昨年12月17日の発表によると、東京電力の2015年3月期の純利益は5,210億円の黒字になる見通しだという。経常利益は前期比2.2倍となる2,270億円。これは火力発電所の定期点検や燃料調達の見直しなどのコスト削減が大きいというが、福島第一原発事故の加害者とあって「儲けてどうするんだ!」というクレームが殺到しているという。 「原発なしで儲かるのなら、川内も柏崎も再稼働するな、廃炉費用に使え、というクレームが多い」とは東電関係者の話。この発表後、通常より電話対応スタッフを増やしたという。 「これだけクレームが殺到したのは、昨年の株主総会以来かもしれない」(同) ただ、東日本大震災以来、東電もクレーム処理には慣れてきたのか、対応がマニュアル化しているとの声もある。 実際にこの利益増について一般消費者として問い合わせてみると、抑揚のない棒読みで「生産性倍増委員会の数字によると」とか「短期の利益だけでなくトータルで決算書を見ていただくとお分かりのように」などと、資料をもとにした回答を延々と延べていた。 これには「同じ質問を別の日にしても別の人がまったく同じ回答をするので、プロのクレーム対応を雇っているとしか思えない」という消費者の声もある。 それを確かめるべく、同じ質問を取材だとして聞いてみると「こちらからかけ直しますので、少々お待ちください」として、返答があったのは約50分後のこと。 「本年度のコスト削減は、当初の予定だと5,716億円でしたが、8,370億円になる見込みで、黒字でないと銀行からの資金調達もままならないのです。どうかご理解をお願いいたします。今後も、できるだけ値上げにならないよう努力していきます」 一般消費者に対するとはまた違った丁寧な回答だった。ただ、利益の使い道を尋ねると「柏崎と川内の原発を再稼働させるための整備をしなくてはなりません」と答えた。 昨年末に永田町で行われていた「原発再稼働反対」のデモでは、活動に参加したメンバーから「設備投資する金があるのなら、少しでも賠償金や被災地の復興に回してくれ!」という叫び声が上がっていた。ただ、原発を推進する自民党の勝利後とあって、寒空の中からは「安倍総理のやり放題だよ」という落胆の声も……。反発の声が消えずとも、クレーム対応要員を増やせる、余裕の東電といった風だ。 (文=ハイセーヤスダ)東京電力本店(c)↑PON from Wikipedia
「5760」タグアーカイブ
東電への抗議として広まる「電気代不払いプロジェクト」
11月26日、東電に続いて関西電力が電気料金の値上げを申請し、九州、東北、北海道、四国各電力も追随する見通しだと報じられた。 3.11の大震災によって起こった福島第一原発での事故以来、当事者である東京電力に対する抗議や批判は続いているが、電気料金を不払いすることによって東電に対して抗議する「電気代不払いプロジェクト」が、一部消費者の間で進められている。 電気代不払いといっても、単に電気代の支払いを拒否するというだけではない。電気料金を払わなければ、電力会社から電気の供給をストップされて、それで終わりである。電力会社はたいしたダメージもなく、不払いした本人の生活に多大な支障を生じるばかりである。 ではどうするのかというと、電力会社が指定してくる期日を超えて、支払いをギリギリまで引き延ばすと同時に、支払いの遅延、つまり一時的な不払いの際に、明確に原発事故に対する抗議の意思を示すのである。いわば、消費者運動におけるボイコットであり、企業におけるストライキやサボタージュなどと同じ性格の行動と理解してよいだろう。 この電気代不払いという手法は、あまり知られていないが、かなり古いものだ。その起源は、昭和初期(1920年代後半頃)に当時の不況から各地で起こった電灯争議において登場したのが最初である。やがて70年代になり、社会運動家で当時は参議院議員だった市川房枝氏が抗議活動として、「電気代1円不払い運動」を展開した。 このように、電気代不払いとは、意外に長い歴史を持つ手法なのである。 抗議行動としての電気代不払いは、具体的には次のような手順で行われる。 まず、東電に連絡して、電気代を銀行口座自動引き落としから振込用紙払いに変更する。すると、東電から電気料金の金額が印刷された振込用紙が郵送されてくる。だが、この用紙はあえて使用せず、郵便局に備え付けの「払込取扱票」を使う。この払込票は、窓口のほかATMでも使用できる。 そして、東電が請求してきた金額よりも1円だけ減額した金額を支払う。その際、払込取扱票の「通信欄」には、1円を減額した理由や東電へ伝えたいこと、例えば 「原発の再稼動に反対する」 「今回の電気料金の値上げには納得できない」 などの文言を書き込む。こうすれば、単なる料金不足や支払い遅延ではなく、抗議活動としての意味合いが明確になる。 すると、しばらくして不払い分の1円について、督促状とともに振込用紙が郵送されてくる。場合によっては、係員が集金に自宅まで訪問してくるケースもある。この1円を支払えば、電気供給を止められることはない。また、1円であれば延滞利息もつかないし、振込手数料も東電が負担することになる。以上が、大まかな「抗議としての電気料金不払い」の手順である。 ●意思を伝え、物理的な抗議にもなる では、こうした行為が、なぜ抗議活動になるのか? まず、通信欄にメッセージを記載することによって、東電に利用者の意思を伝えられる点。次に、1円とはいえ東電の売掛金が増える結果となり、また東電が負担する振込手数料も増える、さらに督促や集金にかかる人件費等の経費もまた増大するので、東電に対する物理的な抗議として働きかけることができる点である。 今回の「電気代不払いプロジェクト」は、埼玉県在住の大畑豊氏(49)が「デモで叫ぶ以外のことでも、電力会社に対して意思表示する方法はないだろうか」と、震災直後から不払いを実行している美術家の大豊亮氏らとともに始めたのがきっかけだという。その後、インターネットなどを通じて呼びかけ、少しずつ広がりを見せている。 去る11月16日、東京・飯田橋のセントラルプラザにおいて、同プロジェクトの交流会が催された。会場には筆者を除いて15名が集まった。参加者は、大畑氏や大富氏のほか、すでに電気代不払いを実行している消費者や、「インターネットで知って興味を持った」という人もみられた。不払いを実行している参加者のなかには、裁判を起こして法廷でこの活動を展開している人もおり、その熱心さがうかがえた。 また、参加者のなかからは「1円過払い」という手法も報告された。方法は、郵便局で支払う際、上記とは逆に、請求金額に1円をプラスして支払うのである。 電力会社は、たとえ1円であっても入金に不足があれば容赦なく電気供給をストップする。だが、請求金額を上回れば、その心配はない。しかし、電力会社は過剰に支払われた金額を利用者に返還しなくてはならない義務が発生する。そのため、不払いと同様に東電は経費と手間をかけて返金しなければならない。その意味でも、電力会社への抗議の意思を示すことができる。 「ただし、電力会社から連絡などがあったら、『原発反対の抗議です』と、意思をはっきりと伝えることが大切です。そうでないと、過払いした1円を単に次回への電気料金に補填されて終わってしまう可能性がありますから」(大豊氏) 重要なのは、この「電気代不払い」というアクションが、東京電力という会社やその従業員を感情的に痛めつけようとか、まして電気代を踏み倒してやろうとかいうものではけっしてないということである。 「あくまで原発に反対するということであって、電気にお金を払いたくないということではありません。原発でつくった電気はいらないということです。その意思を示すための行動です」(大畑氏) 現在、電気代不払いを500名ほどが実行、または何らかの抗議行動を取っているとのことだ。このプロジェクトがどのように展開していくのか、今後も注目に値するといえるだろう。 (文=橋本玉泉) ■おすすめ記事 松嶋、米倉、剛力……イケてる女優のギャラはおいくら? すでに本屋ではない! Amazonで一番売れてるのはお米!? 西友は赤字に…冬のボーナス減で小売り・外食が値下げ消耗戦 日立、東芝…最後の砦・白物家電を浸食する中韓勢との最終戦争 財界が後押しする“安倍総理” 経済ブレーンの面々東京電力本社(「Wikipedia」より)
いまだに東電擁護、原発推進に“ご熱心” 東電労組とは何者?
昨年3月11日の東日本大震災以後、福島第一原発で起きた一連の事故の当事者として、東京電力が世論から猛烈なバッシングを受けている。その原因として、事故当事者という事実に加え、報道などを通じて伝えられた同社幹部の隠ぺい体質、被災者や消費者に対する傲慢不遜な態度などが指摘されている。 そうした中、東京電力労働組合という組織が、原発推進と自社の利益確保に奔走していることはあまり知られていない。 東電労組は1949年に結成された関東配電労働組合を前身とする。そして1951年に東電労組に改称、現在に至る。今日では、組合員数約3万2000人という規模を誇る労組として活動している。 その東電労組だが、あらゆる手を尽くして積極的に原発を推進してきたという経緯がある。 労組が政治団体? もともと東電には、「東京電力労働組合政治連盟」なる政治団体があり、全国各地の地方議会に東電OBを議員として送り込み、さらに多額の献金を行っている。そして、この連盟は、事実上、東電労組と同一の組織である。 電力産業をめぐる癒着や天下りの実態を取材したルポ『日本を滅ぼす電力腐敗』(新人物往来社/三宅勝久)によれば、07年の統一地方選で、この連盟は16名の候補に献金しており、そのうち14名が東電OB、残る2人も東電子会社と東北電力のそれぞれのOBだった。 なぜ、東電の労組が地方議会との関係強化を進めようとするのか? 理由は簡単で、原発立地のためである。原発を新たに建設したり、すでに稼働している原発を維持するためには、地元自治体の了解が不可欠である。全国各地の議会に東電の意にかなう議員が議席を持っていれば、好都合であることはいうまでもない。 こうした政治的工作をはじめとして、東電労組は原発推進のために長年にわたって活動を続けてきた。 いまだに原発推進に余念がない労組 だが、3.11以降、原発に対して世間の見方は一変した。それを受け東電労組は脱原発を打ち出したかというと、そんなことはない。例えば、電力総連機関紙「つばさ」(2011年10月7日号)で、同総連会長で東電労組出身の種岡成一氏は、「原子力は電力供給のためには必要な電源であると認識しています」と発言。同様の発言は東電労組関係者からも多数行われている。東電労組は、相変わらず原発を「次世代のエネルギー」の代表であるとして、擁護し続けているのだ。 以前のように、あからさまに原発推進を派手に喧伝するわけにはいかなくなっている中、東電労組は、東電という組織と利権の擁護に余念がない。 例えば、東電労組の機関紙「同志の礎」(2012年4月15日号)には、「エネルギー政策議論の動向に迫る」と題して、電力自由化や発送電分離についての記事が掲載されている。その内容は、ヨーロッパにおける電力自由化や送電分離の状況を引用し、その影響について解説するというものなのだが、結論として強調されているのは「発送電分離をしても、電気料金が下がるとは限らない」という点である。 これはまさに、東電や電力業界の主張をそのままなぞっているにすぎない。記事では、電力料金値上げの事例ばかりを取り上げ、その他の要因や考えられる可能性などについては一切触れていない。日本国内での電力料金を高止まりにしている原因である「総括原価方式」についてはどこにも記述がなく、さらにPPS(特定規模電気事業者)に関しても一切触れられていない。ただひたすら、 「発送電分離でも消費者にはなんのメリットもない」 と印象付けるような記事に終始している。 業界からも東電労組への批判 こうした東電労組の体質に対する批判も多い。 電力業界関係者は、次のように語る。 「東電労組は、福島第一原発の事故とその事後処理は、我々組合員の努力によって被害が食い止められているなどと、ことあるごとに強調しています。しかし、事故現場の最前線で働いているのは、東電社員とは関係ない派遣労働者ばかりで、東電社員は安全な場所でぬくぬくしているだけです」 ある派遣労働者は、「最も危険な場所で働いている私たちに、東電労組は何もしてくれない」と、怒りをあらわにする。 昔から「優れた企業には優れた労組がある」と言われたが、不誠実が染み付いた体質の東電には、相応の労組が存在しているということなのだろうか。 (文=橋本玉泉) ■「Business Journal」人気記事(一部抜粋) “三流コンビニ”ファミマが初音ミクキャンペーンで起死回生 日系企業NY支社社員が見た、駐在社員のトンデモ実態 紅茶寿司も? 業界首位回転ずし「スシロー」が外資系企業に!? 雑誌や専門書は買えない!? にみる楽天koboの可能性 韓流に続け!? 政府がTV番組の海外売り出しに本腰 大手総合商社MとI、弱小企業を“恫喝”しブランドを乗っ取り!? 「おだてるとスパイクをくれる」韓国人サッカー選手の海外での悪評東電の廣瀬直己社長。(同社の電気料金値上げ
について報じる「週刊ダイヤモンド」
<ダイヤモンド社/5月26日号>より)
元『噂眞』デスクが東電&原子力ムラの"言論妨害"をブッタ斬り!

『噂の女』(幻冬舎)
伝説のスキャンダル雑誌「噂の眞相」の元デスク神林広恵が、ギョーカイの内部情報を拾い上げ、磨きをかけた秘話&提言。
福島第一原発事故から、もうすぐ1年が経つ。膨大な放射線を撒き散らすという大事故を起こしたにもかかわらず、東京電力の体質は変わらない。枝野幸男経産相が公的資金注入の条件として「国が一定の経営権を確保する必要がある」と主張しても、どこ吹く風。経団連を巻き込んで徹底抗戦の姿勢を崩さない。猪瀬直樹東京都副知事が電気料金値上げ方針の根拠公開を何度要請しても、きちんと応じる気配さえないのだ。
さらに、ここにきて、東電、そして原子力ムラの面々は、姑息な"逆襲"まで開始した。それが、NHKが昨年末放映した『追跡!真相ファイル 低線量被ばく「揺らぐ国際基準」』への抗議だ。この番組は国際放射線防護委員会(ICRP)が被爆の発がんリスクの基準設定を政治的な判断で低くしたという事実を関係者の証言などで検証したものだが、これに対し「エネルギー戦略研究会」「日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会」「エネルギー問題に発言する会」という原子力推進3団体、計112人もの人間が名を連ね、NHKに抗議文を送ってきたのだ。これら団体はいずれも外務省の初代原子力課長、元東電幹部、原子力関連企業の大物OB、推進派学者などが名を連ねる、原子力推進OBによる"爺さん"団体である。
彼らは科学的根拠とやらを持ちだして抗議するが、放射線による健康被害に関する議論に、すぐ結論が出ることはない。今回の原発事故のような、放射線の垂れ流しは世界初のこと。健康被害に対して予断を許さないことは間違いなく、原子力推進派がまずすべきは、「原発は安全」と言い切ってきた自らの主張を省みることである。しかし原子力ムラOBたちはこう主張する。「番組は、期待に反し、数々の論旨のすり替え、事実誤認、不都合な情報隠ぺい、根拠薄弱な問題指摘などにより構築された非常に問題の多い内容」だと。
そっくりそのまま、政府、東電、原発ムラの住人どもに返してやりたい文言である。
さらに、番組が海外における原子力発電所と健康被害についてレポートした件について、こう噛みついている。
「がんの具体的な発生状況やその地域の状況を明確にして、なぜその地域の疾病が増加していると言えるのか事実関係を明確にすること無しに、原子力発電所が原因で疾病が増加しているという主張をするのは極めて無責任」「過去においても原子力発電所あるいは再処理工場近傍における白血病過剰発生が指摘されましたが、しかるべき機関が調査を行い原子力施設に関係ないことが解明されてきております」「白血病は自然発生率が10万人に4~5人と少ない疾患で、1万人程度の町村では患者が一人発生しても発生率が跳ね上がり、目立ちやすい」
きっと数年後に福島原発周辺で健康被害が増えたとしても、「原発との因果関係が不明」などと責任回避の論理が繰り返されるであろうことを予感させる文章でもある。そして問題なのは、彼らの抗議方法が文章を送りつけるだけではなかったことだ。
「NHKの番組担当者に連日、抗議に名を連ねたOBたちの一部が面会を求めてくるというのです。抗議文には112人ものOBが名を連ねていて、彼らは実質現役を引退し、時間の有り余る老人たちです。原発利権を漁った面々ですから資金も潤沢。これが入れ替わり立ち代り抗議してくるのですから、たまったものではない」(某放送ジャーナリスト)
まるで圧力団体そのもの。かつて講談社に抗議した幸福の科学の人海戦術、声高に批判を繰り返す総会屋やエセ同和、エセ右翼も真っ青の手法である。現在の原発を大推進し、安全神話を構築した張本人たちの言論妨害ともいえるこの行動。東電幹部同様、あまりに無責任、かつ責任回避が過ぎる。そして翻ればどれほど原発利権がおいしいかも、おのずと浮かび上がってくるのだ。
(文=神林広恵)
「受注金額は言い値で決まる!?」東日本大震災の復興利権に群がるゼネコンの"焼け太り"
「受注金額は言い値で決まる!?」東日本大震災の復興利権に群がるゼネコンの"焼け太り"
「絶対に表じゃ言えないけど大震災は宝くじに当たったようなもの。被災者には悪いけどガッツポーズしたい気分」
そんなとんでもないことを言い出したのは大手ゼネコンの下請け業者だ。昨年12月から本格的に動き出した放射線の除染作業を大規模に引き受けたからである。
福島第一原発から近い汚染地域は国が、離れた地域でも被ばく量が年間1ミリシーベルト以上であれば地方自治体が除染を行なうことになっているが、この1ミリ以上の地域は、現在分かっているだけでも約1万3,000平方キロメートルで、面積でいえば秋田県に相当するほどの広さである。
専門家によれば「すべて1ミリ以下にするというなら、最低でも25年は必要で、その総費用は軽く見積もっただけでも30兆円以上」という。
すでに大成建設や鹿島、大林組などが大規模な除染作業に着手、清水建設や竹中工務店などを含めたゼネコンは一様に増益で、各被災地の下請け土建業者はこの復興バブルに沸いている。
前出の業者は「リスクの高い仕事だということで通常の3~4割増の見積もりが出せる。除染作業は、雨が降ったりすればすぐ線量が高くなって同じ場所でも繰り返し稼げるし、こんな美味しい商売はない。でも、もっとウマいのは手を汚さず中間マージンを搾取する上のゼネコン、割増の分も折半だから、彼らは濡れ手で粟」と話す。
昨年まで国土交通省の地方整備局に勤めていた局員も「高い技術力が必要な除染は、ゼネコンの言い値で受注金額が決まるので各社が競うように群がっている」と復興利権のうまみを証言する。
「そんなゼネコンを後押ししているのが皮肉にも環境にうるさい専門学者や市民団体などで、彼らが放射能汚染の怖さを訴えれば訴えるほど、この仕事への監視が甘くなり、規模が拡大していく。中にはゼネコンから不安をあおるよう頼まれて多額の支援費を受け取っている学者もいる」(同)
こうした復興利権に対しては異を唱えている者もおり、福島で住民と独自の除染活動を続けている環境学の大学教授からは「基本は土を掘って埋める簡単な作業。放射線量を下げる仕事は各自治体でもできるので、何もゼネコンだけに頼る必要はない」という声も出ているのだが、ゼネコンの勢いは止められない。
「できるだけマスコミには危機を煽って騒いでほしい」と前出業者。復興は何より最優先事項であることに違いないのだが、その心理を悪用する"焼け太り"まで許してしまっていいのだろうか。
(文=鈴木雅久)
![]()
2大ワカサギ漁スポットが大打撃! 次々に明るみに出る東京電力の"罪"
東日本大震災から間もなく1年がたとうとしているが、まだまだ解決までにかなりの時間がかかりそうなのが、福島第一原発事故による東京電力の法人・個人に対する損害賠償金の支払いだ。
「昨年末までに、東電が本賠償の支払いで合意したのは、個人・法人などをあわせて約9,200件で、請求件数の2割以下にとどまった。東電は社員のコストカットや資産の売却でなんとか賠償金を捻出しようとしているが、もはや台所は"火の車"で、なかなか請求した個人・法人が納得できる額を支払うことができない」(全国紙社会部記者)
そんな中、ここにきて放射能による被害で大打撃を受けたことで注目されているのが、冬の風物詩・氷上ワカサギ釣りだという。
「赤城大沼(群馬県前橋市)では、県が捕獲したワカサギの安全検査を昨年8~11月の4カ月間で4回行ったが、いずれも1キログラム当たり500ベクレルの暫定基準値を超えるセシウムを検出。例年9~11月にシーズンを迎えるボート釣りが中止されたほか、毎年1月から始まる氷上穴釣りも中止となった。同湖畔の旅館や飲食店はワカサギ釣り愛好家の来店で経営が成り立っているが、果たして来年のシーズンがどうなるのか予測できず、最悪今年と同じ状態になり潰れる店も出てくるだろう。そのため、同所の漁業共同組合は東電に損害賠償を求める方向で固まっているようだ」(民放キー局の情報番組デスク)
そして最近、メディアで取り上げられることが多いのが、群馬県内では赤城大沼と並ぶワカサギ漁スポットとして知られている榛名湖(同高崎市)だが、こちらは"グレーゾーン"のままワカサギ漁を解禁しなかった。
「赤城大沼の検査結果を受け、昨年9月から20回以上漁をしたが、検査に必要な200グラムにあたる約100匹分が1回も獲れなかった。1月28日には早朝から85人以上が氷上で釣り糸を垂らしたが釣れたのは5時間でわずか1匹。この結果を受けワカサギ漁を解禁しないことを決定。湖畔の宿や飲食店は赤城大沼と同じような状態で閑古鳥が鳴いている。榛名湖は赤城もそうだが、放射能が大量に流れ込んだとされる利根川を源流としており、赤城とわずか20キロしか離れていない。そのため、なんらかの形で放射能の影響を受けている可能性が非常に高いが、検査結果がでないことにはどうにもならない。正式な検査結果を受け、こちらの漁協もおそらく東電に損害賠償を請求することになりそう。ただ、こちらの漁業関係者はハッキリとした結果が出ていないにもかかわらず、風評被害がささやかれているため口が重く、まともな取材対応をしてくれないようだ」(同)
またまた新たな東電の罪深さが明るみに出てきてしまったが、ワカサギ漁にかかわって生計を立てる人々の「東電憎し!」という思いはかなり深そうだ。
![]()
電力という利権に群がる腐敗構造を暴くルポ『日本を滅ぼす電力腐敗』

著書『電力腐敗』を手に経済産業省前に立つ
三宅勝久氏。
東日本大震災による福島第一原発事故から8カ月が経過した。いまだ福島の状況は収束の目処もつかず、不安な話題ばかりが聞こえてくる。また、当事者である東京電力は、被災地である福島県およびその周辺や、事故によってさまざまな影響が及んだ人や地域に対して、これまでにどれほどのサポートやケアを行ってきたのか。その点について、具体的な情報はあまり伝えられていない。
なぜ福島は、そして日本は、このような状況になってしまったのか。そもそも、原発は安全な施設なのではなかったのか。地震や津波で揺らぐことなどなかったはずではないのか。そして、地震が多発し、しかも広いとは言いがたい島国である日本に、50基以上もの原発がなぜ存在するのか。
そうした原発の事情に対して疑問を抱いたのが、ジャーナリスト・三宅勝久氏であった。三宅氏が調査を開始すると、政界・官僚・財界ばかりか司法の場までも巻き込んだ、癒着と天下りの構図が浮かび上がってきた。そこには、国益や、公共の利益といった視点はなく、ただ利権に群がる腐敗した醜悪な現実が露骨に巣食っていたのである。それを渾身の筆でまとめたものが、『日本を滅ぼす電力腐敗』(新人物往来社・新人物文庫)である。同書はウェブサイトで公表した記事がベースになっているものの、全編が書き下ろしのルポであり、ほとんどの関係者は実名で生々しく記載されている。
筆者は市民による脱原発集会が行われている、経済産業省前で三宅氏に話を聞いた。三宅氏は天下りというものの実態を「日本を腐敗させている賄賂システム」と指摘。それが、今回の福島やひいては日本を窮地に陥れた元凶であると怒りを露わにする。
そして、「張本人は誰なのか」を明確にすることが重要であると三宅氏は強調する。
「『東京電力』という人はいませんし、『経済産業省』という人もいないですよね。東電や経産省に抗議することも非常に重要なことですが、それだけでは不十分。本当に責任ある人間が組織や団体の中に隠れて、責任を取らないどころか天下りでたっぷり甘い汁を吸っている」(三宅氏)
そして、甘い汁を吸うだけでなく、そうした癒着が放置されることで、安全よりもカネが優先される土壌が作られていく。その結果、いざ不測の事態が起きた場合、危険な状況を押し付けられるのは庶民であり消費者なのである。「危険な状況を作り出した『真犯人』をあぶり出すことが大切」と、三宅氏は繰り返す。
また、その『真犯人をあぶり出す』作業は、「実は誰にでもできる作業」だと三宅氏は言う。
「たとえば、有価証券報告書などを丹念に見ていけば、必ず役員などの素性や経歴が分かります。天下りを追及するのは、ジャーナリストの専売特許ではありません」(三宅氏)
世の中の腐敗や不正を見出すことは、一般市民にも十分できることであり、また重要であると三宅氏は言う。そうした腐敗に目を光らせるための参考書としても、本書は優れた1冊となろう。
(文=橋本玉泉)
当代随一の「封印作品」 安全神話を語り続けた禁断の「原発PR映画」上映会が東大で開催!

いま現在も、福島第一原発周辺は立ち入り禁止になっているが......。
3月11日の東日本大震災から早くも半年。いまだに福島第一原発事故の処理作業は終わらない。日本列島の中に人が立ち入ってはならない禁断の地が形成されるSFのような出来事が、現在進行形で続いている。そんな中、前代未聞の原発PR映画上映会が10月30日に東京大学本郷キャンパスで開催される。
「原子力発電と安全神話―原発PR映画を見る」と題されたこの上映会は、東京大学大学院情報学環などが行っている「記録映画アーカイブ・プロジェクト」の一環。このプロジェクトは、消失したり散逸してしまっている記録映画を、収集・保存・公開し、今後の研究や教育のために役立てようという目的で行われているもので、東京大学大学院情報学環、東京藝術大学大学院映像研究科、東京国立近代美術館フィルムセンターが参画している。
これまでも、ダムの建設を記録した『佐久間ダム』(全3部の超大作記録映画。音楽は、芥川也寸志)というダムマニアにはたまらない作品を上映するなど、忘れ去られつつある傑作記録映画を次々と公開している。
今回の上映会では「原子力発電の推進・普及とPR映画が果たした役割」について議論することを目的に、日本初の商用原子力発電所である茨城県の東海原発の建設を記録した『東海発電所の建設記録』、さらに、原子力発電所の安全対策を解説する『原子力発電所と地震』などが上映される予定だ。
また、1976年に完成直後の福島第一原発を取材し「安全神話」への疑問を投げかけたテレビ・ドキュメンタリー『いま原子力発電は...』も上映される。
上映後には、『いま原子力発電は...』を演出した羽田澄子氏や、社会学者の吉見俊哉氏らによる討論も行われる、盛りだくさんの内容だ。
被爆国であり原子力に対するアレルギーがある日本で「夢のエネルギー」である原発建設を進めるべく、電力会社などは膨大な広報活動を行ってきた。映画のみならず、著名人を用いたり、マンガで分かりやすく解説して、原発がいかに安全かを国民に知らしめる活動は繰り返されてきた。
そのことの是非や、原発の是非は別にして、それらの膨大な広報資料は、今や決して陽の目を見ることはない「封印作品」になってしまった。
今回上映される作品も、電力会社などからしてみれば「なかったことにして欲しい」作品ばかり。この機を逃しては、二度と見ることができないであろうラインアップだ。この時期に、この企画を進めた人々を賞賛するよりほかない。
研究者はもちろんのこと、さまざまなマニアにとっても垂涎の作品群であることは間違いない。しかしながら、会場の定員は180名とやや少なめである。早めの申込みをオススメする。
●記録映画アーカイブ・プロジェクト第7回ワークショップ
「原子力発電と安全神話―原発PR映画を見る」
日時:2011年10月30日(日) 13:30-17:30(開場は13:00)
場所:東京大学本郷キャンパス(赤門横)
福武ホール・ラーニングシアター(B2F)
主催:東京大学大学院情報学環(記録映画アーカイブ・プロジェクト)
入場無料・HPにて事前登録制
<http://www.kirokueiga-archive.com/event/index.html>
日本一有名になってしまった村・飯舘村村長が綴った"までい"な暮らし

『美しい村に放射能が降った
~飯舘村長・決断と覚悟の120日~』
(ワニブックスPLUS新書)
前例のない原発事故が多くの人々を混乱させている。右往左往する政府や自治体、東京電力、原子力安全・保安院、そして学者や知識人、言論人と呼ばれる人々も例外ではない。ある人は「不謹慎であるけども」という前置きをしながら「原発は現代アートみたいなもの」と皮肉っていた。受け取る側の解釈一つによって、同じ数字が「ただちに健康に影響はない」ものであると同時に「今すぐに避難しなければならない」ものとなってしまう。
ホットスポットであることが判明し、計画的避難区域に認定された福島県相馬郡飯舘村。わずか人口6,000人あまりの小さな村は、突如として日本でいちばん有名な村となってしまった。この村の村長である菅野典雄氏による手記『美しい村に放射能が降った ~飯舘村長・決断と覚悟の120日~』(ワニブックスPLUS新書)が発売された。
阿武隈高地の北部に位置する飯舘村を、3月11日以前に知っていた人はどれほどいただろうか? 美しい自然とおいしい農作物、人間味あふれる人々。「平凡な日本の美しい田舎」と菅野氏が表現するように、そこは数ある小村の一つでしかなかった。本書には、この飯舘村を豊かにするために村長として奔走した彼の日々が綴られている。村の女性たちを海外に送り出す「『若妻の翼』プロジェクト」や、男性の育児休暇促進のために制定した「パパクォーター制度」など、そこには菅野氏が飯舘村のために全力を尽くしてきた歴史があった。
そんな飯舘村の歴史を象徴するような言葉が、「までい」という方言だ。
「真手」、つまり両手が揃った状態のことであり、「丁寧に」「心を込めて」といったニュアンスのこの言葉。それにあやかり、村長は村の生活を「までいライフ」と表現する。飯舘村では村人たちがともに支え合いながら楽しく、美しく、心安らかに歩んでいける暮らしを目指していた。
しかし、3月11日、村を大地震が襲い、降り出した雪とともに放射能が舞い降りた。
住民たちは避難する者、取り残される者、あるいはこの村に残ることを決める者とに分かれた。村長は村に留まることを決意し、「村を残すこと」を最大の目標とする。「放射能の害よりも避難の害の方が大きい場合だってある」と本書で綴っているように、村人にとって、故郷としての村を残すことは、命と同じくらい重要なことだった。
4月11日、計画的避難区域に指定され、1カ月を目安に全村避難を迫られるも、なかなか避難は進まない。避難にあたり、村長が政府に対して粘り強く交渉を続けていたためだ。そのような村長の行動は、「命を危険に晒すな」といった批判を全国から集めた。確かにその批判は正論かもしれない。しかし、避難"後"の村を考えた場合、村人たちの生活を守ることもまた村長としての重要な仕事だった。
6月22日、飯舘村役場は福島市役所飯野支所に開設され、一部の老人ホームや事業所を除き、避難は完了。この避難にあたり、村長は飯舘村に戻るまでの時間を「2年間」と明言した。しかし、この8月にも新たにプルトニウム239の親核種であるネプツニウム239が数千ベクレル検出され、その状況が絶望的であることが改めて明らかとなってしまった飯舘村。本当に「2年間」で村民たちが村に戻ることができるかは定かではない。しかし、村人たちの希望をつなぎ止めるためには「2年間」という約束が必要だった。この数字には、村長の村人に対する「までい」な気持ちが表れている。
『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)で一躍時の人となった社会学者の開沼博氏は、当サイトのインタビューで以下のように語った。
「何か原発について声を大にして主張したがる人に読んでいただければと思います。主張するなと言っているのではありません。その気持ちが圧倒的な「善意」に基づくという自覚があったとしても、実は知らぬ間に暴力や抑圧に転化してしまっていることを受け止めなければならない」
原発事故は、それぞれの立場の違いを浮き彫りにした。東京に住んでいる人/福島に住んでいる人、原発に関連のある人/原発とは無関連の人、子どもがいる人/いない人、それぞれの立場によってそれぞれの正論が存在する。今必要なのは、その正論を別の立場から批判することではなく、立場の違いを尊重しながら、他人の言葉に耳を澄ますことではないだろうか。
「村を守る」ことを仕事とする、菅野村長の言葉に静かに耳を澄ませてみると、東京では想像できない飯舘村の「までい」な暮らしが広がってくる。
(文=萩原雄太[かもめマシーン]
●かんの・のりお
1946年、現・飯舘村生まれ。70年帯広畜産大学草地学科卒業。酪農を営み、乳牛60頭を飼うかたわら、89年から7年間、飯舘村公民館の嘱託館長を勤める。96年10月、村長選挙で当選し、第5代目飯館村村長に就任、以来4期連続で勤める。合併しない「自主自立の村づくり」を進め、小規模自治体の良さを活かした子育て支援や環境保全活動、定住支援などユニークな施策で知られる。「丁寧に、心を込めて、大切に」という意味の方言から取った「までいライフ」を村の暮らしのモットーに掲げる。







