
久々に登場!
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
保護責任者遺棄罪などで実刑確定は時間の問題といわれている元俳優の押尾学被告が、六本木の"合法ドラッグバー"に出入りしているという信じられない情報が、押尾被告を知るクラブ関係者から提供された。
2009年当時、銀座の高級クラブ「J」の人気ホステスだった田中香織さんは押尾被告に口説かれて、六本木ヒルズレジデンスの一室で合成麻薬MDMAを飲まされたことがきっかけで、変死体で発見された。押尾被告は怖くなって逃走。翌日、麻布署に出頭して、麻薬取締法違反容疑で逮捕。懲役1年6月、執行猶予5年の実刑判決を受けた。
その後は、横浜市内に住むモデル出身のタレントNさんのところに身を隠していたが、田中さんに対する保護責任者遺棄致死罪で再逮捕された。同罪を問う裁判で東京地裁は、保護責任者遺棄罪のみを認定。懲役2年6月という判決を出した。押尾被告はこれを不服として控訴するも高裁では棄却。すると即日上告をして、今は最高裁の結論を待つ身だ。
司法関係者によると「棄却される可能性は高い。近々刑が確定し、収監されるだろう」という。その日を怖れてか、最近の押尾被告はご盛んだ。保釈中に自身を支えてくれたNさんとの再婚のウワサがあるにもかかわらず、Nさんだけでは物足りないのか、親しい女友達に、女性の紹介を依頼するメールを送っているとの情報も。
さらに昨年12月はじめには、タニマチらしき男性と新宿歌舞伎町のキャバクラをハシゴする現場を写真誌に撮られている。
写真誌によると、押尾被告はキャバ嬢とアドレスを交換して、口説きまくっていたそうだ。そんな報道と並行するように、押尾被告を知る銀座のクラブ関係者から「六本木の外国人が多く出入りしている"合法ドラッグバー"で目撃されてます」という情報を提供された。
ここ数年、現行法では取り締まりきれない合成ハーブが出回り、渋谷、新宿といった繁華街では"ハーブショップ"がオープンしているといわれる。さらに、サラリーマンの街といわれている新橋には、"ホモバー"に混ざって、"ドラッグバー"ができて、店内ではサラリーマンがハーブを買ってはその場で吸引して楽しんでいるという。六本木にも同じようなバーがあって、押尾被告はそこにタニマチらしき人物といるところをクラブ関係者に目撃されたのだ。
違法ではないにせよ、こうした行為は田中さんの遺族だけではなく、押尾被告を支援してきた人たちの厚意をも愚弄するものに思えてならない。押尾被告には、目に見える形で反省の姿勢を表すべきだろう。もし、他人につられて行っているのであれば、そんな歪んだ人間関係は断つべきだ。そして、罪を償うまでは"女遊びとドラッグ"も絶ってほしい。信頼を取り戻すのに、それくらいの努力は安いものだ。
(文=本多圭)
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AV出演がウワサされる高岡早紀 金欠の裏にあった恩師の死と元夫・保阪尚希の影
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
女優の高岡早紀が"借金返済"のためにAVに出演するというウワサが流れているが、そんな話が出るほど、彼女の私生活は逼迫しているようだ。昨年11月末に6歳年上の内縁の夫で自称・実業家のA氏が詐欺的行為を働いた上、借金を抱えて失踪中と一部週刊誌に報じられたが、いまだに行方は知れず。高岡と個人事務所の社長を務める高岡の母親は、債権者に追われる毎日を送っているようだ。高岡の"芸能界の育ての親"といわれた故・小口健二さんが生きていたら、こんなことにはならなかっただろうと悔やまれる。
高岡は、郷ひろみのジャニーズ事務所時代からのマネジャーだった小口さんがバーニングプロダクションから独立して設立したフロム・ファーストに所属。映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(1994年)でヌードシーンを演じて脚光を浴びた。続いて、出版が好きだった小口さんは高岡のヘアヌード写真集もプロデュースして、女優として育て上げた。その後、高岡は保阪尚希と知り合い結婚。これを機に、保阪が当時所属していたスターダストプロモーションに移籍。保阪との間に2児をもうけたが、ギタリストの布袋寅泰とのW不倫が発覚したのがキッカケで、04年離婚した。
そんな高岡を小口さんは再びフロム・ファーストで受け入れたのだ。ところが、小口さんは持病の糖尿病が悪化。07年に59歳の若さで他界した。フロム・ファーストの社長の座を継いだ小口さんの年上の奥さんは、生前から、高岡と小口さんとの関係に嫉妬していたというウワサがあっただけに、小口さんの死後、高岡の処遇が心配されたが、やはりフロム・ファーストには居場所がなかったのか、高岡は実の母親と個人事務所を設立。エイベックス・エンタテイメントと業務提携を結んだ。その後、高岡は名古屋在住の自称・実業家のA氏と同棲。10年の9月に未入籍のまま、A氏の子どもを出産し、"未婚の母"になった。
その直後に、保阪が離婚から約7年経ったにもかかわらず"高岡が貸した金を返さない"と、離婚時に贈与した土地・建物を差し押さえたのだ。保阪も離婚を機にデビューから所属していたスターダストを退社したことで仕事が激減。金に困っていたことは想像に難くない。内縁の夫が実業家と聞いて、保阪は返済を期待していたのかもしれないが、それも誤算だったようだ。
A氏は反対に「保阪に払う離婚の慰謝料を貸してくれ」とか「高岡と暮らすための新居を新築中だから、少しの間、金を貸してくれ」と、高岡の名前を利用して、周囲から詐欺まがいの借金を重ねていったようだが、昨年の秋に債権者に追われて逃走。いまだに連絡がつかず、高岡も債権者に追われているという。もし、小口さんが生きていたら、A氏の正体を見破って、交際に反対し、高岡が未婚の母になって詐欺まがいの借金に追われることもなかったのではないか。高岡に男を見る目がなかったと言えばそれまでだが、敏腕マネジャーだった小口さんを失ったことが、高岡の不幸の始まりだったかもしれない。
(文=本多圭)

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・4代目『水戸黄門』石坂浩二 短命降板の裏にあった東映撮影所と暴力団との黒い癒着
高岡早紀写真集「TIME DIFFERENCE」 お美しい。
「元旦婚も……」山田孝之の隠し子騒動を"美談"に仕立て上げた芸能マスコミの罪

『勇者ヨシヒコと魔王の城 DVD-BOX』
(東宝)
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俳優の山田孝之が7歳年上の一般女性と"元旦婚"していたことが明らかになったが、山田といえば、あの"隠し子騒動"はいまだに忘れられない。
山田の前には、市川海老蔵の隠し子騒動もあった。海老蔵を襲名する前(市川新之助時代)の2003年、海老蔵はNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』に主演。共演した米倉涼子との熱愛がささやかれ出したころに、元歌手の日置明子さんとの間に1歳になる女の子がいたことが発覚した。海老蔵は会見で「周り(歌舞伎界以外)はどうか分らないが、自分の生活は普通のことだと思っている」と語った。「芸のためなら、女房や子どもも泣かす」といった昔の芸事の世界なら通じたかもしれないが、今のような時代において隠し子がいたことを「普通」と言い切る神経(仮に本心ではないとしても、そう口に出してしまうこと)が、後の"殴打事件"につながったともいえるのではないか。
そんな海老蔵の隠し子騒動から約3年後の06年、山田の"隠し子"が発覚した。当時の山田はフジテレビのドラマ『WATER BOYS』で脚光を浴び、05年に公開された映画『電車男』の主演してブレーク。その翌年に放送されたTBSドラマ『白夜行』で主演を務めている最中、元タレントのOさんとの間に4カ月になる女の子の"隠し子"がいたことが発覚した。これをスクープしたスポーツニッポンによると、山田とOさんは妊娠を知ると、ふたりで話し合い、結婚はせずに子どもを産むことで合意。山田は生活費と養育費を負担。まるで新しい愛の形かのごとく、美談仕立てで報じられたが真相は違っていた。
Oさんの妊娠が発覚したのは、『電車男』が公開される直前。山田は『電車男』のように女性に関してはウブな好青年の印象をファンに与えていたが、実像は違っていた。Oさん以外にも女性とのウワサが絶えなかったのだ。それだけに、山田は妊娠を知らされて動揺したのか、Oさんに引っ越し先を告げず、携帯の電話番号を変えて逃げ回っていた。
その顛末を嗅ぎつけたのが写真誌の「フライデー」(講談社)だった。フライデーからの問い合わせで、山田に隠し子がいること知った山田の所属事務所は、知人を介してOさんと接触。スキャンダルにならないように、生活費と養育費を払うという金銭的な解決でOさんへの口封じを図ったのだ。その一方で、親しい記者がいるスポニチに情報を流して、「フライデー」が掲載しようとしていたスキャダル記事潰しのために、美談仕立てでスクープをさせたというのが真相だ。
芸能プロとの癒着は当たり前の芸能マスコミ。特にスポーツ紙がタレントのスキャンダルを潰すために、姑息な手段を用いるのは日常茶飯事だが、筆者は常々、真実を隠蔽して、美談仕立ての記事を書く記者は心が痛まないのかと疑問に思っている。
それはさておき、山田にとっては、"元旦婚"した女性を幸せにつつ、役者としてもさらに大成することが、山田のわがままを許したOさんと子どもへのせめてもの罪滅ぼしだと思う。優秀な役者であるだけに、プライベートでも人から敬われる存在になってほしいものだ。
(文=本多圭)
「ネタがデジタル化している」「審査員が悪すぎる」ビートたけしが『THE MANZAI』に苦言

芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
12月30日に放送される、年末恒例になった、ビートたけしと笑福亭鶴瓶の特別番組『たけしが鶴瓶に今年中に話しておきたい5~6個のこと 其の参』(TBS系)で、たけしがテレビで落語を初披露するという。たけしは昨年の同番組で「来年は落語をやる」と語っていたが、実際にそれを後押ししたのは、たけしが尊敬していた立川談志の死だったのかもしれない。
談志師匠の死後、筆者はたけしと食事をする機会があった。たけしは「談志さんは、すごい小心者なんだ。落語が大好きで実に細かい人なんだ。そういう人が開き直ると、切れちゃったりする。破天荒を演じることをやめられたら、"粋だね"ってなるけど、それができないから言い過ぎちゃったりする。それは神経が細かい証拠だよ」と、しみじみ語っていた。落語が大好きな談志師匠は、最後まで「(故・古今亭志ん生には)勝てなかった」とも言っていたそうだ。そんな談志師匠を敬愛していたたけしが、テレビでは初の落語を披露するというので期待したい。
さて、たけしは今年の初めに「お笑いブームは終わった」と断言していたが、そんな彼が17日に放送されたフジテレビの『THE MANZAI 2011』の大会最高顧問を務めたのは、新たな"お笑いブーム"を牽引する漫才師の出現に一縷の望みを託したにほかならない。自分が出演することで話題性を高め、新たな才能にも注目が集まればいいと思ったのだろう。
そんな中、優勝したのは吉本興業のパンクブーブーだった。食事の席で、審査には参加しなかったたけしが「パンクブーブーをはじめ、若手のネタはデジタル化している」と指摘したのが印象深かった。抽象的な表現だが、言い得て妙ではないか。言葉遊びやナンセンスなボケばかりを詰め込んで笑いを誘う、今の漫才師のネタには"味"がない。談志師匠の落語同様、そこに人間の業などから生まれる、そこはかとない笑いがないと、「0」か「1」のデジタルなネタになってしまう。たけしが高く評価していたのは、20年のキャリアを持ち、ネタや話術が練りこまれていた博多華丸・大吉の、人間が抱える日常の可笑しみを生かした"乾杯ネタ"だが、そんな彼らは最終決戦にも進めなかった。
「フジテレビの悪口を言っちゃまずいし、誰とは言わないけど、審査員が悪すぎる。思わず"お前らがここにきて、(漫才を)やってみろ"と言いたくなるよ」とも言ったが、同感である。
確かに、「さまぁ~ず」の大竹一樹や「キャイ~ン」の天野ひろゆき、それにAKB48のプロデューサー・秋元康が審査している姿を見て、「お前らに言われたくない」と思ったのは筆者だけではないだろう。もしこの番組を来年も続けるなら、フジは審査員を慎重にセレクトするべきで、笑いの量だけを評価軸にする人々(視聴者も含め)に対して、漫才の奥深さを啓蒙できるような人物を入れるべきだろう。
さて、今年は東日本大震災と福島第一原発事故が起こった直後に「映画なんか撮っている場合じゃない」と北野武監督は『アウトレイジ2』の撮影の無期延期を決めたが、同作の出演者の「いつまでもスケジュールを空けて待ってます」という言葉に北野監督は感動。当初と変わらぬキャスティングで、来年の春にはクランクインできるという情報も流れている。もし、実現すれば秋にも公開されるだろう。俳優ビートたけしとしては、高倉健さんが6年ぶりに主演する映画『あなたへ』(降旗康男監督、2012年8月公開)に出演したが、『あなたへ』が『アウトレイジ2』より前に公開されるのがたけしの出演条件だったという。今年、公開された映画が駄作ばかりだっただけに、来年の夏から秋にかけて公開される『あなたへ』と『アウトレイジ2』に期待したい。
(文=本多圭)
4代目『水戸黄門』石坂浩二 短命降板の裏にあった東映撮影所と暴力団との黒い癒着
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
TBSで40年以上にわたり放送され、国民的時代劇ドラマといわれた『水戸黄門』シリーズ。12月19日の放送でその幕を閉じたが、同番組にかかわる、ちょっとした裏話を聞いて驚いた。かつて黄門さま役を務めた石坂浩二だが、彼と親しい役者によると、"石坂黄門"が短命に終わったのは、東映京都撮影所を裏で支えてきた暴力団との関係を石坂が拒絶したために降板させられたというのだ。
『水戸黄門』は1969年に、水戸黄門役を東野英治郎が演じてスタート。2代目は、それまで悪役専門だった西村晃が演じた。3代目は佐野浅夫。4代目の石坂から5代目の里見浩太郎にバトンタッチされて最終回を迎えたが、5人のうち石坂だけが、登板期間が2年余りと短命だったのが気になっていた。
石坂は2001年の29部から登場。石坂本人の希望もあり、トレードマークであった長いヒゲを排し、衣装もマイナーチェンジ。"石坂黄門"色を前面に押し出したことで、旧来の視聴者の間に物議を醸したことは記憶に新しい。しかし、シリーズ30部からは局側の強い意向で、ヒゲをつけて登場。石坂と制作サイドの対立をうかがわせた。
その後、石坂は直腸がんのために検査入院。入院中にテレビ局のインタビューに、「『水戸黄門』を続けるのはちょっと無理かな」との発言をして、里見浩太郎にバトンタッチされた。TBSは、表向きはがんを降板理由にしたのだ。
ところが、直腸がんを摘出手術して退院後、石坂はマスコミのインタビューに完全回復をアピールしながら「面倒臭い仕事がなくなって爽快。撮影場所の京都が暑いと、ざまぁ見ろと思う」などと発言して周囲をドキッとさせた。石坂と親しい俳優は筆者に「まさか暴力団との関係が面倒臭いといえないでしょ」と語る。
太秦にある東映京都撮影所は、暴力団のM組が裏で仕切っているという話は映画関係者の間では周知の事実だった。撮影所のスタッフも、M組に世話になっていたことから、主演を張る役者はM組に挨拶に行って、関係を保っていかないとスムーズに撮影が進まない。歴代の東映のスターはすべて、M組との関係を良好に築いてきたという。
しかし、石坂は暴力団が嫌いなこともあって、あいさつに行かず、関係を拒否したという。石坂が「面倒臭い仕事」と言ったのは暴力団との交際だったのだ。
これを拒否した石坂はTBSに降板させられたが、勇気ある決断だと思う。11月22日に京都撮影所は「暴力団排除」宣言をしたが、遅きに失した感がある。もし、10年前に暴排宣言していたら、斬新な"石坂黄門"は短命に終わらず、シリーズ自体もまだ続いていたかもしれない。そう思うと、なんとも悔やまれる降板劇といえよう。
(文=本多圭)
水戸黄門名作選 その1
まあ、終わった話ですけど。

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TBSで40年以上にわたり放送され、国民的時代劇ドラマといわれた『水戸黄門』シリーズ。12月19日の放送でその幕を閉じたが、同番組にかかわる、ちょっとした裏話を聞いて驚いた。かつて黄門さま役を務めた石坂浩二だが、彼と親しい役者によると、"石坂黄門"が短命に終わったのは、東映京都撮影所を裏で支えてきた暴力団との関係を石坂が拒絶したために降板させられたというのだ。
『水戸黄門』は1969年に、水戸黄門役を東野英治郎が演じてスタート。2代目は、それまで悪役専門だった西村晃が演じた。3代目は佐野浅夫。4代目の石坂から5代目の里見浩太郎にバトンタッチされて最終回を迎えたが、5人のうち石坂だけが、登板期間が2年余りと短命だったのが気になっていた。
石坂は2001年の29部から登場。石坂本人の希望もあり、トレードマークであった長いヒゲを排し、衣装もマイナーチェンジ。"石坂黄門"色を前面に押し出したことで、旧来の視聴者の間に物議を醸したことは記憶に新しい。しかし、シリーズ30部からは局側の強い意向で、ヒゲをつけて登場。石坂と制作サイドの対立をうかがわせた。
その後、石坂は直腸がんのために検査入院。入院中にテレビ局のインタビューに、「『水戸黄門』を続けるのはちょっと無理かな」との発言をして、里見浩太郎にバトンタッチされた。TBSは、表向きはがんを降板理由にしたのだ。
ところが、直腸がんを摘出手術して退院後、石坂はマスコミのインタビューに完全回復をアピールしながら「面倒臭い仕事がなくなって爽快。撮影場所の京都が暑いと、ざまぁ見ろと思う」などと発言して周囲をドキッとさせた。石坂と親しい俳優は筆者に「まさか暴力団との関係が面倒臭いといえないでしょ」と語る。
太秦にある東映京都撮影所は、暴力団のM組が裏で仕切っているという話は映画関係者の間では周知の事実だった。撮影所のスタッフも、M組に世話になっていたことから、主演を張る役者はM組に挨拶に行って、関係を保っていかないとスムーズに撮影が進まない。歴代の東映のスターはすべて、M組との関係を良好に築いてきたという。
しかし、石坂は暴力団が嫌いなこともあって、あいさつに行かず、関係を拒否したという。石坂が「面倒臭い仕事」と言ったのは暴力団との交際だったのだ。
これを拒否した石坂はTBSに降板させられたが、勇気ある決断だと思う。11月22日に京都撮影所は「暴力団排除」宣言をしたが、遅きに失した感がある。もし、10年前に暴排宣言していたら、斬新な"石坂黄門"は短命に終わらず、シリーズ自体もまだ続いていたかもしれない。そう思うと、なんとも悔やまれる降板劇といえよう。
(文=本多圭)
水戸黄門名作選 その1
まあ、終わった話ですけど。

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『妖怪人間ベム』の"ベラ役"がハマった杏 成長の影に両親の泥沼離婚騒動があった!?

「LIGHTS」(ERJ)
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日本テレビ系のドラマ『妖怪人間べム』で共演しているKAT-TUNの亀梨和也と女優の杏との交際がウワサされているが、杏の女優としての成長ぶりには驚かされる。言わずもがな、父親が渡辺謙だけに「蛙の子は蛙」と言うべきなのだろうが、杏の場合は、皮肉にも両親の離婚スキャンダルの犠牲になったことが、今の女優活動に深みを与えているのかもしれない。
渡辺は、2002年に劇団「円」から大手芸能プロ「ケイダッシュ」に移籍。渡辺自身はこの移籍を「FAのようなもの」と言っていたが、移籍前に高島礼子との"W不倫スキャンダル"が女性誌に報じられたことから、「大手プロに入れば、スキャンダルは止まる」という思惑があっての移籍といわれた。
ところが、皮肉なもので移籍後に、渡辺の妻(当時)が子どもたちの同級生の母親たちや、宗教団体「釈尊会」の故・小野兼弘氏から、理由不明で5億円以上もの多額の借金をしていたことが発覚。これまで以上の大きなスキャンダルに見舞われてしまう。このトラブルをきっかけに夫婦関係がこじれ、2人は別居。その時、長男の渡辺大と長女の杏は母親についた。
さらにこの後、泥沼の離婚裁判に突入するのだが、その時の一番の犠牲者が杏だったといえよう。当時、杏は高校生で「サンミュージックブレーン」に所属するモデルだった。兄の大は大学生。家計が困窮する中、杏は大に大学卒業を勧めつつ、自分は生活費を稼ぐために高校を中退して、仕事に専念することになった。サンミュージックはスキャンダルが発覚するまで、杏の父親が渡辺謙だとは知らなかったそうだ。彼女自身が"七光り"を嫌って、父親の名前は言わなかったのだ。母親がサンミュージックまで金を借りにきた時、初めて分かったという。
その後の渡辺の離婚裁判では、夫人側の弁護士から、渡辺と不倫のウワサが立った女優として、若村麻由美、高島礼子、荻野目慶子、斉藤由貴、池上季実子といった実名が暴露された。渡辺は否定したが、この実名報道に一番ショックを受けたのは、杏だったかもしれない。
04年に離婚は成立。その後、渡辺が女優の南果歩と再婚したこともあり、渡辺と杏は絶縁状態が続いていると思っていた。ところが最近になって、杏を女優として後押してきたのが渡辺だということが分かった。杏はサンミュージックブレーンに所属時、父親の渡辺が米アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたことに触発され、モデルから女優の道に進むことを選んだ。そんな杏の願いをかなえるべく、サンミュージックに渡辺が直接「娘を移籍させてやってほしい」とお願いに上がっていたというのだ。
しかし、渡辺が勧めた移籍先はモデル事務所だったため、女優としての活動ではイマイチぱっとしなかった。その後、渡辺プロダクション系列の「トップコート」に所属してから頭角を現してきた。これも、父・渡辺の陰ながらの応援があってのこと。やはり、血は水よりも濃し。亀梨、杏と真剣交際するためには、まずは渡辺に認められる俳優になるというハードルを越える必要に迫られそうだ。
(文=本多圭)
愛菜ちゃんも要注意? 安達母娘に見る子役ブレークの落とし穴

『家なき子2 オリジナル・サウンドトラック』
(ビクターエンタテインメント)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
なんとも地味な芸能ニュースに分類されるのだろうが、俳優の黒田アーサー(50)が17歳年下のネイルアーティストの女性と12月4日にサイパンで挙式した。黒田は再婚になるが、忘れられないのが安達祐実との"熱愛騒動"だ。
安達は0歳で雑誌のモデルとしてデビュー。その後、カレーのCMや日本テレビのドラマ『家なき子』でブレーク。同作での安達のセリフ、「同情するなら金をくれ!」は一世を風靡し、新語・流行語大賞にも選ばれて、安達は"名子役"として一時代を築いた。
その安達が初めて恋をしたのが、21歳年上の黒田だった。二人は1999年、舞台『オズの魔法使い』の共演で知り合ったが、その頃、黒田はダンプ松本や杉浦幸と熱愛がウワサされていた。安達との交際が発覚したのは、3年後の2002年。
当時、すでに成人しているというのに、安達の仕事現場には常に母親である安達有里が付いて来ていた。といっても、マネージャー代わりの仕事をしていたわけではない。現場にはサンミュージックのスタッフもおり、有里は用事もないのに現場にやって来ては、共演者に余計なことを言うので、娘・祐実にもサンミュージックにも煙たがられていたようだ。
そんな有里が、黒田と安達の交際に大反対した。反対の理由は、21歳の年の差だからだといわれたが、真相は違っていた。有里と黒田は、安達との舞台共演をキッカケに麻雀仲間になり、実は以前から有里が黒田を狙っていたという。
母親の猛反対に反発した安達は家を出て、一人暮らしを始めた。困ったのは有里だ。娘が母親を絶縁する格好になってしまったのだから、自分の懐にはマネジメント料が入ってこなくなった。なんとか二人を別れさせようと、有里は親しいマスコミ関係者にあらぬウワサや情報を流したのだ。これに対して、変なスキャンダルネタを流されたらたまったものではないと、サンミュージックの幹部が仲介に入って、マネジメント料を払うということで有里を黙らせた。
しかし、安達は黒田とは結ばれず、05年4月に破局。安達はそれから約5カ月後に、お笑いコンビ・スピードワゴンの井戸田潤と"できちゃった婚"。一方、有里は安達と和解後、ステージママから女優に転身。美容整形をしてヌードになったり、さらにAVに出演したりと娘を悩ませ続けた。それでも安達は、井戸田と結婚後、有里のいる実家を離れていたことで我慢もできた。ところが、数年後には井戸田と別居。子どもを抱えて実家に戻ったものの、有里が自宅に若い男性を出入りさせているのは子どもの教育によろしくないと、再び実家を飛び出して、絶縁状態になったのだ。
要するに、有里は娘が子役として売れたことで、常に安達を当てにして生きてきたために"子離れ"できなくなってしまったのだ。哀れな話ではあるが、有里だけではなく、芸能界では子役として売れしまうと、それに頼ってしまい、自立できない親や家族が出てくるケースが多い。今年、子役として大ブレークした芦田愛菜ちゃんとそのご家族。大きなお世話だとは思うが、先輩の安達母娘の生き方を教訓にしたほうがいいかもしれない。
(文=本多圭)
「来春以降も!?」ナンチャンの低視聴率番組『ヒルナンデス!』が終わらない裏事情

日本テレビ『ヒルナンデス!!』公式サイトより
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
ウッチャンナンチャンの南原清隆が司会を務める日本テレビ系昼の情報番組『ヒルナンデス!』は、視聴率低迷で以前から打切り説が流れている。だが、日テレ系列の親しいプロデューサーから「来年の4月以降も続けるみたいよ」という意外な情報を入手した。
『ヒルナンデス!』は中山秀征が司会を務めていた『おもいッきりDON!』の後番組として今年3月末からスタートしたが、司会が南原だと聞いて、「ウッチャンではなく、大丈夫かいな」という印象を抱いた。案の定、視聴率は低迷。スタート直後の4月には、直前に放送されている『キューピー3分クッキング』よりひどい、3.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録したというニュースが話題になった。その後も、3~5%をさまよっているというのだから、頻繁に"打ち切り説"が流れるのも頷ける。ところが、直近の打ち切りはないどころか、来年4月以降も続行がほぼ決まっているという。
その理由として、一部報道では「スポンサーがターゲットにしている女性層の視聴率に限ると悪くなく、番組で紹介した商品がバカ売れするなど、訴求力も高い。CM枠が空くのを待っている企業がいるほど」などと報じられた。だが、理由はそれだけではないようだ。
ある芸能関係者は「南原の事務所と日本テレビとの力関係だ」と言う。実は、南原の相方である内村光良はいまや日テレの看板タレント。同局では『世界の果てまでイッテQ!』と『スクール革命!』という人気番組の司会を務めるほか、10月21日に日テレで放送された内村司会の金曜スーパープライム『ザ・トリックハンター』の平均視聴率は14.7%、瞬間視聴率は19%台を記録。この数字は、金曜スーパープライムでは歴代最高視聴率だという。
日テレとしては当然、今後シリーズ化やレギュラー化を図りたいところだろう。そんな、"数字を持っている男"内村のスケジュールを確保するためにも、南原の『ヒルナンデス!』を切るに切れない状態だという。事実だとすると、南原にとっては屈辱的な話だ。
さらに、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の来年3月打ち切り説も『ヒルナンデス!』継続を後押ししているそうだ。5%台の視聴率も珍しくなくなり、タモリの高額なギャラがネックになっているなどとして、これまでもたびたび打ち切り説が流れてきた『笑っていいとも!』だが、来年で30周年を迎える。これを節目に番組は終了し、高島彩をキャスターに据えた社会情報番組の企画が極秘で進んでいるともいわれる。
そんな情報が日テレにも届き、同番組さえ終了すれば、視聴率アップを見込めると踏んでいるようなのだ。確かに、『ヒルナンデス!』は、芸人+女性タレント+ジャニーズなどといった、『笑っていいとも!』と似たようなタレントの布陣が出演するバラエティー色の強い生活情報番組で、『笑っていいとも!』が終了すれば、その視聴者が流れてくるかもしれない。そうなれば、同時間帯のトップに出ることも不可能ではない。しかし、その狙いが本当ならば、なんとも情けない状況だ。
「視聴率が悪くても、スポンサー受けがよければいい」「ウッチャンをつなぎ留めておきたい」「ライバル番組が終わってくれる」......。『ヒルナンデス!』の番組継続が、このような後ろ向きな理由ばかりで決まるのだとしたら、それはそれで、低迷するテレビ界を象徴している状況といえるのだろう。番組制作者には、本当に面白い番組を作って視聴率を奪い返す、という奮起を促したい。
(文=本多圭)
家元・立川談志逝去 "師匠"の死に"弟子"ビートたけしは何思う……
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! "落語界の風雲児"と呼ばれた立川流の家元の立川談志師匠が、21日に喉頭がんで亡くなっていたことが明らかになった。 少し前にビートたけしが「談志師匠のお見舞いに爆笑問題の太田(光)と行かなきゃな」と言っていたことを覚えている。実際にお見舞いに行ったかどうかは確認していないが、たけしは20日ごろから、『たけしアート★ビート』(NHK-BS)の海外ロケでヨーロッパに行っていたはず。そのため、どのメディアも、訃報直後にたけしコメントを発表していないが、彼自身は尊敬する師匠の死に目に会えず、さぞ悔やんでいることだろうと思う。 談志師匠は、ブラックユーモアと毒舌で独自の世界を築き上げて、落語界から異端児扱いされたこともあったが、落語の腕前を取っても師匠の右に出るもはいないと確信しているのは筆者だけではないはず。お笑い芸人としてのたけしの原点も「ブラックユーモアと毒舌」であり、それゆえ、彼は談志師匠に弟子入りまでしたのだ。談志師匠もたけしの才能を認めて、「立川錦之助」という高座名を与えている。 2010年8月に発売された「新潮45」(新潮社)では、談志師匠とたけしに爆笑の太田も加わって、歴史に残るブラックユーモア対談が実現した。この対談記事の見出し通り、「最後の大"毒"演会」になってしまったのが残念でならない。 今年の夏には、こんなことがあった。たけしが客員編集長を務める東京スポーツのインタビューで、彼に「『笑点』(日本テレビ)の司会者がタモリに代わるといううわさがあるけど、どう思う?」と振ると、開口一番「あのおやじ(司会の桂歌丸)何も面白くないもん。大喜利のネタは全部、何人もいる作家が考え出したものだし」と暴露して、「三遊亭圓楽を始め、みんなクビにした方がいいよ。もともと『笑点』に司会は立川談志さんがやっていて、若手の面白い落語家が出ていて、大喜利もハイレベルだった。ハイレベルすぎて視聴者がついていけず、視聴率が取れなかった。それを思うと、談志さんはいかにすごい落語家だったか」と絶賛していた。 たけしが訃報直後にお悔やみのコメントを求められたとしても、こうした談志師匠譲りの毒のあり、真実をついた言葉を発していたのではないか。 少し前に"落語ブーム"と呼ばれる時期があったが、そこから談志師匠のような真のスターは生まれていないし、たけし自身が実力を認めている噺家は一握りしかいない。そんな中で、最近は高座に上がることがないたけしが以前「落語をやってみたい」と語っていた。談志師匠の死を機に、師匠の意志を継いでチャレンジするのもいいかもしれない。"落語界の風雲児"の死に改めて合掌! (文=本多圭)『立川談志 ひとり会 第二期 落語ライブ
'94~'95 第十二巻』(竹書房)










