大麻推進の益戸育江、参院選出馬で研究者サイドから「偏見強まる」「キテレツな運動やめろ」の声

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『贅沢な暮らし-衣食住が育む心のラグジュアリー』(エクスナレッジ)
 新党改革(荒井広幸代表)が今夏の参院選に擁立する方針を固めた元女優で自称「ナチュラリスト」の益戸育江(旧芸名・高樹沙耶)に、大麻研究を進める機関の関係者から「迷惑だ」という声が上がっている。  高樹は2012年に大麻の合法化を目指す「大麻草検証委員会」の幹事に就任し、長くブログなどで大麻賛美をし続けているが、その主張の内容が同じである大麻肯定派から迷惑がられているのだ。  大麻をバイオエネルギーに有効活用する研究を進める機関に出資するベンチャー企業の経営者が「益戸さんの発言は逆効果。医療用を主張するなら医学的根拠をきちんと説明すべきですし、嗜好品としての使用に関しての線引き、見解も示すべき。私たちは産業において有効活用できるところ、その範囲を法的にもう少し広げてもらいたいと思ってるんですが、益戸さんみたいなキテレツな運動をされると、世間からなお誤解されてしまう」という。  何しろ益戸がこれまで発言したり、ブログで書いてきた話の内容は奇妙だ。 「私は地球」 「陰極まれば陽となる!信じられないことの連続となることでしょう、うちなる声に耳を傾けて」 「御霊磨きをして愛の殿堂入りといきましょう!」 「私たちは虹の豆」 「システム社会宗教信じるのやめたら光明が訪れる!」  益戸はテレビ朝日系の人気ドラマ『相棒』で主役の水谷豊の元夫人役を演じていたが、11年に途中降板。以降は「女優ではなくアースキーパーになる」と言いだし、同年に沖縄・石垣島に転居。 「電気、水道、ガスなど都市型、バビロン型、誰かが産み出し、しかも地球を酷使するような方法論から卒業!! それらに依存せず、自分でクリエイトし、植物、動物、虫たちをリスペクトし共存したライフスタイル、私なりに付けたネーミングは、トロピカル、フェアリーテールガーデン、妖精の住む庭」  こう話してエコロジー生活を志向するようになったが、その発言はまるで新興宗教の教祖様。有料メルマガの紹介文にある「お金を払ってまで見聞きしたいという方は、真剣に私と向き合う事してくださる方だと信じています」(原文ママ)という文言は、まさに自身の信者から金を集めているようにしか見えなかった。  大麻に関しても「調べたらすぐわかります、原発と同じで私たちは真実を隠されてきたから!」とその主張は、有効性を理論的に説明するより政府批判に置き換えた被害者的なものが目につく。  そんな政治活動家のような側面が、新党改革にとっては魅力的に映ったのかもしれないが、「大麻に関しては日本はアメリカから押し付けられたんですよ! 時空のサーファーでいたら波を感じられる! 愛と平和!」などとヒッピーのような発言や、「私の海外の経験で知りました。18才ぐらいに初めて知り、時おり食べたり吸引しましたが、しっかり税金も払い普通の社会生活もしてきました」と、とても大衆の理解が得られるものではない。  ブログでは過去「お酒、たばこ、チョコレートよりも安心で安全で多幸感を得られる、そしてアンチエージングには最高の植物だと信じております。日本は今自殺や、うつ患者、いじめが増え続けています、これらに大麻が有用である事は証明済みなのです!!」とも書いており、大麻でいじめがなくなるというトンデモ論まで持ち出していたほど。大麻活用を進める関係者が迷惑がるのも当然だろう。  益戸は大麻繊維ということで、ふんどしの愛用を公言していたが、これも大麻ならなんでもOKという安直な姿勢に見えしまいかねない。 「大麻合法化には賛否ありますが、あの言動ではあまりにうさん臭く見られてしまう。選挙出馬で大麻への偏見がより強まる予感がします」と、前出の経営者は困惑している。 (文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

参院選擁立の益戸育江は大丈夫? 大麻推進だけじゃない“問題人物”ぶりが明らかに

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『心の楽園に住む』(集英社)
 新党改革(荒井広幸代表)が今夏の参院選に、元女優で現在、沖縄県石垣島を拠点に「ナチュラリスト」として活躍している益戸育江(旧芸名・高樹沙耶)を擁立するというニュースを見て、悪い冗談かと思った。益戸を知る元友人たちからも「新党改革は益戸の身体検査をしたんですかね?」という声が寄せられた。  確かに益戸は、身体検査をすれば、自民党が擁立しようとした乙武洋匡氏以上にスキャンダラスな話がボロボロ出てくる身。以前、当コラムでも報告したが、芸能界での乱れた男性関係、千葉県南房総市ではボランティアを裏切った話、石垣島では友人に違法な大麻吸引を勧めた事実などからもわかる通り、とても政治家には似つかわしくない人物。世間では大麻合法化を訴えていることも議論を呼んでいるが、それ以前に政治家不適格者なのである。  益戸は17歳の時に芸能界デビュー。その後、次々に男性関係がウワサされて、“恋多きな女性”であることは知っていたが、筆者が直接、彼女を知るようになったのはシンガーソングライターの中西圭三との離婚問題だった。  2000年、親しい友人から「中西圭三が離婚問題で悩んでいる。相談に乗ってやってくれないか」と紹介されたのがきっかけだった。中西は離婚原因については堅く口を閉ざしたが、益戸は中西のライバル的存在だった久保田利伸とニューヨークで密会をしていたのだ。そのことを中西が知ることになり、夫婦関係がギクシャクし出したのではないかと感じた。  離婚後、益戸はハワイ在住のフリーダイバーとの熱愛がウワサされ、再婚秒読みといわれたが、破局。日本に戻ってから「エコロジーな生活をしたい」と、千葉県南房総市に移住。すぐに自然農法家の男と同棲を始めた。  その一方で、地元の有力者やボランティアに支えられて、エコハウスやカフェをオープンさせた。しかし、東日本大震災と福島原発事故を受けて「ここの居るのは怖い」と言いだし、支援者たちに十分な説明をしないまま、石垣島に引っ越してしまったのだ。  それだけではない。益戸は当時、テレビ朝日の人気ドラマシリーズ『相棒』にレギュラー出演。水谷豊演じる杉下右京の元妻で、小料理屋の女将役を演じていたが、所属していた大手プロ「オスカープロモーション」になんの相談もなく移住を決めたことで、勝手に降板する形になった。  オスカーは“円満退社”だと大人の対応を見せたが、女優としてあまりにも無責任な行動に対して、事実上解雇されたようなものだった。そして、石垣島に移った途端に“大麻礼賛”を開始。事務所としては、辞めてもらって正解だっただろう。  移住した当初は、住民から「相棒のたまきさん」と歓迎されたが、自身のブログで『大麻草検証委員会』の幹事に就任し、大麻合法化を訴え始めたことで、一部の住民から「石垣島が大麻の島と見られる」と反発を受け、居づらくなったという。  その頃、筆者と親しい女友達は石垣島を訪ねた。その女友達に益戸は「大麻はアンチエイジングにいいから」と吸引を勧めたという。女友達は「ここは日本。大麻は違法」と激怒して、益戸とは縁を切って帰って来たという。この元友人は「検証委員会の代表を務めるMさんと同棲するようになってから、人間が変わってしまいましたね」と明かす。  益戸はMと南房総市に戻ったが、益戸が裏切った有力者は「千葉県に大麻草を植えられたら大変なことになる」と激怒。「二度と千葉の土地に足を踏み入れるな」と追い返したという。結局、石垣島に戻った益戸は昨年2月に「虹の豆」という名ばかりのリゾート施設をオープンさせたが、大麻合法化の運動は続けている。  医療用での使用など大麻解禁の是非は広く議論されるべきだが、まだ合法化されていない日本で大麻を他人に勧めるような行動をする非常識人に、政治家が務まるとは思えない。今からでも遅くない、新党改革はしっかりと益戸の“身体検査”をすべきだろう。 (文=本多圭)

参院選出馬の“元祖・ブログ炎上女王”高樹沙耶に「なぜ今さら……?」

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『心の楽園に住む (集英社be文庫)』(集英社)
 女優の高樹沙耶が、この夏行われる参議院議員選挙への出馬を正式表明した。東京選挙区において、新党改革から出馬する。世間の反応の大部分は「なぜ今さら?」「なぜ新党改革?」というものだろう。 「高樹沙耶は近年は、本名の益戸育江を名乗り、ナチュラリストとして活動しています。女優業はここ10年ほどはほとんど行っていませんから、若い世代にとっては『この人誰?』、それ以上の世代にとっては『あの人は今』状態ですね」(芸能関係者)  高樹沙耶は1980年代から90年代にかけて、数々のトレンディドラマに出演。美人でスレンダーな体形を生かしたキャリアウーマンや、エリート美人妻といったセレブでバブリーな役柄を演じることが多かった。だが、イメージとは打って変わり、本人はスピリチュアル、ナチュラル志向を強めていく。当初はスキューバダイビングにハマるレベルだったものが、最終的には“田舎に移住”までしてしまう。 「彼女は07年からは千葉県の南房総市へ移住し、自然とともに生きる生活を送っていました。その際、交通費宿泊費を参加者負担でボランティア募集をするといった行動に批判が集まりました。最近はあちこちで芸能人ブログが炎上していますが、彼女はその元祖的な存在ともいえますね。現在は、沖縄県の石垣島に在住しています」(同)  自由すぎるがゆえに何かと物議を醸し出してしまうのが高樹沙耶なのかもしれない。しかも、選挙の公約は“医療用大麻解放”である。今回も、波乱を呼び起こしそうだ。 (文=平田宏利)

「誰にもメリットがなかった」SPEED・今井絵理子の早すぎた出馬宣言

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『just kiddin'』(SONIC GROOVE)
 2月9日に自民党本部で今夏の参院選への出馬宣言を行ったSPEEDの今井絵理子だが、あれから2カ月、今井の周辺の“闇”が次々に報じられている。  まず、2月下旬には「週刊ポスト」(小学館)が、現在、今井、長男と同棲している地元の同級生で婚約者の男性が、1年ほど前まで沖縄の繁華街・松山で風俗店を経営。中学生を含む少女3人にみだらな行為をさせたとして、風営法・児童福祉法違反で昨年3月に逮捕されていたことを報じた。  今井の所属事務所は「知らぬ存ぜぬ」を決め込んだが、同誌は続報を掲載。それによると、店で働いていた元従業員の女性の証言として、今井が店に来ていたことや、婚約者の逮捕時には面会に来ていたというのだ。  ところが、3月13日の自民党大会で今井は安倍晋三首相と握手を交わし、君が代を独唱。「立候補をやめさせるべきだ」という、外野の声を吹き飛ばした。 「党大会と同時期には、政権寄りの産経新聞に今井の単独インタビューが掲載。婚約者の報道について聞かれた今井は、『あることないこと書かれていますが、私は彼の過去に関しては気にしていない』と、すっかり開き直っていた。そのインタビューについても、党内からは『あんなこと言ったらまずいだろ』と批判の声が上がった。今井本人は、そのあたりについてまったく自覚がないようで、関係者は今後の“失言”を危惧している」(永田町関係者)  さらに「ポスト」の4月22日号によると、今井の婚約者が経営していた風俗店の関係者には現役の暴力団組員もおり、その組員が今井の婚約者との間の金銭トラブルを証言。直後、組員が突然逮捕されてしまっただけに、沖縄県警に対してなんらかの政治的圧力があったのでは、という臆測も飛んでいるようだ。 「自民は、目玉候補のひとりだった作家の乙武洋匡氏の擁立が不倫スキャンダルで白紙となり、何がなんでも今井を擁立しなければならない。そのためには、今後どんな手を使っても“スキャンダル封じ”をすることになりそうだ。今井の婚約者も、逮捕された組員も、今井が出馬宣言さえしていなければ、マスコミから追われたり、逮捕されることもなかったはず」(同)  また、テレビ局もそれなりの影響を受けているようだ。 「卒業シーズンの3月は『卒業ソング』特集が必須。SPEEDの代表的な卒業ソングといえば『my graduation』があるが、今井の出馬宣言により、SPEEDの曲はオンエアを自粛せざるを得なくなった。できればもっと、選挙が近づいてから出馬宣言してほしかったところ」(民放キー局のディレクター)  いずれにせよ、出馬表明が早すぎた今井。本人は産経新聞のインタビューで、今年デビュー20周年を迎えるSPEEDの活動について「まずは政治第一。SPEEDの活動は、そうした合間をぬってできたら理想的です」と、なんともお気楽な発言をしているが、それでも有権者は今井を支持するのだろうか?

“トンデモ創業者”ワタミ・渡邊美樹氏 居酒屋事業ピンチで振り返る、著名作家ドン引きの「ブラック理念」

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きみはなぜ働くか。―渡邉美樹が贈る88の言葉(日本経済新聞社)
 2015年3月期に128億円の最終損失を計上し、前年の49億円の赤字から損失額が拡大している、居酒屋「和民」などを展開するワタミ。数年前まで「居酒屋チェーンの象徴」として君臨した大企業が今、大きな危機にあえいでいる。  創業者である渡邉美樹氏が一代で築いた外食チェーンであるワタミは、顧客至上主義の方針で高収益を上げ、世間から注目を浴びる。だがその一方で、社員に過酷な労働を課し、待遇も悪く、果ては過労自殺者も出るなど、同社の名前とともに叫ばれ始めた「ブラック企業」の代名詞として、多くの議論を生んだ。  無論、価格や味、サービスなど競争の激しい飲食業界で、ワタミが後手に回ったという点が、今日の赤字を生んだ最大の要因なのは間違いない。今やもっと安く、手軽で、味もそこそこな居酒屋はたくさんあるし、お酒好きの人々にとってワタミに行くメリットがなくなったことが大きい。だが、ワタミがここまで落ちぶれてしまったのは、その“イメージ”の悪さも一つの要因である。その最たるものが、創業者で、現在は参議院議員でもある渡邉美樹氏の存在そのものではないだろうか。 「一代でワタミを大きくした渡邊氏の才覚自体は、褒め称えるべきところもあるでしょう。介護や教育など、積極的に他事業に参入する姿を参考にした経営者もいたかもしれません。ただ、全くの門外漢ながら神奈川県の教育委員会委員を務めた点には違和感がありましたし、『地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう』という企業スローガンも、見方によってはどこかの宗教団体のよう。若者には具体性もなく『夢を持て』と連呼し、そのくせ自社社員には『365日24時間死ぬまで働け』『会議をしているとき、今すぐここから飛び降りろ!と平気でよく言う』など、夢という言葉とはかけ離れた考えを堂々と披露しました。その結果が社員の過労自殺騒動ですから、冗談にもなりません。極め付きは都知事選出馬、参院選出馬。『日本全体ブラックを企業にするつもりか』と大いに批判されました。一連の言動を経て、ワタミ系列の店舗で飲食をすること自体『シャクにさわる』と思う人は、決して少なくないでしょうね」(記者)  渡邊氏の発言はこれだけに止まらない。2013年に放送された『カンブリア宮殿』(テレビ東京系)で、作家の村上龍氏と繰り広げた「『無理』は嘘吐き」の会話は、渡邊氏の根本的な思想を端的に示している。 渡邊氏は番組内で、「『それは無理です』って最近の若い人達は言いますけど、たとえ無理なことだろうと、鼻血を出そうがブッ倒れようが、無理やりにでも一週間やらせれば、それは無理じゃなくなるんです」と発言。村上氏は「順序としては『無理だから→途中で止めてしまう』んですよね?」と戸惑いながら返すと「止めさせないんです」と渡邊氏は返す。村上氏が「いや、一週間やったんじゃなく、やらせたって事でしょ。鼻血が出ても倒れても」と質問しても「実際に一週間もやったのだから。『無理』という言葉は嘘だった」と全く引かない。村上氏は最終的に「それこそ僕は無理だなあ」と苦笑する他なかったようだ。 このやり取りは、インターネットを中心に広く拡散され、多くの人々が戦慄した。ワタミが赤字を出してから回復の見込みがないのは、度重なるトンデモ発言を受け、多くの人がソッポを向いた結果といえる。 「近年は外食産業自体の生き残り競争が本当に激しい。その中でチェーンとなれば“企業”のため、どうしても社員の労働時間や環境が重要視され、コンプライアンスも厳しい目で見られる。個人経営であれば経営者の時間などの裁量の幅が広いので、今後はこちらが有利になるのでは。渡邊氏は結局、売上を上げるために『過剰労働』という答えしか導き出せなかった。現在は政治家として経営の一線は退いているようですが、身を退いてすぐに経営が傾いたのを見ても、やはり後進を育てられない“ワンマン”だったということでしょう」(同)  経営不振脱却のため、今後はインバウンド(訪日外国人)消費獲得に力を注ぐというワタミだが、インバウンドというのも随分と前から叫ばれているため、後手後手に回っているようにしか感じられない。

失業か、共産党入りか、“ブラック議員”の下へ就職か……衆院選で路頭に迷う「議員秘書残酷物語」

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「また一段と厳しくなりました。困りましたよ。なんであんな時期に解散なんてするんですかね」  こう語るのは、11月まで、ある野党衆院議員の公設秘書をしていた男性だ。衆議院は11月21日に解散し、総選挙となったが、解散と同時に議員は失職。秘書も同様に失職し、議員が当選しなければ、新たに“就職先”を見つけなければならない。この秘書の“上司”、つまり議員は落選した。年の瀬、真っ暗闇をさ迷っているという。  12月17日、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」に「国会秘書を緊急募集」の告知が掲載された。共産党は公示前の8議席から21議席の大幅増で秘書が不足し、急きょ募集となったわけだが、規定は「党員であること」。他党の秘書で失職した者にとっては、“就職先”が狭まったことを意味するのだ。  秘書は、政策、公設第1、第2の3人が公費、つまり税金で雇うことができる「公務員特別職」で、そのほかに私設秘書は議員が独自に雇うこととなる。つまり、これまで議員だった人が10人落選して新人が10人増えれば、最低30人の秘書が入れ替えになる。公設は一定の給与基準があるが、私設はバラバラ。また、公設であっても議員によって職場待遇はまったく変わる。  この半年ほど再就職先を探していた元衆院議員秘書は語る。 「小選挙区制度によって、ガラガラと議員が入れ替わる選挙が続きました。いわゆる小泉チルドレン、小沢ガールズ、安倍チルドレンたちの多くは、秘書の評判も悪かった。とりわけ、安倍チルドレンは最悪で、1カ月ごとに秘書が辞めて、常時秘書不足の議員もいました。そういうリストは永田町に出回っていて、“ブラック議員”と呼ばれでいます」  そんなブラック議員が軒並み当選し、安心できる議員が何人も落選。数こそ少ないものの、また新人議員も入ってきている。 「給料が安かったり、早朝から夜遅くまで働かされたり、カネ集めばかりやらされたり……。それでいて、自分はラクばかりしようとするのがブラック議員です。そんな連中ばかり増えるようだと、秘書家業からの転職を考えなければいけないのかもしれません」(同)  しかし、年齢が上がれば、なかなか再就職は難しい。秘書受難の時代は続く……。

ウソをついてまで取材拒否の民放局……衆院選“自民党の恫喝”は、どれだけ効いていたか?

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「“自民党の恫喝”はかなり効いていたようで、テレビは萎縮しっ放し。それどころか、いよいよ自主規制で、メディアにあるまじき“事件”が起きました」  週刊誌やビジネス誌で政治記事を中心に執筆活動をしているジャーナリストのA氏は、衆院選終盤の12月13日、憤まんやるかたない表情でこう語った。  A氏が週刊誌で企画した有識者による政局を問う誌上座談会の出演者に対し、テレビ局から自主規制としか思えない“待った”がかかったというのだ。  企画の内容はこうだ。14日の衆院選の結果を受けて、深夜に各氏に電話インタビューをし、それを座談会形式でまとめ、12月第3週に発売する号に滑り込ませるというもの。  A氏の企画に各氏は快く了承したものの、そのうちの一人、B氏は「念のために、局の広報に連絡してくれないか」と、A氏に伝えた。B氏はキー局を定年退職し、キャリアスタッフとして同局に籍を置いている。「ジャーナリスト」の肩書で局のワイドショーにも出演している身だ。A氏はその言葉通り11日、広報に連絡し、取材申込書をFAXで送った。  ところが翌12日に届いた広報からの返事は、信じられないものだった。「B氏は体調を崩したので、今回は辞退したい」。A氏は、あきれてものも言えなかったと振り返る。というのも実は、A氏は11日夕、局の知り合いを通じ、B氏の状況の変化を察知していたからだという。 「B氏の所属するセクションの上司が『この時期、露出するのは控えてもらいたい』と、B氏に圧力をかけてきたようです。B氏は『選挙後の情勢を話すだけなので問題ない』と突っぱねたようですが、局側は『自民党を刺激したくない』の一点張りだったようです」(A氏)  しかも、ある地方の候補者の選挙スタッフからは「今日(12日)、B氏に取材に来ていただきました。お元気でしたよ」と証言を得た。局広報のいう「B氏は体調を崩した」との理由が当てはまるとは、到底思えない。  どうして局は、このような“ウソ”をついてまで取材拒否をしてきたのか。それは、冒頭の“自民党の恫喝”が効いていたとの見方がある。自民党は、解散前日の11月20日付で「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」(同党筆頭副幹事長・萩生田光一氏および報道局長・福井照氏の連名)という要望書をNHKおよび在京民放テレビ局に渡していた。  その内容は「出演者の発言回数や時間」「ゲスト出演者の選定」「テーマ選び」「街頭インタビューや資料映像の使い方」などで、要は「自民党に不利な報道をするな」(民放プロデューサー)というもの。  その効果は、民放のワイドショーを見れば一目瞭然だった。劇場型と呼ばれた小泉政権以降、選挙はワイドショーの新たなコンテンツとして報道されていたが、今回の選挙では政策比較などの特集は皆無。すっかり萎縮し、ニュース番組でも慎重な取り扱いに終始している。  しかし選挙後に、局に籍を置くB氏による週刊誌での自民党批判を避けようとするのは、あまりにも過剰反応、自主規制の極みだ。この局は、プライムタイムのニュース番組で高視聴率を稼ぎ、近年ではドラマでもヒット作を出すようになり、視聴率争いでも他局と競るようになってきた局であるが、選挙が終わった後も自民党に気遣うこの姿勢は、もはやメディアの“あるべき姿”ではないと言えるだろう。

「17万人のメッセンジャーが生まれた」若者を動かした選挙フェスと、三宅洋平のこれから

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 自民党が大勝利を収めた先の参院戦だが、その一方で、新たな変化の兆しがあった。落選した比例代表候補の中で、ダントツの17万6970票を集めた無名の新人候補・三宅洋平。緑の党比例区から立候補したミュージシャンだ。選挙資金2000万円をカンパで集め、「選挙フェス」なる新たな手法で既存の選挙戦に殴り込みをかけた。ステージを組み、ミュージシャン仲間を次々と登場させ、バンドの伴奏に合わせてポエトリーリーディングのような演説を行うそのスタイルは、若者の間で広がる政治忌避を、街頭のフェス化によって変えようという試みだった。「選挙に立候補するのは、俺がみんなより強いからじゃない。あなたと変わりない俺が、勇気を振り絞っただけ」「俺はもう限界までやってるよ、君はどうするの?」――。自分への投票は二の次で、あくまで政治参加を呼びかける三宅の姿は、明らかにほかの候補者とは一線を画していた。全国17カ所で行われたこの選挙フェスは回を追うごとに動員を増やし、投票日前日、渋谷・ハチ公前には1万人以上の人が集まる騒ぎとなった。  惜しくも三宅氏は当選とはならなかったが、選挙後、NHKや朝日新聞でも取り上げられるなど各所で話題となった選挙フェスとは、いったいなんだったのか――。三宅氏に話を聞いた。 ――選挙を終えて約20日たちましたが(※取材時)、まずは現在の心境を教えてください。 三宅洋平氏(以下、三宅) 自分みたいな存在が選挙に出るっていうのはすごく勇気もいったし、どうなるんだろうっていう不安もあった。でも選挙中はとにかく死ぬ気でやっていたから、そういうのを突破した感はありますね。充実感とは少し違うけれど、チェックマークが一個ついたなと。これを受けて、さてこれからどうするか、というところですね。 ――無名の候補者がまさかここまでやるとは、有権者の大半は予想していなかったと思います。 三宅 もっと完璧な立候補の仕方、たとえば今回は見送って2年くらい準備して、いろいろ根回しして、政治家とのコネクションを作って、お金もためて、隙のない戦略で立候補すれば、今回の2~3倍の票を取ることができたかもしれない。けれど、僕は不完全な候補者として、みんなに問題提起をしたかったということもある。選挙制度そのものについてや、マスコミの報道の仕方とか、今回の僕の立候補を通して、みんないろいろな矛盾に気付いたはずです。それに、これまでスタンダードとされていた、議員秘書になって立候補するという枠組みが、少し広げられたとは思っています。 ――やはり17万6970票は、重みがありますか?  三宅 あまりそうは感じてないですね。今回17万票だったというだけで、次の選挙ではまたゼロから1票ずつ取っていく、理解を得ていくということですから。ただ、今回の選挙を通して、17万人のメッセンジャーが生まれたとは思っています。もちろん政治家としては未知数だし不完全だし、目の前の経済を保証してくれる政党でもない。それでも三宅洋平を信用したいと思ってくれた人たちが、僕があがいて見せたように、これから周りの人たちにアクションを起こしていくための自信と勇気を持ったはずですから。 IMG_4802_.jpg ――デビュー当時からライブやネットを通じて社会に対するメッセージを発信していた三宅さんでしたが、今回の出馬を決めた、直接的な要因はなんだったのでしょうか? 三宅 3.11以前から反原発の運動を自分なりにやってきて、デモ、請願、嘆願、陳情、院内交渉までやったけど、ダメだった。これは自分たちが政治家になるしかない、そこまでやらないと社会は動かないなという気はしていました。そんな時に3.11が起こり、自分のミュージシャンとしての人生設計どうこうより、地球の存亡がかかってない? って。好きなことを来世でやるために、きれいな地球を残すためにやるしかないなと思ったんです。 ――政治家にならなくても、ミュージシャンとして多くの人にメッセージを伝えることができるのでは、という声もあったと思いますが。 三宅 原発再稼動のことや憲法改正のことについては僕がアルバムなんて出したって変わらなくて、今すぐ、一市民として抑止しなきゃいけないことなんですよね。正直、すべての人にそういうモードになってほしい。“なに自分の人生生きてるの? そんな暇ないよ。そう思えてないなら、現実認識が甘いよ”って。それが僕の率直な意見ですが、それを一人ひとりに伝えていくのはすごく大変なことだし、なかなか理解されない部分もあると思う。となると、「なんであの人、あんなにがむしゃらに頑張ってるの?」という姿を見せるしかないんですよね。そしたら考えるでしょ? それしか方法がなかったんです。でも、立候補して17万票取るような騒ぎを起こしても、1ミリも変わってないって日々の連続なんですよね。 ――「政治をマツリゴトに」というスローガンを掲げた新しい街頭演説「選挙フェス」は全国17カ所、延べ25会場で行われました。この様子は動画配信されたり、続々とYouTubeにアップされ、瞬く間に拡散されていきました。 三宅 拡声器と街宣車こそ、投票率低下の原因だと思っていたので、僕らなりのやり方を取り入れたんです。ストリートミュージシャンがひどい音を出したら、お客さんに「帰れ!」って言われるでしょ?(笑) 僕がこれまで出演してきたフェスやイベントのコネクションで各地のオーガナイザーがそれぞれ動いてくれ、延べ3000人超のボランティアが協力してくれました。このために、十数年間、全国でライブをやってきたのかもしれない、って思いますよ。 ――ハチ公前をはじめ、どうやって場所を確保したんですか? 三宅 街頭演説は、2~3日前から陣取り合戦なんです。お花見と一緒。日本の政治と選挙って、すごく原始的なんですよ。ほかの政党とモメることもたびたびありましたね。僕らの場合はステージを組んじゃって、そのままどかないという手法だったんですが、「普通、街頭演説って、一カ所●●分だろう」とかいろいろ言われました。でも、そんなルールはどこにも書いてないし、これまで政治家っていうのは、とことん「ルールにのっとってやってますから」って、いろいろなことをゴリ押してきたんですよね。だから半分、その流儀に乗り、書いてないことはやっていいんだねって、そこはギリギリの駆け引きです。 ――スピーチの中では、現在の政治の主流となっている、異なる意見を叩き潰すというやり方ではなく、お互いが対等に認め合い、納得できるまでとことん話し合う「チャランケ」(アイヌ語で談判、論議の意)の重要性を訴えていました。 IMG_4839_.jpg 三宅 「政治くそ」「官僚ふざけんな」「マスメディアファック」ってやってても、相手がデカすぎるんですよね。僕も以前はそれをやってしまっていたけれど、3.11で変わった。このやり方では、だめだったんです。やみくもに反対するだけでは、事故になるまで原発を止められなかった。どうあがいたって実権を握っているのは政府なんだから、彼らのモノの考え方を変えてもらうしかない。だから相手の意見を否定するのではなく、納得するまで話し合いたい。コミュニケーションしたいんです。僕たちはいま主流とされている社会とは違ったオルタナティブなライフスタイル、視点を持っているから、自民党のような保守勢力が思いつかないようなアイデアが出せる。だから政権を打倒するんじゃなくて、国会に僕らの価値観を少し混ぜてほしいんです。日本を僕ら色に少し染めたいんです。 ――選挙後、NHKや朝日新聞でも取り上げられるなど各所で反響を呼んだ選挙フェスでしたが、初めての選挙戦、反省点はどんなところですか? 三宅 単純に与えられた時間が短くてやり切れなかったことが多々あったんですが、手が回らないところをわざと晒しておくことで、みんなが何を手伝ったらいいか明確にわかるようにしておいたんです。そしたら、勝手連が動きだしてくれた。僕らは自民党のような大きな組織じゃないから、ボランティアの協力が生命線だったんです。そうやって付け焼き刃で選挙運動に関わりだしたみんながそれぞれ課題に気付いたので、そこをひとつずつクリアにさせていきたいですね。今後、チームとして組織化していくのかどうかについては、今考えているところです。  僕は自然農が一番だと思っていて、手を加えれば加えるほど、中央集権的なチームになってしまう。そうではなくて、それぞれのスタイルがネットを通じてつながり、必要があれば扶助し合うという、地方分権のひな型のようなものがたくさんできたらいいなと思っています。好きな音楽を選ぶように、自分が支持する人を選び、その人に対してもいろいろと意見が言えるムードを作っていきたいですね。 ――3年後の参院選を目指す一方で、今回の方法論を用い、「1万人の選挙プロジェクト」として地方選に仲間を送り出していきたいとのことですが、今後の一番の課題はなんでしょうか?  三宅 今回の選挙戦を通してできた足がかりをもとにやっていけば、100万、200万と支持の輪は広げられるだろうし、僕以外にもユニークな候補者が増えるでしょう。それくらいの現象は起きていると思います。けれど一方で、託しすぎなんじゃないかと思う部分もあります。僕に投票した17万人の人たちって、まだ紙に1票書いただけなんですよね。「社会をよくする」という意味では、まだ何もやっていないんです。僕に期待してくれるのはいいけれど、その考えってちょっと違うんじゃないかって。選挙期間中も何度となく「応援しないでください。応援させてください」と言ってきましたが、実際、自分の周りをよくするのは自分自身ですからね。それに、みんなが漠然と抱いている政治家像――なんに対しても明確な政策を持っている人間――を変えていかなければならないと思っています。僕自身、政治家はなんでも知っている完璧な人間である必要はないし、わからないことがあるなら、それはその都度、勉強していけばいいと思っています。 ――ご自身が政治家になることよりも、あくまで一人ひとりが自分で考え、政治参加することを望んでいる、と。 三宅 選挙の結果は副産物でしかないし、社会変化を促す大きな原動力が生まれ、あらゆる既得権益者の中にも、もっと多様性のある社会を作りたいという人が増えれば、大成功ですよね。環境をないがしろにする経済政策とか、みんなの生き方を少しシフトチェンジするという目的のためには、これが僕に行使できる最短の道だと思います。これを音楽だけでやろうとしたら、とてつもなく長い道のりです。苦肉の策ではあったけれど、やり始めてみたら仲間が増えた。メディアなんてクソくらえって思っていたけど、いろいろな人がひしめき合っていて、応援してくれる人もたくさんいた。選挙を通して今まで以上に、僕自身の社会の見方が変わった部分もありますね。 (取材・文=編集部) ●みやけ・ようへい 1978年ベルギー生まれ。音楽家。日本アーティスト有意識者会議(NAU)代表。02年から09年まで、レゲエ・ロックバンド「犬式 a.k.a.Dogggystyle」のボーカル・ギターとして、日本はもとより、世界各地でライブ活動を行う。10年 バンド「(仮)ALBATRUS」を結成。11年3月、東日本大震災を期に、東京から沖縄北部の本部町に居を移す。自然農やエネルギー自給を取り入れながら「新しくて懐かしい」ライフスタイルの模索に入る。 <https://miyake-yohei.jp/

参院選“注目”当選者、渡邉美樹と山本太郎に公選法違反の疑惑浮上…投票勧誘めぐり

 サイゾーのニュースサイト「Business Journal」の中から、ユーザーの反響の大きかった記事をピックアップしてお届けします。
DVD『社長 渡邉美樹』(ポニーキャニオン)
 大方の予想通り、自民党の大勝に終わった7月21日投開票の参議院議員選挙。ねじれ国会の解消、決められる政治、その反面の強引な国会運営や“右傾化”への懸念など、この1カ月で定着した論点で選挙結果が振り返られているなかで、インターネットを中心にふたりの新人議員が注目を集めている。ワタミグループの創業者で自民党公認の渡邉美樹氏(比例区)と、脱原発を旗印にした元俳優・山本太郎氏(東京選挙区)だ。  渡邉氏については、出馬表明時から「自民党はブラック企業の社長を公認するのか」と批判が集中。6月28日には自民党本部前で公認撤回のデモ活動が実施された。2008年にワタミで起こった社員過労死事件の被害者・森美菜さんの両親が、自民党議員に要望書を手渡そうとするも門前払いを受けそうになるなど、自民党の対応にも注目が集まっていた。  6月22日付の日刊ゲンダイ記事にコメントを寄せた政治ジャーナリストの角谷浩一氏は、ワタミが従業員に配布する理念集に書かれた「365日24時間死ぬまで働け」のフレーズを受けつつ、次のように“厳しい現実”を指摘している。 「民間人である選挙中は、世間のブラック企業批判にも“立て板に水”でいられましたが、これからは国会の場に引きずり出されます。渡邉氏が議員バッジをつけている限り、本人も自民党も野党の攻撃と質問にさらされるでしょう。街中で目撃されようものなら、『もう帰るんですか?』なんて言われかねません。針のムシロになるのではないか」 つづきを読む

「あなた、創価学会ですか?」池上彰“ガチンコ”選挙特番の独走ぶり

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テレビ東京『池上彰の参院選ライブ』
 参院選の投開票が行われた21日、NHKと在京民放局が選挙特番を放送したが、視聴率トップはNHKの『参院選2013首都圏開票速報』(午後8時50分~同9時)で16.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)だった。一方、民放の視聴率争いでトップに立ったのは、ジャーナリスト・池上彰氏が司会を務めたテレビ東京で4時間生放送した『TXN選挙SP 池上彰の参院選ライブ』で、民放で唯一の10%超えとなった。  視聴率もさることながら、昨年の衆院選特番でどんな政治家にもひるまずズバズバ質問し、ネット上で「池上無双」と呼ばれた池上氏の“ジャーナリスト魂”は、今回の特番でも相変わらず。 「公明党のエリートで、神奈川選挙区で当選した弁護士の佐々木さやか氏に『あなた創価大学ですよね? で、ご本人も創価学会ですか?』と“直球”を投げ込み『そうです』と認めさせた上で、公明党と創価学会の関係が憲法の政教分離に反していないかを徹底的に追及。弁護士の佐々木氏だけに、言葉を選んで慎重に答えていた。ほかにも、比例で当選した維新のアントニオ猪木氏に『維新は猪木さんの人気頼み』と言い放ち、“ブラック企業”として大バッシングを受け、比例でなんとか当選したワタミグループ元会長で自民の渡邉美樹氏にも、ブラック企業問題について堂々と切り込んでいた。池上氏は一度、テレビからの引退を表明しているので、もはや怖いものなし。昨年の衆院選で池上氏にやり込められた維新の石原慎太郎代表や東京選挙区でトップ当選した丸川珠代氏は、事務所からの中継で池上氏とやりとりするのを断ったほど」(永田町関係者)  それに比べ、ほかの民放各局の選挙特番は、あまりにも“芸”がなさすぎたようだ。 「日テレは『NEWS ZERO』の出演者をそのまま起用し、淡々と進行したため、目新しさがなかった。テレ朝は古舘伊知郎キャスターが粛々と進め、まるでお通夜。フジは自民の小泉進次郎衆院議員への取材VTRで笑顔で話しかけられたカトパンこと加藤綾子アナに対し、安藤優子キャスターが『私の時、あんなに優しくなかった!』と嫉妬心を丸出しにし、見苦しかった。TBSは選挙特番初司会の関口宏が相変わらずの“上から目線”。視聴者にチャンネルを替えられてしまったのだろう」(テレビ関係者)  このままだと、選挙特番のたびに池上氏の“独り勝ち”が続きそうだ。