ゼロサムゲームでは勝ち目なし!? 迷走する日本外交がとるべき戦略【前編】

若手専門家による、半熟社会をアップデートする戦略提言
1101_renovation.jpg
■今回の提言 「日本の外交は、大国ぶらず、せこくロシアを苛立たせろ!」 ゲスト/廣瀬陽子[政治学者] ──社会の現状を打破すべく、若手論客たちが自身の専門領域から、日本を変える提言をぶっ放す! という本連載、今月のゲストは政治学者の廣瀬陽子さん。旧ソ連地域を専門にする広瀬さんに、民主党の外交能力への疑問点や、外務省が抱える組織的な問題点について、率直な意見をうかがいます。 荻上 アジア外交、対中関係をテーマにした前回に続いて、今回は旧ソ連地域をご専門にしている国際政治学者の廣瀬陽子さんに、対ロシア外交についてお話をうかがいたいと思います。去る11月1日、メドヴェージェフ大統領が日本の呼びかけを無視して、ロシアの元首としては初めて北方領土の国後島を訪問しました。対米国の普天間基地問題、対中国の尖閣諸島問題に続き、民主党政権の外交的能力のお粗末さに対する批判が高まっています。米オバマ政権も経済と外交という二重の課題に苦しんでいますが、日本の民主党も同様の苦境に立たされているわけです。  まず、今回の訪問の背景には何があったのかを、あらためて語ってみましょう。すでにこの問題については「シノドス」責任編集のオピニオンブログ「SYNODOS JOURNAL」でも廣瀬さんに分析していただいたように、ロシアの国内政治や日本側の弱み、あるいは経済的事情など、さまざまな要因が絡んでいるわけですが、中でもどの要素に注目すべきだと思われますか?   廣瀬 一番はロシア側の内政事情だと思います。メドヴェージェフとしては、2012年の大統領選挙を見越して、大統領としてのポジションを固めておきたいという思惑があります。特に強硬なイメージの強いプーチン首相と対抗するため、少なくとも見劣りのしないレベルにまでは自分のステータスを高めておきたいと。これまでは2人の役割分担の中で、首相が外に出ることが多かったんですが、理知的で安定志向のイメージが強い自分だけど外交もちゃんとできるぞ、と振る舞いたかったんですね。加えて、国内全域に目を配って国民の繁栄に尽くしているぞ、と二重のアピールができますから。 荻上 どの国も外交ステージを巧みに使って、自国民にメッセージを発するわけですからね。ロシアは「南」「西」「東」にそれぞれ大きな課題を抱えていました。しかし今では、「南」の中国とは、中ロ国境協定による領土問題の解決以降、良好な関係構築に向けて動いており、「西」にはコーカサス地域などの課題が山積みではあるものの、EU、NATOとの関係も進展している。そうしたロシア内部の事情を踏まえれば、「次は東をにらむか」という流れはとても理解しやすい。結果的には、メドヴェージェフらの「政治家としてのポイント稼ぎ」という行動原理でなされた外交戦略に、日本政府が振り回された形になるわけですね。 廣瀬 そうですね。特に中国とは04年くらいから信頼調整のスタンスに入っていて、かつアジア全体の枠組みの中では、ロシアは経済パートナーとしても日本ではなく中国を重視しようという方針を決めてしまったところがあります。そういう意味でも、日本はもう切り捨てられてしまう存在になったともいえる。欧米との関係は、08年のグルジア紛争で一時冷却化しましたが、ヨーロッパとはわりとすぐ修復しましたし、アメリカとも09年にオバマ大統領が「リセット」を宣言したことで、特に今年に入って急速に関係が改善しています。実際、11月20日のNATOリスボンサミットにもメドヴェージェフが赴いてアフガニスタン政策への協力を表明しただけでなく、共同のMD計画を構想していくというようなレベルにまで踏み込んだ話が出ましたし、周りの問題が片付いて余裕ができたから、日本に対しては強硬に出ても大丈夫だ、という判断になった可能性は高いでしょう。 ■国内の対立が台無しにした北方領土問題のゆくえ 荻上 反対に、日本はどんどん余裕を失っている。韓国、ロシア、中国と、急成長している国が隣国に三カ国もある一方、長期不況の泥沼から一向に抜け出せないでいます。インドや中東などの新興国に注目が集まる中、そのプレゼンスは下がる一方。かつての日本には、とりあえずは経済的優位があり、各国にカネを出すことが最大の外交カードになっていた。しかし、今となってはその見返りも期待できない。少なくともロシアに関しては、無駄金を使っただけで、北方領土問題の解決や緊張の緩和、あるいは各産業の市場における優位性の確保といったリターンは、ほとんど得られなかった気がします。 廣瀬 日本は希望的観測が強すぎた感がありますね。さんざん援助をしてきたわけですが、ロシアがまだ弱いうちにそれを刈り取る努力をすればよかった。多分、ソ連崩壊直後のエリツィン時代くらいが一番狙い目だったわけですが、その貴重なチャンスを逸したことが今となっては大打撃だったと思いますね。ロシアは00年代には石油・天然ガス輸出で経済大国になってしまい、外交的にも強気に出るようになってしまいましたから。日本の北方領土交渉における主張が、常に四島一括返還の一点張りで、まったく柔軟性を見せなかったことが一番の問題だと思うんです。二島返還であれば、かなりの可能性で実現していたのではないかと。 荻上 二島返還論は、ロシア側も最初から交渉のテーブルには載せていたわけですからね。ただ日本国内では反発が強い。北方領土問題については、二極の理想論同士の対立もありました。ひとつは非妥協的な四島返還論、もうひとつは四島を主権棚上げの特区にし、ビザなし交流をすることで和平の象徴にしようとする共同開発路線。ビザなし交流については、一応限定的には実現したわけですが、それ自体は明確に四島返還に向かうわけでもなければ共同開発に向かうわけでもない、すごく中途半端なステップになってしまった。どちらの理想論にせよ、本気で交渉のテーブルに出していくにはハードルの高い路線のため、「まずは」二島返還を目指すべき「だった」というのが、廣瀬さんのお立場ですね。 廣瀬 はい。「ビザなし交流になんの意味があるんだ」という意見もありますが、ビザなしでも行ける状態になっていること自体が、他のロシア領とは違う土地だとロシア自身が認めているということなので、やはり日本にとっては大事なポイントだと思うんです。それは戦後、日本の外交官がこつこつ積み上げてきた成果だったのは間違いないんですよ。でも、そのビザなし交流についても、09年頃からロシアが否定し始めるようになってきて、いよいよ日本の足がかりが失われつつあるのかもしれないという気がします。 荻上 日本はほとんど、ジャイアンにカツアゲされるのび太みたいな状態になってきている。かつてはアメリカと経済成長という名のドラえもんが後ろ盾だったけれど、最近どうもドラえもんもいないらしい、だったら歯止めなくいじめ抜いてやれと。