全国的に盛り上がる「6.11脱原発アクション」前夜 警察の規制も強化か

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4月10日に行なわれた、高円寺の
デモの様子。
 原発に反対する行動「6.11脱原発アクション」が、今週末に実施される。6月8日現在で、予定されているアクションは全国41都道府県以上で、少なくとも140のイベントが確認されており、その数はさらに増える様子だ。それらアクションは11日および12日に行われ、内容は公道でのデモ行進をはじめとして、講演会、公開学習会、映画上映、パネルディスカッション、チャリティーライブ、写真展、バスツアーなどさまざまである。  ほかにも多種多様なイベントが予定されている。例えば被災地のひとつ福島県いわき市でもジャーナリスト津田大介氏のプロデュースで、渋谷慶一郎と七尾旅人が現地出身のアーティストYDMと即興のライブを行うイベントが催されるとのことだ。  3月11日の震災以後、東京電力本店ビル前での行動「東電前アクション」は継続的に行われており、4月10日の高円寺デモには1万5,000人が集まり、続いて行われた5月7日の渋谷デモにも1万人以上が参加するなど、当初からは想像もつかないような盛り上がりを見せている。  一方、デモに対する規制や取り締まりを懸念する声もある。渋谷で行われた「原発やめろデモ」で合計4名の逮捕者が出たことは、すでにインターネットなどでも流れてよく知られているが、うち2名はすぐに釈放、残る2名は勾留が延長された(※編集部註:2名も18日と27日に釈放)。5月17日に東京地裁で行われた2名の勾留理由開示公判では、傍聴人の中に公安担当とおぼしき私服警官の姿が見られた。また、弁護士が何度も質問したにもかかわらず、裁判官は「釈明の必要を認めません」と取り合わないなど、疑問に感じる場面が幾度かあった。これらに対して法廷内が騒然となると、傍聴人2名が強制的に退廷させられ、公判終了まで別室に収容させられるなどの事態が生じた。  今後の反原発・脱原発のアクションに対して、警察が大量の人員を投入してくるであろうことは十分に予想できよう。ただし、その効果については想定しきれない部分が少なくない。複数のジャーナリストや労働組合関係者は、「(今回の一連のデモは)一般市民の参加が圧倒的に多い。活動家や労組を相手にしてきた警察は、大量のデモ参加者に対してこれまで蓄積したノウハウが通用せずに戸惑うのではないか」と言う。  一方、警察の動きに警戒する意見も当然のことながら少なくない。 「警察は軟弱な行動しかできない。だから、予想外の行為に出る危険性もあるでしょう」  そう話すのは、警察関係に詳しいジャーナリストの寺澤有氏だ。  警察はマニュアル通りの対応しかできないだろうが、活動家でも何でもない一般市民が相手では、強硬な態度に出ることには躊躇するだろう。それだけに、いざイレギュラーな事態になったら、どうしていいのか分からなくなる可能性がある。 「我慢できなくなった警官が、『威嚇的な実力行使』に出る可能性はありますね。でも、そうなったらオシマイでしょう」(寺澤氏)  寺澤氏は「47都道府県で同時にデモが起きたら、警察といえど対処は困難ではないか」と指摘する。そして実際、それが6月11日に実現する可能性が高くなっている。  果たして、6月11日と12日がどのような日になるのか、予想もつかない。だが、その日が目前に迫っていることだけは確かである。 (文=橋本玉泉)
原発社会からの離脱 社会は変えられる。 amazon_associate_logo.jpg
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文化人、タレント、脳科学者……それぞれの体験した3.11

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『わたしの3・11 あの日から始ま
る今日』(毎日新聞社)
 誰もが忘れない瞬間として刻み込まれた2011年3月11日午後2時46分。この時間を境に、日本の風景は一変した。多くの人が、その瞬間にどこで誰と何をして過ごしていたかを語り合ったことだろう。その中でも著名人たちの3.11の記録をまとめたのが脳科学者・茂木健一郎の編集による本書『わたしの3・11 あの日から始まる今日』(毎日新聞社)だ。  編者・茂木を筆頭に、本書に寄稿するのは堀江貴文やロケ先の気仙沼で被災したサンドウィッチマン、今回の震災でその精力的な活動が評価されたジャーナリスト上杉隆など16人。タレント、ミュージシャン、実業家、ジャーナリスト、作家、学者、それぞれがそれぞれの立場から3.11に何をし、どのように考えたのかが克明に記録されている。被害を受けた場所も、原発に対するスタンスも異なるそれぞれ。想定外の規模の災害に対して、客観的な正義も現状に対処するためのマニュアルもなく、だからこそ、自分の信じる正しさに対して真摯に行動するしかない。そこから垣間見えるのは、編者・茂木健一郎が「プリンシプル」と表現するような、寄稿者にとって信じられる原理・原則だ。  中でも印象的なのが小説家・高橋源一郎による「レッツゴー、いいことあるさ」という掌編。3月11日に、長男である「レンちゃん」の卒園式を迎えた筆者が記録するその様子は、とてもほのぼのとしている。幼稚園児の合唱するポンキッキーズの曲「LET'S GO! いいことあるさ」に涙し、「お父さん、お母さん、ありがとう」という言葉に我が子を抱きしめる筆者。その直後に大地震が控えていることを知っている"その後"の我々からすれば、あまりにも緊張感がない風景かもしれない。しかし、そんな「3.11以前の日常」を選んだことに、筆者がこの掌編を書いた意味が込められているように思えてならない。3.11は特別な日の特別な出来事ではなく、あくまでも日常の延長に起こった出来事だった。3月11日の夜、余震が続く中を、筆者はレンちゃんとともに「LET'S GO いいことあるさ」の一節を歌いながら眠りにつく。「ひとのかなしみを わかってあげられれば」というその一節は、「頑張ろう日本」の合唱よりもはるかに強いメッセージとして読者に響いてくる。  あの大災害からもう3カ月が経とうとしている。被災地ではいまだに「復興」などという言葉も遠く瓦礫撤去すらままならない場所もあれば、東京のように原発問題へと関心の中心が移りゆく地域もある。ただ、3.11は何かの終わりではない。何かが変わったとすれば、「3.11後」が始まったということではないだろうか。  
わたしの3・11 あの日から始まる今日 もうすぐ3カ月。 amazon_associate_logo.jpg
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「補償については、相応の対処を検討したい」福島・原町火力発電所原油流出事故

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発電所近辺にあがった、油にまみれた鳥の死骸。
前編はこちらから  福島県の東北電力原町火力発電所で容量9,800キロリットルの重油タンク2基から大量の重油が流出した――。この情報の真偽を確かめるべく取材を開始したタイミングで、「30キロ圏外は漁OKに 漁業者の被曝安全基準を初設定」(5月8日朝日新聞)というニュースが報じられた。  震災発生後の東京電力福島第一原発の事故で放射線量が増加したことで、原発から半径20~30キロ圏内では屋内退避勧告が出されていた。原町火力発電所の位置はおよそ25キロ地点に当たる。  5月に入ってから避難していた住民たちも自宅に戻り通常の生活を始めようとしていたが、漁業に従事していない住民たちは一様に原油流出事故を「知らない」と答えた。そこで、被害の当事者となる漁業関係者に重点を置いて取材をしていくことにした。  最初に問い合わせたのは、県漁連(福島県漁業協同組合連合会)に設置された福島県漁業関係東日本大震災対策本部だった。漁業の専従組織にとって原油流出は大きな問題であるはずだ。当然、怒りの声を聞くことができると思っていた。  ところが、返答は私の予想とは異なるものだった。電話で対応してくれた担当者は「原油流出の報告は受けていません」「大変な問題かもしれませんが、現在は非常時であり報告がない以上、そこに注力することはできません」と事務的な口調で語るのみだった。  確かに漁業が本格再開していない状況では、沖合に出る船もなく、漁協として被害状況をつかむのは難しいだろう。被害報告がなければ、対応のしようもないことも事実。そこで、すでに通常通りの操業に戻り福島よりは落ち着きを見せている茨城県の漁業関係者をあたることにした。  連絡を入れたのは、茨城県農林水産部漁政課の庶務だった。対応してくれた担当者は「報告は受けていません。通常、原油流出のような問題は海保から報告があった後に対策協議会が立ち上がりますが、連絡がない以上は動きようがありません」とした上で、「現状では油が海上に浮いているとの報告は漁業関係者はもちろん海上保安庁からも受けていません。ただし、これが事実だとしたらきちんとした対応(流出原油の対策)をしなければなりません」と厳しい姿勢で臨むことを表明した。福島、茨城と空振りしたことで、この事故について漁業関係者には通達がいっていないことが判明した。  そこで、海上保安庁に「重油の流出を洋上で確認したか。または通報があったか」を問い合わせることにした。海保が情報をつかんでいれば取材の裏付けにもなると期待していたが、担当者は「そのような報告は受けていません」と短く言い切ると、すぐさま電話を切ってしまった。  対応の善しあしはともかく、海保が確認していないとなると、海上での原油流出を確認することは難しいだろう。そこで別の視点から取材を重ねていくことにした。  まず、発電所を管轄している行政、南相馬市は事実関係をどこまでつかんでいるのか。南相馬市役所内にある災害対策本部に行き窓口にいた職員に用件を伝えると、丁寧に応対してくれた。「少々お待ちください」と責任者らしき男性を呼び、こちらの質問を伝えてくれたのだが、「東北電力から報告は受けていません。詳しい話は東北電力に聞いてほしい」と申し訳なさそうに言われてしまった。明言を避けるためにたらい回しにしているわけではなく、本当に知らない様子だった。  そこでもう一度取材の原点に立ち返ることにした。爆発火災事故があったとされる当日、原町火力発電所では本当のところ何が起きていたのか。私は相馬地方広域消防本部に連絡を取った。  消防本部の担当者によると「震災発生後に火災はありました。これは、すでに県からも発表があったように重機(クレーン車)が燃えただけに過ぎません。火災の原因は我々(消防)が調査していますので間違いはありません」とのことだった。特に取材に対して警戒している様子もないので、もう少し突っ込んで質問を重ねた。 「調査をされたということですが、火災現場となった発電所の敷地内のタンクにはかなりの量の原油が入っていたはずですよね。そちらには被害はなかったのですか?」  火災関連の質問の一環としては不自然ではないだろう。担当者も警戒することなく「(原油)流出はありましたが、引火はしていません」と答えてくれた。  そこでさらに核心を突くべく「流出した原油は敷地内にとどまったのでしょうか」と聞き返すと、「海に流出した可能性はあります」とのこと。流出を把握しているところはあるかと尋ねると、「福島県ではないか」とのことだった。ようやく光明が見えた瞬間だった。  福島県には環境問題を取り扱う水・大気環境課がある。原油流出の可能性と、それを管轄する役所が分かった。  海に原油が流出した可能性がある以上、ここには消防本部の情報のみならず発電所を管轄する東北電力からも何らかの情報伝達があったはずだ。すぐさま水・大気環境課に連絡を入れ、単刀直入に「東北電力から通達はあったのか」と聞いてみることにした。 「火災のときに、県の相双地方振興局環境課の担当者には東北電力から口頭で報告があったそうです。ただこれは例外でして、原油の流出ということになりますと東北電力さんには電気事業法が適用されるため、『水質汚濁防止法』に基づく事故報告は適用が除外されるんですよ」  やはり県には東北電力から報告があった。しかし、適用される法律が予想していた水質汚濁防止法とは異なる。これで、想定外の方向に取材の舵を切らねばならなくなった。というのも、水質汚濁防止法では、仮に適用される事故が起きた場合には「事故の状況及び講じた措置の概要を都道府県知事に届け出なければならない」とされている。つまり、窓口の担当者レベルに報告ではなく、あくまで県知事に対しての報告義務があるのだ。  ところが、今回の震災に原因がある事故で適用される電気事業法に基づく報告義務は、経済産業省が管轄になっているため県に対する報告は除外されている。  東北電力を義務違反と単純に追及することはできない。  さらに担当者からは「当該地域が屋内退避区域ということもあり、詳細は把握できていません。流出量についても同様で、把握できていません。ですから、今後の対策についてお答えするのは少しお時間をいただけますか」とのことだった。  ここまで取材を進めて、情報の伝達経路が通常の事件や事故とは異なるために今回の重油流出事故が報道されていないことが明らかになってきた。  しかし、原則はどうであれ電気事業法に基づく報告義務だからと県知事に伝えていないことは問題ではないだろうか。あくまで私個人の考えだが、震災に端を発する被害は広く知らしめて情報を共有する必要がある。
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一帯は漏れ出したとみられる重油で、黒い海と化していた
 いずれにせよ、原油の流出が事実であるとの情報を得、外堀を埋めることはできた。いよいよ本丸の原町火力発電所を管轄する東北電力に取材をかけることにした。  ここまで回りくどく周辺取材を重ねたのは、念入りに裏を取りたかったからだ。「原油流出の事実がある」ことと「関係機関にどのような通達がされているのか」。東北電力のような大きな会社が相手となるからには、この2点をしっかり固めておかないと私のようなフリーランスのジャーナリストは門前払いされてしまう可能性が高い。  準備が整ったところで正面から東北電力福島営業所に連絡を入れた。フリージャーナリストと身分を明かした上で火力発電所の取材をしていると伝えた。 「原町火力のことならば、私どもの管轄ですので可能な限りお答えします」  私の警戒心に反して、担当者は想像以上の低姿勢で対応してくれた。そこで、こちらも妙な含みを持たせないように、先の2点のほかに「漁業従事者などへの補償はあるのか」といった今後の対策まで含めて知りたいと最初に明かした。すると、担当者はやや困ったような様子になった。 「発電所のことはですね、確かにそのようなこと(重油の流出)があるかもしれません。ですが、補償などの話はこちらでは判断できないのです。」  確かに営業所で判断のつく話ではないだろう。そのことは想定の範囲内だ。 「では、対応できる窓口を教えていただけませんか」  本社広報の連絡先と担当者名を教えてくれた上に、「こちらからも広報に連絡を入れますので」とのことだった。私は自分の電話番号を伝えて電話を切った。このまま広報から連絡を待ってもよかったが、広報対応の早い大企業などないことはこれまでの経験でも明らかだ。  こちらから東北電力の広報・地域交流部(報道グループ)に電話をかけた。そこでの担当者の対応は至って丁寧で、大企業にありがちな上からの物言いもなかった。だが、明らかに困惑している様子が伝わってきた。 「現地に確認を取るのでしばらく時間をください」  現地の営業所から紹介されたので確認はどうかとも思うが、「時間をください」が本音なのだろう。私は了承の旨を伝えて電話を切った。  次に福島県の水・大気環境課に連絡を入れた。保留になっていた行政としての対策を確認しておくためだ。  水・大気環境課の担当者は、「汚染の被害実態を探る環境モニタリング調査で、原発近海に加えて火力発電所周辺も対象とするよう環境省に申請しました」と、あくまでこれからの問題として対応するとの回答だった。  本丸の東北電力から回答があったのは、それから2日後のことだった。前日にこちらから電話していたものの「まだ確認中なので、もう少し時間をください」と言われてしまっていた。再び私が電話を入れると、初日に対応した人とは別の広報担当者に代わり、落ち着いたトーンでこちらの質問に次々と答えていった。  まず、前提となる事実確認として、破損したのは2つのタンクであり、震災発生直後に1万3,500キロリットルの原油が貯蔵されていた。すべての原油が海中に流れ出たとは考えられないが、一部の原油が海に流れた「可能性は否定できない」とのことだった。  私は今後の対応策について県が環境モニタリング調査をしようとしていることを申し添えた上で、「可能性の話かもしれませんが、もし環境に影響があった場合にはどうされるのか、その対応策をお聞かせください」と問いただした。 「現在、県が行っている環境モニタリング調査の結果を待って、仮に周辺環境や漁業への悪影響があった場合には相応の対処を検討したいと思います」  電力会社としての補償の可能性を示唆する回答だった。淡々とした口調ではあったが、最終的に聞きたいことを引き出すことができた。これが、私が一連の調査を通じて得た結末だ。それがどれだけの意味を持つのか、現時点では不確定だ。だが、その被害は無視できるものではない。  海洋研究をしている独立行政法人・水産総合研究センターによると、原油が海中に流れ込むと最悪の場合、動きのない海藻類や貝類、移動速度の遅いウニやプランクトン・魚の稚魚などが死滅するなどの被害が想定されるという。  原油は色やにおいがあるため、それがなくなれば被害を受けた意識が人々から薄れていく可能性もある。一方で放射能同様に、原油はそう簡単に消滅するものではない。  今回の原油流出を福島第一原発事故が周辺地域にもたらした被害と単純に比較することはできない。しかし、どちらも「今」ではなく「これから」の問題という点では共通している。震災被害は目に見えているものだけがすべてではない。そのことを、震災の記憶ともども忘れてはならない。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
海の色が語る地球環境 助けて、さかなクン。 amazon_associate_logo.jpg
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「原油の流出なんて気にしている場合じゃない!?」福島・原町火力発電所原油流出事故

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破壊された原町火発の施設と、油をかぶって真っ黒になった消波ブロック。
 写真週刊誌「FLASH」(光文社)6月7日号に「福島県で第二の海水汚染......火力発電所から重油が海に漏れている!」と題された記事が掲載された。この記事は東北電力原町火力発電所で起きた原油流出事故を取材した筆者によるものだが、「FLASH」に掲載しきれなかった裏側をリポートしたい。  発端は、当サイトに掲載された私の記事を読んだ方からのメールだった。 「南相馬市にある原町火力発電所の重油が大量に流出しています」  宮城や福島の沿岸部を何度か訪れて被害の大きさを目撃してきた経験から、無視できない情報だと思った。これまでにデマや飛ばしとしか思えないメールを受け取ることもあったが、今回はあながちウソではないと思ったのだ。海沿いの施設は規模の大小にかかわらず軒並み津波で破壊されており、引き波で海中に持っていかれてしまったケースも無数にある。その中には、ガソリンを満載したタンクローリーや排泄物ごと流された浄水施設もある。それらは、有害物質を多分に含んだ状態で海中に沈んでいることになるだろう。その中に火力発電所の燃料として使われていた重油が含まれていても何の不思議もない。むしろ、それぐらいの被害は起こり得るだろうと容易に推測できた。詳しい話を聞くため、メールを送ってくれたフリーカメラマンの工藤大介氏とコンタクトを取ることにした。  工藤氏の話によると、3月20日ごろ、福島県南相馬市にボランティアとして訪れたときに異臭がしたことがきっかけだったそうだ。 「海岸沿いに重油のにおいが立ち込めていたんです。それで気になって地図を見たら、その海岸の数キロ先に発電所があったんです」  この発電所こそ、東北電力原町火力発電所だったのだ。工藤氏は火力発電所を目指して車を走らせたが、県道74号、260号線がそれぞれ地震の影響で陥没していたため、たどり着けなかったそうだ。それから約1カ月後の4月末にも再び現地入りしたが、そのときもまだ油臭さが漂っていたという。  工藤氏からは、そのとき撮影した発電所の写真も送られてきた。写真には大破した2基のタンクが写っており、これほどの被害を出した原町火力発電所に関する報道が皆無だったことに、私は違和感をぬぐえなかった。  厳密に言えば、原町火力発電所についての報道はあった。震災発生直後の3月14日に「重油タンクが爆発炎上し火災が発生」とのニュースがあったが、その直後に福島県が「原町火力発電所の火災はクレーン車が燃えただけ」と訂正を発表しただけにとどまった。  このことを「FLASH」編集部の担当者に伝えると、「取材してきてほしい」と返事があった。同時に「事実かどうかの裏を取ってきてください。それができなければ記事にはできません」とも伝えられたため、私は急いで準備を整え、福島県南相馬市へと車を走らせることとなった。  原町火力発電所は福島県南相馬市の中部にあり、東京電力の福島第一原発からおよそ25キロ北の距離に位置している。福島市から国道115号線を抜けて海方面に向かい、発電所の南側、原町区北泉の海浜総合公園に車を止めて、夏には海水浴場として使われる砂浜を歩いていく。震災からおよそ2カ月が経過しようとしているのにもかかわらず、海辺一帯はいまだに「油」のにおいが消えていなかった。
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総出力200万kWを誇った原町火発。周囲には油臭がたちこめていた。
 1キロほど手前から発電所に向かって歩いていくと、容量9,800キロリットルの重油タンク2基から流出したと思われる大量の重油が黒い液体となって広がっているのが確認できた。
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被害に遭ったタンク。奥に見える1基は原形をとどめていない。
 火力発電所周辺にめぐらされた防波堤の岸壁からは、石炭を搭載した大型のタンカーが座礁している様子が見えた。そのタンカーを横目に進んでいくと海中に防油フェンスが申し訳程度に張られているのが見えたが、その内側に油膜はとどまっていなかった。  防波堤の海側壁面やテトラポッドには黒い液体がべったりとこびりついており、外洋に面した岸壁に向けて流れ出していったと思われる重油の黒い痕跡も見て取れた。  火力発電所の敷地周辺は、さらにひどく油臭さが立ち込めていた。施設内には砂にオガクズを混ぜたような物が道沿いに積まれている。おそらく、流出した重油を吸わせて処理しているのだろう。その砂を詰め込んでいると思われるドラム缶も数多く並べられている。  5月に入ってまでこのような撤去作業が行われていた理由としては、福島第一原発から半径20~30キロ圏内で屋内退避勧告がなされていたことが考えられる。この勧告が緩和されたことで、ようやく発電所の職員たちが施設内に立ち入れるようになったのだ。私が取材に訪れたときも、すでに火力発電所周辺の家屋に一部の住民たちが戻ってきていた。そこで、原油流出について知っているかどうかを中心に話を聞いてみることにした。  発電所周辺に人がいるのか心配だったが、車を走らせてみると、時折歩いている人を見掛ける。避難指示区域の近くとはいえ、人は住んでいるようだ。なるべく警戒されないように、努めて明るくあいさつをしてから「東京から取材にきたんですが、お話しを聞かせてもらえませんか」と切り出すと、どの人も気さくに取材に応じてくれた。 「この辺りの港は船も全部流されたからな。(発電所の)北も南もやられちまった。海沿いに住んでいた漁師たちもみんな避難しちまったし、いま別に問題にするような人もいないんじゃないかな」(原町区60代男性) 「自宅で暮らしている人たちはスーパーも開いていないような状況の中で生きるのに必死。原油の流出があったとしても、それを気にしている場合じゃない」(南相馬市20代男性) 「今は何があっても南相馬で暮らそうと思っている。とにかく放射能が気になるから、どうしてもそっちにばかり目がいってしまうよ。原油流出なんて聞いたこともないしね。それよりも目に見えない放射能の方が怖い」(60代女性)  結局、どの人も「知らない」とのことで大きな進展はなかった。だが、地元の人ですら原油流出を知らないということは、この件がまったく報道されていないことの裏付けでもある。原町火力発電所の原油流出の現状の一端を確認できた私は、事実関係の確認のため関係者への直接取材を開始することにした。 (後編へつづく/取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
海の色が語る地球環境 本当に心配。 amazon_associate_logo.jpg
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被災地のペットを救え!「福島原発20キロ圏内・犬猫救出プロジェクト」緊急報告会

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「原発事故が原因で死亡した人間はいない」などという悠長な言説も散見されるが、
すでに多くの小さな命が奪われている。
 昨年末、ワイドショーをお騒がせしたジャーナリストの山路徹氏が、東日本大震災の被災地取材と並行して行っている「福島原発20キロ圏内・犬猫救出プロジェクト」の緊急報告会が5月20日に行われた。  当初は取材のために原発被災地に入ったという山路さん。現場に入ると、飢えと人恋しさのあまり駆け寄ってくる犬に多数遭遇した。避難所に連れて行けないため、やむを得ず放たれたペットたちだ。はじめは食糧をやっていたが限界があり、「どうにかして救いださなければ」と感じたという。Twitterで協力者を募ったところ、横浜で犬猫の保護ボランティアをしていた大網直子さん、カメラマンの太田康介さんが名乗りをあげ、プロジェクトを開始するに至ったという。  「こんなことをしている場合かという声もあるが、小さな命を救えない社会が大きい命を救えるわけがない。われわれと同じ社会に生きている彼らを見殺しにしていいのか」と山路さんは語る。救出した犬猫は、飼い主が見つかれば届けている。20キロ圏内は現在立ち入り禁止の「警戒区域」に指定されているため、救出をあきらめていた飼い主たちの喜びは計り知れない。「犬猫を助けることは、避難した方の気持ちも助けることにつながる」と大網さんは言う。
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プロジェクトの中心メンバーである大網さん、山路さん、太田さん
(写真左から)。
 プロジェクトを開始して1カ月以上で60頭以上を救出し、報告会では、ホッとしたような表情を見せる愛らしい犬や猫たちの映像が多く紹介された。だが、現実は生やさしいものばかりではない。水を求め用水路に落ちてしまった牛・餓死して腐乱した豚・飼い主を待ちわびて眠るように亡くなった犬など、痛ましい事実も報告された。無事救出できても、病気やケガをしている場合もある。  飼い主が見つからなかったり、避難所にいる場合は里親探しという難題も待ち構えている。現在は、山路さんのプロジェクトを含めてボランティア団体が中心となり救出にあたっているが、日本動物愛護協会や日本獣医師会らによる公的団体「どうぶつ救援本部(緊急災害時動物救援本部)」は何をしているのだろうか。
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水を求め用水路に落ちてしまった牛たち。
「はじめは救援本部が広くケアをしてくれると思って、義援金も『救援本部へ』と呼びかけていたんですが、フタを開けてみたら徘徊犬は保護しないと言い、実質ほとんど救出できていない。屋内にいる犬猫は、飼い主の委任状があっても救出しないそうです。それはひどいとTwitterでつぶやいたら、救援本部から『山路さんがツイートしたせいでクレームがきた』と電話がかかってきました。でも本当のことですから。義援金の分配についても『保健所から意見書をもらってこい』と言うから保健所に行ったら『県庁へ』、県は『どこの団体にも意見書を出すつもりはない』と言う。何のために義援金を集めているのかと聞いたら、『それはこの場ではお答えできません』と(笑)」(山路さん)  現在、福島までの交通費やフード代、ケガなどの治療費はメンバーの持ち出しとカンパによってまかなっている。メディアを通じて大々的に支援を呼びかければいいが、警戒区域内で取材撮影した内容は、コンプライアンスを重視する大手メディアでは扱わない。行政は人間の避難で手いっぱいで、ペットのことまでは頭が回らない状況だ。葛尾村や飯舘村などが新たに計画的避難区域に指定されたことで、今後さらに1,000頭から2,000頭以上のペットが行き場を失う可能性があるという。ひとつでも多くの小さな命を救うにはどうすればいいか、プロジェクトは保護に頭を悩ませている。 (文=安楽由紀子/写真=住本勝也・APF通信社)
小さないのち―まほうをかけられた犬たち おんなじ命です。 amazon_associate_logo.jpg
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日本科学未来館に聞く、3.11の教訓とこれからの科学

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天井が一部落下した未来館のエントランス。
(写真提供=日本科学未来館/以下同)
 東日本大震災の影響で、首都圏の大型施設でも天井が落下し犠牲者が出るなど大きな被害が出た。閉館を余儀なくされたり補修工事が急ピッチで行われている施設が多い中、同様の被害があった日本科学未来館では少し変わったプロジェクトが始まっている。それは、発想を転換させた"新しい天井"づくり。「絶対に落ちない天井はあり得ない」という考えの下、「たとえ落ちても大事に至らない天井」に作り替えているというが、果たしてこの新しい天井は、日本の建築常識をひっくり返す起爆剤となり得るのか。同館の運営事業部部長代理・栄井隆典氏と科学コミュニケーター【註】・大西将徳氏に話を聞いた。 ――そもそも震災前から、日本科学未来館(以下、未来館)の建物全体や天井の耐震性について何らかの懸念はあったのでしょうか? 栄井隆典氏(以下、栄井) 未来館は2001年に開館して今年で10年目を迎えますが、建物自体は震度7規模の地震まで耐えられる構造となっており、耐震性は保障されています。今回は大きな揺れが長い時間続いた影響で、エントランスの吹き抜け天井の一部のボードが落ちるという事故が発生しました。幸い、来館者やスタッフにケガ人は1人も出ませんでした。 ――復旧に当たり、崩落部分を張り直し補強を行うという選択肢もあったかと思いますが、今回は東京大学生産技術研究所・川口健一教授のアドバイスを受け、あえて発想を転換した"新しい天井"を採用することになりました。教授は以前から、天井の崩落被害に問題意識を持っていらっしゃったのでしょうか。
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大西将徳氏(左)と栄井隆典氏(右)。
大西将徳氏(以下、大西) 川口教授はもともと建築物の構造がご専門で、1995年の阪神・淡路大震災が大きな契機となったそうです。現地に入って大型施設の被害状況を100件以上調査されたのですが、直下型の地震といっても建物の骨格はそれほど壊れていなかったそうです。一方で、3分の1ほどの施設で、上からの落下物の被害があり、そのうちの7割は天井の落下だったということに衝撃を受けられた。「わたしたちが日ごろ安全だと思っているものとは一体なんだったのか」ということで、天井の被害についても考えなければならないと思い立ったそうです。阪神大震災が起こったのは朝の5時46分だったので、教授が調査された大型施設で天井が落ちてケガをされた方はいらっしゃいませんでした。しかしその後、大型施設は避難所として利用されたわけですが、天井が落ちたことで避難所として使えなかったり、天井が落ちかかっていてもそのまま避難所として使わなければならなかったという状況を目の当たりにされて、「命が助かればそれでいいのではなく、もっと安心な建物を日本は目指さなければならない」と思われたそうです。それで、安心な建物とは何かといえば、「大地震が来ても次の日からそれまで通りの日常が送れる建物」だと。例えば、会社に勤めている方の場合、会社の建物自体に被害がなくても、地震ですごく揺れて怖い思いをすると、次の日から会社に行こうしてもそれがトラウマになって不安になってしまいますよね。そのように、次の日からいつもの日常が送れなくなってしまうのではダメだと。 ■構想15年 教授が出した答えは「膜天井」 ――そもそも、なぜ天井は落ちるのでしょうか。
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天井は薄い金属板で支えられている。
大西 天井は屋根とは違い、屋根裏や上の階の床の裏側を見せないよう、部屋の上部に設置するものです。近年の日本の天井の多くは上から金属の棒で吊り下げられる構造をしており、その空間には電気ケーブルなどが収納されています。つまり、天井は建物の構造を保つためではなく、見栄えをよくするインテリアと同じ役割なんです。天井が落ちる被害は地震以外にもあって、例えば屋内プールでは、湿気で部品が錆びて劣化してしまうなど、さまざまな要因で起こります。天井落下への対策としては、例えば01年の芸予地震の後に国土交通省が、"天井パネルに対して斜め材を入れて、地震が来ても吊り下げた天井が落下しにくくなるように補強しなさい"というような技術的助言を出しています。ただ、斜め材に限って言えば、地震には効果があるけれども、すべての天井落下の被害に対する解決になっていないという面もあります。川口教授は、そもそも重たい物・大きな物が頭上にあるということが問題で、建物の用途や構造に合わせた根本的な解決方法を考えなければならないと指摘しています。 ――こういった天井崩落の被害に対し、教授が最初に考えたのが、落下防止ネットだったそうですが。 大西 はい。でも、落下防止ネットは見た目があまり美しくないので採用されないのではないかということで悩まれていました。それであるときひらめいたのが、軽くて柔らかい膜で天井を張るという「膜天井」でした。膜だったら軽量なので上から落ちてきても大丈夫だろうと。さらに、上にある機材を受け止めてくれたり、落下防止ネットとしての役割も果たす。地震の揺れに対するねじれにも強い膜天井ならば、より安心・安全な天井がつくれるのではないかと考えられたわけです。そういう経緯もあり、震災直後の3月13日に教授から「天井を調査させてほしい」というご連絡をいただき、その調査結果をもとに議論を重ねた結果、未来館では膜天井を採用することになったわけです。いわゆるドームや駅など、膜そのものを外装材として使うということは昔からありましたが、これまでに膜天井が地震後の修復として利用されたのは、2003年の十勝沖地震の際に天井が崩落した釧路空港だけです。教授が正式に監修されたのは未来館が初めてということになります。
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天井の張り替えのため剥がした石膏ボード。
――「たとえ落ちても大事に至らない天井」、「安全だけでなく安心が伴う建築」というのは今後、日本においてスタンダードとなり得るのでしょうか。また、今回の未来館の動きはそのきっかけとなるとお考えですか。 大西 難しいところではありますが、まさにきっかけになることが未来館の役割だと思っています。未来館は、みんなが未来をどうつくっていくのか議論する場でありたいと考えています。そのために、わたしたち科学コミュニケーターが日本や世界にどれくらい新しいことを提示していけるか、もしかしたらそれは2、3年たってそれほど正しい判断ではなかったとしても、未来に向かって議論する場をつくることがわたしたちのミッションだと思っています。今回の膜天井は、川口教授をはじめ、わたしたちがいろいろ考えた上で今できる最良の回答だと思って出していますが、それ以上にそれを見た来館者やみなさん一人ひとりがそこに目を向け、これからどういう未来を自分たちが選択していくかという議論のひとつのタネになったり、みんなが前に進んでいく活力になることを目指しています。ですから、もちろん「これが正解です」と胸を張って言いたいところではありますが、もっと広い目で見て、もっといい新しい天井が数年後にできている未来の方が理想かもしれません。
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地上25メートルの作業現場。
栄井 未来館は先端の科学技術を伝えるミュージアムですから、今回の新しい天井もひとつの展示物だと考えていただければと思います。いま、工事の様子を段階的にレポートにまとめて公式サイトにアップしていますが、いろいろな方から心配の声と期待の声をいただいているので、新しい、安全性の向上した未来館をぜひご覧いただきたいですね。 ■"科学"を判断するのも取り扱うのも人間 ――科学には「より便利な生活を実現させるための技術」という面と、「正体が分からないものの存在を明らかにし、人を安心させる」という2つの側面があると思います。しかし、今回の原発事故のように、より便利な生活を求め科学技術を発達させていった結果、逆にそれがわたしたちの生活を脅かすものになってしまったという意見も一部ではあります。3.11後の社会において、科学が担う役割とはどのようなものになっていくのでしょうか。 大西 狭い意味での科学というものは、自然現象に対して、それがどうなっているのか仮説を立ていろいろ実験しながら客観的に調べていく行為と、そこから出てきた知の集合という類のものだと思うんです。そういう意味では、おそらくいま、人間が科学というものを過信しすぎているのではないかと思います。変な言い方ですが、幻想を抱いているところがあるのかもしれない。あくまでも科学というのは、ある切り取り方によって自然を見たときに「こういうものですよ」というだけのものであって、それが「安全です」とか「安心です」という判断とはまったく別の場所にあると思うんですよ。例えば、放射線の量を計るのは科学だけど、それを見て安全かどうかというのは科学が判断してくれるのではなくて、人間が判断するものですから。  そこがいま、あまりにも科学が発達して一般の人から遠くなっていることで見えにくくなっている。うまくいっているときには、科学とは良いものでそれに任せておけば未来はどんどん良くなっていくと漠然と思えるんですが、それが今回の原発事故のように一つでも良くないことが起こると、これまで信じていたものに対する不信感というか不安ばかりが大きくなってしまう。でも、科学の根本的なスタンスというのは変わっていなくて、淡々と世の中はこういうものですよ、ということを解き明かしてくれるだけのものだと思うんです。そういう科学や科学技術に対して、わたしたちの中の、それを判断する頭であったり、取り扱う心が、少し追い付いていなかったのではないかと思う部分もあります。原子力というのは、本来は人間が扱えるものではないくらいとても大きなエネルギーを持ったものです。それを使ってあの建物の中で発電している、すごいことが起こっているという実感が、わたしたちにはなくなってしまっているんですね。もちろん、すべての人が科学の深いところまで知っていなければいけないわけではないですが、ある一定レベルの"科学リテラシー"が必要とされているのだと思います。科学というのは、自然を解き明かすひとつの手段でしかなくて、それを扱うのも判断するのも人間なんです。
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膜天井エントランスホールの完成イメージ。
 今回の原発事故では「想定外」という言葉がよく出ましたが、実際に「想定外」だったかどうかは別にして、それを安全だと判断したのは人間だったということを忘れてはいけないと思うんです。震度7を大きく超える地震は来ないだろうとか、原発がこれで安心だと判断したのは人だったということを再認識しなければならない。それが今回の震災や原発事故で浮き彫りになったことだと思います。 ――そういった"科学リテラシー"を普及させていくことが、科学コミュニケーターのひとつの役割である。 大西 いまの社会では、科学技術とわたしたちの生活は不可分です。どういうものの上に自分たちの生活が成り立っているのかということを、まずはみなさん一人ひとりに知っていただくことが大事なのかもしれないですね。震災があったということもありますが、わたしたちがどういう社会、未来を選択していくかという時に、そもそも自分たちがどういう場所にいるか分からないと、これからどこを目指せばいいのかなんて分からないですよね。わたしたち科学コミュニケーターはまず、自分たちがいる場所を支えている科学というものを伝え、みなさんと一緒に議論したり、ひも解いていくことができればと思います。 (取材・文=編集部) 【註】科学コミュニケーター 科学者・技術者と一般社会・市民とをつなげる役割を担う仕事。先端の科学技術研究の動向を調査し、研究者の中にある情報をさまざまな形で分かりやすく伝える。日本科学未来館のほかにも、北海道大・東京大・早稲田大などで人材養成が行われている。未来館には現在、約40名の科学コミュニケーターが在籍。展示フロアでの解説や実演、展示物やイベント、メディアの企画・制作などを行っている。 ●日本科学未来館 現在、東日本大震災の影響で臨時休館中だが、6月11日(土)10:00より開館予定。延期となっていた企画展「メイキング・オブ・東京スカイツリ®―ようこそ、天空の建設現場へ―」が開催されるほか(10月2日まで)、新しい天井も公開。天井下では科学コミュニケーターによる実演も行われる。詳しくはHPにて。 < http://www.miraikan.jst.go.jp/>
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アミューズとジャニーズが双璧!? 主な芸能プロ各社が取り組んだ震災復興支援

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「Let's try again」(アミューズ)
 東日本大震災の発生を受け、被災地に所属タレントの多くのファンを抱えるであろう芸能プロダクション各社は続々と復興支援に取り組み始めたが、義援金を募るだけではなくさまざまな活動を行っている。 「所属タレントを集めて歌わせただけで、まるで日本版『We Are The World』のように華やかになってしまい、あらためて事務所の勢いを感じさせられた」(芸能プロ関係者)というのが、「アミューズ」の所属タレント37組54名が参加した震災復興応援ソング「Let's try again」。  同曲は「サザンオールスターズ」の桑田佳祐が書き下ろしたテーマ部分を軸に、福山雅治・ポルノグラフィティ・BEGIN・Perfumeらの名曲が続々とメドレーで展開され、上野樹里・仲里依紗・三浦春馬らの売れっ子役者陣も歌声を披露。参加者全員で合唱するシーンが最大の見どころとなっている。 「この曲は、4月20日から配信されました。完成した音源をなるべく早く届けようと、当初は配信での発売のみを予定していましたが、CD発売の要望がアミューズや参加アーティストのファンクラブ・各アーティストが所属するレコード会社にまで多数寄せられたことからCD化が決定し、5月25日に発売されます。これはバカ売れしそうですよ」(レコード会社関係者)  また、相変わらずのパワーを見せつけたのが「ジャニーズ事務所」だ。  1995年に発生した阪神・淡路大震災の際にはチャリティー活動のための期間限定ユニット「J-FRIENDS」を結成したが、今回の震災では復興支援プロジェクト「Marching J(マーチングジェイ)」を立ち上げ4月1日から3日まで都内で所属タレント総動員の募金イベントを開催。5月からは月に1回のペースでチャリティーイベントを行う。 「震災発生当初から所属タレントのコンサート等を軒並み中止し、コンサート機材運搬用の10トントラックや電源車等を被災地救援に送り出す等の支援活動を行った。SMAPの中居正広やKAT-TUNの田中聖はお忍びで被災地を訪問。そんなタレントがいるかと思えばNEWSの山下智久や手越祐也のように地方で豪遊していたタレントもいて、タレントの足並みがそろっているとは言えない」(芸能プロ関係者)  スケール的に言えばアミューズとジャニーズの二大事務所が双璧をなしているが、他の事務所もしっかりと復興支援に取り組んでいる。  3月31日付で社長の渡哲也が退任し経営陣を刷新した「石原プロモーション」は4月に被災地・石巻で1週間の炊き出しを行った。 「故・石原裕次郎さん夫人で同プロ会長の石原まき子さんら新経営陣は事業の規模縮小を打ち出したにもかかわらず、長年番頭を務め、渡とともに退任した小林正彦前専務の独断で炊き出しを開催。上戸彩も参加して盛り上がった」(スポーツ紙記者)  人気お笑いタレントを数多く抱える「吉本興業」は被災地などに所属タレントを住まわせ、復興にひと役買う「あなたの街に"住みます"プロジェクト」を発表した。  4月に横浜でチャリティーイベントを開催したモーニング娘。らが所属する「アップフロントエージェンシー」は所属するKANの往年の名曲「愛は勝つ」をモー娘。ら所属タレント131人で歌った同タイトルの曲を6月22日に発売する。 「ワタナベエンターテインメント」は全所属タレントの私物をネットオークションに出品し、落札金額のすべてを寄付。  「サンミュージック」は今月都内でチャリティーイベントを行いベッキー、カンニング竹山ら所属タレント129人が参加した。  気になるのは発表はしたものの、まだ具体的な取り組みを見せていない芸能プロ。  柴咲コウ、竹内結子らが所属する「スターダストプロモーション」は震災発生直後に早々と復興支援を行うことを発表したが、まだ何も動きがない。また、反町隆史、天海祐希らが所属する「研音」は夏に初のファン合同チャリティーイベントを行うことを発表した。 「後発の芸能プロは期待が大きいだけにそれなりのことをしないと話題にならない。特に研音はイベントをやろうにも反町や竹野内豊ら寡黙なイメージで売るタレントが多いので盛り上がりに欠けるのでは、と心配されている」(同記者)  果たして、スターダストと研音がどんな仕掛けを見せるかが注目される。
Let's try again 全額寄付してくれるのかしら。 amazon_associate_logo.jpg
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「メルトダウン? 英語に訳せばそうなりますか」国民をナメきった東電副社長の答弁

todenkaiken0519.jpg  去る12日に東京電力(以下、東電)がようやく認めた福島第一原発1号機でのメルトダウン(炉心溶融)。冷却水から露出した燃料棒が溶け落ち、圧力容器を破損させて漏れ出していた事実が明らかになった。さらに東電では、「2、3号機でも同様のリスクがある」とその可能性を認めている。  東電はこれまで、格納器ごと水に浸す「冠水」で冷温停止を図る作業を進めてきたが、格納容器の破損で水がためられない以上、冠水の実施は困難。実際、これまで1号機に注ぎ続けてきた約1万トンの水のうち約1割が外部に漏れ出したと見られており、うち約300トンの水がこのほど1号機建屋の地下から見つかっている。計画の大幅な見直しを迫られた東電は、17日の定例会見で工程表の改訂版の発表を余儀なくされた。新工程表によると、冠水に代わる圧力容器の冷却方法として、原子炉建屋にたまった汚染水を除染処理、塩分処理して原子炉に戻して冷却を図る「循環注水冷却」(図参照)を採用。そのための設備を早ければ6月までに構築すると説明した。
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 東電が事故収束へ向けたロードマップとなる工程を初めて発表したのは約1カ月前。「収束へ向けて最も重要なのは原子炉を冷却すること」(武藤栄原子力・立地本部長=東電副社長)と東電が自ら強調するように、原子炉冷却は工程の根幹。その最重要工程が、わずか1カ月で修正されたことになる。また、溶けた燃料棒や汚染水が漏れ出た破損部分はいまだ特定できておらず、「循環注水冷却」があくまで応急措置に過ぎないことは明らかだ。  なにより、3月11日の地震発生から「ない」と言い続けてきたメルトダウンの事実が明らかになりながら、会見で淡々と説明を続ける東電関係者に、出席した記者たちのいら立ちは募った。説明に当たった武藤本部長、松本純一本部長代理は、共に慎重に言葉を選びながら「炉心溶融」「メルトダウン」という表現を一度も使おうとしない。  さらに、配布された資料にも「炉心溶融」の文字はどこにも見当たらない。気付けば、4月に発表された工程表に設けられていたはずの「現状」の欄が削除されている。そこにはこれまで、福島第一原発の「現状」として、「燃料の一部損傷」の文字が記されていた。本来なら今回のメルトダウン発覚により、この欄は「炉心溶融」と改められるべきはずである。その欄が消されている。発言からも資料からも、メルトダウン的な表現を排除した対策本部の意図的な姿勢がうかがい知れる。  当然ながら、記者団からの質問は「メルトダウンをどう認識しているのか」に集中した。 ――メルトダウンはないと言い続けながらあったわけだが、これをどう考えるか。 「どうであれ、我々のやるべき対策は同じだと思っています。とにかく炉を冷やすこと。それに変わりはないわけで、これからも続けるということです」(武藤本部長) ――メルトダウンの事実はお認めになるのですね。 「私は英語が苦手なのであくまで日本語で炉心溶融という表現をしていますが、まぁ、翻訳すればそういうことになるのかもしれませんが」(同本部長) ――ご自身の認識が甘かったとは思われませんか。 「そうは思っておりません。我々は当初から、とにかく炉を冷やすことを最優先に考えてきた。それはこれまでも、これからも変わらないわけでして......」(同本部長)  まさに答弁は堂々めぐり。武藤本部長は表情を変えずに淡々と答え続ける。ある全国紙の記者は、「まだこういう態度でくるかね」とあきれたようにつぶやいた。  ちなみに東電は、2、3号機のメルトダウンについては、「(1号機と)同様のリスクはある」としながらも、データが不十分であるとしていまだに事実として認めていない。事ここに至っても、その場しのぎのごまかしを改めようとしていないのだ。  「避難されている方々のご帰宅の実現および、国民の皆様が安心して生活していただけるように全力で取り組む所存です」(武藤本部長の冒頭のあいさつより)との言葉がむなしく響く。国民の安心に向けて本気で取り組むならば、まずは正確な情報の公開と現状の認識が求められるだろう。もはや東電にその場しのぎをしている時間は一秒も残されていない。 ■東京電力が福島第一原発の最新映像を公開  福島第一原子力発電所の対応に追われている東京電力は17日、今月6日に撮影したとされる同原発の最新映像を報道陣に公開した。
 約13分の映像には、水素爆発で窓ガラスや什器などがめちゃくちゃに破壊された事務所の内部や、津波に流されて横転している職員らの乗用車などが映されているほか、放射性物質の漏洩を防ぐためにクローラーダンプと呼ばれる特殊車両で飛散防止剤を散布する作業、無人重機による放射線値が高いがれきの撤去など、過酷な作業の様子なども収められている。  また、作業員が寝泊まりをしている「免震重要棟」では、建物内部に放射線が入り込まないように作業員が注意深く出入りしている様子や、物資をバケツリレーで運び込む様子なども見ることができる。  福島第一原子力発電所の1号機では、3月12日には全燃料が溶融して圧力容器下部に落下するメルトダウン(全炉心溶融)を起こしていたことが分かっており、地震発生時から「炉心溶融はない」と言い続けてきた東京電力は、事故収束へ向けて工程の大幅な見直しを余儀なくされるなど厳しい対応を迫られている。 (文=浮島さとし)
チャイナ・シンドローム コレクターズ・エディション 33年前に"想定"されたこと。 amazon_associate_logo.jpg
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「客足戻らず……」震災2カ月 チャリティーと経営の間に揺れるライブハウス事情

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新宿LOFTに設置された募金箱。
 3月11日に発生した東日本大震災は、音楽業界にも多大な影響を与えている。復興イベントやチャリティーイベントが続々と開催されているが、本来行われるはずだったライブの連続キャンセル、計画停電や世の中に漂う自粛ムードによって、音楽業界を支えるライブハウスの経営が危ぶまれているのだ。  GLAYなどを育てたと言われる老舗ライブハウス・神楽坂エクスプロージョンの小嶋貴氏も、ライブハウスの現状を憂う。 「店舗そのものに大きな被害はありませんでしたが、3月11日から1週間ほど全公演がキャンセルになりましたね。今までにない状況だったため、"こういう時にこうすべき"というガイドラインもない混乱した状態で、いくら店舗やイベンター側がライブをやりたくても、お客さんのことを考えると中止せざるを得ない状況でした。入る見込みだった売り上げが全部断たれているわけですから、その一週間の金銭的なダメージは大きいです。スタッフへのギャラもライブごとに払っているので、ライブがキャンセルされてしまうとそれもなくなってしまう。東北の方々の方が大変といえばもちろんそうなのですが、正直苦しい状況です」  また、業界全体が「ライブイベントをするならチャリティーで」という空気になっており、それ自体はむろん好ましいことなのだが、会場やミュージシャン側もノーギャラというイベントが続いた場合、経営に響きかねないという問題が出てきてしまう。  震災直後から、精力的に復興チャリティーライブを行っていた新宿LOFT店長、大塚智昭氏はこう語る。 「チャリティーライブをやるときに最初から考えていたことは、"アルバイトにはきちんと給料を払いたい"ってことでした。批判もあるかもしれませんが、こちら側の収益がないとダメだ、と。『チャリティーだから会場使用料も無料です、お金は募金箱に入れてください』と言ってしまうと、要は会場で働いている人が完全にボランティアになってしまうわけで、そうすると従業員が食えなくなってしまう。だから出演するアーティストにも、『収益の半分は募金して、もう半分は会場使用料にして、その中から出演者皆の最低限の出演料と交通費も出したい』という企画意図を伝えました」  そういった意図の下、震災直後に救助の手が回っていなかった北茨城にスポットを当てたイベント「LIGHT UP IBARAKI」(水戸ライトハウスと共同開催)で集まった募金と救援物資は水戸ライトハウスを通して北茨城の被災地へ送られた。  また、震災から2カ月がたち、都内のライブハウスは通常営業にほとんど戻りつつあるようだが、まだまだ停電や大規模な余震の可能性も残る今、ライブハウスはどのように対応しているのだろうか。 「今はキャンセルされた公演の振り替えや、通常通りのスケジュールでライブを行っています。節電に関しては照明の数を減らしたり、外の看板の電気を落としたりして対策をしています」(神楽坂エクスプロージョン・小嶋氏) 「一番怖いのが、ライブの最中にパニックが発生すること。例えば、緊急地震速報がお客さんの携帯に入って、皆が一斉に外へ出ようとして事故が起こるようなケース。なので『余震があっても慌てないで、こちらの指示に従ってください」と前説を入れる場合もあります。ウチは地震があっても照明などが落ちてこないようにシッカリ補強しているので、それよりも慌てて外に出ることの方が危ないですから」(新宿LOFT・大塚氏)  しかしながら店舗側がいくら余震対策等をしていても、まだまだ都内も"普段通り"とは言えない状況。客足の方も、震災前と同様に、とはいかないようだ。 「震災以降、前売りチケットがほとんど売れていないんです。僕たちの企画力の問題なのかもしれませんが、まだ"来週好きなバンドのライブがあるから行こう"という気分になってないのかも。電車や電気もいつ止まるか分からない状況ではこちらとしても動員も読めないし、相当しんどいです。ただ、震災発生当日の3月11日に電車が止まって帰れなくなった人の受け入れをやっていた時、普段ライブを見ないような人やしばらくLOFTから足が遠のいていたという人も来てくれたみたいで、そういう人たちがまたライブを見にきてくれるとうれしいですね」(新宿LOFT・大塚氏)  非常時に打撃を受けやすい娯楽産業、さらにその中でも音楽業界はもともと不況が続いている。ベテランから若手までミュージシャンたちはこぞって被災地支援に乗り出しているが、彼らを育て支えてきたライブハウスが今後どうなっていくかは案外、業界の鍵を握っているかもしれない。 (文=藤谷千明)
ライブハウスモンスター 世の中、楽しんだもん勝ちです。 amazon_associate_logo.jpg
【関連記事】 チャリティーの一方で相次ぐ海外アーティストの来日キャンセル 洋楽業界は存亡の危機 「試合がないなら広告料を返金すべき」震災余波で東京ドームに存続危機 モデル業界にも震災余波 外国人モデルは帰国相次ぎ、国内イベントも続々中止で大混乱

「マンホールからの汚水流出も」被災地を襲う深刻な"下水道クライシス"

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宮城県HPに掲載されている阿武隈川下流の
汚泥処理施設被災状況。
 被災地にボランティアや観光客が訪れることを現地の人たちは、おおむね歓迎している。  だが、注意してもらいたいこともあるという。それは「下水の節水」だ。岩手・宮城・福島の三県では下水道が許容量の限界を迎えており、危機的な状況に陥っているというのだ。  仙台市内に住む50代の主婦Aさんは、震災からおよそ2カ月たった現在も自主的に下水の節水を続けている。 「私の家は高台なのでトイレや台所から出る下水は流れていきますが、低い場所に住んでいる人たちは大変ですよ。仙台は西側の標高が高く東に行くほど低くなっていくので、東側のエリアでは下水があふれるって言われているんです。同じ仙台市に住んでいる人を困らせたくないから、なるべく下水を出さないようにしています」  国土交通省が発表した「下水道施設の被害及び応急復旧状況」によると、岩手・宮城・福島県および茨城県の沿岸部にある19カ所の下水処理場が稼働停止しており、このうち11カ所では汚水が流れだす危険がある。先ほどの主婦Aさんが言うように、家庭などから排出された汚水は高い所から低い方へと管を通って処理場まで流されていく。シンプルな仕組みだが理にかなっている。  ところが、この管が破損したり十分な水がなく流れなかったり、流れ着く先で処理しきれずにたまって逆流するといったことが震災発生当初から懸念されてきた。  宮城県土木部下水道課が発表した「平成23年3月11日(金)に発生した『東日本大震災』(東北地方太平洋沖地震)への対応状況について」によると、汚水を処理するための沈殿池から電気設備まで、浄水施設が軒並み破壊されているとある。さらに国交省によると、汚水を通す下水管にいたっては被災地全域で946kmにもわたってダメージを受けた。  また3月には、懸念されてきた宮城県内のマンホールから汚水が流出する被害も発生した。急場をしのぐために宮城県は、仮設の汚水槽で汚物を沈澱させ、塩素消毒といった簡易処理を施して河川に放出し続けるという手段に出た。  県の発表では、被害を受けた下水処理施設は完全に復旧するまで2年はかかるとしている。これを受けて宮城県では異例とも言える「排水の縮減」を呼び掛けた。「食器を洗う水を減らす」、「小便は一回ずつ流さずにまとめて流す」、「トイレットペーパーは流さないで燃えるゴミに出す」といった具合だ。  筆者が避難所を取材したときも、上下水道が止まっており、施設全体に異臭が立ち込めていたため大きな問題になっていた。  震災から2カ月近くたち、必死の復旧作業でインフラ状況が改善してきたといっても、予断は許さない。そのため、先ほどの主婦Aさんのように危機感を共有してきた被災地の人たちは、今もまだ下水を減らす努力を続けているのだ。  ところが、こうした努力が無になる可能性が出てきた。県外の人間が数多く入り始めたのだ。それが冒頭で紹介したボランティアなどの人たちだ。こうした事態を受けて石巻市に住む30代の男性Bさんは、被災地に人が集まることに感謝の気持ちとは別の懸念があるという。 「全国から大勢のボランティアの方が集まってきています。被災した町を見てほしいという気持ちはあるのですが、あの人たちだってみんな食事してトイレに行くわけで、もしかしたら本当に下水があふれちゃうかもと考えると恐ろしいね。彼らは善意で来てくれているし、ありがたいのですが、複雑な気持ちもあります」  処理前の下水のにおいは相当なもので、避難所でそのにおいを経験してきた被災者たちの懸念も理解できる。  同じくトイレ問題が起きたのが1995年の阪神淡路大震災だった。当時、被災者は屋外に穴を掘って用を足したり袋に便をためてゴミに出すなどの工夫をしていたという。  同じように今回の震災でも工夫をして乗り切ろうとしている人もいるが、老人や女性たちの中には、トイレに行く頻度を落とすために水分を控える人もいる。そのため脱水症状やエコノミークラス症候群を起こすおそれもある。  節水を続ける主婦Aさんは「私は便秘だから大丈夫。トイレに行かないで済んでありがたいと思うのは、こんなときだけよ」と語っていた。強がりとも本気ともとれる言葉だ。  ゴールデンウィークに限らず、今後もボランティアをはじめとして被災地に入る人は増加していくだろう。被災地に観光客を呼び込み経済を活性化させることも、被災者が遠方に住む家族や親戚、友人たちと会うことももちろん大切だ。一概に否定はできない。  だが、生活に密接に絡んだ下水問題だからこそ、インフラが復旧しつつあるいま被災地入りするときは、できる限り下水の節水をお願いしたい。 (取材・文=丸山ゴンザレス/http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/
まちの施設たんけん〈8〉水道・下水道 深刻です。 amazon_associate_logo.jpg
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