「私たちはどこへ向かうべきなのか」写真家・広川泰士氏が語る"日本の風景"としての原発 

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美浜原子力発電所(福井県/『STILL CRAZY』より、以下同)
 今月26日から、東中野にあるspace&cafe「ポレポレ坐」にて写真展『STILL CRAZY  Nuclear power plants as seen in Japanese landscapes』 が開催される。これは写真家の広川泰士氏が1994年に発表した、日本全国の原子力発電所53基を撮影した同タイトルの写真集の一部を、再度展示するというもの。モノクロの写真からは無機質な、死んだような静けさがじわじわと漂ってくる。そんな原発を"日本の風景"としてカメラに収めた広川氏だが、一体その意図はどこにあったのだろうか。また、今回の福島第一原発事故を受け、どのような思いを抱いているのか、広川氏に話を聞いた。 ――広川さんは広告写真やテレビコマーシャルなどでご活躍される一方、世界中の美しい自然の姿を撮影されていますが、そういった中で、この『STILL CRAZY』はとても異質な気がします。そもそもなぜ、原発の写真を撮ろうと思われたのですか?
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福島第一原子力発電所(福島県)
広川泰士氏(以下、広川) 僕は1950年生まれなんですが、子どものころから「原子力平和利用」だとか「希望の光が灯った」とか、さんざんそういうプロパガンダを聞かされて育ったんです。でも、大人になるにつれて、原子炉を廃炉にするにもどうやって解体すればいいか分からないし、増え続ける核廃棄物をどう処理するのかも分からない。そんな状況で見切り発車してしまった国の原子力政策に、疑問を感じるようになったんです。果たして、人間が取り扱うことができるものなのかどうかと。原子力発電所というものを見たこともなかったので、それで日本の中でどのような佇まいでいるのか実物を見てみたいと思ったんです。それに、原発に対しては当時からいろんな議論があったんですが、それ以前に、まずは見ることから始めたらいいんじゃないかという思いもあって。そんな折、「アサヒカメラ」(朝日新聞出版)で10ページに渡る原発写真の特集をやることになり、1991~93年にかけて撮影しました。 ――広川さんとしては、原子力政策に対して声高に異議申し立てをしようと思っていたわけではなく、中立的な立場で、日本の一つの風景として発表したかったそうですが。
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高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)
広川 僕の制作活動の中で風景というのはすごく重要な位置を占めているので、抵抗なくというか、自然な流れだったんですね。我々は原子力発電所に囲まれて生きているんだし、そこで発電される電気の恩恵にあずかっているっていうのは紛れもない事実だった。その上で、ここからどうするのかということを、個々が考えればいいんじゃないかと思っていたんです。無関心な人はそれまでだし、おかしいと思う人はそこからまた考えて何か始めればいいんじゃないかと。 ――53基の原子炉はすべて許可を取って撮影されたそうですが、実際に間近で見てみて、どのような印象を受けましたか? 広川 建屋の中には入らないという条件で敷地内に入れてもらったんですが、やっぱり、異様な大きさなんですよね。森の奥の方にある広大な敷地に立っているんですが、車なんかと比べるとやっぱり圧倒的でした。それぞれの発電所の関係者が案内してくれるんですが、必ず「安全だ、安全だ」と口をそろえて言うんですよ。でも、言われれば言われるほど、安全じゃないんだろうなと内心では思っていました。「コンクリートの壁が6~8メートルあるから大丈夫です」とか力説するんですが、そこまでしないとダメだということはよっぽど危険なものを取り扱っているということですからね。
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柏崎刈羽原子力発電所(新潟県)
 発電所の近くにはたいてい、渋谷にあった電力館のように、電気がどうやってできるのかとか、レントゲンを撮ったり飛行機に乗るとこれだけ被曝するけど安全ですとか、原子力の安全性をPRする施設があるんです。撮影を始めた当初は僕も知識がなかったので、原子力で発電するっていうのは、魔法みたいに核融合の科学反応で自然に電気ができるのかと思っていたんです。でも実際は、核分裂反応でできた熱でお湯を沸かし、その蒸気でタービンを回して発電する。これって火力発電や水力発電と構造自体は同じなのに、その元となる部分で原子力はすごく複雑なことをして危険なものを閉じ込め、お金も時間もかけて、それで蒸気なのか......と拍子抜けしましたね。 ――この『STILL CRAZY』というタイトルですが、"反原発"的というか、すごく政治的な意味合いが強い気がします。ご本人としては、どういう意図で付けられたんですか? 広川 そのようにも取れますが、実はこれ、ポール・サイモンの「Still Crazy After All These Years」というラブソングから取ったんです。だから「まだゾッコンなんだぜ」という皮肉めいた意味もある。僕はみんなもっと、原発に対して危機意識を持っているんじゃないかと思っていたんですが、発表した当時、大多数の人は無関心でした。それが僕にとっては驚きだった。当時から日本の原発依存度はすごく高かったけれど、ずっと「安全だ、安全だ」と言われていたから、本気で危険だと思っていた人はほとんどいなかったんでしょうね。
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泊原子力発電所(北海道)
――日本では「静かで不気味な写真だ」という意見が多かったそうですが、海外の反応はどうだったんですか? 広川 こういうタイトルだったということもあって、面白がってくれましたね。プリンストン大学の美術館やサンフランシスコにある近代美術館がコレクションしてくれたり、昨年はドイツのステュットガルトで行われた反原発のアートフェスに招待されて写真を展示したんですが、海外の方が評価してくれる人がいるんだなという手ごたえはありました。 ――今回の原発事故を受け、率直にどう思われましたか?  広川 結局、人間が手にするべきではないものをいじってしまったのではないか、という気がするんです。原発は立地にも建設にも時間とお金がかかる。過疎の風光明媚なところに造るということは道路もないので、まずは工事車両が通れるように大きな道路を造るところからはじめなければならない。トンネルを造ったり、海を埋め立てたり、一大開発ですよね。建設地の村にもお金をおとして、反対派を排除して、やっと完成する。でも、それだけのことをやって耐久年数はたった40年なんですよ。さらに今はもう新しいのが造れないからといって、それを60年に延ばそうとかいっていた矢先に今回の事故が起こった。たかだか40年しか動かないのに、わざわざそんな大掛かりなことをやるっていうのは、すごく不自然ですよね。何を言ってるんだ、って話ですよ。それに核廃棄物の半減期は何万年もする。効率が悪すぎますよね。原子力は安いとかなんとかいろいろごまかして推進しようとする人がいますが、どう考えてもおかしいですよ。
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浜岡原子力発電所(静岡県)
 一方で、原発の担当者と話していると、"自分の人生は原発とともにあった"みたいな人がいるんですよ。まず土地を収用するところからはじまって、村の人と馴染むためにお祭りに加わったり、住み着くくらいの勢いでその事業に打ち込む。それで原発が完成すれば、やっぱり感無量なんですよね、やっとできたって。村は村で、年寄りしかいないところに立派な体育館や立派な施設ができても利用する人がいない。だけど雇用が生まれる。もともと出稼ぎくらいしか収入源がなかった場所に、今の若い人たちは生まれたときから原発があるわけで、そこで働くのが憧れみたいになっている。お金にもなるし、そういう循環ができてしまっているわけだから、危ないから今すぐ全部の原発を停めろ、みたいなことは一概には言えない状態になってしまっていますよね。 ――そういうシステムができてしまっている以上、そこから組み替えていって、徐々に徐々になくしていく方向にするしかない、と。そういうお気持ちは当時からあったんですか? 広川 いえ、最近ですね。もう、シロかクロかでは決められない社会状況になってしまった。でも、だからといって前に進まないと何も変っていかないから、改善する方向でいま歩きださないといけないですよね。今現在、ものすごい犠牲を生んでいるわけだし、この事故を契機に考え方を一新しなければならないと思います。僕らの世代やもっと上の世代というのは便利な生活と引き換えに原発を容認してきたわけだから、すごく責任がありますよね。 ――その写真集の発表から17年が経ったわけですが、今回の写真展はどういう経緯で開催が決まったんですか。 広川 3月下旬に有楽町の外国人特派員クラブで写真展をやる予定があったんですが、その準備の最中、震災が起こったんです。もともとは別のプログラムを展示する予定でしたが、今これを見せるべきだと思って『STILL CRAZY』を展示したんです。その時に「一般の人にも公開するべきじゃないか」という意見をいろんな方からいただいて、僕自身ももっといろんな人に見てほしいという気持ちになったんです。ポレポレの本橋成一さんとは以前から面識があって、何かやらないかというお話をいただいていたので、とんとん拍子に話が進みました。 ――どういった人に見に来てほしいですか? 広川 老若男女、ありとあらゆる人ですね。日本で暮らしている以上、これはもう他人ごとではないですからね。 (取材・文=編集部) hirokawsan.jpg ●ひろかわ・たいし 1950年神奈川県生まれ。74年よりフォトグラファーとして活動開始。東京工芸大学芸術学部教授。広告写真、テレビコマーシャルなどで活躍する一方、ザルツブルグ、パリ、ミラノ、アムステルダム、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ヒューストン、シドニー、東京他、世界各都市での個展、美術展への招待出展多数。講談社出版文化賞、ニューヨークADC賞、文部科学大臣賞、経済産業大臣賞、日本写真協会賞、日本映画テレビ技術協会撮影技術賞、A.C.C.ゴールド賞、A.C.C.ベスト撮影賞、他受賞。プリンストン大学美術館、ロサンゼルスカウンティ美術館、サンフランシスコ近代美術館、フランス国立図書館、神戸ファッション美術館、東京都写真美術館、他に作品がコレクションされている。 <http://hirokawa810.com/●写真展『STILL CRAZY Nuclear power plants as seen in Japanese landscapes』 会期:7月26日(火)~8月11日(木)月曜休・入場無料 会場:space&cafe「ポレポレ坐」<http://za.polepoletimes.jp/> 開催時間:火~土 11:30-21:00/日 11:30-18:00(最終日は20:00まで) ・会期中トークショー 日時:7月30日(土)19:00開場/19:30開演 ゲスト:佐伯剛(雑誌「風の旅人」編集長) 8月5日(金)19:00開場/19:30開演 ゲスト:村越としや(写真家)、木橋成一(写真家・映画監督) 料金:予約2,000円/当日2,500円(ワンドリンク付き) ●広川泰士と子供たちの写真展「家族・写真」 会期:7月29日(金)~9月5日(月) 会場:青山ブックセンター本店内・ギャラリー 開催時間: 10:00~22:00(最終日は19:00まで) 問い合わせ:03-5485-5511(青山ブックセンター本店) 広川氏が被災地の相馬市の避難所を訪ね、避難所に暮らす家族を撮影したポートレート作品と被災地の子どもたちにフジフィルムのインスタントカメラ「写ルンです」を渡して撮ってもらったスナップ写真を同時に展示。 <http://www.aoyamabc.co.jp/event/bookfes2011-hirokawa-morimoto/> ・会期中トークショー 広川泰士(写真家)×森本千絵(アートディレクター) 日時:2011年8月9日(火)19:30~21:30(開場19:00~) 会場:青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山 料金:1,200円
STILL CRAZY これが日本の姿。 amazon_associate_logo.jpg
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おっぱい写真家が谷川俊太郎とコラボ 「おっぱいは宇宙構造と同じ!?」

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「僕はおっぱいが好きなんじゃなくて、
女性が好きなだけです」と照れながら語る伴田氏。
「めでさわる ゆびでさわる くちびるでさわる したでさわる あかんぼが そしておとなも」(『mamma まんま』文中より/詩:谷川俊太郎)  作家で写真家の伴田良輔がライフワークにしている、キレイでおしゃれでエッチな"おっぱい写真"。そこに、詩人・谷川俊太郎が35作のポエムを添えた共著『mamma まんま』(徳間書店)が発売された。メークで整えた女性の顔などは一つも写っていない。そこに存在するのは大きさ・形・色・質感の異なる35の、一糸まとわぬおっぱい。それはただそこに在るだけで、女の体に秘められた底知れぬ力や、今まで気付かなかったエロスなどをこちらに語り掛ける。  15年にわたり400人以上のおっぱいを撮り続け、「女性の大切なものを撮らせてもらってるんです」と優しい口調で語る伴田氏に、おっぱいのことだけを1時間語ってもらった。 ――もともとヌードを撮られていたそうですが、おっぱいに寄った写真を撮り始めたきっかけは? 伴田良輔(以下、伴田) 僕が見てグッとくるおっぱいの写真ってなかったんですよね。「週刊宝石」(光文社)でやっていた「あなたのおっぱい見せてください」みたいに、両方のバストを真正面から撮った写真ばかりで。何だか2つの乳房ににらまれてるような恐怖感があって(笑)、あのアングルは好きじゃない。じゃあ、僕が自分で撮影しようじゃないかと。 ――正面だと顔っぽいですもんね。 110405bt_0012.jpg 伴田 それで片方のおっぱいを横から撮影してみた。でも、やっぱりそれだけでは、ずっと見ていると飽きが来るんです。ある日、18歳の美大志望の子を撮らせてもらった時、試しに丸い鏡を脇に挟んでもらって、片方のおっぱいを鏡に映し込んで横側から撮ってみたんです。すると、横から見たおっぱいの美しいラインと、鏡に映る正面のおっぱいが同時に画面に入る魔法のアングルが得られた。15年前のその撮影が、すべての始まりでしたね。おっぱいが鏡の中のおっぱいにささやきかけているような、繊細な感じが出るんですよ。それからは、あふれるように撮り始めましたね。 ――確かに伴田さんの作品には、片方のおっぱいを写した写真が多いですね。 伴田 右にも左にも個性があるので、まずそれぞれ別々に撮らせてもらう。最近は両方を画面に入れる作品も撮りますが、いまだに慣れないんです。赤ん坊も、お母さんのおっぱいを吸う時はどちらか一つを選ぶわけじゃないですか。最初にそういう決断を迫られた人生ですから、片方ずつが宿命なのかもしれませんね(笑)。 ――新刊『mamma まんま』で、谷川俊太郎さんが書き下ろしたおっぱいの詩を、最初に見た時の感想は? 伴田 おっぱいに対してこんなにいろいろな見方があるんだと感動しました。「おっぱいみてると くちのなかが おいしくなるよ」という詩には「そうだ、そうだ」とうなずいたり(笑)。おっぱいの味覚や触覚から、死にゆく兵士が見るおっぱいの幻覚まで、ありとあらゆるおっぱいの光景が、ひらがなの詩になっている。
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『mamma まんま』より(以下、同)
 谷川さんの詩に、世界そのものとセックスするみたいな素晴らしい作品があるんですが(『谷川俊太郎詩選集3』〈集英社〉収録「なんでもおまんこ」のこと)、そういう詩を書いた方ですから(笑)、怖いものは何もないんじゃないかなあ。 ――『mamma まんま』では、すべての詩に英訳が付いていますが、世界中の方に見てもらいたいという思いからですか? 伴田 そうですね。谷川さんの詩はすでに世界中に読者がいますからね。それからやっぱり、誰もが赤ちゃんの時におっぱいを吸っていたわけで、そこに民族の壁はない。男も女も、みんなほ乳類なんですよ。 ――おっぱいで世界が平和になったら素敵ですね! モデルさんは常に公募しているそうですが、どんな方が多いですか? 伴田 最初のころは「もうすぐ30歳になるから、20代の記念に撮ってください」とかいうケースが多かったですね。今はもう僕の作品が本屋さんなどで確認できることもあって、「ああ、これなら撮影してほしい」という方が次々と見つかっています。会社員・学生・主婦も居ますし、みなさん、一般の方です。 ――モデルが見つからない、なんてことはありますか? 伴田 今はないんですが、最初のころは苦労しましたね。知り合いの女性編集者全員に声掛けて、ヒンシュク買ったりしながら(笑)。 ――伴田さんが撮るおっぱいはどれもすごくキレイですが、事前に審査はされてるんですか? 伴田 してないです。というか、審査なんてできないです(笑)。撮らせてもらえる人は全員撮っています。最初のころは、九州にも撮りに行きましたから。 ――おっぱいのために九州まで! おっぱいの撮影は何が魅力なんですか?
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伴田 「どんなおっぱいにも魅力的なアングルがあるはず」というのが僕の考えで、モデルの体の角度を変えてもらいながら一緒に探すんです。「あ、こういうおっぱいにはこういう角度か!」っていう発見が毎回あって、楽しくてしょうがないんです。  発見といえば、10年ほど前、写真を現像してる時に気付いたんですけど、乳輪(乳暈)の点々をたどっていくと、乳首から乳輪の外側に向かって渦を巻いてるんですよ。 ――え!? 円じゃないんですか? 伴田 はい、渦です。はっきり見えない人も多いですが、人によってはキレイに渦を巻いて見えますので、ぜひ自分のおっぱいで確認してみてください。もちろん男性にも当てはまりますよ。 ――それが浸透したら、マンガなどの描写も変わってくるかもしれないですね。 伴田 前に、乳輪を螺旋状に描いてる画家がいるか調べたら、やっぱりほとんどが同心円だった。でもピカソは、何かの素描で渦状に描いてましたね。まあ、宇宙構造も渦を巻いてますから、生命をはぐくむおっぱいの乳輪が渦というのは自然だと思います。おっぱいを撮影しているようで、実は宇宙を撮影している(笑)。まさにミルキー・ウエイ(天の川)を見ているんです。 ――おっぱいで天体観測ですね! (インタビュアー女につき)そんなすごいものが自分に付いていると思うと誇らしいです。ちなみに年齢で言うと、上は何歳くらいの方を撮られたことがありますか? 伴田 僕が撮った最高齢は、56歳のフリー編集者ですね。元スチュワーデスの方で、きれいなおっぱいでした。乳房って、年齢じゃないんです。本当に千差万別、おっぱいはドラマなんですよ。 ――撮影でモデルさんが脱いだ時、まずおっぱいのどんなところを見ますか?
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伴田 いまだにパッとは見られないんです。 ――え!? 400人以上撮ってても、まだ恥ずかしいんですか? 伴田 「待ってました」って感じで見るわけにはいかないでしょ(笑)。撮りながら徐々に見ていく感じですね。 ――おっぱいに慣れてしまったら、伴田さんのような人間味あふれる写真は撮れないのかもしれないですね。 伴田 やっぱり機械的に撮ってるわけじゃないので、一人一人との出会いがあるんですよね。まずその人に出会って、さらにおっぱいを見せてもらうっていう二重の出会いがある。 ――個人的には、どんなおっぱいが好みですか? 伴田 自然なカーブを描くおっぱいがいいですね。中くらいの大きさで......。海外のモデルがよく、おっぱいを整形して上の部分をまんまるに膨らませるじゃないですか。あれが僕には分からない。ものすごく不自然。
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――以前、別のインタビューで「日本のおっぱい"JAPPAI"は、世界に誇るおっぱいに違いない」とおっしゃってましたが。 伴田 "自然さ"という点と、"肌のキメ細かさ"で日本の女性のおっぱいは世界に誇れるんじゃないですか。外国人も撮ったことはあるんですけど、うぶ毛やそばかすが目立ったりして、撮影前のケアが日本人より大変だと思いました。ただ、僕の中でおっぱいに民族的制約はないので、これからは世界の女性のおっぱいも撮っていくと思います。 ――昨年、DVD『ささやくオッパイ~the whisper of breasts~』を発売されましたが、映像作品では、写真とはまた違った難しさがありそうですね。 伴田 そうですね。動きが加わるとつい余計な演出をしてしまいそうになり、うっかりすると普通のエロ動画になってしまう。だからまず、僕は撮影前に"できるだけ何も演出しないこと、おっぱいの自然な動きだけをとらえること"って自分の頭にたたき込みました。世界でもこんなおっぱい映像作品はないと思いますよ。このDVDが好評だったので、今パート2を制作中です。 ――楽しみです! 今日は、おっぱいの話をいっぱいありがとうございました! 伴田 (サイゾー女子編集&ライターの目を見て)おっぱいを撮ってほしいときはいつでも言ってください。撮りましょう! ――......(もごもご)。 (取材・文=林タモツ、撮影=尾藤能暢) ※伴田良輔氏におっぱいを撮ってもらいたい女性は、伴田氏の公式サイト(http://www.handia.jp/)からメールを! ●はんだ・りょうすけ 1954年京都生まれ。編集者を経て作家に。30代から写真も撮り始める。著書に『独身者の科学』(冬樹社)、『20世紀の性表現』(宝島社)、『鏡の国のおっぱい』(二見書房)、『BREASTS 乳房抄/写真篇』(朝日出版社)などがある。脚本・監督を務たたストップモーションと実写による短編映画『アリスマトニカ』が今年初めに完成。神保町の複数のスペースで行われる「路地裏のアリス展」(5/1~5/8)で、主演の等身大人形やオブジェの展示と映画の上映会を予定。詳細はブログにて。 ブログ 「伴田良輔の仕事日記」 <http://smartest.blog103.fc2.com
mamma まんま 穏やかな気持ちになれます。 amazon_associate_logo.jpg
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