「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

「元旦から聖地巡礼したことも」20年も巡礼し続ける「田切ネットワーク」の軌跡

20年目のまさに手作り感あふれる同窓会だ
 いまや全国各地で当たり前のように開催されている<聖地巡礼>。世の中には、すでに20年目に突入している熱いヤツらがいた。  その熱い姿を見ることができたのが、伊那市駅開業100周年記念『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」に合わせて、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」で行われた「田切ネットワーク」創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」だ。  そもそも、田切が作品に登場し聖地となったゆえんを、現代表の中尾一樹氏は語る。 「もともと、田切駅の先にあるオメガカーブは、飯田線の撮影名所として知られたところでした。とりわけ、1983年までは飯田線を走っていた旧型国電を撮影するために、全国から大勢の人が訪れていました。その中に、『究極超人あ~る』の登場人物たちが通う春風高校光画部のモデルになった人がいたんです」
予想を遙かに超えて自転車で、電車で次々と訪問者がやってくる

店の向かいの日陰が休憩ポイントになり。訪れた人々との談笑の場となっていた

参加者ならではのやり方で、交流を深める
 もとは絶好の撮影ポイントとして、鉄道愛好者たちに知られていた田切駅。それが、アニメになったことで新たな人々を呼び込み、新しい形で栄えたというわけだ。そんな古くからの田切駅の歴史を伝えるのが、今は「田切ネットワーク」が保管している「田切のたぬき」である。
こちらが、今では秘蔵の品となっている「田切のたぬきである」
「『究極超人あ~る』以前から、田切駅では国鉄職員の方が駅スタンプを自作して設置したりしていました。そうした中で、光画部のモデルになった人が置いていたのが“田切のたぬき”だったんです。長いこと駅に設置されて名物になっていたんですが1984年に田切駅が現在の場所に移転することになり、捨てられてしまっては困るので、回収されて、その後は設置せずに保管されてきました」(中尾氏)  『究極超人あ~る』に登場したことで、従来の鉄道愛好者だけでなく、多くのアニメファンも訪れるようになった田切駅。「田切ネットワーク」は、飯田線を使ってロールプレイングをする列車や、車内即売会、コスプレなど、さまざまなイベント列車の運行も行った。だが、そうした中でも目を見張るのは、現在も年3回行われている、田切駅の清掃活動だ。鉄道愛好者からアニメファンまでがホームをホウキで掃き、待合室の窓ガラスを雑巾で拭く光景は、地元の人々にとって驚きだった。
かつてのイベント列車の際につくられたTシャツ。一番右のは折しもオウム事件の頃で大変なことに……

メンバーらが制作した数々の同人誌も、並んだ

次々とやってくる見学者で店内は大混雑に
「大みそかに田切駅に大勢で泊まって、元旦の朝から、寒い中を冷たい水で雑巾を絞って、窓ガラスまで拭いていたこともありました。私らは、駅にホウキを持っていったこともないのに、驚きました」  と、今回の会場を提供してくれた「元・下村酒店」のご主人は語る。かつては、田切駅での駅寝も一つの楽しみ方だったそうで、ある時は線路に足を投げ出した格好で寝てしまい、あわや大惨事という人もいたのだとか。まさに、若さゆえの過ちといったところか。  そんな「田切ネットワーク」の無鉄砲さを象徴するのが、『究極超人あ~る』OVAに触発されて制作したスタンプツアーのポスターだ。作品中で、登場人物たちが参加する西園寺ツーリスト主催のスタンプツアー。作中では、この告知ポスターが一瞬だけ画面に映る。そこで「田切ネットワーク」の面々は、このポスターを再現しようと、ビデオを一時停止してテレビの画面にトレーシングペーパーをあててなぞり、手書きで再現したのだ。  まさに、熱いファンのなせるワザだが、版権的にはユルかった当時でも完全にアウト。バンダイから激怒されたが、「商売じゃないんです」と泣きを入れ、A4用紙3枚にびっしりの詫び状で許してもらえたのだとか。  版権的にはアウトだが、ファンの情熱がこもったポスター。いつの日か、陽の目を見る日が来ることを祈りたいものだ。  現在、年3回の清掃活動は、日程を決めて来られる人が来る形でユルく開催されている。それでも、参加者が絶えることはない。 「里帰りのようなものですね。やはり、(「元・下村酒店」のご夫妻のように)来て、話をできる人がいること。これは、ほかの無人駅にはない魅力ですから」(メンバーの熊谷さん)
とりあえず、これを展示しておかなければ始まらないという品もちゃんと準備されていた

こちらには「元・下村酒店」さんの制作した、、あ~るが並んでいる
 かつて駅スタンプを保管してくれていた「小松屋」さん(現在は建て替えで店舗も姿を消した)、閉店後も駅スタンプを保管して、時折訪れるファンに対応してくれる「元・下村酒店」さん。単に聖地を訪れて写真を撮影して満足するのではない、真の楽しみ方がここにはある。「田切ネットワーク」内では、20年の間に3組のカップルが結婚したというが、こんな濃い楽しみ方をしていれば当然だ。  なお、「田切ネットワーク」のメンバーの一人は自転車イベント終了後、田切駅に戻り駅寝をして、翌朝から田切駅の清掃に参加した。 ■南信のディープスポット・伊那市の祭りはまだまだ続く  地方都市をめぐっては、東京にないものを探す筆者だが、伊那市は何度も探訪する価値のある街である。人口6万4,000人あまりのこの街、その人口に比して街にある店舗のレベルは高い。同じ人口でも東京周縁圏の街だと駅前にコンビニとチェーン系の居酒屋と、テキトーな書店が並ぶだろう。だが、伊那の街は独特だ。チェーン店よりも老舗が多いし、歓楽街も山間の地方都市とは思えないほど、充実していて味がある。  そのような味のある店を、地元の人々はごく日常的に利用しているからうらやましい。伊那でもメジャーな老舗の一つである蕎麦屋・クロネコなんて、都内だったらちょっとひねったサブカル好きな若者が一眼レフカメラを手に、続々と訪れるんじゃないかと思う。 「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」のほかにも、各種のイベントが開催中だが、その中でも、8月4日の伊那まつりに向けて準備されている開業当時の電車の復元は、目を見張るものがある。作業場所の伊那市立図書館のロビーに入るサイズということで、幾分か縮小した復元電車は、台座にキャスターをつけて木で枠をつくり、段ボールの部材で囲むというもの。段ボールなのに、まったく安っぽさを感じさせない精巧さが魅力的だ。筆者が訪ねた際には、ほぼ車体は完成し、塗装作業に入るところ。 「残っていた当時の図面と写真をもとに制作しました。延べ10人、1週間ほどで、ここまで完成しました」  と、作業に参加した鄭あきとしさんは話す。ライトもついて、中にはひしゃくでできたベルもつけるなど細かいギミックが光る復元電車。伊那まつりの際には、子どもを乗せて走る予定だとかで、さながら人車鉄道を彷彿とさせる。  作業場所の伊那市立図書館では、現在伊那市の歴史の資料や写真展示も行われている。  同館では、こんな手作り感あふれるイベントの一方で、地域の歴史を集積するデジタルアーカイブの作業も進んでいる。同館も制作に参加した江戸・明治・大正・昭和のデジタル古地図上にGPSを使って現在地を表示し、当時の風景を見ることができるiPhoneアプリ「高遠ぶらり」も提供中だ。
なんだかわからんが、やたらと女子の参加率が高く驚く。20代も多かったし……

この日ばかりは、押し放題のスタンプも大盛況だ
「サービスを提供するのではなく、地域の住民と一緒になって作っていくというスタンスで作業を行っています。デジタルアーカイブも、地域の皆さんに呼びかけて、昔の写真を提供してもらっているんです」  と同館の館長平賀研也さんは話す。町おこしといえば、何かと予算を大量につぎ込んで大々的にやる(そして、大失敗する)ものが多いのだが、これらの試みは、とてつもなく地に足の着いた感じがする。やはり、その背景には文化レベルの高さが感じられる。 「伊那には幕末に(「北の松代、南の高遠」といわれた)高遠藩の藩校・進徳館が開設され、多くの人材が生まれました。その後も、大正時代には信州白樺派の中心地にもなりました。今でも『教育県』の中心として、総合学習のメッカにもなっています」(平賀さん)  なるほど、過去の文化の蓄積が人口も少ない地方都市とは思えない、独特の香りを醸し出していることは間違いない。  年度内を通して行われる伊那市駅開業100周年記念イベントだが、その締めくくりとして行われるのが、来年1月から伊那市創造館で行われる予定の企画展「飯田線マニアックス」だ。飯田線の魅力をディープに語る、このイベントでは、屋外に飯田線の人間双六が登場するという計画も。  伊那市をはじめ南信地方は、一度や二度の訪問では味わい尽くせない魅力が満載だ。まずは、この夏訪問してみてはいかがだろうか。 (取材・文=昼間たかし)

本物の<聖地巡礼>を見せてやる! 『究極超人あ~る』の聖地で“轟天号”を追いかけてきた!!

早朝の東京駅から荷物を抱えてヨロヨロと乗車。
日頃の運動不足を実感する汽車旅だ
 「これは、参加するしかない!」と筆者は、東京駅から旅立った。  空前の成り行き任せな仕切りで全国のファンの注目を集めた、伊那市駅開業100周年を記念した『究極超人あ~る』OVAクライマックス再現イベント「田切駅→伊那市駅 1hour Bicycle Tour “轟天号を追いかけて”」。集合してスタートしたら、あとは好きな道を走って、好きな角を曲がって午後6時までに伊那市駅に来てください、というからムチャクチャだ。  早々と参加申し込みをした筆者だが、イベント発案者の一人から「当然、豊橋経由で輪行(自転車を公共交通機関を利用して運ぶこと)してくるんですよね?」との声が。なるほど、OVAの通りのルートを選ぶなら、東京駅から踊り子号で下田から石廊崎、天城峠を越えて三島から豊橋で一泊して、飯田線で……とても無理! 無理だが、少しでもOVAに近づいて、ほかの誰もがやらないことをやらなければ取材に値しない。  かくして、イベント前日の7月27日の早朝。筆者は、自転車に荷物を積み込んで旅立った。まだ誰もいない東京駅の前で、まずは自転車を分解。輪行袋に詰め込んでいく。この輪行袋、自転車を買ったときにオマケについてきたものなので、車体にリアキャリアやらなにやらを取り付けた今、きっちりと袋には入ってくれない。それでも、なんとか詰め込んでホームまで移動開始。筆者の旅の友である愛車・パナソニックのOSD3は、フレームを前後に分割できる輪行重視の自転車なのだが、あくまで分割しやすいだけで車体が軽いわけではない。10キロを超える車体が肩に食い込み、荷物を積み込んだフロントバッグやリュックやらも肩に食い込み、東海道線のホームに到着するまでに挫折しそうだ。  それでもなんとか、5時46分発の沼津行き一番列車に乗車完了。始発だからすいているかと思いきや、横浜を過ぎたあたりから混雑が始まる。朝のラッシュの時間に自転車を持ち込んでいる筆者には、厳しい視線が……。どうにかたどり着いた沼津では、駅そば屋が営業時間外。向かいのホームまで行く体力はなく、すきっ腹を抱えながら、トイレのない列車を走らせるJR東海に怒りを覚えつつ浜松を経由し、なんとか豊橋に到着した。だが、ここからはまだ長い。12時前に到着したのに、伊那市へ行く飯田線は2時前までないのだ。豊橋駅の名物の駅そば「壺屋」にて、天ぷらきしめんの旨さを久々に噛みしめたあと、呆然とホームで時が流れるのを待つのであった……。
豊橋駅といえば「壺屋」のきしめんである。
壺屋の本業は駅弁屋で、いなり寿司がオススメだ
 ようやくやってきた天竜峡駅行きの列車に乗り込み、これまた長い飯田線の旅が始まる。なにせ、まだ午後2時前なのに伊那市に到着するのは夕方を過ぎて夜の7時過ぎなのだ。3月のダイヤ改正でワンマンの運用が始まった飯田線だが、ワンマン列車のはずなのになぜか車掌が乗車している。その車掌が、駅が近づくたびに「前の車両から降りてくださーい」と連呼し、ドアが開くと「キップは、そこの箱に入れてくだ~さい」と連呼している。主な利用客が年寄りと高校生の飯田線、相当慣れていない人が多いようだ。
「飯田線のバラード」が似合う風景が見えてきても、まだまだ先は長い……
 東京では見かけない、独特の味のある高校生たちに新鮮さを感じながら睡魔に襲われ、気がついたら天竜峡駅、乗り換えて気がついたら伊那市駅に到着していた(というわけで、今回は秘境駅の話はない)。
伊那は馬肉の産地でもある。「いたや」の馬肉料理は、ご飯がいくらでもすすむね
■そして、灼熱のサイクリングへ  さて、当日である。輪行するよりは自走したほうが楽だと宿を出た筆者は、綿半(長野県では超メジャーなホームセンター。野菜も売っているよ!)で買い物を済ませ、本番の想定コースを逆に一路田切駅へ。交通量の多い国道を避けて旧道を選んでみたのだが、車は少ないものの、アップダウンがけっこう激しい。ここに比べれば、東京の坂なんぞ平らに見える。そもそも、筆者が普段、修行(あえて、トレーニングではない)している荒川サイクリングロードは、ほとんど平地である。旧道ゆえに地方にありがちなロードサイド型の店舗があるでもなく田舎ののんびりした風景は、素敵な「ごほうび」だ。
余裕をかまして寄り道をしていたら、次第にジリジリと日に焼かれていくことに

穏やかな天竜川の河畔。こんな風景が見られるなら多少の苦労も仕方ないよね

交通量の少ない旧道は、ほぼ独り占め。思いの外、自販機もあるので熱中症の心配もなさそう
 それにしても、やはり苦しい。体力は十分なハズなのだが、身体が暑さに慣れるまで時間がかかるのだ。旧道とはいえ、けっこうな数の自販機があるので水分補給には事欠かないが、照りつける日差しが急速に体力を奪っていく。時折、横を通り抜ける自動車がとても恨めしい。自転車マンガの古典『サイクル野郎』(荘司としお)ならば、適度なところで美女と行き会う展開なのだが、誰にも会うことなく孤独にペダルをこぐ作業は続く。伊那市駅と田切駅間の距離は、ざっと17キロあまり。自転車乗りならば、本来は大した距離ではないのだが、知らない道ゆえに、ほんとに負担が大きい。  途中、駒ヶ根市に入る時の上り坂についにくじけた筆者は、駒ヶ根駅前で一休み。何か腹に入れないと死んでしまうと思い、駒ヶ根名物ソースカツ丼のコースへ。最近、伊那市と駒ヶ根市の2つの町が「名物」と主張しているソースカツ丼だが、どちらの名物かは別にして、やはりおいしい。伊那のローメンといい、これを食べるためだけに、交通費を使う価値は十分にある。
店ごとに工夫を凝らす、駒ヶ根市のソースカツ丼。全店を制覇するのは、いつの日になるだろうか
こんなノスタルジックな店もちらほらと

駒ヶ根市を抜けて、飯田線の跨線橋を越えて、田切駅は、もうちょい先だ
 かくて、体力を回復した筆者は、一直線に今回の催しのスタート地点田切へと向かう。  さらに、照りつける太陽。上昇する気温に苦しみながら、ようやくたどり着いた田切。そこには、数多くの驚愕が待っていた……。
田切駅前に、こんなに大勢の人が集結するなんて誰が予測しただろうか
■ついに迎えた、クライマックス再現イベント  当初の予想を超えて、自転車持参の人から見送りのファンまでが聖地・田切駅に大集合となった。当日、現在も駅スタンプを管理してくれている田切駅前の「元・下村酒店」では、20年にわたって<聖地巡礼>として、田切駅の掃除をしているグループ「田切ネットワーク」が創立20周年記念展覧会「夏への扉~20年目の同窓会」を開催するということもあり、早い時間から参加者は続々と集結。「元・下村酒店」や田切駅周辺で、新たな光画部員と出会い、トークに華を咲かせていた。  当日、自転車持参で駅に集まった参加者は約80名あまり。田切駅までの集合方法は、電車で輪行してきたり、車に積んで移動したりとさまざまだ。だが、やる気のある参加者の中には、杖突峠を越えてきたという人も。杖突峠は、茅野市から高遠へ至る峠なのだが、標高1,247メートル、わずか数キロで高低差400メートル以上の急傾斜となる、有数の険しさで知られる峠である。そこまで「苦行」を楽しむこともできるのも『究極超人あ~る』のファンであればこそ。
電車が到着するたびに続々と、あ~るファンが降りてくる。ん、ホームのハジに妙な人が

田切の集落も、大勢の人で混雑。なお、今は集落には自動販売機が一台あるだけ
 そんなムチャを楽しむ人も交えながら、田切の集落には続々と参加者が集結していく。中には、さっそく作品世界を再現すべく、飯盒でごはんを炊き始める人もいるではないか。
作品世界を再現すべくリュックまで用意する完璧さ。これが本物の<聖地巡礼>だ

まさか、世界征服を企む博士が再び田切にやってくるなんて。この水鉄砲は危険すぎる!
やる気の参加者かと思いきやキャリアに積まれているのは、おひつ……
 開始時間も近づき、続々とファンが集まってきて驚いた。多くはロードバイクなのだが、中には「なぜ、この自転車をセレクトしたんだ!」という参加者も。  京都から参加したという男性は、いつも通勤に使っているという、ブロンプトンを持参。これでもかと外装をカスタマイズしているので、ギアも内装8段変速に改造しているのかと思いきや、ノーマルのままだという。街乗りに映える折りたたみ自転車の代名詞であるブロンプトンだが、アップダウンの激しいコースに、この自転車をセレクトするとは相当の自信家に違いない(実際、とても脚力のある人だった)。さらに、折りたたみ自転車持参の人には「いや、バイクにこれしか積めなかったので……」と、さらに驚くような車種をセレクトしている人も。ほかにも「DMMでレンタルした」という自転車で手には軍手という、光画部の成り行き任せテイストを、ものすごく理解した女性も。
この自転車でも、ちゃんと完走できたんだから恐るべしファン魂だ!

まさかのママチャリ参加者。なお、筆者はこのママチャリの人にも追い抜かれました……
 そんな中でとくに目を引いたのが、ママチャリ持参の女子である。いつも2キロあまりの通勤に使っているという愛車を持参したその女性は、OVA発売当時に行われた公開イベント「ザ・夏祭り」にも参加したという筋金入りのファン。今回のイベントを知って、友人を集めて上映会も開き、友人も一緒に参加することになったのだとか。  さらに、見送り組の女子には「『日刊サイゾー』の記事を見てイベントを知ったので来ました」という人も。  見送り組には、あ~るはもちろん、成原博士や鳥坂先輩に、あさのに小夜子まで、等々各種のコスプレも集結。千葉から、あ~るのコスプレ衣装一式持参でやって来た男性は、「明日はワンフェスなんで、急いで帰ります」と。ファンの熱さにはもはや感涙だ。  そうしたファンの中でも、もっとも熱さを放っていたのは、主催者の一人でもある伊那市創造館の捧剛太館長だ。あ~るの愛車・轟天号を再現すべくロードマンを入手、可能な限りOVA仕様に近づけ、学生服持参でやってきた捧氏が田切に姿を現すと、会場はわあっと沸いた。
実は、伊那はこの作品の聖地でもあったんだね……。と、気づくまでちょっと時間がかかった

飯島町のゆるキャラ・いいちゃんは地元のお祭りが重なり多忙な中駆けつけてくれたぞ
 かくて、イベントは始まった。主催のCycle倶楽部R(伊那市役所自転車部)の牧田豊さんは 「こんなに、馬鹿な人が多いとは……」  と、シャレの効いた挨拶で、会場をどっと沸かせる。飯島町のゆるキャラ・いいちゃん、地元の住民、コスプレ混じりの見送り組に声援を送られながら、自転車参加者は続々と出発していく。途中、パラパラと夕立が降るが、身体の火照った参加者には、よいシャワーだ。どの道を通るのも自由なので、参加者は国道、旧道、さらにはOVAよろしく火山峠を目指して別れ、合流しながら伊那市駅へと向かっていく。  相当、体力の落ちている筆者は、次々と追い抜かれつつ、なんとかゴールを目指す。正直、往路よりも上り坂が少ないので幾分かは楽である。さまざまなルートへ分割した参加者は、伊那市駅周辺で再び合流しながら、ゴールの伊那市駅前を目指す。OVAに従えば、西園寺ツーリストのガラス戸をぶち破って突入しなければならないのだが、80枚もガラス戸は準備できないので、駅前に西園寺ツーリスト伊那市支店の出店が。誰も、突入することなく声援や拍手に迎えられながら、続々と到達。この日のために用意された特製の西園寺ツーリストのスタンプを獲得した。
ガラス戸をぶち破られる危険を回避すべく、西園寺ツーリスト伊那市支店は屋外に設置
閉会式会場は、コスプレ撮影会へ。やばい、あ~るのカメラは危険すぎるぞ!

無事にイベントを終えて捧剛太館長もほっと一息。
しかし、3000円の中古ロードマンはかなりキツかったとか
 とくに大きな事故もなく、参加者は、駅近くの閉会式が行われる広場に移動。ここでは、伝説のおかゆライスを配布するファンが現れたり、コスプレ撮影会も行われるなど、会場は大盛り上がりだ。出店で販売される名物の高遠まんじゅうで、糖分を補給する参加者も多かった。出店ではラムネが販売されていたのも注目ポイントだ。レトロな雰囲気が漂う伊那市には、ラムネがよく似合う。  前夜も、轟天号の整備をしていて睡眠不足気味の捧剛太館長も 「続々と人数が増えて、どうなることやらと思っていましたが、大きな怪我人も出なくてよかった」  と、ホッとした表情。かくて、イベントは「伊那市駅開業100周年万歳!」「Cycle倶楽部R20周年万歳!」「究極超人あ~る万歳!」の万歳三唱を行って終幕。参加者は、Cycle倶楽部Rの牧田氏が「足を使ってお願いしてきた」参加者向けのサービスを提供してくれる市内の飲食店へと、三々五々散っていった。
まずは「うしお」にてローメン分を補給。もちろん、超々大盛りで。名物のトーフ汁がサービスだった
(取材・文=昼間たかし)

想像を超えるミラクル・ショー! ロボットレストランに潜入

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ロボットレストランとは一体……!?
珍奇なものをこよなく愛するライター・北村ヂンが、気になったことや場所にNGナシで体当たり取材していく【突撃取材野郎!】。第18回は、話題沸騰中の「ロボットレストラン」に行ってきました。 ■うわさのロボットレストランとは……?  先日からネットを騒がせている、とあるレストランをご存じだろうか。料理が激ウマ? 雰囲気がすごくイイ? 超リーズナブル? ……そういう類の話題ではない。そのレストラン、とにかくいろんな意味で相当どーかしているらしいのだ。その名も「ロボットレストラン」! ロボットが料理を作ってくれるのか、ウェイトレスがロボットなのか、はたまたレストラン自体が変形してロボットになってしまったりするのか……店名からして謎は深まるばかり。  7月18日のオープンに先駆け、超爆乳の巨大女ロボットを搭載したトレーラーが都内各所に出没して「なんだアレは!?」と、Twitter上などで話題騒然となっていた「ロボットレストラン」だが、その宣伝方法だけではなく、お店自体もメガトン級にスゴイらしいのだ。こ……コレは行くっきゃ騎士(ナイト)!
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看板もすさまじいインパクト。
 さて、問題の「ロボットレストラン」があるという新宿・歌舞伎町へやって来たところ、この不景気な時代にあって、依然ネオンがギラギラビカビカで活気のある不夜城・歌舞伎町の中でもケタ外れにビッカビカなお店が。ムムム、ここかッ!? うわさによると、総工費100億円をつぎ込んだともいわれている、この「ロボットレストラン」。一体、いかなる店なのか!?
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『スター・ウォーズ』のストーム・トルーパーっぽい人が
客引きをしていた(ロボットではないよね?)
■いきなりギラギラ&ビカビカ過ぎ!  店内に足を踏み入れると、いきなり上半身が爆乳ギャル、下半身がロボットという、21世紀のマーメイドとでもいうべき巨大なロボット女がお出迎え。このロボ女、機械化された下半身に取り付けられたタイヤで、縦横無尽に動き回ることができる『装甲騎兵ボトムズ』のアーマードトルーパーもビックリなマシーンなのだ。
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高さ約3メートルほどの巨大ロボ女が!
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待合室からもう、狂おしいまでにギラギラ!
 そして、いよいよショーがスタート! 爆音で流れる和風アレンジのロックと共に、おっぱいをブルンブルン振り乱したギャルたちが登場し、和太鼓&ドラム、マーチングバンド、フラッグ・パフォーマンスを繰り広げる。中でも圧巻だったのが、ターンテーブルの上に乗せられた4台のドラムがグルングルン回転しながらの演奏。もちろん照明は、そこいら中がギラギラのビカビカで、調子悪い人が来たら泡吹いてぶっ倒れちゃうんじゃないかというくらいのド派手っぷり。
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爆音と共に飛び出してきたおっぱいギャルたち。
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パフォーマンスのテーマは「女戦」。
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4台のドラムセットがグルングルン周りながら演奏を繰り広げる。
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ホール中を舞い踊る龍!
 
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なぜかマーチングバンドまで登場。
 パフォーマンスの完成度も高く、オリエンタルな雰囲気で外国人が見たら大喜びしそうな内容ではあったものの、ここまでロボット要素は一切ナシ。あれ、ロボットは? ロボットレストランなのに……!? ■遂にロボットが登場  結局、ロボットの出番はないままに前半のショーが終了。これはもしかして、客引きのために店先に鉄道模型は置いてあるものの、そのほかには鉄道要素がまったくない「鉄道喫茶」的なことなのか? ……と若干不安になっていると、スタッフから「この前をロボットが通りますんで、少し後ろに下がって下さい」との指示が。うおおおおっ! 遂に出てくるのか、ロボットッ!
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動くぞ、コイツ!?
 再びBGMが爆音で流れ出すと、巨大女ロボにギャル(ホントの人間ね)が2人、タンデム状態で乗り込み、動き出したッ! これはまさに「巨大女ロボ、大地に立つ!!」。もしくは、ギャル(ロボ)、ギャル、ギャルのギャル三連星だ。  目がチカチカするほどの照明の中、巨大女ロボが客席の前をグイングイン動き回り、ももいろクローバーZの「Z伝説〜終わりなき革命〜」……っぽいBGM(絶対インスパイアされてるハズ!)に合わせてギャルたちが踊りまくる! 現実離れしまくった光景は、エレクトリカルな竜宮城とでもいうべきか。うーん、ここは天国……!? 想像を遙かに上回るショーに思考回路はショート寸前。の……脳がしびれるッ!
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ロボット自体も電飾でビッカビカ!
 さらにたたみかけるように突入した「戦争ダンス」(なんちゅう名前だ!)なるパフォーマンスは、アーミー風のセクシー衣装のギャルが踊り狂う中、第二次世界大戦中のアメリカ軍主力爆撃機・B-29を思わせる戦闘機が動き出す……ギャルを鈴なり状態でぶら下げて。
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うわーっ! 店内でバイクを乗り回すアーミーギャル。
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B-29(?)に鈴なり状態でギャルがぶら下がって登場。
 驚いているヒマもなく、ステージ後方の扉がバカーンと開き、電飾全開の戦車まで登場。当然こちらもギャルを満載! まさに『馬鹿が戦車でやってくる』ならぬ「ギャルが戦車でやってくる」状態だ。
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ギャルが戦車でやってくる!
 お客さんたちの頭上を通り過ぎるB-29&鈴なりギャルズ(尻がホント頭のすぐ上に!)、そして目の前のフロアを進んでいくエレクトリカル戦車。さらに客席を取り巻くように小型ロボに乗ったギャル達もギュンギュン回る。BGMはもちろん(?)「檄!帝国華撃団」(『サクラ大戦』の主題歌)……これが「鋼鉄に武装する乙女」ってヤツか!? 戦争……というよりは、もはやハルマゲドンだよ!
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小型ロボットに乗ったギャルも。
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いいなぁ~、このロボット。
■総工費100億円ってホント!?  しかし、バブル全盛期ならともかく、こんだけ不景気だといわれている時代に、総工費100億円(!?)のバブリーにもほどがあるお店をどうして作ってしまったのだろうか!? お店のスタッフさんを直撃してみた。 「さまざまなエンタメ系飲食店を手がけてきたオーナーが、その総決算としてやりたいことをすべて詰め込んだのがこのロボットレストランなんです」  確かに、ロボット、おっぱい、バイク、戦車、飛行機と、男の夢とロマンが過剰なまでに詰め込まれているすさまじいショーだった。ところで、総工費100億円というのはホントなの? 「このビルを建てるための用地の買収や、建設費などを含めての値段ですが、確かにそれくらいはかかっていると聞いています」  ちなみに、あの巨大女ロボットは1台数千万クラスの開発費がかかっているとのこと。これだけお金をかけたショーを、フード、ドリンク付き3,000円で見られるというのは明らかに安い! ……というか、採算取れているのか心配になってしまうほどだけど。  さ、最後にお願いがあるんですけど……。このロボット、乗っちゃダメっすか? 「いいですよー!」
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う……うれしいッ! この日ほど、ライターになって
よかったと
思った日はありませんでしたよ。
■ロボットレストラン 住所:東京都新宿区歌舞伎町1ー7ー1 新宿ロボットビルB2F 電話:03-3200-5500(予約 9:00〜24:00) 営業日、ショーのスケジュールなどはサイトを参照して下さい。 <http://www.shinjuku-robot.com/> i01roboto.jpg (取材・文・写真・イラスト=北村ヂン) ●「突撃取材野郎!」バックナンバー 【第17回】東京に宇宙人がいた!? 宇宙村レポート 【第16回】東京スカイツリー開業! その時、東京タワーは…… 【第15回】着ぐるみってどうやって作ってるの? 着ぐるみ制作会社に潜入! 【第14回】プロマイドの殿堂・マルベル堂で俺プロマイドを作る 【第13回】名古屋駅より徒歩5分。1泊1,500円〜のバカ安ホテルに泊まる 【第12回】大阪にそびえ立つ変な形の謎タワーに登ろうとしてきた! 【第11回】藤子不二雄Aだらけの町・富山県氷見市! 【第10回】ファン狂喜乱舞モノ!?  藤子・F・不二雄ミュージアムに行ってきた 【第9回】男だけど女声を使いこなす"両声類"になりたい! 【第8回】SM雑誌だらけの図書館!? 風俗資料館 【第7回】 テレクラは今こんなことになっている2010 【第6回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(後編) 【第5回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(前編) 【第4回】手塚、藤子、赤塚、石ノ森......漫画界の巨匠たちも食べた伝説のラーメン屋 【第3回】「激安宿に泊まりたい!」ドヤ街で一泊1,000円代の宿に泊まってみる 【第2回】「甘酸っぱい思い出のシンボル......」僕らの愛したブルマーは今どこに 【第1回】アイドル小明と行く、サブカル魔窟『中野ブロードウェイ』

想像を超えるミラクル・ショー! ロボットレストランに潜入

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ロボットレストランとは一体……!?
珍奇なものをこよなく愛するライター・北村ヂンが、気になったことや場所にNGナシで体当たり取材していく【突撃取材野郎!】。第18回は、話題沸騰中の「ロボットレストラン」に行ってきました。 ■うわさのロボットレストランとは……?  先日からネットを騒がせている、とあるレストランをご存じだろうか。料理が激ウマ? 雰囲気がすごくイイ? 超リーズナブル? ……そういう類の話題ではない。そのレストラン、とにかくいろんな意味で相当どーかしているらしいのだ。その名も「ロボットレストラン」! ロボットが料理を作ってくれるのか、ウェイトレスがロボットなのか、はたまたレストラン自体が変形してロボットになってしまったりするのか……店名からして謎は深まるばかり。  7月18日のオープンに先駆け、超爆乳の巨大女ロボットを搭載したトレーラーが都内各所に出没して「なんだアレは!?」と、Twitter上などで話題騒然となっていた「ロボットレストラン」だが、その宣伝方法だけではなく、お店自体もメガトン級にスゴイらしいのだ。こ……コレは行くっきゃ騎士(ナイト)!
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看板もすさまじいインパクト。
 さて、問題の「ロボットレストラン」があるという新宿・歌舞伎町へやって来たところ、この不景気な時代にあって、依然ネオンがギラギラビカビカで活気のある不夜城・歌舞伎町の中でもケタ外れにビッカビカなお店が。ムムム、ここかッ!? うわさによると、総工費100億円をつぎ込んだともいわれている、この「ロボットレストラン」。一体、いかなる店なのか!?
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『スター・ウォーズ』のストーム・トルーパーっぽい人が
客引きをしていた(ロボットではないよね?)
■いきなりギラギラ&ビカビカ過ぎ!  店内に足を踏み入れると、いきなり上半身が爆乳ギャル、下半身がロボットという、21世紀のマーメイドとでもいうべき巨大なロボット女がお出迎え。このロボ女、機械化された下半身に取り付けられたタイヤで、縦横無尽に動き回ることができる『装甲騎兵ボトムズ』のアーマードトルーパーもビックリなマシーンなのだ。
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高さ約3メートルほどの巨大ロボ女が!
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待合室からもう、狂おしいまでにギラギラ!
 そして、いよいよショーがスタート! 爆音で流れる和風アレンジのロックと共に、おっぱいをブルンブルン振り乱したギャルたちが登場し、和太鼓&ドラム、マーチングバンド、フラッグ・パフォーマンスを繰り広げる。中でも圧巻だったのが、ターンテーブルの上に乗せられた4台のドラムがグルングルン回転しながらの演奏。もちろん照明は、そこいら中がギラギラのビカビカで、調子悪い人が来たら泡吹いてぶっ倒れちゃうんじゃないかというくらいのド派手っぷり。
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爆音と共に飛び出してきたおっぱいギャルたち。
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パフォーマンスのテーマは「女戦」。
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4台のドラムセットがグルングルン周りながら演奏を繰り広げる。
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ホール中を舞い踊る龍!
 
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なぜかマーチングバンドまで登場。
 パフォーマンスの完成度も高く、オリエンタルな雰囲気で外国人が見たら大喜びしそうな内容ではあったものの、ここまでロボット要素は一切ナシ。あれ、ロボットは? ロボットレストランなのに……!? ■遂にロボットが登場  結局、ロボットの出番はないままに前半のショーが終了。これはもしかして、客引きのために店先に鉄道模型は置いてあるものの、そのほかには鉄道要素がまったくない「鉄道喫茶」的なことなのか? ……と若干不安になっていると、スタッフから「この前をロボットが通りますんで、少し後ろに下がって下さい」との指示が。うおおおおっ! 遂に出てくるのか、ロボットッ!
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動くぞ、コイツ!?
 再びBGMが爆音で流れ出すと、巨大女ロボにギャル(ホントの人間ね)が2人、タンデム状態で乗り込み、動き出したッ! これはまさに「巨大女ロボ、大地に立つ!!」。もしくは、ギャル(ロボ)、ギャル、ギャルのギャル三連星だ。  目がチカチカするほどの照明の中、巨大女ロボが客席の前をグイングイン動き回り、ももいろクローバーZの「Z伝説〜終わりなき革命〜」……っぽいBGM(絶対インスパイアされてるハズ!)に合わせてギャルたちが踊りまくる! 現実離れしまくった光景は、エレクトリカルな竜宮城とでもいうべきか。うーん、ここは天国……!? 想像を遙かに上回るショーに思考回路はショート寸前。の……脳がしびれるッ!
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ロボット自体も電飾でビッカビカ!
 さらにたたみかけるように突入した「戦争ダンス」(なんちゅう名前だ!)なるパフォーマンスは、アーミー風のセクシー衣装のギャルが踊り狂う中、第二次世界大戦中のアメリカ軍主力爆撃機・B-29を思わせる戦闘機が動き出す……ギャルを鈴なり状態でぶら下げて。
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うわーっ! 店内でバイクを乗り回すアーミーギャル。
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B-29(?)に鈴なり状態でギャルがぶら下がって登場。
 驚いているヒマもなく、ステージ後方の扉がバカーンと開き、電飾全開の戦車まで登場。当然こちらもギャルを満載! まさに『馬鹿が戦車でやってくる』ならぬ「ギャルが戦車でやってくる」状態だ。
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ギャルが戦車でやってくる!
 お客さんたちの頭上を通り過ぎるB-29&鈴なりギャルズ(尻がホント頭のすぐ上に!)、そして目の前のフロアを進んでいくエレクトリカル戦車。さらに客席を取り巻くように小型ロボに乗ったギャル達もギュンギュン回る。BGMはもちろん(?)「檄!帝国華撃団」(『サクラ大戦』の主題歌)……これが「鋼鉄に武装する乙女」ってヤツか!? 戦争……というよりは、もはやハルマゲドンだよ!
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小型ロボットに乗ったギャルも。
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いいなぁ~、このロボット。
■総工費100億円ってホント!?  しかし、バブル全盛期ならともかく、こんだけ不景気だといわれている時代に、総工費100億円(!?)のバブリーにもほどがあるお店をどうして作ってしまったのだろうか!? お店のスタッフさんを直撃してみた。 「さまざまなエンタメ系飲食店を手がけてきたオーナーが、その総決算としてやりたいことをすべて詰め込んだのがこのロボットレストランなんです」  確かに、ロボット、おっぱい、バイク、戦車、飛行機と、男の夢とロマンが過剰なまでに詰め込まれているすさまじいショーだった。ところで、総工費100億円というのはホントなの? 「このビルを建てるための用地の買収や、建設費などを含めての値段ですが、確かにそれくらいはかかっていると聞いています」  ちなみに、あの巨大女ロボットは1台数千万クラスの開発費がかかっているとのこと。これだけお金をかけたショーを、フード、ドリンク付き3,000円で見られるというのは明らかに安い! ……というか、採算取れているのか心配になってしまうほどだけど。  さ、最後にお願いがあるんですけど……。このロボット、乗っちゃダメっすか? 「いいですよー!」
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う……うれしいッ! この日ほど、ライターになって
よかったと
思った日はありませんでしたよ。
■ロボットレストラン 住所:東京都新宿区歌舞伎町1ー7ー1 新宿ロボットビルB2F 電話:03-3200-5500(予約 9:00〜24:00) 営業日、ショーのスケジュールなどはサイトを参照して下さい。 <http://www.shinjuku-robot.com/> i01roboto.jpg (取材・文・写真・イラスト=北村ヂン) ●「突撃取材野郎!」バックナンバー 【第17回】東京に宇宙人がいた!? 宇宙村レポート 【第16回】東京スカイツリー開業! その時、東京タワーは…… 【第15回】着ぐるみってどうやって作ってるの? 着ぐるみ制作会社に潜入! 【第14回】プロマイドの殿堂・マルベル堂で俺プロマイドを作る 【第13回】名古屋駅より徒歩5分。1泊1,500円〜のバカ安ホテルに泊まる 【第12回】大阪にそびえ立つ変な形の謎タワーに登ろうとしてきた! 【第11回】藤子不二雄Aだらけの町・富山県氷見市! 【第10回】ファン狂喜乱舞モノ!?  藤子・F・不二雄ミュージアムに行ってきた 【第9回】男だけど女声を使いこなす"両声類"になりたい! 【第8回】SM雑誌だらけの図書館!? 風俗資料館 【第7回】 テレクラは今こんなことになっている2010 【第6回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(後編) 【第5回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(前編) 【第4回】手塚、藤子、赤塚、石ノ森......漫画界の巨匠たちも食べた伝説のラーメン屋 【第3回】「激安宿に泊まりたい!」ドヤ街で一泊1,000円代の宿に泊まってみる 【第2回】「甘酸っぱい思い出のシンボル......」僕らの愛したブルマーは今どこに 【第1回】アイドル小明と行く、サブカル魔窟『中野ブロードウェイ』

ご当地検定だと思ったら大間違い!? 意外とガチな「甲賀流忍者検定」

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検定用の忍者コスプレはレンタルでも自前でも可。
筆者は無駄に気合いを入れて、専門店で2万5,000円
の衣装を購入(自腹)
ゆるいものならなんでも大好き♪ ロリ顔ライター・朝井麻由美が気になるスポットをご案内します。  履歴書の“資格等”の欄に、普通自動車免許以外のことを書けるようになりたい。それも、漢検や英検のような平凡な資格じゃダメだ。もっと突拍子もない検定でなければ。そんな折、5年前から滋賀県で行われている「甲賀流忍者検定」に受かれば忍者を名乗れる、との話を聞きつけた。これはいい。ご当地検定のようだし、観光ついでにヒョイッと受けて誰でも受かるようなものでしょう! と軽いノリで申し込んでみたのだが――。  こんな調子で、忍者検定をすっかり甘く見ていた私が検定用のテキストを開いたのは、検定の10日前。過去問を見た瞬間、絶句した……。  例えば、このような問題が出題されている。 「忍者が窮地から脱出するのに、逃げながら撒くのは“菱撒き退きの術”。撒き菱には、鉄ビシ、木ビシ、竹ビシ、天然ビシがある。では、天然ビシはどこで採れるか?」 →答え:池  ……どうやら、ヒョイッと簡単には忍者になれないようである。勉強がまるで間に合わず、当日、絶望的な気持ちになりながら現地へ向かった。  ちなみに、筆者が申し込んだ初級の試験は、50問の筆記試験(100点満点)に、コスプレ加点(5点満点)と手裏剣投げ加点(5点満点)がある。合格ラインは60点で、例えばもし、筆記試験が55点でも、コスプレで5点の加点を獲得したら合格になるという仕組みだ。筆記が異様に難しいのに、コスプレすれば許される――忍者検定、真面目なのかふざけてるのか……。  そして当日。検定の受付を午前9時台に済ませ、10時15分には試験開始となる。この空き時間に少しでも知識を叩き込もうと思っていたのに……そうは問屋が卸さなかった。会場は忍者コスプレだらけ。これからあの無駄に難しい試験を受けるとは思えないほど、おちゃらけた空気が蔓延していた。
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右も左も忍者だらけ。会場には、
なぜか信号みたいな色の忍者トリオもいた。
 こうなると当然の流れとして、お互いの撮影会である。忍者コスプレをしていれば、初対面だろうが年の差があろうが皆友達。撮ってください、撮らせてくださいの繰り返しでとてもじゃないけど、勉強の追い込みをするような雰囲気ではない。 「過去問、難しかったですよね? 勉強しました?」 「いやー、全然勉強できてないんですよー。たぶん落ちますね(笑)」 という会話が、ところどころで繰り広げられていた。いわゆる、試験前お約束の会話である。お前ら、その言葉信じるからな! 私は本当に勉強してないぞ! (だいたい、こういうときって、本当に勉強してない人のほうが少数派なのだよな……)  ちなみに、タイムテーブルは以下のようになっている。 10:15~10:45 筆記試験(この間にコスプレの採点もされる) 10:45~12:30 実技試験(手裏剣投げ)& 昼食 12:30~13:00 受験生有志による忍者パフォーマンスタイム 13:15~15:15 プロの忍者による講演&演武 15:15~    成績発表・表彰  10時15分、検定が始まった。筆記の制限時間は30分。筆記中に、審査員がコスプレの採点をしてまわるため、それなりにしゃんとした姿勢で試験に臨む。
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机の端には持参した手裏剣のオモチャを置いてみた。
小道具もしっかり揃えてきましたヨ、
という審査員への小さなアピールである。
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真剣に問題を解く忍者がズラリと並ぶ会場の光景は、少し異様。
 筆記試験が終わると、次は手裏剣投げの実技だ。筆記試験のハイレベル具合は先に述べた通りだが、手裏剣投げとて、今の時代の一般家庭では練習のしようがない。強いていえばダーツに近いものの、実技試験で使う手裏剣は鉄製でダーツよりもはるかに重く、感覚がまるで違う。ほかの受験生の手裏剣投げを見ていても、成功者はかなり少ないようだった。しかし、試験での得点が絶望的なだけに、ここでなんとしても加点がほしいところ――。
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試験官は当然投げ方を教えてくれないので、適当に投げるしかない。トリャー!
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あ、あれ!? 当たったー!! しかも一番高得点のところに!
 全部で三回投げるところ、一投目、二投目は的に届きすらしなかったが、三投目でまぐれの大当たり。  まさかの手裏剣が当たったことで、少し欲が出てきてしまった。実技試験に入るまでは、筆記の手ごたえがほぼ絶望的なだけに合格をあきらめていたのだが、手裏剣の加点が入ったため、まだあがけばなんとかなるかもしれない、と。そのとき、「午後からの“忍者パフォーマンス”に出れば、点数が加点される」とのウワサが流れてきた。パフォーマンスは、ダンス、歌、劇ほか、出し物であればなんでもOK。本来は、受験申し込みの段階で、パフォーマンス出演も申し込みをするのだが、どうやら飛び入り参加も可能らしい。  そこで、「なんとしても加点がほしい!」との思いと、手裏剣が当たって気が大きくなっていたのか、試験開始前に忍者コスプレの撮影会をしたメンバーを集め、9人で即興の忍者寸劇をすることになった。
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何しろ急ごしらえなので、忍者の武器も、
そこらへんにあった傘を使用。
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傘を開いて悪役を攻撃!
 悪者が現れ、ピンチに見舞われ、最後にはヒーロー忍者が助けに来る、といったストーリーとしてはベタもベタだったのだが、傘を武器に使うなどのチープさがウケたのか、なんと我々のチームは優勝してしまった。
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優勝賞品はビールケース。
 しかし。ここにきて、忍者パフォーマンスに関しては、優勝しても特に試験の加点にはならないことが発覚。なぜならば、忍者パフォーマンスタイムは、試験の採点の時間稼ぎのために設けられている単なるお遊びなのだそう。ああ、合格が遠のいてしまった。  そしていよいよ、結果発表の時間がやってきた。予想では、ギリギリ合格か、あと数点で惜しくも不合格か、のきわどいラインにいるはず。もしかしたら、もしかすると、とわずかな希望を胸に、合格者の名前が続々と映し出されるスクリーンを眺めていたのだが……結局、合格ラインには8点足りず、落第忍者になってしまった。今回は例年よりも合格率が高かったようで、初級は受験者98名中55名が合格したとのこと。不合格のほうが少ないだなんて! ちなみに、一緒に忍者パフォーマンスに出た9人のメンバーのうち、合格したのはたった2名だけというありさまだった。わざわざ滋賀県まで時間とお金をかけて行って、得られたものがビールケースだけって、一体何しに行ったんだろう……。  ただ、忍者コスプレの撮り合いっこや、「勉強した?」「全然ー」の“学生時代プレイ”も楽しめるため、友人と旅行を兼ねて参加するにはうってつけ。中学・高校時代と比べて記憶力が甚だしく落ちていることを心から実感するおまけ付きですけれども。 ●学生プレイ度 ★★★★★ 試験は午前開始のため、前日入りするか、夜行バスで行くかのどちらか。昨年の上位合格者の中には、忍者が好きすぎるあまり、単に腕試しとして再受験する検定リピーターになっている人も何人かいた。ちなみに、今回見事5位で合格した受験者の猪瀬隆さんによると、「市販の忍者本を読むよりも、甲賀市観光協会から過去問を数年分取り寄せて問題の傾向を掴んで、いかにも出題されそうなところを予想してネットで忍者について調べておくのが最も効率のいい試験対策」だそう。受験生さながらである。 (取材・文=朝井麻由美) ●『甲賀市観光協会』 < http://www.koka-kanko.org/ > 忍者検定を主催する甲賀市観光協会のHP。毎年6月に行われ、4月下旬頃から申し込みが始まる。受験料は1,000円。
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ちなみに、これが検定合格者に進呈される忍者認定の巻物。
いいなぁ……。
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「なんでもあり」な80年代を象徴するツッパリキャッツ! なめ猫今昔物語

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(c)SATORU TSUDA
アナログとデジタルの過渡期であった1980年代。WiiもPS3もなかったけれど、ジャンクでチープなおもちゃがあふれていた。足りない技術を想像力で補い、夢中になって集めた「キン消し」「ミニ四駆」「ビックリマンシール」......。懐かしいおもちゃたちの現在の姿を探る!   「ツッパリ」と呼ばれる不良少年少女の増加が社会問題化していた1980年。イケイケドンドンなバブル景気の予感が漂う社会の片隅で、ナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけていた彼らが世間にガンを飛ばしていた当時、ツッパリスタイルの学ランとセーラー服に身を包んだ子猫が突如メディアに登場した。  「なめんなよ」のフレーズも勇ましい彼らの名は「なめ猫」。人間と同じ衣装を着た子猫たちを撮影したそのキャラクターグッズは空前の大ブームを巻き起こした。文房具やアパレル、ポスターから音楽CDまで、実に500種類以上も発売されたグッズはいずれも大ヒット。中でも、「なめられたら無効」と書かれた免許証カードは累計1,200万枚も販売されたというから驚きだ。  今回は、そんな80年代最初の大ヒットキャラクター「なめ猫」の生みの親であるグループS株式会社代表取締役の津田覚氏に、「なめ猫」誕生秘話と今の姿を聞いてみた。 ■なめ猫誕生秘話 「うちは動物園といわれるくらい、動物を飼っていました」
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(c)SATORU TSUDA
 動物好きが高じて、うさぎ、鳥、亀などありとあらゆる動物を自宅で飼育していた津田氏は、ある日、クリーニング屋のおじさんが捨てようとしていた生まれたばかりの4匹の子猫を引き取った。生まれたばかりで、片時も目が離せない子猫を育てることになった津田氏は、大きなバスケットに4匹の子猫を入れ、仕事場にも連れていくほど大切に面倒をみていたそうだ。その結果、 「最初に目を開けた時からずっと一緒にいたせいか、僕を親だと思っていたみたいです。布団に入ると、いっせいに4匹が潜り込んでくるんです」  というほど、子猫たちは津田氏に懐くようになったという。  まるで本当の子どものように育ててきた子猫たちも、生後1カ月後くらいになると自由に動き回るようになる。そんな時、当時付き合っていた女性が家に忘れていったフランス人形の衣装で子猫たちが遊んでいる姿を見かけた津田氏は、子猫たちに人形の衣装を着せて成長記録を撮るということを始めたそうだ。  この写真を友人が大絶賛。当初はその写真を商品にするつもりはまったくなかったそうだが、実際にグッズ化したところ大ヒットを記録。たちまち4匹の子猫は日本一のアイドル猫となったのだ。中でもとくに人気があったのは、くりくりした瞳と澄まし顔が印象的な三毛猫・又吉。彼女(実はメスだったのだ!)を中心に1980年から82年の間「なめ猫」グッズが展開した。
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「なめ猫」生みの親・津田覚氏。
 しかし、なぜ「ツッパリ」スタイルだったのだろうか。この疑問に対して、津田氏はこう答える。 「単純にあの当時、学ランとセーラー服が一番多くの日本人が通過するファッションだったからです。仮に大人の衣装を着たとしても、服の系統が細分化されているので『なめ猫』ほどのヒットになはらなかったでしょうね。ただ猫に服を着せたからヒットした、わけではないと思います」  偶然から生まれた「服を着た猫」というアイデアと、理にかなったリサーチから「なめ猫」は生まれたのだ。 ■手間暇かけて、愛情込めて行われた「なめ猫」撮影  なめ猫を語る上で忘れられないのは、「子猫たちをどうやって立たせているのか」論争である。当時、子猫たちが人間と同じ服を着て立っている姿に、テレビや雑誌ではとある識者が「動物虐待だ」とたびたび批判。中には「背中に定規を差し込んで立たせている」と、さも撮影を見てきたかのように語る人物や、「剥製だ」と主張する人物まで出てきたそうだ。
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社長室は「なめ猫」グッズでぎっしり。
 実は、子猫たちは立っていたわけではなく、座っているところに全身をすっぽり覆う形で衣装を着ていただけなのだが、「そのままにしておいたほうが知名度が上がるから無視していました」と津田氏は世間のバッシングを放置。  その後、知名度が上がり切ったところで、テレビ番組で撮影シーンの一部始終を公開したのである。これにより人気を維持したまま、世間のなめ猫バッシングは息を潜めることになったそうだ。津田氏、なかなかのやり手である。  そんななめ猫の撮影は、又吉たちが成長する前の、およそ1カ月間でほとんど終えてしまったそうだ。この間、8人の猫好きグループを結成。一匹ごとに一人ずつ担当スタッフをつけた上に、専属の洋裁スタッフや獣医などがつくという盤石の体制で撮影は行われた。 「撮影は大変でしたね。子猫の集中力が続かないので短時間しか撮影ができませんでした。だからまずダミーのぬいぐるみを置いて、配置やライティングを決めてから撮りました。おまけに子猫は服をすぐにぼろぼろにしちゃうんです。1着15万円もしたんですが、一回撮ったらそれでおしまいでした」  このように、手間暇をかけて撮影されたなめ猫グッズは、冒頭で述べたように大ヒット。カードは1200万枚、ポスターは600万枚の売り上げを記録した。この記録はいまだに破られておらず、キャラクターグッズ史上もっとも売れたキャラクターとしてなめ猫の名は、今も燦然と輝いている。 ■意外な「なめ猫」の副産物  動物に服を着せる、というかつてない発想で誕生したなめ猫だが、このアイデアは後に意外な副産物を生み出している。
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「当時、なめ猫の服を作りたいと言ってくる業者はたくさんいたのですが、それとおなじくらい犬の服を作りたいという業者もたくさんいました。うちしか動物に服を着せるようなことをしていなかったからみんな許諾を取りにきたんですが、『好きにしていいよ』と言っていました」  この津田氏の対応のおかげで、世の中に「犬に服を着せる」という文化が定着。今ではすっかり一般化した感のある「犬服」のルーツはなんと「なめ猫」だったのだ。 ■密かに大ブーム真っ最中! 「なめ猫」の今  数々の伝説を残した「なめ猫」だが、誕生から30年を経た今も密かなブームとなっている。きっかけとなったのが、2005年のグッズ再発売だ。その後、2006年に子ども向け漫画雑誌「月刊コロコロコミック」「別冊コロコロコミック」(いずれも小学館)で又吉を主人公にした漫画『~なめねこ又吉最強伝説~なめんなよ!』の連載をスタート。同時に少女漫画雑誌「ちゃお」(小学館)では写真を使った相談コーナーも始まり、低年齢層に大きな支持を獲得。2009年頃まで小学館発行の子ども向け雑誌で「なめ猫」が多く取り上げられた。
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 そのため、若年層の「なめ猫」人気はかなりのもので、再発売された免許証カードの売り上げはなんと累計1,700万枚。第1次ブーム以上の売り上げを記録しているのだ。 「コロコロコミックをはじめ、小学館さんがいろいろとやってくれたおかげで若年層に売れたのはありがたいですね。現在250アイテム出ていますが、とくに騒がれてないのにこんなに売れるなんて不思議です」  さらに近年は、警視庁の暴走族追放キャンペーンや肖像パブリシティ権侵害行為防止キャンペーンなど、モラル向上を促すポスターのキャラクターにも採用されることも増えている。世間の皆さんに迷惑をかける半端者たちに、硬派ななめ猫たちは今日も「なめんなよ!」とにらみをきかせているというわけだ。  かつてのように一大センセーションを起こしているわけではないが、定番キャラクターとして21世紀の「なめ猫」は社会に定着しつつあるのだ。 ■その後のなめ猫  ところで、復活した「なめ猫」グッズでは新世代の猫たちによる新たな写真は使われているのだろうか。そんな疑問に津田氏はこう答える。 「新たに撮影はしていません。今も当時の写真を使っています。というのも、寝食をともにした猫でないと自然な表情が撮れないんです。それに又吉って、やっぱりイケメンなんですよ。こんなに整った顔の猫はなかなかいないんです。又吉はとくにいい表情の撮れる猫でした」
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(c)SATORU TSUDA
 「なめ猫」は子猫たちと津田氏の一期一会の出会いが生み出した、奇跡のキャラクターだったのかもしれない。  大ブームが去った後、アイドルから「普通の猫」に戻った「なめ猫」たちは、のんびりと人生(猫生?)を謳歌し天寿を全うしたそうだ。とくに、又吉の彼女役だった「みけ子」は24年、人間の年齢に直すと130歳まで生きたという。  そんな多くの人間に愛された猫たちは、いまや日本だけでなく世界で愛される存在となりつつある。スイスの腕時計ブランド、フランク・ミュラーとコラボレーションして「なめ猫30周年モニュメントウォッチ」を生産したのを筆頭に、アジアでは台湾、香港。西欧圏ではアメリカでグッズを展開。昨今の「クールジャパン」ムーブメントもあり、日本のポップ・カルチャーの一つとして海外で紹介されることも少なくないそうだ。  なんでもありの時代と言われた80年代初頭に誕生し、まさに「なんでもあり」な空気を体現した「なめ猫」は、今も当時と変わらず世間に対して「なめんなよ」とつっぱっているのだ。 (取材・文=有田シュン) ●なめ猫公式サイト <http://www.nameneko.com/> ●【バック・トゥ・ザ・80'S】バックナンバー 【Vol9】貼って貼られて貼り返されて!? 「ビックリマンチョコ 悪魔VS天使シール」今昔物語 【Vol8】 "懐かしのおもちゃ"から"スポーツ"へ 「ルービックキューブ」今昔物語 【Vol7】練り続けて25年! 家族の絆を繋ぐ遊べるお菓子「ねるねるねるね」秘話! 【Vol.6】合体のロマンに全国の男子がハマりまくった! 「合体シリーズ」「ミニ合体シリーズ」今昔物語 【Vol.5】男子だって着せ替えしたいんです、プロテクターを! 「聖闘士聖衣大系」今昔物語 【Vol.4】学校で唯一読めたコミック! 『エスパークス』今昔物語 【Vol.3】ゲームの可能性を広げた80年代のミッキーマウス 「パックマン」今昔物語 【Vol.2】世代を超えて愛される地上最速ホビー「ミニ四駆」今昔物語 【Vol.1】手のひらに広がる大冒険!「ゲームブック」今昔物語

「なんでもあり」な80年代を象徴するツッパリキャッツ! なめ猫今昔物語

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(c)SATORU TSUDA
アナログとデジタルの過渡期であった1980年代。WiiもPS3もなかったけれど、ジャンクでチープなおもちゃがあふれていた。足りない技術を想像力で補い、夢中になって集めた「キン消し」「ミニ四駆」「ビックリマンシール」......。懐かしいおもちゃたちの現在の姿を探る!   「ツッパリ」と呼ばれる不良少年少女の増加が社会問題化していた1980年。イケイケドンドンなバブル景気の予感が漂う社会の片隅で、ナイフみたいに尖っては触るものみな傷つけていた彼らが世間にガンを飛ばしていた当時、ツッパリスタイルの学ランとセーラー服に身を包んだ子猫が突如メディアに登場した。  「なめんなよ」のフレーズも勇ましい彼らの名は「なめ猫」。人間と同じ衣装を着た子猫たちを撮影したそのキャラクターグッズは空前の大ブームを巻き起こした。文房具やアパレル、ポスターから音楽CDまで、実に500種類以上も発売されたグッズはいずれも大ヒット。中でも、「なめられたら無効」と書かれた免許証カードは累計1,200万枚も販売されたというから驚きだ。  今回は、そんな80年代最初の大ヒットキャラクター「なめ猫」の生みの親であるグループS株式会社代表取締役の津田覚氏に、「なめ猫」誕生秘話と今の姿を聞いてみた。 ■なめ猫誕生秘話 「うちは動物園といわれるくらい、動物を飼っていました」
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(c)SATORU TSUDA
 動物好きが高じて、うさぎ、鳥、亀などありとあらゆる動物を自宅で飼育していた津田氏は、ある日、クリーニング屋のおじさんが捨てようとしていた生まれたばかりの4匹の子猫を引き取った。生まれたばかりで、片時も目が離せない子猫を育てることになった津田氏は、大きなバスケットに4匹の子猫を入れ、仕事場にも連れていくほど大切に面倒をみていたそうだ。その結果、 「最初に目を開けた時からずっと一緒にいたせいか、僕を親だと思っていたみたいです。布団に入ると、いっせいに4匹が潜り込んでくるんです」  というほど、子猫たちは津田氏に懐くようになったという。  まるで本当の子どものように育ててきた子猫たちも、生後1カ月後くらいになると自由に動き回るようになる。そんな時、当時付き合っていた女性が家に忘れていったフランス人形の衣装で子猫たちが遊んでいる姿を見かけた津田氏は、子猫たちに人形の衣装を着せて成長記録を撮るということを始めたそうだ。  この写真を友人が大絶賛。当初はその写真を商品にするつもりはまったくなかったそうだが、実際にグッズ化したところ大ヒットを記録。たちまち4匹の子猫は日本一のアイドル猫となったのだ。中でもとくに人気があったのは、くりくりした瞳と澄まし顔が印象的な三毛猫・又吉。彼女(実はメスだったのだ!)を中心に1980年から82年の間「なめ猫」グッズが展開した。
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「なめ猫」生みの親・津田覚氏。
 しかし、なぜ「ツッパリ」スタイルだったのだろうか。この疑問に対して、津田氏はこう答える。 「単純にあの当時、学ランとセーラー服が一番多くの日本人が通過するファッションだったからです。仮に大人の衣装を着たとしても、服の系統が細分化されているので『なめ猫』ほどのヒットになはらなかったでしょうね。ただ猫に服を着せたからヒットした、わけではないと思います」  偶然から生まれた「服を着た猫」というアイデアと、理にかなったリサーチから「なめ猫」は生まれたのだ。 ■手間暇かけて、愛情込めて行われた「なめ猫」撮影  なめ猫を語る上で忘れられないのは、「子猫たちをどうやって立たせているのか」論争である。当時、子猫たちが人間と同じ服を着て立っている姿に、テレビや雑誌ではとある識者が「動物虐待だ」とたびたび批判。中には「背中に定規を差し込んで立たせている」と、さも撮影を見てきたかのように語る人物や、「剥製だ」と主張する人物まで出てきたそうだ。
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社長室は「なめ猫」グッズでぎっしり。
 実は、子猫たちは立っていたわけではなく、座っているところに全身をすっぽり覆う形で衣装を着ていただけなのだが、「そのままにしておいたほうが知名度が上がるから無視していました」と津田氏は世間のバッシングを放置。  その後、知名度が上がり切ったところで、テレビ番組で撮影シーンの一部始終を公開したのである。これにより人気を維持したまま、世間のなめ猫バッシングは息を潜めることになったそうだ。津田氏、なかなかのやり手である。  そんななめ猫の撮影は、又吉たちが成長する前の、およそ1カ月間でほとんど終えてしまったそうだ。この間、8人の猫好きグループを結成。一匹ごとに一人ずつ担当スタッフをつけた上に、専属の洋裁スタッフや獣医などがつくという盤石の体制で撮影は行われた。 「撮影は大変でしたね。子猫の集中力が続かないので短時間しか撮影ができませんでした。だからまずダミーのぬいぐるみを置いて、配置やライティングを決めてから撮りました。おまけに子猫は服をすぐにぼろぼろにしちゃうんです。1着15万円もしたんですが、一回撮ったらそれでおしまいでした」  このように、手間暇をかけて撮影されたなめ猫グッズは、冒頭で述べたように大ヒット。カードは1200万枚、ポスターは600万枚の売り上げを記録した。この記録はいまだに破られておらず、キャラクターグッズ史上もっとも売れたキャラクターとしてなめ猫の名は、今も燦然と輝いている。 ■意外な「なめ猫」の副産物  動物に服を着せる、というかつてない発想で誕生したなめ猫だが、このアイデアは後に意外な副産物を生み出している。
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「当時、なめ猫の服を作りたいと言ってくる業者はたくさんいたのですが、それとおなじくらい犬の服を作りたいという業者もたくさんいました。うちしか動物に服を着せるようなことをしていなかったからみんな許諾を取りにきたんですが、『好きにしていいよ』と言っていました」  この津田氏の対応のおかげで、世の中に「犬に服を着せる」という文化が定着。今ではすっかり一般化した感のある「犬服」のルーツはなんと「なめ猫」だったのだ。 ■密かに大ブーム真っ最中! 「なめ猫」の今  数々の伝説を残した「なめ猫」だが、誕生から30年を経た今も密かなブームとなっている。きっかけとなったのが、2005年のグッズ再発売だ。その後、2006年に子ども向け漫画雑誌「月刊コロコロコミック」「別冊コロコロコミック」(いずれも小学館)で又吉を主人公にした漫画『~なめねこ又吉最強伝説~なめんなよ!』の連載をスタート。同時に少女漫画雑誌「ちゃお」(小学館)では写真を使った相談コーナーも始まり、低年齢層に大きな支持を獲得。2009年頃まで小学館発行の子ども向け雑誌で「なめ猫」が多く取り上げられた。
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 そのため、若年層の「なめ猫」人気はかなりのもので、再発売された免許証カードの売り上げはなんと累計1,700万枚。第1次ブーム以上の売り上げを記録しているのだ。 「コロコロコミックをはじめ、小学館さんがいろいろとやってくれたおかげで若年層に売れたのはありがたいですね。現在250アイテム出ていますが、とくに騒がれてないのにこんなに売れるなんて不思議です」  さらに近年は、警視庁の暴走族追放キャンペーンや肖像パブリシティ権侵害行為防止キャンペーンなど、モラル向上を促すポスターのキャラクターにも採用されることも増えている。世間の皆さんに迷惑をかける半端者たちに、硬派ななめ猫たちは今日も「なめんなよ!」とにらみをきかせているというわけだ。  かつてのように一大センセーションを起こしているわけではないが、定番キャラクターとして21世紀の「なめ猫」は社会に定着しつつあるのだ。 ■その後のなめ猫  ところで、復活した「なめ猫」グッズでは新世代の猫たちによる新たな写真は使われているのだろうか。そんな疑問に津田氏はこう答える。 「新たに撮影はしていません。今も当時の写真を使っています。というのも、寝食をともにした猫でないと自然な表情が撮れないんです。それに又吉って、やっぱりイケメンなんですよ。こんなに整った顔の猫はなかなかいないんです。又吉はとくにいい表情の撮れる猫でした」
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(c)SATORU TSUDA
 「なめ猫」は子猫たちと津田氏の一期一会の出会いが生み出した、奇跡のキャラクターだったのかもしれない。  大ブームが去った後、アイドルから「普通の猫」に戻った「なめ猫」たちは、のんびりと人生(猫生?)を謳歌し天寿を全うしたそうだ。とくに、又吉の彼女役だった「みけ子」は24年、人間の年齢に直すと130歳まで生きたという。  そんな多くの人間に愛された猫たちは、いまや日本だけでなく世界で愛される存在となりつつある。スイスの腕時計ブランド、フランク・ミュラーとコラボレーションして「なめ猫30周年モニュメントウォッチ」を生産したのを筆頭に、アジアでは台湾、香港。西欧圏ではアメリカでグッズを展開。昨今の「クールジャパン」ムーブメントもあり、日本のポップ・カルチャーの一つとして海外で紹介されることも少なくないそうだ。  なんでもありの時代と言われた80年代初頭に誕生し、まさに「なんでもあり」な空気を体現した「なめ猫」は、今も当時と変わらず世間に対して「なめんなよ」とつっぱっているのだ。 (取材・文=有田シュン) ●なめ猫公式サイト <http://www.nameneko.com/> ●【バック・トゥ・ザ・80'S】バックナンバー 【Vol9】貼って貼られて貼り返されて!? 「ビックリマンチョコ 悪魔VS天使シール」今昔物語 【Vol8】 "懐かしのおもちゃ"から"スポーツ"へ 「ルービックキューブ」今昔物語 【Vol7】練り続けて25年! 家族の絆を繋ぐ遊べるお菓子「ねるねるねるね」秘話! 【Vol.6】合体のロマンに全国の男子がハマりまくった! 「合体シリーズ」「ミニ合体シリーズ」今昔物語 【Vol.5】男子だって着せ替えしたいんです、プロテクターを! 「聖闘士聖衣大系」今昔物語 【Vol.4】学校で唯一読めたコミック! 『エスパークス』今昔物語 【Vol.3】ゲームの可能性を広げた80年代のミッキーマウス 「パックマン」今昔物語 【Vol.2】世代を超えて愛される地上最速ホビー「ミニ四駆」今昔物語 【Vol.1】手のひらに広がる大冒険!「ゲームブック」今昔物語

東京に宇宙人がいた!? 宇宙村レポート

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宇宙村村長の、カゲローカッパこと景山さん……
キャラ強すぎるよ!
珍奇なものをこよなく愛するライター・北村ヂンが、気になったことや場所にNGナシで体当たり取材していく【突撃取材野郎!】。第17回は、摩訶不思議な宇宙村に行ってきました。 ■謎すぎる……宇宙人の経営する店「宇宙村」
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コレが宇宙村の中枢部。な……謎すぎる!
 東京に宇宙人がいた! こんな衝撃的なレポートを「月刊ムー」ではなく「日刊サイゾー」で書くことになろうとは……。  UFOと遭遇したというコンタクティや、宇宙人とコミュニケーションを取ることができるチャネラーなどの話は時々聞くことがあるが(たいていは、ただ単にオーバードライブ気味な脳の持ち主なんだけど)、宇宙人自体が東京にやって来ていたなんて……。その昔、岡本太郎がデザインした宇宙人・パイラ人が大活躍する『宇宙人東京に現わる』という映画があったけど、「現わる」どころの騒ぎじゃない。だって、宇宙人が東京に住んでるんだもん。しかも、お店までやっているらしいのだ。  オリオン座大星雲M42α-α-α(住所らしい)からやって来たという問題の宇宙人「カゲローカッパ」が経営するお店は、東京・新宿御苑近くにある「宇宙村」。「宇宙」から感じる壮大かつ未来的な響きと「村」という言葉の持つ牧歌的なイメージ、あまりにも食い合わせの悪いワードをムリヤリくっつけた「宇宙村」とは一体いかなるお店なのか!?
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思ってたんと違う!
 新宿通りに面したビルの一階という、かなりの一等地に存在する「宇宙村」だが、ショーウィンドウをのぞき込むと、古そうなツボやら仏像やらがズラズラーッと陳列されており、「宇宙村」というよりは古美術商や骨董品屋といった風情。しかも看板には「願いが叶う隕石」「流れ星パワーお守り・シール」などの文字が並べられ、印象としては……ワンワードで表現するならば「アヤシイ!」、ツーワードならば「チョー・アヤシイ!」としか言いようがない感じ。
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古美術? 骨董? 仏像? 流れ星パワー?
■宇宙人・カゲローカッパとご対面  少々、デンジャラスなニオイを感じ取りながら、おずおずと店に入ると、いきなりファンキー&エキセントリックなファッションのおっちゃんが出迎えてくれた。 「んんーっ、誰ぇ~? えっ、取材? そんなの聞いてないなぁ~。あ、電話くれた? そうだっけぇ~?」  イヤイヤイヤイヤ、取材が来るの分かってるから、そうやって衣装を着て待っててくれたんでしょう!? そんな人を煙に巻きまくるトークでウェルカムしてくれたこのおっちゃんこそ、自称宇宙人・カゲローカッパこと景山八郎さん。う……宇宙人……!?
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宇宙村……?
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……というよりは古美術商、もしくは物産展といった趣が。
 それにしても「宇宙村」なんてスペイシーかつコズミックな名前がつけられているわりに、店内は仏像や変な形をした石ばかりで、スペースシャトルもUFOもありゃしない。一体、コレのどこが宇宙だっていうんだろーか? 「あ、その石、宇宙から落ちてきた隕石!」  へ、コレが!?
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仏像たちに混じってシレッと置かれている隕石。
 子どもの頃から天文学に興味を持っていたという景山さんは、その後ロケットを作ったり、人工衛星関連の仕事に就いたりと、宇宙を研究し続けていたのだが、ある時「宇宙のことを知るためには、ロケットを飛ばすよりも隕石を調べたほうがいいッ! だって宇宙にあったんだから!」と悟り、隕石のコレクションを開始。やがて隕石に人の願いを叶えるパワーがあることを発見して、その幸せパワーをみんなに分けてあげるために、この「宇宙村」を始めたのだという。
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若かりし日のおっちゃん。こんなロケットを作っていたらしい。
スゲエ!
「こんな大きくてイイ隕石は普段は売らないんだけどねぇ、アンタになら売ってもイイよぉ~、560万円! どう、買わない? こんなのタダみたいなモンだよぉ。自分でロケット打ち上げて宇宙に隕石を取りに行くことを考えたら……」
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この隕石が560万円だ! ……安い?
 あ、はい……確かにロケット打ち上げることを考えれば560万円なんてタダみたいなモンだけど、ロケットを打ち上げる気がない身としては560万円は560万円だからねぇ……。えーっと、じゃあ隕石に関してはひとまずいいとして、この大量の仏像たちは……コレも宇宙から来たの? 「そんなワケないでしょぉ~、バカタレ。仏教でもキリスト教でも、死んだら天国に行くっていうでしょ? 天国っていうのは要するに宇宙のことなんだよぉ~。だから、仏像でもなんでも、みんな宇宙と関係があるんだよぉ~」 ■宇宙パワーに頭クラクラ
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隕石パワーを注入されているという「宇宙パワーシール」(1組100円~)。
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お手頃な小さい隕石も販売中(500円~)。
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なんと隕石で作ったナイフなんだとか(価格不明)。
 隕石や仏像に、パワーシール……ボクのような凡人の脳には負荷が高すぎるアイテムばかりで知恵熱出そう。さらに、たたみかけるように水(?)らしきものを差し出してきた。 「コレ飲んでけぇ~。隕石パワーが入った水!」  い、隕石パワー……水……?
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隕石パワー水! フツーの水にしか見えないけど……?
「隕石パワーで水の粒子が小さくなってるから、どんどん身体にしみこんでいろんな病気に効果があるんだよぉ~」  味がまろやかになる、と言われ飲んでみると……まあ、そう言われればそう感じるような感じないような? そもそも「まろやか」ってどんな味!? バカ舌なんであんまよく分からないけど……。  ところでこの隕石パワー水、どのようにして作られているかというと、ペットボトルに入れた水を隕石の近くに置いておくだけ! これによって隕石から発せられるミラクルパワーで水が変質するのだとか。ちなみに、「下町のナポレオン」でお馴染みの焼酎「いいちこ」も、隕石の近くに置いておくことによって特級酒のようになる(「特級酒」って、日本酒の等級だったような……)らしいぞ。
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「売るとしたら3億5,000万円」という貴重な隕石の上に
下町のナポレオンが……。
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金属質と石質が混ざっているためスライスするとこんな
感じに。「イミラック」という珍しい隕石らしいです。
「糖尿病って、下が勃たなくなっちゃうでしょ? でもコレ飲んだお客さんが一発で治って、硬くなったって喜んでたよぉ~。飲むだけじゃなくて、肌に塗っても効果があるからね。ワタシなんか毎日塗ってるから、75歳だけどアンタより肌キレイだよ。足の裏だってアンタの顔よりキレイだよぉ~。身体が中から外からキレイになっちゃうんだよぉ~」  足の裏より汚い顔扱いされ、いささかショックを隠しきれないものの、そんなにスゴイスゴイと言われると、ちょっと隕石にも興味が出てくるってもの。
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確かに75歳にしてはすごく血色いい!
 ま、基本的にスピリチュアルなものに対しては眉唾眉唾というポジションで接しているし、出雲大社あたりのパワースポットで諸手を広げ「パワーの充電! 充電!」とか叫んでいる頭も股もユルユルそうな女には「何が充電じゃ! お前はエネループか、ダボ!」くらいのことは言ってやりたいと思っているボクですが、こういう変わり者のおっちゃんがニコニコ説明してくれると、一応話だけでも聞いてみようかという気になってしまうのだ。
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これらの人形やぬいぐるみにもパワーが注入されているらしいぞ。
「アンタ、体調悪いところあるでしょ?」  いやぁ~、最近肩こりが……。 「あー治る! 隕石パワーですぐ治るよぉ~! ……アンタ、結婚は?」  いやぁ~、まだ独身で……。 「ダメだよぉ~、早く結婚しなきゃぁ。隕石パワーで運を引き寄せないと」  肩こりから結婚問題まで解決してくれるのか、なんちゅうオールマイティな石。いわゆる通販とかでよく見る「パワーストーン」とかの類なのかな? と思い訊いてみると、おっちゃんは「あんなのはただの地球上の石でしょぉ? 何にも効果ないよぉ~。ウチにあるのは正真正銘の宇宙から来た隕石だから!」とバッサリ。
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よく見る「パワーストーン」と呼ばれる石たち。
「商売だから置いてるけど、効果ないよぉ〜」とのこと。
 宇宙パワーがあるのかどうかは知らないけど、とりあえず、この「宇宙村」にある石は、宇宙から落下してきた隕石を拾い集める「隕石ハンター」と呼ばれる人たちに、かなりの大金を支払って買い付けていることは間違いないらしい。隕石の中には、地球上に存在しない物質が含有されており、そこから未知のパワーが発せられている(おっちゃん談)とかいないとか。ま、確かに本物の隕石なら、放射線とかいろいろ出てそうだけど。 「隕石からパワーが出てるから、この店、冬でも暖房いらないもん。ポカポカしてるんだよぉ~」  だったら真夏はさぞかし激暑なんじゃないか……という気もしなくもないものの、おっちゃんに言われるがまま、「おさわり自由」な隕石をペタペタしていると、ひどかった肩こりが若干緩和されたような気がするのだ。  ま、世の中、勘違いと思い込みでその気になっちゃえば意外とうまく回るような気もするし、思い込みでもなんでも、症状が治るんなら儲けものでしょ?  ……というわけで、効果の程は未知数ではあるが、話のタネにもなるし、ひとつ隕石のかけらを買って帰ろうとすると、 「ひとつでいいなんて……そんな自分のことしか考えないからダメなんだよぉ~。家族の分も買ってけぇ~」  なんだかんだでいろいろ買わされて、3000円近く買い物をしてしまった。エキセントリックなことを言いながら、なかなか商売上手な宇宙人である。まあ、3000円で肩こりが治って結婚できれば安いもんだが、果たして……!?
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0.1グラム単位までキッチリ計量して隕石のかけらを
売ってくれました。意外と細かい!
■宇宙村 住所:東京都新宿区四谷4-28-20 パレ・エテルネル1F 電話:03-3341-5239 営業時間:10:00~18:00 元旦から大晦日まで年中無休 <http://www.uchumura.co.jp/> i01mokuyou.jpg (取材・文・写真・イラスト=北村ヂン) ■イベントやります! 020mokuyou.jpg 7月8日(日)に東京カルチャーカルチャーで「へんてこナイト」というイベントをやります。ボクが普段追いかけている珍スポットや珍おじさんなど、とにかく「へんてこ」なものを紹介しまくるイベントです! Open 18:30 Start 19:00 End 21:00 (予定) 前売券2,000円・当日券2,500円 詳細はこちらから <http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_120617203955_1.htm ●「突撃取材野郎!」バックナンバー 【第16回】東京スカイツリー開業! その時、東京タワーは…… 【第15回】着ぐるみってどうやって作ってるの? 着ぐるみ制作会社に潜入! 【第14回】プロマイドの殿堂・マルベル堂で俺プロマイドを作る 【第13回】名古屋駅より徒歩5分。1泊1,500円〜のバカ安ホテルに泊まる 【第12回】大阪にそびえ立つ変な形の謎タワーに登ろうとしてきた! 【第11回】藤子不二雄Aだらけの町・富山県氷見市! 【第10回】ファン狂喜乱舞モノ!?  藤子・F・不二雄ミュージアムに行ってきた 【第9回】男だけど女声を使いこなす"両声類"になりたい! 【第8回】SM雑誌だらけの図書館!? 風俗資料館 【第7回】 テレクラは今こんなことになっている2010 【第6回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(後編) 【第5回】『東京都北区赤羽』の作者と行く赤羽ディープスポットめぐり(前編) 【第4回】手塚、藤子、赤塚、石ノ森......漫画界の巨匠たちも食べた伝説のラーメン屋 【第3回】「激安宿に泊まりたい!」ドヤ街で一泊1,000円代の宿に泊まってみる 【第2回】「甘酸っぱい思い出のシンボル......」僕らの愛したブルマーは今どこに 【第1回】アイドル小明と行く、サブカル魔窟『中野ブロードウェイ』

巨大オタクビルの中に博物館「北九州市漫画ミュージアム」に行きたい!

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この巨大なビルが新たなマンガとアニメの聖地になるのか。うん、巨大すぎる……
 全国各地で展開されている、マンガやアニメによる地域振興。そうした中、全国初となる自治体が直接運営するマンガ博物館がオープン間近と聞き、早速取材に向かった。  これだけマンガやアニメによる地域振興が叫ばれながら、自治体が直接運営する博物館がなかったのも驚きだが、さらに驚くのはオープンする場所だ。場所は、北九州のJR小倉駅前。ここに8月3日オープンするのが、北九州市が運営する「北九州市漫画ミュージアム」だ。  小倉駅前の商業ビルの一部を使用するこの施設。一体どんなところなのだろうかと、行ってみて驚いた。現在準備中のミュージアムが入る階以外の各階では、すでにマンガ・アニメ系ショップが絶賛営業中なのだ。この建物、最上階の7階には劇場。5・6階にはミュージアムが入るのだが、その下の階の充実ぶりがすさまじい。「まんだらけ」「アニメイト」「ゲーマーズ」「メロンブックス」「らしんばん」と名だたるショップが一堂に集結。さらに、全国でもここ以外は徳島市にしかない『Fate/Zero』ショップに、日本初のアニソン専門カフェである「ANIMAX MUSIX CAFE」も入居している。  どう表現すればよいだろう、オタク系ショップが各種入居していることで知られる中野ブロードウェイが、さらに濃く内容も充実して、かつキレイになって登場した、というスタイルなのだ。  なんにしても、世界的なオタクの中心地である秋葉原にもないショップが出店しているのはすごい……。
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中は完全にオタク系ショップばかりの筋の通った感じがたまらない

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さすがに平日の正午頃だったので客は少なかった
 だが、北九州市がミュージアムを立ち上げるのは、単にアニメ・マンガで地域振興を図りたいがためだけではない。古くから栄えた北九州市は、多くの文化人をも輩出してきた。マンガだけに限っても松本零士氏、畑中純氏、わたせせいぞう氏、北条司氏と著名なマンガ家を数多く輩出している。
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内部はまだ工事中だが。告知用の壁紙が、かなりキテていい感じの仕上がりに……

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このセンスの独特さが新たな可能性を感じさせてくれるのだ
「北九州という街は、少女マンガから青年マンガまで、さまざまなマンガ家を輩出してきた街でもあります。これまでも、松本先生や畑中先生にも協力していただき、準備を進めてきました。北九州市の文化の幅の広さを見ることのできる施設になると思います」  と、これまで同館の立ち上げに携わってきた専門研究員の表智之氏は語る。同館は、単に展示を行うだけでなく、数万冊のマンガ単行本を閲覧できるコーナー、マンガ教室などを想定したイベントコーナーなども設けており、創意工夫を凝らした試みが行われていくことになりそうだ。何より、いわゆる「オタクビル」に入居していることの価値は高い。
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やはり松本先生といえば『男おいどん』だよ。
筆者もまだ、おいどんみたいな暮らしっぷりだよ

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子供から大人まで楽しめる施設が充実しているのがいいよね
「各種のショップが入居しているので、ビル全体にミュージアムも機能を持たせることができるんですよ」(表氏)  文字通り、過去から最新のマンガまでを閲覧できる施設になるわけだ。  北九州市といえば、『無法松の一生』ヨロシクな荒くれ者の集う街かと思っていたのだが、こんなに文化事業に熱心だとは知らなかった(今回の取材まで、筆者の北九州市の知識は『無法松の一生』と『花と龍』)。  市内には、北九州市ゆかりの文豪の資料を展示する「北九州市立文学館」や「松本清張記念館」といった文化施設も数多くあるし、レトロな風景まで残っていて魅力は尽きない。
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なんともレトロな雰囲気の市場が。こういうのが残っている街は間違いなくアタリだ

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内部にも活気が。失われたなにかを思い出したよ……

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きっと、この街の人々はフランクで付き合いやすいに違いない

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レトロな映画館が残る街にハズレはない

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アヤしげな雰囲気の場所も。知らない街の歓楽街で
カメラを出す勇気はありませんでした
 おそらくは九州最大のマンガ・アニメ文化の拠点になるであろう北九州市の動向から、目が離せない。 (取材・文=昼間たかし) この取材の直後に畑中純先生が逝去されました。改めてご冥福をお祈り申し上げます。 <ミュージアム概要> 開館日:8月3日(金) 住所:北九州市小倉北区浅野二丁目14-5 あるあるCity5・6階 開館時間:11時~19時(夏休みなどは~20時) 休館日:火曜日 最新情報はコチラから: <http://www.city.kitakyushu.lg.jp/shimin/02101004.html>