
聾唖者たちがむきだしの演技を見せる『ザ・トライブ』。セルゲイ(グレゴリー・フェセンコ)とアナ(ヤナ・ノヴィコヴァ)との恋愛は成就するのか。
聾唖学校を舞台に、手話による交流を描いた青春感動ドラマなのだろうと勝手に想像していた。上映が始まり、自分の思い込んでいたイメージとは180度異なり唖然呆然となる。ウクライナ映画『ザ・トライブ』は聾唖学校が舞台だが、そこで描かれているのは暴力とセックスが横行する世界。障害者たちのコミュニティ内でのヒエラルキーの凄まじさに凍り付いてしまう。字幕も吹替えもなし。実際の聾唖者たちによる手話によって、ドラマは進んでいく。観る者は必然的に主人公の置かれている状況と前後の展開、手話に込められた感情と顔の表情で内容を推し量るしかない。それゆえに観る側は、通常の映画とは比べものにならないほどの集中力でスクリーンを凝視することになる。
主人公は純朴そうな若者セルゲイ(グレゴリー・フェセンコ)。どうやら聾唖学校への転入生らしい。全寮制の学校で、セルゲイはなかなか自分の居場所を見つけることができない。校内は族(トライブ)が仕切っており、セルゲイは校舎裏に呼び出されて裸にされ、族のリーダーからボディチェックを受ける。さらに族のメンバーが囃し立てる中、腕力自慢の男子生徒たちにかわいがられることに。新顔への手荒い歓迎会だ。ここでセルゲイは予想以上のタフさを見せ、複数人を相手に互角にやりあってみせる。セルゲイはリーダーに気に入られ、族の一員として迎え入れられる。校内でのカツアゲに留まらず、聾唖学校で作ったと思われるお土産品の実習販売に見せかけて、列車内での窃盗にも励む。セルゲイは族の中で実力者として頭角を現わしていく。

寄宿舎で暮らすアナたちは体を売ることで、せっせとお金を稼ぐ。彼女が守銭奴になったのは、自分の置かれた現状から脱出するためだった。
族は裏ビジネスにも手を出していた。リーダーの愛人・アナ(ヤナ・ノヴィコヴァ)と同室の女の子は、夜になると寮を抜け出し、トラックの運転手たちを相手にした売春にいそしむ。ある晩、アナたちをトラックの溜まり場まで送迎していた上級生が、バックするトラックの発信音が分からずに轢死してしまう。その後任に選ばれたのがセルゲイだった。ビッチなファッションに着替えたアナに接しているうちに、セルゲイは辛抱たまらずお金を渡して筆下しをお願いする。セルゲイ、エッチのほうでもパワーファイターぶりを発揮。無言で肉体と肉体をぶつけ合うセルゲイとアナ。セルゲイはリーダーへの上納金をチョロまかしてはアナに貢ぎ、組んずほぐれつの愛欲の日々が続く。リーダーの女に手を出し、しかも上納金をくすねていたことがバレ、セルゲイはリンチに。アナは妊娠が発覚。セルゲイとアナの欲望に身を任せた青春は静かに崩れていく。
本作が長編デビュー作となるミラスラヴ・シュボスピツキー監督は、1974年ウクライナの首都キエフ生まれ。「子どもの頃に通っていた学校の近くに聾唖学生たちの寄宿舎があり、彼らのコミュニケーションの取り方、ゼスチャー、ケンカの仕方に惹き付けられた」と語っている。全員が聾唖者であるキャストはSNSを使って募集し、ロシア、ウクライナ、ベラルーシから集まった約300人の中からオーディションで選ばれた。カツアゲ相手の足を掴んで、逆さ吊りにしてみせる怪力を見せた主人公セルゲイ役のグレゴリー・フェセンコは、キエフのリアルなストリートキッズ。撮影期間の3カ月、不良仲間から隔離しての俳優デビューだった。大胆なセックスシーンに挑んだアナ役のヤナ・ノヴィコヴァもまったくの新人で、チュリノブイリに近いベラルーシ出身。女優になるために、恋人と別れての決意の出演だった。撮影の合間、キャストやスタッフは反政府デモや暴動に度々参加していたそうだ。それもあって、作品の中にも殺伐とした乾いた空気が流れ込んでいる。

異様なほどリアルな堕胎シーン。手術室代わりの浴室に、アナの悲痛なうめき声が響く。手話が分からない分、恐怖感が遅れて一気に押し寄せてくる。
手話を学んだ人なら、本作をまるっと理解できるかというと、そうでもない。本作のキャストが使っているのはウクライナ手話なので、日本人が彼らの手話内容を完全に理解することは難しい。手話をボディランゲージとして受け止め、登場人物たちの迫真の表情から真意を読み取るしかない。戸惑い、苛立ちを覚えながらも物語を懸命に追いかけていくうちに、少しずつ状況が読めてくる。売春の元締めをしているオッサンは聾唖学校の教員であること。もしかしたら、この学校のOBなのかもしれない。アナが中絶手術を受けることになる闇の堕胎屋も言葉を話さない。彼女も聾唖者らしい。そしてアナと同室の女の子が売春に明け暮れているのは、ウクライナという旧共産圏の国を出て、もっと自由な国・イタリアに行くための資金集めであることが分かってくる。裏ビジネスに手を染めなくては生きていけない障害者たちのリアルな現状を本作は伝えるだけではない。彼らは法は犯しているが、健常者からの助けを借りずに自分の力で生きようとしている。その毅然とした表情に心を動かされる。
『ザ・トライブ』はサイレント映画時代に先祖返りしたかのようなエネルギッシュさに満ち、また言語が発明されるよりも昔、バベルの塔が崩壊する以前の神話時代の出来事に立ち会っているかのような厳粛さも感じられる。チェルノブイリ原発事故やベルリンの壁崩壊後に生まれたセルゲイやアナたちは、それこそ本能にとても忠実に生きる新しい“種族”なのかもしれない。そして荒々しい血に塗られた物語のクライマックスには、“サイレント・オブ・バイオレンス”とでも称すべき驚愕の結末が待ち受けている。言葉の綾ではなく、本作を最後まで見届けた瞬間、まさに言葉を失うことになる。
(文=長野辰次)

『ザ・トライブ』
脚本・監督/ミロスラヴ・スラボシュピツキー 出演/グレゴリー・フェセンコ、ヤナ・ノヴィコヴァ、ロザ・バビィ 字幕なし・手話のみ 配給/彩プロ、ミモザフィルム R18+ 4月18日より渋谷ユーロスペース、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー中
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