子宮という名のブラックホールに吸引される男たち 泥沼恋愛の結末『彼女がその名を知らない鳥たち』

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蒼井優、阿部サダヲ主演の『彼女がその名を知らない鳥たち』。痴情のもつれが、恐ろしい事態を招いてしまう。
 快楽殺人鬼というどうしようもない社会的不適合者でも、世界で誰かひとりの役には立っているかもしれない。沼田まほかる原作小説の映画化『ユリゴコロ』は、フィクションならではの振り切ったミステリーだった。残念だったのは、少数の人間しか共感できないテーマの作品を、人気キャストを配しているという理由だけで全国300スクリーンで一斉公開した配給会社の心理のほうがよっぽどミステリーだったということだ。公開規模は『ユリゴコロ』の1/3ほどだが、蒼井優&阿部サダヲがダブル主演した『彼女がその名を知らない鳥たち』も同じく沼田まほかるの同名小説の映画化。実録犯罪映画『凶悪』(13)や『日本で一番悪い奴ら』(16)で脚光を集めた白石和彌監督が、痴情のもつれによる男女の泥沼劇を腰の据わった演出で撮り上げている。 『彼女がその名を知らない鳥たち』(以下『かの鳥』)の主人公である十和子役の蒼井優が、かつてなくエロい。十和子(蒼井優)は、ひと回り以上年上の男・陣治(阿部サダヲ)と同棲しているが、生活費はすべて陣治に払わせ、1日中マンションに籠ってはDVDをダラダラ観ながら、あちこちにクレームを付けまくるダウナーな日々を送っている。クレーム対応したデパートの売り場主任・水島(松坂桃李)が思いのほかいい男だったので、とりあえずホテルへGO。水島は妻子持ちだが、キスがやたらとうまい。ホテルでの行為中に十和子に「あー、と言って」と命じるなど、テクニシャンぶりを見せる。行為を終えた後は、タクラマカン砂漠の美しさについて語るなどのピロートークにも抜かりない。水島のSEXフルコースに十和子は身体の芯から酔いしびれる。
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『ユリゴコロ』に続いて、沼田まほかるの暗黒ワールドに出演した松坂桃李。エロいキスから、すでに前戯が始まっている。
 水島とのゲス不倫によって、十和子は自分を棄てた元彼・黒崎(竹野内豊)のことを忘れようとする。照明デザイナーを自称する黒崎は十和子に結婚の約束をしておきながら、資産家の国枝(中嶋しゅう)と寝るように持ち掛けてきた。十和子を貢いだお陰で国枝に気に入られた黒崎は、国枝の姪であるカヨ(村川絵梨)とさっさと結婚。別れの場で、黒崎は十和子の顔面が変形するほど殴りつける。サイアクな別れ方をした黒崎だが、今も十和子は心の痛みと共に黒崎のことが忘れられずにいる。一方の水島は「妻とは別れて、新しい生活を始めたい」と寝物語で十和子に語ってみせるが、どこか白々しい。水島もまた、心の中に空虚さを抱え、その空っぽさを忘れたいがために十和子との不倫SEXに汗を流す。  優しい顔して十和子にDVを振るう黒崎、ゲス不倫の常習犯であろう水島、そんな男たちにコロッと騙される十和子。そして、男たちの間を根なし草のように漂う十和子のことを盲目的に愛し、わがまま放題させている陣治。みんな、サイテーのクズ人間ばかり。上がり目のない下流人生を歩んでいる。だが、彼らは十和子を媒介にした一種の奇妙なコミュニティーとなっていることに気づかされる。  白石監督のデビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)は知的障害を持つ兄とその世話を看る弟、そんな兄弟と一緒に暮らすデリヘル嬢との共同生活を描いたおかしな疑似家族の物語だった。その後も、白石監督は『凶悪』『日本で一番悪い奴ら』と犯罪に手を染める疑似家族を撮り続けている。ロマンポルノ・リブート作『牝猫たち』(16)は肉体の繋がりを求める風俗嬢たちの物語だった。『かの鳥』もまたSEXで繋がる、奇妙な疑似家族の物語だと言えるかもしれない。人間はとても弱々しい動物なので、誰かと繋がっていないと不安で不安で堪らないのだ。
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二枚目のイメージしかない竹野内豊だが、本作では女性を利用するだけ利用して棄てるサイテーのDV人間を演じてみせた。
『かの鳥』の登場人物たちは、み~んなクズ人間ばかりで、心の中に埋めがたい空虚さを抱えながら生きている。十和子に「きちんとしなさい」と常に上から目線で説教する姉の美鈴(赤澤ムック)も自身の生活に空虚さを感じているがゆえに、妹の十和子にあれこれと口を出してしまう。男も女も空虚さを忘れよう、逃れようとSEXにのめり込む。元お寺の住職で離婚歴、会社の倒産歴もある異色の経歴を持つ原作者の沼田まほかるに言わせれば、女はみんな子宮という名のブラックホールを体内に抱え込んでおり、男たちはどうしようもなくそのブラックホールに呑み込まれていく運命にあるらしい。そんな宇宙規模の空虚さには、誰も抗うことはできない。  クズ人間たちが空虚さに呑み込まれないための限界コミュニティーとして成立していた十和子とその周辺の人々だが、十和子を棄てた黒崎が5年前から失踪していたことが明らかになり、辛うじて危ういバランスを保っていたコミュニティーの崩壊が始まる。黒崎はただの出奔なのか、それとも何か事件に巻き込まれたのか。もし事件だとしたら、十和子のことを溺愛する陣治が怪しい。ドロドロの不倫劇が、後半からはサスペンスへと変調していく。冴えないオッサンである陣治が、十和子の目には急に不気味な存在に映って見える。 『かの鳥』は下流人生を歩むサイテーの人々の物語らしく、サイアクの結果が待ち受けている。観た人によっては「はぁ、バッカじゃないの?」と言いたくなるようなエンディングである。だが、その「バッカじゃないの?」と言いたくなる結末は、サイテーの人間が考えうる一生に一度きりの決断でもある。十和子のそれまでずっと空っぽのままだった心は、彼女がその名を知らないものによって初めて満たされることになる。一時的かもしれないが、十和子は自分の心が満たされたことで、心を満たしたものの正体を知る。もう誰も「バッカじゃないの?」とは口にできない。 (文=長野辰次)
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『彼女がその名を知らない鳥たち』 原作/沼田まほかる 脚本/浅野妙子 監督/白石和彌 出演/蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊 配給/クロックワークス 10月28日(土)より新宿バルト9ほか全国ロードショー (C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会 http://kanotori.com
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カルト宗教と民間療法は信じる者だけが救われる!? プラシーボな神をめぐる暗黒アニメ『我は神なり』

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宗教に頼らずには生きていけない人間の弱さをリアルに描いた長編アニメ『我は神なり』。ヤン・イクチュンらが声優として参加。
 神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。言い換えれば、神は存在しないことを証明されるために存在する。つまり、神は数字のゼロのような存在だ。存在しないことによって存在する。そんな現実世界には実存しない神の解釈をめぐって、人々は長きにわたって争い、憎しみ合ってきた。実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で大ブレイクしたヨン・サンホ監督の長編アニメ『我は神なり』(英題『FAKE』)では、神のご利益を説くことで信者たちからお金をむしり取るインチキ教団と、そんなインチキ宗教でもすがりつきたいと願う人々の心理を克明に描いた救いのないドラマが紡がれていく。  日本では今年9月から劇場公開が始まった『新感染』で実写映画デビューを飾り、『新感染』の前日談を描いた長編アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』(16)も続いて公開され、ゾンビよりも人間のほうがよっぽど悪質で、おぞましい存在であることをこれでもかと見せつけたヨン・サンホ監督。8月来日時のトークイベントでは「日本のアニメや漫画の影響をすごく受けた。中でも今敏監督のリアリズム溢れる初期作品を観て、自分も映画をつくりたいと思った」と語った。なるほど、社会の底辺を生きる人々をリアルに描く作風は今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』(03)っぽくあり、最後の最後まで目が離せないサスペンスフルな演出は『パーフェクトブルー』(98)を思わせる。極彩色の悪夢『パプリカ』(06)を最後に、46歳の若さで亡くなった今敏監督の系譜を受け継ぐ才人が韓国から現われたことがうれしい。そんなヨン監督が2013年に発表した長編アニメが『我は神なり』。多くの人に好まれる宮崎駿アニメ風の欧州的な整った顔立ちではない、アジア人特有の平べったく、目の細く、筋ばった容姿のキャラクターたちが物語の主人公だ。
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補償金という慣れない大金を手にした村人たちは、ヤン牧師のいる教団にこぞって献金することに。
 国家レベルの大規模な建設工事のために、村人全員が立ち退きを命じられた小さな集落に、とある宗教団体が訪れる。故郷を喪失することに動揺している村人たちは、若くてイケメンのソン牧師(声:オ・ジョンセ)を崇め、教団から分けてもらった神の水を呑めば万病に効くと信じ込んでいた。ソン牧師はあくまでも教団の表の顔で、詐欺師のギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)が裏では仕切っている。他の土地へ移り住むために村人たちがもらっていた補償金を狙っての布教活動だった。神への信仰心として教団に献金すればするだけ、この世の苦しみから逃れることができるという。しかも、故郷を失う村人たちが一緒に暮らすことができる現世浄土としての施設「祈りの家」を、村人たちからの献金を元に建設するとギョンソクは約束する。世間から見捨てられた集落にしがみつくように暮らしてきた人々は、うさん臭い教団が提示した現代のユートピア計画にまんまと騙されてしまう。  性格もいいソン牧師に村人たちみんなが夢中になる中、1人だけ教団にツバを吐く人間がいた。ギャンブル好きな荒くれ男・ミンチョル(声:ヤン・イクチュン)は隣町の酒場でクダを巻いていた際に、ギョンソクがお金で雇ったサクラに足の不自由な信者を演じさせる打ち合わせの現場を目撃し、さらに警察署の指名手配書の中にギョンソクがいることに気づく。ミンチョルの娘・ヨンスン(声:パク・ヒボン)らも参加している教団の集会にミンチョルは乱入し、教団のインチキぶりを糾弾する。だが、ミンチョルは村人たちから嫌われていたため、娘のヨンスンも含め誰も彼の言葉に耳を傾けようとはしない。嫌われ者が暴くつらい現実よりも、人気者が語る甘い嘘をみんな信じようとする。  教団が分けてくれる神の水を毎日呑むことで、村の高齢者や難病に苦しんでいた人は一時的に元気になる。ただの砂糖水でも「これ、効くよ」と言って呑ませれば、身体の痛みを軽減させることができる。プラシーボ(偽薬)効果ってヤツだ。暗示によって、人間が本来持っている自然治癒力が高められる。民間療法や健康食品の効能の多くは、このプラシーボ効果によるもの。民間療法と宗教は信じる者だけが救われる。『我は神なり』で描かれる神さまとは、プラシーボな存在に過ぎない。それでも、村人たちはプラシーボな神さまにすがりつくしか選択肢はなかった。
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「宗教なんかインチキだ」と叫ぶミンチョルは、教団の武闘派グループからボコボコにされる。神は神を信じない者にはとことん厳しい。
 カルト教団、新興宗教はこれまでにも映画の題材として度々取り上げられてきた。ビートたけし原作&出演作『教祖誕生』(93)では、情弱な人たちに付け込むインチキ教団の裏側がコミカルに描かれた。伊丹十三監督は遺作となった『マルタイの女』(97)で、カルト教団の反社会性について言及している。震災風俗嬢を主人公にした廣木隆一監督のオリジナル作『彼女の人生は間違いじゃない』(17)は、被災者たちが暮らす仮設住宅に新興宗教の勧誘が群がる現状について触れていた。サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードをモデルにして企画が生まれのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)。宗教団体の創設者(フィリップ・シーモア・ホフマン)は人間の心を癒す特殊能力を持っていたが、信者数が増えるにつれて組織は巨大化し、単なる集金システムへと変貌を遂げていく。地縁もなく、血縁にも頼ることができない下流社会に生きる人々にとっては、神が存在しようがしまいが、敷居の低い宗教団体に救いを求めるしかないというシビアな現実がある。  村人たちがソン牧師の説く神の存在を信じているのに、鼻つまみ者のミンチョルが「こいつらはインチキだ」とののしり回るため、せっかくのプラシーボ効果が台無しである。インチキ教団を取り仕切るギョンソクだけでなく、村人たちは自主的にミンチョルを村から排除しようする。人民寺院集団自殺事件を再現した恐怖映画『サクラメント 死の楽園』(13)のように、もはや村人たちは集団催眠状態に陥っていた。また、純粋に神の存在を信じているソン牧師にとっても、異分子ミンチョルは目障りだった。神さまの存在を盲目的に信じたことで、やがてこの村はサイアクの結果を迎えることになる。  神さまにすべてを捧げた村人たちは、ゼロに向かって突き進んでいく。神さまに近づくということは、財産も捨て、家も捨て、煩悩も捨て、自分自身を完璧なゼロへと近づけていくことなのだろうか。確かに神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。そんな矛盾を背負いながら、人間はこの不完全な世界を生きていくしかない。 (文=長野辰次)
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『我は神なり』 監督・脚本/ヨン・サンホ 声の出演/ヤン・イクチュン、オ・ジョンセ、クォン・ヘヒョ、パク・ヒボン 配給/ブロードウェイ 10月21日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開 (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved. https://warekami-movie.com
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宗教に頼らずには生きていけない人間の弱さをリアルに描いた長編アニメ『我は神なり』。ヤン・イクチュンらが声優として参加。
 神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。言い換えれば、神は存在しないことを証明されるために存在する。つまり、神は数字のゼロのような存在だ。存在しないことによって存在する。そんな現実世界には実存しない神の解釈をめぐって、人々は長きにわたって争い、憎しみ合ってきた。実写映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)で大ブレイクしたヨン・サンホ監督の長編アニメ『我は神なり』(英題『FAKE』)では、神のご利益を説くことで信者たちからお金をむしり取るインチキ教団と、そんなインチキ宗教でもすがりつきたいと願う人々の心理を克明に描いた救いのないドラマが紡がれていく。  日本では今年9月から劇場公開が始まった『新感染』で実写映画デビューを飾り、『新感染』の前日談を描いた長編アニメ『ソウル・ステーション パンデミック』(16)も続いて公開され、ゾンビよりも人間のほうがよっぽど悪質で、おぞましい存在であることをこれでもかと見せつけたヨン・サンホ監督。8月来日時のトークイベントでは「日本のアニメや漫画の影響をすごく受けた。中でも今敏監督のリアリズム溢れる初期作品を観て、自分も映画をつくりたいと思った」と語った。なるほど、社会の底辺を生きる人々をリアルに描く作風は今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』(03)っぽくあり、最後の最後まで目が離せないサスペンスフルな演出は『パーフェクトブルー』(98)を思わせる。極彩色の悪夢『パプリカ』(06)を最後に、46歳の若さで亡くなった今敏監督の系譜を受け継ぐ才人が韓国から現われたことがうれしい。そんなヨン監督が2013年に発表した長編アニメが『我は神なり』。多くの人に好まれる宮崎駿アニメ風の欧州的な整った顔立ちではない、アジア人特有の平べったく、目の細く、筋ばった容姿のキャラクターたちが物語の主人公だ。
カルト宗教と民間療法は信じる者だけが救われる!? プラシーボな神をめぐる暗黒アニメ『我は神なり』の画像2
補償金という慣れない大金を手にした村人たちは、ヤン牧師のいる教団にこぞって献金することに。
 国家レベルの大規模な建設工事のために、村人全員が立ち退きを命じられた小さな集落に、とある宗教団体が訪れる。故郷を喪失することに動揺している村人たちは、若くてイケメンのソン牧師(声:オ・ジョンセ)を崇め、教団から分けてもらった神の水を呑めば万病に効くと信じ込んでいた。ソン牧師はあくまでも教団の表の顔で、詐欺師のギョンソク(声:クォン・ヘヒョ)が裏では仕切っている。他の土地へ移り住むために村人たちがもらっていた補償金を狙っての布教活動だった。神への信仰心として教団に献金すればするだけ、この世の苦しみから逃れることができるという。しかも、故郷を失う村人たちが一緒に暮らすことができる現世浄土としての施設「祈りの家」を、村人たちからの献金を元に建設するとギョンソクは約束する。世間から見捨てられた集落にしがみつくように暮らしてきた人々は、うさん臭い教団が提示した現代のユートピア計画にまんまと騙されてしまう。  性格もいいソン牧師に村人たちみんなが夢中になる中、1人だけ教団にツバを吐く人間がいた。ギャンブル好きな荒くれ男・ミンチョル(声:ヤン・イクチュン)は隣町の酒場でクダを巻いていた際に、ギョンソクがお金で雇ったサクラに足の不自由な信者を演じさせる打ち合わせの現場を目撃し、さらに警察署の指名手配書の中にギョンソクがいることに気づく。ミンチョルの娘・ヨンスン(声:パク・ヒボン)らも参加している教団の集会にミンチョルは乱入し、教団のインチキぶりを糾弾する。だが、ミンチョルは村人たちから嫌われていたため、娘のヨンスンも含め誰も彼の言葉に耳を傾けようとはしない。嫌われ者が暴くつらい現実よりも、人気者が語る甘い嘘をみんな信じようとする。  教団が分けてくれる神の水を毎日呑むことで、村の高齢者や難病に苦しんでいた人は一時的に元気になる。ただの砂糖水でも「これ、効くよ」と言って呑ませれば、身体の痛みを軽減させることができる。プラシーボ(偽薬)効果ってヤツだ。暗示によって、人間が本来持っている自然治癒力が高められる。民間療法や健康食品の効能の多くは、このプラシーボ効果によるもの。民間療法と宗教は信じる者だけが救われる。『我は神なり』で描かれる神さまとは、プラシーボな存在に過ぎない。それでも、村人たちはプラシーボな神さまにすがりつくしか選択肢はなかった。
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「宗教なんかインチキだ」と叫ぶミンチョルは、教団の武闘派グループからボコボコにされる。神は神を信じない者にはとことん厳しい。
 カルト教団、新興宗教はこれまでにも映画の題材として度々取り上げられてきた。ビートたけし原作&出演作『教祖誕生』(93)では、情弱な人たちに付け込むインチキ教団の裏側がコミカルに描かれた。伊丹十三監督は遺作となった『マルタイの女』(97)で、カルト教団の反社会性について言及している。震災風俗嬢を主人公にした廣木隆一監督のオリジナル作『彼女の人生は間違いじゃない』(17)は、被災者たちが暮らす仮設住宅に新興宗教の勧誘が群がる現状について触れていた。サイエントロジーの創始者L・ロン・ハバードをモデルにして企画が生まれのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』(12)。宗教団体の創設者(フィリップ・シーモア・ホフマン)は人間の心を癒す特殊能力を持っていたが、信者数が増えるにつれて組織は巨大化し、単なる集金システムへと変貌を遂げていく。地縁もなく、血縁にも頼ることができない下流社会に生きる人々にとっては、神が存在しようがしまいが、敷居の低い宗教団体に救いを求めるしかないというシビアな現実がある。  村人たちがソン牧師の説く神の存在を信じているのに、鼻つまみ者のミンチョルが「こいつらはインチキだ」とののしり回るため、せっかくのプラシーボ効果が台無しである。インチキ教団を取り仕切るギョンソクだけでなく、村人たちは自主的にミンチョルを村から排除しようする。人民寺院集団自殺事件を再現した恐怖映画『サクラメント 死の楽園』(13)のように、もはや村人たちは集団催眠状態に陥っていた。また、純粋に神の存在を信じているソン牧師にとっても、異分子ミンチョルは目障りだった。神さまの存在を盲目的に信じたことで、やがてこの村はサイアクの結果を迎えることになる。  神さまにすべてを捧げた村人たちは、ゼロに向かって突き進んでいく。神さまに近づくということは、財産も捨て、家も捨て、煩悩も捨て、自分自身を完璧なゼロへと近づけていくことなのだろうか。確かに神は存在する。ただし、神は存在しないという文脈においてのみ、神は存在する。そんな矛盾を背負いながら、人間はこの不完全な世界を生きていくしかない。 (文=長野辰次)
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『我は神なり』 監督・脚本/ヨン・サンホ 声の出演/ヤン・イクチュン、オ・ジョンセ、クォン・ヘヒョ、パク・ヒボン 配給/ブロードウェイ 10月21日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開 (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved. https://warekami-movie.com
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下着も生ぬるい日常も捨てて、映画へ出よう! 寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』

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対人恐怖症の建二(ヤン・イクチュン)はボクシングを通して、対戦相手と肉体言語を交わし合おうとする。
 映画館の暗闇の中でただ待っていても、何も始まらないよ──。1970年代のカルチャーシーンにおいてカリスマ的存在だった寺山修司は、初監督作『書を捨てよ町へ出よう』(71)の冒頭、映画館へ足を運んできた観客たちをスクリーンの中から挑発してみせた。本を閉じて、現実の町へ繰り出そう。映画を見るのではなく、君が映画の主人公になればいい。詩人、劇作家、演出家と多彩な才能を発揮した寺山は、新しい時代のアジテーターだった。47歳で亡くなった寺山が今も生きていれば、ネット検索なんかやめて、自分の肉体を使って夜の街を検索して回りなさいと説いたんじゃないだろうか。大ブレイク中の菅田将暉と『息もできない』(09)のヤン・イクチュンがダブル主演した『あゝ、荒野』は、寺山が残した同名小説の映画化であり、半年にわたってボクシングのトレーニングに励んだ菅田とイクチュンとがお互いの肉体をぶつけ合うことで奏でる愛憎のセッションを観客は体感することになる。  アニメ『あしたのジョー』の主題歌を作詞し、菅原文太&清水健太郎主演映画『ボクサー』(77)を監督するなど、ボクシングという肉体言語の世界をこよなく愛した寺山修司。映画『あゝ、荒野』は前後編合わせて5時間5分にわたり、寺山ワールドを現代的に咀嚼して見せていく。時代設定は『あゝ、荒野』が執筆された1966年ではなく、2度目の東京五輪が終わった2021年。寺山が呑み歩いた猥雑なエネルギーが渦巻く新宿が舞台だが、近未来の新宿は爆破テロが度々起き、ラブホテルは老人介護施設にリニューアルしつつある。そんなかつてのネオンの荒野で、どこにも自分の居場所を見つけることができずにいる不良児・新次(菅田将暉)と吃音症の建二(ヤン・イクチュン)が寂れたボクシングジムで出逢い、殴り倒すか倒されるかの世界に生きる喜びを見出していく。  幼い頃に母親に捨てられた新次は振込み詐欺などの裏稼業で羽振りよく暮らしていたが、同じ養護施設で育った後輩・裕二(山田裕貴)に裏切られ、少年院送りとなった。出所した新次は喫茶店で声を掛けたヤリマン女・芳子(木下あかり)と連れ込み宿で7~8回連続でSEXしまくり、すっきり気持ちよく翌朝を迎える。ところが目覚めると、芳子の姿と共に新次の所持金も消えていた。新次に唯一残されていたのは、野獣のように煮えたぎる怒りの感情だけだった。
下着も生ぬるい日常も捨てて、映画へ出よう! 寺山修司原作のボクシング映画『あゝ、荒野』の画像2
幼少期に被災生活を体験したヤリマン女の芳子(木下あかり)。新次(菅田将暉)と交際することで、彼女の生き方も変わっていく。
 一方、理髪店に勤める建二は、自衛官だった父親(モロ師岡)に虐待されながら育ち、30歳を過ぎた今も他人とうまくコミュニケーションすることができない。人に話し掛けようとすると赤面し、吃ってしまう。肉体を鍛え、自分に自信を持てば、会話もできるようになるに違いないと、新宿の片隅にあるボクシングジムを訪ねる。ジムには宿なし、金なし、職なしの新次も来ていた。居場所のない新次と建二は、バラック小屋同然のジムに共に住み込み、トレーニングに打ち込み始める。家族のいない2人にとっては、ジムを経営する元プロボクサーの片目(ユースケ・サンタマリア)と鬼トレーナーの馬場(でんでん)とが新しい家族だった。  昭和の臭いがプンプンする原作小説を、今の時代に映画化することには本作を観るまでは懸念があった。だがその心配は、『息もできない』で他人を殴ることでしか自分の感情を表現できない暴力人間を熱演したヤン・イクチュンを韓国から招いたことで見事にクリアされた。『息もできない』の主人公サンフンと違って、本作の建二はおどおどした気弱な男だが、平成の日本人が失ってしまった、生まれついての業だとか、汗くささだとか、白いブリーフパンツに付いたオナニー後のシミだとか、そんな洗練されずにいるものを抱え込んでいる。実際の素顔のイクチュンはインテリな好青年だが、カメラの前に立つと独特の匂いが立ち込める。これが彼の俳優としてのオーラなのだろう。ヤン・イクチュンという特濃コクだし俳優の存在によって、本作はイケメン主演のヤンチャな青春映画ではない、平成という時代にいまだに馴染めずにいる人々がもつれ、支え合うNEW寺山ワールドとして成立している。また、他人のSEXを覗き見するのが趣味という、ジムの変態オーナーを演じる元「男闘呼組」高橋和也が放つ昭和感もいい。青姦中のカップルを彼が覗き見しているシーンを見て、寺山がかつて覗きの現行犯で逮捕された事件を思い出した。  本作を撮ったのは、門脇麦と菅田将暉が同棲中のカップルを演じた『二重生活』(16)で劇映画デビューを飾った岸善幸監督。是枝裕和監督が長らく所属していた製作会社「テレビマンユニオン」に籍を置き、ドキュメンタリー番組でキャリアを重ねてきた。『二重生活』もそうだったが、本作でもドキュメンタリー同様にカメラテストなしの本番一発撮りに挑んでいる。リハーサルもないので、出演者たちは自分が演じるキャラクターに完全になりきってカメラの前に立たなくてはならず、監督から「カット!」の声が掛かるまで、そのシーンを延々演じ続けなくてはならない。CM撮りやテレビ出演も多い菅田は、日々溜め込んでいるストレスを「新宿新次」としての狂乱ファイトへと昇華させ、日本語はカタコトしか話せないイクチュンは、言葉の代わりに「バリカン建二」としてハードパンチを繰り出していく。新人ボクサー・新宿新次とバリカン建二の疑似ドキュメンタリーとして物語は進んでいく。
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大学生の恵子(今野杏南)は学生サークル「自殺抑止研究会」に所属し、自殺願望を持つ人たちを救おうとするが……。
 前編では年齢の離れた兄弟のように仲がよかった新宿新次とバリカン建二だが、同じジムに所属する2人がもっとディープに、より濃厚なコミュニケーションを図るには、リング上で真剣勝負するしか道はない。後編ではバリカン建二は居心地のよかったジムを離れ、最強のライバルとして新宿新次の前に立ちはだかる。2人にとっては、リング上で生きるか死ぬかの限界まで殴り合うことが、SEXを凌駕するサイコーの愛の交歓となる。かつてないデンジャラスで、サディスティック&マゾヒスティックなボーイズ・ラブロマンスとしてクライマックスへと突き進んでいく。  裸で闘うのは男優たちだけではない。女優たちも真っ裸になってカメラの前に立つ。ヤリマン女で、窃盗の常習犯であるヒロイン・芳子に抜擢されたのは若手女優の木下あかり。脱ぎっぷりよく、菅田との激しい濡れ場を演じてみせる。新宿の中華料理店でばったり再会した新次と芳子はその後も身体を重ね合う関係となるが、新次がプロボクサーとして自分の生きる道を見つけると芳子は距離を置こうとする。ヤリマン女の純情さに、鼻の奥がツーンとくる。グラビアアイドルとして人気の今野杏南は、「自殺抑止研究会」のメンバー・恵子を演じ、大胆なベッドシーンに挑戦した。今野のたわわな美乳とピンク色の乳首は、新宿という荒野に咲いた清純な花のようだ。ベッドを共にしたイクチュンが羨ましい。ジムを経営する片目が通うバー「楕円」では、震災で家族と故郷を失った女・セツを演じた河井青葉の熟女ヌードも用意されている。闘っているのは男だけでない。女たちもまた多くのものと闘いながら生きていることを実感させる。  5時間を越える熱い愛憎の物語も、新宿新次とバリケン建二がボコボコに殴り合うことでついに終止符が打たれる。『あしたのジョー』の矢吹丈と力石徹との宿命の対決のような壮絶なラストとなる。これが寺山の主宰した「天井桟敷」の舞台だったら、最後の最後にスクリーンがまっぷたつに割れて、スクリーンの向こう側には夜の街、ネオンの荒野が広がっていることだろう。書を捨てよ町へ出よう。暗闇の中でただ待っていても、何も始まらないよ──。寺山修司は死してなお、時代のアジテーターであり続ける。 (文=長野辰次)
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『あゝ、荒野』 原作/寺山修司 脚本/港岳彦、岸善幸 監督/岸善幸 出演/菅田将暉、ヤン・イクチュン、木下あかり、モロ師岡、高橋和也、今野杏南、山田裕貴、河井青葉、前原滉、萩原利久、小林且弥、川口覚、山本浩司、鈴木卓爾、山中崇、でんでん、木村多江、ユースケ・サンタマリア 配給/スターサンズ R15+ 10月7日(土)前篇、10月21日(土)後篇 新宿ピカデリーほか全国公開 (C)2017「あゝ、荒野」フィルムパートナーズ http://kouya-film.jp
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ホロコースト犠牲者と加害者の孫同士が禁断の愛!? タブーを破る『ブルーム・オブ・イエスタディ』

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ナチの戦争犯罪を現代的視点から見つめ直したドイツ映画『ブルーム・オブ・イエスタディ』。主人公たちの禁断の恋の行方は?
 ナチスによる戦争犯罪やホロコーストを題材にした映画は、これまでにもスティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(93)やロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』(02)など、多くの実録作品が作られてきた。ナチスの非道さと過酷な状況を懸命にサバイバルするユダヤ系の人々の生き様を描いたものがほとんどだ。ところが、ドイツ人のクリス・クラウス監督が現代的視点から撮った『ブルーム・オブ・イエスタディ』は、ナチスの戦争犯罪とホロコーストを扱いながらも、これまでの戦争悲話とはまったく異なるアプローチを試みている。なんと、ナチ戦犯の孫息子とホロコースト被害者の孫娘が出逢い、禁断の恋に墜ちていくラブコメディなのだ。  ホロコーストものは悲劇にしかなりえず、ナチ関係者は徹底的に断罪されなくてはならない。そんな我々の思い込みを、本作は大きく覆してみせる。主人公はドイツのホロコースト研究所に勤める中年オヤジのトト(ラース・アイディンガー)。ナチス親衛隊(SS)だった祖父を告発した著書を発表したことで世間からは評価されていたが、家族には勘当された身だった。妻とのSEXライフにも問題を抱えている。情緒不安定なトトは2年間にわたって準備を進めてきたアウシュヴィッツ会議のリーダーから外されてしまい、代わりに選ばれた同僚のバルタザール(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)と職場で殴り合いの大喧嘩をやらかしてしまう。雑用係に回されたトトは、フランスからやってきた研修生のザジ(アデル・エネル)の面倒を看ることになる。  ザジは明るく、ユーモア好きな女性だが、ユダヤ人の祖母をホロコーストで失っていた。ナチ戦犯の祖父を持ち、すべての物事を悲観的に考えてしまう頭の固いトトとは真逆の存在だった。開催が危ぶまれるアウシュヴィッツ会議を成功させるため、トトはザジを連れてスポンサー回りへ。ちぐはぐな2人は常に口論が絶えないが、ネオナチにトトが襲われたことをきっかけに2人の心の距離はぐっと縮まる。ホロコースト問題を異なる立場から見つめてきた2人は、ナチスが大虐殺を行なったラトビアの首都リガを訪ねた際、宿泊先のホテルで男女の関係を結ぶことに──。
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頭の固いトト(ラース・アイディンガー)と楽天家のザジ(アデル・エネル)は、喧嘩を繰り返しながら仲を深めていく。
 ユダヤ人大量殺戮をリアルに再現した『シンドラーのリスト』のスピルバーグ監督はユダヤ系米国人であり、『戦場のピアニスト』のポランスキー監督は母親を強制収容所で亡くし、自身も収容所送りになる寸前のゲットーから逃げ出した体験を持っている。どちらも当事者だから描くことができた、シリアスなドラマだった。その点に関しては、『ブルーム・オブ・イエスタディ』も面白半分で作られた企画ではない。クリス監督自身がドイツ史について調べていく中で、ラトビアのユダヤ人虐殺にクリス監督の祖父が関わっていたことを知り、大きな衝撃を受けたことが本作の企画の発端となっている。以下はドイツにいるクリス監督からのスカイプでのコメントだ。 「祖父が戦時中にSSだったことは知っていました。でも、まさか虐殺に直接的に関わっていたとは、僕も僕の家族も思いもしなかった。祖父は生前、SSだった頃の話をすることはありませんでした。あるとき、僕の友人が渡してくれた歴史書を開いていたら、祖父と同じ名前が出ていたので、気になって調べてみると、それは僕の祖父で、虐殺に関わっていたことが分かったんです。そのときは、すでに祖父は亡くなっていたので、祖父の口からそのことを聞くことはできませんでした。映画の中のトトは祖父が虐殺に加担していたことを知り、贖罪の意識からホロコーストの研究を始めています。主人公のトトは僕自身がモデルであり、この映画は僕の家族の物語でもあるんです。もちろん、映画では誇張されたキャラクターになっているので、僕はトトほどエキセントリックじゃないし、トト夫婦のようなSEXについての深刻な問題も抱えてはいません(笑)」  ナチスの戦争犯罪と主人公たちのSEXに関わる問題が、ひとつの作品の中で同時に語られる点も非常にユニーク。クリス監督いわく「死と生にまつわる映画」とのことだ。また、フランスからドイツにやってきたザジは、ベンツ車で空港まで迎えにきたトトに向かって「祖母はベンツのガス・トラックに乗せられて死んだのよ」とベンツ車に乗ることを拒むなど、ドイツの自動車メーカーをネタにするなどのブラックジョークも散りばめられている(※実際のガス・トラックはベンツではなく、ザジの思い込み)。テレビ放映されることを前提に作られている日本の製作委員会方式の映画では、まずありえないギャグだろう。 「ベンツのギャグは欧州では大ウケでした。シナリオ段階で弁護士に確認してもらって、法的に問題にならないギリギリのところを狙ったんです(笑)。もちろん、この映画は製作準備段階では、多くの人たちから『クレイジーな企画だ』と言われ、資金集めはすごく難航しました。でも、この映画は僕にしか撮れない作品であり、僕が歴史について充分な知識があることを理解してくれた人たちの協力を得て、完成させることができたんです。映画を観た人の中には抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、でも賛否両論あったほうが『よし、これからもっと頑張ろう』という気に監督はなるもの。うれしかったのは、ロシアで上映された際にユダヤ系の団体から『ドイツ人がこれまでにない新しいスタイルでホロコーストに向き合った作品だ』と評価してくれたことですね」
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物語の後半、ザジたちはラトビアの首都リガへ。この街の外れにあるルンブラの森で2万5,000人以上のユダヤ人が殺された。
 ナチスをめぐる問題といえば、日本では人気アイドルグループの「欅坂46」が昨年行われたハロウィンライブのステージで着ていた衣装がナチス風だったことが問題視され、米国のユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」から抗議されたことが記憶に新しい。これは「欅坂46」をプロデュースする側の歴史認識のなさが招いたトラブルだが、一方のドイツでは同じ歴史の過ちを繰り返してはならないと、ナチスドイツがどのようにして生まれ、何をしたのかを学ぶ歴史授業に多くの時間が割かれていることが知られている。だが、その反動から、「歴史の授業には飽きた」「ホロコーストのことなら、もう充分知っている」という倦怠感も流れているそうだ。  ホロコーストを題材にした映画は数多く作られてきたが、クリス監督によれば、どんな展開が待っているのか先が読まれてしまうような作品は、テーマとしてすでに死んでしまっているとのこと。また、ナチ戦犯の子孫とホロコースト被害者の子孫とが交流を持つことは決して絵空事ではないとも語る。 「ホロコースト関係者たちの子孫は、被害者側も加害者側も先祖が戦争をどのように過ごしたのかに興味を持って、欧州各地にある資料館や史跡を訪ねて回ることが多いんです。行く先々で同じ顔に出逢うことで、言葉を掛けるようになり、ジョークを言い合うような関係になっているのを僕自身が見てきましたし、交際に発展するケースもあると聞いています。でも、若い世代たちが古い歴史には興味が持てなくなってきているのも事実。若い世代が関心を示す、新しい方法で歴史を伝える必要がある。そんな時代の転換期に直面しているように僕は感じるんです」  終戦からすでに70年以上の歳月が経つ。過去を変えることはできないが、現代を生きる当事者たちが新しい関係を築くことができれば、未来は大きく変わっていく。不幸な出来事があった土地にも、種を蒔き、水を与えれば、いつか花が咲くこともあるかもしれない。クリス監督の新しいアプローチと、トトとザジとの禁断の恋の行方に注目したい。 (文=長野辰次)
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『ブルーム・オブ・イエスタディ』 監督・脚本・プロデューサー/クリス・クラウス 出演/ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナー・ヘルツシュプルング 配給/キノフィルムズ・木下グループ R15+ 9月30日(土)より渋谷Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー (c) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH http://bloom-of-yesterday.com
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ナチの戦争犯罪を現代的視点から見つめ直したドイツ映画『ブルーム・オブ・イエスタディ』。主人公たちの禁断の恋の行方は?
 ナチスによる戦争犯罪やホロコーストを題材にした映画は、これまでにもスティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(93)やロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』(02)など、多くの実録作品が作られてきた。ナチスの非道さと過酷な状況を懸命にサバイバルするユダヤ系の人々の生き様を描いたものがほとんどだ。ところが、ドイツ人のクリス・クラウス監督が現代的視点から撮った『ブルーム・オブ・イエスタディ』は、ナチスの戦争犯罪とホロコーストを扱いながらも、これまでの戦争悲話とはまったく異なるアプローチを試みている。なんと、ナチ戦犯の孫息子とホロコースト被害者の孫娘が出逢い、禁断の恋に墜ちていくラブコメディなのだ。  ホロコーストものは悲劇にしかなりえず、ナチ関係者は徹底的に断罪されなくてはならない。そんな我々の思い込みを、本作は大きく覆してみせる。主人公はドイツのホロコースト研究所に勤める中年オヤジのトト(ラース・アイディンガー)。ナチス親衛隊(SS)だった祖父を告発した著書を発表したことで世間からは評価されていたが、家族には勘当された身だった。妻とのSEXライフにも問題を抱えている。情緒不安定なトトは2年間にわたって準備を進めてきたアウシュヴィッツ会議のリーダーから外されてしまい、代わりに選ばれた同僚のバルタザール(ヤン・ヨーゼフ・リーファース)と職場で殴り合いの大喧嘩をやらかしてしまう。雑用係に回されたトトは、フランスからやってきた研修生のザジ(アデル・エネル)の面倒を看ることになる。  ザジは明るく、ユーモア好きな女性だが、ユダヤ人の祖母をホロコーストで失っていた。ナチ戦犯の祖父を持ち、すべての物事を悲観的に考えてしまう頭の固いトトとは真逆の存在だった。開催が危ぶまれるアウシュヴィッツ会議を成功させるため、トトはザジを連れてスポンサー回りへ。ちぐはぐな2人は常に口論が絶えないが、ネオナチにトトが襲われたことをきっかけに2人の心の距離はぐっと縮まる。ホロコースト問題を異なる立場から見つめてきた2人は、ナチスが大虐殺を行なったラトビアの首都リガを訪ねた際、宿泊先のホテルで男女の関係を結ぶことに──。
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頭の固いトト(ラース・アイディンガー)と楽天家のザジ(アデル・エネル)は、喧嘩を繰り返しながら仲を深めていく。
 ユダヤ人大量殺戮をリアルに再現した『シンドラーのリスト』のスピルバーグ監督はユダヤ系米国人であり、『戦場のピアニスト』のポランスキー監督は母親を強制収容所で亡くし、自身も収容所送りになる寸前のゲットーから逃げ出した体験を持っている。どちらも当事者だから描くことができた、シリアスなドラマだった。その点に関しては、『ブルーム・オブ・イエスタディ』も面白半分で作られた企画ではない。クリス監督自身がドイツ史について調べていく中で、ラトビアのユダヤ人虐殺にクリス監督の祖父が関わっていたことを知り、大きな衝撃を受けたことが本作の企画の発端となっている。以下はドイツにいるクリス監督からのスカイプでのコメントだ。 「祖父が戦時中にSSだったことは知っていました。でも、まさか虐殺に直接的に関わっていたとは、僕も僕の家族も思いもしなかった。祖父は生前、SSだった頃の話をすることはありませんでした。あるとき、僕の友人が渡してくれた歴史書を開いていたら、祖父と同じ名前が出ていたので、気になって調べてみると、それは僕の祖父で、虐殺に関わっていたことが分かったんです。そのときは、すでに祖父は亡くなっていたので、祖父の口からそのことを聞くことはできませんでした。映画の中のトトは祖父が虐殺に加担していたことを知り、贖罪の意識からホロコーストの研究を始めています。主人公のトトは僕自身がモデルであり、この映画は僕の家族の物語でもあるんです。もちろん、映画では誇張されたキャラクターになっているので、僕はトトほどエキセントリックじゃないし、トト夫婦のようなSEXについての深刻な問題も抱えてはいません(笑)」  ナチスの戦争犯罪と主人公たちのSEXに関わる問題が、ひとつの作品の中で同時に語られる点も非常にユニーク。クリス監督いわく「死と生にまつわる映画」とのことだ。また、フランスからドイツにやってきたザジは、ベンツ車で空港まで迎えにきたトトに向かって「祖母はベンツのガス・トラックに乗せられて死んだのよ」とベンツ車に乗ることを拒むなど、ドイツの自動車メーカーをネタにするなどのブラックジョークも散りばめられている(※実際のガス・トラックはベンツではなく、ザジの思い込み)。テレビ放映されることを前提に作られている日本の製作委員会方式の映画では、まずありえないギャグだろう。 「ベンツのギャグは欧州では大ウケでした。シナリオ段階で弁護士に確認してもらって、法的に問題にならないギリギリのところを狙ったんです(笑)。もちろん、この映画は製作準備段階では、多くの人たちから『クレイジーな企画だ』と言われ、資金集めはすごく難航しました。でも、この映画は僕にしか撮れない作品であり、僕が歴史について充分な知識があることを理解してくれた人たちの協力を得て、完成させることができたんです。映画を観た人の中には抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、でも賛否両論あったほうが『よし、これからもっと頑張ろう』という気に監督はなるもの。うれしかったのは、ロシアで上映された際にユダヤ系の団体から『ドイツ人がこれまでにない新しいスタイルでホロコーストに向き合った作品だ』と評価してくれたことですね」
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物語の後半、ザジたちはラトビアの首都リガへ。この街の外れにあるルンブラの森で2万5,000人以上のユダヤ人が殺された。
 ナチスをめぐる問題といえば、日本では人気アイドルグループの「欅坂46」が昨年行われたハロウィンライブのステージで着ていた衣装がナチス風だったことが問題視され、米国のユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」から抗議されたことが記憶に新しい。これは「欅坂46」をプロデュースする側の歴史認識のなさが招いたトラブルだが、一方のドイツでは同じ歴史の過ちを繰り返してはならないと、ナチスドイツがどのようにして生まれ、何をしたのかを学ぶ歴史授業に多くの時間が割かれていることが知られている。だが、その反動から、「歴史の授業には飽きた」「ホロコーストのことなら、もう充分知っている」という倦怠感も流れているそうだ。  ホロコーストを題材にした映画は数多く作られてきたが、クリス監督によれば、どんな展開が待っているのか先が読まれてしまうような作品は、テーマとしてすでに死んでしまっているとのこと。また、ナチ戦犯の子孫とホロコースト被害者の子孫とが交流を持つことは決して絵空事ではないとも語る。 「ホロコースト関係者たちの子孫は、被害者側も加害者側も先祖が戦争をどのように過ごしたのかに興味を持って、欧州各地にある資料館や史跡を訪ねて回ることが多いんです。行く先々で同じ顔に出逢うことで、言葉を掛けるようになり、ジョークを言い合うような関係になっているのを僕自身が見てきましたし、交際に発展するケースもあると聞いています。でも、若い世代たちが古い歴史には興味が持てなくなってきているのも事実。若い世代が関心を示す、新しい方法で歴史を伝える必要がある。そんな時代の転換期に直面しているように僕は感じるんです」  終戦からすでに70年以上の歳月が経つ。過去を変えることはできないが、現代を生きる当事者たちが新しい関係を築くことができれば、未来は大きく変わっていく。不幸な出来事があった土地にも、種を蒔き、水を与えれば、いつか花が咲くこともあるかもしれない。クリス監督の新しいアプローチと、トトとザジとの禁断の恋の行方に注目したい。 (文=長野辰次)
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『ブルーム・オブ・イエスタディ』 監督・脚本・プロデューサー/クリス・クラウス 出演/ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン・ヨーゼフ・リーファース、ハンナー・ヘルツシュプルング 配給/キノフィルムズ・木下グループ R15+ 9月30日(土)より渋谷Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー (c) 2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH http://bloom-of-yesterday.com
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心の障害をバリアフリー化するSEX革命の始まり。非感動ポルノ『パーフェクト・レボリューション』

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リリー・フランキー&清野菜名の主演映画『パーフェクト・レボリューション』。世間の偏見を乗り越え、クマとミツは愛を育む。
 乙武くんをマスメディアで見なくなって久しい。ベストセラー本を連発し、自身の原作小説の映画化『だいじょうぶ3組』(13)に出演するなど超売れっ子だった頃は、「障害があるのに下ネタが得意なんて、すごい!」ともてはやされたが、2016年の不倫報道によって「障害者なのに、けしからん!」と世間の手のひら返しに遭ってしまった。だが、不倫の是非は別にして、乙武くんのモテモテぶりに勇気づけられた少数派も存在した。障害者の性的自立を唱える熊篠慶彦氏がその1人。障害者にも性欲はあるし、SEXしたい、めっちゃエロいこともしたい。障害者を特別視し、“感動ポルノ”の素材として扱う社会の偏見そのものをバリアフリー化してしまおう。そんな野心的な映画が、熊篠氏が企画・原案、リリー・フランキー&清野菜名が主演した『パーフェクト・レボリューション』だ。  出生時に脳性麻痺を患い、14歳のときから車椅子生活を余儀なくされている熊篠慶彦氏。2001年に出版された著書『たった5センチのハードル 誰も語らなかった身体障害者のセックス』(ワニブックス)によると、仲のいい理学療法士の先生に「女を知れば世界が広がるぞ」と勧められて、新宿のシティホテルにホテトル嬢を呼び、筆おろしを済ませている。初体験というハードルを19歳のときにクリアしたことで、彼の世界観はいっきに広がった。「俺も普通にセックスできるじゃん」という喜びが、革命への狼煙となった。以後、熊篠氏はNPO法人「ノアール」を立ち上げ、バリアフリーを導入している風俗店の情報や障害者向けのマスターベーションのノウハウを伝える動画をネット上で公開するなど、障害者たちを性の悩みから解放する運動を進めている。
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リリー・フランキーは主演だけでなく、銀杏BOYSに楽曲提供を頼むなど、様々な形で本作の映画化に貢献している。
 熊篠氏にとってのヰタ・セクスアリス『たった5センチのハードル』には障害を持つ男性&女性の性事情がありありと描かれていたが、映画『パーフェクト・レボリューション』では、その後の熊篠氏の恋愛事情、SEXに関する切実な悩みが掘り下げられていく。本作を撮ったのは、『まだ、人間』(12)や『最後の命』(14)など他者とうまくコミュニケーションできない人々を描いてきた松本准平監督。「障害者の映画を作りたい」と熊篠氏から企画を打診され、熊篠氏が当時交際していた彼女も松本監督は紹介されていた。その後、熊篠氏は彼女とは別れてしまったが、失恋の痛手を乗り越えるかのように、映画の企画が本格化していく。アダルト産業の一大イベント「アダルトトレジャーエキスポ」にて、TENGAスタッフを通じて熊篠氏と懇意になっていたリリー・フランキーが主演することが決定。エキセントリックなヒロインに『TOKYO TRIBE』(14)で度胸のよさを見せた清野菜名、頼れる介護士役に『接吻』(08)の演技派・小池栄子、と理想的なキャストがそろった。  本作は熊篠氏の実体験をベースに、ポップで過激でファンシーなラブストーリーとして展開していく。クマ(リリー・フランキー)は車椅子がないと生活できないが、かわいい女の子がいれば口説かずにはいられない性欲旺盛なエロ中年である。障害者は怪物でもなければ、聖人君子でもないんです。講演会でのクマの本音まじりの軽妙なトークにうなずく女の子がいた。髪をピンク色に染めた風俗嬢のミツ(清野菜名)はクマのもとに走り寄り、「私、クマピーのことが大好き!」と熱烈にアピールする。  エロいことは大好きなクマだが、40歳を過ぎ、重たい恋愛には慎重だった。障害者が結婚し、家庭を持ち、子どもを育てるには、高いハードルが存在する。性のバリアフリーを訴えているクマ自身が、障害者を取り巻く現実問題のシビアさを痛感していた。しかも、クマは中学生のときに大手術を受け、股間節をプロテクターなしでレントゲン撮影された過去から、生殖への不安も抱えていた。だが、そんなクマの心のハードルを、天真爛漫なミツは軽々と飛び越え、心の琴線部分へとダイブしてくる。「あなたと私みたいな不完全なもの同士が幸せになれたら、それってすごいことだと思わない?」
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介護士の恵理(小池栄子)はクマに恋人ができたことを喜ぶが、ミツが精神的に不安定なことが気がかりだった。
 パリを舞台にした障害者コメディ『最強のふたり』(11)の主人公たちのように、クマとミツは電動車椅子に2人乗りして、公道を暴走する。クラブでは車椅子をクルクルと回して、2人だけのオリジナルダンスを踊る。銀杏BOYSの至高のラブソング「BABY BABY」がフロアに流れる。このとき、世界はクマとミツの2人だけのものだった。そして夜の公園で、2人は熱いキスを交わす。ミツがクマの上に股がる官能シーンが、甘く甘く描かれる。  2人の過激な恋の行方を、クマの独身生活を長年支えてきた介護士の恵理(小池栄子)は表向きは笑顔で、でも内心は不安げに見守っていた。恵理が予感したように、クマとミツのラブロマンスは簡単には成就しない。クマは実家で行なわれた法事にミツを連れていくが、幼い頃からクマを見てきた親族の反応はまっぷたつに分かれる。クマの面倒を看てくれる若い女性が現われたことを喜ぶ肯定派、障害者が結婚して子どもを作ることのリスクを危ぶむ否定派に割れ、法事の席は大荒れとなる。また、それまでぶっ飛んだ言動でクマを驚かせてきたミツは、人格障害を抱えていることも発覚する。ミツが自殺衝動や暴力衝動に駆られるのを、車椅子に乗ったクマは防ぐことができない。甘く盛り上がったラブロマンスほど、醒めた後の疲労感・虚無感はとてつもなく大きい。  見た目は普通の女の子であるミツが実は内面に障害を抱えていたという設定は、映画ならではの脚色。映画のラストもまた、現実とは異なるエピローグが用意されている。生まれも性別も、職業も能力も、お金も年齢も、本当の幸せには関係ない。そのことを世界に向かって2人で証明したい。劇中のクマとミツは、パーフェクト・レボリューションという壮大な夢に向かって新しい一歩を踏み出していく。  有名なSF作家ジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」という言葉を残したといわれている。ヴェルヌのこの言葉が正しければ、クマとミツが夢見るパーフェクト・レボリューションも決して不可能ではないはずだ。 (文=長野辰次)
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『パーフェクト・レボリューション』 企画・原案/熊篠慶彦 原案協力/子宮委員長はる 監督・脚本/松本准平 出演/リリー・フランキー、清野菜名、小池栄子、岡山天音、丘みつ子、下村愛、増田俊樹、螢雪次朗、石川恋、榊英雄、余貴美子 配給/東北新社 PG12 9月29日(金)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー (c)2017「パーフェクト・レボリューション」製作委員会 http://perfect-revolution.jp
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吉高由里子が売春&快楽連続殺人鬼に豹変した!! 人間の暗黒面に迫る犯罪ミステリー『ユリゴコロ』

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吉高由里子主演の犯罪ミステリー『ユリゴコロ』。吉高の映画主演は『僕等がいた』二部作(12)以来5年ぶりとなる。
 ユリの花は純潔のシンボルとされており、ユリの根は不眠や精神不安に効果がある漢方薬ともなる。だが、同じユリ科でもスズランや彼岸花には猛毒があることが知られている。沼田まほかるのミステリー小説『ユリゴコロ』(双葉社)は、人間の中に潜む崇高さと邪悪さの両面を描いた作品だ。『紀子の食卓』(06)や『蛇にピアス』(08)といった先鋭的な作品で存在感を放ってきた女優・吉高由里子は、最新主演映画『ユリゴコロ』では売春婦&連続殺人鬼でありながら、自分の中に根づいたユリゴコロに従って一途に生きるヒロイン・美紗子を演じている。  沼田まほかるの原作小説が圧倒的に面白い。10月28日(土)には蒼井優、阿部サダヲ主演作『彼女がその名を知らない鳥たち』も公開されるが、沼田まほかるの作品は人間のダークサイドを徹底的に掘り下げることで、逆に人間の持つ善良な部分が浮かび上がってくるという独特のレトリックが駆使されている。普通の主婦、出産、離婚、お寺の住職、建設コンサルタント会社の設立、倒産……、そして56歳にして作家デビューという山あり谷ありの末の遅咲きの花。だが、そんな彼女が生み出す小説は、伝説の植物マンドレイクのように、奇妙で妖しく、一度でも本を開いてしまった者を虜にしてしまう悪の魅力に溢れている。  カフェのオーナーである亮介(松坂桃李)は、婚約者の千絵(清野菜名)が謎の失踪を遂げ、さらに男手ひとつで亮介を育て上げた父親が末期癌であることが分かり、人生のドン底であえいでいた。ある日、亮介は父親がひとりで暮らす実家の押し入れから、「ユリゴコロ」と題名のついた手書きのノートの束を見つける。その内容は、ひとりの女性が次々と殺人を犯す過程が書かれた生々しい手記だった。亮介は、その手記の執筆者が誰なのか分からないまま、夢中になって貪り読み始める。
吉高由里子が売春&快楽連続殺人鬼に豹変した!! 人間の暗黒面に迫る犯罪ミステリー『ユリゴコロ』の画像2
共に生きづらさを抱える美紗子(吉高由里子)とみつ子(佐津川愛美)。2人の関係性は、原作とは微妙に異なる。
「私のように平気で人を殺す人間は、脳の仕組みがどこか普通とは違うのでしょうか」。そんな一文で始まる手記は、美紗子(吉高由里子)の生い立ちから始まる身の毛のよだつ物語だった。子どもの頃、他の子のように笑ったり、泣いたりする感情をうまく持つことができなかった美紗子は、深い井戸の中にカタツムリやミミズといった生き物を放り込むことに安らぎを覚えるようになる。美紗子に強い感情が芽生えたのは、小学校の同級生が庭の池で溺れ死んだ事故を目の前で目撃した瞬間だった。その日以来、美紗子は人間の死に立ち会うことで、自分の中にある“ユリゴコロ”がざわめくことを知る。やがて成長した美紗子は、自分の中のユリゴコロを確かめるかのように、次々と人を殺めるようになっていく。動機なき殺人ゆえに、なかなか警察の手が美紗子に及ぶことはなかった。  原作とは異なる映画版として、本作の脚本&演出を手掛けたのは熊澤尚人監督。『君に届け』(10)や『近キョリ恋愛』(14)などコミック原作の青春ラブストーリーものをヒットさせてきたが、「これまでとは違うテイストのものにトライしたい」と沼田まほかる原作小説の映画化に取り組んだ。熊澤監督が意欲的に撮り上げた過去パートが実に素晴しい。美紗子の小学校時代、同級生の女の子が池で溺れるシーンは“映像の魔術師”と呼ばれるニコラス・ローグ監督のサイコサスペンス『赤い影』(73)の冒頭シーンを思わせる。また、木々が生い茂った暗い庭の中に、ひとりで佇む美紗子の顔にだけ反射光が当たり、その表情が浮かび上がる。黒澤明監督の『羅生門』(50)の薮の中のシーンのようでもある。美紗子の中にユリゴコロが芽生えたことを示す印象的な映像となっている。若手カメラマン・今村圭佑の才気がほとばしった名シーンだ。  また、佐津川愛美が演じる、美紗子の親友・みつ子もインパクトのあるキャラクターとなっている。高校を卒業した美紗子は専門学校に通うようになり、他人とうまく交流ができずにいるみつ子にシンパシーを覚える。一般社会で生きることに苦痛を感じているみつ子は、リストカットすることでしか生きている実感を味わうことができない。みつ子がひとりで自殺しないよう、美紗子は「わたしも切って」と自分の手首を差し出す。お互いの手首に刃物を当て、血を流し合う美紗子とみつ子。誰も知らない深い谷間で、2つのユリの花が寄り添うようにひっそりと咲く。みつ子役の佐津川愛美は、ストーカー被害に遭う『ヒメアノ~ル』(16)や呪いのビデオの犠牲となる『貞子VS伽椰子』(16)など不幸を引き寄せてしまう女の子を演じると俄然輝きを発する希有な女優だ。生きづらさに悩み続けるみつ子は、やはり美紗子の手によって優しくあの世へと送られることになる。
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娼婦となった美紗子は、街で声を掛けた洋介(松山ケンイチ)と一緒に夜を過ごすようになっていく。
 再び、ひとりぼっちになった美紗子は就職もうまくいかず、夜の街に立つ娼婦となる。肉欲をユリゴコロにしているだろう男たちに自分の身体を投げ出し、いくらかのお金を受け取る美紗子。また、美紗子が街娼となったことで、不審死を遂げる男の数も増えていく。己の性欲を解放することしか頭にない男たちの、何とも無防備なことか。吉高由里子演じる美紗子は、シャーリーズ・セロン主演作『モンスター』(03)のモデルとなった実在の女殺人鬼アイリーン・ウォーノスのようだ。吉高の冷ややかな一重まぶたが不気味に感じられる。だが、美紗子は死刑執行されたアイリーン・ウォーノスと違って、洋介(松山ケンイチ)という罪の意識を抱えた孤独な若者と出会ったことで、殺人とは異なる新しいユリゴコロを見出すことになる。  原作にほぼ忠実な過去パートがとても素晴しい反面、原作を脚色した現代パートには正直なところ物足りなさを感じてしまう。映画版『ユリゴコロ』は美紗子と洋介とのラブストーリーとして収斂していくわけだが、サイコキラーを身内に持ってしまった一家の頭が割れんばかりの葛藤やそんな彼らが考え出した禍々しい解決策が、原作に比べてかなり希釈されてしまったように思う。クライマックスとなる千絵との再会シーンも釈然としない。熊澤監督は松山ケンイチが出演したホラー映画『親指さがし』(06)では、“呪いとは人間の心の中にある罪悪感が生み出したもの”という興味深いテーマを扱っていただけに、キラキラと輝くことができない人間の隠された心情を熊澤監督には今後も追い続けてほしい。  沼田まほかるが生み出したユリゴコロは、生きる気力を持てずにいる人間に活力を与えるが、適量を誤ると人間を死に至らせる劇薬にもなってしまう。ユリゴコロに触れてしまった熊澤監督、今村カメラマンらスタッフ、そしてキャストの面々が、これからどんな変貌を遂げていくのかに注目したい。 (文=長野辰次)
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『ユリゴコロ』 原作/沼田まほかる 監督・脚本/熊澤尚人 出演/吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチ、佐津川愛美、清野菜名、清原果耶、木村多江 配給/東映、日活 PG12 9月23日(土)より全国公開 (c)沼田まほかる/双葉社 (c)2017「ユリゴコロ」製作委員会 http://yurigokoro-movie.jp
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シュワルツェネッガーの鋼の筋肉が役に立たない!航空事故が生んだ哀しい復讐鬼『アフターマス』

シュワルツェネッガーの鋼の筋肉が役に立たない!航空事故が生んだ哀しい復讐鬼『アフターマス』の画像1
実在の事件を題材にした『アフターマス』。アーノルド・シュワルツェネッガー主演作としては異例の超低予算作品だ。
 アフターマス(aftermath)とは戦争や災害などの余波、後遺症のこと。アーノルド・シュワルツェネッガー主演作『アフターマス』は、2002年にドイツ南部上空で起きた「ユーバーリンゲン空中衝突事故」の顛末と、事故から2年後に生じた悲劇を描いた実話系映画だ。これまで数々のアクション大作で凶悪犯や宇宙人と戦ってきたシュワルツェネッガーだが、本作では家族を奪われた怒りから事故を招いた管制官に襲い掛かるという、あまりにも哀しい復讐鬼を演じている。  モスクワを発った旅客機とバーレーン籍の貨物機が高度1万メートルの高さで空中衝突し、両機に乗っていた71人が全員死亡した「ユーバーリンゲン空中衝突事故」。本作では事故を引き起こした管制官、事故によって家族を失った被害者遺族との双方の視点が並行する形でドラマが進んでいく。  ジェイク(スクート・マクネイリー)は妻と息子を愛し、民間の航空会社で管制官としてマジメに働く、ごく普通の市民だった。だが、その日のジェイクにはあまりにも不運な条件が重なり過ぎた。いつもと同じように2人体制で管制室に詰めていたが、1人が食事休憩のために管制室から離れていく。さらに、その日は管制室の電気系統のメンテナンスが行なわれ、航空機や空港との連絡が一時的に繋がりにくい状態となっていた。そんなとき、モスクワから南下する旅客機と北上する貨物機が異常接近する。両機に備えてある空中衝突防止装置(TCAS)が警告を知らせるが、他のトラブルの処理に追われていたジェイクは対応が遅れた。ジェイクは慌ててTCASとは逆の指示を旅客機に出し、ジェイクの指示に応じた旅客機とTCASの指示に従った貨物機は空中衝突してしまう。レーダーから2つの機影が忽然と消え、ジェイクは戦慄する。
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ワンオペを強いられた航空管制官のジェイク(スクート・マクネイリー)は、大事故を招いてしまう。
 一方、建築家のローマン(アーノルド・シュワルツェネッガー)は旅客機の到着を心待ちにしていた。ロシアからの便には妻と娘、そして娘のお腹の中には新しい生命が宿っていた。家族との再会を楽しみに、ローマンはずっと仕事に励んできた。ところが空港でいつまで待っても旅客機は到着しない。航空会社の係員に問い合わせると、ローマンは個室へと通される。家族が乗った旅客機は永遠に到着することがないという事実を、ローマンはすぐには受け入れられなかった。なす術もなく、ローマンは衝突事故が起きた現場へ赴き、地上に散らばっている航空機の残骸を呆然と眺めるしかなかった。妻と娘の写真を見ては、泣き暮れるローマン。航空会社は賠償金の金額を説明するだけで、謝罪の言葉を口にしようとはしない。仕事も手につかなくなったローマンは、家族が眠る墓の前で1日中過ごすようになる。  70歳になった今も、ボディビルで鍛え上げた鋼のような筋肉を鎧のように全身にまとっているシュワルツェネッガー。だがその自慢の筋肉は、不慮の事故で家族が失われるという精神的な打撃にはまるで役に立たない。カリフォルニア州知事を7年間にわたって務め、ハリウッド復帰後は『ラストスタンド』(13)で定年を間近に控えた老保安官、ゾンビ映画『マギー』(14)でゾンビウィルスに感染した娘を見守る父親役といった内面重視のドラマにも挑戦している。とはいえ、いかんせんマッチョなボディはアクション映画では見栄えがいいが、細かいナイーブな演技には向いていない。シュワルツェネッガーほど、演技派という言葉が似合わない俳優もいない。ところがだ。本作では家族を一瞬にして失ってしまった男の悲しみと苦しみを、デカい体を持て余しながら実に不器用に演じている。その不器用さ、不格好さが、むしろ主人公の報われなさをひしひしと伝えることに成功している。
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航空機事故現場を再現。事故が起きたのはドイツだが、ボディビル大会の開催地として有名な米国コロンバスでロケ撮影が行なわれた。
 航空機事故の余波は、被害者遺族だけでなく、事故を招いた管制官のジェイク、そしてジェイクの家族をも呑み込んでしまう。業務上の過失ということで刑務所送りは免れたジェイクだが、会社は自主退職するように勧告してきた。自宅に戻れば、マスコミに追われ、「人殺し!」という中傷の言葉や落書きが待っている。心神喪失状態に陥るジェイク。精神カウンセラーは「何か楽しいことを考えて」というが、楽しいことが何ひとつ思い浮かばない。それまで、ずっと夫を支えてきた妻クリスティーナ(マギー・グレイス)だが、ひとり息子の身の安全を考えて、別居することを提案する。仕事を失い、家を棄て、家族にも去られ、ジェイクは遠く離れた街で、名前を変えて別人として人生をやり直すことになる。  ユーバーリンゲンの上空で、出会ってはならない2機の航空機が衝突した。管制官だったジェイクと家族を失ったローマンも、あまりにも悲しい邂逅を果たすことになる。知らない街で新しい人生を歩もうとするジェイクだが、家族を亡くした喪失感から立ち直れずにいるローマンには、そのことが許せない。航空機事故のその後を追う女性ジャーナリストに、「誰もちゃんと謝ってくれなかった。俺の目を見て、ただ謝ってほしいだけなんだ」と訴えるローマン。事故を引き起こした管制官に一度会いたいという、心身ともにズタボロ状態のローマンの願いを、ジャーナリストは拒絶することができなかった。そして、ユーバーリンゲン事故から2年後、72番目の犠牲者が生じることになる。  ユーバーリンゲン事故の責任は、管制官の2人体制を敷き、トイレや食事休憩中は管制室がワンオペレーションになることを知りながら黙認していた航空会社側にあった。また、TCASが警告を発した場合、管制官とTCASのどちらの指示に従うべきかも事故当時は決まっていなかった。万全を期すべき航空システム上の不備が招いた、取り返しのつかない事故だった。520名の犠牲者を出した「日本航空123便墜落事故」を描いた『沈まぬ太陽』(09)では、合理化を進める航空会社が整備時間も削るようになっていたことを指摘していた。逆にクリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』(16)では、ベテラン機長の機転と決断によって乗客150名の命が救われた。社会を回していくシステムが順調に機能することによって我々は平和な日常生活を享受しているが、そのシステムにちょっとしたバグが生じることで不幸のどん底にも簡単に墜ちることになる。  どうやら我々は、天国と地獄とのボーダーである薄っぺらな皮膜の上で暮らしているようだ。事故後は別人として懸命に生きようとしたジェイクも、家族を失って生き地獄を味わい続けるローマンも、我々から決して遠い存在ではない。 (文=長野辰次)
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『アフターマス』 製作総指揮/ダーレン・アロノフスキー、アーノルド・シュワルツェネッガー 監督/エリオット・レスター 脚本/ハビエル・グヨン 出演/アーノルド・シュワルツェネッガー、スクート・マクネイリー、マギー・グレイス、グレン・モーシャワー、マーティン・ドノヴァン、ハンナ・ウェア 配給/ファインフィルムズ PG12 9月16日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開 (C)2016 GEORGIA FILM FUND 43, LLC http://www.finefilms.co.jp/aftermath
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実在の事件を題材にした『アフターマス』。アーノルド・シュワルツェネッガー主演作としては異例の超低予算作品だ。
 アフターマス(aftermath)とは戦争や災害などの余波、後遺症のこと。アーノルド・シュワルツェネッガー主演作『アフターマス』は、2002年にドイツ南部上空で起きた「ユーバーリンゲン空中衝突事故」の顛末と、事故から2年後に生じた悲劇を描いた実話系映画だ。これまで数々のアクション大作で凶悪犯や宇宙人と戦ってきたシュワルツェネッガーだが、本作では家族を奪われた怒りから事故を招いた管制官に襲い掛かるという、あまりにも哀しい復讐鬼を演じている。  モスクワを発った旅客機とバーレーン籍の貨物機が高度1万メートルの高さで空中衝突し、両機に乗っていた71人が全員死亡した「ユーバーリンゲン空中衝突事故」。本作では事故を引き起こした管制官、事故によって家族を失った被害者遺族との双方の視点が並行する形でドラマが進んでいく。  ジェイク(スクート・マクネイリー)は妻と息子を愛し、民間の航空会社で管制官としてマジメに働く、ごく普通の市民だった。だが、その日のジェイクにはあまりにも不運な条件が重なり過ぎた。いつもと同じように2人体制で管制室に詰めていたが、1人が食事休憩のために管制室から離れていく。さらに、その日は管制室の電気系統のメンテナンスが行なわれ、航空機や空港との連絡が一時的に繋がりにくい状態となっていた。そんなとき、モスクワから南下する旅客機と北上する貨物機が異常接近する。両機に備えてある空中衝突防止装置(TCAS)が警告を知らせるが、他のトラブルの処理に追われていたジェイクは対応が遅れた。ジェイクは慌ててTCASとは逆の指示を旅客機に出し、ジェイクの指示に応じた旅客機とTCASの指示に従った貨物機は空中衝突してしまう。レーダーから2つの機影が忽然と消え、ジェイクは戦慄する。
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ワンオペを強いられた航空管制官のジェイク(スクート・マクネイリー)は、大事故を招いてしまう。
 一方、建築家のローマン(アーノルド・シュワルツェネッガー)は旅客機の到着を心待ちにしていた。ロシアからの便には妻と娘、そして娘のお腹の中には新しい生命が宿っていた。家族との再会を楽しみに、ローマンはずっと仕事に励んできた。ところが空港でいつまで待っても旅客機は到着しない。航空会社の係員に問い合わせると、ローマンは個室へと通される。家族が乗った旅客機は永遠に到着することがないという事実を、ローマンはすぐには受け入れられなかった。なす術もなく、ローマンは衝突事故が起きた現場へ赴き、地上に散らばっている航空機の残骸を呆然と眺めるしかなかった。妻と娘の写真を見ては、泣き暮れるローマン。航空会社は賠償金の金額を説明するだけで、謝罪の言葉を口にしようとはしない。仕事も手につかなくなったローマンは、家族が眠る墓の前で1日中過ごすようになる。  70歳になった今も、ボディビルで鍛え上げた鋼のような筋肉を鎧のように全身にまとっているシュワルツェネッガー。だがその自慢の筋肉は、不慮の事故で家族が失われるという精神的な打撃にはまるで役に立たない。カリフォルニア州知事を7年間にわたって務め、ハリウッド復帰後は『ラストスタンド』(13)で定年を間近に控えた老保安官、ゾンビ映画『マギー』(14)でゾンビウィルスに感染した娘を見守る父親役といった内面重視のドラマにも挑戦している。とはいえ、いかんせんマッチョなボディはアクション映画では見栄えがいいが、細かいナイーブな演技には向いていない。シュワルツェネッガーほど、演技派という言葉が似合わない俳優もいない。ところがだ。本作では家族を一瞬にして失ってしまった男の悲しみと苦しみを、デカい体を持て余しながら実に不器用に演じている。その不器用さ、不格好さが、むしろ主人公の報われなさをひしひしと伝えることに成功している。
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航空機事故現場を再現。事故が起きたのはドイツだが、ボディビル大会の開催地として有名な米国コロンバスでロケ撮影が行なわれた。
 航空機事故の余波は、被害者遺族だけでなく、事故を招いた管制官のジェイク、そしてジェイクの家族をも呑み込んでしまう。業務上の過失ということで刑務所送りは免れたジェイクだが、会社は自主退職するように勧告してきた。自宅に戻れば、マスコミに追われ、「人殺し!」という中傷の言葉や落書きが待っている。心神喪失状態に陥るジェイク。精神カウンセラーは「何か楽しいことを考えて」というが、楽しいことが何ひとつ思い浮かばない。それまで、ずっと夫を支えてきた妻クリスティーナ(マギー・グレイス)だが、ひとり息子の身の安全を考えて、別居することを提案する。仕事を失い、家を棄て、家族にも去られ、ジェイクは遠く離れた街で、名前を変えて別人として人生をやり直すことになる。  ユーバーリンゲンの上空で、出会ってはならない2機の航空機が衝突した。管制官だったジェイクと家族を失ったローマンも、あまりにも悲しい邂逅を果たすことになる。知らない街で新しい人生を歩もうとするジェイクだが、家族を亡くした喪失感から立ち直れずにいるローマンには、そのことが許せない。航空機事故のその後を追う女性ジャーナリストに、「誰もちゃんと謝ってくれなかった。俺の目を見て、ただ謝ってほしいだけなんだ」と訴えるローマン。事故を引き起こした管制官に一度会いたいという、心身ともにズタボロ状態のローマンの願いを、ジャーナリストは拒絶することができなかった。そして、ユーバーリンゲン事故から2年後、72番目の犠牲者が生じることになる。  ユーバーリンゲン事故の責任は、管制官の2人体制を敷き、トイレや食事休憩中は管制室がワンオペレーションになることを知りながら黙認していた航空会社側にあった。また、TCASが警告を発した場合、管制官とTCASのどちらの指示に従うべきかも事故当時は決まっていなかった。万全を期すべき航空システム上の不備が招いた、取り返しのつかない事故だった。520名の犠牲者を出した「日本航空123便墜落事故」を描いた『沈まぬ太陽』(09)では、合理化を進める航空会社が整備時間も削るようになっていたことを指摘していた。逆にクリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』(16)では、ベテラン機長の機転と決断によって乗客150名の命が救われた。社会を回していくシステムが順調に機能することによって我々は平和な日常生活を享受しているが、そのシステムにちょっとしたバグが生じることで不幸のどん底にも簡単に墜ちることになる。  どうやら我々は、天国と地獄とのボーダーである薄っぺらな皮膜の上で暮らしているようだ。事故後は別人として懸命に生きようとしたジェイクも、家族を失って生き地獄を味わい続けるローマンも、我々から決して遠い存在ではない。 (文=長野辰次)
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『アフターマス』 製作総指揮/ダーレン・アロノフスキー、アーノルド・シュワルツェネッガー 監督/エリオット・レスター 脚本/ハビエル・グヨン 出演/アーノルド・シュワルツェネッガー、スクート・マクネイリー、マギー・グレイス、グレン・モーシャワー、マーティン・ドノヴァン、ハンナ・ウェア 配給/ファインフィルムズ PG12 9月16日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次公開 (C)2016 GEORGIA FILM FUND 43, LLC http://www.finefilms.co.jp/aftermath
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