中島知子、今は男の裸に夢中? エロメン男優陣らとセクシー劇団立ち上げ

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※本記事はPR記事です  元オセロの中島知子が発案し、総合プロデュースを担当した劇団Rexyの旗揚げ公演「ロミオとジュリエットですが…」が21日から24日まで新宿シアターモリエールで上演された。公演前日の20日には報道陣に向けた公開ゲネプロが行われ、ゲネ後に中島自身も登壇。“男の裸を舞台で見せる”ことをコンセプトとした本舞台に「感動しております。素敵でした」と感想を述べた。  劇団Rexyは女性向けセクシーコンテンツを代表する「SILK LABO」、「GIRL’S CH」で活躍するイケメン若手男優をメンバーに立ち上げられた劇団。本公演には一徹、月野帯人、有馬芳彦、北野翔太、渡部拓哉、小田涼、北澤剛ら人気俳優が多数出演し、シェイクスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」の上演に携わる男たちのドタバタ劇を文字通り“体を張って”熱演した。
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 中島はそもそも「GIRL’S CH」で女性向けセクシー動画の監督を5作品演出(5作品目は今後同サイトで配信予定)し、「演出中に、一徹くんや渡部くんが女優とぶつかり合う姿を見て、『自分も服を脱いで中に入っていきたい』と思うくらい、監督としていつも萌えていた」と告白すると、「人の恋愛を横で覗き見しているような臨場感を、現場の自分だけでなく、多くの女性にも感じてもらいたかった」と立ち上げ理由を説明。  「いい男を一人の女性が閉じ込めておくような時代はこれからの時代、どうかと思う」とも述べ、「男の裸は何人もの女性が見たいはず。もっと生でいい男の裸と息づかいみたいなのを感じてもらえたら。目の前で女の人が手を伸ばせば彼らの息づかいに触れられる機会や、汗散るくらいの臨場感を作れれば」としみじみ。
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 主演を務めた一徹は中島のスピーチを緊張の面持ちで聞いていたが、マイクを向けられると、「とりあえず無事終わってホッとしています」とにっこり。「舞台自体は2回目。今回座長を初めてやらせてもらって、みんなをまとめるのにはまだまだ不十分だなって少し思いました」と控えめな感想を述べたが、中島はそんな一徹に「後ろで見ていて、何よりも首がエロ過ぎて、出て行ってしがみつきたくなった」と笑顔でエール。改めて「この舞台を通じてどんどん女性たちを萌えさせてほしい」と俳優らに激を入れた。
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 「女性だけでなく、男の人にも『なんだよ、あれだけ腹割れていないと女にモテないのかよ』って思って見ていただきたい」と中島。「この公演を実現していただいて本当に感謝しています」とスタッフら製作陣に感謝の気持ちを述べると、「女性たちもこれからはディフェンスでなく、オフェンスで行くべき。この仕事を通じて“オフェ女”を世の中に広めていきたい」と意気込んでいた。 (取材・文=名鹿祥史)

神田沙也加、ミュージカル好評!“ガチヲタ”で母・松田聖子と差別化を図った戦略に拍手

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ダンス・オブ・ヴァンパイア公式サイトより
 3日、帝国劇場でミュージカル『ダンス・オブ・ヴァンパイア』の公演が開始された。2006年に初演され、4度目の公演となるが、今回から新キャストとして加わった神田沙也加のパフォーマンスに対して、「圧巻の歌唱力!」「アナ雪の時とはまた違った魅力がある」と、専門家、ファン問わず、絶賛の声が上がっている。 「神田といえば、去年、ディズニー映画『アナと雪の女王』の王女・アナ役の日本語吹き替え、劇中歌を歌ったことで、“松田聖子の娘”として注目されて以来の再ブレークを果たしましたが、もともと、ミュージカルファンの間では、神田の歌唱力を絶賛する声は多く上がっていました。神田のミュージカルデビューは、04年に宮本亜門が演出した『INTO THE WOODS』での赤ずきん役でした。この時期、神田は“松田聖子の娘”というレッテルに苦しんでいたようですが、宮本に『あなた自身を見て選んだんだから、自信を持って立っていいんだよ』と言われたことで救われて今があると、今年2月に行われた同名作品のディズニー映画試写会で、宮本に対して感謝の意を述べる場面がありました。神田にとってミュージカル出演は、母親とは別の道を歩んでいくうえで、大きなターニングポイントとなったようです」(芸能関係者)  02年に、“SAYAKA”名義で歌手デビューした頃は、「親の七光」とバッシングされることも多かった神田だが、今ではそんな声は全く聞こえなくなった。ミュージカル女優として活動していることも、松田との差別化にはなっているが、もうひとつ、神田には松田とは違う魅力があるようだ。 「アニメ・ゲーム好きの“ガチヲタ”ぶりを隠すことなく、バラエティ番組やSNS上などで公表していることでしょう。声優デビューに関しても、アニメ好きが高じてのものだったらしく、結果的にアナ役での再ブレークにつながりました。今年3月に行われた声優アワードでは主演女優賞を受賞。神田が声優学校に通っていた時の恩師である速水奨が『しゃべくり007』(日本テレビ系)に登場した際には、『教えることなんかひとつもない。オーケストラのすべての楽器が鳴っている感じだった』と、デビューする前から神田の才能が抜きんでていたことを証言し、アナ役の演技に関しても『素晴らしかったよ』と褒めちぎっていました」(同)  母・松田聖子は今年でデビューから35周年を迎えたが、神田も末永くファンから愛されるミュージカル女優・声優となっていくことだろう。

フィールドは世界! 劇場、観客すべての概念を覆すにぎやか集団・快快って!?

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 ダンスをしたり、歌を歌ったり、パーティーを開いたりお化け屋敷をやったり......、快快(ふぁいふぁい)のステージはとにかく多幸感にあふれている。代表作となる『SHIBAHAMA』では、古典落語の「芝浜」をベースに、酒好きな夫と愛情深い妻の人情噺を、新たな解釈で刷新。巨大なスクリーンやガジェットを駆使し、観客を巻き込んだライヴ感あふれる試みで見事なエンターテインメントに仕立て、高い評価を得た。彼らのエンターテインメントは、「踊るあほうに見るあほう同じあほなら踊らにゃソンソン♪」とばかりに観客に迫ってくる。と書いていても、何をやっている集団なのか分からないだろう。快快リーダーの北川陽子さんに、快快とはいったいどんな集団なのか、そしてこれからどこへ向かっていくのか、話をうかがった。 ──まずは快快の成り立ちについて教えてください。 北川陽子(以下、北川) メンバーはみんな美大時代の同級生で、私が「いいな」って思った人をピックアップしたんですよ。セレクトの基準は適当で、オーラがあって、見た目もかわいくて、一緒に遊んでいて楽しそうな人って感じで。そしたら十人くらい集まって、それが今でも続いているという感じです。 ──メンバーを集めてどんなことをやりたいと思っていたんですか? 北川 最初は演劇ですね。今は恥ずかしくて絶対に人には見せられませんが、結構普通の演劇です(笑)。卒業してからのものは、がらっと変わりましたね。 faifai02.jpg ──では、とりあえず劇団と呼べばいいでしょうか? 皆さん普段は何をされているんです か? 北川 そうですね、劇団でいいですよ(笑)。エンターテインメント集団とよく言われますが、意外と真面目に作品を作ってます。メンバーの職業はみんなバラバラです。デザインをやっていたり、出版社に勤めていたり、料理人もいるし、何もしてない子もいますね。外国人もいます。彼女はもともとパパ・タラフマラの研究生で、いろんなヨーロッパの演劇も見た上でうちの芝居が面白かったと言ってくれて。で、そのときに私がちょうど外国人を芝居に出したかったんですよ。それで出演してもらったらすごくよくて、所属することになりました。 ──公演やパフォーマンスをたくさんこなしていると思うんですが、その内容についてはどうやって決めていくんですか? 北川 テーマとスタイルは一貫したものはなくて......。メンバーがそのときいちばん盛り上がっていることをやるんです。それがテーマですね。例えば、震災後、メンバーのみんながものすごく愛に目覚めたんです。そんな感じでみんなの中で高ぶっている気持ちをそのまま公演に入れちゃうんです。ゴールデンウィークに行われた『SHIBAHAMA』の大阪公演では、思いっきり愛に目覚めていました。そんな感じでホットトピックをすごい早さでやるという感じですかね。だから、現代じゃなくて現在美術みたいなものですね。 ──9月には『SHIBAHAMA』のヨーロッパ公演があるんですよね? この芝居は快快の代表作ともいわれていますが、どのような内容なんですか? 北川 ストーリーとしては、落語の「芝浜」のストーリーを分解して3部構成にしました。1部は芝浜を音で再生するというもの。2部は私たちと芝浜の関係をフィールドワークを通して解釈するというもの。みんながそれぞれ街に出てしょうもないことをやってきて、それを実際の芝居に入れ込みました。3部には全部がまとまったひとつの流れもくみつつ、私たちの物語も入ってきます。落語の物語というか、落語という文化についてかなり考えたと思います。こんなに「芝浜」のことをよく考えて、演劇に落とし込むなんて私たちにしかできないんじゃないかと思っています。立川談志さんにもこの作品のDVDを手渡したんですが、見てくれているといいなあ。
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7月に行われた「快快-faifai-のOBAKE
!!!!!!」の様子。
──落語の「芝浜」をやりたいと思った経緯はなんだったんですか? 北川 みんなが知っているお話で、それを分解して芝居を作ろうという話があって。たまたま、「芝浜」でいいんじゃないっていう話になった。「お酒」と「財布」と「芝浜」が出てくるっていうのがすごいしっくりときたんです。 ──快快は芝居を作り上げるのもみんなでやるということでしたが、脚本も結構変更されちゃうんですか? 北川 全然変えますね。面白いものは全部取り入れます。他人の意見万歳です。本当はよくないんでしょうけど、公演中も変えていきますね。「芝浜」では、1部と3部は同じで、2部のフィールドワークがその土地によって毎回変わるという構成なんですよ。ベルリン公演では、スペイン人の友達の家で女体盛りパーティーしたり、「FKK」というすべての快楽が味わえる、いわゆる風俗みたいなところに行ったり、他にも公演を見に来てもらわないと言えないようなことをたくさんしましたね。ほんっとに毎回フィールドワークがひどいんですよ(笑)。 ──快快は、観客参加型の芝居をやったり、定型にとらわれないスタイルの作品が多いですが、芝居を作っていく上で心がけていることとか、これはやりたくないとかいうのはあるんですか? 北川 もちろん観客の人たちが見るだけの芝居もやるんですけど。そういうんじゃなくて、もっとプロレスみたいな感じでお客さんとやり合うような演劇をやってみたかったんですよね。また、芝居を作るスタイルにしても、脚本演出をする、ある才能のあるトップの人がいて、その人のツルの一声で動くという世界が、まあ、一般的じゃないですか。でも、私はそうではなくて、みんなで意見を出し合う「場作り」をしていくというか。劇団の名前を「快快」にしたとき、どこでも人に見せられるものができる集団にしたかったんです。街に溶け込むというか。演劇から離れていたとしても、公園でもクラブでも、どこでも呼ばれたら出ることを意識的にしていました。そういうムーブメント作りですね。東京を自分たちが生きやすい場所にしたかったんです。  それは、「見る、見られる」の関係をもっとフラットにしたかったということがありますね。パーティーをやってみたりとか、でもちょっとやりすぎた感はあるんですけどね(笑)。それが一段落したので、次の作品には集中してぎゅぎゅっと面白いのをやろうかなと思っています。と言いつつ、年末にSHIBAHAMAパーティーをやるつもりだし、ベルリンですごく仲良くなったスペイン人アーティストと「KIMOI(きもい)」というイベントをやろうと計画しているし、結局面白いことはやめられませんね。日本がこんな状況になって、メンバーの海外移住も増えてきました。私たちにはやることがあると思います。世界は広い! はばたけ快快です☆ (取材・文=上條桂子/人物写真=後藤匡人) ●ふぁいふぁい 2008年結成。メンバー10人+サポートメンバーによる東京のパフォーマンスチーム。ステージ、ダンスにとどまらず、常にたのしく新しい場を発信している。10年9月、代表作「My name is I LOVE YOU」がスイスの伝統あるZürcher Theater Spektakelにてアジア人初の最優秀賞、「Winners of the ZKB Patronage Prize 2010」を受賞。 公式サイト<http://faifai.tv/faifai-web/>
落語名人会(42)芝浜 オリジナル。 amazon_associate_logo.jpg
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セクシータレント範田紗々がミュージカルで"893の姉御"に挑戦!

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こんなにかわいい姉御がいたら、
アウトでもセーフだと思っちゃう!?
 昨年のAV引退以来、活動の幅を飛躍的に広げているセクシータレントの範田紗々ちゃん。日刊サイゾーでもバニー姿でチャットに登場したり、SODプロデュースのラブホテルを案内したりと大活躍中だが、今度はなんとミュージカルに挑戦することになった! しかも"893の姉御"役!  今回、紗々ちゃんが出演するのは、坂上忍が作・演出を務める『株式会社893』(赤阪レッドシアター/9月7日~11日)。主演にTMネットワークの木根尚登を迎えた同作は、落ちこぼれの893(ヤクザ)たちが新たな組「株式会社893」を立ち上げる物語。人間味あふれる"893"たちの危ないエピソードが満載の超異色なミュージカルとなっている。
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稽古に熱が入る紗々ちゃん。見栄も意外に決まってる!?

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本読みも真剣そのもの。稽古場を緊張感が包みます。
 この作品のなかで、紗々ちゃんが演じるのはずばり、「株式会社893」の姉御という重要な役どころ。日々、厳しい稽古に臨む紗々ちゃんに意気込みを聞いてみると...... 「いままでやった事がない、ドスの効いた役なので、声をからして稽古しています! そして、なんと! ミュージカル!! ささのダンスに期待してて下さい!!」  いつもニコニコな紗々ちゃんの新たな魅力が爆発しているかもしれない今作。見逃せない!! 893_off_00.jpg ●『株式会社893』 【公演日】2011年9月7日(水)~9月11日(日) 【劇場】赤坂レッドシアター 【脚本・演出】坂上忍 【出演】木根尚登(TMネットワーク)/岡田眞善/範田紗々/永島知洋/ヘイデル龍生/犬山ヴィーノ/りょうた(子役)/井ノ本尚汰(子役、Wキャスト)/サトマル/藤村直樹/白水萌生/由夏/今藤洋子/永澤俊矢/渋谷哲平 【チケットお申し込み】http://www.clarice.mobi/ 【関連記事】 「あのアクメ自転車も!」SODプロデュースのラブホテルでレッツAVプレイ! 好きなコスプレは「脱ぎやすいやつ!」セクシーアイドル範田紗々とライブチャットへイン! 【さとう遥希】SODが、伝家の宝刀を生かした最強レーベルを始動!

被災地復興への願いを込め、宮城県で上演され話題となった演劇が東京へ

hoshizora082701.jpg  雷雨に見舞われた8月26日(金)昼過ぎ。新宿駅西口から徒歩数分の劇場「新宿スペース107」では、この日から3日間に渡り上演される『星空のコンチェルティーノ お琴』の開演に向け、最後の稽古が行なわれていた。東日本大震災の被災地復興への願いを込め、8月中旬に宮城県仙台市で上演されたこの『星空の~』は、劇場に招待された被災者の感動をよび、現地で話題となった。  演劇ファン待望の東京公演初日、開演を数時間後に控えた稽古現場を訪れると、客席でマイクを握り舞台へ真剣な眼差しを向ける演出家の大日琳太郎さんから役者へ、「体の向きをもう少し斜めに」などと、柔らかい口調ながら、細かい指摘が矢継ぎ早に出される。そんな大日さんと、ドレス姿で舞台の床を這いつき回り、喜怒哀楽の表情を急展開させていくお琴役で主演の上杉綾さんにお話しをお伺いした。
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開演を間近に控えた稽古模様
──簡単に作品のあらすじを教えてください。 上杉綾(以下、上杉) 舞台は太平洋戦争後間もない仙台です。ガダルカナル島から復員した作曲家・光夫は、ある日焼け跡の井戸端で、仙台空襲で亡くなった弟・千松の靴の片方を見つけ悄然としていると、私の演じるチャイナドレスの女・お琴と死亡した戦友・絹川により井戸の中にひきずり込まれ、劇団・星の一座と出会います。そこにはなぜか、死んだはずの弟・千松や准尉・原田が......実はこのお琴は、空襲で焼けた光夫の竪琴の精が、長年実兄を探しつつも出会えずに死んだ娼婦の肉体を借りて、人間に変成した姿でした。やがてその娼婦の霊がお琴に憑依するのですが、彼女が持っている兄妹の証の鈴を、なぜか光夫も持っていたのです。なぜ、光夫は復員後に曲を書けなくなってしまったのか? お琴とは一体何者なのか? そして、その娼婦と光夫は実の兄妹なのか? 夢と現実、生と死の世界を行き来しながら、様々な謎が徐々に解き明かされつつ、登場人物たちは、それぞれが進むべき道に至るという、回復の物語です。
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お琴役の上杉綾さん(右)と光夫役のオペラ
歌手・大山大輔さん(左)
──今回の演目『星空の~』は、初演が1992年ですが、今回なぜ改めてこの演目を上演なさろうと思われたのでしょうか? 大日琳太郎(以下、大日) 私は宮城県出身でして、今回の震災では実家の数キロメートル先まで津波が迫りました。演劇を通じ、少しでも被災された方々の力になりたい、生まれ育ったふるさとが元気になるために、何かできることがしたいとの思いから、この演目を選びました。初演は純粋な恋愛物語でしたが、過去の再演を通じ改訂を重ね、今回は時代と場所の設定を太平洋戦争後の仙台とし、光夫も第2師団(仙台所在部隊がメイン)の衛生隊としてガタルカナル島に出征し、還ってきた復員という設定にしました。光夫が生きる希望を取り戻す姿と、被災地の復興への願いを重ね合わせました。
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主演(お琴役)・上杉綾さん
──8月13~14日には、宮城県でも上演されましたが、いかがでしたか? 上杉 被災された現地の観客の方々は、大きな悲しみを経験し、非常に感性が研ぎすまされていらっしゃいます。ですので、生半可な演技では観客の心に届かないと感じたので、一つひとつの言葉、仕草に命を込めなければと、必死の思いでやりました。 大日 上演前には、私たち自身の手で、仙台近郊の避難所や仮設住宅に招待券を配って回り、数十名に劇場へお越しいただきました。上演後、「非常に感動し、元気を与えられました」「私たちも光夫のように、あの世に行ってしまった人に会いたい」と、感想も様々で、改めて被災された方々の心の複雑さを実感しました。 ──今回のキャスト、スタッフにも宮城県出身が多いとのことですが。 大日 4分の3ほどでしょうか。地元の知人の伝手などをたどってお声がけし、参加していただきました。ですので、キャストの中にも仕事が終わってから駆けつける人がいたりするので、全員揃っての稽古も、宮城公演では現地で1週間、今回の東京公演では、昨日1日のみです。今日も、まだ来ていないキャストがいますよ(笑)。 ──上杉さん演じる主人公のお琴は、死ぬ前の姿、死後さまよう姿、そして星の一座のメンバーと、時空を超え次々と役柄が変わります。また、怒ったかと思うと笑い、すると今度は急に悲しんだりと、表情が急展開する演技も多いですが、一番苦労なされた部分はどこでしょうか? 上杉 役柄や感情が次々と変わり、台詞も仙台の地元の言葉が入っていたり、韻を踏んでいたりと、気を抜くと自分が演じている役を見失ってしまいそうになります。そんな時には、私がこの舞台で一番伝えたい「ふるさとがなくなったわけじゃない! 見て、地平線の向こうにあなたの夢が横たわっているわ」という言葉を思い出し、軸を見失わないようにします。また、宮城県出身やベテランのキャストの方にアドバイスを頂けるので、非常に助かっています。
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作/演出・大日琳太郎さん
──上演の中では、合唱や神楽太鼓、ギター、舞踊などの演出が盛りだくさんで、あっという間に時間が過ぎてしまいました。 大日 日本オペラ界の星である大山大輔さんをはじめ、神楽太鼓の石坂亥士さん、長野オリンピック開会式の振り付けも担当された若柳梅京さん他、日舞、合唱など幅広い方面でご活躍なさっていらっしゃる方々にご参加いただいています。仙台の芸能専門学校生の皆さんもいます。 上杉 今回この上演に参加させていただき、とても良かったと思うのが、本当に幅の広い分野の方々とお知り合いになることができ、勉強できたことです。この経験を、是非今後に生かしていきたいと思います。 ──そのような多様な方々を、どのように集められたのですか? 上杉 大日さんの人脈ですね。大日さんは、会うと誰でも仲良くなってしまいますから(笑)。 大日 ははは。 上杉 私が08年の再演で初めて参加させていただいたきっかけも、突然でしたから。 ──オーデションなどではないのですか? 上杉 天丼のチェーン店でアルバイトをしているときに、お客さんとしていらっしゃった大日さんに、突然「演劇の主役を探しているのですが、是非お願いします」と言われたのがきっかけです。1回目はお断りしたのですが、次にいらっしゃったときにもお誘いをいただき、結局あれよあれよと......まさに育ての親という感じです(笑)。 (取材・文=編集部/写真=名和真紀子) ●『星空のコンチェルティーノ お琴』東京公演 上演情報 場所:新宿スペース107 開演日時:8月27日(土)昼の部14:00開演 夜の部19:00開演      8月28日(日)昼の部13:00開演 夜の部17:00開演 開場は開演30分前 詳細は、以下URLをご確認ください。 http://www.space107.jp/index.html 【関連記事】 被災地の本当の話を知るべし! 陸前高田市長が見た「規制」という名のバカの壁とは? 復興報道の影に隠れ、いまだ埋まらぬ「メジャー被災地」と「マイナー被災地」の格差 「正直、自分が受けたショックの100分の1も描けていない」しりあがり寿が見た3.11とマンガの可能性

「社会的なことはまともに考えてない」チェルフィッチュ・岡田利規の"楽しい"日本の見方

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 2004年に発表した、イラク戦争の最中に渋谷のラブホテルでセックスをする若者を描いた『三月の5日間』で演劇界の芥川賞と言われる岸田戯曲賞を受賞して以来、現代の日本の姿を切り取る作家として注目を集めている劇団カンパニー『チェルフィッチュ』。そんな彼らの最新作『ゾウガメのソニックライフ』が神奈川芸術劇場のオープニングラインナップとして上演される。  この上演を記念して、日刊サイゾーではチェルフィッチュの主宰者であり、演出家・岡田利規にインタビュー。はたして、彼の目に映っている日本とは、いったいどのような姿をしているのだろうか!? ■『分からないこと』をやっている ――新作は『ゾウガメのソニックライフ』というタイトルですが、前回公演『私たちは無傷な別人である』と比較して、ゆるいタイトルですね。 「『無傷〜』は、非常にしっかりと作れた作品だと思います。タイトルも含めて作品自体、全くと言っていいほど"遊び"がないんです。体脂肪率3%くらいの無駄がない作品ですね。前回、そういった作品を上演したので、もうちょっと遊びや余裕がある方向で作品を作りたいと思いました。『腹出てるけどそれでよくない?』みたいなのをやりたかったんです」 ――これまでの作品では、ラブホテルやファミレス、ニュータウン、マンガ喫茶などさまざまな舞台設定で描かれ、それが物語の中で重要な意味を持っていましたが、今作の設定はどのようなものでしょうか? 「カップルがいてちょっとした諍いをしているんですが......、それくらいしか設定がありません」 ――特定の場所というわけではないんでしょうか? 「一応、ふたりのアパートということなんですが、それだけですね」 ――では、作品のテーマはどういったものでしょうか? okadatoshiki02.jpg 「僕の場合、テーマはいつも同じで『我々の人生そのもの』です。現実そのものを見るようにしているんですね。だから今回もテーマは変わりません。ただ、『どうやって生きていけばいいのか』と考えると、僕の場合はそれに対する回答は明確に一つに決まっているわけじゃない。ひとつの作品で回答を出しても『本当にそうなんだろうか』という疑問が起こってくるんです。ただ、今回どんなことをテーマとしているのかは、自分でも『分からない』んですよね」 ――「分からない」とは? 「『分からないこと』をやっているので、ちゃんと言語化できるものではないんですが......。そもそもテーマから入ると物語を書くことができなくなってしまうんです。お話を書く必要がなくなってしまうんですね。ですから、物語があるのかもテーマがあるのかもよく分かりません」 ――「分からないもの」に向かって作りながら、「自分が作りたかったものはこれだ」という瞬間はいつ得られるのでしょうか? 「稽古の段階で分かる部分もあるし、何十ステージも重ねた後に分かることもあり、まちまちですね。あるいは批評によって、客席の雰囲気によって分かる部分もあります。けれども、『こうやれば、こうなるだろう』というように、自分の分かっている範囲では作品は作っていません」 ■機能不全が"楽しい" ――岡田さんはメディアの中では「社会派」として語られることもしばしばですが、メディアの考える「岡田利規」像と、自身の「岡田利規」像では乖離を感じることはありますか? 「僕は全然、社会的なことはまともに考えてないんですよ。もちろん、僕なりの僕と社会の関係の取り方があり、それは完全に没交渉というわけではない。『社会のことは関係ないです』っていう言い切ってしまうのはある意味さわやかでクリアですけど、僕自身はそこまですっきりしていない、もっとグレーな感じの関係の取り方してるって思うんですね。僕が社会的に見えるのは単に相対的なことでしかないですよ」 ――その「ぬるっとした関係」は岡田さん自身が求めていることなんでしょうか? 「特に求めているということではありません。ただ、僕が現にそうだから、それを反映させているということですね。僕は、自分が置かれている状況に即してものを作るのが一番いいと思っているんです。いつ産まれたとか、どこでどういう環境で生活しているとか、そういったことです。それを使うのが僕にとって一番いい結果を出せる武器だと思います」 ――日本社会に対して面白さを感じることもあるんですか? 「あっちこっちで機能不全を起こしまくってるていると思うんですね。『おなかに赤ちゃんがいます』と書かれたマタニティマークとか、ちっとも機能してない。あれとか傑作だと思います(笑)」 ――最高......ですか? okadatoshiki03.jpg 「あれが機能しているとすれば、日本の社会が妊婦に対していかに不寛容かを証明するという機能ですよね」 ――確かに皮肉ですね。 「日本人って個人という概念が全然ないじゃないですか。夏目漱石の時代から変わっていないことですけど、大きな問題だと思います。僕らが電車で席を譲ることをできないのは優しくないからではなく、個人じゃないからだと僕は思います。個人じゃない、自分を車内に存在していないものとしているわけだから、席が譲れるわけないですよね。けれども、この社会は人々が個人であることを前提としてデザインされてるでしょ。でもその前提が揃っていない。だから、機能不全起こすんじゃないですかね」 ――そういった「機能不全」を岡田さんは楽しんでいるのですか? 「楽しんでますよ。例えばこの前コンビニ行って、『あっためはなさいますか?』って言葉聞いて、すっごくいい日本語だなと思って(笑)」 ――そう言われると、たしかに今の社会って機能不全だらけですね。そんな日本でも希望が持てますか? 「芸術って、すごく悲惨な状況を描写してもそれがちゃんと作れたら楽しいっていう、奇妙なものですよね。『どうなの、この世の中』っていうテーマの作品を書いても、それがうまく作れたら楽しくなっちゃうんです。だからズルい。これは本当は反則なんですよね。でも僕個人は、そういったわけですごく楽しいですよ!」 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=後藤匡人) ●おかだ・としき 1973年 横浜生まれ。演劇作家、小説家、演劇カンパニー『チェルフィッチュ』主宰。05年9月、横浜文化賞・文化芸術奨励賞を受賞。同年、『三月の5日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。2008年4月、『わたしたちに許された特別な時間の終わり』で第2回大江健三郎賞受賞。国内だけでなく、海外でも公演を行っている。 ・『ゾウガメのソニックライフ』 作・演出/岡田利規 出演/山縣太一、松村翔子、武田力、足立智充、佐々木幸子 舞台美術/トラフ建築設計事務所 特設サイト<http://zougame.chelfitsch.net/> KAAT神奈川芸術劇場 2/2(水)〜2/15(火) [チケットかながわ]<http://www.kaat.jp/pf/zougame.html> 水戸芸術館ACM劇場 2/26(土)〜2/27(日) [チケットぴあ]<http://www.arttowermito.or.jp/play/modules/tinyd0/index.php?id=46> 富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみ 3/4日(金)〜3/5(土) [チケットぴあ]<http://ticket.pia.jp/pia/event.do?eventCd=1051975> 山口情報芸術センター [YCAM] 3/13(日) [山口文化振興財団]<http://www.ycfcp.or.jp/>
三月の5日間 名著。 amazon_associate_logo.jpg
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いま見ても面白い! アングラ演劇を支えた巨匠たちのアヴァンギャルド・ポスター

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「ジョン・シルバー 新宿恋しや夜鳴き篇」D:横尾忠則 1967年
(『ジャパン・アヴァンギャルド アングラ演劇傑作ポスター100』より )
 横尾忠則、赤瀬川原平など、今では著名な美術家と呼ばれる人たちの多くが演劇のポスターを手掛けてきたことはあまり知られていない。特に「アングラ演劇」全盛と呼ばれた1960〜70年代にかけて、ポスターは舞台と同じように必要不可欠な存在であり、その影響力は計り知れないものだったという。寺山修司率いる「天井棧敷」や唐十郎の「状況劇場」、そして佐藤信の「黒テント」など、数々の劇団が今でも名作として受け継がれているポスターを作り続けてきた。  演劇界のみならず美術界にまでその影響を及ぼした当時の革命的なポスターたちはどのようにして誕生したのだろうか? 「株式会社ポスターハリス・カンパニー」として演劇のポスターを貼り続け、先日『ポスターを貼って生きてきた。就職もせず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論』(パルコ出版)を出版した笹目浩之さんが主催するトークイベント「あらあらしい時代の空気を吸い込んだポスター」が行われた。ともにアングラ演劇傑作ポスター集『ジャパン・アヴァンギャルドーアングラ演劇傑作ポスター100』(パルコ出版)を手掛けたカマル社の桑原茂夫氏、アートディレクターの東學氏をゲストに迎え、演劇ポスターの魅力について熱く語り合った。 ■タダ同然でつくっていたポスター  そもそも、今も昔も劇団には金がない。そんな経済状況の中でも、劇団にとって、ポスターを作成することは必須のことだったという。しかし、支払われるギャラもほとんどない中で、どうして美術家たちはポスターを書き続けてきたのだろうか?
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左から東氏、桑原氏、笹目氏。
桑原「70年代の頃ってデザイナーは演劇ポスターでは誰も食えなかったんです。ほとんどのデザイナーがタダ同然でデザインしていたんですよ。それでも、B全サイズ(728mm×1030mm)のポスターを作品として作れるということにデザイナーとしてはメリットがあった。それが町中に貼られることで自分のプレゼンテーションにもなるわけです」 笹目「たしかに昔のポスターにはお金の感覚がなかったですよね。デザイナーにとってはB全ポスターを作ることが最大の夢だったんです」 桑原「その意欲がデザイナーにもあったんですよ」 笹目「クマさん(篠原勝之)のポスターも横尾さんのポスターも、芝居を見てなくてもポスターから芝居が蘇ってくるようなイメージがあるんです。以前『ジャパン・アヴァンギャルド』を出版した時も、飲み屋とかで若い人に見せるとすごく気に入ってくれるんです。唐十郎の文字を見て『"とうじゅうろう"って誰ですか?』とか言われちゃうんだけど(笑)。この当時はポスター自体の威力が違うんだよね」 「僕がデザイナーになったきっかけは、天井棧敷の『レミング』のポスターを見たのがきっかけだったんです。それから演劇のポスターを調べまくったんですが、そうしたら横尾忠則さん、宇野亜喜良さん、粟津潔さん......そうそうたるメンバーの作品が出てきたんですよ。それが芝居のポスターを作ろうと思ったのがきっかけだったんです」
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(左)「レミング'82年改訂版 壁抜け男」D:戸田ツトム 画:合田佐和子 1982年
(右)「星の王子さま」D:宇野亜喜良 1968年
(『ジャパン・アヴァンギャルド アングラ演劇傑作ポスター100』より )
■ポスターにこだわる理由とは?  美術家たちがタダ働きでも作りたがったポスター。しかし、当時はオフセット印刷ではなくシルクスクリーンの時代。ポスターを印刷するには今以上に手間も時間もかかっていたことだろう。それにも関わらず、どうしてアングラ劇団たちはポスターにこだわったのだろうか? 笹目「何でポスターをつくるかというと公演を宣伝する目的の他に、劇団を結束させる旗印のためにポスターを作っていたんです。ポスターによって、スタッフや劇団員の結束が高まっていた部分が大きいですよね」 桑原「劇団員のアイデンティティを高めるためということもあった。ポスターに対しても劇団員みんながすごく愛着を持っていたんです」 桑原「横尾さんが手掛けた状況劇場の『ジョン・シルバー』のポスターは公演の初日に間に合わずに、終わった日に出来上がってきたんだよね」 笹目「よく見ると小さい文字で『遅れたことをお詫びします』と入ってるんですよね」 桑原「この時代のポスターの意義を表しているよね。ポスターそのものが演劇と拮抗する作品だったんです」  街頭や居酒屋に貼られたポスターは、宣伝だけのための物ではなかった。笹目さんも著書で「ポスターを旗印に劇団が戦っていた」と書くように、劇団にとっても観客にとってもポスターにもさまざまな意味が込められていたのだ。
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(左)「風の又三郎」D:篠原勝之 1974年
(右)「ブランキ殺し上海の春」D:平野甲賀 1979年
(『ジャパン・アヴァンギャルド アングラ演劇傑作ポスター100』より )
■ポスターは時代を映す鏡  現在は、ポスターを貼るだけにとどまらず、その収集・保存プロジェクトを実行している笹目さん。これまでにその数は2万枚にまで上っているという。街角に貼られ、時代とともに失われていくようなポスターたちを収集する意義とは一体なんだろうか? 笹目さんの思いを代弁するように、桑原さんはこう語る。 桑原「この時代のポスターが簡単に見られる状況を作っていくことはとても大事なことだと思いますね。ポスターは時代の空気をそのまま表現している。だから"とうじゅうろう"さんのポスターが欲しいと若い人も思えるんじゃないかな。文化がどのように作られるのかが見えてくるのがポスターなんです」  映画、演劇、美術など、さまざまな芸術運動に今では考えられないような勢いがあった60〜70年代の時代。そんな「あらあらしい時代」の空気をたっぷりと含んだポスターたちに注目することで、時代の空気が垣間見えてくる。街角に貼られたポスターの数々、そこから時代の空気を読み取ることができるだろう。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●笹目浩之(ささめ・ひろゆき) 1963年茨城県生まれ。87年株式会社ポスターハリス・カンパニー設立し、演劇のポスターを貼り続けている。また、60年代以降の舞台芸術系ポスターを収蔵し、各界の研究や演劇自身の活性化に役立てている。 ●桑原茂夫(くわばら・しげお) 『現代詩手帖』編集長を経て、76年に編集スタジオ"カマル社"設立。唐十郎と親しく、著書に『図説・不思議の国のアリス』『ジャパン・アヴァンギャルド』など多数。 ●東學(あずま・がく) 1963年、京都生まれ。父は扇絵師である東笙蒼。幼い頃から絵筆に親しみ、アメリカのハイスクール時代に描いた『フランス人形』はニューヨークのメトロポリタン美術館に永久保存されている。20歳でグラフィックデザイナー・アートディレクターとしての頭角を現し、主に舞台やテレビ、音楽関係などのグラフィックワークを手がける。97年、世界的に活躍する劇作家・松本雄吉にアートワークを認められ「維新派」の宣伝美術に就任。
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ポスターを貼って生きてきた。 就職せず何も考えない作戦で人に馬鹿にされても平気で生きていく論 ポスター愛。 amazon_associate_logo.jpg
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