
筆者・山口(右)とリオー氏
●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。

●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。

『2012年!! 恐怖の人類滅亡預言の真実
巨匠! 山口敏太郎B-FILEシリーズ』
UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る
心霊、妖怪、都市伝説、UMA、UFO、陰謀論......この手の分野を扱っていると、いろいろと仰天することに出くわす。特にこの手の分野をまったく疑うことなく妄信している人々、俗にビリーバーという妄信者には迷惑することが多い。とにかく、奴らは他人の迷惑など省みず、自分のことばかり主張するのだ。
とある人物などは、日々締め切りと納期に追われる弊社(株式会社山口敏太郎タートルカンパニー)に、毎日のように電話をしてきて、自分の宇宙人体験を聞かせようとする。最初のうちは社員たちも黙って聞いていたのだが、徐々に編集業務や執筆業務に支障をきたすようになってくる。
このままでは、取引先に迷惑をかけてしまうので、会社の代表としてその人物に「仕事中なので、何度も何度も電話をかけないでほしい」と伝えると、突如逆ギレ。「なんで自分が体験した世界的に貴重な話を聞かないのか!!」と大暴れ。なだめて電話を切ったのだが、大変不快な思いをした。
毎日職場に電話してくる己の非常識な行動を否定されたにもかかわらず、彼の頭の中では、自分の体験談(単なる妄想)を山口敏太郎に否定されたと思い込んでしまったようで、その後あちこちに電話して妄想を撒き散らしているようだ。彼はこの先、何十年も妄想の世界で夢心地のまま人生を終えるのであろう。
また、突然尋ねて来て、いきなり面会を求める妄信者も困りものである。うちの事務所は毎日のように来客があり、編集者や放送作家、テレビスタッフと打ち合わせを重ねている。ゆえに、いきなりやってきて玄関先で「山口敏太郎に会わせろ!!」と叫ぶものだから、打ち合わせもできず、もう大変である。中には、怪しげな器具や預言書(小学生レベルだが、逆にそれが"20世紀少年"みたいで怖くもある)を手渡そうとする輩もいる始末で、最近はインターフォンで関係者かどうか確認し、アポのない人物は取りつがないようにしている。
逆に筆者を妄信者扱いする人間も稀にいる。筆者の本やテレビ・ラジオでの発言をチェックしていれば、妄信者でも全否定論者でもなく、不可解な現象の案件ごとで、真偽を判断するのが山口敏太郎流だと理解できるのだが、テレビやラジオのスタッフでありながら
「山口さん、2012年人類は滅亡すると断言してください」
「なんでもかんでも、宇宙人の陰謀だって言ってください」
と言ってきたりする場合がある。
「人類滅亡なんか、するわけないじゃん。あるのは資本主義の限界が見えることかな」
「なんでもかんでも、宇宙人の陰謀にしちゃ駄目でしょう」
と答えると、
「ええっ、今までの専門家みたいに妄信してないんですか」
と、ひどく驚くのだ。確かに不思議な現象は実際にあるが、報告される事例のうち95%以上がなんらかの勘違い、妄想、虚言でしかない。これはフェイク情報を切り捨てたとしても残り5%の中に真の不思議現象が残るのだ。
どちらにしろ、オファーする相手をもっと調べてから依頼すればいいのにと思う。今までは、確かにそういうイージーな演出も受けてきたオカルト研究家が多かったのも事実だが、それはあくまで昭和のテレビ・ラジオの話である。
コンプライアンスが浸透した現在では、霊能者やスピリチュアルカウンセラー(占い師はOKのようだ)という職業の人が画面に映り、霊能力とか霊視という言葉を使うことさえもはばかられる。こういう時代だからこそ、安易に恐怖をあおる演出や、視聴者もうすうす分かっているようなインチキな演出は控え、ウソはウソ、分からないことは分からないと正直にいうのが、これからのメディアの責任である。
(文=山口敏太郎)
●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。

UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る!
相変わらず、世の中は「2012年人類滅亡」「2012年宇宙人襲来」というバカげたキャンペーンで溢れている。筆者もオカルト作家という立場上、多くの人たちから、この"2012年問題"について聞かれることが多い。
確かに、奇妙なことに多くの予言が2012年に照準を絞ったかのように、この年の人類滅亡や、この年に重大な危機が訪れることを警告している。一番有名なのは、マヤ暦の予言である。
実は、マヤ文明が使用していた暦は、2012年12月21日(12月22日説、12月23日説もある)に終焉を迎えるとされており、それ以降の暦がないのは、人類の歴史が終わるからだと言われている。マヤの暦には、1番目の太陽の時代から数えて、5番目の太陽の時代まであり、現在がちょうどその5番目の太陽の時代に当たるとされている。
他にも伯家神道の言い伝えで、伯家神道の伝授がなされていない天皇が即位してから100年後に日本の国体に大きな変動があると言われており、1912年の大正天皇が即位してからちょうど100年目の2012年がその年だとされている。
また、オーストラリアから世界中に広がった情報で、フォトン・ベルトという「高エネルギーフォトン(光子)」がドーナッツ状の帯になっているものが地球に迫っているという説も唱えられている。地球は約1万年に1回の周期でこのフォトン・ベルトの中に突入しており、前回の突入時には、ムー文明やアトランティス文明が滅びたとされており、今回も地球上の文明が滅びるのではないかとうわさされているのだ。
このようなさまざまな予言のベクトルが2012年を指していることから、人々の間で"2012年問題"に対する恐怖心が蔓延しているのだ。
だが、まったく恐れることはない。このような2012年の予言はまったく根拠のないことだからだ。
例えば、マヤの暦だが、5番目の太陽の時代で途絶えているのは事実だが、その後は1番目の太陽の時代に戻るだけである。つまり、マヤの暦は途絶えているのではなく、何度も繰り返していく循環型の暦なのだ。
また、伯家神道には、"伯家神道の伝授がなされていない天皇が即位してから100年後に日本の国体に大きな変動がある"という予言はなく、単に恐怖をあおるだけの"インチキオカルト雑誌"の捏造に過ぎない。
また、フォトン・ベルトに至っては、女子高生がオーストラリアの雑誌に投稿した、妄想と憶測たっぷりの論文が元ネタである。しかも、この女子高生は母親から聞いた内容をまとめ、その母親は恋人の米国人が話した内容を娘に伝えたと言われている。言ってみれば、母親が彼氏から聞いてきた都市伝説を、娘に披露し、それが雑誌に載っただけのことである。
このような恐怖をあおるだけの2012年予言を、筆者は「2012年ハルマゲドン商法」と呼んでいる。メディアとは、情報伝達であると共にビジネスではあるが、他人の恐怖につけ込んで雑誌や本を売ってはならない。
いくらエンターテインメントやメディアの世界といえども、各企業が情報発信者としてコンプライアンスの遵守に努めている中で、このような無責任で、恐怖心をあおるだけの予言を垂れ流す雑誌や作家は断固として糾弾したい。我々は、ノストラダムスの予言に振りまわされた1999年問題や、ハルマゲドン思想にとりつかれたオカルト妄信者たちが引き起こしたオウム真理教事件を忘れてはならない。
オカルトやホラーはあくまで創作物やエンターテインメントの要素として、家族で安心して見られるものにしなければならない。筆者こと山口敏太郎は、常にそういうイデオロギーで活動してきた。2012年の人類滅亡とは、今まで散々恐怖を撒き散らし、商売にしてきたインチキ野郎たちが滅亡する年なのだ。
(文=山口敏太郎)
●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。

『超仰天! UFO&エイリアン怪奇
遭遇ファイル200』
(ダイアプレス)
UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る!
昨今、多くの人々がUFOを目撃するようになった。どういうわけだが理由は不明だが、大量のUFOが世界各地に飛来するようになっているからだ。
昨年12月4日には、横浜アリーナの上空に100機近いUFOが出現し、通行人など数百人の人々が同時に目撃、軽いパニック状態になった。その様子はデジカメなどで撮影され、YouTubeにもアップされている。当日現場にいた人物に確認すると、3、4回に渡りUFOの大群は出現、多くの人が携帯電話やカメラで撮影したという。
このUFO事件の一報を聞いた時に筆者は、田畑で使用されているカラス除けの銀色のビニール風船が上空を舞っているだけではないかと思った。また、目撃現場付近には結婚式場もあり、そこで放たれた風船の可能性もあるのではないかと推測した。
だが、それだけでは説明しづらい部分がある。
まずひとつ目は、形状が酷似したUFOの大群が他の地域にも出没していることである。2004年3月には、メキシコ南東部の上空に十数機のUFOが出現。偶然、麻薬組織を警戒中であったメキシコ空軍機が撮影したVTRが、メキシコ国内のニュースで放送され世界的な話題となった。
また、世界経済の中心地であるニューヨーク・マンハッタンの上空にも酷似した銀色UFOの大群が飛来していることも見逃せない。10年10月13日ごろ、マンハッタンの上空に突如UFOの大群が出現、数千人の市民がパニックになる中で、低空飛行を繰り返した。警察は「恐らくは観測気球であろう」とコメントしているが、観測気球の届出を受けているはずの連邦航空局に該当情報はなかった。一説には、ネット上で「UFOのマンハッタン飛来事件」は予告されていたともウワサされており、アメリカ中のUFOマニアが熱狂する事態となった。
この2件の事件に続き、横浜の目撃事件、さらに新宿でも同様の事件が発生した。11年5月9日には、新宿上空に銀色のUFOが30数機(一説には100機近く飛行していたとも言われている)が出現、通行人数千人が目撃して、パニックになった。このVTRもYoutubeにアップされ、目撃したおばちゃんの「朝日新聞に連絡して」「初めて見た!?」という興奮した叫び声が"うぶで微笑ましい"と、話題を呼んだ。
2つ目は、横浜や新宿の映像を見るとUFOの各個体がそれぞれ違う方向に移動している点である。単に風船が大量に飛んでいるだけならば、全部が大体同じ方向に流れていくはずである。だが、これらのUFOは1個1個がそれぞれ違った方向に動いているのだ。
これら一連のUFO騒動の真相や背景には、何があるのであろうか。ある宗教団体の風船を使ったプロモーション活動ではないかという説も出たのだが、アメリカやメキシコまで巻き込む事は不可能だろうし、一歩間違えれば米国の連邦航空局に摘発されるリスクもある。ましてや数十から百個の風船を人に見られないように上空にあげ、1個1個を違う方向に飛ばすことは可能であろうか。
やや強引な推理かもしれないが、一般に開放されてないビルの屋上から風船を飛ばし、ビル風に乗せて変則的に飛ばすことは可能かもしれない。だが、そんな手間をかけて何の意味があるのだろうか。そもそも、まったくメッセージの伝わらないプロモーションに意義はない。
例え、本物のUFOだったとしても、どういう真意があるのであろうか。考えれば考える程、意味不明の事件ではないか。
勿論、今後も監視が必要な事件であり、筆者も経過を見守っていきたい。
(文=山口敏太郎)
●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。

『本当にいる日本の「現代妖怪」図鑑』
(笠倉出版社)
UMA、心霊現象、都市伝説、オカルト......科学や情報技術が発達した現代でも、今なお話題に上がり続ける真贋不明な有象無象を、"摩訶不思議"のオーソリティー・山口敏太郎が縦横無尽にぶった斬る!
昨今、アニメや小説に見られた過剰な妖怪ブームも落ち着き、妖怪や怪談が趣味の一分野として定着した感がある。そのせいだろうか、講演会やライブで地方に行ったりすると妖怪や幽霊、怪談に関して質問を受けることがある。
よく聞かれるのが、「妖怪と幽霊の違い」である。これに関しては、過去に柳田国男が当時の妖怪の概念である「おばけ=妖怪」という言葉を使って、「おばけ=妖怪」と「幽霊」の違いを分かりやすく説明している。
柳田の定義付けによると、幽霊は、場所に関係なく特定の相手の前に姿を現すが、妖怪は特定の場所に住み、誰でも分け隔てなく脅かすという。つまり、出現地域が定まっているのが妖怪であり、特定の相手に対して付きまとうのが幽霊であるわけだ。
また、柳田は出現する時間によっても違いを指摘している。「おばけ=妖怪」は、黄昏時やカワタレドキに姿を現し、幽霊は丑三つ時に姿を現すと結論付けたのである。
だが、この柳田による妖怪と幽霊の違いは、あくまで昭和初期、中期の概念であり、今となっては大幅なずれを感じてしまう。特定の場所に縛られ、誰それ構わず驚かす幽霊もいるし、出現時間に縛られることなくアトランダムに出現する。いや、そもそも平成の時代にいたっては、幽霊はともかく妖怪の目撃談は非常に少なくなっている。
そこで、筆者・山口敏太郎は以下のように説明している。
「妖怪はオフィシャルな存在であり、相手が誰でも時間に関係なく人間を驚かす。幽霊はプライベートな存在であり、恨みや妬み、愛情など個人的な感情を持っている相手の前に時間に関係なく出現する。つまり、出現する動機が社会の構成員全員に無差別に姿を現すのが妖怪であり、あくまで個人的な理由により出現するのが幽霊であるのだ」
このように説明すると、以下のような反論が返ってくる。
「妖怪や幽霊は時間に関係なく出現することは分かったが、俗に心霊スポットに出現する幽霊は、幽霊なのにある一定の場所に出現し、不特定の人間を脅かすモノもいる。これはなぜなのか」
これは簡単である。既述したが"妖怪の目撃談が減っている"という事実は、深く掘り下げていくと"かつて妖怪扱いされた存在を、現代では幽霊扱いしている"といえるのだ。
平たくいえば、現代の幽霊目撃談の中には、多くの妖怪目撃談が含まれている。
話を戻して説明してみよう。幽霊なのにある一定の場所に出現し、不特定の人間を脅かすモノもいる、という概念は最初から間違えている。一定の場所に出現し、不特定多数の人を脅かしている時点で"妖怪化"しているのだ。
つまり、個人的な感情(恨み、妬み、愛情)などを持って出現し続けていた幽霊は、時代が進み、その人が生前に感情を抱いていた相手も全て死に絶え、"○○○○さんの幽霊"と呼ばれていたものが忘れ去られ、単なる"女の化け物""男の化け物"となってしまう。こうなった場合、既に個人の霊魂ではなく、妖怪化しているわけだ。
こういう変換はよく起こる。雪山で死んだ女の幽霊はいつしか「雪女」に、旧家に出現する子どもの幽霊は「座敷わらし」に、○○さんの人魂はいつしか「怪火○○」に変化していく。あくまで山口敏太郎流の呼び方だが、これを「幽霊の妖怪化」と呼んでいる。
だが、現代人はこの妖怪化した幽霊さえも、幽霊と解釈しており妖怪の減少化につながっているのだ。
結論をいえば、かつて妖怪と呼ばれたはずの固有名詞がとれた古い幽霊も、現代では依然として幽霊扱いされており、幽霊と妖怪の違いが希薄になっているが、出現する動機で、幽霊と妖怪は区別できる。妖怪(妖怪化した幽霊含む)は一定の場所に留まり、誰でも彼でも脅かすが、幽霊は生前感情を抱いた特定の相手の前に出現する。また、24時間人間が生活している現代では幽霊も妖怪もフルタイムの出現が可能になっている、ということである。あなたが聞いた話は、妖怪談だろうか幽霊談だろうか。
(文=山口敏太郎)
●やまぐち・びんたろう
1966年7月20日生まれ、徳島県出身。血液型AのRHマイナス。作家・漫画原作者・ライター・オカルト研究家などさまざまな肩書を持つ。UMAや心霊・都市伝説など、あらゆる不思議分野に精通する唯一のオールラウンドプレイヤー。
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