【南シナ海問題】中国・反米デモ隊が間違えて「偽アップルストア」に乱入、10分で退散のトホホ劇

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メガホンを使い、米国製品のボイコットを呼びかけるデモ隊リーダー
 オランダ・ハーグ仲裁裁判所で、南シナ海の領有権を主張する中国が全面敗訴して以来、中国国内では反外国感情が高まりを見せている。  特に不満が集中しているのは、原告であるフィリピンを後押ししたとされるアメリカだ。香港紙「星島日報」などによると、各地で反米デモが散発。7月18日までに、湖南省や河北省などで米系ファストフード・チェーンの店舗周辺にデモ隊が集まり、ボイコットを呼びかけた。  そんな中、江蘇省徐州市の商業地域でも、3,000人規模の反米デモが行われた。香港紙「アップルデイリー」(7月21日付)によると、一団はケンタッキーフライドチキンの店舗近くで、「愛我中華(我が中国を愛せ)!」とシュプレヒコールを上げ、店舗から出て来た客に不買を呼びかけたという。  その後、デモ隊は同エリアにあるアップルストアに標的を変え、「アメリカ製品をボイコットせよ! iPhoneを中国から追い出せ!」と声を上げた。さらにデモ隊のうち数十人が、同店舗に乱入した。
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偽アップルストアと知らず、集結するデモ隊
 しかしこの一件には、なんとも中国らしい秀逸なオチが用意されていた。デモ隊が正規店と信じて乱入したこの店は、アップルから正規販売店としてのライセンスを受けていない「偽アップルストア」だったのだ。つまり、資本も経営者も「同胞」だったのだ。ちなみに売られていた商品がホンモノであったかどうかは未確認だが、こうした非正規アップルストアで販売されているiPhoneやiPadは、転売品であることがほとんどだ。    店のスタッフが「当店は偽アップルストアです」と主張したのだろうか、デモ隊は乱入から10分ほどで、破壊行為や商品略奪をすることもなく退散していったという。  ただ、こうした排外デモの動きは、今後さらに拡大する様相も見せている。広東省仏山市在住の日本人男性は、こう危惧する 「携帯電話のSMSやネット上で、参加の呼びかけが盛んに行われている。都市別にデモの場所や時間が指定されていて、これを機に売り上げを伸ばしたい国内企業が煽っているのではと勘繰ってしまう。2012年の反日デモを彷彿とさせ、気味が悪い」  今後の動向に、注意が必要だ。

【熊本地震】川内原発停止を叫んだ4.19反原発官邸前デモ、仲間内でも懐疑的な声が……

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(C)Muyo/wikipediaより
 熊本地震では、鹿児島・川内原発に事故の懸念も広がり、共産党や反原発団体が運転停止を求めているが、逆に九州の人々からは「今止めれば被災地の電気復旧の妨げになる」という反発も出ている。九州電力を取材してきた地元紙記者によると「今回の地震で安全上の問題は生じていないのが結論」だという。 「既定では、想定される最大の震動が620ガルとされているんですが、原発はそれよりずっと前の160ガルで自動停止するようにできています。今回の地震では、熊本で最大のマグニチュード7を記録した時間帯に薩摩川内市でも震度4程度が観測されましたが、わずか8.6ガルだったんです」  ところが、反原発を主張する政党や団体は即時停止を訴え、19日に首相官邸前でデモを繰り広げていた。 「でも、今川内原発を停止すれば九州電力は火力発電所をフル稼働させなければならず、そうなると余震のある熊本や大分にある大型の火発に頼ることになりますよ。福島の事故後、ここは新たな基準で再稼働しているので、安易な停止は停電を引き起こすだけだと思いますが……」  また、川内原発を停止させた場合、九州電力にかかる代替の燃料費など月100億円の負担増という指摘もある。それだけに地元の反応は「停止という声は少ない」というのだが、19日のデモでも参加者からもこんなことが聞かれた。 「原発自体に反対なので参加していますが、アレ? と思ったのは、これまで九州にマグニチュード5以上の地震があったら川内原発は事故が起きるって主張をしてきたので、その根拠が間違っていたかなとは思いました。稼働には反対ですが、正しくないデータで批判するのはよくないです」(20代男性)  民進党の江田憲司代表代行は18日の記者会見で、川内原発の停止を求める考えを示し「九州地方のみなさんが大変不安に思っている」と勝手に代弁していたが、この2日後、同党の岡田克也代表は安倍晋三首相との会談で、停止は求めず「避難計画の再検証」を申し入れるトーンダウンとなった。このあたり強く停止を訴える根拠が乏しかったのかもしれない。  19日のデモは約800人が集まったとされているが、恒例の反原発デモに比べると参加者が見た目に少ないようにも見えた。事実、参加者も「来なかった仲間も結構いた」というのだが、「安全地帯で批判するより熊本でボランティアした方がと考えた人もいたから」とのことだった。  震災後、熊本市内でも「NO NUKES」と反原発のボードを掲げてデモをしていた集団もいたが、県民の反応は冷たく「それどころじゃないだろ」と罵声が浴びせられたとの報告もあった。反原発活動をしているフリーライターも、これには懸念を示す。 「デモは重要な抗議活動ですが、大事なのは中身。人種差別の団体対立とかの方では本題そっちのけで、みっともない争いになってしまっていて、冷めてデモから離脱する人が続出しました。反原発もちゃんとした理論で戦わないと、やみくもに反対を叫ぶだけなら似たようなものになってしまう不安はあります。最近は活動中の対立から暴力事件みたいなこともあって、デモと距離を多く反原発派もいます」  デモ内では反原発の活動家から「むしろ事故でも起きたほうが勢いづく」なんて本末転倒な声も聞かれたが、この大地震でも川内原発に影響がなかったなら活動に懐疑的になる参加者も出てきそうだ。皮肉にも「反原発団体こそ、メルトダウンしないようにしないと」とフリーライターは話していた。 (文=鈴木雅久)

デモに何万人集まっても世の中が変わるワケない! 本気で革命をしたい人のための2冊

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『思想としてのファシズム』(彩流社)
 気がついたら、どこかでデモが行われるのも当たり前の時代になってきた。  脱原発・安保法制・反ヘイト・行動する保守等々、思想は無数で催しも全国津々浦々で星の数ほど。新聞やテレビでも、そうした報道を目にすることは多い。  けれども、社会のさまざまな問題に興味はあっても、そうした活動には背を向けている人も多いのではなかろうか。就職ができなくなるとか、個人的な問題で背を向けているのではない。 「あんなぬるいデモやらなにやらで、世の中が変わるはずなどない」  そう。今の「社会運動」と呼ばれるものは、ものすごくスケールが小さい。護憲か改憲かというテーマは大きく見えるけど、単なる国民国家の内輪の話ではないか。 「そんなセコイことやってられるか! 俺たちが変えるのは世界なのだ」  世界革命か最終戦争かは知らないけれど、巨大なオトギバナシを夢想する人々にとっては、憤懣やるかたない時代。  しかし、いよいよデモなんてやったところで、なにも変わらないという真実に目覚める人が増えているのか? 本気で世界を変える意志を語る本が相次いで刊行されている。  その筆頭が千坂恭二『思想としてのファシズム「大東亜戦争」と1968』(彩流社)だ。  この本は、10代でアナキズムの思想家として注目を浴びた千坂氏の43年ぶりになる新著だ。「中野正剛と東方会」に始まり、さまざまな視点から、今では多くの人々が「絶対悪」だと思い込んでいるファシズムを捉え直そうとする本書。中でも「世界革命としての八紘一宇──保守と右翼の相克」では、天孫降臨から神武天皇の東征を語り、こう記す。 <驚くべきことに神武の東征革命軍は、ニニギ的外部注入論によって組織され、畿内大和の保守勢力を制圧し、在地の改革国家ではなく、外部による革命国家を樹立し、八紘一宇としての世界革命を志向したのである。>  つまり、日本は建国以来、世界革命を目指す革命国家だというのである。なんと痛快なことか! 膨大な知識を用いて記される文章は、千坂氏を知らずに読む人にとっては相当の決意がなければ大変な作業かもしれない。そんな人にはまず巻末に収録されたロングインタビューから読むことをおすすめしたい。ここでは千坂氏の生の声で、さらに鋭い切れ味を感じることが出来る。大東亜戦争の本質について「アングロサクソン帝国主義秩序の粉砕です。日本人は戦後洗脳されたのです」と語り「戦後の皇室は、敵の捕虜になっているようなものです」とまで言い切る千坂氏は、現代において革命家は現れうるか? という問いにも強烈な一言を放つ。 <今は革命家というのは犯罪者と病人以外には存在しないかもしれません。(中略)何かわけわからないけれども現代が気に入らない、もやもやしている、くそう、許せない、レンタカー注文して、秋葉原で人をひいてやろうと、こういう計画性のない人間にしか無理なんです。>  一連の文章の中で千坂氏は「立ち上がろう」とも「革命を起こそう」とも鼓舞したりはしない。しかし、行間からは選挙で選ばれたり、論壇で有名になった者たちが「影響力」を持ち体制内での改革に終始してしまうことへの批判がにじみでているような気がする。ページをめくるごとに既存の体制が幻想に過ぎないという思いは明確になり、読む者を「世の中をひっくり返してやろう」という決意へと導いていく。そして、そうした決意を持っていても間違いじゃなかった。異常者・病人よばわりするなら、勝手にしやがれ! という信念までもが生まれていくのである。
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『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)
 さて、そんな既存の体制という幻想に対する怒りをもっとストレートに記したのが栗原康『現代暴力論 「あばれる力」を取り戻す』(角川新書)だ。  まず、何がすごいかといえば、本郷あたりの社会科学系書籍が専門の出版社じゃなくて、KADOKAWAから出版されているのが信じられないくらい、強烈な主張が綴られているのである。著者の栗原氏は現在、東北芸術工科大学非常勤講師の職にあるという。とてもそれだけでは生活が成り立たないと思ったら、本人が「はたらかないで、たらふく食べたい」「年収は100万円にもみたない」と記しているから、正直すぎて信用できる。  同時に、もしや栗原氏は虎ノ門事件で摂政宮(後の昭和天皇)を暗殺しようとした難波大助が狂人と思われないように第三高等学校を受験したエピソードにならって、何か世の中が仰天するようなたくらみのために、非常勤講師の職についているのではないかと思ってしまった。それほどまでに栗原氏は、ひらがなを多用した独特の文体で既存の社会運動に対する怒りと諦観を表現し、暴力を肯定する。 <「これでデモができなくなったらどうするんだ。おまえらのせいで再稼働をとめられなくなるんだぞ」。わたしたちは、なにかわるいことでもしているのだろうか。なんだかひどい負い目を感じさせられる。>  そう、今渇望されているのは、こうした本音なのだ!  新しい社会運動などと称するものの権力性を批判する言葉は新鮮だ。それ以上に栗原氏が研究している大杉栄の文章を引きながら語られる米騒動の解説などは、まるで見てきたかのように軽快に楽しく語られる。「暴力論の教科書」として紹介される『水滸伝』の解説など、相当楽しすぎたのか「竹中労の『黒旗水滸伝』ではない」なんて書いてある。  いくら読者が限定されそうな本だからって、ここで何人が笑うんだ! 思わず、二重橋の前で陛下に一礼した後に「チェストー」とやりたくなるではないか!(意味がわからない人は『黒旗水滸伝』を読んでください)  もちろん栗原氏も「べつにいまテロリズムをやろうよとか、そういうことがいいたいわけじゃない」とは書いている。でも、同時に物を壊したりも人を殴ったりも、警察にくってかかったりもしないデモを「おわっている、死んでる」と、ぶった切る。おそらくは、知識人やらに持ち上げられる、ピースフルな運動がやがて犯罪者か病人のひと暴れによって粉砕され、本当の祝祭としての暴動がやってくる未来を見ているのであろう。  革命か維新か最終戦争か。そんなものが、いつやってくるかは、わからない。でも、この2冊の本の登場は、体制内の社会運動などに満足せず世の中を変えたいと願い、スタンバイする人々が増えていることを示しているだろう。  夏も終わる。紅燃ゆる反逆の血潮が匂う秋がやってくる。俺たちの真の敵は「時代」だ。 (文=昼間たかし)

国会デモに現れる永田町名物“罵声おばさん”の正体は、有名歌手の母親!?

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 集団的自衛権の行使を容認した閣議決定の直後、7月2~3日にかけて永田町では「戦争反対!」の声が鳴り響くデモが行われていた。この影響で交通は制限、国会図書館から最寄り駅に向かうルートすら警察官が立ちはだかり、「ほかへ回ってください」と止められる始末だった。そんな中、目を引いたのが通称「罵声おばさん」だ。  60歳前後のラフな格好をした女性が、そこにいる警察官たちに「あんたたちはアルバイト代が出るからいいけどさあ」というフレーズを、繰り返し怒鳴っていた。しばらくすると一度去っていくのだが、たびたび現れては判を押したように同じフレーズを警察官に浴びせた。  これを目撃した衆議院議員会館のガードマンによると「永田町で重要な法案が審議されたりすると現れるんですが、標的は警官のみ」だという。 「自転車で来るときもありますが、警官たちの間では“罵声おばさん”って呼ばれてます。通行を制限する警官に文句を言う通行人たちはまれにいますが、“罵声おばさん”は、そういった中にも強引に割り込んできて罵声を浴びせるんですよ。ただ、そのあとに言葉が続かないので妙な感じですが」(同)  国会図書館で働く職員たちの間でも、“罵声おばさん”は知られていた。 「毎週金曜の夕方、官邸前で繰り広げられている反原発のデモでも『げんぱつ・はんたい!』のコールに紛れて警察官に『あんたたちはアルバイト代が出るからいいけどさあ』と叫んでましたよ」  警察官はこうした警備で給与とは別にアルバイト代が出ていることはなく、なんとも奇妙な光景なのだが、実のところこの女性、ある有名女性歌手の母親だという話がある。 「元アイドルで今も音楽活動を続ける40代の女性歌手で、こちらは以前、週刊誌などで東京電力の宣伝広告に登場したこともあるせいか、原発問題に関しては一切コメントを控えている。母親と一緒に住んでいて、その女性歌手にコンタクトをとろうとすると母親が出て、マネジャー代わりにスケジュールの調整に対応することもある。ただ、女性歌手に恋人のウワサがあったりすると相手男性に電話をかけて怒鳴ってくるらしいので、もともと変わり者かもしれませんね」(週刊誌記者)  そんな罵声おばさんはマスコミ嫌いでも知られる。デモ風景を撮影している取材クルーを見るや足早に去っていくため、現場映像に映ることはまずないという。実際、3日に記者が話を聞こうと近寄って声をかけると走り去って行った。永田町名物になりつつあるようだが、その行動は謎が多い。 (文=ハイセーヤスダ)

「山本太郎だけじゃない……」脱原発運動は、ほとんど出会い系だった!?

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 電撃離婚の挙げ句に、参院選投開票日当日に別の女性が出産していたことが発覚した山本太郎参議院議員。お相手の女性は、脱原発運動を通じて知り合った39歳の「稲森いずみ似のスレンダー美女」と報じられており、ネット上では「東電の隠蔽を追及するのに、自分のことは隠蔽するのか」などと、やっかみ半分の意見が続出している。  マスコミに報じられるまで公表しなかったことをネタに、彼の政治へのスタンスを追及する動きもあるが、そんなことより気になるのは、お相手が「稲森いずみ似のスレンダー美女」であること。脱原発運動に、そんなにオイシイ“オプション”があることに驚いた人も多いのではないだろうか? そんなチャンスがあるなら、今すぐにでもデモやストに参加してみたいもの。 「左翼系の運動なんて、昔からそんなものですよ」 と語るのは、左翼運動に詳しいフリーライターのX氏だ。X氏によれば、もともと左翼運動には男女の出会いの場という側面があったという。そして、福島第一原発事故以降、デモや集会に参加する人数が増加した結果、出会いも急増しているというのだ。 「原発事故以降、脱原発運動の一部は“誰もが参加できる”ことや“楽しい”ことを看板にして、獲得目標も、そこへ至る構想もない、自分たちが遊ぶことができればよいだけのデモや集会が当たり前になりました。そこには自称ミュージシャンや自称アーティスト、自称ジャーナリストなどが多く集い、あたかも野外フェスが毎週開かれているような状態になっています。当然、デモのあとは飲み会です。出会いを求める男女にとっては、相当オイシイ場でしょう」  それでも、誰もが理想の恋人を作ることできるわけではないので、注意が必要だとX氏は指摘する。 「大学のサークルなどでも、一番かわいい新入生は、さっさと部長と付き合っちゃうとかあるじゃないですか? 左翼運動界隈でも同様です。まあ、それでも何もしないよりはチャンスがあるので、本人が納得できればよいんじゃないですか」  相手を選ばなければ、誰でも付き合うことはできる。それでも、よりましな相手と付き合いたいならば、男はサブカルの知識を蓄えるのが一番だとX氏はアドバイスする。 「90年代から、左翼運動界隈に顔を出す女性は、人生をこじらせているか、全共闘関連の本、あるいは映画を見てサブカル的に捉えているかのどちらかです。そして、かわいい子は圧倒的に後者です。反原発運動に興味を持つ女のコも、サブカル女子の確率が相当高いです。とりあえず映画『さらば青春の光』あたりを見ておけば、話を合わせることができると思いますよ」  長らく左翼運動を取材しているX氏によれば、運動を通じて知り合った男女が、そのまま結婚する例は多いという。しかし、そうして結ばれた男女は、たいてい運動からフェードアウトしていくのだとか。 「これまでも、たくさんの男女の出会いと別れを見てきました。“これを逃したら、もう出会いはない”と、お互いに考えているのか、結果的にデキ婚するカップルも多いですね。しかし、子どもができると、だいたいは嫁のほうがブル転(運動を捨ててブルジョアに転じること)しますね。嫁にケツを叩かれて、運動なんか忘れて必死に働いている男性も多いですよ」(同)  結果はどうであれ、本人が幸せならよいような気もする。さらにX氏は、地雷女を踏むことだけは気をつけなければならない、と警鐘を鳴らす。 「左翼思想の一つの形態に、アナーキズムというものがあります。アナーキズムとアナーキーな生き方というのは、まったく別のものですが、それをごっちゃにしている人は多い。女性の場合だと、誰にでもヤラせることがアナーキズムの実践だと勘違いしている場合もあるんです。そうした女性はサークルクラッシャーの要素も持ち合わせていますから、危険極まりないですよ」  X氏は男女問題がこじれにこじれた結果、運動が崩壊していった事例は、数限りないとも指摘する。 「そもそも、運動界隈は、モテない男女が集まるオタク系サークルのようなものです。『げんしけん』みたいに、割れ鍋にとじぶたで丸く収まるなんてことはありません。特に男性には、意中の相手と付き合っている男への嫉妬を、政治的な批判でくるんでぶつける場合が多いんです。運動界隈でのもめごとの大半は、セックスが絡んでいると思ったほうがよいでしょう」  あまりに醜い世界。でも、誰でもいいからヤレるんだったら、今日から俺も脱原発だ。 (取材・文=三途川昇天)

「この社会情勢が続く限り、どこかでまた起こる?」2カ月間の“お祭りデモ”とはなんだったのか? 

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慶應義塾大学教授・小熊英二氏。
 今夏、霞が関の官邸前周辺では異様な事態が起こっていた。毎週金曜日の18時から20時の2時間、脱原発を求める人々が続々と集まり、「再稼働反対!」「子どもを守れ!」というシュプレヒコールと共に、ジャンベやドラムの音が鳴り響く。いかにもな雰囲気の活動家や主婦、子ども連れの母親、スーツを着たサラリーマン、フリーター風の若者……。お手製のプラカードや旗を掲げ、それぞれのスタイルで官邸に向かって抗議する。それは、ひと昔前の過激なデモとは180度異なる、自由でにぎやかで、それでいて“もしかしたら何か変わるかもしれない”という、妙な期待感を感じさせる光景だった。  このデモを主催しているのは、首都圏反原発連合というグループだ。今年3月末のスタート時の参加人数は、わずか300人程度。その後、回を重ねるごとに1000、3000、5000、1万と増え、大飯原発再稼働を間近に控えた6月25日には10万とも20万ともいわれる人々が集まり、その後、約2カ月にわたってお祭り騒ぎとなった。  いったいこの“お祭り”デモとはなんだったのか? 慶應義塾大学教授で、著書『社会を変えるには』(講談社現代新書)で日本の社会運動の歴史や3.11以降の日本の社会情勢について記している小熊英二氏に話を聞いた。 ――小熊さんは震災以降、さまざまな脱原発デモに参加されていますが、官邸前デモを主催している首都圏反原発連合(反原連)とは、どのような関係なのでしょうか? 小熊英二氏(以下、小熊) 官邸前デモには今年の6月から通っています。反原連はそれまで別々にやっていた13のグループが集まってできていますが、官邸前に参加する前から彼らの半分くらいの人は、昨年来の別のデモで一緒に歩いたことがあったので、お互いに顔は知っていました。とはいえ、私が大学教授だと知らない人も多かったと思います。「デモでよく見る人だから」ということで信用されたんでしょう。 ――8月22日に行われた反原連と野田首相との面会の際には、仲介人としてご出席されました。どういった経緯で面会が実現したのでしょうか? 小熊 反原連は以前から首相に要請文を渡そうとしていましたが、うまくいかなかった。どうにか展望が開けないかという相談を、スタッフの一人から7月下旬に受けたんです。それで、私は今年5月に菅直人さんに戦後史のレクチャーをして面識があったので、こんなに民衆から声が出ているのだから、政治がなんらかの形で応えたほうがいいと連絡を取った。菅さんは最初「私が会いましょうか?」と言いましたが、それでは陳情みたいになってしまう。そこでまず7月末に、菅さんなど脱原発志向の超党派議員と、反原連の対話集会を公開で行ったんです。そこで反原連側が「首相に会わせてほしい」と強く訴えて、菅さんは「わかりました」と応えた。それから3日して電話があって、「首相が会ってもいいと言っている」ということになったんです。 ――組織化されていないグループの代表があのような形で首相面会を果たすとは、驚きました。しかも、その様子をすべて中継するなんて。 小熊 そういう前例を作ることは、大きな意味があると思っていました。短時間でしたが、大組織でもない民衆運動が首相を引っ張り出した例は、近代日本にはないし、世界的にもほとんどない。それは大きなことですよ。それにあれは、政府の側からすると、大きな先例を作った。これから先、例えばTPPの反対運動などが盛り上がったら、農協の全国組織の会長でなくても首相と会える、そういう先例がある、となるわけです。政治も官僚も、先例があるかないかで動きますからね。日本の政治に影響を与えたことは間違いない。 ――それは、野田首相個人に対しても同じでしょうか? 小熊 野田さんは、あの場では表情を崩さずに無難なことを話していましたが、十分影響を受けていると思いますよ。この3~4カ月の間に民主党はもちろん、議会のいろいろな会派も脱原発に寄ってきて、大きな争点になった。資源エネルギー庁や電力関係の人たちは、首相面会なんて絶対にやらせたくない、首相と会うのは電事連の代表とか経団連の代表だけ、ということにしておきたかったはずです。そういう抵抗がある中で、会わざるを得ない状況になってしまった、というのはデモの成果です。  また政治家というのは、意外と対面した人物に影響されるものです。街頭演説をすると、20分くらいで街の雰囲気や反応を肌でつかむそうですからね。あの面談で、いかにもごく普通の人から、「野田さんに期待していたのに、がっかりした。あんた男でしょ、官邸から出てきて会いなさいよ!」とか言われたわけです。今後、原発関連で重要な決断を下さなければならない時には、野田さんはあの顔がちらつくでしょうね。 ――官邸前デモは、大飯原発再稼働を間近に控えた6月下旬から9月にかけて大盛り上がりとなり、10万人とも20万人ともいわれる人々が集まりました。ある種の“ブーム”ともいえるお祭り的な騒ぎでしたが、ここまで盛り上がった要因はどこにあるのでしょうか? 小熊 官邸前が注目されたのはすごく単純な話で、政治家や大手マスコミの政治部記者の目に入ってきたからです。2011年からデモは数多く起きていたのに、彼らはほとんど知らなかったので、今年の6月になって急にデモが出てきたと思ったらしい。それで一気に報道もされたから、急にブームが起きたように思われたんでしょう。実際には、去年からの積み重ねと連続の中で、官邸前デモが起きたのですけれどね。  人が集まった最も大きな要因は、20年も経済が低迷して、雇用も家族も不安定になっているのに、政治がまったく機能していない、と不信感が募っていたことでしょう。そんなところに起こった原発事故の対応は、誰がどう見てもお粗末だった。情報公開も足りないし、政府は手続きさえ済ませればいいと考えている、と思われてしまった。それではどこの国だって、何か起こらないほうがおかしい。外国の報道はそんな感じですし、官邸周辺に毎週何万人も集まったら、それは相当まずい事態だと普通なら考えます。無視できない事態になってしまったから、首相がデモ主催者と面会せざるを得なくなった。そういう当たり前のことを、当たり前に受け止められない人が、「日本でそんなことが起こるはずがない」とか「ただのブームだ」とか言うんでしょう。 ――そんな“お祭り”デモですが、一時期に比べると、徐々に参加者の熱が冷めてきてしまっている印象があります。7月上旬までは、車道以外は比較的どこからでも抗議可能だったのが、デモエリアが3カ所に分けられ人数が分散されている影響もあるのかもしれませんが、20~30代の若い層の参加者が減ってきている気がします。 小熊 デモが“お祭り”なのは、最近はどこの国でも共通です。またデモに限らず、お祭り的なものは、1~2カ月したらピークを過ぎます。何年も同じ場所で同じ状態が続くなんてありえない。とはいえ経緯としては、昨年4月から高円寺の人たちの主催で盛り上がったデモは半年で一区切りを迎え、これで終わりかなと思っていたところに、今度は別の主催で官邸前に集まった。官邸前しか見てないマスコミは、一時のブームだったと思うかもしれませんが、全体から見れば脈動みたいなものです。経済停滞と政治の機能不全という状況は変わっていないし、どこかでまた何か起こると思いますよ。 ――“お祭り”でも、原発再稼働が広がらないためのリミッターとして機能したのでしょうか? 小熊 それは間違いないですね。日本ではここ半世紀、こういう経験がなかったものだから、社会運動の効果に懐疑的というか、何が起こっているのか、みんなよくわかってない。けれど外国のことだと思ってみれば、こんなに停滞して不満が高まっていた国で、官庁街に毎週何万人も集まったら、影響がないはずがないでしょう。大飯原発の再稼働は、福島原発事故から1年たってほとぼりも冷めたようだし、もう大丈夫だろうと形式的な手続きを踏んでやったわけですが、そうしたらあんな騒ぎになってしまったというのは、政治家にとって怖いことですよ。「日本の政治家だけは例外だ」ということはない。 ――9月14日のエネルギー・環境会議では、首相の口から「2030年代に原発ゼロ」という方針が打ち出され、国際原子力機関(IAEA)年次総会でも国際社会に発表されました。この政府の政策転換に対しても、官邸前デモをはじめとする一連の反原発デモの効力があったのでしょうか? 小熊 結果としてはそうでしょう。とはいえ、野田さんが当面気にしていたのは民主党内の脱原発派議員だったはずです。しかし、その数は絶対多数ではない。彼らも離党したら党内での影響力がなくなるから、あまり党の方針に反することを大声では言えない。でも、そういう議員たちが「官邸前に何万人もの人が来ています。これは聞くべきじゃないですか?」と圧力をかけられるようになった。少数派の議員集団が腹の底で思っているというレベルだったものが、声を大にして発言できるようになり、さらにそれを聞かなければならない雰囲気に動いていくというのは、デモや世論がなかったら起きないことです。もちろん、それは議会内だけを見ている政界記者たちに言わせれば、野田さんは原発と消費税とTPPとオスプレイの四正面作戦になってしまうのは避けたいから脱原発に傾いたのだとか、民主党がこれ以上分裂するのは避けたいから脱原発派の議員の主張を一部聞いたのだとか、いろいろ言うと思いますよ。でもそれは、議会内だけ見ていればそう見える、というだけのことであって、デモがなかったら動かなかったことですからね。 ――一方で、この「2030年代に原発ゼロ」発言に対しては、具体的なプランが示されていなかったり、閣議決定が見送られるなど、本当に実現されるのか疑問視する声も多いですね。 小熊 繰り返しになりますが、今の日本は20年も経済低迷して雇用情勢も悪い、かなりまずい状態です。そのなかで、世論調査でも7~8割の人が脱原発を支持している。今年の夏は、原発を2基動かしただけで電力は足りてしまい、それが既成事実になってしまった。この情勢で、どんどん原発を推進します、なんて政策に簡単に戻れるはずがない。その結果としてゼロにすると決めたけれど、利害のある各方面の調整が難しい。だから、公式方針としては言えることが限定されるというのは、いいことだとは思いませんが、理解はできます。  また現実には、ただちにすべての原発を止めた国なんてない。スウェーデンは1980年に2010年までに国内の12基を全廃すると決めたけれど、今のところ2基減っただけです。ドイツも2002年に「脱原発法」が制定され、2021年までに当時稼働中の17基を全廃すると決めたけれど、その後に稼働年数が延長された。福島の事故を受けて、やっぱり段階的にやめると転換しましたが、まだ紆余曲折があるかもしれません。ただ日本は、幸か不幸か本当に全部止まった状態を一度経験してしまったので、これらの国より早く脱原発する可能性も高いかもしれない。声を大きくしていけば、実現できるレベルだと思います。 ――テレビや新聞の報道では、このまま原発依存を続けるのか、脱原発路線を目指すのか、いまだに混迷を極めている感がありますが、社会は動いているといえるのでしょうか? 小熊 物事は多元方程式のように進んでいきます。それは、デモをやったけれどすぐに原発が止まらなかった、じゃあ意味がない、というほど単純なものではないし、すぐには結果が見えづらい。けれど、水面下では確実に影響しています。  またデモに参加した経験を持った人は、また何かあれば動きます。数十万人単位でデモ経験者が生まれ、社会の中でも忌避感が薄れたというのは無視できないですよ。経験者の中から自分で運動を主催する人も出てくるだろうし、政治家を目指す人もいるかもしれない。  この事故が20~30年前の、原発も伸び盛りで日本経済も全盛だった時期に起こっていたら、おそらく情勢は違っていたと思いますが、今は違う。東大の原子力工学科が、2001年には造船学科や鉱山学科と合併になってしまったくらい、原発産業はもともと行き詰まっていた。政治家も、自民党全盛期は遠く過ぎ、町内会や商工会を地盤固めすれば当選できるといった、今までのやり方が通用しなくなったことはわかっている。今回の再稼働にしても、経団連と電力会社に話をつけて、官庁に情報を集めてもらい、県知事と地方議員が地元の商工会や町内会を固めれば、それで大丈夫と思って判断したけれど大反発を食らった。もう昔のやり方は通用しない。そして彼らが把握できていない無党派層が、デモに来ているわけですからね。 ――それでは今後、日本はどうなっていくのでしょうか? 小熊 だんだん普通の先進国に近づいていくでしょう。日本が先進国の中で「ユニーク」と呼ばれた特徴、例えば経済的に先進国化したのに政治や政治意識のレベルが低いまま、という状態があった最大の要因は、ほかの先進国が不況の中で政治意識が上がっていった1970~80年代に景気が良かったことです。経済が良かったから、政治が三流でも、消費だけやって社会に無関心でも済んだ、というだけです。その時期に作られた、終身雇用とか公共事業とかの仕組みが崩れれば、“普通の先進国”になるというのは自然の成り行きです。“普通の先進国”の現状が明るいものかどうかに関して疑問符が付きますが、今以上に自分で物事を判断して、自分で動くことが求められるでしょう。だったら、今のうちから、デモに参加したり自分で声を上げたりする練習をしておいたほうがいいと思いませんか? (文=編集部) ●おぐま・えいじ 1962年、東京生まれ。87年、東京大学農学部卒業。出版社勤務を経て、98年、東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。現在、慶應義塾大学総合政策学部教授。著書に『1968』『<民主>と<愛国>』『<日本人>の境界』『単一民族神話の起源』(以上、新曜社)、『日本という国』(イーストプレス)、『私たちはいまどこにいるのか―小熊英二時評集』(毎日新聞社)などがある。

盛り上がりを見せる脱原発デモの行く末は? 成田闘争に見る、“未決着”市民運動の現在

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 毎週金曜日、首相官邸前には数万人ものデモ参加者が足を運び、「脱原発」の声を上げている。8月にはデモ主催者が野田佳彦首相と面会するという快挙を達成し、日本における市民運動が新たな局面を迎えたことは広く報道された。  しかし、複雑な思惑が入り乱れる原発問題が、早晩の解決を迎えるとは言い難い。現に、原子力の安全規制を担う新組織「原子力規制委員会」の人事は相も変わらず原子力ムラからの人選が濃厚となっているし、産業界では“脱原発は経済に悪影響を及ぼす”との声が強い。仮に野田首相が言う「脱原発依存」が正式に閣議決定されたとしても、避難生活を強いられている福島の人々は、場合によれば数年、あるいは数十年にわたって故郷を追われる。彼らが故郷に戻れる日が来るまで、原発問題は続いていくのだ。長期化するにつれ、現在盛り上がりを見せる脱原発運動はどのような形になっていくのだろうか……。  そのヒントとなる運動が、日本の玄関口である千葉県・成田空港で展開されている。  年間18万回も航空機が離発着し、旅客数は2,800万人を数える成田空港。いまやアジア有数の大空港であり、交通だけでなく物流の拠点としても欠かすことはできない。だが、この成田空港の内側に「民家」があることを知っている人はあまり多くないだろう。空港の内側に取り残された東峰地区、天神峰地区にこの民家は点在している。道路標識を見ると、「空港整備区域」と表示され、矢印は示されていないものの、地図を見ればしっかりと道が続いているようだ。 IMG_5377.jpg IMG_5404.jpg  空港の外側から、きれいに整備されたトンネルを潜り100メートルほど進むと、ぱっと視界が開けてくる。そこに現れるのは、雑木林に囲まれたいくつかの民家と野菜畑。四方を取り囲む塀のすぐ向こうは成田空港の敷地内であり、常に飛行機の轟音が響き渡っている。「第3誘導路粉砕!」という看板とともに、ここで生活を送っている人々がいる。  この奇妙な風景が生まれた原因は、40年以上前の活動にさかのぼる。  成田空港は「三里塚御料牧場」と呼ばれる皇室の広大な土地を払い下げられて、1960年代より建設が開始された。この土地を利用して40%の敷地は獲得できたものの、あと60%を得るためには、そこに住んでいた千数百人の人々を移転させなければならなかった。空港予定地の周囲では反対運動が噴出し、計画も二転三転。1966年に、政府は地元の合意も得ないまま、空港建設地を現在の三里塚・芝山地区に決め、強引に計画を推進することとなる。だが、当然この強硬な土地買収がうまくいくはずもなく、住人と政府側との軋轢は広がるばかりだった。  この新空港反対運動に、東京などの都市から学生や活動家らが参加するようになると、事態は混迷を極めてゆく。機動隊との衝突、過激派による放火事件、さらにはセクト間のいざこざなど、反対運動は激化の一途をたどる。三里塚闘争とも成田闘争とも呼ばれるこの運動の結果、警察・市民合わせて6人もの死者を出してしまった。 IMG_5387.jpg IMG_5391.jpg  このような経緯を経て、成田空港が開港したのは1978年。だが、開港から30年あまりの月日を経ても、買収に応じずいまだに生活を続けているのが東峰・天神峰地区の人々だ。  実際にこの地区に足を踏み入れると、ゲバ文字で書かれた看板のほかに「らっきょう田舎漬 小売販売します」といったものや、「オーガニック&スローフード」といった看板までも並んでいる。また、空港に隣接した別の未買収地域には、「三里塚空港粉砕!」の言葉とともに「TPP反対」といった最新のメッセージまでもが加えられていた。  また、東峰地区には、「東峰神社」と呼ばれる地域の神社も残されている。資料によれば、戦前に地元住民によってしつらえられたものだそうだが、空港の敷地を示す白い塀で四方を囲まれた境内は、異様な空間としか思えない。過激派の動きに備えてか、常時警備がなされているようで、そこに赴くと空港敷地内からは警備員が、道路側には警察車両がいつの間にか待ち構えていた。職務質問などはなされなかったが、正直、居心地がいい場所ではない。 IMG_5320.jpg  地域の住人に話を聞いたところ、現在でも十数名の人々が東峰・天神峰地区で生活を送っているという。ただ、かつてのように強硬な反対運動を続けているわけではないようだ。 「多くの住人が『闘争は終わった』という認識です。徹底抗戦をして飛行機を止めようと言っている人は極めて少数です」  彼によれば、空港側からも「ここに住み続けていい」という認定を得ており、警察からの圧力もないそうだ。では、いったいどうして彼らは、お世辞にもよい環境であるとはいえないこの地域に住み続けているのだろうか? 長い空白の後に、彼はためらいがちに答える。「……まあ、過去をそのまま引きずっているという面が強いのでしょうね」  当時を知る地元の元空港公団職員も「確かに、空港と住民との間に『ボタンの掛け違い』があった。公共事業の進め方として反省すべき点は多い」と過去の過ちをはっきりと認めている。昨年6月、空港公団では芝山町に「成田空港 空と大地の歴史館」を建設。成田空港の建設にまつわる反対運動の歴史をまとめた資料を展示している。そこに設置された記帳台には、はるばる福島から訪れた人もその心境を書いており、空港によって故郷を追われた人々に対するシンパシーを綴っていた。  安心して暮らせる社会を目指して脱原発に舵を切るのか、それともこれまで通り原発と共に暮らす経済優先の道を選ぶのか、その決着はまだ見えない。脱原発運動がどのような結果となるにしろ、「声を上げない」「政治に無関心」と言われていた国民が、10万人以上も集まって運動に参加しているという現実は、日本社会にとっても大きな意味を持つ。政府・市民双方が、成田闘争をはじめとする過去の政治運動の反省を踏まえ、このデモ活動が私たちの明るい未来につながることを期待したい。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])

「デモ」に関する誤解を払拭! ド素人でも分かる手引書『デモいこ!』

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『デモいこ! 声をあげれば世界が
変わる街を歩けば社会が見える』
(河出書房新社)
 昨年3月の東日本大震災と、それに伴う東京電力福島第一原発事故によって、さまざまな社会的な現象が引き起こされている。そのひとつが、いわゆる「デモ」の増加だ。震災以降、原発の安全性を疑い、原発依存からの脱却や原発停止を訴えるデモが、従来の活動家だけでなく一般市民の間からも起こり、10カ月近く経った現在でもその動きは続いている。  しかしその一方で、「デモ」というものに対して多くの人々が根本的な誤解をしている場合が少なくない。たとえば、デモという行為を「違法なもので、参加しただけで逮捕されることがある」とか「労働組合や左翼の活動家がやる政治的な運動」などと思い込んでいるケースだ。さらには、ジャーナリストなどと自ら名乗りながら、「火炎瓶が飛び交って権力サイドの建物が炎に包まれないとサマにならない」とか「本気さがないガス抜きのお祭りパレード」などと、まったくトンチンカンなことを言い出す者まで出てくる始末だ。  だが、デモは違法なものではまったくない。社会的に認められた正当な行為であり、デモを主催したり参加しただけで警察に拘束されたり、逮捕されたりすることなどない。また、労組や活動家の政治的な道具でもない。いわば、手紙を書いたり音楽を演奏したりすることと同じ、表現活動のひとつなのである。  そうした誤解だらけの状況の中、デモについての手引書が話題を呼んでいる。昨年末に河出書房新社から刊行されたばかりの『デモいこ! 声をあげれば世界が変わる 街を歩けば社会が見える』がそれである。著者のTwitNoNukes (ツイットノーニュークス)は、震災後にTwitterを介して組織された脱原発デモを実行する有志。ほとんどのメンバーが、震災以前はデモなどまったく縁がなかった「ド素人」だった。  同書は「デモとは何か」を簡潔かつ分かりやすく解説、実際にデモを実行する際の手順がていねいに説明されている。また、デモの歴史的概要や、実際のデモ参加者の感想やデモ主催者へのインタビューなども合わせて収録されている。コンパクトな冊子だが、充実した内容となっている。    同書の執筆者の一人である松沢呉一氏は、「デモのことを知らない人があまりに多いことに大きなショックを感じた」という。 「デモに対して『無許可であんなことをしていいのか』と言う人がたくさんいることに驚いた。我々の世代なら、デモの際には警察に届け出るというのは当たり前のこと。それが、いつの間にか誤解だらけになってしまった」(松沢氏)  同書の内容は、ごく当たり前のことばかりだが、だからこそ重要な情報を提供してくれる。実際、インターネットの普及によって昔に比べて情報収集手段が格段に飛躍した現在でも、デモを主催実行する際の手順をまとめたものはどこにもなかったわけである。  「デモをしよう」という呼びかけは、いわば「詩や俳句を書こう」とか、「みんなでラジオドラマや自主映画を作ろう」と同じ表現活動であるということを教えてくれる1冊だ。 (文=橋本玉泉)
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柄谷行人、雨宮処凛らが緊急記者会見! 反原発デモで警察官が暴行!?

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記者会見の模様(画像は『USTREAM』より)
「デモでは、撮影しているのが警察官だとは知らず、カメラに向かって楽しそうにピースサインする若い参加者もいましたよ」  作家・雨宮処凛の言葉に、国内外の記者で埋まった会場が笑いに包まれた。  9月29日15時、東京・有楽町の日本外国特派員協会で、反原発とデモの自由を訴える「『デモと広場の自由』のための共同声明」を発表する記者会見が行われた。壇上には雨宮氏の他に、起草者である柄谷行人(文芸評論家)、鵜飼哲(一橋大学教授)、小熊英二(慶応義塾大学教授)という、日本のアカデミズムを代表するメンバーが顔を揃えた。  この声明の内容は、東日本大震災による福島第一原発事故が、すでに片づいたかのようにふるまう政府や経産省、東京電力の姿勢に加え、反原発デモを妨害する警察と、それを報じないマスメディアの姿勢に抗議するというものだ。  会見の冒頭、柄谷氏が声明を紹介するなかで、6月~9月に行われた「原発やめろデモ」に自らが参加した理由を語った。 「1980年代後半以降、それまではさかんに行われていた反原発デモがなくなり、マスメディア含め原発賛否の意思表示ができなくなってしまいました。こうした状況と、現在54基もの原発が日本に存在するという事実は、決して無関係ではありません。また、今回の震災では、被災地の方々の冷静なふるまいが海外メディアから賞賛を受けましたが、私は『なぜ日本国民は異様なほど怒らないのか?』と疑問を感じていました。昔はもっとみんな怒っていましたが、このような風潮はここ20年くらいで形成されました。そこで重要になってくるのがデモです。なぜならデモは、私のような素人や若者など誰もが参加でき、個々人が意思表示を行うことができるからです。つまりデモは国の成熟度を示すのです。そのようなデモに協力するのはとても面白いと思い、参加しました」  次にマイクを握った雨宮氏によると、6月以降都内で5回行われた「原発やめろデモ」の参加人数は計7万人以上にも及び、デモの現場では警察による妨害や参加者への暴行が行われていたという。 「9月11日のデモでは、正式に東京都に申請し承認されていた出発地やコースを、都は当日2日前になって変更を命令しました。当日も、トイレのためにデモの隊列を離れようとした女性を大勢の警官が取り囲み、沿道に出られないようにし、具合が悪くなる人が続出しました。隊列に大勢の警官が強引に割り込み、意図的に混乱状況をつくり出すなかで、警官から暴行を受け負傷した人もいます。結局、公務執行妨害などで12人が逮捕されました。私たちは、日弁連(日本弁護士連合会)に対し彼らの人権救済の申し立てを行う方針を決定しました」  しかし、こうした事実について大手全国紙などは、ベタ記事で短く報じるのみである。本誌がその理由について、今回の会見を外国特派員協会で行う理由と合わせて質問すると、小熊氏はこう答えた。 「記者クラブでの会見だと、国内大手メディアの記者しか参加できないにもかかわらず、彼らが会見内容を報道する可能性も低いからです。海外メディアの皆さんは信じられないかもしれませんが、日本の大手メディアには、『政治とは、政党内や政治家同士の駆け引きであり、一般市民のデモなどは報じるに値しない』という考えが未だに根強いと感じます」  会場の外国人記者たちは、小熊氏の言葉を聞きながらしきりにうなずいていた。  それにしても、会見で起草者たちは一様にデモの重要性を訴えていたが、TwitterやSNSなどネット上のコミュニティも広がり、情報を発信する手段が多数あるなか、なぜデモなのか? 会見終了後に柄谷氏に尋ねた。 「Twitterでの主張は発言者が見えない。つまり人権が伴っていないので、効力は限定的です。しかしデモには参加するのは生身の人間であるため、人権が伴っていますので、国家が最も嫌がります。それゆえ国家は、道路交通の安全などを理由に、デモをやらせまいとしてきました。しかし、国民の基本的人権より道路交通法が優先されるなど、あってよいのでしょうか? これは憲法違反です」  また、同様の質問について小熊氏はこのように答えた。 「デモには体温があるということです。個々人の自由意志で集まったさまざまな人びとが、リアルな行動を共にし、主張を発信することによる効果は、ネットとは比較になりません」  今回の起草者が参加する「原発やめろデモ」は、今後も定期的に行っていくという。 (取材・文=編集部) ●「デモと広場の自由」のための共同声明http://jsfda.wordpress.com/statement/●9月11日「原発やめろデモ」における警官と参加者の映像http://www.youtube.com/watch?v=xnruDaMxPO0
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「デモで彼女ができて……」フジテレビ抗議デモ主催者が交際を理由に活動終了を表明

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抗議文は受け取ったものの、
依然として沈黙を続けるフジテレビ。
 フジテレビの「韓流ゴリ押し・偏向」を抗議するフジテレビ抗議デモ主催者が、デモ活動で知り合った女性との交際を理由に活動終了することを表明した。  8・21フジテレビ抗議デモ実行委員会代表「現地の人」は、19日付けの自身のブログ「現地に転がっている人」で、「もう知っている方も多いと思うけど...」というタイトルの記事をアップ。「第一期としての自分の存在が続けば今後立ち上がる人々にとって最大の障害になること、また自分が攻撃対象になってこの運動自体が批判されることが予想される」と、その理由を説明した。  加えて、デモ活動で知り合った女性と結婚を前提に付き合っていることを告白。その上で、「今まで色々な活動で男女間の問題が活動自体の障害になってしまった例を見たり聞いたりしているので、この様な事になった自分にはもう表舞台に立つことは許されない」としている。  一方、抗議デモ実行委員会の公式ブログでは、「9・16花王抗議デモと9・17フジテレビ抗議デモが両方共無事に終わり、9月16日にフジテレビへの抗議文もきちんと渡し終えたことで自分達8・21の実行委員会としての役目は全て終わりました」と活動終了に至った経緯を説明しているが、「デモで彼女ができ、活動終了」という点だけが強調され、話題になっている。  高岡蒼甫のTwitter騒動が勃発した当初、フジテレビの韓国ドラマ枠で放送されていた『製パン王キム・タック』は主演のユン・シユンと敵役のチュウォンのイケメンぶりをアピールするプロモーション戦略を採っていた。そのため、「韓流ゴリ押し」の典型例として嫌悪されることになった。  しかし、『キム・タック』はイケメン俳優で終始したドラマではなかった。妻と部下の不義と戦う父親ク・イルチュン(チョン・グァンリョル)や、息子を引き離した正妻への復讐を企てるキム・ミスン(チョン・ミソン)ら「おじさん」「おばさん」の迫力がクローズアップされるドラマでもあった。  韓国嫌いでもない限り、むしろ幅広い視聴者層が楽しめる内容となっていたこのドラマ。その意味で、結婚を前提に交際中という家庭人を志向するデモ主催者が活動を終了することは、主張とは裏腹に「韓流ゴリ押し」批判層の偏りを物語るようで興味深いところだが......。 (文=林田力)
人生で大切なことは全部フジテレビで学んだ 彼女の作り方とか。 amazon_associate_logo.jpg
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