芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす! 昨年、さまざまなスキャンダルに襲われたGACKTにハリウッドから映画の出演オファーがあったが、東京国税局の査察の結果が出ていないため断っていたことが、関係者への取材で明らかになった。 昨年8月28日、GACKTと彼のマネジャーを務める姉が入居し、GACKTの芸能事業をマネジメントする「ゴーディーホールディングス」がある東京・世田谷区のビルに約20人の東京国税局の査察官、通称“マルサ”が査察に入ったと報じられた。国税関係者によると、この時、同ビルのほか、ゴーディーのメインバンクをはじめ、関係各所を含めると約100人の査察官が動員されたという。 これまでも国税局は、芸能界の巨額脱税疑惑があった場合、少なくとも100人、多いときは200人体制で査察官を動員してきたそうだ。それぐらいの人数を集めて調査に着手しなければ、脱税は立件できない。 GACKTの事務所への査察の狙いは、東日本大震災の義援金に関するもの。また、ファンクラブの運営資金など、数億円の所得隠しの疑惑もあるという。査察に入った段階で、事務所はきちんとした会計帳簿を作っていなかったことが判明。乱脈経営が浮き彫りになったという。関係者の取材によると、包括マネジメントを担当していた「ゴーディーエンターテインメント」のH社長は派手な性格で、新宿の高級クラブで豪遊を繰り返していたといい、結果、GACKTへのギャラ支払いも滞って、2人の関係は悪化。そんなこともあって、GACKTは新事務所を立ち上げた。 一方、GACKTの“金と女”への貪欲ぶりも明らかになってきた。特に金には異常な執着心を持っているだけに、彼自身も脱税疑惑に関与しているという見方が出ている。査察が入った直後から、政治結社の街宣車による抗議行動が起こっているが、今でもそれは続いており、1月20日には、GACKTは自身のTwitterで「朝から君が代で目がスッキリだ」などとつぶやいている。これは、同日も朝から自宅に対して展開された街宣活動を自虐ネタにしたようだが、今の彼に求められているのは、数々の疑惑に対する説明だろう。一方、100人体制の国税の査察も大詰めにきているという。 国税関係者は「査察に入った以上、必ずやりますよ」と語る。情報では、H社長とGACKTのマネジャーを務める姉、それにファンクラブの責任者の3人が、国税から東京地検に告発される可能性が高いという。また、GACKTに関しては義援金を詐取したという詐欺疑惑があり、警察の捜査対象になっているという情報もある。いずれにしても、査察の結果が出なければ、ハリウッドどころか、GACKTは大きな仕事をこなすことなどできない状態だ。板東英二が名古屋国税局から申告漏れを指摘されたことが明らかになり大騒ぎになったが、GACKTにも社会的批判が押し寄せることになりそうだ。 (文=本多圭)
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中田カウス、前田五郎の出廷で爆弾証言飛び出す!? 吉本興業 vs 講談社の“ヤクザ裁判”が佳境に

吉本興業東京本社
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
「週刊現代」(講談社)が“吉本興業とヤクザ”の関係を追及した記事をめぐり、吉本興業が「週刊現代」を提訴しているが、この公判において、1月22日に東京地裁で証人尋問が行われるという。ここに、吉本興業からは中田カウスと大崎洋社長、「週刊現代」側からは、吉本・創業者一族の林正樹氏と元「コメディNo.1」の前田五郎が出廷するというのだから、注目だ。因縁浅からぬ両者の直接対決は、初めてのことだろう。
2011年8月23日に、島田紳助が暴力団との交際を認めて“電撃引退”して以降、多くのメディアが紳助と吉本に対するバッシング報道を展開した。中でも急先鋒だったのが「週刊現代」。同誌は「『なんでも暴力団』島田紳助と、その仲間たち」というタイトルで、徹底追及キャンペーンを連載。それに対して吉本は「事実無根で名誉を毀損する」と、「週刊現代」と発行元の講談社に損害賠償を求める訴訟を数件起こしている。
1月22日に開かれる証人尋問は、「週刊現代」11年11月5日号に掲載された「<スクープ!>創業家の顧問弁護士が明かす『紳助だけじゃない!吉本興業とヤクザ 弁護士でも恐くなる話』」という記事をめぐるものだ。記事中、顧問弁護士の的場悠紀氏は「林裕章元会長の生前、林家とカウスの関係は良好だった。裕章さんが女性問題でトラブルを起こすと、カウス氏がヤクザを使って解決してもらう」と語っている。
この尋問で被告側の証人に立つ林正樹氏は、裕章元会長の息子。吉本の社員だったが、創業家一族と吉本の経営陣とのお家騒動後、閑職に追いやられて、その後、退社。林氏自ら「週刊現代」で発表した告発手記の中で、当時、専務だった大崎社長が、5代目山口組組長・渡辺芳則氏の娘のデビューを画策していたと暴露した。それによると、大崎社長が「あれは5代目(山口組)の娘や。歌手になりたいと言っている。カウスさんから頼まれたんや」と語っていたという。
もう一人の被告側の証人に立つ前田は、09年4月にカウスの自宅に送られてきた、「舞台に立てなくしてやる」という“脅迫状”について、筆跡鑑定の結果、「脅迫状に関与しているのではないか」と疑惑を持たれた人物。このため、吉本からタレント活動を休止に追い込まれ、大阪府警の取り調べまで受けた。前田は事件への関与を否定したにもかかわらず、吉本は「コメディNo.1」を解散。その後、前田を契約解除した。これに対して、前田は「犯人扱いされて、仕事を奪われた」と吉本に計5,000万円の損害賠償の訴訟を起こしたが、一審、二審とも敗訴している。カウスに辛酸を舐めさせられた前田は、親しいお笑い関係者に「法廷でカウスと5代目の関係を証言する」と語っている。
今回の尋問では、被告側からこうした生々しい証言が出てくる可能性が高いだけに、原告側のカウスと大崎社長がどう反論するか?
カウスと山口組、吉本とヤクザの不適切な関係が、事実かどうか争われている裁判だけに、吉本の今後を左右するといっても過言ではない。仮に過去のことだとしても、反社会的勢力との癒着が証明されれば、世間はこれを許さないだろう。それだけに、キーマン4人の法廷での直接対決に注目したい。
(文=本多圭)
みのもんた“銀座の帝王”完全復活か!? 「フライデー」お持ち帰り報道の裏側

「口説きながら麻布十番 duet with みの もんた」
(ユニバーサルミュージック)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
先週発売の「フライデー」(講談社)に、「みのもんた、美女お持ち帰り」という記事が掲載された。みのにお持ち帰りされた美女の正体は、銀座8丁目の芸能人ご用達クラブ「グレ」のホステスY子さんだった。年末に発売された「女性セブン」(小学館)では、「最愛の妻・靖子さんの死から7カ月。いまだ納骨せず、夜毎のひとり酒」と報じられていたが、ひとり酒どころか、女性と2人で夜を楽しんでいたのである。
みのは昨年5月にがんで靖子さんを失って以降、「あと2年でアナウンサー歴50年。しゃべる商売をやめようかなと思っている」と、周囲に引退をほのめかすほど憔悴しきっていたという。ところが、昨年10月ごろから銀座で頻繁に姿を目撃され、「“夜の銀座の帝王”が復活」と言われるようになった。
しかし、それまでの帝王とは少し様子が違っていた。
靖子さんが亡くなる前までは、みのは銀座7丁目の行きつけのクラブ「B」に顔を出すことが多かった。自身が社長を務める水道メーター販売会社「ニッコク」の関係者や取引先、また、かわいがっている芸能人やスポーツ選手を連れ立って来ていたのだ。しかも、飲んでいる最中に靖子さんからの電話がかかってくると、早々に店を退散し、帰宅していた。
ところが、帝王復活後の昨年10月ごろからは、これまで通り、水道関係の人と飲みに来る姿も目撃されたが、一人で行動することのほうが多くなった。それも、通うクラブは「グレ」が目立った。ということは、このクラブに好みのホステスができたと考えるのが自然だろう。
筆者は「グレ」とみのの関係について取材を開始、クラブ関係者から、みのの愛人であるホステスの名前を聞きだした。しかし、筆者はカメラマンではないので、張り込んで写真を撮ることもできない。そうこうしているうちに、「フライデー」の関係者から「みのがホテルにホステスをお持ち帰りするところを撮ったんですが、顔を確認してくれませんか」と依頼がきた。
自身の手で報じる前に先を越されてしまった悔しさはあったが、筆者がつかんでいたホステスと同一人物だったため、細かい情報を伝えた。結果、「フライデー」にあのような記事が掲載されたという次第だ。みのは「フライデー」の直撃に対して、「あっそう。俺も年貢の納め時だな」と余裕を持って答えたが、靖子さんが生きていたら、必死になって否定したことは想像に難くない。
しかし、しんみりと夜毎のひとり酒で体を壊し、元気を失うより、みのにとっては、ホステスとの浮名が流れるくらいのほうが健全かもしれない。いつまでたっても不況から抜け出せないといわれている夜の銀座だけに、彼のような豪快なクラブ活動は景気回復の弾みになりそうだ。
(文=本多圭)
“第2の氷川きよし”売り出し戦略に、故・長良じゅん会長の名前が利用されている!?

「ベサメムーチョ」(ワーナーミュージック・ジャパン)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
今年5月にハワイのゴルフ場で不慮の事故死を遂げた“演歌界のドン”こと、「長良プロダクション」の故・長良じゅん会長。その長良会長が「“第2の氷川きよし”として期待を寄せていた新人歌手がいた」という一部報道があったが、これには耳を疑った。
この歌手とは、来年2月6日にワーナーミュージック・ジャパンから「ベサメムーチョ」という、桂銀淑がかつて歌った曲のカバーでデビューする川上大輔だ。
確かに、細身の長身で甘いマスク、外見だけ取れば、氷川きよし路線であることはわかるが、彼の名前を、生前長良さんから一度も聞いたことがない。不審に思い、長良プロに問い合わせたところ、事務所スタッフも「長良会長が応援する」という話は聞いたことがないという。
長良会長の名前を出せば業界的にはプロモーションがしやすいと考えた、川上のマネージメントサイドの戦略だったのだろう。取材を進めていくと、川上は故・長良さんの弟で、芸能プロ「グッデイ」の神林一夫社長がプロデュース。元長良プロ所属で、現在はグッデイと業務提携する梅宮辰夫が一押しする新人歌手であることがわかった。
しかし、梅宮が応援しているというなら、なおさら川上に長良会長が期待するわけがないはずだ。梅宮は数年前、長良プロからの独立を希望して、同プロを退社。個人事務所を設立したが、実際はグッデイの系列下に入った。これでは、弟の事務所に引き抜かれたようなもの。長良会長は筆者に「梅宮には、恩を仇で返されたようで悔しい」と語っていた。それだけに、決して関係が良好とはいえなかった弟がプロデュースし、梅宮が一押するという川上を“第2の氷川きよし”として期待するわけがない。「死人に口なし」をいいことに、長良さんの名前を利用した疑いがあるわけだが、川上には長良会長の名前を利用せず、実力でのしあがってもらいたいものだ。
話は少々横道にそれるが、筆者が30年以上主催している年末恒例の忘年会を陰ながら支えてきてくれたのが、長良会長だった。今年も12月12日に東京・有楽町にある「ニュートーキョー本店」のイタリアンレストランで開催。マスコミ関係者や芸能プロ関係者、取材で知り合った方々など、150人以上もの人が年末の忙しい中、駆けつけてくれた。
今回はゲストも豪華で、岐阜の多治見市から来てくれた、“文字職人”を名乗る書道家の杉浦誠司さん、日本におけるバリスタの第一人者で、カプチーノアートの名人である藤吉亮さんが初参加。それぞれの芸当を披露してくれて、参加者を感動させてくれた。そのほか、津軽三味線の名手で演歌歌手の伊南喜仁や“長良グループ”の演歌歌手、椎名佐千子も熱唱。あっという間の3時間だった。参加者全員が帰り際に「こんな楽しい忘年会はない。来年もまたやってくれ」の言葉を寄せてくれたことが、仕事の上でも大きな励みになる。
ただ、この場に長良会長がいなかったことが無念でならない。忘年会の場で、年を重ねてもなお新たな挑戦を続ける、長良会長の来年の戦略を聞くことがたまらなく刺激的だった。低迷が続く演歌界は、長良会長の遺志を継いで、挑戦することをやめないでほしい。いつまでも、長良会長の名前に頼っているようではダメだ。そんな思いを抱きつつ、改めて合掌!
(文=本多圭)
ビートたけしが画策する『美川憲一・小林幸子のニ人紅白歌合戦』とは!?

「茨の木」、『美川憲一 全曲集~金の月・柳ヶ瀬ブルース~』
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
先日、ビートたけしが客員編集長を務める東京スポーツの取材があり、さまざまな話を聞いたが、紙幅の都合上、東スポには掲載できないこんな話があった。
「美川憲一と小林幸子が紅白を落選したけど、実はTBSでこのニ人だけの紅白ってのをやろうとしてるんだ。紅白で使おうとした衣装を着せて対決。イントロかかったらやめて、また違う衣装になって、最後には禿げヅラまでかぶせちゃう」
たけし独特のシャレなのか本気なのかわからない話だが、大手芸能プロの言いなりになって小林を落選させたNHKに弓を引く意味でも、ぜひ実現してほしいものだ。
今年、小林は紅白34回連続出場に執念を燃やして、紅白恒例の“巨大衣装”を発注していたが、事務所幹部の泥沼解任騒動で、紅白に影響力を持つ芸能界の大物に嫌われた結果、落選。3年ぶりの出場がウワサされていた美川も、小林のとばっちりを食って落選した。
すでに小林と美川の過去の豪華衣装対決を収めた『二人だけの紅白歌合戦!』(コロムビアミュージックエンタテインメント)というDVDは発売されているが、ヒットしているという話は聞かない。しかし、テレビでの「二人の紅白」ならば、怖いもの見たさで人気を集めるような気がする。それも低視聴率記録を更新し続ける、たけしととんねるずの石橋貴明がMCを務める『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』(TBS)でやってほしい。
この番組、TBSの日曜のゴールデンタイムの視聴率が何をやっても取れないことから、番組編成局がたけしに頼んで、石橋とのコンビで、10月からスタートさせた番組だった。ところが、初回視聴率と8.8%と期待外れ。2回目以降は5%台に落ち込み、12月2日に放送された2時間スペシャルは5%を割って、4.6%とゴールデンの新記録を作った。
4日放送のスペシャルでは、若手お笑い芸人たちがさまざまな“スナックを舞台にしたコント”を披露するという企画が盛り込まれていたが、これは筆者だけではなく、お笑い好きのマスコミ関係者も“最高に面白かった”と絶賛した。にもかかわらず、あの視聴率。筆者がたけし贔屓ということもあるが、あまりの視聴率の低さに、ビデオリサーチの調査方法に問題があるのではないか、と訝しがってしまう。
日曜の夕方に放送されている日本テレビの長寿番組『笑点』の平均視聴率は今も18%を超えている。『笑点』の大喜利はマンネリ化して、面白くもなんともないのに、お年寄りがテレビにかじりついている時間帯だ。これは、以前から言われていることだが、視聴率調査に協力してくれる世帯にはお年寄りがいる家が多く(若い人しかいない世帯はそもそも日中に家にいる時間が少なく、ビデオリサーチの調査依頼を引き受けにくいとの説もある)、そのお年寄りが見る番組の視聴率が伸びやすいという状況を反映しているのではないか。
一方、たけしたちが『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』でやろうとしていることは、「実験的な笑い」をテーマにしているだけに、お年寄りには理解しにくい。しかし、視聴率が上がらないと番組は継続できない。ゆえにたけしが語った、美川と小林の「二人の紅白」は、お年寄りを引きつけるのには格好な企画になるのではないか。あまりのふざけっぷりに反感を買う可能性はあるが、それもまた、たけしらしい。是が非でも視聴率がほしいTBSにとっても、紅白落選で暗い年末を迎える小林と美川にとっても、朗報になる企画だ。なにより、いびつな視聴率至上主義、大手芸能プロ偏重主義に陥ったテレビ界に、一石を投じることになるはずだ。
(文=本多圭)
ビートたけしが画策する『美川憲一・小林幸子のニ人紅白歌合戦』とは!?

「茨の木」、『美川憲一 全曲集~金の月・柳ヶ瀬ブルース~』
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
先日、ビートたけしが客員編集長を務める東京スポーツの取材があり、さまざまな話を聞いたが、紙幅の都合上、東スポには掲載できないこんな話があった。
「美川憲一と小林幸子が紅白を落選したけど、実はTBSでこのニ人だけの紅白ってのをやろうとしてるんだ。紅白で使おうとした衣装を着せて対決。イントロかかったらやめて、また違う衣装になって、最後には禿げヅラまでかぶせちゃう」
たけし独特のシャレなのか本気なのかわからない話だが、大手芸能プロの言いなりになって小林を落選させたNHKに弓を引く意味でも、ぜひ実現してほしいものだ。
今年、小林は紅白34回連続出場に執念を燃やして、紅白恒例の“巨大衣装”を発注していたが、事務所幹部の泥沼解任騒動で、紅白に影響力を持つ芸能界の大物に嫌われた結果、落選。3年ぶりの出場がウワサされていた美川も、小林のとばっちりを食って落選した。
すでに小林と美川の過去の豪華衣装対決を収めた『二人だけの紅白歌合戦!』(コロムビアミュージックエンタテインメント)というDVDは発売されているが、ヒットしているという話は聞かない。しかし、テレビでの「二人の紅白」ならば、怖いもの見たさで人気を集めるような気がする。それも低視聴率記録を更新し続ける、たけしととんねるずの石橋貴明がMCを務める『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』(TBS)でやってほしい。
この番組、TBSの日曜のゴールデンタイムの視聴率が何をやっても取れないことから、番組編成局がたけしに頼んで、石橋とのコンビで、10月からスタートさせた番組だった。ところが、初回視聴率と8.8%と期待外れ。2回目以降は5%台に落ち込み、12月2日に放送された2時間スペシャルは5%を割って、4.6%とゴールデンの新記録を作った。
4日放送のスペシャルでは、若手お笑い芸人たちがさまざまな“スナックを舞台にしたコント”を披露するという企画が盛り込まれていたが、これは筆者だけではなく、お笑い好きのマスコミ関係者も“最高に面白かった”と絶賛した。にもかかわらず、あの視聴率。筆者がたけし贔屓ということもあるが、あまりの視聴率の低さに、ビデオリサーチの調査方法に問題があるのではないか、と訝しがってしまう。
日曜の夕方に放送されている日本テレビの長寿番組『笑点』の平均視聴率は今も18%を超えている。『笑点』の大喜利はマンネリ化して、面白くもなんともないのに、お年寄りがテレビにかじりついている時間帯だ。これは、以前から言われていることだが、視聴率調査に協力してくれる世帯にはお年寄りがいる家が多く(若い人しかいない世帯はそもそも日中に家にいる時間が少なく、ビデオリサーチの調査依頼を引き受けにくいとの説もある)、そのお年寄りが見る番組の視聴率が伸びやすいという状況を反映しているのではないか。
一方、たけしたちが『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』でやろうとしていることは、「実験的な笑い」をテーマにしているだけに、お年寄りには理解しにくい。しかし、視聴率が上がらないと番組は継続できない。ゆえにたけしが語った、美川と小林の「二人の紅白」は、お年寄りを引きつけるのには格好な企画になるのではないか。あまりのふざけっぷりに反感を買う可能性はあるが、それもまた、たけしらしい。是が非でも視聴率がほしいTBSにとっても、紅白落選で暗い年末を迎える小林と美川にとっても、朗報になる企画だ。なにより、いびつな視聴率至上主義、大手芸能プロ偏重主義に陥ったテレビ界に、一石を投じることになるはずだ。
(文=本多圭)
ビートたけしが画策する『美川憲一・小林幸子のニ人紅白歌合戦』とは!?

「茨の木」、『美川憲一 全曲集~金の月・柳ヶ瀬ブルース~』
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
先日、ビートたけしが客員編集長を務める東京スポーツの取材があり、さまざまな話を聞いたが、紙幅の都合上、東スポには掲載できないこんな話があった。
「美川憲一と小林幸子が紅白を落選したけど、実はTBSでこのニ人だけの紅白ってのをやろうとしてるんだ。紅白で使おうとした衣装を着せて対決。イントロかかったらやめて、また違う衣装になって、最後には禿げヅラまでかぶせちゃう」
たけし独特のシャレなのか本気なのかわからない話だが、大手芸能プロの言いなりになって小林を落選させたNHKに弓を引く意味でも、ぜひ実現してほしいものだ。
今年、小林は紅白34回連続出場に執念を燃やして、紅白恒例の“巨大衣装”を発注していたが、事務所幹部の泥沼解任騒動で、紅白に影響力を持つ芸能界の大物に嫌われた結果、落選。3年ぶりの出場がウワサされていた美川も、小林のとばっちりを食って落選した。
すでに小林と美川の過去の豪華衣装対決を収めた『二人だけの紅白歌合戦!』(コロムビアミュージックエンタテインメント)というDVDは発売されているが、ヒットしているという話は聞かない。しかし、テレビでの「二人の紅白」ならば、怖いもの見たさで人気を集めるような気がする。それも低視聴率記録を更新し続ける、たけしととんねるずの石橋貴明がMCを務める『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』(TBS)でやってほしい。
この番組、TBSの日曜のゴールデンタイムの視聴率が何をやっても取れないことから、番組編成局がたけしに頼んで、石橋とのコンビで、10月からスタートさせた番組だった。ところが、初回視聴率と8.8%と期待外れ。2回目以降は5%台に落ち込み、12月2日に放送された2時間スペシャルは5%を割って、4.6%とゴールデンの新記録を作った。
4日放送のスペシャルでは、若手お笑い芸人たちがさまざまな“スナックを舞台にしたコント”を披露するという企画が盛り込まれていたが、これは筆者だけではなく、お笑い好きのマスコミ関係者も“最高に面白かった”と絶賛した。にもかかわらず、あの視聴率。筆者がたけし贔屓ということもあるが、あまりの視聴率の低さに、ビデオリサーチの調査方法に問題があるのではないか、と訝しがってしまう。
日曜の夕方に放送されている日本テレビの長寿番組『笑点』の平均視聴率は今も18%を超えている。『笑点』の大喜利はマンネリ化して、面白くもなんともないのに、お年寄りがテレビにかじりついている時間帯だ。これは、以前から言われていることだが、視聴率調査に協力してくれる世帯にはお年寄りがいる家が多く(若い人しかいない世帯はそもそも日中に家にいる時間が少なく、ビデオリサーチの調査依頼を引き受けにくいとの説もある)、そのお年寄りが見る番組の視聴率が伸びやすいという状況を反映しているのではないか。
一方、たけしたちが『日曜ゴールデンで何やってんだテレビ』でやろうとしていることは、「実験的な笑い」をテーマにしているだけに、お年寄りには理解しにくい。しかし、視聴率が上がらないと番組は継続できない。ゆえにたけしが語った、美川と小林の「二人の紅白」は、お年寄りを引きつけるのには格好な企画になるのではないか。あまりのふざけっぷりに反感を買う可能性はあるが、それもまた、たけしらしい。是が非でも視聴率がほしいTBSにとっても、紅白落選で暗い年末を迎える小林と美川にとっても、朗報になる企画だ。なにより、いびつな視聴率至上主義、大手芸能プロ偏重主義に陥ったテレビ界に、一石を投じることになるはずだ。
(文=本多圭)
「太地喜和子の影を追い続けて──?」“天下の艶福家”故・中村勘三郎さんを偲ぶ

『襲名十八代―これは勘三郎からの
恋文である』(小学館)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
人気歌舞伎俳優の中村勘三郎さんが、食道がんの手術から肺炎を併発。呼吸困難に陥って、5日、急性呼吸窮迫症候群で亡くなった。享年57歳の若さだった。
勘三郎さんは歌舞伎界に新風を吹き込んで、数々の功績を残したが、私生活では宮沢りえとの不倫をはじめ、共演女優らと浮名を流した“艶福家”としても知られている。
筆者にとって、勘三郎さんの女性関係で忘れられないのが、1992年に舞台『唐人お吉』の公演先の静岡県伊東市の港で自動車で誤って転落事故死した女優の故・太地喜和子さんの存在だ。
太地さんが若い頃、往年の名優の三国連太郎と燃えるような不倫をしたのは有名な話。その後、俳優の秋野大作と結婚するが、短期間で離婚。その後、共演者や、故・伊丹十三さんと不倫して、“魔性の女”といわれた。勘三郎さんは、「勘九郎」を名乗っていた19歳の頃、12歳年上の太地さんに惚れてしまい、女性週刊誌「微笑」(祥伝社/休刊)によって熱愛が発覚した。当時の「微笑」の記者は「勘九郎が太地のマンションにお忍びで入った。出てくるところを待って取材を掛けようと思ったら、気づかれたみたいで勘九郎は窓から屋根伝いで逃げ出したのをいまだに忘れませんよ」と言う。
しかし、熱愛が発覚したものの、2人の喧嘩は絶えなかった。渋谷の居酒屋で口論になり、勘三郎さんが太地さんを突き飛ばし、太地さんは弾みでテーブルに頭を打って大出血。翌日、頭に包帯を巻いた姿で制作会見に挑んだという話は語り草になっている。
筆者は、太地さんが父親代わりと慕っていた銀座8丁目の小さなバーのマスターと親しくなって、喧嘩の理由は「太地の男性関係に、勘三郎さんが嫉妬したからだ」ということを聞いた。それだけ勘三郎さんは太地さんにゾッコンだったのだ。しかし、勘三郎さんの歌舞伎界での将来を心配した太地さんは、自ら身を引いた。これを勘三郎さんは、自分は太地に弄ばれて捨てられたと思ったようだ。92年に太地さんが転落事故死したことを知った勘三郎さんは、号泣したという。
2年後、勘三郎さんは貴花田と婚約解消した宮沢りえの相談に乗ったことがキッカケで、彼女と不倫関係に陥った。不倫を清算するために、りえが京都のホテルで自殺未遂を図ったのは芸能史に残っている。2005年に現在の「勘三郎」を襲名した後も、女性関係のウワサは絶えず、女性週刊誌にターゲットにされた。
今にして思えば、勘三郎さんが“艶福家”になったのは、太地さんとの叶わぬ恋がトラウマになったような気がしてならない。太地さんを失った彼は、太地さん以上の女性を求め続けたのではないか。
万人を愛し、愛された勘三郎さんの早すぎる死にあらためて合掌!
(文=本多圭)
「出会った男はみな潰されてゆく」芸能界を放逐された益戸育江の奔放なる迷走

『心の楽園に住む』(集英社)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
沖縄の石垣島で、大麻研究家のM氏と“不倫同棲生活”を送って、大麻礼賛を訴えている女優の益戸育江(旧芸名:高樹沙耶)が、所属する大手プロダクション「オスカープロモーション」を退社した。
益戸本人はこれまでの芸能生活を「客寄せパンダだった」と言い切っているだけに、自ら芸能界をフェードアウトしたつもりだろうが、今回の退社は事実上、芸能界からの追放にほかならない。
なぜなら、(益戸というより高樹といったほうがわかりやすいので、そうと呼ぶが)高樹はこれまで、自分の身勝手な生き方でさんざん周囲に迷惑を掛けてきたからだ。その挙げ句、日本では違法な大麻の擁護活動を行っている。擁護活動するのは自分の勝手だが、芸能人はイメージ商売。それによってどんな影響があるかを、まともに考えられないのだ。まずはきれいさっぱり引退してから、擁護活動をすべきだった。
そんな身勝手な高樹が、これまで芸能界から追放されなかったのはオスカーに守られてきたからだ。
高樹は1998年にシンガーソングライターの中西圭三と結婚。しかし、2人はすぐに不仲になり、筆者は離婚を考えだしていた圭三と友人の紹介で知り合い、離婚のタイミングについて相談された。
すでに夫婦関係は修復不可能で、2人はワイドショーや週刊誌からマークされていた。離婚発表後、彼らに追っかけられないためには、芸能界マスコミが一時休止状態になるゴールデンウィークに離婚を発表するのが理想だとアドバイス。実際にそのタイミングで離婚発表した。
離婚後、高樹は趣味のダイビングにのめり込み、日本とハワイを往復する生活を送り始めた。一度、筆者もハワイ行きの便で高樹と一緒になり、会話を交わしたことがあった。その時、すでに水中カメラマンでフリーダイバーのコーチをやっていたS氏とハワイ島で同棲。婚約もウワサされたが、破局。その後、日本で女優として本格的に活動を再開したが、07年には、エコロジーな暮らしがしたいと千葉県南房総市に移住、地元の有力者やボランティアに支えられてエコハウスやカフェをオープンした。これと同時に自然農法家の男性と同棲情報が流れた。
「またか」と思ったが、この時に初めて、高樹という女性が男関係がオープンで、親しい仲間たちからは“流木”と呼ばれていることを知った。なぜ、“流木”なのか?
高樹と出会った男は、流木にぶつかったように潰されていくからだという。うまい例えなのかなんなのか。いずれにせよ、高樹と一緒になって幸せになった男はいないように見える。
自然農法家も高樹に潰されたのか、音沙汰を聞かなくなったと思ったら、高樹が「福島の原発が怖い」と言って、沖縄の石垣島に引っ越し。テレビ朝日の人気ドラマシリーズ『相棒』を途中降板。千葉の有力者やボランティア、それに『相棒』の出演者やスタッフに多大な迷惑をかけた。石垣島に移住した高樹は7月に自身ブログで大麻の合法化を目指す団体「大麻草検証委員会」の幹事に就任したことを公表。同時に妻帯者である大麻研究家のM氏と同棲していることも明らかになった。
大麻に賛否があることは分かるが、今の日本では反社会的活動と取られかねない。こんな女優は、テレビ局もスポンサーも、とても使えない。オスカーも、高樹のマネジメントにそれなりの投資をしてきたはずだが、見限らざるを得なかったようだ。したがって、事務所を退社したというだけでなく、芸能界から追放されたという見方が正しい。今後も、高樹の身勝手な行動に巻き込まれる被害者が出ないことを祈るだけだ。
(文=本多圭)
なぜ彼女は“芸能界のお母さん”と呼ばれたか? 大女優・森光子さんを偲ぶ

『女優 森光子』(集英社)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!
大女優の森光子さんが、11月10日に肺炎による心不全で亡くなっていたことが明らかになった。
筆者は、森さんが長年所属していた「吉田名保美事務所」の元マネジャーで、森さんを担当していたH氏と親しい間柄だった。現在のH氏は芸能界を離れ、医療関係の仕事をしているが、森さんの生前、同氏から「なぜ森さんが“芸能界のお母さん”と呼ばれて、誰からも慕われていたのか」という理由を聞いて納得した。
今から約40年前、マネジャーを担当していたH氏に長男が誕生。その際、森さんから10万円という、当時にしては相当な大金をご祝儀でもらったという。TBSドラマ『時間ですよ』に出演している時も、入りたてのADが結婚したことがわかると、同じように10万円のご祝儀を包んだという。
金銭の問題ではない。分け隔てなく、周囲の人間に気を遣う心配りの人だったから、あそこまで慕われたのだ。裏方だけではなく、後輩の女優たちにも慕われていた。当時、同じ事務所に所属した沢田亜矢子は、森さんから仕事のイロハを教えてもらっただけでなく、高価な着物を何着ももらったという。
森さんは、フジテレビの番組審議委員を務めていたが、フジのワイドショー『3時のあなた』の司会を長年務めていたこともあり、フジのドラマ関係者とも縁が深かった。東映にいた佐久間良子は、“不倫”がウワサされたフジのディレクターだったS氏を通じて森を紹介され、その影響で吉田事務所に移籍。日活に所属していた松原智恵子も、森さんを頼って日活から吉田事務所に移籍した。
その吉田事務所には一時、森さんをはじめ、佐久間、松原、和泉雅子、桃井かおり、沢田亜矢子、それに黒柳徹子といった、そうそうたる女優が所属。現在は黒柳しか所属していないが、20数年前は今の「研音」と同じように“女優の宝庫”と呼ばれた。これも森さんの陰の力があってこそだった。
そんな誰からも愛された森さんは、なぜか、男運には恵まれなかったようだ。
1959年に、TBSの名作ドラマ『私は貝になりたい』の演出を手掛けた演出家で、5歳年下の岡本愛彦さんと結婚したが、4年で離婚。その後、文豪の水上勉さんとの関係がウワサされたが、結ばれることはなかった。
森さんの関係者の間で鮮明に残っている“男性の記憶”としては、元TBSデイレクターで、その後、音楽家に転身したW・Tさんとの不倫だったという。『アタックNo.1』や『キューティーハニー』など、数々のアニメソングを手掛けたWさんは妻帯者だったが、それを解っていながら、森さんは、はたから見ていて気の毒なほどWさんに尽くして尽くして尽くし抜いた。森さんのマンションには、いつ来るか分からぬWさん用の部屋があり、そこにはピアノが置かれていたとか。そのWさんは、平成元年に56歳の若さで急死した。
Wさんの死後、46歳年下のジャニーズ事務所の東山紀之との関係が報道された。ヒガシが女優の木村佳乃(その後、結婚)と婚約を発表した際に、森さんはヒガシについて「プラトニックな恋ですが、この関係は死ぬまで続くと思います。友達以上、恋人未満」と、うれしそうに語った。離婚、不倫と男には恵まれなかった森さんは死ぬまで、ヒガシにプラトニックラブを抱き続け、女の幸せを噛みしめていたのかもしれない。
そんな“芸能界のお母さん”に、あらためて合掌!
(文=本多圭)
