者として敬称で呼び、発言する際は背筋を延ばした姿勢で起立し、短い言葉で明確に話すなどの規律が設けられる。効果はてきめんで、それまでのダラリとした教室のムードが改まり、生徒たちはクラスにやる気と団結力が生まれていく過程に恍惚感を覚えていく。やがて生徒たちは制服や旗印の導入など新しい規律を自発的に考え出し、制服に反対する少数派の生徒を弾圧するようになっていく。『es』『エクスペリメント』と同様に、社会で暮らす人間がいかに環境やルールによって内面まで左右されてしまうかに言及した注目作なのだ。  古典的ホラー映画『フランケンシュタイン』(1910)の時代から、映画と実験は結びつきの深い関係にある。それは映画製作そのものが、俳優たちにそれぞれ役名という名の仮面を与えた上で、協調、調和、競争、対立、嫉妬、疑似恋愛......といった化学反応を人為的に引き起こしている実験ショーだからだろう。『インシテミル』のように化学反応が起きないまま終わってしまう作品や『恐怖』のように実験の成果が観客にうまく伝わらない作品のほうが多いわけだが、共演がきっかけで恋愛、結婚にまで発展したケースなどは実験の副産物のひとつではないだろうか。今年の日本映画を振り返ってみると、実験に果敢に挑んで見事に成果を収めた作品は、中島哲也監督の『告白』、若松孝二監督の『キャタピラー』、石井裕也監督の『川の底からこんにちは』、小野さやか監督のドキュメンタリー映画『アヒルの子』、年明けの公開となるが園子温監督の『冷たい熱帯魚』など、かなり数が限られるはずだ。  俳優たちが高額の報酬を手にしているのは、本来は彼らがリスクを負う実験の被験者だからなのかもしれない。 (文=長野辰次) experiment04.jpg 『エクスペリメント』 監督・脚本/ポール・シュアリング 出演/エイドリアン・ブロディ、フォレスト・ウティカー、キャム・ギガンデット、クリフトン・コリンズ・Jr.、マギー・グレイス 配給/日活 +R15 12月4日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー <http://www.experimentmovie.com>
es[エス] 人間なんてこんなもの。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第94回]"アル中"カメラマンの泣き笑い人生『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』 [第93回]朝ドラと異なる映画『ゲゲゲの女房』ゴールなき"貧乏耐久"2人3脚走 [第92回]バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』 [第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

"アル中"カメラマンの泣き笑い人生『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

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鴨志田穣氏の体験エッセイを浅野忠信、永作博美のキャストで
映画化した『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』。
(c)2010シグロ/バップ/ビターズ・エンド
 監督の力量と俳優陣のアンサンブルが、原作の魅力をグイグイと引き出した秀作だ。アルコール依存症で精神病院の閉鎖病棟に入院した鴨志田穣氏による同名エッセイを映画化した『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』がたまらなく面白くて哀しい。説明するまでもなく、鴨志田氏は漫画家・西原理恵子氏のコミックに元夫"鴨ちゃん"として度々登場してきたフリージャーナリスト。戦場カメラマンとしてタイ、カンボジア、ミャンマー、ボスニア、ザイールなどの危険地帯を巡り、カメラを回してきた。1995年にバンコクで出会った西原氏と翌年入籍して一男一女をもうけるが、アルコールへの依存が増していき、西原氏とは2003年に離婚。その後、入退院を繰り返すも、アルコール依存症を克服し、06年に西原氏と復縁。腎臓がんを患い、07年に西原氏や子どもたちに看取られて、42歳の生涯を閉じている。  断酒中に寿司屋で出された奈良漬けをひと切れ食べたばっかりに再飲酒を始めてしまい病院に運び込まれた経緯や、アルコール病棟で出会ったユニークすぎる患者仲間や医者たちと過ごした日々を、鴨志田氏は明るく平易で澄み切った文章で描いている。そのペンの走り方には、担当医から「あの世ゆきにリーチがかかってるよ」と宣告された病人とは思えない生命力が満ちている。病院の食堂で毎週火曜日に出されるカレーライスに異常なまでに執着を見せ、若くてかわいい看護師の名前はすかさずフルネームでチェック。その一方、育ち盛りで目に入れても痛くない2人の子どもたちともう一度生活するために懸命にリハビリに取り組む。不幸と幸福が絶妙にブレンドされた、独特の深みのあるエッセイなのだ。中島らもの小説『今夜、すべてのバーで』(講談社)と肩を並べる名著と言っていい。
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父親が酒乱だったこと、戦地でロシアンルー
レットに興じる兵士を目撃したことなど複合的
要因から、カメラマン塚原のアルコール依存症が
悪化していく。
 人生の哀歓をブルージーに煮詰めた原作エッセイを、映画化したのはベテランの東陽一監督。被差別部落を舞台にした『橋のない川』(96)、石原さとみ&浅野忠信出演作『わたしのグランパ』(03)など硬軟織り交ぜた作品を撮り続けてきた東監督が、本作でも76歳と思えない瑞々しい演出を見せている。アルコール依存症患者が離脱症状として見る幻覚というと、小人の大名行列が部屋の隅から現われ......というイメージが一般的に知られているが、東監督はそういった既成のビジュアルイメージやCG表現などに頼らず、依存症患者が現実と妄想の境界線を見失っていく様を実に巧みに描いてみせる。主人公の塚原を演じた浅野忠信の内側から、黒い浅野忠信が出てきて暴言・暴力を振るうシーンは秀逸だ。大手映画会社に所属することなく、インディペンデントシーンを渡り歩いてきた東監督は、今年8月には2本合わせてわずか5日間で撮り終えたエロティック・バリアフリー・ムービー(略称:エロバリ)『ナース夏子の熱い夏』『私の調教日記』が公開されたばかり。こちらは障害者と健常者が一緒にピンク映画を楽しもうという意欲作だ。東監督は年齢を重ねても枯れることなく、映像の中で"生"を鮮やかに描いてみせる。
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退院を控えた塚原は患者仲間の前で、依存症に
なった経緯から克服するまでの体験発表すること
に。精神病院内の人間模様がリアルだ。
 キャスティングも巧妙だ。『地雷を踏んだらサヨウナラ』(99)で戦場カメラマン・一ノ瀬泰造の生涯を演じた浅野忠信だけに、本作では戦場での回想シーンを挿入せずとも戦場カメラマンとしての既視感が漂う。西原理恵子氏がモデルとなっている元妻の園田由紀役の永作博美は『その日のまえに』(08)で家族に看取られる主婦を演じたが、今回は逆に看取る側となっている。一度は離縁した夫が家族のためにアルコール病棟で弱い自分自身と闘う姿を、近すぎず遠すぎない距離を保って見守り続ける。クライマックス、依存症を克服して退院を果たした塚原が子どもたちと手をつないで歩く様子を、やはり少し離れた距離から彼女は見つめる。左目で目の前にある幸福を噛み締め、右目にはやがて訪れるだろう別れの日を予感した哀しみの色が浮かんでいる。永作博美が見せるガチャ目チックなラストの表情が映画の余韻をより深いものにしている。  父親の帰還を待っている家族のためにリハビリに努める依存症患者の主観で描いたのが『酔いがさめたら、うちへ帰ろう。』なら、放蕩を繰り返す父親を家で待つ妻と子どもの立場から捉えたのが西原理恵子氏のベストセラーコミック『毎日かあさん』(毎日新聞社)だ。コミック版の『毎日かあさん』は"とうさん"との別居、闘病、復縁、そして永遠の別れ、さらには残された家族が立ち直っていく様子が綴られている。一方、テレビ東京系でオンエア中のアニメ版『毎日かあさん』では、気のいい家族想いの"とうさん"が今も元気に酔っぱらいながら登場する。現実世界では退院後はわずかな時間しか家族と過ごせなかった鴨志田氏だが、アニメーションの世界では今も子どもたちと楽しそうに暮らしている。アニメ版『毎日かあさん』は、『サザエさん』(フジテレビ系)のように時間が止まったユートピアと化している。それはまるで、西原家の最も幸福な記憶の1ページが永遠に増殖しているかのようだ。 (文=長野辰次) yoisame04.jpg 『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』 原作/鴨志田穣 監督・脚本/東陽一 主題歌/忌野清志郎 出演/浅野忠信、永作博美、市川実日子、利重剛、藤岡洋介、森くれあ、高田聖子、柊瑠美、甲本雅裕、渡辺真紀子、堀部圭亮、西尾まり、大久保鷹、滝藤賢一、志賀廣太郎、北見敏之、螢雪次朗、光石研、香山美子 配給/ビターズ・エンド、シグロ  12月4日(土)よりシネスイッチ銀座、テアトル新宿ほか全国公開 <http://www.yoisame.jp>
酔いがさめたら、うちに帰ろう。 2010年はゲゲゲとサイバラブームだったようです。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第93回]朝ドラと異なる映画『ゲゲゲの女房』ゴールなき"貧乏耐久"2人3脚走 [第92回]バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』 [第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

朝ドラと異なる映画『ゲゲゲの女房』ゴールなき"貧乏耐久"2人3脚走

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布枝(吹石一恵)としげる(宮藤官九郎)はお互いのことを何も知らないまま、見合いから5日後に結婚する。売れっ子になる前の水木しげるは痩せていたことから、細身のクドカンが配役された。(c)2010水木プロダクション/『ゲゲゲの女房』製作委員会
 松下奈緒&向井理が主演した朝ドラ版『ゲゲゲの女房』(NHK)のような爽やかな感動のリフレインを求めて、吹石一恵&宮藤官九郎主演の映画版『ゲゲゲの女房』を見ると、ずぶずぶずぶりとドロ沼に足を踏み入れたような感覚を覚えるに違いない。朝ドラ版で描かれた片腕の漫画家のビンボー生活は、『ゲゲゲの鬼太郎』がテレビアニメ化され大ヒット、国民的人気漫画家として成功するという幸福なゴールが予め見えているドラマだから朝から楽しむことができた。ノスタルジーとしての甘美なビンボーだった。それに対して映画版の漫画家夫婦は、自分たちが将来的には報われることを知らず、ビンボーに耐え、ビンボーと格闘し、そしてビンボーを友達とし、ビンボーのままエンディングを迎える。映画版の主演俳優コンビが朝ドラ版よりも細かい演技が達者なだけに、よりリアルなビンボー生活が観客の前に横たわる。  1961年、布枝(吹石一恵)と貸本漫画家のしげる(宮藤官九郎)はお見合いで結婚した。東京の郊外にあるしげるの自宅兼アトリエで暮らし始めるまで、ろくに会話も交わさなかった。恋愛感情はとくにない。女の幸せは結婚して、嫁いでいくことだと当時は一般的に思われていたから、布枝は従っただけだ。戦争で左腕を失ったしげるには軍人恩給が支給されているはずだったが、その恩給はしげるの実家が全額受け取っていた。結婚前に聞かされた話と違って、夫婦の生活は汲々としている。新妻らしくご飯を用意しようにもお米がなく、道に生えている野草を摘んできたり、黒ずんで店で売れなくなったバナナを安く分けてもらい腹を満たす日々が続く。貸本漫画は斜陽産業で、しげるが根を詰めて描いた漫画を出版社に届けても「もっと売れる漫画をくれよ」と約束の原稿料の半分しか払ってもらえない。新宿中村屋のチキンカリーは贅沢すぎて手が届かない。これが世間でいう"女の幸せ"なのだろうか、布枝は不思議に思う。
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布枝は主婦兼アシスタントとして夫・しげるの仕事
を支えることに。2人3脚ならぬ、2人3本の腕
で漫画を仕上げていく。
 翌日に締め切りが迫ったしげるの漫画の手伝いを、布枝は頼まれる。漫画なんて一度も描いたことはないが、アシスタントも雇えない2人きりの暮らしだから手伝わざるを得ない。寒い夜、しげるの背中を見ながら、布枝はベタ塗りや背景を慣れない手つきで懸命に手伝う。現実の生活が苦しければ苦しいほど、二次元の世界のキャラクターたちは逆に生き生きとしてくる。漫画のことは全然知らない布枝でも、しげるの描く漫画は生きていることがハッキリと分かった。しげるの漫画を見ていると、まるで鏡の世界を覗き込んだような気分になる。異形の生き物である妖怪たちは、お金や名声とは無縁の着の身着のままの生活をしており、どこか人間臭く、ユーモラスでもある。しげると布枝の合作として命を吹き込まれた鬼太郎は、夜更けに漫画のコマの中から飛び出し、ダンスを踊り始める。恋愛感情のないまま結婚したしげると布枝だったが、少しずつ2人の心の距離が縮まっていく。  "漫画の神様"手塚治虫が明るい未来社会を予測したSF漫画でメジャー路線を走り続けたのに対して、妖怪や戦争を題材にした水木しげるは長らく貸本漫画をベースにアンダーグランド路線を歩み続けた。手塚治虫と水木しげるの関係は漫画界の"光と影"によく例えられる。でも"光と影"といった表現は傍観者たちが後から勝手に付けたもので、水木しげる本人は日々食べるのに懸命なだけ。ただ、食べるため、生きていくためにガムシャラに漫画を描き続けた。そしてアンダーグランド路線をひたすら歩み続けることで、気がつけば追随する者がいないその道の第一人者となっていた。手塚治虫が『W3』事件で週刊マガジンから週刊サンデーに移ったのをきっかけに、水木しげるの代表作『墓場鬼太郎』は『墓場の鬼太郎』、さらに『ゲゲゲの鬼太郎』と改題され、週刊マガジンで連載開始。ついにメジャーシーンで自分の椅子を得ることになる。手塚治虫が亡くなった現在ではメジャーシーンとアンダーグランドを線引きする境界線もなくなってしまい、88歳の水木しげるは漫画界の大巨人として崇められている。
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アニメーションパートでは「霧の中のジョニー」
の1シーンを再現。洗練されていない貸本漫画時代
の鬼太郎が動き出す。(c)水木プロ
 映画版『ゲゲゲの女房』を撮ったのは、鈴木卓爾監督。この人も"光と影"に縁のある人物だ。矢口史靖監督の傑作ブラックコメディ『裸足のピクニック』(93)と『ひみつの花園』(97)に共同脚本として参加。矢口監督のデビュー時代を支えた盟友として知られている。矢口監督はその後、ヒット作『ウォーターボーイズ』(01)、『スウィングガールズ』(04)を経て、オールスターキャストによる『ハッピーフライト』(08)へと明るくポップなエンタテイメント路線に羽ばたいていく。一方の鈴木監督はオムニバスホラー映画『コワイ女』(06)の一編『鋼』などの短編を監督する他、『トキワ荘の青春』(96)では俳優として若き日の藤子不二雄(A)を演じ、また『中学生日記』(NHK)の脚本を担当するなどして映像業界をサバイバルしてきた。今、振り返ると鈴木監督が脚本参加していた『裸足のピクニック』『ひみつの花園』のキャラクターたちには最近の矢口監督作品にはない陰影が付いていたように感じる。矢口監督とは対称的に地道にキャリアを積んできた鈴木監督が念願の長編デビューを飾ったのが、星野真里主演の『私は猫ストーカー』(09)。路地裏にたむろする野良猫たちを追いかけるイラストレーター志望の女の子のお話だ。好むと好まざると、人生の裏道を描くことでリアリティーを発揮する監督なのである。  最後に水木しげるが描いてきた"妖怪"とは何ものなのか考えてみたい。水木しげるにとって戦地として赴いたパプアニューギニアは手つかずの大自然に溢れ、貨幣の存在を知らない純朴な人々がのどかに暮らす"南洋の楽園"だった。戦争がなければ、水木しげるはパプアニューギニアに行くこともなかったが、無麻酔で片腕を切断されることも戦友たちが総員玉砕するという大惨事を体験することもなかった。乱暴な言い方をすれば、天国の陽気さと地獄の恐怖が水木しげるの記憶の中で渾然一体化したものが水木ワールドの妖怪たちなのだろう。水木しげるが生み出していった妖怪たちは、いわば生き物が生きていく上での"矛盾"の結晶体だ。水木しげるが妖怪を描くということは現実社会の矛盾を肯定するということであり、矛盾を肯定するということは現実社会で生きていくということでもある。布枝夫人と同様に水木しげるファンは、漫画界の大巨人のこの不思議な生命力に惹き付けられているのではないだろうか。 (文=長野辰次) gegege04.jpg 『ゲゲゲの女房』 原作/武良布枝 監督/鈴木卓爾 アニメーション/大山慶 出演/吹石一恵、宮藤官九郎、坂井真紀、村上淳、宮崎将、唯野未歩子、夏原遼、平岩紙、柄本佑、鈴木慶一、寺十吾、徳井優、南果歩 配給/ファントム・フィルム 11月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開 <http://www.gegege-eiga.com>
墓場鬼太郎 第一集 「人間世界で生きていくのも、楽じゃねえな」 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第92回]バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』 [第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

朝ドラと異なる映画『ゲゲゲの女房』ゴールなき"貧乏耐久"2人3脚走

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布枝(吹石一恵)としげる(宮藤官九郎)はお互いのことを何も知らないまま、見合いから5日後に結婚する。売れっ子になる前の水木しげるは痩せていたことから、細身のクドカンが配役された。(c)2010水木プロダクション/『ゲゲゲの女房』製作委員会
 松下奈緒&向井理が主演した朝ドラ版『ゲゲゲの女房』(NHK)のような爽やかな感動のリフレインを求めて、吹石一恵&宮藤官九郎主演の映画版『ゲゲゲの女房』を見ると、ずぶずぶずぶりとドロ沼に足を踏み入れたような感覚を覚えるに違いない。朝ドラ版で描かれた片腕の漫画家のビンボー生活は、『ゲゲゲの鬼太郎』がテレビアニメ化され大ヒット、国民的人気漫画家として成功するという幸福なゴールが予め見えているドラマだから朝から楽しむことができた。ノスタルジーとしての甘美なビンボーだった。それに対して映画版の漫画家夫婦は、自分たちが将来的には報われることを知らず、ビンボーに耐え、ビンボーと格闘し、そしてビンボーを友達とし、ビンボーのままエンディングを迎える。映画版の主演俳優コンビが朝ドラ版よりも細かい演技が達者なだけに、よりリアルなビンボー生活が観客の前に横たわる。  1961年、布枝(吹石一恵)と貸本漫画家のしげる(宮藤官九郎)はお見合いで結婚した。東京の郊外にあるしげるの自宅兼アトリエで暮らし始めるまで、ろくに会話も交わさなかった。恋愛感情はとくにない。女の幸せは結婚して、嫁いでいくことだと当時は一般的に思われていたから、布枝は従っただけだ。戦争で左腕を失ったしげるには軍人恩給が支給されているはずだったが、その恩給はしげるの実家が全額受け取っていた。結婚前に聞かされた話と違って、夫婦の生活は汲々としている。新妻らしくご飯を用意しようにもお米がなく、道に生えている野草を摘んできたり、黒ずんで店で売れなくなったバナナを安く分けてもらい腹を満たす日々が続く。貸本漫画は斜陽産業で、しげるが根を詰めて描いた漫画を出版社に届けても「もっと売れる漫画をくれよ」と約束の原稿料の半分しか払ってもらえない。新宿中村屋のチキンカリーは贅沢すぎて手が届かない。これが世間でいう"女の幸せ"なのだろうか、布枝は不思議に思う。
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布枝は主婦兼アシスタントとして夫・しげるの仕事
を支えることに。2人3脚ならぬ、2人3本の腕
で漫画を仕上げていく。
 翌日に締め切りが迫ったしげるの漫画の手伝いを、布枝は頼まれる。漫画なんて一度も描いたことはないが、アシスタントも雇えない2人きりの暮らしだから手伝わざるを得ない。寒い夜、しげるの背中を見ながら、布枝はベタ塗りや背景を慣れない手つきで懸命に手伝う。現実の生活が苦しければ苦しいほど、二次元の世界のキャラクターたちは逆に生き生きとしてくる。漫画のことは全然知らない布枝でも、しげるの描く漫画は生きていることがハッキリと分かった。しげるの漫画を見ていると、まるで鏡の世界を覗き込んだような気分になる。異形の生き物である妖怪たちは、お金や名声とは無縁の着の身着のままの生活をしており、どこか人間臭く、ユーモラスでもある。しげると布枝の合作として命を吹き込まれた鬼太郎は、夜更けに漫画のコマの中から飛び出し、ダンスを踊り始める。恋愛感情のないまま結婚したしげると布枝だったが、少しずつ2人の心の距離が縮まっていく。  "漫画の神様"手塚治虫が明るい未来社会を予測したSF漫画でメジャー路線を走り続けたのに対して、妖怪や戦争を題材にした水木しげるは長らく貸本漫画をベースにアンダーグランド路線を歩み続けた。手塚治虫と水木しげるの関係は漫画界の"光と影"によく例えられる。でも"光と影"といった表現は傍観者たちが後から勝手に付けたもので、水木しげる本人は日々食べるのに懸命なだけ。ただ、食べるため、生きていくためにガムシャラに漫画を描き続けた。そしてアンダーグランド路線をひたすら歩み続けることで、気がつけば追随する者がいないその道の第一人者となっていた。手塚治虫が『W3』事件で週刊マガジンから週刊サンデーに移ったのをきっかけに、水木しげるの代表作『墓場鬼太郎』は『墓場の鬼太郎』、さらに『ゲゲゲの鬼太郎』と改題され、週刊マガジンで連載開始。ついにメジャーシーンで自分の椅子を得ることになる。手塚治虫が亡くなった現在ではメジャーシーンとアンダーグランドを線引きする境界線もなくなってしまい、88歳の水木しげるは漫画界の大巨人として崇められている。
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アニメーションパートでは「霧の中のジョニー」
の1シーンを再現。洗練されていない貸本漫画時代
の鬼太郎が動き出す。(c)水木プロ
 映画版『ゲゲゲの女房』を撮ったのは、鈴木卓爾監督。この人も"光と影"に縁のある人物だ。矢口史靖監督の傑作ブラックコメディ『裸足のピクニック』(93)と『ひみつの花園』(97)に共同脚本として参加。矢口監督のデビュー時代を支えた盟友として知られている。矢口監督はその後、ヒット作『ウォーターボーイズ』(01)、『スウィングガールズ』(04)を経て、オールスターキャストによる『ハッピーフライト』(08)へと明るくポップなエンタテイメント路線に羽ばたいていく。一方の鈴木監督はオムニバスホラー映画『コワイ女』(06)の一編『鋼』などの短編を監督する他、『トキワ荘の青春』(96)では俳優として若き日の藤子不二雄(A)を演じ、また『中学生日記』(NHK)の脚本を担当するなどして映像業界をサバイバルしてきた。今、振り返ると鈴木監督が脚本参加していた『裸足のピクニック』『ひみつの花園』のキャラクターたちには最近の矢口監督作品にはない陰影が付いていたように感じる。矢口監督とは対称的に地道にキャリアを積んできた鈴木監督が念願の長編デビューを飾ったのが、星野真里主演の『私は猫ストーカー』(09)。路地裏にたむろする野良猫たちを追いかけるイラストレーター志望の女の子のお話だ。好むと好まざると、人生の裏道を描くことでリアリティーを発揮する監督なのである。  最後に水木しげるが描いてきた"妖怪"とは何ものなのか考えてみたい。水木しげるにとって戦地として赴いたパプアニューギニアは手つかずの大自然に溢れ、貨幣の存在を知らない純朴な人々がのどかに暮らす"南洋の楽園"だった。戦争がなければ、水木しげるはパプアニューギニアに行くこともなかったが、無麻酔で片腕を切断されることも戦友たちが総員玉砕するという大惨事を体験することもなかった。乱暴な言い方をすれば、天国の陽気さと地獄の恐怖が水木しげるの記憶の中で渾然一体化したものが水木ワールドの妖怪たちなのだろう。水木しげるが生み出していった妖怪たちは、いわば生き物が生きていく上での"矛盾"の結晶体だ。水木しげるが妖怪を描くということは現実社会の矛盾を肯定するということであり、矛盾を肯定するということは現実社会で生きていくということでもある。布枝夫人と同様に水木しげるファンは、漫画界の大巨人のこの不思議な生命力に惹き付けられているのではないだろうか。 (文=長野辰次) gegege04.jpg 『ゲゲゲの女房』 原作/武良布枝 監督/鈴木卓爾 アニメーション/大山慶 出演/吹石一恵、宮藤官九郎、坂井真紀、村上淳、宮崎将、唯野未歩子、夏原遼、平岩紙、柄本佑、鈴木慶一、寺十吾、徳井優、南果歩 配給/ファントム・フィルム 11月20日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開 <http://www.gegege-eiga.com>
墓場鬼太郎 第一集 「人間世界で生きていくのも、楽じゃねえな」 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第92回]バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』 [第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

バラエティーでの実績は通用するか? テリー伊藤の初監督作『10億円稼ぐ』

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『元気が出るテレビ!!』『浅草橋ヤング洋品店』などの伝説的ヒット番組を生み出してきたテリー伊藤氏が、キャラクタービジネスに参入。テリー氏の被っている帽子にはオリジナルキャラクターNANITYが。(c)「10億円稼ぐ」製作委員/(c)NANITY
 映画というフィクションを生み出す装置を使って、現実社会でお金も生み出そうという"錬金術"のような試みだ。"天才演出家"として知られるテリー伊藤氏の初監督映画『10億円稼ぐ』は、テリー氏の天才ゆえのひらめきと数々のバラエティー番組をヒットさせてきたノウハウを駆使して、ひと儲けを企む景気のいい現在進行形のドキュメンタリーとなっている。今回、テリー氏がその鋭い眼差しを向けたのはキャラクタービジネス。サンリオのハローキティは世界で年間約50億ドルもの売り上げがあるというではないか。タレントショップの先駆けとなった「元気が出るハウス」は『元気が出るテレビ!!』(日本テレビ系)の終了と共に消滅したが、ハローキティやミッフィーのような人気キャラクターを自前で作ってしまえば、その後はTシャツやグッズに使われる際にロイヤリティーが永続的に入ってくる。こんな美味しい話はない。テリー氏は自慢のビンテージジャケットやバイクを売り払うことで軍資金300万円を捻出。ゼロからのオリジナルキャラクターの開発、営業に乗り出す。  テリー氏自身はライセンスビジネスの知識があるわけでも、アパレル業界に強力なコネがあるわけではない。ただし本名の伊藤輝夫ではなく、"天才演出家"テリー伊藤としてカメラの前に立つと奇抜なアイデアが湧き、そのアイデアを実現化するために大胆な行動に打って出ることに躊躇しない。テリー氏はテレビ出演する際にはド派手な革ジャン&ブーツ姿で登場するが、あれはカメラの前に立つ自分を鼓舞するため、強気の自分を演出するための戦闘服なのだ。今回の映画制作でも自分に向かってカメラが回り続けることで、テリー氏はどうすればビジネスが面白い方向に転がっていくかを走りながら常に考え続け、そして判断を下していく。
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ビンテージジャケットを売って、軍資金300万円
を調達。売れっ子コメンテーターとして勝ち
組人生を歩んでいるように思えるテリー氏だが、
批評する側でなく、批評される側でいたいのだ。
 台本のないドキュメンタリーである本作は、テリー氏ならではの出たとこ勝負の連続だ。まずエイベックス所属の暇を持て余している女性タレントたちに声を掛け、自分にはない若い女性ならではのアイデアを募る。さらにmixiで見つけた女性イラストレーター・Paricoさん(23)らとコンタクトを取り、キャラクターの原画を発注。この結果、コウモリ王国のキュートなお姫さまNANITYが誕生する。だが、キャラクターができても、ただ待っていればお金が湧いてくるわけではない。テリー氏は「ハローワークス」と命名されたエイベックスの若手女性タレントたちを率いて、オモチャ会社やアパレル企業へのNANITYの売り込みを開始。さらにラスベガスで開催されるライセンシーマーケットに出展して、世界各国のバイヤーたちに渋谷発のニューキャラクターとして売り込んでいく。  当然ながら筋書きのあるドラマと違って、ドキュメンタリーは当事者たちの思い描いたようには進まない。実際に多額の金額が動くビジネスだけに、いくら有名人であるテリー伊藤からの売り込みといっても企業側は簡単には契約は結べない。撮影開始から1年があっという間に過ぎていく。NANITYのキャラクター買い取り料で25万円、商標登録料として46万円、営業用パンフレットや販促グッズの製作費25万円、プロモーション用のアニメ製作費70万円、ライセンシーマーケットへの出展料80万円......とテリー氏の用意した300万円はすでに消えてしまった。高い授業料で終わってしまうのか。
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ドン小西氏を相手に、左目を負傷して入院して
いた頃の思い出を語るテリー伊藤氏。カメラの前で
トークすることで、意外な記憶が甦ってきたという。
 なかなか好リアクションが得られない現実のビジネスに苛立ちを感じたテリー氏は、『スッキリ!!』(日本テレビ系)で共演するファッションデザイナーのドン小西氏に不安と焦りを打ち明ける。そのときの小西氏のコメントは、「オレ、15億円の借金があったけど、9年間で返済したよ。そのエネルギーは何だったかというと、オレはファッションが好き。オレにはファッションしかないということだよ。その点、テリーさんはどうなの?」。ビジネスはアイデアだけじゃダメ、信念がないと成功しないよというマジな言葉に、テリー氏の脳裏に18歳のときに左目を負傷した思い出が蘇る。天才演出家・テリー伊藤がまだ自分の天才性に目覚める以前の18歳の伊藤輝夫と向き合うこのシーンは、本作のキモといっていいだろう。ライセンスビジネスでひと儲けのはずが、意外にも自分自身のアイデンティティーを見つめ直す作業となる。  北朝鮮の"喜び組"のごとくテリー氏の両脇を彩る「ハローワークス」の面々も、ただのビジュアル要員ではない。若さと今どきのルックスが自慢でエイベックス所属タレントになったものの、その後はパッとしない彼女たち。テリー氏の新ビジネスに参加することで、自分たちも一緒に売り出されちゃおうという他力本願な甘い考えだったのが、テリー氏からの指示待ちだけでは今までと何も変わらないことに気づき、それぞれがNANITYの飛び込み営業を開始する。本業は歌手である光上せあらは営業中のドンキホーテの店長に断られても断られても、執拗に売り込みを続ける。店長の出勤、退社を待ち構える様子はほとんどストーカー状態。ドンキホーテの店舗じゃなくて、本社に直接電話で売り込めばいいじゃんとツッコミたくなるシーンだが、テリー氏の"ビジネスとは汗臭くて泥臭いもの"という演出意図が感じられる。本作はライセンスビジネスのハウツーを伝えるのと同時に、世間知らずで若さを消費していた「ハローワークス」の面々がNANITYというキャラクターを通じて、実社会とコミュニケイトしていく物語でもあるのだ。  テリー氏と「ハローワークス」の2年ごしの努力が実って、NANITYは国内16社、海外11社との契約が成立。すでに国内竿大手の衣料チェーン店「しまむら」ではNANITYグッズが販売されている。最終的には世界40か国と契約を結び、2015年には目標金額10億円を越える見込みだという。だが、テリー氏の野心はこれだけは満たされず、次の新ビジネスへと走り出す。最後にひとつ気になったのは、NANITYの原画を担当したイラストレーターのParicoさん。キャラクター買い取り料ということで25万円を受け取っているようだが、NANITYがヒットした場合のオプション契約などは結んでいないのだろうか。「およげ!たいやきくん」が450万枚の大ヒットを記録しながら、印税契約せずにお金持ちになりそびれた子門真人みたくならなければいいけど。 (文=長野辰次)
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『10億円稼ぐ』 企画・監督/テリー伊藤 出演/テリー伊藤、稲村寿世、光上せあら、杉浦亜衣、真崎麻衣、宮脇詩音、NIGO、ドン小西、ラッキィ池田、彩木エリ、高橋がなり 配給/エイベックス・エンタテインメント 11月20日(土)より渋谷シネクイントにてレイトショー公開 <http://10-oku.com>
テリー伊藤×ピタミン=スッキリ!! 生粋の商売人。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第91回] 不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

不謹慎なる社会派エンタテイメント『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』

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初めて裁判所を訪れたタモツ(設楽統)は傍聴マニア(螢雪次朗)のレクチャーを受け、裁判の面白さにハマっていく。原作者の北尾トロ氏いわく「初めての傍聴は、窃盗など身近なものの初公判を選ぶとよい。殺人とか大変そうなものは避けたほうが無難」とのことだ。
(c)2010「裁判長!ここは懲役4年でどうすか」
 法廷映画と言えば、シドニー・ルメット監督の古典的名作をベースに現代ロシアの社会事情を盛り込んだリメイク版『12人の怒れる男たち』(07)、オカルト裁判の行方を描いた『エミリー・ローズ』(05)、現在も係争中の冤罪事件の真相に迫った高橋伴明監督の『BOX 袴田事件 命とは』(10)など緊張感溢れる第一級のサスペンス作品が並ぶ。裁く側、裁かれる側の生き様がぶつかり合うことから、脚本の構成力、監督の演出力、通常の映画よりもかなり多くなるキャスト陣の巧みな交通整理が求められるハードルの高いジャンルだ。そんな法廷ものの中に、裁く側でも裁かれる側でもない、第3の視点による新しい作品が誕生した。傍聴席に佇む傍聴人の立場から裁判を描いた豊島圭介監督の『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』がそれだ。面白そうな裁判を見つけては傍聴席に陣取る傍聴マニアのワクワク目線で、実際に起きた珍事件の数々をウォッチングしていく。  原作は傍聴ブームの先駆けとなった北尾トロ氏の『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』と続編『裁判長!これで執行猶予は甘くないすか』(ともに文藝春秋)。どちらも「裏モノJAPAN」(鉄人社)に連載されたもの。オウム事件、音羽幼女殺害事件、清水健太郎の被告席での気になるファッションなど、ニュース番組やワイドショーを賑わした裁判についても触れているが、北尾氏の筆が走っているのは、有名人がらみでも、世間を驚かせた大事件でもない、誰も知らない小さな事件の数々だ。歯が痛かったからという理由で、執行猶予中に覚醒剤に手を出してしまった女性。スピードオーバーでバイクをはね飛ばしてしまった男は謝罪しているものの、着ているトレーナーの背中がドクロマーク入りで心証が台無しなしだ。また、北尾氏の興味対象は被告だけではない。女子高生の集団が社会見学のために傍聴席に並んだ途端、やたらテンションが高くなる裁判官や検事。お金がなくて入れ歯が買えないのか、前歯3本が欠けてフガフガ状態で法廷に立つ迫力のない女弁護士。法廷映画や2時間ドラマが取り上げることのない、あまりに人間臭すぎる裁判所内部の様子を北尾氏は生き生きとスケッチしている。
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被告席で無駄に泣き叫ぶ痴漢の常習犯(バナナ
マン日村勇紀)。見苦しく泣きわめくのは、
傍聴人だけでなく裁判官の心証も悪くするので
気をつけたい。
 映画『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』で主役に起用されたのは、お笑い芸人バナナマンの設楽統。芝居のうまさはコントや『流星の絆』(TBS系)で実証済みだが、本職の俳優ではないというユルい立場が傍聴人役にぴったり。これが高田純次やアンタッチャブル山崎だとあまりに無責任感が漂いすぎだろう。映画初主演ということで設楽が主人公を神妙に演じているところが、いい案配だ。売れない放送作家のタモツ(設楽)は映画プロデューサー(鈴木砂羽)に法廷映画の脚本を書くことを命じられ、シナリオハンティングのため裁判所に通い始める。初めての裁判所に戸惑うタモツだが、百戦錬磨の傍聴マニアたち(螢雪次朗、村上航、尾上寛之)と知り合い、裁判の楽しみ方を伝授される。傍聴席にギャラリーがいることで裁判に緊張感が与えられること、ディープな裁判でヘコんだときは簡易裁判所がおススメなこと、そして美人検事(片瀬那奈)の裁判は人気が高いこと。タモツは脚本の取材であることを忘れ、裁判の面白さにハマっていく。  劇中で取り上げられる裁判は、原作もしくは脚本を担当したアサダアツシ氏が取材中に実際に出くわした実在の事件がモデルとなっている。被害者がいることを考えるとゲラゲラと大笑いできないのだが、ベテラン傍聴マニア(螢雪次朗)いわく"所詮、他人の人生ですから"、思わずニヤッと笑ってしまう。本作は不謹慎なる実録社会派エンタテイメントなのだ。  ただし、映画を作劇する上で大きな問題が生じる。事件をただ高見の見物しているだけでは映画の主人公に成り得ないからだ。主人公自身がリスクを冒し、事件の渦中で悶え苦しみ、その結果として解決策を見出して行動を起こさないことには劇映画(=ドラマ)として成立しない。そこで本作は"傍聴人がいることで裁判に緊張感を与えることができる"という部分に着目し、原作にはない意外な展開をクライマックスに用意している。美人検事(片瀬那奈)から「さぞかし楽しいでしょうね、他人の人生を高見の見物して」と罵られたタモツは一念発起。冤罪と目されている放火事件で逆転無罪を勝ち取るため、傍聴人として出来うる最大限の行動に打って出る。まず地味な弁護士に派手なパフォーマンス術、衣装コーディネイト術をレクチャー。さらに被告の母親に毎日朝と晩に無罪を訴えるチラシを裁判所の前で配らせて、裁判官の心情に訴える。そして裁判当日は他の傍聴マニア(阿曽山大噴火)たちにも呼び掛け、傍聴席を満席にして検察側に無言のプレッシャーを掛ける。傍聴人としての全力を尽くしたタモツ。0.1%の確率と言われる奇跡の逆転無罪はあり得るのか......。  ここまで読まれた方は、映画だけでなく傍聴そのものにかなり関心を抱いているのではないだろうか。そんな方たちのために、原作者である北尾トロ氏に"初心者向け傍聴の心得"についてコメントをもらった。ありがとうございます、北尾さん。 ──裁判関係者は美人が多いと原作本で書かれていますが、女優・タレントに例えるとどういうタイプでしょうか?
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SMの女王様ばりにキリリとした表情で被告人を
責める美人検事(片瀬那奈)。原作によると、
裁判関係者は大人なムードの知的美女が多いらしい。
北尾 検事や判事は、派手派手しくなくクールな感じの人が多い(例えると、堀北真希のような人)。対して、弁護士はメイクも派手でケバケバしい感じの人が多い(例えると、沢尻エリカのような人)。裁判官は、知的で、30代以上のベテランの人(例えば、天海祐希のような人)が多いですね。 ──検事・堀北真希、弁護士・沢尻エリカ、裁判官・天海祐希! これは是非とも傍聴したい! でも、殺人事件などの裁判を傍聴して、ヘコみませんか? そういう場合はどうすればいい? 北尾 ヘコみます。そういう場合はまっすぐ家に帰らず、喫茶店でも飲み屋でもいいのでブレイクを入れて平常心を取り戻すこと。悪いものを持ち帰らないようにすることです。 ──映画のように傍聴人がいるのと、いないのでは裁判が変わってくるもの? 北尾 変わります。たとえ一人でも傍聴人がいると緊張感が出るので、弁護人でも検察でもヘタなことができなくなる。身内だけの裁判はどうしてもダレるので、傍聴人はいたほうがいいんです。  また、北尾氏によると、裁判員制度が始まったことで、検察官や弁護人の尋問の仕方は法律用語ではなく、分かりやすい普通の言葉を使い、身振り手振りでいかに裁判員たちの心を掴むかを意識するようになっているとのこと。なるほど、そう聞くと裁判所がぐ~んと身近に感じられる。被告席はご勘弁だが、一度は裁判所を体験してみるのも楽しげではないか。裁判に興味を持つこと自体は不謹慎じゃないよね? (文=長野辰次) saibancyo04.jpg 『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』 原作/北尾トロ 脚本/アサダアツシ 監督/豊島圭介 出演/設楽統、片瀬那奈、螢雪次朗、村上航、尾上寛之、鈴木砂羽、木村了、堀部圭亮、斎藤工、徳永えり、大石吾朗、前田健、廣川三憲、佐藤真弓、阿曽山大噴火、日村勇紀、竹財輝之助、杉作J太郎、千葉雅子、市川しんペー、モト冬樹、平田満 配給/ゼアリスエンタープライズ 11月6日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー <http://www.do-suka.jp>
裁判長!ここは懲役4年でどうすか―100の空論より一度のナマ傍聴 どうすか? amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第90回]"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』 [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

"世界のナベアツ"大阪府知事に就任! 政治コメディ『さらば愛しの大統領』

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"世界のナベアツ"が大阪府知事に就任!? 
かつて空前の235万票を獲得した横山ノック知事を生み出した土地柄だけに、
ありえない話ではない。(c)2010「さらば愛しの大統領」製作委員会
 もしも、"世界のナベアツ"が大阪府知事選に立候補して、ひょっこり当選したら? 『さらば愛しの大統領』は、そんなパラレルワールド的な近未来の大阪を舞台にしたポリティカル・コメディだ。ノリで立候補したら、まさか当選してしまい、大阪府民も"世界のナベアツ"本人もびっくり。しかし、「3の倍数のときだけ、アホになります」という奇抜なギャグを生み出し、素顔の渡辺鐘として『アメトーーク!』(テレビ朝日系)、『めちゃイケ』(フジテレビ系)などの人気番組を手掛ける売れっ子構成作家でもある"世界のナベアツ"は次々とオモローな政策を打ち出す。まず、巨大テーマパーク「アホと魔法の国 オモローランド」を造り、外貨を獲得する。続いて中東の石油事情に左右されない次世代エネルギー・笑力(ギャグによって生じた笑いを動力に換えるシステム)の開発を進め、軍隊は持たずに生命力に溢れた"大阪のおばちゃん"を軍事利用する。"世界"と芸名に謳うだけあって、ワールドワイドな感覚の持ち主なのだ。そして、最終的には"世界のナベアツ"が初代大統領に就任し、大阪を「大阪合衆国」として日本から独立することを宣言する。お笑いを愛する人なら、誰でも幸せに暮らすことができるまさに"夢の国"の誕生である。  『さらば愛しの大統領』は、従来の映画の概念から大きく逸脱した作品だ。大阪府知事に当選しちゃった"世界のナベアツ"が次々とオモローな政策を実施する政治コント、"世界のナベアツ"の大統領就任を阻止せんと企むヒットマンたちの殺し屋コント、そして"世界のナベアツ"を護衛することになった刑事コンビ(宮川大輔、ケンドーコバヤシ)による刑事コント。この3つのコントがぐるぐると循環していくことで、物語が進んでいく。本作は"世界のナベアツ"が監督として長編映画に初めて挑んだデビュー作であり、「NOVAうさぎ」「ジョージア」のCMを撮った柴田大輔監督が共同監督として名前を連ねている。ストーリーは"世界のナベアツ"と柴田監督、コピーライター出身の脚本家・山田慶太、脚本協力として大阪NSC10期生で"世界のナベアツ"と同期だった遠藤敬(元『誉』)の4人が2カ月にわたって顔を突き合わせて練り上げたもの。劇映画というよりも、伝説のギャグ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』を思わせる。"世界のナベアツ"とブレーンが大量のギャグを用意し、笑いのダムが決壊する様子を楽しむ感がある。  "世界のナベアツ"の府知事当選直後のオモローすぎる公約ギャグ(超下ネタ)を皮切りに、溢れ出す下らないギャグの数々。中でも映画ならではの味わいがあるのは、一連の殺し屋コントだろう。"世界のナベアツ"を抹殺するために謎の組織から、凄腕のスナイパーであるヒットマンジョー(仲村トオル)、爆弾魔のボム緒方(大杉蓮)らが送り込まれる。簡単な仕事だとタカをくくっていた殺し屋たちだが、街全体がオモローワールドと化した大阪は、劇画調もしくはハードボイルドタッチの彼らにはどうも居心地が悪い。仲村トオルはフットボールアワーの岩尾望、大杉蓮はB級マニアック芸人役の宮迫博之と遭遇するのだが、俳優然とした彼らとお笑い芸人では演技的アプローチや間合いが異なり、なかなか芝居が噛み合ない。よって殺し屋たちは次々と自滅してしまうハメに。ここらへんの演出は、本職の映画監督にはまずできないものだろう。
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巨大テーマパーク「オモローランド」の人気
キャラクター、たこ焼きさん、串かっちゃん、
通天閣ん、ミスター御堂筋。郷土愛に満ちた
着ぐるみたちだ。
(c)2010「さらば愛しの大統領」製作委員会
 "世界のナベアツ"の美人秘書(釈由美子)とオモローキャラクターのひとつ・串かっちゃんとの人知れぬラブロマンスも、映画ならではのコント。通天閣ん、たこ焼きさん、ミスター御堂筋に比べ、ダンスがうまく踊れない着ぐるみの串かっちゃん。そんな串かっちゃんを温かく励ます美人秘書。串かっちゃんは優しい美人秘書へ密かに恋心を抱くようになる。「オレ、ただの着ぐるみですけど、見ててください。オレ、あなたのためなら命張れますよ!」。着ぐるみの奥から言葉にならない熱い想いが漏れてくる。串かっちゃんは美人秘書のために懸命にダンス特訓を続ける。串かっちゃんのキャラクター造形がかなりマヌケなだけに、逆にしみじみと悲哀の漂うコントとなっている。果たして串かっちゃんの着ぐるみ越しの熱い想いは美人秘書のハートに届くのか?  それにしても"世界のナベアツ"は不思議な人間だ。素顔の渡辺鐘になると極端に口数が少なくなる、ものすごい照れ屋さんだが、その一方、街で絡んできたチンピラを一本背負いで投げ飛ばしたという武勇伝を持つ(その直後、チンピラ8人からボコボコにされているが......)。内に秘めたエネルギーが何かのきっかけで爆発するとスゴいことが起きる。第1期ジャリズム(91~98年)の頃から、独創的かつ小中学生も笑い転げるポピュラリティーのある笑いを生み出してきたのも彼の特長だろう。第1期ジャリズム解散後は、構成作家として笑いのメカニズムを地道に研究。そして『アイアンマン』(08)のトニー・スターク社長のごとく、"世界のナベアツ"というピン芸人用キャラクターを開発し、体内に蓄積していた自己のお笑いパワーを自在に操る術をようやく手に入れた。お笑いに自分の持てる情熱のすべてを注いでいる男であることに間違いない。
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大阪府警きってのアホ刑事コンビ、ちょびヒゲ
の早川刑事(宮川大輔)と女好き、風俗好きな
番場刑事(ケンドーコバヤシ)。一応、この
2人が主演です。
(c)2010「さらば愛しの大統領」製作委員会
 会見中に起きた殺人事件を「オモロ~サプライズッ!」のひと言で済ませる"世界のナベアツ"のブラックギャグ、串かっちゃんの号泣エピソード、さらに刑事コンビのまったく無駄な捜査が延々と繰り広げられ、いよいよ"世界のナベアツ"の大統領就任式を迎える。大阪合衆国(=オモローワールド)大統領就任演説は、"世界のナベアツ"の普段聞くことのできない本音が混ざったものなので、この演説文を最後に紹介しよう。 「今、大阪は大変です。みんな下を向いて、暗くて......。でも、心配いりません! よく考えてください。僕たちには笑いがあります! 笑いがあれば、笑顔になれます。辛いときこそ、笑いましょう。悲しいときこそ、ふざけましょう。人間、アホなくらいが丁度いいんです。子どもの頃は、毎日笑ってました。あの頃は、アホやったから。日本人はみんな賢くなったけど、それで幸せになりましたか? 思い出してください、楽しかった思い出って、アホなことやって、みんなで笑っていたときのことだったりしませんか? ボクは"アホやな~"って笑ってもらうのが大好きです。"アホでええ"と言うてくれる大阪が大好きです。だから、ずっとそんな大阪でいてほしいから。大好きな大阪でいてほしいから......」  しらふでは気恥ずかしくて口にできない台詞だが、根がロマンチストであろう渡辺鐘は"世界のナベアツ"というキャラクターの力を借りて、堂々と名演説を読み上げる。"世界のナベアツ"のオモローワールド大統領就任を大いに祝福したい。 (文=長野辰次) omoro04.jpg 『さらば愛しの大統領』 監督/柴田大輔、世界のナベアツ 脚本/山田慶太 脚本協力/遠藤敬 出演/宮川大輔、ケンドーコバヤシ、世界のナベアツ、吹石一恵、大杉蓮、志賀廣太郎、前田吟、宮迫博之、仲村トオル、釈由美子、水野透(リットン調査団)、剛(中川家)、礼二(中川家)、高橋茂雄(サバンナ)、河本準一(次長課長)、小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、岩尾望(フットボールアワー)、RG(レイザーラモン) 配給/アスミック・エース 10月30日(土)より関西限定先行公開、11月6日(土)より新宿バルト9ほか全国公開 <http://saraba-d.asmik-ace.co.jp>
オモローのナベアツ もはや死語ですが。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第89回]自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』 [第88回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

自分の恋愛もプロデュースする女優、ドリュー・バリモア主演『遠距離恋愛』

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交際中のドリュー・バリモアとジャスティン・ロングが
そのまんま恋人役を演じた『遠距離恋愛 彼女の決断』。下ネタギャグ満載だよ。
(C) MMX NEW LINE PRODUCTIONS, INC.
 若い頃はバカやったし、今でもちょっとイイ男を見つけるとすぐ夢中になっちゃう。お気に入りのスイーツと同じで飽きるのも早くてバツ2になったけど、全然ヘコたれていないわ。だって、それが私だもん! あけっぴろげな性格で人気のセレブ女優ドリュー・バリモア、35歳。決して美人じゃないし、セクシーなくびれボディの持ち主でもないけど、明るく元気なアメリカ娘役がよく似合う。7歳のときに『E.T.』(82)に出演して以来、米国民はみんなドリューのことなら公私にわたって何でも知っている。10歳でマリファナを覚え、12歳でコカイン中毒、14歳からリハビリ施設のお世話に。2度結婚するも、いずれも数カ月で離婚。子役出身のドリューは、猛烈な早送り人生を歩んできた。でも、何度つまずいても、自分の力で立ち上がるところが彼女のチャームポイント。女優業だけでは飽き足らず、『25年目のキス』(99)からはプロデュース業に進出し、『チャーリーズ・エンジェル』(00)を大ヒットに導いた。製作も兼ねた最新主演作『遠距離恋愛 彼女の決断』では元カレであるジャスティン・ロング(『ダイ・ハード4.0』のハッカー青年)を恋人役に起用し、元サヤに収まるという荒業を披露している。  ドリュー・バリモアが製作・出演した『そんな彼なら捨てちゃえば?』(08)にジャスティン・ロングが参加したのがきっかけで、交際をスタートさせた2人。全米公認のいちゃいちゃカップルに認定されるも、お互いに仕事多忙&恋多き性格ゆえに1年ほどの付き合いで破局。ところが『遠距離恋愛』の製作と前後して、2人の仲が復活することに。ラブコメ『遠距離恋愛 彼女の決断』(原題『GOING THE DISTANCE』)の舞台裏は、ハリウッド式恋愛修復メソッドを実践するリアリティー・ドラマだったようだ。3歳年下のジャスティンのことが忘れられなかったドリューがプロデューサーとして"強権発動"したのか、復縁してから「もう、あなたとは片時も離れたくないわ」と映画も共演することにしたのか。どちらにしろ、ドリューの決断はすごいよ。  『遠距離恋愛』はNYとサンフランシスコが舞台。NYの大手新聞社で研修生として働くエリン(ドリュー・バリモア)は研修生と呼ぶにはツラいお年頃。20代のときに恋愛に突っ走ってしまい、キャリアを棒にした痛い過去がある。もう30歳、斜陽産業と言われようが何とか新聞社に正社員入社したい。一方、NYのレコード会社に務めるギャレット(ジャスティン・ロング)は何となく付き合っていた恋人と別れたばかり。レコード業界も不景気だし、ぱっとしない日々。そんなとき、酒場にあった旧式のテレビゲームがきっかけで、エリンとギャレットは意気投合。その晩、さっそくギャレットのアパートでメイクラブ。エリンは夏期研修が終われば実家のあるサンスランシスコに帰ることになっており、2人のひと夏だけの割り切り恋愛が始まる。  軽い気持ちでエリンと付き合い始めたギャレットだが、エリンは下ネタ、エロトークも全然OKの"出来た女"。ギャレットのオタク系男友達とうまく付き合い、近場の安レストランでの食事も、イヤな顔をせずに盛り上げてくれる。男は下ネタNGな美人よりも、ルックス的にはいまいちでも下ネタOKな女に高得点を与えるもの。過度に気を遣わず、普段着の付き合いができるエリンはギャレットにとってリラックスできる相手。それはエリンも同じ。新聞記者として一人前になることが優先される時期だけに、自分を拘束しないギャレットのゆるさは好都合なのだ。SEXの相性も確認済み。ん? もしかして、自分たちはお互いにウマの合う、ベストカップルなのでは? エリンがサンフランスシコに戻る日が訪れ、2人はアメリカ大陸を挟んだ遠距離恋愛に挑戦することに。
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サンフランシスコ在住のエリン(ドリュー・
バリモア)は地元新聞社の採用試験を受ける
ことに。恋人のギャレットはNYのレコード
会社勤務。エリンは仕事と恋愛のどちらを
選ぶ?
 ウディ・アレンに自分から売り込んで『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96)に強引に出演したドリュー・バリモア。『25年目のキス』以降もラブコメのプロデュースに力を注ぎ、『2番目のキス』(05)では『メリーに首ったけ』(98)のファレリー兄弟を監督に起用、『そんな彼なら捨てちゃえば?』はテレビシリーズ版『SEX and the CITY』の脚本家チームによる同名原作本の映像化。流行ものには手を付けずにはいられない、分かりやすい性格だ。本作でも『40歳の童貞男』(05)で人気を博したジャド・アパトー作品ばりのお下劣ギャグを取り入れている。遠距離恋愛中のエリンとギャレットがテレフォンセックスに励んだり、久々の再会に我慢できずにエリンの実家のダイニングテーブルの上でドッキングを始めるなどSEXネタがふんだんに盛り込まれている。  本作の監督は、ドキュメンタリー映画『くたばれ!ハリウッド』(02)が好評だったナネット・バースタイン女史。『くたばれ!ハリウッド』は、『ある愛の詩』(70)、『ゴッドファーザー』(72)などハリウッド史に残る大ヒット作を飛ばした大物プロデューサー、ロバート・エヴァンズの武勇伝を掘り起こしたもの。二枚目俳優でありながら、さっさと俳優業に見切りをつけてプロデューサーに転職して成功を収め、人気女優たちとの数多くのラブロマンスを残したエヴァンズは、ドリューにとって親近感が湧き、尊敬できる人物だろう。そんなドリューのおメガネにかなったナネット女史は、デジカメによる最少人数での撮影クルーを組むなど、ドキュメンタリー出身者らしい演出を見せている。ドリューとジャスティン、いやエリンとギャレットか、2人がセントラルパークでデート中にいちゃつくシーンなどはゲリラ撮影。野次馬が集まる前に、ちゃちゃっと撮影したとのこと。  劇中でも現実でもラブラブのお2人だが、長いこれからの人生を生きていく上で、恋愛と仕事のどちらを優先するのか、という普遍的テーマで最後まで引っ張る本作。ラブコメとして充分に楽しめる作品だが、どうも気になるのがドリューのノーメイクに近いすっぴん顔。『チャーリーズ・エンジェル』のときはかなりCGで修正されたなんて噂になったけど、本作はナネット監督が「ドキュメンタリータッチのリアルな映像で行きましょう」と主張したのか、ドリュー本人が「ファンのみんなも、ジェスティンも飾らない私のことが大好きなはず」と考えたのか、これまでの早送り人生で酷使してきた年齢肌をさらしている。  ドリューとしては、『ローラーガールズ・ダイアリーズ』(09)で監督デビューもできたし、監督やプロデューサーとしての裏方業務に比重を置くことを考えているようだ。本命のジャスティンと無事に寄りを戻せたし、プロデューサーなら自分で作品を選び、時間も調整できるしね。それこそ『くたばれ!ハリウッド』のロバート・エヴァンズが元俳優としてのキャリアを生かして、パラマウント社の重役たちを相手に見事なプレゼン能力を発揮したように、ドリューも持ち前のバイタリティーと押しの強さで辣腕プロデューサーとしてハリウッドに君臨する日も近いに違いない。でも、ドリューのことだから、また気になる若い男優が現れたら、ちゃっかり共演するんだろうなぁ。 (文=長野辰次) enren03.jpg『遠距離恋愛 彼女の決断』 監督/ナネット・バースタイン 出演/ドリュー・バリモア、ジャスティン・ロング、ジェイソン・サダイキス、ジム・ガフィガン、クリスティナ・アップルゲイト 配給/ワーナー・ブラザーズ映画 10月23日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー <http://www.enren.jp>
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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第87回]スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』 [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

スタローンが立ち上げた"筋肉共和国"男たちの祭典『エクスペンダブルズ』

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自分の体を危険な場所にさらすことでしかアイデンティティーを見出せない
バーニー(シルベスター・スタローン)をボスとする傭兵集団『エクスペンダブルズ』。
R15だけど、『ランボー 最後の戦場』に比べると残酷描写は控えめ。
(c) 2010 ALTA VISTA PRODUCTIONS, INC
 吠えろ、肉! ロケットランチャーのごとく解き放て、己の拳を! 血と汗とアドレナリンをジェット噴射して、あの空の向こうまで飛んでいけ! アクション俳優の第一人者シルベスター・スタローンのもとに、"梁山泊"の英傑たちのように筋肉バカたちが続々と馳せ参じた。『トランスポーター』(02)のジェイソン・ステイサム、『HERO』(02)のジェット・リー、『ロッキー4/炎の友情』(85)のドルフ・ラングレン、総合格闘技アルティメット大会のヘビー級王者ランディ・クートゥア、元プロフットボウラーのテリー・クルーズ。さらに『レスラー』(08)で復活を遂げたミッキー・ローク、『ダイ・ハード』(88)のブルース・ウィリス、スタローンとは商売敵だったアーノルド・シュワルツェネッガー州知事まで。ハリウッド史上類を見ない"筋肉共和国"が誕生した。彼らが集まったのには大きな目的がある。近年の映画界を席巻するコンピューターグラフィックスの脅威と戦うためだ。彼らの名前は『エクスペンダブルズ』(消耗品軍団)。10月16日、いよいよ筋肉バカ軍団が日本に上陸する。  スタローンが新旧アクション俳優たちを大同団結させるという超ヘビー級なこの企画を耳にしたときは小躍りするのと同時に、「完成するのか? 途中で空中分解するんじゃないのか?」という不安がよぎった。しかし、今年64歳になるスタローンの人徳、人望の前ではそんなケチな心配は無用だった。筋肉バカたちの結束は傍が思うよりも、ずっと固かったのだ。生身のアクションのすごさを、アクション俳優の生き様をスクリーンに叩き付けてやれ。安易なCG映画がはびこる映画界に、彼らは"筋肉バカ、ここにありき"という熱いクサビをビシッと打ち込んでみせた。  ご存知のとおり、スタローンはそれまでポルノ映画しか主演作がない無名俳優でありながら、29歳のときに3日間で書き上げた『ロッキー』(76)の脚本を「主演はオレだ」を条件に映画会社に売り込んで見事にアメリカンドリームを体現した男。『ロッキー』はアカデミー賞作品賞を受賞するなど大成功を収めたが、その後はゴールデンラズベリー賞13年連続ノミネート&20世紀最低主演男優賞受賞という前人未到の怪挙を達成するわ、前夫人ブリジット・ニールセンからは高額の慰謝料をふんだくられるわ、『ランボー3/怒りのアフガン』(88)は冷戦終結に水を差すと大バッシングを浴びるわ、『ロッキー・ザ・ファイナル』(06)のプロモーションのために入国したオーストラリアではステロイド所持で起訴されるわ、実に起伏の多い人生を歩んできた。だが生存競争が激しく、アクション俳優をそれこそ"消耗品"のように扱うハリウッドで35年間にわたってサバイバルしてきたスタローンを、現役バリバリのステイサムも東洋からの来客ジェット・リーも、レスリングのやりすぎで耳がギョウザ状態になっているランディ・クートゥアも、み~んなリスペクトしてやまない。俳優としての限界を知り、政界に転職したシュワルツェネッガーにしてもそれは同じ。小難しい文芸路線に走ることなく、どこまでもマッチョ街道を突き進む"大根役者"スタローンのことが大好きなのだ。  豪華キャストでいえば、すでにスタローンはジャッキー・チェン、ウーピー・ゴールドバーグとは共演済み。ただし、これは『アラン・スミシー・フィルム』(98)という日本未公開のトホホ系業界コメディ。スタローンは本人役でジャッキー、ウーピーと共に劇中劇『NYトリオコップ』でショットガンと寒々しい空気をぶっ放していた。90年代のスタローンは度々コメディに挑戦しては、滑りまくっていた。ところが、どーだ。本作ではシュワルツェネッガー、ブルース・ウィリスとのアクション界BIG3夢の共演シーンで大いに楽屋ネタで笑わせてくれるのではないか。「オレにはアクション映画しかねーよ」というスタローンの開き直りの美学がステイサムのおでこ以上に輝いている。ビバ、筋肉!!
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『ロッキー4/炎の友情』以来の共演となった
ドルフ・ラングレンを引き連れて来日した
シルベスター・スタローン。「大作への出演は
『ロッキー4』以来。スタローンには感謝してる」
とドルフはコメント。
 『エクスペンダブルズ』のストーリーは単純明快だ。一般市民はもちろん、米国政府も手を出せないヤバい紛争地域が、バーニー(スタローン)率いる傭兵集団"エクスペンダブルズ"の任務先。彼らは危険な場所で体を張ることでしか生きていけない。成功時の報酬は高額だが、あの世逝きになっても人知れず消えていくだけ。ソマリアの海賊どもを皆殺しにしたのも束の間、バーニーたちに新しい仕事が届く。麻薬の栽培で儲けている南米の島国を牛耳る軍事政権の独裁者を抹殺せよと。鳥類研究家に扮したバーニーは片腕のクリスマス(ジェイソン・ステイサム)を伴って偵察のために孤島に潜入するが、島の警備兵たちは筋肉ムキムキのバーニーを鳥類研究家だとは信じず(当たり前だよ)、危機一髪のところをクリスマスが桟橋を大爆破して脱出する。偵察どころか、相手の警戒心を強めただけ。仕事内容はかなり荒っぽいよ。  一度はケチのついた仕事だが、バーニーは島で出会った女サンドラ(ジゼル・イティエ)のことが忘れられない。自分の生まれ育った島を守るために「一緒に逃げよう」というバーニーの申し出を断ったタフな女。そんな女・サンドラにバーニーは勝手に惚れ込んでしまい、政府軍に捕らわれたサンドラを救出するために、バーニーは危険を冒して島へ再び向かう。バーニーをひとりで向かわせるわけにも行かず、クリスマスにマーシャルアーツの達人・ヤン(ジェット・リー)たち仲間も同行するはめに。綿密な作戦なんかもちろんなし。鍛え上げた自分の肉体を信じて、敵の本拠地を強襲するのみ。百姓娘をお姫さまと思い込んで、風車小屋に突撃するドン・キホーテと同じだね。筋肉の鎧の下には、男たちの小中学生レベルのピュアハートが隠されていたのだった。筋肉バカたちのなけなしの純情ぶりに、思わず鼻の奥がツーン。  クライマックスは、敵軍側の元WWE人気レスラー"ストーン・コールド"スティーブ・オースティンも加わって、マッチョたちの大饗宴。歌えよ、筋肉! 踊れや、筋肉! 肉と肉がぶつかり合い、骨と骨とが軋む合間を縫うように銃弾が飛び交い、爆風が吹き荒れる。スタローンは知っている、60歳を過ぎながらボクサー体型に絞り込んだ『ロッキー・ザ・ファイナル』や半年間にわたってミャンマーとの国境近くのタイのジャングルでロケ撮影を続けた『ランボー 最後の戦場』(08)のように、己の肉体を限界まで追い込むことで初めて観客たちはスクリーンの中の自分に感情移入してくれることを。  9月に来日した際にスタローンは『エクスペンダブルズ』の続編が来年3月にクランクインすると語った。今回はスケジュールが合わずに見送られた"筋肉男爵"ジャン・クロード・ヴァンダムの出演もあるのか。米国の"Vシネ・キング"スティーヴン・セガールの出演はどうなのか。スタローンは筋肉バカ軍団をさらに増強する目論みのようだが、はたしてCG映画の世界制覇にどこまで逆らうことができるのだろうか。無謀であることを承知で老兵スタローンは闘い続ける。それは、最後の最後まで闘う姿を見せることがスタローンのアイデンティティーだからだ。 (文=長野辰次) expentable03.jpg 『エクスペンダブルズ』 監督/シルベスター・スタローン 出演/シルベスター・スタローン、ジェイソン・ステイサム、ジェット・リー、ドルフ・ラングレン、エリック・ロバーツ、ランディ・クートゥア、スティーブ・オースティン、デヴィッド・ザヤス、ジゼル・イティエ、カリスマ・カーペンター、テリー・クルーズ、ミッキー・ローク、ブルース・ウィリス、アーノルド・シュワルツェネッガー 配給/松竹 10月16日(土)より全国ロードショー R15 <www.expendables.jp>
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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第87回]元"おはガール"安藤聖の再起動ドラマ 就職氷河期を生きる『バカがウラヤマシイ』 [第86回]マイノリティーは"理想郷"を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』 [第85回]清純派・佐藤寛子が美しく"変態"! 官能サスペンス『ヌードの夜──』 [第84回]死を意識して、ギラギラ輝く男たち! 三池節、大バクハツ『十三人の刺客』 [第83回] 女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』 [第82回] "企画AV女優"たちの青春残酷物語 性なる鎮魂劇『名前のない女たち』 [第81回]猫を見れば、人間社会が見えてくる! 世界の人気猫大集合『ネコを探して』 [第80回]原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な"日常生活"を彩る『カラフル』 [第79回]米軍に実在した"超能力部隊"の真実!? ムー民、必見『ヤギと男と男と壁と』 [第78回]戦場から帰還した夫は"芋虫男"だった! ヤクザ監督の反戦映画『キャタピラー』 [第77回] 白ユリの花開くガールズの妖しい世界 H系ホラー『ジェニファーズ・ボディ』 [第76回] 爽やか系青春ゾンビ映画にホロリ......夏休みは『ゾンビランド』に集結せよ [第75回] "生きる"とは"見苦しい"ということ 藤沢周平の時代活劇『必死剣 鳥刺し』 [第74回]初恋の美少女は200歳の吸血鬼だった! 北欧産のホラー映画『ぼくのエリ』 [第73回] "三億円事件"の真相を解き明かす! 桜タブーに挑んだ『ロストクライム』 [第72回/特別編] 上映反対で揺れる問題作『ザ・コーヴ』"渦中の人"リック・オバリー氏の主張 [第71回] 女子にモテモテになる方法、教えます。軟派少年の実話物語『ソフトボーイ』 [第70回] 下町育ちの"北野少年"が見た現代社会 人間同士の食物連鎖『アウトレイジ』 [第69回] "リアルと虚構の狭間"を生きる男、アントニオ猪木初主演作『アカシア』 [第68回] ヒーローも神もいない現代社会の惨劇 井筒監督の問題作『ヒーローショー』 [第67回] アイドルが地獄で微笑む『戦闘少女』ギャグ×血しぶき×殺陣の特盛り丼! [第66回]アナーキーな"社歌"で生産性アップ! 満島ひかり大進撃『川の底からこんにちは』 [第65回]超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』"家族"という名の地獄から脱出せよ [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学