
撮影=笹村泰夫


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浮島さとし(以下、浮島) 田原さんご自身のお話に戻るんですが、今でこそ政治評論の重鎮としてご活躍ですが、お若いころはかなりメチャクチャをされてたというお話を耳にします。
田原総一朗(以下、田原) どうかな。例えば、どんな?
浮島 あの、元全共闘のヒッピーが全裸で行った結婚式の取材で、花嫁がノリで列席者全員とセックスすることになり、田原さんも花嫁に請われてその場でセックスしたという話は、あれはガセですか。
田原 しましたね。スタッフもみんな。それで、そのまま撮ってオンエアしましたよ。
浮島 そうですか(笑)。じゃ、ニュージャージー州でマフィアに取材を申し込んだら、マフィアの人間がビリヤード台を指して、この場で売春婦とセックスしたら取材を受けてやると言われて、実際にその場でヤったというのも本当ですか。なんかセックスの話ばかりで恐縮ですが。
田原 本当ですよ。だって取材するためだからしょうがない。取材はなんでもありですよ。
浮島 よくその状態で●●●が立ちますね......。ビビったりしなかったんですか。
田原 なんでビビるの?
浮島 なんでって、周りにマフィアがいるからです。
田原 だって、こっちは取材をしたいんですよ。そのためにはなんでもやりますよ。あのね、取材ってのは最終的にどこか命を張るという部分がないとダメですよ。だから向こうもこっちを信用する。そういうもんです。
浮島 今のお話で思い出したのですが、先日、(政治評論家の)三宅久之さんとお会いしたときに、70年代に起きた「西山事件」についてお聞きしたんです。当時、毎日の記者だった西山氏が、外務省の女性職員と懇ろになって沖縄返還協定に絡んだ機密情報を入手し、それをスクープとして出した。三宅さんは当時、毎日新聞デスクで西山記者の上司だった。
田原 あの時は取材方法が問題視されて、毎日新聞が世論からも同業他社からも批判されましたね。最後には男と女のスキャンダルに話が矮小化されてしまった。
浮島 三宅さんによると、その時ただ一人味方してくれたのが、ナベツネさん(渡辺恒雄・読売新聞社主)だったそうです。記者仲間の飲み会の場で「おまえら、おマ●コまでしてスクープ取ってこれるのか! オレのライバルは西山だけだ!」と言ってくれたと。ナベツネさんといえば今回のプロ野球開幕強行発言で男を下げましたが、これは若かりしころの男前なお話だなと。
田原 だってねえ、取材っていうのは、方法が三つあるの。盗むか、だますか、買収するかなんですよ。その意味で、西山事件は批判されるような問題では全然ない。
浮島 今、日本で盗撮のような手法で取材をして、仮に重大な反社会的行為の事実を引き出したとしても、当局以上に視聴者やネットユーザから取材した側に批判が来ますよね。「おまえら法律に違反してネタ取ってるじゃないか」と。
田原 だろうね、でも叩かれてもいいじゃない。昔ね、アメリカのあるスーパーが腐った肉をミンチにして商品として売ってるという噂があって、アメリカのテレビ局の人間がスーパーの店員に化けてカメラを持ち込んで、腐った肉を加工してる現場の撮影に成功して放送したの。そしたらそれがドキュメンタリーの権威ある賞を取った。
浮島 それはすごいですが、訴訟をされたりとかは。
田原 もちろん訴えられた(笑)。しかも裁判に負けた。で、僕はその取材をした責任者を取材したの。「負けたね、やっぱり違法だね」って。そしたら「そうですね」って。「これからどうする、もうしないの」と聞いたら「方法がまずかった。もっとバレない方法でやる」と。
浮島 コンプライアンスもクソもない(笑)。でも取材方法としては正しいと。もっとも、コンプライアンス自体が悪いわけじゃないですしね。法令遵守は必要なのであって、その解釈がゆがんで独り歩きしていることが問題ということで。
田原 西武ライオンズに東尾修っていうピッチャーがいたでしょ。彼に「ボークの定義って何だ」って聞いたの。そしたら、「アンパイアがボークと言ったらボークです」と。「あなたはボークしないの」と聞いたら、「バレないようにやるんだ」と。そういうもんです。
浮島 圧力に萎縮せずに、したたかに一貫してやり続ける姿勢が求められると。
田原 あと、楽しむことも大事じゃないかな。僕も裁判起こされたりしたけど、誤解を恐れずに言えば、裁判そのものはすごく面白かった。そしたら弁護士がね、こんなの面白がるの田原さんぐらいしかいないって。
浮島 ああ、なるほど。実は田原さんが提訴された時もすぐに事務所にインタビューを申し込んだんです。絶対に今は断られると思ったら、秘書の方は「田原は全然OKだ」と。でも、弁護士がNG出すかもしれないとおっしゃるので、担当弁護士の●●さんに電話で聞いたんです。そしたら●●弁護士も「田原先生は絶対OK出しちゃうと思うけど、今は遠慮してもらえますか」と言ってました。今のお話を伺って、なんか、そのときの空気が理解できました(笑)。
田原 ああ、●●さんがね。そんなことがあったの。
浮島 田原さんといえば『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)です。1980年代後半のかなり初期の放送を、学生だった私は友人と見ていた記憶があるのですが、田原さんが討論のテーマに予定されていなかった天皇制の問題を急に語り始めたんです。当時は天皇制といえば、今とは比較にならないくらいタブー視されていて、テレビで正面から議論するなんてあり得なかった。だから、見ているこちらにも「この司会者、何かやり出したぞ!」とびっくりして。あれ、確信犯ですよね。最初から企んでたのですか?
田原 あれはね、あのとき昭和天皇のご容態が思わしくないころで、今ここで天皇制の議論を避けるのはどう考えてもはおかしいだろうと、前もって局のプロデューサーに持ちかけたんですよ。そしたら彼も悩んでたけど、やっぱり無理だと。だから分かったと。その代わり、「生放送だから、たまたま話がそっちへ流れてしまうことは、アクシデントとしてはあり得るよね、その場合の責任は僕が持つしかないよね」と言ったの。そしたら彼は黙ってた(笑)。それを僕は暗黙の了承と受け取った。
浮島 あのとき田原さんが「今、天皇陛下が......」と切り出した途端、パネラーの間に緊張が走ったのが画面を見ていてもわかりました。猪瀬(直樹)さんですら動揺してましたから。田原さんも視線を盛んにチラチラとスタッフの方に動かしていて、スタジオが右往左往している空気が伝わってきたのを鮮明に覚えています。結局、栗本慎一郎さん(当時:明治大学教授)が「聞いてない!」って顔を真っ赤にして退席しちゃうし。あれはしびれましたね。
田原 しかけてナンボですからね。テレビというものは。
浮島 「朝生」はご自身で構成を考えるのですか。
田原 そう。全部こちらでやる。出演者もほとんど自分で選びます。で、このメンバーだか、ら、だいたいこういう話の流れで、という感じで。ついでにスポンサーまで自分で見つけてくることがありますよ。
浮島 その構成通りにいくものですか?
田原 一回もいったことない。むしろ、いきそうになるとこっちからかき回すから。当たり障りない答えばかりされるとつまらないでしょ。
浮島 スポンサーという言葉が出ましたが、よく「スポンサーの圧力」という言葉が使われますよね。スポンサーや広告代理店から電話がかかってきて「番組やめろ」みたいな。朝生では実際のところどうなんですか。
田原 あのね、スポンサーだって出資している以上は視聴率には敏感だけど、圧力をかけて番組をつぶすなんてことはまずありませんよ。それを言ってる局の人間がいたら、ただの言い訳。自分の力の無さを責任転嫁してると思っていい。そりゃね、トヨタ批判をする番組をトヨタのスポンサードでは作れませんよ。でも、そういう極端な形でない限り、スポンサーは文句なんて言ってきませんよ。
浮島 『朝生』を長くやってこられて、局のスタッフも世代交代してきて変化もお感じになると思うのですが、何か一貫したテーマとして掲げているものはありますか。
田原 まぁ、全体的に昔よりやりづらくなったけど一言で言えば、やりにくいものをどこまでやるかがテーマですかね。さっきもあなたが言ったけど、コンプライアンス部の監視体制も厳しいしね。
浮島 正直言って、段々つまらなくなってきたんじゃないですか。
田原 それはないでしょ。僕はね、テレビ局の監視体制が強まってくるのは、半ば歓迎してるの。つまりケンカでしょ。ケンカする局面がいっぱい出てくるっていうのは楽しいことだよ。
浮島 でも、昔はできたことができなくなると、自分の伝えたいものとは違う番組になるとか。
田原 それはならないでしょう。こういうふうにやってできなければ、こっちからやるか、あっちからやるか。要はやりようですよ。
浮島 それを若いスタッフやディレクターさんに伝えていかれるのですか。
田原 いつも言ってますよ。僕は昔から言ってるの、民放のディレクターなんてのは自分の表現したいことができるはずがないって。なぜなら、テレビは総務省が監督官庁として完全に管理してるから。スポンサーもいるから視聴率も無視できない、上層部からの圧力だってある。三重に縛られてるんです。じゃあ、自分のやりたいことが全然できないかというと、逆に考えれば三重に縛られてるから面白いんだって。縛りの中でいかに自分のやりたいことをやるか。縛りがないところでやりたいなら同人誌が一番縛りがないからね。でも、それじゃ面白くないでしょ。やっぱり文句を言われるから面白いんですよ。

撮影=笹村泰夫
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浮島さとし(以下、浮島) 取材力の話に関連するのですが、警察情報を記者が記事にする場合、被疑者が警察に拘束されていると、情報の裏を取るのが非常に難しい。結果、警察が言っていることをそのまま書くしかない。それがパターン化しているという現状があります。
田原総一朗(以下、田原) もともとマスコミってのは、取材源に対して立場が弱いんですよ。典型的なのが、今言った警察や検察に対して。例えば今、ホリエモンが逮捕されたとしますよね。検察は堀江さんを有罪にしたいから、いかに彼が悪人で汚い人間かという情報を一方的にリークする。身柄は当局に拘束されているから裏が取れない。なので、メディアは取材をせずに、リーク情報をそのまま世にはんらんさせ、それで世論が形成される。
浮島 検察が意図した通りに世論が作られる。あるいは、検察に批判的な記事を書く記者は(記者)クラブに出入り禁止とか。
田原 それもある。検察の意図に沿って流さないと、嫌がらせをして取材を拒否したりね。拒否されたら、検察情報が一切入ってこないから紙面が作れない。従って、検察の批判記事は基本的に新聞に出てこないという構図があったわけだけど、例の村木厚子さんの冤罪事件では、さすがに各紙ともここぞとばかりに検察をたたいてましたね。ただ、あの事件については批判できたけど、また別の事件については前と同じで、検察の圧倒的な優位性は変わらないでしょう。
浮島 検察タブーと関連するのですが、田原さんがメイン司会者だった『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)の打ち切り理由は、検察批判の急先鋒である元検察官の郷原信郎氏を、田原さんが番組に呼んで自由に発言させたことに対して、局の上層部から圧力がかかったからだという話もありますが。
田原 郷原氏を今後も番組に出すのであれば朝日の司法記者を出入り禁止にすると、検察からそう言ってきたという話は聞いています。
浮島 検察から記者を出入り禁止にされたら、朝日新聞は記事が作れない。困った上層部は、田原さんを切ったと、こういう構図ですか。
田原 まぁ、必ずしもそれだけとは言いませんけどね。あの番組がいろんな意味で局の上層部にとって重たい存在だったのは確かでしょうね。
浮島 局の上層部からしたら、田原さんが"空気を読まない"番組作りばかりするので負担だったのではないでしょうか(笑)。その意味では、鈴木宗男前衆議院議員が収監される前にもインタビューをされていますが、あれも地上波では放送できないのでニコニコ動画で流したのですか。
田原 そう。収監前にどうしてもメッセージを撮りたかった。彼は裁判について言いたいことがいっぱいあるわけだから。テレビに持ちかけたらNGだというので、それでニコニコ動画に「やらないか」と言ったら「やりましょう」と。それで70分流しました。
浮島 宗男さんがNGだというのは、刑事被告人や容疑者だからという理由は分かるのですが、そういうNGの基準って各局の規則やガイドラインにでも明記されているのですか。
田原 明記はされてないけど、起訴されて裁判中の人間は出さないのが一応はテレビ界の大原則なんです。
浮島 しかし、それを言ったら堀江貴文さんもそうだし、もっと言えば田原さんも裁判中じゃないですか(編注:北朝鮮による拉致被害者の有本恵子さんの両親が田原氏の発言をめぐって2009年7月に神戸地裁へ提訴)。
田原 そう。だからそこらへんはあいまいというか、ガイドラインとして明文化されてるわけじゃないから。今のところでいうと、「堀江さんはOK、ただし裁判のことは言っちゃいけない」みたいな空気にはなっていますね、テレビでは。
浮島 でも、そういう「空気」も黙ってて自然に出来上がるわけではないですよね。田原さんが堀江さんをテレビに引きずり出したいと思っても、局から「被告人だからダメ」と言われ、そこから折衝して出演までこぎ着けるわけですよね。今でこそ堀江さんは普通にテレビへ出ていますけど。
田原 もちろんそう。僕はね、「番組を作る」とか「表現をする」ってことは、(テレビ)局側とのケンカだと思ってるんです。あるいは新聞社の「社」でもいいですね。雑誌だったら編集部。そことどこまでケンカできるかだと思います。逆に言えば、それがあるから面白いんじゃないですか。
浮島 田原さんは1964年に東京12チャンネル(現:テレビ東京)に入社以来、45年以上テレビ業界に携わっていらっしゃるわけですが、当時と今では世の中の状況もテレビ局員の社会的地位も全く違うと思うのですが。
田原 違うね。僕が東京12チャンネルに入ったころは、テレビがとてもいいかげんな時代だったの。ステータスも全然なかった。特に東京12チャンネルはできたばかりの「テレビ番外地」みたいな、インディーズ的な会社だった。誰にも相手にされないから、今のニコニコ動画みたいにいろんな番組が自由に作れたんですよ。でも、徐々にテレビ会社も就職試験が難しくなり、一種のステータスになってくると、だんだん縛りが強くなってきた。
浮島 テレビが自由にできたというのは、当時はまだ活字媒体の方が社会的地位がはるかに高くて、視聴者もテレビをそんなに信頼していなかったという要素があったと思います。まさに今のネットと同じで。自由な番組作りができるというネットメディアも10年後は、テレビと同じ道をたどるとは言わないまでも、今と違った形になると考えられますよね。
田原 確かに違った形にはなると思うけども、ただネットメディアは誰もが発信者になれるというのが最大の特徴だからね。これはテレビなどの既存のメディアとは大きく違うところなんで、同じ道をたどることはないと思う。ただ、ネットは「金を払わない」というのが主流だからね。ビジネスモデルの構築が大きな課題ですね。堀江(貴文)さんなんかは有料メールの会員を相当抱えているようだけど、誰もができるモデルではないからね。ニコニコ動画なんかは、ようやくビジネスになり始めたというけど。
(【3】につづく)

撮影=笹村泰夫
『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)の顔として、テレビジャーナリズムの可能性を切り開いてきた田原総一朗氏。1964年の東京12チャンネル(現:テレビ東京)入局以来、約半世紀にわたりテレビ業界を見続けてきた。また、緻密な取材を基にこれまで150冊を超える著書を出すなど、活字ジャーナリズムの世界でも第一人者として活躍を続けている。その田原氏が、3月11日以来続く一連の「震災報道」の問題点や、『サンデープロジェクト』(同)打ち切りの真相、さらには若かりしころの破天荒な仕事ぶりなどを激白。既存メディアの可能性や問題点を浮き彫りにしてもらった。

写真=名和真紀子
伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ギョーカイの内部情報を拾い上げ、磨きをかけた秘話&提言。
昨年、「月刊サイゾー」(参考記事)でも"ブーム"と持ち上げられた田原総一朗。ニコニコ動画やUSTREAM、Twitterなどネットを中心に活躍している御年76歳である。確かに年齢を考えれば、ネットというメディアを駆使した活躍には頭が下がる。だが、時を同じく昨年頃から、田原の奇妙な言動が話題になっているのだ。
「田原は中央区の高級住宅地のタワーマンションに事務所を構えているんですが、昨年末頃からさまざまな目撃談が寄せられている。このマンションには敷地内に郵便ポストがあるんですが、そこにラクダ色の下着上下で頻繁に姿を現れるというんです。サンダル履きで姿勢も前のめり。寒い時期なのに薄着で、まるで加藤茶のようだったらしい」(あるテレビ関係者)
まだある。ある日、同じマンション近くを通りかかったメディア関係者が、よれよれの上下スエットでボーっと歩く男性を目撃したが、良く見ると田原だった。そこに小さな子どもを連れた母親がいたが、まるでホームレスを見るかのように子どもを彼から遠ざけたという。それほど高級マンション地での田原の出で立ちがアンバランス、奇異だったということだろう。
「昨年3月に20年続いた『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)が終わりましたが、これ以降、一気に老け込みましたね。2004年に愛妻が亡くなったことも大きいのでしょう。身の回りの世話は娘が手伝っているとはいえ、全てには手が回らない。ネット映像やコラムなどでは相変わらず田原節健在ですが、公の場ということで緊張感が違うのでしょう。打ち合わせなど電話で頻繁に連絡をする何人かの関係者は『時々話がかみ合わない』とこぼしています」(前出テレビ関係者)
日々いうことがコロコロ代わると指摘される田原だが、それは「会う人に影響される」から。しかし、今ではその理由は違ってきているのかも。評論家・佐高信の「田原総一朗への退場勧告」が現実味を帯びつつある。
(文=神林広恵)
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