会議は全員オムツをはいて出席せよ!? オーナー一族への忠誠を強いる財閥社会の異様さ『ベテラン』

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ファン・ジョンミンが熱血刑事に扮した『ベテラン』。ジョンミンは『新しき世界』(13)のエスカレーターでの血みどろの死闘が忘れがたい
 サム・メンデス監督の『007 スペクター』(公開中)が洗練された娯楽映画の極致ならば、それとは真逆の味わいが楽しめるのがリュ・スンワン監督の『ベテラン』だ。『007』シリーズと同じくアクション映画だが、刑事ドラマである本作はとことん泥くさく、汗くさい。主人公である刑事たちはまるでドブすくいするかのように、現代社会の闇の部分に手足を突っ込むことになる。スタイリッシュなかっこ良さには無縁の主人公だが、汗だくでキムチ鍋を食べ終えた後のような爽快さのあるエンディングが待っており、韓国で1300万人を動員する大ヒットとなった。  リュ・スンワン監督は『生き残るための3つの取引』(10)で警察組織の腐敗、『ベルリンファイル』(13)で北朝鮮と韓国との熾烈な諜報戦、と硬派なテーマを扱ってきた。スンワン監督が今回斬り込んだのは、韓国社会を実質的に支配している財閥企業の横暴さだ。大韓航空(韓進グループ)の副社長が起こした「ナッツリターン事件」が大騒ぎになったことは記憶に新しい。また近年だけでも、自動車メーカーを中心にした現代グループでは創業者の孫たちが大麻吸引、韓国最大の財閥であるサムソン電子グループでは会長の孫息子のエリート中学への裏口入学疑惑が問題となった。企業内だけでなく、一般社会でもわがもの顔で振る舞うオーナー一族への庶民の不満は溜まりに溜まっている。そんな庶民の鬱憤を代弁するのが、韓国きっての男気俳優ファン・ジョンミン演じるベテラン刑事とその仲間たちだ。  広域捜査隊のソ・ドチョル(ファン・ジョンミン)はいつも荒っぽい捜査で、出世には縁遠い刑事だった。そんなドチョルは監修をつとめたTVドラマ『女刑事』の打ち上げに呼ばれる。華やかな女優たちがいるパーティー会場で、鼻の下を思いっきり伸ばすドチョル。美味しい食事とお酒にありつこうとするが、会場で異様な光景に出くわす。身なりのいい若者が、美人モデルや屈強なボディガードたちをまるで家畜同然に扱っている。その若者はTVドラマのスポンサーである財閥企業シンジングループの御曹司チョ・テオ(ユ・アイン)だった。テオはずっと鼻をグシュグシュさせていた。ドラッグ常用者の癖だ。せっかくの酒の席を台無しにされたドチョルは、テオに向かって「法は守れよ」と釘を刺すことしかできなかった。  しばらくしてドチョルに電話が掛かってくる。以前から交流のあった子連れのトラック運転手ペ(チョン・ウンイン)が自殺未遂で病院に運ばれたのだ。ペが自殺した場所はシンジングループの中核会社シンジン物産の本社ビルだった。ペ親子は賃金の未支払いが続いていることを本社まで直訴し、その直後にペは非常階段から身投げしたという。事件の臭いを感じたドチョルは、大企業の社内で起きた自殺事件の真相を探り始める。「先輩と一緒にいるとロクなことにならない」と嘆きながらも、ミス・ボン(チャン・ユンジュ)ら広域捜査隊の同僚もドチョルの捜査に協力する。
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財閥企業の三代目チョ・テオ(ユ・アイン)。エリート然とした態度を見せるが、後妻の息子であることをコンプレックスに感じている。
 大企業がマスコミに広告を大量出稿することで不祥事ネタを封じるのは日本でも見慣れた風景だ。本作ではそれ以上に財閥系大企業のおかしさが描かれる。シンジングループの全体会議に会長が出席することになり、社員は全員紙オムツをはくことが強要される。会長がいる会議の途中でトイレに立つなど許されないからだ。また、会長の息子テオはスポンサーである立場を利用し、CMやTVドラマに出演する女優やモデルを好きなようにもてあそぶ。オーナー一族が法律や企業倫理に反することをしていても社員は誰もとがめない。むしろ積極的にその尻拭いに努め、社内での自分の立場を守ろうとする。韓国では創業者一族によるグループ企業の経営が当たり前となっており、そんな財閥によって韓国経済は支えられている。韓国において巨大財閥は、実にアンタッチャブルな存在なのだ。  アクション演出を得意とするリュ・スンワン監督ならではの痛~い描写がある。トラック運転手のペが幼い息子を連れて、シンジン物産まで陳情に向かったシーンだ。一見すると温厚そうなチョ・テオはペの言い分を熱心に聞き、賃金を支払わない運送会社のチョン所長(チョン・マンシク)を呼び出す。ここまではいい。そこでテオは、ペとチョンにそれぞれボクシンググローブを渡し、男らしくこの場で決着をつけろという。ただ働いた分の賃金を受け取りたいだけのペは一方的にボコボコにされ、その様子をテオはニヤニヤして観戦している。殴られているペは肉体以上に心が痛い。息子の前で無様に殴られ続けているからではない。息子が正義よりも権力や暴力のほうが強いと思うようになってしまうことが辛いのだ。
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ミス・ボン(チャン・ユンジュ)をはじめとする広域捜査隊の仲間たち。出世の見込みのない先輩ドチョルの男気にほだされて捜査に協力する。
 今回のスンワン監督はアクションとドラマとの配分が抜群にうまい。出番は少ないが、主人公ドチョルの妻ジュヨン(チン・ギョン)の出演パートも効果的だ。稼ぎが少なく、ひとり息子の教育にも理解が乏しい夫のことをいつも愚痴っているジュヨン。そんな彼女のもとにシンジン物産の常務チェ(ユ・ヘジン)が現われ、ブランド品の高級バッグを手渡そうとする。バッグの中には札束がぎっしり。これ以上、夫に余計な首を突っ込ませるなということだ。このシーンの直後、ジュヨンは夫の職場に怒鳴り込み、同僚たちの前で夫をこっぴどく責める。「私だって女だから、高級バッグやお金を目の前にしたら、気持ちが揺れ動いてしまうのよ!」。誰だってお金は欲しい。権力者とうまく付き合って、夫にはもっと出世して稼いでほしい。でも、私が愛した男が、息子の父親がそんなケツの穴の小さな人間でいいのか。私や息子が惚れ惚れしてしまうような、かっこいい男でいてくれと。  古女房にケツを叩かれたドチョルは、大企業の威光に守られたテオへの追求の手を緩めない。シンジングループは政界にも手を回し、警察上層部から捜査中止命令が下りる。それでもドチョルはテオを追う。もう司法問題うんぬんではない。病院で意識不明状態のままのペやその息子に、このままでは合わせる顔がない。我が子に対しても、胸を張れる父親ではいられなくなってしまう。時として人間は自分のことよりも、自分以外の人間のためのほうがガムシャラになれる。クライマックスはソウルの繁華街・明洞でのド派手なカーチェイス&肉弾戦だ。逃げるテオに、汗くさくて重たいお父さんパンチが炸裂する。 (文=長野辰次)
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『ベテラン』 監督・脚本/リュ・スンワン 出演/ファン・ジョンミン、ユ・アイン、ユ・ヘジン、オ・ダルス、チャン・ユンジュ 配給CJ Entertainment Japan 12月12日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー (c)2015 CJ E&M CORPORATION,ALL RIGHTS RESERVED http://veteran-movie.jp/

世界一のプレイボーイが“ヤリチン”から卒業か!? 男が生き方を改めるとき『007 スペクター』

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ダニエル・クレイグ主演作『007 スペクター』。メキシコの祭り“死者の日”に参加したボンドは、亡霊(スペクター)に苦しめられることに。
 自由奔放に生きてきた男が、生き方を改めるときが来る。職場で責任ある仕事を任されるようになったとき、肉体的もしくは精神面での変化が生じたとき、そしてマジで惚れた女ができたとき。多くはこの3つのケースのどれかか、もしくはそれらの要素が複合した場合だろう。シリーズ最高傑作と評されている『007 スペクター』は、“世界一のプレイボーイ”として知られたジェームズ・ボンドがそれまでのライフスタイルを改める大転機作となっている。  初代ボンドをショーン・コネリーが演じた『ドクター・ノオ』(62)から、すでに半世紀以上が経つ。映画館で楽しむ英国発の伝統芸能となっている世界屈指の長寿シリーズ『007』は、英国の諜報員であるボンドが世界を股に掛けて国際的犯罪組織と戦うアクション映画としての面白さに加え、ボンドがどんな美女たちとメイクラブするのかがお楽しみとなっていた。ボンド自慢の濃厚フェロモンとベッドテクで、敵の放ったハニートラップ要員さえもボンドの虜にしてしまう。シャレたスーツを着こなし、どんなピンチにも動じず、美女たちとのロマンスも欠かせない。ジェームズ・ボンドは男が頭の中で思い描く“理想の男性像”だった。しかし、50年という時間の経過に伴い、社会情勢も大きく変化し、憧れの男性像もずいぶんと変わった。  ダニエル・クレイグ扮する6代目ボンドは、『ダイヤモンドは永遠に』(71)以来となる巨大犯罪組織スペクターと死闘を繰り広げることになる。前作『スカイフォール』(12)に続いての登板となるサム・メンデス監督はボンドとスペクターの首領(クリストフ・ヴァルツ)との因果関係を解き明かし、ダニエル・クレイグ就任後の『カジノ・ロワイヤル』(06)、『慰めの報酬』(08)、『スカイフォール』、そして本作に至る4作品を総括する。ボンドカーの秘密装置は『ゴールドフィンガー』(64)、ボンドが列車内で戦うシーンは『ロシアから愛をこめて』(63)や『私を愛したスパイ』(77)のオマージュとなっており、オールドファンを喜ばせる。その上で、これまでの歴代ボンドたちがうかつには手を出すことができなかった問題に6代目ボンドは挑むことになる。  スパイとしては非常に優秀だが、愛する女性を守ることができなかったというトラウマを6代目ボンドは抱えている。『カジノ・ロワイヤル』では本気で惚れた女ヴェスパー(エヴァ・グリーン)を目の前で失い、前作『スカイフォール』では家族のいないボンドにとって母親代わりだったM(ジュディ・リンチ)の死も見届けるはめになった。仕事はできても、自分にとっての大切な人を守れずにいることに悩むボンド。メキシコ、イタリア、オーストリア、モロッコ……と世界各地で大掛かりなロケが行なわれ、スケールの大きさを感じさせる本作だが、作品の主題はボンド自身のとてもプライベートなものとなっている。
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『アデル、ブルーは熱い色』でギンギンの官能艶技を披露したレア・セドゥがボンドガールに。役名はマドレーヌ・スワンと『007』ならではの珍名。
 6代目ボンドの何とストイックなことか。初代ボンドことショーン・コネリーは『ゴールドフィンガー』ではレズビアンである悪女プッシー・ガロア(オナー・ブラックマン)を濃厚キスで改心させた(今だったらLGBT関係の団体から訴えられるよ)。日本ロケ作品『007は二度死ぬ』(67)では海女である浜美枝と偽装結婚するというダークな一面も見せている。3代目ボンドのロジャー・ムーアは『ムーンレイカー』(79)で無重力ファックしている様子を衛星生中継され、『美しき獲物たち』(85)では筋肉女グレイス・ジョーンズとベッドを共にした。かつてのボンドたちのお盛んぶりに比べると、亡くなった女性を想い続ける現在のボンド像は隔世の感がある。  本作には2人のボンドガールが登場する。年季の入ったファンのために、美熟女モニカ・ベルッチを用意。しかも夫を亡くしたばかりの喪服が似合う後家さんというマニア好みの設定にしてある。ボンドは自分が殺した男の未亡人と危険な関係を持ち、首尾よく犯罪組織の情報を手に入れる。モニカ・ベルッチはボンドに利用される旧来のボンドガール的役回りだ。もうひとりはボンドと対等なパートナーシップを結ぶことになる新しいボンドガール像のレア・セドゥ。『アデル、ブルーは熱い色』(13)で大胆ヌードを披露したレア・セドゥは、我が道を突き進むジェンダーフリーなキャラがよく似合う。そんな彼女が演じるマドレーヌは、ボンドと生死を共にすることで激しい恋愛感情が燃え上がる。自分の意志を持つマドレーヌと出会い、親密な関係になることで、組織の一員であるボンドはそれまでの自分の生き方を問い直すことになる。任務のためとはいえ数多くの女性たちと夜を共にしてきたセックスライフも、死んだ女性に捕らわれ続けるネガティブな思考性もリセットすることを考え始める。かつては男が憧れる“理想の男性”だったボンドが、女性にとっても好ましい“理想の大人”へと成熟していく。
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歴代最年長ボンドガールとなったモニカ・ベルッチ。『アレックス』(02)でも悲惨な目に遭ったが、薄幸キャラは美女だけに許された特権だ。
 代替わりの度にボンド像は軌道修正が加えられてきたが、過去いちばん顕著だったのは2代目ボンド、ジョージ・レーゼンビーが唯一主演した『女王陛下の007』(69)だった。このときの2代目ボンドはピンチを救ってくれたテレサ(ダイアナ・リグ)と結婚式を挙げ、ハネムーンに出掛ける。生涯独身だと思っていたボンドが身を固めたことに、当時のファンは驚き、またあまりのサプライズなエンディングに『女王陛下の007』は興行的にコケてしまった。ニューシネマ風味のドラマとしては高く評価できる『女王陛下の007』だが、ファンの間ではなかったことになっている。当時は支持されなかった、ひとりの女性を愛したことで欠番扱いとなっていたボンド像を、サム・メンデス監督は現代的にリブートした格好だ。  長年のファンが観ても楽しめ、女性層も納得できる『007 スペクター』は非常に完成度が高い作品だが、でもそれゆえに一抹の侘しさも覚える。かつてのボンドたちがセクシーなボンドガールたちを相手にハチャメチャしていた頃の能天気さが胸に去来する。男が生き方を改めるとき、男は一瞬だけ過去を懐かしむノスタルジックな想いに駆られる。 (文=長野辰次)
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『007 スペクター』 監督/サム・メンデス 出演/ダニエル・クレイグ、クリストフ・ヴァルツ、レア・セドゥ、ベン・ウイショー、ナオミ・ハリス、デイヴ・バウティスタ、モニカ・ベルッチ、レイフ・ファインズ  配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント 12月4日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー  SPECTRE (c) 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights reserved. http://www.007.com/spectre

安楽死マシンを発明したジイサンに注文が殺到! 尊厳死コメディ『ハッピーエンドの選び方』

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尊厳死、安楽死をテーマにした『ハッピーエンドの選び方』。尊厳死が認められている国はスイス、オランダ、ベルギー、米国の一部の州などまだ少ない。
 人間の一生は長い長い、ひと幕ものの即興劇だ。喜劇にしろ悲劇にしろ、多くの共演者やスタッフに支えられることで充実した舞台となる。千秋楽を迎えた主演俳優なら誰しも思うだろう。できれば共演者やスタッフにさりげなく感謝の意を示し、自分にふさわしい幕引きにしたいと。イスラエル映画『ハッピーエンドの選び方』は人生のフィナーレを病院の決まり事や法律に縛られることなく、自分たち自身の手で決めることを願うおじいちゃんおばあちゃんたちの奮闘を描いたもの。尊厳死や安楽死という身体がピンピンしている間は考えることが少ない題材に、ユーモアを交えてマジメに向き合った作品となっている。  主人公はイスラエルの首都エルサレムにある老人ホームで暮らすヨヘスケル(ゼーブ・リバシュ)。発明好きで、神さまとお話ができる電話(ボイスチェンジャー機能付きの電話)や一週間分の薬を定時ごとに差し出してくれる自動機械など、人の役に立つのかビミョーなものばかり作っている。愛妻レバーナ(レバーナ・フィンケルシュタイン)も同じ施設で暮らしており、娘もかわいい孫を連れてよく会いに来てくれる。幸せなシニアライフを送っていた。いつもは夫ヨヘスケルの発明に寛容なレバーナだったが、どうしても許せない発明品を夫は作ってしまう。それは自動安楽死装置だった。病院で寝たきり状態で苦しんでいる親友のために作ったもので、本人がスイッチを押せば点滴に麻酔薬が流れ、眠りに就くようにあの世に旅立てるというものだった。  親友夫婦から懇願され、一回きりの使用で終わるはずの安楽死装置だったが、老人たちの間に瞬く間に評判は広まり、ヨヘスケルは頭を抱えることになる。  愛する人をこれ以上苦しませたくない、家族が介護で疲れ果てるのを見るのが耐え難い……。それぞれに切実な事情があり、ヨケスケルは無下に断ることができない。一方、安楽死に反対していたレバーナは認知症の傾向が現われ、日によってヨヘスケルの顔が分からなくなっていく。「この施設では対処できない」と老人ホームからの退去を迫られることに。ヨヘスケルとレバーナ、そして老人ホームで暮らす仲間たちは、自分らにとってのいちばんのハッピーエンドは何かを考えることになる。  尊厳死、安楽死という超シリアスなテーマをコメディとして描いたのは、イスラエル在住のシャロン・マイモン&タル・グラニットという男女2人組の監督ユニット。シャロン監督から持ち掛けられた企画にタル監督が賛同し、共同脚本&監督作として完成させた。シャロン監督は1973年生まれ、タル監督は1969年生まれと、人生のエンディングを考えるにはまだ早い年齢だが……。 シャロン「僕の体験が企画のきっかけになったんだ。以前交際していたボーイフレンドのおばあちゃんがガンを患って80歳で息を引き取ったとき、僕もその場に立ち会っていたんだ。おばあちゃんはようやく苦しみから解放され、安らかな眠りに就けるんだなと思っていたら、心臓が止まってからも30分間ずっと延命処置が続いた。その光景がとても不条理なものに感じられたんだよ。そのことがきっかけで、自分の人生の終わり方は自分で決められるようにしたらどうだろうと、この映画のアイデアを思い付いたんだ」 タル「シャロンからアイデアを聞いて、興味深いテーマだと思ったわ。私も親しい存在を失った経験があったから。私の場合は、かわいがっていた犬なんです。家族同様に世話をしていた犬が二匹いたんですが、どうしても安楽死させなくちゃいけない状況になってしまって。私のこれまでの人生でいちばん辛かった体験。それもあって、命あるものが最期まで生きること、そして別れを迎えることに、映画を通して向き合ってみようと思ったんです」
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世間の常識に縛られずに生きる老人ホームのやんちゃな仲間たち。イスラエル建国期を知る第一世代であり、みんな異なる国からの移民者たちだ。
 タル&シャロン監督、ともに日本映画が大好きとのこと。黒澤明監督作や滝田洋二郎監督の『おくりびと』(08)など、独特の死生観が浮かび上がっている作品に魅力を感じているそうだ。『ハッピーエンドの選び方』でヨヘスケルが同じ老人ホームで暮らす獣医のダニエル(イラン・ダール)やその恋人でマッチョな元警察官ラフィ(ラファエル・タボール)らの協力を得て、安楽死を決行する様子は、『七人の侍』(54)の侍たちをイメージしたとシャロン監督は笑いながら語る。居場所を失った高齢者たちがチームを結成し、自分たちの死に場所を探すというコメディ展開は、北野武監督の最新ヒット作『龍三と七人の子分たち』にも似ていると告げると、2人は大喜びした。 タル「まだ『龍三と七人の子分たち』は観ていませんが、北野作品と共通するものがあると言ってもらえるなんて、とても光栄です。イスラエルでも北野作品はいつも劇場公開されていて、広く親しまれています。世界中の監督たちの中でも北野監督は飛び抜けた存在。天才中の天才だと思うわ」 シャロン「まったくの同感だね(笑)。僕の前作『A MATTER OF SIZE』(日本未公開)は相撲を扱ったコメディなんだけど、キタノというキャラクターを出したくらい、僕も北野監督が大好き。北野作品はバイオレンスものもいいけど、僕は『HANA-BI』(98)や『菊次郎の夏』(99)にすごく感動した。確かに北野作品は死生観をテーマにしたものが多く、『ハッピーエンドの選び方』にも通じるものがあるよね。強いて違いを挙げるなら、北野作品では主人公が自殺願望、破滅衝動を抱えていることがネガティブに描かれているけれど、『ハッピーエンドの選び方』ではGood Deathとしてポジティブに描いたという点かな」
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ヨケスケルの妻レバーナは認知症が徐々に進行していた。長年連れ添ってきた夫の顔が分からなくなっていくことがレバーナには辛い。
 Good Deathという短い言葉の響きが何とも耳に残る。人間の生を肯定的に受け止めるのなら、その着地点である死を忌み嫌い、切り離して考えるのはおかしなことだ。自分に与えられた人生を懸命に生き抜いた人間が、Good Deathを望むのは然るべきことだろう。 シャロン「米国のオレゴン州では尊厳死が合法となっていて、末期状態の患者は医者に致死量の薬を処方してもらうことが可能なんだ。でも実際には処方薬は服用しない人がほとんど。自分の人生のエンディングを病気や病院側の都合ではなく、自分自身で決められることに多くの人は安心できるんだ」 タル「自分が愛する人たちに自分の想いをきちんと伝えて、それから愛する人たちに見守られて旅立つことができれば、すごく幸せなことじゃないかしら。それは神さまからの祝福であり、天からの贈り物だと思うわ」  2人の話を聞いているうちに、自分が最近亡くした近しい人の顔が思い浮かび、ふと目頭が熱くなってしまった。その人はいつもニコニコと笑っていた。最期は苦しまずに旅立つことができたのだろうか。顔を上げると、タル&シャロン監督が「大丈夫?」と心配そうな表情で近くにあったテイッシュを手渡してくれた。逢ってからまだ30分しか経っていない日本人の記者に、そんな気遣いができる監督たちがウィットたっぷりに完成させたコメディが『ハッピーエンドの選び方』だ。  映画のラストシーン、長年生活を共にしてきたヨヘスケルとレバーナが最期に交わす言葉はとても短く、そして温かい。恋人たちにとって最高のエンディングだろう。 (文=長野辰次)
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『ハッピーエンドの選び方』 監督・脚本/シャロン・マイモン、タル・グラニット 出演/ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール、ラファエル・タボール  配給/アスミック・エース 11月28日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー (c)2014 OIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION. http://happyend.asmik-ace.co.jp

食人族にカルト狂団!! 阿鼻共感のイーライ・ロス祭り『グリーン・インフェルノ』『サクラメント』

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『グリーン・インフェルノ』の主演女優ロレンツァ・イッツォ。撮影後、イーライ・ロス監督とめでたくご結婚。
 あまりにもおぞましい地獄絵図は、観る者の身の毛を逆立たせるだけでなく、同時にトラウマ級の感動も与えてくれる。超絶ゴーモン映画『ホステル』(05)で知られるイーライ・ロス監督の『ホステル2』(07)以来となる監督作『グリーン・インフェルノ』は、まさに極彩色の地獄エンターテイメント。自然保護を訴える意識高い系の大学生たちがジャングルに足を踏み入れ、言葉の通じない人喰い族に生きたまま手足を千切られて食べられてしまうという超ブラックな内容だ。悪趣味もここまで極まれば、お見事というしかない。さらに同日公開されるのが、イーライ監督が製作&共同脚本を手掛けた『サクラメント 死の楽園』。1978年に南米ガイアナで起きたカルト教団集団自死事件を再現したドキュメンタリー仕立ての作品で、教祖の指示によって信者914人が服毒死を遂げたというリアルな狂気にさぶいぼが立つ。イーライ監督がスカイプで寄せてくれたメッセージを交えながら、とんでも映画2本を紹介しよう。  R18指定された『グリーン・インフェルノ』の元ネタは、日本では1983年に劇場公開されたフェイクドキュメンタリーの先駆的作品『食人族』(80)。南米の未開のジャングルへ取材に向かった撮影隊が行方不明に。数年後に撮影済みのフィルムが発見され、そのフィルムには撮影隊が食人族に食べられる様子が収められていた……というグロ~い内容で、当時はマジなスナッフフィルム(殺人映像)だと騒がれた。1972年生まれ、米国のインテリ一家で育ったイーライ監督にとって、『食人族』との出会いは強烈な体験となった。 イーライ「日本盤のレーザーディスクで『食人族』を観たんだ。すでにホラー映画好きだったけれど、あんな映画を観たのは初めてで興奮したのを覚えているよ。まるで本物かと思うくらいの衝撃を受けたんだ。当時はネットもなかったし、映画についての情報も少なかった。食人族は実在するんだと思っていた(笑)。しばらく後で観た『人喰族』(84)にもびっくりした。ティーンだった僕に強烈なインパクトを与えてくれた『食人族』や『人喰族』のトリビュート作品として、『グリーン・インフェルノ』は撮ったんだ。『食人族』を撮ったルッジェロ・デオダート監督らの作品をけなす人もいるけれど、そんな人たちから僕の大切な作品を守りたいという気持ちもあったんだ」  伝説の映画に出会った自身の極上体験を今の若いスマホ世代も阿鼻共感できるよう、イーライ監督は現代的にアレンジしている。イーライ監督の悪趣味のよさが存分に楽しめる。都会で暮らすお嬢さま大学生のジャスティン(ロレンツァ・イッツォ)は環境破壊に抗議するアレハンドロ(アリエル・レビ)らの活動に興味を覚え、共にアマゾンの奥地へ。違法な開発工事が進む様子を動画中継し、世界中に配信する。デジタルツールを駆使したアレハンドロらの頭脳戦は成功し、工事は中止を余儀なくされる。勝利に酔いしれる学生たちは帰りのセスナ機に搭乗するも、エンジントラブルでジャングルのど真ん中に墜落。彼らが救ったはずの未開の裸族に生け捕りとなり、学生たちは一人ずつ、目玉をくりぬかれ、舌は刻まれ、内蔵はすすられ、キレイに丸ごと食べられてしまう。たった数日前まで快適な都市生活を享受していた彼らは、あまりの環境の激変ぶりに発狂寸前。テクノロジーの進化がデジタル世代の若者たちを気軽な冒険へと駆り立て、そのことが“人体の踊り喰い”という究極の身体的痛みと絶望へと導いていく。
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スマホの通じないジャングルで食人族に襲われる恐怖を描いた『グリーン・インフェルノ』。食人族に“好き嫌い”という概念は存在しない。
イーライ「今のネット文化を見ていて、閃いたんだ。スマホでのツイッターやフェイスブックに依存し、SNS上ですべての善悪を決めたがっている現代人と、そんな文化とは切り離れた民族との遭遇を描いてみようとね。ネットを駆使できる現代人は自分たちのことを賢いと思っているけど、実際はどうなんだい? と問い掛けるものにしたんだ」  ホラー映画オタクが作った安直なリメイクものと思われかねない『グリーン・インフェルノ』だが、実はかなりの労作。撮影隊は毎朝5時に宿泊地を出発して、往復5時間かけてペルーの山奥へ。虫に刺され、スコールや病気に悩まされながらも日没までの撮影を続けた。さらにすごいのが、食人族を演じているのは現地の原住民たちだということ。映画を一度も観たことのない彼らに『食人族』のDVDを見せ、出演オファーしたというとんでもエピソードを残している。 イーライ「現地の人たちに『食人族』を見せたのは僕じゃなくて、ペルーのプロデューサーだったんだけどね(笑)。残念ながら僕はその時はいなかったんだ。でも、現地の人たちはものすごく温かく僕らを迎え入れてくれた。電気のない彼らの集落での生活は、いつもスマホやパソコンから離れられずにいる僕らには新鮮極まりないものだった。彼らへの演出は、撮影の前日に助監督たちが現地でアクティングゲーム、まぁ演技遊びみたいなことをして、その様子を映像に撮って、どの人がカメラ映りがいいか、どの場面にハマるかを考え、それぞれにピッタリの役を選んだんだ。そうすることで、迫真の食人族になったというわけさ(笑)」 『食人族』のDVDを参考に俳優デビューを飾った現地の人々に囲まれ、“処女の血”を求められる女子大生ジャスティンを演じたのはチリ出身の若手女優ロレンツァ・イッツォ。ふんどし姿でジャングルを走り回る姿に胸を打たれる。俳優でもあるイーライ監督とは『アフターショック』(12)でも共演した仲で、『グリーン・インフェルノ』の撮影後に2人は結婚。過酷なジャングルでのロケ中に愛を育んだらしい。下世話にそのへんのことも尋ねてみると、笑顔で答えてくれた。 イーライ「撮影中にロレンツァに惚れた瞬間があったか? ロレンツァがジャングルを流れる濁流の中に入っていくシーンがあったんだけど、彼女はためらうことなく川の中に入っていったんだ。そのときの彼女を見て、僕は結婚を決めたのさ。ハハハ、まぁこれは冗談だけどね。でも僕は日常生活のパートナーとして、また一緒に作品を作る協力者として素晴しい相手を得ることができたと確信しているよ。過酷なロケ地に同行してくれ、こんな素敵な相手と映画を作ることができた僕は幸せものさ。次回作『Knock Knock(仮)』で彼女はサイコパスを演じているけど、これは彼女のために用意した役。女優としてもサイコーだよ」
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実録映画『サクラメント 死の楽園』より。教祖の命令により信者たちは次々と服毒死を遂げる。死者914人の中には幼い子どもも少なくなかった。
 自分の愛する女をジャングルに連れていき、まず“食人族”に襲わせるというイーライ監督の痺れるような変態性愛! そして、それに応えるロレンツァ。園子温監督が意中の女性だった神楽坂恵を『冷たい熱帯魚』(10)や『恋の罪』(11)でむきだしにさせたのに通じるものを感じさせるではないか。『グリーン・インフェルノ』は監督のサディスティックさとマゾヒスティックな女優魂が織り成す珠玉の恋愛ドキュメンタリーでもあったのだ!! 『グリーン・インフェルノ』だけでもう腹いっぱい状態だが、同日公開される『サクラメント 死の楽園』はまた違った味覚で楽しませてくれる。前述したように実在のカルト教団・人民寺院で起きた惨劇を題材にした作品なのだが、教団の信者たちが暮らすコミュニティーを取材に来た撮影クルーは平和な楽園が教祖の命令で死体の山が積み重なる地獄へとたちまち変貌していく一部始終を目撃することになる。しかもPOVスタイルで撮影されているため、観客も現場に居合わせたような臨場感を伴う。信者たちに「ファーザー」と呼ばれる教祖(ジーン・ジョーンズ)が現実の楽園に終わりが来たことを告げ、信者に服毒死を呼び掛けるアナウンスが流れるシーンの不気味さに肌が粟立つ。 イーライ「日本では2本同時に劇場公開されるんだね! 初めて知ったよ、サイコーだね(笑)。『サクラメント』はタイ・ウェスト監督が人民寺院事件の映画化に並々ならぬ熱意を持っていたので、僕はプロデューサーとして協力したんだ。教祖役のジーン・ジョーンズは本当にいい俳優で、今回も素晴しく恐ろしい演技を披露してくれたよね。日本のみなさん、2本とも存分に楽しんでください♪」  クレイジーサンタからのちょっと気の早いWプレゼント。クリスマスを待たずに、さっそく開封してみたい。 (文=長野辰次)
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『グリーン・インフェルノ』 監督・脚本・製作/イーライ・ロス 脚本/ギレルモ・アモエド 出演/ロレンツァ・イッツォ、アリエル・レビ、アーロン・バーンズ、カービー・ブリス・ブラントン、スカイフェレイラ  R18 配給/ポニーキャニオン 11月28日(土)より新宿武蔵野館ほか全国公開 (c)2013 Worldview Entertainment Capital LLC & Dragonfly EntertainmentInc. http://green-inferno.jp
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『サクラメント 死の楽園』 監督・脚本・編集/タイ・ウェスト 製作・脚本/イーライ・ロス 出演/ジョー・スワンバーグ、AJ・ボーウェン、ケンタッカー・オードリー、ジーン・ジョーンズ  R15 配給/東京テアトル、日活 11月28日(土)より角川シネマ新宿レイトショーほか公開 (c)2013 SLOW BURN PRODUCTIONS LLC http://sacrament-death.jp

人生を変えてしまう快心のエッチがここにある!? 黒川芽以主演コメディ『愛を語れば変態ですか』

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こんな美女が作るカレーなら、毎日でも通いたい。『庖丁人味平』のブラックカレーに匹敵する病み付きになる味に違いない。
 人は誰かを愛するとき、その人は変態になる。愛を知った人は、常識や世間体という拘束着を脱ぎ捨て、すっぽんぽんの変態となる。社会生活を営む頭でっかちな人間から、本能まるだしな野生動物へと変態を遂げる。野生の力を取り戻した変態は、拘束着を脱ぐことができない人間よりも圧倒的に魅力的だ。黒川芽以主演のコメディ映画『愛を語れば変態ですか』は、平凡な人妻あさこが自分は変態であることを受け入れ、無敵の存在へと覚醒していく姿を描く。CGなどを使うことなく黒川芽以は、怪作『LUCY/ルーシー』(14)のスカーレット・ヨハンソンばりに変身することになる。  黒川芽以は、宮崎あおい、堀北真希、夏帆らを輩出した深夜ドラマ『ケータイ刑事 銭形』シリーズで3代目・銭形泪を演じるなど、ルックスと演技力を兼ねそろえた若手女優として早くから注目された存在だった。『グミ・チョコレート・パイン』(07)と『ボーイズ・オン・ザ・ラン』(10)では、主人公の運命を左右するファムファタールを熱演している。『横道世之介』(13)や『福福荘の福ちゃん』(14)での助演ぶりもよかったが、やはり主演女優としてスポットライトを浴びることで輝きが増すタイプのようだ。ふだんは清楚な人妻ながら、とんでもない素顔を持ち合わせるという二面性のあるキャラクターを楽しげに演じている。  本作の舞台は住宅街にある一軒のカレー屋。明日の開業を控え、あさこ(黒川芽以)と店長である夫(野間口徹)は準備で忙しい。夫が以前勤めていた職場の後輩・ボン(川合正悟)が手伝いにきているが、この男はまるで役に立たない。そんなボンに対しても、あさこはニコニコと明るい笑顔で接する。誰に対しても優しく振る舞う性格らしい。チャツネのような甘ったるさが漂うカレー屋に、おかしな男たちが次々と現われる。アルバイトの面接を受けにきただけなのに、店を仕切ろうとするフリーター(今野浩喜)、カレー屋の開店祝いにレトルトカレーを持参する空気がまるで読めない若者(栩原楽人)、血まみれ姿で大金入りのカバンを手にした不動産屋(永島敏行)。みんな、店長がどんなカレー屋を開こうとしているかには興味がない。厨房に篭っていても、その妖艶さを隠し切れない人妻あさこに男たちは夢中だった。
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一見すると清楚な人妻と思われていたあさこ(黒川芽以)だが、実はとんでもない性癖の持ち主だった。そのギャップがまたいいんです。
 招かれざる訪問者たちによって、あさこの意外な素顔が暴かれていく。若者はあさこにストーカー行為を重ねていた盗聴魔であり、あさこと過去に関係を持っていたことが分かる。あさこは、かなり年上の不動産屋ともただならぬ関係らしい。不動産屋はあさこと駆け落ちするために大金を強奪してきたのだ。不動産屋の「お前らは法律の範囲内で愛しているのか。俺は無制限にあさこを愛している」という言葉に、あさこはウルウルする。いいムードになるとついつい下半身を開いてしまう、超尻軽女だったのだ。関係を持った男たちはあさこに夢中になり、常規を逸した行動をとるようになる。マジメな夫はあさこのそんな性癖が心配で会社を辞め、カレー屋を夫婦でやることにしたのだ。誰があさこをいちばん幸せにできるのか。男たちは店内で死闘を繰り広げる。  本作でデビューを果たした福原充則監督は、劇団「ピチチ5」を主宰するなど演劇界で活躍する人物。カレー屋を舞台にした本作は、2006年に上演した「キング・オブ・心中」を映画用にアレンジしたもの。カレー屋を掻き乱すフリーターの今野浩喜(キングオブコメディ)は、主演映画『くそガキの告白』(12)で田代さやかを相手に窒息死寸前のエンドレスキスを決めている。2005年にオンエアされた『仮面ライダー響鬼』(テレビ朝日系)の少年役で注目された栩原楽人はSM映画『ナナとカオル』(11)で緊縛マニアの童貞に扮し、すっかり変態役もOKな俳優に成長した。大ベテランの永島敏行だが、若手時代には『遠雷』(81)で汗だくになりながらビニールハウス内で半青姦に励んでいた。変態について語り合うのに、なかなかの顔ぶれが集まったと言えそうだ。
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あさこが愛に目覚めた後半は予測不能な展開に。黒川芽以がブチ切れ演技を見せ、ストーリーも既成のセックス観も崩壊させていく。
 1960年代に北欧を発祥とする“フリーセックス運動”が起き、世界各国へと広まっていった。本来のフリーセックスは男女間の性差別を撤廃しようというジェンダーフリーを意味する言葉だったが、日本ではフリーセックス=誰とでもエッチするエロ革命だと誤解されてしまった。まるでギャグのようなエピソードだが、あさこと夫との間にもフリーセックス運動と同じくらい大きな誤解が横たわっている。夫はあさこに貞淑で明るい奥さんという理想の嫁像を押しつけようとするが、あさこは夫のそんな考え方が窮屈で堪らない。夫はあさこのことを誰とでも寝るフリーセックスな女と思っているが、あさこは女であるとか既婚であるとかに囚われずに自由に生きてみたいだけだ。夫との暮らしには不満はない、むしろ幸せを感じている。だから、その幸せをより多くの人に還元したい。夫はそれが理解できず、あさことあさこが感じている幸せを狭い店の中に閉じ込めようとする。これでは利益を独占する悪の資本家と同じではないか。愛は社会に還元することで、もっと大きな愛に育つ(かもしれない)。  あさこはみんなが愛をぞんざいに扱い、さらにはひとり占めしようとすることを憂う。両親が愛し合うことでみんな生まれてきたはずなのに、愛を交歓することを破廉恥なものと考えている。カレーの付け合わせはラッキョウと福神漬けのどちらにするかも大事だが、気持ちいいエッチをすることもとても大事ではないか。男たちが死闘を繰り広げたその日の夜更け、ずっとおとなしかったボンが「事故に遭ったと思って、僕に抱かれてください」とズボンを脱いであさこの上にのしかかる。性欲と支配欲を満たすことしか考えない男どもに対し、あさこの怒りが頂点に達し、そのときウルトラミラクルキスが炸裂する。この世には運命を一変させるような至高のエッチが存在するのだ。あさこは“愛の戦士”へと覚醒を果たす。新しい朝がきた。変態に目覚める朝がきた! (文=長野辰次)
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『愛を語れば変態ですか』 監督・脚本/福原充則 出演/黒川芽以、野間口徹、今野浩喜、栩原楽人、川合正悟、永島敏行  配給/松竹メディア事業部 11月28日(土)より新宿ピカデリーほかロードショー公開 (c)2015松竹 http://aikata.jp

皇室、五輪、放尿、滞納つづきの健康保険……曲がり角を過ぎたこの国の物語『恋人たち』

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橋口亮輔監督の7年ぶりとなる新作長編『恋人たち』。橋梁を叩いて安全性を確かめるアツシ(篠原篤)は、橋口監督の分身でもある。
 映画の冒頭、ヒゲづらの男が博多弁でとつとつと愛について語る。男はかねてより交際していた恋人にプロポーズした。どんな答えが返ってくるか、ドキドキする瞬間だ。答えはイエス。男はタバコはもうやめるけんと約束するも、恋人がシャワーを浴びている最中に、うれしさのあまりついタバコを一本吸ってしまう。当然、シャワーから出てきた彼女はタバコの匂いに気づく。男は怒られるかと一瞬ビクつくが、彼女はこう言った。「これから一緒に暮らしていく中で、少しずつ減らしていければいいね」と。ヒゲづらの男はたどたどしくも、かつて恋人と過ごした愛おしい時間を振り返る。そして観客は、その愛はすでに失われたものであること知る。『ぐるりのこと。』(08)以来となる橋口亮輔監督の7年ぶりの新作長編『恋人たち』は、愛を失い、現代社会で迷子になってしまった3人の“恋人たち”に寄り添い、彼らが不幸のどん底から懸命に這い上がろうとする姿を追っていく。  橋口監督は『ぐるりのこと。』で法廷画家(リリー・フランキー)の目線を通して、阪神大震災後に起きた神戸連続児童殺傷事件や地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪を取り上げ、日本の社会構造、日本人の精神構造が90年代に大きく変わったことを浮かび上がらせた。橋口監督がオーディションで選んだ3人の無名キャストを主演に起用した本作は、東日本大震災や原発事故を体験しながら、五輪を誘致することで御破算にしてしまおうという『ぐるりのこと。』以降の今の日本が描かれる。政権が変わっても庶民の暮らしはまるで変わらない。むしろ社会格差や無縁化はますます進んでいる。無名キャストが演じる3人の主人公たちは、社会の荒波に簡単に呑み込まれてしまう。それほどちっぽけな存在だ。  ヒゲづらの男・アツシ(篠原篤)は最愛の恋人と結婚したものの、通り魔によって伴侶の命はあっけなく奪われてしまった。あまりにも理不尽な出来事に遭遇し、アツシは働けなくなり、健康保険の支払いもできない状況に陥った。橋梁の安全性を点検する仕事に就くが、鬱状態で欠勤がちだった。皇室ウォッチャーの瞳子(成嶋瞳子)はお弁当屋でパートとして働く、ごく平凡な主婦。夫とは機械的にコンドーム付きのセックスをするだけで、家庭内の会話はほぼない。パート先で鶏肉業者の藤田(光石研)と知り合い、肉体を重ね合う関係となる。雅子さまに憧れている瞳子には、疲れた中年男の藤田が自分を狭い檻から助け出してくれる王子さまのように思える。3人目の恋人は、弁護士の四ノ宮(池田良)。同性愛者の四ノ宮は学生時代からの親友・聡(山中聡)のことを想い続けているが、そのことは口にすることができない。一流企業をクライアントにし、裕福な生活を送る四ノ宮だが、心はずっと満たされないままだった。アツシも瞳子も四ノ宮も、本当の愛を求めてこの世界で迷子になってしまった、哀しい“恋人たち”だった。
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東北から流れてきた寄る辺なき男・藤田(光石研)。平凡な主婦・瞳子(成嶋瞳子)は、藤田の口車にまんまと乗せられるはめに。
 時代の波に流され、社会から黙殺されている3人の恋人たちとは対称的に、皇室の話題が劇中では度々取り上げられる。日本の皇室は神話の時代から続くこの国の“永続性”を示すシンボルだ。血の存続が優先され、個人の人権や人格は後回しにされる、なかなかしんどい立場にある。そんな永遠に続く家族=皇室をシンボルとして奉る日本社会を底辺から支えている庶民は、もっとしんどい。アツシは最愛の伴侶を失っており、ゲイの四ノ宮はまずノーマルな家庭を持つことはできない。瞳子が嫁入りした家は、退屈すぎて窒息してしまいそう。愛する人もなく、体を休める家庭もなく、3人の恋人たちは何を頼って生きていけばいいのだろうか。映画秘宝2015年12月号のインタビュー記事によると、橋口監督は「映画制作で印税にかんしてのトラブルがあって、お金が入って来なくなり、ふえるわかめちゃんをずっと食べていた」という。何も信じることができず、生きる気力を失いかけていた橋口監督の心情が、アツシたち3人の主人公たちにありありと投影されている。  自主映画出身の橋口監督は、『二十歳の微熱』(92)、『渚のシンドバッド』(95)、『ハッシュ!』(02)、そして『ぐるりのこと。』(08)と寡作ながらマイノリティー側の視座をもつ映画作家として着実にキャリアを実らせてきた。本作では無名キャストを主演に起用することで、企画内容よりも原作の話題性や集客力のある人気キャストを配役できるかどうかに重点を置く今の映画界に疑問を投じるだけでなく、無名キャストたちから熱演を引き出すことで映画にはまだ多くの可能性が残されていることを明示している。また、無名キャストたちの裸の演技に触れることで、本作はスクリーンの向こう側の出来事ではなく、観客にとって非常に身近な物語だと感じさせる。家庭という居場所もなく、愛を見失ってしまった恋人たちは、映画館の中の闇に身を委ねる観客自身でもある。アツシ、瞳子、四ノ宮は、我々によく似ている。  心に沁みるシーンがある。橋梁の検査会社に勤めるアツシは、いつもうつむき加減で、職場でも口数が少ない。そんなアツシに、女子社員の川村(川瀬絵梨)が休憩中に声を掛ける。「会社に暗い人がいると母親に話したら、家に来て一緒にテレビを見ようって言ってました」。劇中に登場することのない川村の母親だが、彼女にはアツシが大きな心のキズを負っていることが見えている。心のキズを癒すことはできなくても、赤の他人と一緒に過ごすことで少しは気が紛れるかもしれないよと娘が勤める会社の同僚のことをこの母親は気遣う。その言葉で簡単に立ち直れるほどアツシのキズは浅くないが、そんな同僚や上司の黒田(黒田大輔)の思いやりが積み重なって、辛うじて彼を支えている。
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学生時代からの親友関係が続く聡(山中聡)と四ノ宮(池田良)。だが、聡が家庭を持ってから、2人の間に微妙な溝が生じるようになっていた。
 放尿シーンも印象深い。お人好しの瞳子は藤田から郊外にある養鶏場に連れていかれ「一緒に養鶏場を経営しよう。お金を用意してくれないか」と頼まれる。藤田が瞳子を騙そうとしているのはバレバレなのだが、今みたいな死ぬほど退屈な生活を続けていくのなら、束の間でも甘いロマンスに酔ってみたいと瞳子は思う。近くの丘に登った瞳子は藤田のいる鶏小屋を見下ろしながら、パンストを下ろして放尿する。タバコを吸いながら、瞳子はとても気持ちよかった。我慢していた尿意から解放された瞬間の快感とジワッとした尿の温かさがスクリーンいっぱいに広がる。毎日無意識のうちに行なっている排泄行為の気持ちよさを本作は教えてくれる。そして、排泄するということは生きている証でもある。橋口監督は排泄行為を、生きているということを愛おしく紡ぎ出す。    生きる希望をなくしたアツシに対し、橋口監督は安易に「生きていれば、そのうちいいことがあるさ」とは口にしない。もはや死ぬことしか考えられなくなったアツシに向かって、アツシの上司である黒田は「君がいなくなったら、僕が寂しい。僕は君ともっと話がしたい」と自己本位な言葉を投げ掛ける。愛する人はいなくなったけれど、自分を必要としてくれている人がまだいたのだ。アツシ、瞳子、四ノ宮はそれぞれ日常生活の中で自分を必要としてくれる存在と向き合うことになる。現役引退を決めたプロ野球選手が、打撃投手やスカウトマンとして第2の人生を歩み始めるようなものだろうか。人間はいちばん大切な恋人や生き甲斐を失っても、それでも人生は続いていく。日本という国は2008年以降、人口が減少し始めた。日本という国はあるピークを過ぎたのかもしれないが、それでもこの国は存在し続ける。アツシたちの前に、これまでの上り坂とは異なる風景が広がっている。  愛を失った恋人たちが暮らすこの社会は、汚水にまみれ、あちらこちらにヒビ割れが目立つようになってきた。でもそんな社会の皮を一枚めくると、熟成されきってズブズブになってしまった恋愛の成りの果てやまだ愛にはならない未成熟な想いといったものがいっぱい詰まっている。自分によく似た恋人たちは失った愛や破れてしまった夢を抱えながら、この世界で生きていくことを選ぶ。 (文=長野辰次)
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『恋人たち』 原作・監督・脚本/橋口亮輔 出演/篠原篤、成嶋瞳子、池田良、安藤玉恵、黒田大輔、山中聡、山中祟、水野小論、内田慈、リリー・フランキー、高橋信二郎、大津尋葵、川瀬絵梨、中山求一郎、和田瑠子、木野花、光石研  配給/松竹ブロードキャスティング、アーク・フィルムズ PG12 11月14日(土)よりテアトル新宿、テアトル梅田ほか全国ロードショー (c)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ http://koibitotachi.com

死のリスクを冒してまで人はなぜ登頂に挑むのか? 冒険と人命のカジュアル化『エベレスト3D』

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実際に起きたエベレスト多重遭難事故を3D映像で再現。爆発的に増えているエベレスト商業登山の抱える問題点を浮き彫りにしている。
 死のリスクを伴い、家族や周囲の人間に迷惑を及ぼす可能性もある。多額の費用も捻出しなくてはならない。低酸素から呼吸困難に陥り、一歩間違えれば転落死が待ち受けている。凍傷で手や足の指が壊死を起こすことも珍しくない。それでも人は360度の大パノラマが見渡せる神の視点に立ちたいと願う。標高8,848mを誇る世界最高峰エベレストへの登頂は多くの人を魅了する。人はなぜ命の危険を冒してまで、魔境に足を踏み入れようとするのか。1953年の登山家ヒラリーとシェルパのノルゲイによる初登頂から半世紀が過ぎ、今なおミステリアスさに包まれているエベレスト登頂を、映画館で疑似体験させてくれるのが『エベレスト3D』だ。  かつてはひと握りの探検家か学術調査でしか登ることができなかった聖域エベレストだが、1990年代に入ってから商業登山が盛んになっている。お金さえ払って登山ツアーに参加すれば、一般人でもガイドに引率されて登山することが可能となった。登頂ルートが確立され、登山装備も改良が進み、チベット語でチョモランマ(大地の母神)と崇められてきたエベレストは、ずいぶんと身近な山となった。冒険という言葉もユニクロの商品並みにすっかりカジュアル化された。敷居が低くなったエベレストとはいえ、登山者やシェルパの死亡事故は毎年起きている。その中でも、エベレスト登山史上最悪の遭難事故として挙げられるのが、日本人女性も含む8名の犠牲者を出した1996年のエベレスト大量遭難事故だ。その忌わしい事故を『エベレスト3D』は3D映像&音響で臨場感たっぷりに再現する。  ニュージーランドの登山ガイド会社アドベンチャー・コンサルタント(AC)を営む登山家ロブ・ホール(ジェイソン・クラーク)はエベレスト商業登山のパイオニアだった。1996年3月、ロブは世界各国から集まった8人の顧客を率いて、標高5,364mのベースキャンプで高地訓練に励んでいた。入念な高地順応を経て、5月にはエベレスト山頂を目指すという計画だった。一人当たりのツアー費用は750万円とかなり高額だったが、AC隊は安全をモットーにした信頼できるツアーのはずだった。    なぜ山に登るのか? 8人のツアー参加者たちは、エベレストに挑む理由を語り合う。日本から参加した難波康子(森尚子)は普段はOLをしながら登山歴を重ね、すでに6大陸の最高峰を極めていた。エベレスト登頂に成功すれば、7大陸全制覇という偉業を達成できる。日本人女性では田部井淳子に続く快挙となるはずだった。ツアー参加者の胸をいっそう熱くさせたのは、イギリスからやってきたダグ(ジョン・ホークス)。郵便局員の給料だけでは足りないので、2つのアルバイトを掛け持ちして費用を捻出した。昨年もエベレスト登頂を目指すも寸前で断念し、今年がラストチャンスと決めている。「自分のような人間でも夢を叶えることができるということを、多くの子どもたちに伝えたい」とダグは熱く語る。彼の費用の一部は近隣の小学校からの寄付だった。参加者たちはそれぞれエベレスト踏破に並々ならぬ意欲を燃やし、ロブは頼もしく感じていた。だが、このことが恐ろしい惨劇を招くことになる。
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MM隊の隊長スコットを演じるのはジェイク・ギレンホール。『ナイトクローラー』での怪演に続いて、極限演技に挑んだ。
 底なしの奈落が待ち構えている巨大クレバスが不気味だ。3D映像の特性を活かした奥行き感が恐怖心を煽る。手足を滑らしたら即死確実な巨大クレバスをアルミ製のハシゴを繋ぎ合わせて渡っていく。すんなり渡れればいい。商業登山によって、登山ルートはツアー参加者たちがひしめき合い、まるで人気ラーメン店のような大行列ができている。当然ながら手足は凍え、疲労は蓄積され、登山者たちの危険度は増していく。AC隊に参加したベテラン登山家で医師のベック(ジョシュ・ブローリン)は危うくクレバスに吸い込まれそうになる。AC隊の先行きの不吉さを感じさせるシーンだ。エベレスト登頂は自然との闘いだけでなく、1~2時間の行列待ちに耐えうる精神力も不可欠だった。  登頂までのトラブルを減らすため、AC隊は登山家として著名な米国人スコット(ジェイク・ギレンホール)の率いるマウンテン・マッドネス(MM)隊と協力し合うことに。晴天に恵まれ、いよいよ頂上へのアタック開始。ベックが目の不調を訴えてバルコニーと呼ばれる高さ8,412mの地点で待機することになったのを除けば、登頂は現実のものとなりそうだった。ダグの遅れが目立ち始めるも、最後の難所となる岩壁ヒラリーステップを登り切り、AC隊の難波康子たちは登頂に成功。ヒマラヤの山々を従えたエベレスト山頂からの眺めは、まさに絶景中の絶景だった。  下山予定時刻の午後2時を過ぎ、ロブたちが帰路に就いた頃、ようやくダグが姿を見せた。予定時刻を過ぎていることから登頂を断念するようロブは説くが、ダグはどうしても登頂したいと懇願する。「子どもたちに夢を与えたい」というダグの言葉を聞いていたロブは断り切れない。夕方4時になって、ようやくダグはロブに付き添われて登頂。だが、登山事故は圧倒的に下山中に起きる。目標を達成した気のゆるみと極度の疲労によって足元がおぼつかなくない。酸素ボンベはすでに空っぽ状態。酸欠状態で、判断力が著しく低下。日が沈み、さらに想像を絶する猛烈な嵐がロブたちに襲い掛かった。
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山頂では神々しい絶景が、登山者たちの来訪を待っていた。だが、行きはよいよい 帰りはこわい。酸欠状態での下山は地獄への一本道だった。
 一方、MM隊のスコットも途中で体調を崩したツアー客を一度キャンプ地に送り届けてから山頂に戻ったため、体力を使い果たしていた。顧客の安全を優先したために、スコットは吹雪の中で身動きができなくなってしまう。母国で身重の妻ジャン(キーラ・ナイトレイ)が帰りを待っているロブは懸命に下山を試みるも、大自然の中で人間はあまりに無力な存在だった。たった今まで天国にいるかのような極楽気分を味わっていたのに、いっきに地獄へと転がり落ちていく。この天国から地獄への落差感が凄まじい。エベレストは人間に生きる喜びを実感させてくれる美しい女神としての顔と冷酷無比な悪魔の顔の両面を持っていたのだ。  キャンプ地まであと300mの地点まで戻りながらも、AC隊とMM隊は合わせて8名の犠牲者を出すこととなった。生還した者も重度の凍傷を負い、トラウマを抱えて生きることになる。この悲劇の後も登山者やシェルパたちの事故死は相次ぎ、エベレスト来訪者たちは未回収のままミイラ化した遺体の数々を横目で見ながら登山するという状況が続いている。危険な商業登山は禁止するか制限するべきという声は少なくないが、多分それは難しいと思われる。ネパール政府にとって、一人当たり120万円を徴収できる登山料は貴重な外貨だからだ。  人はなぜ身の危険を冒してまで、頂点を目指すのか。登頂した際の喜びは何ものにも代え難く、登山仲間とは熱い絆で結ばれる。でも、それらの答えは後づけに過ぎない。人間にはまだ体験したことのないことを味わってみたい、知らない世界を覗いてみたいという願望がどうしようもなくあり、その欲望を法律などのルールによって押さえつけるのは難しい。生と死のギリギリの狭間にある絶景に、人間は憧れる。『エベレスト3D』がもたらしてくれるものは、カジュアル化された臨死体験に他ならない。 (文=長野辰次)
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『エベレスト3D』 監督/バルタザール・コルマウクル 脚本/ウィリアム・ニコルソン、サイモン・ボーフォイ 出演/ジェイソン・クラーク、ジョシュ・ブローリン、ジョン・ホークス、ロビン・ライト、エミリー・ワトソン、森尚子、マイケル・ケリー、サム・ワーシントン、ジェイク・ギレンホール  配給/東宝東和 11月6日(金)よりTOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー (c)2015 UNIVERSAL STUDIOS http://everestmovie.jp

「あれまッ」と驚くシャマラン節がたまらない!“無縁社会”が生み出した都市伝説『ヴィジット』

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「夜9時30分以降は寝室を出てはいけない」という祖父たちとの約束を破ったベッカ(オリビア・デヨング)は、想像を絶する恐怖に遭遇する。
 大ヒットした『シックス・センス』(99)のインパクトがあまりに強すぎ、どんなオチが待っているかのみで期待されるようになってしまったM・ナイト・シャマラン監督。せっかくコース料理を用意しても、デザートしか食べてもらえない料理人みたいな気分だろう。『サイン』(02)のような恐怖と笑いが混在する作風や起承転結のレールに縛られないストーリー運びはもっと評価されていいはずだ。近年は『アフター・アース』(13)といったCGを多用したメジャー大作を手掛けたものの、もはやシャマラン監督作であることすら忘れられてしまった。そこで、久々に心理サスペンスのジャンルに里帰りを果たしたのが『ヴィジット』。ホームグランドに戻って、シャマラン監督自身が楽しみながら撮っていることが伝わってくる手づくり感のある恐怖映画となっている。  舞台はシャマラン作品ではおなじみ米国北東部に位置するペンシルベニア州の田舎町。北国の肌寒さ以上に、過疎化が進み、人影がまばらなことがより寒さを感じさせる。そんな寂れた町を若い姉弟が訪問する。15歳になる姉ベッカ(オリビア・デヨング)と13歳の弟タイラー(エド・オクセンボールド)。両親は離婚しており、シングルマザーとなった母親(キャスリン・ハーン)と3人で暮らしている。新しい恋人ができた母親に気を遣って、母親が生まれ育った故郷の実家を子どもたちだけ訪ね、1週間の休暇を過ごすことにしたのだ。初めて会う祖父と祖母に、ベッカとタイラーはワクワクドキドキ。ベッカはハンディカメラを手に、初めての実家訪問を感動のドキュメンタリー映画にしようと考えている。タイラーはお得意のラップで、祖母たちを驚かせようと大張り切りだ。  ベッカとタイラーの期待どおり、祖父(ピーター・マクロビー)と祖母(ディアナ・デュナガン)は温かく2人の孫を迎え入れてくれた。おじいちゃんはニコニコ顔、おばあちゃんはたくさんのお菓子を用意してくれていた。「父親に棄てられた」というトラウマを抱えるベッカとタイラーは肉親から無条件の愛情を浴びる幸せを噛み締めていた。ところが、夜になると古い家の様子が途端におかしくなる。夜10時を過ぎると、ベッカとタイラーがいる寝室のドアの向こう側で大きな生き物が這いずり回るような音がするのだ。恐ろしい夜を過ごしたことで、ベッカとタイラーの目に映っていた平穏な田舎の風景が一変していく。優しいはずの祖父と祖母が、どこか怪しく感じられるようになる。母親にスカイプで報告するが、「あの人たちは昔から変だった」「高齢者だから仕方ないのよ」と取り合ってくれない。単なる都会暮らしの現代っ子と田舎で暮らす高齢者とのカルチャーギャップなのか? それとも、この家には重大な秘密が隠されているのか? 不気味な緊張感が漂う中、また夜が訪れる。
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普段はとても優しいおじいちゃんとおばあちゃんだが、孫のタイラーたちには理解しがたい謎の行動を時折見せる。
 オリジナル作品を撮る度に、元ネタが何であるかが騒がれるシャマラン作品。『ヴィジット』は言ってしまえば、グリム童話の有名な2つのエピソードをシャマラン流に現代語訳したものだ。ひとつは『ヘンゼルとグレーテル』。知らない森の中(ケータイ電波の届かない田舎)に迷い込んだ幼い姉弟が、大人の力を借りずに懸命にサバイバルするお話となっている。家族の愛情に飢えていたベッカとタイラーにとって、優しいグランパとグランマが暮らす一軒家は“お菓子の家”のような甘い夢の空間のはずだった。お菓子づくりが自慢の祖母はやはり悪い魔女なのか。ベッカが祖母にオーブンの掃除を命じられるシーンにハラハラさせられる。もうひとつ有名なグリム童話がモチーフとなっているが、タイトルを挙げるとラストの“お楽しみ”まで分かってしまうので伏せておこう。見終わった後、「グリム童話は今も存在するんだ」と思うに違いない。  ベッカが持つハンディカメラの目線で描かれる現代のグリム童話『ヴィジット』。本作はシャマラン監督にとって初めての主観映像スタイル、フェイクドキュメンタリーものとなっている。ベッカが手にしたハンディカメラにはいろんなものが映り込んでいく。ベッカたちには優しい祖父と祖母だが、ほとんど自宅の敷地内にこもっており、外部の人たちと交流していないことが分かる。たまに近隣の人が訪ねてきても、トラブルがあるらしく口論になってしまう。祖父と祖母にとってひとり娘にあたるベッカたちの母親とは、母親が高校時代に父親と駆け落ちして以来、絶縁状態が続いている。地縁も血縁もなく、2人の高齢者は狭い世界で淋しく暮らしてきた。一方、祖父と祖母の前では明るくはしゃいで見せるベッカとタイラーだが、姉弟だけになると「父親に棄てられた子ども」としての哀しみが湧き出てしまう。両親の離婚は自分たちにも責任があるのではないかと悩む。ストレスからタイラーは過剰な潔癖症に、ベッカは鏡で自分の顔を直視することができなくなった。恐怖演出ではないシーンに、現代人の心の虚ろさがぽっかりと浮かび上がる。  カメラはカメラの前に立つ人間に“物語内の主人公”になることを意識させるだけでなく、カメラを持つ人間の“意識”をも変えていく。実家で起きている異変に気づいたベッカは大人しくしてればいいのに、カメラを使ってその正体を解き明かしたいという欲求に駆られていく。母が実家を飛び出して疎遠のままなのは、何か深い事情が隠されているからではないのか。母と祖母はなぜ和解しようとしないのか。ベッカはカメラを回しながら祖母をインタビューすることで、自分の数倍もの人生を歩んできた祖母の心の奥底にある暗くて深い沼にまで踏み込んでいこうとする。CGや特撮に頼ることなく、シャマラン監督は観客の心をザワザワさせる。カメラを持つ人間の意志や葛藤も映像の中には映り込んでいく。固定カメラを使った超低予算ホラー『パラノーマル・アクティビティ』(07)とは大きく異なる点だ。
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いつも鍵が掛けてある納屋の中を覗くと、おじいちゃんが銃を口にくわえようとしていた。おじいちゃん、それ胃カメラじゃないよ!
 恐怖の中に笑いが混在するシャマラン作品の味わいが、本作では今までになく顕著になっている。両親の離婚以来、情緒不安定ぎみで潔癖症になっていた弟のタイラーだが、実家滞在中にあまりにも衝撃的なショック療法を体験することに。この洗礼によって、タイラーは潔癖症をウンよく克服する。観ている我々は恐怖におののきながらも、つい吹き出してしまう。恐怖回路と笑いの回路の往復で忙しい。客席で唖然とし、また笑っているうちに、現代のヘンゼルとグレーテルは瞬く間に成長していく。  ドアの向こう側では、未知なる恐怖が待ち受けている。だが、姉のベッカにはビデオカメラ、弟のタイラーにはラップという武器がある。若い姉弟はそれぞれ表現手段を持っていることで、自分たちが置かれている状況を冷静に客観視し、パニックに陥るのを防いでいる。果たして、この世界は信じるに値するものなのか。シャマラン監督が描く世界は、とうてい信用できないし、理想の世界とは言いがたいものだ。それでも少年少女たちは成長を遂げていく。トラウマを抱えた子どもたちが恐怖の壁を乗り越えて、広い世界へと向かっていく。これもまたシャマラン監督が初期作品『翼のない天使』(98)や脚本提供作『スチュアート・リトル』(99)の頃から、ずっと描き続けているテーマだろう。 (文=長野辰次) 『ヴィジット』 製作・監督・脚本/M・ナイト・シャマラン  出演/キャスリン・ハーン、ディアナ・デュナガン、ピーター・マクロビー、エド・オクセンボールド、オリビア・デヨング  配給/東宝東和 10月23日(金)よりTOHOシネマズみゆき座ほか全国公開 (C) Universal Pictures. http://thevisit.jp/

ヒトラーは予知能力者か、それとも共同幻想か? 『ヒトラー暗殺』ほかナチスものが集中公開!!

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ドイツでは長年その存在が公表されなかったヒトラー暗殺犯ゲオルク・エルザーの半生を描いた『ヒトラー暗殺、13分の誤算』。
 世界中を戦渦に巻き込んだ狂気の独裁者として歴史に名を残すアドルフ・ヒトラー。若い頃のヒトラーは画家を目指していたことは有名なエピソードだ。ウィーンの美学校を2度受験し、不合格となっている。画家の道に進むことが叶わなかったヒトラーは、絵を描く代わりに自分の脳内で思い描いた理想世界を政治によって実態化することに取り憑かれていく。祖国の復興と民族意識に訴えかけたヒトラーの熱い演説に民衆は感銘を受け、ヒトラー率いるナチ党は合法的にドイツの第1党へと躍進していく。ヒトラーはキャンバスに絵を描くように、ドイツを、そしてヨーロッパの国々を自分の色に染めていった。ヒトラー没後70年となる2015年、日本ではヒトラーとナチスを題材にした映画が次々と公開されている。  ヒトラーのカリスマ性を高めたのは、プロパガンダ戦略の巧みさと恐るべき悪運の強さだった。ヒトラーは権力の座に就いてから度々暗殺の標的となっているが、すべて寸前で回避しており、そのことからヒトラーには予知能力があるに違いないとさらに神聖化されていく。『ヒトラー暗殺、13分の誤算』は独力で時限爆弾を作り上げた家具職人ゲオルク・エルザーの伝記ものだ。トム・クルーズ主演作『ワルキューレ』(08)はドイツ軍内の反ナチス勢力が大戦末期にヒトラー暗殺を組織的に企てた史実をもとにしていたが、『ヒトラー暗殺』のエルザーは単独犯であり、しかも多くのドイツ人がヒトラーの熱い演説に心酔していた1939年11月に事件は起きている。エルザーが入念に準備した時限爆弾だが、ヒトラーはその日の演説を早めに切り上げ、会場となったビヤホールを去った後に爆発した。ヒトラーの代わりにビヤホールの女性従業員を含む8人が犠牲となった。  エルザーはスイスへの逃亡中に逮捕されるが、ナチスは一介の家具職人が、しかも組織の支援なしでヒトラー暗殺を企てたことを頑なに認めようとしなかった。敵国の諜報部員か共産党によるクーデターだと考えた。『es』(02)や『ヒトラー 最期の12日間』(04)で知られるドイツのオリヴァー・ヒルシュビーゲル監督は、秘密警察によるエルザー(クリスティアン・フリーデル)への拷問シーンを生々しく再現する。だが、エルザーに自白させる代わりに、オリヴァー監督はエルザーに美しい人妻と過ごした情事の日々を回想させる。慎ましい生活の中で子持ちの女性エルザ(カタリーナ・シュットラー)との束の間の幸せを噛み締めていたエルザーは、弱者を排斥しようとするナチスの政略を憎み、ヨーロッパの国々と戦争になることを憂いていた。下半身で禁断の情事に耽りながら、上半身はヒトラーに熱狂する社会を冷静に見つめていた。エルザーの決起は、社会からつまはじきにされた男による凶行だったのか、それともヒトラーの非道さを予期した人間愛ゆえの行動だったのだろうか。クローネンバーグ監督の人気作『デッドゾーン』(83)のノンフィクション版を思わせる痛切なドラマとなっている。
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豪華キャストながら日本公開が遅れ、いろんな憶測が流れた『ミケランジェロ・プロジェクト』だが、中身は意外とまっとーな戦争秘話もの。
 ジョージ・クルーニー製作・脚本・監督・主演作『ミケランジェロ・プロジェクト』もノンフィクションものだ。こちらは第二次世界大戦末期のヨーロッパ戦線が舞台。連合軍はノルマンディー上陸に成功し、ドイツ軍はフランスからの撤退を迫られていた。激しい消耗戦が続く中、ナチスは侵攻した欧州各国から美術品の数々を略奪していた。芸術をこよなく愛するヒトラーは故郷リンツに自分の陵墓と世界最大級となる“総統美術館”を造営することを計画していたのだ。その総統美術館を飾る展示品として、ミケランジェロ、ダヴィンチ、レンブラント、ピカソ……と名だたる芸術品が集まりつつあった。世界的な文化財の危機に立ち上がったのは米国ハーバード大学付属美術館のストークス館長(ジョージ・クルーニー)。ルーズベルト大統領に「若い兵士を派遣して、美術品の保護を」と要請するが、大統領の回答は「兵士が不足しているから自分たちでやってくれ」という素っ気ないもの。かくして実戦経験のない7人のオッサンたちが集まり、美術品奪回のための独立部隊“モニュメンツメン”が結成される。  画家になる夢を果たせなかったことがトラウマとなり、世界中の美術品を手中に収めることを目論んだヒトラー。そんなヒトラーの野望にモニュメンツメンのオッサンたちは立ち向かう。だが、モニュメンツメンの敵はヒトラーだけではなかった。味方である連合軍側からも「文化財を守るのと兵士の命とどちらが大切だと思っているんだ?」と冷たい視線を浴びる。7人のオッサンは戦場で浮きまくっていた。戦争映画ながら淡々と史実に沿ったドラマが展開される本作だが、終盤でようやくモニュメンツメンはドイツのある岩塩坑に辿り着く。果たしてナチスは、この暗い坑道の中に何を隠したのか。後にメトロポリタン美術館の館長となる学芸員ジェームズ(マット・デイモン)が開ける宝石箱の中身は必見だ。ナチスが生み出したおぞましい芸術品がそこには収められていた。
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大戦後、ほとんどのドイツ市民は強制収容所で行なわれたユダヤ人虐殺の事実を知らなかった。『顔のないヒトラーたち』より。
 すでに公開中の『顔のないヒトラーたち』にも注目したい。時間は流れ、戦争が終わり、経済復興に沸く1958年の西ドイツ。若い判事ヨハン(アレクサンダー・フェーリング)が勤める検察庁にひとりの新聞記者が現われ、アウシュヴィッツ強制収容所にいたナチス親衛隊(SS)が教師をしていることを伝える。興味を持ったヨハンが調べてみると、その教師だけでなく、多くの元ナチ党員が罪に問われることなく平穏に暮らしている事実を知る。終戦からまだ十数年しか経っていないのに、ほとんどの市民は強制収容所で大虐殺があったことを「知らない」と答えていた。  検察庁の同僚たちは「薮を突いて蛇が出てくることになるぞ」と忠告するが、正義感に駆られたヨハンは気が遠くなるような膨大な資料を調べ始める。捜査が難航する中、政府関係者にもナチ党員がいること、強制収容所で人体実験を繰り返していた医師ヨーゼフ・メンゲレ(『ムカデ人間』のハイター博士のモデル)も存命し、しかも逃亡先の南米と西ドイツを自由に行き来していることを突き止める。ヒトラーの死=ナチスの全滅ではなかったのだ。ヨハンは激しい返り血を浴びながらも、自国の暗部にメスを入れていく。
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 ヒトラーにまつわるこれらの作品を見て感じるのは、ヒトラーとは異界からやってきた醜い悪魔ではなく、閉塞感が漂う社会に風穴を開けてくれる強い指導者の出現を待ち望んでいた人々にとっての理想の人物像だったということだ。いわば、ヒトラーは当時のドイツ市民の共同幻想が生み出した産物だった。人々が願い続ける限り、第2、第3のヒトラーが現われるに違いない。 (文=長野辰次) 『ヒトラー暗殺、13分の誤算』 監督/オリヴァー・ヒルシュビーゲル  脚本/フレート・ブライナースドーファー、レオニー=クレア・ブライナースドーファー 出演/クリスティアン・フリーデル、カタリーナ・シュットラー、ブルクハルト・クラウスナー 配給/ギャガ 10月16日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネマライズほか全国順次公開 (c)Bernd Schuller http://13minutes.gaga.ne.jp 『ミケランジェロ・プロジェクト』 製作・脚本・監督/ジョージ・クルーニー 出演/ジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ビル・マーレイ、ジョン・グッドマン、ジャン・デュジャルダン、ボブ・バラバン、ヒュー・ボネヴィル、ケイト・ブランシェット 配給/プレシディオ 11月6日(金)より全国ロードショー (c)2014 Twentieth Century Fox Film Corporraition,All Rights Reserved. http://www.miche-project.com 『顔のないヒトラーたち』 監督・脚本/ジュリオ・リッチャレッリ 脚本/エリザベト・バルテル 出演/アレクサンダー・フェーリング、フリーデリーケ・ベヒト、アンドレ・シマンスキ、ゲルト・フォス 配給/アットエンタテインメント PG12 10月3日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中 (c)2014 Claussen+Wobke+Putz Filmproduktion GmbH / naked eye filmproduction GmbH & Co.KG http://kaononai.com

映画史上もっともクリーンでスマートな戦争映画! 軍事用無人機の実態『ドローン・オブ・ウォー』

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ドローンを操縦する遠隔コントロール室。アンドリュー・ニコル監督が脚本提供した『トゥルーマン・ショー』の調整室を思わせる。
 そこは理想の戦場だった。まず第一に死ぬ心配がまったくない。エアコンの効いた仕事場でスイッチボタンを押せば、1万km以上離れた異国の上空を旋回中の無人飛行機ドローンに搭載しているミサイルが発射され、ターゲットが暮らす家ごと吹き飛ばすことができる。後はモニターで戦果を確認するだけ。自分たちは血まみれ、汗まみれになることなく、テロリストたちのアジトを叩くことが可能だ。TVゲーム感覚で、ミッションをクリアできる。しかも、任務が終われば、駐車場に止めたマイカーに乗って自宅に戻り、家族と一緒に夕食を楽しむこともできる。だが、ドローンを使った超ハイテク兵器戦は、本当に理想のものなのだろうか。アンドリュー・ニコル監督の『ドローン・オブ・ウォー』(原題『GOOD KILL』)は、9.11以降に米軍が対テロ戦の切り札として積極的に活用するようになった軍事用ドローンによる戦争の実態を伝えている。  無人飛行機を戦争に利用するというアイデアは古くからあった。1903年に世界初の有人飛行に成功したライト兄弟だが、弟オーヴィルは第一次世界大戦時に“空中魚雷”を開発している。爆弾を積んだ無人飛行機はあらかじめ決めておいたエンジン累積回数に達するとエンジンが停止するようにセットされ、敵地上空で自動的に墜落するというものだった。軍事用ドローンの概念は、人間が空を自由に飛びたいという夢を叶えたのとほぼ同時期に誕生していた。日本でドローンの利用価値に早くから気づいたのが、オウム真理教だった。1995年の地下鉄サリン事件を引き起こす前、オウム真理教は農薬散布用のラジコンヘリを使って毒ガスを巻き散らす計画を考えていた。だが、現在の市販用ドローンと違い、ラジコンヘリの操縦は初心者には難しく、機体の値段も非常に高価だった。練習段階でラジコンヘリを数回墜落させてしまい、計画の変更を余儀なくされた。もしも現在のような誰にでも簡単に操縦できるドローンが当時あれば、死亡者6人、負傷者6300人を出した地下鉄サリン事件はもっと悲惨な事態になっていたかもしれない。
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ドローン部隊の入隊式。奥に見えるのが軍事用ドローンのリーパー。操縦席がない分、さまざまなセンサーやミサイルを搭載できる。
『ドローン・オブ・ウォー』の主人公トミー・リーガン少佐(イーサン・ホーク)は米国空軍に所属し、F-16戦闘機のパイロットとして大空を駆け巡った。現在はラスベガスに近い空軍基地内にある“戦場”に毎日自宅から通勤している。トミーは窓のないコンテナ(遠隔コントロール室)に入り、モニターを確認しながら無人戦闘機を操る。上官のジョンズ中佐(ブルース・グリーンウッド)から命令が下れば、レーザー照準で標的をロックオンし、百発百中の誘導ミサイル“ヘルファイア”をぶっ放す。これでテロリスト退治の一丁上がり。自宅に戻り、美しい妻モリー(ジャニュアリー・ジョーンズ)とかわいい子どもたちと楽しいひと時を過ごせば、ミサイル発射ボタンを押した際の嫌な感触も忘れることができる。戦場で興奮のあまりゲリラ兵と一般市民を見間違って誤射する可能性も低く、恐怖や怒りの捌け口として現地の少女少年を陵辱せずに済む。とてもクリーンでスマートな戦争のはずだった。だが、そんな生活の中で、トミーのストレスは募り、アルコール摂取量が次第に増えていく。  ドローン部隊を指揮するジョンズ中佐の説明によると、ドローンシステムは家庭用ゲーム機のXboxがモデルであり、隊員の半分はゲームセンターでリクルートしたそうだ。シューティングゲームで磨いた腕を母国のために役立てることができる。本物のテロリストたちを相手に、TVゲーム以上の刺激と達成感も味わえる。だが、トミーはそんなバーチャル仕様の戦場に違和感を感じざるをえない。その日もトミーはジョンズの指示に従って、粛々とミッションを実行していた。民家を装った爆弾製造工房にテロリストが入ったのをモニターで確認し、ミサイル発射ボタンを押す。あと数秒でミサイルが弾着し、任務は終了だ。ところが、モニターの枠の外にいた子どもがアジトの前に飛び出してきた。「ダメだ! おい、早く通りすぎろ!」。トミーの叫び声は、モニターの向こう側には無情にも届かなかった。
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モニターから見た、テロリストたちが潜むアフガニスタンの街の景観。相手から目視できない高度上空から監視し、ミサイル攻撃する。
 遠隔操作によるドローンを使えば、戦場で味わう恐怖感もなく、PTSD(外傷後ストレス障害)に陥る心配もないと言われてきた。『ハート・ロッカー』(08)や『アメリカン・スナイパー』(14)の主人公たちは硝煙渦巻く戦場で味わった修羅場体験が帰国後も生々しくフラッシュバックし、ずっと苦しみ続ける。ゲーム感覚でボタンを押すだけのトミーだが、やはり同じように苦しむ。安全な場所から殺戮を重ねているという後ろめたさが、余計に彼を追い詰める。基地でどんな仕事をしているかは機密事項なので、家族に打ち明けることもできない。トミーは、ドローンを遠隔操作するコンテナの中に入るのが恐ろしくなる。  理想の戦場、正しい戦争はありうるのか? 脚本提供した『トゥルーマン・ショー』(98)やイーサン・ホークが主演した初監督作『ガタカ』(97)など、アンドリュー・ニコル監督はハイテク化が進んだ近未来社会における倫理観を度々モチーフにしてきた。『シモーヌ』(02)では理想の女優像を組み合わせたバーチャル女優に実生活を振り回される映画監督の悲喜劇を描いた。米国で小規模公開にとどまった『ドローン・オブ・ウォー』では逆に、命の奪い合いである戦争をバーチャル化してしまうことの恐ろしさを描き出している。『ドローン・オブ・ウォー』が描いている世界はまるでSF映画のようだが、現在進行形の極めてリアルな戦場である。  ボタンを押すだけで自在に他人の命を奪うことができるトミーは、怒りに任せてある人物に殴り掛かる。それは鏡に映ったトミー自身だった。ひびの入った鏡には、トミーの粉々に砕けてしまった良心が映し出されていた。 (文=長野辰次)
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『ドローン・オブ・ウォー』 監督・脚本/アンドリュー・ニコル 出演/イーサン・ホーク、ブルース・グリーンウッド、ゾーイ・クラヴィッツ、ジャニュアリー・ジョーンズ R15+ 配給/ブロードメディア・スタジオ 10月1日よりTOHOシネマズ六本木ほか全国ロードショー公開中 (c)2014 CLEAR SKIES NEVADA,LLC ALL RIGHTS RESERVED. www.drone-of-war.com