「プリキュアにはかなわない」という現実を超えて──ラノベレーベルにも乗り出す「キリスト新聞社」の目指す未来

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「キリスト新聞」社長・松谷信司氏
「日曜日の朝は、特撮がありプリキュアもあり……まあ、勝てないですよ」  真っすぐな視線から注がれる言葉には、諦めの先の希望があった。  松谷信司は、キリスト新聞の編集長として、これまでもさまざまな試みを行ってきた人物である。聖書を題材に「モーセ召喚!!!」「聖書の世界を遊び尽くせ!!」をキャッチコピーにしたカードゲーム『バイブルハンター』。同じく聖書の人物が登場する『バイブルリーグ』。スマホで遊べるパズルゲーム『モーセの海割り』。  宗教改革500周年を迎える今年は、宗教改革をテーマとするアナログゲームのコンテストを実施。この作品は『ルターの宗教大改革』のタイトルで、ルターが95カ条の論題を張り出した500周年の記念日となる10月31日に発売される予定だ。  そんな新聞社が新たに発表したのが、キリスト教をモチーフにしたライトノベルレーベルの創刊だ。ライトノベル投稿サイト「トークメーカー」とコラボして行われている作品募集では、プロアマ不問はもちろんのこと、宗教不問・改宗不要とまで煽っている。  近年、さまざまな宗教が現代社会のカルチャーを利用した試みを盛んに行っている。人気アニメとコラボする神社や、仏教アイドルなどが次々と現れている。そうした中で、キリスト新聞社の試みは、かなり特徴的に見える。  それは、ここまでやっていいのかという“ユルさ”である。キリスト新聞は、いわゆる業界紙の中ですべての教派を扱う新聞である。創刊は1946年。日本のキリスト教界の中では伝統と権威のある新聞といえるだろう。それが、なぜここまで尖った試みを行うのだろうかということが引っ掛かった。  これまでも、興味の赴くままに神社仏閣の現在を取材したことはある。その中には、神田明神しかり、了法寺しかり、サブカルチャーを利用して人々に働きかけようとするところも数多くあった。けれども、サブカルチャーを取り入れながらも、宗教としての立ち位置は鮮明に打ち出していたように感じている。それに比べると、キリスト新聞のゲーム、そしてライトノベルレーベルには、ぐっとユルさが感じられる。  それに、是非の気持ちなどはない。むしろ、なぜここまでユルくするのだろう。そんな興味のままに取材のアポイントメントを取った。 ■40歳の若社長が語る「キリスト教信仰の危機」とは?  キリスト新聞社があるのは、神楽坂の筑土八幡の近く。近年、道路も改修され古くからの街並みは徐々に21世紀へと変貌しようとしている。そんな変わりつつある街の一角にあるキリスト新聞社の入居する建物は、明らかに昭和の雰囲気だった。古ぼけたコンクリートの建物。その4階にある編集部は、オフィスというよりも事務所という言葉が似合う空間である。多くの人が行き来した、色あせた階段や廊下の床には、どこか硬い芯のようなものが感じられた。  そんな新聞社で、編集長であり6月からは社長にも就任した松谷は、まだ40歳である。アポイントメントを取った後、取材当日までの間に下調べをしていて、そのことを知った時に少し驚いた。伝統のある宗教の業界紙である。そんな会社の社長だから、きっと70歳くらいの信仰に人生を捧げてきたような、雰囲気のある人物が出てくると思っていたからだ。現場の第一線で活躍する年齢の人物が、社長にも就任する。そこには、ひとつの会社にとどまらない「業界」全体の何がしかの期待が込められていると思い、がぜん興味が湧いた。  神道でも仏教でも、よく語られている信者の減少と信仰の形骸化。それが、日本国内においては決して多数ではないキリスト教にとっては、より危機感を抱くことなのではないか。そんな誰もが思いつくような疑問を、松谷に尋ねてみることにした。 「まったく同じですね。お寺さんの話を聞いても、まったく課題は同じです。高齢化、なり手がいない。若者がいない。人がいない。お金がないのは共通です。住職がいないお寺が問題になっていますが、同様に牧師がいない教会も出てきて、問題になっているんです」  松谷が語ってくれたのは、私がにわかに想像したよりも深刻な各教派の実情であった。  最初に、松谷が問題として語ったのは、神学校を卒業して神父・牧師になった若者が、数年で辞めてしまうということであった。  神学校に入学をするということは、信仰に人生を捧げようという強固な決心があるように思える。けれども、そうした決意を固めた人でも持たないという問題を、教会は抱えているのだという。 「この時代、病んでいる方が多く教会にやってきますよね。神父や牧師になるのは真面目な方が多いので、真摯に対応しすぎて疲弊してしまうんです。朝も夜も構わず教会にやってくる人の相手をしたり、深夜に何時間も長電話の相手をしたり。牧師の場合ですと、奥さんや家族も被害を被ってしまうんです」  松谷の言葉は、驚くほどに率直だった。  とりわけ「病んでいる方」「真面目な方が多い」という言葉を使ったときには、少しドキっとした。なんらオブラートに包むことない物言い。でも、決して見下したり冷笑しているのでない。その言葉を使うとき、松谷の目は明らかに真剣そのものだった。同時に、そこまで刺すような言葉を用いなければならないということに「業界」の危機感が滲んでいるように見えた。私の思考の中でそのことと、ゲームやライトノベルが次第に糸で結ばれていった。 ■教会の「敷居の高さ」を取り除くために  私も、ライトノベルレーベルの立ち上げをきっかけに取材に訪れたわけであるが、現代日本に生きていてキリスト教の信仰に触れる機会はほとんどない。確かにキリスト教系の学校というものは、幼稚園から小中高大学まで全国各地にある。12月になれば、みんなクリスマスの準備を始める習慣は根付いている。けれども、聖書を読んだことがあるかといえば、そんな人はあまりいない。ましてや、そこに登場する人物や業績の知識を持ち合わせている人は少ない。「使徒」と聞いて思い浮かべるのは『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系、他)。あるいは『聖☆おにいさん』(講談社)くらいだろうか。それで、何がしかの知識の片鱗を得ても「なら教会に行ってみようか」と考える人は少ないだろう。 「敷居が高いですね。キリスト教系の学校というものは、けっこういっぱいあります。そうした学校に通っていても、教会で聖書読んでお祈りする人はあまりいません。娯楽の少ない時代には、教会に行けばおいしいお菓子や文化とかメリットはありました。でも今は、楽しいものがたくさんありますから」  その楽しいものとして、松谷は日曜朝の特撮、そして『プリキュア』の名を挙げた。日曜日の礼拝が、決して『プリキュア』にはかなわない。その、いわば「負け」を認めることが松谷の出発点になっているのだった。 「だから、若い人に触れてもらうために、マンガやゲームを制作したのです。そして、ラノベは絶対に必要なジャンルだと思っていました」  取材の前に、松谷が登場している幾つかの記事を読んだときに、松谷は「信徒以外の<にわかファン>」という言葉を用いて、もっと広くキリスト教をアピールする必要性を語っていた。けれども、松谷は単に新たな信徒を取り込むためだけに、サブカルチャーを利用しているのではない。むしろ「業界」内部に変化をもたらす必要性。もっと簡単にいえば「敷居を下げる」ことを求めているようだった。  キリスト教の「本場」ともいえるヨーロッパあたりを旅行すると一目瞭然だが、教会は日本の神社仏閣と同等に敷居が低い。ちょっと扉を開けて入って、礼拝の様子を覗き見しても咎められることはない。中には夜中でも開いていて自由に礼拝はできる教会もある。  けれども、日本の教会というものは、だいたいが入りにくさに満ちている。道路に面した門は閉ざされているし、その奥にある建物の扉はもっと重くて固い。何か、覚悟を決めなくては入ることのできない雰囲気がある。 「やはり、規模の違いでしょう。四谷の聖イグナチオ教会なんかは、わりと自由に出入りできます。でも、ほかの教会は基本、何もなく入っていくと不審者になっちゃいますね」  今までは「きっかけが、なさすぎた」と、松谷は言った。キリスト教の信仰を、簡単に学べるような本は少ない。少し興味を持って知ろうとすれば、日曜日の朝に礼拝にいかなければならない。そんな宗教で、おいそれと信者が増えるとは到底考えられないと、思った。 「今は、信者を増やすよりも、にわかのファン回りにいる人をどうやって増やすかを考えないと、コアなファンも育たないと思うんですよ」  そんな問題意識があっても、変化しようとしない教会。教派によっては、次代の聖職者を養成する神学校すら維持することのできないところも出てきているという。そうした、変わらない教会の意識を変えさせる方法が、ゲームでありライトノベルなのだろう。 「教会だけが、教会自身で変わるのはもう無理だと諦めています。外堀である、我々メディアとか第三者が『教会にはできないけど、私には言える』という立場で刺激を与えていかないと、生き残れないのではないかと思っています」  松谷の言葉には、まったく揺るぎがなかった。前述した通り、キリスト新聞はいわゆる「業界紙」である。ということは、業界とは常に持ちつ持たれつの関係にあるはずである。そうした専門的な媒体というものは、ネタ元であったり、購読者の属性に対しては、あまり批判をしないものだ。そんなことをしては、ネタももらえなくなってしまうし、場合によっては購読者が減る恐れもある。そんな立場の媒体のはずなのに、松谷には「こんな業界だから仕方ない」という諦観は、みじんもなかった。  もう、このまま現状維持では目減りしていくだけで後はない。ならば、やれることをすべて試してみよう。そんな開拓精神が満ちているように思えた。つまりそれは、単に最近はマンガやアニメ、ゲームがはやっているから、そこに乗っかってサブカルチャーを利用した宣教をしようというような軽いものではないということである。 「サブカルやっても儲かるワケではありません。結果は、すぐには出ないと思っていますし」  実は、ライトノベルレーベルの創刊だけでなく、キリスト教新聞は、今年大きな改革を実施している。これまで、通常の新聞と同じ大きさかつ、縦書きだった紙面を刷新。タブロイド判で横書きに切り替えたのだ。変更前と変更後、両方を見せてもらったが、それはまったくの別物である。変更前のものが新聞とすれば、変更後のものはフリーペーパーのようなスタイル。あまりに変わりすぎて、購読者からは「新聞が届かないのですが」と、クレームがきたほどだという。 「前から変えなきゃいけないとは思っていました。高齢化で、どんどん『読者が字が小さくて読めない』とかでやめていくばっかりだったのです。また、電子版を始めるにあたって従来のサイズは適さないと判断したのです」  題字も変わり、従来の新聞スタイルに比べると手軽に読むことのできる雰囲気になっているのは確かである。けれども、これも結果はすぐに出るわけではない。松谷自身も「判型を変えたからって購読者は激増しない」という。それでも、確実に変化を「業界」内部にも促す材料となっていることを確信しているように見えた。  そんな内部をも変化させる要素であるサブカルチャーの重要性を、松谷は冷静に判断していた。そのことを感じたのは、話がモーセの海割りから映画『十戒』へと及んだときであった。  チャールトン・ヘストン主演の『十戒』は、公開時に日本でも大ヒットした名作である。3時間超の映画の中で、残り時間が1時間を切る頃まで、ためて、ためて、ついにモーセの海割りシーンが大迫力で出現する。その記憶は多くの人に共有されていて、日本でも大勢の人がモーセといえば「海を割る人」くらいには覚えている。 「そう『ドラえもん』でも、十戒石板という秘密道具が……」  ふと、そんな言葉が口をついて出た。すぐに松谷も反応した。 「モーゼステッキという道具もありましたね」  多くの言葉を使わなくても一目瞭然。これが、サブカルチャーの成果である。藤子不二雄が『十戒』を観て大いに感動したエピソードは『まんが道』春雷編の中に記されているが、その感動が『ドラえもん』のエピソードのモチーフとなり、我々の記憶にと刻まれている。  松谷が目指しているのは、まさにこれである。ゲーム『バイブルハンター』や『バイブルリーグ』は、それぞれのカードに記された効果が、その人物の逸話とイコールになっている。つまり、ゲームで遊びながら、なんとなく聖書の登場人物を知っていくことができるわけだ。それで興味を持ち、原典である聖書を読むきっかけを得るような、本当の「にわか」が増加すること。それが、松谷のもくろみなのだ。 「東北学院大学の聖書入門という授業では、バイブルリーグを教材で使ってもらっています。授業で人物を取り上げて、なぜカードの効果がこれなのかとか説明した後に、実際にゲームで遊ぶんだそうです。これは、文字通りこちらの意図したことですね。三国志だって、ゲームやマンガで知った人がいっぱいいるじゃないですか。キリスト教だって聖書を読まなきゃわからないだけじゃなく、ほかにも入口があっていいんじゃないんでしょうか」  けれども、やはりほかの宗教と同じく、サブカルチャーを利用することへの不信感を持つ人も一定数は存在している。 「よく批判もされますよ。そもそもゲームにすることが不敬と考えている人もいます。お寺や神社と一緒で、ポケモンGO禁止の教会もありますしね。また『バイブルハンター』では、エヴァのイラストで肌の露出が多いというクレームが。聖書に忠実にすると、なんにもつけていないんですけどね……」  ともすれば、古色蒼然たる偏狭なクレームと受けとめることもできる。けれども、松谷はそれにいちいち腹を立てたりはしない。 「まあ、そんなくだらないことで炎上してはアレなんで、気を使ってはいますけど……」  批判は批判として粛々と受け止めて、我が道を貫く姿。それは、決して自分のやっていることに間違いがないことの確信があるからだと思った。  そんな状況の中で取り組まれているライトノベルの公募は、意外に注目を集めていると、松谷は言う。1週間で30作品あまりの応募があったというのだ。 ──やはり、文字数などの点でハードルを低めに設定しているからではないでしょうか? 「いえ、もともとハードルは高いと思うんです。舞台がミッションスクールとか、キリスト教の用語が出てくるラノベはたくさんあるわけで、どう差別化するかが課題だと思っています。そのため、キリスト教の理解を深めるための作品を条件にした。そうじゃなかったら、フツーのラノベになってしまいます」 ──では、どのような作品を求めているのでしょう。 「聖書をラノベ風にしたものとか、現代におけるキリスト教そのものを舞台にしたラノベ。キリスト教系の学校とかを舞台にして、面白おかしいだけじゃなく、根本には思想があるといいなというのが、希望ではあるんです」  ゲームがそうであるように、人によっては「不敬」と思うまでに、これでもかというほどに、面白おかしい路線を走っている。でも、そんなことができるのも、ちゃんと芯の部分があるからだと思った。
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■本物の教会でコスプレ撮影会も……「いのフェス」  そんな松谷の思いが如実に表現されているのが、キリスト新聞社が協賛に名を連ね、年1回各地の教会で開催されているイベント「「いのり☆フェスティバル(いのフェス)」である。  2011年に始まったこのイベントは、キリスト教に関係する催しやフリーマーケットで構成されるもの。松谷自身も実行委員として参加しているのだが「有志による実行委員会」という形を取っているだけに、さらに振り幅が大きい。毎年のチラシは、ほとんど同人誌即売会のノリで自ら「教会版コミケ」という表現も。昨年、名古屋で開催された時のチラシには「天国無双」と、最近人気の作品へのオマージュとおぼしき煽り文まで記されている。  そして、10月9日に開催される今年の「いのフェス2017」では、会場となる教会でコスプレ撮影会もできるというのが、売りになっているのである。これまで、結婚式場などのチャペルでコスプレ撮影会というものは存在した。けれども、今回は本物の教会。それも公式にこんな文章で告知している。 ---------------------------------------------------------- コスプレ交流撮影会 「ホンモノの教会で撮ってみた♪」 実際に礼拝が行われる場で写真が撮れるまたとない機会。 ----------------------------------------------------------  サブカルチャーを用いた、変革へ向けての鮮烈な爆発。それは、10年後、20年後、どういう結果をもたらすことになるのだろうか。 (取材・文=昼間たかし) ■聖書 × トークメーカー ライトノベル新人賞 http://talkmaker.com/info/303.html ■いのり☆フェスティバル http://www.inofest.com/

「このハゲー!」で後援者離れの“ピンクモンスター”豊田真由子議員を、カルト団体メンバーがサポートか

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豊田真由子公式サイトより
「このハゲー!」騒動で自民党を離党し、約3カ月間の事実上の謹慎から復帰した豊田真由子衆院議員。後援からは多くの有力者が抜け、現在はカルト団体のメンバーとみられる人物もいるというウワサだ。  豊田議員は9月18日の記者会見で、後援者から「この5年間、血を吐くような思いで地べたをはって信頼関係を築いてきた。お前ぐらい馬力を持って仕事をする人間は見たことない」「朝から晩まで走り回っていた真由子さんが、本当の真由子さん」などと激励されたと自慢げに語っていたが、一方で議員活動継続に異を唱える声もあり、「かなり人が抜けて、現在の後援者は50人ぐらいしかいないのでは」という話も聞かれた。  実際、後援会長だった元朝霞地区医師会長の男性医師は会見当日の集会にも姿を見せず、今後は同じ選挙区の自民党候補者を支援する姿勢だ。 「埼玉4区は、もとは比例東京だった赤枝恒雄さんが出馬の準備を進めていると聞いています。こちらの後援に転じる人もたくさんいるのでは? 豊田議員の後援は自民党の支持者で、彼女自身を支援していたわけではない人が多かったんです。そもそも、落下傘候補だったんですから。私が後援したのも、唐突に『とよた真由子 国政報告会』という案内状が届いたことがきっかけでした。いきなり後援会の入会申込書が同封されていて、本人や関係者の挨拶ひとつなかったんです。でも、おそらく商工会など付き合いある組織を通じての依頼だと思って、付き合い的に引き受けたんですよ」(元後援者の男性)  豊田議員は2014年、天皇、皇后両陛下が主催の園遊会に、招待者ではない母親の入場を求めて現場でトラブルになり、挙げ句「夫です」と言い張って入場させたとする問題が報じられた。このとき伝えられたのが、秘書が1年半で20名ほど辞めているという「ピンクモンスター伝説」の始まりだった。 「これでバツが悪くなったのか、彼女は派閥のパーティーに出なくなって単独行動が増えていたんで、党側の関係者からも陰口を言う人が出てきていました。付き合いで後援をしていた人は、そりゃ抜けていきますよ」(同)  さらに、今回の「このハゲー!」騒動で全国にその凶暴性を知らしめた豊田議員だが、それでも後援をし続ける人々を、元後援者は「まるで新興宗教の信者のよう」と言っている。くしくも現在の後援者のひとりは、創価学会から派生したカルト団体のメンバーなのだという。 「豊田議員は公明党の推薦でもあったので、党の支持母体である創価学会の信者とも親しくなっていました。そのうちのひとりが最近、学会に内緒で新団体を作り始めたんです。ところが、実際には人があまり集まらず、カルト団体のような状態になっているとか。それなら学会をきちんと辞めるべきですが、彼は雑誌編集者で、学会員のフリをして内部情報をマスコミに売っているんです。おそらく学会内の大半の人は、今も彼が学会員だと思っているんでしょう」(同)  こうしたウワサが本当なのか、この編集者に話を聞くべく何度も携帯電話を鳴らしたが、応答はなかった。ただ、勤務先の雑誌編集部に連絡すると「6月末に突然、引き継ぎ作業もせずに辞めてしまった」との返答。後日、元後援者は「ウワサでは、豊田議員の秘書の座を狙うためだとかいわれてます」と話していた。  仮にその元編集者が後援しても政治には素人であり、多くの票が集められるとは思えない。豊田議員は会見で「恥をさらして生きていく」と話しているから、後援者が抜けようが怪しい人に応援されようが、関係ないのかもしれないが……。 (文=藤堂香貴/NEWSIDER)

神社関係者の困惑→沈黙から5カ月あまり……神社擬人化ゲーム『社にほへと』が、ついに開発中止を宣言

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『社にほへと』公式HP
 本日、DMM GAMESがブラウザゲーム『社にほへと』の開発を中止したことを発表した。4月末に不具合を理由に事前登録受付を休止して以来、5カ月あまりを経ての発表である。  同社のお知らせによれば「配信の発表以降、クオリティの向上、不具合の修正のために開発を続けて参りましたが、度重なる検討の結果、正式サービスを行うためのクオリティの確保、並びにお客様への安定的なサービスの提供に支障があると最終的に判断し、開発の中止を決定」したとしている。  ただ、事前登録開始以来、このゲームをめぐっては重大な問題が提起されていた。  現在も信仰されている実在の神社を、相談することなく無断で擬人化に使用していることの是否。その擬人化されたキャラクターのレアリティを「大吉」や「凶」という言葉で表記していることの是否などが、それである。  4月に執筆したルポルタージュで、取材に応じた神社本庁の担当者は「信仰を持つ側としては気分のよいものではありません」という言葉を漏らした。  一方、DMM GAMESは「本ゲームは『神社』をイメージした“フィクション”である内容のため、実際に実在する人物・建物・団体とは一切関係はございません」とメールで返答するのみで、取材には応じてもらえず、その真意を諮ることはできなかった。  そのルポルタージュが公開されてから間もなく、事前登録受付は中止され、公開されていたPVも削除。ほとんど動くこともなかったTwitterアカウントも、中止の発表と共に削除されるに至った。  この『社にほへと』をはじめ、近年、神社が新しいカルチャーによって注目を集めることていることは、筆者はいくつも取材している。 『社にほへと』についても、単なるゲームそのものの是否ではなく、日本人の生活に根付いた信仰を考える機会として、ルポルタージュを執筆した。  そこでは、困惑する神道関係者の姿だけでなく、読者諸氏が神社について考える機会を提示したつもりだ。以下にその『社にほへと』についてのルポルタージュを再録するので、ぜひとも読んでほしい。 (文=昼間たかし)  * * * 以下、「おたぽる」より転載(初出/2017年4月4日) 神社本庁も「これはちょっと……」と漏らした。「DMM GAMES」新作『社にほへと』から考えるオタクの信仰 『艦隊これくしょん-艦これ-』や『刀剣乱舞-ONLINE-』など数多くのヒット作を世に送り出してきた「DMM GAMES」が新たに発表した『社にほへと』。夏からのリリースを予定して、事前登録が始まっているこのタイトルは、神社を擬人化した「社巫娘」なる美少女キャラクターが登場する。  事前登録をすると、毎日1回おみくじを引くことができ、「伏見稲荷」「鹿島」「春日」などのキャラクターを引き当てることができる。だが、そこには神社や神道への理解、そして畏敬や信仰への畏敬を疑わざるを得ない面が見受けられる。「おみくじ」を引くと、大吉から凶までがキャラクターのレアリティによって分類されている。つまり、特定の神社は大吉、あるいは凶と分類されているようである。  信仰心や日本における神社の存在理由を少しでも知っていれば、ここに超えてはいけない線を越えていることを感じるのではないか。取材に応じてくれた神社本庁の担当者も、おみくじを見て「これはちょっと……」と顔を曇らせる。  また、凶の「おみくじ」を引くと登場するキャラクターに割り当てられた石清水八幡宮に話を聞いたところ「(神社の名前を)使用したい等の連絡は来ておらず、まったくの無断使用」というのである。  ところが、当の「DMM GAMES」にも話を聞いたところ「本ゲームは『神社』をイメージした“フィクション”である内容のため、実際に実在する人物・建物・団体とは一切関係はございません」という。そして「おみくじ」についても「結果の運勢に『社(やしろ)』がひもづいているものではない」というのである。  これをどういう形で書くべきか? 凡庸なニュースサイトのごとく、センセーショナルな部分のみをクローズアップして記すだけで、終わってはならぬように思った。すると、筆は勝手に走り続けたのである……。  昨年、縁あって御柱を曳く機会を得た。  御柱祭の年、諏訪大社の御柱祭が終わった後の秋、諏訪の神社では地域の人々によって、それぞれ御柱祭が催される。地域の人々によって山から切り出された御柱は、地域中で曳かれ、境内に建てられるのだ。  そうした神社のひとつに、岡谷市の洩矢神社がある。数年前の夏に偶然、私は神社を訪れて驚いた。普段は人もいない神社に設置された絵馬掛には、いくつものキャラクターを描いた絵馬が設置されていたのである。  そう、この神社はゲームに『東方Project』シリーズのキャラクター・洩矢諏訪子にゆかりのある神社だとされ、多くのファンが訪れるところになっていたのである。  いったいどのようなファンが集まっているのだろうか? たまたまTwitterで見つけた地元の人に聞いたところ、大みそかの夜には、地元の人々によって絵馬や熊手などの頒布も行われるという。ならば、ファンも集っているのだろう。早速、現地へ行ってみることにした。  2014年の大みそか。私のほか、わずかな客だけを乗せて走る夜の中央本線各駅停車。  上諏訪まで高速バスで行き、そば千(上諏訪駅近くにあったコンビニと合体した、立ち食い蕎麦屋)で年越し蕎麦を食べた後に向かおう。そんなスケジュールを考えていたのだが、行ってみると店は閉まっていた。年越し蕎麦を食べ損なったガッカリ感にどうしようもない気持ちを抱えたまま岡谷駅を降りると、雪がしんしんと降り積もっていた。  岡谷駅から洩矢神社へは、市街地とは逆方向の道を進むことになる。誰も歩いていない道の雪は、ただただ深かった。  そんな道を20分あまり。うっそうとした森に包まれた洩矢神社は雪化粧を施されて、夏に訪れたときとはまったく違う風景を見せていた。石段の道には提灯が並び、新年への期待と厳粛な空気とが混じり合い、幻想的な雰囲気に包まれていた。  石段を昇ると、普段は閉ざされている社殿の扉は開かれ、その横に設置されたテントでは、地元の人たちによって熊手と破魔矢の頒布も行われていた。そして私の姿を見ると、待ってましたとばかりに樽酒を紙コップに注いで勧めるのである。まったくの下戸である私だが、ひとまずは口をつける。ところが、まったく酔わない。それほどあたりは寒いということに気づいた。  頒布されている熊手や破魔矢を見る。驚いた。破魔矢には300円と書かれていた。おみくじは100円。前に訪れたときには、絵馬掛けの横に積まれ100円を賽銭箱に入れるように案内されていた絵馬は、無料で頒布されていた。安さには驚くが、決して値段の高い低いの問題ではない。本来は、地元の人のために頒布するものだからの値段なのである。儲けなど関係なく、神社への崇敬の念で、このような値段になっているのだろう。だからといって、ふと訪れただけの私にも、分け隔てなく頒布してくれた。ただそれだけのことなのだが、そこに何か神社の温かさというものを感じた。  さて、境内を見渡すと地元の人にまじって「東方民」は10人あまりだったろうか。それぞれ、ファン同士で交流したり、地元の人と会話を交わしていた。  そんな風景を眺めているうちに、年が変わると打ち上げ花火が上がった。それが合図だったのか、地元の人々がどっと神社に押し寄せてきた。それぞれ新年の挨拶をして、縁起物を手に戻っていく。それが、この地域での大みそかから新年にかけての過ごし方のようだった。  そんな混雑も30分あまり。すぐに境内には静寂が戻る。さて、これからどうしようかと考えた。東京のような異常な大都会とは異なり、新年を迎える夜に営業している店など、ほぼあり得ない。いまだに十代のときと変わらず野宿を楽しんでいる身ゆえ、駅のあたりで始発まで寝ようかと考えていた。あるいは、諏訪湖をほとりを歩いて下社への参拝くらいならできるだろう、と。  そんな時「東方民」の一人に、声をかけられた。 「一緒に、回りませんか?」  長野県在住の男性であった。彼は「せっかく来てくれたんだから」と、車で上下の四社、さらに御頭御社宮司総社と手長神社まで案内してくれた。道中、彼は仕事の合間にさまざまな神社を参拝していることを聞いた。ゲームをきっかけに、神社への関心を高める人も増えているのだろうか? そんなことを考えた。  神社に限らず、マンガやゲームがきっかけに違う何かが芽生える人々の姿は、それまでも見ていた。岡谷からさらに先、飯田線の沿線にある伊那市や飯島町が、そうだ。そこは、『究極超人あ~る』の「聖地」として知られる土地である。ここで2012年に飯田線開業100周年を記念した行事の一環として、作品のアニメ版で描かれた飯田線田切駅から伊那市駅までを自転車で走るイベントが開催された。参加者は申込みの上で、自転車を持参して田切駅に集合。そんなハードルの高い催しにもかかわらず、見物も含めて集まったのは100人あまり。以来、このイベントは毎年の恒例行事となった。  詳しくは別に書こうと思っているが、そこでは、マンガやアニメを軸にした「聖地巡礼」や地域起こしとは違うことが起こっているのを感じる。今でも参加者の紐帯が作品であることには変わりはない。でも、参加者の多くが、作品をきっかけにして地域の魅力を知り、何もないときにでも、ふらりと街を訪れるようになった。私も、その一人である。東京で、事務所の傍にあるコンビニの「ローソン」が、伊那名物の「ローメン」に見えてしまうほどである。「いつかは、このあたりに住もうか」そんなことを、考えている人も増えている。  だから、ゲームをきっかけに神社を訪れてその魅力を知り、信仰心や知的欲求を高める人もいるのは当然だと思った。何しろ洩矢神社は、ただ単にゲームのモデルとされた神社などという軽々しいものではない。諏訪の伝承では、そこに祀られるのは諏訪の土着神であり、ミシャクジ様とも同一視される洩矢神。その土地に、国譲りの際に、天津神に抗した建御名方神が出雲を追われ、この地へとやってきた。ここで出会った二柱の神は争った後に和解した。そして、建御名方神は祭神となり、洩矢神の子孫は明治まで、諏訪神社上社の神長官となった。その神の子孫である守矢家は今も続き、その自宅がある茅野市の神長官守矢史料館には、歴史と現在も続く信仰を伝える資料が展示されている。  諏訪の歴史や信仰は、それだけで何冊も本が書けるほどなので簡潔に記したが、自ずと畏敬の念の湧き上がるものだと思う。  前述の大みそかの参拝の際には言葉を交わす機会を逸したのだが、しばらく後にネット経由でT氏と知り合った。初めて出会ったのは、その年の秋の例大祭を訪問したときであった。ゲームのファンだと思っていたT氏は、法被を着て地元の人と一緒に働いていた。なぜ、そこまで地元になじんでいるのだろうかと驚いた。聞けば、ゲームのモデルが洩矢神社だとファンの間でささやかれ始めた頃に、彼は一人でこの神社を訪れたという。やはり、行事のないときの神社には人もおらず、当時は絵馬もなかったという。そこで見つけたのは、神社の案内板に記された例大祭の日時であった。何も情報がないまま、T氏は例大祭の日に神社を再訪した。その日はちょうど大雨の日だったという。神事を行っていた地元の人たちは、誰ともわからぬT氏を雨に濡れないところに案内してくれたのだ。それから、数年。埼玉県から通っているT氏は、すっかり地元になじんでいる。 「大社にお詣りするよりも、こちらにお詣りする機会のほうが増えましたね」  そして、諏訪の地域の信仰の魅力を語るのだ。変わらずゲームも愛好している。けれども、もはや東方ファンというよりは、洩矢神社のファン、信仰者というのが、彼の偽らざる姿である。  だが、人が増えれば必ずしもすべてが明るい方向にはいかない。昨年、大社の御柱祭が終わった頃から、T氏と幾度も話をしていたのは、洩矢神社の御柱祭のことである。私は、ぜひこの祭りに参加をしてみたいと思っていた。けれども、単なる「にわか」が「祭りがあると聞いて来ました」と参加してよいものだろうかと、畏れがあったのである。  というのも、人気のゲームの「聖地」として注目を集めることに対する地域の人々の想いには、複雑なものを感じていた。例大祭や、大みそかに参拝したときには、分け隔てなく歓迎してくれる。洩矢神社を管理している地元の自治会の神社委員の人たちは、各地から参拝に来てくれる人のために、絵馬だけでなく御守りまで作るようになった。それは「聖地巡礼」でありがちな、作品の舞台になり人が集まるようになったので、ここらで一儲けしよう、地域を活性化させよう、なとどいうものではない。あくまで、遠くから神社に参拝に訪れる人がいることの喜びから始まった自発的な活動だ。  つまり、主体は神社であり、ゲームは従にすぎない。その親切心にあぐらをかいてはならないと思っていた。そもそもゲームのモデル、すなわち創作の材料とされ、制作者の創造力の趣くままに使われていることが、単純に喜ばれているとは思えなかった。  前述の守矢家の現在の当主は、第78代の守矢早苗氏である。サイト「ニコニコ大百科」などでは、『東方Project』中に登場するキャラクター・東風谷早苗の「元ネタ」は、この人だと書かれている。さらに、制作者自らゲームに出す許可を取りに行ったと記しているサイトもある。自身がキャラクターとされていることや、ゲームのファンが訪れていることをどう思っているのか。自ずとそんな疑問が沸いた。 「お会いする機会があれば、来てみたい」と言ったところ、T氏には止められた。さらに、本人とも交流のある地元の郷土史研究団体の人は「それはやめておいたほうがいい」と、苦い顔をする。何かしらの形で許可は出したようだが、必ずしもゲームによい印象を抱いているわけではないことは、容易に感じ取れた。  ここは神社であって、作品の聖地でも観光地でもない。だから、洩矢神社の御柱祭も人が来るのは歓迎するけれども、大っぴらに宣伝するようなものではないというのが、地元の人々の考えのようだった。  それでも、Twitterなどに流れた洩矢神社に掲示されている神事の日程表などを見て、里曳きには十数人の「東方民」の姿があった。そこで、私はもしも公式サイトなどを立ち上げて、大々的に宣伝すれば、予想だにしない事態が起こるであろうことの片鱗を見てしまった。  今回の御柱祭は9月に山出しを終えたあと、10月9日に里曳き。そして、翌日に建御柱というスケジュールだった。てっきり、曳いているフリだけしておけばよいのかと思っていら、甘かった。柱も太いが人数も多い大社とは、まったく違った。地元の人たちを中心に、かなり必死に曳かねばならない、けっこうな重労働であった。御柱の進む先では、沿道の住民が振る舞いを用意して待ってくれているが、なかなかそこまでは進まない。一度神社に集まってから、御柱まで向かうときは「案外、短い距離だな」と思った。でも、まったくそんなことはなかった。加えて、坂もあり道は曲がっているために、なかなか先が見えない。  日頃の運動不足を恨みつつ、曳きながら、こんなことを考えた。このような大変な行事を、地元の人たちは7年に一度行っている。それは、なぜだろうか。単に伝統だからとか、そんな単純なことでできるものではない。観光客が来て儲かるわけでもない。金融資本主義にまみれたアメリカ風のドライな見方をすれば、なんら個人が利益を得る行事ではないのだ。にもかかわらず、地元の人が集い絶えることなく神事が続いている。それは、神社が単に人が拝み、神様が何がしかの御利益をくれるギブアンドテイクの関係の場所ではない存在であることを、教えてくれた。  その里曳きで、S氏と知り合った。Facebookで私が来ていることを見つけた伊那の友人が「その地区にSさんという、諏訪信仰に詳しい方がいるので探しなさい」と連絡をしてきた。T氏に「Sさんって、どの人?」と聞いたら、目の前にいた。  地域の信仰や歴史について、さまざま話をして、翌日の建御柱に守矢早苗氏が来てくれるという話になった。ご挨拶することはできないかと尋ねると、S氏はタイミングを見てつないでくれることを約束してくれた。  翌日、小雨の中で建御柱の神事は、始まった。先を切って尖らせて、木遣り唄の中を慎重に建てていく。その最中に、早苗氏に挨拶をする機会を得た。長く教師をしていたという早苗氏は、まったく気取るところもない親しみやすさのある女性であった。しかし、同時に本人や周囲の人々の立ち振る舞いからは、そこにある連綿と続いてきた信仰と歴史とが一人の人間を通じて、止めどもなく溢れているように感じた。神々しさなどとはまた違う、言葉では表現できないもの。遠い祖先から続く人間の営み。その積み重ねが、一人の女性を通じて現れ出ているのだ。そこに、畏敬があるのは当然であった。  けれども、集っている中には、別のものが見えている人もいた。前日から、初めてやって来たことに興奮気味だったゲームファンの若者が、早苗氏にノートを取り出してサインを求め、周囲の人に止められていた。それはまだ、気持ちがわからなくもない。若さゆえの過ちかもしれないからだ。  でも、もうひとつ、見たくはなかったものを見てしまった。御柱の先を尖らせるときにできた木片に、サインを求める人物もいたのである。この人物は、岡谷市内の別の地区の住人だと聞いていた。曲がりなりにも、地域に住みながら、どうしてそのような行為ができるのか不可解であった。  後日、この人物が「自分は、天照大神と話ができる」などと喧伝して、さまざまな神様を込めた勾玉を販売したりしていることを知った。さらに、この人物が長野県白馬村にある、やはり『東方Project』の「聖地」だと目されている城嶺神社が地震で倒壊したために再建の事業を手伝っていると聞いた。何か違和感を覚えて本人のFacebookを見てみると、勾玉を販売したりする傍らで、仮想通貨・ビットコインの勉強会を開催したり、情報商材を販売していることもわかった。それは、ゲームファンに注目されている神社に関わることに、ビジネスチャンスを見いだしているように見えた。  そこで、本人に尋ねてみたところ「私は手助けしたい一心で動いている」と言い張り、筆者の取材を再建の妨害とまで、非難してきたのだった。この件は、昨年別に記事にしたが(http://otapol.jp/2016/12/post-8967.html)、この人物によって作成された「洩矢神社公式ホームページ」は、この事件の後に、地域の神社委員の管理へと移行している。それでも、この人物はいまだに神社や神様をビジネスの場にしようとうごめいていると聞いている。近年、新聞やテレビでも当たり前のように報じられるマンガやアニメ発の「聖地巡礼」。その光と影の両方を、洩矢神社にはあった。  これまで、いくつもの「聖地巡礼」を体験し取材してきた。それは、必ずしも歓迎されるものではなかった。時として、地域の生活に負の要素をもたらす。人が増えれば、必ずしもよい人ばかりはやってこない。むしろ、迷惑な人や怪しげなビジネスを企画する人は、ここぞとばかりに寄ってくる。  神社は、そうした人々が土足で踏み入ってよい場所であるはずがない。  実のところ『社にほへと』は、さまざまな問題のほんの一部にすぎない。神社がマンガやアニメの舞台となり「聖地巡礼」する人々が集まっている。あるいは、神社の中にも、作品とのコラボをしてマンガやアニメのファンに盛んにアピールをしているところもある。こうした話題のネガティブな面が報じられることは、極めて少ない。いわゆるオタク系メディアの書き手は、そうしたネガティブな面を、私よりも知っているはずだ。けれども、そうした人々の多くは「御用」であることを相争い、目を背ける。  だからこそ、あらためて神社の存在理由や、神道というものについて、詳しく知りたい、ひとつの文章にまとめなくては、と思った。  そこで、神社本庁にアポイントメントを取った。神社本庁は、日本でもっとも多くの神社が加盟する宗教法人として知られている。ただ、キリスト教における教皇庁のような教義やら何やらを隅々まで指導する総本山ではない。あくまでも、全国の多くの神社が相互に協力し連絡しあうための組織といえる。  ただ、そうした役割は必ずしも正しく理解されてるとは言い難いと思う。やはり、総本山的な理解をしている人は多いし、昨今、左翼的な思想の人は政権批判と絡めて、その存在までをも批判する。これまた、神道への無理解や信仰というものが失われていっていることを示す、一つの事象であろう。  ただ、そのような状況だから、少し敷居の高さを感じたのも事実である。話の入口はゲームの話である。ともすれば「ゲームなんかの話で」と、断られるのではないかとか、どこから説明すればよいのか、考えながら電話した。  でも、それは杞憂であった。こちらの取材の趣旨を告げ、『社にほへと』の件に触れると「そういうのもあるみたいですね」と、すでに知っていたのである。  電話で応対してくれた神社本庁広報国際課課長の岩橋克二氏は、すぐ翌日に会ってくれた。  冒頭、和歌山県出身という岩橋氏は「関西弁でもいいですか?」と断った。その言葉や立ち振る舞いには、神職らしい「来る者は拒まず」の姿勢を感じ取れた。取材の中でも決して難しい言葉などを用いることがなかったのも、人柄を示すものだろうと思う。  そうして始まった取材。最初は、やはり発表になったばかりのゲームの情報まで知っていることに驚いた私の感想から始まった。聞けば『ポケモンGO』をはじめ、神社に何かしら関連があったり、影響が懸念されるコンテンツには、常にアンテナを張っているのだという。だから『社にほへと』も知ってはいた。ただ、実際に事前登録をして「おみくじ」を引いたりはしていなかった。  現在公開されている『社にほへと』では、「事前登録」のボタンを押すと、ページが遷移する。そこでは「おみくじ一覧」として、神社の名前を持つ美少女キャラクターを見ることができる。そして、Twitterで『社にほへと』のアカウント(@yashiro_staff)をフォローすれば、毎日1回「おみくじ」を引くことができるという仕組みだ。  私の持参したノートパソコンで「おみくじ一覧」を見てもらったとき、岩橋氏の顔が少し曇った。その「おみくじ一覧」には、キャラクターのレアリティ(希少度によるキャラクターのランク付け)によって大吉から小吉までが割り当てられているようであった。このレアリティが、どのように設定されているのかはわからない。ただ、ある神社は大吉、あるいは小吉とカテゴライズされているようだった(ゲームが稼働前のため、詳細なレアリティの設定などは不明)。 「これはちょっと……」  そう言葉を漏らし、少し間をおいてから、岩橋氏は続けた。 「ここまでは見ていませんでした。信仰を持つ側としては気分のよいものではありません。いったい、なんの根拠があってやっているのでしょうか……」  岩橋氏は決して、偏狭な考えから話しているのではない。あくまで、しごく真っ当な懸念であった。 「気になるのは、お宮自身が承諾をしているかどうかです。これが、ご祭神名であれば、逃げられるんですが……春日大社があるのに、鹿島神社もありますよね」  春日大社と鹿島神社は、同じ建御雷之男神を祭神とする神社である。神社を「擬人化」というのが『社にほへと』のコンセプトのようではあるが、開発段階で祭神を同じくする神社が重なっている。そこに、神道への理解の浅さを感じているようであった。  とりわけ、私も驚いた「おみくじ」の部分には、それを感じているようだった。大吉を引くと登場するキャラクターは、それを喜ぶ。かと思えば中吉のキャラクターは「せいぜい、中途半端な一日を過ごすとよい」と言うのだ。 「おみくじは、明確な定義のあるものではありません。大吉中吉小吉とあり、よく幸運の度合いを示すと理解している人もいらっしゃいますが、それはあくまでも現状のことであって、例えば凶が出たからといって、お先真っ暗なわけではありません。大吉を引いたからといって、人生遊んで暮らせるわけではありません。今はいいけど、気を抜かないでねという意味合いのもの。内容を見て、努力して改善していけばやがてよくなるというものです。ですから、ここにはやはり意味の取り違え、単純に格付けとして理解している感がありますね」  日本の神社には、熊野や八幡、諏訪などさまざまな「系列」は存在する。また、神社の社格というものあるが、これは、いわば朝廷や政府が管掌する上での分類。どこそこの神社は、○○神を祀っているから強いとか、御利益はほかの神社の三倍などということはない。だから、日本の神様はランク付けができるような存在ではないはずだ。 「確かに天照大神が一番貴い神様とはいわれますが、その一方で、天照大神のお一方ではできないこともあります。日本の神様は人間と同じく得手不得手もあるのです。たとえば、オモイカネ(思金神・常世思金神)という世の中のすべてを知っている神様もいらっしゃいますが、オモイカネは自分自身では動くことはできないのです。なので、神様同士で力を合わせて世の中をよくしていくというのが、日本の神様なんです。モチーフとしてこういうところに使うという気持ちはわかりますが、なぜ神様じゃなくて神社なんだという疑問はありますね」  ならば、こうしたゲームが登場したことによって、どのようなことが懸念されるのだろうか? 「神社とか日本の神様に対して、意識の薄い人たちが純粋にゲームとして楽しむかもしれません。怖いのは、そういう方たちが『舞台だから、登場人物だから』というだけで神社に行ったときに、ほかの参拝の方がいらっしゃる中で、不敬な行為を行うことです。神社側としては『節度を保ってください』とは言うのでしょうけど、ほかの参拝の方の気分を害しないのか、と」  マンガやアニメなどの作品により深く寄り添いたいと「聖地」を訪れるファン。彼らは作品の舞台を訪れたことに喜びを感じているかもしれない。けれども、その「聖地」が神社だったとき、彼らは神社をどのようなところとして捉えているのか。岩橋氏はそこに、いささかの疑問を感じているようだった。 「埼玉県の鷲宮神社が『らき☆すた』で注目を集めてから以降も、神社が舞台になることはよくあります。最近では『君の名は。』も、そうですよね。でも、訪問される皆さんが、そこを神社として認識しているのか、あるいは、単にアニメの舞台だから行っているだけなのか、そこはこちらとしては疑問です。もちろん、神様も人が来てにぎやかになることは好きですし、歓迎なんです。けれども、そこがお宮であること、そこには神様がいらっしゃるということをまったく埒外にして、記念写真だけ撮って帰るとかになるはどうでしょうか」  意味を取り違えたまま、神社を訪問してしまう。それは「聖地巡礼」に限った現象ではない。もはや、定着した感のある「パワースポット」でも、似たような問題は起こっている。神社本庁に隣接する明治神宮では、一時期境内にある「清正の井戸」が「パワースポット」であるとして、整理券も出すほどのブームになったことがある。けれども「清正の井戸」を写真に収めた後、お詣りもせずに帰る人もいたというのだ。 「やはり、清正の井戸が明治神宮の境内にある意味を考えていただきたい。もちろん、深く知る必要があるとは思いませんが、日本の神様というのは、より人間の近いところにいる存在です。よその家にお邪魔したときに、庭だけウロウロして挨拶もしないで帰るのと一緒になってしまいます」  だからといって「聖地巡礼」や「パワースポット」が、すべて神社にとっていらないもので、お断りというわけではない。むしろ、最近では『ポケモンGO』でもなんでも、せっかく来てくれるのであれば積極的に働きかけていこうとする気運も神社側にはあるという。 「気づきがある人が3割いればありがたい、と思っています。お越しいただいた中の3割にすぎなくても、その方たちが周りに広げてくれると思っていますから」  最近では、神社がアニメとコラボしてキャラクターの描かれた絵馬や御朱印帳などの頒布を始めたりもしている。岩橋氏は、それを真っ向から否定したりはしない。 「時代を捉えているとは思います。定期的にお宮に来ていただく手段としては、あり得ると思います」  一方でやりすぎのある神社があれば、神社本庁として指導していかなくてはならないともいう。ただ、テクノロジーがどんどん発展し、新たなビジネスのあふれる現代において、何をどのように指導していくかも難しい。例えば、すでにどこそこの神社で祈願しており、こういう御利益があるなどとうたった「祈願済み」の商品。これは、あってはならないものと即答する。 「神社というのは、そこに行って、神様に直接お願いすることに意味があるものです。なんとかご祈祷済みとか、ご祈願済みとか、こういう御利益がある商品というのは、つまり神様の名前を使った商売になってしまう。“神社も商売”と言われるとそこまでなんですけど。やはり、お宮の中で起こっていることと、外で行われていることは違うと思うんです」  一方で、意外だったのはインターネット参拝に対する意見だ。2000年代半ばに登場したこれは、多くの神社がサイトに設置したが、神社本庁は06年に「信仰の根幹に関わる問題だから、もう一度考えていただきたい」と注意喚起を出している。 「あれは、判断が難しいことでした。というのも、神社の信仰の中に遙拝(ようはい)というものがあります。例えば、式典では国旗を通じて伊勢神宮を遙拝することがあります。それが、バーチャル参拝とどう違うのかといわれることもあるんです。たぶん、その作法が長く定着しているので、受け入れられているのだと思うのです。伝統的なものとテクノロジーの発展というのは、かみ合うようになるまで時間がかかると思います。お賽銭に電子マネーが使える神社も議論を呼びましたが、お賽銭というのも貨幣経済が発達してから登場したものです。私自身も抵抗はあるけど、100年後にはインターネット参拝は、当たり前になっているかもしれません」 「聖地巡礼」も、インターネットが発達したことによって流行しているという一面がある。もはや、どんな作品であっても「モデルはここではないか」という情報が流れ、訪問記も当たり前のように見ることができるからだ。だから、ビジネスのチャンスと考えるのを止めることはできない。でも、欲にまみれて、やりすぎたりしていれば神様はちゃんと見ていることを、岩橋氏は語る。 「そこに力を入れすぎると、神様が軌道修正をします。急にブームがぴたっと終わってしまうでしょう。ですから、神主としては、欲に走ることなく、あくまで神社なんだということを常に忘れずにやっています」  だから「聖地巡礼」や「パワースポット」で神社に関心を持った人には、むしろ地域の氏神にも参ってほしいという。 「日本全国どこでも、どこかの氏子地域なわけですよね。いつも面倒をみてくれている神様がいるわけですから、そこにご挨拶に行かずに有名な神様のところに行っているのは、いけないと思うんですよね。私が父から言われたことですが、神様は頼むものではなく讃えるもの。大事にするから、おかげがいただける。お願いするのは、自分が十分やってから後の話なんです」。  やはり、神社とは歴史に裏打ちされた、数多の人間の想いによって成り立っているもの。それがゲームのキャラクター、それも、それぞれが1枚のカードのようなものにされてしまうことには、違和感を拭えなかった。 「自分の信仰が」だからではない。日本の歴史が2677年、そして神や人間の営みは、それ以前から存在する。それを、わずか数十年に満たない期間の間で勃興した「オタク文化」の中でもてあそんでよいとは思えないのだ。近年、マンガやアニメは、日本の中心的な産業のごとく位置付けられ、政府や行政機関までもが利用するものとなった。確かに今、この瞬間は価値と力を持つ文化なのかもしれない。だからといって、祖先から受け継いだ神社や神様を、簡単にもてあそんでよいものだろうか? でも、それは判断が難しい。100年後には完全なメインカルチャーとなっていているかもしれない。現在、神様の肖像として紹介される画像が浮世絵や日本画であるように、未来では神社に祀られている神様はすべてアニメキャラクターになっているかもしれない。  でも、今はどうなのだろうか?  神社本庁への取材の後、編集部と相談して神社にも取材をすることにした。電話で話を聞いたのは「凶」に割り当てられている石清水八幡宮である。対応してくれた担当者は、電話口の向こうで驚いているようであった。 「私が広報なんですが、こうした連絡はありません。無断使用です」  数日後、あらためて電話をくれた担当者は「ほかのお社さんとも話をして」しばらくは様子を見ることになったと教えてくれた。当初は、すぐにでも削除を要請することも考えていたようだが、まだリリース前でもあり、ゲーム自体がヒットするかどうかもわからないため、事態の推移を見守るという方針に落ち着いたようだ。一方で、正直な気持ちも伝えてくれた。 「あまり気持ちのいいものではないですね」  担当者は、キャラクターの名前を「石清水八幡宮」ではなく「石清水八幡」と、一文字だけ削ることで神社と無関係に見せる意図を感じ取っていた。それは、無断使用される以上に不快なものだったのだろう。  この取材と同時に、DMMにも取材を申し込んでいた。質問事項として送ったのは、次の2点である。 1.このタイトルでは神社の擬人化が行われておりますが、これは該当する神社には許諾あるいは、なんらかの事前折衝を行っていらっしゃいますでしょうか? 2.当方でも事前登録をさせて頂きましたが、キャラのレアリティに応じて大吉~凶に振り分けがなされております。これは特定の神社が、凶になってしまうことであり、当該の神社はよい気持ちを得るとは思えないのですが、いかがでしょうか?  願わくば、ぜひ会ってゲームの意図を聞きたいと思ってた。なぜなら、決して制作側も神道を貶めることを目的として開発している淫祠邪教の徒ではないはず。多くの人々に喜んでもらいたいと思って、ゲームを開発しているはずである。イラストレーターはキャラクターに愛情を込めて執筆しているはずだし、声優もそうであるはずだと思ったからだ。  しかし、願いは叶わず、メールで次の回答が返ってきた。 1.「社(やしろ)」の擬人化について  本ゲームは「神社」をイメージした「フィクション」である内容のため、実際に実在する人物・建物・団体とは一切関係はございません。また、実在する地域や神社等の関係性につきましても、一切関係がございません。 2.事前登録おみくじについて  事前登録おみくじは、結果の運勢に「社(やしろ)」が紐づいているものではなく、結果の運勢についてキャラクターが説明しているものになります。  あらためて、ネットでこのゲームを事前登録し「おみくじ」を引いている人たちが、どのような感想を得ているのか検索して見た。自分の縁のある神社の登場を期待する人。手に入れたキャラクターを喜ぶ人も多いが、やはりゲームとしてキャラクターの強弱やレアリティを気にしている人の存在も否めなかった。  これは、なんなのだろうか。  強弱どころか、多くのキャラクターがそうであるように、二次創作の形でエロを期待している人を見つけたときには、言葉にならない根源的な恐ろしさを感じた。  でも、それを真っ向から批判しても、なんら解決にならない。西洋的な異端や邪教を狩る行為は、日本には似合わない。誤りに気づき、感じさせるのこそが日本的な精神の根本であろう。だから今は、この推移を見守るしかないと思うのだ。  そう考えながら、しばらく氏神様にご無沙汰してしまったのを思い出して、参拝に向かった。  参拝の後、春の祭りの準備が進む境内を散策し、おみくじを引くと大吉が出た。けれども、決して思いのまま万事がうまくいくようなことは書かれていなかった。  あらためて神道の意味を感じた。 (文=ルポライター/昼間たかし http://t-hiruma.jp/

CMは絶望的! 「幸福の科学」信者だった急進女優・新木優子にテレビ各局がビビリまくり!!

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スターダストプロモーション公式サイトより
「彼女の担当者は頭を抱えていますよ」  そう語るのは芸能プロ関係者だ。  フジテレビ系の月9ドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』に出演中の女優・新木優子が、宗教団体「幸福の科学」の信者であることを「週刊新潮」(新潮社)が報じた。同団体は今年2月、女優の清水富美加の出家騒動で話題になったばかりだ。  新木は小学5年の時にスカウトされ、竹内結子や柴咲コウといった人気女優を抱えるスターダストプロモーション所属。目下売り出し中で、10月スタートのテレビ朝日系連ドラ『重要参考人探偵』に出演することも決定している。  その矢先の宗教報道。無論、この国では「信仰の自由」が保障されているが、所属事務所にとって、このタイミングの報道は大ダメージだ。前出の芸能プロ関係者の話。 「事務所が役者をドラマや映画に出演させるのは、CMを取るため。彼女クラスでも1,500万円程度のギャラは見込めたでしょう。ただし、クライアントは総じて宗教色を嫌う。本人は出家する予定はないそうですが、新潮の報道で宗教色が付いてしまっては、クライアントも手を出しづらい」  面倒なのは、新木のバックに「幸福の科学」グループが控えているのがバレてしまったこと。テレビ関係者が語る。 「清水さんの例でもわかる通り、幸福の科学は芸能人の労働環境の改善を訴えている。少しでも無理強いすれば、教団から怒涛の抗議が来るとも限らない。清水さんの騒動の時もそうでした。ワイドショーで“気に入らない表現”があると、すぐに教団の広報担当者から電話があり『番組中に訂正しなければ訴える!』とまくし立てられたそうです」  こうした話が広まれば、新木の起用にテレビ各局が及び腰になっても仕方がない。将来有望な若手女優が、“大人の事情”で潰されないことを祈るばかりだ。

CMは絶望的! 「幸福の科学」信者だった急進女優・新木優子にテレビ各局がビビリまくり!!

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スターダストプロモーション公式サイトより
「彼女の担当者は頭を抱えていますよ」  そう語るのは芸能プロ関係者だ。  フジテレビ系の月9ドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』に出演中の女優・新木優子が、宗教団体「幸福の科学」の信者であることを「週刊新潮」(新潮社)が報じた。同団体は今年2月、女優の清水富美加の出家騒動で話題になったばかりだ。  新木は小学5年の時にスカウトされ、竹内結子や柴咲コウといった人気女優を抱えるスターダストプロモーション所属。目下売り出し中で、10月スタートのテレビ朝日系連ドラ『重要参考人探偵』に出演することも決定している。  その矢先の宗教報道。無論、この国では「信仰の自由」が保障されているが、所属事務所にとって、このタイミングの報道は大ダメージだ。前出の芸能プロ関係者の話。 「事務所が役者をドラマや映画に出演させるのは、CMを取るため。彼女クラスでも1,500万円程度のギャラは見込めたでしょう。ただし、クライアントは総じて宗教色を嫌う。本人は出家する予定はないそうですが、新潮の報道で宗教色が付いてしまっては、クライアントも手を出しづらい」  面倒なのは、新木のバックに「幸福の科学」グループが控えているのがバレてしまったこと。テレビ関係者が語る。 「清水さんの例でもわかる通り、幸福の科学は芸能人の労働環境の改善を訴えている。少しでも無理強いすれば、教団から怒涛の抗議が来るとも限らない。清水さんの騒動の時もそうでした。ワイドショーで“気に入らない表現”があると、すぐに教団の広報担当者から電話があり『番組中に訂正しなければ訴える!』とまくし立てられたそうです」  こうした話が広まれば、新木の起用にテレビ各局が及び腰になっても仕方がない。将来有望な若手女優が、“大人の事情”で潰されないことを祈るばかりだ。

第2の清水富美加に!? 月9女優・新木優子が「幸福の科学信者」判明で、芸能界から干される?

月9女優・新木優子が幸福の科学信者だったことが発覚 清水富美加のように芸能界から干されるのか?の画像1
スターダストプロモーション公式サイトより
 月9ドラマ『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)に出演中の女優・新木優子が、宗教法人「幸福の科学」の信者であることが、8月31日発売の「週刊新潮」(新潮社)に報じられた。  幸福の科学というと、女優・清水富美加の出家騒動が記憶に新しい。新潮によると、新木は清水の騒動があった頃に、所属するスターダストプロモーションに信者であることを報告。出家などはせず、事務所にも迷惑をかけないということで、事務所サイドも信教の自由を尊重し、了承したという。 「清水のように出家して幸福の科学内の芸能部門所属となると、外部からのオファーはまずありません。しかし、新木の場合は、これまで通り仕事を続けるということです。ただ、起用する側としては、少なからず幸福の科学のイメージがついてしまうので、敬遠してしまうかもしれないですね」(芸能関係者)  そもそも新興宗教を信仰する芸能人は、業界内でどんな扱いをされているのだろうか? 「実際、新興宗教の信者だという芸能人はたくさんいますが、それだけで干されることはあまりありません。ただ、共演者やスタッフを勧誘し始めたらアウト。信教の自由は守られますが、周囲を巻き込むのはルール違反ですね。しかも、巻き込んだ相手が大手事務所のタレントだったら、完全に干されてしまいます」(同)  実際、お笑いライブの楽屋でこんなことがあったという。お笑い業界関係者が語る。 「創価学会に入信しているとあるコンビのボケ担当Xが、楽屋に後輩を集めて勧誘を始めたんですよ。同じく創価学会に入っている大物芸能人の名前を出して、『○○さんも来るから、今度集会に来いよ』みたいな感じで。ところが、芸人の上下関係を使って宗教に勧誘するとは何事だと、Xの先輩芸人がブチ切れ。Xはしばらく干されてしまいました」  しかし、楽屋などの現場ではなく、仕事の後に勧誘されるケースはかなり多いという。 「とある有名芸能人は創価学会員で、頻繁に共演者を飲み会に誘うことで有名。誘われた共演者が、いつの間にか創価学会に入っていたということは珍しくないです。収録現場での勧誘はNGでも、オフの時間までは制約できないですからね。そのあたりは自己責任です」(同)  今回のケースでは、大川隆法総裁による新木の“守護霊インタビュー”が公開されており、その中で新木が信者であることを明言。つまり、総裁が新木の信仰をバラしてしまったというわけだ。 「大川総裁は、有名人信者の存在をできるだけ広めたいと考えているようです。創価学会は芸能人信者が多く、広告塔になっているので、幸福の科学も教団の顔となるような存在がほしいわけです。新木もその候補ということですが、本人としてはひっそり信仰を続けたかったのかもしれないですね。総裁に守護霊を呼び出してもらうことは信者としては最大の栄誉といえますが、芸能人としては微妙なところだと思います」(前出・芸能関係者)  大川総裁から最高のありがた迷惑を食らってしまった新木の芸能活動は、どうなってしまうのだろうか……。

斉藤由貴の不倫釈明会見に「モルモン教」内部から猛反発!「彼女は悪魔の策略に堕ちた状況」

斉藤由貴の不倫釈明会見に「モルモン教」内部から猛反発!「彼女は悪魔の策略に堕ちた状況」の画像1
『ETERNITY』(ヤマハミュージックコミュニケーションズ)
 不倫疑惑が報じられた女優・斉藤由貴の釈明会見は、記者から「話を聞いても納得できない」という声が飛ぶほど不評だった。ネット上でも多くの人が「苦しい言い訳」と見ている。  さらに、彼女が信仰するモルモン教の信者からも「この件でモルモン教が誤解されるので、素直に罪を認めてほしい。それができないのなら、退会を考えるべき」という痛烈な声が上っている。 「モルモン教徒にとってつらいのは、厳しい戒律についてばかり言われてしまうこと。もっと奥深い教義があるのに、こういう報道があるとカルトみたいに誤解されて、新たに入ってくる信者にも影響を与えます。不倫はもちろん大きな罪。でも、もし斉藤さんがちゃんとモルモン教に理解があるなら、罪をごまかすのは一番おかしなことで、過ちを認めるべきなんです」(信仰歴21年の40代女性)  斉藤は50代の医師との“手つなぎデート”のほか、自宅と別に借りているマンションで逢瀬を重ねていたと「週刊文春」(文藝春秋)に報じられた。  しかし、8月3日の夜に開かれた会見では、男性を「ダイエットをサポートしてくれたアドバイザー」として、不倫関係を否定。週4回の密会については「覚えてない」とし、会ったのはあくまで「往診」で、男性が医療用具も持たないで合鍵で別宅マンションに出入りしていることにも「用具はずっと置いてある」と言い張った。  それなのに恋愛感情については否定せず、手を握ったことに「パッと手を出されて、なんとなくつかんでしまった」「好意はあるから、手をつなぐ的なことはあるんだと思います」と回答。さらに、自宅に戻らず、夫との離婚危機を「それはそれでしょうがないなという気持ち」と言う始末。  記者から「一線は越えてない?」と聞かれたが、斉藤は逆ギレ気味にムッとして会見を打ち切り、モルモン教徒であることへの質問も無視して立ち去った。  1980年代のアイドル人気絶頂期、斉藤はモルモン教信者であることを隠さず、「酒、タバコ、コーヒー、お茶などのほか、婚前の性交渉はダメ」とテレビ番組でも公言していたが、その独身時代に尾崎豊、川崎麻世との不倫スキャンダルで、厳しい戒律を破っている。  ただ、前出信者によると「当時の斉藤さんは、ちゃんと罪を認めて謝罪をしています。だから、救ってあげなければならなかった」のだという。 「モルモン教は、キリスト教の聖書のような正典がないので、神よりも教会や幹部の権威が高まって、教義がズレて誤解されてしまった歴史があります。本来は神が人々を救うために信仰があるわけで、人を裁かずに愛することや赦すという教えを説いています。弱い人間を愛し、自らを捧げ十字架にかかったのがキリストであって、重要なのは人が過去の過ちを認め、謝罪すること。斉藤さんがそれをしないのなら、罪人のまま過ごすということになってしまう」(同)  この信者女性によると、モルモン教では新たに入信者に学ばせる「福音の原則」に「娘が純潔を失うなら死体になって帰ることを望め」というような失敗を許さない話があり、厳しい戒律のイメージが広がったのだという。 「かつてモルモン教では、『女性は育児を本業とすべき』と多くの指導者が説いていて、それこそ女性の自立や自由な性交渉なども社会や家族を崩壊させるものと、一部の書物に残されました。でも、先に言ったように、本来は個人と神の問題。女性の生き方も個人的な問題であって、今では夫婦と神との間で決めることとされていますよ。ちゃんと赦しの余地があるんです」(同)  だからこそ、斉藤は罪を素直に認めなければならないというわけだ。  もしこのまま斉藤が言い逃れで終わると、モルモン教の中ではどう受け取られるのか? 「罪を認めない状況は『サタン(悪魔)の策略に堕ちた状況』と解釈されます。不倫自体が悪魔に魅入られて起こったことですから、それが解けていないのです。記者さんの指摘にムッとして会見を終えたのも、悪魔に心を支配されている証拠」(同)  あくまで一信者の解釈ではあるが、世間の冷たい視線ともども、彼女のタレント生活にも悪影響がありそうだ。 (文=片岡亮/NEWSIDER)

清水富美加が幸福の科学イベントで異例の扱い! 将来の幹部候補の“総選挙”出馬は……

清水富美加が幸福の科学イベントで異例の扱い! 将来の幹部候補の総選挙出馬は……の画像1
ARI Production公式サイトより
 女優の清水富美加が2日、宗教法人「幸福の科学」の東京ドーム大会に法名「千眼美子」の名で出演した。約8カ月ぶりの公の場。冒頭で登場し、映画『さらば青春、されど青春。』(来年初夏公開)の主題歌「眠れぬ夜を超えて」を歌唱した。  歌い終わると、清水は感極まった様子で「まずはこの言葉から伝えさせてください。本当にありがとうございます」と第一声。続けて「応援してくださった方のおかげで、今ここに立てていると自覚しております。(映画の)撮影も全力で励んで参りたいと思います」と語った。  教団発表によると、この日の参加者は5万人。そんなビッグイベントのオープニングを飾るのだから、教団の清水に賭ける期待は大きく「間違いなく将来の幹部候補」(教団関係者)という。  12日に開催される徳島の阿波おどり大会にも出演予定で、女優としては「8作品の出演が決まっている」(同)というから驚きだ。  この日のイベントはマスコミにも全面開放され、写真撮影もOK。教団の“力”を内外にアピールすることが狙いだが、一方でこんな声もある。 「この日の参加者5万人は、さすがに盛りすぎ(笑)。実際は半分ほどだったのではないか。一連の出家騒動でも強気の姿勢を崩さなかった教団だが、裏では信者離れが深刻な問題になっている。清水さんを広告塔に抜擢したのは、信者をつなぎ止めたい狙いもある」(スポーツ紙記者)  次期総選挙が迫る中、清水の「幸福実現党」からの出馬も取り沙汰されているが……。 「先日の東京都議選でも、清水さんが幸福実現党候補者の応援演説に現れるかと思ったのですが、本人が『私は女優。政治には絡まない』と拒否したそうです。その姿勢を見る限り、出馬は考えづらいのでは」(同)  教団所属でありながら、清水は“政教分離”を貫いている――。

幸福の科学アイドルが“デート商法”!? 色仕掛けで『大川隆法 IN 東京ドーム』に誘う動画が衝撃!

 新興宗教・幸福の科学の“学生部”から誕生した5人組アイドルグループ・アンジュエルが今月、色仕掛けで教団の集会に誘うような動画を次々と投稿している。  同グループは、昨年12月にYouTube上で18歳から19歳のメンバー5人をお披露目。その後、メンバーの入れ替えはあったものの、これまで4度のファンイベントを行ったほか、デビューシングル「サクライロ、転生」の販売も行った。 「あくまでも教団の“非公式”であることを強調している同グループですが、宗教色を前面に押し出した活動を行っている。1回目のイベントは、ごく普通のアイドルイベントでしたが、周囲からの『アンジュエルに求めているのは、そういうんじゃない』との声に後押しされ、2回目からは、メンバーが幸福の科学の教義を紹介したり、礼拝も行っています。また、会場に幸福実現党のポスターが貼られていたことも。もはや勧誘セミナーと化していますが、ドルヲタも、ほかのアイドルでは味わえない不思議な空間を楽しんでいます」(アイドルファン)  そんなアンジュエルが最近、YouTubeやSNSでしきりに紹介しているのが、8月2日に東京ドームで行われる教団のイベント「大川隆法 IN 東京ドーム」。ここでは、大川総裁の大講演会が行われるほか、昨年、同教団に出家した女優・清水富美加も出演。オープニングアクトとして、歌声を披露するという。  アンジュエルは、18日から順次、メンバーが出演する一人称視点の動画をアップ。たとえば、動画「まななんと、学校で秘密デート」では、メンバーのまななんから授業中に「屋上で待ってるね(はぁと)」と書かれたメモを渡される。屋上で手作り弁当を「あ~ん」と食べさせてもらったり、「好きな人とご飯食べるって、すごいドキドキする」と気があることを匂わせられたのち、最後には手を握られながら「あのね、お願いがあるんだけどぉ」「東京ドームで特別講演会があるのね。天使さんとか、宇宙人とか、みんなすっごくたくさん見に来る特別な講演会があるんだけど、よかったらその特別な時を一緒に過ごしたいなあと思って、一緒に見に来てくれる?」とお願いされるのだ。 「まさに、国民生活センターが注意を促している“デート商法”を思わせる内容。そもそも、アイドル商法自体が宗教の勧誘のようなものですから、そのうち『メンバーに近づきたい』と入信するヲタも現れるのでは?」(同)  教団非公式といえど、幸福の科学出版の雑誌「ザ・リバティ」もたびたび取り上げているアンジュエル。今月4日には、デビュー曲「サクライロ、転生」のPVがYouTube上で公開された。 「ダンスや歌声に初々しさが溢れるメンバーたちですが、サビの振付には、幸福の科学に伝わる秘技『エル・カンターレ ファイト!』を彷彿とさせる五芒星を描く動作も盛り込まれています」(同)  積極的に教団をアピールしているアンジュエル。ファンを「大川隆法 IN 東京ドーム」に誘い込むことはできるだろうか?

幸福の科学アイドルが“デート商法”!? 色仕掛けで『大川隆法 IN 東京ドーム』に誘う動画が衝撃!

 新興宗教・幸福の科学の“学生部”から誕生した5人組アイドルグループ・アンジュエルが今月、色仕掛けで教団の集会に誘うような動画を次々と投稿している。  同グループは、昨年12月にYouTube上で18歳から19歳のメンバー5人をお披露目。その後、メンバーの入れ替えはあったものの、これまで4度のファンイベントを行ったほか、デビューシングル「サクライロ、転生」の販売も行った。 「あくまでも教団の“非公式”であることを強調している同グループですが、宗教色を前面に押し出した活動を行っている。1回目のイベントは、ごく普通のアイドルイベントでしたが、周囲からの『アンジュエルに求めているのは、そういうんじゃない』との声に後押しされ、2回目からは、メンバーが幸福の科学の教義を紹介したり、礼拝も行っています。また、会場に幸福実現党のポスターが貼られていたことも。もはや勧誘セミナーと化していますが、ドルヲタも、ほかのアイドルでは味わえない不思議な空間を楽しんでいます」(アイドルファン)  そんなアンジュエルが最近、YouTubeやSNSでしきりに紹介しているのが、8月2日に東京ドームで行われる教団のイベント「大川隆法 IN 東京ドーム」。ここでは、大川総裁の大講演会が行われるほか、昨年、同教団に出家した女優・清水富美加も出演。オープニングアクトとして、歌声を披露するという。  アンジュエルは、18日から順次、メンバーが出演する一人称視点の動画をアップ。たとえば、動画「まななんと、学校で秘密デート」では、メンバーのまななんから授業中に「屋上で待ってるね(はぁと)」と書かれたメモを渡される。屋上で手作り弁当を「あ~ん」と食べさせてもらったり、「好きな人とご飯食べるって、すごいドキドキする」と気があることを匂わせられたのち、最後には手を握られながら「あのね、お願いがあるんだけどぉ」「東京ドームで特別講演会があるのね。天使さんとか、宇宙人とか、みんなすっごくたくさん見に来る特別な講演会があるんだけど、よかったらその特別な時を一緒に過ごしたいなあと思って、一緒に見に来てくれる?」とお願いされるのだ。 「まさに、国民生活センターが注意を促している“デート商法”を思わせる内容。そもそも、アイドル商法自体が宗教の勧誘のようなものですから、そのうち『メンバーに近づきたい』と入信するヲタも現れるのでは?」(同)  教団非公式といえど、幸福の科学出版の雑誌「ザ・リバティ」もたびたび取り上げているアンジュエル。今月4日には、デビュー曲「サクライロ、転生」のPVがYouTube上で公開された。 「ダンスや歌声に初々しさが溢れるメンバーたちですが、サビの振付には、幸福の科学に伝わる秘技『エル・カンターレ ファイト!』を彷彿とさせる五芒星を描く動作も盛り込まれています」(同)  積極的に教団をアピールしているアンジュエル。ファンを「大川隆法 IN 東京ドーム」に誘い込むことはできるだろうか?