成海璃子は初濡れ場でどこまでさらけ出したか? 痛みを伴う大人への通過儀礼を描いた『無伴奏』

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成海璃子主演作『無伴奏』。アジ演説、クラシック喫茶、回覧ノートといった1960年代ならではのユースカルチャーがオシャレに描かれていく。
 成海璃子演じるヒロイン・響子は教室でいきなり学生服を脱ぎ始め、下着姿になる。制服廃止闘争委員会の委員長をつとめる響子は、同級生たちに向かってアジ演説を行なう。「我々女子高生はオシャレする権利と自由を取り戻すべきである!」「異議なし!」。映画『無伴奏』は1960年代終わりの、まだ学生運動が熱かった時代の仙台を舞台にした“痛い”青春ドラマだ。実際に女子高で制服廃止闘争委員会をやっていた直木賞作家・小池真理子の自伝的要素の強い同名小説を原作に、成海璃子が大人への階段を上がっていく響子役を等身大で演じている。初めて官能シーンに挑んだことでも話題の作品だ。  響子(成海璃子)はメンソール系のタバコをしばしば吸う。そうやって気分を落ち着かせていないと、体の中を駆け巡る血の気を抑えることができない。学生運動に参加している響子だが、本当は沖縄の基地問題にもベトナム戦争にもさほど興味はない。でも、何か他の人と違うことをせずにはいられないのだ。親や学校の言うことに従って、おとなしく受験勉強なんて出来やしない。近くの大学で開かれている決起集会に加わり、機動隊を相手に一触即発になる緊張感を味わっている。周囲から子ども扱いされるのが嫌で嫌で堪らないが、その反面では芯から学生運動にのめり込めない空虚さも感じていた。そんなとき、響子はクラシック喫茶「無伴奏」で育ちのよさげな大学生の渉(池松壮亮)と出会い、渉の親友・祐之介(斎藤工)やその恋人・エマ(遠藤新菜)と一緒に遊ぶようになる。響子は今まで知らなかった大人の扉を開けることに夢中になる。  矢崎仁司監督が描く『無伴奏』は、山下敦弘監督の『マイ・バック・ページ』(11)やトラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』(10)とほぼ同時代の物語である。映画化された『マイ・バック・ページ』や『ノルウェイの森』は学生運動華やかなりし1960年代に対して一定の距離を置いて描かれていたのに対し、原作者・小池真理子の4歳年下になる矢崎監督はその時代にほんの少しの差で乗りそびれた世代ゆえに、憧れの念を込めて1960年代後半の世相を再現している。あの時代ならではの若者たちの熱気と苛立ちを、ノスタルジックなファッションとして成海璃子は身にまとう。あの時代の意識高い系女子が成海璃子にはよく似合う。『戦国自衛隊』(79)の千葉真一が戦乱の世にタイムスリップして目がギンギンに輝くように、成海璃子も60年代の喧噪の中に送り込まれ、とても自然にその時代に溶け込んでいく。
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どこかミステリアスな雰囲気のある大学生の渉(池松壮亮)に、女子高に通う響子は魅了される。茶室で2人はいいムードに。
 響子が渉と出会ったことで大人の階段を上がっていくように、成海璃子にとっても本作は大人の女優への通過儀礼的な作品となっている。響子は渉と初キス、そして初体験を済ませることになるが、その舞台となるのは竹林に囲まれた隠れ家のような一軒の茶室だ。渉と祐之介はその茶室で共同生活を送っており、エマもここに入り浸っている。遊びに呼ばれた響子は、茶室の小さな入口「にじり口」をくぐって茶室の中へと入る。茶室の入口である「にじり口」は異界へのエントランスだとされている。女子高育ちで性に関しては頭でっかち状態だった響子だが、そんな彼女の前で祐之介はエマを相手に激しいペッティングに耽る。胸をはだけたエマは股間を祐之介に愛撫され、目をとろんとさせ、甘い声を漏らす。狭い茶室いっぱいにエロ~い空気が立ち込める。その様子を見ていた渉と響子も唇を合わせることになる。60年代のビンテージもののエロスが生々しくスクリーンに再現される。  童顔の池松壮亮だが、濡れ場に関しては若手男優屈指のスペシャリストだ。『愛の渦』(14)では門脇麦、『海を感じる時』(14)では市川由衣、『紙の月』(14)では宮沢りえを相手に大胆なベッドシーンを演じた。子役からキャリアを重ねてきた成海璃子だが、官能シーンは今回が初めて。2歳年上の池松は頼もしい共演者だった。くだんの茶室で、今度は渉と響子が裸になって体と体を重ね合う。全裸になった2人の前にはコタツがあり、大事な部分だけカメラの死角になっている。コタツに見守られながら、響子は処女を喪失することに。だが、響子と渉が結ばれるのを見届けていたのは、コタツだけではなかった。薄暗い茶室の中を、小さな「にじり口」から祐之介がじっと見つめていた。祐之介の熱い眼差しに気づき、慌てふためく響子。ここから物語は、ノスタルジックな青春ドラマから妖しい恋愛ミステリーへと転調していく。
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響子、渉、祐之介、エマは海へと向かう。このときの響子は、まだ自分を含めた4人の複雑すぎる人間関係に気づいていなかった。
 4度にわたる官能シーンに加え、未知なる禁断の世界に遭遇することで内面の葛藤を生じる響子役はかなりの難役であり、演技キャリアのある成海璃子だからこそ演じ切れた役だろう。響子とは性格もファッションセンスもまったく異なるエマ役を演じた遠藤新菜は、オーディションで抜擢され、ワークショップを経ての参加となった新進女優。成海璃子、池松壮亮、斎藤工ら若手実力派のアンサンブルの輪の中に、遠藤新菜は体当たりで入っていく。エマ役に成り切るために髪をショートカットにし、小ぶりな美乳もあけっぴろげに披露する。人前で屈託なくヌードをさらすエマ、初体験中もバストトップだけはしっかり腕でガードする響子。濡れ場でのリアクションも対称的だったエマと響子は、その後も真逆な運命が待ち構えている。響子、渉、祐之介、エマたち4人の青春物語は苦味のある結末へと収斂していく。  響子が奇妙な大人の世界を知る直前、とても青春映画らしい清々しいシーンが用意してある。響子たち4人は車に乗って海へと出掛ける。水着に着替えた4人は、荒々しい海のしぶきに嬌声を上げながら海水浴を楽しむ。美しい青春のひとコマだ。浜辺で渉と2人っきりになった響子は、昼間は見えないはずの月の話を始める。「ねぇ、気づいていた? 初めてキスをした夜の月は、まだアメリカの足跡はなかったのよ」。まだアポロ宇宙船は月面に到着しておらず、月は汚れを知らなかった。イノセントな輝きを月が地球に届けていた最後の短い夏。もう二度と戻ってくることのない大切な時間が、スクリーンの中を流れ去っていく。 (文=長野辰次)
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『無伴奏』 原作/小池真理子 監督/矢沢仁司 出演/成海璃子、池松壮亮、斎藤工、遠藤新菜、松本若菜、酒井波湖、仁村紗和、斉藤とも子、藤田朋子、光石研  配給/アークエンタテインメント R15+ 3月26日(土)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー (c)2015「無伴奏」製作委員会 http://mubanso.com

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3.11後の格差社会、上から見るか下から見るか? 岩井俊二の帰還『リップヴァンウィンクルの花嫁』

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黒木華主演作『リップヴァンウィンクルの花嫁』。岩井俊二監督の演出のもと、流転のヒロインを黒木はのびのびと演じている。
 小学校の校庭で、鉄棒の逆上がりが初めて出来たときの喜びを覚えているだろうか。足が宙に浮き、頭が後ろから地面へと向かい、ぐるんと世界が反転して見えた。今までとは異なる風景を手に入れた感動があった。ちょっとしたコツさえつかめば、それまでとは異なる視点を持つことができ、世界はまるで違ったものへ変わっていく。岩井俊二監督の久々の実写映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』は、世界を逆さまにして、ひとりの女性の冒険を眺める物語となっている。  岩井監督はTVドラマ『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(93)で脚光を浴び、劇場公開作『LOVE LETTER』(95)、『スワロウテイル』(96)、『リリィ・シュシュのすべて』(01)といった斬新かつ繊細な作品の数々で映画界をリードしてきた。盟友・篠田昇撮影監督との最期のタッグ作となった『花とアリス』(04)以降、活動の拠点を北米に移し、『ニューヨーク、アイラブユー』(09)や『ヴァンパイア』(12)などの英語劇に取り組んでいた。長編アニメ『花とアリス殺人事件』(15)で日本映画界に復帰するが、日本を舞台にした実写映画は『花とアリス』以来12年ぶりとなる。  岩井監督は『花とアリス』の後、日本で映画を撮らなかった理由のひとつに、当時の日本社会が息苦しかったことを挙げている。ゼロ年代にはKY、空気を読むといった言葉が流行した。場の空気を読んで、物言わずとも各人がそれぞれ割り振られた役割をまっとうする。日本社会ならではの風潮だが、そんな閉塞的な社会状況に岩井監督はつまらなさを感じていた。マイノリティー的な立場から自分がいくら言葉を発しても、社会にはまったく届かないんじゃないかと。それなら新しい世界へ出ていって、外から言葉を発したほうが、もっと鮮明に言葉は響くんじゃないか。そんな想いでLAでの生活を始め、セルフプロデュースによる『ヴァンパイア』を製作していた。だが、そんなとき、岩井監督の故郷である仙台を含む東日本一帯が大震災に見舞われた。
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仕事を失い、結婚に失敗し、住む場所さえなくなった七海(黒木華)。『不思議な国のアリス』のように自分の知らない世界を冒険することに。
 震災をきっかけに岩井監督は帰国し、日本社会にもう一度向き合うことにした。日本社会に大きな打撃を与えた津波そのものをテーマにすることも考えたが、岩井監督ほどの才人でもあの大震災をすぐにはフィクション化することはできなかった。そこで生まれたのが、3.11後も依然として存在し続ける保守的な日本社会をこれまでとは異なる視点で見つめてみようという物語だった。この国を長い間支えてきた、でももうあちこちに綻びが生じている終身雇用、婚姻制度、家族関係、そして3.11後によりあらわになった格差社会を、ひとり若い女性の目線を通して岩井監督は見つめ直していく。  主人公の七海(黒木華)は学校の教師。とはいっても臨時教員で、生活は不安定極まりない。七海の自信のなさを生徒たちは見透かして、笑いのネタにして楽しんでいる。七海は出会い系サイトで知り合った男性・鉄也(地曵豪)と慌ただしく結婚し、先方の母親(原日出子)の希望で専業主婦となった。臨時教員をクビになった七海には願ったり叶ったりだった。スマホひとつで七海は、主婦という立場と快適なマンションでの生活を手に入れた。だが、簡単に手に入れた幸せは、失ってしまうのも一瞬だった。夫と義母から七海は浮気を疑われ、マンションから追い出されるはめになる。七海はワケがわからないまま、幸せな新婚生活から不幸のどん底へと転落していく。  食べていくために七海は、SNS仲間である“なんでも屋”の安室行舛(綾野剛)の紹介で、赤の他人の結婚披露宴に出席する代理家族をはじめとする怪しいバイトに手を染めることになる。日雇いでのバイト生活に加え、借金も背負い、不幸が雪だるま式に膨れ上がっていく。でも、代理家族のバイトでは、血の繋がりのない初対面の人たちと家族を演じ合い、七海は心地のよさを感じる。七海の姉を演じた自称“売れない女優”の真白(Cocco)という面白い女性とも仲良くなった。教師や専業主婦をしていた頃は、自分が他人からどう見られているかばかり気にしていたが、今はその日その日を生きるのが精一杯で他人の視線を気にする余裕すらなくなった。下流へ下流へと沈んでいくうちに、七海の人生は底抜けに愉快なもの、ワクワクするものへと変わっていく。
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七海は従来の価値観に縛られず、新しい人生を歩んでいく。3.11後の社会に希望を見出そうとする岩井監督の心情が投影されたキャラクターだ。
 世間一般から見ると、七海はあまりにも世間知らずで、幸せの崖っぷちから不幸のどん底へと真っ逆さまに墜落しているように映る。でも、岩井監督にしてみると、「逆から見れば、ぐんぐんと上昇している」女の子の物語なのだ。何が幸せで、何が不幸かは世間ではなく、自分自身が決めればいいこと。七海は世間的な幸せを失った代わりに、ぐんぐんと自分だけの幸せへと近づいてく。黒木華演じる七海は、序盤は周囲に流されてばかりいた頼りなさげな女の子だったが、なんでも屋の安室や代理家族で姉を演じた真白といったワケありな人たちと出会い、新しい世界を体験する。物語の後半には七海は大きな海でも裸で泳いでいけるほどのタフさを身に付けるようになっていく。  岩井監督のブレイク作『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の少年たちがそれまでとは異なる視点から打ち上げ花火を眺めたように、本作の主人公である七海もそれまでの人生をリセットし、異なる視点を手に入れる。彼女の前には真新しい風景が広がっている。そこはとても風通しのよい世界だった。 (文=長野辰次)
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『リップヴァンウィンクルの花嫁』 監督・脚本/岩井俊二 撮影/神戸千木 出演/黒木華、綾野剛、Cocco、原日出子、地曵豪、和田聰宏、金田明夫、毬谷友子、佐生有語、夏目ナナ、りりィ配給/東映 3月26日(土)より公開  (c)RVWフィルムパートナーズ http://rvw-bride.com

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願い事が呪いに変わる、もうひとつの“まどマギ”。オタク文化への偏愛と批評性『マジカル・ガール』

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日本特有のアニメジャンル“魔法少女”の逆輸入ドラマといえる『マジカル・ガール』。魔法少女への憧れが想定外な展開を呼び寄せる。
 まるでメビウスの輪のような物語だ。ひとりの少女の願いが伝言ゲームのようにバトンリレーされていき、やがて呪いへと変わってしまう。日本のサブカルチャーに多大な影響を受けたというスペインのカルロス・ベルムト監督による『マジカル・ガール』は、日本特有のアニメジャンル“魔法少女”をモチーフにしたクライムストーリーとなっている。人間の愛が悲しい犯罪を引き起こしてしまう残酷な世界を日本の観客は目撃することになる。  この物語は魔法少女に憧れるスペインの少女の願いから始まる。アイドル時代の長山洋子のデビュー曲「春はSA-RA SA-RA」が流れる中、12歳の少女アリシア(ルシア・ポジャン)は曲に合わせて、軽快に踊っている。アリシアは日本のアニメが大好きで、特に『魔法少女ユキコ』にハマっていた。「春はSA-RA SA-RA」は『ユキコ』の主題歌なのだ。仲のよい女友達のことをマコト、サクラと日本人名で呼ぶ。ちなみに色白なアリシアはユキコと呼ばれている。週末は女友達で集まって日本のアニメを見て、ラーメンを食べるのが彼女たちにとって最高の楽しみだった。でも、彼女のそんな楽しい時間はもう残り少ない。アリシアは白血病を発症しており、入退院を繰り返していた。医者からは余命わずかだと、アリシアの父ルイス(ルイス・ベルメホ)は告げられていた。男手ひとつでアリシアを育ててきたルイスは、魔法少女に夢中になっている娘を複雑な想いで見守っていた。  ルイスはアリシアが書いた願い事ノートをこっそり開いて読んでしまう。そこには3つの願いが書いてあった。誰にでも変身できる、魔法少女ユキコのコスチューム、そして13歳になること。ルイスに叶えてあげられることは、魔法少女のコスチュームを日本から取り寄せることしかない。でも、ルイスがインターネットで値段を調べてみると日本円で90万円もする。有名デザイナーによる一点もので、とてもプレミア度が高い衣装だった。早くに妻を失い、アリシアの看病に追われて失業中のルイスにはそんなお金は用意できない。朝食を摂りながらラジオを聴いていたアリシアは父親に向かって、「もう少し一緒にいて」と頼むが、娘のためにお金を工面することしか頭にないルイスは慌ただしく出掛けてしまう。大事な蔵書を古本屋にすべて引き渡しても、酒代にしかならなかった。思い詰めたルイスは宝石店を襲撃しようとする。そんなとき、謎めいた魅力を持つ女性バルバラ(バルバラ・レニー)に出会う。  バルバラは少女時代から不思議な能力が備わっていた。だが、それゆえに社会にうまく溶け込むことができず、周囲の人たちを次々と不幸にしてきた。大人になった今は精神科医である夫の管理下に置かれ、精神安定剤や睡眠薬を与えられ、本当の自分を押し殺すように暮らしていた。その晩、薬を飲み過ぎて気分が悪くなったバルバラは、マンションの窓から身を乗り出して滝のようなゲロを吐いた。マンションの1階が宝石店で、たまたま店の前で思案していたルイスは全身ゲロまみれとなる。バルバラは謝罪の言葉と共にルイスを部屋に招き、シャワーを浴びるよう勧めた。夫が深夜勤務で不在だったバルバラはどうしようもないコドク感から、その夜ルイスとベッドを共にする。一夜限りとはいえ愛し合い、体を許し合ったルイスとバルバラだったが、ここから悲劇がうなりを上げて加速していく。
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不思議な力を持つ女・バルバラは危険を承知で“黒蜥蜴の館”へと向かう。バルバラの肉体には無数の傷跡が刻印されていた。
 もうすぐ娘を失うルイスの悲しみは、不思議な力を持つバルバラによって大きく増幅されていく。ルイスの悲しみはバルバラを通して、バルバラがかつて関わっていた裏社会の女アダ(エリザベト・ヘラベルト)、さらに少女時代のバルバラの不思議な力を目の当たりにした元教師ダミアン(ホセ・サクリスタン)へと繋がっていく。そして取り返しのつかない事態へと発展していく。ひとりの少女の祈りが、少女の知らない間にあまりにも掛け離れた、そして因果な結果を呼び寄せることになる。  劇中歌として長山洋子の「春はSA-RA SA-RA」、エンディングに美輪明宏が作詞作曲した「黒蜥蜴の唄」が流れるなど、カルロス監督の日本文化に対する偏愛ぶりが溢れている。架空のアニメ『魔法少女ユキコ』は『美少女戦士セーラームーン』をイメージしたものだ。だが、日本のネイティブなオタクとは、異なる視点をカルロス監督は持っている。日本で活躍するアイドル少女たちを見ていると、今敏監督のアニメ映画『パーフェクトブルー』(97)のヒロインがそうだったように、笑顔の裏にたくさんの悲しみを隠しているようにカルロス監督は感じるそうだ。『魔法少女まどか☆マギカ』はもちろん観ている。『マジカル・ガール』は『まどか☆マギカ』のダークな世界観の影響を受けたものなのだ。『まどか☆マギカ』の少女たちが願い事と引き換えに大きな代償を支払うように、日本のアニメに憧れるアリシアもまたひとつの願い事を叶える代わりに大きな大きな犠牲を払うはめになる。  ジャパニーズアニメーションの影響を多大に受けたスペイン映画『マジカル・ガール』は誰かの願いが他の誰かの呪いとなってしまうという、恐ろしく悲しい循環の物語だ。誰かひとりが物欲を満たせば、他の多くの人たちが肉体をすり減らすことになる。資本主義経済の縮図のようでもあるが、カルロス監督は劇中に幾つかの選択肢を用意し、必ずしもこの物語は悲劇で終わるとは限らないことを示唆している。
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自宅で食事を摂るアリシアと父ルイス。アリシアはラジオ番組を父と一緒に聴きたがった。それが、アリシアのいちばんの願いだった。
 アリシアがラジオを聴きながら朝食を摂っているシーンが序盤にある。お金を工面するために慌ただしく出掛けようとする父ルイスに「もう少し、一緒にいて」と頼む。このときルイスが娘のささやかな願いを聞き入れ、のんびりと一緒に朝食を楽しんでいれば、この物語に登場する人々の人生はそれぞれまるで違うものになった。アリシアの前に置かれたラジオは、ひとりの少女からの手紙を読み上げる。  手紙の少女は病院で過ごすことが多いが、病院での生活が大好きだという。病院食はおいしいし、病院の廊下の匂いも嫌いじゃないと。そして何よりもベッドで目覚めると、いつも父親がいてくれることがうれしいと。この手紙を書いた少女はアリシアだった。父親に感謝の気持ちを直接伝えるのが恥ずかしくて、ラジオ局に手紙を送ったのだ。 『マジカル・ガール』はメビウスの輪のような物語だ。いつか呪いは解け、目の前にあるささやかな幸せに気づくハッピーエンドの物語に変わるかもしれない。そのときバルバラは、人々に幸せを振りまく魔法使いとして明るい笑顔を見せているはずだ。 (文=長野辰次)
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『マジカル・ガール』 監督・脚本/カルロス・ベルムト 出演/ホセ・サクリスタン、バルバラ・レニー、ルイス・ベルメホ、ルシア・ポジャン 配給/ビターズ・エンド PG12 3月12日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショ Una produccion de Aqui y Alli Films, Espana. Todos los derechos reservados(c) http://bitters.co.jp/magicalgirl

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独身者は収容所送りとなる恐怖の婚活コメディ! 『ロブスター』の男たちは居場所を見つけられるか

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結婚制度をコメディ化した『ロブスター』。独身のデヴィッド(コリン・ファレル)は森の中で近視の女(レイチェル・ワイズ)と出会う。
 少子化の進んだ今の日本では、子どもが2人以上いる一家は賞讃され、子どものいない夫婦は肩身が狭い。ましてや、いつまでも独身のままでいると、マジメに働いていても世間から一人前扱いされない。どうやら欧州でも同じ傾向らしい。ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督の『ロブスター』は、結婚できない独身者は犯罪者扱いされる近未来社会を舞台にしたブラックなコメディだ。脚本のユニークさから、コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、レア・セドゥ、ベン・ウィショーら異常なほどの豪華スターたちが顔をそろえている。  ランティモス監督はかなり風変わりな作風で知られる。日本でも劇場公開された『籠の中の乙女』(09)では、父親によって幼い頃からずっと自宅に監禁された状態のまま育てられた3人姉弟たちのおかしな性春が描かれた。レイ・ブラッドベリの短編小説『びっくり箱』を思わせる内容だったが、なぜ父親が子どもたちを監禁して、おかしな教育を施したのか理由が詳しく説明されることはなかった。今回の『ロブスター』も理詰めで追いかけているとワケが分からなくなる。独身者は施設に入れられて動物に換えられてしまうのだが、どのような工程を経て動物に換えられるのかは明かされない。説明がない分、観客は自由な解釈を委ねられている。  主人公のデヴィッド(コリン・ファレル)は冴えない中年男。お腹のたるみ具合がかなり気になるメタボ体型だ。長年連れ添ってきた妻が家を出てしまい、デヴィッドはとある施設へと連行される。この施設は一見すると高級リゾートホテルなのだが、実は国家が運営する矯正施設であり、独身者は全員ここに強制収容されることになっている。独身者がここに滞在できるのは最大で45日間。その期間中に、この施設内にいる他の独身者の中から結婚相手を見つけなくてはならない。いわば、国家が主宰する強制参加型の“ねるとんパーティー”だった。  共産圏の国がねるとんパーティーを開いたら、こんな感じなのだろうか。再婚相手を見つけることにやぶさかではないデヴィッド、足の悪い男(ベン・ウィショー)、滑舌の悪い男(ジョン・C・ライリー)の独身男3人衆だったが、無理強いされるとその気も萎えるというもの。女性たちも同じらしく、施設内で行なわれる食事会やダンスパーティーにはどんよりとした空気が漂う。男性独身者のヤル気を高めようと、メイド服姿の女性スタッフが部屋を訪れて、素股サービスを施してくれるのだが、射精することは許されない。あくまでも男たちをムラムラとさせることが目的であって、蛇の生殺し状態である。もしも、こっそり自慰をしていることが運営側にバレると厳重な処罰が待っている。恐ろしい体罰を目にして、デヴィッドの下半身はすっかり縮み上がってしまう。
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口ベタな3人の独身男たちは収容所で意中の伴侶を見つけることができるか。ベン・ウィショー、ジョン・C・ライリーと共演陣も豪華。
 戦中・戦後のひとりで生きていくには厳しい時代とは違って、物質や情報が溢れている現代はひとりで暮らしているほうが気楽な社会だ。いつまでも独身生活を謳歌しているほうが、自由気ままで楽しい。でも、それでは結婚して子どもを育てる人間がいなくなってしまう。高齢者だらけになってしまう。国家崩壊の危機である。世論を煽って婚活ブーム&妊活ブームを促し、結婚率&出生率を上昇させる必要がある。『ロブスター』で描かれている世界は、決して絵空事の世界ではなく、現代社会をリアルに映し出した鏡の世界の物語なのだ。45日間でパートナーを見つけることができなかった者は、施設の一角にある「動物変換室」にて人間以外の生き物に換えられてしまう。SFチックな設定だが、子どものいない夫婦は白眼視され、独身者が居づらさを感じる現代社会は、ランティモス監督が描く『ロブスター』の世界と何ら変わらない。  女性扱いが不得手なデヴィッドたち独身男3人衆は、期限が迫ってもなかなか意中のパートナーを見つけることができずに焦る。動物に換えられてしまうよりは結婚したほうがマシだと偽りの自分を演出して、独身女性に近づこうとする。でも結局、デヴィッドは偽りの自分を演じ続けることができず、施設から逃げ出すことになる。街に戻っても独身者はすぐに逮捕される。デヴィッドは他の独身者たちがそうしているように森の中へと身を潜める。
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『アデル、ブルーは熱い色』(13)で同性愛者を熱演したレア・セドゥが独身者たちのリーダーに。規則に反した者は容赦なく罰する。
 森の中は独身者たちにとっての自由なパラダイスかと思いきや、独身者のリーダー(レア・セドゥ)が厳しい規則を定め、森の治安を守っていた。森の中では独身であることは罪ではないかが、逆に恋愛や性行為が固く禁じられていたのだ。森で生きていくためにその決まりに同意するデヴィッドだったが、皮肉にも森で暮らす近視の女(レイチェル・ワイズ)に強く惹かれてしまう。恋愛しろと言われれば萎えてしまい、恋愛禁止と命じられれば瞬く間に恋に墜ちてしまう。デヴィッドの頭と下半身はまるで一致しない。人間とはままならない不条理な生き物であることが分かる。  独身であることが国家によって禁じられ、独身者たちは反政府勢力として森へと逃げ込むディストピア的世界観は、レイ・ブラッドベリの長編小説『華氏451度』を彷彿させる。フランソワ・トリュフォー監督は自身唯一のSF映画『華氏451』(66)の中で読書を禁じる政府に抗うブックピープル(活字中毒者)たちが潜む森の生活をユートピアのごとく美しく描いたが、実際にユートピアで暮らすとなると大変なようだ。もともと人づきあいが苦手で、施設から逃げ出してきたデヴィッドは、独身者たちが暮らす森の生活に溶け込むのも容易ではない。それゆえに近視の女との触れ合いが、いっそう掛け替えのないものとなっていく。  レイ・ブラッドベリ的なSF世界から、クライマックスは谷崎潤一郎文学を思わせるサディスティックな展開が待ち受けている。ロブスターのように海底でひっそりと生きることを願っていたデヴィッドは、最後の最後に真実の愛に触れることになる。真実の愛とは肉眼では見えないもの、ということらしい。 (文=長野辰次)
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『ロブスター』 監督/ヨルゴス・ランティモス 出演/コリン・ファレル、レイチェル・ワイズ、ジェシカ・バーデン、オリビア・コールマン、アシュレ・ジェンセン、アリアーヌ・ラベド、アンゲリキ・バブーリァ、ジョン・C・ライリー、レア・セドゥ、マイケル・スマイリー、ベン・ウィショー  配給/ファイン・フィルムズ R15+ 3月5日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国順次公開 (c) 2015 Element Pictures, Scarlet Films, Faliro House Productions SA, Haut et Court, Lemming Film, The British Film Institute, Channel Four Television Corporation. http://www.finefilms.co.jp/lobster/

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気が遠くなるほど長い長いスローセックスの物語。ビートたけし主演のフェチ映画『女が眠る時』

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ウェイン・ワン監督によるミステリアスなラブストーリー『女が眠る時』。ビートたけし、忽那汐里が親子より年齢の離れた恋人を演じている。
 子どもの頃、友達の家に遊びに行って驚いた。麦茶の中に砂糖が入れてあり、ジュースのようにとても甘かったからだ。晩ご飯にはすき焼きが振る舞われたが、やはり砂糖がたっぷりと入っており、肉の味がまるでしなかった。家庭によってこんなにも食生活は異なるものかと、カルチャーショックを受けた覚えがある。大人になってから、再びカルチャーショックを味わった。付き合う女性によって、エッチに至るまでの手順がずいぶんと違うからだ。各家庭によって食生活が異なるように、セックスの在り方も異なるらしい。ビートたけし主演、ウェイン・ワン監督作『女が眠る時』は、この世界には様々な性愛があることを描いたユニークな作品となっている。  香港出身のウェイン・ワン監督は、ポール・オースター脚本による『スモーク』(95)がミニシアター全盛期の日本でも大ヒットした国際派監督だ。NYブルックリンの一角にあるタバコ屋を舞台にした群像劇『スモーク』は孤独な都市生活者同士の心温まるちょっといい話が綴られたが、日本のリゾートホテルを舞台にした『女が眠る時』はビートたけし、西島秀俊、忽那汐里、小山田サユリらのアンサンブルによって多種多様な愛の形が浮かび上がる。「こんなフェチズムがあったのか」という意外な発見を楽しむことができる。  小説家・健二(西島秀俊)の目線によって、このフェチズムの物語は語られていく。健二は処女作が文学賞を受賞してベストセラーになったものの、第2作はパッとせず、第3作を書こうにも題材が見つからずにいる。妻で文芸誌の編集者である綾(小山田サユリ)と共に海沿いのリゾートホテルに1週間の予定で滞在し、新作のアイデアが降りてくるのを待っていた。この休暇が終われば、健二は専業作家を続けるのを諦めて、定職に就くつもりだった。そんな悶々とした精神状態の中、ホテルのプールサイドに佇む異色のカップルが目に焼き付く。手足のすらりと長い若い女・美樹(忽那汐里)の横には初老の男・佐原(ビートたけし)がはべっている。佐原は美樹に日焼け止めクリームを全身隈無く塗るなど、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。クリームを塗る手つきは、明らかに親子ではない。小説が書けずにいる健二は、綾の外出中ずっと佐原と美樹の行動を付け回すようになる。
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作家の健二(西島秀俊)は怖いもの見たさで、コワモテの男・佐原(ビートたけし)に近づく。どこまでが健二の妄想か現実か曖昧な世界だ。
 忽那汐里のうなじに生える産毛を、ビートたけしが剃刀で剃毛するシーンがひどくエロチックだ。なめらかな肌を剃刀の刃が滑っていく快感と少しでも手元を誤ると血が吹き出すというドキドキ感が、健二だけでなく観客の目線も釘付けにしてしまう。佐原と美樹の関係が気になって仕方がない健二は、カーテンを閉めずにいる2人の部屋を終始覗き見するようになる。さらに覗き見だけでは物足りず、部屋の中に忍び込むやベッドの下に潜み、2人のやりとりに耳をそばだてる。望遠レンズが手放せない『裏窓』(54)のジェームズ・スチュアートから、クローゼットの中に隠れて他人の本番行為を垣間みる『ブルーベルベッド』(86)のカイル・マクラクランへと西島秀俊は変態度を強めていく。西島の意識を介して観客は知る。映画とは覗き見願望(スコポフィリー)を満たしてくれる合法的なメディアであるということを。  リゾートホテルの近くにある民宿のオーナー・飯塚(リリー・フランキー)もかなりの変態だ。民宿のロビーにはたくさんの写真が貼ってあり、幼い頃の美樹と佐原が一緒に写っている1枚がその真ん中に飾ってあった。写真をしげしげと見つめていた健二に、ふいに飯塚が話し掛ける。「タイツとストッキングの違い、分かるか?」と。突然のエロ問答に健二は答えに窮する。飯塚は脚フェチらしく、“何デニール”のタイツにいちばん興奮するかについてのひとり語りを始める。「週刊SPA!」で連載されているみうらじゅんとの対談「グラビア魂」の世界なわけだが、初対面の男からいきなりマニアックな下ネタを振られるというのはかなり不気味だ。妻とのノーマルなセックスがマンネリ気味で倦怠期にある健二は、自分が今まで知らなかった様々な性癖を巡り歩くことになる。  いろんな愛の形が描かれる本作だが、いちばんディープなのはやはり佐原が若い美樹に抱く欲情だろう。佐原は美樹と血は繋がっていないが、美樹が幼い少女の頃からずっと面倒を看てきた。そして美樹がベッドに横たわり、眠りに就く様子を毎晩欠かさずにデジカメで撮影している。「君は若くて無垢な女が寝ているところを見たことがあるか?」と健二と顔見知りになった佐原は説く。健二は佐原が撮り続けた美樹の寝顔の画像集を見せられるが、健二の目にはどれも同じ画像にしか思えない。しかし、美樹のことを愛して止まない佐原には、一枚一枚が違って感じられる。美樹のその日の体調や2人のやりとりによって、美樹の寝顔は微妙に異なる。そのささいな違いが、佐原には愛おしくて堪らない。
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佐原は破滅願望の持ち主。「いつか、この子が私を裏切る日がくる」と美樹(忽那汐里)が姿を消すことを予感している。
 川端康成が『眠れる美女』で描いたシュナミズムの世界なのかと思いきや、佐原の場合はそれだけではなかった。美樹の寝顔を毎日眺め、彼女が少しずつ成熟した女になっていく匂いや肌つや加減をハラハラしながら見守っている。いわば、佐原はひとりの少女が女になるまでをずっと視姦し続けるという、長い長いスローセックスを楽しんでいたのだ。いつか美樹は佐原を棄てて、外の世界へと旅立っていく。美樹が本当の女になった瞬間が、佐原にとっての射精である。佐原は美樹が自分のもとを去っていく日に怯えながらも、実はその日を心待ちにしている。  傍から見ると、コワモテの男・佐原によって若い美樹は拘束されているように映るが、それは健二も同じだった。妻の綾は健二に新しい小説を、しかも売れるものを執筆するよう要求している。ホテルの部屋から外出できる自由はあるものの、健二の生活は綾によってコントロールされているのと何ら変わらない。でも綾に言わせれば、強制されて締め切りを設定されない限り、作家という人種は永久に仕事をしないのだという。夫のことを愛しているからこそ、あれこれ口を挟み、束縛するのだと。  佐原が美樹に抱いている劣情は限りなく父子の愛情に近い。そして綾が健二に注ぐ愛情は、編集者であり作家の妻であれば当然のものだろう。では、一体どこからがノーマルな愛情で、どこからが歪んだ性愛なのだろうか。その境界線はそれぞれの夫婦や恋人たちによって、ずいぶんと異なるものらしい。 (文=長野辰次)
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『女が眠る時』 原作/ハビエル・マリアス 脚本/マイケル・K・レイ、シンホ・リー、砂田麻美 撮影/鍋島淳裕 監督/ウェイン・ワン  出演/ビートたけし、西島秀俊、忽那汐里、小山田サユリ、新井浩文、渡辺真紀子、リリー・フランキー  配給/東映 PG12 2月27日(土)より公開 (c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会 http://www.onna-nemuru.jp

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40歳を過ぎても現役にこだわる辰吉の孤高の闘い!『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』

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2009年にタイで試合を行なって以降は実戦から遠ざかっている辰吉丈一郎。それでも毎日の走り込みとトレーニングは欠かさない。
 誰もが不可能だと思っていたことを可能に変えてしまうヤツ。ヒーローという言葉をそう定義づけるなら、辰吉丈一郎ほどヒーローに相応しい男はいない。“浪速のジョー”ことプロボクサー・辰吉丈一郎には常に驚かせられ続けた。1991年、プロデビューからわずか8戦目でWBC世界バンダム級王座に輝いた。これは当時の国内最短記録だった。『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈さながらのやんちゃキャラで、たちまち人気者になった。ボクサーとして致命傷とされた網膜剥離を患った際には、JBCから引退勧告されながらも特例を認めさせ、引退を賭けて薬師寺保栄との王座統一戦に臨んだ。94年に行なわれたこの試合は視聴率53.4%(関東地区)を記録。現WBC王者の山中慎介はこの試合をテレビで観戦し、ボクシングを始めている。その後、JBCは網膜剥離を完治した上での復帰を認めることになった。さらに世間を驚かせたのが、97年のシリモンコンとの一戦だ。タイの新鋭王者を相手に、27歳になった辰吉は7回TKO勝利を挙げて3度目の王座に返り咲いた。だが、まだ辰吉丈一郎伝説は終わりを迎えてはいない。40歳を過ぎた今も、辰吉は現役であることにこだわり、ハードなトレーニングを続けているのだ。  天才と狂気との紙一重の存在である辰吉を、20年間にわたってフィルム撮影し続けているのは阪本順治監督だ。ボクシング映画『どついたるねん』(89)で衝撃的デビューを果たした阪本監督は、辰吉を主人公にした『BOXER JOE』(95)というドキュメンタリードラマも残している。『BOXER JOE』の完成後も阪本監督と辰吉との交流は続いていた。辰吉がリングを降りる瞬間まで見つめていきたいと、笠松則通カメラマンら最低限のスタッフで海外遠征も含めて追い続けた。それがドキュメンタリー映画『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』である。  薬師寺との一戦に敗れた翌95年から撮影は始まった。1Rで左の拳を骨折しながらも最後まで薬師寺と戦い続けた熱戦は日本中を感動の渦に巻き込んだが、判定負けを喫したために国内でのリング復帰は叶わず、海外でのカムバックを模索していた時期だった。阪本監督は辰吉がキラキラと輝いていた時期よりも、王座を追われてしんどいときにカメラをより回している。男手ひとつで辰吉を育てた父・粂二さんが亡くなったとき、長年世話になった大阪帝拳を出て個人でトレーニングを積むようになったとき。リング上でスポットライトを浴びる辰吉とは異なる素顔を、阪本監督はフィルムに焼き付けていく。
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「ベルトよりも子どもが生まれたときのほうがうれしかった」という丈一郎の愛情を浴びて、2人の息子はすくすくと成長していく。
 辰吉はボクシングセンスだけでなく、言語センスにも優れている。「生まれ変わりたいと一度も思わない。面白いもん。辰吉丈一郎を一度やったらやめられない。父ちゃんの子どもでいたい」「(父と2人での生活は)ビンボーじゃなかった。世間的にはそうかもしれないけど、辰吉家は楽しかった」。辰吉の口からしばし語られるのは、自分を育て、ボクシングを教えてくれた父・粂二さんへの感謝の想い、そして愛妻・辰吉るみとの間に生まれた2人の息子・寿希也と寿以輝への愛情だ。辰吉は単なる天才アスリートではない。人間力がハンパなく高い男なのだ。そんな男だから、観客はみんな辰吉を応援し、辰吉はその声援を活力に変えて闘い続けてきた。  辰吉に対する阪本監督のインタビューを中心にして本作は構成されている。20年間にもわたる付き合いとなると取材はなぁなぁになりがちだが、16ミリフィルムを介した2人のやりとりにはそれがない。プロ中のプロと認め合っている2人は、お互いの心を開いて、パンチの代わりに言葉を交わし合う。辰吉の口からどんな台詞が飛び出すのか、スリリングな時間が流れる。20代の頃の辰吉の鋭い言葉の返しも見事だが、30代、40代になってからはひと言ひと言に重みが増していく。辰吉から率直な言葉を引き出す阪本監督はインタビュアーというよりも、心理カウンセラーのように映る。辰吉は阪本監督を相手にしゃべることで、今の自分が置かれている状況を冷静に客観視しているかのようだ。ベルトを失い、愛する父を失い、そして若さも失っていく辰吉だが、カメラに向かってしゃべり続けることで、自分自身のアイデンティティーを確かめているのではないだろうか。  現役ボクサーであることにこだわり、リングに上がることを渇望する辰吉の健康面を心配する声もある。でも、辰吉は「試合がしたい。引退しなかったことでいろいろと分かることがある」と突っぱねる。引退は他人から強要されるものではないというのが辰吉の持論である。阪本監督もまた辰吉とのインタビューによって大いに触発されているはずだ。『どついたるねん』で映画界に熱狂的に迎え入れられた阪本監督だが、その後は楽ではない道を歩んでいる。藤山直美主演の実録犯罪サスペンス『顔』(00)は高い評価を得たが、興収結果がすべてというシネコン全盛期に作家性をキープしながら作品を撮り続けるのは容易ではない。40歳を過ぎても実戦に向けてトレーニングを重ねる辰吉の一途さは、阪本監督はもちろん、観る者の心を今なお激しく揺さぶり続ける。
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るみ夫人の実家の前で家族そろっての近影。丈一郎がどんな状況にあっても、辰吉一家から明るさが消えることはない。
 この20年間で、世界はがらりと変わってしまった。日本は二度も大きな震災を経験し、物事の価値基準も人間関係も以前とはまるで異なるものになった。そもそも辰吉が引退するまで追い続けるはずだった本作だが、16ミリフィルムでの撮影ゆえに、これ以上フィルムでの対応が難しくなることもあり、20年という区切りで一本にまとめることを阪本監督は決断した。映画界はすっかりフィルムではなく、デジタルの世界に変わってしまった。辰吉の2人の息子も撮影の度にぐんぐんと大きくなり、次男・寿以輝はプロデビューを果たすまでになった。辰吉自身の風貌も20代の頃に比べて、ずいぶんと変わった。  でも、どんなに時間が流れても、社会が変わっても、変わらないものがある。それは辰吉丈一郎が家族に注ぐ愛情であり、そして飽くことなき闘争心だ。阪本監督は20年という歳月を費やして、生きていく上でとても大切なものをスクリーン上に浮かび上がらせている。『ジョーのあした』は間違いなく、ひとりのヒーローの素顔を記録したドキュメンタリー映画である。 (文=長野辰次)
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『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』 企画・監督/阪本順治 プロデューサー/椎井友紀子 撮影/笠松則通 録音/志満順一 ナレーション/豊川悦司  出演/辰吉丈一郎、辰吉るみ、辰吉寿希也、辰吉寿以輝  配給/マジックアワー 2月20日(土)よりシネ・リーブル梅田ほか大阪先行公開 2月27日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー (c)日本映画投資合同会社  http://www.joe-tomorrow.com

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40歳を過ぎても現役にこだわる辰吉の孤高の闘い!『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』

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2009年にタイで試合を行なって以降は実戦から遠ざかっている辰吉丈一郎。それでも毎日の走り込みとトレーニングは欠かさない。
 誰もが不可能だと思っていたことを可能に変えてしまうヤツ。ヒーローという言葉をそう定義づけるなら、辰吉丈一郎ほどヒーローに相応しい男はいない。“浪速のジョー”ことプロボクサー・辰吉丈一郎には常に驚かせられ続けた。1991年、プロデビューからわずか8戦目でWBC世界バンダム級王座に輝いた。これは当時の国内最短記録だった。『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈さながらのやんちゃキャラで、たちまち人気者になった。ボクサーとして致命傷とされた網膜剥離を患った際には、JBCから引退勧告されながらも特例を認めさせ、引退を賭けて薬師寺保栄との王座統一戦に臨んだ。94年に行なわれたこの試合は視聴率53.4%(関東地区)を記録。現WBC王者の山中慎介はこの試合をテレビで観戦し、ボクシングを始めている。その後、JBCは網膜剥離を完治した上での復帰を認めることになった。さらに世間を驚かせたのが、97年のシリモンコンとの一戦だ。タイの新鋭王者を相手に、27歳になった辰吉は7回TKO勝利を挙げて3度目の王座に返り咲いた。だが、まだ辰吉丈一郎伝説は終わりを迎えてはいない。40歳を過ぎた今も、辰吉は現役であることにこだわり、ハードなトレーニングを続けているのだ。  天才と狂気との紙一重の存在である辰吉を、20年間にわたってフィルム撮影し続けているのは阪本順治監督だ。ボクシング映画『どついたるねん』(89)で衝撃的デビューを果たした阪本監督は、辰吉を主人公にした『BOXER JOE』(95)というドキュメンタリードラマも残している。『BOXER JOE』の完成後も阪本監督と辰吉との交流は続いていた。辰吉がリングを降りる瞬間まで見つめていきたいと、笠松則通カメラマンら最低限のスタッフで海外遠征も含めて追い続けた。それがドキュメンタリー映画『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』である。  薬師寺との一戦に敗れた翌95年から撮影は始まった。1Rで左の拳を骨折しながらも最後まで薬師寺と戦い続けた熱戦は日本中を感動の渦に巻き込んだが、判定負けを喫したために国内でのリング復帰は叶わず、海外でのカムバックを模索していた時期だった。阪本監督は辰吉がキラキラと輝いていた時期よりも、王座を追われてしんどいときにカメラをより回している。男手ひとつで辰吉を育てた父・粂二さんが亡くなったとき、長年世話になった大阪帝拳を出て個人でトレーニングを積むようになったとき。リング上でスポットライトを浴びる辰吉とは異なる素顔を、阪本監督はフィルムに焼き付けていく。
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「ベルトよりも子どもが生まれたときのほうがうれしかった」という丈一郎の愛情を浴びて、2人の息子はすくすくと成長していく。
 辰吉はボクシングセンスだけでなく、言語センスにも優れている。「生まれ変わりたいと一度も思わない。面白いもん。辰吉丈一郎を一度やったらやめられない。父ちゃんの子どもでいたい」「(父と2人での生活は)ビンボーじゃなかった。世間的にはそうかもしれないけど、辰吉家は楽しかった」。辰吉の口からしばし語られるのは、自分を育て、ボクシングを教えてくれた父・粂二さんへの感謝の想い、そして愛妻・辰吉るみとの間に生まれた2人の息子・寿希也と寿以輝への愛情だ。辰吉は単なる天才アスリートではない。人間力がハンパなく高い男なのだ。そんな男だから、観客はみんな辰吉を応援し、辰吉はその声援を活力に変えて闘い続けてきた。  辰吉に対する阪本監督のインタビューを中心にして本作は構成されている。20年間にもわたる付き合いとなると取材はなぁなぁになりがちだが、16ミリフィルムを介した2人のやりとりにはそれがない。プロ中のプロと認め合っている2人は、お互いの心を開いて、パンチの代わりに言葉を交わし合う。辰吉の口からどんな台詞が飛び出すのか、スリリングな時間が流れる。20代の頃の辰吉の鋭い言葉の返しも見事だが、30代、40代になってからはひと言ひと言に重みが増していく。辰吉から率直な言葉を引き出す阪本監督はインタビュアーというよりも、心理カウンセラーのように映る。辰吉は阪本監督を相手にしゃべることで、今の自分が置かれている状況を冷静に客観視しているかのようだ。ベルトを失い、愛する父を失い、そして若さも失っていく辰吉だが、カメラに向かってしゃべり続けることで、自分自身のアイデンティティーを確かめているのではないだろうか。  現役ボクサーであることにこだわり、リングに上がることを渇望する辰吉の健康面を心配する声もある。でも、辰吉は「試合がしたい。引退しなかったことでいろいろと分かることがある」と突っぱねる。引退は他人から強要されるものではないというのが辰吉の持論である。阪本監督もまた辰吉とのインタビューによって大いに触発されているはずだ。『どついたるねん』で映画界に熱狂的に迎え入れられた阪本監督だが、その後は楽ではない道を歩んでいる。藤山直美主演の実録犯罪サスペンス『顔』(00)は高い評価を得たが、興収結果がすべてというシネコン全盛期に作家性をキープしながら作品を撮り続けるのは容易ではない。40歳を過ぎても実戦に向けてトレーニングを重ねる辰吉の一途さは、阪本監督はもちろん、観る者の心を今なお激しく揺さぶり続ける。
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『ジョーのあした 辰吉丈一郎との20年』 企画・監督/阪本順治 プロデューサー/椎井友紀子 撮影/笠松則通 録音/志満順一 ナレーション/豊川悦司  出演/辰吉丈一郎、辰吉るみ、辰吉寿希也、辰吉寿以輝  配給/マジックアワー 2月20日(土)よりシネ・リーブル梅田ほか大阪先行公開 2月27日(土)よりテアトル新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー (c)日本映画投資合同会社  http://www.joe-tomorrow.com

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学級崩壊、それは世界崩壊の序曲にすぎなかった!? モンスター化する生徒たち『ゾンビスクール!』

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子どもたちがゾンビ化してしまう『ゾンビスクール!』。教師たちは八つ裂きにされ、キッズゾンビたちは引っぱり出した小腸で無邪気に縄跳びに励む。
 チキンナゲットを食べたら、ゾンビになっちゃった!? 中国の食品メーカーが消費期限切れの鶏肉を混入していたことから日本マクドナルドがチキンナゲットの販売を一時中止し、ケンタッキーフライドチキンが国産鶏肉に切り替えたのが2014年。その後も異物混入騒ぎや廃棄ビーフカツの横流し事件など加工食品への不信感が高まるニュースが後を絶たない。そんな中、ファストフード関係者が卒倒しかねない米国産のホラーコメディが公開される。『ロード・オブ・ザ・リング』(01)のフロド役で人気者になったイライジャ・ウッド主演&プロデュース作『ゾンビスクール!』がそれだ。学校給食のチキンナゲットを食べた子どもたちが次々とゾンビ化し、教師たちを喰いちぎるという過激な内容となっている。  本作の原題は“cooties”。日本語に直訳すると「シラミ」だが、子どもたちが「このバイ菌野郎、あっちいけ!」と“えんがちょ”するみたいな意味合いもあるらしい。脚本を担当したのは、不条理な殺人ゲームもの『ソウ』シリーズの生みの親リー・ワネルと人気学園ドラマ『glee/グリー』のイアン・ブレナン。この2人が初タッグを組み、悪ノリしてシナリオを書き上げた。ゾンビ化した子どもたちがキライな教師を校庭で八つ裂きにして、内臓を引っ張り出し、小腸で仲良く縄跳びをし、くり抜いた眼球でビー玉遊びに興じる。明るく平和だったはずの小学校が昼休みには瞬く間に地獄絵図へと変貌していく。一方、生き残るために教師たちも必死だ。獲物を求めて校舎内へと乱入してくるゾンビ化した教え子たちに対し、封印されていた体罰で応酬する。手足スポ~ン、脳みそグシャッ状態である。  ファストフード店やコンビニで手軽に売られている加工食品や清涼飲料水が健康を害しているのではないかという不安感が背景となっている本作だが、より大きなテーマとして横たわっているのは大人が感じる子どもへの恐怖心だ。日本でも学校にクレームをつけまくるモンスターペアレントの存在が問題となったが、そんなモンスターペアレントに育てられた子どもたちも、今やすっかりモンスターチャイルドとなってしまった。ひとりのモンスターチャイルドが続々と増殖していく不気味さを、本作ではゾンビに置き換えて描いている。
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臨時教員として母校の小学校に帰ってきたクリント(イラジャ・ウッド)。彼にとって学校はまさに生徒たちとの格闘の場だった。
 本作の主人公・クリント(イラジャ・ウッド)は小学校の教師をしながら小説家デビューを目指しているが、いまどきの学校は片手間で務まるような呑気な職場ではなかった。臨時教員として母校に帰ってきたクリントは、着任初日から生意気な男子生徒ペイトリオットから授業を妨害される。注意しようと近づくと「体に触られたと親にチクるぞ」と威嚇される有り様。新米教師のクリントはもうお手上げだった。ペイトリオットの隣の席に座っている内気な少女シェリーもイジメの被害者だった。給食後から具合が悪そうなシェリーはちょっかいを出すペイトリオットに噛み付く。ゾンビウィルスを保菌していたシェリーからペイトリオットへと感染し、いっきに学校中、そして町中にウィルスが広まっていく。クリントの担当クラスの学級崩壊が発端となり、世界中が崩壊の危機に瀕することになる。  これまでにもプロデューサーとして『ブラック・ハッカー』(14)や『ザ・ヴァンパイア 残酷な牙を持つ少女』(14)など個性的なミステリー&ホラー映画を製作してきたイライジャ・ウッドが電話インタビューでコメントを寄せてくれた。 イライジャ「俳優として作品選びを考える際は、これまで自分が演じたことがないようなキャラクターかどうかが大きな決め手となるけど、プロデューサーとして参加する場合は才能ある人たちと一緒に仕事をしたいという要素が大きいよね。今回はホラーの鬼才リー・ワネルとコメディの天才イアン・ブレナンが共同で脚本を書くというので、ワクワクしたよ。決して政治色の強い作品にしようと狙ったわけじゃないんだ。子どもたちにファストフードを無造作に与えることの危険性はもちろんあるけど、米国では子どもたちへの過剰な薬物療法がより問題視されているんだ。多動性障害と判断された子どもの多くは薬物療法を受けさせられている。ただ元気すぎるだけなのかもしれないのにね。そういう現実的な問題は作品の中に盛り込んでいるよ。今回は特にブレナンのお母さんとお姉さんが学校の先生だったことから、教師の仕事ってすごく大変だってことが大きなモチーフになっているんだ。教師は子どもたちを教育する大切な立場にあるのに、米国の教師たちはあまりにも不当な扱いを受けているんじゃないかってね。教師の立場になって、彼らの願いをきっちり描くことが、今回の僕らにとって重 大なことだったんだ。もちろん、シリアスなものではなく、ユーモアとして描いたわけだけどね」  イノセントな存在であるはずの子どもたちだが、他人の痛みを理解できないまま育った子どもは恐怖の対象となる。映画の世界では、そんな恐ろしい子どもたちが度々描かれてきた。SF映画『未知空間の恐怖 光る眼』(60)は高度な知能を持つ銀髪の子どもたちが小さな町を支配しようとした。スペイン映画『ザ・チャイルド』(76)では島で暮らす無邪気な子どもたちが集団となって大人をひとりずつ処刑していった。『オーメン』(76)では悪魔の子ダミアンがかわいらしい仮面の裏で、着々と人類滅亡計画を押し進めた。
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追い詰められた教師たちの反撃が始まる。問題児に対して教師たちが溜め込んでいた怒りのパワーはハンパなかった!
イライジャ「ホラー映画が大好きなんだ。好きなホラー映画を尋ねられると、知っているだけに選ぶのに困るよ(笑)。『エクソシスト』(73)や『ハロウィン』(78)は基本だし、それにニコラス・ローグ監督の『赤い影』(73)も好きだな。最近のものだと『僕のエリ 200歳の少女』(08)もいいね。とりわけ『ザ・チャイルド』は大好きな作品。今回の映画製作でも『ザ・チャイルド』はすごく影響を受けている。『ザ・チャイルド』の子どもたちが大人を吊るし上げて処刑する場面をオマージュシーンとして再現したかったんだけど、時間の都合でできなかったのがちょっと残念(苦笑)。『ザ・チャイルド』の面白さは、出てくる子どもたちは特別なモンスターに変身するわけではなく、子どもらしさを残したまま、子どもの本能で行動し、それが殺戮へと向かうところ。その部分は、今回とても参考にしているよ」  かつては大人たちの無理解さに悩んでいた子どもだったはずの自分が、いつの間にか大人になっており、子どもたちの存在に怯えるようになっていた。本作にはそんなブラックな笑いと恐怖も込められている。童顔のイライジャ・ウッド(現在35歳)が大人に成りきれずにいる新米教師を演じているだけに、そのことがよりいっそう強く感じられる。教育の現場が崩壊してしまった世界で、これから人類はどう再生していくのか。ゾンビ映画に付き物の残酷描写もありますが、まぁホラーコメディですので、ファストフード関係者のみなさんも目くじらを立てずに、大人の対応で見守ってください。 (文=長野辰次)
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『ゾンビスクール!』 監督/ジョナサン・ミロ、カリー・マーニオン 脚本&出演/リー・ワネル、イアン・ブレナン 出演/イライジャ・ウッド、アリソン・ピル  配給/プレシディオ R15+ 2月13日(土)よりシネマサンシャイン池袋にて先行上映、2月20日(土)より全国公開 (c)2014 Cooties,LLC All Rights Reserved http://www.zombieschool.jp

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スクリーンから漂う初々しいフェロモンの香り! 嗅覚を心地よく刺激する『いいにおいのする映画』

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次世代アイドルとして注目される金子理江。アイドルユニットLADYBABYのメンバー、グラビアアイドルとしても活躍している。
 もしかしたら自分のタイプかも。そう感じた異性とすれ違った瞬間に、ふといい匂いがすると間違いなく恋に陥る。天気のいい日に干した布団にゴロンと転がると、日なたの匂いが鼻孔をくすぐり、たまらなく幸せな気分に包まれる。匂いが人間の感情に与える影響はかなり大きい。『いいにおいのする映画』はその名のとおり、“におい”をテーマにした青春ファンタジーだ。かつてジョン・ウォーターズ監督が『ポリエステル』(81)の公開時に観客に“匂いカード”を配り、場面に合わせてカードをこするとスカンクや靴下の匂いがするというギミックを仕込んだが、低予算の本作はそういう趣向のものではないらしい。ミスiD2015年グランプリに輝いた次世代アイドル・金子理江の初主演作『いいにおいのする映画』は観客に大いなる謎を抱かせつつ幕を開く。  高校生のレイ(金子理江)は熱中するものもなく、将来の目標もなく、ぼんやりと毎日を過ごしている。仲のいい委員長(中嶋春陽)は作家を目指しているが、担任の教師には大学に進学すると無難に答えていた。今しか書けない物語もあるんじゃないかとレイは思うが、唯一の親友にそこまで強くは言えない。そんなとき、幼なじみのカイト(吉村界人)に久しぶりに再会し、かつて自分は魔法使いになることを真剣に願っていたことを思い出す。幼いころ、カイトの母親は病気で入院しており、カイトはよく淋しそうにしていた。魔法が使えれば、カイトの淋しさもたちまち消すことができると信じていたのだ。  カイトの父親モンゴロイドは、大編成バンドVampilliaのボーカリストだ。カイトと一緒にVampilliaが根城にしているライブハウスを訪ねたレイは、バンドMCのミッチーら昔なじみのメンバーに温かく迎え入れられる。個性派がそろったVampilliaのライブは最高だった。音響と照明を担当しているカイトの横で観ていたレイはテンションが上がり過ぎ、ついカイトを押しのけて照明をオペレートしてしまう。それまでモノトーンだったレイの世界がいっきにキラキラと輝き始める。レイがずっと探していた魔法の世界が目の前に広がっていた。  レイは照明技師見習いとしてライブハウスに通い、カイトの手伝いをしながら照明のノウハウを学んでいく。自分の夢を見つけることができ、レイは幸せだった。だが、好事魔多し。レイが興奮のあまり鼻血を流すと、いつもは優しいカイトの目が急にギラつく。ステージ裏の階段で、レイはカイトに押し倒されてしまう。カイトは人の血を欲しがるヴァンパイアフィリア(好血症)だったのだ。カイトの母親も同じ病気で、それゆえにカイトやモンゴロイドを残して姿を消していた。
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レイ(金子理江)は幼なじみのカイト(吉村界人)と久しぶりに再会。ようやく自分がやりたかったことに気づく。
 純粋無垢な少女が夢見るファンタジーの世界が、ひと筋の血が流れた瞬間にダークファンタジーへと変調していく。ヴァンパイアものらしく、この後も官能的なシーンが用意されている。落ち着きを取り戻したカイトと照明の打ち合わせをしていたレイは、何気にロングヘアを束ねる。その瞬間、レイの透き通るような細い首筋があらわになる。白く柔らかいうなじを見せられたカイトは自制心を失い、再びレイにむしゃぶりつく。とてもエロチックなシーンだ。このとき、確かにスクリーンから匂いが溢れ出ている。レイ役を初々しく演じる金子理江のフェロモンがスクリーンごしにほとばしっている。カイトならずとも、この状況に置かれた男子は我慢できないだろう。レイの無防備さ、金子理江のイノセントさに観客は魅了されずにはいられない。匂いがテーマといえば、あの名作ファンタジーも思い出させる。原田知世主演作『時をかける少女』(83)もまたラベンダーの香りが重要なモチーフだった。  本作を撮ったのは1991年生まれという新鋭・酒井麻衣監督。オーディションで金子理江を主演に抜擢した酒井監督に、彼女の魅力について聞いてみた。 酒井「理江ちゃんのいちばんの魅力は純粋さでしょうね。オーディションで初めて逢った瞬間に『この子しかいない』と思いました。他の人なら言えないような『魔法が使えるようになりたい』という台詞でも、彼女なら自然と口にすることができる。うなじを見せるシーンは確かにセクシーですね。でも本人にはその自覚はまるでないと思います(笑)。例えて言うなら、花が咲く直前のかれんさとはかなさの両方を持ち合わせている感じでしょうか」
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“ブルータスオーケストラ”の異名で知られるVampillia。彼らのライブに触発され、酒井監督は本作を撮り上げた。
 金子理江の放つ無自覚な色気に捕われて、スクリーンから目が離せなくなる。物語の後半、ヴァンパイアフィリアであることが発覚したカイトは、父モンゴロイドによって部屋の中に監禁されてしまう。レイもライブハウスに来ることを禁じられるが、それでもレイは魔法使いになるという夢を諦められず、そしてカイトを放っておくことができず、カイトが閉じ込められている部屋へと向かう。部屋には鍵が掛かっており、ドアを開けることができない。ドアの前に無言で佇むレイは、ある匂いを媒介にしてカイトと繋がることに成功する。でも、このときの匂いは、レイにとっては苦く、切ないものだった。つぼみのように無垢な存在だったレイはそれまで知らなかった匂いを身にまとい、少しずつ大人への階段を上がっていくことになる。  レイの夢が叶った瞬間に、映像がモノトーンからパートカラーに変わるという視覚的アイデアに加え、実在の人気バンドVampilliaのライブ演奏がドラマを大いに盛り上げる。ギミックなしで、観客の色彩感覚、聴覚、そして嗅覚に訴え掛けるとてもレアな映画に仕上がっている。 酒井「自分の好きな場所や好きな人って、いい匂いがすると思うんです。この映画は自分の居場所を見つけることができなかった女の子が、ようやく自分の居場所を見つけて、その匂いを思いっきり嗅ぐ物語でもあるんです」  本作を観て、スクリーンから匂いを感じ取った人は、二度三度とその香しい匂いに釣られて劇場に足を運ぶことになるに違いない。 (文=長野辰次)
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『いいにおいのする映画』 監督・脚本・編集/酒井麻衣 音楽/Vampillia 出演/金子理江、吉村界人、Vampillia、中嶋春陽 配給/SPOTTED PRODUCTIONS 2月6日(土)より新宿シネマカリテほか全国順次公開 (c)2015 Little Witch Production / MOOSIC LAB http://iinioi-movie.com

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アンジェリーナ・ジョリー監督作がついに公開! 実録戦争サバイバル『不屈の男 アンブロークン』

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アンジェリーナ・ジョリーが実録小説『Unbroken』を監督した『不屈の男 アンブロークン』。戦時下の収容所での生活が再現されている。
 アンジェリーナ・ジョリーが撮った反日映画、原作には日本兵による人肉食についての記述がある、などと映画の完成前からネットや週刊誌上で過剰に騒がれた『不屈の男 アンブロークン』。ハリウッドの人気女優アンジェリーナの監督第2作として、米国では2014年12月に公開されたヒット作だが、映画を観ていない人たちによって“反日映画”の烙印が押され、日本での公開は見送られていた。米国ではユニバーサル映画として配給されたが、日本ではインディペンデント系の硬派な作品を扱うビターズ・エンドが配給することで米国での封切りから1年2か月遅れで日本でも上映されることになった。  最初に明言しておくと、本編中には日本兵による人肉食シーンはないし、反日映画として日本人の鬼畜ぶりを執拗に強調したシーンもない。ボスニア紛争を題材にしたアンジェリーナの監督第1作『最愛の大地』(11)でムスリム女性たちがセルビア兵に延々とレイプされるのに比べると、男しかいない収容所での暴力シーンはかなりあっさりしている。体育会系の部活経験者なら、「このくらいの折檻は戦時中はあっただろう」と想像できる程度の描写にとどめてある。それでも「反日映画だ、公開するな」というのなら、あらゆる戦争映画は日本で上映することができなくなってしまう。『アンブロークン』は反日映画ではないし、戦争映画というよりはイジメられっ子だった主人公の若者が陸上競技に生き甲斐を見出し、数々の苦境を乗り越える青春サバイバルストーリーとしてアンジェリーナ監督は撮り上げている。  本作の主人公ルイ・ザンペリーニ(ジャック・オコンネル)は、イタリア系移民の子として米国カリフォルニア州で生まれ育った実在の人物だ。小さい頃はイジメに遭うなど、戦争が始まる前からルイのサバイバル人生は始まっている。不良になることでイジメから逃れたルイだが、万引きの常習犯で警察の世話になりっぱなし。このままではまともな将来は待っていないと、陸上選手である兄ピートはルイも陸上のトレーニングに加わるように勧める。イジメられっ子で万引きの度に警察から逃げていたルイは忍耐力があり、逃げ足も速かった。競技場のトラックという自分の居場所をようやく見つけたルイは、めきめきと才能を伸ばし始める。1936年のベルリン五輪には高校生ながら米国代表として5000m走に出場し、メダルにこそ手が届かなかったもののラスト1周で驚異的なラップタイムを残す。1940年に開催されるはずだった東京五輪の有望選手として脚光を浴びる。
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前半は太平洋上での漂流生活が描かれる。ルイ役のジャック・オコンネルに加え、ドーナル・グリーソンらハリウッド期待の若手男優たちが共演。
 だが、アスリートとしていちばんの充実期にある20代前半で第二次世界大戦が勃発。米国と日本も太平洋戦争へと突入する。ルイは爆撃機B-24に爆撃手として搭乗。高性能を誇る日本の零戦と激しい空中戦が繰り広げられる。敵は日本軍だけではなかった。整備不十分な爆撃機に乗ったルイは太平洋上に放り出され、同胞のフィル(ドーナル・グリーソン)ら3人で救命ボートにしがみついたまま47日間にわたる漂流生活を余儀なくされる。仲間のひとりは餓死してしまい、ルイも疲労と空腹の限界に達したところ、日本兵によって救出される。ルイにとって日本という国は、敵国であるのと同時に命の恩人でもあった。  日本に送られたルイは大森捕虜収容所で暮らし始めるが、ここで本作のもうひとりの主人公というべき収容所の所長である渡邊睦裕伍長(MIYAVI)が登場する。大学出のインテリである渡邊は五輪出場経験のあるルイに目を付け、徹底的にいたぶることに喜びを感じる。ルイはそれでも決して渡邊に媚びることはせず、さらに渡邊のサディズムに火を注ぐことになる。ルイと渡邊の関係は、先日亡くなったデヴィッド・ボウイの主演作『戦場のメリークリスマス』(83)での坂本龍一との男同士のプラトニックな恋愛感情を彷彿させる。坂本龍一はボウイにハグ&キスされて昇天するが、本作での渡邊のルイへの熱い想いは一方通行のまま空振りで終わる。だが、ルイと渡邊の因縁はさらに新潟の直江津収容所へと舞台を移し、第2、第3ラウンドへと続くことになる。  オーストラリアに建てられた収容所のオープンセットはかなりリアリティーあるものとなっている。だが、収容所での生活はルイの主観的な視点で描かれており、渡邊以外の日本兵や他の捕虜たちとの交流が細かく描かれることはない。収容所での生活はどのようなものだったのか、虐待はあったのか。気になって直江津収容所の内情について記したノンフィクション『貝になった男 直江津捕虜収容所事件』(上坂冬子著)をめくってみた。この本の最初のページに収容所内で行なわれたクリスマスイブの余興時の写真が掲載されており、目が釘付けになる。アコーディオンやギターを手にした白人捕虜たちと日本兵たちが一緒ににこやかな表情で記念写真に収まっている。卑屈なムードを感じさせない、実に和やかな雰囲気の1枚だ。
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収容所の所長・渡邊役に抜擢されたのは、国際派ミュージシャンのMIYAVI。渡邊は反抗的な態度をみせるルイを徹底的にいたぶる。
 本著には収容所に軍属として勤めた木村藤雄氏の証言も紹介されている。木村氏は知り合いが見ている前では捕虜をぶん殴ってみせたそうだが、誰もいないところでは自宅からこっそり持ってきた芋などの食べ物を渡していたという。終戦の年になると、捕虜たちは英語の話せない木村氏にゼスチャアでしきりに感謝の意を示したそうだ。しかし、木村氏のように日本人全員が捕虜と意志の疎通ができたわけではなかった。食料不足を補うためにゴボウを食べさせたところ「木の根っこを食べさせられた」、脚気に苦しむ捕虜にお灸治療をしたところ「身体に火を押し付けられた」と虐待として訴えられ、直江津収容所の看守たちの多くは戦争裁判の末に絞首刑となっている。  コーエン兄弟が脚本に参加している本作は終戦を迎え、捕虜たちが解放されるところで終わりとなるが、最後に写真とテロップでルイが戦後をどのように過ごしたかが駆け足で紹介される。米国に戻って結婚するルイだが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患う。キリスト教に帰依することで“赦し”を覚え、ようやくルイの中の戦争は終わりを告げる。幻に終わった1940年の東京五輪に出場することは叶わなかったルイだが、1998年の長野五輪に聖火ランナーとして再来日を果たすことになる。ルイにとって日本は、おぞましい記憶を植え付けられた国であり、同時にアスリートとして憧れの地でもあったのだ。戦後は逃亡生活を送ることで戦争裁判を逃れた渡邊との再会もルイは望んでいた。自分をさんざん苦しめた渡邊に赦しを与えるつもりだった。だが、渡邊はルイの申し出を断り、その姿を見せることは二度となかった。  戦時中、渡邊は暴力という形でルイの心の中にまで踏み入ろうとしたが、それは一方的な片想いで終わった。戦後、ルイはキリスト教の教えに従って渡邊へラブコールを送ったが、その想いは届かなかった。『アンブロークン』は哀しいすれ違いの物語である。破壊されるべきは、人間が抱く偏見や不寛容さだろう。 (文=長野辰次)
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『不屈の男 アンブロークン』 原作/ローラ・ヒレンブランンド 監督/アンジェリーナ・ジョリー 脚本/ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン、リチャード・ラグラヴェネーズ、ウィリアム・ニコルソン 出演/ジャック・オコンネル、ドーナル・グリーソン、MIYAVI、ギャレット・ヘドランド、フィン・ウィットロック  配給/ビターズ・エンド PG12 2月6日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー (c)2014 UNIVERSAL STUDIOS http://unbroken-movie.com
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