『マブヤー』に続け! 沖縄発ご当地アニメ『はいたい七葉』が全国制覇を狙う!?

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『はいたい七葉』公式サイト
 さまざまな地方都市をアニメの舞台にすることで、聖地巡礼するアニメファンを観光客として呼び込む「ご当地アニメ」が認知されるようになって久しいが、それをさらに一歩推し進めた「ご当地アニメ」が今秋スタートする。  それが、10月6日より放送開始予定の『はいたい七葉(ななふぁ)』だ。  主人公の三姉妹が、かわいらしいキジムナーやシーサーの精霊と交流する中で不思議な騒動が巻き起こるという本作。監督に『NARUTO』シリーズの多くのエピソードで演出を手がけている木村寛、キャラクターデザインに『もえたん』シリーズのキャラクター原案のPOPなどが起用され、一見して多くの全国区アニメと大差がないように見えるが、キャストはほとんど沖縄県出身で、放送局も琉球朝日放送(QAB)のみ。現地での放送が終了する2013年からは、全国・海外での展開も計画されているという。  本作の総合プロデュースを手がけるのは、沖縄のローカルヒーロー『琉神マブヤー』を生み出した南西産業の畠中敏成社長だ。『マブヤー』は現在、地元・沖縄ではシーズン4まで番組を放送。全国各地でも、U局系列を中心にシーズン3までが放送されているほか、劇場版も昨年10月に沖縄で先行上映された後、今年1月には全国上映されるなどヒットコンテンツへと成長した。  『はいたい七葉』は登場する14人のキャラクターにそれぞれスポンサーを付ける優先キャラクター契約を募集している。現在、劇場版が公開中の『TIGER & BUNNY』でも注目を集めたプロダクトプレイスメントを積極的に取り入れ、作品を通じての広告収入も視野に入れているようだ。  ローカルヒーローとしては、異例の大ヒットを記録した『琉神マブヤー』に続いて、畠中社長は今度は萌えアニメで全国制覇を狙う。  本作のほかにも、近年、地方で企画・制作された「ご当地アニメ」がじわじわと現れつつある。例えば、佐賀県発のセル&クレイアニメ『河童五代目』は、クリエイターと地元学生のコラボレーション企画として誕生。現在第2シーズンまで制作され、海外展開もしている。  また「魅力発信!埼玉県観光アニメ制作事業」と称して、アニメを活用した県の観光資源PRを推進する埼玉県は、「アニメど埼玉」というサイトを立ち上げ、県在住のクリエイターや一般公募によって選ばれた声優を起用した作品を多数公開している。日常系アニメのオムニバス『The Four Seasons』や、美少女巫女の活躍を描く『観光大戦SAITAMA』などを見れば、地上波で放送されているアニメに見劣りしない作品の完成度に驚くことだろう。  特に3人の女子高校生が県のPRムービーを撮影する『埼玉高校放送部』は、出色の出来である。テンポのいい女子トークが繰り広げられ、思わず「もっと見たい!」と思わされること必至。声優は一般公募ということで若干棒くさいところもあるが、それが逆に味になっていると言えなくもない。『らき☆すた』で町興しを成功させた鷲宮という前例があるだけに、そのガチっぷりはほかの地方発「ご当地アニメ」の追随を許さない。さすがである。   これまで、首都圏から発信される作品が中心であった「ご当地アニメ」だが、今後は地方発信の「ご当地アニメ」も増えてくるのではないだろうか。人件費や制作に必要なコストなど、アニメ制作をする上でクリアしなければならないハードルは低くはないだろうが、より地方の魅力をふんだんに取り入れた上で「面白いアニメ」(ここが重要!)が生まれてくれることを願うばかりだ。 (文=龍崎珠樹) ■バックナンバー 【第21回】まるで電波少年!? 『ココロコネクト』ドッキリ事件が業界を巻き込み大炎上中! 【第20回】新ジャンル? 「不憫萌え」の女王・高垣彩陽の演技が光る話題作『ソードアート・オンライン』 【第19回】「売りスレ」では計測不能!? アニメDVDの売り上げを陰で支えるレンタル市場 【第18回】「求められるのは声優ソングばかり……」表舞台を追われたアニソン歌手の現在 【第17回】美少女たちが追いつめられる姿にゾクゾク!? リアル系ロボットアニメ『トータル・イクリプス』 【第16回】夏アニメの穴馬!? “いわく付き”SNSゲームアニメ『探検ドリランド』に熱視線 【第15回】 キーワードはホモソーシャルな描写!? 今夏は「乙女ゲーム原作アニメ」が熱い! 【第14回】「まるで90年代の夕方6時枠アニメ!?」『モーレツ宇宙海賊』の大器晩成ぶり 【第13回】もはや“声優アイドルフェス”!? アニソン重鎮不在の「アニサマ2012」に不安の声 【第12回】「期待外れ?」「これぞ京アニ?」 賛否両論『氷菓』の本当の見どころ 【第11回】「燃え上がれ、俺の小宇宙よ!」前作ファンもニヤリ『聖闘士星矢Ω』 【第10回】「見たかったのはコレジャナイ!?」声優アイドルアニメ『夏色キセキ』に早くも黄色信号 【第9回】大コケの『機動戦士ガンダムAGE』を徹底検証! 求められる新たな「ガンダム像」とは? 【第8回】アニメ業界の新トレンド!? “分割2クール作品”急増の裏事情 【第7回】ついに世代交代!? 若手アイドル声優が続々歌手デビュー 【第6回】AKB48 vs 声優アイドルユニット アニメ界もついにアイドル戦国時代突入か!? 【第5回】一流アニメファンなら女児向け作品もチェックせよ!? 『スマイルプリキュア!』 【第4回】過激なピンク描写が男子の下半身を直撃!『アマガミSS+ plus』 【第3回】今クール話題の学園モノを徹底分析!『男子高校生の日常』『Another』 【第2回】ロボット好き必見! 洗練されたメカたちが大活躍『輪廻のラグランジェ』 【第1回】水樹奈々が歌いながらバトル!? 「戦うヒロイン」アニメに大注目!

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

本物の<聖地巡礼>を見せてやる! 『究極超人あ~る』の聖地で“轟天号”を追いかけてきた!!

早朝の東京駅から荷物を抱えてヨロヨロと乗車。
日頃の運動不足を実感する汽車旅だ
 「これは、参加するしかない!」と筆者は、東京駅から旅立った。  空前の成り行き任せな仕切りで全国のファンの注目を集めた、伊那市駅開業100周年を記念した『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」。集合してスタートしたら、あとは好きな道を走って、好きな角を曲がって午後6時までに伊那市駅に来てください、というからムチャクチャだ。  早々と参加申し込みをした筆者だが、イベント発案者の一人から「当然、豊橋経由で輪行(自転車を公共交通機関を利用して運ぶこと)してくるんですよね?」との声が。なるほど、OVAの通りのルートを選ぶなら、東京駅から踊り子号で下田から石廊崎、天城峠を越えて三島から豊橋で一泊して、飯田線で……とても無理! 無理だが、少しでもOVAに近づいて、ほかの誰もがやらないことをやらなければ取材に値しない。  かくして、イベント前日の7月27日の早朝。筆者は、自転車に荷物を積み込んで旅立った。まだ誰もいない東京駅の前で、まずは自転車を分解。輪行袋に詰め込んでいく。この輪行袋、自転車を買ったときにオマケについてきたものなので、車体にリアキャリアやらなにやらを取り付けた今、きっちりと袋には入ってくれない。それでも、なんとか詰め込んでホームまで移動開始。筆者の旅の友である愛車・パナソニックのOSD3は、フレームを前後に分割できる輪行重視の自転車なのだが、あくまで分割しやすいだけで車体が軽いわけではない。10キロを超える車体が肩に食い込み、荷物を積み込んだフロントバッグやリュックやらも肩に食い込み、東海道線のホームに到着するまでに挫折しそうだ。  それでもなんとか、5時46分発の沼津行き一番列車に乗車完了。始発だからすいているかと思いきや、横浜を過ぎたあたりから混雑が始まる。朝のラッシュの時間に自転車を持ち込んでいる筆者には、厳しい視線が……。どうにかたどり着いた沼津では、駅そば屋が営業時間外。向かいのホームまで行く体力はなく、すきっ腹を抱えながら、トイレのない列車を走らせるJR東海に怒りを覚えつつ浜松を経由し、なんとか豊橋に到着した。だが、ここからはまだ長い。12時前に到着したのに、伊那市へ行く飯田線は2時前までないのだ。豊橋駅の名物の駅そば「壺屋」にて、天ぷらきしめんの旨さを久々に噛みしめたあと、呆然とホームで時が流れるのを待つのであった……。
豊橋駅といえば「壺屋」のきしめんである。
壺屋の本業は駅弁屋で、いなり寿司がオススメだ
 ようやくやってきた天竜峡駅行きの列車に乗り込み、これまた長い飯田線の旅が始まる。なにせ、まだ午後2時前なのに伊那市に到着するのは夕方を過ぎて夜の7時過ぎなのだ。3月のダイヤ改正でワンマンの運用が始まった飯田線だが、ワンマン列車のはずなのになぜか車掌が乗車している。その車掌が、駅が近づくたびに「前の車両から降りてくださーい」と連呼し、ドアが開くと「キップは、そこの箱に入れてくだ~さい」と連呼している。主な利用客が年寄りと高校生の飯田線、相当慣れていない人が多いようだ。
「飯田線のバラード」が似合う風景が見えてきても、まだまだ先は長い……
 東京では見かけない、独特の味のある高校生たちに新鮮さを感じながら睡魔に襲われ、気がついたら天竜峡駅、乗り換えて気がついたら伊那市駅に到着していた(というわけで、今回は秘境駅の話はない)。
伊那は馬肉の産地でもある。「いたや」の馬肉料理は、ご飯がいくらでもすすむね
■そして、灼熱のサイクリングへ  さて、当日である。輪行するよりは自走したほうが楽だと宿を出た筆者は、綿半(長野県では超メジャーなホームセンター。野菜も売っているよ!)で買い物を済ませ、本番の想定コースを逆に一路田切駅へ。交通量の多い国道を避けて旧道を選んでみたのだが、車は少ないものの、アップダウンがけっこう激しい。ここに比べれば、東京の坂なんぞ平らに見える。そもそも、筆者が普段、修行(あえて、トレーニングではない)している荒川サイクリングロードは、ほとんど平地である。旧道ゆえに地方にありがちなロードサイド型の店舗があるでもなく田舎ののんびりした風景は、素敵な「ごほうび」だ。
余裕をかまして寄り道をしていたら、次第にジリジリと日に焼かれていくことに

穏やかな天竜川の河畔。こんな風景が見られるなら多少の苦労も仕方ないよね

交通量の少ない旧道は、ほぼ独り占め。思いの外、自販機もあるので熱中症の心配もなさそう
 それにしても、やはり苦しい。体力は十分なハズなのだが、身体が暑さに慣れるまで時間がかかるのだ。旧道とはいえ、けっこうな数の自販機があるので水分補給には事欠かないが、照りつける日差しが急速に体力を奪っていく。時折、横を通り抜ける自動車がとても恨めしい。自転車マンガの古典『サイクル野郎』(荘司としお)ならば、適度なところで美女と行き会う展開なのだが、誰にも会うことなく孤独にペダルをこぐ作業は続く。伊那市駅と田切駅間の距離は、ざっと17キロあまり。自転車乗りならば、本来は大した距離ではないのだが、知らない道ゆえに、ほんとに負担が大きい。  途中、駒ヶ根市に入る時の上り坂についにくじけた筆者は、駒ヶ根駅前で一休み。何か腹に入れないと死んでしまうと思い、駒ヶ根名物ソースカツ丼のコースへ。最近、伊那市と駒ヶ根市の2つの町が「名物」と主張しているソースカツ丼だが、どちらの名物かは別にして、やはりおいしい。伊那のローメンといい、これを食べるためだけに、交通費を使う価値は十分にある。
店ごとに工夫を凝らす、駒ヶ根市のソースカツ丼。全店を制覇するのは、いつの日になるだろうか
こんなノスタルジックな店もちらほらと

駒ヶ根市を抜けて、飯田線の跨線橋を越えて、田切駅は、もうちょい先だ
 かくて、体力を回復した筆者は、一直線に今回の催しのスタート地点田切へと向かう。  さらに、照りつける太陽。上昇する気温に苦しみながら、ようやくたどり着いた田切。そこには、数多くの驚愕が待っていた……。
田切駅前に、こんなに大勢の人が集結するなんて誰が予測しただろうか
■ついに迎えた、クライマックス再現イベント  当初の予想を超えて、自転車持参の人から見送りのファンまでが聖地・田切駅に大集合となった。当日、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」では、20年にわたって<聖地巡礼>として、田切駅の掃除をしているグループ「田切ネットワーク」が創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」を開催するということもあり、早い時間から参加者は続々と集結。「元・下村酒店」や田切駅周辺で、新たな光画部員と出会い、トークに華を咲かせていた。  当日、自転車持参で駅に集まった参加者は約80名あまり。田切駅までの集合方法は、電車で輪行してきたり、車に積んで移動したりとさまざまだ。だが、やる気のある参加者の中には、杖突峠を越えてきたという人も。杖突峠は、茅野市から高遠へ至る峠なのだが、標高1,247メートル、わずか数キロで高低差400メートル以上の急傾斜となる、有数の険しさで知られる峠である。そこまで「苦行」を楽しむこともできるのも『究極超人あ~る』のファンであればこそ。
電車が到着するたびに続々と、あ~るファンが降りてくる。ん、ホームのハジに妙な人が

田切の集落も、大勢の人で混雑。なお、今は集落には自動販売機が一台あるだけ
 そんなムチャを楽しむ人も交えながら、田切の集落には続々と参加者が集結していく。中には、さっそく作品世界を再現すべく、飯盒でごはんを炊き始める人もいるではないか。
作品世界を再現すべくリュックまで用意する完璧さ。これが本物の<聖地巡礼>だ

まさか、世界征服を企む博士が再び田切にやってくるなんて。この水鉄砲は危険すぎる!
やる気の参加者かと思いきやキャリアに積まれているのは、おひつ……
 開始時間も近づき、続々とファンが集まってきて驚いた。多くはロードバイクなのだが、中には「なぜ、この自転車をセレクトしたんだ!」という参加者も。  京都から参加したという男性は、いつも通勤に使っているという、ブロンプトンを持参。これでもかと外装をカスタマイズしているので、ギアも内装8段変速に改造しているのかと思いきや、ノーマルのままだという。街乗りに映える折りたたみ自転車の代名詞であるブロンプトンだが、アップダウンの激しいコースに、この自転車をセレクトするとは相当の自信家に違いない(実際、とても脚力のある人だった)。さらに、折りたたみ自転車持参の人には「いや、バイクにこれしか積めなかったので……」と、さらに驚くような車種をセレクトしている人も。ほかにも「DMMでレンタルした」という自転車で手には軍手という、光画部の成り行き任せテイストを、ものすごく理解した女性も。
この自転車でも、ちゃんと完走できたんだから恐るべしファン魂だ!

まさかのママチャリ参加者。なお、筆者はこのママチャリの人にも追い抜かれました……
 そんな中でとくに目を引いたのが、ママチャリ持参の女子である。いつも2キロあまりの通勤に使っているという愛車を持参したその女性は、OVA発売当時に行われた公開イベント「ザ・夏祭り」にも参加したという筋金入りのファン。今回のイベントを知って、友人を集めて上映会も開き、友人も一緒に参加することになったのだとか。  さらに、見送り組の女子には「『日刊サイゾー』の記事を見てイベントを知ったので来ました」という人も。  見送り組には、あ~るはもちろん、成原博士や鳥坂先輩に、あさのに小夜子まで、等々各種のコスプレも集結。千葉から、あ~るのコスプレ衣装一式持参でやって来た男性は、「明日はワンフェスなんで、急いで帰ります」と。ファンの熱さにはもはや感涙だ。  そうしたファンの中でも、もっとも熱さを放っていたのは、主催者の一人でもある伊那市創造館の捧剛太館長だ。あ~るの愛車・轟天号を再現すべくロードマンを入手、可能な限りOVA仕様に近づけ、学生服持参でやってきた捧氏が田切に姿を現すと、会場はわあっと沸いた。
実は、伊那はこの作品の聖地でもあったんだね……。と、気づくまでちょっと時間がかかった

飯島町のゆるキャラ・いいちゃんは地元のお祭りが重なり多忙な中駆けつけてくれたぞ
 かくて、イベントは始まった。主催のCycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)の牧田豊さんは 「こんなに、馬鹿な人が多いとは……」  と、シャレの効いた挨拶で、会場をどっと沸かせる。飯島町のゆるキャラ・いいちゃん、地元の住民、コスプレ混じりの見送り組に声援を送られながら、自転車参加者は続々と出発していく。途中、パラパラと夕立が降るが、身体の火照った参加者には、よいシャワーだ。どの道を通るのも自由なので、参加者は国道、旧道、さらにはOVAよろしく火山峠を目指して別れ、合流しながら伊那市駅へと向かっていく。  相当、体力の落ちている筆者は、次々と追い抜かれつつ、なんとかゴールを目指す。正直、往路よりも上り坂が少ないので幾分かは楽である。さまざまなルートへ分割した参加者は、伊那市駅周辺で再び合流しながら、ゴールの伊那市駅前を目指す。OVAに従えば、西園寺ツーリストのガラス戸をぶち破って突入しなければならないのだが、80枚もガラス戸は準備できないので、駅前に西園寺ツーリスト伊那市支店の出店が。誰も、突入することなく声援や拍手に迎えられながら、続々と到達。この日のために用意された特製の西園寺ツーリストのスタンプを獲得した。
ガラス戸をぶち破られる危険を回避すべく、西園寺ツーリスト伊那市支店は屋外に設置
閉会式会場は、コスプレ撮影会へ。やばい、あ~るのカメラは危険すぎるぞ!

無事にイベントを終えて捧剛太館長もほっと一息。
しかし、3000円の中古ロードマンはかなりキツかったとか
 とくに大きな事故もなく、参加者は、駅近くの閉会式が行われる広場に移動。ここでは、伝説のおかゆライスを配布するファンが現れたり、コスプレ撮影会も行われるなど、会場は大盛り上がりだ。出店で販売される名物の高遠まんじゅうで、糖分を補給する参加者も多かった。出店ではラムネが販売されていたのも注目ポイントだ。レトロな雰囲気が漂う伊那市には、ラムネがよく似合う。  前夜も、轟天号の整備をしていて睡眠不足気味の捧剛太館長も 「続々と人数が増えて、どうなることやらと思っていましたが、大きな怪我人も出なくてよかった」  と、ホッとした表情。かくて、イベントは「伊那市駅開業100周年万歳!」「Cycle倶楽部R20周年万歳!」「究極超人あ~る万歳!」の万歳三唱を行って終幕。参加者は、Cycle倶楽部Rの牧田氏が「足を使ってお願いしてきた」参加者向けのサービスを提供してくれる市内の飲食店へと、三々五々散っていった。
まずは「うしお」にてローメン分を補給。もちろん、超々大盛りで。名物のトーフ汁がサービスだった
(取材・文=昼間たかし)

警察まで巻き込み……『あの花』聖地巡礼で盛り上がる秩父市の"仕掛け"

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『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』
アニメ公式サイトより
 埼玉・秩父の町のあちこちに今、あるアニメのキャラクターグッズが溢れているのをご存じだろうか。  今年4月から6月まで放送され、再放送が10月初旬に4夜連続全話一挙放送されたフジテレビ・ノイタミナ枠のアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』だ。  西武秩父駅周辺の土産物売り場の店頭は今、通称『あの花』のグッズだらけ。駅周辺にはコスプレをしている人など、「聖地巡礼」者の姿が多数見られる。  この作品の異質なところは原作がなく、アニメオリジナルにもかかわらず、アニメ放送中から「聖地巡礼」する多数の人が町を訪れ、9月末からは西武秩父駅限定で記念切符発売と、いろいろ展開が早過ぎること。  西武秩父駅によると、第1弾の記念切符5,000セットはすでに完売し、第2弾も、5,000セットのうち西武秩父駅取扱い分3,000セットはすでに残り3セットとなっているという(10月26日現在)。  さらに放送中の5月には、『あの花』のキャラクター「めんま」が呼び掛けるポスターが、警察署の名前で貼り出されていた。  たとえば、『新世紀エヴァンゲリオン』グッズが大人気となっている箱根などは、放送終了後10年も経ってからのグッズ化&町おこしだったわけだが、『あの花』の異様な展開の早さはなぜなのか。  秩父アニメツーリズム実行委員会に聞いた。 「聖地巡礼の人は、早くはアニメ放送開始前から来始めてましたよ」  原作なしのオリジナルアニメなのに、放送前からとはどういうことなのだろうか。 「よく、『地域おこしのためにアニメを作ったのではないか』と言われるのですが、そうではなく、『放送が終わるまではアニメをじっくり楽しんでほしい』という制作会社の希望もあり、作品内で地名を出さなかったんですよ。我々は当然アニメに協力していますので秩父をPRするタイミングを見計らっていたのですが、放送が始まるなり、第1話でキービジュアルとなっている橋がどこなのかと話題になり、ファンの方の間で旧秩父橋と特定され、注目を集めたようです」  アニメ放送中に警察まで巻き込むPRとなった理由については? 「アニメのキャラクター『めんま』が橋の欄干に立つキービジュアルがあるのですが、ファンの人がもしマネをして事故が起こると放送ができなくなるので、注意喚起の貼り紙をしようということになりました。でも、単に『欄干に上るのはやめよう』ではファンの心をつかめないのでと、制作会社のOKをもらい、アニメキャラに呼びかけてもらう形にし、また、警察署長さんにもOKをもらって文言を入れたんです」  それにしても、一部で大人気のアニメとはいえ、一般知名度はそこまででもない気がするのに、こんなにも騒動になるとは......。 「我々も分からなかったんですよ。制作会社の方に『アニメが始まると、(作品内で溜まり場として登場する札所)17番というお寺はすごいことになるよ』と言われていたんですが、正直、ここまでは予想つきませんでした。監督が長井龍雪さん、脚本を岡田麿里さん、キャラクターデザインを田中将賀さんが務めており(テレビアニメ『とらドラ!』と同一スタッフ)、その3人だったら必ずヒットすると確信していたようです」  秩父アニメツーリズム実行委員会は、昨年、スタンプラリーなどを行った「銀河鉄道999in秩父」のために立ち上げたものだそう。 「来年どうしようかね、という話をしつつ、題材を探していたときに、ちょうど『あの花』の話がきたんです」  ちなみに埼玉といえば、最近では『らき☆すた』アニメ版の舞台が鷲宮町(現・久喜市)や幸手市、春日部市であることから、神社への聖地巡礼・町おこしイベントなどで盛り上がったこともあり、それがヒントになったところも大きいようだが、アニメ放送とほぼ同時進行に進んだ、早過ぎる町おこし&ブーム。  アニメ放送前からすでに聖地巡礼の人が来ていたという事実から考えても、背景には、広告代理店やテレビ局、制作会社などが一丸となった"仕掛け"があったのではないだろうか。
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