
実話からアイデアを得た『夢の女』。40年間にわたって精神病院で暮らしてきた主人公・永野(佐野和宏)は震災をきっかけに退院を果たす。
多くの犠牲者を出した東日本大震災だが、あの震災によって逆に社会復帰を果たした人もいる。10代のときに統合失調症と診断された男性は、40年にわたって地元・福島の精神科病院での入院生活を余儀なくされた。しかし、福島第一原発事故によって原発近くにあった入院先から他の病院に避難した際、すでに病気は完治していることが判明。男性は60歳になって、ようやく自分の人生を取り戻すことになった。あまりにも皮肉めいた小説のようだが、これは『ハートネットTV』(NHK教育)や『クローズアップ現代』(NHK総合)でも報道された実話。このウソのような本当の話を映画化したのが、かつてピンク映画界で活躍した佐野和宏主演作『夢の女 ユメノヒト』だ。
佐野和宏はカルト映画『追悼のざわめき』(88)でマネキンを愛する男を怪演したのをはじめ、瀬々敬久監督が札幌テレクラ殺人事件を題材にした『雷魚』(97)などインディペンデント系の作品で存在感を見せてきた男優。出演作は100本を超える。またピンク映画『監禁 ワイセツ前戯』(89)で監督デビューし、瀬々、サトウトシキ、佐藤寿保と共にピンク映画界のヌーベルバーグ“ピンク四天王”と称され、『変態テレフォンONANIE』(93)など17本の監督作を残している。90年代のピンク映画に親しんだ世代には忘れがたい名前である。だが、『熟女のはらわら 真紅の裂け目』(97)を最後に佐野は監督業から離れていく。セックスシーンさえあれば自由な表現が許されていたピンク映画だったが、不景気の風にさらされる中、次第にピンク映画からも自由さが消えていった時代でもあった。
創作意欲を失った日々を過ごす佐野に追い打ちを掛けるように、咽喉ガンが見つかり、2011年には手術により声帯を失うことになる。監督としても俳優としても声を失うことはあまりにも致命的だ。ところが、皮肉なことに佐野はガンを患い、医者から「5年後の生存率20%」と告げられたことから、猛烈に「生きたい」と願うようになった。そして生きたいという願望と同時に、再び「映画を作りたい」という気持ちが溢れ出した。生きる意欲と創作意欲を取り戻した佐野のもとに、ピンク映画時代の仲間たちが集まった。ピンク四天王の下の世代にあたる“ピンク七福神”のいちばんの若手・坂本礼監督が佐野を福島まで連れ出し、撮り上げたのが『夢の女 ユメノヒト』だった。

『夢の女』のヒロイン・幸子を演じるのは、ピンク映画で長年活躍してきた伊藤清美。幸子に逢うことで永野の時間が動き始める。
佐野の久々の主演作『夢の女 ユメノヒト』は福島県南相馬から物語が始まる。広々とした更地に一本だけぽつんと老木が残っている。震災後に有名になった「奇跡の一本松」によく似たロケーションだ。そんな老木の横を自転車に乗った永野(佐野和宏)は走っていく。永野は40年間にわたって精神科病棟で暮らしてきた。ところが震災で避難した際に、永野の病気は完治していることが分かった。でも震災によってまるで変わってしまった故郷に、浦島太郎状態の永野の行き場所はどこにもない。永野は10代の頃の記憶をたどり、初体験を済ませた思い出の女性を探し始める。
永野が探している女性・幸子は、永野が童貞を捧げた同級生だ。といっても2人の間には恋愛感情はなかった。幸子は1000円さえ払えば、誰でもヤラせてくれる“便所女”だった。同級生の男たちはみんな、幸子に1000円を払い、童貞を棄てた。永野も幸子が覚え切れないほど相手をした男たちのひとりに過ぎない。だが、永野は病院で暮らしている間、ずっと夢の中で幸子との初体験を反芻してきた。社会から隔離された生活を送ってきた永野にとって、幸子との思い出は、生身の女性と肉体を交わし合った唯一の経験でもあった。幸子もまた震災によって避難生活を強いられ、東京で暮らしている息子夫婦宅に身を寄せていることが分かった。福島から東京へと伸びている送電線に沿って、永野は黙々と自転車を走らせ続ける。
ピンク映画界で表現活動に打ち込んできた佐野や坂本礼監督にとって、3.11へのアプローチ作となっている『夢の女』。福島から東京へ向かう途中、主人公である永野は何人かの若い女性と出会い、セックスをする機会に遭遇する。だが残念なことに、入院生活の長かった永野の男性器はなかなか勃起しない。それでも永野は夢の中に現われ続けた幸子を探し続ける。夢の中と違って、現実の幸子はもうおばあちゃんになっているはず。でも、永野にとってはリアルに年を取った幸子でなくてはダメなのだ。自分と同じように年を取った幸子を再び抱くことで、永野は本当の意味で外の世界と繋がることができる。福島第一原発が稼働を始めた1971年から、ずっと止まったままだった永野の時間はようやく動き始める。

佐野和宏の18年ぶりとなる監督&主演作『バット・オンリー・ラヴ』。声帯を失った佐野の声にならない叫びがスクリーンから聞こえてくる。
ひとりの男が失った時間を取り戻すロードムービー『夢の女』を語る上で外すことができないのは、佐野が主演だけでなく、脚本&監督も兼任した新作『バット・オンリー・ラヴ』。佐野の復帰作として『夢の女』の製作準備を坂本監督と脚本家の中野太が進めていた間、佐野は待ち切れずに自分で脚本を書き上げてしまった。それが『バット・オンリー・ラヴ』だ。同時期に佐野を中心に発生したエネルギー体から、2本のピンク映画が飛び出したことになる。佐野監督作『バット・オンリー・ラヴ』を先に撮影することになり、佐野が筆談でしかコミュニケーションができないため、坂本監督が『バット・オンリー・ラヴ』のチーフ助監督を引き受けた。『夢の女』が社会の片隅で生きる人々の営みを描いたように、『バット・オンリー・ラヴ』もまた極少人数で、しかもスタッフとキャストがそれぞれ自発的に動きながら撮っていくというピンク映画ならではの特徴が強く反映された作品となっている。
18年ぶりとなる佐野監督作『バット・オンリー・ラヴ』は喉頭ガンで声を失った男が長年連れ添ってきた妻や家族との関係を見つめ直し、スワッピング旅行に妻を連れていく物語だ。佐野自身が脚本を書き、監督した『バット・オンリー・ラヴ』には主人公を演じた佐野の迫力に圧倒されるシーンがある。妻との間に生まれた娘が、実は自分とは血が繋がっていないことを男は知る。ずっと一緒に暮らし、今でもセックスする間柄の妻のことが男は急に信じられなくなってしまう。暗闇の中に取り残された男は、ベッドで背中を向けて眠っている妻に向かって、精一杯の声で叫ぶ。手術で声帯を失っている男の口からは、声にならない言葉が次々と溢れ出していく。妻、そして世間に向かって、男は怒り、疑念、恨みつらみのあらん限りを吐き出す。すべてを吐き終えた男の口元からは、やがて最後の最後にすれっからしの愛が這いずり出てくる。
(文=長野辰次)

『夢の女 ユメノヒト』
監督/坂本礼 脚本/中野太 出演/佐野和宏、伊藤清美、和田華子、西山真来、小林節彦、川瀬陽太、吉岡睦雄、櫻井拓也、伊藤猛
配給/インターフィルム R15 4月9日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
(c)V☆パラダイス、インターフィルム、KOKUEI

『バット・オンリー・ラヴ』
監督・脚本・主演/佐野和宏 出演/円城ひとみ、酒井あずさ、蜷川みほ、芹澤りな、柄本佑、緒方明、川瀬陽太、工藤翔子、吉岡睦雄、飯島洋一
配給/東風 4月2日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開
(c)「But only love…」製作運動体
※ 4月2日(土)より特集上映「佐野の声を聴け!」を新宿K’s cinemaにて開催。佐野の監督デビュー作『ミミズのうた』(82)、佐野の代表作『Don’t let it bring you down』(93、公開タイトル『変態テレフォンONANIE』)、『海鳴り 或るいは波の数だけ抱きしめていられるか、アホンダラ』(91、公開タイトル『集団痴漢 人妻覗き』)の3作品が日替わりで上映される。

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