
山田風太郎ばりの異能戦士たちが次々と死闘を繰り広げる『アイアン・フィスト』。人気アクション監督コリー・ユンが参加しているのもポイント。
あらゆる女性がより美しくなりたいと願うように、すべての男性はより強くなりたいと願っている。女性が脚を細くすることに懸命なように、男性は胸板を厚くし、腹筋がくっきり分かれるよう涙ぐましい努力を重ねる。女性が美容整形を肯定するように、男性は筋肉増強剤もありだなと考える。ユニバーサル映画『アイアン・フィスト』はカンフー映画にオマージュを捧げるのと同時に、男性が抱くマッチョ信仰を遥かに凌駕する「最強のボディを手に入れたい」「そのためなら人体改造も辞さない」という過剰な肉体願望を具象化したものだ。
タランティーノ・プレゼンツと銘打たれた『アイアン・フィスト』は、『キル・ビル』(03)や『ジャンゴ 繋がれざる者』(8月7日DVDリリース)の音楽を担当したRZAの初監督&主演作。ヒップホップ界の人気グループ「ウータン・クラン」のリーダーを務めるRZAだが、香港映画『少林寺三十六房』(78)や日本アニメ『北斗の拳』が大好きなことで知られる。カンフーアクションが好きで好きで、楽曲提供だけでは我慢できずに、最強の戦士たちが鍛え抜かれた肉体をぶつけ合う格闘世界をみずから創り出してしまった。

危険な匂いがする場所につい足が向いてしまう流れ者のジャック・ナイフ(ラッセル・クロウ)。一度に3人の娼妓を相手にする性豪ちゃんだ。
タランティーノにとって最大のヒット作となった西部劇『ジャンゴ 繋がれざる者』は南北戦争前夜の米大陸が舞台だったが、『アイアン・フィスト』もほぼ同時代という設定。ジャンゴ(ジェイミー・フォックス)が雪山で射撃の特訓を積んでいる間、中国大陸に渡ったブラックスミス(RZA)は“叢林村”で鍛冶屋を営んでいた。スミスの強靭な肉体によって叩き上げられた刀剣や甲冑は大変な評判だった。寡黙に働き続けるスミスの願いはただひとつ。娼館ピンク・ブロッサムに勤める娼妓レディ・シルク(ジェイミー・チャン)を身請けして、2人きりの平穏な生活を送ることだ。ジャンゴが愛する妻を奴隷農場から救出することに体を張るように、スミスもまた愛する女性のために滝のような汗を流し続けていた。
スミスとシルクの人種の壁を越えたラブロマンスを引き裂いたのは、武装集団・猛獅子会の権力闘争だった。野心家である銀獅子と銅獅子はボスである金獅子を謀殺。金獅子の息子であるゼン・イー(リック・ユーン)は全身に仕掛けが隠されたブレードXで仇討ちを挑むが、銀獅子が雇った最強助っ人・金剛(デビッド・バウティスタ)に敗れ去ってしまう。この金剛は自分の肉体を真鍮に変えることができる特異体質の持ち主だ。傷ついたゼン・イーを匿ったため、スミスは鍛冶屋の命である両腕を切断され、シルクも絶体絶命の危機に。怒りの炎に包まれたスミスは流れ者の遊び人ジャック・ナイフ(ラッセル・クロウ)にサポートされ、最強金属を鍛え上げて作った“鉄拳”を装着。病み上がりのゼン・イーと共に復讐を誓う。
最強戦士を決定する場となるのは、娼館ピンク・ブロッサム。身請けに失敗した男が常軌を逸して遊郭で大量殺戮を繰り広げるという展開は、江戸時代に実在した殺傷事件を舞台化した歌舞伎の人気演目『籠釣瓶』を連想させる。行き場を失った性欲が、温厚な人間を暴力兵器へと変貌させるのだ。肉体が凶器化するというモチーフは、塚本晋也監督が『鉄男』(89)や『東京フィスト』(95)で度々扱っているものでもある。また、ピンク・ブロッサムを経営するマダム・ブロッサム(ルーシー・リュー)もただの遣り手ババアではなく、娼妓たちをセックスを武器にした暗殺者に育て上げる“くのいち軍団”の女ボスという正体が明かされる。ここらへんは、マギーQ主演の香港エロチックアクション『レディ・ウェポン』(02)の世界。アクション、エロス、ラブストーリーといった様々なエンタメ要素を、おのれの肉体を鋼鉄に変えてしまいたいという男性特有の変身願望が豪快に呑み込んでいく。

娼館を営むマダム・ブロッサム(ルーシー・リュー)。「男はセックスで骨抜きにして、寝首を掻いてしまえ」という恐ろしいサディスト。
両腕に鉄製義手をハメたブラックスミスと特異体質の巨人・金剛が一騎打ちするクライマックスは、数ある香港アクション映画の中でも名作カルトの誉れが高い『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』(75)ばりの大迫力。『片腕カンフー対空飛ぶギロチン』は隻腕の武術家と盲目の暗殺者が骨肉の争いを演じた。障害者同士、マイノリティー同士の対決が現代に甦る。特異体質の金剛は母国ではまともに暮らすことができず、自分を必要としてくれる異国へと流れ着いたのだろう。スミスも故郷の喪失者であり、両腕を失ったことで逆に胸の奥底に封印していた闘争心を覚醒させることになる。異能者同士の血戦は見せ物感たっぷりだが、そこには健常者が身障者に抱く畏敬の念が込められている。パラリンピックの車いすマラソンや車いすラグビーに出場する選手たちのケタ外れの身体能力と精神力の強さに健常者が恐れおののくように。健常者が語りえない特殊な肉体言語のドラマが紡がれていく。
これだけ様々な作品の要素をブレンドすると消化不良に陥るところだが、ヒップホップ界で活躍するRZAは音楽だけでなく映像的なリミックス感覚にも優れているようだ。カンフー映画へのオマージュを前面に押し出しつつ、オリジナル性のある新しいアクションエンターテイメントにまとめ上げた。多種多様なB級映画のギミックを組み合わせた『アイアン・フィスト』は、言うなれば“フランケンシュタインの怪物”だ。この継ぎはぎだらけの怪物に生命を吹き込むのは、映画評論家でも興収ランキングでもない。RZAのリミックスセンスとアナタの中に眠る人体改造願望が触れ合ったとき、スクリーンの中に最強戦士が誕生する。
(文=長野辰次)
『アイアン・フィスト』
監督・音楽・脚本/RZA 共同脚本/イーライ・ロス プレゼンツ/クエンティン・タランティーノ 出演/ラッセル・クロウ、RZA、ルーシー・リュー、リック・ユーン、ジェイミー・チャン、カン・リー、デビッド・バウティスタ、バイロン・マン、ダニエル・ウー、パム・グリム、チェン・カンタイ、レオン・カーヤン、リュー・チャーフィー 配給/シンカ R15 8月3日(土)より渋谷シネクイントほか公開 <
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(C)2012 Universal Pictures
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