ダニエル・デイ=ルイスにアカデミー賞をもたらした、レオ様の幸運の正夢とは

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「レオが背中を押してくれた」  スティーブン・スピルバーグ監督の『リンカーン』主演オファーを「荷が重すぎる」と一度は断ったダニエル・デイ=ルイスが、その後、親友レオナルド・ディカプリオからの助言で出演を決め、今年度アカデミー賞(第85回)主演男優賞を受賞したという話題が報じられた。髭を生やしたダニエルの風貌はエイブラハム・リンカーン本人と酷似しており、まさにハマり役といった印象だった。  3月2日、そのダニエルの出演のきっかけを作ったというレオナルド・ディカプリオが、クエンティン・タランティーノ監督の最新作『ジャンゴ 繋がれざる者』の公開を記念して緊急来日。記者会見で、ダニエルとのエピソードを語った。 「ダニエルの話だけど、僕は夢を見たんだ。夢の中でエイブラハム・リンカーンに会ったんだ。ちょっと煙が立ち上っているログキャビンのような場所で、そこにリンカーンがいると思って近づいてみると、それは実際のリンカーンではなく、リンカーンになったダニエル・デイ=ルイスだった。後日、その夢のことをダニエルに話したんだ」 IMG_2766.jpg  当時、出演を悩んでいたダニエルは、レオの見た預言のような夢の話を聞かされて一念発起。監督のスピルバーグも「USAトゥデイ」紙のインタビューでこのエピソードに触れ、レオにダニエルの件を相談すると、一役買ってくれて、ダニエルとのつなぎをしてくれたと明かしている。レオの夢は、まさに幸運の正夢だったのだ。  ダニエルとはマーティン・スコセッシ監督の『ギャング・オブ・ニューヨーク』で共演するなど、普段から親交があるようで、レオは会見の中で、ダニエルの扮したエイブラハム・リンカーンについて「リンカーンを演じるんだったら彼しかいないと思っていた。彼はあの役を演じるために生まれてきた、そういう人だと思う」と発言。ダニエルの受賞を喜んだ。  ちなみにレオは、こんなふうに夢や昼寝の最中に、ふとしたアイデアやきっかけをつかむことがあるという。 「つい最近だと、ウォール街の狼を演じた『The Wolf of Wall Street(マーティン・スコセッシ監督作品)』。この役を演じた時も、実はスコセッシと仕事している夢を見て、それを彼に話したら実現したんだ」とレオ。大監督とはいえ、スコセッシも「あなたと仕事をする夢を見た」と言われたら、レオを誘わずにはいられなかっただろう。  レオが出演している最新作『ジャンゴ 繋がれざる者』も、この『リンカーン』に負けじと評判がいい。南北戦争直前のアメリカを題材にした西部劇で、前述のアカデミー賞においても、脚本賞(クエンティン・タランティーノ)・助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)の2部門を受賞し、昨年12月にアメリカで公開されるや、タランティーノ作品としては史上最大のヒットを記録している。  レオはこの作品で脇役にもかかわらず、監督に自らオファーを出し、出演を決めたという。 IMG_2617.jpg 「常に自分が本当に尊敬する、そしてまた革新的な仕事をしている監督と仕事をしたいと思ってるんだ。タランティーノは、まさにその条件にぴったりの監督で、ずっと仕事がしたいと思っていたんだよ」  劇中でも、これまでのレオのキャラクターとはまったく違った非常に残酷な悪役を演じるなど、役者としての新境地に挑戦している。  南北戦争直前というアメリカ人が触れたくない時代設定の中で、レオは南部の人種差別主義者の農園主を演じる。題材を聞いた時はショックを受けたというが、台本を読んでいくうちに「こんなものは見たことがない、読んだことがない」と、逆にこの作品に興味を惹かれたそうだ。 「これはアメリカが自分の過去を振り返り、鏡を覗くような大事なプロジェクトだと思ったんだ。その悪役っぷりも、タランティーノ監督らしい、ページから飛び出すような激しいキャラクターで興奮したよ。俳優というのはいろいろな役を演じるのが仕事だから、ここまで大胆不敵な人物だと、ある意味、非常に開放感を持って演技ができる。楽しかった。よく俳優にとって一番楽しい役は悪役だと聞くけど、僕もそういう感じだったよ」  来日前、海外メディアの間でレオの役者休業のウワサが出回り、その原因がタランティーノ監督との不仲にあるのではともささやかれた。だが、レオはこのウワサについても一蹴し、監督との仕事を楽しそうに振り返った。 「悪役を演じるにあたり、役者としては、その嫌な部分を正当化する理由がないと演じられない。僕が演じる農園主は、非常に偏見主義で人種差別主義者で、黒人に囲まれて育ってきたにもかかわらず、彼らを人間として扱わないという矛盾を持っている。この役を演じるにあたり、早い時点でいろいろなアイデアを出したんだよ。すると、信じられないほどの量のセリフやモノローグを、ほんの数日間で書き上げてくれたんだ」  撮影中には大ケガも負った。これについても「シャンパングラスやシェリーグラスがたくさん並んだテーブルを叩くというシーンで、あるテイクの時にシェリーグラスの上に自分の手がいき、グラスが割れて柄の部分が手に突き刺さってしまったんだ。血が出ていることも分かったし、テーブルも血で染まったけれど、このシーンを使ってもらえたら最高だとも思ったよ。それでそのまま演技を続けたら、監督は撮影中、心配そうにこちらを見ていたけれど、その後、ちゃんとそのシーンを使ってくれた。後で数針縫ったんだけど、俳優としては最高に幸せだったよ」と、監督に感謝の気持ちも述べた。  来日すると空港で150人のファンに出迎えられ、初日の舞台挨拶のチケットも4時間でソールドアウトするなど、レオの日本での人気は相変わらず。本人も親日家で、以前来日した時に、両親を京都に連れて行ったこともあるという。  会見では、ウワサされた俳優休業説についても一蹴。「大好きな俳優業を辞めるつもりは、まったくないよ」と否定し、舞台挨拶など、来日スケジュールを終始ご機嫌な様子でこなしていた。 (写真・文=名鹿祥史)

超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』”家族”という名の地獄から脱出せよ

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母親のDVに苦しむ16歳のプレシャス(ガボレイ・シディベ)は、
フリースクールの教師ミズ・レイン(ポーラ・パットン)から
生まれて初めて人間らしい扱いを受ける。
(c)PUSH PICTURES,LLC
 チャンスをください。一度だけでいいから、人生をリセットするチャンスをください。チャンスさえもらえれば、後は何とか自分でやりますから......。しかし、いくら願っても、サイテーのどん底生活を送っている人間には、そのチャンスさえ回ってこない。万が一、チャンスが訪れたとしても、サイテーの生活を送っている人間は、それが自分にとってのチャンスであることが認識できない。『プレシャス』のヒロイン、クレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、16歳でお先真っ暗な人生を歩んでいる。体重はヘルスメーターの目盛りを軽く越え、自分によく似た体型の母親(モニーク)から「デブでウスノロ、早く食事の用意をしろ!」とどつかれる毎日だ。落第を重ね、いまだ中学校に通うプレシャスに対し、母親は「学校なんか通っても意味がない。それよりも役所に行って、生活保護費をもらってこい」と怒鳴り散らす。実の父親はプレシャスをレイプした挙げ句に身籠らせて、家を出ていった。母親のDVはますます激しくなる。息が詰まる生活。でも、お腹はどんどん大きくなっていく。プレシャス(高貴)という名前は、彼女にとってあまりに残酷なジョークでしかない。  1980年代のNY・ハーレムで生まれ育った黒人少女の葛藤を描いた『プレシャス』は、かつてない超ヘビー級のシリアスドラマだ。重い現実に潰されそうになるプレシャスに、ささやかなチャンスが訪れる。クモの糸のように、か細くて、すぐに切れてしまいそうだが、母親のDV地獄に悩むプレシャスにとっては、唯一の希望の光だ。妊娠していることが中学校にバレたプレシャスは退学させられるが、代替学校として「フリースクール」への入学を勧められる。教科書に何が書いてあるのかさっぱり分からないが、家の外に出られるのなら、どんなチャンスでも構わない。プレシャスは重い体を揺らしながら、クモの糸に手を伸ばす。  自分が不幸なのは家族のせいだ、自分がダメなのは親の遺伝子のせいだと、責任転嫁する輩は少なくない。しかし、家族をののしり、自分の境遇を憐れんでいる人間は、血縁という名の狭苦しい牢獄に自分から進んで入っているようなもの。生まれた時代が悪かった、オレが悪いんじゃない社会が悪いんだと嘆く人間も同罪だ。自分で檻の中に入っておきながら、カギの開け方を覚えようとしない。自分の目の前にクモの糸が垂れていることにも気づかない。仮に気づいても、途中でクモの糸が切れるんじゃないかと尻込みしてしまう。  プレシャスもこれまでは自分のことしか考えることができず、妄想の世界に逃げるしかなかった。しかし、生まれてくる子どものために、プレシャスはクモの糸を這い上がっていく決心をする。このままでは、自分のお腹の中にいる赤ちゃんは生まれてくる前からどん底の一生が決まっている。子どもには自分や母親のような目に遭わせたくない。アルファベットの読み書きも満足にできないプレシャスだったが、フリースクールの女性教師レイン(ポーラ・パットン)は熱心に、物事を学び自分で考えていく面白さをプレシャスに教えていく。受験勉強ではない、本当の意味での教育だ。プレシャスに初めて他人をリスペクトする気持ちが芽生える。  また、フリースクールに集まる同年代の少女たちも、それぞれに事情を抱えていた。今まで自分のことしか考えなかったプレシャスの黒目に光が灯り、少しずつだが視界が広がっていく。自分ひとりでも重そうなプレシャスだが、生まれてくる赤ちゃんの重量が加わり、クモの糸をたぐる腕に不思議と力が入る。どれだけクモの糸を上がっただろうか。気が付けば、今までの自分はひどく狭い場所にいたことが分かってきた。  プレシャス役に抜擢されたのは、まったくの演技未経験のガボレイ・シディベ、撮影時24歳。本作での体当たりの熱演が評判となり、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、人気女優サンドラ・ブロックや演技派メリル・ストリープ、ヘレン・ミレン、若手の期待株キャリー・マリガンらと堂々と肩を並べた。鬼母役を演じたモニークは、米国では大柄な女性のビューティコンテスト番組のホストを務めているコメディエンヌとして人気者だ。最悪な境遇から抜け出せない苛立ちを娘にぶつけることしかできない難役を演じ、アカデミー賞助演女優賞に輝いた。女教師ミズ・レインを演じたポーラ・パットンも好演している。若くて聡明な美人教師レインだが、実はレズビアンという設定であり、原作者サファイアの分身でもある。マイノリティーとして生きていく彼女は、十字架を背負う者の眼差しの強さを感じさせる。
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市役所に勤めるソーシャルワーカー役のマライア・
キャリー。これが"世界の歌姫"のすっぴん顔。
 キャスト陣で、もうひとつ話題がある。実際にハーレムで代替学校の教師を経験した詩人サファイアの原作小説に共鳴した人気アーティストのレニー・クラヴィッツが看護士役、マライア・キャリーがソーシャルワーカー役で出演している。人気スターにありがちな1シーンだけのカメオ出演ではなく、出口を見出せずにさまよい続ける現代の"プレシャス"たちに寄り添い、祝福するべく真摯な演技を見せている。とりわけ、マライア・キャリーはノーメイクで出演し、すっぴんの素顔をさらしている。マイノリティー出身ながら、スターの座を手に入れた両者にとっても、クモの糸を這い上がるプレシャスの生き方は他人事ではなかったのだろう。  クモの糸をよじ上っても、その先で待っているのは夢で見たお花畑が咲き乱れるような天国とは限らない。さらにレベルの上がった新しい地獄かもしれないのだ。でも、そこが天国だろうが地獄だろうが、プレシャスには関係ない。そこはプレシャスが自分の手でつかみ取った新しい世界。生まれてきた赤ちゃんと共に生きるための聖地なのだ。たった一度だけ巡ってきたチャンスを見事にものにしたプレシャス。その名前の通り、彼女は輝き始めた。 (文=長野辰次) precious03.jpg ●『プレシャス』 原作/サファイア 監督・脚本/リー・ダニエルズ 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ 配給/ファントム・フィルム 4月24日より日比谷・TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネマライズほか全国公開中 http://www.precious-movie.net/
プレシャス サントラも発売中です。 amazon_associate_logo.jpg
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX [第64回]乱れ咲く"悪の華"ゼブラクイーン! 仲里依紗が過激変身『ゼブラーマン2』 [第63回] オタク王が見出した"夢と現実"の接点 ティム・バートン監督作『アリス──』 [第62回] バッドテイストな感動作『第9地区』 アナタはエビ人間とお友達になれるか? [第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ! [第60回]宮崎あおいの"映画代表作"が誕生! 毒を呑んでも生き続けよ『ソラニン』 [第59回]"おっぱいアート"は世界を救えるか? 母乳戦士の記録『桃色のジャンヌ・ダルク』 [第58回]現代に甦った"梶原一騎ワールド"韓流ステゴロ映画『息もできない』 [第57回]命知らずの変態レポーター、中東へ! 史上最大のどっきり?『ブルーノ』 [第56回]仲里依紗がアニメから実写へと跳躍! 母娘2代の時空旅行『時をかける少女』 [第55回]ビグロー監督はキャメロンより硬派! 人間爆弾の恐怖『ハート・ロッカー』 [第54回] "空気を読む"若者の悲劇『パレード』楽しいルームシェア生活の行き先は? [第53回]社会の"生け贄"に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』 [第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? "寅さん"の最期を描く『おとうと』 [第51回]ひとり相撲なら無敵のチャンピオン! 童貞暴走劇『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 [第50回]ヒース・レジャーが最後に見た夢の世界 理想と欲望が渦巻く『Dr.パルナサスの鏡』 [第49回]トニー・ジャーは本気なんジャー! CGなしの狂乱劇再び『マッハ!弐』 [第48回]全米"オシャレ番長"ズーイー、見参! 草食系に捧ぐ『(500日)のサマー』 [第47回]市川崑監督&水谷豊"幻の名作"『幸福』28年の歳月を経て、初のパッケージ化 [第46回]押井守監督、大いなる方向転換か? 黒木メイサ主演『アサルトガールズ』 [第45回]ドラッグ漬けの芸能関係者必見!"神の子"の復活を追う『マラドーナ』 [第44回] 暴走する"システム"が止まらない! マイケル・ムーア監督『キャピタリズム』 [第43回]"人は二度死ぬ"という独自の死生観『ガマの油』役所広司の監督ぶりは? [第42回]誰もが共感、あるあるコメディー! 2ちゃんねる発『ブラック会社』 [第41回]タラとブラピが組むと、こーなった!! 戦争奇談『イングロリアス・バスターズ』 [第40回]"涅槃の境地"のラストシーンに唖然! 引退を賭けた角川春樹監督『笑う警官』 [第39回]伝説の男・松田優作は今も生きている 20回忌ドキュメント『SOUL RED』 [第38回]海より深い"ドメスティック・ラブ"ポン・ジュノ監督『母なる証明』 [第37回]チャン・ツィイーが放つフェロモン爆撃 悪女注意報発令せり!『ホースメン』 [第36回]『ソウ』の監督が放つ激痛バイオレンス やりすぎベーコン!『狼の死刑宣告』 [第35回]"負け組人生"から抜け出したい!! 藤原竜也主演『カイジ 人生逆転ゲーム』 [第34回]2兆円ペット産業の"開かずの間"に迫る ドキュメンタリー『犬と猫と人間と』 [第33回]"女神降臨"ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』 [第32回]電気仕掛けのパンティをはくヒロイン R15コメディ『男と女の不都合な真実』 [第31回]萩原健一、松方弘樹の助演陣が過剰すぎ! 小栗旬主演の時代活劇『TAJOMARU』 [第30回]松本人志監督・主演第2作『しんぼる』 閉塞状況の中で踊り続ける男の悲喜劇 [第29回]シビアな現実を商品化してしまう才女、西原理恵子の自叙伝『女の子ものがたり』 [第28回]"おねマス"のマッコイ斉藤プレゼンツ 不謹慎さが爆笑を呼ぶ『上島ジェーン』 [第27回]究極料理を超えた"極地料理"に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』 [第26回]ハチは"失われた少年時代"のアイコン  ハリウッド版『HACHI』に涙腺崩壊! [第25回]白熱! 女同士のゴツゴツエゴバトル 金子修介監督の歌曲劇『プライド』 [第24回]悪意と善意が反転する"仮想空間"細田守監督『サマーウォーズ』 [第23回]沖縄に"精霊が暮らす楽園"があった! 中江裕司監督『真夏の夜の夢』 [第22回]"最強のライブバンド"の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』 [第21回]身長15mの"巨大娘"に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』 [第20回]ウディ・アレンのヨハンソンいじりが冴え渡る!『それでも恋するバルセロナ』 [第19回]ケイト姐さんが"DTハンター"に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』 [第18回]1万枚の段ボールで建てた"夢の砦"男のロマンここにあり『築城せよ!』 [第17回]地獄から甦った男のセミドキュメント ミッキー・ローク『レスラー』 [第16回]人生がちょっぴり楽しくなる特効薬 三木聡"脱力"劇場『インスタント沼』 [第15回]"裁判員制度"が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』 [第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』 [第13回]風俗嬢を狙う快楽殺人鬼の恐怖! 極限の韓流映画『チェイサー』 [第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』 [第11回]美人女優は"下ネタ"でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』 [第10回]ジャッキー・チェンの"暗黒面"? 中国で上映禁止『新宿インシデント』 [第9回]胸の谷間に"桃源郷"を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』 [第8回]"都市伝説"は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』 [第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』 [第6回]派遣の"叫び"がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』 [第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が"倒錯美"の世界へ [第4回]フランス、中国、日本......世界各国のタブーを暴いた劇映画続々 [第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は...... [第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは"映画の神様"となった [第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学

超ヘビー級なシリアス劇『プレシャス』”家族”という名の地獄から脱出せよ

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母親のDVに苦しむ16歳のプレシャス(ガボレイ・シディベ)は、
フリースクールの教師ミズ・レイン(ポーラ・パットン)から
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 チャンスをください。一度だけでいいから、人生をリセットするチャンスをください。チャンスさえもらえれば、後は何とか自分でやりますから......。しかし、いくら願っても、サイテーのどん底生活を送っている人間には、そのチャンスさえ回ってこない。万が一、チャンスが訪れたとしても、サイテーの生活を送っている人間は、それが自分にとってのチャンスであることが認識できない。『プレシャス』のヒロイン、クレアリース・プレシャス・ジョーンズ(ガボレイ・シディベ)は、16歳でお先真っ暗な人生を歩んでいる。体重はヘルスメーターの目盛りを軽く越え、自分によく似た体型の母親(モニーク)から「デブでウスノロ、早く食事の用意をしろ!」とどつかれる毎日だ。落第を重ね、いまだ中学校に通うプレシャスに対し、母親は「学校なんか通っても意味がない。それよりも役所に行って、生活保護費をもらってこい」と怒鳴り散らす。実の父親はプレシャスをレイプした挙げ句に身籠らせて、家を出ていった。母親のDVはますます激しくなる。息が詰まる生活。でも、お腹はどんどん大きくなっていく。プレシャス(高貴)という名前は、彼女にとってあまりに残酷なジョークでしかない。  1980年代のNY・ハーレムで生まれ育った黒人少女の葛藤を描いた『プレシャス』は、かつてない超ヘビー級のシリアスドラマだ。重い現実に潰されそうになるプレシャスに、ささやかなチャンスが訪れる。クモの糸のように、か細くて、すぐに切れてしまいそうだが、母親のDV地獄に悩むプレシャスにとっては、唯一の希望の光だ。妊娠していることが中学校にバレたプレシャスは退学させられるが、代替学校として「フリースクール」への入学を勧められる。教科書に何が書いてあるのかさっぱり分からないが、家の外に出られるのなら、どんなチャンスでも構わない。プレシャスは重い体を揺らしながら、クモの糸に手を伸ばす。  自分が不幸なのは家族のせいだ、自分がダメなのは親の遺伝子のせいだと、責任転嫁する輩は少なくない。しかし、家族をののしり、自分の境遇を憐れんでいる人間は、血縁という名の狭苦しい牢獄に自分から進んで入っているようなもの。生まれた時代が悪かった、オレが悪いんじゃない社会が悪いんだと嘆く人間も同罪だ。自分で檻の中に入っておきながら、カギの開け方を覚えようとしない。自分の目の前にクモの糸が垂れていることにも気づかない。仮に気づいても、途中でクモの糸が切れるんじゃないかと尻込みしてしまう。  プレシャスもこれまでは自分のことしか考えることができず、妄想の世界に逃げるしかなかった。しかし、生まれてくる子どものために、プレシャスはクモの糸を這い上がっていく決心をする。このままでは、自分のお腹の中にいる赤ちゃんは生まれてくる前からどん底の一生が決まっている。子どもには自分や母親のような目に遭わせたくない。アルファベットの読み書きも満足にできないプレシャスだったが、フリースクールの女性教師レイン(ポーラ・パットン)は熱心に、物事を学び自分で考えていく面白さをプレシャスに教えていく。受験勉強ではない、本当の意味での教育だ。プレシャスに初めて他人をリスペクトする気持ちが芽生える。  また、フリースクールに集まる同年代の少女たちも、それぞれに事情を抱えていた。今まで自分のことしか考えなかったプレシャスの黒目に光が灯り、少しずつだが視界が広がっていく。自分ひとりでも重そうなプレシャスだが、生まれてくる赤ちゃんの重量が加わり、クモの糸をたぐる腕に不思議と力が入る。どれだけクモの糸を上がっただろうか。気が付けば、今までの自分はひどく狭い場所にいたことが分かってきた。  プレシャス役に抜擢されたのは、まったくの演技未経験のガボレイ・シディベ、撮影時24歳。本作での体当たりの熱演が評判となり、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、人気女優サンドラ・ブロックや演技派メリル・ストリープ、ヘレン・ミレン、若手の期待株キャリー・マリガンらと堂々と肩を並べた。鬼母役を演じたモニークは、米国では大柄な女性のビューティコンテスト番組のホストを務めているコメディエンヌとして人気者だ。最悪な境遇から抜け出せない苛立ちを娘にぶつけることしかできない難役を演じ、アカデミー賞助演女優賞に輝いた。女教師ミズ・レインを演じたポーラ・パットンも好演している。若くて聡明な美人教師レインだが、実はレズビアンという設定であり、原作者サファイアの分身でもある。マイノリティーとして生きていく彼女は、十字架を背負う者の眼差しの強さを感じさせる。
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市役所に勤めるソーシャルワーカー役のマライア・
キャリー。これが"世界の歌姫"のすっぴん顔。
 キャスト陣で、もうひとつ話題がある。実際にハーレムで代替学校の教師を経験した詩人サファイアの原作小説に共鳴した人気アーティストのレニー・クラヴィッツが看護士役、マライア・キャリーがソーシャルワーカー役で出演している。人気スターにありがちな1シーンだけのカメオ出演ではなく、出口を見出せずにさまよい続ける現代の"プレシャス"たちに寄り添い、祝福するべく真摯な演技を見せている。とりわけ、マライア・キャリーはノーメイクで出演し、すっぴんの素顔をさらしている。マイノリティー出身ながら、スターの座を手に入れた両者にとっても、クモの糸を這い上がるプレシャスの生き方は他人事ではなかったのだろう。  クモの糸をよじ上っても、その先で待っているのは夢で見たお花畑が咲き乱れるような天国とは限らない。さらにレベルの上がった新しい地獄かもしれないのだ。でも、そこが天国だろうが地獄だろうが、プレシャスには関係ない。そこはプレシャスが自分の手でつかみ取った新しい世界。生まれてきた赤ちゃんと共に生きるための聖地なのだ。たった一度だけ巡ってきたチャンスを見事にものにしたプレシャス。その名前の通り、彼女は輝き始めた。 (文=長野辰次) precious03.jpg ●『プレシャス』 原作/サファイア 監督・脚本/リー・ダニエルズ 出演/ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、マライア・キャリー、シェリー・シェパード、レニー・クラヴィッツ 配給/ファントム・フィルム 4月24日より日比谷・TOHOシネマズシャンテ、渋谷シネマライズほか全国公開中 http://www.precious-movie.net/
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