「棚橋弘至にありがとうを言いたい」プロレスキャスター20年目の結論

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『プロレスという生き方 - 平成のリングの主役たち』(中央公論新社)
 今、「新たな黄金時代」と呼ばれるほどのブームを迎えているプロレス。棚橋弘至、オカダカズチカ、内藤哲也といったスター選手を擁する新日本プロレスだけでなく、飯伏幸太を輩出したDDTなどインディー団体も注目を集め、新たなファンを獲得している。  そんなブームの只中に上梓された新書『プロレスという生き方 平成のリングの主役たち』(中公新書ラクレ)は、さまざまなメディアで脚光を浴びるスター選手たち以外にも、女子プロレスラーの里村明衣子やさくらえみ、さらには全日本プロレス名誉レフェリーの和田京平など、不遇の時代からプロレスを愛し、支え続けてきた人々にもスポットライトを当て、発売3日で増刷が決まるほどの話題となった。  著者は、プロレス・格闘技専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」のキャスターを20年に渡って務める、アナウンサーの三田佐代子さん。今も年間120試合以上を取材する中で触れた彼ら/彼女たちのリング内外の言葉を紡ぎながら、“プロレスキャスター三田佐代子”にしか描けない、「平成のリングの主役たち」の真の姿を活写した。  そこで今回は、業界の中から選手や関係者の奮闘を見続けてきた三田さんに、同書の反響と、現在のプロレスがなぜ活況を呈しているのか聞いた。 ■10年に1度の瞬間がパッケージされている ――『プロレスという生き方』はすごくタイムリーな本ですよね。三田さんが目撃してきた各選手の生き様が描かれているだけでなく、中邑真輔選手の新日本退団とWWE参戦、さらに飯伏幸太選手のDDT及び新日本プロレス退団と「飯伏プロレス研究所」の設立という、今年のプロレス界に激震が走ったニュースまで書き込まれています。  この2人はいわば、今のプロレス人気を象徴するスター。そんな選手の次の一歩まで書ききったことで、「このタイミングでプロレスブームを振り返ってみた」という一種の区切りを意図された印象を受けました。 三田 よく言われるんですけど、まったくの偶然なんです。中央公論さんからオファーをもらったのは2年前のことですから、本当はもっと早く出ているはずでした。単純に書き直しているうちに2016年に入って大きな出来事が次々と起こってしまい、「こういうタイミングは10年に1度もない。絶対に中邑選手と飯伏選手のことは入れなきゃ!」とお願いして、このニュースを滑りこませたわけなんです。  もちろん、今も内藤哲也選手の大変身とか、入れたいことはもっともっとあるんですけど、さすがにこれ以上は……と踏ん切りをつけて5月に出しました。でも、そのおかげでプロレスファンの方からは、「激動の瞬間がパッケージされている本ですよね」と言っていただき、このタイミングで良かったと思っています。 ――三田さんが今につながるプロレスブームの兆しを感じたのは、いつ頃でしたか? 三田 それこそサイゾーさんのような、専門誌以外の一般のメディアから、「プロレスが今、面白いらしいので話を聞かせてくれませんか?」となったのは、2014年が最初だったと思います。棚橋選手や中邑選手といったキラキラした選手に女性ファンが熱狂しているのを見て、「かつてのプロレスと違うぞ」という印象が広まった頃でした。 ――プロレスブームを牽引しただけあって、ここ数年の新日本は本当に選手がそろっていました。 三田 そうそう! ブームと言われてからの2年間、私たちは本当にいいものを見せてもらっていたんだなと思います。それが今年に入って中邑、飯伏、さらにAJスタイルズ(BULLET CLUBに所属していた外国人スター選手)までいなくなって、さすがに「新日本はこれからどうなっちゃうんだろう!?」と思いました。 ――でも彼らと入れ替わるように、この春からは内藤選手の人気が爆発して。 三田 (内藤がIWGPヘビー級王座になった)4・10の両国はびっくりしましたよね。もともと正統派だったのに、今ではすっかりヒールになって大暴れ。それでもお客さんから支持された。  GK金沢克彦さん(プロレス・格闘技雑誌『ゴング』元編集長)も、「内藤があんなにウケるなんて歴史が変わった気がした」と仰っていたように、スター選手がいなくなっても次が誕生する。こうやってプロレスのバトンは渡されてきたんだなって実感しました。だから、今から新しい本を書くとしたら、まったく違うものになるはずです。 ■泣く泣く載せられなかった選手とは? ――『プロレスという生き方』はメジャー、インディー、女子の選手だけでなく、DDTの高木三四郎社長や全日本の和田京平レフェリー、さらにはリング設営やグッズ販売まで手掛ける若手レスラーに密着したりと、専門誌でもなかなか取り上げられることのない裏方の人々まで網羅しています。この人選はどのように? 三田 「最近、プロレスが面白いよ」って話を私が書くのであれば、プロレス専門チャンネルのキャスターとして、インディーからメジャーから女子から広く取材してきたので、その立場は活かしたいなと思っていました。 ――イケメンやスーパーマンだけじゃないプロレスの幅の広さというか。 三田 そうですね。そのうえで、ブームの立役者である棚橋弘至選手は入れたいとか、私がずっと魅了されてきた飯伏幸太選手は入れたいとかあって。ただ飯伏選手を入れるのであれば、彼を育ててきたDDTの高木三四郎社長も入れたいって考えながら選んでいきました。 ――泣く泣く載せられなかった方も? 三田 それはもうたくさん! 特に入れたかったのは、プロレスを辞めていった人たちです。愛川ゆず季さんであったり、小橋建太さんであったり、あとは辞めて戻ってきた方として、DDTのスーパー・ササダンゴ・マシン選手であったり。ただ、どうしても入れたい人が次々と浮かんできてまとまらないので、「最初の本だから、まずは今頑張っている人を載せよう」ということで、その方々は泣く泣く入れられなかったですね。 ――では、続編の構想はすでにある? 三田 この本が売れたら(笑)。もし第二弾があれば、苦しい時代に頑張ってきた永田裕志選手たちといった「第三世代」(新日本で90年代初頭にデビューした選手たち)のエピソードもぜひ入れたい。地方の団体もまだまだ取り上げたいし、女子プロレスも掘り下げたい。書きたいことはたくさんあります。
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■高田vsヒクソンからすべては始まった ――しかし、『プロレスという生き方』というタイトルがいいですよね。読めば「プロレスラーという生き方」ではないところに、非常に納得がいきます。 三田 ありがとうございます。考えたのは、編集の方なんですけど(笑)。 ――古いプロレスファンはよく、「プロレス道とは何か」みたいな言い方をしますよね。プロレスは単なるプロスポーツじゃなくて「道」、つまり生き方が問われているのだと。その意味でも、トップ選手から裏方まで網羅した人選は、「プロレス道を体現している人たち」として、かなり考えられていると思いました。 三田 そこは自分でも意識していなかったところですけど、確かに、ただ単に「プロレスラーの魅力を紹介する本」とは考えていませんでしたね。棚橋選手の言葉で、「ファンやマスコミの方も含めてプロレス界なんですよ」というのがあって。これは本当にそうだなと思います。  プロレスというものに触れて人生が変わったり、日々が楽しくなったりした人って、いっぱいいると思うんです。それは私のようなマスコミの人も含めて。そう考えると、プロレスはもちろんプロレスラーのものではあるんですけど、プロレスラー“だけ”のものでもないんですよね。 ――あと、「プロレス道」という視点を強く感じたのは、この本の1行目が1997年の「高田延彦VSヒクソン・グレイシー」(PRIDEの第1回大会)で始まるところなんですよ。「プロレスラー最強」と評されていた高田がヒクソンに負けたことで、この1戦から「プロレスの不遇時代」と「総合格闘技の大ブレイク」が始まったわけじゃないですか。  実は、浅草キッドさんも『お笑い 男の星座』の書き出しを「高田vsヒクソン」から初めているんですね(正確にはリベンジマッチとなった1年後の試合。ただし、プロレスファンに与えたショックという意味では、三田さんと同じ意図で記されている)。 三田 なるほど、それは存じ上げなかったのですが書き出しをPRIDE.1にするってことは、かなり前に決めていました。 ――この前年にプロレス番組のキャスターになった三田さんは、もともとプロレスに興味がなかった。でも高田の敗戦にショックを受けていることに気づいたとき、「プロレスキャスターという仕事を続けていく覚悟ができた」と書かれています。三田さん個人にとっても、それだけ重要な1戦だった。ただ、それでも「最近のプロレスブーム入門書」という意図で書かれた本であれば、この導入にはならないと思うんです。 三田 わかります。新しい今のプロレスファンからしたら、「これって何の話?」「高田延彦ってすごい人なの?」となってもおかしくないですからね。私も「入門書」の書き出しとしては異質だと思います。でも、あの1戦から20年にわたるプロレスの困難が始まり、自分自身のキャリアも始まっている。だから、この書き出ししかないと思っていました。 ■なぜオカダカズチカが入っていないのか? ――プロレス道の体現者が敗れたことで、業界全体の衰退が始まり、世の中は総合格闘技に熱狂していった。しかし三田さんは、逆境の只中でも、「それでもプロレスが一番すごいんだ」と覚悟を決めて立て直してきた人たちに寄り添ってきた。そんな彼らのリングの内外における姿を三田さんが描いたことで、この本にはその歴史が記されている。 三田 本当にプロレスがやりたいんだけど、時代の流れもあってプロレスに専念できず総合格闘技への参戦を余儀なくされた「第三世代」の人たちがいて、さらにプロレスに専念できない環境が嫌だから新日本を辞めていった武藤敬司さんたちがいて。一方で、新日に残された若手である棚橋選手は、実直にプロレスをやっていくことを選んだ。(※筆者注:棚橋はもともと武藤敬司の付き人であり、全日本への移籍を断った経緯がある)  総合格闘技に人気で押されていく中でも、みんながそれぞれの立場で、「プロレスはなくなってないですよ。格闘技がブームですけど、プロレスだって面白んですよ」ということをアピールしてきた。その歩みが20年という時間に詰まっています。  女子プロレスでも里村明衣子さんとか、さくらえみさんとか、それぞれの方法で、実直にプロレスの面白さを広めてきた人たちが、結果として今も残っている。そんなプロレスラーのみなさんが歩んできた20年間の「道」をちゃんと遺しておきたいというのは、この本を書くにあたって確かにありました。 ――そんな「20年間の歩みの体現者たち」という意味での人選だから、この本に新日本のエースであるオカダ・カズチカが入っていないのかなと思ったんです。今のファンは「なんでオカダが入っていないの?」と思うかもしれないけど、「高田vsヒクソンの衝撃をいかに乗り越えてきたか?」という歩みの本として捉えたら、すごく納得できます。 三田 オカダ選手も今だったら書けると思うんですけど、執筆を始めた頃は、「彼に何かを背負わせることをしていいのか?」という迷いがあって。非常に特殊な経歴の方で、今どき中学校を出ていきなりプロレス界に飛び込み、しかもデビューはメキシコ。日本のプロレス界から隔離されていたところを、その才能を獣神サンダーライガー選手に認められて新日本に入った。  そんなとても面白い方ではあるんですけど、書き始めたときって、まだ「レインメーカー」というキャラクターが全面に出ていて、そういう素の部分をどこまで書いていいのかわからなかったんです。でも、先輩の中邑真輔選手が退団してからは、言動からも「自分が新日本を背負うんだ」という覚悟が見えて、プロレスラーとしてだけじゃなく、人としてもすごく魅力を感じます。
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■プロレス原体験は「同級生の下敷きにUWF」 ――少しご本人のことも聞きたいのですが、三田さんはプロレスの黄金期に青春を過ごされた世代ですよね。プロレス原体験をあげるとしたら、何になりますか? 三田 いや、本にも書いたように、キャスターの仕事で観に行くまで、どこにも原体験がないんですよ。姉妹の誰も興味がなかったですし、父が家でプロレス番組を観ているなんてこともなかった。タイガーマスクやアントニオ猪木さんが大活躍していた時代だから、接点があってもよさそうなものですけど……あ! 急に思い出しました!  私が高校生のとき、女子はみんな下敷きに好きなアイドルの写真とか挟んだりしていたんですよ。でも、クラスに一人だけ写真がアイドルやミュージシャンじゃない子がいて。彼女が下敷きに挟んでいたのは、前田日明や高田延彦の写真だったんです! ――UWFじゃないですか! 三田 そうそう。アメリカに留学経験があって、クラスでも一際ませていた子だったんですけど、私に写真を見せながら、「UWF最強」「前田は超セクシー」とか言っていたのを急に思い出しました(笑)。しかも写真は黒いリングパンツ一丁のなんですよ。  私はUWFどころかプロレスにも興味がなかったから、「何これ!? なんでパンツ姿の男の写真を持ち歩いているの!?」とびっくりして。これが私のプロレス原体験です(笑)。 ――その原体験って、ちゃんと本につながっていますよね? 三田 つながってますか!? ――女子高生すらあこがれるプロレスラーがいて、全国的な人気とカリスマ性があった。でも三田さんのプロレス人生は、その高田延彦が敗れるところから始まっている。青春時代に前田や高田に入れ込んでいなかったからこそ、あの敗戦をきっかけに多くのプロレスファンが総合格闘技に流れていった中でも、「プロレスって面白い!」とのめり込んでいけた。全部つながっているじゃないですか! 三田 そういえば、週刊プロレスの元編集長だった佐久間一彦さんに、この本を渡したときも似たようなことを言われました。「三田さんは入り口がファンじゃなくて、仕事だったのが良かったんでしょうね」って。子供の頃から「プロレス大好き、UWF大好き!」だったら、どうしてもそこばっかりに注目していただろうし、ダメになったときは、「私の愛した団体はこうじゃない!」となっていたと思うんです。 ――青春を背負ってしまうとこだわりが出ますからね。 三田 私はクラスメートの下敷きしか予備知識がないところからのスタートだから、全団体に分け隔てなくハマることができたんだと思います。そう考えると、ちゃんとつながっていますね。彼女に本を届けたくなりました(笑)。 ■「三田さんって、棚橋選手のこと好き?」 ――だからやっぱり、この本は三田さん自身のプロレス観を開陳する、いわゆる「活字プロレス」とはまったく違いますよね。あくまでも、三田さんが目撃した「プロレスを担う人たち」の姿を紹介する本になっている。 三田 そうですね。私に活字プロレスはやれないです。 ――ただ、その中でも唯一、本の最後にある棚橋選手の章だけは、ちょっと文章の熱量が違うなって思ったんですよ。ほかのプロレスラーは「この人はこんなにすごい!」という紹介の仕方なのに、棚橋選手だけは、メディアに見せない苦悩の姿に焦点を当てるような文章になっています。これはなぜですか? 三田 読んだ人はみんな、「この本はどうして中邑で始まり棚橋で終わるんですか?」って聞くんですよ。でも実は、もともと棚橋選手の章が最初になるはずだったんです。だって普通、この20年間のプロレスの立役者といったら、「まずは棚橋だよね」って思うじゃないですか。それで私も棚橋選手の章から書き始めたんですけど、結果としては全部書き直すことになって。  書き始めた当時は、ちょうど棚橋選手がメディアにいっぱい露出している時期で、雑誌の表紙もやる、自身の本も出す、テレビにもプロレス代表として取り上げられるっていうタイミングでした。それを日常的に目にしていたら、メディアでの取り上げられ方に私が引きずられてしまった。最初の原稿を読んだ担当編集から、「三田さんって、棚橋選手のこと好き?」と言われるような内容になっていたんです。 ――明るく楽しいみんなのエースというか。 三田 そうですね、全く目新しさのない感じになっていました。それで棚橋選手の章は後回しにしていたら、本にも書いたように、ちょうどDDTとの一連の「事件」が起こって。 ――昨年の8・23 DDT両国大会に端を発した遺恨ですね。棚橋選手がDDTのエースであるHARASHIMA選手と対決した後に、「全団体を横一列で見てもらったら困るんだよ!」と発言したことで、両団体の間にわだかまりが残りました。 三田 あれを聞いたとき、これは絶対に何か理由があるはずだと思ったんです。誰よりも「みんなのエース」として頑張ってきた人だからこそ、何も考えなしに言うはずがない。そこを掘り下げてみることで、これまでとは違う棚橋弘至が書けるかもしれないと思いました。
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■棚橋弘至というプロレス界の「長男」 ――その果てに三田さんが描いた棚橋選手の姿からは、プロレス界を背負ってきた責任感だけでなく、自分の思うままに振る舞えなかった苦渋のようなものすら感じさせます。 三田 この本のために棚橋選手をインタビューしたとき、「自分はプロレスを立て直すために、自分がやりたいことではなくて、時代が求めていることをやってきたんです」と言われたんですね。当時はそれほど印象に残っていなかったんですけど、あらためてその発言を読み直したら、「あ! これなんだ!」と気が付いて。  DDTのこともそうですし、同期である柴田勝頼選手が新日本に帰ってきたときも、棚橋選手はずっと反発し続けていました。その理由を考えていったら、やっぱり、「オレは新日本プロレスを復活させるために、いろんなものを捨ててきた」ってことではないかと思ったんです。 ――「実家の商売を継ぐために、好きなことができなかった長男」みたいな哀愁がありますよね。 三田 まさに棚橋選手は東スポの取材で自分を「長男坊」だと言っていますよね。「『実家』を守るのは僕」だと。だから柴田選手も対立の果てに、最後は「新日本を守ってくれてありがとう」と棚橋選手に言ったように、私が本の中で伝えなきゃいけないと思ったのは、棚橋選手のありがたみです。  本人は「自分は疲れてもいないし、ずっと元気ですよ」って言うから、あんまり哀愁を背負わせてもいけないんですけど、マスコミもファンもほかの選手も、みんな棚橋選手に「ありがとう」って言いたいんですよ。 ■「初めて棚橋選手のことが理解できました」 ――棚橋選手は今でこそ怪我によって初めての休養に入っているわけですけど、それまでどれだけ体調が悪くても表には出さずに、ずっと「長男の責任感」で前に立ち続けてきた。その偉大さが三田さんの描写でよくわかりました。 三田 この本を読んだDDTファンの方からも、「初めて棚橋選手のことが理解できました」と言ってもらえて、そこは本当に、「ああ、本を出して良かった」と思いましたね。 ――だから中邑真輔や飯伏幸太といったキラキラしたスター選手から本が始まるんですけど、読後感としては、「棚橋弘至はやっぱりすごいな」っていう。 三田 それはうれしいですね。うん、そう思ってもらえることが、一番いいと思います。 ――この棚橋選手の書き方をとってみても、『プロレスという生き方』は、「プロレス・スーパースター列伝」ではないですよね。「プロレス道とは何か?」という究極の謎を追求している本ですよ。 三田 しかも、「プロレス道」へのこだわりをもっとも感じさせるのが棚橋選手なんですよね。でも本人はそれを言わないじゃないですか。だから、あのイマドキ風の見た目にダマされちゃいけないなって、つくづく思いました(笑)。 ――では、三田さんにとって、「棚橋選手が報われた」と感じられる日が来るとしたら、どんなときでしょう? 三田 ご本人の願望はわからないですけど、このプロレスブームが来たことで、誰よりも喜んでいるのは棚橋選手でしょう。そして、棚橋選手が今のプロレス人気を支えてきたことは、プロレスが好きなすべての人たちがわかっている。「あなたのおかげです、ありがとう」と棚橋選手が言われる時代が来て、本当に良かったと思います。 (構成/小山田裕哉) ●三田佐代子(みた・さよこ) 神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業後、テレビ静岡にアナウンサーとして入社。報道・スポーツ・バラエティーなど多方面で活躍した後、同局を退社し古舘プロジェクトに所属。以降はプロレス格闘技専門チャンネル「FIGHTING TV サムライ」のキャスターとして、現在も年間120試合以上を取材する。『プロレスという生き方』(中公新書ラクレ)は初の著書。

加藤紗里がFMW・大仁田厚を挑発で“プロレス進出”宣言も「オファー受けた」は大ウソ!

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『加藤紗里×加納典明 加藤紗里写真集』(双葉社)
 芸人・狩野英孝との交際で話題を集めたタレント・加藤紗里が、写真集『加藤紗里×加納典明 加藤紗里写真集』(双葉社)を6月20日に発売した。  加藤といえば、狩野との交際発覚当初こそ、一気に注目を集め、テレビ番組に頻繁に登場していたが、ここ最近はサッパリ。毎週のように出演していた日曜朝の情報番組『サンデー・ジャポン』(TBS系)でさえ、オファーはパッタリ止まってしまった。  もはや、忘れ去られそうな感がある加藤だけに、このタイミングでの写真集発売は、いささか「時すでに遅し」の印象を拭えない。  その加藤が、写真集発売日の翌日、「超戦闘プロレスFMW」の東京・後楽園ホール大会に姿を現して、周囲を驚かせた。加藤は本部席に陣取り、興行開始前にリングアナウンサーから紹介を受けてあいさつ。観客の写真撮影にも気軽に応じ、写真集のプロモーションに励んだ。  第1、第2試合を観戦した加藤は、「やってみたい」とプロレス参戦に興味を示し、同団体の看板選手・大仁田厚に対しては、「芸能リポーターの方ですよね?」との挑発発言を残し、会場を後にした。  芸能界では“需要”がなくなりつつある加藤だけに、食いぶちを求めて、他の業界にも目を向けるようになったのは自然の流れ。ただ、それがプロレス界となると、少々突飛すぎるが、なぜこんなことになったのか? 「本人は『団体(FMW)側からオファーを受けたから来場した』と言っていますが、実際には逆。加藤サイドは、つてを頼って、某スポーツ紙に仲介を依頼したようです。この団体には元参議院議員で、一般的な知名度も抜群の大仁田がいますから、その知名度に乗っかって、売名、写真集の宣伝をしたかったのです。団体側は加藤が来場するストーリー作りのため、20日に行われた出版記者会見にプロレスラーを派遣する案まで出していたらしいです。ところが、加藤側が大仁田と絡むことを要望したのに対し、団体側が難色を示し、一時は来場も立ち消えになりかけました。最終的には団体側が譲歩して、“宣伝の場”を設けることで落着したようです。加藤側の目的は売名で、団体側は、それに協力しただけですから、この団体でプロレス参戦なんてことは現状考えられないでしょう」(スポーツ紙記者)  Amazonで、加藤の写真集は「アダルト」に分類されており、「アダルト写真集」売れ筋ランキングで2位(24日0時現在)に入るなど、エロ写真集としては健闘しているもよう。ただ、購入者のレビューを見ると、「買うだけ損。典明が撮るから大胆なのを期待したけど……」「購買者をバカにしてる。今までで史上最悪の写真集。定価で買ったら大損」「内容はいかさまで、ぼったくり写真集」などと酷評されまくりで、この先の“伸び”はあまり期待できないかもしれない。  プロレス界でも売名を試みた加藤だが、そのもくろみ通り、写真集がヒットするかは、はなはだ疑問だ。 (文=高田三郎)

加藤紗里がFMW・大仁田厚を挑発で“プロレス進出”宣言も「オファー受けた」は大ウソ!

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『加藤紗里×加納典明 加藤紗里写真集』(双葉社)
 芸人・狩野英孝との交際で話題を集めたタレント・加藤紗里が、写真集『加藤紗里×加納典明 加藤紗里写真集』(双葉社)を6月20日に発売した。  加藤といえば、狩野との交際発覚当初こそ、一気に注目を集め、テレビ番組に頻繁に登場していたが、ここ最近はサッパリ。毎週のように出演していた日曜朝の情報番組『サンデー・ジャポン』(TBS系)でさえ、オファーはパッタリ止まってしまった。  もはや、忘れ去られそうな感がある加藤だけに、このタイミングでの写真集発売は、いささか「時すでに遅し」の印象を拭えない。  その加藤が、写真集発売日の翌日、「超戦闘プロレスFMW」の東京・後楽園ホール大会に姿を現して、周囲を驚かせた。加藤は本部席に陣取り、興行開始前にリングアナウンサーから紹介を受けてあいさつ。観客の写真撮影にも気軽に応じ、写真集のプロモーションに励んだ。  第1、第2試合を観戦した加藤は、「やってみたい」とプロレス参戦に興味を示し、同団体の看板選手・大仁田厚に対しては、「芸能リポーターの方ですよね?」との挑発発言を残し、会場を後にした。  芸能界では“需要”がなくなりつつある加藤だけに、食いぶちを求めて、他の業界にも目を向けるようになったのは自然の流れ。ただ、それがプロレス界となると、少々突飛すぎるが、なぜこんなことになったのか? 「本人は『団体(FMW)側からオファーを受けたから来場した』と言っていますが、実際には逆。加藤サイドは、つてを頼って、某スポーツ紙に仲介を依頼したようです。この団体には元参議院議員で、一般的な知名度も抜群の大仁田がいますから、その知名度に乗っかって、売名、写真集の宣伝をしたかったのです。団体側は加藤が来場するストーリー作りのため、20日に行われた出版記者会見にプロレスラーを派遣する案まで出していたらしいです。ところが、加藤側が大仁田と絡むことを要望したのに対し、団体側が難色を示し、一時は来場も立ち消えになりかけました。最終的には団体側が譲歩して、“宣伝の場”を設けることで落着したようです。加藤側の目的は売名で、団体側は、それに協力しただけですから、この団体でプロレス参戦なんてことは現状考えられないでしょう」(スポーツ紙記者)  Amazonで、加藤の写真集は「アダルト」に分類されており、「アダルト写真集」売れ筋ランキングで2位(24日0時現在)に入るなど、エロ写真集としては健闘しているもよう。ただ、購入者のレビューを見ると、「買うだけ損。典明が撮るから大胆なのを期待したけど……」「購買者をバカにしてる。今までで史上最悪の写真集。定価で買ったら大損」「内容はいかさまで、ぼったくり写真集」などと酷評されまくりで、この先の“伸び”はあまり期待できないかもしれない。  プロレス界でも売名を試みた加藤だが、そのもくろみ通り、写真集がヒットするかは、はなはだ疑問だ。 (文=高田三郎)

“引退騒動”で好感度急落のモデルボクサー高野人母美「立ち位置が中途半端で……」

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高野人母美
 茶番劇とまでいわれた引退騒動に批判が集まっていたが、メディアの注目度も急落しているようだ。ジムに無断で引退発表し、後に撤回した女子ボクサーでモデルの高野人母美(協栄)が6月12日、24日公開の米映画『ダーク・プレイス』の試写会にゲスト出演。現場のスポーツ紙記者からは「好感度が下がったのは否定できない」という厳しい声が上がっていた。  高野はセミヌード写真集も出すモデルボクサーとして知名度を上げたが、昨年11月、世界初挑戦の試合でアルゼンチンのチャンピオン相手にいいところなしの4回KO負けで惨敗。6月6日の再起戦が決まったが、これに向けた5月の記者会見で突然「ボクシングが好きじゃなくなった。誰かに指示されてやるのは嫌。今回の試合でボクシング界から去る」と笑顔で引退宣言。しかし、この発表はジムも芸能プロも把握してないもので、当日不在だった所属ジムの金平桂一郎会長は試合を中止する事態となった。  しかし、高野は27日になって、あっさり引退を撤回、興行当日はエキシビションマッチを行った。これには世間から「注目を集めるための炎上商法」との批判的な見方が噴出していた。  この日の試写会で高野は、映画の主人公を演じる人気女優シャーリーズ・セロンに扮した金髪のカツラをつけて登場した。本イベントは28年前に起こった一家殺人事件の真相を追う映画 『ダーク・プレイス』にかけて、高野にも“ダークな真相”を語ってもらうという内容のもの。引退騒動の真相に迫る質問も飛び交った。また、司会者に不倫をどう思うか聞かれ、「人のものを奪うのはダメだと親から教えられたので」と無難に答えるトークでは盛り上がりに欠けたまま、司会者にパンチを打ちこむ、いつものパフォーマンス。この日は高野の誕生日だったが、これに関しても「朝4時30分に起きて、高尾山に登ってきました。唐突に登りたくなって川でも泳いできました」という何をPRしたいのかわからない話が続いた。記者には「質問にNG事項なし」と無制限だったが、記者の方も今さら高野に何を聞いてよいかわからない空気があった。  そこで思いきって「対戦相手が負け越している選手ばかりではないか」という厳しい質問をしてみた。高野は8勝2敗の戦績で、勝利した相手が一様に「0勝2敗」など勝ち越している有力選手がひとりもいなかったからだ。これに高野は「どの選手が弱かったかわからないので、それより自分のモチべーションを上げるため、世界レベルのスパーリング相手を探して練習したりすることも考えていきたい」と答えた。  ただ、金平会長に「きちんと練習しなさい」と言われたことには「腰を痛めたので水泳をやっています」と、いまだボクシングの本格練習をしていないことを打ち明ける始末。モデルとの兼業をしているのに「恋愛をするとボクシングに身が入らない。2つのことをできるタイプじゃない」と矛盾した話もしており、スポーツ紙の記者は「立ち位置が中途半端。本来の映画の宣伝に一役買ったかどうかも怪しい」とバッサリ。 「たとえトークがつまらなくても、ボクサーとして頑張っていれば応援する人も増える。唯一の売りがあったのに、そのボクシングに対してのやる気のなさが透けてしまったのは致命的ですね」(同)  美人ボクサーとして売り出されたはいいが、余計な騒動で好感度が下がり、タレントとしてもボクサーとしても微妙なキャラになってしまった高野。一連の騒動が炎上商法だったのかどうかはわからないが、世界戦の敗北より大きなイメージダウンになったのは確かなようだ。これを挽回するには、試合で魅せるしかないと思えるのだが。  映画『ダーク・プレイス』は6月24日(金)より、TOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー。 (文=ハイセーヤスダ/NEWSIDER Tokyo)

引退騒動は出来レース? RIZINの引き抜き工作? “モデルボクサー”高野人母美、うさんくささの正体

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“モデルボクサー”高野人母美(28)の引退騒動に「出来レース説」が浮上している。  高野が6月6日に行われる試合の発表会見で突如、引退を宣言し、これに激怒した所属・協栄ジムの金平桂一郎会長が試合中止としたが、その後は両者が和解。5月27日の記者会見では高野のエキシビションマッチ出場が発表され、結局は一連の騒動がこの興行への注目を集めただけというものになった。  これにはファンから「炎上商法だ」「茶番すぎる」としてヤラセ疑惑が持ち上がっていて、あるボクシングライターも「かなりうさんくさい騒動」とバッサリ。 「亀田兄弟とのトラブルでもマスコミに出まくっていた通り、金平会長は出たがりなタイプ。それが、会長不在で記者発表していたこと自体が不自然だったんですよ」(同)  その会見というのは18日、女子の世界タイトルマッチをメインイベントにした興行で、高野が6回戦で韓国選手と対戦する発表だった。会長は出張で不在という中、高野は「指図されるのが嫌で、ボクシングをやりたくなくなった。勝っても負けても今回の試合でラストにしたい。昨夜、会長がいないと聞いて、言おうと思った」と、ジムに無断で引退宣言。その場にはジムの指導スタッフや芸能活動の事務所関係者もいたが、彼らも一様に「寝耳に水」だとした。  これがスポーツ紙などで報じられた直後、金平会長はTwitterで「中止を決定しました」「ボクシングが嫌だという選手をリングに上げる訳には行きません」とつぶやいたが、前出ライターは「Twitterというのが、いかにもパフォーマンス。本来ならプレスリリースを出すべきもの」と演出疑惑を指摘。 「最初の会見で突然の引退宣言をしているのに、スタッフや事務所の人間たちがまったく緊張感のない様子だったんですよ。少なくとも私の目には『この人たちは事前に知っていたな』というふうに見えましたね」(同)  高野は8勝2敗の東洋太平洋のチャンピオンで、昨年11月の世界初挑戦では、まったくいいところなく4ラウンドKOで敗れ、今回は再起戦だった。だが、ライターに言わせると「その実力はもともとかなり“ヨイショ”されたもの」だという。 「8度の勝利すべて、対戦相手は0勝3敗とか黒星のほうが多い選手で、これは亀田兄弟を売り出したときとまったく同じ“かませ犬”相手のもの。東洋太平洋の王座だって、9勝12敗のひどい戦績の選手との決定戦で勝っただけで、チャンピオンから奪ったものですらないのです。要するに、モデル兼ボクサーという肩書で売っているタレントの売名でしかなく、ジムでの練習も驚くほど短時間。試合前なのにイベント出演ばかりやっていて、先日まで10月公開の映画の収録をしていたほど。ただ、この客寄せパンダはボクシングファンにはまったく人気がなく、思ったほど集客できていません。世界戦にあっさり負けて実力がないことも露呈してしまったので、今回のようなトラブルを売りにした話題作りをするしかなくなってます。狙い通り、当日は世界戦よりエキシビションマッチの方が注目されるでしょうね」(同)  これがシナリオ通りの茶番だったかはわからない。逆に「ガチのトラブルだった」とするのが週刊実話(日本ジャーナル出版)の記者で、27日の記者会見では「他競技に出るというウワサがあるが?」と質問。金平会長は「聞いたことがない」とこれを一蹴したが、この記者によると「総合格闘技のRIZIN関係者が、高野の引き抜きを模索していた」というのだ。
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「RIZINでは、総合格闘技に転向した同じウェイトのキックボクサー・RENAが売り出されていて、フジテレビ関係者のアイデアで高野との美女対決が企画されたんです。RIZINは昨年末、旧PRIDEを新装開店させた団体ですが、集客に苦しんで一部で報酬の未払いが発生したほど。プロデビューした元大相撲の把瑠都も第2戦の条件交渉が難航していて、話題性のあるマッチメイクに必死なんです。ただ、プロボクサーは規定で他競技に出られない上、協栄ジムはTBSと契約しているため、高野を起用するならボクシングを引退させるしかなかった。今回の騒動、ひょっとするとそうした話が背景にあった可能性があるんです」(同)  実際、RIZIN女子部門の立ち上げに力を注ぐ高田延彦統括本部長は「RENAに挑戦したい“ツヨカワ”系格闘家はわんさかといる」としており、モデルボクサーの高野はまさにうってつけではある。 「高野獲得に動いたのは、その高田さんがかわいがっている総合格闘技ジムの元選手と聞きました。ただ、ボクシングの世界で“お嬢様育ち”だった高野が、本格派のスター選手RENAにかなうわけがなく、出場しても恥をかくだけ。金平会長も、そこのあたり説得材料にしたのでは」(同)  この件について、高野所属の芸能事務所に聞いたところ「格闘技については協栄ジムの専権事項ですから」とノーコメントだったが、いずれにせよ、この騒動のおかげで引退撤回の会見に集まった報道陣は、引退発表時をはるかに上回る40人以上。  その中身は、金平会長が高野に「ジムに顔を出し、普通のボクサーが普通にやっていることをやりなさい」と、まるでデビュー前の新人に言うような話をするお粗末なものだったが、おかげで高野の注目度が高まったのは確かだ。RIZIN出場の可能性は限りなくゼロに近くなったが、ジムも高野も内心「してやったり」なのではないか。 (文=ハイセーヤスダ/NEWSIDER Tokyo)

関東連合も参戦!? 執行猶予判決後の清原和博被告“争奪戦”の行方「格闘技のリングに上げたい」

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 初公判が終わった元プロ野球選手・清原和博被告をめぐり、水面下で争奪戦が繰り広げられている。  同被告は覚せい剤取締法違反(所持、使用、譲り受け)の罪で起訴され、17日に懲役2年6月を求刑された。31日の判決公判では執行猶予が濃厚とみられ、それが終われば、比較的自由に活動することが可能になる。  そんな中、2つのグループが“清原利権”をめぐり争っているという。舞台裏を知る人物の話。 「ひとつは逮捕前から支援していたグループで、逮捕後も面倒を見ている。彼らのバックにはレジャー産業大手の有力者や芸能プロ社長がいて、資金的な援助も行っているようだ」  だが、ここに別のグループが“参戦”。中心人物は、同被告が3月に保釈され、千葉県の病院に入院した際、報道陣に焼き肉弁当を配った男性Xだ。 「清原被告との付き合いは浅いが、ウマが合うのか、いま最も食い込んでいるといわれる。ただ、Xの周辺には、過去に薬物関係の事件で逮捕された人物もおり、彼らに主導権を握られるのを心配している人も多い」(同)  X一派が欲しいのは、清原被告のマネジメント権にほかならない。逮捕されたとはいえ、球界のスーパースター。何かしらの方法で「金になる」と踏んでいるようだ。  別の関係者によると「最近は、X一派に関東連合筋も絡んできている。その中のひとりであるYは、ボクシングや地下格闘技に顔が利く。最終的には、清原被告をリングに上げたいようだ」という。  前出の支援者グループの中にも格闘技のプロモーターがいるため、話がこじれれば、今後興行をめぐって両グループがモメにモメる可能性もある。 「大事なのは清原被告本人の意思ですが、今の彼は薬物治療の副作用で精神的に参っている。思考が停止しているため、口車に乗せられ、知らぬ間に取り返しのつかない方向に行ってしまうかもしれない」(同)  初公判で証人出廷した“ハマの大魔神”こと佐々木主浩氏は同被告の更生をサポートすると宣言しているが、スポーツ紙記者いわく「半信半疑。彼の性格からいって、自分にも火の粉が飛んできそうなときはフェードアウトするだろう」。法廷で涙ながらに再起を誓った清原被告だが、前途は多難だ。

元祖“ゲス不倫”発覚も、無名すぎてスルーされていた新日本プロレス新エースの悲哀

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新日本プロレスオフィシャルサイトより
 ここ数年、不況のマット界で“ひとり勝ち”の状態だった老舗団体「新日本プロレス」だが、ここへきて下り坂に差しかかってしまったようだ。 「今年1月に新たなビジネス展開をしていくべく、福山雅治ら大手芸能プロのアミューズと業務提携。しかし、これまで人気を支えていた主力レスラーの中邑真輔、AJスタイルズ、カール・アンダーソンらが続々と米の世界最大のプロレス団体・WWEと契約してしまった。相次ぐ主力選手の離脱で魅力的なカードが大幅に減ってしまったため、今後のビッグマッチはチケットをさばくのが苦しくなりそう」(プロレス担当記者)  そんな現状打破というべきか、もしくは苦肉の策ともいうべきか、4月の両国大会では内藤哲也がオカダ・カズチカからIWGPヘビー級王座を奪還。同王座初戴冠となり、今後、しばらくは新日本のエースとして君臨することになりそうだが、数年前にはすでに不倫スキャンダルが発覚していたというのだ。 「レスラーは人気商売なのプライベートをあまり明かさないが、内藤も同様で、実は07年に結婚して子どもがひとりいた。ところが、12年の年明け早々、某ゴシップサイトで複数の女性と不倫関係にあったことが証拠写真とともに発覚。少なくとも4人の女性と不倫関係にあった。当時から、ホスト風情のイケメンで女性にはよくモテたようだが、まったく無名だっただけに話題にならなかった。しかし、新日といえば、かつて棚橋弘至が二股をかけていた女性に刺され事件化してしまったこともあり、神経質になって内藤の記事を削除させるなど“火消し”に走った。今年は正月から不倫スキャンダルが相次いでいるが、いまや新日本の看板を背負う立場になっただけに、不倫相手の“告発”がないか関係者は危惧しているようだ」(同)  ちなみに、12年の内藤は下半期にケガで長期欠場。翌13年はG1CLIMAXに出場し、初優勝を遂げただけに、12年は今や新日のエースとなった内藤にとっての“黒歴史”となりそうだ。

「あのとき、イスで殴らなければ……」ブラックジャック・マリガンと浜口京子をめぐる不思議な縁

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「彼がいなかったら、浜口京子は存在していなかった!」  アメリカの人気プロレスラーの死に、日本の古いプロレス関係者から意外な話が飛び出た。4月7日(現地時間)、アメリカのプロレス団体「WWE」が伝えた往年の元レスラー、ブラックジャック・マリガンことロバート・デロイ・ウィンダムの死。最近は心臓発作で入院していたというマリガンさんは73歳だったが、プロレス関係者の口からはレスリング選手「浜口京子」との意外な接点が明かされたのだ。  マリガンさんは元アメリカンフットボール選手で、1967年にプロレスラーに転向。身長2メートル、黒いカウボーイハットと口ヒゲで西部劇のスタイルで人気となり、たびたび来日もしていた。70年12月に初来日したときのことを、当時存在した団体「国際プロレス」の元関係者が証言した。 「マリガンは台東区体育館(現・台東リバーサイドスポーツセンター)で行われたラッシャー木村とオックス・ベーカー(ともに故人)の金網デスマッチで、ベーカーのセコンドに付いていたんだけどね、ベーカーが劣勢になると金網の中にパイプイスを投げ入れて加勢したんだよ。ベーカーがそれで木村の左足を殴って、複雑骨折させてしまった。試合後、木村は浅草の病院に入院していたんだけど、黙って寝ていられなくて、後輩のアニマル浜口を連れて行きつけの小料理店へ行った。そこにいた看板娘が、浜口の現在の奥さま、初枝さん。浜口が彼女にひと目惚れして結婚、後にレスリングの五輪メダリストとなる京子ちゃんが生まれたってわけ。つまり、マリガンがあのとき金網にイスを投げていなければ、京子ちゃんはこの世に生を受けていなかったのさ」  マリガンはその後、全日本プロレスでジャイアント馬場と、新日本プロレスでアントニオ猪木とも対戦。母国でもWWA世界ヘビー級王座を奪取するなど活躍し、80年代からは人気団体WWF(現WWE)にも出場。息子のバリー・ウインダム、ケンドール・ウインダムもレスラーになったが、90年にそのケンドールとドル札の偽造で逮捕され、2年間の懲役刑を受けた。再び表舞台に出たのは2006年、WWEの殿堂入りで姿を見せたことだった。 「日本で成功したスタン・ハンセンの指南役で、ハンセンのカウボーイキャラもマリガンにならったものといえる。ストリートファイトではプロレス最強といわれた。だって、ケンカが強いことで知られたブルーザー・ブロディですら『一番強いのはマリガンだ』と言っていたんだから。治安の悪い場所で試合したときに5~6人の不良を片手で叩きのめしたなんて話も聞いたし、控室で起こったレスラー同士のいざこざを腕力で片付けたこともあったんだ」(同)  現在は孫にあたるブレイ・ワイアットとボー・ダラスがWWEで活躍しているから、親子3代のプロレス一家を率いていたことになる。38歳になる京子の進退には、両親が「現役続行か結婚か」で意見が割れていると週刊誌に報じられていたが、関係者は「京子ちゃんが結婚して子どもをレスラーにすれば、マリガン同様、親子3代のアスリートになるんだけどね」と話している。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

「あのとき、イスで殴らなければ……」ブラックジャック・マリガンと浜口京子をめぐる不思議な縁

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「彼がいなかったら、浜口京子は存在していなかった!」  アメリカの人気プロレスラーの死に、日本の古いプロレス関係者から意外な話が飛び出た。4月7日(現地時間)、アメリカのプロレス団体「WWE」が伝えた往年の元レスラー、ブラックジャック・マリガンことロバート・デロイ・ウィンダムの死。最近は心臓発作で入院していたというマリガンさんは73歳だったが、プロレス関係者の口からはレスリング選手「浜口京子」との意外な接点が明かされたのだ。  マリガンさんは元アメリカンフットボール選手で、1967年にプロレスラーに転向。身長2メートル、黒いカウボーイハットと口ヒゲで西部劇のスタイルで人気となり、たびたび来日もしていた。70年12月に初来日したときのことを、当時存在した団体「国際プロレス」の元関係者が証言した。 「マリガンは台東区体育館(現・台東リバーサイドスポーツセンター)で行われたラッシャー木村とオックス・ベーカー(ともに故人)の金網デスマッチで、ベーカーのセコンドに付いていたんだけどね、ベーカーが劣勢になると金網の中にパイプイスを投げ入れて加勢したんだよ。ベーカーがそれで木村の左足を殴って、複雑骨折させてしまった。試合後、木村は浅草の病院に入院していたんだけど、黙って寝ていられなくて、後輩のアニマル浜口を連れて行きつけの小料理店へ行った。そこにいた看板娘が、浜口の現在の奥さま、初枝さん。浜口が彼女にひと目惚れして結婚、後にレスリングの五輪メダリストとなる京子ちゃんが生まれたってわけ。つまり、マリガンがあのとき金網にイスを投げていなければ、京子ちゃんはこの世に生を受けていなかったのさ」  マリガンはその後、全日本プロレスでジャイアント馬場と、新日本プロレスでアントニオ猪木とも対戦。母国でもWWA世界ヘビー級王座を奪取するなど活躍し、80年代からは人気団体WWF(現WWE)にも出場。息子のバリー・ウインダム、ケンドール・ウインダムもレスラーになったが、90年にそのケンドールとドル札の偽造で逮捕され、2年間の懲役刑を受けた。再び表舞台に出たのは2006年、WWEの殿堂入りで姿を見せたことだった。 「日本で成功したスタン・ハンセンの指南役で、ハンセンのカウボーイキャラもマリガンにならったものといえる。ストリートファイトではプロレス最強といわれた。だって、ケンカが強いことで知られたブルーザー・ブロディですら『一番強いのはマリガンだ』と言っていたんだから。治安の悪い場所で試合したときに5~6人の不良を片手で叩きのめしたなんて話も聞いたし、控室で起こったレスラー同士のいざこざを腕力で片付けたこともあったんだ」(同)  現在は孫にあたるブレイ・ワイアットとボー・ダラスがWWEで活躍しているから、親子3代のプロレス一家を率いていたことになる。38歳になる京子の進退には、両親が「現役続行か結婚か」で意見が割れていると週刊誌に報じられていたが、関係者は「京子ちゃんが結婚して子どもをレスラーにすれば、マリガン同様、親子3代のアスリートになるんだけどね」と話している。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

「チェ・ホンマンなんてクソ食らえ!」韓国格闘技界に新たな問題児登場、SNSでも大暴れ

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 韓国の格闘技界に、またもや問題児が現れた。名前はクォン・アソル。日本でもおなじみのチェ・ホンマンを激怒させ、話題になっているようだ。  クォン・アソルは、韓国総合格闘技団体「ROAD FC」のライト級現王者。4月16日開催の「Xiaomi ROAD FC 030 IN CHINA」公式記者会見で、チェ・ホンマンらと一緒にマイクの前に立った。その会見で最もスポットが当てられたのは、もちろんチェ・ホンマン。金銭トラブルなどで何かと問題児扱いされるものの、今も話題性のある選手だ。開催初日には内モンゴル出身の巨漢選手との対戦を控えており、より関心が集まったようだ。  しかし、クォン・アソルのインタビューの番になると、会場の雰囲気が一変。あろうことか、先輩であるチェ・ホンマンに対して、次のような発言をしたのだ。 「(チェ・ホンマンは)有名で金も持ってるのに、なぜ今ここで格闘技をやってるのかさっぱりわからない。今度の試合では10秒でKO負けするに決まってる。ただのサーカス・マッチだ。彼は格闘技を金儲けの手段にしか考えてないみたいで、気に食わない」  さらには、「もう格闘技を辞めてほしい」と言いながら、チェ・ホンマンにグローブを投げたのである。  この言動に激怒したチェ・ホンマンは、会見場から退場。それを見たクォン・アソルも、興奮気味でテーブルをひっくり返し「僕と戦いますか? 醜い姿さらしますか?」と、さらに挑発する始末だった。  クォン・アソルは普段から無礼な言動で知られ、そのキャラクターに熱狂するファンと、アンチの両方が存在する。彼のライバルであるキム・ドヒョン選手は、過去に「無礼極まりなく、行儀が悪い」と、クォン・アソルを評価していた。同じく格闘技選手のナム・イチョルも「まだ子どもにしか見えない。実力よりも、生意気なことで有名」とコメントを残している。  今回の“チェ・ホンマン挑発会見”がネットで炎上すると、今度は自身のSNSにて「ごちゃごちゃうるせえんだよ! 格闘技歴では俺が先輩なんだ! チェ・ホンマンは一度も後輩たちにメシをおごったこともねえし、見向きすらしなかった。俺はあいつを先輩とは思ってない」と発言。問題を悪化させた。その後のインタビューによると、自分は「以前からこういうキャラクターだったし、この業界を盛り上げてきたつもりだ」とか。  もともと格闘技の世界で、このような話題作りはよくあることだ。試合前に相手を過剰に挑発し、雰囲気を盛り上げるのは当たり前。とはいうものの、今回のクォン・アソルの言動には、韓国の格闘技ファンも冷たい反応を見せている。 「イタすぎる。格闘技ファンだけど、クォン・アソルにはガッカリだよ。しょせんパフォーマンスだろうけど、それでも最低限は守らなきゃならないマナーってもんがあるでしょ」 「演技ヘタクソだな。話題作るんだったら、もっとうまくやれよ」 「人間として最低。そんな選手の試合なんて見たくない」 「チェ・ホンマンとマジで試合したら? なんか面白いかも」  果たして本当に問題児なのか、それとも芝居の度が過ぎて暴走してしまっただけなのか? どちらにせよ、“問題”なのは間違いないようだ。