一億総ブラック化の果てに……「地域おこし協力隊」は、現代の奴隷船か?

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「地域おこし協力隊クラウドファンディング」サイトより
 6割が定住する一方で、多くの人が地獄を見ているのも事実――。総務省の発表によれば、「地域おこし協力隊」に参加した人の約6割が、任期を終えた後も活動した市町村や近隣に残って生活していることが明らかになった。  地域おこし協力隊は、2009年に総務省によって制度化されたもの。過疎化や高齢化の激しい地域に人材を派遣する、いわゆる有償ボランティアである。  傍からみれば、給料をもらえて、田舎暮らしをしつつ地域貢献もできる、やりがいのある職業。自分探しの新たな形ともいうべきか、20~30代の男女を中心に応募する人が多いという。そうして地方に住んだ人々が、地元に根付き活性化するとなれば、過疎化に悩む地方にとってもオイシイ事業のはず。  だが問題は、地元に根付かなかった6割以外の部分である。残り4割が体験するのは、過疎地の地獄。中には任期途中で逃げ出す人もいるのだという。  任期半年で逃亡を余儀なくされたNさんが派遣されたのは、東北地方の某過疎地域。そこは鉄道もなく、日に数本のバスが来るだけという完全な過疎地域。20代にして都会でのサラリーマン生活に疲れを感じていたNさんは、田舎での平穏な暮らしに憧れて応募したのだという。だが、待っていたのは地獄だった。 「主な仕事は道の駅での販売です。朝は7時前から閉店までの長時間労働。労働時間が長いだけならよかったのですが、人間関係は最悪です。自分以外の職員は地元の人ばかり。なんとか溶け込もうとしたんですが、完全に都会から来たヨソ者扱いでされるばかりで……」  多少、ブラックな職場程度なら「慣れているのでかまわない」と思っていたNさんだったが、都会と田舎では大きな違いがあった。町内には、スーパーとコンビニ以外に商店はない。息抜きをする場所が、まったくなかったのである。 「コンビニで立ち読みするくらいしか、息抜きがありません。なにせ、与えられたアパートにはネットもなければWi-Fiも飛んでないので、YouTubeすら見られないんですよ」  そのアパートも、ほかの住人は農家に派遣されている外国人研修生。 「最初から、うすうすと感じていたんですが、途中から確信に変わりました。これは、現代の奴隷なんだと……」  もちろん、そんな過疎地でも日本国内。車で1時間も飛ばせば市街地はある。けれども、そこに行くこともできなかった。 「理由はわからないのですが、町外に出るためには書類を書いて届け出をしなくてはならなかったんです……」  結局、半年で耐えきれなくなり逃亡したNさん。現在も心を病んで通院を続けているという。  Nさんの例に限らず、「地域おこし協力隊」が人材を使い潰すブラックボランティアという一面は次第に明らかになりつつある。地域の特産品を販売するビジネスを始めようとしたら妨害される。役所で雑用させられるだけで、まったく意味のある仕事が与えられないなどなど……。  そうした実態が明らかになりつつあるからだろうか? 地域によっては人材を求めても、まったく人が来ないというところもあるという。 (文=是枝了以)

一日使える無料乗車券配布で話題沸騰! 23区のローカル線「池上線」でどこへ行く?

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ホームの前一両部分に屋根がなかった五反田駅についに屋根が。池上線が進化してる?
 来たる10月9日(月・祝)。東急池上線が、開通90周年を迎えたことを記念して、始発から終電まで、一日乗り降り無料乗車券を配布することになり、反響を呼んでいる。  東急池上線は、1922年に池上本門寺の参詣客の輸送を目的に、蒲田~池上間で開通。その後、1928年に蒲田~五反田間が開通したもの。当初は、五反田から先、白金・品川間へと延伸することも計画されていたが、計画は頓挫。その後、国分寺方面への延伸も成功せず、現在は東急線の中で多摩川線と並ぶローカル感溢れる路線として営業されている。
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池上本門寺は力道山の墓があることでも有名。石段が地味にキツいので歩きやすい靴で行きたい
 そんな路線で行われる、日本の鉄道史でも珍しい全線無料のサービスは、さまざまな意味で話題だ。まずは、池上線の輸送力の限界。池上線は、車両がわずか3両だけ。果たして、無料ということでやってくる乗客を、どれだけさばくことができるかは心配だ。  もちろん、各駅のホームも3両編成に合わせた狭く短いもの。毎年、池上本門寺のお会式の際には大混雑するが、それを超えた混雑になることは想像に難くない。そんな、池上線始まって以来の一日を、東急がどう乗り越えるのかに、多くの人が注目しているのである。  さて、そうした混雑は承知の上で池上線を楽しみたいという人が、まず考えるのは「どんな観光地があるのか」ということだろう。  これまで、池上線が取り上げられる時に、必ず紹介されるのは、まず戸越銀座商店街。  日本有数の長さを誇る商店街は、多くの総菜屋が並ぶ「買い食いスポット」として知られている。  けれども、ここはあまりにも定番過ぎ。  本当に池上線の真髄を知りたいなら、おすすめなのは旗の台駅から先、蒲田駅あたりまでのゾーンでの各駅下車である。路線や車両のローカル感から東京南部の下町を走る路線と思われがちな池上線。でも、実態は下町っぽい町と、ちょっと高めの住宅地とが渾然一体になった奇妙な町なのである。
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旗の台駅の大井町線側。自由が丘に近いことがウリなのか。改装以来オシャレを目指してる様子が
 例えば、旗の台駅。大井町線との乗り換え駅であるここは、超オシャレタウン・自由が丘まで電車で10分程度にもかかわらず、下町感が全開。おまけに、急行運転の実施を機に近代的につくり変えられた大井町線ホームに対して、旗の台駅は、いまだにホームのベンチが木製の長椅子という昭和の雰囲気全開。こんなギャップが見られるのも、東京でここだけであろう。加えて、駅前から荏原町・中延方面へ伸びる商店街の鄙びた感じは、もっと街歩き系の媒体などで取り上げられるべき逸材だ。
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こちらが旗の台駅の池上線側ホーム。いまだに木製ベンチも。以前は上り線ホームには、立ち食い蕎麦屋もあった
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旗の台駅周辺のうらぶれた下町感は絶妙。まだ「大人の隠れ家」系人種には荒らされていない
 そんな旗の台駅の隣、長原駅を降りて、歩くのも一興だ。この長原駅。駅前は下町っぽい商店街。ところが、商店街から南東方向へ一歩入ると、なんだか立派な邸宅が目立つ住宅街が現れるのだ。ちょっと角を曲がっただけで、ガラリと風景が変わるのには、驚くはず。そんな長原駅からほど近い小池公園からは、さっきまで下町にいたとは思えない風景が広がっていて、驚くことができるハズだ。
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個人商店の数も少なくなって寂しさを漂わせている長原駅周辺の商店街
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その長原駅から徒歩5分あまり歩くと、突然、レイクサイドな高級住宅地が。ここが釣り堀だったのも今は昔
 しかも、開発されてから時間が経っているからだろうか。邸宅もひと昔前の雰囲気があって、味わい深い。ちなみに、小池公園は現在は自然の多い公園になっているが、かつては私営の釣り堀だった場所。住宅街のド真ん中に釣り堀がある光景は相当シュールであった。  このあたり、トボトボ歩いていると、次第に池上線から離れていってしまうが、バスの走る通りに出れば、池上駅前まで移動できるので覚えておきたい。
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迷いながら歩いているうちに見つけた、スゴイ地形に立つマンション。お城みたいでカッコイイ
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さらに迷っているうちにたどり着くわびさびのある風景。沿線にはこんな風景が目白押しである
 このほか、石川台駅や久が原駅なども、池上線を楽しむ上では欠かせない。言っておくが、主な見どころは何もない。単に、23区でも、ちょっとほかとは雰囲気の違う町があるだけ。とりわけ観光地的なところや、グルメスポットなど何もない。
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こういう21世紀的な開発からは遠い風景が魅力。竹の塚や蒲田のようなディープスポットと違いキーワードは「寂」だな、多分
 ただ、多くの地域で土地が山あり谷ありの丘陵地系だったり、迷い込みたくなるような狭い道がいっぱい。お仕着せのガイドではなく、そうした道に迷いこむのが、池上線沿線観光の醍醐味なのである。  この文章を書くにあたって、筆者も千鳥町駅から蓮沼駅まで、池上駅経由で歩くはずが、なぜか多摩川線の武蔵新田駅前にいってしまった。そんな道に迷うことが楽しめる人は、無料乗車券を大いに楽しめるだろう。 (文=昼間たかし)

有名人になると、かかしにされるのか! 深川『かかしコンクール』が妙に熱い!!

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試行錯誤の結果だと思うのだけれども手袋が取って付けたような感じになってガン見する
 移動しようと、都営大江戸線の駅を改札へと向かっていたら、出くわしたのが奇妙なポスター。  そこには、なんだかシュールな人形(?)と共に、こんな言葉が。 「第20回かかしコンクール」  かかしコンクール!! しかも第20回!!  実は、秋になると全国各地で、かかしコンクールというものが開かれていることは、聞いたことがあった。でも、それは地方での話。まさか、都心で、そんな催しが開かれているとは!!  かくて、すぐに足は、かかしが展示されている深川資料館通り商店街の最寄り駅である清澄白河駅へと向かったのである。  最近は、サードウェーブなんたらとかいうコーヒーのスポットとなって、スカした人々も多い清澄白河。とはいっても、このあたりから、門前仲町にかけては東京でも随一の下町の繁華街。23区の中でも独特の雰囲気が流れている。  そんな町の目抜き通り。そこに展示されている、かかしはシュールそのもの。  後から知った情報によれば、毎年展示されるかかしには、世相を反映したものが数多く並ぶという。すなわち、その年の有名人は、かかしにされる宿命を背負っておるのである。  そんな中でも、イメージを掴みやすいということか。歩いていると出くわしたのは、平野ノラやブルゾンちえみをモデルにした、かかしである。確かに似てるような……どうも、実在人物をモデルにする、かかしは特徴を上手く表現するのが、デキのよさを左右する様子。途中で出会った「おんな城主」というタイトルのかかし。これなんて、ひと目みるだけで納得系である。
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かかしに近づけようとすると、最大の問題は磔にされているように見えることだと思った。平野ノラである。
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有名になるということは、かかしにされるとイコールなのだと学ばざるを得ないと感じる。35億!
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あんま似ていなくても雰囲気だけで誰なのかわかってしまう。それが、かかしのスゴさか
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あと数年は尼さんの格好をしていたらみんな「おんな城主」ってことになるんだろうなあ
 かと思えば、力技で納得させようとしている、かかしも。「29連勝の新星」と題されたかかしがソレ。一瞬混乱するけど、タイトルによって納得させされる感が半端ない。
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まったく似せようとする気を感じないけれど勢いだけは確実にある。将棋の新星・藤井聡太四段。
 一方で、かかしを通してリビドーを炸裂させている作者も。それが、水トアナをモデルにした、かかし。
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どれだけ水トアナが好きなのか。その愛情を表現する手段として、かかしを選ぶ熱意に涙
 どのかかしも、タイトル+制作者名・グループが記されているのだけれど、これだけは異質。 「俺の水トちゃん  やっぱりちょいポチャ好きなんだな」  と、書かれているのである。また、ハイレベルな性癖の持ち主に出会ってしまったような気がする。
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そんなにポッチャリ感がないような気もするけれども……。これが作者の興奮する身体か?
 そんなシュールなかかしが、わんさかとある一方で、激烈に造形を追求したものも。阿修羅像をモチーフにした、かかしはその代表格である。こんなのを田んぼに設置すれば、雀はおろか畑泥棒にも効果がありそうだ。
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超絶気合の入った阿修羅像。夜中になったら動き出しそうな迫力がたまらない逸品である
 とにかく、なんだからよくわからないシュール系から、リアル系まで、かかしの数は100体以上。どうも、地域ではみんなで盛り上がるイベントになっているようである。  ちなみに、かかしの骨組みは貸し出ししてもらえるとのことなので、来年は参加してみるのもいいかなと思った。  このコンクールを通してわかったこと……有名人になると、かかしにされるってことだな。 (文=昼間たかし) ※次ページより、圧巻のかかしオンパレードをお届けします。
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まさか誰もが知っている名画をかかしにっ? アイデアは無限大に広まるものだと納得だね
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こちらも名画をモチーフにしているわけだが、なぜネコを使って賑やかにしようと思った?
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なるほど! 青いタヌキとは珍しいアイデアだ。いや、タヌキですよ! ネコじゃあありません
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きっとコレはネズミがモチーフだな。いや、単なるネズミですよ。キャラクターじゃない
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どう考えても磔にされているようになんだがムーミン谷でどんな事件が起こったのだろう
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なんだか凶悪そうな顔で表現されてしまったトトロ。これ子どもの味方なんかじゃないよね
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『ひよっこ』みね子ちゃん。なんだかんだいってテレビでよく見る人物がモデルになるあたりテレビの影響力は健在か
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パッと見ただけで誰かわかるかどうかが制作する時のポイントの様子。この渡辺直美なんか似すぎてる
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これ、畑のそばにあったら絶対に畑泥棒とかビビって逃げると思う。そんな迫力が満点だ
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こういうのを見ると、もはや「かかしとは?」という概念そのものを考えてしまわないか?
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もはやコレはかかしなのだろうか。深夜とか偶然目撃したら悲鳴を上げてしまう雰囲気だ
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妙においしそうな造形になった作品。残念なことに周囲におでん屋は見当たらなかったよ

第3子出産の広末涼子が芸能活動本格復帰! 初の女の子誕生に「かわいいです」

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 7月に第3子の女児を出産したタレントの広末涼子が3日、都内で行われた地元高知県のPRイベント「高知家 ALL STARS PV発表会・スターグラス贈呈式」に出席した。出産後、公の場に姿を現すのは初めてで、報道陣から「出産おめでとうございます」と声をかけられると「ありがとうございます」とうれしそうな表情。続けて「初めての女の子は、いかがですか」と声をかけられると「かわいいです」と照れ笑いを浮かべた。
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 高知県出身の最大のスターとして2015年度高知県PRキャンペーン「高知家 ALL STARS『みんなぁがスターやき』」で“高知家の娘”役を担当する広末。この日は高知県知事の尾崎正直氏や、高知県民の投票で選ばれたという「フリースタイルバスケットボールスター」ZERO氏ら5人の“高知県スター”と壇上にあがり、和気あいあいと高知県をPR。
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 途中、“鳴子”を手によさこい鳴子踊りも披露。広末は毎年この地元高知のよさこい鳴子躍りに参加しているというが、踊りを始めると、鳴子の手の振りの美しさを高知県関係者から絶賛されてご機嫌。「本気になるとこんなもんじゃないですよ」と自信たっぷり。今年は出産でその鳴子躍りに参加できなかったというが、「本当に残念でした。(久しぶりに踊ると)テンションあがっちゃいますね」としみじみ。
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 広末は「みんなで高知を元気に楽しく明るくしていけたらなと思っています。高知からまだまだ新しいスターが出てくることをわたしも期待しています」と改めて高知をPR。“高知家”という家族をコンセプトとした本キャンペーンについても「家族というのはやっぱり一番大切でなくてはならないもの。普段から高知の方は愛県心が強くて、帰郷するとわたしにも『おかえり』と声をかけてくれる。“高知家”を通じてさらにその高知の結束力が強まればいいなと思っています」と話していた。 (取材・文=名鹿祥史)

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

本物の<聖地巡礼>を見せてやる! 『究極超人あ~る』の聖地で“轟天号”を追いかけてきた!!

早朝の東京駅から荷物を抱えてヨロヨロと乗車。
日頃の運動不足を実感する汽車旅だ
 「これは、参加するしかない!」と筆者は、東京駅から旅立った。  空前の成り行き任せな仕切りで全国のファンの注目を集めた、伊那市駅開業100周年を記念した『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」。集合してスタートしたら、あとは好きな道を走って、好きな角を曲がって午後6時までに伊那市駅に来てください、というからムチャクチャだ。  早々と参加申し込みをした筆者だが、イベント発案者の一人から「当然、豊橋経由で輪行(自転車を公共交通機関を利用して運ぶこと)してくるんですよね?」との声が。なるほど、OVAの通りのルートを選ぶなら、東京駅から踊り子号で下田から石廊崎、天城峠を越えて三島から豊橋で一泊して、飯田線で……とても無理! 無理だが、少しでもOVAに近づいて、ほかの誰もがやらないことをやらなければ取材に値しない。  かくして、イベント前日の7月27日の早朝。筆者は、自転車に荷物を積み込んで旅立った。まだ誰もいない東京駅の前で、まずは自転車を分解。輪行袋に詰め込んでいく。この輪行袋、自転車を買ったときにオマケについてきたものなので、車体にリアキャリアやらなにやらを取り付けた今、きっちりと袋には入ってくれない。それでも、なんとか詰め込んでホームまで移動開始。筆者の旅の友である愛車・パナソニックのOSD3は、フレームを前後に分割できる輪行重視の自転車なのだが、あくまで分割しやすいだけで車体が軽いわけではない。10キロを超える車体が肩に食い込み、荷物を積み込んだフロントバッグやリュックやらも肩に食い込み、東海道線のホームに到着するまでに挫折しそうだ。  それでもなんとか、5時46分発の沼津行き一番列車に乗車完了。始発だからすいているかと思いきや、横浜を過ぎたあたりから混雑が始まる。朝のラッシュの時間に自転車を持ち込んでいる筆者には、厳しい視線が……。どうにかたどり着いた沼津では、駅そば屋が営業時間外。向かいのホームまで行く体力はなく、すきっ腹を抱えながら、トイレのない列車を走らせるJR東海に怒りを覚えつつ浜松を経由し、なんとか豊橋に到着した。だが、ここからはまだ長い。12時前に到着したのに、伊那市へ行く飯田線は2時前までないのだ。豊橋駅の名物の駅そば「壺屋」にて、天ぷらきしめんの旨さを久々に噛みしめたあと、呆然とホームで時が流れるのを待つのであった……。
豊橋駅といえば「壺屋」のきしめんである。
壺屋の本業は駅弁屋で、いなり寿司がオススメだ
 ようやくやってきた天竜峡駅行きの列車に乗り込み、これまた長い飯田線の旅が始まる。なにせ、まだ午後2時前なのに伊那市に到着するのは夕方を過ぎて夜の7時過ぎなのだ。3月のダイヤ改正でワンマンの運用が始まった飯田線だが、ワンマン列車のはずなのになぜか車掌が乗車している。その車掌が、駅が近づくたびに「前の車両から降りてくださーい」と連呼し、ドアが開くと「キップは、そこの箱に入れてくだ~さい」と連呼している。主な利用客が年寄りと高校生の飯田線、相当慣れていない人が多いようだ。
「飯田線のバラード」が似合う風景が見えてきても、まだまだ先は長い……
 東京では見かけない、独特の味のある高校生たちに新鮮さを感じながら睡魔に襲われ、気がついたら天竜峡駅、乗り換えて気がついたら伊那市駅に到着していた(というわけで、今回は秘境駅の話はない)。
伊那は馬肉の産地でもある。「いたや」の馬肉料理は、ご飯がいくらでもすすむね
■そして、灼熱のサイクリングへ  さて、当日である。輪行するよりは自走したほうが楽だと宿を出た筆者は、綿半(長野県では超メジャーなホームセンター。野菜も売っているよ!)で買い物を済ませ、本番の想定コースを逆に一路田切駅へ。交通量の多い国道を避けて旧道を選んでみたのだが、車は少ないものの、アップダウンがけっこう激しい。ここに比べれば、東京の坂なんぞ平らに見える。そもそも、筆者が普段、修行(あえて、トレーニングではない)している荒川サイクリングロードは、ほとんど平地である。旧道ゆえに地方にありがちなロードサイド型の店舗があるでもなく田舎ののんびりした風景は、素敵な「ごほうび」だ。
余裕をかまして寄り道をしていたら、次第にジリジリと日に焼かれていくことに

穏やかな天竜川の河畔。こんな風景が見られるなら多少の苦労も仕方ないよね

交通量の少ない旧道は、ほぼ独り占め。思いの外、自販機もあるので熱中症の心配もなさそう
 それにしても、やはり苦しい。体力は十分なハズなのだが、身体が暑さに慣れるまで時間がかかるのだ。旧道とはいえ、けっこうな数の自販機があるので水分補給には事欠かないが、照りつける日差しが急速に体力を奪っていく。時折、横を通り抜ける自動車がとても恨めしい。自転車マンガの古典『サイクル野郎』(荘司としお)ならば、適度なところで美女と行き会う展開なのだが、誰にも会うことなく孤独にペダルをこぐ作業は続く。伊那市駅と田切駅間の距離は、ざっと17キロあまり。自転車乗りならば、本来は大した距離ではないのだが、知らない道ゆえに、ほんとに負担が大きい。  途中、駒ヶ根市に入る時の上り坂についにくじけた筆者は、駒ヶ根駅前で一休み。何か腹に入れないと死んでしまうと思い、駒ヶ根名物ソースカツ丼のコースへ。最近、伊那市と駒ヶ根市の2つの町が「名物」と主張しているソースカツ丼だが、どちらの名物かは別にして、やはりおいしい。伊那のローメンといい、これを食べるためだけに、交通費を使う価値は十分にある。
店ごとに工夫を凝らす、駒ヶ根市のソースカツ丼。全店を制覇するのは、いつの日になるだろうか
こんなノスタルジックな店もちらほらと

駒ヶ根市を抜けて、飯田線の跨線橋を越えて、田切駅は、もうちょい先だ
 かくて、体力を回復した筆者は、一直線に今回の催しのスタート地点田切へと向かう。  さらに、照りつける太陽。上昇する気温に苦しみながら、ようやくたどり着いた田切。そこには、数多くの驚愕が待っていた……。
田切駅前に、こんなに大勢の人が集結するなんて誰が予測しただろうか
■ついに迎えた、クライマックス再現イベント  当初の予想を超えて、自転車持参の人から見送りのファンまでが聖地・田切駅に大集合となった。当日、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」では、20年にわたって<聖地巡礼>として、田切駅の掃除をしているグループ「田切ネットワーク」が創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」を開催するということもあり、早い時間から参加者は続々と集結。「元・下村酒店」や田切駅周辺で、新たな光画部員と出会い、トークに華を咲かせていた。  当日、自転車持参で駅に集まった参加者は約80名あまり。田切駅までの集合方法は、電車で輪行してきたり、車に積んで移動したりとさまざまだ。だが、やる気のある参加者の中には、杖突峠を越えてきたという人も。杖突峠は、茅野市から高遠へ至る峠なのだが、標高1,247メートル、わずか数キロで高低差400メートル以上の急傾斜となる、有数の険しさで知られる峠である。そこまで「苦行」を楽しむこともできるのも『究極超人あ~る』のファンであればこそ。
電車が到着するたびに続々と、あ~るファンが降りてくる。ん、ホームのハジに妙な人が

田切の集落も、大勢の人で混雑。なお、今は集落には自動販売機が一台あるだけ
 そんなムチャを楽しむ人も交えながら、田切の集落には続々と参加者が集結していく。中には、さっそく作品世界を再現すべく、飯盒でごはんを炊き始める人もいるではないか。
作品世界を再現すべくリュックまで用意する完璧さ。これが本物の<聖地巡礼>だ

まさか、世界征服を企む博士が再び田切にやってくるなんて。この水鉄砲は危険すぎる!
やる気の参加者かと思いきやキャリアに積まれているのは、おひつ……
 開始時間も近づき、続々とファンが集まってきて驚いた。多くはロードバイクなのだが、中には「なぜ、この自転車をセレクトしたんだ!」という参加者も。  京都から参加したという男性は、いつも通勤に使っているという、ブロンプトンを持参。これでもかと外装をカスタマイズしているので、ギアも内装8段変速に改造しているのかと思いきや、ノーマルのままだという。街乗りに映える折りたたみ自転車の代名詞であるブロンプトンだが、アップダウンの激しいコースに、この自転車をセレクトするとは相当の自信家に違いない(実際、とても脚力のある人だった)。さらに、折りたたみ自転車持参の人には「いや、バイクにこれしか積めなかったので……」と、さらに驚くような車種をセレクトしている人も。ほかにも「DMMでレンタルした」という自転車で手には軍手という、光画部の成り行き任せテイストを、ものすごく理解した女性も。
この自転車でも、ちゃんと完走できたんだから恐るべしファン魂だ!

まさかのママチャリ参加者。なお、筆者はこのママチャリの人にも追い抜かれました……
 そんな中でとくに目を引いたのが、ママチャリ持参の女子である。いつも2キロあまりの通勤に使っているという愛車を持参したその女性は、OVA発売当時に行われた公開イベント「ザ・夏祭り」にも参加したという筋金入りのファン。今回のイベントを知って、友人を集めて上映会も開き、友人も一緒に参加することになったのだとか。  さらに、見送り組の女子には「『日刊サイゾー』の記事を見てイベントを知ったので来ました」という人も。  見送り組には、あ~るはもちろん、成原博士や鳥坂先輩に、あさのに小夜子まで、等々各種のコスプレも集結。千葉から、あ~るのコスプレ衣装一式持参でやって来た男性は、「明日はワンフェスなんで、急いで帰ります」と。ファンの熱さにはもはや感涙だ。  そうしたファンの中でも、もっとも熱さを放っていたのは、主催者の一人でもある伊那市創造館の捧剛太館長だ。あ~るの愛車・轟天号を再現すべくロードマンを入手、可能な限りOVA仕様に近づけ、学生服持参でやってきた捧氏が田切に姿を現すと、会場はわあっと沸いた。
実は、伊那はこの作品の聖地でもあったんだね……。と、気づくまでちょっと時間がかかった

飯島町のゆるキャラ・いいちゃんは地元のお祭りが重なり多忙な中駆けつけてくれたぞ
 かくて、イベントは始まった。主催のCycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)の牧田豊さんは 「こんなに、馬鹿な人が多いとは……」  と、シャレの効いた挨拶で、会場をどっと沸かせる。飯島町のゆるキャラ・いいちゃん、地元の住民、コスプレ混じりの見送り組に声援を送られながら、自転車参加者は続々と出発していく。途中、パラパラと夕立が降るが、身体の火照った参加者には、よいシャワーだ。どの道を通るのも自由なので、参加者は国道、旧道、さらにはOVAよろしく火山峠を目指して別れ、合流しながら伊那市駅へと向かっていく。  相当、体力の落ちている筆者は、次々と追い抜かれつつ、なんとかゴールを目指す。正直、往路よりも上り坂が少ないので幾分かは楽である。さまざまなルートへ分割した参加者は、伊那市駅周辺で再び合流しながら、ゴールの伊那市駅前を目指す。OVAに従えば、西園寺ツーリストのガラス戸をぶち破って突入しなければならないのだが、80枚もガラス戸は準備できないので、駅前に西園寺ツーリスト伊那市支店の出店が。誰も、突入することなく声援や拍手に迎えられながら、続々と到達。この日のために用意された特製の西園寺ツーリストのスタンプを獲得した。
ガラス戸をぶち破られる危険を回避すべく、西園寺ツーリスト伊那市支店は屋外に設置
閉会式会場は、コスプレ撮影会へ。やばい、あ~るのカメラは危険すぎるぞ!

無事にイベントを終えて捧剛太館長もほっと一息。
しかし、3000円の中古ロードマンはかなりキツかったとか
 とくに大きな事故もなく、参加者は、駅近くの閉会式が行われる広場に移動。ここでは、伝説のおかゆライスを配布するファンが現れたり、コスプレ撮影会も行われるなど、会場は大盛り上がりだ。出店で販売される名物の高遠まんじゅうで、糖分を補給する参加者も多かった。出店ではラムネが販売されていたのも注目ポイントだ。レトロな雰囲気が漂う伊那市には、ラムネがよく似合う。  前夜も、轟天号の整備をしていて睡眠不足気味の捧剛太館長も 「続々と人数が増えて、どうなることやらと思っていましたが、大きな怪我人も出なくてよかった」  と、ホッとした表情。かくて、イベントは「伊那市駅開業100周年万歳!」「Cycle倶楽部R20周年万歳!」「究極超人あ~る万歳!」の万歳三唱を行って終幕。参加者は、Cycle倶楽部Rの牧田氏が「足を使ってお願いしてきた」参加者向けのサービスを提供してくれる市内の飲食店へと、三々五々散っていった。
まずは「うしお」にてローメン分を補給。もちろん、超々大盛りで。名物のトーフ汁がサービスだった
(取材・文=昼間たかし)

巨大オタクビルの中に博物館「北九州市漫画ミュージアム」に行きたい!

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この巨大なビルが新たなマンガとアニメの聖地になるのか。うん、巨大すぎる……
 全国各地で展開されている、マンガやアニメによる地域振興。そうした中、全国初となる自治体が直接運営するマンガ博物館がオープン間近と聞き、早速取材に向かった。  これだけマンガやアニメによる地域振興が叫ばれながら、自治体が直接運営する博物館がなかったのも驚きだが、さらに驚くのはオープンする場所だ。場所は、北九州のJR小倉駅前。ここに8月3日オープンするのが、北九州市が運営する「北九州市漫画ミュージアム」だ。  小倉駅前の商業ビルの一部を使用するこの施設。一体どんなところなのだろうかと、行ってみて驚いた。現在準備中のミュージアムが入る階以外の各階では、すでにマンガ・アニメ系ショップが絶賛営業中なのだ。この建物、最上階の7階には劇場。5・6階にはミュージアムが入るのだが、その下の階の充実ぶりがすさまじい。「まんだらけ」「アニメイト」「ゲーマーズ」「メロンブックス」「らしんばん」と名だたるショップが一堂に集結。さらに、全国でもここ以外は徳島市にしかない『Fate/Zero』ショップに、日本初のアニソン専門カフェである「ANIMAX MUSIX CAFE」も入居している。  どう表現すればよいだろう、オタク系ショップが各種入居していることで知られる中野ブロードウェイが、さらに濃く内容も充実して、かつキレイになって登場した、というスタイルなのだ。  なんにしても、世界的なオタクの中心地である秋葉原にもないショップが出店しているのはすごい……。
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中は完全にオタク系ショップばかりの筋の通った感じがたまらない

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さすがに平日の正午頃だったので客は少なかった
 だが、北九州市がミュージアムを立ち上げるのは、単にアニメ・マンガで地域振興を図りたいがためだけではない。古くから栄えた北九州市は、多くの文化人をも輩出してきた。マンガだけに限っても松本零士氏、畑中純氏、わたせせいぞう氏、北条司氏と著名なマンガ家を数多く輩出している。
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内部はまだ工事中だが。告知用の壁紙が、かなりキテていい感じの仕上がりに……

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このセンスの独特さが新たな可能性を感じさせてくれるのだ
「北九州という街は、少女マンガから青年マンガまで、さまざまなマンガ家を輩出してきた街でもあります。これまでも、松本先生や畑中先生にも協力していただき、準備を進めてきました。北九州市の文化の幅の広さを見ることのできる施設になると思います」  と、これまで同館の立ち上げに携わってきた専門研究員の表智之氏は語る。同館は、単に展示を行うだけでなく、数万冊のマンガ単行本を閲覧できるコーナー、マンガ教室などを想定したイベントコーナーなども設けており、創意工夫を凝らした試みが行われていくことになりそうだ。何より、いわゆる「オタクビル」に入居していることの価値は高い。
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やはり松本先生といえば『男おいどん』だよ。
筆者もまだ、おいどんみたいな暮らしっぷりだよ

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子供から大人まで楽しめる施設が充実しているのがいいよね
「各種のショップが入居しているので、ビル全体にミュージアムも機能を持たせることができるんですよ」(表氏)  文字通り、過去から最新のマンガまでを閲覧できる施設になるわけだ。  北九州市といえば、『無法松の一生』ヨロシクな荒くれ者の集う街かと思っていたのだが、こんなに文化事業に熱心だとは知らなかった(今回の取材まで、筆者の北九州市の知識は『無法松の一生』と『花と龍』)。  市内には、北九州市ゆかりの文豪の資料を展示する「北九州市立文学館」や「松本清張記念館」といった文化施設も数多くあるし、レトロな風景まで残っていて魅力は尽きない。
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なんともレトロな雰囲気の市場が。こういうのが残っている街は間違いなくアタリだ

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内部にも活気が。失われたなにかを思い出したよ……

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きっと、この街の人々はフランクで付き合いやすいに違いない

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レトロな映画館が残る街にハズレはない

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アヤしげな雰囲気の場所も。知らない街の歓楽街で
カメラを出す勇気はありませんでした
 おそらくは九州最大のマンガ・アニメ文化の拠点になるであろう北九州市の動向から、目が離せない。 (取材・文=昼間たかし) この取材の直後に畑中純先生が逝去されました。改めてご冥福をお祈り申し上げます。 <ミュージアム概要> 開館日:8月3日(金) 住所:北九州市小倉北区浅野二丁目14-5 あるあるCity5・6階 開館時間:11時~19時(夏休みなどは~20時) 休館日:火曜日 最新情報はコチラから: <http://www.city.kitakyushu.lg.jp/shimin/02101004.html>

巨大オタクビルの中に博物館「北九州市漫画ミュージアム」に行きたい!

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この巨大なビルが新たなマンガとアニメの聖地になるのか。うん、巨大すぎる……
 全国各地で展開されている、マンガやアニメによる地域振興。そうした中、全国初となる自治体が直接運営するマンガ博物館がオープン間近と聞き、早速取材に向かった。  これだけマンガやアニメによる地域振興が叫ばれながら、自治体が直接運営する博物館がなかったのも驚きだが、さらに驚くのはオープンする場所だ。場所は、北九州のJR小倉駅前。ここに8月3日オープンするのが、北九州市が運営する「北九州市漫画ミュージアム」だ。  小倉駅前の商業ビルの一部を使用するこの施設。一体どんなところなのだろうかと、行ってみて驚いた。現在準備中のミュージアムが入る階以外の各階では、すでにマンガ・アニメ系ショップが絶賛営業中なのだ。この建物、最上階の7階には劇場。5・6階にはミュージアムが入るのだが、その下の階の充実ぶりがすさまじい。「まんだらけ」「アニメイト」「ゲーマーズ」「メロンブックス」「らしんばん」と名だたるショップが一堂に集結。さらに、全国でもここ以外は徳島市にしかない『Fate/Zero』ショップに、日本初のアニソン専門カフェである「ANIMAX MUSIX CAFE」も入居している。  どう表現すればよいだろう、オタク系ショップが各種入居していることで知られる中野ブロードウェイが、さらに濃く内容も充実して、かつキレイになって登場した、というスタイルなのだ。  なんにしても、世界的なオタクの中心地である秋葉原にもないショップが出店しているのはすごい……。
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中は完全にオタク系ショップばかりの筋の通った感じがたまらない

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さすがに平日の正午頃だったので客は少なかった
 だが、北九州市がミュージアムを立ち上げるのは、単にアニメ・マンガで地域振興を図りたいがためだけではない。古くから栄えた北九州市は、多くの文化人をも輩出してきた。マンガだけに限っても松本零士氏、畑中純氏、わたせせいぞう氏、北条司氏と著名なマンガ家を数多く輩出している。
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内部はまだ工事中だが。告知用の壁紙が、かなりキテていい感じの仕上がりに……

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このセンスの独特さが新たな可能性を感じさせてくれるのだ
「北九州という街は、少女マンガから青年マンガまで、さまざまなマンガ家を輩出してきた街でもあります。これまでも、松本先生や畑中先生にも協力していただき、準備を進めてきました。北九州市の文化の幅の広さを見ることのできる施設になると思います」  と、これまで同館の立ち上げに携わってきた専門研究員の表智之氏は語る。同館は、単に展示を行うだけでなく、数万冊のマンガ単行本を閲覧できるコーナー、マンガ教室などを想定したイベントコーナーなども設けており、創意工夫を凝らした試みが行われていくことになりそうだ。何より、いわゆる「オタクビル」に入居していることの価値は高い。
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やはり松本先生といえば『男おいどん』だよ。
筆者もまだ、おいどんみたいな暮らしっぷりだよ

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子供から大人まで楽しめる施設が充実しているのがいいよね
「各種のショップが入居しているので、ビル全体にミュージアムも機能を持たせることができるんですよ」(表氏)  文字通り、過去から最新のマンガまでを閲覧できる施設になるわけだ。  北九州市といえば、『無法松の一生』ヨロシクな荒くれ者の集う街かと思っていたのだが、こんなに文化事業に熱心だとは知らなかった(今回の取材まで、筆者の北九州市の知識は『無法松の一生』と『花と龍』)。  市内には、北九州市ゆかりの文豪の資料を展示する「北九州市立文学館」や「松本清張記念館」といった文化施設も数多くあるし、レトロな風景まで残っていて魅力は尽きない。
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なんともレトロな雰囲気の市場が。こういうのが残っている街は間違いなくアタリだ

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内部にも活気が。失われたなにかを思い出したよ……

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きっと、この街の人々はフランクで付き合いやすいに違いない

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レトロな映画館が残る街にハズレはない

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アヤしげな雰囲気の場所も。知らない街の歓楽街で
カメラを出す勇気はありませんでした
 おそらくは九州最大のマンガ・アニメ文化の拠点になるであろう北九州市の動向から、目が離せない。 (取材・文=昼間たかし) この取材の直後に畑中純先生が逝去されました。改めてご冥福をお祈り申し上げます。 <ミュージアム概要> 開館日:8月3日(金) 住所:北九州市小倉北区浅野二丁目14-5 あるあるCity5・6階 開館時間:11時~19時(夏休みなどは~20時) 休館日:火曜日 最新情報はコチラから: <http://www.city.kitakyushu.lg.jp/shimin/02101004.html>

パフォーマンスの勝利か 東村山「セクハラ捏造・職業差別」を仕掛けた市議が再選

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"風俗マニア"呼ばわりされた薄井政美氏。
 東京・東村山市で起きた「セクハラ捏造・職業差別事件」から、早くも4年が経過しようとしている。この事件は2007年春、同市議の矢野穂積氏と朝木直子氏(草の根市民クラブ)が、新任市議の薄井政美氏が以前、風俗店や飲食店の情報などを扱う出版社で編集等の仕事をしていた職歴を取り上げ、「超セクハラ」「風俗マニア」「女性蔑視」「違法セクハラ活動家」などと攻撃したことに始まった。だが、薄井氏自身が違法および公序良俗に反するような行為をした事実は一切無く、矢野氏と朝木氏による事実無根の言い掛かりであることは明らかだった。  これに対して、08年4月に薄井氏は根拠のない誹謗中傷によって名誉を棄損されたとして、矢野氏と朝木氏に対して損害賠償などを求める裁判を起こした。そして、10年3月8日、東京地裁立川支部は矢野氏と朝木氏に200万円の損害賠償と矢野氏自らが運営するFMラジオ局での謝罪放送などを命じる、薄井氏勝訴の判決を下した。  これを受けて、矢野氏と朝木氏はただちに控訴するも、11年3月16日、東京高裁もまた矢野氏と朝木氏に対して100万円の損害賠償などを命じる判決を言い渡し、薄井氏の主張をほぼ認めた。どこから見ても、矢野氏と朝木氏の敗訴であることは明白だった。  ところが控訴審判決後、矢野氏と朝木氏は自らが運営するサイト「東村山市民新聞」において、「『エロライター』裁判で、薄井市議が、東京高裁でまた敗訴!」などという奇妙な記事をアップする。その記事を読むと、薄井氏が裁判で主張した数多くの矢野氏と朝木氏によるものとされる誹謗中傷の類についての、裁判所によるこれまた数多い判断の中の「『まるでエロライター』等の記事は名誉毀損にはあたらない」という、ごく一部分だけを取り出して「薄井は敗訴した」などと、まったくの虚偽のプロパガンダを行った。  しかも、矢野氏と朝木氏は「薄井は敗訴」とアナウンスしているにもかかわらず、この裁判では控訴審判決後に上告していたことも判明した。なぜ相手が「敗訴した」のに上告するのか、実に奇妙奇天烈と言わざるを得ない。  実はこの矢野氏と朝木氏、議会ではあれこれといわく付きの人物で、ほかにも自らに対して議員辞職を求める請願を出した市民を裁判に訴える行為も行っている。これはいわば、市民の当然の権利である請願に対して因縁まがいの言い掛かりをつけているに等しい。  また矢野氏と朝木氏は、最近特にその名が知られるようになった民族派を自称する一派、すなわち、在日特権を許さない市民の会(在特会)や、主権回復を目指す会、日本を護る市民の会(日護会)などといった団体とそのメンバーが、矢野氏と朝木氏による間違った主張をそのまま街宣活動などの際に繰り返したり、主張に従って行動したりする例が何度も確認されている。  そしてこの矢野氏および朝木氏、先の統一地方選において、東村山市議として再選を果たしてしまった。一方、両氏から言いがかりともいえる「セクハラ捏造・職業差別」を吹っかけられた薄井政美氏は次点で落選するという結果になったのである。  すると、両氏の再選について、保守・民族派を自認し、自らジャーナリストと称する瀬戸弘幸氏が、自身のブログ「日本よ何処へ」において、「創価の牙城で草の根会派が議席を死守」というエントリーをアップ、矢野氏と朝木氏の再選を「ご当選おめでとう御座います。今後のご活躍を期待しております」などと絶賛。「4年間に及ぶ汚い攻撃に遭いながらも、正義を貫き反創価学会の旗を鮮明に揚げ続けて来た事が多くの市民の共感を得たものと思います」とコメントした。  だが、この数年にわたり、矢野氏と朝木氏が具体的に創価学会を糾弾するような活動をしたという形跡は一切無く、「両市議の反創価学会というアナウンスは、単なる人気取り」という声が少なくない。  実際、草の根会派、特に矢野氏は人目を引くパフォーマンスにたけており、つい最近も「私は『原発いらないネット東村山』代表として、原発事故の記事が新聞に出るたびに、地元FMラジオ局のニュース解説番組『ニュースワイド多摩』で、原発は不完全な商品、廃棄物処理ができない『トイレのないマンション』、『高速道路を暴走するブレーキのない車』だと、繰り返していい続けてきました」などと発言している。  しかし、地元住民に聞くと、「矢野さんが反原発なんて言ったのは聞いたことがない」という声がほとんどで、実際に矢野氏がそのような発言をした形跡もまた、まったく認められない。そもそも、『原発いらないネット東村山』なる活動も、その実態がどこにも確認できない。  矢野氏はほかにも、『宗教法人問題を考える草の根市民の会』『東村山市民オンブズマン』『ストップ!ザ「政教一致」市民実行委員会』その他にかかわっていると自称しているが、いずれも活動実態があるかどうか、まったく分からないものばかりである。  さて、いかに疑問符が多く付せられる人物であっても、当選してしまえば「議員」という地位と権力、そして非常に安定した身分が与えられてしまうのが日本の現状である。こうした現状をどう理解するかは、今後の課題ともなろう。 (文=橋本玉泉)
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