「本来すべきことができていない」東電OB・蓮池透氏が古巣に呈した苦言

 東日本大震災による原発問題で会社存亡の危機を迎えている東京電力だが、ここぞとばかりにこれまでの"御用メディア"が一斉に東電たたきに走っている。 「東電の広報は毎年、マスコミ対策に多額の費用を使ってきた。一般各紙の担当記者や幹部を原発見学ツアーに招待。地方都市の原発を見学後、その地の高級温泉宿などで接待してきた。だから、これまで原発関係の問題については歯切れが悪い記事しか書けなかった。ところが今回はそれもむなしく、メディア各社から袋だたきに遭っている」(全国紙経済部記者)  ところが、他紙と足並みをそろえていなかったのが朝日新聞だったという。 「朝日はもともと"反原発"のスタンスで、原発見学ツアーへの参加をことごとく拒否。一貫して原発に厳しい記事を書き続け、今回も厳しくたたきまくっている」(同)  そんな朝日の4月30日付紙面に興味深い記事が掲載された。  掲載されたのはオピニオン面「私の視点」で、意見を述べたのは北朝鮮による拉致被害者・蓮池薫さんの兄で元東京電力社員の透さんだった。 「透さんは東京理科大工学部電気工学科卒業後、77年に東京電力に入社。02年に国策会社の日本原燃に出向し同社燃料製造部副部長を務め、核廃棄物再処理プロジェクトを担当。06年に東電の原子燃料サイクル部部長に昇進したが、09年夏に退社した」(全国紙社会部記者)  透さんは「東京電力よ もはや隠しても仕方ない」と題した記事を掲載。記事によると新潟県柏崎市の実家は東電・柏崎刈羽原発から3キロ圏にあり、教師だった父のすすめで東電に就職したという。  入社後、最初に赴任地はなんと現在問題となっている福島第一原発で3、4号機の計測制御装置の保守管理を担当。「現場では、原発は完全に安全だと信じ切っていた」と当時を振り返り、78年発生した宮城県沖地震で「自然災害への防御策の重要性を痛感した」というが、「原発から見える海は穏やかで、15メートルの津波など想像もできなかった。我々の想定が甘かったと言わざるを得ない」と指摘。  東電に対しては「事故発生以来、本来すべきことができていない」、また政府と東電に対しては「何を目指し、何をやっているかが見えてこない」とバッサリ。その一方、マスコミに対しても、自身が深く関わった北朝鮮の拉致被害者問題に絡め「拉致問題でメディアが一斉に北朝鮮バッシングした時を思い出す」とし、「『東電はけしからん』という批判は感情的には理解できるが、非難して留飲を下げるだけでは解決にならない」と呼びかけた。  自らが勤務した原発での問題にどうやら我慢できずに意見を述べたようだが、今後もOBが続々と古巣批判を始めそうだという。 「東電の根幹に関わるようなトップシークレットを握ったOBは多いだけに、今後、新聞よりもいろいろ書ける週刊誌を中心に続々とヤバイ情報がリークされるだろう。そうすれば、ますます東電は窮地に追い込まれる」(報道番組関係者)  そうした情報公開が、一刻も早い事故の収束につながることを願いたい。
原発事故はなぜくりかえすのか 東電さん、いいかげんにしてください。 amazon_associate_logo.jpg
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「"お祭り"デモは世界を変えるか?」活発化する反原発・脱原発運動に見る現代デモ事情

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東京藝術大学准教授・毛利嘉孝氏。
 福島第一原発事故に収束の見通しが立たない中、各地で反原発・脱原発を訴えるデモ運動が活発化している。中でも、震災から1カ月後の4月10日に東京・高円寺で行われたデモには約1万5,000人が集まり、Twitterなどネット上で大きな話題を呼んだ。  だがその一方で、新聞・テレビなどの大手メディアはこのデモを軒並みスルー。また、一部ネットメディアに報じられたレポートに対しても「単なるお祭りでは?」「遊んでいるだけにしか見えない」といった否定的な意見が散見された。  安保闘争や全共闘の時代には社会現象として一般にも強く訴求した「デモ」という行為は、現代においてどんな意味を持っているのか。果たしてデモ行進は、社会を変える求心力たり得るのか。『ストリートの思想』(NHK出版)の著者であり、音楽や美術などの現代文化やメディア、社会運動などの研究・批評を行っている東京藝術大学准教授・毛利嘉孝氏に話を聞いた。 ――毛利さんも「4.10高円寺デモ」に参加されたそうですが、まずは率直な印象を聞かせてください。 毛利嘉孝氏(以下、毛利) みんな「誰かと話をしたかったんだな」ということをすごく感じましたね。3月11日の震災以降、人が集まることが難しくなっていたし、報道を見ていると言論が抑圧されているように感じることもあって「このままじゃ日本がダメになるんじゃないか」という不安を抱えた人たちが集まっていた。僕自身も、外に出て誰かと話せるという開放感はありましたね。 ――確かに、震災からしばらくは"自粛ムード"もあって、外出を控えていた人が多かったように思います。では、そもそものデモの定義とはどんなものなのでしょうか。 毛利 民主主義を支えるひとつの表現形式だと思います。民主主義には、直接民主主義と間接民主主義という2つの形式がありますが、選挙で誰かを選んで政治をやらせるという間接民主主義を補完する役割が、デモにはあると思います。選挙では4年から6年間の代表を選びますが、その人にすべてを任せているわけではなくて、当然、状況が変われば民意も変わっていく。でも、それを示す方法って実はほとんどないんですよね。世論調査もありますが、調査機関によっては、どの程度信用できるのか分からない。これだけ世の中が複雑化してくると、直接的に何かを表現するような空間が必要で、デモはその場所として機能していると思います。
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高円寺のデモの様子。
──一種の抗議運動とは、また別の役割ということでしょうか。 毛利 何かに対しての直接的な"抗議"というよりは、もう少し大きな意味で社会を変えていくような機能だと思います。デモって、複雑なことはできなくて、基本的には「戦争反対」とか「原発なくせ」とかシングル・イシュー(一つの問題をめぐる政治運動)にしか対応できないんです。でも、これが重要になる瞬間があるんですよ。そうした状況では、デモは選挙以外にアクションが起こせる数少ない手段だと思います。  よく東電の前でデモをやればいいじゃないかという声がありますが、あれは直接的な抗議なんですよね。不特定多数の前でやることで、原発問題に興味のない人やあまり否定的ではない人たちに対して何か意見を訴えていく、世論をつくっていくという機能も、デモにはあります。 ──高円寺の話に戻りますが、ロックバンドやチンドン屋、パフォーマーの方も数多く参加していて、従来テレビなどで報道されてきた「デモ」とは違ったイメージを受け取った人も多かったようです。 毛利 昔はデモといえば左翼のもので、イデオロギー的な側面が強かった。社会党系や共産党系、労組をはじめ組織に属する人たちが中心だったんですよね。それが2003年の反イラク戦争デモくらいから、フリーター層を中心に作家やミュージシャンを巻き込んだ、組織に属さない形の今までとは違ったデモが形成されはじめ、世間の"デモアレルギー"のようなものは比較的少なくなってきていると感じます。  今回の高円寺に関して言えば、あの街はやっぱりサブカルチャーなんですよね。ロックミュージシャンやライブハウス、飲み屋が多いし、ヒッピー文化も残っているから、ああいうデモになったと思うんです。高円寺が持つ独特のくさみというのは多くの人に受け入れられないものかもしれないけれど、逆にそこが魅力的だったりする。だからこそ1万5,000人もの人が集まったんだと思います。 ──そうした雰囲気、「祝祭性」のようなものに対して、切実に原発を停めたいと思っている人や、反でも推進派でもない人の中には違和感を覚えた人も少なくなかったようです。 毛利 確かに、「もっと真面目にやれ」「代替エネルギーをどうするんだ」などの批判もありましたが、今回のデモを主宰した「素人の乱」の松本哉さんはそんなことは考えていない。彼はただ原発を停めたいだけでデモをやった。けれど、生真面目で知識がある人だけのものだった政治のすそ野を広げたということは、今回の高円寺デモの最大の功績だと思います。「素人の乱」がこれまで培ってきたデモのノウハウが生かされたと思いますよ。でも、それは生真面目な政治を否定するものでは決してありません。それはそういう議論の場所を別に確保していけばいいんじゃないでしょうか。  海外でも30万人規模のデモになれば、基本的には巨大レイブパーティーみたいなもんですよ。やっぱり生真面目な政治に特化しても、それだけでは人は集まらないんです。情動だとか楽しさだとか快楽だとかがあって、初めて人は動く。だからこそ、今はデモが祝祭的になっていると思うんですよ。 ──ドイツでは福島第一原発の事故を受けて、25万人が反原発デモに参加し、実際に原発が一時停止しました。日本でもこうした大規模デモが発生する可能性はあるんでしょうか。 毛利 反原発に関して言うと、やっぱりまだ多くの人が原発は必要だと思っていると思うんですよね。「簡単に停めるって言っても難しい」というのが大きな意味での国民のコンセンサスでしょう。多くの人にとってまだ問題にさえなっていない。それがこれまでデモに人が集まってこなかった、ひとつの要因ですよね。一種の無力感もあるのではないでしょうか。 ──その無力感の正体とは何なのでしょうか。 毛利 今までデモで何も変わってこなかったというのが大きいと思います。何かを変えた経験もないし、市民革命も一度も起こらなかった国ですから。外国からの外圧と上からの改革で乗り切ってきたわけで、こう言うと日本人の国民性という話になってしまいますが。  でも今回はさすがに「福島ちょっとまずいんじゃない?」という雰囲気が出てきている。だから今後、"統一行動デー"みたいなものはあると思いますよ。高円寺や下北沢、芝公園、東電前など分散化して最後にどこかで集まるとか。それぞれに1万人が集まれば10万ぐらいになりますからね。そこからさらに広がる可能性はあります。全然原発問題に関心のない人がそういうデモを見たら、「こんなにみんな反対しているのか」とショックを受けますよね。会社や学校では誰も「原発ヤバい」と言っていなくても、週末に街に出たらみんな反対している。そういうアピール力はあると思います。 ──デモが国を変えることもあり得そうですか? 毛利 一日に10万人集まれば変わってくると思いますよ。基本的に政治家にしてもメディアにしても、世間の意見には一定限度を超えるとどこかで従わざるを得ないので。今回の原発は停まらないと本当にヤバいけれど、現実的にはすぐに停まるものではない。いったん停止した後も15年とか20年かけて徐々に処理するしかないものだから、やっぱり反原発というよりは、脱原発というのがコンセンサスになっていくと思います。それをどうやって主張するかっていうと、当面デモくらいしかない。ネットで呼び掛けて署名を10万集めても、それだけで何も変わらない。実際に外に人が出て具体的に姿を見せないと変わらないと思います。10万人集まる段階でも、メディアが世論調査をしたら脱原発派は5割を切るかもしれませんが、10万人が街中に集まったときのインパクトはすごい。さらに、本格的にミュージシャンなど影響力のある人が入ってくるとだいぶ変わると思いますよ。今の時代、1人のカリスマが出てくることは難しいと思いますが、マスにアピールできる人たちが何人か出てくれば。 ――今、何かしたいけど何をしたらいいか分からないという人が多くいると思います。脱原発デモに参加したいという人が、自分に合ったデモを見つけるにはどうしたらいいのでしょうか? 毛利 ネットで情報を集めることもできるけど、やっぱりこういうのって人間関係なんですよ。行ったことがある人に聞くというのが一番ですね。明確な意見がなくても、実際に身体を動かして情報収集したり行動することには意味があると思いますよ。今はシュプレヒコールとかも無理に声を出さなくても構わないし、気軽に参加してみればいいんじゃないでしょうか。 ──気軽に参加してみてもいい。 毛利 最初は不真面目でもいいんですよ。最終的にどこにデモの到達点があるかというと、結局みんな楽しく生きたいわけですよね。楽しい世界を獲得したいのに、そのために必要以上に苦労するというのはあり得ないですよ。もともとお祭りやカーニバルっていうのは、普段自由に意見を言えないような民衆が爆発するという政治的なものだし、ボトムアップの民主的な政治の現れでもあると思いますよ。 (取材・文=編集部) ●もうり・よしたか 1963年、長崎県生まれ。京都大学経済学部卒業。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジにてPh.D(sociology)を取得。九州大学助教授などを経て、現在東京藝術大学音楽学部音楽環境創造科准教授。専攻は社会学、文化研究。著書に『文化=政治――グローバリゼーション時代の空間叛乱』(月曜社)、『ポピュラー音楽と資本主義』(せりか書房)、『ストリートの思想』(NHK出版)などがある。
ストリートの思想―転換期としての1990年代 デモも進化しているようです。 amazon_associate_logo.jpg
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"原発擁護"芸能人に強まる風当たり インテリ芸人・水道橋博士はどう動く?

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公式ブログ「博士の悪童日記」より
伝説のスキャンダル雑誌「噂の真相」の元デスク神林広恵が、ギョーカイの内部情報を拾い上げ、磨きをかけた秘話&提言。  事故発生から1カ月以上たつにもかかわらず、収束にはほど遠い福島第一原発事故。長引く放射能漏れの事態に、パブリシティー協力など原発推進に手を貸した著名人への批判が巻き起こっている。石原良純、星野仙一、弘兼憲史、茂木健一郎ら。  特に放射能漏れ以降も、「原発擁護」を繰り返していた勝間和代などは、あまりの風当たりの強さからかついに白旗を揚げ「配慮を欠いていた」と謝罪。著名人だけではなく、原発推進派であった原発関連学者たちも、次々と自己批判する事態となっている。 「推進派も、ダダ漏れが続く放射線の恐怖や世間の風当たりに勝てなくなったのでしょう。『安全、安全と言っても、では家族を福島に行かせられるのか?』と言われれば黙るしかないような状況ですからね」(某週刊誌記者)  そんな"原発推進"文化人の中にあって、意外だったのが浅草キッドの水道橋博士だ。水道橋博士は2009年に「アエラ」(朝日新聞出版)で浜岡原発を見学PRしており、さらに東日本大震災直前にも「週刊現代」(講談社)で2週にわたり柏崎刈羽原発で安全をPRするタイアップ記事に登場しているのだ。 「水道橋博士は芸人という枠を超え、サブカルやメディア状況、社会情勢などに造詣が深く、書評・文筆までこなすインテリ芸人としての地位を確立しています。これまでのスタンスからすれば、反原発でもおかしくはない」(前出)  とはいえ、居並ぶインテリどもが率先して安全をPRしていたのだから、今回の事態に対し、何も水道橋博士だけに責任があるというのではない。だが、原発事故後の彼の言動を見ると、どうしても突っ込みたくなるのだ。  公式ブログ「博士の悪童日記」を見ると──。 <(大地震直後)テレビに映る映像に......もはや涙が止まらない。完全に取り乱す。>  そして3月16日。 <原発に関しては異論反論交錯する。情報提供が不十分、したがって客観的情勢判断できない状況。> <カミさんも子供たちも動揺が続くが、意を決して朝から荷造り。「あまり深刻に考えずに......前倒しの春休みだと思って、日頃会えない、おじいちゃん、おばあちゃん孝行をして欲しい!>  原発事故にオロオロし、家族を西へと疎開させるに至ってしまうのだ。もちろん小さな子どもがいるのだから、こうした判断も当然だ。だが、直前に「原発は大丈夫」と言った自身の言動への自己批判、いや言及さえ一切ないのはいかがなものか。  その後も、 <今日、遡ればどんどん事態が悪くなっているではないか......。モニターの前で何度もため息をついた。> <帰宅後、ニュースでは、プルトニウム検出の報。やっと漫才も終わり家族は東京に帰ってきたというのに......もちろん僕はずっと東京で仕事だが......子供たちは......。明日、今一度、話しあおうと思う。>  と、オタつく一方、ここには諸悪の根源である東電や原発に対する批判は一切ない。なんだか感傷的な文章である。 「今回おかしかったのは、原発=東電PRに加担して、安全だと言っていた推進派の人々の方が、むしろ放射能を恐れる傾向にあることです。彼らは政府や東電の言う『安全』だという言葉を全く信じていない。もちろん自分たちのこれまでの言動も、ね(笑)」(原発問題に詳しいジャーナリスト)  福島県知事が東電社長に対し「福島に長期滞在していない」と批判したが、同様に推進派こそが放射能におびえるというパラドックス──。原発の当事者や推進派著名人がこうなのだから、一般市民が何を信じていいか分からないのも当然だろう。  まだ遅くはない。水道橋博士には「東電や原発にはコロっとだまされたよ。ギャラもよかったからさ」と表明してほしい。その上でギャラや裏話も暴露し、ギャラの何分の一かを義援金にすればいいと思う。  まだ間に合う!! (文=神林広恵)
博士の異常な健康 そんなに健康マニアなら......ね? amazon_associate_logo.jpg
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原発事故は海外でどう受け取られているか 欧州でも注目される「FUKUSHIMA」の行方

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 サッカー欧州CLの取材で4月4日に日本を発ち、ミラノ(イタリア)、デュッセルドルフ(ドイツ)、ユトレヒト(オランダ)、マンチェスター(イギリス)などを回り、ベルリン(ドイツ)に来てから1週間が過ぎた。到着時は肌寒かったベルリンも、日に日に気温は上昇し、夏の到来を感じさせている。  さて、日本ではいまだ東日本大震災の余震が続き、福島第一原発の安定化に向けた作業もスムーズにいっていないと聞く。  もちろん、こちらヨーロッパでも連日大なり小なりテレビ・新聞等で日本の動向は報じられている。しかし、そこには出発前に日本で見聞きしていた情報と若干のズレがあるのは素人目にも明らかだ。    被災地の悲惨な状況や原発周辺のリアルな映像(防護服を着た作業員の活動状況や爆発後の建屋内の様子など)は、日本では目にしていなかった形で流れている。  そして、震災から1カ月が経過した現在では、復興に向けた動きというよりも圧倒的に報道量が多いのは原発問題。「FUKUSHIMA」という文字が、そこかしこで見受けられる。  事故レベルがチェルノブイリ原発(1986年)と同様の「レベル7」に上がった今、さまざまな比較がなされていることと思うが、イタリアの知人によれば「イタリアには事故後、チェルノブイリから流れてきた移民が海外駐在員の家で家政婦などをしていることが多いが、割と若いのに(30~40代)がんで亡くなっている人が多い」という。因果関係は不明だが、幼少期に両親ともども避難してきた世代ががんを発症していると考えてもおかしくない。  ドイツでは、最近チェルノブイリに撮影に行ったというカメラマンに会ったが、現在でも周囲30キロは隔離されており、廃炉となった原発には一般人は近づくことはできないという。  ベルリンのホテルマンは「ドイツ人はヨーロッパのほかのどの国民よりも原子力に対して批判的なんだ。こちらでは日本政府が真実を伝えていないとの報道もあった。廃炉にするにしても、チェルノブイリよりも大変で、ずっと長くかかるらしいね。十分、気をつけて」。  デンマークの友人からはこんなメールが来た。「デンマークのメディアはいま、この期に及んで原発頼みのエネルギー政策を変えようとしない日本政府の対応を、驚きを持って伝えています」と。  そういえば、出国便のKLMオランダ航空は搭乗2日ほど前になって急に「成田ーアムステルダム」便が関西国際空港経由になったと連絡してきた。震災の影響で、成田では食事や水などの物資の確保が難しいとの理由だったが、乗務員自体も全員関空で交代。つまりは、オランダ人スタッフも成田滞在を避けたかったようだ。  果たして、実態はどうか。困難な時だからこそ、報道に惑わされず、確かな情報に基づいた判断と行動を個々がすべきなのかもしれない。 (文=栗原正夫)
Fukushima, mon amour 「愛するフクシマ」だそう。 amazon_associate_logo.jpg
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省エネを高く評価された東京電力 2月に受賞決定の「第20回地球環境大賞」を辞退へ

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「地球環境大賞」公式サイトより
 瞬時に東北地方の太平洋側を壊滅状態に陥れた東日本大震災。こうした未曾有の災害時こそ、取材記者を大量に動員できる大手新聞・テレビの真価が問われるところだが、そんな中、ひそかに「しまった!」と首脳陣が頭を抱えているメディアグループがある。 「『地球環境大賞』を主催しているフジサンケイグループです。20回目となる記念すべき今年の大賞受賞者になんと東京電力を選んでしまい、対応に大わらわのようです」(大手紙幹部)  「地球環境大賞」とは、1992年に産業界を主な対象にフジサンケイグループが立ち上げだ顕彰制度。秋篠宮殿下が名誉総裁を務める財団法人「世界自然保護基金ジャパン」の特別協力も得ており、ホームページによれば「環境に関する顕彰制度として日本でもっとも権威と格式をもつ」のだそうだ。 「審査員には、有馬朗人・元東大学長のほか権威をズラリとそろえていて、なるほど、"格式"ある賞の体裁を取っています。しかし産業界を主な対象にしているだけあり、大企業が順繰りで受賞している仲間内の催しという感じ。東電にしてみたら、20年目にしてようやくめぐってきた栄冠でした」(同前出)  受賞決定は、今年2月のこと。受賞者には財界を代表する企業がズラリと居並び、そのトップに東電が輝いた。その受賞理由は、こう説明された。 「川崎火力発電所(川崎市川崎区)に隣接する工場を新設の配管で結び、発電時に発生した蒸気を各工場に供給、熱源として再利用できる仕組みを構築し大幅な省エネを実現した。審査委員からは『既存のシステムを変えて省エネを図るものであり、大変効果的だ』(合志陽一・筑波大学監事)、『企業の境界線を超えた面的な省エネ活動の好事例』(椋田哲史・日本経団連常務理事)など、周辺地域を視野に入れた取り組みが高く評価された」  要するに、「省エネ」「CO2(二酸化炭素)削減」を金科玉条のようにうたい、この物差しにかなう取り組みこそ優良企業の証しだと言わんばかりなのだ。  しかし、今となっては悪いジョークでしかないだろう。受賞決定翌月の3月、東電は原発事故を引き起こし、放射性物質をまき散らしているのだ。  この状況に「環境大賞」はあまりにも不釣り合いだろう。目に付きやすい小手先の「省エネ」事業に取り組み、企業イメージをアピールしようと腐心するあまり、結果的には自然環境そのものを破滅へと導く形になってしまっている。  今回の震災と福島第一原発事故を受けて、フジ側は4月5日に予定されていた授賞式を延期すると同時に、東電の受賞を取り消すかどうか判断を迷っていたようだ。  13日になって、東電・清水社長が会見で、この受賞について「辞退する方向で調整したい」とし、主催のフジ側も、東電側から辞退の意向があることを認めた上で「今後、顕彰制度の趣旨に照らし合わせて、審査委員会ならびに顕彰制度委員会に諮り、正式決定する」とコメントしている。  審査委員長の有馬氏は、今回の受賞決定に際して「環境問題の解決に向けた各社の活動は年々深化しており、温暖化防止に向けたCO2の削減はもとより、生物多様性の保全など取り組みにも幅が出てきた」と語ったが、その見識こそ、あらためて問われることになるだろう。
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田原総一朗が「震災報道」に見た既存メディアの問題点と可能性とは【3】

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【1】【2】はこちらから 浮島さとし(以下、浮島) 田原さんご自身のお話に戻るんですが、今でこそ政治評論の重鎮としてご活躍ですが、お若いころはかなりメチャクチャをされてたというお話を耳にします。 田原総一朗(以下、田原) どうかな。例えば、どんな? 浮島 あの、元全共闘のヒッピーが全裸で行った結婚式の取材で、花嫁がノリで列席者全員とセックスすることになり、田原さんも花嫁に請われてその場でセックスしたという話は、あれはガセですか。 田原 しましたね。スタッフもみんな。それで、そのまま撮ってオンエアしましたよ。 浮島 そうですか(笑)。じゃ、ニュージャージー州でマフィアに取材を申し込んだら、マフィアの人間がビリヤード台を指して、この場で売春婦とセックスしたら取材を受けてやると言われて、実際にその場でヤったというのも本当ですか。なんかセックスの話ばかりで恐縮ですが。 田原 本当ですよ。だって取材するためだからしょうがない。取材はなんでもありですよ。 浮島 よくその状態で●●●が立ちますね......。ビビったりしなかったんですか。 田原 なんでビビるの? 浮島 なんでって、周りにマフィアがいるからです。 田原 だって、こっちは取材をしたいんですよ。そのためにはなんでもやりますよ。あのね、取材ってのは最終的にどこか命を張るという部分がないとダメですよ。だから向こうもこっちを信用する。そういうもんです。 浮島 今のお話で思い出したのですが、先日、(政治評論家の)三宅久之さんとお会いしたときに、70年代に起きた「西山事件」についてお聞きしたんです。当時、毎日の記者だった西山氏が、外務省の女性職員と懇ろになって沖縄返還協定に絡んだ機密情報を入手し、それをスクープとして出した。三宅さんは当時、毎日新聞デスクで西山記者の上司だった。 田原 あの時は取材方法が問題視されて、毎日新聞が世論からも同業他社からも批判されましたね。最後には男と女のスキャンダルに話が矮小化されてしまった。 浮島 三宅さんによると、その時ただ一人味方してくれたのが、ナベツネさん(渡辺恒雄・読売新聞社主)だったそうです。記者仲間の飲み会の場で「おまえら、おマ●コまでしてスクープ取ってこれるのか! オレのライバルは西山だけだ!」と言ってくれたと。ナベツネさんといえば今回のプロ野球開幕強行発言で男を下げましたが、これは若かりしころの男前なお話だなと。 田原 だってねえ、取材っていうのは、方法が三つあるの。盗むか、だますか、買収するかなんですよ。その意味で、西山事件は批判されるような問題では全然ない。 浮島 今、日本で盗撮のような手法で取材をして、仮に重大な反社会的行為の事実を引き出したとしても、当局以上に視聴者やネットユーザから取材した側に批判が来ますよね。「おまえら法律に違反してネタ取ってるじゃないか」と。 田原 だろうね、でも叩かれてもいいじゃない。昔ね、アメリカのあるスーパーが腐った肉をミンチにして商品として売ってるという噂があって、アメリカのテレビ局の人間がスーパーの店員に化けてカメラを持ち込んで、腐った肉を加工してる現場の撮影に成功して放送したの。そしたらそれがドキュメンタリーの権威ある賞を取った。 浮島 それはすごいですが、訴訟をされたりとかは。 田原 もちろん訴えられた(笑)。しかも裁判に負けた。で、僕はその取材をした責任者を取材したの。「負けたね、やっぱり違法だね」って。そしたら「そうですね」って。「これからどうする、もうしないの」と聞いたら「方法がまずかった。もっとバレない方法でやる」と。 浮島 コンプライアンスもクソもない(笑)。でも取材方法としては正しいと。もっとも、コンプライアンス自体が悪いわけじゃないですしね。法令遵守は必要なのであって、その解釈がゆがんで独り歩きしていることが問題ということで。 田原 西武ライオンズに東尾修っていうピッチャーがいたでしょ。彼に「ボークの定義って何だ」って聞いたの。そしたら、「アンパイアがボークと言ったらボークです」と。「あなたはボークしないの」と聞いたら、「バレないようにやるんだ」と。そういうもんです。 浮島 圧力に萎縮せずに、したたかに一貫してやり続ける姿勢が求められると。 田原 あと、楽しむことも大事じゃないかな。僕も裁判起こされたりしたけど、誤解を恐れずに言えば、裁判そのものはすごく面白かった。そしたら弁護士がね、こんなの面白がるの田原さんぐらいしかいないって。 浮島 ああ、なるほど。実は田原さんが提訴された時もすぐに事務所にインタビューを申し込んだんです。絶対に今は断られると思ったら、秘書の方は「田原は全然OKだ」と。でも、弁護士がNG出すかもしれないとおっしゃるので、担当弁護士の●●さんに電話で聞いたんです。そしたら●●弁護士も「田原先生は絶対OK出しちゃうと思うけど、今は遠慮してもらえますか」と言ってました。今のお話を伺って、なんか、そのときの空気が理解できました(笑)。 田原 ああ、●●さんがね。そんなことがあったの。 浮島 田原さんといえば『朝まで生テレビ』(テレビ朝日系)です。1980年代後半のかなり初期の放送を、学生だった私は友人と見ていた記憶があるのですが、田原さんが討論のテーマに予定されていなかった天皇制の問題を急に語り始めたんです。当時は天皇制といえば、今とは比較にならないくらいタブー視されていて、テレビで正面から議論するなんてあり得なかった。だから、見ているこちらにも「この司会者、何かやり出したぞ!」とびっくりして。あれ、確信犯ですよね。最初から企んでたのですか? 田原 あれはね、あのとき昭和天皇のご容態が思わしくないころで、今ここで天皇制の議論を避けるのはどう考えてもはおかしいだろうと、前もって局のプロデューサーに持ちかけたんですよ。そしたら彼も悩んでたけど、やっぱり無理だと。だから分かったと。その代わり、「生放送だから、たまたま話がそっちへ流れてしまうことは、アクシデントとしてはあり得るよね、その場合の責任は僕が持つしかないよね」と言ったの。そしたら彼は黙ってた(笑)。それを僕は暗黙の了承と受け取った。 浮島 あのとき田原さんが「今、天皇陛下が......」と切り出した途端、パネラーの間に緊張が走ったのが画面を見ていてもわかりました。猪瀬(直樹)さんですら動揺してましたから。田原さんも視線を盛んにチラチラとスタッフの方に動かしていて、スタジオが右往左往している空気が伝わってきたのを鮮明に覚えています。結局、栗本慎一郎さん(当時:明治大学教授)が「聞いてない!」って顔を真っ赤にして退席しちゃうし。あれはしびれましたね。 田原 しかけてナンボですからね。テレビというものは。 浮島 「朝生」はご自身で構成を考えるのですか。 田原 そう。全部こちらでやる。出演者もほとんど自分で選びます。で、このメンバーだか、ら、だいたいこういう話の流れで、という感じで。ついでにスポンサーまで自分で見つけてくることがありますよ。 浮島 その構成通りにいくものですか? 田原 一回もいったことない。むしろ、いきそうになるとこっちからかき回すから。当たり障りない答えばかりされるとつまらないでしょ。 浮島 スポンサーという言葉が出ましたが、よく「スポンサーの圧力」という言葉が使われますよね。スポンサーや広告代理店から電話がかかってきて「番組やめろ」みたいな。朝生では実際のところどうなんですか。 田原 あのね、スポンサーだって出資している以上は視聴率には敏感だけど、圧力をかけて番組をつぶすなんてことはまずありませんよ。それを言ってる局の人間がいたら、ただの言い訳。自分の力の無さを責任転嫁してると思っていい。そりゃね、トヨタ批判をする番組をトヨタのスポンサードでは作れませんよ。でも、そういう極端な形でない限り、スポンサーは文句なんて言ってきませんよ。 浮島 『朝生』を長くやってこられて、局のスタッフも世代交代してきて変化もお感じになると思うのですが、何か一貫したテーマとして掲げているものはありますか。 田原 まぁ、全体的に昔よりやりづらくなったけど一言で言えば、やりにくいものをどこまでやるかがテーマですかね。さっきもあなたが言ったけど、コンプライアンス部の監視体制も厳しいしね。 浮島 正直言って、段々つまらなくなってきたんじゃないですか。 田原 それはないでしょ。僕はね、テレビ局の監視体制が強まってくるのは、半ば歓迎してるの。つまりケンカでしょ。ケンカする局面がいっぱい出てくるっていうのは楽しいことだよ。 浮島 でも、昔はできたことができなくなると、自分の伝えたいものとは違う番組になるとか。 田原 それはならないでしょう。こういうふうにやってできなければ、こっちからやるか、あっちからやるか。要はやりようですよ。 浮島 それを若いスタッフやディレクターさんに伝えていかれるのですか。 田原 いつも言ってますよ。僕は昔から言ってるの、民放のディレクターなんてのは自分の表現したいことができるはずがないって。なぜなら、テレビは総務省が監督官庁として完全に管理してるから。スポンサーもいるから視聴率も無視できない、上層部からの圧力だってある。三重に縛られてるんです。じゃあ、自分のやりたいことが全然できないかというと、逆に考えれば三重に縛られてるから面白いんだって。縛りの中でいかに自分のやりたいことをやるか。縛りがないところでやりたいなら同人誌が一番縛りがないからね。でも、それじゃ面白くないでしょ。やっぱり文句を言われるから面白いんですよ。
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田原総一朗が「震災報道」に見た既存メディアの問題点と可能性とは【2】

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撮影=笹村泰夫
【1】はこちらから 浮島さとし(以下、浮島) 取材力の話に関連するのですが、警察情報を記者が記事にする場合、被疑者が警察に拘束されていると、情報の裏を取るのが非常に難しい。結果、警察が言っていることをそのまま書くしかない。それがパターン化しているという現状があります。 田原総一朗(以下、田原) もともとマスコミってのは、取材源に対して立場が弱いんですよ。典型的なのが、今言った警察や検察に対して。例えば今、ホリエモンが逮捕されたとしますよね。検察は堀江さんを有罪にしたいから、いかに彼が悪人で汚い人間かという情報を一方的にリークする。身柄は当局に拘束されているから裏が取れない。なので、メディアは取材をせずに、リーク情報をそのまま世にはんらんさせ、それで世論が形成される。 浮島 検察が意図した通りに世論が作られる。あるいは、検察に批判的な記事を書く記者は(記者)クラブに出入り禁止とか。 田原 それもある。検察の意図に沿って流さないと、嫌がらせをして取材を拒否したりね。拒否されたら、検察情報が一切入ってこないから紙面が作れない。従って、検察の批判記事は基本的に新聞に出てこないという構図があったわけだけど、例の村木厚子さんの冤罪事件では、さすがに各紙ともここぞとばかりに検察をたたいてましたね。ただ、あの事件については批判できたけど、また別の事件については前と同じで、検察の圧倒的な優位性は変わらないでしょう。 浮島 検察タブーと関連するのですが、田原さんがメイン司会者だった『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)の打ち切り理由は、検察批判の急先鋒である元検察官の郷原信郎氏を、田原さんが番組に呼んで自由に発言させたことに対して、局の上層部から圧力がかかったからだという話もありますが。 田原 郷原氏を今後も番組に出すのであれば朝日の司法記者を出入り禁止にすると、検察からそう言ってきたという話は聞いています。 浮島 検察から記者を出入り禁止にされたら、朝日新聞は記事が作れない。困った上層部は、田原さんを切ったと、こういう構図ですか。 田原 まぁ、必ずしもそれだけとは言いませんけどね。あの番組がいろんな意味で局の上層部にとって重たい存在だったのは確かでしょうね。 浮島 局の上層部からしたら、田原さんが"空気を読まない"番組作りばかりするので負担だったのではないでしょうか(笑)。その意味では、鈴木宗男前衆議院議員が収監される前にもインタビューをされていますが、あれも地上波では放送できないのでニコニコ動画で流したのですか。 田原 そう。収監前にどうしてもメッセージを撮りたかった。彼は裁判について言いたいことがいっぱいあるわけだから。テレビに持ちかけたらNGだというので、それでニコニコ動画に「やらないか」と言ったら「やりましょう」と。それで70分流しました。 浮島 宗男さんがNGだというのは、刑事被告人や容疑者だからという理由は分かるのですが、そういうNGの基準って各局の規則やガイドラインにでも明記されているのですか。 田原 明記はされてないけど、起訴されて裁判中の人間は出さないのが一応はテレビ界の大原則なんです。 浮島 しかし、それを言ったら堀江貴文さんもそうだし、もっと言えば田原さんも裁判中じゃないですか(編注:北朝鮮による拉致被害者の有本恵子さんの両親が田原氏の発言をめぐって2009年7月に神戸地裁へ提訴)。 田原 そう。だからそこらへんはあいまいというか、ガイドラインとして明文化されてるわけじゃないから。今のところでいうと、「堀江さんはOK、ただし裁判のことは言っちゃいけない」みたいな空気にはなっていますね、テレビでは。 浮島 でも、そういう「空気」も黙ってて自然に出来上がるわけではないですよね。田原さんが堀江さんをテレビに引きずり出したいと思っても、局から「被告人だからダメ」と言われ、そこから折衝して出演までこぎ着けるわけですよね。今でこそ堀江さんは普通にテレビへ出ていますけど。 田原 もちろんそう。僕はね、「番組を作る」とか「表現をする」ってことは、(テレビ)局側とのケンカだと思ってるんです。あるいは新聞社の「社」でもいいですね。雑誌だったら編集部。そことどこまでケンカできるかだと思います。逆に言えば、それがあるから面白いんじゃないですか。 浮島 田原さんは1964年に東京12チャンネル(現:テレビ東京)に入社以来、45年以上テレビ業界に携わっていらっしゃるわけですが、当時と今では世の中の状況もテレビ局員の社会的地位も全く違うと思うのですが。 田原 違うね。僕が東京12チャンネルに入ったころは、テレビがとてもいいかげんな時代だったの。ステータスも全然なかった。特に東京12チャンネルはできたばかりの「テレビ番外地」みたいな、インディーズ的な会社だった。誰にも相手にされないから、今のニコニコ動画みたいにいろんな番組が自由に作れたんですよ。でも、徐々にテレビ会社も就職試験が難しくなり、一種のステータスになってくると、だんだん縛りが強くなってきた。 浮島 テレビが自由にできたというのは、当時はまだ活字媒体の方が社会的地位がはるかに高くて、視聴者もテレビをそんなに信頼していなかったという要素があったと思います。まさに今のネットと同じで。自由な番組作りができるというネットメディアも10年後は、テレビと同じ道をたどるとは言わないまでも、今と違った形になると考えられますよね。 田原 確かに違った形にはなると思うけども、ただネットメディアは誰もが発信者になれるというのが最大の特徴だからね。これはテレビなどの既存のメディアとは大きく違うところなんで、同じ道をたどることはないと思う。ただ、ネットは「金を払わない」というのが主流だからね。ビジネスモデルの構築が大きな課題ですね。堀江(貴文)さんなんかは有料メールの会員を相当抱えているようだけど、誰もができるモデルではないからね。ニコニコ動画なんかは、ようやくビジネスになり始めたというけど。 (【3】につづく
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田原総一朗が「震災報道」に見た既存メディアの問題点と可能性とは【1】

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撮影=笹村泰夫
  『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)の顔として、テレビジャーナリズムの可能性を切り開いてきた田原総一朗氏。1964年の東京12チャンネル(現:テレビ東京)入局以来、約半世紀にわたりテレビ業界を見続けてきた。また、緻密な取材を基にこれまで150冊を超える著書を出すなど、活字ジャーナリズムの世界でも第一人者として活躍を続けている。その田原氏が、3月11日以来続く一連の「震災報道」の問題点や、『サンデープロジェクト』(同)打ち切りの真相、さらには若かりしころの破天荒な仕事ぶりなどを激白。既存メディアの可能性や問題点を浮き彫りにしてもらった。
(聞き手=浮島さとし/フリーライター) 浮島さとし(以下、浮島) 3月11日の大地震から早くも1カ月がたちました。一連のマスコミ報道をご覧になっていてお感じになることはありますか。 田原総一朗(以下、田原) 新聞やテレビが政府の発表をそのまま垂れ流していますよね。たとえば、11日の大地震の翌日に福島第一原発の1号機が水素爆発を起こした。これで建屋が吹っ飛びました。ところが、建屋の内部で爆発するほど気圧が上がる理由は、普通はないわけですよ。であれば、どこからか高い気圧が漏れてきたということになる。建屋内部で気圧が高い箇所といえば、圧力容器の中と考えるのが妥当なんです。 浮島 あの時点では、まだ政府は圧力容器の損傷はないと言っていたわけですが。 田原 政府は確証情報しか出さないからね。でも、順を追って普通に考えれば原子炉が原因と推測できるはずです。ということは当然、圧力容器が破損していると見なければならない。圧力容器が破損するということは、燃料棒が溶融している。もちろん、それは推測です。しかし、そういう推測を政府は発表しない。政府が発表しないと、マスコミも報じない。でも本来マスコミは、その可能性を報じないといけないんですよ。 浮島 専門家の中にはツイッターやブログなどで炉心溶融の可能性を示唆していた人もいましたが。 田原 そういう声がテレビになかなか出なかった。破損している可能性が高いと論理的に確証を持って言える専門家は居たわけで、たぶん記者もそこは取材しているはずなんですよ。でも、怖いからそれを発表しない。なぜか。「危機感をあおっている」「風評被害だ」と言われるのが怖いから。その結果、無難な報道に徹してきた。無難な発表というのは政府の発表をそのまま伝えるということなんですよ。 浮島 いわゆる、大本営発表。 田原 その通り。大本営発表ですよ。でも、戦争中は言論統制が厳しくて戦争反対なんて言えなかったけど、今は統制なんてないわけ。なのに、なぜかマスコミは大本営発表をだけを垂れ流す。理由は無難だからですよ。 浮島 それと、地震から4日目くらいですか、一斉にどこの局も番組編成を通常の形に戻し、バラエティー番組も始まりました。NHKも大河ドラマを始めて、気付いたら地震報道をしている地上波が一局もないという状態になりました。あの時は、建屋内部が冷却できずに温度が上がり続けていて、恐ろしく緊迫していたはずなのですが。 田原 それも無難だから。バラエティーを始めたら時期尚早と世間からたたかれるかもしれない。やるならみんなで一緒にやりましょうと。自分のところだけたたかれないで済むわけだから。自粛だってなぜするかといえば、無難だからですよ。自粛しないと批判される。とにかく無難でさえあればいいという。その結果、事実が視聴者に伝わらない。それが一番の問題です。 浮島 田原さんはよく「今のメディアは守りに入りすぎて面白くない」という趣旨の発言をいろいろな場でされています。昨今は各局ともコンプライアンスを専門に取り扱う部署が発言力を持ち、思い切った番組作りができないという話も聞きます。コンプライアンスという言葉が独り歩きをしているとの指摘もあるようです。 田原 コンプライアンス部ってのは、クレームをつけるのが仕事の部署なんですね。例えば「視聴者からこんなクレームがあった」と大騒ぎする。大騒ぎしないとサボってるってことになる(笑)。それもあって、テレビも新聞も非常に神経質になってる。最近ね、相撲に対しても政治に対しても、あるいは19歳の受験生がカンニングしたことに対しても、新聞記事やテレビの番組にクレームがいっぱいくるわけ。世間の目が非常に厳しいよね。僕は一種のいじめだと思うけどね。 浮島 制作サイドが思い切ったコンテンツ作りをできない大きな理由は、クレームを恐れた過剰なまでの組織防衛の風潮だということになりますか。 田原 それが一つね。もう一つ大きいのが経費の問題。結局ね、新聞もテレビも不況なんですよ。広告費が落ちて景気が弱くなると経営がそれだけ弱気になる。新聞なら取材費、テレビなら制作費を落とそうとする。これにより取材が十分にできなくなる。すると、取材に自信を持てなくなる。自信がなくなると臆病になって、その結果、「危険なことはやめよう」「無難にやろう」という動きになる。それが今のコンプライアンスとやらの実態だよね。 浮島 実際、取材経費が出ないという状況が珍しくなくなりました。先日、野村総研の上海支社で幹部が強制わいせつを働いたという事件があったのですが(記事参照)、取材をしたら被害者が上海に居るという。一次情報を得るために上海まで行ったのですが、ビジネスとして見たらまるっきり赤字でした。これがネット媒体ならまだしも、週刊●●とか、××とか、結構な大手出版社でも「上海? 遠いな、無理」って感じですから。 田原 ああ、そう(笑)。昔は(週刊)ポストでも(週刊)現代でも、経費で海外取材が当たり前だった。僕はずいぶん行きましたよ。今はだんだんケチになってる。あとね、これ良くないことに、テレビが制作費を削減するでしょ。それでも番組ができるでしょ。「しめた」と思っちゃう、管理職が。だから、これから景気が良くなっても制作費を上げませんよ。 浮島 安く作れるノウハウを覚えてしまうと......。 田原 そう。覚えた、と思っちゃう(笑)。本当はそんなもの、ノウハウでもなんでもないのにね。それだけ取材がおろそかになって番組は劣化するんですよ。 浮島 私も良くないとは思いながら、特に遠方だと移動経費と時間がもったいなくて、ついつい電話取材で済ませてしまうことがあります。 田原 それが良くない。あのね、新聞記者を一番ダメにしてるのはケータイですよ。記者は政治家の携帯番号を知ってるわけだ。会わずに「どうですか」と聞いちゃう。そりゃ聞けば答えはするけど、ケータイ程度にしか答えないからね。Face to faceで押し込んでいくのと、ケータイで聞くのとは全く違いますよ。なのに、それで取材できたと思っちゃう。ここが問題ですよ。便利になりすぎたんだ。 浮島 確かに楽なんです。電話で20~30分聞いて、それなりに記事が書けちゃう。でも、会って顔を見て話すのとは、出てくる言葉が違いますよね。 田原 全然違う。ケータイが普及したことはね、新聞やテレビの記者の取材力を相当減退させたと僕は思ってますよ。 (【2】につづく
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「できることをやるしか……」震災1カ月 原発事故から"35キロの町"いわき市の今を歩く

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いわき市の久ノ浜地区。瓦礫の向こうには
静かな海が広がっている。
 福島第一原発事故は一向に収束の気配を見せず、近隣のいわき市沖で調査用に採取されたコウナゴからは、またしても国の暫定規制値を超える放射性セシウムが検出された。  福島第一原発から"35キロ"近辺に位置するいわき市・四倉には、いまだ避難指示も屋内退避指示も出ていない。放射能への恐怖からトラックドライバーが寄り付かず、震災後しばらく物資が不足していたことは既報の通りだが、1カ月が経過した今、地元住民たちはどのように暮らしているのか。被災地いわきの今を歩いた。 ■いまだに残るがれきの山  常磐道は「いわき四倉IC」までが復旧しており(※2011年4月10日時点)、首都高から約3時間で四倉地区の中心地「道の駅よつくら港」のある国道6号線にたどり着く。昨年7月にグランドオープンを迎えたばかりの「道の駅よつくら港」は、柱と屋根を残して津波に打ち抜かれている。  国道6号を挟んだ向かい側の木造住宅群は特に損傷が激しく、住人たちが忙しそうに廃材や廃家具を運び出している。一服していた地元の方に話を聞くと、食料や燃料などの物資については、もうほとんど不足はなくなってきているという。 「アレ(道の駅)が目の前にできた時は"ずいぶんと立派なのが建った"と思ったけど、今じゃほら、一緒だ」  地元に居を構えて30年以上になるという60代の男性。水産関係の仕事は復旧の目途すら立っていないが、とにかくできることをやるしかない、と笑顔を見せる。 「放射能は、そりゃ怖くないわけじゃないが、どうしようもないからなあ。こうやって片付ける家があるだけでもまだマシってもんだよ」  「何か困っていることはありますか?」と尋ねると、ぐしゃぐしゃに壊れた家の中に案内してくれた。  「これ、知り合いに頼んで安くしてもらったんだけど。こうなっちまって、なんだか申し訳ないんだよなあ」と、木くずと泥にまみれたドラム式の洗濯機を指さした。 ■「体を動かしている時だけ、震災を忘れられる」  四倉地区の津波被害は、宮城県の気仙沼市や女川町に比べれば「全然大したことないレベル」(地元の20代男性)だという。それでも、1カ月たった今でも方々にがれきの山が築かれ、自動車が転がっているのだから、その威力は想像を絶するものがある。  土砂の詰まった布袋をネコ車に載せてヨロヨロと運んでいた40代くらいの女性から、荷を引き取りつつ声をかけた。 「ショックだったし、しばらくは大変だったけど、いつまでも寝てるわけにもいかないから。不思議なもので、こうやって体を動かして片付けをしてると、震災のことを忘れられるんですよ。おかしいでしょ?」  歩道には、家屋や路地に流れ込んだ土砂を詰めた布袋が、まるで土のうのように積み上げられている。今は穏やかに小波が打ち寄せているが、大津波を起こした海からは数十メートルしか離れていない場所だ。怖くないのか、と聞くと、 「怖いでしょう? 避難場所はそこの高台だからね。揺れたら必死で走りなさいよ」  アハハ、と記者の腕をたたきながらひとしきり笑うと、「ありがとう、助かりました」と空になったネコ車を押してがれきの山へ戻っていった。  四倉からさらに北上した久ノ浜地区には、常磐線の線路上に空っぽになった電車が乗り捨てられていた。海沿いの集落には、一階部分がごっそり抜けてしまった木造住宅が肩を寄せ合っている。重機の入った形跡もあり、片付けは着実に進んでいるようだ。  久ノ浜第一幼稚園の崩壊した園舎に、園児を連れた両親が訪れていた。この幼稚園に限って言えば、園児に犠牲者は出なかったという。  「ママ、あった、これ!」と、園児が真っ赤なおもちゃを掲げてうれしそうに顔を輝かせている。聞けば、4月からは15キロほど南下したところにある平第一幼稚園に編入することになり、ちょうどこの日が入園式だったそうだ。 ■原発事故の前線からわずか10分 復興への意気は高く
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J-ビレッジ前の検問。ここから先は
福島第一原発の20キロ圏内となる。
 久ノ浜から6号を北上すると、ほんの10分ほどで原発事故の前線基地になっている「Jヴィレッジ」が見える。交差点で警察が検問を張っていて、それ以上進むことができなかった。ここが20キロ地点である。近隣のセブンイレブン広野町店には広い駐車場があり、警察車両が何台も止まっていて、真っ白い防護服とゴーグル、マスクを着用した作業員が数十人、車座になって地べたに腰を下ろしていた。  復興へ息づく町と、原発事故の前線が、まさに背中合わせなのである。 「とにかく、分からないことが多すぎる。(漏れ出している放射性物質に)人を殺すような害があるのかないのか、どのくらい危ないのか、避難した方がいいのか、今、こうやってる時も、ここの空気は吸っちゃいけないくらい汚れてるのか。いくら考えても分かることじゃないし、どうにもならないことばかりですよ。でも、がれきを片付けてると、どんどんきれいになるからね。生きてる感じがする。人間の体だってケガしたら治る、治そうとする、それと同じだよ」(四倉在住の30代男性)  事故を起こしている第一原発からわずか35キロ、いわきの市街地はエネルギーに満ちているように見えた。  政府は11日、20キロ圏外の一部地域について「放射性物質の年間積算量が20ミリシーベルトを超える地域」を「計画的避難区域」に設定し、避難を指示することを決定したという。その避難区域にも、いわき市は含まれていない。  日々、発表されてはコロコロと変更や訂正が繰り返される放射性物質の量についても、政府のあいまいな避難指示についても、話題を振れば住民たちはいら立ちと不安を隠そうとしない。だがその一方で、目の前に広がるいわきの町を元の姿に戻そうと、朝から晩まで汗を流して身体を動かしている。  この日、30人ほどの被災者の方々にお話をうかがったが、「避難指示が出てもここにとどまる」と答えた方は一人もいなかった。こうした住人の生命と健康を守るのが、政治の役割であるはずだ。政府には、適切な判断と指示が求められている。 (取材・文=編集部)
※当記事は、2011年4月10日(日)の取材を元に構成しております。取材に訪れた日の翌11日夕方、いわき市では大きな余震が立て続けに発生し、土砂崩れで3人の方が亡くなるなど、大きな被害が出ているそうです。編集部は犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、一日でも早くいわき市と東日本全域の被災地に暮らす方々に安寧の日が訪れることを願っております。
リーダーになる人に知っておいてほしいこと 菅さんへ。 amazon_associate_logo.jpg
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「ここまで露骨に癒着していたとは」東電・ゼネコン・仙谷由人氏が夜の銀座で……

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『陰の総理・仙谷由人vs.小沢一郎』
(徳間書店)
 いまだ解決の見通しが立たない、東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故。そんな中、銀座のクラブ関係者から東電幹部と、ゼネコンや政治家との"不適切な関係"が漏れ伝わってきている。  特に、東電と準ゼネコン・水谷建設とのそれは顕著だ。水谷建設といえば「政商」として有名で、5年前には脱税で元会長が逮捕されている。その脱税で作った裏ガネが、政界や裏社会に流れたのではないかとささやかれている。  この脱税事件の元となったのが、福島第二原発の残土処理事業。この事業は東電から前田建設工業が受注し、その下請けとして水谷建設が行っていた。水谷建設が孫請け業者に業務を発注した時に、所得隠しが行われたとされている。この事件をめぐっては、東電からの発注金額が不適正だったのではないかと、東電の元会長が特捜部の事情聴取を受けていた。つまり当局は、東電が発注額を上乗せし、その過剰資金を使って、水谷建設に政界や裏社会に対して裏工作をさせていたとにらんだのだ。  結果的に、政界や裏社会に捜査のメスが入ることはなかったが、東電と水谷建設の蜜月ぶりは明らかになった。銀座のクラブ関係者は「脱税事件が起こる前までは、東電の幹部連中は毎晩のように銀座8丁目の高級クラブ『S』で、前田建設と水谷建設の接待攻勢に遭っていましたよ。払いはすべて水谷。東電の幹部の中には店のホステスを愛人にして、その手当まで水谷に面倒を見させていた人も居たんです」と言う。もちろん、これらのカネは巨大な事業発注を通して東電からゼネコンに流れたもの。  別のクラブ関係者は、「実際にはクラブ『S』に来ていないのに、店のスタッフは来たことにして水谷に請求書を出す。いわゆる架空請求で水谷からカネを吸い上げ、店からは東電の幹部たちにリベートが払われていたという話もありましたよ。いわば、マネーロンダリングの舞台だった『S』が東電関連の客の売り上げで持っていたことは間違いありません」と語っている。  さらに、銀座では東電幹部に交ざって、民主党の仙谷由人代表代行も一緒に飲み歩いていたところが目撃されている。仙谷氏といえば、国家戦略相時代、海外に日本の原発技術を売り込むためにトップセールスを展開していたが、東電幹部とそこまで露骨に癒着していたとは驚く。  巨大企業・東電から流れ出した莫大なカネが、ゼネコンや夜の銀座を介して政治家たちを汚染していたとしたら、国の原発への安全政策が骨抜きになるのもさもありなんというものだ。 (文=本多圭)
陰の総理・仙谷由人vs.小沢一郎 ズブズブ。 amazon_associate_logo.jpg
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