「ついに若林さんが覚醒しました!」 オードリーの若林正恭が荒々しいラップを歌い終わると、ベッキーがそう叫んだ。会場には、割れんばかりの「若様」コールが鳴り響いた。 そこは「PAISEN FESTIVAL マジリスペクト 2016」と名付けられた“音楽フェス”の会場。『ヨルタモリ』(フジテレビ系)の後番組として、昨年10月からレギュラー放送を開始した『人生のパイセンTV』で行われたフェスである。番組の総合演出を務める「マイアミ・ケータ」こと萩原啓太の「夢だった」ということから、番組開始わずか3カ月で実現した。 だが、実はこのフェス、開催することを上層部に報告していなかったため、大目玉を食らったという。しかも、急いでセットを組んだため、大赤字。にもかかわらず、通常回、わずか24分のオンエア。バカだ。 この番組は、人から「バカ」だと言われても信念を貫き、人生を謳歌する大人たちを「パイセン」と呼び、リスペクトする番組だ。これまでも年商10億円を超える社長でありながら365日短パンをはき続けるパイセンだとか、EXILEに憧れすぎているリーマンパイセンだとか、万物をトンガらせるヒーローのパイセンだとか、市議会議員からタレントに転身しちゃったパイセンだとかを紹介し、番組内“スター”を発掘してきた。 番組の最大の特徴は、その紹介VTRが、とにかくチャラいことだ。画面いっぱいに広がるカラフルなテロップに、騒がしくまくし立てるナレーション、けたたましく響く効果音とBGM。チャラい人をチャラい人がチャラい演出で撮り、迫ってくるのだ。最初こそ、そのチャラさに拒否反応を起こしていても、見ているうちに楽しくなってクセになってしまう。そんな中毒性があるVTRだ。 その上で、番組MCの若林やベッキーからも「2部構成」とイジられるように、VTR後半は一転し、自分がチャラくなった理由や思いが静かに真面目に語られる。チャラさを笑っていたら、時にうっかり感動させられてしまったりさえする。VTRを見終わった後、なんだか味わったことのない、新しい心地よさがあるのだ。それは「バカ」をバカにしていないからだろう。 2015年の好不調を頭の中でグラフにした時に、このレギュラー番組が始まった10月からクイッと上向いたことを告白し、 「私、ホントにこの番組と出会えて幸せ!」 と、は思わず口にしたベッキー。2人は、このグラフのクイッと上向いた部分を“パイセン坂”と命名し、若林も少し照れながら同意して言う。 「俺も悔しいよ。俺もパイセン坂あんだよ。パイセン坂を上がることで、ほかの仕事も良くなるみたいな。たぶん、人生のピークだったと思う、2015年は」 かつて卑屈で、何に対してもナナメ目線だった若林が、この番組では心から楽しんでいる。 「ホントに俺、ずっと人生つまんなかったんだけど、めっちゃ楽しかったもん、2015。全部の仕事楽しくって!」 ベッキーに至っては、この番組の収録がある日に予定を聞かれ、「オフ」だと無意識に答えてしまったこともあるという。「仕事」だという感覚がなかったのだ。若林もまた、「高速に乗る時の(浮かれた)気持ちが、『パイセン』(の収録へ)行く時とゴルフ行く時は一緒」だと笑う。いい意味で「遊び場」感覚なのだ。 かつてフジテレビの名プロデューサー・横澤彪は『オレたちひょうきん族』を作る際、「スタジオは遊び場だ」と宣言した。それによってアドリブが飛び交い、本来NGになるようなハプニングを笑いに変え、躍動感あふれるイキイキとした番組になった。その精神こそ、“フジテレビ的”なものだ。弱冠29歳の萩原啓太にも、その血は確実に受け継がれている。マイアミ・ケータを名乗り、積極的に画面に登場するのも、その表れだろう。 「人はバカになれた時、人生が楽しくなる。バカになれた時、人生が豊かになる。バカになれた時、人生が切り開ける」 そう『パイセンTV』は言う。どんな苦難があってもすべてを吹き飛ばし、明日から全力で笑うためにバカになるのだ。こんなバカなテレビがあったっていい。 「1人のバカが変えていくんですね」 若林は、本当に実現した「パイセンフェス」を眺めて言った。「パイセンフェス」の最後は、この日のために作られた「三代目パイセンオールスターズ」が歌うオリジナル曲「P.A.I.S.E.N.」で締められた。その中で若林が「窮屈で退屈でマンネリな日々ぶち壊すパイセンTV♪」とラップを披露し、盛り上がりがピークに達した後、一番オイシイところで登場し、サビを歌い上げたのがマイアミ・ケータだった。 「テレビは、あなたの思い出作りの場所じゃないんですよ!」 若林は幸せそうにツッコんだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『人生のパイセンTV』フジテレビ
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祝『すべらない』春日MVS! オードリーの“コンビそろった”トーク力は、どう培われたか
7月11日に放送された『人志松本のすべらない話』第29弾(フジテレビ系)で、オードリーの春日俊彰が、最もすべらなかった話に送られるMVSを獲得した。初出場にして初優勝の快挙を成し遂げたことになる。相方である若林も3回目の出場を果たしており、コンビそろっての出場は珍しい。 春日は、溺愛する姪っ子の授業参観にまつわるエピソードを披露。その場で、前日に行ったキャバクラで出会った人と思わぬ再会をするまでを、じっくりと語り下ろした。 春日といえば「トゥース」や「鬼瓦」などの一発ギャグのほか、最近ではボディビルや水泳など体を使った仕事も多い。しゃべりよりは肉体派の印象が強い芸人だ。 しかし、オードリーはコンビそろってフリートークの名手であることは意外と知られていない。2人のトーク力を鍛え上げているのが、深夜ラジオ番組『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送系)だ。 「オードリーは2008年末の『M-1』で準優勝を果たし、ブレークします。ラジオは翌09年10月からレギュラーがスタート。番組の特徴は、2人がそれぞれフリートークのネタを持ち寄っていることですね。芸人コンビのラジオは、どちらかが聞き役に徹することも多いのですが、オードリーの場合、フリートークでも若林パート、春日パートが毎週あります」(放送作家) フリートークの内容はロケ先や旅行先で起きた出来事、ショーパブなど下積み時代の話、芸人仲間にまつわる話、中学高校の同級生である2人の共通の友人知人にまつわる身内話など多種多様だ。 「ラジオのフリートークのネタ探しのために、毎週行動を起こしているようなところもあります。いわば毎週自分たちにハードルを課して、乗り越えているような形です。素材をいかに広げるか、面白くするかという試行錯誤を通して、フリートーク力が鍛えられていったのかもしれません」(同) 『オードリーのオールナイトニッポン』は時折、録音放送もあるものの、忙しいスケジュールを縫うようにして生放送が続けられている。盤石のトーク力は、土曜深夜に蓄積されているのだろう。 (文=平田宏利)『オードリーのオールナイトニッポン』より
南キャン山里パニック! フジ『ミレニアムズ』の“卑屈疲れ”と“ナナメ”の夜明け
「これをやっちゃったらこの番組、コンセプト大丈夫?」 南海キャンディーズ山里亮太は、慌てふためいて叫んだ。 『ミレニアムズ』(フジテレビ系)の人気コーナー「カスママ」に訪れた、ゲストの柳原可奈子とのやりとりの一幕だ。 『ミレニアムズ』は2014年10月から始まった番組。オードリー、ウーマンラッシュアワー、ナイツ、流れ星、山里という、2000年デビューのお笑い界の精鋭たちを集めたユニット番組だ。 フジテレビのユニット番組といえば、『オレたちひょうきん族』までさかのぼる。以降、ダウンタウンやウッチャンナンチャンを輩出した『夢で逢えたら』、後の『めちゃ×2イケてるッ!』へとつながる『とぶくすり』、キングコング、ロバート、インパルス、ドランクドラゴンらの『はねるのトびら』、ピース、ハライチ、平成ノブシコブシなどの『ピカルの定理』と伝統は受け継がれてきた。『ミレニアムズ』も、この流れに続く番組だ。これらのほとんどは若手芸人の登竜門的番組だったが、『ミレニアムズ』のメンバーの多くは、すでに他番組などで実績のある、いわば“できあがった”芸人たち。だからこの番組では、これまで彼らが築き上げてきたキャラクターを生かしたコーナーが多い。それは『ミレニアムズ』の見やすさという長所でもあるが、既視感という短所もはらんでいる。 特に番組で強調されているのは、彼らの「卑屈」キャラだ。彼らは、上が詰まっているテレビ界の状況も相まって、“売れる”まで時間がかかっている。だから、妬み、嫉み、ひがみを募らせてきた。中でも、山里、オードリー若林正恭、ウーマンラッシュアワー村本大輔はその筆頭である。前述の山里がパニックを起こしたコーナーは、そんな3人がそれぞれ、にゃんちゅう(山里)、なべこ(若林)、オーサワ(村本)という番組ADの“3人娘”に扮し、行きつけのゲイバーを訪れるというコーナー。ホスト(ホステス)役のカスママに扮しているのは、「卑屈」とは対極にいるオードリー春日俊彰だ。 1月31日の放送で、カスママの店に訪れたゲストは柳原可奈子だった。柳原といえば、人間観察を通じたナナメ目線のコントを得意とする女芸人。いわば、山里たちと近いタイプと目される芸人だ。だが、柳原はカスママを前に正直な心境を吐露する。 「『柳原さん、もっとナナメの目線ください。もっと意地悪な目線ください』みたいな。……疲れちゃった(笑)」 「これは結構な爆弾だぞ!」「相撲取りがこれ以上太りたくないですって言ってるのと同じだよ」とおののく3人娘たち。すると、柳原は矛先を『ミレニアムズ』に急転換させる。 「あの番組のメンバーって、『卑屈』みたいな感じで言われてるじゃないですか。(略)そんな毎日毎日、卑屈なわけじゃないと思うんですよ。すごく、“あ、空が綺麗だな”って思う日もあると思うし、たくさんの人と楽しく飲みに行く日もきっとあると思うんですよ」 「そうそう」とうなずく若林、あたふたしたリアクションをとる山里、固まる村本。 「だけど、そういうふうに卑屈ばっかり求められて、絶対あいつら“卑屈疲れ”してると思うんですよ(笑)」 この柳原の発言に対し、春日は「アハハハハ!」と大笑い。そして3人娘は、三者三様のリアクションを見せる。山里は「ダメだよ、この船に乗ったら『ミレニアムズ』は終わるかもしれない。この船に乗っちゃダメ!」と大慌て。村本は「今、その船、涙で水没しそうになってる」と俯瞰してつぶやく。若林は「一回、船、ぶっ壊してみようよ」と不敵に笑う。 彼らが卑屈であることは間違いない。だが、番組としてパッケージにされたとき、「卑屈キャラ」という窮屈なものに変わってしまう。たとえば「ハロウィン」は、卑屈に生きる人にとっては格好の攻撃対象だ。だが、「ハロウィン仮装する人をイジっちゃうってことが、ナナメ側からしたら王道過ぎる」と若林が言うように、ハロウィンをことさら攻撃する人に違和感を抱くのもまたナナメ目線で生きる人にとっては必然だ。いまや若林は「卑屈キャラ」を演じる自分たちにも、ナナメの目線を向けてしまうのだろう。 だから、かたくなに「卑屈」キャラを守る山里に、若林は言う。 「まだそこなんだ?」 と。それに対し、山里は「本人先頭走ってると思ったら、周回遅れだったってこと?」とショックを受けつつも、「まだそこと戦っていきたい」と宣言する。 山里も若林も村本も、その卑屈さのレイヤーは当然さまざまだ。番組でパッケージされた「卑屈キャラ」というカテゴライズにそれぞれのナナメ目線で抗うことこそ、卑屈キャラの真骨頂であるはずだ。その“枠”からはみ出す部分にこそ、人間味が表れるのだ。 「ナナメの夜明けだ!」 若林は興奮気味にそう語った。「ついにこの時代が来たか」と。“できあがった”芸人たちのユニットだから、これまで“壊す”ことができなかった。だが、逆に言えば“できあがった”からこそ、“壊す”ことも可能なのだ。その時こそ、新しい何かが生まれるはずだ。 いよいよ『ミレニアムズ』が、真の意味でスタートラインに立ったのではないだろうか。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『ミレニアムズ』フジテレビ
「今年最大級の熱愛スクープ」ベッキー、オードリー・若林正恭の“熱愛キャッチ”Xデーは!?
先日、一部で報じられた、タレント・ベッキーと、お笑いコンビ・オードリーの若林正恭との親密愛。これまで2人の関係についてのウワサは何度も出ているが、ここまでハッキリと報じられたのは今回が初めて。芸能マスコミからは「今年最大級の熱愛スクープ」として、マークされることになりそうだ。
バラエティ、歌手、女優とマルチに活躍するベッキー。
「現在、7本レギュラーを抱えており、所属事務所・サンミュージックの稼ぎ頭です。2009年に酒井法子が薬物事件で逮捕され、CM契約が飛んだときには、事務所がクライアントに対して多額の違約金を支払ったとされていますが、それでも会社自体が潰れなかったのは、ベッキーの活躍があったからこそ。老舗事務所で有名ですが、いまや彼女の存在は別格です」(お笑い関係者)
一方、近年一気にメディアでの露出を増やしているオードリー。
「ネタに関しては一定の評価を得ていましたが、パターンが乏しいため、ジリ貧に。ただ、若林の仕切り術と春日の体を張った芸で生き残り、こちらもレギュラーはコンビとして7本、若林単独はプラス2本と好調です」(同)
そんな売れっ子同士の「ネタになりやすいカップル」を、芸能マスコミも放っておくわけがない。
今後、各社の“取材合戦”が予想されるという。
「このカップルは、小学生でもお年寄りでも、誰もが知っているタレント同士。これだけで、雑誌だと売れ行きに、テレビだと視聴率に好影響が出ます。また、男性サイドがお笑い芸人だと、ネタにする可能性もあり、メディアも本人も広く展開に活用できる。ベッキーサイドは嫌がるでしょうが、彼女もバラエティのお約束を知らないわけではないので、報道しやすい。その分、各社が追いかけて取材するので、争奪戦にはなりそうですけどね」(在京ワイドショースタッフ)
すでに「2人が都内でデートしている姿を、関係者が多数、目撃している」(別の芸能関係者)という情報もあるだけに、今後の2人の恋の行方から目が離せない。
“何やってんだ世代”の意地 南キャン山里×オードリー若林『もっとたりないふたり』の挑戦
「俺のこと凡人だと思うなよ! 秀才の意地、見せてやるよ!」 南海キャンディーズの山里亮太は『もっとたりないふたり』(日本テレビ系)の打ち上げでそう宣言した。 『もっとたりないふたり』は、山里とオードリーの若林正恭が結成したコンビ「たりないふたり」が、自分たちの「社交性」「恋愛」「社会性」など「人としてたりない」部分を披露し合いながら、それを元に漫才を作っていくという番組だ。もともとこのユニットは『潜在異色』というライブ(のちにテレビ番組化)から生まれた。それが2012年4月から『たりないふたり』という番組として独立。その第2弾が、今年4月から始まった『もっとたりないふたり』だ。 初回は、いまテレビに「漫才がたりない」とばかりに、30分丸々、ふたりの新作漫才を披露。山里と若林という、当代屈指の漫才師のプライドを見せつけるかのようだった。 この番組では新しい趣向として、即興の漫才を作るという企画が数回放送されている。これは、ふたりとも多忙がゆえ「打ち合わせの時間がたりない」という問題を解決するための苦肉の策だったというが、観客が見守る舞台上でふたりが会議し、制限時間の40分を過ぎると、そのまま漫才を披露するというもの。その結果、ふたりの漫才の出来上がっていく過程を生々しく映す、リアルなドキュメントとなっていた。 冒頭に引用した山里のセリフは、企画の2回目の後に行われた打ち上げの際に発せられたものだった。山里は2回目の即興漫才企画の収録を「結局さ、今日の『たりないふたり』は、“笑わせてる若林と笑われてる山里”ですよ。若ちゃんが天才なのはみんな分かってる。山里が秀才だって伝わるにはどうしたらいいか……。今日の中で、正解のツッコミを出すことでしょ?」と振り返ったあと、「秀才の意地を見せる」と宣言したのだ。 若林も山里も本来、お互いのコンビでの役割はともにツッコミ。しかし、もともとはどちらもボケ担当だった。若林は相方の春日を最大限生かすためにツッコミに転身。山里もまた、たぐいまれな「大女」というしずちゃんのキャラクターを引き立てる「気持ちの悪い男」キャラを維持しつつ、自分の人生を振り返り「今まで目の前で笑い声が聞こえるときって、自分がツッコんでるときだ」と気付き、ツッコミ役に回った。その山里のツッコミは、若林をはじめとして、多くのツッコミ芸人に大きな影響を与えた。 「ツッコミで笑いを取ろうっていうのが、めちゃくちゃ増えた。“山ちゃん以前”、“山ちゃん以後”で漫才のツッコミの歴史が分かれている。潮目になっています」 若林はそう、山里のツッコミを評価している。 一方、一般的には“地味”なイメージのある若林。特に、テレビに出始めた当初、オードリーが披露していた漫才は春日のおかしさを引き立てるため、若林が目立つものではなかった。しかし、本来“クレイジー”なのは春日ではなく、若林のほうだ。「たりないふたり」でボケを任された若林は、そのクレイジーさを全開にしている。そんな若林の自在のボケに、山里は翻弄されてしまっていたのだ。 山里の冒頭の宣言を受けて、もともと2回で終わるはずだった「40分間で漫才を作る」企画の第3弾(6月6日深夜放送)が実現した。 若林は悪そうな半笑いを浮かべながら、そのテーマを「実写版『天才になりたい』」にしようと提案した。『天才になりたい』は、山里がかつて書き下ろした本のタイトルだ。「山里“ジーニアス”亮太」と「若林“クレイジー”正恭」の漫才を作ろう、と。 山里は過去の反省を踏まえ、「とんだサイコ野郎だぜ!」「この自由は尾崎豊が求めてないやつ」といった、「若林くん対策ツッコミ集」を準備していた。その中には、自分の中でボツにした「ドクターフィッシュになってかかと食べてやろうか」という、使いどころの分からないものもあった。 設定を王道の「結婚」に決めると、若林は「入場シーン」「司会あいさつ」「ケーキ入刀」「キャンドルサービス」「新郎が手紙を読む」「ブーケトス」と次々と自分がボケる部分をホワイトボードにメモしていき、それぞれの横に「山 セツ」と書き加える。そこに、山里の“センスツッコミ”を入れるということである。ここで打ち合わせ終了のブザー。構成だけは決まったが、具体的なボケやツッコミは一切決まっていないまま、漫才本番に突入するのだ。果たして、ふたりの漫才はただの雑談だったと思えた打ち合わせ中の会話なども伏線に使いながら、進んでいった。 若林は山里にムチャぶりしたり、山里の想像する方向を微妙にズラすトリッキーなボケで、山里を困惑させつつも、そのツッコミとしての天才性を引き出す見事な漫才を完成させたのだった。そして最後のオチは、使いどころが狭すぎてボツになったツッコミ「ドクターフィッシュになってかかと食べてやろうか」だった。 ふたりは以前、自分たちの世代には、ダウンタウンやウッチャンナンチャンのような世代を引っ張るような「突き抜けた存在」がいないと話していた。 「誰も先頭切ってるヤツがいない」 「『何やってんだ世代』なんじゃないか」 「俺たちの世代、がんばらなきゃダメだよな」(『オードリーのANN』) と、忸怩たる思いを語り合った。自分たちは「無難」にしようとするあまり「何かを起こしそうな気配がない」のではないか、と。だから彼らは決して「無難」ではないこの企画に挑戦しているのだろう。いまや、多くのテレビに出続け、一定の評価を受けているふたり。けれど、山里と若林にとって現状は、まだまだ芸人としての充足感が「たりない」のだ。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから『もっとたりないふたり ─山里亮太と若林正恭─ 』(バップ)
「トゥース」は世界の共通語 「春日の部族滞在記」に見る、オードリー春日の生きる才能
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。 「サムライの国から来た男だから負けるわけにはいかないですよ、チャンバラで」 『ネプ&イモトの世界番付』(日本テレビ系)の「オードリー春日の部族滞在記」で春日俊彰は、エチオピアのスルマ族に伝わる「ドンガ」という戦いを前に、自信満々にそう言い放った。 「部族滞在記」は、得意分野を「海外と水中」と言い切る春日の真骨頂が見られる企画だ。春日が世界各地に住む部族の村を訪れ、その生活を体験するという、いわばありふれた企画。しかし、春日がそれをやると、ただの過酷な海外ロケとは明らかに違うものになるから不思議だ。なんというか、その苛酷さに似合わず、春日がただただ楽しそうなのだ。企画開始当初こそ、スタジオの芸人たちに「大丈夫なのか?」などとイジられていたが、ひとたびVTRが流れると称賛せざるを得ないスゴさを見せつけ、いまや番組屈指の人気コーナーとなった。 これまでも、「陸には悪魔がいる」と信じる海の部族・パジャウ族とサメの生息する海で潜水対決をしたり、トーライ族と共に上半身裸になってムチで打たれたり、ハマル族の成人の儀式である牛の上を走る「牛跳び」に挑戦したり、素っ裸になって蜂の巣のまっただ中にハチミツを取りに行ったり、バイリン族と火の中を歩いたり、“戦いの部族”ズールー族の絶対王者と木の棒と盾だけを使ったイズンドゥクという伝統武術で戦ったりと、体を張ったさまざまな過酷な挑戦を繰り返している。そのたびに「ここで行かなかったらね、なんのために『春日』やってるかわからないからね!」などと言って立ち向かうのだ。 12月6日に放送された第8弾で訪れたのは、“乱闘の部族”スルマ族。日本から飛行機で約22時間、およそ1万キロ離れたエチオピアの山奥に住む部族。現地のエチオピア人さえも、「危険な部族」と口を揃えるほどだ。 事実、数時間かけてようやく到着すると、スルマ族の若者がカメラを武器と勘違いしてか、レンズに向けて棒で攻撃してくる始末。スルマ族は男女別々で暮らしているという。女性はデヴィニャと呼ばれる土の皿を口にはめている。下唇の下に穴を開けてつけているのだ。日本人から見ると、ギョッとしてしまう見た目だが、スルマ族にとってはこの皿の大きさや形が美しさの基準だという。実は19世紀、アフリカ大陸で若い女性が奴隷として売買された時に自らを醜く見せ自衛したことが始まりという悲しい由来を持つ風習なのだ。 そしてもうひとつ、スルマ族に伝わる伝統がある。それが「ドンガ」だ。ドンガとは敵・味方入り乱れて棒で打ち合い、相手が降参するまで殴り続け、勝者だけが真の男と認められる戦いである。これこそスルマ族が、“乱闘の部族”と呼ばれるゆえんである。 翌日に隣村との対戦があると聞いた春日は不敵に笑い、「出たいね!」と無鉄砲に言うのだった。 最初は一撃で激痛に耐え切れずうずくまっていた春日だったが、何本ものミミズ腫れを作りながら練習を繰り返し、いざ本番へ。 「とにかく勝ちます、ただそれだけ」 と全裸になってドンガに挑む春日は、どこか神々しい雰囲気すら漂わせていた。 一度は敗れたものの、再び立ち上がった春日は相手の膝に棒をクリーンヒットさせ、降伏させた。そして勝利の雄叫びを上げる。「怖かったぁ~!」と言いながら。 抜群の身体能力でその部族の得意分野を会得し、地元部族に勝るとも劣らない姿を見せる春日は確かにスゴい。しかし、何よりスゴいのは、実はそこではない。それは部族の子どもたちを見ればよく分かる。春日はほんの短い期間で、子どもたちを虜にしてしまう。異物感丸出しなのに、妙に馴染んでしまう。子どもたちは春日と一緒になって「トゥース!」と指を天に指し、「アパー!」とおどけ、「カスカスダンス」を踊る。気づけば春日を見て、自然とみんな笑っている。周りすべてを笑顔に変えてしまうのだ。 相方の若林は、春日を「生きるセンス」「生きる才能」がスゴいと称する。多くの人は、自分の不幸や不満に目が行きがちだ。しかし、春日は違う。春日は売れる前からずっと幸せだった。風呂なしアパートで貧乏暮らしをしていても、春日はずっと楽しそうだったという。それは大きな不安や不幸よりも、目の前の「アイスがおいしい」「オムライスのおにぎりが50円になっててうれしかった」などという小さな幸せをつなげて、そちらのほうばかりを感じているからだ。 「春日が子どもに人気があるのは、見た目にインパクトがあるからだと漠然と思っていた。でも、見た目は関係なかった」と若林は分析する。 「春日という男は自分に自信があり余裕がある。子どもたちはそれを感じとって春日に集まっているのではないか」(『社会人大学人見知り学部 卒業見込』/メディアファクトリー) どんな過酷な状況でも小さな幸せをつなげ、自信満々に日々を楽しむ春日。その幸福感が周りに伝染していき、みんなを笑顔にする。それこそが“春日力”だ。 村から旅立つ春日は帰り際、一度振り返り「トゥース!」と声を上げた。すると、村人たちは一斉に「トゥース!」と返すのだった。 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらから
オードリー若林まさかの号泣!『日曜×芸人』で何が起きたのか?
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。 オードリー若林正恭が号泣した。それも、周囲の共演者が「なんなの、これ?」と戸惑うような、唇を震わせながらのマジ泣きだった。若林といえば、感情を表に出すことが少ない、ひねくれた性格の持ち主として知られている。感動的なVTRを見ても薄笑いを浮かべてしまうような、そんなタイプの芸人だ。その若林がテレビで泣く、というのはなかなか想像ができない光景だ。 その“事件”は『日曜×芸人』(テレビ朝日系)で起こった。この日の企画は「だんだん減らそう 5連続チャレンジ! カロリーバイキング」。高級ホテルのビュッフェで一人ずつ料理の種類と量を選び、上限1000キロカロリー、下限100キロカロリーの範囲でだんだんカロリーを減らしていくゲーム。レギュラーの若林、バカリズム、山崎弘也とゲストのSHELLY、モデルの有村実樹の5人が連続で成功すれば、選んだ高級料理を全員で食べられるというルールだ。「前菜」「メイン」「デザート」の3回のチャンスが与えられ、そのすべてに失敗すると食べられない上に、食事代を自腹で支払わなければならない。 けれど、普通に考えて泣く要素はゼロである。 まず「前菜」。最初に挑戦したのが若林だった。1000キロカロリーを超えてはならず、できるだけ1000キロカロリーに近づけたほうが、2人目以降が有利になるという条件の中、若林は1690キロカロリーを出してしまう。いきなりの大失態。共演者に「ええー! ウソ!?」と軽く非難されながらも、もともとゲーム自体を楽しむ番組ではなく、出演者のやりとりを楽しむこの番組。いつものにこやかでユルい雰囲気そのままだった。オープニングの予告で泣いている姿が映されていたから、“ああ、ここからだんだんと追い詰められていったのかな”と想像できるが、そうと知らずに見れば、なんということない、ごく当たり前の見慣れたシーン。泣きだす雰囲気はみじんもなかった。 出題は「メイン」に移る。最初に選んだのはSHELLY。1000キロカロリーに近づけなければならないのに、出した数値は439。残り4人で439~100キロカロリーのわずかな間に収めなければならないという、成功には絶望的な状況になった。しかしこの後、山崎、有村、バカリズムは神がかった予想で次々とクリア。成否は、最後の若林の選択にかかることになってしまった。 そのプレッシャーに、若林は押しつぶされそうになっていた。 伏線はあった。まず、いきなり「前菜」で失敗したこと。そして、この同じ企画を行った前回の放送でも、若林は同じ状況で外しているのだ。その時の恐怖が蘇ってくる。 「テレ朝でこんな緊張するの『M-1(グランプリ)』以来だよぉ~」 224~100キロカロリーを選べば成功という状況の中、なかなか決められず行ったり来たりを繰り返す若林。そしてたっぷり時間をかけて決めた料理の結果は、無情にも75キロカロリー。失格だった。 「ウソ!?」「ここまでいい流れで来てたのに!」と責められる若林は、絶句して固まっている。失敗したため食べられず、それを代わりに彦摩呂が食べるというルール。その試食中もショックでリアクションができず、苦笑いを浮かべるだけの若林。それに気づき「リアクションまでが僕らの仕事よ」とイジり、笑いに変えるバカリズム。何も言い返せず、目に涙をためる若林は「すいやせん……」と声を振り絞った。そんな若林に共演者たちは戸惑っていた。 カメラのテープチェンジで収録が中断している間も、ショックの色を隠せない若林にバカリズムは「バラエティ番組!」と大笑い。もちろん、この番組はゲームで成功することが目的ではない。面白い番組にすることが目的だ。ゲームに失敗しても面白くなればいい。しかし、挑戦する前にバカリズムが言った「テレビ的にも、お願いしますよ」という言葉も、若林の頭に残っていたのだろう。ここで失敗しては、テレビ的な盛り上がりも損なわれてしまう。にもかかわらず失敗してしまった、と。しかも、失敗した時に面白いリアクションを返せなかったという思いもあっただろう。ついに若林の涙腺は決壊し、唇を震わせ号泣してしまったのだ。「テレビで初めて泣きました……」と。 「それが、ココ?」「今じゃないだろ!」と、共演者たちは驚愕と困惑の入り混じった爆笑。『M-1』でも泣かなかった若林は何かの感動VTRでもなんでもなく、バラエティ番組のお遊びのゲームでマジ泣きをしてしまったのだ。 「スタッフさんの思いとか考えたら……申し訳なくて……」 と涙ながらに語る若林に「こいつ、なんなんだよぉ!」とザキヤマは呆れていた。 YouTubeで配信された未公開映像の中で、泣いてしまった決定打について若林は「マジでSHELLYの顔が怖くて……」と明かした。確かに失敗した若林にSHELLYは鬼の形相で迫っていた。だが、ここからは完全に推測の域を出ないが、この証言はこの“事件”を笑いの範疇に収めるための半分は真実を含んだ“ウソ”ではないだろうか。もちろん、そうやって女性に責められたのも、若林にとっては大きな傷だっただろう。だが、それ以上に、それに対してうまく笑いで返せなかった自分に情けなさを感じていただろう。そして最後に決定的だったのは、おそらく、みんなに責められている状況でモデルの有村がつぶやいた「かわいそう」の一言ではないか。芸人がイジられるのはあくまでも笑いのためだ。当然、この時も若林はショックで的確な返しができない代わりに「ただただ絶句する」という受けのリアクションを消去法の中で選択し、精一杯笑いに変えようとしていたはずだ。しかし、それを「かわいそう」に見られてしまった。それは芸人として最大の屈辱だ。 そんなさまざまな思いが交錯し、正面衝突した結果、彼の涙腺は決壊してしまったのではないだろうか。テレビで芸人が涙を見せるなんて、芸人失格なのかもしれない。けれど、その涙は芸人としての忸怩あふれる涙だったように見えた。 最後は「デザート」に挑戦。若林もなんとか成功し、4人目のバカリズムが失敗。SHELLYや山崎に責められるバカリズムは、番組の流れをくみ、若林の涙にカブせようと、泣く準備に入る。 しかし、それよりも早く、まったく関係のない若林がまた泣きだしてしまった。「本はといえば……僕が……」と。もはやどんな涙なのか、さっぱり理解不能だ。バカリズムは身をくねらせて爆笑しつつ、号泣する若林にツッコんだ。 「俺の(見せ場の)シーン、取るなよ! 俺の場面だろうが!」 (文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>) ◆「テレビ裏ガイド」過去記事はこちらからテレビ朝日『日曜×芸人』
楽屋オチを吹き飛ばす、ネガティブ若様ご乱心の新境地『オードリーのオールナイトニッポン』

『オードリーのオールナイトニッポン』
しゃべりと笑いと音楽があふれる“少数派”メディアの魅力を再発掘! ラジオ好きライターが贈る、必聴ラジオコラム。
芸人はまずネタで世に出て、キャラで認知され、フリートークでようやく本当に売れる。いまお笑い界はほぼそのワンパターンなサイクルで回っているが、意外と3段目の話術のハードルが高いというのは、近年のコンテスト決勝進出者の「その後」を見れば明らかだろう。『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送 土曜深夜1:00~3:00)は、2009年10月、前年末の『M-1グランプリ』準優勝の勢い冷めやらぬ中、およそ理想的と思われるタイミングでスタートした。
それは大きなチャンスであると同時に、フリートークの実力を試される高いハードルでもあった。オードリーの場合、ネタの中に春日という強烈な個性が存在していたため、ネタとキャラがセットで(というか、ネタの中でキャラが)ブレイクし、1・2段目のハードルは一気に飛び越えた感があった。しかし、2人のしゃべりを基盤とするラジオという場、しかも毎週2時間という長丁場では、ネタという緻密な構築物を連発し続けることもできず、春日というキャラクターのゴリ押しも飽きられる危険性が高い。結果、ネタでもキャラでもなく、「何をしゃべるか」という勝負になる。
だが正直、番組開始当初のオードリーの勢いであれば、何をしゃべってもよかったのだと思う。その時点で注目を集めている人たちが楽しそうに話していれば、ファンは無条件でついてくる。ファンの数が多ければ、それで十分に通用する。実際、『オードリーのANN』は異様に楽屋オチ的な内輪話の多い番組で、売れない頃に劇場で共演していたショーパブ芸人たちの話が、毎週のように繰り出されていた。「バーモント秀樹」や「ビトタケシ」といったモノマネ芸人の名前が当然のように連呼され、彼らの話をするとき、オードリーの2人はいつも爆笑している。個人的にはその状況に「置いてけぼり感」を感じることが多かったが、内輪話が多いのは『ANN』の伝統でもある。とんねるずもビートたけしも内輪話は多かったし、それが面白かった。
では、彼らレジェンドの内輪話とオードリーの内輪話では何が違うのか? 単純にいってしまえばスケール感と豪快さで、前者の内輪話は「遊びは芸の肥やし」といわれていた世代ならではの、破天荒な言動を前提として成立していた。たけしやとんねるずは毎日のように夜の街に繰り出し、種々多様な人に出会い、いつも何かに巻き込まれていた。自らがそんな渦の中心にいつもいるから、彼らの話には当事者ならではの臨場感があって、リスナーをグイグイ引き込んでいく力があった。しかし、今の芸人にそういうタイプは少ないし、そもそもそんな時代でもない。
オードリーは、そんな大御所芸人たちが作ってきた『ANN』の伝統を、自身の特性とは無関係に、素直に受け継ぎすぎたのではないか。あるいは番組のスタートが人気急上昇期であったがゆえに、しゃべろうにも忙しすぎて社会ネタを仕入れる時間も遊ぶ暇もなく、身近なところから話題を拾っていくうちに、やがてそのパターンが定着したとも考えられる。
しかし、だからといって、オードリーが面白くないというわけではまったくない。オードリーにはオードリーならではの面白さがあって、近ごろ若林のフリートークにおいて、新境地が2方向に開拓されつつある。
ひとつはネガティブの権化である若林の「自己分析話」で、実は若林の場合、内輪どころか、もっと対象範囲を狭めて自分自身の内省的な話をしたほうが、ねじれた価値観が浮き彫りになって面白い。
例えば8日の放送では、「自分のようにネガティブな人間は、10いいことがあっても、1嫌なことがあったら、10いいことがあったのを忘れる」「1嫌なことがあったのをチョイスして数珠つなぎにしたのが人生だと思ってるから、『生きてて楽しくない』とかいいだす」と冷静かつ的確すぎる自己分析を披露。すると直後、急激にトップギアに入り、「ただのバカなんだよ!」「生きるセンスがない」と瞬時に自己嫌悪モードに突入。かと思えばその反動からか、究極のポジティブ人間である春日に対し、「お前は生きる才能がある」「生きるセンスがすごい」「生きるのに向いてる」と褒め言葉を連発。しかし話はそこで終わらず、続けて「春日さんは自分が好きじゃん?」と質問を投げかけ、「世界で一番自分が好き」という春日の期待以上の回答を受け取ると、「だからつまんないんだよね」と返す刀で一刀両断。もう誰が味方で誰が敵だか、どこをけなしてどこを褒めたいんだかわからないくらいにこじれた思考回路だが、この発想の転がり方は、あまりにもリアルにネガティブな人間の脳内の動きを言い表していて、怖いくらいに刺さってくる。
そして若林のもうひとつの新境地は、この11月から展開されている「キャバクラ話」である。春日ではなくて、若林のである。
キャバクラに行くこと自体、まったく若林の内向的なイメージにそぐわないが、それどころか若林は最近、一人のキャバ嬢にすっかりハマッているという。しかもそのお相手の「ゆめちゃん」というキャバ嬢は、若林いわく、「本仮屋ユイカが茶髪にして耳に4つピアス開けた感じ」という、いかにもキナくさいルックスの持ち主。さらには「歌手を目指している」「ボイストレーニングのためにカナダへ留学したくて、その資金を稼ぐためにキャバクラで働いている」なんていう眉唾ものの典型的なプロフィールが若林の口からポンポン飛び出してきて、挙げ句の果てには、「キャバクラで働くような子じゃない」「留学の資金援助をしたい」とまで言いだして、春日にたしなめられる始末。もちろん。その口調には冗談っぽいニュアンスも含まれているのだが、こういった若林の「ポジティブに生きようとする動き」の空回り具合も間違いなく面白く、今後の展開から耳が離せない。
そもそも、話が内輪ウケで閉じてしまうのは、パーソナリティーの2人だけが登場人物や事件をすでに知っていて、聴き手がそれらを知らないというケースが多い。すでに感覚を共有している2人に対し、聴き手は感覚も知識も追いつかぬまま置き去りにされるからだ。ならば逆に、話し手も聴き手も全員が知っている話をすれば内輪ウケにはならないのだが、その代わり全員にとって既知であるため、今度は聴き手を驚かせるのが難しくなる。
そこで内輪ウケを避ける別の方法として、上に挙げた若林の2例のように、「パーソナリティーの片方だけが知っていることを話す」という手法がある。例えば、最初に挙げた若林の自己分析話の例でいえば、若林のネガティブな思考回路を、正反対のポジティブ人間である春日はまったく共有できていない。だから若林は目の前の春日を納得させるために、手を替え品を替えいろんな角度から、自分の考えや感覚を伝えようと必死に説明を試みる。それにより、若林の冷静な分析力が生かされ、話は当事者ならではの熱を帯びる。もうひとつのキャバクラ話に関しても、春日はゆめちゃんのことを知らないから、彼女がどんな娘なのかという質問をリスナーになりかわって若林にぶつける。そして若林は春日の質問に答える形で、結果的にゆめちゃんの人物像をリスナーへ詳細に伝えることになり、その行間から若林独特のうぶな女性観が浮かび上がってくる構図になっている。つまりナビゲーターとしての春日が、リスナーの立場から若林の中だけにある閉じた情報や感覚を、外に向けて開いているのである。
オードリーはもともと非常に仲の良いコンビで、学生時代から多くの共通体験をしてきているから、これまではどうしても、2人がすでに共有している話をすることが多かった。しかしここへ来て、共有する過去話のストックが切れてきたり、別々の仕事が増えてきていることで、「片方がもう一方の知らない話をする」という場面が増えてきており、どうやらそれが、結果として内輪ウケを解消する方向へと機能している。番組開始から3年を経過し、むしろネタが切れてきたここからが、本当のフリートークといってもいい。
ラジオという一見閉じた(しかし本当は万人に開かれている)世界の中へとリスナーを引き込むための入り口として、どういう話題を選んでいくのか。フリートークというのはその名の通り、何を話そうと自由なはずなのだが、一度ひとつの方法を選び取ってしまうと、別の方法を選ぶのは意外と難しくなる。そんな状況の中、今のオードリーには、楽屋オチ以外の魅力的な選択肢が、次々と開けてきている感触がある。それは固定ファンへ向けられた放送が、新たに幅広い層へとアピールしていくために、間違いなく通らなければならない道である。
(文=井上智公<http://arsenal4.blog65.fc2.com/>)
◆「逆にラジオ」過去記事はこちらから
人見知り芸人の処世術が爆発!? 『日曜×芸人』が生み出す「ポジティブ」の正体

テレビ朝日『日曜×芸人』
「テレビはつまらない」という妄信を一刀両断! テレビウォッチャー・てれびのスキマが、今見るべき本当に面白いテレビ番組をご紹介。
『日曜×芸人』(テレビ朝日系)は、日曜の夜の憂鬱な気分を吹き飛ばすべく、ゲストおすすめの「ポジティブになれるもの」を体験するというコンセプトの番組である。が、そんなことより、バカリズム、オードリーの若林正恭、ザキヤマこと山崎弘也のひたすらムダなやり取りを眺めるのが何よりこの番組の魅力であり、日曜の夜っぽい。ゲストだってないがしろだ。その理由は「単にそのほうが面白いから」「3人が自分たちのムダなやり取りの応酬に夢中」というのもあるが、3人のレギュラー陣が全員「人見知り」である、ということも大きな理由のひとつではないだろうか。
バカリズムや若林が「人見知り」であることは『アメトーーク!』(同)の「人見知り芸人」の回などでよく知られているが、ザキヤマは一般的にその対極にいると思われている。事実、「人見知り芸人」では、エンディングの「人見知り克服講座」の講師として登場している。ザキヤマは人見知り芸人たちを前にして「人見知りの皆さんは、嫌われちゃうって思ってるんでしょ? 嫌われちゃうってことは、嫌われてないと思ってるんですよ。もうすでに、嫌われてるんですよ?(人見知りの人はまだ)嫌われてないと思ってるという傲慢さがあるんです」と言い放った。そして「深い話をしようとするから面倒くさい。ただ単にホメときゃいい」「自分がしゃべろうと思うからしんどい。どれだけ相手にしゃべらせるかが問題。あとはただ聞くだけ」などと具体的に指南。この講座でよく分かるのは人見知りの克服方法というよりも、ザキヤマが実は極度の人見知りであり、それをかなりの荒療治で克服したであろうことだ。何かをあきらめることによって得た、ガサツというキャラの鎧で守られた先天的な人見知りだ。実は3人の中で最も根深い人見知りは、彼なのではないだろうか。
若林は「面倒くさい」タイプの人見知りだ。彼は自分が「誤解」されてしまうのが許せない。格好つけていたり、気取っていたりするような「ぶってる」奴に見られるのも嫌だし、何も考えていないような薄っぺらい奴に見られるのも嫌だ。強い自我が許さない。だけど、自分のそういう複雑な心理が分かりづらいのも分っている。だから、心を閉ざしてしまう。面倒くさい。いわば若林は(自分のことを)「分かってちゃん」なのだ。だから、自分のことを分かってくれている人たちの中では、彼は人見知りなど感じさせない傍若無人っぷりを発揮する。昔からよく知る仲間たちを集めた『おどおどオードリー』(CSフジテレビONE)やラジオ『オードリーのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)などでの彼は、地上波のテレビで見る若林とは別人のようだ。つまり、彼の人見知りは限定的なものなのだ。
バカリズムの場合は、結果的に人見知りのポジションに収まってしまったのではないだろうか。実際に気にし過ぎでやや内向きな性格ではあるが、もともとはみんなでワイワイやるのが好きなタイプであることは本人も語っている。しかし、その飛び抜けた想像力と発想力がそれを邪魔する。コンビを解消してピン芸人となると、「孤高の天才」というイメージが定着。バカリズムはそのイメージを引き受ける形で、自ら内向的で「気難しい」「とっつきにくい」「何を考えているか分からない」人見知りなキャラに収まった。いわば、ポジショニングとしての後天的な人見知りだ。事実、「コメ旬(Vol.4)」(キネマ旬報社)のインタビューで「僕はいまだに誰からも正解の扱い方が提示されてない芸人」だと語っている。
しかし、その突破口となる兆しはある。それが『ウレロ』シリーズ(テレビ東京系)によるバカリズムの「かわいさの発見」である。本人にとって意外だったようだが、『ウレロ』シーズン1では、バカリズムが「かわいい」という視聴者の反響が大きかった。バカリズムはこのイメージも引き受けた。「やっぱ、愛されることはすごい大事だなって思ったんです。あざといと思われようがどうしようが……むしろあざといと思われたうえで、さらにそれでもかわいいと思われてやろうと」(「ピクトアップ」[2012年8月号/ピクトアップ]より)。その「かわいい」イメージは、『日曜×芸人』でも随所に引き継がれている。
『日曜×芸人』で彼らが作り出す「ポジティブ」とは、まさに3人の芸人としての処世術そのものだ。若林がザキヤマにイジられまくるという構図を軸に、バカリズムがそれに追随したり、スカしたり、自らもイジられ役に回ったりしてその都度バランスを保ち、3人の関係性はポジティブな多幸感にあふれている。
しかし、徐々にではあるが、そのバランスが微妙に変わりつつある。若林が本性を時折見せ始めているのだ。いつか若林のお山の大将的な毒と暴力性が、バカリズムの「正解の扱い方」を導き出し、ポジティブという分厚い壁に隠されたザキヤマの素の部分を暴くかもしれない。そんな不意のカタルシスを、ほのかに期待してしまう。
(文=てれびのスキマ <http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/>)
●【テレビ裏ガイド】INDEX
【第4回】大人げない大人たちの『ウレロ☆未完成少女』という夏祭り
【第3回】有吉イジリの“陰の帝王”は夏目三久? 本当は怖い『怒り新党』
【第2回】「正義は少年ジャンプの中にしかない!?」“絆”を裁く『リーガル・ハイ』の正義
【第1回】怖さと面白さが同居した新たな笑い?『テベ・コンヒーロ』の悪意
秘訣は高齢層ウケのよさ!? オードリーが「消えなかった」理由とは
テレビを眺めていて、ふと思ったことがあった。 そう言えば、オードリーって消えなかったな、と。 消えるどころか、人気番組には欠かせない存在になっていて、すっかりバラエティー界の中核になっている。 2008年の『M-1グランプリ』で敗者復活戦からの準優勝という好成績で脚光を浴び、春日の分かりやすいキャラクターと「トゥース!」のフレーズで一躍人気者になった。しかし、当時人気を集めていた"キャラ芸人"のように"一発屋"と言われることも多く、「2009年中には消える」と言われることもあった。 『エンタの神様』(日本テレビ系)や『爆笑! レッドカーペット』(フジテレビ系)などが終了し、多くの芸人がテレビで目にする機会が激減していく中、オードリーが愛される理由はどこにあるのか。人気バラエティー番組の構成作家はこう言う。 「実力がけっこうあった、という点ももちろんあるんですが、とにかくイメージがいい。これが一番の理由だと思うんです。人間性が出るというのか、2人の佇まいもいいんでしょうね。たとえば春日さんの節約ぶりもそうですが、真面目な面がにじみ出る。そうすると、『がんばってるんだな』と好感を持って見られて、主婦層や高齢層に受け入れられたのが大きいですね」 他の一発屋芸人と違った点は、やはりこの高齢層受けというのが、実は大きい。 「ここ何年かの一発屋芸人は、圧倒的に子ども受けだったんです。子どもが一斉に真似をして大人気になるんですが、飽きるのも一番早い。あっという間に『古いよ』と言われますから(笑)。でも春日さんの『トゥース!』キャラは、定番のアニメキャラのようなポジションを確立しているのかもしれません」 なぜ、高齢層に受けることが強みになるのか。 「ガチャガチャ言わないところがいいのでは。『いい子だな』と思われれば、受け入れられるんですね。若林さんはどこか孫のような雰囲気もありますし。高齢層に定着すると、定番化していきやすいんです」 あるテレビ関係者が言う。 「吉本ではない、というのは大きいですね。吉本は抱えている芸人が多い分、プッシュしていくサイクルも早いでしょうし。最近言われる"集団芸"や"ガヤ芸"なんかも向き不向きがある。大手ではない利点も結果的にあるもしれません」 使う側の理由として、前出の作家もこう言っていた。 「何組か出演者の候補を考えるときに、あまり吉本ばかりで固めたくない、ということがあります。そんなときに名前を挙げやすいというのがありますね。キャラは分かりやすいのですが、色が特にないので、誰とでも絡めるというか、使いやすいというのは確かです」 そして、運の強さもあったのではないかと前出の関係者は言う。 「ちょうどお笑いブームが沈静化して、次の人気者が出てこなくて交代しなかったのも大きいかもしれません。2010年でブレイクした芸人を考えると、ねづっちぐらいで、終盤になって楽しんごがちょっと出てきているぐらい。話題になった人物が他にはマツコ・デラックスや戦場カメラマンと、芸人じゃない人が多かったですもんね」 さらにオードリーが「消えない」ために、今後のステップが重要だと前出の作家は指摘した。 「今のくりぃむしちゅーさんや、さまぁ~ずさん、ネプチューンさんの位置ですよね。冠番組やMCをやる段階に差し掛かったときに、春日さんはどういうキャラでやっていくのか。人見知りの若林さんがどう仕切るのか、そこが重要になってくると思います」 確かにゲストやひな壇を仕切る様はまだ全く想像できないが、近い将来、オードリーの番組がいくつも放送される時代は、やってくるのだろうか。 (文=太田サトル/「サイゾー裏チャンネル」より)『オードリーの小声トーク
六畳一間のトークライブ』
(講談社)
オードリーの小声トーク 六畳一間のトークライブ 庶民派芸人。
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