
震災から2カ月を経た昨年5月15日、Twitterを中心に、NHKで放送されたある番組が話題となった。ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2
か月~』。元理化学研究所の岡野眞治博士や元独立行政法人労働安全衛生総合研究所の研究官・木村真三博士らの全面的な協力の下、福島県内の2,000キロに及ぶ道路を測定したこの番組。専門家と共に調査された詳細なデータから、福島で進行する放射能汚染の現状を紹介した。この番組によって、ホットスポットとして知られる浪江町赤宇木地区の現状が映し出され、政府の指定した緊急時避難準備区域である30キロ圏の外側も、必ずしも安全ではないという事実を教えた。
文化庁芸術祭賞、早稲田ジャーナリズム大賞、日本ジャーナリスト会議大賞など、数々の賞を贈られたこの番組はシリーズ化され、現在までに『海のホットスポットを追う』『子どもたちを被ばくから守るために』などを放映。震災から1年となる2012年3月11日にはシリーズ5作目として『埋もれた初期被ばくを追え』と題した弘前大学による事故初期の甲状腺調査や、気象シミュレーションによる各地のヨウ素131の濃度が紹介される。
そして、この番組の制作者たちの手記が集められた『ホットスポット ネットワークでつくる放射能汚染地図』(NHK ETV特集取材班・講談社刊)が刊行された。これは、原発事故の真実を追いかけたドキュメンタリーの裏側を明かす1冊である。
番組制作の中心を担ったのはディレクターの七沢潔氏。『チェルノブイリ・隠された事故報告』『放射能 食糧汚染~チェルノブイリ事故・2年目の秋~』『原発立地はこうして進む 奥能登・土地攻防戦』など、原子力に関連した良質なテレビドキュメンタリーをつくってきた人物として知られている。しかし、東海村JOC臨海事故を取材した『東海村 臨界事故への道』を制作直後、放送文化研究所に異動。その後は番組制作の現場から遠ざかってしまった。国内の原子力問題を追求したことが仇となり、閑職へ追いやられてしまったのだ。
だが、福島第一原発事故は七沢を必要とした。原発を特集したドキュメンタリーを企画した大森淳郎チーフディレクターは、七沢の携帯電話を鳴らす。「やっぱりあんたに来てもらいたい」。
この番組でスタッフと共に、各地の詳細な放射線量を計測した木村博士もまたリスクを背負って参加をした人物だ。厚生労働省が所轄する労働安全衛生総合研究所研究員だった当時、「パニックを防ぐ」という名目で、同所には厳しい研究規制が敷かれていた。「行動は本省並びに研究所の指示に従うこと。勝手な行動は慎んでください」そのメールを受け取り、彼は辞表を書いた。翌日、番組の打ち合わせに出席し、彼は七沢らと共に福島へ向かう車に乗り込んだ。
今年86歳を迎える岡野博士にとって、長距離の移動だけでも体力的には無理がある。さらに、低血糖症であるため、1時間に1度ブドウ糖を補給しなければ身体がまったく動かなくなってしまうという症状を抱えていた。しかし、岡野博士もまた、妻の郁子さんと共に現地取材班に合流し、福島で彼オリジナルの測定器を操った。
ほかのスタッフたちにもさまざまな物語がある。放射線を浴びるかもしれないという危険だけでなく、それぞれがリスクを抱えていたのだ。
なぜ、彼らはそのようなリスクを背負ってまで福島に向かったのか。七沢は、それまでの原発取材の経験からこのように記している。「原発と、それを押し進める巨大な体制に根こそぎにされ、人生を奪われた人々を取材するにつけ、その行き場のない怒りと悲しみを知り、解決できない現実から逃れることができなくなった」
放送後、苦労の甲斐あって番組は高く評価された。しかし制作当時、この番組はNHK局内から冷ややかな視線が送られていたという。局内のルールとして30キロ圏内での取材が規制されていたにもかかわらず、彼らはその規則を破った。番組内容を聞きつけた上層部は「偏向しているのではないか」と危惧し、当初4月3日の放送を予定していた番組は5月に延期された。チーフプロデューサーの増田秀樹は「放送ができなかったら切腹では済まされない」と思いつめた。この番組の評価を考えれば、今では考えられないことばかりだ。
しかし、彼らは番組を制作し、社会に対して大きなインパクトを与えた。放送終了後、電話やメールなどで1,000件以上の再放送希望が寄せられ、NHKオンデマンドでは大河ドラマを凌ぐリクエストが集中した。
増田は、本書にこう寄せる。
「私たちは報道機関の端くれとして『事実を取材して伝える』という当たり前の仕事を、当たり前にやっただけで何も特別なことはしていない。山奥に置き忘れられていた非常用電源のようなもので、たまたま水没を免れ稼働を続けたに過ぎなかった」
この“非常用電源”が機能していなかったならば、福島第一原発と同様、メディアもまた暴走を続けてしまっていたかもしれない。『ネットワークでつくる放射能汚染地図』という番組は、日本にもまだ信頼できるメディアが存在しており、正しい情報を与えてくれるということを人々に確認させてくれた。
七沢はあとがきに記す。
「この本では通常の番組本では書かれない機微な舞台裏も描かれている。それはNHKという組織内の状況も含め、番組が制作され、放送にまで至ったプロセスを描かなければ、原発事故直後、日本中が『金縛り』にあったかのような精神状況、メディア状況下で作られた番組のメイキングドキュメントにはならない。(中略)有事になると、組織に生きる人々が思考停止となり間違いを犯すことも含めて描かなければ、後世に残す3.11の記録とはならないと考えたのである」
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
●ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図5 埋もれた初期被ばくを追え』
3月11日(日)夜10時~
<http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0311.html>
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震災2週間後の被災地を映した『311』 テーマは現代人が感じる"後ろめたさ"

ドキュメンタリー映画『311』。森達也をはじめとする4人の映像作家
たちがビデオカメラを手に、福島、宮城、岩手の被災地をめぐる。
(c)森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治
"誰も、見たくなかったはずのドキュメンタリー。"が劇場公開される。4人の映像作家たちによる共同監督作『311』がそれだ。2011年3月11日に発生した東日本大震災を題材にしたものだが、その内容が賛否を呼んでいる。山形国際ドキュメンタリー映画祭、釜山国際映画祭で先行上映されただけにも関わらず、「映画芸術」の2011年日本映画ワーストテン第12位にランキングされているほど。『A』(98)、『A2』(01)でオウム真理教をめぐるマスコミや警察の異常さと周辺住民の戸惑いを描いた森達也、戦場ジャーナリストとして知られる綿井健陽、ビルマ戦線に送られた未帰還兵たちを追った『花と兵隊』(09)の新鋭・松林要樹、『A』『A2』のプロデューサーである安岡卓治の4人が、映画を撮るという目的意識のないまま、被災地の様子を確かめに行こうと1台の車に同乗して出発。被災から2週間が経過した浪江町、大船渡、仙台、陸前高田、石巻......をビデオカメラを回しながら北上していく。作品にするという明確な意識を持たずに4人が撮った映像は、テレビや新聞・雑誌でイヤというほど被災地の光景を見てきたはずである安全な場所にいた人間に衝撃を与える。マスメディアで流れていた映像や写真は、あくまでもメディア側によって選択され、ろ過され、切り取られていたものであったことを思い知らされる。さらに遺体を運ぶ様子にカメラを向けていた彼らは、被災者のひとりから角材を投げつけられ、カメラを弾き飛ばされる。同じ場所にいた新聞記者からは「恥ずかしいよ」と罵られる。カメラを回しているうちに、次第にハイになっていくジャーナリストの業までも映し込んだ毒々しい内容なのだ。
都内では初となる『311』の上映が、2月8日に「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」のプログラムとして行われた。上映後に4人の監督たちが揃って観客との質疑応答の場を開いたが、『A2』以降は劇場作品から遠ざかり、作家活動をメーンにしていた森達也のコメントが際立っていた。彼の言葉を中心に伝えよう。

『A2』(02)以降は作家活動を中心にして
いた森達也。著書『A3』(集英社インター
ナショナル)が2011年講談社ノンフィクション
賞を受賞。
森 「映画の中でも言っていますが、そもそも映画にするつもりはなかった。東京に戻ってから撮ってきた素材を繋ぐとは聞いたけど、形にならないだろうと思ってました。映画にしようというモチベーションがないままに撮っていましたし、共同監督なんて本来ありえないですよ。ドキュメンタリーは自分を出すものだと思ってますから。今回は安岡の策略に乗せられた感じで、映画を完成させた実感は湧かないです。実感のないものを劇場公開していいのかという葛藤はあるんですが、試しに幾つかの映画祭で上映したところ、反響がすごい。いい意味でも悪い意味でも。これはもう作品がひとり歩きしてるなと。作品を観たみなさんから意見、感想、質問を投げ掛けてほしい。それを含めた作品だと思う。まだ作品は終わってない気がします」
伝説のドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』(87)の助監督をつとめ、平野勝之監督の『由美香』(97)ほか数多くのインディペンデント作品をプロデュースしてきた安岡卓治にとっても本作は特殊な作品であるようだ。

数多くのインディペンデント映画をプロデュ
ースしてきた安岡卓治。日本映画学校ではドキュ
メンタリーのゼミを担当し、若手作家を育てた。
安岡 「4人で被災地を6日間一緒に回り、それぞれの視点で撮ったものです。編集はボクがやったんですが、4人がそれぞれどのような視点で被災地を見ていたのか自分が知りたくなったからです。6日間、ボクらは常軌を逸していた。精神状態はまともじゃなかった。必死になって撮っていたけど、それが何を伝えられるかというと、そこまでには達していない。ボク自身がカメラを回していて感じたのは、ある種の無力感、喪失感でした。『自分に何ができるのか』と自問自答した6日間でした。それで他の3人と6日間どんな話をしていたのか整理するつもりで編集したんです。これまで自分が参加してきたドキュメンタリー作品とは異なる組み方でした。いつものドキュメンタリーとは違うものができている手応えは感じたんです。『被災地に行って何ができたのか?』と問われれば、何もできませんでした。でも、自分たちが現実と向き合ったことで生じた変化や、カメラを持つ人間が背負う狂気や原罪みたいなものが映っているんじゃないか。それが、編集作業を一段落させたときの実感でした。取材する側の問題提起になるかという気持ちで映画祭に出品したんです」
森達也は3.11以降に感じる"後ろめたさ"が本作のキーワードだと言う。肝になる部分なので、少し長くなるが彼の言葉に着目したい。

ビデオジャーナリストの綿井健陽。戦時下の
イラクを撮影取材した『Little Birds イラク
戦火の家族たち』(05)が劇場公開されて
いる。
森 「去年の3月11日、ボクは六本木にいたんです。地方のディレクターやプロデューサーたちと一緒にいて、携帯電話も繋がらないし交通機関も動いていないので、居酒屋でさんざん飲んでベロンベロンになってました。深夜になってようやくテレビを見て、初めて津波の被害のスゴさを知り、驚きました。大勢の方たちが亡くなったとき、自分は数100kmしか離れていないのに酔っぱらっていたんです。翌朝以降もテレビを見ては落ち込んでいました。鬱病みたいな状態でした。現地に行った取材者は遺族の方たちに『今のお気持ちは?』と尋ねるわけです。バカですよ。でも聞かないことには何も始まらない。普段からメディアの仕事をしていて、事件や事故が起きれば現場へ行く。不幸を撮りに行くわけです。それが仕事なのに、そのことをごまかしてきた。でも、今回は規模が大きすぎるんです。見渡す限りガレキの山で、遺体があり、被災者がいる。ボクだけでなく、ほとんどのメディア関係者が呆然と立ち尽くしていました。一体、何を聞けばいいのか? そもそも何をしに来たのか? その"後ろめたさ"は震災以降、多くの日本人が感じていること。ボクらは生きて、毎日息を吸って、美味しいものを食べて暮らしている。でも、彼らは流されてしまった。何が違ったのか? 何も違いません。今回だけじゃないんです。世界では戦争もあるし飢饉もある。毎日大勢の人たちが泣きながら亡くなっている。そのことを大変だなと思いつつも、しようがないと思ってきた。だが3.11以降、自分の冷酷さに気づいた。後ろめたいんです。つまり、後ろめたさがキーワードです。後ろめたさが辛いので、ごまかしたくなる。で、どうするかというと、『日本はひとつ』『がんばれニッポン』『絆』とかに行っちゃう。そっちに行っちゃダメなんです。この後ろめたい想いを今しっかり見つめないと。テーマは語るものではありません。今言ったことは忘れてください。映画から感じてください」
■隠された遺体と取材という名の暴力
今回、自宅に引きこもっていた森達也を被災地へと誘ったビデオジャーナリストの綿井健陽は、"後ろめたさ"についてこう語る。

最年少(1979年生まれ)の松林要樹。原発
事故による被災者たちの生活を密着取材した
『相馬看花 第1部奪われた土地の記憶』が
初夏に公開予定。
綿井 「ボクはこの4人の中でいちばん後ろめたさが薄いように思います。つまり、イラクやアフガンで戦場取材をしています。遺体とか、いっぱい撮ってきました。これまでは、それが普通だったんです。それが今回の震災で日本のメディア状況を見ていると、完全に遺体が消えていた。消えたというより、消されていた。テレビもそうだし、新聞もそう。フライデーみたいな写真誌ですらそうでした。ブルーシートを掛けられた遺体や棺の写真はありましたが、生の遺体はありませんでした。一律に消えていたことが気持ち悪く、何なんだろうと現地でずっと考えていました。後ろめたさで言えば、自分があまりにも原発のことを知らなすぎることに、今回初めて福島へ行ったことで気づきました。放射能の怖さを知った。ボクは映像ジャーナリストなので、何か起きるとパッとカメラを回す。ある種の放射能ハイになっている部分に後から気づきましたね」
目的意識のないまま被災地に向かったはずの4人だが、ジャーナリストとしての習性からカメラを回しているうちに、次第に被災地の状況を自分たちなりのカメラ目線で記録しようという気持ちが芽生え始める。観客からの「どの時点から、作品にしようと考え始めたのか?」と質問され、森達也の「4人で意見が異なると思う」という言葉を継いで、綿井健陽と4人の中で最年少の松林要樹がこう答えた。
綿井 「森さんと安岡さんといえば、『A』『A2』のコンビ。2人の新作が見たいという気持ちが客観的にあった。最初はやる気がなく、ビデオカメラを脇に置いていた森さんが、途中からスイッチが入ってカメラを回し始めた。その様子をボクが後ろから撮ったんです」

「座・高円寺」で行われた上映会の模様。『A』
『A2』のコンビである森達也、安岡卓治の2人の
やりとりがふるっていた。
松林 「大川小に入るくらいから、遺体捜索をしている遺族に同行取材している森さんが絵になるのが分かった。というか今回の映像を作品にするなら、森さんを撮らないことには形にならないと思いました。それで森さんをメーンにして撮ろうと考え、森さんにピンマイクをボクから付けさせてもらったんです」
『311』の終盤、見つかった遺体を運ぶ様子をカメラで追っていた一行は、被災者のひとりから不快感、不信感から角材を投げつけられる。森達也はその男性と向き合い「申し訳ないと思う。でも撮影はやめない」と押し問答になる。ここで、安岡卓治は今回の映像はドキュメンタリー作品にするつもりであること、撮った映像は後日見せることを口にし、連絡先を交換する。4人の中に明確に目的意識が植え付けられた瞬間だ。被災者であり自身の家族も失っていたこの男性に、『311』の完成後に安岡卓治は約束通り連絡を取り、他の3人も同行する形で映像を見せ、了解を得ている。森達也はこのことについて、最後まで反対だったと語った。
森 「カメラで撮ることには加害性があります。ボクは、あの人にもコンセンサスを取る必要はなかったと思っています。ドキュメンタリーを撮るんだったら、コンセンサスを取れないことはいくらでもあるんです。そういうものをボクは映像素材にしてきた。暴力行為ですよ。そもそも、そうやってきた。今回、あの人にだけコンセンサスを取るのはフェアじゃない。やるんだったら、すべて傷つけるんだという気持ちがあった。加害性があるのは当たり前だし、常々それは思ってきました」
『311』を見終えると、どんよりとした気分に襲われる。映画にしなくてはいけないという義務感、本当に映画になるのだろうかという自分たちへの猜疑心、この6日間はなんだったんだろうかという虚脱感......、混沌とした感情を抱えたまま、男たちが引き揚げていく姿で作品は終わりを告げる。『311』には被災地に今後どのように対応すべきかといった答えは明示されない。だが、映画にはソフィスティケートされたエンターテインメント作品がある一方で、テレビでは放映されない毒薬的なまがまがしさがあることを認識させる。そして、そのまがまがしさとは人間自身から生まれたものでもある。最後も森達也のコメントで締めよう。
森 「ネットを見たら、遺体を探してる映画という評判が広まっているみたいですね。『遺体を使って、金儲けする。こいつら鬼畜だ』と。待ってましたね、こういう反応を(笑)。この作品は賛否両論あるから公開しようと思ったんです。賛だけなら公開しないし、否だけでもイヤです。遺体を使ってお金儲けしようとしているということですが、ドキュメンタリー映画はヒットしても儲けはないですよ。儲けたいなら、他のことをやります。ただ、みんなに観てほしいんです。観終わった後は、称賛でも罵倒でもいいんです。ひとりでも多くの人に観てほしい。それ以上でも以下でもないんです」
『311』は3月3日(土)からオーディトリウム渋谷、ユーロスペースの2館で一般公開が始まる。全国での順次公開が予定されているが、東北エリアの映画館からの上映オファーは現在届いていない。
(取材・文=長野辰次)
『311』
監督/森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治 配給/東風 3月3日(土)よりオーディトリウム渋谷、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開 <http://docs311.jp>
「怒りの声をあげられない人の声を代弁する」福島市住職のたった一人の闘い

『原発事故さえなければ通信』
福島市の住職が発行している無料冊子『原発事故さえなければ通信』が話題を呼んでいる。これは、曹洞宗・補陀落山圓通禅寺の住職・吉岡棟憲氏が原発事故に対する政府や東電のずさんな対応や、福島の風評被害に対しての怒りをストレートにぶつけた冊子で、昨年11月15日に第1号が発行。当初は4,000部の配布予定だったものの、各方面で話題になり、増刷して1万2,000部まで部数を伸ばしたという。
創刊の辞で、吉岡住職はこう記す。
「原発事故はかけがえのない自然を破壊し、罪のない生き物を殺生し、未来を託すべき子どもたちを県外へ追いやりました。これだけの大罪を犯しながら、東電や国の対応はあまりにも無責任極まりなく憤りだけが募っています。『原発事故さえなければ普通の生活が送れたのに』この思いの中で苦しみの日々を過す福島の実情を知って下さい」
その憤りがそのまま紙面に現れた『原発事故さえなければ通信』。4ページ構成のとても小さな冊子だが、進まない賠償や、深刻な風評被害、過酷な避難の実態、加害者である政府・東電に対する提言の数々が記されている。第2号となる1月1日発行号では、2011年の漢字として「絆」ではなく「嘘」を掲載した。
「『露骨すぎる』と注意をされたことはありますし、『危ない』と心配されることもしばしばです。けれども、責任は全部自分で取るから大丈夫。記事もすべてひとりで書いています」
われわれの取材に対して淡々と説明する吉岡住職だが、彼が背負っているリスクは尋常のものではないだろう。
寺院のほかに「福島ルンビニ幼稚園」を運営する圓通禅寺。原発事故は、その経営にも深刻な影響を与えている。
「220人の園児のうち、避難のために40人が退園しました。来年度の入園者は例年のおよそ半数。現在、福島市の20の私立幼稚園で東電に対して損害賠償の請求を行っていますが、原発から60km離れた福島市に対して東電の対応は冷淡です」
また、住民にとっても、原発事故は背負いきれないストレスとなって背中にのしかかる。吉岡住職によれば、周囲にも精神的にダウンしてしまう人がとても多いという。
「現時点で現れている原発事故の恐ろしさは、放射能ではなく、ストレス。だからこそ、私が強い憤りを表明することで、少しでも読者の気晴らしになればという気持ちもあります」
■東電の本音は「1円も払いたくない」
わずかな額のカンパは寄せられるものの、印刷費用のほとんどは吉岡住職の自己負担。印刷費は1冊40円ということで、1回の発行で数十万円が消えていく。そのような犠牲を払ってまで発行する使命感の源泉はどこにあるのだろうか?
「福島では、苦しんでいるにもかかわらず、声をあげられない人も多い。そんな人の声を代弁するのは、僧侶の役割なんです。お金のことには構っていられません」
キッパリとしたその回答には、厳しい修行で有名な曹洞宗の僧侶らしい、凛とした意志を感じる。
「本当の願いは元の福島を返してほしい。美しい自然に囲まれた故郷はすべて消えてしまった。それを元に戻してほしいです」
しかし、こちらが言葉を継ごうとした瞬間に「......ただ、それはあまりにも非現実的すぎますよね」と、吉岡住職の言葉はトーンダウンする。
「だから、保障・賠償をしてほしいし、真摯に対応をしてほしいんです。東電は賠償請求のために2,000人の人員をあてていますが、彼らの仕事は迅速な賠償金の支払いではなく被災者からの不正請求の防止。やはり、賠償金を1円も支払いたくないというのが東電の本音なのでしょうね......」
では、県外にいるわれわれが、彼らを支えるためにできることとは何だろうか?
「政府や東電の責任を追求するためには、世論の形成が重要です。日本中で、原発事故を終わったことにせず、しっかりと責任を突き止める機運を高めてほしいです」
次号は震災から1年となる3月11日の発行。その中で、吉岡住職はある提言を行っている。
「現在、福島の人間が苦しめられているのが風評被害。そこで、東電社員や国家公務員に対する給与の1割を『福島クーポン』というような形で支払ってはどうかと提言しています。それを使って、福島に宿泊し、福島県産の食材を買ってほしい。安心・安全と口先だけで言うのではなく、社員自らが行動で示してくれれば風評被害の緩和につながります」
"冷温停止状態"になろうとも、いまだ多くの問題を残したままの原発事故。声にならない声を代弁するために、吉岡住職の戦いは続く。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
「受注金額は言い値で決まる!?」東日本大震災の復興利権に群がるゼネコンの"焼け太り"
「受注金額は言い値で決まる!?」東日本大震災の復興利権に群がるゼネコンの"焼け太り"
「絶対に表じゃ言えないけど大震災は宝くじに当たったようなもの。被災者には悪いけどガッツポーズしたい気分」
そんなとんでもないことを言い出したのは大手ゼネコンの下請け業者だ。昨年12月から本格的に動き出した放射線の除染作業を大規模に引き受けたからである。
福島第一原発から近い汚染地域は国が、離れた地域でも被ばく量が年間1ミリシーベルト以上であれば地方自治体が除染を行なうことになっているが、この1ミリ以上の地域は、現在分かっているだけでも約1万3,000平方キロメートルで、面積でいえば秋田県に相当するほどの広さである。
専門家によれば「すべて1ミリ以下にするというなら、最低でも25年は必要で、その総費用は軽く見積もっただけでも30兆円以上」という。
すでに大成建設や鹿島、大林組などが大規模な除染作業に着手、清水建設や竹中工務店などを含めたゼネコンは一様に増益で、各被災地の下請け土建業者はこの復興バブルに沸いている。
前出の業者は「リスクの高い仕事だということで通常の3~4割増の見積もりが出せる。除染作業は、雨が降ったりすればすぐ線量が高くなって同じ場所でも繰り返し稼げるし、こんな美味しい商売はない。でも、もっとウマいのは手を汚さず中間マージンを搾取する上のゼネコン、割増の分も折半だから、彼らは濡れ手で粟」と話す。
昨年まで国土交通省の地方整備局に勤めていた局員も「高い技術力が必要な除染は、ゼネコンの言い値で受注金額が決まるので各社が競うように群がっている」と復興利権のうまみを証言する。
「そんなゼネコンを後押ししているのが皮肉にも環境にうるさい専門学者や市民団体などで、彼らが放射能汚染の怖さを訴えれば訴えるほど、この仕事への監視が甘くなり、規模が拡大していく。中にはゼネコンから不安をあおるよう頼まれて多額の支援費を受け取っている学者もいる」(同)
こうした復興利権に対しては異を唱えている者もおり、福島で住民と独自の除染活動を続けている環境学の大学教授からは「基本は土を掘って埋める簡単な作業。放射線量を下げる仕事は各自治体でもできるので、何もゼネコンだけに頼る必要はない」という声も出ているのだが、ゼネコンの勢いは止められない。
「できるだけマスコミには危機を煽って騒いでほしい」と前出業者。復興は何より最優先事項であることに違いないのだが、その心理を悪用する"焼け太り"まで許してしまっていいのだろうか。
(文=鈴木雅久)
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2大ワカサギ漁スポットが大打撃! 次々に明るみに出る東京電力の"罪"
東日本大震災から間もなく1年がたとうとしているが、まだまだ解決までにかなりの時間がかかりそうなのが、福島第一原発事故による東京電力の法人・個人に対する損害賠償金の支払いだ。
「昨年末までに、東電が本賠償の支払いで合意したのは、個人・法人などをあわせて約9,200件で、請求件数の2割以下にとどまった。東電は社員のコストカットや資産の売却でなんとか賠償金を捻出しようとしているが、もはや台所は"火の車"で、なかなか請求した個人・法人が納得できる額を支払うことができない」(全国紙社会部記者)
そんな中、ここにきて放射能による被害で大打撃を受けたことで注目されているのが、冬の風物詩・氷上ワカサギ釣りだという。
「赤城大沼(群馬県前橋市)では、県が捕獲したワカサギの安全検査を昨年8~11月の4カ月間で4回行ったが、いずれも1キログラム当たり500ベクレルの暫定基準値を超えるセシウムを検出。例年9~11月にシーズンを迎えるボート釣りが中止されたほか、毎年1月から始まる氷上穴釣りも中止となった。同湖畔の旅館や飲食店はワカサギ釣り愛好家の来店で経営が成り立っているが、果たして来年のシーズンがどうなるのか予測できず、最悪今年と同じ状態になり潰れる店も出てくるだろう。そのため、同所の漁業共同組合は東電に損害賠償を求める方向で固まっているようだ」(民放キー局の情報番組デスク)
そして最近、メディアで取り上げられることが多いのが、群馬県内では赤城大沼と並ぶワカサギ漁スポットとして知られている榛名湖(同高崎市)だが、こちらは"グレーゾーン"のままワカサギ漁を解禁しなかった。
「赤城大沼の検査結果を受け、昨年9月から20回以上漁をしたが、検査に必要な200グラムにあたる約100匹分が1回も獲れなかった。1月28日には早朝から85人以上が氷上で釣り糸を垂らしたが釣れたのは5時間でわずか1匹。この結果を受けワカサギ漁を解禁しないことを決定。湖畔の宿や飲食店は赤城大沼と同じような状態で閑古鳥が鳴いている。榛名湖は赤城もそうだが、放射能が大量に流れ込んだとされる利根川を源流としており、赤城とわずか20キロしか離れていない。そのため、なんらかの形で放射能の影響を受けている可能性が非常に高いが、検査結果がでないことにはどうにもならない。正式な検査結果を受け、こちらの漁協もおそらく東電に損害賠償を請求することになりそう。ただ、こちらの漁業関係者はハッキリとした結果が出ていないにもかかわらず、風評被害がささやかれているため口が重く、まともな取材対応をしてくれないようだ」(同)
またまた新たな東電の罪深さが明るみに出てきてしまったが、ワカサギ漁にかかわって生計を立てる人々の「東電憎し!」という思いはかなり深そうだ。
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「持ち物検査は一切なかった」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(後編)
■前編はこちらから
――先ほど、原発内で覚せい剤の注射器が見つかったという話がありましたが、今回鈴木さんが潜入した時も持ち物チェックなどはなかったんですか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) ない、何にもない。オレ自身、ラップトップ(パソコン)と一眼レフカメラを持って行ったし。もし事故が起こったら、その場で発信しようと思ってさ。フクイチの敷地内では携帯電話の回線もつながる。
――作業員の持ち物検査なんかしている余力はなかった、ということでしょうか?
鈴木 通常の原発というのは本当に厳格なセキュリティーでタバコも持ち込めないんだけど、当時のフクイチだけはすべての規則が当てはまらない。拠点となっていたJヴィレッジからのバス乗ってフクイチに向かうんだけど、オレが入った時に、バスの中から外にいる民間の警備員に向かって身分証を見せるということを始めたんだよ。オレがいる間はその身分証に顔写真が入っていなかったんだけど、出た後には顔写真入りになっていったから、どんどん厳しくなっていった。震災直後はチェックは何もなかったそうだけど、時間が経つにつれて東電が徐々に「通常」を取り戻していったんだろうね。
――作業中に危険を感じたことはありましたか?
鈴木 ないない。だって、何も知らされないもん。何かあったとしても、宿泊先である温泉旅館のテレビで知るんだもん。作業員たちは自分たちの持ち場の状況しか知らないし、東電としても作業員にグランドデザインを話す必要はないと考えているんだろうね。情報が漏れることに気を使っているようだったからさ。週刊誌とかに作業員の話が載ったりすると問題になって、「テレビや雑誌のインタビューを受けるな」という指示があったよ。なので、実際に原発の中で作業員をしているより、外で取材したほうがよく分かった。
――鈴木さんは原発に入る前に、造血幹細胞を採取(編註2)しています。その費用は医療関係者の厚意を受けても、10万円という高額な費用をご自身で払っています。作業員のほとんどはそういった施術を受けず作業をしていますね。
鈴木 もちろん彼らも頭のどこかでは「遠い未来に白血病とかになったらイヤだな~」と思っているんだろうし、若い子にも造血幹細胞の話とかもしたんだけど、なかなかみんな行かなくて。考えないようにしてるんだろうね。そもそも、危険性を真剣に考えたら原発では働けないよ。事故が起こって、協力企業もすぐに撤収したところもあったし、辞めた人もいた。「原発で働く=死んでくれ」だから。
――作業員の被曝リスクに関する話というのは、東電側から説明があるんですか?
鈴木 ちょっとはあるけど、「ちゃんと管理するからなんともないですよ」って話。管理というのは数字の話なんだけどね。
――鈴木さんがいたころは作業員に高額な日当が付き、作業員が高級外車を乗り回すようになったそうですね。
鈴木 ただね、東電はいまだに「危険手当」を出していないから。東電がそれを出しちゃうと、フクイチが危険だと認めたことになるわけだから、協力企業が作業員に出していたわけ。でも今や日当は2,000円~3,000円ぐらいにまで下がってきているし、協力会社も経営が苦しくなって今後原発から撤退する企業が増えていくでしょう。
――日立、東芝などプラントメーカーは事故収束に関するアイデアなどを持っているのに、情報共有ができていないことも指摘されていますね。
鈴木 日本のプラントメーカーは、日立、東芝、三菱があるんだけど、これまで三菱はフクイチに入っていなかったのね。去年の年末に三菱がフクイチに入ってきたから、企業間のパワーバランスが崩れて、情報共有もできているんじゃないかな。でも、「冷温停止状態」=「通常状態」になったということで、東電からお金が出ないのね。事故収束にお金を出すべきだと思うんだけどね。
――フクイチだけじゃなく、福島第二原子力発電所の危険性も指摘されていますね。
鈴木 直接行ったわけじゃないんだけど、いまだにオレは福島第二原発が怪しいと思っている。12月の終わりに東芝が3号機に入る予定だったのに、入らなかったんですよ。8月の終わりに4号機に日立が入ったあとで、「4号機が爆発してるんじゃないか」というウワサが広がったの。メディアも事実確認に行ったけど、掴めなかったみたい。現状に関しても、現場のごくごく一部の人しか知らないみたい。第二原発は一見普通に見えるんだけど、炉心周りの業者に聞くと、みんな「怪しい」と口をそろえるわけ。いろんな専門家に聞いてみたけど、可能性は否定できないと言ってた。
――フクイチを目の当たりにし、原発で働いた鈴木さんでさえ「脱原発とは言えない」と書かれたことが驚きでした。
鈴木 この目で見て、ここまで調べて、今のフクイチが「完全にアウトな状態」と分かっているのに、今すぐ「脱原発」って言えないのよ。それだけ原発というものが共同体に組み込まれていて、今の日本から原発を抜くのは相当に難しいし、実際に原発をなくしたら大変なことになる。今はフクイチから帰ってきたから、「基本的には原発はないほうがいいな」と言えるけど、オレみたいな一時的に働いただけの人間でも、あそこで友達もできたし、雇用を生み出しているのを見ると、「原発はいらない」とは言えなくなるんだ。オレも"原発ムラ"の一員になったということなんじゃないのかな。だから、地元の人なんてもっと言えないと思うよ。
(取材・文=小島かほり)
※編註2:血液の細胞(造血幹細胞)を前もって保存しておくことで、放射線被曝などで血液になんらかの障害・症状が出た時に移植する治療法
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
「持ち物検査は一切なかった」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(後編)
■前編はこちらから
――先ほど、原発内で覚せい剤の注射器が見つかったという話がありましたが、今回鈴木さんが潜入した時も持ち物チェックなどはなかったんですか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) ない、何にもない。オレ自身、ラップトップ(パソコン)と一眼レフカメラを持って行ったし。もし事故が起こったら、その場で発信しようと思ってさ。フクイチの敷地内では携帯電話の回線もつながる。
――作業員の持ち物検査なんかしている余力はなかった、ということでしょうか?
鈴木 通常の原発というのは本当に厳格なセキュリティーでタバコも持ち込めないんだけど、当時のフクイチだけはすべての規則が当てはまらない。拠点となっていたJヴィレッジからのバス乗ってフクイチに向かうんだけど、オレが入った時に、バスの中から外にいる民間の警備員に向かって身分証を見せるということを始めたんだよ。オレがいる間はその身分証に顔写真が入っていなかったんだけど、出た後には顔写真入りになっていったから、どんどん厳しくなっていった。震災直後はチェックは何もなかったそうだけど、時間が経つにつれて東電が徐々に「通常」を取り戻していったんだろうね。
――作業中に危険を感じたことはありましたか?
鈴木 ないない。だって、何も知らされないもん。何かあったとしても、宿泊先である温泉旅館のテレビで知るんだもん。作業員たちは自分たちの持ち場の状況しか知らないし、東電としても作業員にグランドデザインを話す必要はないと考えているんだろうね。情報が漏れることに気を使っているようだったからさ。週刊誌とかに作業員の話が載ったりすると問題になって、「テレビや雑誌のインタビューを受けるな」という指示があったよ。なので、実際に原発の中で作業員をしているより、外で取材したほうがよく分かった。
――鈴木さんは原発に入る前に、造血幹細胞を採取(編註2)しています。その費用は医療関係者の厚意を受けても、10万円という高額な費用をご自身で払っています。作業員のほとんどはそういった施術を受けず作業をしていますね。
鈴木 もちろん彼らも頭のどこかでは「遠い未来に白血病とかになったらイヤだな~」と思っているんだろうし、若い子にも造血幹細胞の話とかもしたんだけど、なかなかみんな行かなくて。考えないようにしてるんだろうね。そもそも、危険性を真剣に考えたら原発では働けないよ。事故が起こって、協力企業もすぐに撤収したところもあったし、辞めた人もいた。「原発で働く=死んでくれ」だから。
――作業員の被曝リスクに関する話というのは、東電側から説明があるんですか?
鈴木 ちょっとはあるけど、「ちゃんと管理するからなんともないですよ」って話。管理というのは数字の話なんだけどね。
――鈴木さんがいたころは作業員に高額な日当が付き、作業員が高級外車を乗り回すようになったそうですね。
鈴木 ただね、東電はいまだに「危険手当」を出していないから。東電がそれを出しちゃうと、フクイチが危険だと認めたことになるわけだから、協力企業が作業員に出していたわけ。でも今や日当は2,000円~3,000円ぐらいにまで下がってきているし、協力会社も経営が苦しくなって今後原発から撤退する企業が増えていくでしょう。
――日立、東芝などプラントメーカーは事故収束に関するアイデアなどを持っているのに、情報共有ができていないことも指摘されていますね。
鈴木 日本のプラントメーカーは、日立、東芝、三菱があるんだけど、これまで三菱はフクイチに入っていなかったのね。去年の年末に三菱がフクイチに入ってきたから、企業間のパワーバランスが崩れて、情報共有もできているんじゃないかな。でも、「冷温停止状態」=「通常状態」になったということで、東電からお金が出ないのね。事故収束にお金を出すべきだと思うんだけどね。
――フクイチだけじゃなく、福島第二原子力発電所の危険性も指摘されていますね。
鈴木 直接行ったわけじゃないんだけど、いまだにオレは福島第二原発が怪しいと思っている。12月の終わりに東芝が3号機に入る予定だったのに、入らなかったんですよ。8月の終わりに4号機に日立が入ったあとで、「4号機が爆発してるんじゃないか」というウワサが広がったの。メディアも事実確認に行ったけど、掴めなかったみたい。現状に関しても、現場のごくごく一部の人しか知らないみたい。第二原発は一見普通に見えるんだけど、炉心周りの業者に聞くと、みんな「怪しい」と口をそろえるわけ。いろんな専門家に聞いてみたけど、可能性は否定できないと言ってた。
――フクイチを目の当たりにし、原発で働いた鈴木さんでさえ「脱原発とは言えない」と書かれたことが驚きでした。
鈴木 この目で見て、ここまで調べて、今のフクイチが「完全にアウトな状態」と分かっているのに、今すぐ「脱原発」って言えないのよ。それだけ原発というものが共同体に組み込まれていて、今の日本から原発を抜くのは相当に難しいし、実際に原発をなくしたら大変なことになる。今はフクイチから帰ってきたから、「基本的には原発はないほうがいいな」と言えるけど、オレみたいな一時的に働いただけの人間でも、あそこで友達もできたし、雇用を生み出しているのを見ると、「原発はいらない」とは言えなくなるんだ。オレも"原発ムラ"の一員になったということなんじゃないのかな。だから、地元の人なんてもっと言えないと思うよ。
(取材・文=小島かほり)
※編註2:血液の細胞(造血幹細胞)を前もって保存しておくことで、放射線被曝などで血液になんらかの障害・症状が出た時に移植する治療法
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
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「シャブ中の作業員も……」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(前編)

ジャーナリストの鈴木智彦氏
ジャーナリストとしては初めて、福島第一原子力発電所(以下、フクイチ)に「作業員」として潜入した鈴木智彦氏。上梓した『ヤクザと原発』(文藝春秋)は暴力団専門ライターとしての経験、人脈を駆使してひもといた「ヤクザ」と「原発」という巨大利権の関係、そして作業員だからこそ見ることができた「フクイチ」の真実が記されている。今回は鈴木氏に、「震災とヤクザ」「原発の問題点」をテーマに話を聞いた。
――『ヤクザと原発』の冒頭には、鈴木さんが暴力団に同行し、被災地に炊き出しに行った記述がありますね。震災直後には暴力団の炊き出しが報道されていましたが、組織側には人道支援以外の意図はあったのでしょうか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) お巡りさんは震災直後から記者クラブにも「(暴力団が支援を行うことで)復興利権への足がかりを意図している」と注意を促していたけど、そこまで計算して動いていないと思うんだよね。そんな状況じゃなかったじゃない。ボランティア自体は神戸(阪神・淡路大震災)の時もやってたし、ヤクザの伝統ではある。震災におけるヤクザのシノギで太いのは、土建がメインだけど、そんなの地元の組織ががっちり守っているんだろうから、炊き出しや物資の輸送ぐらいでどうにかなるような簡単なものじゃない。それでも「本当に純粋な人道支援なのか?」ということを知りたくて付いて行ったんだけど、僕が知っている限り、ボランティアによって何か復興利権に関わったという話は聞いていないなぁ。
――本でも書かれているように、ヤクザと原発の関係も本当に深いですね。原発建設の話が浮上した段階から、電力会社と交渉し、反対派を押さえ込み、用地整理をして、地元の建設業者に仕事を振り、漁業権の事前補償の"代理人"まで務めている。今回の事故による補償にはヤクザは絡んでいないんですよね?
鈴木 原発を作る段階で、海が汚染されて漁ができなくなることを想定した、事前補償というのが支払われる。実際に何かあってからでは、補償が支払われるには何年もかかるからね。今回の事故による補償というのは東電との話し合いになると思うけど、難航するだろうね。ただそこにはヤクザはもう入ってこれないと思う。暴力団排除条例もあるし、警察がものすごくうるさいから。
――ヤクザが直接的に原発にかかわっている部分は?
鈴木 原発というのは電力会社の下に東芝や日立など原発プラントメーカーがあって、その下には10次請け以上の協力会社がある。仕事を右から左に流して、賃金を中抜きするのよ。ただね、例えば5次請けの下にヤクザの企業が入ってくるとするじゃん。でもそこが友達同士だったりするから、ペーパーを交わさないの。だから表面的には5次請けしかないんだけど、実際は10次請けまであったりする。
――契約書がないから、東電は気づいてないということですか?
鈴木 うん。ただ、事故後に協力企業に「暴力団と関係ありません」という誓約書・確認書は出させている。でもそれは"調べる"んじゃなくて、なんか問題が露見した時に「調べてましたよ」と言うためのアリバイ作りだから。実際に東電が暴力団のフロント企業を排除したケースもあったんだけど、言わないんだよね。ヤクザがいたってことを証明する形になっちゃうから。その企業は地元では誰でもヤクザがやっているって分かるから契約を解除されたんだけど、今は原発周辺のガレキの撤去に回ってる。そっちのほうがお金がいいみたいよ。原発は日当が下がってて、割に合わないから。
――実際に、鈴木さんが原発に入った時にヤクザは作業員としていましたか?
鈴木 刺青している人は本当にいっぱいいた。だけど、実際にその場でヤクザと確認できたのは、一人だけ。でも帰ってきてから調べたら、わんさかヤクザがいたね。というのも、帰ってきてから仲良くなった人と連絡を取り合うと、「鈴木さん、実は......」と教えてくれたり。あと、自分がヤクザ経由で入ってきたと知らない人もいたしね。
――どういうことですか?
鈴木 実際に現場で仲良くなった人がいたんだけど、戻ってきてから知り合いのヤクザから電話がかかってきて「鈴木さん、原発いたらしいね。うちの○○から聞いたよ」と言われたの。要はその作業員は、「人集めろっていうから来ました」といった感じで、集められた一人だったわけ。だから自分がヤクザ経由で原発に入っているなんて気づいていないんですよ。
――地方ならではの人間関係を使っているんですね。本書の中でもう一つ衝撃的だったのは、15年前の話とはいえ、フクイチの作業員にヤクザの覚せい剤中毒者がいて、注射器が落ちていたという証言です。
鈴木 実は、今回のフクイチ事故後にも作業員が覚せい剤で逮捕されているんだよ。地元メディアも一切報道していないけど。いわゆる"工場労働"に覚せい剤というのはものすごく相性がいいわけ。単純作業だし。
――本書にも書かれていましたね。シャブを打てば時間が経つのも早いし、「掃除してろ」と命令すれば一心不乱に掃除してくれるから、使う側もシャブ中をコントロールしやすいと。話は逸れますが、震災後1~2カ月の間で、いわゆるドヤ街から人がいなくなり、原発に連れて行かれたというウワサがネット上を飛び交ってましたが。
鈴木 本当に? それ原発じゃなくて、建築なんじゃないの? オレもゴールデンウィークの前ぐらいにドヤ街に行ったけど、そんなことなかった気がするけど。原発関連の求人票はあったけどね。実際に行った人もいたと思うけど......。でもまだそのころは緊急対応で、スキルのない人はまだ要らなかったはず。ガレキの撤去とかはやってたけど、そのほかの仕事は本当のプロにしかできないから、人手が必要になるのはこれからだと思うけどなぁ。オレも原発に入った時に、西成とか山谷から来ている人を探そうと思ったんだけど、確認できなかった。
――「被災地での求人」とあったのに、実は原発での作業だったという騒動がありました(※編註1)が、これは稀なケースだったんですか?
鈴木 その報道が出てからすごく厳しくなって、今はもう"騙し"はなくなったよね。ドヤ街に、ちゃんと「原発内のお仕事です」という求人票はあったけど。
(後編につづく/取材・文=小島かほり)
※編註1:大阪・西成地区の男性労働者が「宮城県で運転手」という求人に応募したところ、実際は福島第一原発付近でガレキの撤去作業をさせられたことが発覚。
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
知事「見てきたから安心」発言も……対話進まぬ神奈川の被災地がれき受け入れ問題

「対話の広場」はUSTREAMでも配信された。
画面は参加者の質問に応じる神奈川県知事・黒岩氏
1月30日夜、東日本大震災で生じたがれきの受け入れを表明している神奈川県の黒岩祐治知事は、県民への説明会を横浜市中区の県庁で開催した。こうした説明会は過去2回開かれているが、黒岩知事が県民と直接対話することで県民の理解を得ようという趣旨だったものの、約220人の参加者のほとんどが受け入れ反対の立場なだけに今回も物別れに終わった格好だ。それどころか、参加者からは「論点をそらすばかりで、こちらの質問にまったく答えていない」「全然対話になっていない噴飯ものの説明会」などと批判が相次いだ。
「緊急開催! 黒岩知事との対話の広場」と題されたこの説明会だが、開始早々から場内から怒号が飛び交う騒然とした雰囲気。ヤジで県側の説明も聞こえないほどで、興奮した参加者同士が小競り合いを始める場面も見られた。登壇したのは黒岩知事のほか、神奈川県の担当者や前川和彦・東大名誉教授、被災地の岩手県関係者らだったが、横浜市在住の40代の男性参加者は次のように憤る。
「がれきの処理で生じる放射線量の安全性を訴えるのにレントゲンや飛行機に乗ることによる被ばくを例に持ち出すなんて、今どき子どもだましですよ(苦笑)。とにかく、まず"受け入れありき"の県側のスタンスに不信感を持ちましたね。大体、前川教授なんて原子力安全研究協会の御用学者じゃないですか。黒岩知事にしても『自分は実際に被災地へ行って見てきた。安心だ』と、科学的に無根拠なことを繰り返すばかり。『見てきた』なんて、大体、放射能が目に見えるのかという話ですよ!」
"対話の広場"と謳う割には主催者側の説明ばかりが続き、実質的な質疑応答の時間も短かった。説明会そのものは2時間にわたって行われたが、質疑応答に当てられた時間はわずか30~40分程度。質問は1人1問で3分以内のため、質問者は10人にも満たない上、追加の質問ができないので対話は一向に深まらない。しかも、参加者らの厳しい追及に対して論点をそらし、まともに応じようしないので、彼らのフラストレーションも溜まるばかり。
「質問しようと放射能問題に精通していそうな市民運動関係者が挙手しても、司会者がスルーしていましたからね。面倒臭そうな人は最初からしゃべらせる気がなかったようです。それと、記録のためと称して説明会の様子を撮影していましたが、なぜかヤジを飛ばしたりしている人たちを中心に撮影していました。撮影者も県の職員じゃないような気がしましたね。とにかくイライラばかりが募る説明会で、質問者の口調も自ずと厳しくなってしまい、終盤では黒岩知事もしどろもどろになって答えていました」(同参加者)
黒岩知事側としては、神奈川県民と直接対話することでがれき受け入れに対する不安を払拭しようという思惑があったのかもしれないが、これではまるで逆効果。"シャンシャン総会"を目論んではみたものの失敗して荒れてしまった企業の株主総会のようだった。黒岩知事は「今後も地元のみなさんと膝を突き合わせて丁寧に説明していく」と意欲をみせているが、現状を見る限りでは県民の理解を得るのは困難だといえそうだ。
(文=牧隆文)






