「他者への憎悪は身を滅ぼす」内田樹が語る"呪いの時代"を生きる知恵

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 炎上、祭り、バカ発見器......と、ネットの中では今日も他人を非難することに忙しい。他者への憎悪や嫉妬を撒き散らすこの風潮は、いまやネットの世界から現実の社会へと広がっている。しかし、そんな世相に対して疑問を呈するのが、思想家の内田樹だ。昨年上梓した『呪いの時代』(新潮社)では、他人に対する「呪いの言葉」を徹底的に批判する。いったい、「呪いの言葉」とは何なのか。そして、その言葉を退けるためにはどうすればいいのだろうか。現代社会を生き抜くための知恵を聞いた。 ――まず、本書で示す「呪いの言葉」とはどのような概念でしょうか? 内田樹氏(以下、内田) 単独で「呪いの言葉」というと観念的になってしまうので、同じく本書で提示している「祝福の言葉」と対比したほうがわかりやすいと思います。「呪いの言葉」は、人を記号化したり、カテゴライズしたり、一面だけを切り取ってその人の全体を表してしまう言葉です。「反革命」とか「非国民」とか。本来は多様で複雑な人間の存在を、単純化し、記号化してしまう。例えば、ある作家について語るとき、その人の著書も読まずにインタビュー記事の一行だけをつかまえて、全人格を否定するような人がいますね。「あいつは所詮○○だ」と、ひとりの人間を言い切ってしまう。そういう切り方が現代では「スマート」と思われています。でも、それはスマートなのではなく、「呪い」をかけているだけなんです。  「呪い」は強烈な破壊力を持っており、人の生命力を減衰させて、前向きな気持をなくさせます。そういった言葉を発する人は、他者が傷つくさまや評価が下がるのを見ることに快感を覚え、その感覚の虜になってしまいます。けれど、実は他者以上に自分の生命力も傷つけてしまっている。「呪い」は必ず自分にも跳ね返ってくるのです。 ――一方で、「祝福の言葉」とは、どのようなものなのでしょうか? 内田 「祝福の言葉」は逆に、目の前の人間や物事について、それを「語り尽すことができない」という謙抑的な態度を示すことだと思います。世界の深み、厚みに対する慄(おのの)きや感謝を忘れないのが「祝福の言葉」です。対象を語り得ないという、おのれの言葉の貧しさを認識すること、世界が汲み尽くし得ないほど広く深いという自覚を持つことが祝福ということの本義だと思います。日本には「国誉め」という神事があります。「山がある、川が流れている、谷が深い、緑が濃い」と目の前の美しい風景を具体的に描写する。「写生」です。それは対象に対する敬意の表現であると同じに、命を吹き込んでもいるんです。 ――他者への憎悪や嫉妬といった「呪いの言葉」は昔からありました。この数十年でいったい何が変わってしまったんでしょうか? 内田 「呪い」の内容自体はあまり変っていません。ただ、ここまで蔓延したのはインターネットが大きくかかわっていると思う。匿名で激しい否定的な言葉を無制限に発信でき、拡散できるツールが手に入ったわけですから。匿名ということは、最終的に責任を取る個人がいないということです。僕が中学生だったらたぶん中毒になってしまうでしょう。みんなが大切にしているもの、尊敬しているものに唾を吐きかけるように、「あんなものはくだらない」と言い続けて注目を浴びようとしたでしょうね。 ――まさに中学生までを含めた「一億総批評家」と言われるような状態ですね。 120215bt_0026.jpg 内田 現代は作家より評論家のほうが多いような状況です。小説家に限らず、モノを生みだすというのは人前に自分の傷つきやすい生身を差し出すようなものです。作品というのは、本質的に「ツッコミどころ満載」なんです。だから、若い学者によくいるんですが、他人の論文の批判はきわめて辛辣だけれど、自分の論文はさっぱり書き上げられない人がいる。「眼高手低」という状態ですね。そういう人は自分の作品を見ても、欠点が目について人前に出せない。他人の研究のことはあれだけボロクソに言っておいて、「お前のはこの程度かよ?」と言われるのが怖くて、何も出せなくなる。批判から入ると創造する力は傷つけられる。若い人が切れ味のよい批評の道具を手に入れるのはリスクのあることです。 ――では、内田さんが考える批評とはどのようなものでしょうか? 内田 映画評論家の町山智浩さんは、膨大な映画的記憶があるから、どんな映画を見ても「これはあの映画の引用だ」「あれはこのパターンを踏襲している」ということを見落とさない。でも、あらゆる作品のうちに無意識的に繰り返されているパターンを検出できる人だけが「前代未聞のもの」を発見できる。これは自分の狭い基準であらゆる作品を切って棄てる態度と正反対のものです。本当にオリジナルで、生成的なものを探し出そうとして、見つけたらそれを全力で支援する。それが批評の仕事だと思います。 ――安易に人や物事をカテゴライズしてしまう風潮は、新聞やテレビといった大手メディアにもすっかり浸透しています。内田さんは以前からメディアのあり方に対して疑問を呈していますが、この状況についてどう思われますか? 内田 かつては、『世界』(岩波書店)や『中央公論』(中央公論新社)のような雑誌が、「努力して成長しよう」「市民の義務を果たそう」「家族を大事にしよう」といったキレイごとを並べて世論を形成していました。それに対するカウンターメディアとして「週刊新潮」(新潮社)や「週刊文春」(文藝春秋)といった週刊誌が誕生した。「人間は色とカネ」といった"辛口"や"毒舌"で対抗するというわかりやすい二項対立があった。けれども、今はそもそも岩波的メインストリーム自体が影響力を失ってしまった。だから、対抗的毒舌やシニスムも空回りする。橋下徹大阪市長のようなさらに「にべもない」言葉遣いをする人が出てくると、サラリーマン編集者が技術的に体得した毒舌や辛口批評なんか歯が立たない。人々は成功体験から学習するから、これからは「橋下徹的な言葉遣い」を模倣する人がどんどん増えてくるでしょう。 ――一方で、私たちはそういった「呪いの言葉」の受け手でもあります。現代では、多くの人にとってネットに触れずに生活するということは難しく、望んでいなくても大量の「呪いの言葉」を浴びせかけられている状況ともいえます。そういった情報の洪水の中で「呪いの言葉」をかわし、有益な情報を選び取るためのリテラシーというものは、どう身につければよいでしょうか? 内田 まずは「呪いの言葉」には近づかないことが一番です。言葉に限らず、そういうものが近づくと、僕の身体の中でアラームが鳴るんですよ。だから、Twitterでも、厭な感じがするリプライはすぐにブロックする。もちろんネットユーザーの99%はまともな人です。失礼なリプライなんて、ほんと少数です。僕の8万人のフォロワーのうち、そんなのはせいぜい50人程度です。 ――そういった「アラーム力」は、内田さんが武道によって日頃から感覚を養っているからだと思います。一般人がそういったアラーム力を鍛えるためには、どのようにすればいいでしょうか? 内田 たしかに現代人は危険に対するアラームに対して鈍感になっていますね。ヨガの成瀬雅春先生は「とりあえず街を歩きなさい」とアドバイスしてます。街を歩くと、予想外のことが次々起こりますからね。何を避け、何を求めているのかがわかる。車が来たり、怪しい人にぶつかったりといったリスクを最小限にしながら動くためにはアラームの感度がよくないと。 ――最後の質問になりますが、内田さんは「呪いの言葉」が渦巻く日本に希望を感じることができますか? 内田 もちろん! いつの時代も全く新しいことは必ず起きます。それも思いもよらぬところからとんでもない人が出てきて、誰も予想していなかったようなイノベーションを行う。橋本治も、高橋源一郎も、村上春樹もそうだった。"こんなの「あり」なの?"というふうに虚を衝かれる。そういう真にイノベーティブな人には「呪いの言葉」なんて無効です。僕は、そういう人が現れたら、いち早く見つけてテープを投げたい。全力で応援をしたいですね。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]/撮影=尾藤能暢) ●うちだ・たつる 1950(昭和25)年、東京都生まれ。東京大学文学部卒。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部総合文化学科を2011年3月に退官。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』、『レヴィナスと愛の現象学』、『他者と死者』、『街場の教育論』、『映画の構造分析』、『武道的思考』他。『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞2010、著作活動全般に対して第3回伊丹十三賞を受賞。神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。
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物語とは何か? 日本人とは何か? 内田樹と高橋源一郎が語る「この国のかたち」

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震災後、その発言がこれまで以上に注目されている2人。
 インターネット上で募集したショートストーリーをまとめた『嘘みたいな本当の話』(イースト・プレス)が話題を呼んでいる。「戻ってくるはずがないのに、戻ってきたものの話」「犬と猫の話」「あとからぞっとした話」などさまざまなジャンルごとに応募された1,000文字以内の掌編作品が詰め込まれた本書。アメリカ人作家・ポール・オースターがラジオで作品を募集して大成功を収めた『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』の日本版だ。  本書に収められた149にも及ぶ作品は、そのどれもが、誰もが人生で一度は経験があるような、ちょっと感動させられる話や、ひやっとした気持ちにさせるもの、くすっと笑わされてしまうものなど、日常の些細な出来事を追った物語ばかり。しかし、一般的な読者投稿本よりもレベルが一段上なのは、選者である内田樹と高橋源一郎による功績が大きいのだろう。  そして、「ナショナル・ストーリー・プロジェクト(以下、NSP)」という名前の通り、本書から浮かび上がってくるのは日本人にとっての「物語観」だ。 ■まるで『世間』が書いているみたい
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高橋源一郎氏。
 この本の発売を記念して東京・築地本願寺で開催されたイベントに登場した内田樹氏と高橋源一郎氏。「嘘みたいな本当の話がたくさん起こってるけど......」と、現在の日本の状況を踏まえてスタートしたこのイベントでメインテーマとなったのは、「日本人にとっての物語とは何か」。  「日本版はアメリカ版よりも『かわいい』んですよ」と語るのは高橋氏。「アメリカ版とは違い、年齢や住んでいる場所などの違いがありません。それに、どんなテーマでも深刻な話ではなくちょっといい話にまとまっちゃう。センスはいいんだけど深みがないんです」とやや不満げな表情を浮かべる。一方の内田氏も「物語がしっかりと定型に収まっていて破綻がない。定型を楽しむことにはとても優れているけど、荒々しさや生々しさ、手触りが抜け落ちてしまっているんですね。ほとんどの作品が視覚情報ばかりで、"痛み"や"におい"といった身体性が描かれていないんです」と厳しい意見を繰り出す。  そして、小説家として、フランス文学研究者としての立場から真摯に「物語」に向き合ってきた彼らの視線が149編の作品から浮かび上がらせるのは「個人」を主張することのない日本人の姿だ。  「『誰かと誰かが取り替え可能』であるみたいな作品がすごく多いんです。けれども、アメリカ人だったら恐怖を感じてしまうようなそんな物語も、日本人は定型の物語に収めてしまうから怖い話じゃなくなっちゃう。本音で語らなければならない場面でも、定型句で語ってしまうのと一緒です」と分析する内田氏。高橋氏は「個人が書いているというよりも、まるで『世間』が書いているみたいだね」と日本人の書く物語の特徴を看破する。
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内田樹氏。
 ではどうして、日本人は「世間」が話すような「かわいい」物語を好むのだろうか? その原因を求める2人は、日本人と「信仰」との関係にまで話が及ぶ。  「原因と結果の因果律がなくなっちゃうような不条理な話を日本人は書けないんです。アメリカ人は信仰があるから、意味の解体されたような不条理な世界を書くことができるんじゃないでしょうか。どんなに不条理な状況でも、一神教ならば神様に文句を言えばいい。けれども僕らは一神教じゃないから『何でこんなことをするんだ』って文句を言う相手がいないんです。比較宗教学的にもNSPは面白い資料になるんじゃないかな」(内田) 「アメリカ版とは違って、日本版には深刻な話が少ないんです。アメリカ人は神様と自分との関係で深刻になることはあるけど、自分自身に対して本当に深刻になることは少ない。だからアメリカ人は日本人から見れば深刻過ぎると思えるような物語を書けるんじゃないでしょうか」(高橋)  最後に「人間は物語をよりどころにして生きているけれども、普通考えられているような『生きる意味を与える』とか『人生を支える』といった物語ばかりじゃなく、その核にはすごく変な物語を抱えているんだと思います」と、人間の抱える物語の奇妙さを語る内田氏。物語とは何か? そして日本人とは何か? 本書が綴る149編の作品たちは、震災を機に改めて見つめ直さなければならない「この国のかたち」をほんのりと浮かび上がらせているようだ。 (取材・文=萩原雄太[かもめマシーン]) ●うちだ・たつる 1950年、東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。2006年に刊行した『私家版・ユダヤ文化論』(文藝春秋)で、第6回小林秀雄賞を受賞。 ●たかはし・げんいちろう 1951年、広島県生まれ。横浜国立大学経済学部除籍。文芸評論家、作家。1981年、第4回群像新人長編小説賞優秀賞を受賞した『さようなら、ギャングたち』(講談社)で作家デビュー。1988年、『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社/河出文庫)で第1回三島由紀夫賞を受賞。2002年、『日本文学盛衰史』(講談社/講談社文庫)で第13回伊藤整文学賞を受賞。2005年より明治学院大学国際学部教授。
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