
反原発運動を続ける俳優の山本太郎が、社員として勤務していた太陽光発電施工事業を展開する企業「ソーラーリフォーム」を、7月17日をもって契約満了で退社していたことがわかった。
ソーラー社は、太陽光発電システムをウェブで販売していくことを事業の柱に、今年1月に設立された企業。この時期に、同社の清水勇介社長が山本と知り合い、「自然エネルギーを普及させていきたい」という思いが一致した上に、反原発活動開始以降、仕事が激減していた山本の安定した収入源確保のため、同社への入社が決まった。
山本は4月18日に同社の入社式に出席し、営業部へ配属されていた。契約期間は当初から3カ月の予定で、その際、山本は「法人契約が取れたら大きいですね」と語っていた。だが、ソーラー社の関係者によると、実際には、3カ月間の契約期間中に出社したのは10日ほどで、社内研修を受けるまでにとどまり、営業活動はしなかったようだ。
それでいて、「待遇は幹部社員クラスだった」(同社関係者)というのだから、ソーラー社からしてみたら、高い買い物のように映る。だが、同社関係者は「入社式の模様は、テレビやネットニュースで大きく取り上げられた。当社は事業を開始したばかりで、知名度ゼロだったのに、そのおかげで、ホームページにアクセスが殺到した。現在の当社の売り上げは、彼の入社なしでは考えられなかった」と語っており、「広告塔」として、十分すぎるほど元はとれたようだ。
ソーラー社は、山本に契約延長の意向を伝えたが、山本は「本業(芸能活動)が忙しくなってきたから」と、これを断り、契約満了を迎えたという。
ソーラー社への入社以降、5月には自身の結婚、6月には実姉が大麻取締法違反で逮捕されるなど、本業以外の話題ばかり先行してしまった山本だが、本業が多忙になってきたというのはなにより。ワイルドなキャラが魅力だった彼には、スーツ姿で笑顔を振りまく「サラリーマン山本太郎」はやっぱり似合わなかった!?
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「日本人はもっと情報公開を求めるべきだった」スペイン人から見た福島とチェルノブイリ

福島第一原発事故以降、原子力や放射性廃棄物、被ばくなどをテーマにした本や映画が多数発表されている。いったいなぜこんな大事故が起こってしまったのか、そして私たちはこれからどう原子力や放射性物質と向き合っていくべきなのか――。答えが見えない闇の中、ひとつの手掛かりとして再注目されているのが、1986年4月26日に旧ソビエト連邦(現・ウクライナ)で起こったチェルノブイリ原発事故だ。“史上最悪の原発事故”とされるこの事故では、大気中に50トンもの放射性物質が放出、600近い村や町が避難対象となり、30万人もの人が愛する土地を離れることを余儀なくされたといわれている。原発から3キロのところにあり、4万7,000人もの人口を有した中都市・プリピャチは事故直後に放棄され、事故から26年たったいまでは完全にゴーストタウンと化している。事故による汚染が2万5,000年と続くともいわれるが、いまなお300人ほどが避難区域内に住み続けているとされる。
そんなチェルノブイリに生きた人々の心情を軸に、この事故を描いたグラフィックノベル(漫画)『チェルノブイリ――家族の帰る場所』が昨年スペインで発売された。奇しくも出版のタイミングが福島第一原発事故と重なり話題を集めた本作が、この度日本でも出版されることになった。ここに描かれたストーリーを通して、いま福島で起こっていること、土地を失うということ、土地に留まり続けることの意味が痛切にわかり始めるだろう。スペイン人である彼らは、どうしてこの題材を描こうと思ったのか。そして、福島の事故をどのように見ているのか。来日中の原作者フランシスコ・サンチェスと作画を担当したナターシャ・ブストスに話を聞いた。
――2006年にスペイン・バルセロナで開催されたチェルノブイリ原発事故20周年を記念する展示会がきっかけでこのテーマを扱うことに決めたそうですが、事故当時、チェルノブイリ事故はスペインではどのように受け止められていましたか?

フランシスコ・サンチェス
フランシスコ チェルノブイリ原発事故では周辺の20カ国にも影響があり、その範囲は16万平方キロにおよんだといわれていますが、スペインではほんの一部のエリアが影響を受けただけで、直接的な被害はあまりありませんでした。そういったこともあり、個人レベルでも、国全体としてもそれほど強い関心を集めなかったように思います。昨年はチェルノブイリ原発事故25周年ということに加え、福島第一原発の事故があり、原発や原子力に対する国民的関心は以前よりも高まってはきているのですが、残念ながらいまも昔もやはり、“遠い国のこと”として見ている感じですね。
――本書では、原発事故によって村からの避難を余議なくされた祖父母、事故によって命を落とした父、そして幼いころに母とともにプリピャチの町を追われた兄妹、3世代にわたる家族の物語が描かれています。事実よりも主人公たちの疎外された戸惑いや不安といった感情に焦点を当てたそうですが、一番描写に苦労したのはどんなところですか?
フランシスコ 当事者であるなしにかかわらず、人に焦点を当てれば、その気持ちというのは推し図れると思います。同じ体験をしなければその人がどういうことを感じたのかわからないという部分ももちろんありますが、だからこそさまざまな資料を集め、被害者・犠牲者の気持ちに近づこうと努力しました。悲惨な状況に陥ったときの人間の感情というのは、人種や文化を超えて共通するものがある。だからこそ、その感情を表現したいと思ったんです。
――スペインでは昨年4月に刊行されましたが、国内での反応はいかがでしたか?
フランシスコ 出版の1カ月前に起こった福島の原発事故と偶然にもタイミングが重なったということもあり、マスコミからは多く取り上げられましたが、それがすぐ売り上げに直結するという感じではありませんでした。こういった出来事というのは、スペイン人全体からすると自分の生活からかけ離れたものとして認識されているところがあるんです。

ナターシャ・ブストス
ナターシャ この本(スペイン版)が印刷に入ったときにちょうど福島の事故が起こりました。チェルノブイリ事故から25年というタイミングに合わせて出版するつもりだったのですが、急にマスコミから脚光を浴びることになってしまい、正直、複雑な心境でした。
――福島第一原発事故は、スペインではどのように報道されていますか?
ナターシャ 最初の爆発から1カ月くらいは毎日、新聞の一面で伝えられ、テレビでもトップニュースとして扱われていました。でも、なんとかコントロールできる状態になってきたというニュースをきっかけに、だんだんと取り扱われ方が小さくなっていきました。先日は事故から1年ということで再びクローズアップされましたが、その後は“終わってしまったこと”として、忘れ去られつつある印象を受けます。
フランシスコ 事故直後は原発が制御されているかどうかがスペインの人々の関心事だったようで、これ以上大きな被害にならないだろうと思われた時点で、パタっと関心が失われたような気がしますね。事故発生当初、私たちはこの本を出版する準備をしているときだったので、これはチェルノブイリのようなことが繰り返されるのではないかと危惧していました。当時はメルトダウンとまではいかなくても、冷却水が漏れ出るといったような事故が起こるのではと思っていました。
――チェルノブイリでは当時、社会主義国で起こった事故だったということもあって、なかなか情報が公表されず、被害が拡大しました。今回の福島の事故でも、先進国であり民主主義国家であるにもかかわらず、なかなか正確な情報が公表されず、逆に海外のメディアの情報を頼りにする人も少なくありませんでした。スペイン、あるいはヨーロッパから見て、このような日本の状況をどう思われますか?

『チェルノブイリ――家族の帰る場所』本文より
フランシスコ 日本人のみなさんは、もっともっと情報を要求するべきだったと思います。情報を追究して、隠されているかもしれない事実を見つけ出し、それを公にしていく。それはメディアの使命でもあります。その情報がどんな悲惨なものであっても、すべてに透明性を持たせるように要求すべきです。それがたとえ、実は避難区域が原発から20キロや30キロでは済まなかった、あるいは、もっとひどい被害や影響が出ているというような、私たちにとって辛い現実であっても、真摯な報道、情報公開を求めるべきです。
――スペインでも現在8基の原発が稼働していますが、たとえば国内で同じような事故が起きた場合、スペインの人々も積極的に情報公開を求めていくのでしょうか? またメディア側には、人々の要求に応えるだけの土壌がありますか?
ナターシャ スペインにもそういうことをすべきという考え方の人は多いとは思いますが、実際に事故が起こったときにはたぶん、スペインでも情報が隠されたり、あえて公表しないといったことが起こると思います。そういったときの国民のリアクションというのは、日本のみなさんと同じでしょう。原発問題に限らず、ある特定のテーマに対してセンシティブに反応する人がいて、心配する人がいる。何か行動を起こさなくてはならないと人々に呼び掛ける人もいると思います。けれども、大多数の人は、なるだけ自分からはアクションを起こしたくない。日々の生活が無難に過ごせればそれでいいという人が大半でしょうし、そういった場合、自分から進んで「この情報をくれ」と言う人は日本と同じくらいいないのではないかと思います。

――今回、来日することを躊躇しませんでしたか?
ナターシャ まったくしませんでした。この本を作ったことで原発や放射能に対する基本的な知識はありましたし、日本全体を恐れる、ということはありませんでした。
フランシスコ 放射能についていえば、自然放射線をはじめとして地球上のどこにいても影響を受けるわけで、ここにいるから安全だというのは、この地球規模では言えません。そういう意味で、絶対安全という場所はないんです。このことを、みなさんの心に刻んでほしいと思っています。今回の滞在ではスケジュール的に福島に行くことができなかったのがとても残念です。将来、自分たちの目で見て肌で感じて、グラフィックノベルというかたちかどうかはわかりませんが、福島をテーマにした作品をつくりたいと思っています。
――最後に日本の読者へのメッセージをお願いします。
ナターシャ この本はチェルノブイリの「事故」についての物語ではなく、チェルノブイリに住んでいる「人」、住んでいた「人」のヒューマンストーリーです。この事故が人々にどんな影響を与えたのかを自分なりに考え、結論を出すひとつの扉になってくれればうれしいです。
フランシスコ わたしたちの本が福島第一原発事故とその後の事態を憂いている日本人のみなさんに役立つことを望んでいます。チェルノブイリと福島の事故が関連しているというのは避けようがない事実ですし、この本で語られている人間の営みは双方の事故を経験した人々に共通しているものがあると思います。「人間の経験」として、ここから日本のみなさんが何かを読みとってくださればうれしく思います。
(取材・文=編集部/撮影=後藤匡人)
「番組を切られても本望」震災特番生放送で古舘伊知郎が“原子力ムラ”に言及し波紋広がる
昨年の東日本大震災から1年となる3月11日、テレビ各局は軒並み震災特番を放送したが、その中で、テレビ朝日系『報道STATION スペシャル』での司会・古館伊知郎の発言が波紋を広げている。 話題になっているのは、番組の終了間際のエンディングトークの場面。震災で不通となった三陸鉄道南リアス線三陸駅のホームに立った古舘は、「この番組に関して後悔することがあります」と神妙な面持ちで語りだした。古舘はまず、“牛の墓場”となった牧場について撮影・放送しなかったことを「一つ目」の後悔として語り、その後に、「二つ目の後悔は原発に関してです」として、以下のように語った。 「『報道STATION』ではスペシャル番組として、去年の12月28日の夜、原発の検証の番組をお送りしました。津波で原発が壊れたのではなく、それ以前の地震によって一部、(福島)第1原発のどこかが損壊していたのではないかという、その追求をしました。今回、このスペシャル番組で、その追求をすることはできませんでした。“原子力ムラ”というムラが存在します。都会はこことは違って目映いばかりの光にあふれています。そして、もう一つ考えることは、地域で、主な産業では、なかなか暮らすのが難しいというときに、その地域を分断してまでも、積極的に原発を誘致した、そういう部分があったとも考えています。その根本を、徹底的に議論しなくてはいけないのではないでしょうか。私はそれを、強く感じます。そうしないと、今、生活の場を根こそぎ奪われてしまった福島の方々に申し訳が立ちません。私は日々の『報道STATION』の中でそれを追求していきます。もし圧力がかかって、番組を切られても、私は、それはそれで本望です。また明日の夜、9時54分にみなさまにお会いしたいです。おやすみなさい」 テレビ朝日の看板キャスターが生放送中に、原子力業界からの圧力で番組内容に変更があったことについて明確に認めるという異例の事態に、放送直後からネット上は紛糾。「古舘、よく言った」という賞賛だけでなく「今さらか」といった批判もあふれ、一夜明けた12日朝になっても活発な議論が続いている。 ともあれ、今後同番組内で「それを追及していく」とした古舘と『報道STATION』スタッフに“自由な報道”が許されるか否か、注意深く見守っていきたい。いずれにしろ、メインキャスターである古舘が自由に発言するために「番組を切られる」覚悟でカメラの前に立たなければならなかったという事実は、現在のテレビの報道番組が置かれた、極めていびつな構造を表している。
「原子力ムラ」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策 ムラ。
「番組を切られても本望」震災特番生放送で古舘伊知郎が“原子力ムラ”に言及し波紋広がる
「原子力ムラ」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策 ムラ。
「持ち物検査は一切なかった」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(後編)
■前編はこちらから
――先ほど、原発内で覚せい剤の注射器が見つかったという話がありましたが、今回鈴木さんが潜入した時も持ち物チェックなどはなかったんですか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) ない、何にもない。オレ自身、ラップトップ(パソコン)と一眼レフカメラを持って行ったし。もし事故が起こったら、その場で発信しようと思ってさ。フクイチの敷地内では携帯電話の回線もつながる。
――作業員の持ち物検査なんかしている余力はなかった、ということでしょうか?
鈴木 通常の原発というのは本当に厳格なセキュリティーでタバコも持ち込めないんだけど、当時のフクイチだけはすべての規則が当てはまらない。拠点となっていたJヴィレッジからのバス乗ってフクイチに向かうんだけど、オレが入った時に、バスの中から外にいる民間の警備員に向かって身分証を見せるということを始めたんだよ。オレがいる間はその身分証に顔写真が入っていなかったんだけど、出た後には顔写真入りになっていったから、どんどん厳しくなっていった。震災直後はチェックは何もなかったそうだけど、時間が経つにつれて東電が徐々に「通常」を取り戻していったんだろうね。
――作業中に危険を感じたことはありましたか?
鈴木 ないない。だって、何も知らされないもん。何かあったとしても、宿泊先である温泉旅館のテレビで知るんだもん。作業員たちは自分たちの持ち場の状況しか知らないし、東電としても作業員にグランドデザインを話す必要はないと考えているんだろうね。情報が漏れることに気を使っているようだったからさ。週刊誌とかに作業員の話が載ったりすると問題になって、「テレビや雑誌のインタビューを受けるな」という指示があったよ。なので、実際に原発の中で作業員をしているより、外で取材したほうがよく分かった。
――鈴木さんは原発に入る前に、造血幹細胞を採取(編註2)しています。その費用は医療関係者の厚意を受けても、10万円という高額な費用をご自身で払っています。作業員のほとんどはそういった施術を受けず作業をしていますね。
鈴木 もちろん彼らも頭のどこかでは「遠い未来に白血病とかになったらイヤだな~」と思っているんだろうし、若い子にも造血幹細胞の話とかもしたんだけど、なかなかみんな行かなくて。考えないようにしてるんだろうね。そもそも、危険性を真剣に考えたら原発では働けないよ。事故が起こって、協力企業もすぐに撤収したところもあったし、辞めた人もいた。「原発で働く=死んでくれ」だから。
――作業員の被曝リスクに関する話というのは、東電側から説明があるんですか?
鈴木 ちょっとはあるけど、「ちゃんと管理するからなんともないですよ」って話。管理というのは数字の話なんだけどね。
――鈴木さんがいたころは作業員に高額な日当が付き、作業員が高級外車を乗り回すようになったそうですね。
鈴木 ただね、東電はいまだに「危険手当」を出していないから。東電がそれを出しちゃうと、フクイチが危険だと認めたことになるわけだから、協力企業が作業員に出していたわけ。でも今や日当は2,000円~3,000円ぐらいにまで下がってきているし、協力会社も経営が苦しくなって今後原発から撤退する企業が増えていくでしょう。
――日立、東芝などプラントメーカーは事故収束に関するアイデアなどを持っているのに、情報共有ができていないことも指摘されていますね。
鈴木 日本のプラントメーカーは、日立、東芝、三菱があるんだけど、これまで三菱はフクイチに入っていなかったのね。去年の年末に三菱がフクイチに入ってきたから、企業間のパワーバランスが崩れて、情報共有もできているんじゃないかな。でも、「冷温停止状態」=「通常状態」になったということで、東電からお金が出ないのね。事故収束にお金を出すべきだと思うんだけどね。
――フクイチだけじゃなく、福島第二原子力発電所の危険性も指摘されていますね。
鈴木 直接行ったわけじゃないんだけど、いまだにオレは福島第二原発が怪しいと思っている。12月の終わりに東芝が3号機に入る予定だったのに、入らなかったんですよ。8月の終わりに4号機に日立が入ったあとで、「4号機が爆発してるんじゃないか」というウワサが広がったの。メディアも事実確認に行ったけど、掴めなかったみたい。現状に関しても、現場のごくごく一部の人しか知らないみたい。第二原発は一見普通に見えるんだけど、炉心周りの業者に聞くと、みんな「怪しい」と口をそろえるわけ。いろんな専門家に聞いてみたけど、可能性は否定できないと言ってた。
――フクイチを目の当たりにし、原発で働いた鈴木さんでさえ「脱原発とは言えない」と書かれたことが驚きでした。
鈴木 この目で見て、ここまで調べて、今のフクイチが「完全にアウトな状態」と分かっているのに、今すぐ「脱原発」って言えないのよ。それだけ原発というものが共同体に組み込まれていて、今の日本から原発を抜くのは相当に難しいし、実際に原発をなくしたら大変なことになる。今はフクイチから帰ってきたから、「基本的には原発はないほうがいいな」と言えるけど、オレみたいな一時的に働いただけの人間でも、あそこで友達もできたし、雇用を生み出しているのを見ると、「原発はいらない」とは言えなくなるんだ。オレも"原発ムラ"の一員になったということなんじゃないのかな。だから、地元の人なんてもっと言えないと思うよ。
(取材・文=小島かほり)
※編註2:血液の細胞(造血幹細胞)を前もって保存しておくことで、放射線被曝などで血液になんらかの障害・症状が出た時に移植する治療法
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
「持ち物検査は一切なかった」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(後編)
■前編はこちらから
――先ほど、原発内で覚せい剤の注射器が見つかったという話がありましたが、今回鈴木さんが潜入した時も持ち物チェックなどはなかったんですか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) ない、何にもない。オレ自身、ラップトップ(パソコン)と一眼レフカメラを持って行ったし。もし事故が起こったら、その場で発信しようと思ってさ。フクイチの敷地内では携帯電話の回線もつながる。
――作業員の持ち物検査なんかしている余力はなかった、ということでしょうか?
鈴木 通常の原発というのは本当に厳格なセキュリティーでタバコも持ち込めないんだけど、当時のフクイチだけはすべての規則が当てはまらない。拠点となっていたJヴィレッジからのバス乗ってフクイチに向かうんだけど、オレが入った時に、バスの中から外にいる民間の警備員に向かって身分証を見せるということを始めたんだよ。オレがいる間はその身分証に顔写真が入っていなかったんだけど、出た後には顔写真入りになっていったから、どんどん厳しくなっていった。震災直後はチェックは何もなかったそうだけど、時間が経つにつれて東電が徐々に「通常」を取り戻していったんだろうね。
――作業中に危険を感じたことはありましたか?
鈴木 ないない。だって、何も知らされないもん。何かあったとしても、宿泊先である温泉旅館のテレビで知るんだもん。作業員たちは自分たちの持ち場の状況しか知らないし、東電としても作業員にグランドデザインを話す必要はないと考えているんだろうね。情報が漏れることに気を使っているようだったからさ。週刊誌とかに作業員の話が載ったりすると問題になって、「テレビや雑誌のインタビューを受けるな」という指示があったよ。なので、実際に原発の中で作業員をしているより、外で取材したほうがよく分かった。
――鈴木さんは原発に入る前に、造血幹細胞を採取(編註2)しています。その費用は医療関係者の厚意を受けても、10万円という高額な費用をご自身で払っています。作業員のほとんどはそういった施術を受けず作業をしていますね。
鈴木 もちろん彼らも頭のどこかでは「遠い未来に白血病とかになったらイヤだな~」と思っているんだろうし、若い子にも造血幹細胞の話とかもしたんだけど、なかなかみんな行かなくて。考えないようにしてるんだろうね。そもそも、危険性を真剣に考えたら原発では働けないよ。事故が起こって、協力企業もすぐに撤収したところもあったし、辞めた人もいた。「原発で働く=死んでくれ」だから。
――作業員の被曝リスクに関する話というのは、東電側から説明があるんですか?
鈴木 ちょっとはあるけど、「ちゃんと管理するからなんともないですよ」って話。管理というのは数字の話なんだけどね。
――鈴木さんがいたころは作業員に高額な日当が付き、作業員が高級外車を乗り回すようになったそうですね。
鈴木 ただね、東電はいまだに「危険手当」を出していないから。東電がそれを出しちゃうと、フクイチが危険だと認めたことになるわけだから、協力企業が作業員に出していたわけ。でも今や日当は2,000円~3,000円ぐらいにまで下がってきているし、協力会社も経営が苦しくなって今後原発から撤退する企業が増えていくでしょう。
――日立、東芝などプラントメーカーは事故収束に関するアイデアなどを持っているのに、情報共有ができていないことも指摘されていますね。
鈴木 日本のプラントメーカーは、日立、東芝、三菱があるんだけど、これまで三菱はフクイチに入っていなかったのね。去年の年末に三菱がフクイチに入ってきたから、企業間のパワーバランスが崩れて、情報共有もできているんじゃないかな。でも、「冷温停止状態」=「通常状態」になったということで、東電からお金が出ないのね。事故収束にお金を出すべきだと思うんだけどね。
――フクイチだけじゃなく、福島第二原子力発電所の危険性も指摘されていますね。
鈴木 直接行ったわけじゃないんだけど、いまだにオレは福島第二原発が怪しいと思っている。12月の終わりに東芝が3号機に入る予定だったのに、入らなかったんですよ。8月の終わりに4号機に日立が入ったあとで、「4号機が爆発してるんじゃないか」というウワサが広がったの。メディアも事実確認に行ったけど、掴めなかったみたい。現状に関しても、現場のごくごく一部の人しか知らないみたい。第二原発は一見普通に見えるんだけど、炉心周りの業者に聞くと、みんな「怪しい」と口をそろえるわけ。いろんな専門家に聞いてみたけど、可能性は否定できないと言ってた。
――フクイチを目の当たりにし、原発で働いた鈴木さんでさえ「脱原発とは言えない」と書かれたことが驚きでした。
鈴木 この目で見て、ここまで調べて、今のフクイチが「完全にアウトな状態」と分かっているのに、今すぐ「脱原発」って言えないのよ。それだけ原発というものが共同体に組み込まれていて、今の日本から原発を抜くのは相当に難しいし、実際に原発をなくしたら大変なことになる。今はフクイチから帰ってきたから、「基本的には原発はないほうがいいな」と言えるけど、オレみたいな一時的に働いただけの人間でも、あそこで友達もできたし、雇用を生み出しているのを見ると、「原発はいらない」とは言えなくなるんだ。オレも"原発ムラ"の一員になったということなんじゃないのかな。だから、地元の人なんてもっと言えないと思うよ。
(取材・文=小島かほり)
※編註2:血液の細胞(造血幹細胞)を前もって保存しておくことで、放射線被曝などで血液になんらかの障害・症状が出た時に移植する治療法
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
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「シャブ中の作業員も……」福島第一原発潜入ジャーナリスト・鈴木智彦の見た景色(前編)

ジャーナリストの鈴木智彦氏
ジャーナリストとしては初めて、福島第一原子力発電所(以下、フクイチ)に「作業員」として潜入した鈴木智彦氏。上梓した『ヤクザと原発』(文藝春秋)は暴力団専門ライターとしての経験、人脈を駆使してひもといた「ヤクザ」と「原発」という巨大利権の関係、そして作業員だからこそ見ることができた「フクイチ」の真実が記されている。今回は鈴木氏に、「震災とヤクザ」「原発の問題点」をテーマに話を聞いた。
――『ヤクザと原発』の冒頭には、鈴木さんが暴力団に同行し、被災地に炊き出しに行った記述がありますね。震災直後には暴力団の炊き出しが報道されていましたが、組織側には人道支援以外の意図はあったのでしょうか?
鈴木智彦氏(以下、鈴木) お巡りさんは震災直後から記者クラブにも「(暴力団が支援を行うことで)復興利権への足がかりを意図している」と注意を促していたけど、そこまで計算して動いていないと思うんだよね。そんな状況じゃなかったじゃない。ボランティア自体は神戸(阪神・淡路大震災)の時もやってたし、ヤクザの伝統ではある。震災におけるヤクザのシノギで太いのは、土建がメインだけど、そんなの地元の組織ががっちり守っているんだろうから、炊き出しや物資の輸送ぐらいでどうにかなるような簡単なものじゃない。それでも「本当に純粋な人道支援なのか?」ということを知りたくて付いて行ったんだけど、僕が知っている限り、ボランティアによって何か復興利権に関わったという話は聞いていないなぁ。
――本でも書かれているように、ヤクザと原発の関係も本当に深いですね。原発建設の話が浮上した段階から、電力会社と交渉し、反対派を押さえ込み、用地整理をして、地元の建設業者に仕事を振り、漁業権の事前補償の"代理人"まで務めている。今回の事故による補償にはヤクザは絡んでいないんですよね?
鈴木 原発を作る段階で、海が汚染されて漁ができなくなることを想定した、事前補償というのが支払われる。実際に何かあってからでは、補償が支払われるには何年もかかるからね。今回の事故による補償というのは東電との話し合いになると思うけど、難航するだろうね。ただそこにはヤクザはもう入ってこれないと思う。暴力団排除条例もあるし、警察がものすごくうるさいから。
――ヤクザが直接的に原発にかかわっている部分は?
鈴木 原発というのは電力会社の下に東芝や日立など原発プラントメーカーがあって、その下には10次請け以上の協力会社がある。仕事を右から左に流して、賃金を中抜きするのよ。ただね、例えば5次請けの下にヤクザの企業が入ってくるとするじゃん。でもそこが友達同士だったりするから、ペーパーを交わさないの。だから表面的には5次請けしかないんだけど、実際は10次請けまであったりする。
――契約書がないから、東電は気づいてないということですか?
鈴木 うん。ただ、事故後に協力企業に「暴力団と関係ありません」という誓約書・確認書は出させている。でもそれは"調べる"んじゃなくて、なんか問題が露見した時に「調べてましたよ」と言うためのアリバイ作りだから。実際に東電が暴力団のフロント企業を排除したケースもあったんだけど、言わないんだよね。ヤクザがいたってことを証明する形になっちゃうから。その企業は地元では誰でもヤクザがやっているって分かるから契約を解除されたんだけど、今は原発周辺のガレキの撤去に回ってる。そっちのほうがお金がいいみたいよ。原発は日当が下がってて、割に合わないから。
――実際に、鈴木さんが原発に入った時にヤクザは作業員としていましたか?
鈴木 刺青している人は本当にいっぱいいた。だけど、実際にその場でヤクザと確認できたのは、一人だけ。でも帰ってきてから調べたら、わんさかヤクザがいたね。というのも、帰ってきてから仲良くなった人と連絡を取り合うと、「鈴木さん、実は......」と教えてくれたり。あと、自分がヤクザ経由で入ってきたと知らない人もいたしね。
――どういうことですか?
鈴木 実際に現場で仲良くなった人がいたんだけど、戻ってきてから知り合いのヤクザから電話がかかってきて「鈴木さん、原発いたらしいね。うちの○○から聞いたよ」と言われたの。要はその作業員は、「人集めろっていうから来ました」といった感じで、集められた一人だったわけ。だから自分がヤクザ経由で原発に入っているなんて気づいていないんですよ。
――地方ならではの人間関係を使っているんですね。本書の中でもう一つ衝撃的だったのは、15年前の話とはいえ、フクイチの作業員にヤクザの覚せい剤中毒者がいて、注射器が落ちていたという証言です。
鈴木 実は、今回のフクイチ事故後にも作業員が覚せい剤で逮捕されているんだよ。地元メディアも一切報道していないけど。いわゆる"工場労働"に覚せい剤というのはものすごく相性がいいわけ。単純作業だし。
――本書にも書かれていましたね。シャブを打てば時間が経つのも早いし、「掃除してろ」と命令すれば一心不乱に掃除してくれるから、使う側もシャブ中をコントロールしやすいと。話は逸れますが、震災後1~2カ月の間で、いわゆるドヤ街から人がいなくなり、原発に連れて行かれたというウワサがネット上を飛び交ってましたが。
鈴木 本当に? それ原発じゃなくて、建築なんじゃないの? オレもゴールデンウィークの前ぐらいにドヤ街に行ったけど、そんなことなかった気がするけど。原発関連の求人票はあったけどね。実際に行った人もいたと思うけど......。でもまだそのころは緊急対応で、スキルのない人はまだ要らなかったはず。ガレキの撤去とかはやってたけど、そのほかの仕事は本当のプロにしかできないから、人手が必要になるのはこれからだと思うけどなぁ。オレも原発に入った時に、西成とか山谷から来ている人を探そうと思ったんだけど、確認できなかった。
――「被災地での求人」とあったのに、実は原発での作業だったという騒動がありました(※編註1)が、これは稀なケースだったんですか?
鈴木 その報道が出てからすごく厳しくなって、今はもう"騙し"はなくなったよね。ドヤ街に、ちゃんと「原発内のお仕事です」という求人票はあったけど。
(後編につづく/取材・文=小島かほり)
※編註1:大阪・西成地区の男性労働者が「宮城県で運転手」という求人に応募したところ、実際は福島第一原発付近でガレキの撤去作業をさせられたことが発覚。
●すずき・ともひこ
1966年、北海道生まれ。ジャーナリスト、写真家。広告カメラマンを経てヤクザ専門誌「実話時代」編集部に入社。「実話時代BULL」編集長を務めフリーに。以降、暴力団専門ジャーナリストとして取材活動を続けている。近著に『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)、『ヤクザ1000人に会いました!』(宝島社)など。東日本大震災後の7月から約2カ月間にわたって事故を起こした福島第一原発に作業員として潜入。取材をまとめた『ヤクザと原発~福島第一潜入記~』(文藝春秋)を上梓。
電力という利権に群がる腐敗構造を暴くルポ『日本を滅ぼす電力腐敗』

著書『電力腐敗』を手に経済産業省前に立つ
三宅勝久氏。
東日本大震災による福島第一原発事故から8カ月が経過した。いまだ福島の状況は収束の目処もつかず、不安な話題ばかりが聞こえてくる。また、当事者である東京電力は、被災地である福島県およびその周辺や、事故によってさまざまな影響が及んだ人や地域に対して、これまでにどれほどのサポートやケアを行ってきたのか。その点について、具体的な情報はあまり伝えられていない。
なぜ福島は、そして日本は、このような状況になってしまったのか。そもそも、原発は安全な施設なのではなかったのか。地震や津波で揺らぐことなどなかったはずではないのか。そして、地震が多発し、しかも広いとは言いがたい島国である日本に、50基以上もの原発がなぜ存在するのか。
そうした原発の事情に対して疑問を抱いたのが、ジャーナリスト・三宅勝久氏であった。三宅氏が調査を開始すると、政界・官僚・財界ばかりか司法の場までも巻き込んだ、癒着と天下りの構図が浮かび上がってきた。そこには、国益や、公共の利益といった視点はなく、ただ利権に群がる腐敗した醜悪な現実が露骨に巣食っていたのである。それを渾身の筆でまとめたものが、『日本を滅ぼす電力腐敗』(新人物往来社・新人物文庫)である。同書はウェブサイトで公表した記事がベースになっているものの、全編が書き下ろしのルポであり、ほとんどの関係者は実名で生々しく記載されている。
筆者は市民による脱原発集会が行われている、経済産業省前で三宅氏に話を聞いた。三宅氏は天下りというものの実態を「日本を腐敗させている賄賂システム」と指摘。それが、今回の福島やひいては日本を窮地に陥れた元凶であると怒りを露わにする。
そして、「張本人は誰なのか」を明確にすることが重要であると三宅氏は強調する。
「『東京電力』という人はいませんし、『経済産業省』という人もいないですよね。東電や経産省に抗議することも非常に重要なことですが、それだけでは不十分。本当に責任ある人間が組織や団体の中に隠れて、責任を取らないどころか天下りでたっぷり甘い汁を吸っている」(三宅氏)
そして、甘い汁を吸うだけでなく、そうした癒着が放置されることで、安全よりもカネが優先される土壌が作られていく。その結果、いざ不測の事態が起きた場合、危険な状況を押し付けられるのは庶民であり消費者なのである。「危険な状況を作り出した『真犯人』をあぶり出すことが大切」と、三宅氏は繰り返す。
また、その『真犯人をあぶり出す』作業は、「実は誰にでもできる作業」だと三宅氏は言う。
「たとえば、有価証券報告書などを丹念に見ていけば、必ず役員などの素性や経歴が分かります。天下りを追及するのは、ジャーナリストの専売特許ではありません」(三宅氏)
世の中の腐敗や不正を見出すことは、一般市民にも十分できることであり、また重要であると三宅氏は言う。そうした腐敗に目を光らせるための参考書としても、本書は優れた1冊となろう。
(文=橋本玉泉)
「地震は克服」「原発で所得倍増」――そんなセリフ満載の「原発PR映画」上映会が開催

終わらない福島第一原子力発電所をめぐる混乱の中で開催が告知され、注目を集めていた原発PR映画上映会が10月30日、東京大学本郷キャンパスで開催された。多くの人が駆け付けたが、そこで上映されたのはPRどころか、「プロパガンダ」と呼んだ方が適切な、衝撃的な映像の連発だった。
この上映会は、前回の記事で記した通り、東京大学大学院情報学環などが行っている「記録映画アーカイブ・プロジェクト」の一環として開催されたもの。参加申込みが殺到し、告知から3日ほどで満員御礼になったという。冒頭、あいさつに立った東京大学大学院情報学環の丹羽美之准教授は、プロジェクトの概要を説明した上で、今回の企画意図を次のように語った。
「3.11以降、原発に批判的な映像作品が上映される機会は多いが、推進側の映像作品は、あまり注目されておらず、忘れ去られようとしている。そこで、推進側では原発がどう記録されているか考えてみようと思った」
ちなみに丹羽教授によれば、原発を扱った記録映画は岩波映画製作所の手によるものだけで数十本存在し、そのほかを合わせると数百本にも数千本になるかもしれないとのこと。「(財)日本原子力文化振興財団(http://www.jaero.or.jp/)」では、現在も原発PR映像の無料貸し出しをしており、一般の人でも見ることができるという。
さて、この日上映されたのは原発PR映画3本と、完成直後の福島第一原発を取材したテレビ番組の合計4本。
最初に上映された『東海発電所の建設記録』は、タイトルの通り1966年に制作された日本初の商用原子力発電所の計画から完成までを描いた作品である。建設記録なので『プロジェクトX』(NHK)のような展開が想像されるが、そんな要素は一切ない。昭和のドキュメンタリー特有の、怪獣映画のような、おどろおどろしい音楽で原子炉と原子炉建屋を映し出し、何もなかった海岸に一つ一つ施設ができていく様子が描かれる。ここで建設されたのは、イギリスから輸入した「黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉(チェルノブイリと同じタイプ)」。技術も輸入品で、ナレーションでも「先進国では~」という表現が出るあたり、日本が経済的にまだ貧しく、原子力に何かしらの夢を持っていたことを感じさせる。この作品では、そもそも原子炉ではどうやって核分裂を発生させ、エネルギーを発電まで導くのかが丁寧に説明される。あくまでノリは科学教育映画で、プロパガンダ色は薄い。東京都教育映画コンクール金賞、科学技術映画祭入選、日本産業映画コンクール 日本産業映画賞など受賞歴が多いのも納得できる作品だ。
ところが、次に上映された『原子力発電所と地震』(1975年作品。企画:資源エネルギー庁 製作:鹿島映画)あたりから様子がおかしくなる。タイトル通り、内容は「原発は地震がきても壊れないようになっています」と解説するものだ。映像では、繰り返し行われる耐震設計のための実験、建設にあたっての地質調査が描かれている。実際の建設にあたっては、岩盤まで掘り下げてから鉄骨とコンクリートによって、原子炉自体を岩盤と一体化させて揺れに耐えられるようになっていることを解説していく。そして、ナレーションは「(原発は)宿命といわれる地震を克服した」と自画自賛する。3.11以降の状況の中で見ると、なぜ誰も津波が押し寄せてくることを想定しなかったのか、という疑問がわき上がるばかりの作品である。
続いての『海岸線に立つ日本の原子力発電所』(1987年作品。企画:日本立地センター 製作:岩波映画製作所)は「鳥の見た島国のエネルギー」という副題で、各地の原発を空から眺めながら、原発が地域社会の発展に役立っていることを示すものだ。この映画、冒頭で映し出されるのは、当時、福島第一原発で開催された「エネルギーフェア」なるイベントだ。原発の安全性をPRするためのイベントなのだが、今見ると悪い冗談としか思えない。しかも、ナレーションは「原発が建設されたことで"浜通りのチベット"と呼ばれた、この地域では所得も増え生活が豊かになった」と解説するのだ。さらに、映像は四国電力の伊方原発、九州電力の玄海原発へと移り、風光明媚な土地に原発が溶け込み、地域社会とも共存していることを語っていく。もちろん、まったくそのようには感じられない。むしろ「どこの原発も海岸線ギリギリ。ほかの原発も危ないんじゃないのか......」と余計な不安に駆られてしまいそうな作品である。
最後に上映された『いま原子力は...』(1976年。企画:放送番組センター 製作:岩波映画製作所)は打って変わって、原発は本当に大丈夫なのかという疑問を投げかける作品。当時、3号機までが運転中の福島第一原発で取材に応じた担当者が「アメリカの学者が計算したところ大事故の起こる可能性は50億分の1」と力説している。
上映後の討論では、『いま原子力は...』を製作した記録映画監督の羽田澄子氏が当時の思い出を語った。
「3.11まで自分がどんな映画をつくったかすっかり忘れていたので、急いで取り寄せた。取材の時に、説明してくれる人が一生懸命話してくれるうちに"これはウソだ"と思った」
また、東京大学大学院情報学環教授の吉見俊哉氏は、かつて盛んに行われた「原子力平和利用博覧会」について触れ、いかに原子力の平和利用がPRされてきたかを力説。
「日本製の原発PR映画、広報では何がなされて、社会的に意味を持ってきたかは研究が行われていない」
なお、本日の上映会は、僅かな期間で予約が満員になってしまったため「記録映画アーカイブ・プロジェクト」に参加している「一般社団法人 記録映画保存センター(http://kirokueiga-hozon.jp/index.html)」では、改めて上映を検討中とのこと。
これらのPR映画を通じて感じるのは、日本ではこれまで原発がもたらす豊かな未来が広く信じられていたことだ。3.11以降の世界で、原発に託した夢は完全に断たれてしまったのか。PR映画を通して、もう一度考えてみてはいかがだろうか。
"原子力ムラ"お抱えの元経産相が密かに民主党エネルギーPT座長に就任していた!?

民主党衆議員・大畠章宏氏の公式HPより
「(原発の重要性を訴える研究報告書について)これだけ変数の多い中をよくここまでまとめられた。敬意を表したいと思います」(民主党衆議員・大畠章宏元経産大臣)
「(原発の圧力容器は)40年で設計をしているわけですが、細心のメンテナンスをしていけば60年は問題ない。では60年で寿命になってしまうかというと、そんなこともない」(武藤栄・当時の電気事業連合会原子力部部長、2010年6月~11年6月東京電力副社長)
03年に行われた社団法人エネルギー・情報工学研究会議(EIT、後述参照)の座談会にそろって出席した両氏は、「原子力が2100年の発電の中で圧倒的な位置を持ちます」と結論づけるEITの研究報告書「地球再生計画のモデル解析」に「敬意を表し」ながら、意気投合していた。
10月4日、小沢一郎元民主党代表の初公判を2日後に控えメディアが盛り上がる裏で、この大畠氏が民主党の「エネルギー政策のあり方を検討するプロジェクトチーム」(民主党エネルギーPT)座長に就任するという人事が発表された。このPTの目的は、民主党の政策を決定し直接政府へそれを提言する政策調査会(政調)における、エネルギー政策の「議論のベースをつくる」(全国紙記者)ことだという。
ほとんど世間の話題に上らなかったこの人事が、「自民党への政権交代の引き金となりかねない」(同記者)との声もあるが、どういうことなのか? 大畠氏という地味な政治家のバックグラウンドを探ると、大畠氏と"原子力ムラ"とのただならぬ関係が垣間見えてきた。
まず、元日立製作所の原発設備設計者である大畠氏の選挙基盤であるが、同社の工場が集積する日立市を含む茨城県第5区から、90年の衆議院議員総選挙に立候補し初当選。以後7期連続の当選を重ねているが、「その最大の強みは日立労組、電機連合、そして同連合も加盟する日本労働組合総連合会(連合)による資金面、選挙活動面での全面的な支援」(同記者)という。
特に原発メーカーである日立、東芝、三菱電機などの電機メーカーの労組で構成する電機連合は、大畠氏が総支部長を務める民主党茨城県第5区総支部へ年間2,400万円(09年度政治資金収支報告書による)もの寄付を行っている。また、夕刊フジによると、同支部に対し東電労組、全国の電力会社労組で構成する電力総連からも献金が行われている模様だが(09年度)、こうした支援組織は、大畠氏の政治活動にどのような影響を与えるのか?
「電機業界、電力業界の完全な"お抱え候補"である大畠氏が、業界利益の代弁者であり、業界の意に反する行動を行うことなどできないのは明らかです。彼らは、自分たちが支援する政治家にお願いしている案件の進捗状況が悪いと、『ところであれはどうなっていますか?』などと逐一政治家本人にチェックを入れてきますから」(政治ジャーナリスト・宮崎信行氏(http://blog.goo.ne.jp/kokkai-blog))
ちなみに電機連合の有野正治中央執行委員長は、連合の10月4日定期大会冒頭挨拶で古賀伸明会長が「脱原発」の方針を示したことについて、電機連合HP上で次のように待ったをかけている。
「『脱原発』あるいは『脱原発依存』という熟語一つで表していくことは受け取る方に誤解を招く危険が大きいと感じます。(略)原発に代わるエネルギー源を確保するには相当な時間と費用がかかることになり、時間軸は読めません」
また、全国の電力会社(10社全て)及び電力関連会社の労働組合で構成する電力総連の内田厚事務局長も6月18日付け東京新聞の取材に対し、「原子力発電は、議会制民主主義において国会で決めた国民の選択。もしも国民が脱原発を望んでいるのなら、社民党や共産党が伸びるはずだ」と発言。大畠氏を強力にバックアップする両組織の原発に関する方針は言わずもがなである。
■前原政調会長が大畠氏を脱原発からの舵切りに利用!?
次に、大畠氏の人脈を見てみよう。大畠氏は毎年「政治経済セミナー・レセプション」という名の政治資金パーティーを開催し、09年11月18日に行われた同パーティーでは計1,450万円の収入を上げている。政治資金パーティーでは「その政治家と日ごろからつながりが深かったり、ブレーンである人物が講演を行うことが多い」(前出の記者)が、大畠氏のパーティーでは、なぜか毎年のように原子力推進をテーマとする講演が行われている。
07年 「原子力は地球環境問題からも大切なエネルギー」
講師 木元教子氏(評論家)
08年 「フランス国における高レベル廃棄物処分計画と原子力政策」
講師 ピエール・イブ・コルディエ氏(フランス大使館原子力参事官)
09年 「日本と世界のエネルギーの現状と今後」
講師 十市勉氏(当時の財団法人日本エネルギー経済研究所専務理事)
(「日本のエネルギー政策の未来の鍵は原子力」との結論)
また、大畠氏が個人社員(全11人)を務める冒頭の社団法人EITは、10年度事業計画に「(EITは)わが国の原子力立国構想にも影響を与えてきたと確信している。『原子力ルネサンス』といわれる時代に、より重要性を増しているのではないだろうか。(略)研究課題を原子力に関する政策提言により特化していくことが望まれている」(EITのHP)と掲げる研究調査機関である。
そしてEITの法人会員には、電力総連、電機連合、電気事業連合会(電事連)、日本原子力研究開発労働組合と、原発推進で恩恵を受ける組織がずらりと顔をそろえる。
以上のバックグラウンドからも「脱原発」派とは言いがたい大畠氏を、なぜ民主党は「脱原発依存を前提」(10月4日産経ニュース)として据えられたPTの座長に据えたのか?
その裏には性急な脱原発の動きを抑制したい、民主党執行部の意向が働いているという。
「鳩山、菅政権時代に、民主党と経団連が代表する経済界との関係はボロボロになりました。消費税増税、TPP推進、そして再来年実施が濃厚な衆議院議員総選挙に向け、民主党にとっては経団連との関係修復が喫緊の課題になっています。しかし経団連は脱原発への反対を表明しており、世論を気にする民主党執行部は、明確に脱原発の方針を表明できない。そこで管前総理が唱えた脱原発路線からの舵切りを『あくまで党内議論の積み上げの結果』を担保として打ち出すため、特に前原政調会長の強い意向で、今回の人選は行われたとの見方があります」(前出の記者)
長きに渡り原発を推進してきた自民党に加え、民主党さえも「原発推進」となると、もはやこの方向は既定路線なのか?
「自民党は次の衆議院議員総選挙で政権を取れなければ、過去の社会党同様に衰退の一途をたどるとの危機感が強い。そこで民主党との明確な対立軸を打ち出すために、『脱原発』を訴えてくる可能性があります。脱原発により石油火力発電の燃料である石油の輸入・消費の増大が予想されますが、自民党は小泉政権時代、マラッカ海峡への巡視船派遣(海賊対策)やイラク戦争に伴う海上自衛隊派遣などを通じ、船舶の燃料である石油業界との関係を強化しました。同政権で外務大臣を務めた町村信孝氏、川口順子氏、官房長官であった細田博之氏は経産省出身であり、他にも同省へいまだ強い影響力を持っている議員は自民党には多数います。このようなパイプをフルに活用し、後のない自民党が、『脱原発』を鮮明にする可能性も十分に考えられます」(前出の宮崎氏)
経済界との関係を重視し、脱原発路線からのシフトを図る民主党と、世論を見方につけるべく脱原発路線を打ち出そうとする自民党。
今回ひっそりと行われた人事が、政権交代のカギを握っていると捉えるのは早計であろうか?
(文=編集部)






