“でたらめばかり”みのもんたに民族派団体総裁が激怒!「引退するまで街宣をかけてやる」

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  みのもんたが、自身がパーソナリティーを務める文化放送の『みのもんたのウィークエンドをつかまえろ』で、11月14日に東京・青山葬儀場で開かれる島倉千代子さんの葬儀に出席することを明らかにした上で「(島倉さんに)私のカムバックにふさわしい舞台を用意していただいた」と発言。各方面から批判が相次ぎ、葬儀への参加を取りやめるという騒動を起こした。  みのは降板会見で「僕はしゃべるのが天職」と自負したが、しゃべればしゃべるほど、墓穴を掘っているとしか思えない。  会見後、みのにはマスコミのインタビュー取材が殺到。彼もそれに応じて、息子がコネ入社だったことやら、自身へのバッシングへの愚痴やらを吐露し、世間からひんしゅくを買っている。  そんなみのに対するメディア側の追及もイマイチだ。“みのバッシング”の急先鋒といわれる「週刊文春」(文藝春秋)にも登場したが、汚名返上を図ることが目的だというのが見え見えのロングインタビューで、みのは言いたい放題。そして、ここでも自分の都合がいいことしか言わないために墓穴を掘って、民族派団体「大日本新政會」を激怒させてしまった。  みのと大日本新政會との関係は、以前このコラムでも書いている通り(記事参照)。談合問題の責任を追及すべく、みのに対してある右翼が街宣活動を起こした際、バーニングプロダクションの周防郁雄社長の要請を受け、大日本新政會がその右翼と交渉し、事態を収拾したという経緯がある。しかし、みのは「文春」のインタビューで、こうした事実を否定している。  「文春」が「ニッコクが談合で摘発された件で、右翼の街宣をされたことがありましたね」と質問したことに対して、みのは「毎日目の前に街宣車が来るんですよ。ですから麻布署と赤坂署に頼みました。バーニングプロダクショの周防郁雄社長を介して、右翼の大物とかヤクザの親分に頼んで街宣をやめてもらって解決した、と『週刊文春』に書かれましたが、想像を絶しますよ。大阪の島田紳助まで引き合いに出して、みのもんた叩きにしか見えない。周防さんに頼んでいないし、彼にそんな力があると思えない」と答えている。  これに対して、大日本新政會の笠原和雄総裁は「自分に都合のいい、でたらめばかり言ってんじゃない。みのに相談された周防は、自分では右翼の街宣トラブルを処理する力がないからワシに頼んできた。周防が勝手に頼み込んできたとでも言うのか。こちらは街宣を収めるために、ケガ人まで出ている。今さら何を寝言を言っているんだ。我々をウソつき扱いするというのなら、それについても断固として抗議活動をする。みのが引退するまで街宣をかけるよ」と語気を強める。  2年前に大日本新政會のホームページ(http://www.dainipponshinseikai.com)が、「みのが、右翼とのトラブル処理に我々を利用した」と暴露した時、島田紳助が暴力団との関係を認めた直後だったこともあって、問題の拡大を恐れたみのは、一度はテレビ番組で“引退”を口走っている。その男が、今になって、「頼んだ覚えはない」とは、開いた口がふさがらない。  次々に“舌禍事件”を起こしてバッシングされるくらいなら、潔く引退したほうが、これ以上、晩節を汚さずに済むと思うが。 (文=本多圭)

スポンサーを裏切り続けるフジテレビが大ピンチ「年末年始の特番も決まらない!」

odaibafujitv1112.jpg 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  11月に入って、NHKや民放各局は年末年始の特番の準備で大忙しだとばかり思っていたが、フジテレビだけは事情が違うようだ。11月も中旬に差し掛かったというのに、主だった年末年始の特番が決まらず、出演の仮押さえをされている大物タレントは、予定が決まらず頭を抱えているという異常事態が起こっていたのだ。  大手芸能プロ幹部によると「スポンサーサイドから、なかなかGOサインが出ないようだ」という。 「大多亮常務が編成制作局長を兼任してから、“スポンサー離れ”が著しかったことに加えて、『笑っていいとも!』の突然の打ち切り発表や『ほこ×たて』のヤラセによる打ち切りで、スポンサーからの信用が失墜したのが原因」(同)  昨年6月に現社長の亀山千広氏と同時に常務に昇進して、亀山氏と次期社長を争った大多氏は、番組総責任者として辣腕を振るうはずだったが、新たに手掛けた番組がことごとく低視聴率。テレビ朝日、日本テレビに次ぐ、視聴率3位に転落したことで、今年6月の人事では降格がウワサされていた。ところが、常務の地位を確保しただけでなく、編成制作局長も兼任することに。温情人事といわれたが、その一方で「今度コケたら、後がない」という立場に追い込むための“粛清人事”という声もあった。  それだけに大多氏は、夏から秋にかけての短期間で番組スポット料100億円を当て込んだが、もくろみは外れたどころか、逆に50億円の赤字を出したという。  さらに、スポンサー離れに加速を掛けたのは『笑っていいとも!』の突然の打ち切り発表。しかも、一部スポンサーサイドは打ち切りを司会のタモリの電撃発表で知ったというから、フジの営業の信用はガタ落ちだ。  さらに、『笑っていいとも!』以上に致命的だったのが『ほこ×たて』の“ヤラセ”の発覚。以前、フジ系の関西テレビ制作の『発掘!あるある大事典』の捏造問題でスポンサーが一斉に手を引いた時と同じように、スポンサーの信用を失ったのは言わずもがなだ。  そんな不手際、不祥事のしわ寄せが、年末年始の特番の決定に影響しているようだ。フジの内情に詳しい制作会社プロデューサーは「年末年始の特番が決まらないんだから、来年3月に『笑っていいとも!』が打ち切りになった後のことなんて、何も決まってませんよ」という。  一部のマスコミの報道では、『笑っていいとも!』の後番組はSMAPの中居正広の司会の番組とか、笑福亭鶴瓶を“ポストタモリ”として起用した番組などとの情報が飛び交っている。対して、鶴瓶はともかく、中居はやる気満々という情報もある。しかし、現実的にはまったくの白紙のようだ。  中居の、捕らぬ狸の皮算用に終わるかもしれない。それほど、フジの番組スタッフはスポンサーに信用がない。煮え切らない状態が続けば、スポンサーだけではなく、大物タレントの“フジ離れ”に発展するかもしれない。  かつての視聴率四冠王から、いまや“泥舟”と化そうとしているフジ。浮上のきっかけはあるのか? 社長や重役を替えても、20年以上もトップに君臨する日枝久会長が権力を握り続けたままでは、真の改革は期待できそうもない。 (文=本多圭)

故・島倉千代子さんに合掌──細木数子に“地獄を見せられた”波乱の人生に幕

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「人生いろいろ」(COLUMBIA)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  「東京だよおっ母さん」や「この世の花」のヒットで戦後の歌謡史を飾り、「人生いろいろ」で庶民を励ました島倉千代子さんが、肝臓がんのため死去、享年75歳だった。  島倉さんといえば、決して忘れられないのは、細木数子女史が絡んだ愛人の借金問題だ。ヒット曲を次々に飛ばして大スターだった島倉さんは、1961年にファンが投げたテープが目に当たって失明寸前に陥った。島倉さんの目を救ったのは当時、五反田で眼科医を開業していたM医師だった。失明の危機を救ってくれたM医師は島倉さんにとっては“命の恩人”。ところが、その感情がいつの日にか愛情に変わっていた。  しかし当時、島倉さんは元阪神タイガースの藤本勝巳内野手と結婚していたために、M医師とは不倫関係に陥った。その後、離婚が成立。島倉さんは、晴れてM医師との関係を深めた。  だが、金のなる木をつかんだM医師は眼科以外の事業に手を出して、失敗。振り出した手形が不渡りになって、2億4,000万円という莫大な負債を抱え、蒸発した。すると、手形の裏書をした島倉さんの元には、連日のように暴力団関係の債権者が押しかけ、激しい取り立てをしたという。ショーが終わって新宿コマ劇場の楽屋を出て車に乗ると、暴力団関係者が車のボンネットの上に乗って嫌がらせをするなど、地獄の日々を送った。  そんな時に島倉さんの前に現れたのが、占い師になる前の細木数子女史だった。2人は「ミュージック・オフィス」という事務所を設立。一緒になって、借金を返済してくれるという細木女史は、島倉さんにとって救世主だった。細木女史と組んだのち、大スターだったため、電車の切符の買い方も知らなかった島倉さんは、借金返済のために電車にも乗って働き続けたという。しかし、働けど働けど、借金は減らず。逆に2億4,000万円が12億円の負債に膨らんだという。  いくら世間知らずの島倉さんでも、おかしいと思ったようだ。一説には、細木女史は愛人だった暴力団組長とグルになって、島倉さんを騙していたともいわれた。騙されたことに気がついた島倉さんは当時のコロムビアレコードの会長に泣きついて、借金を肩代わりしてもらい、細木女史と袂を分かったというのだ。  筆者は、この一件について島倉さんに直接取材したが、島倉さんは「細木さんは、一度はお世話になった方。死んでも真相は話しません」と固く口を閉ざした。  それからしばらくたってから、細木女史が占い師としてデビュー。取材に行った筆者は、細木女史の暴力団組長の愛人について質問したところ、「昔だったら、人別帳に載っていない人」と答えたので、それをそのまま掲載したところ、細木女史から「こんな品性下劣な記者に初めて会った」とお叱りをいただいた。その後、占いなどで暴利をむさぼり続けている細木女史には、その言葉をソックリ返したいと思ったものだ。  細木女史に見なくてもいい地獄を見せられながらも、再起して歌い続けた島倉さんに、あらためて合掌! (文=本多圭)

「たいして仕事ないのに……」“ポスト・みのもんた”岩城滉一が銀座で豪遊できるワケとは

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『爆発!750cc族』(TOEI COMPANY,LTD.)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  次男の逮捕劇があって以降、“夜の銀座の帝王”と呼ばれたタレント・みのもんたを、銀座で見かけなくなった。無理もないだろう。そんなみのに代わって、頻繁に目撃されるようになったのが、熟年俳優の岩城滉一だ。 「アベノミクスで景気浮揚といわれながら、銀座で派手に遊んでいる芸能人は、みのもんたくらいしかいなかったんです。そのみのが次男の事件以降、銀座から姿を消した。それだけに、岩城が目立つんでしょうね。8丁目の並木通りにある『S』や『K』に出入りしてますよ」とクラブ関係者は言う。  筆者も、以前ビートたけしと「K」で飲んでいる時に岩城を同店で目撃したことがあったが、店の関係者によれば「たまたま、お客様に連れられてきただけ」と言っていた。ところが、最近は頻繁に銀座で目撃されるようになったという。  岩城といえば、来年、芸能人初の宇宙旅行に出かけることで話題になった。しかも、スポンサー付きではなく、自費だという。その費用、一説には930万円といわれている。宇宙旅行に、銀座での豪遊。以前、破産寸前にまで追い込まれた芸能人とは思えない羽振りだ。  岩城は、暴走族の前身のようなバイクチーム「クールス」から芸能界入りしたが、デビューして間もなく、覚せい剤取締法違反と銃刀法違反容疑で逮捕された。その後、結城アンナと結婚して立ち直ったが、2003年に女性誌に“多額な借金がある”と報道されて、自己破産寸前にまで追い込まれた。この危機は、世田谷の自宅を競売にかけて、1億6,100万円で落札されたことでなんとか乗り切ったが、その後、岩城が事業で大儲けしたとか、本業の俳優として稼ぎまくっているという話は聞かない。  今年に入って、現在まで岩城が出演したドラマは、フジテレビの開局55周年番組記念ドラマ『抱きしめたい!』を入れて、4本だけ。しかも、主演ではなく準主演。中には単発ドラマもあることから、銀座で豪遊するほどの稼ぎはないはずだ。岩城を知るクラブ関係者は「以前は怪しい人と来ていましたが、最近は堅実な実業家みたいな方と一緒です。クラブの支払いは、一緒に来た方ですよ」と言う。 「宇宙旅行に行くと発表してから、飲みに連れて行ってくれるタニマチが増えたみたいですね。面白がられているんでしょう」(同)  岩城にとっては、宇宙旅行も、結果的には営業につながっているのかもしれない。その岩城だが、タクシー運転手への“泥酔暴行事件”を起こしたサッカーの元日本代表の前園真聖に対し、テレビ番組で「坊主にせんかい、お前!」と苦言を呈したことで、業界内外から、過去に覚せい剤と銃刀法違反で逮捕された岩城に「お前だけには言われたくない」とバッシングの声が上がっている。  借金問題が浮上した時も、集まった報道陣に「あなた方の仕事が信じられない。天罰が落ちることを祈りたい」と罵倒して、さらなる批判を浴びたことがあった岩城。宇宙旅行なんていう話題も長くは続かないのだから、失言で足元をすくわれないことを祈りたい。 (文=本多圭)

統一教会の桜田淳子が、故・相澤秀禎サンミュージック元会長の“遺志”に背き、芸能界復帰か

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『ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション』( ビクターエンタテインメント)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  桜田淳子が、11月26日に東京・銀座博品館劇場で一夜限定イベント『Thanks 40スペシャル~ファン感謝DAY』を開催するが、20年の活動休止を経ての復帰ライブだけにチケット入手が困難になり、桜田をはじめ、関係者がうれしい悲鳴を上げているらしい。だが、一夜限定といいながら、筆者はこのまま、なし崩し的に芸能界に復帰するのでは? との懸念がある。なぜ、なし崩し的な復帰は許されないのか?  それは、今年5月23日にがんのために他界した桜田の“芸能界の育ての親”である「三ミュージックプロダクション」の故・相澤秀禎会長は、誰よりも桜田の復帰を望みながらも、もし復帰するなら、統一教会の広告塔になって、結果的に“霊感商法”の被害拡大に加担したことで、少なからず被害者に迷惑をかけたことへの謝罪が先決だというスタンスを最後まで崩さなかったからだ。  桜田は、世界基督教統一神霊協会、通称“統一教会”の1992年8月に行われた合同結婚式に、サンミュージックの反対を押し切って参加。この様子はメディアに大々的に報じられて、統一教会の広告塔になった。  桜田の名誉のためにマスコミには語っていなかったが、自ら霊感商法の被害者だった故・相澤会長は、断腸の思いで桜田の芸能活動を休止させる決断をしたのだ。その後、桜田の復帰の話は出ては消えたが、7年前にベストアルバムを発売したときに、所属レコード会社と、桜田に近い音楽関係者の間で、復帰の具体的な話し合いが進められた。だが相澤会長は、「復帰するなら、統一教会からの脱会と世間への謝罪が条件だ」とストップをかけ、話は立ち消えになった。  そして今年、青山葬儀場で営まれた相澤会長のお通夜に桜田が弔問。約20年ぶりにマスコミの前に姿を現した桜田の劣化ぶりに驚かされたと同時に、関係者の間では、相澤会長という復帰への障害がなくなったことで、早晩に芸能活動再開があるのではないかとウワサされた。  ところが、ウワサだけではなく、10月23日に40周年記念アルバムを発売。そのアルバムの宣伝も兼ねて、11月にはファンための一夜限定イベントを開催することが発表された。記念アルバムについては、相澤会長が亡くなる前から予定されていたというが、一夜限定イベントは相澤会長の死後、急遽決まったようだ。  たとえ一日でも、復帰は復帰。今回の復帰には「相澤会長の死に報いるため」という大義名分が立つと思っているのかもしれないが、桜田はいまだに統一教会で活動を続けている。それだけに、脱会については無理だと思うが、せめて一夜限定イベントの前に相澤会長の遺志をくんで、霊感商法の被害者を含めた関係者に、釈明と謝罪の会見を開くというケジメをつけるべきではないだろうか。それでなければ、相澤会長は草葉の陰で、桜田の復帰を素直に喜べない。 (文=本多圭)

続投番組も抗議の街宣激化でスポンサー離れは必至! みのもんた事実上の芸能界引退へ──

minomonta1028.jpg 芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  26日、次男が窃盗事件を起こした責任を取って、みのもんたが司会を務めるTBS系の番組『みのもんたの朝ズバッ!』と『みのもんたのサタデーずばッと』の降板を発表した。みのは記者会見で、「不完全な状態で、息子を世に送り出してしまった責任があるなと思った」「道義的な親の責任を感じ、一番苦しい道を選んだ」などと降板の理由を語った。一方で、文化放送の『みのもんたのウィークエンドをつかまえろ』と日本テレビ系の『秘密のケンミンSHOW』については、降板を申し出ていたが、局側から慰留されたため、出演を続けることを明らかにした。  遅きに失したというわけではないが、次男が罪を認めて、処分保留で釈放され、10月8日に日本テレビを諭旨解雇処分になってから2週間以上がたっており、「なぜ、ここまで時間がかかったのか?」という疑問も沸く。考えられるのは、みの自身は次男の処分を受けても番組降板までは考えていなかったものの、そうした態度に対するマスコミの集中砲火に加え、執拗なまでの民族派団体からの抗議活動があったからではないだろうか。  連日、街宣車を繰り出し抗議活動をしているのは、民族派団体「大日本新生會」。神戸を拠点とする暴力団「二代目松浦組」の関連組織だ。以前、当コラムでも触れた通り(記事参照)、03年にみのが社長を務める水道メーター会社「ニッコク」が談合事件を起こした際、その責任を追及するために抗議活動を繰り返した右翼団体を収めるために、みのがバーニングプロダクションの周防郁雄社長を介して、手を借りたのが松浦組だった。  だが、その後、松浦組と周防社長との関係は悪化。大日本新生會のホームページで、周防社長やみのに対する告発が続いていた。それによると、右翼団体によるニッコクへの攻撃をやめさせるために、松浦組の若い衆にはケガ人まで出て、200万円以上の費用がかかったそうだ。こうした状況に対しても、みのからは挨拶ひとつなかったという。こうした不義理な対応に加えて、今回、次男の不祥事を受けても、みのがマスコミから逃げ回り、番組降板というケジメすらつけないことに対して、大日本新生會は9月末から継続的に、港区にあるニッコク本社やTBS、日本テレビなどに街宣活動を行っていたのだ。  かつて、右翼団体の街宣を収めてもらった組織に、今度はその時以上に激しい抗議活動を受けるとは皮肉な状況ではあるが、みのやTBSが相当頭を悩まし、今回の降板劇の一因になったことは想像に難くない。しかし、TBSの番組は降板しても、『ケンミンSHOW』は継続となれば、日テレに対する民族派団体の抗議行動は続く。それどころか、民族派団体の関係者は筆者に「みのが降板するつもりがないなら、『ケンミンSHOW』のスポンサーにも抗議行動を起こします」と言っている。そのため、企業イメージを重んじるスポンサーが降りる可能性は高い。日テレは、次男を諭旨解雇した時点で、みのの処遇については、番組を制作する読売テレビに一任したといわれている。『ウィークエンドをつかまえろ』はすでに、食品会社2社がスポンサードを休止していることから、『ケンミンSHOW』のスポンサーにもシビアな対応が求められるだろう。  こうした中、読テレは日テレと協議、年内いっぱいで、みのの降板を内定したという。すでに後任の司会には、小倉智昭や高田純次らの名前が挙がっているとも。もし、みの自身が後釜に指名するとしたら、高田の可能性が高いのではないか。なぜなら、2人は銀座での飲み仲間だからだ。筆者も銀座7丁目のクラブで、みのと高田がバカ騒ぎしている現場を何度か目撃している。  いずれにしても、今後、スポンサーの手前、テレビ各局はみのを使いにくいだろう。みのは事実上、引退に追い込まれていくのではないか。次男が逮捕された時点で、逃げ回らず、真摯に対応していれば、ここまで追い詰められることはなったはず。すべて、傲慢になりすぎた自分自身の責任だ。 (文=本多圭)

「前任者がサイドビジネスに転身で……」意外にケチだった志村けん“付き人募集”の裏事情

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『志村けんのだいじょうぶだぁ BOXI だっふんだ編』ポニーキャニオン
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10月初め、志村けんが求人転職情報サイト「はたらいく」で「志村けんが好きで、本気でシゴトに打ち込めて、芸能が好きな方なら、きっとだいじょうぶだあ~!」と、自身の“運転手兼付き人”を募集。志村自身が「ザ・ドリフターズ」の付き人からスターになっただけに、話題を呼んでいる。ちなみに月給は20万円以上。昨今は、お笑いタレントになるために、吉本興業をはじめとした芸能プロが経営するタレントスクールに高い月謝を払って入学し、デビューのチャンスを狙う若者が多い。しかし、デビューできるのはごくわずか。ほとんどのお笑い志望者が、途中で脱落していくというのが現実だ。  ビートたけしは常々「お笑い芸人は、金を払ってなるもんじゃない」と、多くの弟子を抱え、多少なりとも給料を払っている。志村もたけしと同じスタンスかと思っていたが、志村と親しいテレビ関係者を取材すると、少し事情が違うようだ。  長年にわたり、これまで志村を担当してきた付き人も、当初はタレント志望だったが、副業として始めた石鹸ビジネスが軌道に乗り、収入が増えた一方、タレントとして志村が引き上げてくれる様子はなく、以前から辞めたいと申し入れていたという。志村の仕事に付き人兼運転手は必須だが、彼を思いとどまらせるには、そのサイドビジネス並みの月給を払わなければならない。その点、芸能界への淡い夢を持った運転手兼付き人を新たに雇えば、20万円で済む。それが、今回の募集の動機だ。  志村は、六本木の高級クラブやキャバクラで豪遊している割には、意外にも吝嗇(りんしょく)家だったのだ。そういえば、志村がたけしのようにホステスや店の従業員にチップを配って、粋な遊び方をしているという話は聞いたことがない。ひたすら、ホステスにセクハラをしながら飲んでいるという。それも、最近は金がかかるんで、クラブやキャバクラほど高くないガールズバーに移動。麻布十番のお気に入りのお店に、頻繁に通っているようだ。志村、63歳になってもいまだ独身。墓場まで金を持っていけるわけではないのだから、高級クラブでバカ騒ぎしたほうが志村らしいと思うが。  付き人募集の締め切りは10月22日だったが、果たして何人応募してきたのか興味をそそる。たけしの下には、のちに独り立ちできるほどの才能を持った弟子たちが集まってきたが、志村チルドレンがテレビで活躍する日は来るのだろうか? (文=本多圭)

“裏のフィクサー”に銃弾2発! 政界、警察、国税、暴力団そしてバーニングとの因縁は……?

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  10月6日未明、東京都港区赤坂6丁目の「アイビー化粧品」があるアイビービルに、何者かによって銃弾2発が撃ち込まれるという事件が発生した。  「アイビー化粧品」の大株主は安藤英雄という人物で、このビルの4階には安藤氏の個人事務所「ユウガ」がある。警察関係者によると、今回の銃撃は安藤氏への威嚇目的とみられているという。この人物、一般にはなじみがない名前だが、政界、警察、国税、それに暴力団にも顔が利くという触れ込みで、芸能界では“裏のフィクサー”と呼ばれ、パチンコ・パチスロ業界の黒幕と恐れられている。  数年前、安藤氏の誕生日パーティーが都内のホテルで行われた際に、芸能界の重鎮たちが発起人として名前を連ねたこともあった。また現在、服役中の元俳優の押尾学受刑者が、事務所の反対を押し切って矢田亜希子と結婚したために、一時芸能界から干されたが、その後、押尾受刑者の後見人とウワサされたのも安藤氏だった。押尾の逮捕後、安藤氏は、警察官僚出身の政治家に働きかけて、保釈を画策したともいわれていた。  また、安藤氏と親密な関係にある政治家として、警察官僚出身の亀井静香議員や平沢勝栄議員の名前が挙がっており、国税ににらまれたパチンコ業者が安藤氏に対策を頼みいくとのことだが、その裏工作が功を奏したという話は聞いたことがない。  さらに、暴力団との関係だが、安藤氏は全国の暴力団の組長の名前を呼び捨てにして、「俺が面倒を見てやった」と吹聴したために、暴力団関係者からは「大ぼら吹き」とにらまれている。押尾受刑者の保釈画策の件も然り。ここ数年、安藤氏のメッキが次々と剥がされたこともあって、一時は、安藤氏の息子が経営する赤坂のすし屋――一説には一人、3万円以上取る超高級な店――に、芸能関係者が日参していたにもかかわらず、最近では距離を置くようになったという。  そうした虚像をまとってきた安藤氏に対して、恨みを持っている人物は少なくないといわれている。2001年に“芸能界のドン”と呼ばれる周防郁雄社長の「バーニングプロダクション」に、5月・10月と2度にわたって銃弾が撃ち込まれるという異常な事件が発生したが、“身内の出来事”だっただけにマスコミは取材活動もせずに沈黙した。くしくも安藤氏と周防社長の関係は深い。今回も、この件を積極的に報じるメディアはなく、安藤氏と反社会的勢力との関係性が複雑なだけに、バーニングへの銃撃事件同様、捜査も難航しそうだ。 (文=本多圭)

ビートたけしが愛した銀座のギャルソンよ、永遠なれ

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芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  9月8日、東京・港区の青山葬儀場で、7月13日に胆管がんのために62歳の若さで他界した、銀座1丁目のフランス料理店「ピエール・エ・ペリニィヨン」の明永正範取締役会長のお別れ会である「一期一会たった一つの午餐会」が開かれた。  明永氏は、ノンフィクション『銀座の達人たち』(早瀬圭一/新潮社)で銀座のギャルソンの達人として紹介されたが、確かに日本一のギャルソンといっても過言ではない存在感があり、ギャルソンになるために生まれてきたような人で、お客に喜んでもらえるようにひたすら努力をしてきた。  そんな明永氏と筆者との出会いは27年前。神道である妻の父の一年祭法要を、ペリニィヨンで行ったのがきっかけだった。以来、頻繁に店に通っている。  通い初めた頃、店にいちげんで、グルメを気取る田中康夫が一人でやってきたことがあった。田中は有名人であるにもかかわらず、店のギャルソンが自分を優遇してくれないことに腹を立てて、自らが連載を持つ媒体で「店の接客態度が悪い」と批判記事を掲載した。それを見た明永氏は「うちの店は、誰に対しても差別しません」と一言。一方で、厳しい一面を持ち、不当に店の評価を貶めた田中を、その後、出入り禁止にしたというエピソードがある。  有名な料理評論家やグルメライターもよく来たが、彼は一切、媚びることなく対応。彼らの質の悪さを嘆いたこともあった。その後、筆者がビートたけしを店に紹介。気に入ったたけしは、現在も通っているが、今回の会はフジテレビの『平成教育委員会』の特番があって、参加できなかった。  ある日、明永氏から、ペリニィヨンのお客である高倉健さんのタニマチで、建設会社会長の粋な生き方を聞かされて、たけしは感動。筆者に「粋をテーマにした本を書けないか」と相談してきて、出来上がったのが4年前に出版された『下世話の作法』(祥伝社)だった。また、この店がきっかけで、健さんがたけしに「一緒に映画を撮ろう」と働きかけたこともあった。4年前、たけしの弟子で当時は宮崎県知事だった東国原英夫衆議院議員が、自民党からの誘いで、県知事から国会議員にくら替えしようとした時に、たけしが極秘で東国原を東京に呼んで、いさめたのもこの店だった。極秘であるにもかかわらず、複数のマスコミが店の前に駆け付けたが、お店のお客の邪魔になると、手際よく整理したのも明永氏だった。たけしが食事に来た時、弟子は店の外で待機しているが、おなかがすいたらかわいそうだと、必ずサンドイッチを届ける心遣いも忘れなかった。  そんな明永氏だが、数年前にがんに倒れ入院。その後は抗がん剤を打ちながらも、たけしが来る日には余計な心配をかけてはいけないと、無理に顔を出すこともあった。また、常に酒の飲みすぎの筆者の体まで心配してくれた。最後まで働き続け、客への気遣いを忘れることがなかった日本一のギャルソン・明永氏にあらためて、合掌! (文=本多圭)

“芸能界のドン”と昵懇の暴力団幹部が衝撃告白「バーニング社長とモー娘。の不適切なビデオが……」

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『ベスト!モーニング娘。1』(ZETIMA)
芸能取材歴30年以上、タブー知らずのベテランジャーナリストが、縦横無尽に話題の芸能トピックの「裏側」を語り尽くす!  この夏の初め頃から“芸能界のドン”と呼ばれるバーニングプロダクションの周防郁雄社長と暴力団との関係を赤裸々に綴ったブログが、芸能界やテレビ業界を激震させていることは、当コラムでも何度か触れてきた。  例えば、現在はNHK大河ドラマ『八重の桜』のエグゼクティブプロデューサーを務める人物を、かつて周防氏がモーニング娘。のメンバーなどを利用して肉弾接待していたことや、右翼による、みのもんたへの抗議活動を止めさせるために暴力団が裏で動いたなどと、衝撃の告発が続いているのだ。  このブログを運営しているのは、神戸に本拠を置く暴力団「二代目松浦組」系の民族派団体「大日本新政會」。松浦組は、3年ほど前までは周防氏に依頼されて、同氏の用心棒やトラブル処理といった“裏仕事”をしていたが、金銭トラブルをきっかけに関係は破綻したという。最近では、大日本新政會がブログや街宣活動などで、バーニングや周防氏の批判を繰り返している。  そんな中、またしてもショッキングな内容が大日本新政會のブログに掲載された。「モー娘とビデオと周防郁雄」というタイトルの記事だ。  この記事によると、10年ほど前に周防氏はモーニング娘。のメンバーとの「不適切な関係」が映されているビデオを暴力団に握られ、金銭をゆすられていたというのだ。松浦組は、周防氏に依頼されてこのトラブルを処理したものの、周防氏がいまだその時の約束を守っていないことに憤慨している様子なのである。長くなるが、当該記述を引用してみよう。 「『会長なんとか助けてください、お金はいくらかかっても』 そう言ってバーニングプロダクション社長の周防郁雄が泣きついてきたのは、彼のトラブル処理や身辺警護を始めて、2年も立たないうちだろう。(中略)聞くと、ある組織の組員にまずいビデオを握られているという。そのビデオというのは、周防と当時、モーニング娘のメンバーだった女性との不適切な関係がはっきりと映っているものだそうだ。(中略)そんなモー娘との決定的現場のビデオを押さえた組員の目的は、もちろん金だ。そもそも恐喝されたなら、周防も警察に駆け込めばいいものだが、そうもいかない事情があるわけだ。周防はすでに、その組員にいくらか金を払うなどして火消しに必死だったようだが、ビデオのコピーは手元にあるものの、原本が相手に握られたままとのことで、『どうにか(流出を)止めてください』『1億円もってきますから』と、焦り倒して、泣きついてきたわけである。周防はこんなことも言っていた。『女性にも相手(彼氏のことか?夫のことか?)がいるから、迷惑をかけられない。かわいそうだから、どんなことがあっても止めて下さい』と」  周防氏は当時、還暦を過ぎているはず。しかも、タレントに手を出すことなど、芸能プロ社長としてはタブー中のタブー。そんな立場でありながら、モー娘。のメンバーと関係を持つなどとはにわかに信じがたいが、記述は続いていく。 「その組織というのは、九州などでも活動する指定暴力団傘下の組だった。そこの組長はこちらも知っている仲なので、口利きしてやることにした。キャピタル東急で示談交渉を設定。組長に周防と話し合いをしてもらったが、当日周防はある格闘技界の実力者を連れてきた」  この格闘技界の実力者とは、当時K-1のプロデューサーとして活躍して、周防氏とも昵懇だった正道会館の石井和義氏と思われる。その石井氏を用心棒として連れてきた周防氏は「約束した1億円を用意せず、どうするのかと思ったら『今動いている仕事がうまくいけば、数億円は渡せるので、それでよろしいでしょうか』と、調子のいい話を出してきた」という。対して、松浦組は「こちらも人がよかったから、その話を信じたし、組長もこちらの顔を立ててくれて、その後、ビデオが流れることはなかった。芸能界のドンのスキャンダルは闇に葬られ、モー娘も救われたわけだ。ところが、それから10年が経とうかと言うのに、周防はその金を用意するどころか『そんなことは言ってない』と逃げ回っている。仲介してもらった組長にも申し訳が立たない」というのだ。両者の関係悪化の要因は、こんなところにもあったことがうかがえる。  大日本新政會の関係者によると、松浦組の笠岡和雄会長は、かつて周防氏に新規事業の資金として10億円以上の巨額の貸付を行ったが、事業が頓挫した現在も周防氏からは返済が行われず、当初約束されていた用心棒代やその関連費用なども支払われていないという。しかも、そうした請求に対して、周防氏側は「心当たりがないこと」として、返済の意思を示さないという。  一方で大日本新政會のブログによると、松浦組には周防氏の使いとして、複数の暴力団員がやってきて、「事業自資の回収を待ってほしい」と依頼してきたという。さらに、前出の関係者によると「ヒットマンらしき人物まで松浦組の事務所にやってきた」というのだから、穏やかではない。大日本新政會による、執拗なバーニング攻撃の裏には、そういった因縁があるようだ。  周防氏側はこれらのブログの内容を否定しているようだが、現時点で法的処置などには踏み切っていない。黙殺するのが得策だと思っているのか、反撃の手段を練っているのかは不明だ。ちなみに、警視庁組織犯罪対策第4課の捜査員は「どこまで暴力団と周防社長との関係を暴露してくれるのか。興味深く、今後のブログに期待しています」と言っている。当局の動きも含めて、しばらく注目する必要がありそうだ。 (文=本多圭)